ホーム ブログ ページ 236

|イラク|子ども達は実験用マウスだったのか

【ファルージャIPS=カルロス・ズルツザ

イラクのファルージャの病院では先天性欠損症を伴って出生した赤ん坊の数を記録した統計は存在しない――あまりにも事例が多い上に、両親がこのことを話したがらないのである。「先天性欠損症を伴って生まれた子供の家族は、新生児が死亡すると誰にもこのことを打ち明けることなく埋葬するのです。そうした子供が生まれたことは家族にとってあまりにも恥ずかしく出来事と捉えられているのです。」と病院のスポークスマンであるナディム・アル・ハディディ氏は語った。

「私たちは今年の1月にファルージャで先天性欠損症を伴って生まれた子供の出生例として672件を数えましたが、実際には、もっと多くの出生事例がったと思います。」と、ハディディ氏は、プロジェクターで脳が欠損していたり目がない子ども、或いは腸が体から飛び出た状態で出生した子供の写真を映しだしながら語った。

またハディディ氏は、手足が欠損した状態で出生した幼児の冷凍保存遺体の写真を示しながら、「こうした子供を出生した両親の反応は、通常、恥ずかしさと罪の意識が複雑に交錯したものです。両親は、子どもがこうして生まれたのは自分になにか原因があるのではないかと考えるのです。コミュニティーの長老たちが、これは『神の与えたもうた罰だ』と言ってみても、こうした両親たちには何の慰めにもなっていないのです。」と語った。

 こうした写真はいずれも直視するのが困難なものばかりであった。そして、この悲劇を引き起こした者達も現実から目を背けてしまっているのである。

ハディディ氏は、プロジェクターのスイッチを切りながら、「2004年、米軍は私たちを対象に、燃料気化爆弾、白燐弾、劣化ウラン弾等…あらゆる種類の化学兵器・爆発物をテストしました。」と語った。

バグダッドの西70キロ、ユーフラテス川沿いに位置するファルージャは、サダム・フセイン政権の支持基盤であるスンニ・トライアングルの一角であり、バース党幹部を多く輩出した都市である。2003年3月に米軍を主体とする有志連合軍によるイラク進攻が開始されると、ファルージャ住民は占領軍に対する抗議行動を展開した。しかし2004年に事態は最悪の局面を迎えることになる。

2004年3月31日、米国の民間警備会社に所属する4名の米国人(実質的に傭兵)の虐殺死体が橋から吊るされている映像が世界に流れた。アルカイダが犯行を認める声明を発したが、米国はOperation Phantom Fury(幽けき者の怒り)を発動してファルージャを包囲攻撃したため、多くの住民がその代償を払わされることとなった。米国防総省によると、ファルージャ攻撃作戦は、ベトナム戦争時のフエにおける戦闘(1968年)以来、最大規模の市街戦であった。

ファルージャに対する掃討作戦が2004年4月に開始されたが、住民にとって最悪の作戦は同年の11月に実施された。米軍とイラク国家警備隊は市街の家屋をランダムに家宅捜索しながら武装勢力の掃討を進める一方、激しい夜間爆撃も加えた(多くが誤った情報に基づきピンポイント爆撃が行われたため多数の民間人が犠牲になった)。米軍当局は、白燐弾の使用について、「あくまでも夜間に標的を照らすためにのみ使用した」と主張したが、まもなく現地で取材したイタリア人記者達が公開したドキュメンタリーが公開され、白燐弾は米軍が対人使用した禁止兵器の一つに過ぎないことが明らかになった。

ファルージャ掃討作戦の犠牲者数は未だに明らかになっていない。事実、犠牲者の多くは未だに出生していないのである。

ファルージャ病院のアブドゥルカディール・アルカウィ医師は、取材に応じる直前に診察した患者について、「女児はダンディー・ウォーカー症候群を患って生まれました。脳が2つに裂けており、長くはもたないと思います。」と語った。またこのインタビュー中に、突然病院全体が再び停電した。

「病院には未だに最も基本的なインフラさえ整っていない状態です。とてもこのような緊急対応を擁する患者に対処できるような体制ではありません。」とアルカウィ医師は語った。

スイスに本拠を構えるInternational Journal of Environmental Research and Public Health(IJERPH)が2010年7月に発表した調査報告によると、「ファルージャにおける癌、白血病、幼児死亡率及び新生児の男女比率に見られた異変が、1945年に広島長崎に原子爆弾が落とされたあとの生存者について報じられた状況をはるかに上回った」という。

研究者たちは、2004年の米軍掃討作戦の前後におけるファルージャ市民の白血病発生率は38倍に急増(広島・長崎の慰霊では17倍)していることを明らかにした。著名な評論家であるノーム・チョムスキー氏はこの調査結果について「ウィキリークスがアフガニスタンについて漏らした極秘情報よりも遥かに厄介な実態である。」と述べている。

ファルージャ病院のシャミーラ・アラーニ主席医師は、世界保健機構(WHO)との密接な協力の下で実施された研究プロジェクトに参加した人物である。ロンドンで行われた臨床研究ではファルージャの患者の毛根から異常な量のウラニウムと水銀が検出された。研究チームは、この数値がファルージャで使用が禁止されている兵器が実際に使用された疑惑と先天性欠陥症が多発していている問題を結びつける証拠になりえると見ている。

白燐弾の他に多くの証言者がファルージャで使用されたと指摘している禁止兵器が、劣化ウラン弾である。軍事技術者によると、この放射能物質は鉄や鉛よりも比重が大きいため合金化して砲弾に用いると砲弾の貫通能力を飛躍的に向上する効果があるという。しかし劣化ウランは自然界に放出されると周りの人体や環境を汚染し続け、45億年もの残存するため、「静かな、ゆるやかな、しかし確実な大量虐殺兵器」と呼ばれている。こうしたことから、いくつかの国際機関は北大西洋条約機構(NATO)に対してリビア内戦時に劣化ウラン弾が使用されたか調査するよう求めている。

今月、イラク保健省はWHOとの協力のもとバグダッド県、アンバール県、ジーカール県、スレイマニア県、ディヤーラー県、バスラ県を対象に初めての先天性欠損症に関する調査を行う予定である。

イランとクウェートに挟まれ、世界有数の原油埋蔵地に位置しているバスラは、イラク国内のいかなる県と比べてもはるかに多くの戦闘(80年代のイランーイラク戦争、91年の湾岸戦争、そして2003年のイラク進攻等)に晒されてきた。

バグダッド大学による調査によると、バスラ県で先天性欠陥を伴う子どもの出生率は、2003年のイラク進攻から2年遡った時点で、既に通常の10倍を超えており、増加傾向は今日も続いている。

小児癌を専門に扱うバスラ子供病院は、ローラ・ブッシュ前大統領夫人の肝煎りで米国の資金を得て2010年に開院した。しかしファルージャの病院と同じく、この最新の設備を備えているはずの病院でも基本的な備品が不足している。

「例えば病院に設置されるはずのエックス線機器は、入港料を巡る行政手続きを巡る問題でバスラ港の倉庫に1年半も留め置かれました。その結果、放射線治療を待っていた子どもたちは空しく亡くなっていったのです。バグダッドでは数多くの子ども達が放射線治療を待っていますが、患者達にとって状況が好転する兆しは見えてきません。」とイラク小児癌協会の会長で自らも患者の息子を持つライス・シャクール・アル・サイヒ氏は語った。

またこうした疾病に苦しむ子供にかかる治療費が、家族を経済的に追いやっている現実である。治療費が負担できる家庭であれば、いくつかの選択肢があるが、治療費はシリアでは7000ドル、ヨルダンで最高12,000ドルかかる。一方最も安価な選択肢はイランにおける治療で、平均5000ドルかかる。

「今日、多くのイラク人家族が子供に放射線治療を受けさせるためにテヘランを訪れています。そして彼らの多くは、ホテル代を支払う余裕がないため、路上で寝泊まりしているのです。」とサイヒ氏は語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

関連記事:
│イラク│イラク戦争の現実を振り返る
|視点|世界を核の連鎖から解き放つ(ザンテ・ホール核軍縮・不拡散議員連盟欧州コーディネーター)

|パキスタン|自爆テロ犯は天国ではなく地獄に落ちる

【ペシャワールINPS=アシュファク・ユスフザイ

Mourners attend the funeral procession of a suicide bomber in Pakistan. But such killers are denied last rites. Credit: Ashfaq Yusufzai/IPS.

自爆テロ犯はイスラム教の名の下に犯行をおこなっている――しかし聖職者たちは自らや他人の命を奪う行為はイスラムの教えによるもではないとして、自爆テロ犯に対しては最後の儀式(埋葬の儀式)さえ行うことを拒否している。

パキスタンのイスラム法学者達は、「自爆テロ犯の行動は、アラーの神の怒りを買うものであり、彼らは天国にではなくむしろ無限地獄に落ちることになる」との見解を述べている。

「大半の自爆テロ実行犯は、自らの行いがアラーの神の思召しに沿うものという誤った考えに基づいて行動しています。しかし現実にしていることは、罪もないイスラム教徒を殺傷していることに他ならないのです。」とパキスタン連邦直轄部族地域(FATA)ハイベル管区のモスクで礼拝導師をつとめているマウラナ・ムハンマド・レーマン師は語った。

FATAの7管区はアフガニスタンと国境を接しており、タリバンによって訓練と教義を教え込まれた後、パキスタン、アフガニスタン両国の軍事・民間双方に対する自爆攻撃に送り出される若き実行犯達の温床となっている地域である。

預言者ムハンマドは、殺人は許されざる行為であり、一人を殺害することは全人類を抹殺することに等しい。」とレーマン師はIPSの取材に応じて語った。

「パキスタンのタリバン勢力は、貧しいイスラム教徒の10代の若者を神学校へと巧みに引き寄せ、洗脳した上で自爆テロ犯に仕立て上げています。洗脳過程ではよくビデオ映像が使われ、青年たちは、そこでカシミールやイラク、アフガニスタンにおいてイスラム教徒がいかに迫害されているかを教え込まれるのです。」とレーマン師は語った。

「そこでタリバンの教官達は、聖なる戦い(ジハード)は避けられないものであり、自爆攻撃で多くの不信心者や異教徒を殺すことで、青年たちは天国に行くことができると説いています。しかしこれは全く誤った教えなのです。」

さらにレーマン師は、「とりわけ自爆テロ犯が死傷者の数を最大限増やそうと、モスクや葬儀の集会を襲うようになってきている傾向を悲しく思っています。」と語った。

アフガニスタン国境と接するカイバル・パクトゥンクワ州(北西辺境州)のマルダン(Mardan)県で礼拝導師をつとめているアンワルラー師は、「自身や無辜のイスラム教徒を吹き飛ばして殺害している輩は、(タリバンの)教官の約束とは異なり、決して天国に迎えられることはありません。自爆攻撃なるものをイスラム教が許していないことは、議論の余地がありません。聖なる教えに背き自爆テロ犯になることを選択したものが、地獄に行き着くことは火を見るよりも明らかです。」と警告した。

北西辺境州チャルサダ(Charsadda)県の聖職者クァリ・ジャウハール・アリ師は、「自爆テロ犯の遺体は洗浄されることもないし、埋葬時に適切な儀式が執り行われることもありません。彼らは不幸な人々だと言わざるをえません。」と語った。

北西辺境州のバンヌ(Bannu)県の宗教学者マウラナ・ムハンマド・ショアイブ氏は、今年1月にペシャワールで自爆した17歳のテロ襲撃犯アハマッド・アリについて、「彼はまともな葬儀を挙げてもらえず、誰も彼の死を悼みませんでした。残念なことだと思います。」と語った。

自爆攻撃に反対の声を上げる聖職者は、コーランの解釈に関して不都合な発言を封じたいタリバンによって攻撃の対象とされている。

近年、自爆攻撃を公然と批判して、タリバンの命令により暗殺されたイスラム法学者の中には、高名なイスラム法学者のサルフラズ・ナイーミ師や、ムハンマド・ファルーク・カーン博士、マウラナ・ハッサン・ジャン師が含まれている。

ハイベル医科大学法科学研究室のムハンマド・シャフィーク博士は、自爆テロ現場に散乱するバラバラ遺体について、「DNA検査の後、犠牲者の遺体については確認後に埋葬を執り行いますが、自爆テロ犯の遺体については決して埋葬したりせず、法科学サンプルとして使用します。」と語った。

またシャフィーク博士は、「自爆テロ犯はこれまでに罪なき何千人もの人々を孤児にしてきたのです。私自身の経験から言えることは、大半の人々は自爆テロ犯を拒絶し、葬儀にも協力しないということです。」と語った。

2010年4月にカンダハルでNATO軍の車列を襲って自爆したアブドゥル・シャクール氏の父アブドゥル・ジャミール氏は、息子の葬儀を執り行うことも死を悼むこともできない自爆犯の父親の立場について「実に不幸なことです」と語った。

「故国から遠く離れて海外で死亡し、出身地の村で埋葬ができない者に対してでさえ葬儀が執り行われているというのに、(自爆テロ犯の父である)私の場合、息子の葬儀を執り行いたいという願いは皆から拒否されました。」とジャミール氏は語った。

息子のアブドゥル・シャクール氏は、北西辺境州チャルサダ(Charsadda)県スルフ・デリ(Surkh Dheri)の住人であったが2010年1月に忽然と姿を消した。そして3か月後のある日、タリバンの一団が父のジャミール氏を訪れ、子息がカンダハルで殉教し天国に召されたと告げたのである。

「私はタリバンの連中が早朝モスクで祈りを捧げている私のところに突然現れて、息子の悲報を伝えに来たのが今でも信じられません。彼らは私の感情をよそに息子の殉教を繰り返し祝う言葉を繰り返していましたが、今でも息子を死に追いやった彼らを許すことができません。」とジャミール氏は語った。

「死者の遺族に弔意を表すことは、人間として親切心を伝える重要な行為です。しかし息子の死に際して、息子の死を悼む言葉をかけてくれる人は一人もいませんでした。なぜなら、息子の行為は認めていないので、弔意を表す人などいなかったのです。イスラム教の禁止命令に違反して自爆した者を子供に持つ親は、子どもの死に際してアラーの慈悲を求めることもできないため、悲惨な想いをすることになるのです。」とジャミール氏は語った。

イスラム教徒は、葬儀に参列することや、遺体を適切に埋葬できるよう準備工程を手伝うことを、地域社会における重要な義務だと考えている。

北西辺境州の州都ペシャワールのアブドゥル・ガフール氏は、預言者ムハンマドの指示に従って、埋葬前に遺体の体を水で洗い清め白布を着せるのは、イスラム教徒としての必須の義務ですと語った。

また自爆テロ犯に墓がないということも、遺族にとっては深刻な問題である。自爆犯として死ぬことを選択したアハマッド・アリを息子に持つガル・レーマン氏は、死者の魂が最後の審判を迎えられるには人々が3日間喪に服すとともに適切な墓に埋葬されなければならないと信じている。(原文へ

翻訳=INPS Japan浅霧勝浩

関連記事:
|アフガニスタン|タリバンの武装グループがカブール市内のホテルを襲撃
強制的に改宗させられるヒンドゥー女性
|パキスタン|自爆テロに駆り出される女学生

|UAE|世界の主要メーカーが参加してホテルショー2012が開催予定

【ドバイWAM】

中東・北アフリカ(NENA)地域で最大規模の観光・ホテル業界向け製品の展示イベント『ホテルショー』が5月15日から17日迄、アラブ首長国連邦(UAE)ドバイ市の国際会議展示センターで開催される。13回目となる今回のホテルショーには13のパビリオンが設けられ45か国以上から420名の製造メーカーとコンサルタントが参加する予定である。

多くの製造メーカーにとって、本国の観光・ホテル市場が軒並み伸び悩みを示す中、成長著しい中東・北アフリカ市場は、絶好のビジネス機会を提供している。今年2月に発行された「STR グローバル・コンストラクション・パイプライン報告書2012」によると、中東地域では今年度末までに498棟を超えるホテル(134,893室)の建設が予定されており、ホテル業界向け製品のメーカーにとって市場として魅力的な先行きを示している。


 
ホテルショーは、観光・ホテル業界関連の全てのセクターに関する新製品やサービスの商談を取りまとめられる強力なプラットフォームとして、中国、イタリア、フランス、ドイツ、英国、ベトナム、米国等世界各国のメーカーから絶大な支持を得ており、今年は、93カ国以上から15,000人の業界関係者がこの3日間のイベントに参加するためドバイを訪れる予定である。

会場に設けられる13の国際パビリオンでは参加国別に専門メーカーの特設展示ブースがオープンする予定である。今年のイベントには、イタリアから56社、ドイツから25社、中国・香港・台湾から40社等、多くの国が過去最大規模の代表団を派遣予定である。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴


関連記事:
|UAE|中国との文化的架け橋を目指すイベントを開催予定
│キューバ│経済│観光産業への大きな期待

|パプアニューギニア|魔術狩り関連の暴力事件が増加

【クンディアワIPS=キャサリン・ウィルソン】

パプアニューギニアではこの10年、魔術狩り関連の暴力事件や死亡事件が増加傾向にあるが、こうした事件は同時に、開発・経済機会の欠如、不平等、保健サービス予算の不足等、同国の農村社会が直面している根深い問題を浮き彫りにしている。

3月末、シンブ県グマイン(Gumine)に住むセニさん(70)とその息子コニアさん(32)は、彼らにとって各々孫と姪にあたる少女を最寄りの病院に救急で運び込んだが、不幸なことにそのまま急死してしまった。その結果、両名はそのことで、魔術を使ったのではないかと地元の村で糾弾されることになってしまったのである。

 「私たちは土曜日に彼女を病院に運び込んだのです。しかし彼女は日曜日には病院で息を引き取ったため、やむなく遺体を村に連れ帰ったのです。しかし、私たちには彼女の死因が分かりませんでした。」とコニアさんは語った。

しかしセニさんとコニアさんは、村に到着すると、家族や地域の人たちに暴力を振るわれたのである。

コニアさんは、「私たちはその子の葬儀で遺体に近づいた際、村の皆が襲いかかってきたのです。彼らはナタを持っていました。それで私の背中や肩を切りつけたのです。それから私を便所に連れてゆき、縛り上げて便器の中に無理やり私の頭を突っ込みました。」と当時を振り返って語った。

父のセニさんも、この時の襲撃で何度も執拗に殴られ、うつ伏せに地面に倒れた。すると、襲撃者たちはなおも倒れたセニさんの脇や首を蹴り上げ、ついには意識を失ってしまった。「もしその時、上向きに倒れていたら、死んでいたでしょう。」とセニさんは語った。

次の朝、コニアさんの姉妹エヴァさんが近くに住む友人に連絡し、警察に通報がなされたことで、2人はようやく解放された。(IPSはその後エヴァさんに連絡を取ろうとしているが携帯電話がつながらない。2人を救おうとしたことでエヴァさん自身が危険にさらされているのではないかと心配している。)

パプアニューギニアでは、農村人口の85%においてアミニズム的な精霊信仰が依然として保持され、日常生活に大きな影響を及ぼしている。精霊信仰は、代々年長者から若い世代へと祖先の歴史が口伝で継承される中で伝えられてきた。

東部のゴロカ(Goroka)に拠点を置く「メラネシアン研究所」のジャック・ウラメ氏は、「大半のメラネシア人は『サングマ(Sanguma)』として知られている魔術や妖術の存在を信じています。誰かが亡くなったり病気に罹ると、たとえ医学的に原因を証明する書類があったとしても、人々は魔術のせいだと考えるのです。つまり魔術は、身の回りでおきる悪い現象を説明するための手段となっているのです。」と語った。

オックスファム・インターナショナルによる調査報告によると、セニさん、コニアさんの居住地であるグマイン県は、シンブ(Simbu)州の中でも魔術狩りに関連した事件がもっとも多い地域であるという。魔術狩りが起きる場合、家族や地域の中で弱い立場にある者、たとえば女性や寡婦、老人など、あるいは、日ごろ羨みの対象になっている者が狙われやすいという。

警察によれば、魔術狩りと称して迫害された犠牲者達は、石を投げられる、食事を与えられない、銃で撃たれる、電気ショックを与えられる、頭を切り落とされる、無理やり石油を飲まされる、生き埋めにされるなどの行為に晒されていることが確認されている。

「高地女性人権擁護ネットワーク」のモニカ・パウルスさん(右上の写真の女性)は、この10年間、シンブ県でこうした被害にあった人々を救済する活動を続けてきた。一時避難所の提供、心理面のケア、警察への通報などが彼女の仕事である。「近年、魔術狩り関連の暴力事件は流行といえるほど広がってきています。」とパウルスさんは語った。

クンディアワ(Kundiawa)警察署の広報担当官は、「今年に入って20件ほどの魔術狩り関連事件を把握していますが、それらのほとんどは警察に通報されていません。」と語った。

パウルスさんは、一部マスメディアによって、魔術狩り関連の事件が増えてきていることとエイズ感染の広がりに相関関係があるのではないかとの指摘がなされている点について、「魔術は、あらゆる病気や死亡の原因として非難されており、エイズ感染はその一例にすぎません。」と語った。

ウラメ氏もこの点については同様の見解で、「エイズ感染がまだ新しい未知の病気であった1980年代とは異なり、今では魔術とエイズ感染の関係を直接的に結び付ける証拠はほとんどありません。むしろ、魔術狩りの名目で行われている犯罪の主な動機は、嫉妬、妬み、復讐といった感情であり、近年こうした犯罪が増加している背景には、不平等、開発・経済機会の欠如、不満をため込んだ若者の存在、保健サービス予算の不足等の社会的要因があります。」と語った。

さらにウラメ氏は、「つまり人々は昔のやり方、つまり伝統的な信条に回帰しているのだと思います。物事が期待通り進まない場合、人々は打開策を見出すものです。つまりこの点において、魔術狩りを名目としたこうした事件の多発は、開発問題だと言えるでしょう。」と語った。

こうした農村部の実態とは対照的に、パプアニューギニア国内でも教育、保健サービス、雇用、治安の面で開発が進んでいる地域では、魔術狩りに関連した暴力事件や殺人事件は極めて稀である。

魔術狩り関連の事件が近年増加したことで、家族間の仲たがい、コミュニティー内の争い、立ち退き問題など、様々な社会的弊害が顕在化してきており、シンブ州では全人口の10%~15%の住民が影響を受けている。パウルスさんは、この事態に対処するためには、警察が対処能力を向上させるとともに、コミュニティリーダーがきちんと責任を持つ体制が構築されなければならない、と述べている。

アムネスティ・インターナショナルは、「魔術狩り関連の殺人事件は、目撃者が関係者による報復(拷問や殺人)を恐れて証言をしたがらないため、裁判にまで至らない場合が多い。警察当局に対する不信が、こうした殺人事件に対する警察の捜査能力を著しく阻害している。」と報告している。

パウルスさんは、「地方議員や牧師、地域のリーダーが、地域で起きていることに責任を持たねばならないのです。(事件を立証するには)証言者が必要ですが、地域のリーダーにきちんと責任をとらせるようにしない限り、誰も証言者になろうなんて思いませんよ。」と語った。

クンディアワ警察署の広報担当官は、「全ての魔術狩り関連の殺人は、殺人事件として取り扱っています。」と語った。しかしコミュニティー全体がこうした犯罪に加担していることも少なくないため、事件に関する事実確認や、証言、犯人の特定をするうえで、村人の協力を得るのは極めて困難なのが現状である。魔術狩り関連の事件で、実際に裁判までたどり着く事例は現時点で1%にすぎない。また、警察当局も、こうした事件に効果的に取り組むには人員や予算が不足しているとの指摘もある。

ウラメさんは、「(魔術狩り関連の問題関する)教育と意識の向上を図っていくことが、人々の行動を変容していくうえで重要です。」と指摘したうえで、「私たちが実施した調査結果によると、魔術狩りに関する問題に関する人々の認識はかなり限られたもので、一般にこうした問題があるという認識すら持ち合わせていません。人々は、自らの世界観と信条体系にとらわれているのです。」と語った。

またメラネシアン研究所は、黒魔術行為を罰する目的で1971年に制定された魔術法令(the Sorcery Act)について、「同法は抜け道だらけのざる法であり、そもそもある人物が精神的な力で特定の人物を病気にしたり死亡させたりする能力があると法的に証明することはできない」として、法律の廃棄を要求する運動を支持している。

この点についてウラメ氏は、「私たちは魔術法令を廃止し、魔術狩りの名を借りた全ての迫害や殺人行為を犯罪とみなすべきだと訴えたのです。」と説明した。

また、魔術法令を再審査してきた「憲法見直し・法律改革委員会」も、同法は全般的に廃止すべきと勧告している。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

関連記事:
│南太平洋│「気候変動難民」発生の時代へ
|南太平洋|広がる児童労働と性的搾取
フリーマーケットは森林破壊を防げるか

|UAE|外務大臣、イラン大使を召喚しアフマディネジャド大統領のアブムサ島訪問に抗議

0

【アブダビWAM】

アラブ首長国連邦(UAE)のアンワル・ムハンマド・ガルガーシュ外務大臣は、モハメッド・アリ・ファイヤーズ駐UAEイラン大使を召喚し、先般マフムード・アフマディネジャド大統領が占領中のUAE領土であるアブムサ島を訪問したことについて正式に抗議する書簡を手渡した。

ガルガーシュ外相は、「(4月11日の)大統領の訪問はUAEの主権を侵害するのみならず、当該領土問題を2国間の交渉を通じて解決を図るとして両国間の合意を反故にするものであると非難した。

 またガルガーシュ外相は、「イラン大統領の訪問によって、歴史や法的な事実が変わるものではありません。これによって、UAEのアブムサ島、大トンブ島、小トンブ島の3島に対する領有権が影響をうけることは全くないのです。」と付加えた。

同抗議状には、「今回のイラン大統領による訪問は、2国間協議を通じて平和的に解決を図るとした両国間の合意に至った外交努力を損なうものである。」と記されている。また同書簡には、「UAEはイランとの合意を遵守し、湾岸地域の安全保障と安定に寄与する環境作りに努めてきた。」と記されている。

UAEのこの外交姿勢は、平和的な解決こそが最も望ましいとする信念に基づくものである。

ガルガーシュ外相は、駐UAEイラン大使に対して、改めてUAEによるアブムサ島、大トンブ島、小トンブ島の3島に対する領有権を主張するとともに、イランがこれらの島々の占領を止め、領土問題を2国間交渉か国際司法裁判所の裁定に委ねるべきとするUAEの正当な主張に注意を払うよう要請した。」。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

関連記事:
|湾岸地域|域内経済ブロックの形成を目指す湾岸諸国
|アラブ首長国連邦|中東分断の架け橋となるイランの芸術

|ODA|開発援助の歴史的停滞

【パリIDN=R・ナストラニス】

もし医者から「体重を減らしたいなら、床屋で髪を切れば?」と言われたなら、あなたはどう思うだろうか。しかし、この種の怪しげな議論が、政府開発援助(ODA)の提供者によって展開されているのである。2011年のODAは前年比で3%低下した。この14年間ではじめてのことであった。

異例の債務削減の時期にあることはおくとしても、これは1997年以来はじめての下落であり、経済協力開発機構(OECD)諸国の厳しい財政状況を考え合わせると、今後数年も対外援助への圧力は強いと多くの専門家はみている。

 2011年、OECD開発援助委員会(DAC)の諸国は、合計で1335億ドルのODAを行った。これは、国民総所得(GNI)合計の0.31%にあたる。ODAが過去最高に達した2010年からは2.7%の減である。この減少は、冒頭の「床屋」的論理を使ってODA予算を減らし財政上の制約に対処しようとしているDAC諸国があることを示している。

アンヘル・グリアOECD事務総長と国際援助・人道機関のオックスファムは、このODAの減少に深い危惧を表明している。

オックスファムは4月4日、OECDが発表したこの最新統計について、「欧州諸国の間で開発援助を削減する動きが広まった結果、約6億人の子ども達が命取りになりかねない病気に対する予防接種を受けられなくなり、マラリアから身を守ってくれる5億張にも及ぶ蚊帳を貧しい人々の手元に届けられなくなってしまった。」と警告した。

メキシコ人のグリア事務総長は、約束を果たすよう富裕国に対して求め、「途上国が危機の玉突き効果の影響を受け、援助をもっとも必要としているときにODAが減少することは重大な懸念です。援助は、低収入国へのフロー全体からすればあくまで一部分であり、この経済の困難時にあって、投資も輸出も減少しています。厳しい財政再建計画の中にあっても約束を果たしている国々は称賛に値します。なぜなら、こうした国々は、危機を開発協力への配分を減らす言い訳として使ってはならないということを、行動で示しているからです。」と語った。

OECD開発援助委員会のブライアン・アトウッド委員長もまた同じような懸念を示した。「公約を果たしていない国があることは残念ですが、ODA全体の水準を見るならば、疾病から安全保障上の脅威、気候変動にいたるまで、世界的な課題は開発の進展なしには解決されえないという認識が高まっていることを示しています。」と語った。

援助の質もまた重要である。援助国・被援助国の強いパートナーシップで援助をより効果的にすることが肝要である。釜山で結ばれた新しい「グローバル・パートナーシップ」と、5月に発表される予定のOECDの新しい「開発戦略」が、将来の開発への新しい道を指し示すことになるだろう。

ODA合計の中では、債務削減や人道援助を除く主要な二国間プロジェクトが、実額で4.5%低下している。
 
2011年の最大のドナーは、米国、ドイツ、英国、フランス、日本であった。デンマーク、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、スウェーデンは、国連による目標であるGNI比0.7%を達成している。実額では、最大の増額を示したのはイタリア、ニュージーランド、スウェーデン、スイス。他方で、DAC諸国の中で16ヶ国が減額しており、なかでも、オーストリア、ベルギー、ギリシャ、日本、スペインは最大の減少幅を見せた。G7諸国はDAC全体によるODAの69%、EUは54%を占めている。

米国は純額307億ドルと依然として最大のドナー国だが、実額で見れば2010年からは0.9%の減となっている。GNIに占める比率は0.20%で、2010年時の0.21%から下がっている。一方、米国の対アフリカ二国間ODAは史上最大の93億ドル(+17.4%)で、後発開発途上国(LDC)に対する援助も、100億ドル(+6.9%)へと増加した。

オックスファムの分析

オックスファムの分析によると、2011年現在のペースでは、今後50年経ってもGNIの0.7%という目標に達することはない。西欧諸国は世界全体のトレンドよりは比較的良好であるが、それでも0.45%であり、2010年の目標として掲げられていた0.51%には達していない。これは額で言うと、目標に77億ユーロ足りていない。

欧州では、ギリシャがマイナス39.3%、スペインがマイナス32.7%と、最大の下げ幅を示した。他に、オーストリアとベルギーがかなり額を減らしている。しかし、実情は数字で見る以上に深刻である。スペインはすでにさらなる削減を発表しているし、現在は目標の0.7%に達しているオランダですら、減額の議論が始まっている。

他方で、ノルウェー、デンマーク、ルクセンブルクは、0.7%目標を達成しつづけると約束し、英国は2013年までに同目標を達成するとしている。ドイツとスウェーデンは援助額を増やしている。イタリアは昨年よりは増やしているが、これは主に債務削減と移民にかかるコストの上昇でインフレ圧力がかかったためである。

オックスファムは、公約を達成し額を増やす国があるということは、援助の減額は経済的な必要から来るものというよりも政治的な選択の問題であると分析している。そのうえで同団体は、世界でもっとも貧しい国々への援助減額の流れを止め、約束を実行するよう欧州諸国に求めている。

オックスファムのEU開発問題の専門家であるキャサリン・オライアー氏は、「欧州による開発支援の急速な減額は言い訳ができるものではありません。これは、銀行救済が続く一方で、世界でもっとも貧しい人々が[先進国の]緊縮財政の犠牲を払うということを意味しているのです。」と語った。

「援助を減らすことでバランスシートは改善しません。援助をほんのわずか減らしただけでも、人々は命を救う薬やきれいな水を手に入れることができなくなるのです。援助は欧州各国の予算規模からすればほんの小さな部分を占めているに過ぎないのだから、それをカットしたところで財政赤字解消にはほとんど寄与しません。それはまるで体重を減らすと言って髪を切るようなものなのです。」と語った。

「スペインやオランダのように援助を大幅に減らしている国は、その決定が人間に与えるコストを考慮に入れて、決定をすぐに覆すべきです。」

「もし援助削減を今後避けることができたならば、次に取り組むべきは、イタリアやオーストリアのように、現在は予算のわずかの部分しか援助に割り当てていない国々が、最も貧しい人々を援助するために援助額を増やす努力をすることです。」

世界銀行によれば、経済危機が原因で数千万人が極度の貧困状況下に追いやられているという。オックスファムは、経済危機によって影響をこうむった貧しい人々のために金融取引税(FTT)を導入するよう提案している。欧州委員会もまた、新たに毎年570億ユーロの財源をもたらす金融取引税(FTT)を欧州全域で導入するよう提案している。

オライアー氏は、「欧州諸国の指導者らは、銀行を救済する大量の資金を見出しました。しかし、デンマーク、ノルウェー、英国といった例外を除いて、世界で最も貧しい人々に対する僅かの額を見出すことには惨めにも失敗しているのです。欧州の各国政府は、公約を達成し、貧困国が被った損害を回復すべく金融部門に応分の負担を要請すべきです。金融取引税(FTT)は、これまで以上に必要となっている追加資金を調達する有効な機会を提供することになるでしょう。」と語った。

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

関連記事:
│開発│危機のなか、富者はさらに肥える
|ユニセフ|資金不足で数百万人の子どもへ支援の手が回らず

中国・ブラジル経済関係深化のデメリット

【リオデジャネイロIPS=ファビアナ・フレイシネット】

この10年間で、中国はブラジルにとっての最大の貿易相手、海外投資源になった。しかし、グローバル経済危機下で中国というライフラインに頼り続けることで、ラテンアメリカ最大の経済大国であるブラジルが長年にわたって直面してきた問題が解決されるどころか、より悪化しそうなのだ。

2009年、中国は、米国を抜いてブラジル最大の貿易相手になった。2011年の二国間貿易は年間770億ドルで、ブラジルの115億ドルの黒字である。2000年には、両国間の貿易はわずか25億ドルであった。

Pipelines that transport grains from the Suape port in Northeast Brazil. In the background, Brazil's largest flour mill, owned by Bunge. Credit: Mario Osava/IPS
Pipelines that transport grains from the Suape port in Northeast Brazil. In the background, Brazil’s largest flour mill, owned by Bunge. Credit: Mario Osava/IPS

 他方、中国資本による対ブラジル投資は、中央銀行の統計によると2005年から2011年までで30億ドルである。しかし、ブラジル貿易投資振興庁によると、香港やその他の地域を通じて間接的に投資されるものも含めると、2009年から2011年の間の投資額は170億ドルにものぼるという。

輸入・対外投資に関して、中国は、世界最大の人口(13億人)を抱えて増大し続ける原材料需要を背景に、特定の国への依存を最小限に抑えながら重要な基本物資を安定的に確保する政策を推し進めている。

APEX-Brasilの報告書『中国経済の国際化―直接投資の規模』によると、中国による投資は、世界経済危機にもかかわらず、石油や鉄鋼といった天然資源集約的な部門を中心に好調であるという。ブラジルの対中輸出は、鉄鉱石(2011年の輸出量の45%)、大豆(25%)、石油(11%)、食料などが中心である。

しかし、こうした経済構造に対する懸念も出されている。同盟横断統計・社会経済研究局(DIEESE)のエコノミスト、アデマール・ミネイロ氏は、「現在の状況が続くと、中国との経済統合によって、ラテンアメリカ旧来の農業輸出依存が深化することになってしまう」と述べている。

ミネイロ氏によると、中国との貿易構造は、かつての対欧州、対日本の構造とあまり変わることがないという。つまり、ブラジルは農産物、鉱物、エネルギーを輸出し、工業品を輸入するという姿である。

ミネイロ氏は、「ラテンアメリカでは、歴史的にこうした輸出モデルが少数の人々の元に富と権力を集中させる社会構造を助長してきた経緯があります。すなわち、ラテンアメリカにおいて民主主義を深化し富の再分配を実現していくには、こうした輸出構造を変革していく必要があるのです。」と語った。

この点については、ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)も2010年に同様の見解を示している。

APEX-Brasil報告書は、中国が戦略的に天然資源が豊富な国々を貿易・投資対象に絞っているのはラテンアメリカに限ったことではなく、アフリカや中東においても同様である点を指摘している。

ラテンアメリカ諸国と中国の間の貿易総額は2000年の120億ドルから2011年には1880億ドルに増大している。

ブラジル経済の対中依存問題について報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=山口響/IPS Japan浅霧勝浩

関連記事:
│ジンバブエ│歓迎されなくなった中国企業

|マラウィ|政権交代が新たな転機となるか

【リロングェIPS=クレア・ングロ】

マラウィが抱える諸問題が、ビング・ワ・ムタリカ前大統領の死と共に解決されると考えるのはあまりにも短絡的過ぎるだろう。しかし新たに大統領に昇格したジョイス・バンダ前副大統領(野党人民党党首)にとっては、より国民の期待に応える新たなリーダーシップを発揮する機会となるだろう。

2004年に大統領に就任したムタリカ前大統領は2期目を務めていたが、4月5日に首都リロングェの大統領官邸で心臓発作を起こした。報道によると、大統領は市内のカムズ中央病院に緊急搬送されたが、間もなくして南アフリカに空路搬送されたという。4月6日には、大統領が死亡しているとの未確認情報が流れたが、7日になってマラウィ国営放送が正式に大統領の死亡を伝え、10日国を挙げて喪に服することを宣言した。

 大統領府及び内閣が公式に大統領の死亡を認めると、マラウィ国民は市場や街頭に繰り出し国中が歓喜に満ち溢れた。数時間後、憲法の規定に従ってバンダ副大統領が大統領に昇格した。バンダ氏は南部アフリカ初の女性元首として、前大統領の残りの任期である2014年の総選挙まで大統領職を務める予定である。

バンダ氏は、これまでのキャリアの大半を女性の権利と経済的エンパワーメントの向上のために尽力してきた。警察官を父に持つ家庭に育ったバンダ氏は、2011年12月に応じたIPSインタビューの中で、経済的な意志決定の分野において女性が阻害されている点を指摘し、問題を解決するには、「母親達の役割と裁量権を認めるような国家予算の配分をすべきだ。」と語っている。

リオングェのマワウィ女性実業家協会のネリア・カグワ会長は、IPSの取材に対して、「バンダ大統領には危機に直面しているマラウィの経済再建に期待しています。とりわけマラウィの零細ビジネスは、燃料高騰と外貨危機で崩壊の瀬戸際にあります。一刻も早い対処が必要であり、バンダ大統領がこの問題に優先的に取り組んでくれることを望んでいます。」と語った。

マラウィは、国民の74%が一日1.25ドル以下で暮らし、10人に1人の子どもが5歳未満で死亡している世界でも有数の最貧国である。これに近年の物価高が経済苦境に追い打ちをかけており、砂糖やパンといった必需品さて品不足の状態が続いている。さらに状況を複雑にしているのは、ムタリカ前政権が昨年6月に導入したパン。肉、ミルク、乳製品を対象とした16.5%にも及ぶ高率の付加価値税の存在である。

「(主食の)メイズ価格は昨年2倍に高騰し、多くの家庭が基本的な食糧を十分に確保できない状況に陥りました。新大統領はかつて彼女自身のコミュニティーで飢餓根絶に成功したことで有名な賞を授与されたことがあります。機会さえ与えられれば、多くのマラウィ国民を飢餓から救うことができるでしょう。」とカグワ会長は語った。

バンダ氏は1997年にモザンビークジョアキン・アルベルト・シサノ前大統領とともに「持続可能な飢餓撲滅のためのアフリカ賞」を受賞した。

リロンウェで屋台を営むジェームズ・カリウォ氏は、「ムタリカ前大統領の死でマラウィにもようやく明るい未来が見えてきました。ムタリカの経済政策の失敗で、国民すべてが問題を抱え込み、経済も社会も悪化の一途を辿っていました。私たちの祈りがついに神の届いたのだと思います。」と語った。

著名な政治アナリストのボニフェス・ドゥラーニ氏はIPSの取材に対して「マラウィが直面している諸問題がムタリカ大統領の死で解消されると考えるのは短絡過ぎますが、少なくともこの国が再建に向けて新たなスタートをきれるという点は間違いありません。バンダ新大統領には2014年の総選挙までの任期を最大限に活用してもらいたいと思います。」と語った。

またドゥラーニ氏は、「バンダ氏はこれまでは(ムタリカ前大統領による政治的圧迫に伴う)有権者の同情票を頼りにせざるをない状況がありましたが、今後は大統領としてマラウィを新たに進歩的な方向に導けることを証明することによって有権者の信任票を獲得することができるでしょう。バンダ氏は、この機会を生かして、政権の中枢にいるエリートに対する不信感を募らせてきているマラウィ国民の信頼を獲得できる位置にいるのです。」と語った。

ただし議会の圧倒的多数を占めている政権与党がバンダ新大統領の改革の試みを妨害するか否かは、「今の時点では何ともいえない。」と語った。

しかし、苦境に陥っているマラウィの経済状況は今後改善するだろうとの見方をするものは多い。ドゥラーニ氏はこの点について、「近視眼的な外為政策の失敗や失政に起因する諸外国からの援助金の凍結などマラウィが従来直面してきた問題の多くは、新政権の誕生により、今後急速に好転していくだろう。」と語り、新内閣の陣容が整えば、マラウィに対する諸外国からの経済支援も再開されるとの見解を示した。

マラウィとドナー諸国との関係は、同性愛者の人権と報道の自由を巡って対立したことから、急速に悪化し、ドナー諸国は最終的に最大4億ドルの開発援助金の支払いを停止した。また米国も3億5000万ドルの無償資金協力の提供を停止した。

さらに経済失政に燃料と外貨不足が加わり、昨年7月20日~21日にはマラウィ全土で空前規模の反ムタリカ抗議運動が起こった。これに対してムタリカ大統領は弾圧で臨み、21人が死亡、275人が逮捕された。その際、バンダ副大統領(当時)は、率先して抗議運動を支持した。

当時反ムタリカ抗議運動を率いた市民社会組織の著名なリーダーであるドロシー・ンゴマ氏は、バンダ新大統領は、マラウィを今日の経済危機から救ってくれると確信している、と語った。

「バンダ新大統領は能力がありますし信頼できます。まもなくこの国の変化を目の当たりにするでしょう。」とンゴマ氏は語った。

野党人民党党首でもあるバンダ氏は、大統領就任式の数時間前、リロングェ市内の自宅前に集まった支持者と報道関係者を前に演説を行った。会場には市民社会組織のリーダーや政府関係者も駆けつけ、他の支持者と共に政権交代の喜びとバンダ氏への支持を口々に表明した。

バンダ氏は、「マラウィは共和国憲法を堅持しながら前に進んでいかなければなりません。」と語った。また大統領就任式では、「(政敵への)復讐などおこなっている時ではありません。マラウィは一つの国として前に進まなければならないのです。」と付加えた。

バンダ氏の就任式には現役閣僚のほぼ全員が出席したが、前大統領の弟であるピーター・ムタリカ氏の姿はなかった。

ムタリカ前大統領の死に関する発表が2日間遅れたことから、バンダ氏と政権与党との間に権力闘争が繰り広げられているのではないかとの憶測が飛んだ。キャサリン・ゴタニ-ハラ運輸副大臣はIPSの取材に対して、「ムタリカ前大統領の同盟者は同氏の弟ピーターを後継者にしたかったのです。」と語った。

まさにこれこそムタリカ前大統領とバンダ氏が過去に意見の相違から衝突した問題であった。ムタリカ前大統領は、2014年の大統領選挙に弟のピーター・ムタリカ氏を与党民主進歩党候補に擁立しようとしたが、当時同盟関係にあったバンダ氏が同意しなかったことから、反抗的な態度をとったとしてバンダ氏を与党から追放し、政権からも排除した。これに対してバンダ氏は2011年9月に野党人民党を立ち上げる一方で、(選挙を経て選ばれた)副大統領の職は保持し続けた。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

|UAE|中国との文化的架け橋を目指すイベントを開催予定

【ドバイWAM】

アラブ首長国連邦(UAE)を訪れる中国人富裕層の数が近年急増し、中国人のビジネス習慣や文化に対する理解を深めることが地元企業にとって急務となってきている。

マスターカード社の調査によると、昨年UAEを訪れた中国人観光客は約30万人で、年間消費額は外国人観光客の中で最大の3億3400万ドルであった。

こうした流れに地元企業が有効に対処できるよう、ドバイ中国文化学習センター(DCLC)は、イベント企画会社「メインイベント」(本拠:ドバイ)との協力のもと、5月23日・24日の2日間にわたって「Chinese Cultural Awareness, Social ‘&’ Business Communication Conference」と題した専門家向け中国ビジネス講座を企画した。参加者は、主に中国文化と中国人観光客への対応ノウハウを学ぶ予定である。

 「UAEは、2009年に中国政府との間に「観光目的対象国」(ADS: Approved Destination Status)合意をしてから、中国からの観光客が急増しました。」と中国グローバル社・DCLCのルーシー・チャン常務理事は語った。

「UAEはこのステータスから大きな恩恵を得ています。不安定な中東情勢にもかかわらず、UAEはドバイアブダビなどレジャー・文化・ショッピングをミックスした観光産業が中国人観光客を魅了し続けており、今後も中国からの観光客数は増加し続けると見られている。両国間の航空移動時間が8時間程度と手ごろなことと、旅客便本数が豊富なことも、観光目的地としてのUAEの魅力を高めている要因となっている。」

UAEへの中国人観光客の増加は、中国人の海外渡航者数が近年大幅に伸びている傾向を反映したものでもある。国家観光庁の統計によると2011年に海外に渡航した中国人は5740万人で、2010年から20.4%増加した。この数値は、2015年にはさらに8400万人へと増加する見通しである。

中国ビジネス講座の1日目は、中国文化に焦点をあてた以下のトピックを扱う予定である(①言語、信条と習慣、②文化的価値観と行動形態、③中国の文化経済環境、④社会エチケット、外交儀礼と人間関係の構築について)。

また2日目には、社会・ビジネスコミュニケーションの分野に焦点をあてた以下のトピックを扱う予定である(①中国人観光客の行状とニーズ、②中国人顧客との交渉術、③食事、娯楽、接客等)。

またこの講座イベントでは、中国流の肩書、形式、カラーシンボル、さらには中国人の交渉における特徴等についても、専門家によるセミナーが実施される予定である。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

関連記事:
|UAE|「砂漠のスーパースター3D」が初公開される

|パキスタン|強制的に改宗させられるヒンドゥー女性

【カラチIPS=ゾフィーン・イブラヒム】

カラチに住むヒンドゥー教の少女バルティ(15歳)は、昨年12月、裁縫教室に出かけたきり帰ってこなかった。失踪の3日後、父のナライン・ダス(55歳)は、彼女がイスラム教に改宗したと聞かされた。

「私たちは本当に心配しました。その後、娘が裁縫の装飾品を買いに近くの市場に出かけたときに地元の警官の息子に誘拐されたと知ったのです」と元運転手のダスはINPSの取材に応じて語った。

 「彼は娘を3日間監禁しました。その間に何があったかはわかりませんが、彼は、娘は彼との結婚に同意したと言うのです」。

パキスタン(人口1億8000万人)において、ヒンズー教徒は約1%余りを占めている。パキスタン独立人権委員会は、ヒンズー教徒の少女が拉致されイスラム教への改宗を強制される事件が増加傾向にあると憂慮を表明している。

新聞のヘッドラインを賑わせた最近の事件に、2月28日に誘拐されたカラチのアガカーン大学病院に勤務するラタ・クマール博士の事件がある。彼女は後に発見されて法廷に現れた。

法定で娘と対面することになったシンド州ジャコババードで開業医を営む父のラメシュ・クマールは、IPSの取材に対して、「ラタが私の別の娘(ジョティ)のそばを通り過ぎるとき、『私のためになんとかして』とささやいたのです。しかし、そのまま連れて行かれてしまいました。」と語った。

クマール氏は、結婚を控えていた娘が自らの意思で失踪するわけがないとして、「もし娘が逃げ去ったのだとしたら、私たちに助けを求めたりするでしょうか?娘がもし自由意思で改宗したのなら、家族である私たちがなぜ娘に会うことができないのでしょうか?」と語った。

シンド州高等法院は、ラタに対して、判決が出るまで政府運営のシェルターに身を寄せるよう命令した。しかし、地元の議員の中には、その施設では彼女の安全は確保できないとして、政府に対して彼女の身柄を連邦首都のイスラマバードに移すよう強く訴えている。

その政府運営のシェルターには、ラタの他にもシンド州ゴトキ出身のリンケル・クマリ(現在はイスラム名のファーヤル・シャー)が収監され、彼女の父ナンド・ラルは小学校の教師であったが、娘に起こった事件の後、残りの家族を連れて600キロ離れたパンジャブ州ラホールのシーク教寺院に避難した。

「毎月少なくとも20~25人のヒンドュー教徒の少女が誘拐され直後にイスラム教に改宗させられています。」とパキスタン独立人権委員会のアマルナス・モトゥメル弁護士は語った。

ヒンドゥーコミュニティーの間では誘拐と強制改宗に対する恐れが広がっており、シンド州内陸部に暮らすヒンドゥー家庭の多くが、思春期に達した娘の通学を止めさせている。

元議員でパキスタンヒンドゥー協議会の会長を務めているラメシュ・クマール博士は、「強制改宗、脅迫、身代金目的の誘拐等により、毎年多くのヒンドゥー家族がやむなくインドに移住しています。パキスタンは私たちの祖国です。しかし政府が自国の国民の安全を保障できないのであれば、国外に逃れるより選択肢がありません。事態は、私たちヒンドゥー教徒の努力だけではどうしようもないほど、悪化しています。」と語った。

ナライン・ダスの24歳になる息子ラクシュマンは、数年前にイスラムに改宗し家を出て行った。しかし3年後に、(イスラム名)アブドゥル・レーマンとして惨めな姿で帰宅した息子は、両親に「元に戻りたい(take me back)」と懇願した。

しかしパキスタンでは、一旦イスラム教徒になったものが棄教したと見做された場合、死刑が適用される。ダスは、「息子を死罪から救うために、ヒンドゥー教徒の娘をイスラムに改宗させて結婚させるしかありませんでした。」と語った。

ダン・バイが誘拐された娘バーティと初めて再会できたのは裁判所の法廷であった。「娘はそれまで我が家では着たこともない頭からつま先まで体をすっぽりと覆った黒のアバヤを纏わされていました。アバヤを通して見えたのは娘の眼だけでしたが、彼女は泣いているようでした。」とバイは語った。

ヒンドゥー教徒のジャーナリスト・アマール・グリロは、「イスラムへの強制改宗は、ヒンドゥー教徒でも上級カーストかビジネスクラスの家庭のみをターゲットに行われています。」と指摘したうえで、「ヒンドゥー教徒の少女が実際に誘拐され、強制的にイスラムに改宗させられたうえで結婚させられる事例がある一方で、(ヒンドゥー教の慣習に纏わる)持参金の問題から逃れるために、自らの意志で改宗するケースもあります。」と語った。

またグリロは、「いくつかの事例をみると、ヒンドゥー家庭の娘が結婚する場合、持参金として最大2百万ルピー(約182万7千円)を親が支払わなければならないケースがあります。もし親が持参金を払えなければ、娘は結婚できないわけです。そうした背景があるので、中には相手を見つけて駆け落ちする娘もいるのです。」「ヒンドゥー教徒は連邦及び州議会でイスラム教以外の(少数派)宗教グループに割り当てられている30議席のうち、17議席を確保しています。しかし今日まで、持参金制度や強制改宗を禁ずる法律の制定に動いたことはありません。」と語った。

モツメル氏は、一方で持参金制度が原因で多くのヒンドゥー教徒の娘達がヒンドゥーコミュニティー外の若者と婚姻している実態を認めつつ、「しかし、『改宗』という言葉に全く新しい意味づけをなしたのは、イスラム過激派の存在です。」と語った。

カラチのイスラム神学校ジャミア・ビノリアの聖職者マフティ・ムハマド・マフティ・ナイーム師は、「強制改宗はNGOによるプロパガンダに過ぎません。」と語った。しかし同時に、過去8~9カ月の間に約200人の男女をイスラム教徒に改宗させたことを認めた。

「私はイスラム教に改宗した全ての人々のリストを持っていますが、皆が自分の自由意思で改宗した人たちです。彼らに電話してイスラム教への改宗に際して強制があったかどうか尋ねてもいいですよ。彼らはイスラム文化の中で生活してきたわけですから、イスラム教に惹きつけられるのは自然の成り行きなのです。」と語った。

またナイーム師は、「イスラムの教えを広め、異教徒をイスラム教に導くものは、死後に祝福されるのです。」と付加えた。

今まで幾度となく強制改宗を巡る裁判でヒンドゥー教徒の家族を代弁してきたモトゥメル弁護士は、「私は司法制度に対する信頼の念を失ってしまいました。裁判が開廷して裁判官がまず(改宗されられたとされる)少女にカルマ(自分はイスラム教徒であることを認めるイスラムの基本教義)を唱えるよう求めます。そして少女がカルマを唱えた時点で、事実上、ヒンドゥー教徒の家族が娘を取り戻すことは不可能となるのです。」と語った。

また法廷では、「少女が入廷すると同時に、たいていは狂信的なイスラム信徒に囲まれ、恐怖の雰囲気が作り出されます。それは、少女だけではなく、弁護士や裁判官にも向けられているのです。そして法廷の外では、武装した男たちが傍聴人が出てくるのを待ち構えているのです。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

関連記事:
│エジプト│愛する権利すらも奪われた女性
│キルギス│花嫁誘拐禁止法、一夫多妻主義者の妨害で否決