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│メディア│語られないストーリー―女性に対する暴力

【ローマIPS=ミレン・グティエーレス、オリアナ・ボセッリ】

「遠くを見る必要はありません。身近を見渡してみればいいのです」―オランダ外務省ジェンダー局のRobert Dijksterhuis局長は、部屋を埋め尽くした女性たちに対してこう訴えかけた。「世界の女性の3人に1人が、なんらかの形で、とくに知り合いからの暴力を受けています」。これは国連人口基金の統計である。 

聴衆は、意志ある女性、そして男性たちだ。彼(女)らは、イタリア外務省とローマ市の後援を受けてIPSが主催した、女性の状況とそれにメディアが与える役割について討議する集会の参加者たちである。 

国連女性基金(UNIFEM)の報告書『世界における女性への暴力』によれば、70%の女性が人生の中で男性からの物理的・性的暴力を経験したことがあるという。それもほとんどは、夫やパートナーなど自分の知った人間からだ。15~44才の女性の中では、ガンやマラリア、交通事故、戦争による死者の合計よりも、そうした暴力を原因とする死者の方が多い。

 女性に対する暴力はきわめて広がりのある現象である。 

南アフリカでは、6時間に1人、女性が自分の知った人間によって殺されている。グアテマラでは、毎日平均2人の女性が殺される。ブラジルのサンパウロでは、15秒に1人女性が襲われている。コロンビアやスーダンのダルフールなどの紛争地帯では女性へのレイプが発生しやすい。 

こうした現象は途上国だけではなく先進国でも起こっている。米国では、12~16才の女性のうち83%が学校で何らかの形のセクハラを体験し、女性の殺害のうち3分の1のケースがパートナーによるものである。欧州連合では、40~50%の女性が、職場において、自ら望まない性的行為や身体的接触、セクハラなどを受けている。 

しかし、国連人口基金によると、市民社会やメディア、政治家は、ようやく最近になって女性に対する暴力という現象への見方を変え、無関心と誤った描き方を変えようとしはじめている。 

そこで、メディアの役割というものが出てくる。 

イタリア外務省のビンセンツォ・スコッティ次官によれば、この種の暴力をなくすには「外部との意思疎通が重要な役割を果たす」という。 

世界保健機構(WHO)は、暴力を支える文化的・社会的規範を変えるには、保健問題に関しても大きな役割を果たしてきたメディアが、女性の暴力についても役割を果たせるとしている。 

米国医学協会は、「若者への暴力に対するメディアの影響」という文章の中で、メディアで出されている女性への暴力の描き方によって、現実の暴力のあり方への観点がゆがめられてしまう、と述べている。 

女性がメディアで取り上げられることそのものが少ないこと、間違った役割が女性に与えられてしまっていることによって、さらに問題は悪化する。公正なジャーナリズムの推進を目指す団体「メディア・モニタリング・アフリカ」はメディア業界における女性の少なさや、被害者や「誰かの親戚」といった形で女性がつねに周辺的な存在としてしか描かれないことに警告を発している。 

Monika Djerf-Pierreが書いた報告書「ジェンダーとジャーナリズム」は、「ジャーナリズムにおける女性の影響は、フェミニストのメディア研究における重要な研究テーマである」と述べる。 

この研究では、女性の地位が高いとしばしば思われているスウェーデンにおいてすら、「ひとつの分野としてのジャーナリズムは男性によって支配されている」との知見が明らかにされている(スウェーデンは、世界経済フォーラムが発表している世界ジェンダーギャップ[GGG]指標において世界第4位)。 

Dijksterhuis氏によれば、新技術によって変転しつつある時代の中で、ある種のコミュニケーションのやり方が有効であるという。たとえば、NGOやメディアなどとの連携を強化するとか(会議では多くの人がこの点に言及した)、その結果をモニタリングすることなどである。というのも「多くの情報は男性的な偏見がかかっているから」である。 

通信の権利がこうした努力の一部であるべきだ、と語るのは、進歩的通信連盟の「女性の権利グループ」コーディネーターであるジャック・SM・キー氏だ。このグループは、女性への暴力をなくすために「ICT技術を私たちの手に取り返せ」と主張し、通信の権利と女性の人権との間を架橋しようとしている。 

グローバル・メディア・モニタリング・プロジェクト(イタリア)のモナ・アッツァリーニ氏は、メディアにおける女性の参加についての世界的調査について話した(調査事態は2010年に発表予定)。 

このプロジェクトは「女性の描き方を変え」、差別とたたかいメディアにおけるステレオタイプを破る「集団のネットワーク」をつくることを目的としている。2005年に行われた前回のモニタリングは次の4つの問題に焦点をあてた――情報の素材としての女性の描かれ方、ジャーナリスト、ステレオタイプや差別を含んだニュースの内容、ジャーナリストの実践。 

2010年の調査結果は2005年のそれと比較されることになる。前回調査では、情報源のわずか21%が女性であり、引用された専門家のほとんどにあたる83%が男性であった。女性の視点はほとんどみることができない。政治面では情報源の14%が女性、経済面では20%だった。取り上げる問題が女性への暴力である場合ですら、情報源の64%が男性であった。 

では、メディアはこの問題をどう語ったらいいのだろうか? 

「暴力は弱さ、弱さは暴力であり、メディアは暴力を愛するのだ」と語るのは、アルジャジーラのキャスター、ライラ・アルシャイクリ氏だ。彼女は、女性が話したがらないとき、悪いイメージが残ってしまうことを恐れるとき、女性が差別のサイクルに自ら参加してしまうとき(子どもに同じような見方を伝える、など)に、本当の事実を伝えることは難しい、と語る。 

そうして、女性のイメージはゆがめられてしまうことになる。 

たとえば、イタリア上院のエマ・ボニーノ副議長は、イタリアでは「8割の人びとがテレビを見て自分の意見を形成する」と語る。「でも、メディアでの女性イメージの伝えられ方に私は不満です。バカにしていますし……働く女性は出てきません。暴力と闘うことを考えたとき、メディアにどういう役割を持たせるかが非常に重要になってきます。それは、女性のイメージ形成に際して、周縁的でも補完的でもなく、中心的な役割を果たすのです」。 

イタリアでは、シルビオ・ベルルスコーニ首相が、自らの保有するメディア帝国「メディアセット」と国営テレビRAIと通じて、テレビの90%をおさえている。 

南アフリカのテンジウェ・ムティンツォ駐イタリア大使は、ジェンダー活動家であり、アパルトヘイト時代にはジャーナリストだった経験から、ニュースとその所有とは何であり、それを伝えるのは誰かという問題について話した。それは女性ではない、と彼女はいう。もし、女性に対する暴力を終わらせようとするならば、まさにそのことを変えなくてはならないのだ、と彼女は訴えた。 (原文へ


翻訳=IPS Japan浅霧勝浩 

*本IPS年次会合にはIPS Japanから海部俊樹会長・元内閣総理大臣、浅霧勝浩理事長らが参加しました。

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男性服役者に輪姦された少女の事件は氷山の一角 

|軍縮|諸宗教会議が核兵器廃絶を訴える

【メルボルンIPS=ニーナ・バンダリ

世界の宗教界にとって、核兵器の使用は、人間社会のきわめて重要な倫理的問題である。このため世界の指導者らが即時に核兵器を廃絶することを主張しているのだ―オーストラリア・メルボルンで開かれている世界宗教会議(Parliament of the World’s Religions)の参加者達はこう考えている。 

世界最大の宗教者会議である同会議には、平和や多様性、持続可能性に関する問題に対処するために多くの宗教界の代表や学識者らが集まった。12月3日から9日まで、メルボルンコンベンションセンターで開かれている。

 「新たな世界に向けて:互いに耳を傾け、地球を癒す」という今大会のテーマは、世界の生存に脅威を及ぼしている重要問題に、宗教界と市民社会が対処する緊急の必要性を示している。核兵器の問題はそのひとつだ。 

「核兵器は、人類の作り出した地上最大の破壊力であり、人類にとって存在上の脅威というだけではなく、精神的な意味においても脅威なのです。」と、会議参加者らは主張した。 

「いまこそ決定的な一歩を踏み出すべきです。」と語るのは、スー・ウェアハム博士(オーストラリア核戦争防止医学協会前会長、国際核廃絶キャンペーン(ICAN)オーストラリア理事会メンバー)だ。 

2010年5月に5年ごとの核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議が開催されることに関連して、ウェアハム氏は「核兵器のさらなる拡散を防ごうとするならば、この会議で核軍縮に向けた前進をもたらすことが重要になってきます。もはや、核兵器をステータス・シンボルや正当な兵器とみなす時代は終わりました。核兵器は、『違法で非人道的な恐怖の道具』というその本来の姿で捉えられるべき時なのです。」と語った。 

ICANの目標は、核兵器の開発・実験・生産・使用・使用の威嚇を禁ずる核兵器禁止条約を採択することにある。 

「核軍縮の必要性とその達成に向けた措置」と題する分科会において、ウェアハム氏は、「核兵器禁止条約の締結は必要であるし、実現可能です。」「それは、核のホロコーストの恐怖から逃れて人々が生きる権利を主張するものです。それは人権問題であり、環境、経済、保健、政治、安全保障の問題であり、なによりも、倫理的な問題なのです。」と語った。 

6月には国連の潘基文事務総長が、核軍縮は世界が直面する「もっとも緊急な政治問題です。」と強調した。9月には核不拡散・軍縮に関するはじめてのサミットが国連安全保障理事会を舞台に開催され、「NPTの目標にしたがって、核兵器なき世界に向けた条件を作り出す」との決議が採択された。 

世界中の市民団体も2010年のNPT運用検討会議で本当の前進をもたらすべくエネルギーを傾けている。 

アメリカムスリム協会(MAS)自由財団(本部:ワシントンDC)人権・公民権部長のイブラヒム・ラミー氏は「人類を絶滅から救うために、奴隷制廃止のときと同じように、世界中の人びとが核兵器に対して立ち上がらねばなりません。」と語った。 

MAS自由財団は、2008年から2012年にかけた米国内の重要な立法事項としてあげた12項目のうちのひとつに世界的な核廃絶を含めている。「コーランの啓示やイスラムの社会的価値のうち最良の部分を実現する必要から、私達は、核兵器の廃絶と、莫大な核兵器(と通常兵器)関連予算を社会的向上と人間生活の持続のための予算に転換することを要求しなければなりません。」とラミー氏は語った。 

2008年に米国が核兵器維持のために使った予算は524億ドルにのぼる。他方で、貧困下に暮らす米国人が3700万人、医療保険がない米国人が5000万人いる。 

またラミー氏は、「インドやパキスタンのような新興核兵器保有国は、長きにわたる貧困と、不安定な治安状況に悩まされているにも関わらず、希少な資源を危険で持続不可能な核開発に振り向けています。しかし、核兵器は相互の破壊を確実にもたらさずにはおかないのです。」と語った。 

ラミー氏は、NPT第6条が核兵器保有国に対して、究極的核廃絶に向けた交渉に入るようとくに義務づけている点を指摘したうえで、「核兵器廃絶を推進し、各国政府がNPTを支持するよう圧力をかけるネットワークを世界中で形成すべきだ」と訴えた。 

ラミー氏はまた、各国に対して「先制不使用」の宣言を2国間で行うよう強く求めた。とりわけ、継続中の紛争当事国や、イスラエルとイラン、インドとパキスタンなど、対立中の諸国間においてそうすべきだと訴えた。 

また、ラミー氏によれば、米国では「バラク・オバマ大統領に対して、核弾頭を戦略的ミサイル運搬手段からはずすことで警戒態勢を解除し、潜在的な敵国に対する偶発的な核攻撃の危険性を低減させるべきだと訴えている。」という。 

信仰の如何に関わらず、すべての人々は、核兵器をなくすためのキャンペーンを進めている創価学会インタナショナル(SGI)のような組織を支援しなくてはならないとラミー氏は語った。SGIは2007年に「核兵器廃絶へ向けての民衆行動の10年」キャンペーンを開始し、世論を喚起し、核廃絶に向けて行動する世界的な草の根ネットワークの形成を支援している。 

東京に本部を持ち、世界192カ国に1200万人を超える会員がいるSGIは、世界でも長年に亘って核軍縮を訴えてきた仏教組織であるが、このところ核兵器廃絶に向けた世界的キャンペーンを一層強化している。1957年にはじまった同キャンペーンは、「(核攻撃を行った唯一の国である)米国は、核兵器なき世界に向けた具体的な措置を取ってゆく」というオバマ大統領の宣言を受けて、熱を帯びてきている。SGI本部の平和運動局長・寺崎広嗣氏は、「各国政府には、核の脅威を減らすために責任ある行動をとってもらう必要があるが、市民社会にも明らかに重要な役割があります。」と語った。 

「突き詰めて言えば、核兵器は人間のエゴの特殊な形態によって生み出されたものです。つまり、自らの利益や社会を守るために他者を犠牲することもいとわない自己中心主義がそれです。人間の心のこの側面を表に出し解体していかないかぎり、核兵器の脅威に対する本当の永続的な解決策はないといってよいでしょう。」と寺崎氏は語った。 

SGIの核兵器廃絶に向けた取組みの中心には、人間のよりよい性質に訴え、対話の力への信頼を取り戻したいとの希望がある。寺崎氏は、「国家と国益の対立という論理からは、核兵器によって国家の安全保障上の地位が高まるとの立場が出てくることになります。しかし、市民社会は、核兵器は兵士よりも非戦闘員を傷つけ戦後も長らく人びとを傷つけ続ける不正義の兵器との観点からこの論理を拒否したのです。」と語った。 

SGIのような様々な宗教組織が、広範に亘る草の根活動、署名活動、教育・啓蒙活動を展開している。その中には、被爆者の証言を収録したDVDや、世界的な核軍縮に向けた世論を高めるために個人が何をできるかを示した本の出版などがある。 

分科会「核廃絶:宗教界による反応と活動」に出席したSGI平和プログラム担当・河合公明氏はこう訴えた。「核廃絶に向けた行動は、恐怖や罪悪感などの消極的・ネガティブな感情によって動機づけられるべきではないと思います。むしろ人間の良心と高い道義的関心に動機づけられた平和の文化を創造しようとの積極的な取組みとなるべきだと思います」。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan

|カンボジア|宗教の違いを超えた「人間の尊厳」重視のHIV陽性者支援とHIV/AIDS防止の試み

【IPS HIV/AIDS研究事業現地取材からの抜粋】

Seedling of Hopeは、カトリック教会系の慈善団体で、一般市民やハイリスク集団に対してHIV/AIDSに関する啓蒙活動を行う一方、HIV/AIDS感染者に対しては、患者の自宅や入院先を訪問してカウンセリングを提供している。 

また、Seedling of Hopeでは独自のシェルター/ホスピスを擁しており、エイズ患者に対する精神/肉体両面にわたる支援を行っている。本稿では、人口の95%を仏教徒が占めるカンボジアにおいて、宗教の違いを超えた「人間の尊厳」に対する共感を信条に活動を展開している牧師から見た、HIV/AIDSの現状と課題を概説する。(以下、Jim Noonan神父への取材内容の抜粋)

 
エイズ患者に最も必要なもの 
 
「エイズ患者が抱える精神的なストレスは想像を絶するものです。エイズに対する社会の偏見は依然として厳しいものがあり、HIV感染者は、差別や迫害を恐れて病気のことを周りから必死に隠そうとします。しかし、ここ(シェルター)では、皆彼女達の病気のことは了解した上で受け入れているので、エイズ感染者やそうでない者も等しく家族のように自然体で触れ合っています。 
 
私は、このエイズ患者の精神的なストレスを取り除く生活環境が、患者の免疫力の維持/向上のための重要な要素となっていると考えています。実際に、ここの収容者達の健康状態は、入所後概ね向上しており、人間の健康は環境さえ整えば、かくも回復する力があるものかと改めて驚かされています。私達は元々専門的に訓練されたカウンセラーではありませんが、収容者に対して彼女達の『人間としての尊厳』に留意し、最大限の愛情を注ぐよう努力しています。私達の信条は、相手が誰であっても等しく接することです。つまり、収容者に向き合う私達の姿勢は、例えば相手が女王陛下であったとしても全く変わりません。」(Jim Noonan, Seedling of Hope) 

「ホスピスでは、ビタミン剤といくつかの合併症に使用する薬があるのみで、カンボジアにはエイズ治療薬はないのが現状です。もし、海外からの支援国/団体に『なにが今のカンボジアに最も必要か』と問われれば、〈1〉質の高い血液検査施設と、〈2〉エイズ治療薬を現地生産できる施設、が最も求められていると確信しています。」(Jim Noonan, Seedling of Hope) 

宗教の違いを超えた「人間の尊厳」への共感 

「私は、ただ助けを必要としている人々に手を差し伸べる活動をしている1老人に過ぎません。私は牧師だが、ここでは人々をキリスト教へ改宗させるといった試みは行っていません。それは、彼らには彼らの価値観に基づく宗教があり、私には私の宗教と信仰があるからである。それよりも、エイズ患者への具体的な支援活動を通じて『人のためになる』活動に従事できることが、私の牧師としての信仰の実践と考えており、それだけで満足です。 

また、助けを必要とする人々に『慈しみの心』をもって接することは宗教の違いを超えて人間共通の行いであると思います。エイズ患者の死に際して、私は私流に祈り、仏教徒のカンボジア人達は仏教式に祈りを捧げている。そこに宗教の違いに起因する違和感はありません。また、臨終に際して、私がエイズ患者に、『あなたの為に祈らせてほしい』旨伝えるようにしていますが、彼女達は皆、異教徒の私の祈りを喜んで受け入れてくれています。」(Jim Noonan, Seedling of Hope) 
 
エイズを克服するもの 

「現在のカンボジア社会における女性の『性』をとりまく現状は非常に歪められたものだと思います。『性』に対する男性の態度は一般に露骨であり、女性の『性』はあたかも人格を失った物かのように見なされ、不当な扱いを受けたり騙されたりしています。また男性の間では、複数の女性との交際を『男らしさの証』と勘違いしている風潮もあり、中には女性に対する性的虐待/搾取の経験を周りに自慢するものさえいます。このような男性達の歪んだ性意識/性行動を1世代の間に転換させることはほぼ不可能に等しいと思いますが、とにかく行動変容をもたらす努力を1日でも早く開始することが重要だと思います。」(Jim Noonan, Seedling of Hope) 

「現在のカンボジア社会に必要なものは早期からの性教育の実践です。1996年、国連合同エイズ計画(UNAIDS)では若者の性意識/性行動を変えていくための長期戦略を作成しました。そこで強調されたことは、若者への対策が遅れれば遅れるほど、(エイズ問題は)取り返しのつかない事態に進展するという危機感でした。現在のカンボジアの若者を取り巻く環境は一刻の猶予も許さない深刻なものであり、本格的な若者を対象とした性教育に着手するには絶好の時期でだと確信しています。 

また、若者達の健全な性意識を育んでいく上で、両親の説明能力を向上させる努力をしていくことが重要だと思います。『性』をもっと幅広い人間関係の中で若者達が捉えられるよう親達が子供達と真剣に向き合える環境を作っていく必要があると思います。」(Jim Noonan, Seedling of Hope) 

「すなわち『エイズを克服するもの』は、異性に対する『誠実さ:Faithfulness』だと思います。自分と異性のパートナーの人生を大切にするためにも、できるだけ婚前交渉を避けることが重要です。そしてそれがどうしても実践できなければ、結婚を誓った相手にのみに性交渉の相手を限定することです。 

ポル・ポト時代に禁止され、激しい迫害を受けたカンボジア仏教ですが、元来カンボディア社会における仏教の位置付けは大きく、仏教の僧侶は民衆から深く尊敬されています。宗教は『誠実さ』をはじめHIV/AIDSから身を守る上で重要な諸要素を説いてきており、HIV/AIDS対策を実践していく上で重要なパートナー勢力となりうると思います。カンボジア政府もその点に着目し、近年は僧侶を積極的に活用したHIV/AIDS対策を進めています。私達の団体も1995年頃より僧侶、コミュニティー指導者、NGO等と宗教を活用したHIV/AIDS対策について協議を重ねてきており、多くのことを学んでいます。」(Jim Noonan, Seedling of Hope) 

Seedling of Hopeの活動について: 

8人のスタッフと4人のボランティアとともに、週2回、一般市民及び工場労働者を対象としたHIV/AIDS教育を実施しており、その際、コンドームを配布している。 

「目の前の人々を救うことが最も重要であり、そのためにはカトリック教会も現地のニーズに応じた柔軟な対応が必要だと思います。」 

シェルターでは、自分の身の回りの世話は出来るが、一般社会で働くことができなくなったエイズ患者を収容している。ここでは、収容者に対して、敢えて体調の許す限り、裁縫などいくつかの作業グループに割り当てて労働に従事させている。(作業を通じてネガティブ思考に陥ることを防ぐとともに、社会に貢献しているという誇りを感じてもらうため。)一方、ホスピスでは12床の設備と6人の24時間スタッフ体制で、身寄りのないエイズ末期患者を引き取って、最後の日々を共にしている。 

(カンボジア取材班:IPS Japan浅霧勝浩、ロサリオ・リクイシア) 

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|アフガニスタン|10代の若者たちが軍・警察に入隊

【カブールIPS=ラル・アカ・シェリン】

ニアマトゥッラ君がアフガニスタン国軍に入隊した理由は、アフガニスタン人男性の多くと同じ動機によるものだった。 

「私は読み書きができません。」とカンダハルのアダンダブ地区にある警察の兵舎で首からカラシニコフ銃をぶらさげ座っているニアマトゥッラ君は言う。「仕事を見つけられなかったから警察に入隊するしかなかったのです。僕達に選択肢は2つしかないのです。警察に入るか乞食になるかどちらかです。」


ニアマトゥッラ君と多くの警察、国軍兵士の間にはもう一つの共通点がある。それは彼が弱冠16歳ということだ。

 政府筋によると、公式記録ではアフガニスタン国家警察(ANP)、国軍に18歳未満の者は存在していないとされている。しかし取材に応じた警察官や兵士の多くが、匿名を条件に、18歳未満の入隊者がいることを認めた。 

取材に応じた10代の兵士達は、家族を養うために仕事が必要なこと、そして警察も軍も彼らの雇入れに積極的で偽造身分証まで発行してくれると語った。すなわち、アフガニスタンの少年は数週間の内に、高校生から制服を着た兵士にと変貌を遂げることができるのだ。 

アブドゥルラーマン君(17歳)は、バグラムの軍病院で、ヌーリスタン州バージマタル地区で最近起こった戦闘で負った傷の入院治療を受けている。彼はANPの警察官として、戦闘には直接加わらなかったものの反乱軍と外国軍の間の銃撃戦に巻き込まれ銃弾を受けてしまった。 

「私はホテルの入口で銃を持って立っていました。そして戦闘が始まると流れ弾が私に当たったのです。」と、アブドゥルラーマン君は恐怖に顔をこわばらせて語った。 

アブドゥルラーマン君が実際の戦闘を見たり巻き込まれたりしたのは今回が初めてではない。あどけない彼の表情からは、まだ学校の校庭と母親の台所以外あまり世間を知らない(平和に暮らす国々の)普通の10代の少年に見えるが、彼はそうした同世代の少年達よりはるかに多くを体験してきたのだ。 

アブドゥルラーマン君を定期的に見舞いに来る叔父ロフラーさん(45歳)は、取材に応じ、「私の甥が警察官だなんて信じられないでしょう。でもそうなのですよ。」と、彼が今もANPの警察官であることを証明する身分証明書をみせながら語った。 

アフガニスタン労働省によると、失業状況は深刻で労働人口の実に4割に及んでいる。食糧事情が逼迫しているアフガニスタン人家庭にとって、警察と軍は直ぐにでも就職でき、かつ長期的な雇用を保証する存在として映る。そのような背景から、中には家族に勧められて軍や警察に入隊する10代の若者もいるのが現状である。 

 ナジブラ政権期に兵士だったマルジャン・ガルさん(48歳)は、「紛争が続いてきたアフガニスタンでは若者が戦争に参加するのは珍しいことではありません。私の家族は 
今は16歳の息子が軍から受け取る給与収入を必要としているのです。息子はいつも軍服を着て、前戦にも出かけます。私は盲目ですから、もし息子が除隊したりするようなことがあれば、誰が私達の生活を支えるというのですか?」と語った。 

未成年の兵士に関するアフガニスタンの法律の規定は明確である。2003年のハーミド・カルザイ大統領布告によると、「児童の権利に関する条約」第38条の規定を順守し18歳未満の青少年が軍や警察に就労することを明確に禁止している。 

しかしこの法律にも関わらず、内務省は偽造身分証明書の取得を支援することにより、青少年の治安部隊加入を促進していると主張するものもいる。 

カブールの警察官ザイ・ウル・ハク君(17歳)は、当局により未成年者の勧誘について、「内務省は年齢を水増しした身分証明書を新規に発行するか、既存の身分証明書を書き換えることで、年齢制限の問題を解決している。」と語った。 

ハク君は警察に入隊申請をした時のことを振返り、「私は身分証明書の年齢を偽りました。警察官や兵士が不足している状況なので年齢制限以下の少年達に身分証明書が発行されているのです。当局は簡単に年齢を水増ししてくれます。」と語った。 

ホースト州に在住の元警察官(匿名希望)は、現在も18歳に達していないが、警察に入隊した際、彼を雇用した人物は彼が規定の年齢に達していないことを知っていたが、身分証明書を偽造して入隊手続きをとってくれたと語った。 

「私は警察官に知人がいて、自分も警察官になりたいと相談したところ、身分証明書を作って採用してくれたのです。私の本当の年齢について尋ねた人なんて誰もいません。」彼は、昨年警察官を退職したと語った。 

またこうした未成年の警察官、軍人がどの程度本来の職務、つまりアフガニスタンの人々の保護、を遂行できるのかという問題がある。一般市民が制服を着た子供たちが銃を持って通りを巡回しているのを見ても、国内の治安について殆ど安心感が持てないのが現状だ。 

カンダハル在住のオバイドゥラーさん(38歳)は、「未成年の警察官を見ていると、私達市民を守ってくれるはずの治安組織のことを連想するというより、彼らは益よりも害の方が多いのではと心配になってしまう。」と語った。 

「彼らは軍事のことを分かっていないしプロフェッショナルではありません。彼らが携行している銃の使い方だって分かっていないかもしれない。」とオバイドゥラーさんは言う。 

反乱グループやタリバンは、長らくアフガニスタン政府や連合軍との戦いに最も若い層の子供を利用してきた。彼らは、よく子供達に爆発物を運ばせたり、自爆テロ要員や作戦展開中の見張りとして使用している。 

そうした中で、子供達は気付かないうちに反乱軍の片棒を担がされていることも少なくない。 

先月サウジアラビアの日刊紙「アカズデイリー」は、エイドゥラー君(11歳)が反乱グループのメンバーに小麦粉の入った袋を地元の国軍司令官への贈物だといわれて送り届けようとした事件を記事に取り上げた。 

エイトゥラー君が知らなかったのは、袋の中身が爆発物であり、予定よりも早く爆発したため、エイドゥラー君の両足を吹き飛ばした。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩 

*この調査記事はアフガニスタンの独立メディアキリッドグループの発行するキリッドウィークリーに掲載。IPSは2004年以来、同グループと提携関係にある。 

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暴力からの解放はあらゆる女性の権利(ニコール・キッドマン)

【IPSコラム=ニコール・キッドマン】

女性の3人に1人は、虐待や暴力を耐え忍んで暮らしています。これは広く行われている恐ろしい人権侵害ですが、目に見えない、認識の薄い現代の‘疫病’の1つとなっています。考えてみてください。女性あるいは少女であることで危険に晒されるのです。更に驚くのは、多くの人々、社会の中枢あるいは政府の回廊にいる人々までもが、女性に対する暴力は避けられないと思っている事実です。 

私たちはこの精神構造を変える必要があります。女性に対する暴力を認識し、人権侵害として対応することが重要です。家庭内暴力であれ戦時下の暴行であれ、女性性器切除や強制結婚あるいは若年結婚といった慣習であれ、女性に対する暴力は許されない犯罪です。女性に対する暴力は、何処で起ころうとも法的裁きを受けるべきです。

Nicole Kidman

 私は、暴力や虐待に晒されてきた女性や少女の声を広く伝えるため、国連女性開発基金(UNIFEM)の親善大使となりました。より多くの国で、女性たちは無抵抗の犠牲者となることを拒否しています。彼女たちは団結し、声を上げ、責任と処罰を要求し、女性あるいは少女であるために暴力に晒されることにノーと言っています。 

女性に対する暴力を終わらせるのは私たちの努めです。そのため、UNIFEMは、2007年11月の「女性に対する暴力撤廃国際デー」に「女性に対する暴力にノーと言おう」というインターネット・キャンペーンを開始して、世界の人々に対し発言を呼びかけると共に、この広がり行く運動に署名するよう呼びかけたのです。 

それから1年近く経ち、このキャンペーンに応え世界各地から数10万の投書、署名が集まりました。200を超える組織が参加しました。50以上の国々の首脳、大臣が立ち上がり、同キャンペーンを通じて(問題解決への)コミットメントを公表しました。 

最近のニューヨーク訪問に際し、私は声高らかにノーと言い、性差に基づく暴力に勝利した2人のヒロインに会いました。強制結婚を逃れイエメンからきた10歳の少女ヌジョード・アリと少女の自由を守るため尽力した弁護士のシャダ・ナッセールです。9歳で結婚したヌジュードは度重なる殴打、暴行を受け、助けを求めて裁判所に駆け込みました。若年結婚の被害に耐えている数万の少女と異なるヌジョードの勇気は、人権弁護士のシャダの中にも見てとれます。シャダの尽力により、ナジュードは4月に離婚だけでなく勇気の勝利そして少女や女性の人権に勝利を勝ち取ったのです。ナジュードは現在復学し、将来は弁護士になりたいと語っています。 

またコソボでは、紛争に巻き込まれ、兵士による酷い性的暴力を経験した多くの女性たちの声を聞きました。彼女たちの話は、まさに新聞の大見出しから抜き出したようでした。性的暴力は戦争の武器であり、人々の生活を震撼させ、コミュニティーを崩壊させ、女性を家庭から逃げ出させる恐怖の道具です。それにも拘わらず、戦時下の性的暴力は長い間歴史の沈黙に覆い隠されて来たのです。 

2008年6月20日、国連安全保障理事会は満場一致で決議1820号を採択することでこれまでの沈黙を破り、コミュニティーが性的恐怖の陰で暮らす限り平和も安全保障もあり得ないことを明確にしたのです。決議は、紛争関係者全員が女性や少女を攻撃から守る努力を強化するよう求めています。今や、女性に対する暴力の撤廃が、各国政府および国連を始めとする重要機関にとっての優先課題となっています。 

UNIFEMは、国連安全保障理事会と協力し、女性に対する暴力の撤廃を目的に国連基金への支援大幅拡大を呼びかけています。問題の実質的、直接的解決を行うため、基金を通じて途上国の現場組織に資源の提供を行います。国連資金受給者は、ウクライナの人身売買防止、ハイチの家庭内暴力犠牲者への支援、戦争に引き裂かれたリベリアにおける暴行防止法の施行支援を行って来ました。 

これらのプロジェクトそして世界中の多くの努力により、対女性暴力という大問題も解決可能であることが証明されています。コミットメントそして資源があれば、効果をもたらす変革の可能性が広がります。政策の修正、サービスの確立、裁判官や警察官の訓練も可能となるのです。 

ですから、我々は、各国政府にはコミットメントの実行を、市民の方々には女性に対する暴力の撤廃を目指すコミュニティー活動に参加し、政府担当官に暴力撤廃政策の実施がいかに重要であるかを訴えて頂きたいのです。なぜなら、暴力からの解放はあらゆる女性の権利だからです。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan 

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|中東|「米国はガザにおける戦争犯罪究明を求めるゴールドストン報告書を支持しなければならない」とUAE紙

【アブダビWAM】

「米国では様々な変革が試みられても常に変わらないものがあるようだ。バラク・オバマ大統領は、イスラエルとの関係に配慮しつつ、ブッシュ前政権の下で悪化したアラブ諸国及びイスラム世界との関係修復に全力を尽くしているようだが、米国の既成組織は総体として圧倒的にイスラエル支持に偏っているのが現実だ。」とアラブ首長国連邦(UAE)の日刊紙が報じた。 

ドバイに本部を置く英字日刊紙『カリージ・タイムス(Khaleej Times)』紙は、「米国よ、正義のために立ち上がれ」と題した11月5日付の論説の中で、「米国の議員、メディア、政府高官は、イスラエルに対して盲目的かつ絶対的な支持の立場をとるあまり、国際的に認められている国家間交渉の条件や常識に照らして自らが正しい側にいるかどうか顧みようともしない。」

 カリージ・タイムス紙は、米国下院議会におけるゴールドストン報告についての採決について言及し、「下院議会は、国連人権理事会の委任に基づくガザとイスラエル南部での紛争で起きた国際法違反についての事実調査団の報告書(団長:リチャード・ゴールドストン判事)を『救いがたいほどイスラエルに対して不利な一方的かつ偏った内容』と断じ、344票対36票の圧倒的多数で否決した。下院議会はまた、オバマ大統領に対して同報告書を却下し、国連における議論となった際には反対票に回るよう求めた。しかし総体的に考えれば、リチャード・ゴールドストン氏は生まれはユダヤ系で、南アフリカの元判事である。そして自らをジオニストと呼んでいた記録もある。また、同判事は、反アパルトヘイト活動及び国連の旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷における活躍が広く知られている。従って、イスラエル政府がどのように解釈しようと、ゴールドストン判事は特定のイデオロギーを持って調査団に参加した人物でないことは明らかだ。しかも同氏には4名の独立オブザーバーが調査に同行している。」 

「従って、この調査報告書を作成したのはパレスチナ人やアラブ人が団長を務めた一方的な調査団という訳ではなかった。ゴールドストン判事は報告書の中で、イスラエル、ハマス両者を批判することで、あえてバランスを確保しようとした。しかしこれは明らかに一方的な戦争であり、この点は、双方の犠牲者数を見れば明らかだ。」と同紙は報じた。 

「イスラエル軍のガザ侵攻で1400名を超えるパレスチナ人婦女子が殺害された。一方、パレスチナ側による手製ロケット弾で4名のイスラエル人民間人が殺害されている。もしこれを一方的な争いと呼べないならば、どのような紛争がそれに相当するのだろうか?従って、本紛争の事実調査報告を却下した米国下院議会の決定は不当かつ不幸な出来事と言わざるを得ない。『自由の国』として長年に亘って人権、正義、自由を擁護してきたはずの米国が、いかにして全く無防備なガザ市民に対してイスラエル軍が行った軍事行動を支持できるのだろうか?しかもこの決定は、国際社会の圧倒的世論の批判がイスラエルの戦争犯罪に向けられ、国連の委員会がイスラエルの行動を『人道に対する罪』と呼んだ中での出来事だった。国際社会は、パレスチナ人に対して行われた戦争犯罪の責任者に対する行動を求めている。」と同紙は報じた。 

「もし米国が自ら主張してきた大義を信じるならば、ゴールドストン判事の調査報告書を支持するのみならず、(同報告書が勧告している)22日間に亘ってガザ市民に対して行われた恐怖の軍事作戦の責任者達の責任追及に行動をおこすよう働きかけるべきだ。これは米国が、イスラエルかパレスチナ支持かではなく、自らが正しい側に立っていることを国際社会に示すためにも、最低限行動に移すことができることである。」と同紙は締めくくった。 

翻訳=IPS Japan戸田千鶴 

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明らかになるガザでの真実 

日本は被爆国として建設的な役割を果たす権利、責務がある(山口那津男公明党代表インタビュー)

【東京IDN=浅霧勝浩】

Natsuo Yamaguchi/ New Komei Party
Natsuo Yamaguchi, Komeito

「日本は米国との緊密で信頼の置ける同盟関係を損なうことなく、『核なき世界』の実現を積極的に後押ししていく役割を果たすべきだ」と、公明党の山口那津男代表は語る。公明党は日本の第三党。1964年の結党以来、平和をより強固なものにしていくため、また社会的弱者を守るための取り組みを率先して進めてきた。 

また、山口代表は「日本には30年以上前から、米国との緊密で“不可欠な”同盟関係を維持しながら、中国への理解も深めてきたという背景がある。日本は、米中間の信頼を醸成するための橋渡し役となれる可能性を秘めている」と主張する。要旨は次の通り。

 
IDN:「核なき世界」の展望について、どのように考えているか。 

山口那津男代表: 
米国の呼び掛けにより、核兵器保有国の間で、核兵器廃絶に向けた機運が高まっているのを目の当たりにでき嬉しく思う。公明党は一貫して核兵器の廃絶を訴えてきた。しかし、冷戦のさなか、もしくは冷戦終結直後に、特に核兵器保有国の間で合意が形成されることはなかった。 

核兵器廃絶に向けた機運が高まっている今こそ、日本は唯一の被爆国としてこの機会をとらえ、(1)核兵器保有国の核兵器の数をゼロにしていく核軍縮の推進(2)核拡散の防止(3)日本の技術提供による核エネルギーの平和利用の促進――に向けた具体的な取り組みに着手し、積極的な役割を果たしていかなければならない。日本には建設的な役割を果たす権利があり責務もある。こうした取り組みを進めることこそ日本にとって最もふさわしい行為だと信じている。公明党は、こうした取り組みの先頭に立っていきたい。 

IDN:核廃絶について日本は、国家の安全保障上の懸念と「核なき世界」を求める願望との間で板挟みになっているように見える。 

山口代表: 
日本はこれまで、国家の安全保障の考え方の基礎を、核抑止力も視野に入れている日米安全保障条約に置いてきた。従来の考え方を見直すには、慎重な配慮が求められるだろう。(見直しが)他国との関係にどういう影響を与えるのか考慮する必要もある。同時に、核抑止論が今後も有力な考え方であり続けるのかどうか、しっかりと見極めていくことが重要だと思う。 

 個人の意見としては、核抑止力や、国家間関係に悪影響を及ぼすような安全保障政策に頼るのではなく、文化的・経済的側面も含む幅広い協力関係に基づいた2国間関係を積み上げていけば、やがては大多数の国が集まる多国間関係を築くことができると考えている。そうした信頼の置ける、かつ、確かな基礎を持つ多国間関係があってはじめて、これまでの国家の安全保障の考え方を見直すことができるし、安全保障上の懸念に配慮した既存の凝り固まった考え方の転換さえも促していくことができるのではないだろうか。 
  
『憲法、国連決議、日米安保を基礎にアジアの安定に貢献』 

IDN:日本と北東アジア諸国との関係、また米国との関係を考えたとき、日本に期待されている役割は何か。 

山口代表: 
まず、日米関係は日本にとって最も基本的で、かつ最も重要な外交関係であり、今後もそれは変わらないだろう。 

 この日米の信頼の置ける関係に疑問を投げ掛けるようなことがあれば、日米関係だけでなく、アジアも含む国際関係全体に不安定な要素をもたらしかねない。だからこそ、日米関係を維持し、日米相互の信頼をさらに深めていくことが重要だと思う。 

日本が、将来進むべき道について考えるとき、日本は憲法と国連決議、日米安全保障条約の三つをよりどころとすべきだろう。これら三つの規範を基礎に、中国や韓国のようなアジアで台頭している近隣諸国と協力しながら、アジアの安定と繁栄のために貢献していくべきだ。 

『日中の良好な関係は国際社会に良い影響を与える』 

IDN:中国については。 

山口代表: 
1972年に日中国交正常化が実現する前から、公明党は日中の関係改善に大きな役割を果たしてきた。公明党は今も、日中の信頼関係をさらに深めていこうと努めているし、党と中国との関係も非常に大切にしている。今後も、日中関係がより緊密で、安定したものになるように努力していくべきだと考えている。日中の良好な関係は、アジアと国際社会によい影響を与えていくことになるはずだ。 

また、周知のように、米中関係がかなり重要になってきている。米中関係は今後、経済的な理由ばかりでなく、政治的にも、また安全保障上も、さらに重要になっていくと思う。ここで日本は、米国と中国との関係を橋渡しするという重要な役割を果たすことができるのではないか。政治や経済、文化、そして安全保障など、あらゆる側面から信頼を基礎とした緊密な関係を育てていくことは、重大な政治課題であり、公明党はこうした観点から、主導的な役割を果たしていきたい。 

『公明党は地雷除去に日本の技術を活用する道を開いた』 

IDN:アフガニスタンについて、日本の役割をどう考えるか。 

山口代表: 
私は先ほど、日本は三つの規範を基礎に行動すべきだと述べた。日本は今のところ、三つの規範のすべてに慎重に配慮した上で、インド洋で給油活動を行うという形で国際社会に協力している。 

日本が武力行使に参加することは憲法で禁じられているが、給油活動を行うことで、インド洋でテロリストの移動や武器の移転、麻薬の密輸などを阻止するために必要な役割を担うことができた。インド洋での給油活動は、今後も継続すべきだと思う。 

私は2004年にアフガニスタンの視察に行った。地雷除去機の運用試験に立ち会うためだった。地雷除去機は日本企業が開発したものだ。公明党は、紛争が終結した地域での地雷除去活動を支援するため、地雷除去機の開発の必要性を強く訴えてきた。 

公明党は、紛争後の支援として最初に行われる地雷除去活動に、日本の技術を活用できるようにするための道を切り開いた党だ。日本は、カンボジアのように木が多く、湿った地域でも使える地雷除去機も開発している。 

私はカンボジアにも視察に行き、この地雷除去機の運用試験に立ち会っている。今ではこの地雷除去機の運用可能性も証明され、アフリカやラテンアメリカなどの地域でも使われるようになっている。 

カンボジアでは地雷除去がかなり進み、住宅地や農地が復興されていった。ニカラグアにも日本の地雷除去機を3台提供し、対人地雷が敷設されていた地帯から地雷を取り除いた後、そこにバナナやオレンジの木を植えた。その結果、農家がそこで育てた作物を輸出し、お金が稼げるようになった。 

地雷除去支援における日本の貢献は高く評価されている。日本政府は現在、内戦が終わり、地雷除去と難民の再定住支援が求められているスリランカで行う支援の計画を立てているところだ。 

日本は、紛争終結後の地域で平和を創出し、人間の安全保障を確保するため、援助が必要な初期の段階から復興の最終段階に至るまで、さまざまな支援を行えるはずだ。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩 

This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service(IPS) and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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│アフガニスタン│「Af-Pak」と言った者は罰金―アフガニスタン政策の新展開

【ワシントンDC・IDN-InDepth News=アーネスト・コリア】

「Af-Pak」という言葉を使った者には罰金を科すべきだ――こう主張するのは、米下院軍事委員会テロ・非通常脅威・能力小委員会のアダム・スミス委員長だ[IPSJ注:「Af-Pak」とは、ひとつの脅威として、アフガニスタンとパキスタンをまとめてさす用語]。 

スミス委員長の警告は、米軍とNATO軍がアフガニスタンにおいて行っている作戦において、文化・政治・社会などの非軍事面を見ることの重要性を示唆している。

 米国の対アフガニスタン戦略の今後について、いくつかの異なるアプローチが出されている。 

第一は、「カオシスタン」(Chaosistan)アプローチ[IPSJ注:カオス/混乱状態(chaos)とアフガニスタンを合わせた言葉]。どのような混乱が生じることになろうとも米軍をアフガンから引き、アルカイダの拠点だけを空軍で叩く戦略だ。 

第二は、「現状プラスアルファ」アプローチ。戦力を現在のレベルに保ちつつ、アルカイダの拠点だけを無人機で攻撃するというものだ。 

そして、第三が、米軍のスタンレー・マクリスタル在アフガン司令官によって提唱されている、全面的な見直し路線である。ポイントは、米軍・NATO軍をいかに現地社会に溶け込ませるか、という点にある。 

 マクリスタル司令官はいう。「これまでの国際治安支援部隊(ISAF)は、地元社会の動きについて十分理解してこなかった。反乱勢力や腐敗、無能な公務員、権力ブローカー、犯罪者などがいかに絡み合いつつ、人々の生活に影響を与えているか、ということを」。 

ISAF軍は、アフガン社会を理解することによって、「占領軍ではなく、アフガニスタン社会の客人」と見られるようにしなければならない、とマクリスタル司令官は考える。 

先日スロバキアのブラティスラバで開かれたNATO国防大臣会談では、マクリスタルの提唱する路線に大筋で合意があった。しかし、そのために必要な追加の兵力や資金については、なんら合意がなされなかった。 

マクリスタル将軍は、今後1年で最低でも4万人、最高で8.5万人の増派が必要とみている。 

他方、米国内ではアフガニスタン戦争への疑念が広がり始めている。先日「ワシントン・ポスト」紙が行った世論調査では、アフガニスタンでの戦争拡大に反対が49%、賛成が47%と真っ二つに分かれた。9・11テロ直後のブッシュ政権によるアフガニスタン攻撃に熱狂的な支持があったことを思えば、隔世の感がある。 

アフガニスタンはこれまで、招かれざる客に対してけっして優しくはなかった。その歴史的真実が、オバマ政権に対してのしかかっている。 

米国の今後の対アフガニスタン戦略を巡る諸議論について報告する。 

翻訳/サマリー=山口響/IPS Japan浅霧勝浩 

核軍縮に関しては、依然として他国に率先措置を求める

【国連IPS=ハイダー・リズヴィ】

イランの核開発計画を巡る現在進行中の論争は、国連における核軍縮議論の進展に資するだろうか?核拡散について協議する過去の国連会議に出席してきた多くの外交官や専門家にとってその答えは「イエス」である―ただし、その理由は必ずしも想定内におさまるものばかりではないだろう。 

「イランは二重基準に挑戦しているのです。」「国際社会はイランのウラン濃縮の動きに対して異議を唱える一方で、イスラエルの核兵器保有疑惑に関しては完全に沈黙を守るという全く異なる基準を適用しているのです。」と、米国に本拠地のある核時代平和財団のデイビッド・クリーガー所長は語った。

 イスラエルの核兵器は依然として秘密のベールに覆われているが、同国は300発以上の核弾頭を保有していると考えられている。 

「米国のバラク・オバマ政権は現在、イランによるウラン濃縮問題に対しては多国間で連携しながら取り組んでいますが、中東非核地帯設立の呼びかけに関しては沈黙を守り続けています。」とクリーガー氏は指摘した。 

クリーガー氏は、この問題は、核保有国、とりわけ西半球の保有国が核軍縮について曖昧な態度を続ける限り解決しないと確信している。 

イラン政府は、核兵器開発を進めているとする嫌疑を繰り返し否定するとともに、同国は当然の権利としてエネルギー生成を目的とした平和的な核開発事業を推進しているのであり、そのことが核不拡散条約(NPT)違反には当たらないと主張している。 

NPTには、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮を除く全ての国連加盟国が締結している。1968年に調印されたNPTは、加盟国が平和目的に核エネルギーを生成、使用する権利を認める一方、核保有国に対して自国の核兵器の解体・削減に向けた措置をとるよう義務付けている。 

イラン政府は、同国が核開発計画を軍事目的に利用しているとする西側諸国の告発に対して精力的に反駁するとともに、米国とその他の核保有国がNPTの規定に従って自国の核兵器を解体する措置をとるよう要求している。 

国際安全保障・軍縮問題を協議する国連総会第一委員会では、主な核保有大国には核廃絶に向けた計画に沿って行動する意思が欠如しているのではないかと疑問を呈する意見が大多数の国からあがっている。 

「我々は新たな核兵器保有を正当化する(非核保有国の)いかなる試みも、(核保有国の)無期限保有も認めません。」と今月上旬に開催された国連総会においてブラジルから参加した新アジェンダ連合(NAC)のルイス・フィリペ・デ・マセド・ソアレス会長は語った。 

1998年に設立されたNACは、NPTの規定を順守するために自らの核開発計画を放棄したスウェーデン、アイルランド、ブラジル、メキシコ、ニュージーランド、エジプト、南アフリカの7カ国で構成している。 

「核軍縮と核不拡散は本質的に相互に関連し合いながら強化していくプロセスなのです。」とソアレス会長は語った。「従って、双方のプロセスには継続的かつ不可逆な前進が求められるのです。」 

NACにとって、核兵器の使用と拡散防止を保障する唯一の方法は、完全かつ検証可能な方法で核廃絶を達成することである。 

「多くの国々が核兵器を保有することが安全保障上必要と考えている限り、新たに核兵器の獲得を目指す国が出現してもおかしくありません。そして、核兵器が非国家主体(国際テロリストグループ等)の手にわたるリスクは存在し続けるのです。)とソアレス氏は語った。 

NACは、「如何なる国も新たに核兵器を入手したり無期限に保有し続けたりすることを認めません。」と、ソアレス氏は語った。同氏は、核兵器の保有が「国際平和と安全保障に決して寄与しない」と強く確信している。 

国連では5月にNPT運用検討会議を開催することになっている。潘基文国連事務総長は最近の声明の中で、核保有国が核軍縮に向けた具体的な措置をとることを望むと発言している。 

潘事務総長は、15カ国で構成される国連安全保障理事会に対して、核軍縮首脳会議の開催を要請するとともに、全てのNPT非加盟国に対して核兵器能力を現状で凍結するよう呼びかけた。「核軍縮は安全保障を強化するものでなければなりません。」と潘事務総長は最近の声明の中で語った。 

この潘事務総長の呼び掛けは、核軍縮支持の姿勢等が評価されて最近ノーベル平和賞を受賞したオバマ大統領が、包括的核実験禁止条約(CTBT)への批准及び兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約)への支持を通じて、米国の核兵器削減に向けた具体的な措置をとる意向を示したのを受けてなされたものである。 

しかし米国では野党共和党が、この問題について妥協しない姿勢を強めている。また10月29日には、タカ派でジョージ・W・ブッシュ前大統領の腹心であるジョン・ボルトン前国連大使が、「ConUNdrum(謎の意味:国連をかけたもの)」と題した著書を発表し、その中で、「国連は軍縮会議を廃止すべきだ。」と提言している。 

にもかかわらず、米国の独立系政策アナリストの一部は、楽観論を表明することに慎重なものの、核不拡散及び核軍縮の目標を達成する見通しについて、徐々に明るくなってきているとみている。 

「オバマ政権は具体的な措置をとると確信しています。」「そのような措置は、米国が核兵器の先制使用を明確に拒否するという行動となって表れると思います。」とNAPFのクリーガー会長はIPSの取材に応じて語った。 

「そうすることでオバマ大統領は、米国の安全保障戦略における核兵器の役割を打ち消すという姿勢を国際社会に対して示すことができるのです。」とクリーガー氏は語った。 

今月の「アトランティック誌」に報じられた通り、オバマ氏は従来から国防総省が新たな新型核弾頭の設計を求めている来年発表予定の核政策基本文書「核態勢見直し(NPR)」の作成に関して直接関与する意向を表明している。 

オバマ氏は核兵器のない世界を支持しているが、一方で、「米国は他国が核武装している限り、抑止目的のために自国の核兵器を保持しなければならない。」とも述べている。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩 


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|Q&A|「これ以上、地球温暖化を進行させる訳にはいかない」(レスター・ブラウン、アースポリシー研究所創立者インタビュー)

【アクスブリッジ(カナダ)IPS】

レスター・ブラウン氏は、「自分の見解は時々極端に聞こえるかもしれない。それは主流メディアが、破滅的な気候変動を避ける緊急性やそのための様々な難題について、ほとんど理解していないからです。」と言う。 

ワシントンDCに本拠を置くアースポリシー研究所の設立者であり所長も務めるブラウン氏は、世界で最も影響力のある思想家の一人と考えられている。 

「私が極端論者のように見えるのは、主流メディアが今日の世界の状況を正確に報じていないからです。」とブラウン氏は言う。 

ブラウン氏はニュージャージー州の農家出身で、ラトガーズ大学、ハーバード大学で農学・行政学を修めた後、1960年代に農務省に入省、国際農業開発局長を務めた。1974年にワールドウォッチ研究所を設立した。

ブラウン氏は、その後多くの賞、名誉学位を獲得して、著作は50冊に及ぶ。2001年、環境的に持続可能な経済を達成するためのロードマップを提供する目的でアースポリシー研究所を設立した。 

ブラウン氏の最新刊『プランB4.0:人類文明を救うために』(プランBシリーズの第4版でおそらく最も緊急の対応を訴えている版)はアースポリシー研究所のウェブサイトからダウンロードできる。ブラウン氏はこのプランB4.0の中で、2020年までに炭素排出量を80パーセント削減するよう呼びかけている。 

ブラウン氏はその理由を、「これ以上、地球温暖化を進行させるわけにはいきません。」と端的に語った。 

IPS環境問題特派員スティーブン・リーヒが、最新刊の出版に際してブラウン氏に取材を行った。 

IPS:あなたは2020年までに炭素排出量を80パーセント削減するよう訴えていますが、この数値はどこの政府による削減目標よりも遥かに高いものですが。 

レスター・ブラウン:各国の政治家は、どの程度の排出量削減が政治的に実行可能性があるかを見ています。一方、アースポリシー研究所では、気候変動がもたらす最も危険な影響を回避するためにどの程度の排出量削減が必要かを見ているのです。 

既に巨大なグリーンランドや南極西部の氷の海が急激な勢いで溶け出しています。もしこれらの氷塊が完全に溶けると地球上の海面は12メートル上昇するでしょう。また、世界の山々を覆っている氷河は縮小を続け、消滅の危機に瀕しています。その中には、山頂から溶け出した水が乾期に下流の広大な地域を潤してきたアジアの多くの大河が含まれています。 

気候を安定させ将来における地球温暖化を最小限に抑えるには、私たちは空気中の二酸化炭素ガスを400ppmレベルに保たなければなりません。 

IPS:そのような地球規模の排出量削減は可能でしょうか? 

レスター・ブラウン:そのためには、世界規模の動員が戦時体制のようなスピードでなされなければなりません。まず最初に、エネルギー効率を高めることに投資することで、世界的なエネルギー需要を抑えることが可能となります。照明装置をLEDに変換し、人感センサー(人などの動きを感知するセンサー)などを使用することで、照明に要する電気消費量を90パーセント削減することができます。 

そして、発電及び熱生産に要する石化燃料を再生可能なエネルギー資源に変換することによって、私たちは炭素排出量を3分の1削減することができます。米国のテキサス州では、数年後には、風力発電による発電量が現在の4倍にあたる8000メガワットになる予定です。またテキサス州は同地の風力発電量を40000メガワットに拡大する予定であり、これは石炭を燃料とする火力発電所50基分の発電能力に相当します。このように代替エネルギー活用に向けた変化の流れには息をのむものがあります。 

さらに14パーセントの排出量削減は、運輸システムの見直しと、産業界における石炭と石油使用を削減することで実現が可能です。また世界的な森林伐採を停止することで、さらに16パーセントの二酸化炭素排出の削減ができます。そして最後に、植林と炭素を封じ込める土壌改良によって現在の排出量の17パーセントを吸収することが可能です。 

これらのイニシャチブはいずれも新たな技術を必要とするものではありません。私たちは2020年までに二酸化炭素排出量の80パーセントを削減するために何がなされなければならないのか分かっているのです。今日、あと必要なのは、これを実行に移すリーダーシップなのです。 

IPS:世界の指導者を含めてほとんどの人々は、気候変動がもたらす危険や緊急性について、全く危機意識を持っていないように思えます。どのようにすれば、こうした戦時体制のような動員に人々の関心を向けることができるでしょうか? 

 レスター・ブラウン:変化は既に起こっていますし、しかも加速度的に広がりをみせています。今年に入って、米国の二酸化炭素排出量は9パーセント下がりましたが、これは経済不況による影響だけではありません。今年だけでも22基にのぼる石炭火力発電所が閉鎖或いは他の施設への転換がなされており、米国において将来新たな石炭火力発電所が建設されることはおそらくないでしょう。世界の海面上昇がより顕著になれば、人々は行動に移ると思います。 

地球温暖化の問題は、1989年のベルリンの壁崩壊に少し似ているかもしれません。当時は壁崩壊に先立つ何年も前から現地の人々の間で根深い不満が幅広く蔓延していました。そしてあたかも一夜のうちに政治的な革命が勃発し全てが変わりました。私たちは現在、このような転換点に向かっているのだと思います。 

IPS:私達がそのような転換点に向かっていることを示すその他の兆候はあるでしょうか? 

レスター・ブラウン:私達の社会生活における行動様式に変化が表れています。かつて運転免許証を取得することや車を所有することが若い世代に人々にとって社会と関わっていく上で重要な要素と考えられたものです。しかし今やこの考え方は変わってきています。例えば日本では、社会との関与はインターネットを通じても可能となり、新車の売り上げは下落傾向にあります。米国でさえも、所有自動車総数が下落し、代わって自転車の利用が増えています。 

また、新たな価値観を模索する動きが活発になっています。例えば車や通勤ライフスタイルが健康に及ぼす影響とは何か?車道に加えて歩道と自転車道を備え、かつ全てに人々にとって安全な通りはどのようにしたら作れるか?といった議論です。また、経済不況が人々のものの考え方を転換させてきた側面があります。私は、これからの人類はより物質に依存しない社会を再生させるのではないかと考えています。 

IPS:世界経済を再構築するにはそうした価値観の転換で十分でしょうか? 

それは分かりません。つまり、文明を救うことができるかどうかは、こうした政治・社会の転換が、自然の包容力が限界点に達するまでに成し遂げられるか否かにかかっているのです。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan戸田千鶴