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|アザワド|最後のアフリカ国境戦争が抱えるジレンマ(ウィリアム・G・モスリー・マカレスター大学教授)

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【ガボロネ(ボツワナ)IPS=ウィリアム・G・モスリー】

W.G.Moseley
W.G.Moseley

4月6日、トゥアレグ人の反乱勢力が西アフリカの都市ティンブクトゥでマリ共和国からの独立を一方的に宣言し、「アザワド」(Azawad)という新国家を樹立したと発表した。しかし、近隣のアフリカ諸国や国際社会は、この宣言を無視するか、あるいは非難をあびせた。

しかし、植民地期にまでさかのぼるアフリカの多くの国境線が恣意的に引かれていること、もし反乱勢力の主張がたんに無視されたならば、飢餓の蔓延するこの地域において紛争がいつまでも続くであろうことを考え合わせると、国際社会は、アフリカの新国家になるかもしれないアザワドとどのように付き合っていくかをきちんと考えていくべきなのではないだろうか。

言うまでもなく、現在のアフリカの国境線の歴史は問題の多いものであった。欧州の植民地宗主勢力は、アフリカ人の全く出席していないベルリン会議(1884~85)で、アフリカを分割し勝手気ままに境界線を引くことを決めた。

 独立の後も概してそのまま存在し続けたこの国境線は、しばしば部族を分断し、あるいは仲の悪い民族集団をひとつの国に投げ込み、大きすぎたり、小さすぎたり、内陸地に押し込められたりして経済的に生きていくのが困難な国々を作り出した。アフリカ諸国の境界線が引かれたそもそもの問題を考えるならば、現在において、国境線を引きなおす闘争が起きているのも無理のないことである。

国境を勝ち取る決意を固めたトゥアレグ人

表面上は、「アフリカの国境問題」の解決は簡単に見える。機会が訪れたら、民族的により同質的な国家を作るようにすればよいのだ。

しかし問題は、アフリカの多くでは、民族がひとところに固まって住んでいないという点にある。むしろ、アフリカの風景とは、それぞれ別の、しかし同時に共存可能な生存戦略を、さまざまな集団が追求するみごとな豊かさにあるのである。例を挙げれば、農業や遊牧、漁業などだ。

したがって、民族の線に沿って国家を作ろうとすると、たいていは、多数派の民族が他者を圧倒することになる。しかもこれらの国家は、規模が小さく、経済的な多様性にも欠けるため、経済的な能力が低い傾向にある。

アザワド国創立は特段新しいアイデアではないが、国家承認を求める民族領域国家の最新の例ということになる。トゥアレグ人は浅黒の遊牧民であり、歴史的には動物の飼育に依存している。しかし、飼育地域は、アフリカ西部の乾燥地帯であるマリ共和国、ニジェール、ブルキナファソ、アルジェリア、リビアに拡散している。

トゥアレグ人は、より定住的な形態の農業を志向する地域の政府によって周縁化されてきたため、独立国家になることを望んできた。唯一の例外はリビアで、前独裁者のムアンマール・カダフィ大佐は、移民のトゥアレグ人を自身の親衛隊として積極的に登用し訓練を重ねてきた。

問題ある国家誕生

では、樹立を宣言したこのアフリカの新国家はどこへ行くのだろうか?4つの相互に関係ある現象が同時にこのトゥアレグ新国家の誕生を促し、同時にその長期的な見通しを暗くしていると私は考えている。

第一の問題は、マリ共和国トゥアレグ人との関係があまりよくないということだ。マリ共和国では南部の農耕民族が北部のこの遊牧集団を周縁化するという統治の歴史を持ってきた。とくに1960年代初めと90年代初めに大きな蜂起が起こり、その後90年代末に交渉を通じてかなりの和解がみられた。

結果として、マリ共和国政府は北部地域への多額の支援を約束し、キダルという名の新しい州が創設されてトゥアレグ人に大きな代表権が与えられ、トゥアレグ出身の大臣も数名任命された。すべてが完璧ではなかったが、状況は比較的落ちついていた。しかし、カダフィ大佐死亡後、2011年末に重武装のトゥアレグ兵士たちがリビアからマリ共和国に帰還すると状況は一変した。

第二の問題は、アザワド国が、親国家であるマリ共和国がほぼ内破するなかで、住民投票ではなく武力によって誕生したということだ。アザワド解放民族運動(MNLA)として知られるマリ共和国の世俗的なトゥアレグ抵抗集団が、カダフィ大佐の元親衛隊たちによってより強化されることになった。

こうしてMNLAは、マリ共和国北部にある国軍の施設襲撃に成功するようになった。こうした軍事的敗北により、3月22日、選挙をあとわずか数ヶ月に控えて、若くまとまりに欠ける軍事政権によって、民主的に選出された政府(アマドゥ・トゥマニ・トゥーレ政権)が権力の座から追われることになった。

MNLAは、南部に生じた権力の空白に乗じて、北部のいくつかの主要都市を奪取することに成功し、4月6日の独立宣言を行った。世俗的なMNLAは、マグレブのアルカイダ組織(AQIM)やアンサール・ダイン(Ansar Dine)といった保守的なイスラム系集団との連携の可能性が取りざたされているが、これら組織とは大義名分を異にしていると自らは主張している。

西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)として知られる地域経済ブロックによる経済制裁の成功により、暫定的にマリ共和国南部で権力を掌握していた軍事政権は今や権力の座から滑り落ち、統治は文民の手に再び戻った。

国際的に承認された政府が南部の統治に復帰し、近隣諸国がアザワドの独立を恐れている。したがって、ひとつのありうるシナリオは、マリ共和国国軍が、ECOWAS諸国軍隊からの支援を得て、北部領域の奪取に向かうというものであろう。

ティンブクトゥの兵士らがイスラム国家樹立を宣言

第三の問題は、新生アザワド国内の民衆の多数が新国家樹立を支持しているのかどうかはっきりしていないという点である。マリ共和国の北部地域には、ソンゲイ(Songhay)やフラニ(Fulani)など非トゥアレグ系民族も多く、彼らは特定の民族集団と結びついた新国家に加わることに何の関心もないだろう。

さらに、アザワドの領域については、トゥアレグが明らかな少数派である地域が含まれるなど、依然として論争が続いている。最後に、新国家アザワドの領域内に住んでいるトゥアレグ人の一部の間に、より原理主義的なイスラムに対する恐怖があるかもしれない。あるいは、食料をふんだんに生産し、金や綿を輸出するより裕福な南部地域に接続していない砂漠国家の経済的な将来は暗いと認識しているかもしれない。

第四の問題は、紛争の対象となっている地域は、干ばつの連続と引き続く不安定な情勢のために、飢餓の危機にあるということである。人々は、通常通りの生存戦略を採れなくなっており、こうした状況の中で軍事的に打開しようとしても、人道的な危機をより悪化させるだけであり、根底にある緊張を解きほぐすことにはならない。

武力よりも対話を

よりよいアプローチは、マリ共和国政府と国際社会がMNLAとの対話に進むことである。南部の人々はトゥアレグ人たちの周縁化の歴史を理解する必要があるだろう。

さらにマリ共和国政府は、なんとしても北部を引きとめ続けることが、どの程度重要なことなのか、改めて熟考しなければならない。この事態の真相は、国の南部の人々の多くが、辺鄙で人口の少ない地域を維持するために全面戦争に進むことに価値を見出していないかもしれない、ということなのだ。

アザワドの連合に関して言うと、MNLAは、国の分離は武力によってではなく住民投票によって決められるべきであること(そして彼らはその投票に負ける可能性もあること)を理解しなくてはならない。アザワドが独立国家になるにせよ、今よりは大きな自治権をもつ地域となるにせよ、国際社会がいかなる新生国家を承認することも無下に拒絶するのではなく、MNLAとの対話を始めた方が、これら全ての問題がよく議論される可能性がある。

武力に訴えることは、新国家創設を民主的な手続きで行うことをMNLAが拒否した段階で初めて考えられるべきことである。(原文へ

翻訳=山口響/IPS Japan浅霧勝浩

※ウィリアム・G・モスリーは、マカレスター大学(ミネソタ州セントポール)教授(地理・アフリカ研究)。現在は、ガボロネにあるボツワナ大学の客員教員も務める。1987年以来、断続的にマリ共和国において研究を進めている。

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チベット人が焼身自殺しても誰も気にかけない(R.S.カルハ前駐イラクインド特命全権大使)

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R.S. Kalha
R.S. Kalha

【ニューデリーIDN= R.S.カルハ】

27才の若きチベット人ジャンフェル・エシ(Jamphel Yeshi)が、中国の胡錦濤国家主席のインド訪問に抗議して、3月26日に焼身自殺を図ったとき、多くの人々がこの「忘れ去られた人々」に降りかかった悲しい運命について思いを巡らさざるを得なかった。

チベットに生まれインドで育ったエシは、「チベット青年組織」の活動家であった。彼は遺書に「チベットの人々がこの21世紀において自らに火を放つのは、世界にその苦しみを伝えんがためである。」と書き残している。

エシはこの意味では独りではない。中国国内で焼身自殺を遂げたチベット人はすでに30人を超えている。しかし、世界は彼らの悲痛な訴えに耳を傾けているだろうか?

 予想通り、中国当局は、「ダライ・ラマが裏で糸を引いている」との見方を示している。中国外務省の洪磊(Hong Lei)報道官は、「ダライ・ラマのグループがチベット人独立運動を扇動し、様々な問題を引き起こしている。」と非難した。そしてこれも予想通り、中国政府は、今回の焼身自殺事件へのインド当局の「対応」を「称賛」した。しかしインド当局の役人は別として、こうした中国からの称賛を嬉しく思ったインド人は多くはいないだろう。

こうした一連の事件にもかかわらず、中国当局はチベットで政情不安を引き起こしている実際の原因について、改めて向き合うことを拒否している。チベット人居住地域は、治安当局による厳重な警戒体制下に置かれており、道路沿いには多くの検問所が設けられ、防弾服を着た重武装の軍警察が詰めている。中には、小さな消火器を携行しているものもいる。

また中国政府は、チベット人の宗教生活を直接的に監督支配する僧院統制(monastic management)計画を施行した。チベット僧の懐柔を目的に、約2万1000人の公務員がチベットに派遣されており、多くの僧の身上調書が作成された。恭順の意を示した聖職者には、特別の医療手当、年金、テレビセットなどの便宜が供与されている。また、チベット各地に100万枚の中国国旗と毛沢東の肖像画が配布され、修道院は毛沢東の肖像を掲げる義務を課せられた。こうした高圧的な政策は、チベット人住民一般の間で激しい不満を引き起こしている。

チベット人のために抗議の声をあげる国はない

チベット人は一般に温和な人々である。11世紀にインドから仏教が到来する以前のチベット人は、精霊崇拝を信奉し好戦的で野蛮な人々であったと伝えられている。しかしあらゆる殺生を禁ずる仏教がそうしたチベットのありかたを一変させた。チベット人は熱心な仏教徒として温和な人々になり、兵士は姿を消し、以来如何なる国々に対しても脅威を及ぼすことはなかった。

チベット人の間では、チベットの地はブッダ(仏陀)に守られた特別な土地という信仰がある。チベットには、どこに対しても脅威とならないユニーク且つ温和な文化が存在した。それはかつてタシ(パンチェン)・ラマが語ったと伝えられる次の言葉によく表れている、「私たちはただ読書し祈ることしか知らないのです。」チベット民族の人口分布はしばしば政治的な境界線と一致していないが、チベットを地理的に取り囲んでいる国はインドと中国のみである。

しかし、こうした明白な人権侵害があるにもかかわらず、人権保護活動家を除けば、チベット人のために抗議の声をあげる国はない。ちなみにチュニジアでは、2010年12月17日に露天商モハメド・ブアジジ(Mohamed Bouazizi)が焼身自殺をはかり、それがアラブ世界に大きな変革の波をもたらした「アラブの春」につながった。

しかしエシには気の毒だが、中東で見られたような変化はチベットでは見られない。1950年に中国がチベットを占領し、チベットが国連に窮状を訴えたときでさえ、主要国でチベットの訴えに耳を傾けた国は、当時のジャワハルラール・ネルー政権のインドを含めて皆無に等しかった。僅かにラテンアメリカのエルサルバドルが「チベットに対する侵略を非難し、国連総会がとるべき措置を研究する委員会を設置する」趣旨の決議案を第5回国連総会に提出したが、結局審議延期となりあやふやになってしまった。英国とインドの反対により、国連でさえ何ら有効な対応策をとろうとしなかったのである。

世界の大半の人々は、シリア情勢の成り行きを心配し、タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)敗北後に行われた殺戮に対してと同様、シリアで一般市民が虐殺されている現状に批判的である。しかしこれとは対照的に、不運なチベット人のために涙するものはほとんどいない。国連人権委員会でさえチベット問題になると積極的な行動は見られない。南アフリカ出身のナヴィ・ピレー国連人権高等弁務官も、シリアの人権問題に関しては積極的な発言が顕著だが、チベットの問題には触れていない。

その理由は他でもなく、中国の機嫌を損ねたくない、ということである。今や中国は、安全保障理事会の常任理事国であると同時に、米国に次いで世界第二位の経済大国でもある。また中国市場は世界の国々にとって極めて重要な位置を占めるに至っている。また、中国の軍事力は、毎年高い伸びを示している巨額の国防費に比例して着実に増強し続けている。今年の初め、バラク・オバマ政権は軍事的台頭が著しい中国に対抗するための戦略に主眼を置いた「国防戦略見直し」を発表した。米国政府はこの中で、軍事・経済大国としての躍進著しい中国の台頭を「議論の余地の多い(contentious)問題」と強調している。中国にとって残念なことは、そこでは中国はイランからの「脅威」と同じ分類に扱われていることである。

米国の政策立案者達が、中国が地域勢力として台頭していけば、長期的には、米国の経済・安全保障の権益が「様々な形で」影響を受ける「恐れがある」と考えていることは、疑いの余地がない。「国防戦略見直し」は、中米両国が、東アジアの平和と安定を維持し、「協力的な」関係を構築していくことに共通の利害があることを認める一方で、中国は同地域において米国との摩擦を避けるためにも「その戦略的意図」を明らかにするよう要求している。

「国防戦略見直し」には、中国が今後東アジア政策を推し進めていく中で、米国と協力していくのか、それとも米国の権益に対して敵対的な戦略をとりうるかについては言及されていない。おそらく、中国に求めている「戦略的意図を明らかにする」とはこのことを指しているのだろう。従って、今回の見直しから明らかになった米国の対中戦略は、引き続き中国との協力関係を推進していくものの、同時にその「戦略的意図」について警戒感をもって注視するという両軌政策である。

すなわちオバマ政権の不文律の政策は、不必要に中国を怒らせるようなことはしないということになるだろう。しかし公平を期して言うならば、米上院は「焼身自殺で亡くなったチベット人の死を悼むとともにチベット人を標的とした抑圧的な政策を非難する」超党派議員有志による決議案を可決している。

しかしチベット人にとって希望が失われたわけではない。ツイッターフェイスブックといった新しいメディアの発達によって、チベット人の苦境は世界に知られるところとなった。ジャンフェル・エシの焼身自殺を目撃した世界の数百万人の人々は、彼の凄惨な姿と不運なチベット人達が置かれている境遇に同情の気持ちを禁じ得なかっただろう。今後もこのような焼身自殺があるたびに、中国の対チベット政策に対する反発が国際社会に巻き起こることになるだろう。中国の指導層は、今こそそうした声に耳を傾けるべきときだ。

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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逮捕された親チベットの抗議活動家

|イラク|子ども達は実験用マウスだったのか

【ファルージャIPS=カルロス・ズルツザ

イラクのファルージャの病院では先天性欠損症を伴って出生した赤ん坊の数を記録した統計は存在しない――あまりにも事例が多い上に、両親がこのことを話したがらないのである。「先天性欠損症を伴って生まれた子供の家族は、新生児が死亡すると誰にもこのことを打ち明けることなく埋葬するのです。そうした子供が生まれたことは家族にとってあまりにも恥ずかしく出来事と捉えられているのです。」と病院のスポークスマンであるナディム・アル・ハディディ氏は語った。

「私たちは今年の1月にファルージャで先天性欠損症を伴って生まれた子供の出生例として672件を数えましたが、実際には、もっと多くの出生事例がったと思います。」と、ハディディ氏は、プロジェクターで脳が欠損していたり目がない子ども、或いは腸が体から飛び出た状態で出生した子供の写真を映しだしながら語った。

またハディディ氏は、手足が欠損した状態で出生した幼児の冷凍保存遺体の写真を示しながら、「こうした子供を出生した両親の反応は、通常、恥ずかしさと罪の意識が複雑に交錯したものです。両親は、子どもがこうして生まれたのは自分になにか原因があるのではないかと考えるのです。コミュニティーの長老たちが、これは『神の与えたもうた罰だ』と言ってみても、こうした両親たちには何の慰めにもなっていないのです。」と語った。

 こうした写真はいずれも直視するのが困難なものばかりであった。そして、この悲劇を引き起こした者達も現実から目を背けてしまっているのである。

ハディディ氏は、プロジェクターのスイッチを切りながら、「2004年、米軍は私たちを対象に、燃料気化爆弾、白燐弾、劣化ウラン弾等…あらゆる種類の化学兵器・爆発物をテストしました。」と語った。

バグダッドの西70キロ、ユーフラテス川沿いに位置するファルージャは、サダム・フセイン政権の支持基盤であるスンニ・トライアングルの一角であり、バース党幹部を多く輩出した都市である。2003年3月に米軍を主体とする有志連合軍によるイラク進攻が開始されると、ファルージャ住民は占領軍に対する抗議行動を展開した。しかし2004年に事態は最悪の局面を迎えることになる。

2004年3月31日、米国の民間警備会社に所属する4名の米国人(実質的に傭兵)の虐殺死体が橋から吊るされている映像が世界に流れた。アルカイダが犯行を認める声明を発したが、米国はOperation Phantom Fury(幽けき者の怒り)を発動してファルージャを包囲攻撃したため、多くの住民がその代償を払わされることとなった。米国防総省によると、ファルージャ攻撃作戦は、ベトナム戦争時のフエにおける戦闘(1968年)以来、最大規模の市街戦であった。

ファルージャに対する掃討作戦が2004年4月に開始されたが、住民にとって最悪の作戦は同年の11月に実施された。米軍とイラク国家警備隊は市街の家屋をランダムに家宅捜索しながら武装勢力の掃討を進める一方、激しい夜間爆撃も加えた(多くが誤った情報に基づきピンポイント爆撃が行われたため多数の民間人が犠牲になった)。米軍当局は、白燐弾の使用について、「あくまでも夜間に標的を照らすためにのみ使用した」と主張したが、まもなく現地で取材したイタリア人記者達が公開したドキュメンタリーが公開され、白燐弾は米軍が対人使用した禁止兵器の一つに過ぎないことが明らかになった。

ファルージャ掃討作戦の犠牲者数は未だに明らかになっていない。事実、犠牲者の多くは未だに出生していないのである。

ファルージャ病院のアブドゥルカディール・アルカウィ医師は、取材に応じる直前に診察した患者について、「女児はダンディー・ウォーカー症候群を患って生まれました。脳が2つに裂けており、長くはもたないと思います。」と語った。またこのインタビュー中に、突然病院全体が再び停電した。

「病院には未だに最も基本的なインフラさえ整っていない状態です。とてもこのような緊急対応を擁する患者に対処できるような体制ではありません。」とアルカウィ医師は語った。

スイスに本拠を構えるInternational Journal of Environmental Research and Public Health(IJERPH)が2010年7月に発表した調査報告によると、「ファルージャにおける癌、白血病、幼児死亡率及び新生児の男女比率に見られた異変が、1945年に広島長崎に原子爆弾が落とされたあとの生存者について報じられた状況をはるかに上回った」という。

研究者たちは、2004年の米軍掃討作戦の前後におけるファルージャ市民の白血病発生率は38倍に急増(広島・長崎の慰霊では17倍)していることを明らかにした。著名な評論家であるノーム・チョムスキー氏はこの調査結果について「ウィキリークスがアフガニスタンについて漏らした極秘情報よりも遥かに厄介な実態である。」と述べている。

ファルージャ病院のシャミーラ・アラーニ主席医師は、世界保健機構(WHO)との密接な協力の下で実施された研究プロジェクトに参加した人物である。ロンドンで行われた臨床研究ではファルージャの患者の毛根から異常な量のウラニウムと水銀が検出された。研究チームは、この数値がファルージャで使用が禁止されている兵器が実際に使用された疑惑と先天性欠陥症が多発していている問題を結びつける証拠になりえると見ている。

白燐弾の他に多くの証言者がファルージャで使用されたと指摘している禁止兵器が、劣化ウラン弾である。軍事技術者によると、この放射能物質は鉄や鉛よりも比重が大きいため合金化して砲弾に用いると砲弾の貫通能力を飛躍的に向上する効果があるという。しかし劣化ウランは自然界に放出されると周りの人体や環境を汚染し続け、45億年もの残存するため、「静かな、ゆるやかな、しかし確実な大量虐殺兵器」と呼ばれている。こうしたことから、いくつかの国際機関は北大西洋条約機構(NATO)に対してリビア内戦時に劣化ウラン弾が使用されたか調査するよう求めている。

今月、イラク保健省はWHOとの協力のもとバグダッド県、アンバール県、ジーカール県、スレイマニア県、ディヤーラー県、バスラ県を対象に初めての先天性欠損症に関する調査を行う予定である。

イランとクウェートに挟まれ、世界有数の原油埋蔵地に位置しているバスラは、イラク国内のいかなる県と比べてもはるかに多くの戦闘(80年代のイランーイラク戦争、91年の湾岸戦争、そして2003年のイラク進攻等)に晒されてきた。

バグダッド大学による調査によると、バスラ県で先天性欠陥を伴う子どもの出生率は、2003年のイラク進攻から2年遡った時点で、既に通常の10倍を超えており、増加傾向は今日も続いている。

小児癌を専門に扱うバスラ子供病院は、ローラ・ブッシュ前大統領夫人の肝煎りで米国の資金を得て2010年に開院した。しかしファルージャの病院と同じく、この最新の設備を備えているはずの病院でも基本的な備品が不足している。

「例えば病院に設置されるはずのエックス線機器は、入港料を巡る行政手続きを巡る問題でバスラ港の倉庫に1年半も留め置かれました。その結果、放射線治療を待っていた子どもたちは空しく亡くなっていったのです。バグダッドでは数多くの子ども達が放射線治療を待っていますが、患者達にとって状況が好転する兆しは見えてきません。」とイラク小児癌協会の会長で自らも患者の息子を持つライス・シャクール・アル・サイヒ氏は語った。

またこうした疾病に苦しむ子供にかかる治療費が、家族を経済的に追いやっている現実である。治療費が負担できる家庭であれば、いくつかの選択肢があるが、治療費はシリアでは7000ドル、ヨルダンで最高12,000ドルかかる。一方最も安価な選択肢はイランにおける治療で、平均5000ドルかかる。

「今日、多くのイラク人家族が子供に放射線治療を受けさせるためにテヘランを訪れています。そして彼らの多くは、ホテル代を支払う余裕がないため、路上で寝泊まりしているのです。」とサイヒ氏は語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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|パキスタン|自爆テロ犯は天国ではなく地獄に落ちる

【ペシャワールINPS=アシュファク・ユスフザイ

Mourners attend the funeral procession of a suicide bomber in Pakistan. But such killers are denied last rites. Credit: Ashfaq Yusufzai/IPS.

自爆テロ犯はイスラム教の名の下に犯行をおこなっている――しかし聖職者たちは自らや他人の命を奪う行為はイスラムの教えによるもではないとして、自爆テロ犯に対しては最後の儀式(埋葬の儀式)さえ行うことを拒否している。

パキスタンのイスラム法学者達は、「自爆テロ犯の行動は、アラーの神の怒りを買うものであり、彼らは天国にではなくむしろ無限地獄に落ちることになる」との見解を述べている。

「大半の自爆テロ実行犯は、自らの行いがアラーの神の思召しに沿うものという誤った考えに基づいて行動しています。しかし現実にしていることは、罪もないイスラム教徒を殺傷していることに他ならないのです。」とパキスタン連邦直轄部族地域(FATA)ハイベル管区のモスクで礼拝導師をつとめているマウラナ・ムハンマド・レーマン師は語った。

FATAの7管区はアフガニスタンと国境を接しており、タリバンによって訓練と教義を教え込まれた後、パキスタン、アフガニスタン両国の軍事・民間双方に対する自爆攻撃に送り出される若き実行犯達の温床となっている地域である。

預言者ムハンマドは、殺人は許されざる行為であり、一人を殺害することは全人類を抹殺することに等しい。」とレーマン師はIPSの取材に応じて語った。

「パキスタンのタリバン勢力は、貧しいイスラム教徒の10代の若者を神学校へと巧みに引き寄せ、洗脳した上で自爆テロ犯に仕立て上げています。洗脳過程ではよくビデオ映像が使われ、青年たちは、そこでカシミールやイラク、アフガニスタンにおいてイスラム教徒がいかに迫害されているかを教え込まれるのです。」とレーマン師は語った。

「そこでタリバンの教官達は、聖なる戦い(ジハード)は避けられないものであり、自爆攻撃で多くの不信心者や異教徒を殺すことで、青年たちは天国に行くことができると説いています。しかしこれは全く誤った教えなのです。」

さらにレーマン師は、「とりわけ自爆テロ犯が死傷者の数を最大限増やそうと、モスクや葬儀の集会を襲うようになってきている傾向を悲しく思っています。」と語った。

アフガニスタン国境と接するカイバル・パクトゥンクワ州(北西辺境州)のマルダン(Mardan)県で礼拝導師をつとめているアンワルラー師は、「自身や無辜のイスラム教徒を吹き飛ばして殺害している輩は、(タリバンの)教官の約束とは異なり、決して天国に迎えられることはありません。自爆攻撃なるものをイスラム教が許していないことは、議論の余地がありません。聖なる教えに背き自爆テロ犯になることを選択したものが、地獄に行き着くことは火を見るよりも明らかです。」と警告した。

北西辺境州チャルサダ(Charsadda)県の聖職者クァリ・ジャウハール・アリ師は、「自爆テロ犯の遺体は洗浄されることもないし、埋葬時に適切な儀式が執り行われることもありません。彼らは不幸な人々だと言わざるをえません。」と語った。

北西辺境州のバンヌ(Bannu)県の宗教学者マウラナ・ムハンマド・ショアイブ氏は、今年1月にペシャワールで自爆した17歳のテロ襲撃犯アハマッド・アリについて、「彼はまともな葬儀を挙げてもらえず、誰も彼の死を悼みませんでした。残念なことだと思います。」と語った。

自爆攻撃に反対の声を上げる聖職者は、コーランの解釈に関して不都合な発言を封じたいタリバンによって攻撃の対象とされている。

近年、自爆攻撃を公然と批判して、タリバンの命令により暗殺されたイスラム法学者の中には、高名なイスラム法学者のサルフラズ・ナイーミ師や、ムハンマド・ファルーク・カーン博士、マウラナ・ハッサン・ジャン師が含まれている。

ハイベル医科大学法科学研究室のムハンマド・シャフィーク博士は、自爆テロ現場に散乱するバラバラ遺体について、「DNA検査の後、犠牲者の遺体については確認後に埋葬を執り行いますが、自爆テロ犯の遺体については決して埋葬したりせず、法科学サンプルとして使用します。」と語った。

またシャフィーク博士は、「自爆テロ犯はこれまでに罪なき何千人もの人々を孤児にしてきたのです。私自身の経験から言えることは、大半の人々は自爆テロ犯を拒絶し、葬儀にも協力しないということです。」と語った。

2010年4月にカンダハルでNATO軍の車列を襲って自爆したアブドゥル・シャクール氏の父アブドゥル・ジャミール氏は、息子の葬儀を執り行うことも死を悼むこともできない自爆犯の父親の立場について「実に不幸なことです」と語った。

「故国から遠く離れて海外で死亡し、出身地の村で埋葬ができない者に対してでさえ葬儀が執り行われているというのに、(自爆テロ犯の父である)私の場合、息子の葬儀を執り行いたいという願いは皆から拒否されました。」とジャミール氏は語った。

息子のアブドゥル・シャクール氏は、北西辺境州チャルサダ(Charsadda)県スルフ・デリ(Surkh Dheri)の住人であったが2010年1月に忽然と姿を消した。そして3か月後のある日、タリバンの一団が父のジャミール氏を訪れ、子息がカンダハルで殉教し天国に召されたと告げたのである。

「私はタリバンの連中が早朝モスクで祈りを捧げている私のところに突然現れて、息子の悲報を伝えに来たのが今でも信じられません。彼らは私の感情をよそに息子の殉教を繰り返し祝う言葉を繰り返していましたが、今でも息子を死に追いやった彼らを許すことができません。」とジャミール氏は語った。

「死者の遺族に弔意を表すことは、人間として親切心を伝える重要な行為です。しかし息子の死に際して、息子の死を悼む言葉をかけてくれる人は一人もいませんでした。なぜなら、息子の行為は認めていないので、弔意を表す人などいなかったのです。イスラム教の禁止命令に違反して自爆した者を子供に持つ親は、子どもの死に際してアラーの慈悲を求めることもできないため、悲惨な想いをすることになるのです。」とジャミール氏は語った。

イスラム教徒は、葬儀に参列することや、遺体を適切に埋葬できるよう準備工程を手伝うことを、地域社会における重要な義務だと考えている。

北西辺境州の州都ペシャワールのアブドゥル・ガフール氏は、預言者ムハンマドの指示に従って、埋葬前に遺体の体を水で洗い清め白布を着せるのは、イスラム教徒としての必須の義務ですと語った。

また自爆テロ犯に墓がないということも、遺族にとっては深刻な問題である。自爆犯として死ぬことを選択したアハマッド・アリを息子に持つガル・レーマン氏は、死者の魂が最後の審判を迎えられるには人々が3日間喪に服すとともに適切な墓に埋葬されなければならないと信じている。(原文へ

翻訳=INPS Japan浅霧勝浩

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|UAE|世界の主要メーカーが参加してホテルショー2012が開催予定

【ドバイWAM】

中東・北アフリカ(NENA)地域で最大規模の観光・ホテル業界向け製品の展示イベント『ホテルショー』が5月15日から17日迄、アラブ首長国連邦(UAE)ドバイ市の国際会議展示センターで開催される。13回目となる今回のホテルショーには13のパビリオンが設けられ45か国以上から420名の製造メーカーとコンサルタントが参加する予定である。

多くの製造メーカーにとって、本国の観光・ホテル市場が軒並み伸び悩みを示す中、成長著しい中東・北アフリカ市場は、絶好のビジネス機会を提供している。今年2月に発行された「STR グローバル・コンストラクション・パイプライン報告書2012」によると、中東地域では今年度末までに498棟を超えるホテル(134,893室)の建設が予定されており、ホテル業界向け製品のメーカーにとって市場として魅力的な先行きを示している。


 
ホテルショーは、観光・ホテル業界関連の全てのセクターに関する新製品やサービスの商談を取りまとめられる強力なプラットフォームとして、中国、イタリア、フランス、ドイツ、英国、ベトナム、米国等世界各国のメーカーから絶大な支持を得ており、今年は、93カ国以上から15,000人の業界関係者がこの3日間のイベントに参加するためドバイを訪れる予定である。

会場に設けられる13の国際パビリオンでは参加国別に専門メーカーの特設展示ブースがオープンする予定である。今年のイベントには、イタリアから56社、ドイツから25社、中国・香港・台湾から40社等、多くの国が過去最大規模の代表団を派遣予定である。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴


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|パプアニューギニア|魔術狩り関連の暴力事件が増加

【クンディアワIPS=キャサリン・ウィルソン】

パプアニューギニアではこの10年、魔術狩り関連の暴力事件や死亡事件が増加傾向にあるが、こうした事件は同時に、開発・経済機会の欠如、不平等、保健サービス予算の不足等、同国の農村社会が直面している根深い問題を浮き彫りにしている。

3月末、シンブ県グマイン(Gumine)に住むセニさん(70)とその息子コニアさん(32)は、彼らにとって各々孫と姪にあたる少女を最寄りの病院に救急で運び込んだが、不幸なことにそのまま急死してしまった。その結果、両名はそのことで、魔術を使ったのではないかと地元の村で糾弾されることになってしまったのである。

 「私たちは土曜日に彼女を病院に運び込んだのです。しかし彼女は日曜日には病院で息を引き取ったため、やむなく遺体を村に連れ帰ったのです。しかし、私たちには彼女の死因が分かりませんでした。」とコニアさんは語った。

しかしセニさんとコニアさんは、村に到着すると、家族や地域の人たちに暴力を振るわれたのである。

コニアさんは、「私たちはその子の葬儀で遺体に近づいた際、村の皆が襲いかかってきたのです。彼らはナタを持っていました。それで私の背中や肩を切りつけたのです。それから私を便所に連れてゆき、縛り上げて便器の中に無理やり私の頭を突っ込みました。」と当時を振り返って語った。

父のセニさんも、この時の襲撃で何度も執拗に殴られ、うつ伏せに地面に倒れた。すると、襲撃者たちはなおも倒れたセニさんの脇や首を蹴り上げ、ついには意識を失ってしまった。「もしその時、上向きに倒れていたら、死んでいたでしょう。」とセニさんは語った。

次の朝、コニアさんの姉妹エヴァさんが近くに住む友人に連絡し、警察に通報がなされたことで、2人はようやく解放された。(IPSはその後エヴァさんに連絡を取ろうとしているが携帯電話がつながらない。2人を救おうとしたことでエヴァさん自身が危険にさらされているのではないかと心配している。)

パプアニューギニアでは、農村人口の85%においてアミニズム的な精霊信仰が依然として保持され、日常生活に大きな影響を及ぼしている。精霊信仰は、代々年長者から若い世代へと祖先の歴史が口伝で継承される中で伝えられてきた。

東部のゴロカ(Goroka)に拠点を置く「メラネシアン研究所」のジャック・ウラメ氏は、「大半のメラネシア人は『サングマ(Sanguma)』として知られている魔術や妖術の存在を信じています。誰かが亡くなったり病気に罹ると、たとえ医学的に原因を証明する書類があったとしても、人々は魔術のせいだと考えるのです。つまり魔術は、身の回りでおきる悪い現象を説明するための手段となっているのです。」と語った。

オックスファム・インターナショナルによる調査報告によると、セニさん、コニアさんの居住地であるグマイン県は、シンブ(Simbu)州の中でも魔術狩りに関連した事件がもっとも多い地域であるという。魔術狩りが起きる場合、家族や地域の中で弱い立場にある者、たとえば女性や寡婦、老人など、あるいは、日ごろ羨みの対象になっている者が狙われやすいという。

警察によれば、魔術狩りと称して迫害された犠牲者達は、石を投げられる、食事を与えられない、銃で撃たれる、電気ショックを与えられる、頭を切り落とされる、無理やり石油を飲まされる、生き埋めにされるなどの行為に晒されていることが確認されている。

「高地女性人権擁護ネットワーク」のモニカ・パウルスさん(右上の写真の女性)は、この10年間、シンブ県でこうした被害にあった人々を救済する活動を続けてきた。一時避難所の提供、心理面のケア、警察への通報などが彼女の仕事である。「近年、魔術狩り関連の暴力事件は流行といえるほど広がってきています。」とパウルスさんは語った。

クンディアワ(Kundiawa)警察署の広報担当官は、「今年に入って20件ほどの魔術狩り関連事件を把握していますが、それらのほとんどは警察に通報されていません。」と語った。

パウルスさんは、一部マスメディアによって、魔術狩り関連の事件が増えてきていることとエイズ感染の広がりに相関関係があるのではないかとの指摘がなされている点について、「魔術は、あらゆる病気や死亡の原因として非難されており、エイズ感染はその一例にすぎません。」と語った。

ウラメ氏もこの点については同様の見解で、「エイズ感染がまだ新しい未知の病気であった1980年代とは異なり、今では魔術とエイズ感染の関係を直接的に結び付ける証拠はほとんどありません。むしろ、魔術狩りの名目で行われている犯罪の主な動機は、嫉妬、妬み、復讐といった感情であり、近年こうした犯罪が増加している背景には、不平等、開発・経済機会の欠如、不満をため込んだ若者の存在、保健サービス予算の不足等の社会的要因があります。」と語った。

さらにウラメ氏は、「つまり人々は昔のやり方、つまり伝統的な信条に回帰しているのだと思います。物事が期待通り進まない場合、人々は打開策を見出すものです。つまりこの点において、魔術狩りを名目としたこうした事件の多発は、開発問題だと言えるでしょう。」と語った。

こうした農村部の実態とは対照的に、パプアニューギニア国内でも教育、保健サービス、雇用、治安の面で開発が進んでいる地域では、魔術狩りに関連した暴力事件や殺人事件は極めて稀である。

魔術狩り関連の事件が近年増加したことで、家族間の仲たがい、コミュニティー内の争い、立ち退き問題など、様々な社会的弊害が顕在化してきており、シンブ州では全人口の10%~15%の住民が影響を受けている。パウルスさんは、この事態に対処するためには、警察が対処能力を向上させるとともに、コミュニティリーダーがきちんと責任を持つ体制が構築されなければならない、と述べている。

アムネスティ・インターナショナルは、「魔術狩り関連の殺人事件は、目撃者が関係者による報復(拷問や殺人)を恐れて証言をしたがらないため、裁判にまで至らない場合が多い。警察当局に対する不信が、こうした殺人事件に対する警察の捜査能力を著しく阻害している。」と報告している。

パウルスさんは、「地方議員や牧師、地域のリーダーが、地域で起きていることに責任を持たねばならないのです。(事件を立証するには)証言者が必要ですが、地域のリーダーにきちんと責任をとらせるようにしない限り、誰も証言者になろうなんて思いませんよ。」と語った。

クンディアワ警察署の広報担当官は、「全ての魔術狩り関連の殺人は、殺人事件として取り扱っています。」と語った。しかしコミュニティー全体がこうした犯罪に加担していることも少なくないため、事件に関する事実確認や、証言、犯人の特定をするうえで、村人の協力を得るのは極めて困難なのが現状である。魔術狩り関連の事件で、実際に裁判までたどり着く事例は現時点で1%にすぎない。また、警察当局も、こうした事件に効果的に取り組むには人員や予算が不足しているとの指摘もある。

ウラメさんは、「(魔術狩り関連の問題関する)教育と意識の向上を図っていくことが、人々の行動を変容していくうえで重要です。」と指摘したうえで、「私たちが実施した調査結果によると、魔術狩りに関する問題に関する人々の認識はかなり限られたもので、一般にこうした問題があるという認識すら持ち合わせていません。人々は、自らの世界観と信条体系にとらわれているのです。」と語った。

またメラネシアン研究所は、黒魔術行為を罰する目的で1971年に制定された魔術法令(the Sorcery Act)について、「同法は抜け道だらけのざる法であり、そもそもある人物が精神的な力で特定の人物を病気にしたり死亡させたりする能力があると法的に証明することはできない」として、法律の廃棄を要求する運動を支持している。

この点についてウラメ氏は、「私たちは魔術法令を廃止し、魔術狩りの名を借りた全ての迫害や殺人行為を犯罪とみなすべきだと訴えたのです。」と説明した。

また、魔術法令を再審査してきた「憲法見直し・法律改革委員会」も、同法は全般的に廃止すべきと勧告している。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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|UAE|外務大臣、イラン大使を召喚しアフマディネジャド大統領のアブムサ島訪問に抗議

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【アブダビWAM】

アラブ首長国連邦(UAE)のアンワル・ムハンマド・ガルガーシュ外務大臣は、モハメッド・アリ・ファイヤーズ駐UAEイラン大使を召喚し、先般マフムード・アフマディネジャド大統領が占領中のUAE領土であるアブムサ島を訪問したことについて正式に抗議する書簡を手渡した。

ガルガーシュ外相は、「(4月11日の)大統領の訪問はUAEの主権を侵害するのみならず、当該領土問題を2国間の交渉を通じて解決を図るとして両国間の合意を反故にするものであると非難した。

 またガルガーシュ外相は、「イラン大統領の訪問によって、歴史や法的な事実が変わるものではありません。これによって、UAEのアブムサ島、大トンブ島、小トンブ島の3島に対する領有権が影響をうけることは全くないのです。」と付加えた。

同抗議状には、「今回のイラン大統領による訪問は、2国間協議を通じて平和的に解決を図るとした両国間の合意に至った外交努力を損なうものである。」と記されている。また同書簡には、「UAEはイランとの合意を遵守し、湾岸地域の安全保障と安定に寄与する環境作りに努めてきた。」と記されている。

UAEのこの外交姿勢は、平和的な解決こそが最も望ましいとする信念に基づくものである。

ガルガーシュ外相は、駐UAEイラン大使に対して、改めてUAEによるアブムサ島、大トンブ島、小トンブ島の3島に対する領有権を主張するとともに、イランがこれらの島々の占領を止め、領土問題を2国間交渉か国際司法裁判所の裁定に委ねるべきとするUAEの正当な主張に注意を払うよう要請した。」。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

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|ODA|開発援助の歴史的停滞

【パリIDN=R・ナストラニス】

もし医者から「体重を減らしたいなら、床屋で髪を切れば?」と言われたなら、あなたはどう思うだろうか。しかし、この種の怪しげな議論が、政府開発援助(ODA)の提供者によって展開されているのである。2011年のODAは前年比で3%低下した。この14年間ではじめてのことであった。

異例の債務削減の時期にあることはおくとしても、これは1997年以来はじめての下落であり、経済協力開発機構(OECD)諸国の厳しい財政状況を考え合わせると、今後数年も対外援助への圧力は強いと多くの専門家はみている。

 2011年、OECD開発援助委員会(DAC)の諸国は、合計で1335億ドルのODAを行った。これは、国民総所得(GNI)合計の0.31%にあたる。ODAが過去最高に達した2010年からは2.7%の減である。この減少は、冒頭の「床屋」的論理を使ってODA予算を減らし財政上の制約に対処しようとしているDAC諸国があることを示している。

アンヘル・グリアOECD事務総長と国際援助・人道機関のオックスファムは、このODAの減少に深い危惧を表明している。

オックスファムは4月4日、OECDが発表したこの最新統計について、「欧州諸国の間で開発援助を削減する動きが広まった結果、約6億人の子ども達が命取りになりかねない病気に対する予防接種を受けられなくなり、マラリアから身を守ってくれる5億張にも及ぶ蚊帳を貧しい人々の手元に届けられなくなってしまった。」と警告した。

メキシコ人のグリア事務総長は、約束を果たすよう富裕国に対して求め、「途上国が危機の玉突き効果の影響を受け、援助をもっとも必要としているときにODAが減少することは重大な懸念です。援助は、低収入国へのフロー全体からすればあくまで一部分であり、この経済の困難時にあって、投資も輸出も減少しています。厳しい財政再建計画の中にあっても約束を果たしている国々は称賛に値します。なぜなら、こうした国々は、危機を開発協力への配分を減らす言い訳として使ってはならないということを、行動で示しているからです。」と語った。

OECD開発援助委員会のブライアン・アトウッド委員長もまた同じような懸念を示した。「公約を果たしていない国があることは残念ですが、ODA全体の水準を見るならば、疾病から安全保障上の脅威、気候変動にいたるまで、世界的な課題は開発の進展なしには解決されえないという認識が高まっていることを示しています。」と語った。

援助の質もまた重要である。援助国・被援助国の強いパートナーシップで援助をより効果的にすることが肝要である。釜山で結ばれた新しい「グローバル・パートナーシップ」と、5月に発表される予定のOECDの新しい「開発戦略」が、将来の開発への新しい道を指し示すことになるだろう。

ODA合計の中では、債務削減や人道援助を除く主要な二国間プロジェクトが、実額で4.5%低下している。
 
2011年の最大のドナーは、米国、ドイツ、英国、フランス、日本であった。デンマーク、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、スウェーデンは、国連による目標であるGNI比0.7%を達成している。実額では、最大の増額を示したのはイタリア、ニュージーランド、スウェーデン、スイス。他方で、DAC諸国の中で16ヶ国が減額しており、なかでも、オーストリア、ベルギー、ギリシャ、日本、スペインは最大の減少幅を見せた。G7諸国はDAC全体によるODAの69%、EUは54%を占めている。

米国は純額307億ドルと依然として最大のドナー国だが、実額で見れば2010年からは0.9%の減となっている。GNIに占める比率は0.20%で、2010年時の0.21%から下がっている。一方、米国の対アフリカ二国間ODAは史上最大の93億ドル(+17.4%)で、後発開発途上国(LDC)に対する援助も、100億ドル(+6.9%)へと増加した。

オックスファムの分析

オックスファムの分析によると、2011年現在のペースでは、今後50年経ってもGNIの0.7%という目標に達することはない。西欧諸国は世界全体のトレンドよりは比較的良好であるが、それでも0.45%であり、2010年の目標として掲げられていた0.51%には達していない。これは額で言うと、目標に77億ユーロ足りていない。

欧州では、ギリシャがマイナス39.3%、スペインがマイナス32.7%と、最大の下げ幅を示した。他に、オーストリアとベルギーがかなり額を減らしている。しかし、実情は数字で見る以上に深刻である。スペインはすでにさらなる削減を発表しているし、現在は目標の0.7%に達しているオランダですら、減額の議論が始まっている。

他方で、ノルウェー、デンマーク、ルクセンブルクは、0.7%目標を達成しつづけると約束し、英国は2013年までに同目標を達成するとしている。ドイツとスウェーデンは援助額を増やしている。イタリアは昨年よりは増やしているが、これは主に債務削減と移民にかかるコストの上昇でインフレ圧力がかかったためである。

オックスファムは、公約を達成し額を増やす国があるということは、援助の減額は経済的な必要から来るものというよりも政治的な選択の問題であると分析している。そのうえで同団体は、世界でもっとも貧しい国々への援助減額の流れを止め、約束を実行するよう欧州諸国に求めている。

オックスファムのEU開発問題の専門家であるキャサリン・オライアー氏は、「欧州による開発支援の急速な減額は言い訳ができるものではありません。これは、銀行救済が続く一方で、世界でもっとも貧しい人々が[先進国の]緊縮財政の犠牲を払うということを意味しているのです。」と語った。

「援助を減らすことでバランスシートは改善しません。援助をほんのわずか減らしただけでも、人々は命を救う薬やきれいな水を手に入れることができなくなるのです。援助は欧州各国の予算規模からすればほんの小さな部分を占めているに過ぎないのだから、それをカットしたところで財政赤字解消にはほとんど寄与しません。それはまるで体重を減らすと言って髪を切るようなものなのです。」と語った。

「スペインやオランダのように援助を大幅に減らしている国は、その決定が人間に与えるコストを考慮に入れて、決定をすぐに覆すべきです。」

「もし援助削減を今後避けることができたならば、次に取り組むべきは、イタリアやオーストリアのように、現在は予算のわずかの部分しか援助に割り当てていない国々が、最も貧しい人々を援助するために援助額を増やす努力をすることです。」

世界銀行によれば、経済危機が原因で数千万人が極度の貧困状況下に追いやられているという。オックスファムは、経済危機によって影響をこうむった貧しい人々のために金融取引税(FTT)を導入するよう提案している。欧州委員会もまた、新たに毎年570億ユーロの財源をもたらす金融取引税(FTT)を欧州全域で導入するよう提案している。

オライアー氏は、「欧州諸国の指導者らは、銀行を救済する大量の資金を見出しました。しかし、デンマーク、ノルウェー、英国といった例外を除いて、世界で最も貧しい人々に対する僅かの額を見出すことには惨めにも失敗しているのです。欧州の各国政府は、公約を達成し、貧困国が被った損害を回復すべく金融部門に応分の負担を要請すべきです。金融取引税(FTT)は、これまで以上に必要となっている追加資金を調達する有効な機会を提供することになるでしょう。」と語った。

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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中国・ブラジル経済関係深化のデメリット

【リオデジャネイロIPS=ファビアナ・フレイシネット】

この10年間で、中国はブラジルにとっての最大の貿易相手、海外投資源になった。しかし、グローバル経済危機下で中国というライフラインに頼り続けることで、ラテンアメリカ最大の経済大国であるブラジルが長年にわたって直面してきた問題が解決されるどころか、より悪化しそうなのだ。

2009年、中国は、米国を抜いてブラジル最大の貿易相手になった。2011年の二国間貿易は年間770億ドルで、ブラジルの115億ドルの黒字である。2000年には、両国間の貿易はわずか25億ドルであった。

Pipelines that transport grains from the Suape port in Northeast Brazil. In the background, Brazil's largest flour mill, owned by Bunge. Credit: Mario Osava/IPS
Pipelines that transport grains from the Suape port in Northeast Brazil. In the background, Brazil’s largest flour mill, owned by Bunge. Credit: Mario Osava/IPS

 他方、中国資本による対ブラジル投資は、中央銀行の統計によると2005年から2011年までで30億ドルである。しかし、ブラジル貿易投資振興庁によると、香港やその他の地域を通じて間接的に投資されるものも含めると、2009年から2011年の間の投資額は170億ドルにものぼるという。

輸入・対外投資に関して、中国は、世界最大の人口(13億人)を抱えて増大し続ける原材料需要を背景に、特定の国への依存を最小限に抑えながら重要な基本物資を安定的に確保する政策を推し進めている。

APEX-Brasilの報告書『中国経済の国際化―直接投資の規模』によると、中国による投資は、世界経済危機にもかかわらず、石油や鉄鋼といった天然資源集約的な部門を中心に好調であるという。ブラジルの対中輸出は、鉄鉱石(2011年の輸出量の45%)、大豆(25%)、石油(11%)、食料などが中心である。

しかし、こうした経済構造に対する懸念も出されている。同盟横断統計・社会経済研究局(DIEESE)のエコノミスト、アデマール・ミネイロ氏は、「現在の状況が続くと、中国との経済統合によって、ラテンアメリカ旧来の農業輸出依存が深化することになってしまう」と述べている。

ミネイロ氏によると、中国との貿易構造は、かつての対欧州、対日本の構造とあまり変わることがないという。つまり、ブラジルは農産物、鉱物、エネルギーを輸出し、工業品を輸入するという姿である。

ミネイロ氏は、「ラテンアメリカでは、歴史的にこうした輸出モデルが少数の人々の元に富と権力を集中させる社会構造を助長してきた経緯があります。すなわち、ラテンアメリカにおいて民主主義を深化し富の再分配を実現していくには、こうした輸出構造を変革していく必要があるのです。」と語った。

この点については、ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)も2010年に同様の見解を示している。

APEX-Brasil報告書は、中国が戦略的に天然資源が豊富な国々を貿易・投資対象に絞っているのはラテンアメリカに限ったことではなく、アフリカや中東においても同様である点を指摘している。

ラテンアメリカ諸国と中国の間の貿易総額は2000年の120億ドルから2011年には1880億ドルに増大している。

ブラジル経済の対中依存問題について報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=山口響/IPS Japan浅霧勝浩

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|マラウィ|政権交代が新たな転機となるか

【リロングェIPS=クレア・ングロ】

マラウィが抱える諸問題が、ビング・ワ・ムタリカ前大統領の死と共に解決されると考えるのはあまりにも短絡的過ぎるだろう。しかし新たに大統領に昇格したジョイス・バンダ前副大統領(野党人民党党首)にとっては、より国民の期待に応える新たなリーダーシップを発揮する機会となるだろう。

2004年に大統領に就任したムタリカ前大統領は2期目を務めていたが、4月5日に首都リロングェの大統領官邸で心臓発作を起こした。報道によると、大統領は市内のカムズ中央病院に緊急搬送されたが、間もなくして南アフリカに空路搬送されたという。4月6日には、大統領が死亡しているとの未確認情報が流れたが、7日になってマラウィ国営放送が正式に大統領の死亡を伝え、10日国を挙げて喪に服することを宣言した。

 大統領府及び内閣が公式に大統領の死亡を認めると、マラウィ国民は市場や街頭に繰り出し国中が歓喜に満ち溢れた。数時間後、憲法の規定に従ってバンダ副大統領が大統領に昇格した。バンダ氏は南部アフリカ初の女性元首として、前大統領の残りの任期である2014年の総選挙まで大統領職を務める予定である。

バンダ氏は、これまでのキャリアの大半を女性の権利と経済的エンパワーメントの向上のために尽力してきた。警察官を父に持つ家庭に育ったバンダ氏は、2011年12月に応じたIPSインタビューの中で、経済的な意志決定の分野において女性が阻害されている点を指摘し、問題を解決するには、「母親達の役割と裁量権を認めるような国家予算の配分をすべきだ。」と語っている。

リオングェのマワウィ女性実業家協会のネリア・カグワ会長は、IPSの取材に対して、「バンダ大統領には危機に直面しているマラウィの経済再建に期待しています。とりわけマラウィの零細ビジネスは、燃料高騰と外貨危機で崩壊の瀬戸際にあります。一刻も早い対処が必要であり、バンダ大統領がこの問題に優先的に取り組んでくれることを望んでいます。」と語った。

マラウィは、国民の74%が一日1.25ドル以下で暮らし、10人に1人の子どもが5歳未満で死亡している世界でも有数の最貧国である。これに近年の物価高が経済苦境に追い打ちをかけており、砂糖やパンといった必需品さて品不足の状態が続いている。さらに状況を複雑にしているのは、ムタリカ前政権が昨年6月に導入したパン。肉、ミルク、乳製品を対象とした16.5%にも及ぶ高率の付加価値税の存在である。

「(主食の)メイズ価格は昨年2倍に高騰し、多くの家庭が基本的な食糧を十分に確保できない状況に陥りました。新大統領はかつて彼女自身のコミュニティーで飢餓根絶に成功したことで有名な賞を授与されたことがあります。機会さえ与えられれば、多くのマラウィ国民を飢餓から救うことができるでしょう。」とカグワ会長は語った。

バンダ氏は1997年にモザンビークジョアキン・アルベルト・シサノ前大統領とともに「持続可能な飢餓撲滅のためのアフリカ賞」を受賞した。

リロンウェで屋台を営むジェームズ・カリウォ氏は、「ムタリカ前大統領の死でマラウィにもようやく明るい未来が見えてきました。ムタリカの経済政策の失敗で、国民すべてが問題を抱え込み、経済も社会も悪化の一途を辿っていました。私たちの祈りがついに神の届いたのだと思います。」と語った。

著名な政治アナリストのボニフェス・ドゥラーニ氏はIPSの取材に対して「マラウィが直面している諸問題がムタリカ大統領の死で解消されると考えるのは短絡過ぎますが、少なくともこの国が再建に向けて新たなスタートをきれるという点は間違いありません。バンダ新大統領には2014年の総選挙までの任期を最大限に活用してもらいたいと思います。」と語った。

またドゥラーニ氏は、「バンダ氏はこれまでは(ムタリカ前大統領による政治的圧迫に伴う)有権者の同情票を頼りにせざるをない状況がありましたが、今後は大統領としてマラウィを新たに進歩的な方向に導けることを証明することによって有権者の信任票を獲得することができるでしょう。バンダ氏は、この機会を生かして、政権の中枢にいるエリートに対する不信感を募らせてきているマラウィ国民の信頼を獲得できる位置にいるのです。」と語った。

ただし議会の圧倒的多数を占めている政権与党がバンダ新大統領の改革の試みを妨害するか否かは、「今の時点では何ともいえない。」と語った。

しかし、苦境に陥っているマラウィの経済状況は今後改善するだろうとの見方をするものは多い。ドゥラーニ氏はこの点について、「近視眼的な外為政策の失敗や失政に起因する諸外国からの援助金の凍結などマラウィが従来直面してきた問題の多くは、新政権の誕生により、今後急速に好転していくだろう。」と語り、新内閣の陣容が整えば、マラウィに対する諸外国からの経済支援も再開されるとの見解を示した。

マラウィとドナー諸国との関係は、同性愛者の人権と報道の自由を巡って対立したことから、急速に悪化し、ドナー諸国は最終的に最大4億ドルの開発援助金の支払いを停止した。また米国も3億5000万ドルの無償資金協力の提供を停止した。

さらに経済失政に燃料と外貨不足が加わり、昨年7月20日~21日にはマラウィ全土で空前規模の反ムタリカ抗議運動が起こった。これに対してムタリカ大統領は弾圧で臨み、21人が死亡、275人が逮捕された。その際、バンダ副大統領(当時)は、率先して抗議運動を支持した。

当時反ムタリカ抗議運動を率いた市民社会組織の著名なリーダーであるドロシー・ンゴマ氏は、バンダ新大統領は、マラウィを今日の経済危機から救ってくれると確信している、と語った。

「バンダ新大統領は能力がありますし信頼できます。まもなくこの国の変化を目の当たりにするでしょう。」とンゴマ氏は語った。

野党人民党党首でもあるバンダ氏は、大統領就任式の数時間前、リロングェ市内の自宅前に集まった支持者と報道関係者を前に演説を行った。会場には市民社会組織のリーダーや政府関係者も駆けつけ、他の支持者と共に政権交代の喜びとバンダ氏への支持を口々に表明した。

バンダ氏は、「マラウィは共和国憲法を堅持しながら前に進んでいかなければなりません。」と語った。また大統領就任式では、「(政敵への)復讐などおこなっている時ではありません。マラウィは一つの国として前に進まなければならないのです。」と付加えた。

バンダ氏の就任式には現役閣僚のほぼ全員が出席したが、前大統領の弟であるピーター・ムタリカ氏の姿はなかった。

ムタリカ前大統領の死に関する発表が2日間遅れたことから、バンダ氏と政権与党との間に権力闘争が繰り広げられているのではないかとの憶測が飛んだ。キャサリン・ゴタニ-ハラ運輸副大臣はIPSの取材に対して、「ムタリカ前大統領の同盟者は同氏の弟ピーターを後継者にしたかったのです。」と語った。

まさにこれこそムタリカ前大統領とバンダ氏が過去に意見の相違から衝突した問題であった。ムタリカ前大統領は、2014年の大統領選挙に弟のピーター・ムタリカ氏を与党民主進歩党候補に擁立しようとしたが、当時同盟関係にあったバンダ氏が同意しなかったことから、反抗的な態度をとったとしてバンダ氏を与党から追放し、政権からも排除した。これに対してバンダ氏は2011年9月に野党人民党を立ち上げる一方で、(選挙を経て選ばれた)副大統領の職は保持し続けた。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩