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|オセアニア|「気候変動難民」発生の時代へ

【メルボルンIPS=スティーブン・デ・タルチンスキ】

「地球の友」オーストラリア支部のダミアン・ローソン氏によると、ツバルやキリバスでは、水面の上昇により海岸線付近の住民や作物への影響が出始めているという。また、海外援助など60団体からなるネットワーク「貧困を過去のものに」が7月に出した報告書では、キリバスの2つの村全体が、すでに移住を始めているという。

パプアニューギニアのカートレット諸島の島民2000人も、86km離れたブーゲンビルに避難する準備を進めている。

「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の試算によれば、今世紀末までに海水面が18~59cmも上昇する可能性がある。

8月19日から20日にかけてニウエで第39回太平洋諸島フォーラムが開催されたが、その直前に、オーストラリアのラッド首相とニュージーランドのクラーク首相に対して、100以上のNGOが連名で公開書簡を提出した。書簡では、両国が移民の受け入れ枠を拡大して、海水面上昇により島に住めなくなった人々を「気候変動難民」として受け入れることを求めている。

もっとも、書簡では、そうしたことよりも先に、両国が地球温暖効果ガスの排出抑制にまず努めることを要求している。世界のCO2排出に関して、オーストラリアは全体の1.2%を、ニュージーランドは0.1%をそれぞれ示している。

それだけ聞けばたいした量ではないが、1人当たりの排出量では、両国は世界のトップクラスに入っている。

「気候変動難民」の問題について報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan

|パキスタン|無法のタリバン、メディアを自由に操る

【ペシャワールIPS=アシファク・ユスフザイ】

パキスタン人権委員会(HRCP)のアスマ・ジャハンギル委員長は、タリバンの言いなりになっているパキスタン・メディアを批判。「タリバンは自爆テロにより無実の市民を殺害した後で、メディアを通じ犯行声明を出している。

メディアはタリバンの人権犯罪を批判する報道こそを行うべきだ。特に問題なのは、タリバンの大量殺戮に対し政府が沈黙していることだ。タリバンは自由にメディアと接触しているのに、政府はそれを取り締まろうともしない」と語っている。

国営のPTVでさえ、ゴールデンアワーのニュース番組の一部をタリバン・スポークスマンのために空けているのだ。

1997年に制定されたテロ対策法は、執筆、オーディオ、デジタルを始めとする様々な手段で、宗教、宗派あるいは民族間の憎しみを煽る題材を印刷、発行、ばら撒いた者またテロ行為により有罪となった者、テロに関係すると思われる個人あるいは組織、更には監視下に置かれている組織に同調した者は略式裁判にかけられ、有罪と認められた場合は最高6か月の懲役および罰金に処されると定めている。

 しかし、テロ関連のニュースに対する国内外の関心は高く、ジャーナリストの誰ひとりとして同法を気にかける者はいない。所謂「売れる記事」を追い求める野心家のジャーナリストは、命をかけて違法とされる組織の首領にインタビューを敢行するだけでなく、中には一歩進んで違法組織自体のスポークスマン的役割を担う者までいる。

匿名のあるメディア関係者は、「パキスタン・メディアは中立の立場を忘れてしまった。違法組織が言うことはすべてニュースとして受け入れ、報道している」と語っている。

パキスタン・メディアとタリバンの関係について報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan

|人権|「対テロ戦争」に対する闘い

【パリIPS=ジュリオ・ゴドイ】

パリのユネスコ本部において先週、世界人権宣言60周年を記念する国連広報局NGO委員会(DPI/NGO)の年次総会が開催された。 

今会議には世界の人権専門家および活動家約2,000人が参加。国連の潘事務総長は、ビデオメッセージを寄せ、代表団は人類の最も偉大な業績の1つを記念するために集まったと述べた。しかし、会場に祝賀ムードはなく、人権は国内および国際レベルでのテロ対反テロの戦いにより弱体化しているとの雰囲気が漂っていた。

 ヒューマンライツ・ウォッチのテロおよび対テロプログラム担当ジョアンヌ・マリナー部長は、「我々は、9/11事件直後に人権協定および合意の適用は必要ないとする政府政策の劇的変化を目撃した。米国の権利抑圧は世界的傾向の一部でしかない。世界約80カ国が2001年9月11日以降テロ取り締まり法を採択し、新たな法律により個人の権利/自由を抑圧するパターンが出来上がった。司法の監視、透明性、個人の権利保護の仕組みも全く不十分なまま、政府の個人調査、拘束、収監が大幅に強化された」と語った。 

会議参加者は、国連機関が人権抑圧に協力的であることを指摘。マリナー氏は、「国連では、人権問題に関する力の均衡が安全保障理事会およびテロ対策目的に創設された機関に傾いている。安保理は、「立法的色彩の濃い」決議を立て続けに採択し、各国にテロ資金の流れ、テロ容疑者の入国ルートを突き止めるため、また容疑者を投獄するための新法を可決するよう迫ったと」と非難した。 

また、アクション・エイド・エチオピアのダニエル・ベケレ氏は、「近年アフリカでは市民社会運動が急速に発展しているが、同時に国内あるいは国際治安を口実に市民社会団体への圧力を強めている国が多いのも事実だ」と語った。 

同会議では、12月10日から始まる「人権学習国際年」(International Year of Human Rights Learning)に先立ち、人権に関する教育、学習、対話を推し進めるための方法についても話し合われた。 

ユネスコ本部で開催された国連広報局NGO委員会の年次総会について報告する。(原文へ) 

翻訳/サマリー=IPS Japan 浅霧勝浩 

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平和の籠がルワンダ女性にもたらす平安

【キガリIPS=ローレン・ヴォプニ】

首都キガリ郊外で3人の女性たちが楽しそうにおしゃべりしながら真っ赤な籠を編んでいる。昔ながらの風景のようだが、この籠はルワンダ女性のビジネスである。

米国の2000年アフリカ成長機会法(AGOA)は、ルワンダを含むサハラ以南の39カ国に米国市場進出の機会を与えた。ルワンダではパピルスなどで編み上げる伝統的な籠に着目した政府が、女性たちに籠作りの協同組合設立を働きかけた。国連女性開発基金(UNIFEM)などが研修の協力をした。

このようにして障害者、HIV感染者、1994年の大虐殺で夫を失った者など弱い立場にある女性を中心に協同組合が作られた。14年前の大虐殺のしこりにもかかわらずツチ族、フツ族の女性たちは協力してカゴを作り、フェアトレードの輸出業者に商品を供給するようになった。

先駆的な組合はGahaya Linksである。「平和への道プロジェクト」と『オプラ・マガジン』を通じて年間5万個の籠を「メイシーズ百貨店」に輸出する。

歴史的に男性が支配してきたルワンダのビジネス界で、このプロジェクトの成功は女性たちに自信をもたらした。ルワンダ・バスケット・カンパニーというフェアトレードの輸出業者が名乗りを上げ、より高い値段で輸出することを目指している。

人口の60%が貧困ライン以下の生活を送るなかで、籠作りに携わる女性は1月に25,000から40,000ルワンダフラン(およそ50から80ドル)の収入を得る。「経済的基板を得た女性たちは互助ネットワークを生んだ。希望のない女性たちに希望を取り戻すのが私たちの仕事。それには経済的安定を与えることだ」とUNIFEMルワンダ支部のD.K.ガサナ氏は言う。

女性たちが経済的に安定すると、地域社会における地位も向上する。ギタラマ郊外のRebunyurwe組合で籠を作るE.Nyanziraさんは、地方自治体に携わるようになった。選挙に出る者もいるとUNIFEMは報告する。

米国の2000年アフリカ成長機会法(AGOA)を利用したルワンダ女性の籠輸出ビジネスの成功について報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan

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|カンボジア|大規模立ち退きを伴う湖の開発

【プノンペンIPS=アンドルー・ネット】

ボエン・カック湖の再開発プロジェクトの開始が発表されたのは、国連人権理事会(UNHRC)のカンボジア担当官の任期を話し合う会議の直前だった。地元および世界のNGOはその会合で問題を提起する予定である。

湖の再開発については10年以上前から噂があったが、2007年2月にプノンペン市がシュカク社と7,900万ドルで土地の99年リース契約を結び、確定した。シュカク社は与党のLau Meng Khin上院議員とつながりがあるとされている。


 
警察が厳重に警戒する中、8月26日には業者が133haの商業地と宅地の造成の準備として湖の埋め立てを始めた。90haの湖の80haが埋め立てられる予定である。住民側弁護士は27日の記者会見でプロジェクトの違法性を訴え、裁判の準備を進めていると語った。

市当局は影響を受けるのはおよそ600世帯だとしているが、NGOは3万人に上るとみている。住民は市の用意した住宅に移るか、8,500ドルの補償金を受け取るか、開発地周辺の新たな住宅ができるのを待つか、3つの選択を迫られている。住民は保障費の低さに憤るとともに埋め立てを中止して話し合いに応じるよう企業に求めている。

国際的なNGOも開発計画は違法であり、住民の参加がないと非難している。環境への影響も懸念されるが、カンボジアの水資源気象省は問題ないと影響を否定している。

大規模な土地開発事業が進められているカンボジアでは、土地の接収と強制立ち退きが問題になっている。7月だけでも、南部のシアヌークビル州の小島の開発とフランス植民地時代のリゾート市ケップの宅地開発の2つの重要プロジェクトが明らかになった。

居住権問題に取り組むNGOは、違法に、かつ適切な補償なしに立ち退かされる地域の住民の権利について憂慮している。選挙前の小康状態を過ぎ、今後立ち退きへの圧力は高まると思われる。UNHRCの会議が期待される。住民からの反発を受けるカンボジアの再開発事業について報告する。(原文へ

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|スワジランド|多くの女性・市民が、贅沢な生活を送る国王・ムスワティ3世に抗議

【ムババネIPS=マントエ・パカティ】

南部アフリカ開発共同体(SADC)の首脳会議でジェンダー議定書が調印された直後、スワジランドでは、女性およびHIV/エイズ陽性者を中心に1,000人以上が参加して、国民が深刻な貧困と病に苦しむなかで贅沢な生活を送る国王に対し抗議デモが行われた。

デモのきっかけとなったのは、国王・ムスワティ3世がSADC首脳会議に向けて出発した8月15日に、国王の13人の妻のうち8人が子ども、随行員を引き連れて未公表の任務のためプライベートジェットで中東に旅立ったことである。政府はこの旅行に関してその性質についても財源についても沈黙を守っているが、9月6日の国王の誕生日とスワジランド独立40周年を前にドバイに買い物に行ったというのが巷の憶測である。

スワジランドは依然世界でエイズ感染率がもっとも高いにもかかわらず、保健制度の資金不足は深刻であり、人口100万人のうち3分の2が食料援助に頼って暮らしている。こうした現状とは対照的な国王の派手な生活ぶりが、国内各地から多くの人を抗議に駆り立てた。


王室は13億ドルの国家予算のうち5.3%を使っているのに対し、保健・社会福祉省への割当は10.6%に過ぎない。

ジム・ガマ(Traditional Prime Minister)は、抗議はスワジランドの文化に反するものであり、無礼な女性たちの行動だと非難。「女性がたとえ不当な扱いをされた時でも、男性が代弁するのがスワジランドの文化だ」と述べた。

スワジランドの女性が国王を直接非難し、政府に対し国民の血税を使った国王の贅沢な生活に対応を求めたのは初めてのことである。女性の権利団体を率いるSwaziland Positive Living for Life(SWAPOL)の指導者Siphiwe Hlophe氏は「女性として、私たちには表現の自由、生活、治療、ケアの権利がある。このことを抗議デモを通じて要求した」と訴えている。

抗議の声を上げたスワジランドの女性たちについて報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan

|ネパール|ジェンダー平等に向けて課題山積

【カトマンズIPS=マリカ・アルヤル】
 
ネパール政府は、男女の平等に向けて、2007~10年の暫定計画を持っている。この計画実施のために、2007/08年度の予算では、各項目ごとにジェンダー指標を設けている。各項目は、ジェンダー平等にどれだけ寄与するかを基準に、「直接に支援的」「間接に支援的」「男女どちらにも有利でない」の3類型に分けられる。

2007/08年度の予算では、社会福祉関連(教育・保健・地方開発・水など)の24%について「直接に支援的」、55%について「関節に支援的」と分類された。しかし、経済関連(農業・通信・森林・土地開発・交通・産業)については、「直接に支援的」とみなされたのはわずか10%に過ぎなかった。

制憲議会議員のウルミラ・アルヤル氏は、ジェンダー平等を実行するには、草の根レベルで女性が力をつけることが重要だ、と語る。とくに、農業・保健・教育分野の重要性を挙げた。「ネパールの農村では、女性はほとんどの時間を農業に費やす。しかし、女性には土地に対する権利がないし、融資を受けることすらできない。毎年、数多くの女性が出産のために死亡しているのに、多くの農村地帯には助産士もいない」とアルヤル氏は話す。

財務省のジワン・バンスコタ事務次官も「制憲議会は33%を女性議員が占めているが、同じだけの女性が地域レベルにもいれば、ジェンダー平等政策を推し進めることができるだろう」と話す。

しかし、2002年7月に予定されていた地方選挙が中止されて以来、選挙は一度も行われておらず、いまだに中央官僚が地方を支配している。ネパールにおけるジェンダー平等政策を考える。(原文へ

翻訳/サマリー:IPS Japan
  

|ケニア|平和のための執筆

【ナイロビIPS=ナジュム・ムシュタク】

1月以来、政治意識の高いケニアの詩人、作家、ストーリーテラーの団体が、今年初頭2カ月余ケニアを揺るがした暴力について既製の記事に代わる記録を書き始めた。こうした彼らの作品が、ケニアの大統領選後の暴動について調査にあたるWaki Commissionに証拠として採用された。

Waki Commissionに証拠として審理されるのは、作家たちの団体Concerned Kenyan Writers(CKW)が作成した報道記事から印象記に至るまでの作品集である。CKWは、論争の的となっている2007年12月27日の選挙後に発生した暴動に対応しようと、作家たちが結集したものである。

ナイロビに本拠を置く作家や芸術家の共同体Kwani TrustのディレクターShalini Gidoomai氏は次のように語る。「この危機に自分たちは何をすれば役立つことができるのか。世界のメディアが民族の憎悪と集団暴力に飲み込まれた国としてケニアを描くなか、社会のあらゆる方面でたくさんの人がまずこのことを考えた」

「私たち作家も、この問いを逃れることはできなかった。何かをしなければならない。人々を支援するために私たちが使うことのできる技能は唯一、書くことだった」

そして彼らは書いた。この団体によってこれまでに160点を超えるニュースや分析記事のみならず詩や短編が書かれ、世界中で発表された。CKWは、ケニアの視点から危機を報道するため、ケニアの著名な作家の参加を得るだけでなく、駆け出しのジャーナリストの訓練も行った。

また、CKWが創作した物語や詩の一部は、学校のカリキュラムにも取り込まれるよう教育省に提出された。

CKWは、Concerned Citizens for Peace(CCP)やその他市民社会団体の事務所を含むナイロビのさまざまな会場でCCPが連日主催した市民集会がその出発点である。元外交官のBethuel Kiplagat率いるCCPはすぐに、ケニアの個人やCKWなどの団体による平和の取り組みを育成・推進する統括組織となった。

Shalini氏はIPSの取材に応えて「国際メディアが暗黒大陸の典型的な筋立てを語って不正確な報道をするなかで、ケニアの作家からそれを修正しようとの動きが起きたことは当然のことだ。私たちはジャーナリストではない。でも、ケニアという国とその国民をほとんど知らない記者たちが暴動について十分な情報もなく、偏見に基づいたまま誤解を招くおそれのある報道を行っていることが明らかになったとき、私たちができることは自分たちの技能を使ってそれに対応することだった」と語った。
 
 「センセーショナルで非人間的な映像を通して、野蛮な行為が単純化されてニュースとして世界に伝えられるなかで、紛争のただ中このように決然と分析と議論に取り掛かったのは世界でも私たちが初めてだろう」

世界の注目を集めた最初の映像のひとつは、逃げようとしたものの鉈でたたき切られた男性のようすだった。憤慨した作家の団体は、スカイニュースに放映を止めるよう抗議文を送った。

Shalini氏は「たとえば9・11や2005年のロンドンの同時爆破事件で、テロの犠牲者のバラバラになった血まみれの遺体を西側メディアが映し出したことは一度もない。ケニアの惨事には、なぜ異なるアプローチを採るのか」と訴える。

民族や部族に焦点を当てた既成の筋書きの中で、実際の出来事やその複雑な原因が見失われてしまっている。たとえば、暴徒の第一群の中に、ケニア西部のエルドレトの割礼キャンプで成人儀礼を終えたばかりの数千人のカレンジン族の若者がいたことに気付いた国際メディアはない。

新たに力と男性としての意識を得た数千人のカレンジン族の若者は、西部の各都市を通りリフトバレー州のナクル市に至るまで「彼らの」土地に暮らす「外部者」の農場や家屋に火を放つなど暴れ回りながら行進し続けた。

「こうした社会学的・心理学的要因は、センセーショナルなことやステレオタイプなことに主に関心を寄せる国際メディアには理解の及ばないことだ」と言うShalini氏は、技術訓練も受けておらず、仕事もなく、欲求不満を募らす若者が増えて、傷ついた平和に脅威を与え続けていると考える。

社会問題や民族問題を扱う雑誌Wajibuの編集長Dipesh Pabari氏は、当初の報道はまた、部族や政治的所属に関係なく被害者の救助に積極的にあたったケニアの何百人という一般市民の勇気や思いやりについても伝えていないと指摘する。

そうした市民のひとりである23歳の青年は、誰からの支援もなしにSMSホットラインを立ち上げた。さまざまな苦難を訴える人々、あるいは助けを必要としている人々から毎日何百という苦悩の電話が寄せられている。

「暴動の最中命がけで847人の避難民を受入れた森林監視人がいた。中等学校には、恐怖と憎悪が渦巻く中で勇気をもって学生たちに率直に語りかけ、学生たちの行動の変革を呼び起こし、偏見を受容に変えた若者たちがいた。死者に花を手向け、途中で治安部隊の面々にも献花をするように促した女性たちがいた」

Pabari氏は「こうした話には共通に見られることがひとつある。世話をした人々は、部族も人種も超えて物事を見、困っている人々の共通の人間性に目を向けたのだ」と話す。彼の雑誌の最新号では、CKWの作家や詩人の作品を特集し、秘話を紹介した。

CKWの活動は今なお続いている。ケニアの文学の創作と普及を進めているKwani Trustでは、アフリカ各地から著名人を招いて近頃のことそして今後の進むべき道について考える2週間の文学祭を8月1日に開幕した。テーマは、「ケニアを再検討する」である。

「自分を欺くことはやめよう。新しいケニアを実際に経験するためには、政策と意識の両方で痛みを伴う抜本的な変革が必要とされる。まだまだ先は長い」とPabari氏は言う。「(暴力を生き存えた避難民らが)いつ、どこにどのようにして再び落ち着くことができるのか。これが、新しいケニアを築く私たちの決意を試す試金石となるだろう」(原文へ

翻訳=IPS Japan

|ラオス|CIAによるラオス「秘密戦争」が映画に

【プノンペンINPS=アンドリュー・ネット】

1960年代から70年代はじめにかけ、米中央情報局(CIA)はラオスで共産ゲリラとの戦闘に秘密作戦を展開、「秘密戦争」として知られる。そしてその秘密戦争でもっとも秘密とされる場所が元CIA空軍基地ロンチェンである。ロンチェンは今なお立ち入り禁止のままだ。

その秘密戦争について、今年後半、欧州で新作映画「The Most Secret Place on Earth」(地球上もっとも秘密な場所)が公開される。

8月半ばプノンペンで初めて試写が行われたこの映画には、1975年に共産政権が樹立されて以来西側として初めて基地に入った撮影隊によるロンチェンの映像も含まれている。

ラオスでの戦闘は、米国が過去に展開した準軍事行動の中で最大かつもっとも高価なオペレーションであったにもかかわらずほとんど知られていない。秘密戦争は、CIAの航空会社エア・アメリカの民間人パイロットを主に使い、ラオスの山岳民族モン族から傭兵を雇ってCIAが行ったものである。

映画は、元外交官、CIA幹部、エア・アメリカのパイロットをはじめ、戦闘の秘密・外交・軍事面に関与した人々の話を通じて秘密戦争を検証する。

映画のもっとも興味深い点は、実際の戦闘任務やロンチェンでの日常生活を写した映像等、監督が収集した過去の未使用映像が組み込まれていることである。

この映画は、その分析的側面が、CIAの工作員やエア・アメリカのパイロットを英雄扱いし、戦争を正当化する書籍やドキュメンタリーと一線を画する。実際は、米国の航空機が9年間にわたり1日24時間8分毎に平均1機分の爆弾を投下し、ラオスを戦争史上もっとも激しい爆撃を受けた国にしたのである。

このラオスでの戦争はイラク戦争と大きな類似点が見られると語るドイツ人監督Marc Eberle氏(36)は、次のように述べている。「ラオスは、21世紀における米国の戦争の先駆的存在。民間企業に戦争を外注し、情報や文書を改ざんして民衆の支持を集め、従軍取材を用い、ハイテク兵器の使用を含む戦争の自動化など、これらの方法はラオスで初めてテストされたものだ」

CIAによるラオス秘密作戦を描いた映画について報告する。(原文へ)

翻訳/サマリー=INPS Japan浅霧勝浩


|パラグアイ|大統領、独裁の犠牲者に謝罪

【アスンシオンIPS=デイビッド・バルガス】

ストロエスネル独裁政権(1954~89)の人権犯罪調査を目的に2003年に創設された「人権・正義委員会」が8月28日、市立アスンシオン劇場において4年に亘る調査の最終報告を行った。 

8月15日大統領に就任した元カトリック司祭のフェルナンド・ルゴ大統領は、会場に詰めかけた市民団体および当時の反独裁闘争リーダーたちを前に、独裁政権の人権犯罪について国として正式に謝罪。涙で声を詰まらせる場面もあった。

 1,000ページに及ぶ同報告書には、ストロエスネル政権および2003年まで14年間続いたいわゆる「民主過渡期」に行われた拷問、殺人、誘拐、迫害に関する2,130人の証言が含まれる。 

報告書によれば、独裁の犠牲者は全体で128,076人。政治的理由により海外亡命を余儀なくされた人は3,470人に上る。また、政治犯の95パーセントは拷問を受け、その半数は死の恐怖を体験しているという。委員会のメディナ委員長は、加害者が恐怖を煽るため意図的に性的暴力を用いたことを忘れてはならないとしている。 

人権活動家でオルタナティブ・ノーベル賞を受賞したマルティン・アルマダ氏は、独裁政権が「コンドル作戦」の名の下に行った残虐行為について振り返った。また、迫害の主要ターゲットの1人であったパラグアイ共産党のアナニアス・マイダナ党首は、ストロエスネル政権を支援した米国の責任を強調した。 

ルゴ大統領は、委員会が提出した178の提案の実行を誓った。その中には、省と同格の国家人権事務局を設立し、人権虐待を行った者たちを法の裁きにつけることなどが盛り込まれている。これを目的に、人権・正義委員会は、虐待の首謀者、加担者の氏名列挙に1章を費やしている。氏名リストには今も政界、軍部、警察で活躍する者たちの名前も含まれる。 

ルゴ大統領は、聴衆の「密告者」というヤジでスピーチを行うことができず壇上を後にした最高裁のニュフィエス判事に向かい、「今この時、司法システムは大いなる課題に直面している」との言葉を投げた。 

パラグアイ新大統領による独裁政権時代の人権犯罪に対する謝罪とその実態を公表した「人権・正義委員会」最終報告の模様を報告する。 (原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan浅霧勝浩 


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