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勝利ではなく持久―イランの消耗戦略が鮮明に

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】

イランは、この戦争に古典的な意味で「勝つ」ことを目指しているのではないのかもしれない。むしろ、生き延び、戦争を長引かせ、その代償を他のすべての当事者にとってより高くすることを狙っている可能性がある。

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

米国とイスラエルとの紛争が、大規模攻撃による初動の衝撃を越え、より消耗的な段階へと移るなかで、イランから浮かび上がってくる論理は、どうやらそこにあるようだ。ロイター通信は火曜日、イランが決定的な戦場での勝利ではなく、持久力、ミサイルによる圧力、地域のエネルギーの流れへの攪乱を通じて、米国とイスラエルの双方を疲弊させようとする消耗戦を追求していると報じた。(Reuters)

これは、強さというより計算に基づく戦略である。イランは軍事的に大きな損失を被り、核関連施設や指揮インフラの一部にも深刻な損害を受けた。それでもなお、戦争を継続させ、そのコストを高く保つのに十分なミサイル能力、国内の結束力、そして地域的な影響力を保持しているように見える。ロイター通信によれば、革命防衛隊は戦場での意思決定に対する統制を強め、イランはさらに戦時体制へと移行しており、少なくとも現時点で国内に大規模な不安定化の兆候は見られない。(Reuters)

それは、イランが安心していることを意味しない。危険のかたちが変わったということである。

消耗戦とは、自国が敵を圧倒できないことを理解しながらも、それでも相手を疲弊させることはできると信じる国家の戦略である。イランの現在の計算は、攻撃を耐え抜き、攻撃を続けるのに十分な能力を維持しつつ、戦争の代償を拡大させることで、他方でさらなるエスカレーションを支持する政治的意思を揺るがせることにあるようだ。その構図においては、生き延びること自体が戦略的成果となる。

エネルギー戦線は、その発想の中核にある。AP通信は、この戦争によって、湾岸地域の主要なパイプライン、製油所、輸出ターミナル、海上輸送路が危険にさらされており、世界の原油のおよそ5分の1と液化天然ガスの大きな割合が通過するホルムズ海峡が深刻に混乱していると報じた。地域の供給インフラに長期的な不安定化や損害が及ぶ可能性が市場に織り込まれるなか、ブレント原油は急騰している。(AP News)

このことは、弱体化した立場にあっても、イランに一定のてこを与える。イランは、空軍力や精密打撃能力において米国やイスラエルに対抗できないかもしれない。だが、それでもなお、この紛争を世界にとって不快なものにすることはできる。石油市場、海上保険、ガス供給、そして遠く離れた各国の首都におけるインフレ計算を揺さぶる戦争は、もはや単なる軍事的対決ではない。国際的な帰結を伴う圧力戦へと変わるのである。

これは、戦場だけでは、より大きな戦略的争点に決着がつかない可能性があるからこそ重要である。攻撃後であっても、イランの核計画に何がどれだけ残っているのかという重要な問いは残ったままだ。ロイター通信によれば、国際原子力機関(IAEA)は、60%まで濃縮されたイランのウランのかなりの部分がおそらくイスファハンに残っているとみており、査察官はいまだ被害を受けた施設の状況を完全に検証できるだけの立ち入り権限を得ていない。核計画は大きな打撃を受けたが、なお重要な不確実性が残っている。(Reuters)

その不確実性は、政治的にはテヘランに有利に働く。イランが残存的な核能力を保持し、ミサイルによる圧力を維持し、さらに広範な経済的コストを課し続けることができれば、敵対国は損害を与えはしたが、決定的な最終結果には至らなかったと主張できる。この地域特有の冷厳な戦略言語においては、それは国内的・政治的には、敗北ではなく「包囲下での持久」として売り込むことが可能になる。

またそれは、イラン国内の体制崩壊が間近に迫っているという外部の期待が見当違いである可能性を説明するものでもある。米国をはじめ外部には、十分な軍事的圧力をかければイラン体制は内側から崩れるはずだという、繰り返し現れる見方がある。だが、外部からの攻撃は、逆に国内規律を強化し、指揮系統をより引き締め、戦時下で異議申し立てをさらに困難にすることもある。ロイターの報道は、革命防衛隊が支配力を強め、爆撃下で国民的連帯が高まるなど、現在の局面がまさにその方向へ進んでいることを示唆している。(Reuters)

もちろん、これはイランが勝っているという意味ではない。そうではない。イラン経済は、この戦争段階に入る前からすでに圧迫されていた。軍事的損失も現実のものである。核インフラも損なわれた。だが、消耗戦は、すべての戦線での優位を必要としない。必要なのは、痛みを与え続けるだけの能力と、立ち続けるだけの政治的意思である。

だからこそ、この局面は初動の段階よりも危険になりうる。最初の段階が衝撃の段階だったとすれば、今は持久の段階である。もしイランの戦略の中心がいまや持久にあるのだとすれば、真の勝負を決めるのは、どちらがより強く打つかではなく、どちらが先に疲れるかかもしれない。そして、そうした戦争こそが、しばしば誰もが当初語っていたよりも長引き、より大きな代償を伴い、そしてより不完全なかたちで終わるのである。(Reuters)

INPS Japan

Original URL:https://www.amerinews.tv/posts/not-victory-but-endurance-iran-s-attrition-strategy-comes-into-focus

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|2026年国際女性デー|今年の国際女性デーは、次期国連事務総長に女性を選出するよう訴えている

2026年国際女性デー―今年の国際女性デーは、次期国連事務総長に女性を選出するよう訴えている

【ニューヨークIPS=アンワルル・K・チョウドリー】

今年の国際女性デー(IWD)を迎えるにあたり、国際社会はなお続く混乱、紛争、そして地球の未来に対する不確実性のただ中にある。こうした時代だからこそ、女性の平等とエンパワーメントは、女性だけに関わる課題ではなく、人類全体、すなわち私たちすべてに関わる問題であることを、改めて思い起こさせられる。この極めて重要な点は、私たち一人ひとりが深く胸に刻まなければならない。

Ambassador Anwarul K. Chowdhury
Ambassador Anwarul K. Chowdhury

・今年の国際女性デー(3月8日)は、国連が次期事務総長として女性を選出することが期待され、またそうあるべき年であるという意味で、特別なものとなった。

・ここで強調しておきたい受け入れがたい現実がある。国連は創設から80年を経たいまなお、一度も女性の事務総長を選出していないのである。80年、9人の男性、そして女性は一人もいない。何という恥ずべきことか、何という情けない現実か。

平等をあらゆる演壇で語る機関が、その頂点において不平等を体現し続けてよいのだろうか。国連の唱える平等の信頼性は、自らを鏡に映したときの姿にかかっている。

・今日の世界における厳然たる否定しがたい現実は、家父長制と女性蔑視がいまなお、平等と平和と正義の世界を目指す人類の願いを遠ざける災厄としてはびこっていることである。世界のどの国も、女性と少女の完全な法的平等を達成していない。

・世界の多くの地域で、女性の権利とジェンダー平等のために何十年にもわたる運動の末に勝ち取られてきた成果を切り崩そうとする新たな動きが見られている。

・女性団体、フェミニスト活動家、そして女性の人権擁護者たちは、差別と不正義に立ち向かう勇気ある声であり続けている。人間の尊厳と人類の進歩を前に進めるうえで、彼女たちの役割は不可欠である。

・私はこれまでの仕事を通じて世界各地を訪れてきたが、そのたびに、平和で包摂的かつ強靱な社会を形づくるうえで、女性のリーダーシップと参加がもたらす変革の力を目の当たりにしてきた。

私たちは常に心に留めておくべきである。平和がなければ開発は不可能であり、開発がなければ平和も実現できない。しかし、女性なくしては、そのいずれも考えられないのである。

UN Photo
UN Photo

2026年の国際女性デーのテーマ「すべての女性と少女のために―権利、正義、行動」は、時宜を得た力強いものである。それは、進歩のためには権利の承認だけでは不十分であり、現実の中で正義と平等を実現するための断固たる行動が必要であることを思い起こさせる。

改めて強調したい。フェミニズムとは、包摂的で、あらゆる可能性を生かし、誰一人取り残さない、賢明な政策のことである。

私はフェミニストであることを誇りに思う。私たちは皆、そうあるべきだ。それこそが、私たちの地球を、すべての人にとってより良い場所にしていく道なのである。

また、この3月8日にあたり、2000年のこの日、私が安全保障理事会議長として、安保理全体による画期的な声明の取りまとめを主導したことを想起したい。それは、同年10月31日にナミビア議長国の下でコンセンサス採択された国連安保理決議1325への道を開く、概念的・政治的な突破口となった。

この国際女性デーにあたり、ジェンダー平等の世界を築くという私たちの決意を新たにしよう。私たち一人ひとりの行動、対話、そして意識の持ち方が、より大きな社会を変えていくことができる。(原文へ)

共に変化を実現しよう!!!

アンワルル・K・チョウドリー大使は、元国連事務次長・上級代表。2000年3月の国連安全保障理事会議長として、国連安保理決議1325の発端を築いた人物であり、「平和の文化のためのグローバル運動(GMCoP)」創設者でもある。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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【国連IPS=タリフ・ディーン】

米国が、国連の条約や国際協定を含む66の国連関連組織から一斉に離脱したことを踏まえると、予測不能なトランプ政権が、将来、国連そのものからも脱退し、1947年の国連・米国本部協定にもかかわらず、国連事務局をニューヨークから追い出す決断に踏み切る可能性はあるのだろうか。

Collage: Thalif Deen
Thalif Deen

66組織からの離脱に加え、米国は国連人権理事会、WHO(世界保健機関)、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)、UNESCO(国連教育科学文化機関)からも離脱した。さらに、正式には脱退していない国連機関に対しても、資金拠出の大幅削減を課している。

では、厳しい批判にさらされている国連は、そう遠くない将来、同じ運命をたどるのだろうか。そうした見方を強めているのが、トランプ大統領と米政府高官による国連への強硬な姿勢である。

国連問題の研究と執筆で知られるスティーブン・ズーンズ博士(サンフランシスコ大学政治学教授)はIPSの取材に対し、国連に最も敵対的だった米大統領でさえ、ロナルド・レーガンやジョージ・W・ブッシュの時代を含め、米国の利益を前進させるうえで国連が果たす重要性を認識していたと語った。特定の事例で法原則に反する行動を取ることがあっても、国連システム全体を維持する意義は理解されていた、という。

同様に米国は、いくつかの政策や、場合によっては組織の使命そのものに同意できない場合であっても、影響力を行使するために、さまざまな国連機関に参加してきたと、ズーンズ氏は指摘する。

しかし同氏は、「トランプ政権は、第二次世界大戦後に築かれた国際法秩序そのものを拒否しているように見える。とりわけベネズエラ攻撃以降の発言は、19世紀の帝国的特権への回帰であり、現代国際法の否定に映る。」と語った。

United Nations Headquarters Photo:Katsuhiro Asagiri
United Nations Headquarters Photo:Katsuhiro Asagiri

その結果として、「トランプ氏が実際に米国を国連から脱退させ、国連をニューヨークから追い出す可能性はあり得る。」とズーンズ氏は語った。

トランプ氏は昨年9月の国連総会演説で、「国連の目的は何なのか。潜在力にまったく見合っていない」と発言した。さらに、国連を時代遅れで非効率な組織だと切り捨て、「私は7つの戦争を終わらせ、各国の指導者と直接対処してきた。合意の最終化を手伝うと、国連から電話がかかってきたことは一度もない。」と誇示した。

シートン・ホール大学外交・国際関係大学院のマーティン・S・エドワーズ准学部長(学務・学生担当)はIPSの取材に対し、こうした発言は「非効率の削減」や「多様性との闘い」を掲げながら、トランプ支持層に訴える刺激的な言葉で包まれた「疑わしい言説」だと述べた。

またエドワーズ氏は、外交問題を利用して、なお成果を示せていない国内政策から有権者の関心をそらす狙いもあると指摘した。実際、具体的なフォローアップ文書が国連事務総長のもとに届いていないことが、それを裏づけているという。大統領が最大限の要求を掲げる一方、最終的に得られる成果は限られる――そうしたパターンの繰り返しに当てはまる、と述べた。

ただし問題はそれにとどまらない。エドワーズ氏は、次の二点で深刻だと語る。
① この方針は、米国の国連における影響力を高めるどころか、むしろ削り続ける。安定した外交関係は信頼性に基づくが、米国はその蓄えを浪費しており、空白には他国が入り込む。
② これは有権者向けのSNS投稿としては響くかもしれないが、実務上は理にかなわない。ホワイトハウスが求めているのは、国連運営のあらゆる項目に対する「項目別拒否権(line-item veto:予算の個別項目ごとに拒否できる権限)」だ。しかし分担金はアラカルト・メニューではない、と同氏は述べた。

さらに、市民社会組織の世界連合CIVICUSの事務局長マンディープ・S・ティワナ氏はIPSの取材に対し、トランプ政権による国際機関からの離脱・後退は、第二次世界大戦の惨禍を乗り越えるため国連創設の枠組みを構想し、米国にニューディール政策をもたらしたフランクリン・D・ルーズベルト大統領の遺産への攻撃だと語った。

「影響を受けた国際機関の多くは、米国人の血と汗と涙によって築かれてきた。そこからの撤退は、彼らの犠牲への侮辱であり、平和、人権、気候変動、持続可能な開発をめぐる数十年の多国間協力を後退させる。」とティワナ氏は述べた。

一方、国連への攻撃は止む気配がない。

米国の国連大使マイク・ウォルツ氏は、ブライトバート・ニュースのインタビューで「国連の支出の約4分の1は米国が負担している。」と述べた。「資金は有効に使われているのか。いまはノーだ。本来の目的ではなく、いわゆる“woke”(進歩派的と批判される多様性・社会正義の政策を指す俗語)的なプロジェクトに使われている。国連が本来やるべきこと、トランプ大統領が求めること、私が求めること――平和に焦点を当てることだ」

歴史的に米国は国連最大の資金拠出国であり、通常予算の約22%、PKO(国連平和維持活動)予算では最大約28%を負担してきた。

それでも皮肉なことに、米国は最大の滞納国でもある。国連総会の第5委員会(行政・予算)によれば、加盟国が未払いとしている義務的分担金は、現行予算期間の総額35億ドルのうち18億7000万ドルに上る。

Marco Rubio Credit: State Department.
Marco Rubio Credit: State Department.

ニューヨーク選出で、かつて国連大使候補にも挙がったエリーズ・ステファニク前下院共和党会議議長は、「国連について米国人が見ているのは、腐敗し、機能不全で、麻痺した組織であり、憲章にうたわれた平和・安全保障・国際協力という創設原則よりも、官僚主義、手続き、外交上の体裁に縛られている」と述べた。

また国連への間接的な批判として、マルコ・ルビオ国務長官はこう述べた。
「私たちが『国際システム』と呼ぶものは、透明性に欠ける国際機関が数百も乱立し、権限が重複し、活動も重複している。成果は乏しく、財務と倫理のガバナンスも不十分だ。」

ルビオ長官は、かつて有用な機能を果たした機関でさえ、非効率な官僚機構となり、政治化した活動の舞台となり、あるいは米国の国益に反する道具になってきたと述べた。さらに、「これらの機関は結果を出さないだけではない。問題に対処しようとする者の行動を妨げている。国際官僚機構に白紙小切手を切り続ける時代は終わった。」と宣言した。(原文へ)

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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|スーダン|世界が目を背ける中、集団殺害は続く

【ロンドンIPS=アンドリュー・ファーミン】

衛星画像は、北ダルフール州エル・ファシールで遺体が山のように積み上げられ、集団埋葬や火葬を待っている様子を捉えている。即応支援部隊(RSF)の民兵は、自らの犯罪の規模を隠そうとしているという。RSFが11月にエル・ファシールを制圧して以降、市内では最大15万人の住民が行方不明のままだ。最も控えめな推計でも、6万人が死亡したとされる。アラブ系民兵であるRSFは、非アラブ系住民を都市から排除し、民族浄化を進めたとされる。今回の虐殺は、2023年4月に軍指導者同士の権力闘争をきっかけに始まった、RSFとスーダン国軍(SAF)の戦争における、最新の凄惨な局面である。

Map of Sudan
Map of Sudan

残虐行為は双方が行ってきた。処刑、超法規的殺害、性暴力などが報告されている。正確な数字の把握は難しいが、少なくとも15万人が殺害されたとの推計もある。国内避難民は約900万人に達し、さらに約400万人が国境を越えて逃れた。およそ2500万人が飢饉の危機に直面している。

市民社会や人道支援関係者は可能な限り対応しているが、支援に携わる人々自身も危険にさらされている。殺害や暴力、誘拐、拘束の脅威が常につきまとう。非常命令は、市民社会組織に官僚的な制約を課し、支援活動を妨げるだけでなく、集会・表現・移動の自由も制限している。部隊が支援物資の搬入を阻む例もある。

紛争の報道もまた、困難で危険を伴う。放送局や印刷設備などのメディアインフラの多くが破壊され、多くの新聞が発行停止に追い込まれた。さらに双方が記者を標的にしているため、多くが国外へ逃れざるを得なくなっている。大規模な偽情報キャンペーンも、現地の実態を見えにくくしている。その危険を象徴するのが、ザムザム避難民キャンプの報道官モハメド・ハミス・ドゥーダである。国際メディアに状況を伝えるためエル・ファシールに残っていたが、RSFが侵攻した際に行方を捜され、殺害された。

世界は目を背ける

スーダンは「忘れられた戦争」と呼ばれることがある。だが、より正確には、世界がそれを「無視することを選んでいる」と言うべきだ。そして、その状況は、いくつかの有力国にとって都合がよい。

アラブ首長国連邦(UAE)は、RSFの最大の支援国だと指摘されている。UAEは関与を否定し続けているが、UAEで製造された、あるいは同盟国からUAEに供給されたとみられる武器が、RSF支配から奪還された現場で見つかったと報じられている。こうした支援がなければ、RSFはすでに戦況で不利に追い込まれていた可能性がある。

近年、UAEは複数のアフリカ諸国で影響力の拡大を図ってきた。アフリカ各地で港湾整備を進め、紅海に面するスーダン沿岸にも港を建設する計画があるとされる。スーダンでは大規模な農業投資を行い、同国で採掘される金の多くがUAEに流れているとも報じられている。UAEは、人的犠牲の大きさにかかわらず、RSFが実権を握ることが影響力の確保と利益の維持につながると判断しているように見える。

これに対し、スーダン政府はロシアとの関係強化に動いている。スーダンがロシアに恒久的な紅海海軍基地の整備を認める可能性があるとも伝えられている。

UAEが国際的な圧力をほとんど受けないのは、英国や米国などUAEと緊密な西側諸国が、同国の役割を過小評価しているためだと指摘されている。英国政府は、供与した武器がRSFに移転されていることを認識しながら、UAEへの武器供給を続けているとされる。さらに内部告発者は、UAEを守るために、スーダンでジェノサイドが起きる可能性に関する警告がリスク評価から削除されたと主張している。
欧州連合(EU)と英国は、エル・ファシールでの虐殺を受けてRSF幹部4人に制裁を科した。米国も追加制裁を検討していると報じられているが、措置はUAE政府の関係者には及んでいない。

英国がスーダン案件を主導する常任理事国である国連安全保障理事会も、機能不全が続いている。ロシアは、英国が提出する決議案については拒否権を行使すると示唆している。こうした中、英国は6月、非常任理事国として参加するアフリカ諸国から「主導役を引き継ぐ」との申し出を受けながら、これを拒否した。交渉の余地を広げ得た提案だったとみられる。

地域で影響力を持つ国としては、エジプトがスーダン政府を強く支持し、サウジアラビアも一定の支援姿勢を示している。エジプト、サウジ、UAE、米国は「クアッド」と呼ばれる枠組みで協議を行っている。利害は競合するが、9月には一時、希望が見えた。クアッドが「3カ月の人道停戦」と、その後の「9カ月での文民統治への移行」を含む計画を仲介したためである。双方は計画を受け入れたものの、RSFが戦闘を継続したため、スーダン政府は提案を拒否するに至った。

圧力と責任追及

戦闘停止が実現するかどうかは、米国の外交姿勢に左右される可能性がある。ドナルド・トランプ大統領は最近、紛争への関心を強めたように見える。11月にサウジの実力者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子がホワイトハウスを訪問したことが、その背景にあるのかもしれない。

トランプ氏は、ノーベル平和賞を強く意識し、別の紛争を終結させたとアピールしたいのだろう。しかし、米政府がUAEに圧力をかける意思を示さない限り、進展は見込みにくい。圧力の手段としては、トランプ氏が他国との交渉で用いてきた関税がある。実際、現政権はUAEに対し、最も低い税率である10%の関税を適用しており、UAEに対して強い圧力をかけていないことを示している。

活動家たちは、紛争におけるUAEの役割により多くの注目を集めようとしている。分かりやすい焦点の一つがバスケットボールだ。米プロバスケットボール協会(NBA)はUAEと大規模で拡大傾向にあるスポンサー契約を結んでいる。活動家側は、こうした提携がUAEによる「スポーツウォッシング(スポーツを通じたイメージ向上)」の一部になっているとして、NBAに提携終了を求めている。この働きかけが、米国の政策課題の中でスーダンの優先度を引き上げる一助となる可能性がある。

国際社会には殺害を止める力がある。しかし、そのためにはまず、UAEと西側同盟国が結果として暴力を可能にしているという側面を認めなければならない。スーダン国内外の当事者は、狭い自己利益の計算を脇に置く必要がある。UAEとその同盟国、そしてクアッドの他の国々には、実効性のある停戦を仲介するため、より強い圧力をかけることが求められる。停戦を和平への第一歩と位置づけ、交戦当事者に対する影響力を用いて、合意を確実に履行させるべきである。(原文へ)

アンドリュー・ファーミンは、CIVICUSの編集主幹であり、CIVICUS Lensの共同ディレクター兼ライター、「State of Civil Society Report」の共同著者である。For interviews or more information, please contact research@civicus.org

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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武装解除なき「戦後」:シリアのクルド勢力と、戦後政治の破綻

【ロンドンLondon Post=シャブナム・デルファニ】

クルド勢力ダマスカスの新たな統治当局と周辺諸国の関係をめぐっても、調整や接近の動きがみられる。こうした変化は、シリアの最も暴力的な局面が終わったかのような印象を強めている。

しかし、その見方は重要な現実を覆い隠す。シリアの内戦は一部地域では軍事的に区切りがついたとしても、政治的には決着していない。

Map of Syria
Map of Syria

この政治的な行き詰まりが最もはっきり表れているのが、シリア北部と北東部である。そこではクルド人主導の部隊が今も武装を維持し、戦闘態勢を解いていない。地域の政治的な位置づけも、依然として決まっていないままだ。

クルド人勢力が武装を続けているのは、特別な例外でも、理念の問題でもない。外国勢力の思惑がぶつかり合い、難しい政治的妥協が先送りされてきた結果として生まれた「戦後の不安定な状況」の当然の帰結である。

クルド人問題は、将来のシリアが話し合いによって多様な勢力を取り込む国になるのか、それとも力によって再び中央政府の支配下にまとめられるのかを占う重要な試金石となっている。同時にそれは、中東で外部勢力が進めてきた「安定化」がどこまで機能するのかという限界を示す事例でもある。

シリア戦争におけるクルド人の役割:周縁から中心へ

2011年以前、シリアのクルド人は政治の中心から外されていた。文化的な権利は十分に認められず、人によっては市民権すら与えられないなど、国の制度に実質的に参加できない状況に置かれていた。ところが、反政府蜂起と内戦によって各地で政府の支配が弱まると、この状況は一変する。クルド人地域には自ら統治を担う余地が生まれたが、それは同時に大きな危険も伴うものだった。

2012年、政府の統治がクルド人多数地域で後退すると、クルド側は空白を埋めるため素早く動いた。地域評議会や治安部隊がつくられ、やがて行政の仕組みも整えられていった。これは独立を目指す動きというより、地域社会が混乱の中で生き残るための統治体制づくりだった。さらに2013年以降、いわゆる「イスラム国(IS)」が急速に勢力を広げると、クルド側の支配はより強固になった。クルド民兵が、過激派勢力の進撃を地上で食い止められる数少ない勢力となったためである。

米国が主導した対IS作戦によって、クルド勢力(主にシリア民主軍=SDF)は、単なる地域の武装勢力から、作戦に欠かせない協力相手へと位置づけが変わった。クルドの戦闘員は地上戦の中心を担い、多くの犠牲を払いながら、シリア東部の広い地域で治安維持と支配の確保を担った。

しかし、この協力関係はあくまで軍事的な目的に限られていた。米国政府は当初から、クルド側の政治的な要求を支持することは避け、協力はIS掃討という対テロ作戦に限定されると強調していた。この線引きが、のちに大きな意味を持つことになる。

「ポストIS」シリア:政治移行の欠落

2019年、いわゆる「イスラム国(IS)」の領土支配は軍事的に崩壊した。これは戦争の大きな節目となったが、その一方で、戦後の政治体制をどう築くのかという計画がほとんど存在しないことも明らかになった。クルド側には、自分たちが戦いで果たした役割が、将来の政治的な発言力につながるとの期待があった。正式な約束があったわけではないが、多くの関係者がそう受け止めていた。

View of Aleppo, December 2024, a city in Syria, which serves as the capital of the Aleppo Governorate, the most populous governorate of Syria. Credit: UN OCHA
View of Aleppo, December 2024, a city in Syria, which serves as the capital of the Aleppo Governorate, the most populous governorate of Syria. Credit: UN OCHA

しかし、IS掃討作戦の終結とともに、国際社会の関与は急速に縮小した。クルド主導の行政は国際的な承認を得られないまま地域統治を続け、安全の保証がないまま国境の防衛も担うことになった。その結果、次第に不利な立場でダマスカスの中央政府との交渉に臨まざるを得なくなった。自治は実際には存在していても、法律上の裏付けはない。制度ではなく、武力によって維持されている「武装した自治」の状態である。

こうした状況は本質的に不安定である。短期的には武力が外部からの排除を抑えるが、長い目で見れば、かえってさらなる圧力を招きやすい。クルド側は分権的な枠組みの中でシリア国家の一部にとどまると繰り返し主張しているが、それでも分離独立を目指しているとの疑いを向けられやすい状況が続いている。

米国:戦術的協力と戦略的後退

政策面で、この帰結を形づくった最大の要因の一つが米国である。米国のシリア関与は、作戦効率の追求と戦略的ミニマリズムによって特徴づけられた。主要目的―ISの領土支配の破壊―は比較的低コストで達成した。しかし、避けたのは、シリアの「戦後政治の設計」というより複雑な課題だった。

とりわけ2019年以降、米国がシリアへの関与を段階的に縮小したことは、味方にも敵対勢力にもはっきりしたメッセージとなった。クルド勢力は、米軍の駐留が無条件のものではなく、状況次第でいつでも撤退し得ると理解した。

一方、トルコは、米国が強く反対しない姿勢を、自国の安全保障上の優先事項を事実上認めたものと受け止めた。またダマスカス政府とそれを支える国々は、譲歩しなくても、時間をかけて圧力を強めればクルド自治を弱体化させられると判断した。

こうした動きは、米国の中東政策が、紛争そのものを解決するよりも、危機を管理し拡大を防ぐことを優先してきた傾向を示している。シリアでも、ISの再興を防ぐための最小限の軍事的関与は続けながら、トルコとの対立や複雑な政治交渉への深い関与は避けるという姿勢が取られてきた。

その戦略コストは大きい。地域の協力相手に対する信頼性を損ない、シリアの長期的な帰結に対する米国の影響力も弱めた。

トルコと「クルド問題の地域化」
Smoke rises from districts in Aleppo, Syria, in December 2012. Credit: Freedom House/CC by 2.0
Smoke rises from districts in Aleppo, Syria, in December 2012. Credit: Freedom House/CC by 2.0

クルドの将来を最も大きく左右してきたのはトルコである。アンカラの対シリア・クルド政策は、国内のクルド問題と切り離せない。トルコ政府は、国境の南側にどのような形であれクルドの自治が成立すれば、たとえ穏健で調整的な政治路線であっても、自国の安全保障への直接の脅威とみなしてきた。

こうした認識が、北部シリアへの繰り返しの軍事介入につながった。その結果、支配地域は細かく分断され、住民の移動や住民構成の変化が起き、クルド側の行政運営も継続しにくくなった。これらの作戦は「対テロ」として正当化されてきたが、実際にはクルドの政治的な選択肢を狭め、自治の拡大に歯止めをかける効果を持った。

こうしてクルド問題は、シリア国内の統治課題にとどまらず、国境をまたぐ安全保障問題へと広がった。トルコの強い反対が外交的な解決の余地を狭め、クルド側にとって武装を維持することが、生き残るための現実的な選択肢になっている。

イスラエル、イラン、そしてシリア分断の構図

イスラエルは、クルド勢力とシリア中央政府との対立に直接関わっているわけではない。しかし、イスラエルが続けてきたイラン関連勢力への攻撃は、シリア政府が国内の統治を再びまとめ直す力を弱め、国内の分断状態を長引かせる結果をもたらしてきた。イスラエルにとって、シリアが分裂した状態にあることは、イランの地域での影響力を抑え、国境周辺での脅威を減らすことにもつながる。

Source: Roman Yanushevsky
Israel and Iran Credit:Roman Yanushevsky/ INPS Japan

イランの影響が及びにくいクルド支配地域は、この状況と結果的にかみ合う面がある。ただし、これはあくまで状況によるもので、シリア全体の長期的な安定には結びつきにくい。

一方、イランはクルド自治の広がりに強い警戒感を抱いている。自治が定着すれば、自らの影響力が制限されるだけでなく、シリア国内での物資や人員の移動にも支障が出る恐れがあるためだ。その結果、イスラエルがイランの影響力を抑えようとする動きと、イランがシリアでの立場を維持しようとする動きがぶつかり合い、包括的な政治解決は進まず、対立が続く状況が生まれている。

クルド統治:成果と限界

厳しい状況に置かれながらも、シリア北東部のクルド主導の行政は、国内の他の地域と比べて一定の成果を上げてきた。比較的安定した治安を保ち、多くの避難民を受け入れて管理し、宗派対立による暴力も抑えてきた。国家の制度が崩れた地域が多い戦後のシリアにおいて、こうした成果は決して小さくない。

しかし一方で、外部の支援への依存、経済的な孤立、そして法的な地位がはっきりしないことが、この統治体制の将来を不安定なものにしている。国際的な正式承認もなく、シリア国家の制度の中に組み込まれてもいないため、行政の基盤は脆いままだ。武力による抑止は制度の弱さを一時的に補うことはできても、政治的な正当性の代わりにはならない。

崩壊のリスク

クルド側の統治が崩れても、そこにシリア中央政府の実効支配がすぐ戻るとは限らない。むしろ、地域ごとに支配勢力が入り乱れ、武装勢力同士の争いが起き、治安の空白が生まれる可能性が高い。こうした状況は過去にも、過激派が勢力を立て直し、混乱が国境を越えて広がる土壌になってきた。

地域の安全を考えると、力ずくで再統合しても得られる利益より、統治の崩壊による混乱の方が大きくなる恐れがある。それでも現実的な解決策がないまま、このリスクは放置されたままである。

Flag of USA
Flag of USA
政策の含意:米国と欧州に突きつけられた課題

米国にとってクルド問題は、今の状況をそのまま管理し続けるのか、それとも将来を見据えて関与の仕方を見直すのかという選択を迫る課題である。安定につなげるには、シリアの主権を前提に、地方の自治をどこまで認めるのかという方針をはっきりさせ、クルド側とシリア中央政府双方と外交的な対話を進めることが欠かせない。

また米国は、トルコに対して今も一定の影響力を持っている。安全保障面での協力を通じて、シリアでの軍事行動を抑えるよう働きかけることができれば、停滞している交渉を再び動かすきっかけになる可能性がある。

European Union Flag
European Union Flag

欧州連合(EU)も、人道支援にとどまらず、政治面での関与を強める必要がある。EUは復興支援や関係正常化をめぐる議論で資金面の影響力を持っており、その支援を、多様な勢力が共存できる統治の仕組みづくりと結びつけることができる。欧州外交には、地域の安全保障対立から比較的距離を置きやすい立場を生かし、仲介役として動ける余地もある。

結論:武装による安定は、平和ではない

シリアでクルドの武装勢力が残っているのは、反抗心の表れではない。政治の場から十分に受け入れられてこなかったことの結果である。それは、戦場での勝ち負けを優先し、政治的な決着を先送りしてきた「戦後」のあり方を映している。

クルドの自治が正式に認められず、いつでも覆され得る不安定な状態のままである限り、武力はクルド側にとって最も重要なよりどころであり続ける。シリアの長期的な安定は、力で領土を取り戻すことではなく、地域ごとの統治の形を交渉によって国家の仕組みに組み込み、共存できる形に整えることにかかっている。

クルド問題は、シリアの将来を左右する重要な課題である。話し合いによる共存の道を選ぶのか、それとも力による統制に戻るのかが問われている。この問いに答えが出ない限り、武装は解かれず、シリアの平和は未完成のまま続く。(原文へ)

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核意思決定における人工知能の影響

【国連IPS=タリフ・ディーン】

人工知能(AI)が、政治、経済、社会、文化を含む人間生活のほぼあらゆる側面に影響を及ぼしかねない勢いで拡大するなか、AIの軍事化が進む危険も高まっている。ある報告書によれば、核指揮・統制・通信(NC3)システムへのAIの統合に加え、軍事意思決定への活用は、世界の安全保障に深刻で前例のないリスクをもたらす。主な負の影響としては、意思決定が「機械の速度」にまで加速し、人間の判断の余地がほとんど失われること、サイバー攻撃への脆弱性が高まること、そして戦略的安定性が損なわれることが挙げられている。

『原子力科学者会報』(Bulletin of the Atomic Scientists)によれば、核兵器の指揮統制は、誤りを防ぎつつ、極度の緊張下でも信頼性を確保できるよう設計された、繊細で複雑な仕組みである。

膨大なデータが重大な結果を左右する環境では、人工知能の導入はごく自然な検討対象となってきた。

Tariq Rauf
Tariq Rauf

同誌はこう問いかける。「急速に進化する技術の統合は、責任、データの質、システムの信頼性をめぐる根本的な問題を提起する。たった一つの誤りが取り返しのつかない結果を招きかねないとすれば、これまで人間の判断と監督に依拠してきたシステムに機械学習を組み込むにあたり、どうすれば信頼性を確保できるのか。」

「どのような安全策を維持すべきなのか。国際協力と合意形成の余地はどこにあるのか。」

ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)で保障措置・安全保障政策部門の責任者を務めたタリク・ラウフ氏はIPSの取材に対し、人工汎用知能(AGI)の役割とその統合は、現代における最も重大な問いの一つを突きつけていると語った。

AGIを核指揮・統制・通信(NC3)システムに組み込むことは、単なる工学上の課題ではない。文明のあり方そのものに関わる問題である。

「機械の速度」がもたらす問題

ラウフ氏によれば、AGIをNC3システムに統合するうえで最も憂慮すべきなのは、意思決定の時間が「機械の速度」にまで圧縮されることである。核戦略はこれまで、熟慮に基づく人間の判断に依拠してきた。つまり、意思決定者が立ち止まり、不確かなデータを見極め、助言を求め、圧力や攻撃の下にあっても自制を選ぶ力である。

一方、AGIは人間には到底及ばない速度で情報を処理し、応答するよう設計されている。危機のさなかには、ここに危険な逆説が生じる。AGIを魅力的にしているその速度こそが、実質的な人間の監督をほとんど不可能にしてしまうのである。

「もしAGIシステムがセンサーの異常を飛来するミサイルと誤認すれば―それは1983年のソ連の誤警報事件が示すように、人間が運用するシステムでも実際に起きたことだが―訂正に残された時間は、数分から数秒へと縮むかもしれない。」

ICAN
ICAN

核意思決定における誤りの余地は、もともと不穏なほど狭かった。AGIはそれを完全に消し去る危険がある、とラウフ氏は警告した。

データの質とシステムの信頼性

AGIをめぐっては、データの質と完全性が根本的な懸念事項である。機械学習システムの信頼性は、訓練に用いられたデータの信頼性を超えることはできないからだ。

ラウフ氏はこう語る。「核をめぐる環境は、特有のきわめて複雑な課題を抱えている。そこでは、発生頻度は低いものの結果は極めて重大な事象を扱わなければならず、利用できる過去データも限られている。さらに、敵対的な主体が意図的に誤情報をセンサーネットワークに流し込む可能性があり、地政学的状況も、訓練データが捉えられる速度を上回って変化していく。」

核をめぐる状況で、AGIシステムが改竄されたデータを正しいものと受け取り、それに基づいて行動すれば、誤った前提に基づくエスカレーションを招きかねない。さらに深刻なのは、多くの機械学習モデルが抱える、いわゆる「ブラックボックス問題」である。なぜその出力が生成されたのかを、システム設計者でさえ説明できない場合があり、ましてそれをリアルタイムで修正することは容易ではない。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)で大量破壊兵器計画の研究員を務めるウラジスラフ・チェルナフスキフ氏はIPSの取材に対し、AIと核の接点をめぐる各国の既存の対応は、核意思決定において人間の統制を維持するという原則ではおおむね一致しているものの、それをどう定義し、実際にどう運用するかについては合意がないと語った。

そのうえでチェルナフスキフ氏は、核保有国がこの原則を正式に認め、この文脈における「人間の統制」の定義と、それが核兵器分野でどのように具体化されるのかを明確にすることが、リスク最小化に向けた第一歩の一つになり得ると指摘した。

国連が目指すAIガバナンス
Guterres Warns AI Is Outpacing Global Governance
Guterres Warns AI Is Outpacing Global Governance

先月ニューデリーで開かれた「AIインパクト・サミット」で、アントニオ・グテーレス国連事務総長は、AIの未来は一握りの国や一部の億万長者の気まぐれによって決められるべきではないと述べた。

グテーレス事務総長によれば、国連総会は昨年、二つの重要な一歩を踏み出した。
第一に、人工知能に関する独立した国際科学パネルを設置したこと。
第二に、すべての国が民間部門、学術界、市民社会とともに参加できる、国連の枠組みの下でのAIガバナンスに関するグローバル対話を立ち上げたことである。

同氏はサミット参加者に対し、真のインパクトとは、人々の暮らしを向上させ、地球を守る技術であると語った。そして、人間の尊厳を基礎に据えた、すべての人のためのAIを築くよう呼びかけた。

U.N. spokesperson Stephane Dujarric/ UN Photo
U.N. spokesperson Stephane Dujarric/ UN Photo

ステファン・デュジャリック国連事務総長報道官は先月、記者団に対し、事務総長は国連がAIを統括すべきだと主張しているのではない、と説明した。そうではなく、すべての国が議論の場に参加できるよう、加盟国の協力を得て、そのための枠組みを構築してきたのだという。

そのうえでデュジャリック報道官は、次のように述べた。「AIはこれからも、そしてすでに、私たちすべてに影響を及ぼしている。技術を持たない国々にも発言権が確保され、科学と公正がAIの中心に据えられることが極めて重要である。」

責任と説明責任

さらにラウフ氏は、AGIによる勧告や自律的行動が破滅的な結果につながった場合、説明責任の所在が極めて曖昧になると分析する。

従来の指揮命令系統では、あらゆる意思決定の段階で、人間の責任の所在は明確だった。だが、AGIの導入はその明確さを曖昧にしかねない。誤算の責任を負うのは、ソフトウェア開発者なのか、軍の指揮官なのか、そのシステムを配備した政府なのか、それともアルゴリズムそのものなのか―と同氏は問いかける。

明確な責任の枠組みが欠けていることは、法的・倫理的な問題にとどまらない。誰が統制し、どのような判断原理が適用されているのかを、敵対国も同盟国も理解する必要がある以上、それは戦略上の問題でもある。

サイバー攻撃への脆弱性

AGIで強化された、あるいはAGIに依存するNC3システムは、敵対勢力にとって新たな攻撃の余地を広げる。AGIの出力を操作することを狙った敵対的入力を含む高度なサイバー攻撃によって、こうしたシステムが欺かれたり、機能を麻痺させられたりする可能性がある。そして、その異常に気づいたときには、すでに手遅れになっているおそれもある。

ラウフ氏によれば、AGIの統合は、従来の核システムには存在しなかった新たな不安定要因を生み出すのである。

国際協力の必要性

こうした深刻な課題がある一方で、リスクを管理する有力な手段として国際協力が考えられる。信頼醸成措置や共通の技術基準、さらに核システムにおけるAGIの自律性の限界を定める二国間または多国間の「拘束力のある」合意は、戦略的安定性の維持に資する可能性がある。

軍備管理の歴史が示しているのは、生存という共通の利益にかなうルールであれば、敵対国同士でも合意できるということである。ラウフ氏は、その伝統をAGI対応型NC3システムにも拡張することが急務だと訴える。技術が外交を追い越してしまう前に、である。

ラウフ氏はこう述べた。「AGIの核システムへの統合は、技術的には避けられないのかもしれない。だが、それを賢明に管理できるかどうかは政治的かつ道義的な選択の問題であり、依然として開かれている。しかし、それは今日の文民・軍事の『指導者』たちの知的・道徳的・倫理的な判断能力を超えているようにも見える。」(原文へ)

This article is brought to you by INPS Japan, in collaboration with Soka Gakkai International, in consultative status with the UN’s Economic and Social Council (ECOSOC).

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ウズベキスタン―日本:戦略的パートナーシップの境界を広げる

【タシケントINPS Japan/London Post】

両国が1992年1月26日に外交関係を樹立して以来、ウズベキスタンと日本の協力関係の発展は、ウズベキスタンの対アジア太平洋外交の重要な柱であり続けてきた。相互尊重と信頼を基盤に、タシケントと東京は現在、政治、安全保障、経済、投資、イノベーション、教育、文化、観光に加え、地域協力の枠組みでの連携まで、幅広く活発な協力関係を築いている。

日本はこれまで、産業・エネルギーインフラの近代化、デジタル変革の推進、持続可能な開発の促進において、ウズベキスタンにとって主要な戦略的パートナーとなってきた。教育、科学、文化、人的交流の分野でも、前進を後押ししてきた。

Shavkat Mirziyoyev, 2nd President of Uzbekistan

二国間協力は多岐にわたり、近年は一段と弾みがついた。転機となったのは、2019年12月のシャフカト・ミルジヨエフ大統領の公式訪日である。この訪問は、主要な共同の経済・投資・人道(人的)プロジェクトの実施を強く後押しし、二国間関与の長期的な方向性を示した。

国際舞台でも、ウズベキスタンと日本は国際機関で緊密に連携し、互いの立場を支え合っている。ウズベキスタンはこれまで、日本の国連機関などのポストへの立候補を40回以上支持してきた。他方、日本は、中央アジア非核兵器地帯、教育と宗教的寛容、若者支援、持続可能な開発目標(SDGs)達成における議会の役割など、ウズベキスタンが主導した国連総会決議の共同提案国となってきた。

関係の戦略性は、議会間協力にも表れている。両国議会には友好議員連盟が設置され、ウズベキスタン―日本議員フォーラムも定期的に開かれている。相互訪問に加え、オンラインでの協議や折衝も進む。

外務省間の連携も緊密だ。2002年以降、両国外務省は19回にわたり政治協議を実施してきた。

大きな節目となったのが、2025年8月25日にタシケントで開催された、両国外相による初の「戦略対話」である。この新たな枠組みは、二国間関係の長期性と、あらゆる分野で互恵的協力を広げる双方の意思を明確にした。

外相間の定期的な接触—電話会談や国際会議の場での会談、相互訪問—は、二国間・多国間の課題で立場をすり合わせ、協力を他分野にも波及させる役割を果たしている。

また、日本におけるウズベキスタン名誉領事も、両国協力の推進で重要な役割を担い、経済・文化面の取り組みを後押ししている。

経済面では、産業、エネルギー、通信、インフラ、イノベーション、輸送、「グリーン経済」まで幅広い分野で協力が進む。貿易は最恵国待遇の下で行われており、二国間貿易額の着実な伸びにつながってきた。

2024年には「ウズベク・日本トレードハウス」が名古屋に開設され、日本側で対ウズベキスタン貿易拡大への関心が高まっていることを示した。

二国間経済プロジェクトの調整の要となっているのが、ウズベキスタン―日本、ならびに日本―ウズベキスタンの経済協力委員会による合同会合である。

現在、ウズベキスタンでは日本資本の合弁企業が84社活動し、日本の主要企業13社が現地代表部を置く。石油・ガス、化学、機械、物流、教育、観光などの分野で事業を展開している。

日本の政府系協力機関を含む金融分野の支援も、ウズベキスタン経済の近代化で重要な役割を果たしている。2025年1月には、国際協力機構(JICA)との間で、神経内科・脳卒中共和国センターの建設・設備整備に向けた1億5000万ドルの円借款契約がタシケントで署名された。医療体制の高度化に向けた重要な一歩となるプロジェクトだ。

文化・人道面の交流は層が厚く、人的な結びつきも強い。20年以上にわたり、ウズベキスタン―日本友好協会をはじめ、福島―ウズベキスタン協会、日本―ウズベキスタン協会などの友好団体が活動を続けてきた。タシケントに設置された「広島平和の石」や、首都中心部の日本庭園は、両国の友好を象徴する存在となっている。

UN Photo
UN Photo

ウズベキスタンでは日本文化フェスティバルや映画上映、舞台公演、展覧会が定期的に開かれている。一方、日本でもウズベキスタンの食文化や民族衣装、音楽、舞踊などが幅広く紹介されている。こうした相互交流が、尊重と信頼に基づく長期協力の土台を形づくっている。

近年は現代的な文化プロジェクトも、人道交流の象徴となってきた。2022年4月、東京で「シルクロードの精神―友情の架け橋」が開催され、2024年には日本のアンサンブル「Japanese Pearl」が伝統的なボイスン・バホリ祭で3位に入賞した。

教育は、人道協力の中でも特に伸びが大きい分野である。ウズベキスタンでは7大学で2500人以上が日本語を学び、ウズベキスタン―日本人材開発センターが運営されている。日本開発奨学金(JDS)プログラムも実施され、東京、名古屋、筑波、慶應、豊橋などの大学との共同プロジェクトが進む。JDSでは400人以上のウズベキスタン人学生が奨学金を得ており、日本で研修を受けた人材は約2500人に上る。交換留学や教員交流も活発で、大学学長フォーラムも開催されている。

共同研究は、古代史、考古学、東洋学、農業、気候過程など多分野に及ぶ。

日本はウズベキスタンの医療分野の発展にも資金・技術支援を提供してきた。医療施設の機器整備、専門人材の育成、ワクチン供給などに6000万ドル以上が拠出されている。日本人ボランティアは100人以上がウズベキスタンで活動し、ウズベキスタンの医療従事者200人以上が日本で研修を受けた。

地方自治体レベルの交流(地域間交流)も、二国間関係で比重を増している。姉妹都市・姉妹地域関係は、リシタンと舞鶴、タシケントと名古屋、サマルカンド州と奈良県の間で結ばれた。この枠組みの下、日本では「サマルカンド・デー」が定期的に開催され、名古屋でも文化行事が行われている。

日本人旅行者の間でウズベキスタンの文化・歴史への関心が高まり、観光分野の協力も促されている。航空便の拡充、文化観光の発信強化、インフラ改善を追い風に、日本人訪問者数は増加傾向にある。

とりわけ関心を集めているのが、ウズベキスタンの仏教遺産である。カラ・テペ、ファヤズ・テペ、ダルヴェルジン・テペ、テルメズおよび周辺の寺院遺跡群が注目されている。日本人研究者の調査を背景に、これらの遺跡は国際的な認知を高め、世界各地から観光客や研究者を呼び込んでいる。

日本国内の関心の高さを示す例として、2025年の大阪・関西万博でのウズベキスタン館「知の庭:未来社会の実験室」の成功が挙げられる。ウズベキスタン館は印象的な展示の一つとして評価され、金賞を受賞した。両国友好に捧げたウズベキスタン国立交響楽団の公演「Celestial Dance(天空の舞)」の世界初演も、日本の観客を魅了した。

ミルジヨエフ大統領が今回の訪日で参加する「『中央アジア+日本』対話」(Central Asia–Japan Dialogue)の首脳会合は、ウズベキスタンの地域優先課題と合致し、中央アジア諸国の政治的結束の高まりを映し出す枠組みでもある。

この枠組みは、2004年8月24日に川口順子外相(当時)がタシケントを訪問した際に提起された。当時の優先目標には、地域の平和と安定の確保、改革と社会発展の支援、域内連携の強化、周辺地域および国際社会とのパートナーシップ拡大、地域・地球規模課題への協力が含まれていた。

Tashikent City Credit: By Muso1996 - Own work, CC BY-SA 4.0
Tashikent City Credit: By Muso1996 – Own work, CC BY-SA 4.0

現在、この対話は、持続可能な開発をめぐる議論と信頼に基づく協力を進める、安定した枠組みへと発展している。

実務面を充実させるため、局長級など高官実務者による定期会合や分野別の専門家協議、「東京知的対話」などが開かれている。近年では、2023年から2025年にかけて東京で閣僚級として行われた経済・エネルギー対話が、特に重要な柱となった。

インフラ支援は、対話枠組みにおける日本の優先分野の一つであり続けてきた。JICAや国際協力銀行(JBIC)など日本の機関は、輸送回廊、物流拠点、道路、関連施設、空港、鉄道インフラの近代化に体系的に関与している。これらの事業は地域の接続性を高め、中央アジアが東アジア・中東・欧州を結ぶ要衝として果たす役割を強めている。

デジタル化と自動化で先行する日本は、地域諸国と知見を積極的に共有している。ウズベキスタンにとってこの協力はとりわけ重要である。同国はIT産業を急速に育成し、ITパークやテクノパークを整備し、デジタル経済の取り組みを進める中で、日本の専門家を招いて人材育成を進めている。

日本が環境配慮型開発や省エネ技術で長年の実績を持つことから、環境協力もパートナーシップの中核要素となっている。

地域最大の人口を抱え、主要な輸送・物流ハブでもあるウズベキスタンは、対話枠組みの議題形成で中心的役割を担う。近年は多分野で新規プロジェクトを提起し、協力の実務面の強化に大きく寄与してきた。

この20年余りで、中央アジア+日本対話は、地域諸国と日本が幅広い分野で体系的に協力を進めるための、安定した実効的な枠組みとして定着してきた。

したがって、ミルジヨエフ大統領の今回の訪日と中央アジア+日本首脳会合への参加は、二国間および多国間の政治対話を深化させ、経済・投資協力を拡大し、教育・科学分野の結びつきを一段と強めることになるだろう。相互利益に資するパートナーシップ拡大に向けた大統領の取り組みは、地域統合と開かれた建設的な国際対話へのウズベキスタンのコミットメントを改めて示すものとなる。(原文へ)

INPS Japan/London Post

Original URL: https://londonpost.news/uzbekistan-japan-expanding-the-boundaries-of-strategic-partnership/

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【ロンドンLondon Post= シャブナム・デルファニ】

ここ数日、戦争タカ派の声が再び強まっている。臆することなく「トランプによる対イラン攻撃」を語り、それを解放と自由、発展の万能薬であるかのように持ち上げる人々だ。理屈は一見単純である。米国は第二次世界大戦で日本を打ち負かし、爆撃し、無条件降伏を迫った。その後、日本は短期間で経済大国になった。ならば同じ筋書きを、イランでも繰り返せるはずだ―というのだ。

この比較は、単にナイーブなだけではない。歴史の歪曲である。しかも、現実の人命を代償にする政治的ファンタジーでもある。

戦後日本は歴史的な例外であり、輸出できるモデルではない。米国が1945年に占領した日本は、その時点で既に約80年にわたる近代化の道筋を歩んでいた。1868年の明治維新以降、日本は近代的で中央集権的な国家、普遍的な教育制度、効率的な官僚制、職業軍、先進的な産業基盤を築いてきた。敗戦前の日本はアジア随一の工業国だった。戦争には敗れたが、制度が空洞化していたわけではない。壊滅的な打撃は受けた。だが、制度的な土台を失っていたわけではなかった。

米国が「再建」したのは、制度が欠落した空白の上に一から立てた国家ではない。機能する近代国家という基盤の上で、再出発の形を整えたにすぎない。

イランを「日本化」できるという発想の支持者は、しばしば決定的な歴史的文脈を見落としている。日本は1945年当時、白紙の国家ではなかった。結束した国民国家として制度が確立し、産業力を備え、固有の政治文化もあった。米国が日本をゼロから作ったのではない。むしろ米国は、台頭しつつあった冷戦秩序の戦略枠組みの中で、日本の戦後の進路を方向づけたに過ぎない。

日本の復興は利他主義の産物ではない。周到に計算された地政学戦略だった。ワシントンは日本を、アジアにおける資本主義的回復の「見本」として位置づけ、共産主義拡大への対抗軸に据えようとした。巨額の資金援助、長期の安全保障の保証、米市場への優先的アクセスは、民主主義的善意の表現ではなく、イデオロギー競争の道具だった。

ここで根本的な問いが浮上する。今日の地政学的構図の中で、イランは同程度の投資を正当化する位置にあるのか。米国がイランを自らの望む秩序の「ショーケース」に仕立てることを正当化するほどの、圧倒的な地政学的脅威は存在するのか。答えは明確ではない。現代の国際システムは、もはや硬直した二極対立で定義されていない。イランが地域的に重要であるとしても、冷戦期の日本が占めたような超大国対決の最前線という地位にあるわけではない。

米国がイランを「第二の日本」に変えられるという発想は、真剣な政策提案というより、ハリウッド大作の続編の企画書のようなものだ。

さらに、日本は戦後、安全保障を実質的に米国に外注した。軍事支出を抑え、安全保障の保証を受け、その間に生産と輸出に集中した。これに対しイランは、世界で最も不安定な地域の一つに位置し、地域覇権争い、宗派の断層、根深い歴史的不信、国家・非国家アクターの複雑なネットワークが交錯している。比較的制御された安全保障環境にある東アジアの島国と、中東の中心にある国家を比べることは、実験室と地雷原を比べるようなものだ。

そして何より危険なのは、「輸入された自由」という約束である。

米国がイランに自由をもたらせるという主張は、歴史的記憶を意図的に切り落としている。1953年、米英の関与の下で民主的に選出された首相 モハンマド・モサッデク が失脚させられたクーデターは、イランの政治意識に深く刻まれている。石油国有化を断行した政権は「安定」の名の下に排除され、その後、シャー体制が強化された。この出来事は、理念よりも利害が優先されるという国際政治の現実を象徴している。やがて蓄積した不満は イラン革命へと噴出した。

この歴史を踏まえれば、「外部からの介入が自由をもたらす」という物語がいかに脆弱であるかは明らかだ。大国は秩序を設計するが、その設計図は自国の利益に沿って描かれる。自由が生まれるとしても、それは副産物にすぎない。

「日本化」シナリオの支持者は、現代の反例を都合よく無視している。イラク、アフガニスタン、リビア。爆撃と占領だけで先進経済になれるのなら、なぜこれらは失敗したのか。軍の駐留、巨額の資金、体制転換を経たにもかかわらず、なぜ結果は慢性的な不安定、社会の分断、正統性の危機しか生まなかったのか。

答えは明白である。国家建設や国民統合は、爆弾で輸入できない。独立した制度、政治文化、社会契約、国民的結束は、内側からの漸進的なプロセスの産物だ。持続可能な発展は、占領や外部の命令、衝撃からではなく、制度的な秩序から生まれる。

発展は輸入できない。自由は内発的なプロジェクトであり、ミサイルや制裁、侵攻に乗って到来するものではない。社会の力学が動き、エリートが合意に達し、中間層が自立し、経済が依存とレント(利権)追求から解放されるとき、自由は形を取る。外部の「救世主」を前提とするモデルは、結局、依存と正統性の危機を深め、新たな不安定の循環を招くだけだ。

この比較の問題は、楽観か悲観かではない。歪曲だ。日本の歴史を歪め、世界の権力構造を単純化し、発展という複雑な過程を、都合よく包装した幻想へと還元している。ここまで単純化された分析なら、問うべきことは一つである。意図的に何が省かれているのか。

「米国に攻撃させれば、イランは日本になれる」という主張は、政治的勇気でも現実主義でもない。歴史的責任の回避である。発展に既製の公式はない。固有の歴史、アイデンティティ、矛盾を抱えた複雑な社会を、外部の大国が東アジアのコピーへ作り替えることなどできない。大国は自らの利益を追う。仮に安定が生じたとしても、それは副次的な結果にすぎず、目的ではない。

歴史、制度、地政学の文脈を抜きにイランを日本と比べることは、もはや分析ではない。プロパガンダだ。「建設的破壊」という幻想を利用しながら、人間的・社会的コストを脇に追いやるプロパガンダである。

本当の問いは、「イランは日本になれるのか」ではない。なぜ一部の人々が、8000万人規模の社会の複雑さを、幼稚な筋書き――爆撃、降伏、奇跡の発展―へと単純化しようとするのか、である。

歴史はそんなに単純ではない。誰かがそう語るとき、強く問い返さなければならない。この単純化と欺瞞によって利益を得るのは誰なのか。(原文へ)

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【メキシコシティーINPS Japan=ギエルモ・アヤラ・アラニス】

Guillermo Ayala Alanis
Guillermo Ayala Alanis

「千の用途を持つ植物」とも呼ばれる竹は、食から建築まで幅広い用途を持つ。その多用途性は、世界各地の大学で研究者の関心を集めている。|英語版|スペイン語|

「無人島に取り残され、手元に竹しかなくても、私は幸せだろう」──こう語るのは、メトロポリタン自治大学(UAM)ソチミルコ校舎(UAM-X)で15年以上にわたり竹を研究してきた、デザイン分野の博士(科学・芸術)ホセ・ルイス・グティエレス・センティエス氏である。
「竹はきわめて多用途な植物だ。限界を決めるのは、私たちの想像力だけである」

センティエス氏は竹の活用を、持続可能な開発目標(SDGs)の目標4(質の高い教育)や目標12(つくる責任 つかう責任)などに結び付けて位置付けている。UAM-Xで行われる学際的研究やワークショップを通じ、学生がこの古くからある植物を日用品へと作り変える力を養うことを促している。

    Photo: Bicycle structure. Credit: José Luis Gitiérrez.

「学生は竹を知り、身近な素材として認識し、活用に適した特徴や性質があることを学ぶ必要があります。環境負荷が低いという点も含めてです」と同氏は強調する。「環境の問題は、すでに私たち全員が避けて通れない横断的テーマになっているのです」

講座に参加するのは工業デザインの学生だけではない。他分野の学生も加わり、学際的なつながりを生む場となっている。これまでに、自転車やテーブル、台所用品など実に多様な製品が生み出されてきた。こうした体験は技術力を高めるだけでなく、素材に対する視野を広げ、革新的な可能性を実践の中で具体化していく。

  Photo: Bamboo structure. Credit: José Luis Gitiérrez.

竹はしばしば東アジア文化の象徴として語られるが、植物分類学上はオーツ麦やトウモロコシ、小麦、芝草などと同じイネ科に属する。数センチ程度のものから、約40メートル―12階建ての建物に相当する高さに達する種まで存在し、足場や住宅の建材としても利用されている。

木材の代替となり得る竹の活用は、無秩序な森林伐採の抑制にもつながり、目標15(陸の豊かさも守ろう)の達成にも資する可能性を持つ。

「製品を作るために、これほど多くの樹木を切り倒す必要がなくなる。土壌侵食や森林破壊といった問題を避けられる」とグティエレス氏は語る。「樹木は生態系の一部であり、木を失えば、多様な植物や動物が暮らす生息環境全体を壊してしまいかねない」。

SDGs Goal No. 12
SDGs Goal No. 12

竹の種は世界に約1200ある。アメリカ大陸では米国からチリまで分布し、メキシコには木質の竹が36種、草本の竹が4種存在する。主にコリマ、オアハカ、チアパス、プエブラ、ベラクルスなどの熱帯気候の州に分布し、建設産業向けに竹製品を提供する企業が拠点を置く地域もある。

メキシコでは伝統的に、竹は自生する農村地域で広く利用されてきた。住居の建設をはじめ、工芸品やかご編み、家具、生活用具などに活用されてきたのである。

メキシコ政府によれば、竹―「グリーン・スチール」とも呼ばれる―を用いた低コスト住宅の建設費は、従来の建材を用いた住宅に比べ、最大40%削減できる可能性があるという。

Photo: Room in Playa San Agustinillo, Oaxaca.

また、自然との調和を重視するホテル開発においても、竹の活用が広がっている。

代替素材への関心は竹にとどまらない。ノパル(ウチワサボテン)など他の植物も、研究者とメキシコ産業界の双方から注目を集めている。

たとえばグアダラハラでは、ある企業がノパル繊維に再生PETと綿を組み合わせ、Tシャツやスウェットシャツを製造している。こうした試みは、目標9(産業と技術革新の基盤をつくろう)にも合致する。

Image: T-shirt made from nopal cactus fiber, recycled PET, and cotton.
Source: MAYORK.
Image: T-shirt made from nopal cactus fiber, recycled PET, and cotton.
Source: MAYORK.

Mayokの営業・マーケティング責任者アルバロ・ルイス・スニガ氏によれば、この計画は環境負荷の低減に貢献したいという思いから4年前に始まり、2年前に製品化した。現在、Tシャツとスウェットシャツは順調に販売されているという。

「私たちは地球に暮らしている。地球に優しくあるべきだ」と同氏は語る。「メーカーにも消費者にも追加コストはかかる。だが最終的には双方に利益をもたらす。こうした特性を持つ製品は、今後少しずつ増えていくだろう。」

メキシコでは、再生素材を用いた衣料品は従来品より25~30%高いことが多い。だが同社は、その価格差は地球環境に資する投資として正当化されると考えている。Mayokは現在、グアダラハラやシナロア、プエルトバジャルタ、メリダに店舗を構え、国内の広い範囲に供給できる配送センターも備えている。

Image: Sweatshirt made from nopal fiber, recycled PET, and cotton.
Source: MAYORK.
Image: Sweatshirt made from nopal fiber, recycled PET, and cotton.
Source: MAYORK.

ルイス・スニガ氏は、さまざまなデザインや色での仕上がりや耐久性を検証するため、品質試験を重ねたと説明する。着心地を高めるため、生地の質感も調整した。

その取り組みが評価され、メキシコが2026年6月に開催する国際スポーツイベント向けに、スウェットシャツの大口注文を受けることにつながったという。

「私たちは自社製品に自信があります。たとえば大量のスウェットシャツ注文があったが、ワールドカップ向けだと聞いています。デザインを気に入る顧客は出てくるはずです。」と同氏は語った。

国連は、繊維産業が世界の排水の約20%を占め、温室効果ガス排出量の約10%を生み出していると警告している。こうした文脈で、天然繊維や再生PETの活用は、水質汚染の抑制と環境負荷の低減に資する。

SDGs Goal No. 15
SDGs Goal No. 15

メキシコでは、繊維産業が年間に巨額の経済活動を生み出す一方で、大量の廃棄物も排出している。ノパルのような天然繊維や再生PET由来の繊維の利用拡大は、目標12(つくる責任 つかう責任)の理念を社会に根付かせることにもつながる。

大学のワークショップであれ、再生素材に取り組む企業であれ、より持続可能な暮らしへの転換は、個々人の気づきから始まる。

竹とノパルが示しているのは、限界を決めるのは素材ではなく、私たちの想像力だということである。(原文へ)

This artice is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International, in consultative status with the UN’s Economic and Social Council (ECOSOC).

SDGs for All Banner 1

INPS Japan

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暫定政権がバングラデシュにもたらしたもの

BNPは、2024年のGenZ主導の蜂起で長期政権のシェイク・ハシナ首相が退陣してから18か月後の金曜日、議会選挙で地滑り的勝利を収めた。

【ダッカ/カトマンズ=ファルハナ・スルタナ】

バングラデシュは驚くべき成果を成し遂げた。2月12日、観測筋が「この10年以上で初めて真に競争的な国政選挙」と呼ぶ選挙で、数百万人の有権者が各選挙区の数千に及ぶ投票所に列をつくった。多くの人々にとって、2008年以来初めて「意味のある一票」を投じる機会となったのである。

選挙が実施され、観察者と市民の双方が「概ね平和で整然としていた」と評するだけの手続き上の信頼性を伴い、予定通り行われたのは偶然ではない。

それは、危機に陥った国家を引き継ぎ、民主的再生へ導く責務を負った暫定政権が、18か月にわたり積み重ねてきた努力の成果である。

バングラデシュが新たなページをめくるこの局面で、ユヌス博士の政権が18か月で何を成し遂げ、どこに課題を残したのかを率直に点検する価値がある。

文脈は極めて重要である。2024年8月5日、学生主導の革命を経て(その過程で1,000人以上が命を落とした)、シェイク・ハシナは国外へ逃れた。国は単に「政権の空白期」にあったのではない。急速な崩落の只中にあった。

警察は大半が持ち場を放棄し、複数の地区で暴力が噴出した。銀行部門は、政治主導の融資が長年積み上げた不良債権に蝕まれていた。司法、官僚機構、選挙管理委員会、主要な規制当局は、いずれも15年にわたり、特定政党の利害に体系的に従属させられてきた。

ユヌス博士と助言チームが引き受けたのは、「機能する国家が暫定的な管理者を待っている」状況ではない。再建を要する制度の荒廃であった。

その後に続いたのは、制度を立て直す期間である。不完全さはあったとしても、この取り組みは評価に値する。

改革プロセスは、暫定政権にとって最も重要な取り組みであった。憲法設計、司法、警察、メディア、労働、女性の権利などを対象に、11の委員会が設置された。提言は整理・統合され、政党を交えた7か月にわたる全国放送の協議を経て、「7月憲章」としてまとめられた。これは84項目の改革提案パッケージであり、約24の政党が支持した。

二大勢力のゼロサム対立に特徴づけられてきた同国の政治文化を踏まえれば、これほど長期にわたる多党協議は近年ほとんど前例がない。憲章が不完全であっても、制度再設計をめぐって幅広い合意形成を試みた努力は、形式にとどまらず実質を伴うものだった。

選挙の制度と運営にも、制度整備の成果が表れた。選挙管理委員会は再編され、有権者名簿は刷新された。さらに在外バングラデシュ人の参加を可能にするため、郵便投票が初めて導入された。

欧州連合(EU)やコモンウェルス、国際選挙監視団体などからの代表団を含む約500人の国際監視員・記者が登録された。選挙管理委員会は全国投票率が60%を超えたと報告している。ハシナ政権下の直近3回の総選挙が自由・公正を欠くとして広く疑問視されてきたことを踏まえれば、これは質的転換である。

経済と外交の面でも、暫定政権は厳しい環境を切り抜けた。

バングラデシュ統計局によれば、2025年末にかけてインフレ率は低下した。ただし政府目標をなお上回り、家計を圧迫し続けた。為替制度改革は外貨準備高の安定化に寄与した。

Donald Trump/ The White House
Donald Trump/ The White House

外交面の実績はむしろ際立った。トランプ政権が2025年4月、バングラデシュ製品に37%の相互関税を課した際、暫定政権は8月までに税率を20%へ引き下げる交渉をまとめた。さらに選挙のわずか3日前、ワシントンと正式な相互貿易協定に署名し、税率を19%へ一段と引き下げた。特定の繊維・アパレル輸出については無関税でのアクセスも盛り込み、バングラデシュは南アジアで初めてこの種の協定を最終合意した国となった。

日本との経済連携協定(EPA)では、バングラデシュ製品の数千品目について無関税待遇を確保した。

ユヌス博士の2025年3月の北京訪問では、投資・融資・助成として20億ドル超を引き出し、河川・水管理の長期マスタープラン策定に関する中国側の関与も取り付けた。

国際社会の注視から自らを遠ざけてきた時期を経て、再び世界に門戸を開いたこと自体が、実質的な外交成果であった。

制度面では、政府発表によれば、暫定期間中に約130の法律が制定または改正された。国税庁(National Board of Revenue)はいったん解体されたうえで再編された。バングラデシュは「強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約」に署名した。前政権が拒んできた一歩である。

調査委員会は、ハシナ政権下の強制失踪について1,600件を超える申し立てを記録した。国家予算は2008年以来初めて生中継で公表された。

ただし、この期間を失敗のないものと捉えることはできない。治安は終始脆弱であった。記者への対応は国際的な報道の自由団体から批判を受けた。女性は経済的損失を不均衡に負担した。少数者の権利も課題として残った。若年失業は高止まりした。マクロの安定化は、何百万人もの家計にとって実感できる救済にはつながらなかった。

これらは現実の失敗であり、軽視できない。

それでも強調すべきは、暫定政権の基本姿勢である。この政権は、自らの使命を移行期の「修復」と位置づけ、権力の固定化を図らなかった。

Muhammad Yunus photo credit: Katsuhiro Asagiri.
Muhammad Yunus photo credit: Katsuhiro Asagiri.

ユヌス博士は就任時84歳で、革命を主導した学生リーダーの要請を受け、この役割を引き受けた。政治的野心からではない。相当の個人的犠牲を払いながらも、自由で公正な選挙の実施を約束し、それを果たした。日程は事前に示され、選挙は実施され、政権は退く準備を整えた。

民主的移行がしばしば頓挫し、指導者が「非常事態」を口実に任期延長や憲法操作に踏み込む例も少なくない地域において、自らの後継を生む仕組みを整え、実際に一歩身を引く政府は稀である。その点で、この移行が持つ意味は小さくない。

選挙が終わったいま、バングラデシュは政治の一章を閉じ、次の章を開いた。暫定政権の時代は終わり、選挙で選ばれた統治の時代が始まろうとしている。

今後は、次期議会でいかなる連立が形成されるか、その能力と意思、そして市民と市民社会が政府に説明責任を求め続ける力に左右される。

改革の枠組み、再編された選挙制度、7月憲章、回復した外交関係は、完成された成果ではない。次の政府が積み上げ、強化することも、放置することもできる「開かれた可能性」である。

多くのバングラデシュ人にとって、この選挙は、異例の章の終わりでもある。ノーベル賞受賞者が市民社会から招かれ、国家の再出発を監督するという展開が現実になったからである。

移行期の指導者が感謝されて去ることは稀だが、ユヌス博士はそうした別れを受けている。期間が完璧だったからではない。約束した形で移行を終えたからである。

博士と助言チームは、機能不全に陥った国家を引き受け、重要だが未完の修復作業を進めた。信頼できる選挙を実現し、多党間の改革合意を築き、国内の強い政治圧力の下で外交・経済の不安定局面を乗り切った。国が、多くの人々が恐れた破局的な混乱へ転落する事態を回避した点も見逃せない。

ユヌス博士は無謬ではない。しかし、その姿勢は一貫して説明責任と合意形成、そして「7月革命を起こした人々の民主的権利」に向いていた。

博士とチームは次へつなぐ土台を残した。支配ではなく対話を、布告ではなく協議を優先した。便宜よりも倫理的責任を重んじる公共奉仕のあり方を示したのである。

Location of Bangladesh
Location of Bangladesh

私は、グローバル・サウスの各地で、統治、権力、日常生活を形づくる構造要因を研究してきた。民主的移行がいかに脆いかを知っている。民主的移行は、成功よりも失敗が多い。

次の政府が引き継ぐ課題は巨大である。回復がようやく始まったばかりの経済、部分的にしか実装されていない制度改革、権威主義支配と革命的激動のトラウマを抱え続ける社会、そして継続する環境課題――。経済・政治・社会・生態の難題は相互に絡み合っている。

多元性と説明責任の空間が拡大するのか、縮小するのかは、改革がどう運用されるか、そして市民社会が透明性をどれだけ粘り強く求め続けるかにかかっている。

2024年7月と8月に街頭を満たした勇気は、いま、投票という形で表出した。その民主的エネルギーを持続する制度へ転化する作業は、数か月ではなく数年を要する。

担うのは新政府、市民社会、そして一人ひとりの市民である。選挙と国民投票は一定の手続き上の正統性を回復した。しかし、より難しい課題は、その正統性を日々の統治に埋め込むことである。

私たち全員に責任がある。建て直し、新たな指導者に説明責任を求め、7月の殉教者たちの犠牲が無駄にならぬようにする責任である。

バングラデシュは転機を越えた。ここからどこへ向かうかは、私たち次第である。(原文へ)

ファルハナ・スルタナ(シラキュース大学マクスウェル公共政策大学院/地理学・環境学教授)

※COUNTERPOINTに掲載された原文を許可を得て転載。

INPS Japan

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