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|インド|福島第一原発事故でインドの原子力推進はどうなる

【ムンバイIDN=シャストリ・ラマチャンドラン】

日本が3重災害(震度9.0の巨大地震、津波、福島第一原子力発電所の放射能事故)に見舞われた結果、インドの野心的な原子力推進計画に暗雲が垂れ込めている。とりわけ、日本政府とインド政府が協議中の原子力協力協定の交渉は、無期限で延期されることが確実な情勢である。 

また、与党統一進歩同盟(UPA)の最大の戦略的・外交的成果と喧伝されてきた[すでに締結されている]米印間の原子力協定についても、その実施までには両国の当初の予想に反して、より時間を要することになるかもしれない。 

さらに印仏間の原子力協定に至っては、ジャイタプールでの原子炉建設計画に地元からの抗議行動が強まっており、とくに厳しい状況にある。

 日本が深刻な危機に直面する中、空前の進展を見せていた日印間の経済関係も、共同事業の減速、停止などを通じて後退を余儀なくされるだろう。 

日印関係は、2000年代に入って順調に推移し、戦略的・グローバルパートナーシップを構築するまでに発展していたが、ここ数年間にみられたような勢いの大半は、失われることになるだろう。 

日本にとって対インド関係は、良好であった1950年代以降は、あまり進展することなく推移し、1998年のインドの核実験実施によってもっとも厳しいものになった。その後、2000年にビル・クリントン米大統領(当時)がインドを訪問したことが転機となり、その後、インドとの経済的、政治的、戦略的関係が強まることになった。今日、日印間で毎年首脳会談を含む年3回の閣僚会議が開催されている事実は、両国関係の強い絆の深さとその可能性を示すものと言えよう。そうした中で、協議中の日印原子力協定は、もし締結されれば、日印二国間関係で最大の成果となっていただろう。 

日印2国間の貿易総額のみを見れば依然として100億ドル規模であるが、政府開発援助(ODA:インドが最大の受領国である)、直接外国投資( FDI )、外国間接投資(FII)も含めて見れば、日印間の経済協力規模は例外的に高いレベルのものである(因みに、日本がインド以外でこのレベルの経済協力関係を有する国は米国のみである)。このような両国の経済関係を反映して、インドに進出した日本企業はこの5年間で250社から750社にまで急拡大した。また日本は、デリー・ムンバイ間産業大動脈回とチェンナイ・シンガポール間回廊という2つの計画を後押ししている。 

今後東日本大震災からの復興に日本の資源と労力の多くが費やされると予想されることから、日印間の開発計画、とりわけ建設、インフラ設備関連の企業が関与した計画は、大きな見直しを迫られることになるだろう。例外はチェンナイ・シンガポール間回廊くらいかもしれない。また、日印間の戦略、防衛分野の協力関係も後退を余儀なくされるだろう(今日の二国間関係から一方の都合による変更が大きな問題に発展する可能性はほとんどないが)。 

インドは、投資資金の撤退という事態を、なんとか乗り越えることができだろうが、民生用核開発計画が被るダメージは、電力、インフラ開発分野に止まらないだろう。その影響は、インドが従来エネルギーオプションとして追及してきた原発開発の時計の針を巻き戻し、既に締結した米国やフランスとの原子力協定をも危ういものにしてしまうかもしれない。 

日本の核関連技術は世界最高峰で最も洗練されていると評価されている。だからこそ、米国のゼネラル・エレクトリック(GE)社及びウェスティングハウス社、フランスのアレバ社は、それぞれ日立、東芝、三菱と提携関係を結んでいる。日本の専門知識、技術、部材は、大半の原発設備の中核に使用されている。このため、日本の協力がなければ(日本との原子力協力に関する二国間合意が現時点でない中、事実上困難な状況にある)、米仏の企業が原発建設の発注を受けても建設が困難ということになり、結果的に米印・仏印原子力協定も頓挫してしまう可能性がある。 

さらに、福島第一原発事故は、こうした流れに水をさすことになった。日本には広島・長崎における原爆の経験があり、放射能流出を引き起こした福島第一原発事故は、この記憶が呼び覚すとともに、原発建設をこうしたリスクを踏まえたモラルの問題として再浮上させた側面がある。 

福島第一原発事故に危機感を抱いた人々は、日本政府が近い将来、インド政府との原子力協定締結を検討することにさえ反対するだろう。また、こうした日本国内に広がる感情は、インドや世界各地における原発反対世論を押し上げることになるかもしれない。そして、ジャイタプール原子炉建設計画に対する地元住民の抗議活動のような現在進行中の反原発運動は、こうした世論を背景に新たな勢いを獲得するだろう。 

世界各国に目を移せば、中国は原子力発電計画の承認を一時中止し、ドイツは7つの原発施設の閉鎖を決定した。そして米国とインドも操業中もしくは建設中の施設を対象に包括的な安全性検査を行う方針を示した。しかし、各国政府のこうした措置は、国民の原発に対する信頼を高めるどころか、かえって反対世論を勢いづかせる結果になったかもしれない。 

問題は、原発施設そのものの安全うんぬんにあるのではなく、原子力に対する世論の感情にある。こうした現状は、インドにとっても、原発の将来にとっても、現在の成長・開発モデルにとっても、よくない徴候であることに違いない。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩 


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「もうひとつのノーベル賞」受賞者、原発廃止を訴え

【ベルリンIDN=ジュッタ・ウォルフ】

「もうひとつのノーベル賞」と呼ばれるライト・ライブリフッド賞の受賞者ら50人が、核兵器廃絶だけではなく、原子力発電からも撤退すべきだとする声明を3月29日付で発表した。

日本で起こった原発事故に関して、声明はこういう。「自分自身のために、そして、将来世代の受託者として活動している人間社会は、地球絶滅を引き起こしかねない技術を扱う際には、とりわけ注意を払わねばならない。われわれは、こうした技術から徐々に脱却し、それを廃し、現在・将来の世代を傷つけることのない別のものを目指さねばならない。」

 声明では、原発維持によって生み出される放射性廃棄物は、人類の文明が存在するよりもずっと長い期間にわたって毒性を保ち続けるものである、と警告する。

さらに、より安全で信頼性の高い再生可能エネルギーを開発するための経済的・人的資源を原発が奪ってしまうことも批判した。

核兵器と原子力発電の関係については、「原発計画は核兵器にも転用可能な核分裂性物質を利用し生み出すものであり、核拡散への道を開くものに他ならない。」と述べた。

「原子力は近代のエネルギー問題への答えでもないし、気候変動問題への特効薬でもない。さらなる問題を生み出すことによって、何か問題を解決することなどできない。」

ライト・ライブリフッド賞の創設者のひとりであるヤコブ・フォン・ユーカル氏は、「気候変動や核の脅威の問題に立ち向かうことは、技術的な問題ではない。それは、心理的、政治的問題なのだ」と喝破する。

声明には、ワンガリー・マータイ(ケニア)、ヴァンダナ・シヴァ(インド)、アショク・コスラ(インド)、モード・バーロウ(カナダ)、ハフサト・アビオラ-コステロ(ナイジェリア)、アレクサンダー・リコタル(ロシア)、フランシスコ・ウィタケル・フェレイラ(ブラジル)、アーウィン・クラウトラー(オーストリア)などが署名している。

ライト・ライブリフッド賞受賞者らの、福島原発事故への反応を報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=山口響/IPS Japan浅霧勝浩

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│軍縮│橋はバリケードにもなりうる

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【モスクワIPS=ケスター・ケン・クロメガー】

米国との間で新しい戦略兵器削減条約(START)を締結することがメドベージェフ政権の最優先事項であると考えられるが、この協定によって将来のロシアの軍事力が抑制されることになるのではないかという懸念が専門家の間で出てきている。

 ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と米国のヒラリー・クリントン国務長官は、2011年2月5日、条約の批准式を行った。同条約によって、米露それぞれの戦略核は、現在の上限2200発から1550発まで減らされることになる。

ロシア国会(ドゥーマ)外交安全保障委員会のアレクサンドル・フォメンコ委員は、条約によってロシアの軍事力が弱められるとは考えていない。「戦略兵器は冷戦期に構築されたものであるから、戦略攻撃兵器の削減が今日行われることはおおいに理解できます。今日の真の近代戦は特殊作戦戦争であり、これは新しい現象なのです。」とフォメンコ氏はIPSの取材に応じて語った。

フォメンコ氏はまた、戦略兵器は核兵器の不使用を保証するものでもあり、ロシアは現在、新型ミサイル「トーポリM」と「イスカンダル」、及び他国からの攻撃に反応できるその他の兵器を保有していると述べた。

軍備管理協会(ワシントン)のトム・コリーナ氏は、「新STARTの締結で米露関係は非常に強化され、両国間の信頼が築かれただけではなく、両国の市民はより安全になりました。条約は両国の利益になります。核戦力を減らし、査察を復活し、信頼感を増すことで双方の安全が高まるのです。この成功を基礎として、長距離核だけではなく短距離(戦術)核も対象にした新条約に進むべきです。」と語った。

しかし、ロシアの中にも条約への批判がある。自由民主党のウラジミール・ジリノフスキー党首は、ロシアの軍事力が著しく抑制されることになると主張しているし、共産党のゲンナジー・ジュガーノフ党首は、核戦力を削減すればロシアの安全が危ないと述べている。また、退役将校のレオニド・イワショフ氏は、「新STARTは通常兵器における米国の優勢の問題を扱っていないがゆえに、ロシアにとって甚大な悪影響がある。」としている。

ロシア下院国際問題委員会のコンスタンティン・コサチェフ委員長は、国会の立場を地元メディアにこう説明している。「重要な考え方は、米国が新条約の特定の条項に関してくだす一方的な解釈は、ロシアに新しい義務を課すものではない、ということだ。」

セルゲイ・イワノフ副首相は、「条約は両国の核兵器を相当程度削減することを規定しているが、それぞれの軍隊の戦略的構成要素の開発に影響を与えない。」と指摘したうえで、「条約は、規定された制限を守ること以外に、ロシアにいかなる新しい義務を与えることも想定していない。ロシアは、米国と同じように、将来的に戦略的戦力を開発し続ける権利を持っている。」と語った。

さらにイワノフ副首相は、「この点で、新STARTは双方の戦略攻撃兵器のレベルに制限を課したものではない。軍隊の戦略的構成要素を開発するために策定済みの我々の計画は、完全に生きている」と付け加えた。

つまり、ロシアは、とくに先端的な兵器として、潜水艦に搭載する弾道ミサイル「ブラバ」や(大陸間弾道ミサイルである)「RS-24ヤルス」を開発し続ける、ということである。

ロシア外務省外交アカデミー研究・国際部門のエフゲニー・バザノフ副代表は、「ロシアと西側は接近し、非常に良好な議論を積み重ねてきた。両国間の関係は、他の核兵器保有国、あるいはこれから核を取得しようとする国に対して、米露は軍縮プロセスを推し進めるつもりであり、他国もそれに参加すべきだというメッセージを発することになります。」と語った。

条約は米露関係の改善につながり、両国による協力への機会を提供することになるであろうと見られている。共同のミサイル防衛システム構築という難しい問題も含め、両国間で軍事問題に関するさらなる協議への道を開くであろう、と新STARTの支持者は考えている。

「共同のミサイル防衛に関して何らかの協定があるとすれば、ロシアと米国、NATOは真のパートナーになれるでしょう。そうした協定のひとつの有益な効果は、世界規模での緊張緩和に資するという点にあります。」とバザノフ氏は語った。(原文へ

翻訳=INPS Japan浅霧勝浩

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|アフガニスタン|コーラン焼却に対する抗議デモで国連職員が犠牲に

【カブールINPS/ AlJ=特派員】

アフガニスタン当局によると、同国北部の都市マザリシャリフで、米国で牧師がイスラム教の聖典コーランを焼いたとされる報道に怒ったデモ隊が暴徒化し、同市内の国連事務所を襲撃して少なくとも11名が死亡した。

今回の襲撃事件は、国連が標的となったものとしては、2001年に米国が主導した有志連合軍によるアフガニスタン侵攻以来、最悪のものとなった。

米国フロリダ州の牧師が聖典コーランを焼却したとする報道に怒った約2千人の民衆が、マザリシャリフ国連アフガン支援ミッション(UNAMA)事務所前で抗議集会を開いていたが、一部が暴徒化して事務所に乱入し、警備員に発砲、館内に放火した。

  国連は、この襲撃で国連職員3名(ノルウェー、スウェーデン、ルーマニア人)とネパール人警備員ら4人が殺害されたと発表した。犠牲者の中にアフガニスタン人は含まれていなかった。しかしAP通信に国連職員が語ったところによると、7人の職員と4人のアフガニスタン人デモ参加者が死亡したとの報道もある。その他、20人のデモ参加者が負傷したとみられている。

これまでに、全職員がUNAMAマザリシャリフ事務所から退避している。

アフガニスタン警察は、詳細は不明としながら、犠牲者について、国連職員8名(内、2名は頭部を切断されていた)、アフガニスタン人デモ参加者4名と発表していた。

アルジャジーラのハシェム・アヘルバラ記者は、「デモに参加した群集は、昼の祈りの直後にUNAMAマザリシャリフ事務所前に集結した。同事務所は、アフガニスタンにおける国連の主要拠点の一つである。デモ参加者の中にはナイフで武装していたものもおり、事務所長は襲撃で重傷を負った。」と、カブールから報じた。

「抗議集会は、極めて暴力的な襲撃へと変質した。」とアヘルバラ記者は説明した。

北バルク州のアタ・モハンマド・ヌール知事は、反乱軍の兵士は抗議集会を国連襲撃の隠れ蓑として利用した、と語った。

「反乱軍兵士たちは、この状況を利用して国連事務所を襲撃したのです。」とヌール知事は語った。

またヌール知事は、犠牲者の中にネパール人のグルカ警備員が含まれており、彼らは民間の警備会社に所属していたことを明らかにした。

タリバンは、今回の犯行を認め、「今回の襲撃は来る大統領選挙に反対するキャンペーンの第一歩である」との声明を発表した。

アフガニスタン当局の発表によると、当初は約2000人の群集がマザリシャリフの国連事務所前に集結していたが、やがて一部の群集が国連事務所の警備員から武器を奪取し警察官に発砲し、国連事務所になだれ込んだとのことである。

潘基文国連事務総長の広報官ファルハン・ハク氏は、アルジャジーラ国連特派員の取材に応じ、事務総長は今回の襲撃に関する情報を収集しているが、「これは卑怯な攻撃であり、いかなる状況においても正当化できるものではない」と考えていると語った。

またハク報道官は、「ステファン・デ・マツラUNAMA代表が、早速状況確認のため事件当日にマザリシャリフに赴いている。」と付け加えた。

マザリシャリフの国連職員は、選挙支援、政策提言、人道的支援、復興・開発事業を含む幅広い活動に従事している。

「UNAMAのこうした活動の全ては、アフガニスタンの人々に可能な限りの支援を行うよう配慮されたものです。だからなおさら、UNAMA事務所が襲撃の対象となったことは決して正当化できることではないのです。」とハク報道官は語った。

昨年、米フロリダ州ゲーンズビルのキリスト教会「ダブ・ワールド・アウトリーチ・センター」のテリー・ジョーンズ牧師は、9・11同時多発テロ記念日に聖典コーランを焼却すると発表して激しい論争を引き起こした。その後、ジョーンズ牧師は、米国政府高官からの圧力もあり、焼却イベントを「中止する」としていた。

ところが今年の3月20日、ジョーンズ牧師は、同教会のウェイン・サップ牧師が聖典コーランを焼却するのを見守った。

これまでアフガニスタンで国連職員を標的とした最悪の事件は、2009年10月に首都カブールで起こった国連宿泊施設に対する襲撃事件で、国連職員5人が死亡し、9人が負傷している。

その他の国々でも国連職員が標的となるテロ事件が発生しており、2007年12月にはアルジェの国連施設が爆弾テロによる攻撃を受け、17名の職員が殺害されている。

また2003年8月には、国連現地本部が入っていたバグダッドのホテルが爆破され、セルジオ・デ・メロ国連事務総長特別代表を含む少なくとも22名が殺害された。(原文へ

翻訳=INPS Japan戸田千鶴

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│トルコ│リビアをめぐり、古い帝国の対立が復活

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【アンカラIPS=ジャック・コバス】

トルコ国民会議は3月24日、非公開の審議で採決を行い、それまでの方針から180度転換して、リビア内戦に対する北大西洋条約機構(NATO)の軍事介入作戦に参加することを決定した。トルコ政府はそれまでリビア情勢への西側同盟国の干渉に徹底して反対する態度を通してきただけに、この突然の方針転換は、リビア問題に対するトルコの姿勢を一層分かりにくいものにする結果となった。

3月17日に国連安保理が採択した決議1973号(賛成10、棄権5:ブラジル、中国、ドイツ、インド、ロシア)は、反政府軍と戦闘状態にあるムアンマール・カダフィ政権の動きを封じ込めるため、リビア上空での飛行禁止区域の設定などについて定めていた。

 トルコ政府の計画では、同国のフリゲート艦4隻、支援船1隻、潜水艦1隻を参加させる予定である。海軍の参加をすでに表明している5ヶ国は各1隻ずつの参加規模にとどまっていることから、トルコ軍はかなりの割合を占めることになる。これらの艦艇は、イタリア軍の指揮下で、リビア政府軍向けの武器等の海上輸送を阻止する任務に従事する予定である。さらにトルコ政府は25日、イズミルの空軍施設をNATO軍が飛行禁止区域を履行する拠点として提供する方針を発表した。
 
 24日、トルコ国民会議議事堂や米国大使館の前では、野党勢力やNGOを中心に数百人が抗議集会を開き、トルコのリビア内戦への関与や、欧州連合軍最高司令官ジェームス・スタブリデス氏のトルコ軍高官との会談に反対するスローガンが叫ばれた。

トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン政権は、リビアでの内戦勃発以来、一貫して西側諸国による内戦介入を抑える側に回ってきた。これは、2008年12月にイスラエルが軍事作戦「鋳造された鉛(キャストレッド)」でパレスチナのガザ地区に侵攻して以来、トルコ・イスラエル関係が悪化してトルコが中東に回帰し、同地域での(西側諸国との)仲介役を自認するようになった流れの延長線上にある(この結果、トルコはイスラエルとの軍事交流を停止、冷戦状態に突入したことから、中東諸国ではエルドアン氏に対する支持が高まった)。

こうした中東でのトルコの振舞い方は、専門家の間で「ネオ・オスマン帝国的」だと評されることもあるが、昨年12月以来、国内で民主化要求デモに直面しているエジプト・リビア・バーレーン・サウジアラビアなどの指導部に対して、トルコ政府は、自制を促し、民主化へと向かうよう活発に調停外交を展開してきた。

トルコのこうした外交活動の背景には、3か月後に迫った次回の国政選挙を見据えて、政権の高支持率を支えてきたアラブ諸国との好調な経済関係を最重要視したいというエルドアン政権の思惑がある。

エルドアン首相が党首をつとめる与党公正発展党(AKP)は、2002年に政権を獲得して以来、主に中東諸国への好調な輸出(5年間で600%増の300億ドルで総輸出の3分の1を占める)に支えられた好景気を背景に、2007年の総選挙で空前の勝利(47%の票を獲得)を収めた。トルコのリビアへの直接投資は150億ドル強にのぼる。

従って、国連安保理決議1973号の適用をトルコ政府が心配するのも容易に理解できることである。トルコはNATO加盟国の中で唯一のイスラム国家として、中東地域(トルコがオスマン帝国時代に1918年まで500年に亘って支配した地域)において帝国主義的な役割を果たしていると見做されたくないのである。

しかし一方で、トルコは、中東で起こっている出来事について傍観者でいられる立場ではない。それはNATOの活動に積極的に関与することで、トルコははじめて、西側同盟国の情報や政治的意図を把握でき、その意思決定過程に参加できるからである。

エルドアン首相は21日、イスタンブールで声明をだし、(リビア情勢への干渉のために)急いで組織された英仏同盟の動機に疑問を呈するとともに、「リビアの天然資源奪取を企図したいかなる軍事作戦も許されるものではない。」と語った。また、フランスのアラン・ジュペ外相が(今回の攻撃を)「現代の十字軍」と間接的に言及したことについて、「私は、中東といえば、原油、金鉱、様々な地下資源しか見ない者たちに、これからは『良心の眼鏡』を通して中東を見てもらいたいと願っている。」と痛烈に批判した。

フランスはトルコの欧州連合加盟に一貫して反対しており、このことが時折、両国間の対立の火種となってきた。今回、フランスのニコラ・サルコジ大統領は、決議履行のために3月19日に開いた国際会議にトルコを招かなかった。そして、安保理決議1973号からわずか2日後に仏英を中心とした多国籍軍がリビア内戦への介入を開始した。こうした動きが、トルコの急激な方針転換を促したものとみられる。

エルドアン首相のこうした発言は、トルコが現在置かれている微妙な外交的な立ち位置を反映したものである。それはこうした中東の利益を代弁して西側に対峙する発言は、トルコが自認する中東の民主的なイスラム国家のイメージをアピールするとともに、国内の保守層やアラブ世界の反西側感情に訴えることができ、選挙対策にも有効だからである。

しかし、トルコは同時に、「中東における西側との仲介者」という新たな外交的立場を強化していくためには、西側列強諸国の一員にとどまっていなければならないとというジレンマを抱えている。今回の対リビア軍事介入における英仏同盟の背景には、中東地域に影響力を伸ばすトルコに対して危機感を抱く両国が、新たなアラブ世界に勢力を確保しようと乗り出してきた構図が浮かび上がってくる。

多国籍軍を構成している英国、フランス、イタリアはいずれも、1918年以降にオスマン帝国に代わって中東を植民地支配した旧宗主国であり、明らかに今回の軍事干渉を通じて、中東舞台への勢力「復活」の可能性を見出している。問題は、彼らが銃を抱えてやってくるのか、それとも平和の使者としてやってくるのか、という点にある。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩


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|シリア|「アサド大統領は改革への希望を打ち砕いた」

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【アブダビWAM】

「シリアの主要な地方都市であるダルアーやラタキアで連日大規模なデモが繰り広げられる中、民衆の改革への希望は高まりを見せているが、明らかにバシャール・アサド大統領は、いかなる変化も、とりわけ民主化圧力のもとで改革を強いられることを恐れている。」とアラブ首長国連邦(UAE)の日刊紙は報じた。

「3月30日のアサド大統領の演説には国民の多くが期待したが、結局政治改革についてはなんの言及もなく、失望に終わった。」とドバイに本拠を置く英字日刊紙「ガルフニュース」は4月1日付の論説の中で報じた。

 また同紙は、政府報道官が、大統領の演説内容について、1963年から続く非常事態宣言の解除や新たなメディア関連法の導入の可能性、さらに支配政党バース・アラブ社会党の絶対優位を定めた憲法の改正について言及される画期的なものとなるだろうと事前に触込んでいた点を指摘した。

同紙は、3月29日のムハンマド・オトリー内閣の総辞職(アサド大統領による事実上の更迭で国民への融和姿勢を打ち出したもの)に続くこうした具体的な公約に、国民の間で政治変革への期待が高まっていたと報じた。しかし実際のアサド大統領による国会演説内容は「そうした民主改革を無視したもの」であり、国民は期待を裏切られたと報じた。

アサド大統領は、演説の中で、「シリアに騒乱の種を播こうとする巨大な陰謀がある」と指摘した上で、「シリア国民は平和的だが、われわれは国益や理念、価値を守ることをちゅうちょしたことはない。私は戦いを望まないが、挑まれれば、喜んで応じる」と述べた。

「エジプトに次ぐアラブ世界最大の軍事大国の大統領によるこうした発言には独特の響きがある。シリア政府が民主化を要求している勢力とのいかなる対話も拒否し、治安当局を頼みとした治安重視に再び舵を切った手法は、1946年にフランス勢力が撤退した後に一党独裁体制を数十年に亘って行ってきたバース党政権の権威主義的支配の継続を意味するものである。」と同紙は報じた。

また同紙は、「シリアの主要な地方都市であるダルアーやラタキアで連日前例のない大規模なデモが繰り広げられる中、改革への期待が高まっていた。しかし政権側は明らかにいかなる変化も、とりわけ民主化圧力のもとで改革を強いられることを恐れている。今懸念されることは、多くのコメンテーターが言及している1982年のハマーの虐殺(ムスリム同胞団の鎮圧に政府軍が街を包囲攻撃し数万人の市民が虐殺された事件)のような、政府による抗議勢力に対する大規模な鎮圧作戦が実施され流血の大惨事を招く事態である。政府はそのような事態は事態は避けるべきである。」と報じた。

ガルフニュース紙は、「今後政府による前向きな動きがあるとするならば、治安当局に令状なしの逮捕や尋問を認めてきた非常事態法の解除がその第一歩となるだろう。」と報じた。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

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|輸送と環境|従業員に支えられて家業を守る(竹内政司)

【東京IDN=浅霧勝浩】

Seiji Takeuchi

竹内政司氏は、今は東京三鷹市の著名な経営者であるが、若き頃、南米ブラジルのサンパウロで在留邦人向け新聞社「サンパウロ新聞」の記者として過ごした日々を懐かしそうに振り返った。

「新聞社での日々は刺激的でした。取材をしては記事を書き、翌日には発行されて成果がでる。達成感を感じると同時に、大陸のスケールの大きさと貧しさも知りました。」と竹内運輸工業株式会社の第3代取締役社長で東京都トラック協会副会長の政司は語った。

その後ブラジルから帰国した政司は、竹内運輸工業に入社。当時代表取締役社長の父喜代司が、自分を重要なマネジメント部門に配属してくれるだろうと思っていたら、それは希望的観測に過ぎなかったことを思い知らされた。物流倉庫での箱打ちや梱包作業、荷運び、トイレ掃除、作業場の修理など、一から各部署を回らされたのである。

「若い私には、当時の下積み生活が理解できず釈然としない思いでした。」と政司は振り返る。6か月後、政司は再びブラジルを訪れた。「かつて住んでいた場所なのに、観光客としての自分に疎外感を感じ、自分の居場所はここではない、竹内運輸工業なのだと気づきました。それから私は腹をくくりました。」と政司は付け加えた。

 政司は今では当時父が会社の全部門を転勤させたことについて正しい判断だったと確信している。「現場を知ることは経営者として学ぶべきことだったと、今、思います。」

竹内政司は2000年、45歳の時に、父竹内喜代司の後を継いで代表取締役社長に就任した。父喜代司は1984年、竹内運輸工業の創業者である政太郎が亡くなった際に2代目社長に就任していた。

政司が社長に就任したのは、竹内運輸工業が長年にわたる主要取引先の日産自動車株式会社との関係が大きな節目を迎えた直後の時期であった。1999年、日産の経営再建をかけて来日したカルロス・ゴーン氏は、取引業者を集めた「サプライヤーズ・ミーティング」を開催し、日産自動車の黒字化のため、取引業者数を従来の半分にすることを一方的に宣言した。

その結果、竹内運輸工業が自動織機の運搬・据付業務を請け負っていた日産の繊維事業部が豊田自動織機製作所(トヨタ自動車の関連会社)に営業譲渡されたことに伴い、三鷹工場は閉鎖・解体された。

また、竹内運輸工業が営繕業務を請け負っていた日産の宇宙航空部門があった荻窪工場も同部門の移転に伴い閉鎖された。さらに2001年には、竹内運輸工業が1961年から取引のあった日産村山工場も閉鎖された。村山工場で組み立てられた最後のスカイラインの模型が、今も、竹内運輸工業の応接室に飾られている。

日産リバイバルプランの全容が明らかになる中、竹内喜代司は竹内運輸工業が日産に支えられていた時代が終わったと実感した。「自分の時代もここで終わりだ。これからはまた別の時代が始まる。」喜代司は息子にそう語り、2000年に引退した。

政司はリバイバル・プランからたくさんのことを学んだという。「私たちのような小さな会社でさえも、グローバリズムという新しい価値観、新しい枠組みを受け入れ、そのうえで生き残ることができる会社を作り上げることが求められるようになったのだと思いました。」

政司はこの経験を通じて会社の経営はもとより、人間の生き方、人の一生のあり方といった極めて哲学的なものまで考えさせられたという。「とにかく、いままでの価値観にとらわれていては、とても対応はできませんでした。今を生き抜くことがいかに大切かということを思い知らされました。人の世は常に移り変わる、というきわめて当たり前のことも、改めて認識させられたのです。」

挑戦

実際に日産リバイバルプランが動き始め、影響が竹内運輸工業に及び始めたのは2000年4月に入ってからであった。政司はそうした状況を見て、今後、日産自動車との取引をこれまでどおり継続していくのは難しくなるだろうと思ったが、それまではなかった入札にも積極的に参加して、仕事で繋げられるものは、できる限り全て繋いでいくよう努力した。そうした努力の結果、政司は、日産自動車の相模原部品センターから埼玉への部品輸送ルートを落札し、その仕事は全面的に請け負えることになった。

また政司は、この時期、かつて竹内運輸工業が取引関係にあった日産自動車の宇宙航空事業を引き継いだ株式会社IHIエアロスペースとの間に(日産時代と同様に)営繕作業を請け負う契約をとることに成功し、同社の近くに新たな営業所を開設した。

株式会社IHIエアロスペースは、第二次世界大戦における日本の名戦闘機「」の名にちなんだ「はやぶさ」プロジェクトに参画した企業である。また「はやぶさ」は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発し、小惑星「25143イトカワ」から地球外物質の微粒子を持ち帰った小惑星探査機の名称でもある。

政司はまた、新たに流通業の分野において、製薬会社などの新たな顧客を見出した。1998年、顧客の要請に応じて所沢市に最初の物流センターを、さらに2001年には第二物流センターを開設した。

当時、顧客の製薬会社は、関東圏でドラッグストアのチェーン展開に乗り出しており、竹内運輸工業に物流の総合プロデュースを依頼してきたのである。竹内運輸工業としては、商品の搬入、在庫の管理、検品、仕分け、配送といった物流を総合的かつ全面的に管理する仕事は初めてであった。今日ではこのような物流の外部委託は3PL( サード・パーティー・ロジスティクス)と一般に呼ばれるものだが、当時としてはまだ走りの時期であった。

竹内運輸工業は、将来にわたって会社を存続させていくには、自動車産業以外の業種、とりわけ流通業に新たな顧客を開拓していくことが重要と確信し、少しずつ旧来の日産自動車1社との取引に依存する経営体制からの脱却を図っていった。

さらに政司は、常に計数管理を行い、キャッシュ・フローに重きを置くことで、会社の財務体質強化を図った。政司は、もしグローバル化の波の中で生き残る唯一の方法があるとするならば、基本に戻り、会社が所有する全ての資産を見直し、その効率を検証し、さらに有利子負債の大幅な削減を実行しなければならないと確信していた。そうした考えから、政司は会社の規模を一旦縮小することを決意した。

「マネジメントとは、従業員の意識改革です。日産との関係から事業が苦しい時期も、従業員を解雇しない方向で対応することで、逆に、労働組合員からの求心力は強まったと思います。物流センターも大きくなり、新たに移り変わる環境の中で、人を育てる時期にきていると思いました。」と竹内社長は言う。

竹内社長は、国際標準化機構による品質マネジメントシステムISO9001を申請、認定を受けた。ISOの長所は、従業員がこのシステムを通じてお互いの仕事内容を理解できるところにある。異なる営業所がお互いに内部監査を実施することで、従業員は自らの所属部署以外の職場における業務の仕組みや他の社員の仕事内容を理解できるようになる。こうして竹内社長は、全職員と会社が一体となったマネジメントを目指した。

竹内社長はまた、月次決算では数字を全社員にオープンにし、異なる部署で働く職員が互いの業務内を把握できるよう、月次報告書にも同じフォーマットのチェックシートを適用した。こうして竹内運輸工業の従業員には自分たちの会社であるという意識が芽生えていった。

「運輸業である当社で最も大切なことは、交通事故を避けることです。社内の安全衛生委員会を通じて話し合い、トラック30台全車両にはバックモニター、ドライブレコーダーをつけています。その狙いは、機械でサポートしてヒューマンエラーを防ぐこと、とりわけ最も重要なのは、我が社のドライバーの命を守ることです。安全なくして企業の存続はないですから。」と竹内社長は言う。

竹内社長はさらに続けて、「社長としては、私は思ったことをやらせてもらえていると思います。今までやってこられたのは、仲間が好きだからでしょうね。いつも思うのですが、従業員が私の会社で働くようになったのは単なる偶然ではなく、なにかのご縁があるのだと思います。そして私はそうしたご縁を大切にしたいと思うのです。」と語った。

運転手が事故に遭遇したとき、竹内社長は「もし自分に全く過失がないと確信できるなら、会社は100%支持します。」と言うことにしている。こうした際、会社が各車両に設置しているドライブレコーダーが、運転手の主張を裏づける証拠と提供して身を守ってくれることとなる。

竹内社長の次世代の人へメッセージは以下のようなものである。「当たり前のように生きていることを喜び、感謝することです。そして、変化に怯えるなということ。恐怖心は自分の心の中にあるのです。私もプレッシャーとストレスでぎりぎりの状態になったこともありますが、変わらなければ生きていけない。変化を恐れずに進むことの大切さを学びました。」(原文へ

グリーン・エコプロジェクトと持続可能な開発目標(SDGs)

SDGs for All
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竹内運輸工業株式会社オフィシャルホームページ

「イスラエルは、アラブ諸国の騒乱の陰でガザを攻撃している。」とUAE紙

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【アブダビWAM】

「リビアやイエメンなどいくつかのアラブ諸国で起こっている急激な変革に世界の目が奪われている

中、イスラエルは3月22日も引き続きガザ地区に対する攻撃を行った。

「いつものことだが、イスラエルはアラブ世界が他の懸案事項にとらわれているときは、パレスチナ人を何人殺害しようとやり過ごすことができると考えている。残念ながら、こうした考えは中東の現実の一端を捉えたものと言わざるを得ない。」とアラブ首長国連邦の英字日刊紙が報じた。

「イスラエル軍によるガザ地区への航空攻撃は既に2日目に突入しているが、国際社会は誰もこの事件に気付いていないようだ。また、アラブ諸国の衛星チャンネルでさえ、このニュースを取り上げる余裕がないようだ。その背景には恐らく、今はリビアの悲劇的な状況やイエメンバーレーン、その他のアラブ諸国における民衆蜂起に関する報道で手いっぱいな事情があるのだろう。」とガルフニュースは3月23日付の論説の中で報じた。

「しかしだらかといって、悲しむべきことだが、イスラエルがこうした血塗られた攻撃をして罰せられない現状を、こうしたアラブメディアの責任として非難することはできないだろう。イスラエルの攻撃に抵抗する責任は、パレスチナの主要派閥、とりわけ互いに対立しているファタハハマスにあるのだ。」と同紙は付け加えた。

 「エジプトのホスニ・ムバラク政権が先月退陣して以来、パレスチナの2大派閥間の和解を進めようとする動きは棚上げになってしましった。しかし、これはパレスチナにとって望ましくない動きである。」

「パレスチナの人々はこうした分裂に終止符を打つべく、自分たちの指導者に圧力をかけていくべきだ。なぜなら、現在のようなパレスチナ指導部間の対立が続けば、パレスチナ人の安全のみならず、パレスチナ国家の独立という約束さえ危ういものにしていきかねないからである。ましてや、現在イスラエルの占領下にあるエルサレムを新パレスチナ国家の首都とする構想は現実味を失いかねない。」と同紙は分析した。

エルサレムでは、イスラエル政府の政策によって、パレスチナ人住民が追われイスラエル人にとって代わられる事態が進行しており、市内の人口構成が大きく変わりつつある。

「今日の事態を招いた責任はアラブ連盟にもある。たしかに、カダフィ政権の軍事力の前に殺害されているリビアの民衆を守ろうと迅速に行動をおこした点は評価されるべきだ。しかしだからといって、パレスチナ人を見捨てていいということにはならない。また、イスラエル政府も、ガザ地区での殺戮行為がまかりとおらないということを知るべきだ。」と同紙の論説は締めくくった。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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【ベルリンIPS=ジュリオ・ゴドイ】

ドイツ政府は、リビア領空における「飛行禁止区域」設置を承認した3月17日の国連安全保障理事会決議を支持しない決定を行ったが、その背景には海外での軍事介入に不安を抱く幅広い国内世論がある。

ドイツ政府は、リビアへの軍事介入に参加する準備ができていないとして同安保理決議案を棄権した。ギド・ヴェスターヴェレ外相は、「リビア領空に飛行禁止区域を設置することは、同国に地上軍を送り込むに等しい行動である。」と語った。

 ドイツ政府による「棄権」判断は、人道支援団体をはじめとする様々な方面からの批判に晒されることとなったが、少なくとも国内諸政党による幅広いコンセンサスに裏打ちされたものであった。
 
 リビアでは、この2週間にわたって、1969年の革命以来政権の座にあるムアンマール・カダフィ大佐(革命指導者)を支持する政府軍が政権転覆を目指す反乱軍に対して激しい航空攻撃を加えてきた。「飛行禁止空域」の設定は、政府軍によるこの航空攻撃を止めさせることを企図したものである。

週末に執行が予定されている「飛行禁止空域」の設定は、事実上リビア政府軍に対する武力行使を国際社会に承認することを意味し、リビアのインフラ、とりわけ空港、滑走路、及び政府軍と反乱軍が衝突している紛争地帯に対して航空攻撃が実施される見込みである(19日に攻撃が開始された:IPSJ)。今回の航空攻撃の大半は、英国及びフランス空軍が担当することとなっている。

ドイツ政府は、航空攻撃に限定した今回のような軍事介入では内戦を終結させるには不十分であり、必然的に地上軍の投入を余儀なくされることになるだろうと分析している。

ヴェスターヴェレ外相は、リビア政府による反乱軍に対する残虐な弾圧の実態を激しく非難し、カダフィ氏は既に「すべての正当性を失った」と主張した。しかし同外相は、「リビアにドイツ軍が展開することはありません。私はドイツをいかなるアラブの国の戦争にも巻込みたくないのです。」と付け加えた。

アンゲラ・メルケル首相も今回の「棄権」判断を擁護したが、同時に「ドイツ政府は、無制限に国連安保理決議の目指す目標を共有しています。今回の『棄権』判断をもって、ドイツがこの問題について中立的な立場をとっていると誤解すべきではありません。」と主張した。

メルケル氏とヴェスターヴェレ氏は、キリスト教民主連合(CDU)と自由民主党(FDP)からなる中道右派連立政権を率いている。

リビア危機の現状を分析するために3月19日にパリで召集された緊急首脳会議において、メルケル首相は、アフガニスタンにおける米軍の負担軽減とリビア情勢への対応を促す狙いから、ドイツ空軍が新たに早期警戒管制機(AWACS)をアフガニスタンにおける航空偵察任務に就かせる用意があると語った。

ドイツは2001年から米国が主導するアフガニスタンISAF(国際治安支援部隊)に参加している。

リビアに関する国連安保理決議を支持しないとしたドイツ政府の決定に対しては、ドイツ国内及び国際社会から相次いで非難の声が上がった。ドイツでは人道支援団体や一部の野党指導者が、政府の「棄権」決定を、「恥ずべきこと」と非難している。

前経済協力・開発相のハイデマリー・ヴィーチョレック=ツォイル(野党社会民主党)は、国会審議の中で、「独裁者と対峙する(国連)決議において棄権などという選択肢はありえません。今回の政府の決定は『恥ずべきこと』と言わざるを得ない。」と語った。

被抑圧民族協会(Society for Threatened Peoples)ドイツ支部は、ドイツ政府がカダフィ政権に対する軍事作戦に参加しない決定をした背景には国内の選挙事情があるとみている。

今月はいくつかの地方選挙が控えており、与党キリスト教民主連合(CDU)・自由民主党(FDP)保守連合は苦しい選挙戦を強いられている。

ヴェスターヴェレ、メルケル両党首は、「国内の選挙対策と外交のどちらを優先するか判断しなければなりません。ドイツは、リビアへの軍事介入を支持しなかったことから、カダフィ氏から感謝されるかもしれない。しかしそうなればドイツの国際社会における信用は著しく傷つけられることになります。」と被抑圧民族協会アフリカ専門家のウルリッヒ・デリウス氏は語った。

またデリウス氏は、「ほんの1か月前、ドイツ政府はエジプトとチュニジアの民衆蜂起を独裁者に対する民主的反乱として讃えていました。ところが今は、つまらない党利党略から、カダフィ政権による民衆虐殺の傍観者になろうとしているのです。」と付け加えた。

しかし野党指導者の大半は政府の「棄権」決定を支持している。ドイツ社会民主党(SPD)を率いるフランク・ウォルター・シュタインマイヤー前外相は、ドイツ政府の決定を支持する立場から「はたして空爆のみでリビアの人々を救うことができるかについて疑問を呈したドイツ政府の判断は正しいものだ。」と語った。

ドイツ左翼党も政府の判断を支持している。緑の党のユルゲン・トリッティン党首も、リビア難民に一時的な避難先を提供すべきと提案した他は、政府の決定を支持している。

こうしたドイツ諸政党の間にみられるコンセンサスの背景には、外国への軍事介入に反対するドイツ一般市民の世論がある。ある信頼できる世論調査によると、ドイツ国民の60%強が一貫してドイツ軍のアフガニスタンISAFへの参画に反対してきている。

ドイツのISAF要員は、最も紛争が絶えないアフガニスタン南部・東部からとおく離れた北部地域においても主に開発支援に従事している。それにもかかわらず、2001年以来、ドイツ兵の死亡者は48人という高いレベルにのぼっている。

また、民間人の殺害やタリバンとの戦いと直接関係ない殺人事件等にドイツ兵が関与したスキャンダルが発生しており、ドイツ国民の軍隊派遣に批判的な世論をさらに刺激する結果となっている。

海外への軍隊派遣に反対するドイツ世論は、米国によるイラク軍事干渉にドイツ政府が反対した際にも実証された。

さらにドイツ政府の「棄権」判断はリビア情勢に関する軍事分析結果を踏まえたものでもあった。クリスチャン・シュミット国防次官は、ドイツのメディアによるインタビューの中で、「リビア情勢は極めて複雑であり、私たちの調査では、リビア軍の大半は引き続きムアンマール・カダフィ大佐に忠誠を尽くしていると分析しています。」と語った。

この軍事分析はヴェスターヴェレ外相が「リビアにおける外国軍の干渉は、長期にわたる危険な戦争につながり、欧州各地を標的としたテロ攻撃を誘発する恐れがある。」と警告した内容を裏打ちするものである。

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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