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WHOアフリカ支部、アフリカの査読付き論文執筆支援を強化

【ナイロビIPS=マイナ・ワルル】

世界保健機関(WHO)アフリカ支部とそのパートナーらは2023年、科学誌に25本以上の査読付論文を発表した。研究活動の世界的な不均衡を正し、保健分野の科学研究でアフリカの代表性を高めることが狙いである、と最新の報告書は述べている。

WHOは「感染症・非感染症分野における保健サービスの普遍的利用促進」(UCNクラスター)プログラムを通じて、保健政策の課題や疾患に関する多くの成果を発表した。たとえば、ウガンダやマラウィ、タンザニア、ガーナ、ナイジェリアなどの国々での動物由来感染症のリスクや、アフリカでの疾患の負担を緩和する公共保健のアプローチがテーマだ。

WHOアフリカ支部長のマツィディソ・モエティ博士は、「こうした研究はアフリカに不可欠です。」と語った。

SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No. 3

「世界的に見れば、アフリカ地域は疾患の悪影響を最も被っています。貧困によって状況はさらに悪化しますが、コロナ禍以前の10年間は、貧困は減少傾向にありました。しかしコロナ禍だけが理由ではなく、2020年から22年にかけての一連の深刻なショックによって、状況は再び逆転しています」とモエティ博士は語った。

「気候変動、世界的な不安定、経済成長の鈍化、紛争といった大きな脅威があります。このため、私たちWHOアフリカ地域事務局は、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジに向けた保健システム強化のアプローチを用いて、『誰一人取り残さない』という2030年アジェンダの中心的な約束に焦点を当てることが、これまで以上に重要になっています。」

4月に公表された『アフリカにおける疾患の根絶:感染症・非感染症対策2023』によると、WHOの科学者らは『社会科学・人文学オープン』誌を含めた評価の高い学術誌に論文を発表し、世界全体で2%と推定されるアフリカからの科学研究発表の底上げに一役買うことができたという。

これらの研究は米国のPublic Library of Science(PLOS)を含めたオープンアクセス誌に投稿され、世界中の科学者や市民が無料でアクセスすることができる。

ナイジェリア寄生虫学雑誌』のようなアフリカで出版されている科学誌に加えて、地域での出版支援はアフリカの科学向上に役立ち、その延長として世界的な研究の不均衡是正にも資することになろう。

「科学技術の進歩を創造し、獲得し、翻訳し、適用する国の能力は、その国の社会経済的・産業的発展の主要な決定要因である。アフリカの現在および将来の健康上の課題の多くは、効果的な疾病予防とコントロールに向けた集団ベースのアプローチに関する研究を実施し、それを政策と実践に反映させることによってのみ対処できる」と上記報告書は序文で述べている。

According to the Ending Disease in Africa: Responding to Communicable and Noncommunicable Diseases, WHO scientists were able to publish their work in reputable journals, supporting Africa’s efforts to raise her scientific research production, which is estimated at only 2 percent of the world’s total. Credit: WHO
According to the Ending Disease in Africa: Responding to Communicable and Noncommunicable Diseases, WHO scientists were able to publish their work in reputable journals, supporting Africa’s efforts to raise her scientific research production, which is estimated at only 2 percent of the world’s total. Credit: WHO

「アフリカでは他の地域よりも疾患による社会への影響が大きいが、世界全体の研究に占める割合は、2000年で0.7%、2014年で1.3%、最近でも推定2%にしか過ぎない。これに対して、UCNクラスターとそのパートナーらは、2023年に査読論文25本以上を刊行した。研究活動の世界的な不均衡を正し、アフリカの代表性を高める取組みの一環だ」。

ガーナでは、WHOが皮膚潰瘍の発生について調査する「地域を基盤とした分野横断的研究」を実施した。『PLOS One』誌で発表された知見において、さまざまな皮膚疾患に関する情報を共通の研究プラットフォームで統合する重要性を示した。またタンザニアでは、本土における地域を基盤としたマラリア対策を導出するため医療施設のデータを定期的に集める「時空間モデル」の構築がなされた。

WHOアフリカ支部の言及する論文の一部は、アフリカ大陸におけるエビデンスを基にした臨床的、公共保健的な対応の採用及びその実行を成功させるために実施された「実証研究」の例だ。

その中には、アンゴラにおける「顧みられない熱帯病」(NTDs)、住血吸虫症、土壌伝染蠕虫駆除のための学校ベースの予防化学療法プログラムの影響評価が一例として挙げられる。この例の場合、使用された医薬品はこれら疾患の抑制にほとんど効果がなかった。これらの知見はPLOS Neglected Tropical Diseases誌に掲載されている。

「このことは、地域全体での疾患抑制プログラムの経験を伝え、考慮するにあたって、個人やコミュニティ、環境の要因を包括的に理解する必要性を指し示している。」とこの研究は結論している。

シュプリンガー・ネイチャーの『マラリア・ジャーナル』は、マラリア関連の発熱をしたマラウィの子どもたちの親がどのように治療を求めたかに関するこの研究チームの調査結果を刊行している。研究では、社会経済的な状況があまりよくなく、医療機関から遠い地域に居住する人々に対して、いかに対象を絞った医療的対応ができるかを記述している。

ナイジェリアでは、UCNクラスタープログラムが開発した地域における住血吸虫症データ分析ツールを用いた研究が、戦略的計画策定目的でこのツールが有用であることを強調している。この疾病を抑えるためにアフリカ全体で利用できるツールだ。住血吸虫属が急性及び慢性の寄生虫病の主要な原因となっている。

保健政策・保健システムの研究の目的は、「集団的な保健目標」がいかにして達成しうるかをよりよく理解することにある。このことは、経済学・社会学・人類学・政治学・公共保健学などさまざまな学問分野を通じてなしうる。

こうした学術誌の一つが、エルゼビアの発行する『社会科学・人文学オープン』誌である。アフリカ大陸における感染症蔓延の50年を検討し、協調的な公共保健政策によって蔓延が防げるだけではなく、疾患への備えと予防行動に関する重要な教訓を引き出せる、としている。

きわめて重要なことは、専門家が「知識の翻訳作業」を行っていることだ。すなわち、保健システムを強化し健康を改善する上で、世界及び地域でのイノベーションの利益をもたらすために、さまざまな主体が知識を応用するということだ。

「アフリカに関しては、知識の翻訳作業とは土着化のことである。つまり、地元の観点やアプローチを取り入れ、その政策的な介入の影響に関して社会的、文化的、政治的、環境的、保健システム的な状況の効果を考慮に入れるということだ。」

2023年、UCNクラスターは、アフリカ地域の人口の約44%が罹っていると言われる口腔疾患などについて、世界の知識を翻訳し、土着化させた。

African Continent/ Wikimedia Commons
African Continent/ Wikimedia Commons

この文書によれば、アフリカは「この30年で世界の中でも最も口腔疾患の増加率が高い」という。実際のところ治療コストは「きわめて低い」。疾患抑制に関する最新情報の共有が必要なゆえんだ。

この報告は、科学研究とは別に、モーリシャスが禁煙対策に関するWHOのパッケージをアフリカで完全実施した初の国になったことを報告し、同時に、WHOアフリカ支部がコートジボワール・ケニア・ジンバブエで乳ガン・頸椎ガンの発見・治療・ケアを支援する取り組みを開始した、としている。

同様に重要なことは、WHOアフリカ支部が、ナイジェリア政府と協力して、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンを定期的なワクチン接種のスケジュールに入れ込んだことだ。700万人以上の女児を対象としており、アフリカでの1回のHPVワクチン接種としては最大の数となる。

2024年1月にこの3年間で住血吸虫症の発症ゼロを記録したアルジェリアでのサクセスストーリーや、アフリカで3番目のマラリア撲滅国と宣言されたカーボベルデも印象的である。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau

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|パキスタン|100億本植樹プロジェクト:政治がいかにこの素晴らしい取り組みをぶち壊しにしたか

【イスラマバードLondon Post=マジッド・カーン】

「100億本の木の津波」プロジェクトは、大規模な再森林化を通じて環境劣化の問題に取り組むというパキスタンの強い意志を示している。世界的な「10億本植樹キャンペーン」(=国連環境計画がノーベル平和賞受賞者であるワンガリ・マータイ女史と連携して、2007年末までに界中で10億本の植樹を目指して始めた活動)に触発されたこの大胆な活動は、パキスタン全土に100億本の木を植樹し、失われた森を取り戻し、気候変動に対抗し、生物多様性を保つことを目的としていた。この高邁な志と当初の称賛にも関わらず、パキスタンの複雑な政治情勢のためにプロジェクトは危殆に瀕している。

「100億本の木の津波」活動は、2018年初めまでに10億本の植樹を成功させたカイバル・パクトゥンクワ州のプロジェクト「10億本の木の津波」の延長として構想されたものだ。このプロジェクトの成功と国際的な認知を受けて、パキスタン連邦政府は2018年にプロジェクトを全国に拡大することを決め、2023年までに100億本の植樹を目指した。プロジェクトは単なる環境問題への取り組みではなく、国際環境協定や持続可能な開発目標(SDGs)に対するパキスタンの広範なコミットメントにも組み込まれていた。違法伐採や過剰な農業、持続不可能な林業などの緊急の問題に対処し、荒廃した景観を再生させることを目指している。

このプロジェクトは、持続可能な実践を通じた環境再生と経済活性化に焦点を当てた複数の目標を掲げて構成された。主要な環境目標は、森林を取り戻すことでパキスタンのCO2排出を大幅に削減し、土地の劣化と砂漠化を食い止めることだった。経済面では、苗木工場、植樹、森林の育成などで多くの雇用を生み農村地帯に成長をもたらすことを目指した。これにより、大気の質を改善し、エネルギーコストを削減し、地域の生物多様性を高めることで、生態系のバランスを促進し、パキスタンの多様な生態系を維持するために重要な自然の生息地を回復することが期待された。

パキスタン各地に数億本の植樹をしたこのプロジェクトは、開始当初から著しい進展を見せた。地域社会を効果的に動員し、環境意識を高め、持続可能な土地管理の実践を促進した。このイニシアティブは、環境保護団体や政府から国際的な賞賛を受け、大規模な環境保全の先駆的モデルとして高く評価された。このような評価は、このプロジェクトの可能性を示しており、継続的な成功に希望を与えるものであった。

Image credit AFP

政府の強力なバックアップのもとに始まったにもかかわらず、プロジェクトはたちまち論争の種になってしまった。野党はプロジェクトの実施やその透明性に疑問を投げかけ、高邁な理想の背景にある真意を訝った。この政治的抗争は、地域・地方レベルでの権力の交代が頻繁に起きて、プロジェクト実施の継続性と一貫性に悪影響を及ぼした。

プロジェクトは、政治的な反対から、実務的・財政的な障害に至るさまざまな難題に直面した。政治的には、この取り組みは、環境対策というよりも単なるイメージアップ作戦の道具だとしばしば見られており、政治的腐敗や管理不行き届きの汚名を着せられている。実務的に見れば、パキスタンの多様な地域と気候条件においてこれだけ大規模な植樹を行うことは、そもそも困難を抱えている。財政的な持続性も懸念されており、不安定な経済状況と国際支援への依存という状況の中で、長期的に資金を確保する必要がある。

「100億本の木の津波」プロジェクトに対する反応は、社会の様々な領域でまちまちだった。環境活動家や地域社会は全体としてプロジェクトを支持しているが、野党からは懐疑的な見方や批判にさらされた。世論の認識を形成する上で、プロジェクトの成功を強調し、その欠点を浮き彫りにする支持と批判の両方を提供するメディアの役割は極めて重要だ。

政治的な介入によってプロジェクトの進行は妨げられてきた。方針がしばしば変わり、資源の配分が変更され、お役所仕事的な障害もある。イムラン・カーン首相が議会の不信任決議可決で権力の座を追われると、プロジェクトは大幅な後退を強いられた。歴史的に気候変動問題は、現職のシャバーズ・シャリフ首相にとってはあまり重要な問題ではないようだ。他方で、気候問題の専門家らは首相に対して、森林を回復するカーン政権時代のこのプロジェクトを継続するよう求めている。

プロジェクトの目標が政治化され、政府の優先順位に矛盾が生じたため、プロジェクトの実施に一貫性がなくなり、実効性が低下した。プロジェクトへの介入は、不安定な政治状況が環境対策にいかに大きな影響を与えるかを示しており、こうしたプロジェクトを政治的な妨害から守る強力なガバナンス構造が必要であることを印象づけた。

プロジェクトの履行が不完全なことで、環境・経済・社会に広範な悪影響があった。環境面では、植林目標を達成できなかったため、CO2吸収と生物多様性の改善という潜在的な利益に制約が課された。経済面では、プロジェクトは目標とした雇用を創出できず、農村地帯の経済開発にブレーキがかかった。社会面では、プロジェクトの困難と管理のまずさによって、一般からの信頼を失い、このような大規模な環境保全の成功にとって不可欠な政府主導の取り組みに対する熱意を減退させた。

「100億本の木の津波」プロジェクトは、このような重大な困難に直面しながらも、環境保全の一里塚となり、政治的枠組みの中で大規模な環境関連事業を統合する上での重要な教訓を提供してきた。今後の取り組みにおいては、超党派の支持を確保し、透明性を高め、市民参加をしっかりと維持することが重要になってくる。これらの戦略は、環境目標の達成に役立つだけでなく、政治的・経済的課題に対するプロジェクトの回復力を強化し、その効果を高め、長期的な持続可能性を確保することにもつながる。「100億本の木の津波」は、環境保全において何が可能かを示す道標であり、潜在的な利益と、このような野心的なプロジェクトが必然的に直面する複雑な課題を象徴している。(原文へ

※著者のマジッド・カーンはメディア学の博士で、ジャーナリスト、学者、作家である。プロパガンダ戦略、情報戦争、イメージ構築の分析を専門とする。

INPS Japan/London Post

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2024年に注視するべき五つの紛争

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=トビアス・イデ 

平和と紛争という観点で見ると2023年は良い年ではなかった。2023年7月、ウプサラ平和紛争データプログラムは、直近の2~3年間に1945年以降のいかなる時期よりも多くの武力紛争が起こったと発表した。メキシコのカルテル絡みの争い、ロシアによるウクライナ侵攻、ミャンマーの軍事クーデター、西アフリカ諸国の国家脆弱性による苛烈な戦いなどである。さらに最近では、中東でイスラエルとパレスチナにおける大規模な武力衝突が起こっている。(

本稿では、2024年に世界が注視すべき五つの紛争を手短に取り上げたい。人命を危機にさらし、生計を損ない、従って注視に値する紛争はこれよりもっと多いことは明らかである。例えば、コロンビアで進行中の反政府活動、アフリカの数カ国(エチオピア、マリ、スーダンなど)で起きている内戦、台湾をめぐる緊張の高まりなどだが、ここでは、影響が広範囲に及ぶ可能性があり、被害を受けた人々の状況を改善するには国際社会の注目が不可欠と思われる紛争を取り上げる。ただし、そのようなリストにある程度の主観的判断も含まれることは避けようがない。

ウクライナ: ロシアによるウクライナ侵攻からほぼ2年経つが、状況は膠着状態である。ロシアは、戦争の最初の数週間で奪取した領土を大幅に超えて進攻することはできずにいる。同様に、ウクライナが2023年の反転攻勢で奪還した領土もほんのわずかである。侵攻はウクライナの主権(と選挙で選ばれた政府)、ウクライナ国民の人間の安全保障(特にロシア軍の戦争犯罪の数々を考えると)、ルールに基づく国際秩序に対する重大な攻撃である。中国が調整役を果たす可能性はあるものの、今のところ国際制裁の影響を見ると、ロシアが国際圧力に屈することはなさそうである。そのため、ウクライナに対する他の国家と国際社会(国連など)による継続的な軍事支援、経済支援、道徳的支援がいっそう重要になる。

米国: 2024年は全ての国の74%が選挙を迎える。そのうち一部では、過激主義の政党や候補者が権力を握り民主主義の原則が損なわれる可能性が非常に現実的である。米国では近年、著しい政治的分極化が見られており、前回の大統領選をジョー・バイデンが盗んだという(完全に誤りである)思い込みが広まった。その結果、政治的暴力が増加し、2021年初めの連邦議会議事堂襲撃事件へと発展した。2024年の選挙でドナルド・トランプが敗北した場合、あるいは出馬を法的に禁止された場合、同様またはよりひどい政治不安が現実のものとなる可能性がある。そのような注目度の高いイベントに加え、民主党とますます急進化している共和党との間で予算論争が長引いており、その結果、連邦支出の削減や遅延が生じ、それが(とりわけ)ウクライナへの支援や社会的セーフティネットに影響を及ぼしている。2024年の選挙で民主的選択をするかどうかは米国の国民にかかっているが、国際社会は誰であれ正当な勝者として浮上する者をしっかりと支持するべきであろう。

イスラエルとパレスチナ: 2023年10月7日のハマスによる恐ろしい襲撃を受けて、イスラエルは歴史上最も破壊的といえる軍事行動によって反応した。ハマスはイスラエルへのロケット弾攻撃を続けており、一方、西岸地区では急進的なイスラエルの入植者がパレスチナの民間人を恐怖に陥れている。どちらの紛争当事者も、外部からの多大な支援を受けている。それぞれの支援者は、彼らに対し無条件で以下の三つの措置を講じるよう促すべきである。(1)ハマスはイスラエルに対する攻撃を停止し、残りの人質全員を解放し、イスラエルが存在する権利を認めなければならない。(2)イスラエルは、軍事作戦に関連する民間人の犠牲者とインフラ破壊を削減し、ガザ地区への援助拡大を可能にする実質的な措置を講じなければならない。(3)イスラエルは、占領した西岸地区における入植拡大を停止し、現地の過激な入植者を抑制し、西岸地区を将来のパレスチナ国家の主要領土とすることを約束しなければならない。一般市民、国家、そして国連のような国際機関は、紛争の両当事者に対してこれらの措置を講じるよう圧力をかけるべきである。

災害: 2024年は、エルニーニョ現象が最大限の影響を及ぼし、記録的な高温と(世界の地域によっては)多くの場所で厳しい干ばつや破壊的な洪水が起きることが予測される。そのような災害は、抗議活動や反政府感情を誘発することが分かっている。場合によっては、武力紛争の勃発や激化に発展することさえある。例えば、災害によって国家が弱体化する、あるいは絶望した被災者を武装グループがリクルートするといったケースも考えられる。とはいえ、国際的な注目と支援がものを言うことも、研究者らによって示されている。救援物資、救助隊、資金援助(世界銀行やUNICEFなど)が入ることによって、大きな災害後の人道的苦難と政治的不安定の両方を緩和することもできる。同様に、世界の注目の的となれば、武装グループは、評判へのダメージを回避するため、人道上の緊急事態を前に攻撃を続けることをためらう場合が多い。

ミャンマー: デビッド・ブレナーとエンゼ・ハンは最近、大規模な武力紛争であっても国際的には極めて限定的な注意しか引かない場合が多いことを気付かせてくれた。そのような忘れられた紛争に目を向けなければ、これらの戦いに対処するために(激化する前に)取り得る行動について、われわれの理解が限定されてしまう。また、紛争当事者に対して、暴力を抑制し、交渉の席に着くよう促す外部の圧力も限定的となる。ミャンマーでは、そのような忘れられた紛争が起こっている。2021年初め、ミャンマー国軍は2020年11月の選挙結果を退け、政権を退陣させ、暫定軍事政権を樹立した。新政権は、クーデターに対する平和的抗議活動も既存の反政府運動も弾圧し、その過程で重大な人権侵害を働いた。2023年終盤の時点で抵抗勢力連合は国の50%以上を掌握しているが、激しい戦闘が続いており、大量の避難民と人道緊急事態をもたらしている。それにもかかわらず、この紛争は国際的議題として注目度がかなり低く、そのため、紛争当事者に行動を抑制して交渉を開始するよう促す圧力は、国家や国際機関からあまりかけられていない。

現在の世界的な動向を踏まえると、2024年は特別に平和な年とはなりそうもなく、時には見るのもつらいほどになるだろう。しかし、目をそらすことは選択肢ではない。なぜなら、世界の注目と連帯によって、少なくとも一部の残虐行為を現場で防ぐことができるからである。

トビアス・イデは、マードック大学(オーストラリア・パース)で政治・政策学講師、ブラウンシュバイク工科大学で国際関係学特任准教授を務めている。環境、気候変動、平和、紛争、安全保障が交わる分野の幅広いテーマについて、Global Environmental Change、 International Affairs、 Journal of Peace Research、 Nature Climate Change、 World Developmentなどの学術誌に論文を発表している。また、Environmental Peacebuilding Associationの理事も務めている。

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世界報道の自由デー2024

【ニューヨーク/東京INPS Japan/IPS NORAM】

ジャーナリズムは再び危機に瀕している。

報道の自由に対する挑戦は巨大かつ多面的である。

そしてそれは、「自由」で開放的な社会においても、また専制的な国家においても深まっている。

2023年、世界各地で45人のジャーナリストが職務中に命を落とした。

2023年12月1日現在、世界中で363人のジャーナリストが投獄されている。

昨年10月にイスラエル・ガザ戦争が始まって以来、100人近いジャーナリストやメディア関係者が殺害された。

これは紛争地域における死者数としては過去数十年で最悪である。

生命への脅威だけでなく、2023年には何万ものメディアの雇用が失われた。

デジタル優位のこの時代、ソーシャルメディアはますます視聴者を分断している。

私たちは、自由と民主主義が蝕まれていくのを目の当たりにしている。

ロシアではジャーナリストが大量に国外に流出した。

香港は(報道の自由に関して)かつての面影はない。

ミャンマーの政権は記者を殺し、牢獄に閉じ込めている。

アメリカ人の3分の2以上がマスメディアを信用していないと答えている。

優れた報道も行われているが、その多くは目に触れることなく、あるいは完全に見過ごされている。

とりわけ、気候変動や地球の状況に関する報道に関してこの傾向は顕著である。

インドで殺害された28人のジャーナリストのうち、少なくとも13人は環境に関連した記事を担当していた。

そのうちの何人かは、いわゆるサンド・マフィアと呼ばれる、建設業界に砂を供給する組織的犯罪ネットワークを調査取材中に殺害された。

今年、ユネスコは「世界報道の自由デー」を、現在の世界的な環境危機におけるジャーナリズムと表現の自由の重要性に捧げる。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau

IPS News Agency

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「報道の自由」は重要だが、ピークは過ぎたのだろうか?(ファルハナ・ハクラーマンIPS北米事務総長・国連総局長)

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収奪と殺しのライセンスをキャンセルする(ジュリオ・ゴドイ人権ジャーナリスト)

報道の自由と気候ジャーナリズム、危機の中の連帯(ファルハナ・ハクラーマンIPS北米事務総長・国連総局長)

【ローマIPS=ファルハナ・ハクラーマン】

ジャーナリズムは再び危機に瀕している。報道の自由に対する挑戦は甚大かつ多面的であり、「自由」で開放的な社会においても、独裁的な社会においても、混迷の度合いを深めている。しかしこれに対する単純な解決策はない。

個人やメディア全体にとって、今日の危機は存亡にかかわる深刻なものである。

ジャーナリスト保護委員会によれば、昨年10月のイスラエル・ガザ戦争が始まって以来、100人近いジャーナリストやメディア関係者が殺害され、紛争地域における死者数としては過去数十年で最悪だという。そのほかにも逮捕されたり、負傷したり、行方不明になったりしている。またジャーナリストの家族も殺されている。ジャーナリストの中には、イスラエル軍に狙われていると考える者もいる。

生命や身体への脅威だけでなく、2023年には何万ものメディアの仕事が失われた。報道機関全体が閉鎖されたり、買収されたり、縮小されたりしている。

デジタル・カオスが強化され、偏見と偽情報のはびこるソーシャル・メディアの世界では、視聴者は、彼らが選ぶ報道機関と同様に、ますます分裂している。

Image credit: Pixabay
Image credit: Pixabay

ボットやAIが生成するディープフェイクは、この政治的混乱と不信感をさらに増幅させるだろう。流言飛語、微妙な脅し文句、旧来型の脅迫は、自由と民主主義を侵食する強力な組み合わせである。

ロシアではジャーナリストが多数国外に流出している。香港はかつての面影はない。ミャンマーの軍事政権は記者を殺害し投獄している。しかし、ますます二極化が進む米国では、アメリカ人の3分の2以上がマスメディアを信用していないと答えている。優れた報道も行われているが、その多くは目に触れることなく、あるいは完全に見過ごされている。

南アフリカの会員制日刊紙マーベリックは4月、市場の失敗がいかに独立ジャーナリズムを危険にさらしているかについて注意を喚起するため、丸一日休刊した。

ジャーナリズムがなければ、民主主義も経済も崩壊する」と同紙は宣言した。

こうしたまったく異なる要因がどのように組み合わさっているのかは、世界的な気候の崩壊や、環境に対するより広範な脅威に関するメディア報道を見れば明らかだ。

環境は、時に紛争報道にも似た非常に危険なテーマであるだけでなく、汚染産業(その中には巨大な国有企業もある)や、政治、学界、「非営利」財団、そしてマスメディア自身に巣食う偽情報のパートナーたちによって発せられる企業プロパガンダの巣窟となっている。

ユネスコは今年の「世界報道の自由デー」を、現在の世界的な環境危機におけるジャーナリズムと表現の自由の重要性に捧げる。ユネスコが言うように、「科学者と同様に独立したジャーナリストも、私たちの社会が環境政策を含め、十分な情報に基づいた決定を下すために、嘘や操作から事実を切り離すための重要な役割を担っている。」

「調査報道ジャーナリストはまた、環境犯罪に光を当て、汚職や強大な権益を暴き、時には究極の代償を払うこともある。」

世界最大の民主主義国家であるインドでは、ナレンドラ・モディ氏が首相に就任してから10年後に選挙が行われるが、国境なき記者団は、この間インドで殺害されたジャーナリスト28人のうち少なくとも13人が、主に土地の差し押さえや違法採掘など、環境に関連する記事を担当していたと指摘した。そのうちの何人かは、いわゆるサンド・マフィアと呼ばれる、建設業界に資金を供給する組織犯罪ネットワークの調査中に殺害された。

国境なき記者団は、2023年世界報道の自由度指数でインドを180カ国中161位にランク付けした。

グローバル・サウスでは、先住民、ローカル、独立系のジャーナリストやコミュニケーターは、十分なバックアップやリソースのない遠隔地で活動している間、暴力や 脅迫に対してとりわけ脆弱である。

しかし、世界の先進民主主義国(生物多様性の大量絶滅、汚染、地球を過熱させる温室効果ガスの排出の道を切り開いた国)では、大手メディアは化石燃料企業と提携し、積極的に協力している。

DrilledとDeSmogの報告書で明らかにされているように、多くの大手メディアは、「社説やビデオ、さらにはイベントやポッドキャスト全体を広告主のために制作する自社ブランドのスタジオ」を持っており、その多くは化石燃料会社である。

「ポリティコ、ロイター、ブルームバーグ、ニューヨークタイムズ、ワシントンポスト、ファイナンシャルタイムズのようなメディアは、石油会社のために、気候に関するジャーナリストの発表と正反対の記事を作成している。そして、広告コンテンツと報道の違いを見分けられる人は、せいぜい3分の1であることが、専門家らによる調査からわかっている。

World Press Freedom Day 2024

ジャーナリスト、特に気候危機と生態系の崩壊を取材するジャーナリストは、一般大衆の関心を引き、情報を伝えようとする努力を妨げる、ほとんど無形の矛盾にも立ち向かわなければならない。

私たちや私たちの地球が直面している危険の大きさを、すでに悲惨な出来事の数々に打ちのめされている世界中の聴衆にどう伝えるのか。ある米国の政治学者が「banality of crazy(狂気の凡庸さ)」と呼んだものに、どう抗うのか。

「狂気の凡庸さ」とは、元々ドナルド・トランプ氏の暴力的で性差別的で人種差別的な暴言を指していた。彼の暴言は頻繁に繰り返されるためそのうちメディアがほとんど反応しなくなった。このことからこの言葉は他の危険なニューノーマルを表現するのにも使われている。

この問題に対する答えはひとつではない。報道の自由はまさにそれにかかっている。それはまた、私たち自身の誠実さと信頼性にかかっているのだ。(原文へ

SDGs for All Logo
SDGs for All Logo
国際通信社IPSが、INPS Japanが創価学会インタナショナル(SGI)と推進しているSDGs for Allメディアプロジェクトに2024年4月から参画している動機の一つは、まさに「報道の自由」と「気候ジャーナリズム」を守り、国際社会で起こっている真実を読者に伝えるためである。IPSのジャーナリストは本プロジェクトに参画しているLondon Post,Nepali Timesと共に、世界で起こっている環境、紛争、人権問題等について、他人事ではなく自らの問題意識として捉え、身近にできることから変革の主体者となる「同苦の精神」を持ち合わせたSGIメンバーをはじめとした読者の存在を励みに、世界各地から最新の分析記事を配信してまいります。

INPS Japan/IPS UN Bureau

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今日、中東では大規模な地域紛争、さらには核兵器による大惨事の可能性が大きく影を落としている。アントニオ・グテーレス国連事務総長が厳しい警告を発しているにもかかわらず、多国間システムは、紛争、貧困、抑圧といった、まさに国連が対処すべき課題の解決に苦慮している。深く分断された世界において、今年9月の「国連の未来サミット」は、国際協力のあり方を修正し、グローバル・ガバナンスの格差を是正する貴重な機会を提供するものである。

Photo: UN Secretary-General António Guterres speaks at the University of Geneva, launching his Agenda for Disarmament, on 24 May 2018. UN Photo/Jean-Marc Ferre.
Photo: UN Secretary-General António Guterres speaks at the University of Geneva, launching his Agenda for Disarmament, on 24 May 2018. UN Photo/Jean-Marc Ferre.

問題は、国連関係者以外の人々や市民社会組織の間で、このサミットが開催されることを知っている人々はかなり限られているということだ。これは、幅広い協議が行われていないためである。昨年12月、21世紀の国際協力の青写真となるはずの「未来のための協定」のゼロ・ドラフトに、市民社会がインプットを提供する時間や機会が限られていたことから、立ち上げから事態はお粗末な展開となった。

2024年1月に発表されたゼロ・ドラフトは、目前の難題に取り組むという野心に欠けていた。基本的な自由に対する制限が増大し、持続可能な開発目標(SDGs)の実現に必要な透明性、アカウンタビリティ、そして参加を著しく妨げているにもかかわらず、この草案には市民社会の役割についての言及が一つあるだけで、市民的空間については何も書かれていない。

はっきり言って、サミットの共同ファシリテーターであるドイツとナミビアは、このプロセスが純粋に政府間のものであることを望む国々と、市民社会の関与に価値を見出す他の国々の要求のバランスを取らなければならないという、困難な立場にある。2月には、ベラルーシを筆頭とする一握りの国々が、国連憲章特別委員会に書簡を送り、市民社会組織の正当性に疑問を呈した。もしこれらの国々の要求が受け入れられるようなことになれば、国連は、市民社会の参加によってもたらされる革新性と広がりとを失ってしまいかねない。

2024UNCSC

国連は今年5月にはナイロビで大規模な市民社会会議を主催するが、その目的は、市民社会が 「国連の未来サミット」にアイデアを提供するためのプラットフォームを提供することである。しかし、応募者の選考から会議開催まであと1カ月しかなく、どれだけの市民社会代表、 とりわけグローバル・サウスの小規模な組織の代表が参加できるかは未知数である。

国連には、市民社会特使の任命を求める『Unmute Civil Society(無言の市民社会)』 の提言を受け入れる必要性が残っている。そのような特使は、国連がそのハブを越えて市民社会への働きかけを推進することができる。多くの人々が国連を遠い存在だと感じている中、市民社会特使は、国連の広大な機関やオフィス全体にわたって、人々や市民社会のより良い、そしてより一貫した参加を擁護することができるだろう。これまでのところ、市民社会と国連との関わりは不均等なままであり、様々な国連部局やフォーラムの文化やリーダーシップに依存している。

A message from the UN Office in Nairobi, the host of the 2024 UN Civil Society Conference. Maher Nasser, Chair of the Conference, along with Co-Chairs of the planning committee Carole Ageng’o and Nudhara Yusuf share their commitments for the UN Civil Society Conference. #WeCommit

特に、イスラエルのガザ地区、ミャンマー、スーダン、ウクライナなど、世界各地で多くの紛争が勃発している中、国連の未来サミットがその目的を達成するためには、市民社会の関与が不可欠である。市民社会による改革案の多くは、サミットで審議される国連事務総長の「平和のための新アジェンダ」に盛り込まれており、その中には核軍縮、予防外交の強化、平和活動への女性の参加の優先などが含まれている。

また、多くのグローバル・サウス諸国が直面している、公共支出を必要不可欠なサービスや社会保護から債務返済に振り向けるような、高騰する債務レベルへの対処も急務である。市民社会は、返済危機に直面している国々に対し、債務再編や債務帳消しに関する富裕国からのコミットメントを確保するためのブリッジタウン・イニシアティブのような取り組みを支持している。なぜなら、もし開発資金調達の交渉に市民スペースと市民社会参加の保証が含まれなければ、公共資金を必要としている人々の利益になることを保証する方法がないからである。それどころか、独裁的な政権は、抑圧的な国家組織や汚職と庇護のネットワークを強化するために、それらを利用する可能性がある。

市民社会はさらに、国際金融アーキテクチャーにおける改革を求めている。その中には、強大な経済力を持つG20グループによる決定を国連のアカウンタビリティの枠組みの範囲に入れることや、現在少数の先進国によって支配されている国際通貨基金と世界銀行のシェアと意思決定を公平に配分することなどの要求が含まれている。

UN Photo
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しかし、グローバル・ガバナンス改革に向けた市民社会の変革提案のうち、どれだけのものが国連の未来サミットの最終的な成果として結実するかは不透明である。これまでのところ、市民社会が「未来のための協定」プロセスに400以上の文書提出を行ない、そのコミットメントを示したにもかかわらず、国連加盟国の交渉、記録、そして取りまとめ文書に関する透明性は限定的なものにとどまっている。

問題なのは、国連の未来サミットに向けた各々の政府の立場について、国内の市民社会グループと全国的な協議を行った政府がほとんどない点である。こうした傾向が続けば、国際社会は将来の世代の生活をより良いものにするための重要なチャンスを逃すことになる。このプロセスに人々や市民社会を積極的に参加させることは、今からでも遅くはない。サミットの目的はあまりにも重要なのだ。(原文へ

マンディープ・S・ティワナ氏は CIVICUS エビデンス・エンゲージメント担当最高責任者、ニューヨーク国連代表。

INPS Japan/ IPS UN Bureau

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核の安全を導く:印パミサイル誤射事件の教訓

【イスラマバードLondon Post=マジッド・カーン】

2022年3月9日、インドからパキスタン領内に誤ってミサイルが発射される事件が発生したことで、歴史的に対立してきたこの両国間の核を巡る安全と外交の不安定な状況に国際的な懸念が高まった。この事件では死傷者は出なかったものの、核保有国間の破滅的な誤算の可能性を浮き彫りにした。南アジアにおける安定が壊れやすい状況にあること、こうした過誤が全面紛争へエスカレートするのを予防するためには警戒と意思疎通を怠らず行うことが必要であることを、今回の事件は警告している。

印パ関係の背景

インド・パキスタン関係は、後者が前者より分離独立した1947年以来、根深い緊張と紛争に特徴づけられてきた。対立の起源は、領土紛争や宗教的な差異、政治的角逐にあり、その後の数十年で数回の戦争につながってきた。

核兵器の存在は、印パ関係に複雑な抑止的構造を植え付けてきた。「相互確証破壊」は理論的には、他方に対し先制核攻撃をした場合、被攻撃国の破壊を免れた残存核戦力によって確実に報復できる能力を保証することで直接的な紛争を防ごうとする態勢である。しかし、これは軍拡競争と双方の軍国主義化にもつながっており、両国は定期的に弾道ミサイルの実験を行い、軍事演習を実施して軍事力と決意を誇示している。

和平協議や条約交渉など、関係正常化に向けた外交的な試みが何度か行われたにもかかわらず、1999年のカーギル戦争や2008年のムンバイ同時多発テロなど、両国はしばしば軍事的エスカレーションの瀬戸際に立たされてきた。

2022年ミサイル誤射事件の詳細

インドは2022年3月9日、ブラモス巡行ミサイル(インドとロシアが共同開発)をハリヤーナー州シルサから誤射し、パキスタン領内パンジャブ州カネワルのミアン・チャヌに着弾した。ミサイルには弾頭は搭載されていなかったが、定期メンテナンスの際の技術的不具合によって誤射されたとされている。

パキスタンは事件に関する説明を繰り返し求めたが、インドが回答するまでに2日かかった。その間インドは、両国合同の調査ではなく、インド単独での内部調査を行うことを選択した。インド国防相は事件を「誤射」と呼び、インド空軍少将率いる調査の結果、空軍大尉が誤射の責任を問われた。

直後の状況

この2022年の誤射に対する国際的な反応は素早く、主要な大国や国際機関が懸念を表明し、包括的な調査と、両国による軍事作戦の透明性向上を求めた。この事故は、核保有国の軍事兵器に関わる不始末や事故の危険性について、国際社会に警鐘を鳴らすものとなった。

印パ両国間関係は事件によって一時的に緊張が走った。事件後、活発化した外交チャンネルは、危機の際にオープンで信頼できるコミュニケーションラインを維持することの重要性を浮き彫りにした。

意思疎通戦略の分析

2022年のミサイル誤射事故は、核保有国間の危機管理におけるコミュニケーション戦略の重要性を浮き彫りにした。いかなる状況下でも効果的に機能する強固でフェイルセーフな意思疎通メカニズムの必要性が明白となった。効果的な意思疎通は、危機管理に役立つだけではなく、長期的な信頼醸成にも意味を持つ。

戦略的教訓

ミサイル誤射事件は、インドやパキスタン、国際社会にいくつかの戦略的教訓をもたらした。第一に、このようなミスを予防するために各国軍隊内での厳格なチェック・アンド・バランスが必要であることが浮き彫りになった。

第二に、紛争へのエスカレーションを抑制する危機管理手続きの重要性があらためて明白になった。これらの手続きは、技術的な進化や政治状況の進展に応じて常に再考される必要がある。

最後に、今回の事故は国際的な核不拡散と安全基準にも影響を与える。核武装した隣国同士が歴史的に対立関係にある地域では、国際的な監視と協力的な安全対策が有益であることを再認識させるものである。

今後の政策に向けて

この2022年の事件は、インドとパキスタン両国の今後の政策の方向性に重要な示唆を与えている。国内的には、両国とも軍に対する監視を強化し、戦力を管理する安全技術への投資を進めねばならないだろう。国際的には、こうした事件が国際危機へとエスカレートしていかないように、核安全手続きに関して協力を強化する必要がある。

ベストプラクティスを共有し、共同訓練を実施し、危機発生時にリアルタイムで意思疎通を図るためのフォーラムとして機能する二国間核リスク削減センターを設立することにも一考の余地がある。さらに、定期的な二国間または多国間協議(場合によっては国連のような国際機関の後援を受ける)を行うことで、状況の誤認や偶発的なエスカレーションのリスクを低減する対話と関与の枠組みを確立することができる。

さらに、これらの政策を核保安や危機管理に関する国際協定によって下支えすることも可能だろう。この協定には、透明性の確保、定期的な査察、リスク管理に関する共同訓練などの条項を盛り込むことができる。このようなイニシアチブは、地域の安全保障を強化するだけでなく、核保有国が事故を防止し、潜在的な危機を効果的に管理するための強固なメカニズムを確保することで、世界の安定にも貢献するだろう。

結論

2022年のミサイル誤射事故は、核武装した状況で平和と安全を維持するために必要な絶妙なバランスを痛切に思い起こさせるものだった。この事件は、危機管理における短期的な教訓と、長期的な安全・安定措置に対する戦略的洞察の両方をもたらした。この事件に学ぶことで、印パ両国は、その軍事力をよりよく管理し将来的な危機を予防するための政策と手続きを強化することができる。(原文へ

※著者のマジッド・カーンはメディア学の博士で、ジャーナリスト、学者、作家である。プロパガンダ戦略、情報戦争、イメージ構築の分析を専門とする。

INPS Japan/London Post

This article is brought to you by London Post, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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|視点|戦争と温暖化 (クンダ・ディキシットNepali Times社主)

核兵器禁止の必要性を警告した対ウクライナ戦争

|視点|戦争と温暖化 (クンダ・ディキシットNepali Times社主)

核の冬と気候温暖化、どちらが地球にとって大きな脅威なのか、不気味な選択である。

【イスタンブールNepali Times=クンダ・ディキシット】

ここトルコの黒海沿岸からわずか200km離れた北の地(=ウクライナ)で過去2年間で20万人が死亡した全面戦争が起こっているのを想像するのは難しい。

そしてここから南に目を向けると、パレスチナ人の民間人に対する容赦ない暴力によるガザ地区の完全破壊が、イランとイスラエルの直接対決へとエスカレートしている。

どちらの戦争でも、当事国が核兵器を保有しているか、開発に近づいている。ロシアはウクライナで戦術核兵器を使用すると脅し、イスラエルとイランは今週のドローンやミサイル攻撃で、互いの核施設を標的にしている。

イランとイスラエルは自制しているようだが、僅かな誤算でサウジアラビアとアラブ首長国連邦を巻き込んで地域が大混乱に陥る可能性がある。そうなれば、米国も巻き込まれる可能性がある。

ウクライナに650億ドル相当の軍事支援を提供する米議会の超党派投票は、戦争を長引かせるだろう。ロシアのテレビ番組では、ウクライナだけでなくロンドンやパリも核攻撃すると公然と脅している。

米国の科学誌『原子科学者紀要』(Bulletin of the Atomic Scientists)は、「不吉なトレンドが世界を世界的な破局へと導き続けている」として、「世界終末時計」の針を真夜中の90秒前まで進めた。これは、これまでで核のハルマゲドン(世界の破滅)に最も近づいた。

ロシアとウクライナ、イランとイスラエルの緊張に加え、核保有国も増殖している。米国、ロシア、英国、フランス以外に、イスラエルは90発、インドとパキスタンはそれぞれ約170発、中国は400発以上、北朝鮮は30発の核弾頭とそれを太平洋に運ぶ弾道ミサイルを保有している。

1990年のソ連崩壊後、核弾頭の総保有量は減少したが、現在では米露中の三極冷戦が新たに始まり、核兵器保有国の数は増加している。

核紛争の脅威は、ニューヨーク・タイムズ紙が新たな核軍拡競争と「世界をより安全にするために何ができるか」を考察するシリーズ(タイトル:At the Brink)を立ち上げるほど現実のものとなっている。

地球温暖化によって破壊される地球と、核の冬につながる全面戦争によって荒廃する地球と、今後数年間の地球にとってどちらが大きな脅威であるかという不気味な選択である。ロバート・フロストの詩『炎と氷』が思い浮かぶ:

世界は火の中で終わるという人がいる

氷の中で終わるという人もいる。

これまで味わった欲望の旨味からすると

私は火が好きな人たちの肩をもちたい。

でも世界が二度滅びなくてはいけないのなら、

私の憎しみについての知識から言えるが

破壊のためには氷もまた最適だし

十分役割を果たすだろう。

このままでは世界は『二度滅びる』かもしれない。この2つの危機はリンクしており、どちらも貪欲、野心、超国家主義に端を発している。それは部族主義と、正義、公正、共存に取り組むために必要な多国間アプローチの衰退の結果である。

キューバ危機の際、終末時計の針は真夜中の7分前に移動した。当時、全面的な核戦争は想像を絶するものであったため、ほとんどの人はそれを頭から消し去っていた。それは今日核戦争や温暖化に対する人々の認識と同じである。

ここネパールでは、日々を生きるのに必死な人々にとって、世界情勢は遠いことのように思える。ウクライナや中東で起きている戦争のニュースが携帯端末で人々の目に触れるとき、それはまるで別の惑星で起きていることのように思える。

しかし、ネパールに住む私たちも影響を受けるだろう。ウクライナ戦争は世界的な燃料・食料価格の高騰を招き、ネパール経済はいまだにその影響を引きずっている。数百人のネパール人がロシア軍で戦い、少なくとも33人が戦死し、数十人が連絡が取れなくなっている。

イスラエルでは10人のネパール人学生がハマスに殺害され、1人はいまだ行方不明である。西アジアにおけるより広範な戦争は、世界経済への影響はさておき、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦、オマーン、クウェート、イスラエル、レバノンで働く推定200万人のネパール人に直接影響を与えるだろう。ネパールは、こうした海外に出稼ぎに出会た同胞の突然の大量帰還に備える準備ができていないのだ。

Kunda Dixit
Kunda Dixit

イスラエルとイランの核戦争は、考えられないことではない。イスラエルの強硬派は、イラン政府が自前の核爆弾を開発する前に、イランの核研究施設への核攻撃を呼びかけている。

風向きによっては、たとえ戦術的核攻撃であっても、放射性降下物がパキスタンやインド、ネパール上空に飛散するだろう。

私たちは今、地球村に住んでいる。どこで戦争が起きても、ネパール人はどこにいても影響を受けることになる。(原文へ

INPS Japan

クンダ・ディキシットはNepali Times社主、元インタープレスサービスアジア・太平洋総局長、元英国放送協会国連特派員。

This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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|イスラエル-パレスチナ|愛国心と良心から沈黙を破る元兵士たち

アフガニスタンの平和と安全保障に関するオリエンタリズム的ナラティブの出現を暴く 

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

イスラエル人とパレスチナ人は、何とかして過去に終止符を打たなければならない。さもなければ、混乱の未来に直面するだろう。

【Global Outlook=バシール・モバシャー/ザキーラ・ラスーリ】

2023年7月、英国の国会議員で元国防省閣僚のトバイアス・エルウッドは、タリバン支配下で「安全保障は大幅に改善した」と自ら述べる動画を公表した。タリバン称賛に近い彼の発言に愕然とし、彼をタリバンの「役に立つ馬鹿」と呼ぶ者もいた。反発を受けてエルウッドは動画を削除したが、タリバン支配下の「安全」で「平和」なアフガニスタンというナラティブを語るのが彼1人でないことは確かである。西側では、ますます多くの自称アフガニスタン観測者がこの考え方を広めようとしている。(

タリバンとのドーハ合意をお膳立てしたザルメイ・ハリルザドは、タリバン支配下でアフガニスタンがより安全になったと主張した。米国の学者であり小説家であり、ザルメイ・ハリルザドの配偶者であるシェリル・バーナードはある論評で、タリバンはアフガニスタンに平和と安全保障をもたらしたと書いた。これは、国民に対するタリバンの暴力やこの国の悲惨な人道状況を記録した、世界的に有名な人権団体の信頼できる報告を全て無視するものだ。その代わりにバーナードは、「タリバンのファンではない」と評する国際危機グループ(ICG)の報告を用いた。ICGは以前より、アフガニスタンはこれまでより「はるかに平和」であると推定しており、タリバンが暴力と安全欠如の大部分の原因であったし、現在もそうであるという事実を無視している。ICGが以前からタリバン寄りの報告や分析を行っていることは、アフガニスタンの政治について知識がある多くの人に知られている。これらの主張を分析すると、三つの本質的かつ相互に関連する疑問が浮かび上がる。(1)平和と安全保障は何を意味するか? (2)それは、アフガニスタンの状況においてどのように定義され、適用されるか? (3)同じ平和と安全保障の基準が西洋社会にも当てはまるか?

平和とは何か、それをアフガニスタンに当てはめたときに何を意味するか? 平和構築の分野では、平和という言葉が単なる物理的暴力の不在よりはるかに大きな意味を持つということは、ずっと以前から定説となっている。意味のある持続可能な平和を実現するためには、さまざまなコミュニティーの福利を体系的に弱体化させ、排除、侮辱、貧困を永続化させ、権利と自由の行使を制約する不公平と不正義に根差した、構造的な暴力に取り組む必要がある。著名な学者らが、平和とは、経済的安全や心理的安全、人間の尊厳と権利の保護、差別や迫害からの自由といった人間の基本的ニーズに基づくものだと論じている。これらが一緒になって、人は自分の最大の可能性を発揮することができるのである。その延長線上で考えると、平和構築とは、個人とコミュニティーの政治的、経済的、社会的なレジリエンスと福利を確立し、促進することによって、暴力的紛争を変容させ、発生を防ぐことを目的としているといえる。人間の安全保障にかかわるこれら全ての側面に取り組まない限り、持続可能で意味のある平和を実現できる見込みは薄く、紛争の変容も解決もできないままとなる。

最近の西側の文献において規定されるいかなる基準によっても、アフガニスタンに平和と安全保障が存在すると信じるなど、現地の国内事情に極めて無知でなければありえないことだ。アムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、国境なき記者団のような世界的に信頼できる情報源の報告により、超法規的処刑恣意的逮捕拷問迫害集団立ち退き強制移転など、タリバンによる世界最悪の人権侵害状況が継続的かつ定期的に暴露されており、それらはいずれも罪を問われることなく実行されている。アフガニスタンのメディアは、重大な結果をもたらす恐れがあるため、公平にニュースを報道することに懸念を抱いている。その結果、報復を恐れて自己検閲に走ることが多く、アフガニスタンのメディアは人権侵害に関する報道ができなくなっている。

人口の3分の2という膨大な数のアフガニスタン人が、生き延びるためだけでも緊急人道援助を切実に必要としている。憂慮すべきことに、2023年には1,700万人が深刻な飢えに直面し、600万人が飢餓の瀬戸際にある。女性たちは、家から出るだけでも暴力や制裁を受けることを恐れながら暮らしている。タリバンの政策は、女性の権利と自由を大幅に奪い、アフガニスタン社会の政治的・社会的側面から彼女たちを体系的に排除している。彼らは、女性の教育、就労、スポーツ、娯楽、さらには個人の衛生や自己管理の基本的権利すら禁止することによって、事実上、ジェンダー・アパルトヘイトを制度化している。タリバンはまた、民族的少数派や宗教的少数派を、統治や公共サービスだけでなく人道援助や人道サービスの配布からも排除し、迫害している。少数派の強制的な集団立退きや移転は、多くの監視機関によれば、「人道に対する犯罪」の域に達している。アフガニスタンの平和というタリバンのうわべを美化する人々でさえ、同じような状況で生活するのを心地良いとは思わないだろう。では、どういう意味で彼らは、タリバンがアフガニスタンに平和と安全保障をもたらしたと言っているのだろうか?

エドワード・サイードは、オリエンタリズムの定義を、「知識」(およびそれ以上)としての「東洋」に関する一連のイメージであり、東洋という「他者」の本質的な真実を反映するのではなく、オリエンタリストがそれを構築したものを反映しているとしている。アフガニスタンの社会を「原始的」、「野蛮」、「未発達」、「未開」な「他者」と描写するオリエンタリストたちが考えるアフガニスタンの平和とは、ホッブズ主義的なそれである。イングランド内戦(1642~1651年)の際に暴力的な無政府状態よりも絶対君主制をよしとしたトマス・ホッブズは、平和と安全保障について、人々が互いに絶えず暴力をふるい合うのを阻止するという極めて狭義の概念を信奉していた。一方、君主は、市民に対して暴力を行使し、市民の権利に対するいかなる種類の制裁をも課す絶対的権限を有していた。彼は、イングランドにとって絶対君主制を敷くのが最も良いと結論付け、それを現実主義と呼んだ。英国の国民は、祖先がホッブズの「現実主義」を信じ込まなかったことに今感謝しなければならない。しかし、ホッブズの「現実主義」は今なお健在である。ただし、それは、オリエンタリズムのせいで「発展途上国」(植民地主義から復興しつつある国々)に向けられたものだ。例えばシェリル・バーナードは、アフガニスタン人が孤立、過酷な環境、欠乏に慣れていると主張することにより、タリバンの粗削りな平和という自身のナラティブを正当化した。彼女はその記事に“The Impossible Truth About Afghanistan”(アフガニスタンに関するありえない真実)というタイトルを付けた。ホッブズの「現実主義」の言い換えである。トビアス・エルウッドは、アフガニスタン人は「安定と引き換えに、より専制的なリーダーシップを受け入れて」いると主張し全て世論調査それとは反対のことを示していることを無視した。ウクライナの戦争と避難民について報道する際、西側のメディアは、文明的で、欧州、キリスト教、白人の国であるウクライナにおいて、「対立渦巻く」、「未開で」、「貧しい」アフガニスタンやイラク、シリア、その他広範な「第三世界」の国々でしか予想できない出来事が起こっていることへのショックを露わにした。このような考え方がなければ、タリバンが提供しているようななどと結論付けることはできない。

そのような考え方は、アフガニスタン人が20年間にわたって彼らを恐怖に陥れた反乱勢力の支配に屈するべきだとほのめかし、今まさにタリバンが彼らに行っている直接的、構造的、文化的暴力を看過するものである。また、このナラティブは、オリエンタリズムの自己中心性と認知バイアス、そしてそれがオリエントの「他者」の社会政治的現実をいかに歪曲しているかを如実に示している。エルウッドを含め、一部のいわゆる「観察者」や旅行者は、アフガニスタン訪問中に安心感があったというだけの理由で、アフガニスタンはタリバン支配下で安全だと断言する。彼らの安全の認識は、既知の敵、この場合はタリバンが突如として熱意あるホストに変貌し、心尽くしのもてなしをし、良い印象を与えようと努め始めたときに感じたであろう未熟な興奮、あるいはショックに関連付けることができる。20年間の共和国時代に外国人の居住者や旅行者を脅し、殺害し、誘拐し、レイプした同じグループが、いまや安全な通行権を与え、護衛さえするようになったら、根底から変わったと感じられるに違いない。主に西側に向けられたタリバンの選択的な歓迎ムードの演出は、過激主義的かつ抑圧的なタリバン政権をアフガニスタンの正当な統治者として世界に売り込むための操作である。彼らは、国内における正当性ではなく、国際社会の認知を求めているのだ。

このような訪問者が分かっていないのは、彼らが体験していることと、地元の人々が体験していることの間に著しい落差があるということだ。これらの訪問者は、タリバンが課す抑圧的な規則、服装の規制、身だしなみへの期待に従わないと生じる日々の結果や日々のハラスメントに立ち向かう必要がない。多くの者は、アフガニスタンの女性たち、ハザラ人パンジシール人、ジャーナリスト、そして避難を強いられた多くのコミュニティーの人々が、自分たちと同じように安心感を持ち、恐怖を感じずにいるかどうかを考えもしない。また、ヒューマン・ライツ・ウォッチやアムネスティ・インターナショナル、その他の信頼できる人権団体が作成した報告書を考慮しようともしない。

オリエント地域の平和と安全保障がオリエンタリズムによってどのように定義され、測定されるかの中心には、西洋中心主義がある。多くのヨーロッパ人の観察者は、アフガニスタンの平和を欧州への大量移民がないことと同一視している。アフガニスタン人が国境内に留まる限り、国が十分に安定していると見なされる。これらの「観察者」たちは、アフガニスタン人の欧州流入を抑制しようとするタリバン政権の安定化努力を好んでいる。欧州諸国は、オスロオランダなどの国際フォーラムにおいて、あっさりとタリバンに発言機会を提供している。とはいえ、この厚意の延長で、自国民の間にタリバン出席者が過激主義的見解を発信することを認める気はない。ドイツ当局は近頃、ケルンのモスクにタリバン幹部が現れたことを非難し、「いかなる者も、ドイツでイスラム過激派に発言の場を与えることは許されない」と宣言した。この非難は、世界保健機関がオランダで開催したイベントにタリバン幹部が問題なく出席できたこととは極めて対照的である。このようなダブルスタンダードは、「タリバンの過激主義が許容され、常態化されてもよいのは、相手がアフガニスタン人の場合のみで、相手がヨーロッパ人の場合は違う」という明確なメッセージを浮き彫りにするものだ。

米国のバイデン政権はあからさまに手のひらを返し、タリバンのイメージを国内外における「対テロ戦争のパートナー」として回復する組織的努力に乗り出している。例えば、タリバンの、イスラム国ホラサン州(ISKP)に対する取り組みとアルカイダとの関係断絶を絶賛し、これらの結果を「アフガニスタン国民にとっても良いこと」と評しているが、ほとんどのアフガニスタン国民にとって彼らは皆同じだ。このような転換は、米国の文脈におけるテロの定義が、米国人、米国の利益、あるいは「米同盟国」に直接向けられる暴力行為という狭いものであることを如実に示している。テロリストか対テロ陣営かは、この特殊な米国中心主義のレンズを通して識別され、分類される。根底にある論拠は、タリバンのような地域の暴力的過激派組織と協力することによってISKPのような反米国際テロ組織の能力を弱体化させることができるなら、それは価値のある取り組みであるというものだ。このようなアプローチを「賢明」と称賛する者もいれば、タリバンを「対テロ」努力に「支援」を提供する「役に立つ同盟者」や「アフガニスタンのパートナー」とまで評する者もいる。タリバンに関するナラティブが、米国の兵士や民間人を狙い、アルカイダをかくまう暴力的なテロリストネットワークというものから、ドーハ合意後に「対テロ」「パートナー」へと変わった様には、驚くばかりだ。

結論として、国際的なオリエンタリズムは、少なくとも二つの絡み合う自己中心的前提を意識的または無意識に抱き続けていることに基づいている。第1に、西洋にとって最善の利益となるものは、世界の他の地域にとっても最善の利益となる。結局のところ、西洋は世界の中で唯一、何が自分たちや他の地域にとって最善であるかを知っている。従って、テロリストネットワークであるタリバンとのパートナーシップが米国の安全保障を高めると考えられるなら、ひいてはそれはアフガニスタンの安定性を高めなければならず、あるいは少なくともそのように描写されなければならない。第2に、西洋と「東洋」は同等ではない。従って、何をもって安全保障、平和、安定性とするかは、西洋とそれ以外では異なる。「文明的」、道徳的、合理的、民主的で、より優れた西洋において、平和と安全保障とは、物理的暴力の不在以上のことを意味する。自由、基本的権利、脅迫からの自由、経済的・心理的被害からの自由が西洋に保障されなければ、平和はない。西洋は「積極的平和」に値する。しかし、より劣った、「より文明的でない」、大部分は非民主的な「それ以外」において、同じ平和、安全保障、安定性の基準は当てはまらない。なぜなら、彼らの生活水準ではお互いに対する物理的暴力の不在しか実現し得ないからである。オリエンタリストは、オリエントの「他者」の安定性に関するオリエンタリストの概念から、過激派政権による国民への暴力を除外すらしない。少なくとも、その政権が「パートナー」である場合は。その意味で、人間の品位、公正性、自由、基本的人権の保護は、東洋においては希求される規範でしかなく、平和と安全保障の手段たりえない。劣ったオリエントには、不完全な消極的平和がふさわしいということだ。

バシール・モバシャーは、アメリカン大学(DC)博士研究員、アフガニスタン・アメリカン大学非常勤講師、EBS大学アフィリエイト。アフガニスタン法政治学協会の暫定会長(亡命中)であり、アフガニスタンの女子学生のためのオンライン教育プログラムを主導。専門は憲法設計と分断された社会におけるアイデンティティ政治。カブール大学法政治学部で学士号(2007年)、ワシントン大学ロースクールで修士号(2010年)および博士号(2017年)を取得。

ザキーラ・ラスーリは、平和・人権活動家で、ノートルダム大学で国際平和学を専攻し、修士号を取得中。アフガニスタン・アメリカン大学で政治行政学の学士号を取得し、法学を副専攻。2019年、非暴力と平和を推進する草の根の紛争変革青年運動「アフガニスタン・ユナイト」を共同設立。アフガニスタンで平和、安全保障、人権、開発のために7年間活動した経験を持つ。

INPS Japan

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【国連IPS=タリフ・ディーン

本年のアカデミー賞7部門で受賞した映画「オッペンハイマー」は、1945年8月に14万人~22万6000人の命を奪い広島と長崎の2つの日本の都市に壊滅的な打撃を与えた原子爆弾の開発に貢献したJ・ロバート・オッペンハイマー博士の人生を描いている。

原爆投下という悲劇は、聖書的規模の人道的大惨事と呼ぶにふさわしいものだが、この映画は核兵器の使用が引き起こした惨事ではなくその製造に焦点を当てたものだった。

2月の『タイム』誌でジェフリー・クルーガー氏は、ホワイトハウスでのハリー・S・トルーマン大統領とオッペンハイマー博士の面会について振り返り、「原爆を作った男と原爆を落とした男」と的確に表現している。

Portrait of President Harry S. Truman Creidt:Public Domain
Portrait of President Harry S. Truman Creidt:Public Domain

許されざる罪悪感に苛まれていたオッペンハイマー博士は、「大統領、自分の手は血で汚れているように感じる。」と、トルーマン大統領に言ったと伝えられている。

しかし、歴史の次の展開は異なったものだったと『タイム』誌のこの記事は伝えている。

トルーマン大統領は恬として、「気にしなくていい。すべて洗い流される。」と言ったとされる。また別の説では、トルーマン大統領は悪びれもしない調子でハンカチを振りながら「ここで手でも洗うかね?」と言ったとされる。

映画では、トルーマン大統領は単にハンカチを振っただけだった。

試写会で映画を観た平岡敬・元広島市長は、映画が描かなかった(=広島・長崎への原爆投下や、被爆地で何が起きたかを直接描写しなかった)ことに対してより批判的な目を向けている。

平岡氏は、「広島の立場からすれば、核兵器の恐怖が十分に描かれていません。映画は米国人の命を救うために(原爆が)使われた、という結論に持っていきかねない筋立てになっています。」と語ったという。

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)は、映画「オッペンハイマー」の公開とそれを取り巻くメディアの注目は、核兵器のリスクについて一般の人々の関心を喚起し、核兵器廃絶運動への参加を新たな聴衆に呼びかける機会を生み出すことになったと述べた。

「核のリスクについて人々を啓発し、必要とされている希望と抵抗のメッセージを共有することができる。この映画は核兵器がいかにして始まったのかについてのものであり、核兵器禁止条約はそれをいかにして終わらせるのかについてのものだ。」とICANは指摘した。

ニューヨーク大学グローバル問題センターのアロン・ベン=メア元教授(国際関係学)は、「歴史的な観点から言えば、オッペンハイマー博士が核兵器開発の陣頭指揮を執った『マンハッタン計画』は、第二次世界大戦が勃発し、ナチスドイツが欧州の周辺諸国を次々と征服しながら進軍している中で始まった。」とIPSの取材に対して語った。

しかし、核兵器の開発が完了するころまでにはドイツはすでに降伏しており、日本だけが戦い続けていた。史料によれば、日本軍は、あらゆる前線で最後の一兵まで戦う覚悟であり、彼らの辞書に「降伏」という文字はなかったとベン=メア元教授は語った。

ジョージ・マーシャル米陸軍参謀総長は、もし戦争がさらにあと1、2年続くようなことがあれば、数十万人の米国人兵士とおそらく100万人以上の日本人が犠牲になるだろうとトルーマン大統領に助言した。

トルーマン大統領が「それでは何を提案するか」と問うたところ、マーシャル参謀総長らは、日本の1カ所か2カ所に核爆弾を投下すれば、戦争を速やかに終結させ、米日双方で数百万人の命が救われると示唆したという。

20年にわたって国際交渉と中東問題について講義してきたベン=メア元教授は、「トルーマン大統領は、日本が徹底抗戦の決意を固めていたことを考えれば、これが唯一の解決策かもしれないと最終的に説得された。」と語った。

しかしオッペンハイマー博士は、ひとたび原爆が投下されると、広島・長崎で起こった損害と死の状況を認識し、原爆の壊滅的な影響に個人的に責任があると感じるようになり、トルーマン大統領に面会した際に『自分の手は血で汚れているように感じる。』という発言につながったのだった。

J. Robert Oppenheimer/ public Domain.
J. Robert Oppenheimer/ public Domain

「トルーマン大統領はオッペンハイマー博士に対して、『君は核兵器開発を担ったかもしれないが、使用の決断を下したのはこの私だ、君にはその責任はない。』と述べ、自分のハンカチを取り出し、『これで手を拭きたまえ。』と言ったという。オッペンハイマー博士はすっかり意気消沈してトルーマン大統領の執務室を後にした。」とベン=メア博士は語った。

「仮に戦争が続いていたとして、トルーマン大統領が日本人の損害について懸念したとは日本人は信じないだろう。大統領が気にしていたのは米国人の被害の方だ。残念ながらこれは依然として論争の種になっているのだが、その後米日間で結ばれることになる強固な同盟関係のために、こうした問題は大部分乗り越えられることになった。」

「もちろん、起こったことに対するオッペンハイマー博士の深い悔悟をより複雑にしたのは、彼がその後共産党の党員だと疑われて、機密保持情報アクセス権は取り消されことにある。これによって彼は米国政府の仕事はできなくなった(死後に彼の名誉回復が図られた)」とベン=メア博士は語った。

しかし、全米公共ラジオ(NPR)の放送によると、日本の視聴者の多くは、映画「オッペンハイマー」のストーリー展開に不快感を示し、事態を不完全にしか描けていないと感じているという。

「映画は原爆を投下した側の視点からのものに過ぎません。落とされた側の視点があればよかったのにと思います。」と長崎の市民、ツヨコ・イワナイさんはNPRに語った。

「核兵器なき世界」の達成に向けて国連を中心に活動している「UNFOLD ZERO」によれば、オッペンハイマー博士は、初の核実験成功を自らの目で確かめた後、ヒンズー教の聖典バガヴァッド・ギーターから「我は死なり 世界の破壊者なり」という一節を口にしたとされる。

Photo: Atomic Bombing in Nagasaki and the Urakami Cathedral. Credit: Google Arts&Culture
Photo: Atomic Bombing in Nagasaki and the Urakami Cathedral. Credit: Google Arts&Culture

「実際、オッペンハイマー博士は世界を破壊する核爆弾の可能性に衝撃を受け、第二次世界大戦終結後は、国際的な核兵器管理や、平和、世界統治の促進に深く関与することになる。」

戦争が激化し、核保有国間の緊張が高まり、核戦争の脅威がかつてないほど高まっている今日、この映画は、こうした考え方がいかに重要で適切なものであるかを思い起こさせてくれるはずだ。」と「UNFOLD ZERO」は語った。

「これらに問題に関わるオッペンハイマー博士の思想や情熱、関与は映画ではほとんど描かれていない。しかし、核抑止の本質やナショナリズムの危険性、法の支配を強化することの重要性、核戦争の防止、グローバル・ガバナンスを通じた平和の実現といったことへの理解をあらためて深めるには、今日でもオッペンハイマー博士のこうした考え方は重要だ。」

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は3月18日、国連安全保障理事会で演説し、3月10日に開催されたアカデミー賞授賞式で作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞など7部門で受賞したこの映画について言及した。

Image credit: Bulletin of the Atomic Scientists
Image credit: Bulletin of the Atomic Scientists

人類が自滅にどれほど近づいているかを象徴する「世界終末時計」が「あらゆる人々に聞こえるほど大きな音を立てて進んでいる。一方で、学界から市民社会に至るまで核の狂気を終わらせる呼びかけが続いている。」とグテーレス事務総長は語った。

「ローマ教皇フランシスは、核兵器の保有は『不道徳』だと述べた。自らの将来について懸念する世界中の若者たちは、変革を要求している。広島・長崎の勇敢な生存者である被爆者は、真実を語りそれを力に変えるこの地球上で最大の模範として、平和のメッセージをたゆみなく送り続けている。」

グテーレス事務総長は、映画『オッペンハイマー』は「核による終末の過酷な現実を、世界中の何百万もの人々にまざまざと見せつけた。」と述べ、「その続編を、人類は生き残ることはできない」と警告した。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau

*タリフ・ディーンはInter Press Service北米(IPS NORAM)顧問。

This article is brought to you by IPS Noram, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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