【東京IDN=池田大作】
国連総会での決議を基盤に 停戦合意を導く努力が急務
米ソ両国の医師が共有していた信念
世界中に深刻な打撃を広げ、核兵器の使用の恐れまでもが懸念されるウクライナ危機が、1年以上にわたって続いています。
その解決が強く求められる中、広島市でG7サミット(主要7カ国首脳会議)が5月19日から21日まで開催されます。
広島での開催に際して思い起こされるのは、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の共同創設者であるバーナード・ラウン博士が述べていた信念です。
冷戦終結に向けて世界が急速に動いていた1989年3月、広島訪問のために来日した博士とお会いした時、アメリカで心臓専門医の仕事を続ける一方で平和運動に尽力する思いについて、こう語っていました。
「何とか人々を『不幸な死』から救い出したい。その思いが、やがて、人類全体の『死』をもたらす核兵器廃絶の信念へと昇華されていったのです」と。
その信念こそ、心臓病研究の盟友だったソ連のエフゲニー・チャゾフ博士と冷戦の壁を超えて共有され、IPPNW創設の原動力となったものだったのです。
運動の起点となる対話を二人が交わしたのは、1980年12月――。レーガン米大統領とソ連のゴルバチョフ書記長がジュネーブで合意した「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との共同声明に、5年も先立つものでした。
米ソの共同声明が世界の耳目を集めた翌年(1986年6月)、ラウン博士とチャゾフ博士は広島を訪れ、病院で被爆者を見舞った次の日に、「『共に生きよう 共に死ぬまい』―いま核戦争防止に何をなすべきか―」と題するシンポジウムで講演を行いました。
この「共に生きよう 共に死ぬまい」との言葉には、人々の生命を守ることに献身してきた医師としての実感が、凝縮していたように思えてなりません。そしてそれは、“地球上の誰の身にも、核兵器による悲劇を起こさせてはならない”との広島と長崎の被爆者の思いと、響き合うものに他なりませんでした。
翻って近年、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)が長引く中、ともすれば各国の対応が“内向き”になりそうな時に、保健衛生に関する国際協力の紐帯となってきたのが、「共に生きよう 共に死ぬまい」との言葉にも通じる連帯の精神ではなかったでしょうか。
その精神を足場にしながら、今回の広島サミットを通して、多くの市民に甚大な被害が及んできたウクライナ危機を早急に打開する道を開くとともに、「核兵器の威嚇と使用の防止」に向けた明確な合意を打ち出すことを、強く訴えたい。
民間施設に対する攻撃の即時停止を
世界を震撼させながらも13日間で終結をみた1962年のキューバ危機とは異なり、現在のウクライナ危機はエスカレートの一途をたどっており、ロシアによるベラルーシへの核配備計画をはじめ、原発施設周辺への攻撃や電力切断という事態まで起きています。
国際原子力機関のグロッシ事務局長が「(電源喪失のたびに)サイコロを振るようなもので、この状況が何度も続くことを許せば、いつか私たちの命運は尽きかねない」と警鐘を鳴らしたように、このままでは取り返しのつかない事態が引き起こされかねません。
危機発生から1年を迎えた2月、国連総会で緊急特別会合が開かれ、ウクライナの平和の早期実現を求めるとともに、戦争の悪影響が食料やエネルギーなどの地球的な課題に及んでいることに深い懸念を示した決議が採択されました。
具体的な項目の一つとして、「重要インフラに対する攻撃や、住宅、学校、病院を含む民間施設への意図的な攻撃の即時停止」が盛り込まれましたが、何よりもまず、この項目を実現させることが、市民への被害拡大を防ぐために不可欠です。その上で、「戦闘の全面停止」に向けた協議の場を設けるべきであり、関係国の協力を得ながら一連の交渉を進める際には、人々の生命と未来を守り育む病院や学校で働く医師や教育者などの市民社会の代表を、オブザーバーとして加えることを提唱したい。
かつてラウン博士はIPPNWの活動に寄せる形で医師の特性に触れ、「同じ人間を一つの型にはめ込んでしまう危険な傾向に抵抗するだけの訓練とバックグラウンド」を備えており、「一見、解決できそうにない問題に対して、現実的な解決法を考案するよう訓練されている」と述べていました。また、医師ならではの表現として〝希望への処方箋〟との言葉を通し、国の違いを超えて平和の道を開く重要性を訴えていたことが忘れられません。
現在の危機を打開するには、冷戦終結への流れを後押しする一翼を担った医師たちが備えていたような特性の発揮が、求められると思えてならないのです。
3月に行われたロシアと中国の首脳会談の共同声明でも、「緊張や戦闘の長期化につながる一切の行動をやめ、危機が悪化し、さらには制御不能になることを回避する」との呼びかけがなされていました。
この認識は国連の決議とも重なる面があり、広島サミットでは、民間施設への攻撃の即時停止とともに、〝希望への処方箋〟として、停戦に向けた交渉の具体的な設置案を提示することを求めたいのです。
被爆の実相と核時代の教訓を見つめ直し G7の主導で「核の先制不使用」の確立を
核関連の枠組みが失われる危険
ウクライナ危機の早期終結と並んで、広島サミットでの合意を強く望むのが、「核兵器の先制不使用」の誓約に関する協議をG7が主導して進めることです。
核兵器の威嚇と核使用の恐れが一向に消えることのない危機が、これほどまでに長期化したことがあったでしょうか。
ここ数年、中距離核戦力全廃条約の失効や、各国間の信頼醸成を目的とした領空開放(オープンスカイズ)条約からのアメリカとロシアの脱退が続き、ウクライナ危機による緊張も高まる中、新戦略兵器削減条約(新START)についても2月にロシアが履行を一時停止し、アメリカも戦略核兵器に関する情報提供を停止しました。
新STARTまで破棄されることになれば、弾道弾迎撃ミサイル制限条約と戦略攻撃兵器制限暫定協定を締結した1972年以来、紆余曲折を経ながらも、核兵器に関する透明性と予測可能性の確保を目指して両国の間で築かれてきた枠組みが、すべて失われることになりかねません。
広島と長崎の被爆者をはじめ、市民社会が核兵器の非人道性を訴え続け、非保有国の外交努力や核保有国の自制が重ねられる中、「核兵器の不使用」の歴史は77年以上にわたってかろうじて守られてきました。
“他国の核兵器は危険だが、自国の核兵器は安全の礎である”との思考に基づく核抑止政策は、実のところ、国際世論や核使用へのタブー意識による歯止めが働かなければ、いつ崩落するかわからない断崖に立ち続けるような本質的な危うさが伴うものなのです。
私はこの問題意識に基づき、ウクライナ危機が起こる前月(2022年1月)に発表した提言で、G7が日本で開催される際に「核兵器の役割低減に関する首脳級会合」を広島で行い、「全面的な不使用」の確立を促す環境整備を進めることを提唱したのでした。
核兵器不拡散条約(NPT)の義務を踏まえた米ロ間の核軍縮条約として、唯一残っている新STARTをも失い、際限のない核軍拡競争や核兵器の威嚇を常態化させてしまうのか。
それとも、77年以上に及ぶ「核兵器の不使用」の歴史の重みを結晶化させる形で、核保有国の間で「核兵器の先制不使用」の誓約を確立し、NPT体制を立て直すための支柱にしていくのか――。
私はウクライナ危機を巡る提案や提言を2度にわたって行う中で、昨年1月にNPTの核兵器国である5カ国(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国)の首脳が、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との原則を確認した共同声明を、核使用のリスクを低減させるための足場にすべきであると訴えてきました。
これに加えて、その後に合意された共通認識として何よりも注目するのは、昨年11月のインドネシアでのG20サミット(主要20カ国・地域首脳会議)で、首脳宣言に記された「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」との一節です。
G20には、核兵器国の5カ国や、核兵器を保有するインドのほか、核兵器に安全保障を依存する国々(ドイツ、イタリア、カナダ、日本、オーストラリア、韓国)が含まれています。こうした国々が、2021年に発効した核兵器禁止条約の根幹に脈打つ、「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」との認識を明記するまでに至ったのです。
G20の首脳宣言では、この認識と併せて、「今日の時代は戦争の時代であってはならない」と強調していましたが、G7サミットでもこの二つのメッセージを広島から力強く発信すべきではないでしょうか。その上で、G7の首脳が被爆の実相と核時代の教訓を見つめ直す機会を通じて、「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」との認識を政策転換につなげるために、「核兵器の先制不使用」の誓約について真摯に討議するよう呼びかけたい。
SGI結成の年に広島で行った講演
思い返せば、G7の淵源となった、6カ国での第1回先進国首脳会議が行われたのは、冷戦の真っただ中の1975年でした。
その年は、私どもがSGIを結成した年でもあり、創価学会の戸田城聖第2代会長が遺訓として訴えた「原水爆禁止宣言」を胸に、私が核兵器国である5カ国をすべて訪れて、各国の要人や識者との間で世界平和を巡る対話を重ねた年でもありました。
そして5カ国の訪問を終えた後、私が同年の11月9日に講演を行い、核兵器の全廃を実現させるための優先課題として、非保有国に対して核兵器を使用しないという消極的安全保障とともに、先制不使用の宣言の必要性を訴えたのが、広島の地だったのです。
その数日後にフランスでの開催を控えていた先進国首脳会議を念頭に置きながら、私は講演において、核廃絶に向けた第一段階となる国際平和会議を広島で行うことを呼びかける中で、次のように訴えました。
「私が、このように提案するのは、各国の利害、自国の安全のみが優先した首脳会議から、全人類の運命を担う核絶滅への首脳会議にしなければ、無意味に等しいと信ずるからであります」と。
その信念は現在も変わるものではなく、今回の広島サミットに託す思いもそこに尽きます。
キューバ危機をはじめ、核戦争を招きかねない事態に何度も直面する中、核兵器国の間でも認識されてきた〝核使用へのタブー意識〟が弱体化し、核軍縮や核管理の枠組みも次々と失われている今、「核兵器の先制不使用」の確立は、これまでの時代にも増して急務となっていると、改めて強く訴えたいのです。
人類を覆う脅威と不安の解消へ 「共通の安全保障」を築く挑戦
国連の報告書が示す世界の現状
そもそも今日、多くの人々が切実に求める安全保障とは一体何でしょうか。
ウクライナ危機が発生する半月ほど前に国連開発計画が発表した報告書では、「世界のほとんどの人々が自分が安全ではないと感じている」との深刻な調査結果が示されていました。背景には、〝人々が自由と尊厳の中で貧困や絶望のない生活を送る権利〟を意味する「人間の安全保障」の喪失感があり、パンデミックの数年前から、その割合は〝7人中で6人〟にまで達していたというのです。
この状況は、ウクライナ危機の影響でますます悪化している感は否めません。
報告書に寄せた国連のグテーレス事務総長の言葉には、「人類は自ら、世界をますます不安で不安定な場所にしている」との警鐘がありましたが、その最たるものこそ、核兵器の脅威が世界の構造に抜きがたく組み込まれていることではないでしょうか。
例えば、温暖化防止については〝厳しい現実〟がありながらも、人類全体に関わる重要課題として国連気候変動枠組条約の締約国会議を重ねて、対策を強化するためのグローバルな連帯が形づくられてきました。
一方、核問題に関しては、核軍縮を求める声があがっても、核保有国や核依存国からは、安全保障を巡る“厳しい現実〟があるために機が熟していないと主張されることが、しばしばだったと言えましょう。
しかし、昨年のNPT再検討会議で最終文書案に一時は盛り込まれた「核兵器の先制不使用」について合意できれば、各国が安全保障を巡る〝厳しい現実〟から同時に脱するための土台にすることができるはずです。IPPNWのラウン博士らが重視していた「共に生きよう 共に死ぬまい」との精神にも通じる、気候変動やパンデミックの問題に取り組む各国の連帯を支えてきたような「共通の安全保障」への転換が、まさに求められているのです。
闇が深ければ深いほど暁は近い
その〝希望への処方箋〟となるのが、先制不使用の誓約です。「核兵器のない世界」を実現するための両輪ともいうべきNPTと核兵器禁止条約をつなぎ、力強く回転させる“車軸”となりうるものだからです。
世界のヒバクシャをはじめ、IPPNWを母体にして発足したICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)などと連帯しながら、核兵器禁止条約の締結と普遍化のために行動してきたSGIとしても、喫緊の課題として「核兵器の先制不使用」の確立を後押しし、市民社会の側から時代変革の波を起こしていきたい。
かつてラウン博士が、ベルリンの壁が崩壊し、米ソ首脳が冷戦終結を宣言した年であり、東西の壁を越えて3000人の医師が集い、IPPNWの世界大会が「ノーモア・ヒロシマ この決意永遠に」をテーマに広島で行われた年でもあった1989年を振り返り、こう述べていたことを思い起こします。「一見非力に見える民衆の力が歴史のコースを変えた記念すべき年であった」と。
“闇が深ければ深いほど暁は近い”との言葉がありますが、冷戦の終結は、不屈の精神に立った人間の連帯がどれほどの力を生み出すかを示したものだったと言えましょう。
「新冷戦」という言葉さえ叫ばれる現在、広島でのG7サミットで〝希望への処方箋〟を生み出す建設的な議論が行われることを切に願うとともに、今再び、民衆の力で「歴史のコース」を変え、「核兵器のない世界」、そして「戦争のない世界」への道を切り開くことを、私は強く呼びかけたいのです。(英文へ)
(アラビア語)(ロシア語)(ドイツ語)(スペイン語)
Toward A Nuclear Free World, InterPress Service (IPS), Global Issues, ДЕТАЛИ, Azerbaijan Vision, AlshamalNew, The Nepali Times, The Bhutanese, The Manila Times, Towards a Nuclear Free World,
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