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著名な仏教指導者が「コロナ禍と気候変動の影響を乗り越えることが必須」と訴え

【ベルリン/東京IDN=ラメシュ・ジャウラ】

2022年、国連が持続可能な開発目標(SDGs)と呼ばれる互いに連関したグローバルな17項目の目標を掲げてから7年を迎える。これは、2030年までに「すべての人にとってより良く、より持続可能な未来を実現するための青写真」とすべく策定されたものだ。

仏教哲学者、教育者として世界の平和構築を一貫して訴え続けてきた創価学会インタナショナル(SGI)の池田大作会長は、これまでの達成を詳細に検討しつつ、「SDGsの取り組みはコロナ危機で停滞してきた」と述べている。

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その進歩を「力強く加速させる」ためには、「SDGsを貫く『誰も置き去りにしない』との理念を肉付けする形で、『皆で生きる喜びを分かち合える社会』の建設というビジョンを重ね合わせていくことが、望ましい」と池田会長は考えている。

「グローバル目標」とも呼ばれているSDGsは、40回目となる、「人類史の転換へ 平和と尊厳の大光」(英文関連ページ)と題された池田会長の最新の平和提言(1月26日発表)の重要な部分を構成している。

池田会長は、コロナ危機をはじめ、世界を取り巻く多くの課題を乗り越え、人類の歴史の新章節を切り開くための要諦について、3つの角度から論じている。

第1の柱は、コロナ危機が露わにした課題に正面から向き合い21世紀の基盤とすべき「社会のあり方」を紡ぎ直すことである。いかなる試練も共に乗り越え、「その心の底からの安堵と喜びにも似た、『生きていて本当に良かった』との実感を、皆で分かち合える社会の建設こそ、私たちが目指すべき道であると訴えたいのです。」と池田会長は述べている。

第2の柱は、地球大に開かれた「連帯意識」を確立することである。池田会長は、「パンデミックの対応で焦点とすべきは、国家単位での危機の脱出ではなく、脅威を共に乗り越えることにあるはず」と指摘したうえで、「G7の国々は(昨年6月のG7サミットで採択した)この首脳宣言に基づいて、『パンデミック条約』の制定をリードし、その基盤となる協力体制についても率先して整備を進めるべきではないでしょうか。」と述べている。

第3の柱は経済に関するもので、池田会長は、「若い世代が希望を育み、女性が尊厳を輝かせることのできる経済」を創出することを呼びかけている。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

池田会長はさらに、パンデミックの「打撃の格差」と「回復の格差」を解消する方途を探る必要があると呼びかけ、それに関連して、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が、世界保健機関(WHO)によるパンデミック宣言の4カ月後の2020年7月に行った講演に言及している。

人権と社会正義のために生涯を捧げた、南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ大統領(1918~2013)の生誕日にあたってその功績を偲ぶ記念講演の中で、グテーレス事務総長は、「新型コロナウィルスには、貧困層や高齢者、障害者、持病がある人をはじめ、社会的に最も弱い人々に最も大きなリスクを突き付けている」と指摘し、パンデミックの「脅威」ではなくて、「打撃を受けた人々」に焦点を当てながら警鐘を鳴らした。また、新型コロナの危機は、「私たちが構築した社会の脆い骨格に生じた亀裂を映し出すX線のような存在になった」と指摘し、「新時代のための新しい社会契約」を提唱している。

Nelson Mandela – First President of South Africa and anti-apartheid activist (1918–2013)/ By © copyright John Mathew Smith 2001, CC BY-SA 2.0,
Nelson Mandela – First President of South Africa and anti-apartheid activist (1918–2013)/ By © copyright John Mathew Smith 2001, CC BY-SA 2.0,

さらにグテーレス事務総長は、そのビジョンの手がかりになるものとして、マンデラ大統領がかつて南アフリカの人々に呼びかけた次のような言葉を紹介した。「他者の存在があるゆえに、その他者を通じて、この世界で生かされているのだという、人間としての連帯感を改めて植え付けることが、私たちの時代の課題のひとつだ。」

池田会長は、年々「異常気象の被害が拡大の一途をたどって」いると述べ、気候変動の重要性も強調している。また、COP26でアメリカと中国が気候変動問題での協力を約束したことに言及したうえで、日本と中国に対しても同様の合意を結ぶよう呼びかけている。

さらに、国連と市民社会の連携を強化するための制度づくりを呼びかけ、「グローバル・コモンズ(地球規模で人類が共有するもの)」を総合的に守るための討議の場を国連に設けて、青年たちを中心に市民社会が運営に関わる体制を整えることを提唱している。そしてそうした役割を担う青年主体の組織として改めて「国連ユース理事会」の創設を訴えている。

環境問題に関して池田会長は、国連気候変動枠組み条約、生物多様性条約、砂漠化対処条約の履行における対策の連動をさらに力強く進めるよう呼びかけ、気候変動、生物多様性、砂漠化の問題が「深く結びついているからこそ、解決策も相互に連携させることで、困難の壁を打ち破る新しい力が生まれていく」と述べている。

また、(紛争や災害などの異常事態が)教育に及ぼす影響を懸念している池田会長は、9月に予定されている「国連教育変革サミット」が、「緊急時の教育」や「インクルーシブ教育」、「世界市民教育」に焦点を当てるよう呼びかけている。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

池田会長は、核兵器の廃絶が持続可能な世界の将来の鍵を握ると確信しており、「まずは核依存の安全保障に対する『解毒』を図ることが、何よりも急務となると思えてなりません。」と述べている。

池田会長の核問題に関する2つ目の提案は核兵器禁止条約に関連したもので、日本を含めた核依存国や核保有国に対して、第1回締約国会合にオブザーバー参加することを強く求めている。

日本は2023年にG7サミットを主催する。池田会長は、その時期に合わせる形で広島で「核兵器の役割低減に関する首脳級会合」を行い、G7以外の国々からの参加も求めてはどうかと提唱している。(原文へ

INPS Japan

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太平洋の青い海を放射能汚染から守れ

【シドニーIDN=ニーナ・バンダリ

太平洋地域の主要な地域協力機関である「太平洋諸島フォーラム」(PIF)が、核問題に関する専門家パネルを立ち上げた。福島第一原発からの放射性廃水を太平洋に排出するという計画について日本と協議している太平洋諸国に科学技術面の助言を与えることを目的としている。

太平洋島嶼諸国はかつて、かつて米国・英国・フランスによる核実験の犠牲となった国々である。このため地域でのあらゆる核関連活動には断固として反対している。地域の漁村や沿岸地帯の人々は「汚染されている」と見なされる廃水の排出が、彼らの生活と生計の中心である海洋に与える影響を懸念している。

PIFのヘンリー・ピューナ事務局長は報道発表で、「私たちの究極の目標は、青い太平洋、すなわち、私たちの海、環境、そして民衆をこれ以上の核の汚染から守ることです。これこそが、私たちが子どもたちに残すべき遺産なのです。」と語った。

昨年7月に開催された第9回「太平洋諸島指導者会合」に集ったPIFの首脳らは、「日本の発表に関して、国際協議、国際法、独立かつ検証可能な科学的評価を行うこと」を優先すると強調した。

Workers at TEPCO's Fukushima Daiichi Nuclear Power Station work among underground water storage pools on 17 April 2013. Two types of above-ground storage tanks rise in the background. An IAEA expert team visited the site on 17 April 2013 as part of a mission to review Japan's plans to decommission the facility. Photo Credit: Greg Webb / IAEA
Workers at TEPCO’s Fukushima Daiichi Nuclear Power Station work among underground water storage pools on 17 April 2013. Two types of above-ground storage tanks rise in the background. An IAEA expert team visited the site on 17 April 2013 as part of a mission to review Japan’s plans to decommission the facility. Photo Credit: Greg Webb / IAEA

日本は安全だとして、2023年から50年代半ばまで、いわゆるALPS(多核種除去装置と呼ばれている先進液体処理システムで)処理した汚染水128万トンを太平洋に放出開始する方針を2021年4月に表明していた。

水中の放射性元素を処理し、安全なレベルまで希釈して放出するという日本の主張は、国際原子力機関(IAEA)と米国によって支持されている。

制御しつつ海洋に処理水を放出することは、安全・環境影響評価を基盤とした特定の規制当局の監視の下で世界各地の原子力発電所において普通に行われていることだとIAEAのラファエル・マリアーノ・グロッシ事務局長は述べている。

3月28日、日本はIAEAに対して、2月中の福島第一原発における処理水放出と海水モニタリングの記録を報告した。IAEAのメディアリリースによると、IAEAタスクフォースの審査の第三の側面は、技術的、規制的側面に加えて、タンクに貯蔵された処理水と海洋環境の両方について、東京電力のデータを裏づけるために処理水の独立したサンプリングと分析が行われることである。

2011年3月の東日本大震災により3基の原子炉がメルトダウンし、1986年のチェルノブイリ事故後最悪の原発事故が発生して以来、冷却水や浸透した雨水・地下水など、放射性物質を含んだ汚染水が原発敷地内に蓄積し続けている。

汚染水は、大規模な揚水・濾過システムであるALPSによって処理され、放射性同位体のほとんどが除去される。東京電力ホールディングスは、125万トンの処理水を敷地内の1000基以上のタンクに貯蔵している。

日本政府は、今年後半には敷地内のタンクが満杯になり、廃炉への道を開くために処理水の長期管理が必要であるとして、処理水を放出する必要があると説明している。

しかし、この提案には強い反対意見が寄せられている。1946年から96年にかけて米国、英国、フランスが太平洋で行った約300回の核実験による放射性降下物の影響を受けてきた太平洋島嶼諸国のコミュニティーは、長期的な健康障害と先天性の異常を経験している。

太平洋島嶼諸国の人々の自己決定権を推進する地域NGOである「グローバル化に関する太平洋ネットワーク(PANG)」のコーディネーター、モーリーン・ペンジュエリ氏は、「太平洋全域、特にマーシャル諸島、フランス領ポリネシア、キリバスなどにおける核実験の負の遺産は、これまで効果的に是正されたり、対処されたりしたことはありません。太平洋の人々は、20世紀の軍事化した植民地宗主国の破壊的な計画によって大きな被害を受け、21世紀に入っても続いています」と語った。

「広島・長崎の原爆よりもはるかに大きな破壊力を持つ数百個の核爆弾を爆発させた結果は、今日もなお、島嶼部先住民に影響を及ぼしておりとりわけ健康状態の悪化や世代間の不和に表れています。この負の遺産は、太平洋諸島の島民や太平洋だけでなく、地球上のすべての海洋とそれに依存する人々の健康と福祉を脅かし続けているのです。」とペンジュエリ氏はIDNの取材に対して語った。

ペンジュエリ氏は、マーシャル諸島エニウェトク環礁にある「ルニット・ドーム(核の棺)」に貯蔵されている放射性物質が周辺の海洋や地下水に漏出している例を挙げた。

Runit Dome (or Cactus Dome), Runit Island, Enewetak Atoll. Aerial view. In 1977-1980 the crater created by the Cactus shot of Operation Hardtack I was used as a burial pit to inter 84,000 cubic meters of radioactive soil scraped from the various contaminated Enewetak Atoll islands. The Runit Dome was built to cover the material./ By US Defense Special Weapons Agency, Public Domain
Runit Dome (or Cactus Dome), Runit Island, Enewetak Atoll. Aerial view. In 1977-1980 the crater created by the Cactus shot of Operation Hardtack I was used as a burial pit to inter 84,000 cubic meters of radioactive soil scraped from the various contaminated Enewetak Atoll islands. The Runit Dome was built to cover the material./ By US Defense Special Weapons Agency, Public Domain

ルニット・ドームは、111,000立方メートルの放射性廃棄物を厚さ45センチのコンクリートで格納した米軍による場当たりの的な試みでした。プルトニウムの半減期は2万4千年だが、コンクリートの耐用年数は長くて100年であり、安全で恒久的な構造物に置き換えられることがなかったため、現在亀裂が入り、周囲の地域を汚染しています。このように明らかに不適切な措置を続けているために、核実験の負の遺産に対処し、海洋を持続可能なものにするという目標実現に向けた取り組みに黄信号が灯っています。」

「戦争防止医師会議豪州支部」は、アジア太平洋地域において、日本政府に対し、放射性廃液の海洋排出計画を中止するよう要請している数多くの市民団体の一つである。

「私たちは、太平洋島嶼国の海域や陸地がこれ以上放射性物質で汚染されるのを防ぐための努力を全面的に支持します。」「冷戦期に太平洋で実施された数百回の核実験によって、放射性物質に起因する健康問題や、安全の保証に対する不信が生じてしまいました。古い諺にあるように、『もしそれが安全だというのなら、東京に棄てればいい。私たちの太平洋に核物質を投棄しないでほしい。』」と同支部のスー・ウェアラム代表は語った。

日本政府は年間22兆ベクレルのトリチウムを海洋に放出する予定だ。原発事故以前に福島第一原発から海洋に放出されていたトリチウムは年間1.5~2兆ベクレル程度であった。つまり、その約10倍のトリチウムを数十年かけて海に放出することになると、「FoE Japan」が2021年4月に発表した声明は述べている。

「FoE Japan」事務局長で「原子力市民委員会」座長代理の満田夏花氏は、汚染水放出に反対する多くの理由の中で「主な理由は、環境中に放射性物質を拡散させてはならないということです。処理された汚染水には860兆ベクレルのトリチウムが含まれているとされています。加えて、セシウムやストロンチウム、ヨウ素といった放射性物質がその水には含まれているのです。」と語った。

「日本政府と東京電力は、関係者の了解が得られなければいかなる行動にも移らないとしていますが、多くの反対がありながら処理済の汚染水を海洋放出しようとしています。これは約束違反ではないでしょうか。」

「原子力市民委員会は、大型の堅固なタンクへの貯留やモルタルの固定化などの代替案を提示していますが、まともに検討されていません。」と満田氏は付け加えた。

グリーンピースは、2020年に発表した報告書で、「唯一の受け入れ可能な解決策」は、日本が汚染水を長期的に貯留し処理することだと述べている。

オーストラリア自然保護財団(ACF)もまた、汚染水管理オプションの独立かつ国際的な検討が済むまでは、福島第一原発に由来するすべての廃棄物を陸上で貯蔵・管理することを求めている。

「津波と原発のメルトダウン時に福島原発で使用されていたのがオーストラリア産のウランであることに鑑みて、私たちは、会員及びサポーターに対して、オーストラリアのマリーズ・ペイン外相にこの件で手紙を送るよう呼びかけていいます。」とACFの核・ウラン問題担当デイブ・スウィーニー氏は語った。

「海は産業のゴミ捨て場ではなく、私たちが依存している貴重な命のシステムです。放射性排水を太平洋に放出することで、海洋環境や海の食物連鎖の中で放射性物質が生物濃縮されることを懸念している。それは文化的な意味でも大きな影響をもたらすだろう。」とスウィーニー氏はIDNの取材に対して語った。

SDGs Goal No. 14
SDGs Goal No. 14

太平洋地域の市民団体のネットワークである「核問題に関する太平洋グループ」は2021年12月に日本政府に意見書を提出した。放射性排水を海洋放出することに強く反対し、太平洋は核のゴミ捨て場ではないし、そうすべきではないと強調するものであった。

意見書は日本政府と東電に対して「安全な封じ込め及び貯留、それに、放射性排水を含めた放射性物質を安全に処理する技術の確立」を求めた。

同グループは日本政府と東電に対して廃炉計画全体の包括的再評価を求めた。それほど大量の放射性排水を海洋放出する前に、海洋全体にわたる環境影響評価と放射性影響評価を行うことを訴えた。

日本の隣国、とりわけ韓国でも、汚染水の放出に反対する声が強い。

汚染水放出の提案は、南太平洋非核兵器地帯条約(ラロトンガ条約、1985年)などの非核太平洋を求めるさまざまな国際法とも矛盾する。同条約は、核爆発装置の実験・使用や、放射性廃棄物の海洋投棄を禁じており、オーストラリア・ニュージーランド・太平洋諸国が加盟している。(原文へ

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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米国は国際刑事裁判所のメンバーとして署名する用意があるか?

【ルンドIDN=ジョナサン・パワー】

2017年、国際刑事裁判所(ICC)の検察官事務所は、拷問や 強姦を行ったとされる戦争犯罪の容疑者として、現場の米軍兵士や 秘密刑務所の米中央情報局(CIA)工作員を初めて名指しした報告書を発表した。米兵はICC加盟国であるアフガニスタンに駐留していたため、ICCは理論上アフガニスタン国内の戦闘員による犯罪に対して幅広い管轄権を有している。

これに対する米政府の反応は迅速かつ怒りに満ちたものだった。米国は米軍に対する調査を打ち切るようICCに圧力をかけた。そこでICCは、欧州各地のCIA秘密施設で行われていた拷問を起訴することに目を向けた。しかし、米上院情報特別委員会が、CIAの「拘束・尋問プログラム」に関する報告書サマリーを公開し、国際法に明らかに違反する拷問の数々が明らかにされたにもかかわらず、ICCは何も得られなかった。バラク・オバマ大統領は、大統領就任早々、このような意見が分かれる問題に対処する必要がないとの理由で、訴追を開始することを拒否した。

International Criminal Court (ICC) logo
International Criminal Court (ICC) logo

ウクライナの残虐事件が起こるまで、米国のあらゆる党派がICCに強く反対していた。彼らは、既に124カ国がICCに加盟しており、米国に最も近い欧州の同盟諸国がICCの大きな支持者であることを見落としていたようだ。実際、英国は、イラクでの殺人、拷問、強姦の罪で多くの英国兵が起訴されたとき、当初はICCに協力的だった。

英国は、原則的には、ICCがその使命を遂行しなければならないことを認識しているが、実際には、ICCのイラクやアフガニスタンでの取り組みに対して消極的で、捜査を行き詰らせようとした。最終的には、英国は自国領土で犯罪の疑いを誠実に調査し起訴する意思があるとして、ICCを説得し調査を打ち切らせた。しかし、有罪判決が下されたのは1件のみで、殺人罪で有罪判決を受けた兵士は、僅か3年しか服役しなかった。

ICCへの嫌悪を公言していたジョージ・W・ブッシュ大統領は、この裁判所に協力するものは米国から重い罰則を受けると各国を脅した。しかし、ブッシュ大統領はその後大きく方針を転換している。私は英語圏のジャーナリストとして初めて、2期目のブッシュ政権が、ダルフール、スーダン、コンゴでの大量虐殺の指導者や、かつてリベリアを支配した独裁者チャールズ・テイラーの捜索のために、密かにICCを支援していた事実を明らかにした。

バラク・オバマ大統領は、寄付を含めICCへの支援をさらに強化した。私の知る限り、オバマ大統領はアフガニスタンでのICCの活動に対して公然と不満を表明することはなかった。しかし、実際に米兵が起訴されても黙っていたかというと、それには議論の余地がある。一方、ドナルド・トランプ大統領は、「もしICCが米国人を訴追するならば、米国はICCの判事や検察官の米国への入国を禁止し、経済的制裁を課すだろう。」と述べ、ICCに対する怒りと憤りを露にした。

John R. Bolton, 27th United States National Security Advisor/ By White House , Public Domain

トランプ政権のジョン・ボルトン補佐官(国家安全保障問題担当)は、ICCは米国を束縛したい国々に支持された「責任を負わない」「明らかに危険な組織だ」とまで言い切った。そして、米国は米国人を対象としたICCの調査を支援するいかなる企業や国家に対して行動を起こし、ICCの判事や検察官を起訴すると述べた。

ボルトン補佐官はまた、ICCが調査に15億ドルという巨額の資金を浪費していると非難した。ニューヨーク・タイムズ紙は、「ボルトン補佐官が、『このようなひどい実績では、(ICCは)独裁者らに対する抑止力にはなりえない。歴史上の残忍な独裁者らは、国際法という幻想に惑わされることはない…。悪や残虐行為に対する唯一の抑止力は、かつてフランクリン・ルーズベルト大統領が米国とその同盟国の『正義の力』と呼んだものであることは、歴史が証明している、と語った。」と報じた。

(米軍が軍事介入した)韓国、ベトナム、カンボジア、ドミニカ共和国、グラナダ、ニカラグア、エルサルバドル、グアテマラ、そしてアフガニスタン、イラクにどんな「正義の力」があったのだろうか。

ボルトン補佐官はさらに、驚くべき発言をした。つまり、「もしICCが米国やイスラエルなどの捜査に乗り出せば、米国は『黙ってはいないだろう。』「非合法な裁判所」から自国民を守るために政権は行動する。」と述べた。

今、米国は再び方針を大きく転換しようとしているように見える。議会の共和党幹部は、ICCを改めて検討し、プーチン大統領を含むロシアの戦争指導者らを戦争犯罪で逮捕させるのに、これ以上の組織はないと結論付けている。より多くの資金支援や司法支援、そして情報機関の分析結果をICCに伝えることが、今まさに行われようとしている。民主党の議員の多くも、ホワイトハウスと同じような考えを持っている。

しかし、米国がICCへの加盟を求めない限り、できることは限られている。しかしそうすれば、将来、自国の軍や諜報機関のメンバーが訴追される可能性がある。そのため国防総省はICC加盟に反対であることを明らかにしている。現在ホワイトハウスはこの問題を熟考しているようだ。ジョー・バイデン大統領がもしそのような一歩を踏み出せば、人権にとって素晴らしい日になるだろう。ウクライナ戦争が続いている現在の状況では、議会はバイデン大統領を支持するかもしれない。

Image: Destruction in Ukraine caused by the Russian invasion. Source: The Daily Star.
Image: Destruction in Ukraine caused by the Russian invasion. Source: The Daily Star.

何が起ころうとも、それは転換点である。もし米国のICCへの加盟が実現すれば、米国がある日突然、再び方針を大転換してICCを誹謗中傷し、弱体化させることができるかどうかは極めて疑問である。米国は、ICCと折り合いをつけなければならないのだ。ウクライナでのロシアの戦争犯罪を追及する米国の姿勢が大いに偽善的なものであることは、多くの人々が正しくも主張するだろうが、加盟が実現すれば、それは進歩である。(原文へ

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【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

 アントニオ・グテーレス国連事務総長は、1994年のルワンダ大虐殺(ジェノサイド)を考える記念日(4月7日)に寄せたビデオメッセージの中で、国際社会に対し、憎しみでなく人間性、残酷さでなく思いやり、自己満足でなく勇気、怒りでなく和解を選択するよう促した。

グテーレス事務総長は、3ヶ月足らずの間に100万人(ツチ人とジェノサイドに反対したフツ人やその他の人々)のルワンダ人が虐殺された恐怖を、現在ウクライナで進行している「忌まわしい暴力」を静かに結びつけていた。「殺害された人々を悼み、国際社会として当時の失敗を反省しなければなりません。」とグテーレス事務総長は語った。

Photographs of Genocide Victims - Genocide Memorial Centre - Kigali – Rwanda/ By Adam Jones, Ph.D. - Own work, CC BY-SA 3.0
Photographs of Genocide Victims – Genocide Memorial Centre – Kigali – Rwanda/ By Adam Jones, Ph.D. – Own work, CC BY-SA 3.0

ルワンダのポール・カガメ大統領も4月7日、首都キガリの虐殺記念館で行われたルワンダ大虐殺の年次の追悼式典に出席し、花輪を捧げた。この式典は、厳粛な追悼行事が続く1週間の始まりとなった。

カガメ大統領は、「想像してみてください。人々が、昼も夜も自分が特定の民族に属しているという理由で追い回されている様子を。また、私たちが武器を持っていたら、そして、同胞を無差別に殺戮しる人たちを追いかけることを許していたらと。まず、そうすることが正しいでしょう。しかし、私たちはそうせず、赦すことにしました。赦された人々の中には、今も自分の家や村で暮らしている者もいますし、政府や企業に勤めている者もいます。」と語った。

グテーレス事務総長は、「保護する責任」の原則と、人権を組織の中心に据えた「行動への呼びかけ」に注意を促した。「私は、再発防止という課題を国連の活動の中心に据えてきました。」と語った。

一方でルワンダ大虐殺を振り返り、「もっと多くのことができたはずであり、そうであるべきでした。事件から1世代が経過しても、恥の汚点は消えません。私たちは当時の教訓を確実に心に留めなければなりません。」と付け加えた。

また、グテーレス事務総長は、「今日のルワンダは、人間の精神が最も深い傷を癒し、より強い社会を再構築するために最も暗い深みから立ち上がる能力の強力な証として立っています。筆舌に尽くしがたいジェンダーに基づく暴力や差別に苦しんだルワンダの女性たちは、今や議会において60パーセント以上の議席を占めており、同国は世界をリードするに至っています。」と語った。

ルワンダは、国連平和維持活動の第4位の貢献国だ。グテーレス事務総長は、「彼ら自身が知っている痛みを他の人々が経験しないですむように貢献しています。」と語った。

Map of Ruwanda
Map of Ruwanda

一方、ウクライナは炎上し、中東やアフリカなどでは新旧の紛争が悪化している。その一方で、安全保障理事会は「ほとんど同意しない」ことに同意している。

グテーレス事務総長は、自責の念をもって振り返る一方で、「決意を持って」前を向き、「常に警戒し」、決して過去を忘れないよう、すべての人に呼びかけた。

「尊厳と寛容、そしてすべての人のための人権の未来を築くことで、亡くなったルワンダの人々を追悼しようではありませんか。」「私たちには常に選択肢があり、加害者はもはや免罪符を手にすることはできないのです。」と、グテーレス事務総長は締めくくった。(原文へ

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【ニューヨークIDN=セルジオ・ドゥアルテ

フランシス・フクヤマの論文『歴史の終わり?』が出版されてからおよそ30年が経つ。タイトルに疑問符「?」が付いていることから、社会科学者・哲学者であるフクヤマが、国家間の矛盾や対立の終結を宣言したのではないことがよくわかる。フクヤマが主に問うていたことは、西洋の自由民主主義が人類の社会文化的進化の最終段階であり、永続する統治の最終形態であると考えることができるかどうか、ということであった。

19世紀にヘーゲルマルクスが論じた「歴史の終わり」という概念は、社会、統治システム、経済などに大きな変化がなく、人類の存在が未来に向かって無限に続いていく状態を前提としていた。

Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0
Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

フクヤマが30年前に提示した主な問いは、ソ連崩壊後のロシアが、第二次世界大戦後の西欧の軌跡をなぞるのか、それとも「自らの独自性を自覚し、歴史の中に閉じこもる」のか、どう進化していくのかという点であった。フクヤマは論文の最後で、「歴史が存在した時代へのノスタルジア」は競争と紛争を煽り続けるだろうと指摘した。まさに、プーチン政権下のロシアがフクヤマの問いに答えを出しているかに見える。

ロシアによるウクライナ軍事侵攻後の現状を巡る多くの分析が、ロシアの行動を駆り立てたものは、帝政ロシア時代とソ連時代の50年間に存在したと言われている大ロシア再編への願望であるという点で一致している。つまり、フクヤマの言葉を借りれば、ロシアは「歴史の中に閉じこもる」ことを決意したのだ。もちろん、現在の北大西洋条約機構(NATO)とロシアの敵対状態の根源や原因はもっと複雑で、彼の論文の範囲には収まらないだろう。

フクヤマ論文が発表された時、米国とソ連との間の相互確証破壊がゆっくりと自己満足に陥りつつあったことを明確にしておこう。その頃までには、世界のほとんどの国々が、安全保障のために核兵器に依存することはあまりに危険であり逆効果だと判断していたのだ。

核兵器は暫く存在しつづけるであろうという核不拡散条約(NPT)の想定にも関わらず、世界の圧倒的多数の国々は、第6条の約束(=核軍縮義務)がいつかは実現するだろうという淡い期待を抱きつつ、NPTに埋め込まれた差別を黙認し、自らは核兵器開発を放棄した。核兵器国と、その安全を核兵器国の与える積極的安全保障に委ねている非核兵器国にとってのNPTとは、合法的な核保有者として条約が認めている5カ国が核兵器を強化し続けるためのライセンスとみなされるようになったのである。

今日まで確かに、2つの超大国(米国、ロシア)はより破壊的な兵器の開発競争を続けており、中国もかなりの距離を置いてそれに追従している。次の2つの核兵器国(英国、フランス)は、潜在的な敵方を抑止することを目的としたより小規模な核戦力を維持することで当面は満足しているようである。一方、1970年以降に登場した核保有国(インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮)は、条約に拘束されないため、先行した国々が辿った道を遠慮なく追従している。

2009年、米国のバラク・オバマ大統領とロシアのディミトリ・メドベージェフ大統領は新戦略兵器削減条約(新START)を締結して両国の核戦力を削減し、近い将来さらなる削減がもたさられるのではないかと期待をもたらした。しかし、その希望はすぐに裏切られた。耐用年数を過ぎるか、維持にあまりにコストがかかるようになった核兵器は確かに解体されたが、その後すぐに両国は、廃棄された兵器よりはるかに鋭く速い新しい破壊手段の技術改良と製造に多額の資金を投入した。また両国は、こうした削減を完全廃絶の目標に明確に結びつけることもしなかった。削減は、旧式の兵器に代わる新兵器のように、経済的、技術的な理由から行われたようであり、この削減が核兵器の脅威を廃絶するという真の意志を体現しているわけではない。

Photo: US President Joe Biden and Russian President Vladimir Putin shake hands at the Villa la Grange on June 16 in Geneva, Switzerland. Credit: Visual China Group (VCG)
Photo: US President Joe Biden and Russian President Vladimir Putin shake hands at the Villa la Grange on June 16 in Geneva, Switzerland. Credit: Visual China Group (VCG)

わずか9か月前の2021年6月、米ロの現首脳であるジョー・バイデンとウラジーミル・プーチンはウィーンで会談し、「核戦争に勝者はなく戦われてはならない」というミハイル・ゴルバチョフとロナルド・レーガンの1985年の宣言を共同で再確認し、将来的な軍備管理とリスク軽減措置に向けた下準備をするため「戦略的安定」対話を行うことを約束して、世界中の市民社会の後押しを受けたのであった。

これまでのところ、これらの提案に対するフォローアップは行われていない。新STARTは当初の期限から5年間延長されたが、米露関係の状況を考えると、短期的にも中期的にも、新たな軍備削減や二国間安定のための交渉が進展することは疑わしい。

すべての核保有国は、表現としてはさまざまであるが、必要あるいは正当化されるときには核兵器を使うと宣言している。中国はこの強力な武器を先制使用する予定はないと宣言している唯一の国であり、市民社会の中には他国も同様の方針を採るべきだとの声もある。

しかし、核兵器の先制不使用は、この破壊的な兵器を維持することを結局のところ認めるものであり、核保有国が、先制不使用を正当化するために、より殺傷力の高い戦争手段の開発を続けることが許されると感じる状況を助長することになる。無邪気さと二重基準を描いた啓蒙思想家ヴォルテールの物語に登場するカンディ―ドは、こう問いかけるだろう。「あなた自身がそれを使う知恵を疑っているなら、なぜそんなに固執するのですか?」

核兵器を保有している9カ国は形こそ違えど、「核兵器が存在し続ける限り」、人類文明を消滅させることのできるこの力を維持する権利があるとの自己満足的な考え方を共通して持っている。核兵器が戦争で使われて以来、国際社会は多国間軍縮交渉や軍縮措置を採用する努力を怠ってきた。

1946年、第1回国連総会は「原子兵器および大量破壊に応用できるその他すべての主要兵器を各国の軍備から廃絶するための特定の提案を成す」任務を与えられた委員会を立ち上げた。予想通り、米ソ超大国間の不信と敵意によってその方向での進展は見られなかった。

時が経つにつれ、その他の国々も核兵器を保有するようになり、まるで、核兵器そのものの存在ではなく、それを保有する国の数が主な問題であるかのように、軍縮から拡散防止へと徐々に重点が移された。今日までに、別の国々がこの排他的な「核クラブ」への加盟を求めないようにするための厳しいルールの確立以上のものは、既存の多国間条約では打ち出せていない。

Photo: Thousands of Ukrainians seek safety in neighbouring Poland. © WFP/Marco Frattini
Photo: Thousands of Ukrainians seek safety in neighbouring Poland. © WFP/Marco Frattini

NATOの東方拡大に対するロシアのウクライナへの軍事侵攻が引き起こした国際関係の急激な変化は、全世界を震撼させ、自己満足から恐怖や不安へと移行させた。突然、核兵器の使用が、敵対関係にある国々だけでなく、全世界にとって現実的な危険であるかのように思われた。戦場で比較的低出力の戦術核爆弾を使用することさえ、戦闘員や市民を完全に抹殺するまでに至る、より強力な爆発が避けられない連鎖を引き起こすという恐怖がもたらされたのである。

Ambassador Sergio Duarte is President of Pugwash Conferences on Science and World Affairs, and a former UN High Representative for Disarmament Affairs. He was president of the 2005 Nonproliferation Treaty Review Conference.
Ambassador Sergio Duarte is President of Pugwash Conferences on Science and World Affairs, and a former UN High Representative for Disarmament Affairs. He was president of the 2005 Nonproliferation Treaty Review Conference.

研究者らは、先の9カ国が合計1万3000発超(そのうち95%をロシア・米国)の核兵器を保有していると推定している。その一部でも使用されることがあれば、音速の数倍の速さで飛来する核攻撃によって実際の破壊を被った国々は、放射性物質を含んだ雲で覆われ、その結果として生じる「核の冬」によって農業を行うことが難しくなり、飢餓が広範に発生することになろう。わずか数百発の核爆発でも爆発すれば、環境は人間の生活には適さなくなり、文明は消滅する。

これはヘーゲル的な意味での人類の歴史の終わりを意味するのではなく、地球という惑星における人類の歴史の終わりを意味する。なぜなら、地球は太陽の周りを回り続け、不毛で放射能に満ちた冷たい岩と水の塊となり、少数の原始的だがたくましい種だけが生き残ることができるかもしれないからである。人類の文明が進化し、立派な成果をあげるには、数千年を要した。わずか数秒の爆発によってそれを消し去ってよいはずがない。(原文へ

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平等

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ウクライナにおけるロシア軍の1週間の死者数はアフガニスタン侵攻時のソ連軍を上回る

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、2022年3月9日に「The Strategist」に初出掲載されたものです。

【Global Outlook=アミン・サイカル】

ロシアは、ウクライナ侵攻の最初の6日間に死傷したロシア兵の数はごくわずかだと主張しているが、ウクライナは戦死者数が5,000人以上、負傷者はそれをはるかに超えると発表している。どちらの主張も立証することはできないが、たとえロシアの公式な数字に基づくとしても、1980年代の10年間にアフガニスタンで戦死したソ連兵の数に比べてはるかにハイペースである。これにより、ウラジーミル・プーチンが指揮するロシア軍の能力と有効性について、ソ連時代の前任者たちが指揮を執ったアフガン戦争時の軍隊と比較した場合、深刻な疑念が生じる。(原文へ 

アフガニスタンとウクライナには多くの違いがある。アフガニスタン侵攻時のソ連軍は、険しく危険な地形の国で戦わなければならなかった。彼らは、山、川、砂漠が困難な障壁として立ちはだかるまったく見知らぬ土地で、進路を切り開いていかなければならなかった。ソ連の戦略は主に、その脆弱な傀儡政権であるアフガニスタン人民民主党政権を維持するために、カブールと他の主要都市、入境地点などの戦略的地点、主要な通信手段を守ることに重点が置かれていた。ソ連軍は、アフガニスタン人のイスラム抵抗勢力(ムジャヒディン)と主に地方で戦った。その過程で、当初はソ連空軍が優勢となって、ムジャヒディンは守勢に立ち、特にパキスタンと国境を接する州で抵抗勢力と市民の死者数が増えていった。

しかし、1986年から米国と英国が抵抗勢力にそれぞれ「スティンガー」と「ブローパイプ」ミサイルを提供したことで、状況は一変した。肩撃ち式ミサイルのスティンガーは、ムジャヒディンが何としても必要としていた防空手段を提供した。その結果、彼らは、1986~1987年に平均で2日に1機のソ連機を撃墜することが可能になった。これによりソ連が払う戦争の代償は大幅に増大した。ソ連指導者のミハイル・ゴルバチョフは、すでにアフガニスタンを「血の止まらない傷」と評していたが、ついに1989年5月に屈辱的な軍事的撤退を余儀なくされた。結局、ソ連が発表した戦争犠牲者の総数は、戦死者が約1万5千人、負傷者が約3万5千人であった。

ウクライナの場合、ロシア軍の1週間あたりの死傷者はソ連軍のそれよりはるかに少なく抑えられるはずだった。ウクライナの地形は比較的平坦で、ドニエプル川、ドニエストル川、南ブーフ川、セヴェルスキードネツ川、カルパチア山脈といった、数少ない比較的容易な自然の障壁しかない。モスクワは、最初の1週間の戦闘による戦死者を約500人、負傷者を約1,600人と公式に発表した。これらの数字は、アフガニスタンにおける同様の時期に平均で約28人だったソ連軍の戦死者を上回る。ロシア軍の戦死者がこのペースで増え続け、戦争が今後何週間も何カ月も長引けば、ウクライナにおけるロシアの軍事実績は、アフガニスタンにおけるソ連軍の軍事行動を大幅に下回ることになる。

ウクライナの抵抗が力を維持し、NATO加盟国が引き続き情報と武器、中でも重要なスティンガー・ミサイルの供給を保証するなら、それが現実になるかもしれない。たとえロシア軍がキーウや他の主要都市を制圧しても、ウクライナ人は、特にドニエプル川西岸地域から、ムジャヒディンの抵抗と同様、実効性のある抵抗運動に従事することが十分にできるだろう。アフガニスタンでは、米国とその同盟国が、パキスタンを経由していくつかのムジャヒディンのグループに武器や資金を供給していた。パキスタンは、2,640キロメートルにわたってアフガニスタンと国境を接しており、ソ連はそれをコントロールできなかったのである。米国も、2001年10月から2021年8月まで20年間のアフガニスタン介入で同じ轍を踏んだ。

ウクライナも、西側の長い国境をNATO加盟国と接していることから、同様の優位性を持つ。ウクライナ人は、いかなる犠牲を払ってもロシアの侵略に対抗しようという強い決意を示している。問題は、米国とNATO同盟国が、戦闘以外の面でウクライナの抵抗を支援し続けることについて、同程度の決意を示すことができるかどうかである。ロシアへの厳しい経済制裁と併せることで、ウクライナはプーチンにとって、アフガニスタンがソ連の指導者たちにとってそうだったように、血の止まらない傷になるかもしれない。

別の可能性としては、プーチンがウクライナを征服し、そこを足掛かりにソ連時代のサラミ・スライス戦術を駆使して、ソ連の東欧衛星国だった残りの国々の不安定化を狙うことも考えられる。プーチンは、主に二つの事柄に駆り立てられている。ロシアにおける自身の圧倒的な独裁的地位とその維持、そして、ロシアの西側国境の安全保障に関する深い懸念である。これらはまさに、彼以前にも帝政ロシア時代とソ連時代の指導者たちの気を揉ませた要因である。

最後に、もしロシアが勝った場合、あるいはいかなる形であれ戦争が長引いた場合、最も多くを失うのは民間の人々である。アフガニスタンの場合、100万人以上が死亡し、300万人以上が国内避難民となり、500万人以上がパキスタンやイランで国外難民となった。これは甚大な悲劇であり、ウクライナの人々が今直面していることなのである。

アミン・サイカルは、西オーストラリア大学で社会学の非常勤教授を務めている。共著に“Islam Beyond Borders: The Umma in World Politics” (2019)、共編に“Afghanistan and Its Neighbours After the NATO Withdrawal” (2016) がある。

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ウクライナをめぐる核戦争を回避するために

世界政治フォーラムを取材

アフリカの女性作家がフェローシップの主要な賞を受賞

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

自然科学、社会科学、人類、および舞台芸術を除く創造芸術の分野で並外れた能力を発揮した180人に対するフェローシップが、ジョン・サイモン・グッゲンハイム記念財団によって4月7日に発表された。

約2500人の応募者の中から、これまでの実績と将来性に基づいて、専門家による厳正な相互審査により選ばれた。

今年は、アフリカ系黒人女性として唯一、作家のマーザ・メンギステ(1974年生まれ)が受賞した。彼女の小説には、『ライオンの視線の下–エチオピア革命の激動と血なまぐさい年を乗り切るのに苦労している家族の物語–』(2010年)、『影の王』(2019年)があり、イギリスの権威ある2020年ブッカー賞の最終選考に残っている。

『ライオンの視線の下』は、エチオピア革命の激動と流血の時代を生き抜こうと奮闘する家族の物語である。アルジャジーラの『The Stream 』で、司会者のフェミ・オケに、10年かけて本を完成させた苦労について語っている。この物語は、紛争における犠牲者としての女性という伝統的な型に挑戦している。物語の多くは、メンギステの個人的な経験から着想を得ている。

彼女の2作目の作品『シャドウ・キング』(2019年)は、ベニト・ムッソリーニによる1935年のエチオピア侵攻を舞台に、アフリカ史ではほとんど語られてこなかった女性兵士に光を当てている。

メンギステはエチオピアのアディスアベバで生まれたが、4歳のときにエチオピア革命から逃れるため家族と共に国を離れた。その後、ナイジェリア、ケニア、米国で幼少期を過ごした。その後、フルブライト奨学生としてイタリアに留学し、ニューヨーク大学でクリエイティブ・ライティングの修士号を取得した。

メンギステは、人権活動にも携わってきた。世界各地の紛争を取り上げる独立系オンラインマガジン「Warscapes」と子供たちの慈善団体「Young Center for Immigrant Children’s Rights」の諮問委員会に所属している。また、Words Without Bordersの理事も務めている。

メンギステはリチャード・ロビンズ監督が2013年に制作した世界中の女子教育に関するドキュメンタリー映画『Girl Rising ~私が決める、私の未来~』に、エドウィージ・ダンティカやモナ・エルタハウィと共に参画している。この作品には、メリル・ストリープ、アン・ハサウェイ、アリシア・キーズ、ケイト・ブランシェットなど、ハリウッドを代表する豪華俳優陣がナレーターとして参加している。

メンギステは現在、ウェスリアン大学で英語を教えている。 以前は、ニューヨーク市立大学クイーンズカレッジでクリエイティブ・ライティングの客員教授、プリンストン大学のルイス芸術センターでクリエイティブ・ライティングの准教授を務めていた。

ジョン・サイモン・グッゲンハイム記念財団は1925年の設立以来、4億ドル近いフェローシップを18000人以上に授与しており、受賞者には、後にノーベル賞、ピューリッツァー賞などの著名な賞を受賞した者が数多くいる。今年の受賞者の中には、アフリカ系男性作家が4名、アフリカ系女性作家が11名含まれている。(原文へ

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国連安保理で批判に晒されるロシア軍

【ニューヨークIDN=J.ナストラニス】

国連安全保障理事会は、「特別軍事作戦」の一環としてロシア軍による残忍な殺害の証拠が次々と出てきていることを明らかにした。安保理は国際の平和と安全の維持に第一義的な責任を負っている。

人権団体「ラ・ストラダーウクライナ」のカテリーナ・チェレパカ会長は、地元の人権団体は現在、市民の命を救い、ロシア連邦が犯した戦争犯罪に関する生存者の証言を収集するための取り組みを強化していると語った。

チェレパハ会長は、4月8日のウクライナ東部ドネツク州のクラマトルスク駅やマリウポリでの産院、幼稚園、避難所への攻撃例を挙げながら、明らかに民間人であることが識別でき、しかも避難しようとしている丸腰の女性や子供たちがロシア軍によって残酷に殺害されていると指摘した。

Russian bombing of Mariupo/ Автор: Mvs.gov.ua, CC BY 4.0,
Russian bombing of Mariupo/ Автор: Mvs.gov.ua, CC BY 4.0,

チェレパハ会長はまた、女性や女児が誘拐、拷問、殺害の脅威にさらされやすくなっていることを強調する一方で、それでもウクライナの女性をロシア軍の侵略の単なる犠牲者と見なさないよう警告した。「実際に女性達は、ボランティア、活動家、ジャーナリスト、人権擁護者として、ウクライナの抵抗運動にとって不可欠な存在です。」と彼女は語った。

4月11日の安全保障理事会で、UNウィメンのシマ・バホス事務局長は、ウクライナでロシアの侵略が続き大規模な避難民が発生している中で、女性や子どもに対して行われたとされる強姦などの性的暴力や人身売買の報告が増えていると警鐘を鳴らした。

「ロシア軍に徴兵された兵士や傭兵が存在し、市民が残忍に殺害される中、膨大な数のウクライナ人が家屋を後にし続けており、その中で性的暴行やその他の犯罪に関する報告が浮上しています。」

また先日のモルドバ共和国訪問を振り返り、「不安で疲れ切った女性や子どもたちが乗ったバスが、思いやりのある市民団体職員らによってウクライナの国境で出迎えられるのを目撃しました。」と語った。

ジェンダー平等と⼥性のエンパワーメントに向けた活動を⽀援、統合する役割を担うUN Womenは、「ウクライナ危機において、ジェンダーに配慮した対応がなされるよう」市民社会活動家らを支援している。

UNSC/ UN photo
UNSC/ UN photo

バホス事務局長は、4月8日にクラマトルスクの駅がミサイル攻撃され、ウクライナからの避難を待っていた女性や子どもたち50人以上が死亡したことを最も強い言葉で非難するとともに、「このトラウマは世代を破壊する危険がある。」と警告した。

国連児童基金(ユニセフ)緊急支援局のマニュエル・フォンテーヌ局長は、4月8日の攻撃当時、駅から1キロメートルほど離れた場所でユニセフ職員が救急キットなどの支援物資を届ける準備をしていたと語った。

一方、ウクライナの子どもたちや家族、コミュニティは依然として攻撃を受けており、多くの人が十分な食料を得られず、水設備への攻撃により、約140万人が安全な水道を利用できない状態にある。

国連は4月10日現在、142人の子どもの死亡と229人の子どもの負傷を確認しているが、「この数字はもっと多い可能性があることは分かっている」という。また、何百もの学校や教育施設が攻撃されたり、軍事目的に利用されたりしている。

Photo: The Ukraine Refugees Response Moldova - IsraAID
Photo: The Ukraine Refugees Response Moldova – IsraAID

フォンテーヌ局長は、「紛争が始まって以来、ウクライナの子どもたち全体の3分の2近くが自宅などを追われている」ことを明らかにした上で、「ユニセフとパートナーは、ウクライナ国内外において、搾取や虐待のリスクが高まる中、女性と女児の健康、権利、尊厳を慎重に監視するなど、あらゆる手段を講じている。」と語った。

しかし、戦闘が続いているため、こうした人道支援の手は、多くの場所で支援を最も必要とする人にたどり着けないでいる。(原文へ

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フランシスコ教皇、カザフスタン訪問を決定

【ヌルスルタンIDN=KAZINFORM】

カシム・ジョマルト・トカエフ大統領はフランシスコ教皇とオンラインで会談し、カザフスタンローマ教皇庁の協力関係強化の見通しや、宗教間の調和・対話推進に関する問題などについて話し合った。なかでも特に強調されたのが、来る9月にカザフスタンの首都ヌルスルタンで開催される「第7回世界伝統宗教指導者会議」(2003年の第1回会議以来3年に1度カザフスタンで開催。前回は2018年に開催されたが今回はコロナ禍で延期されていた)の議題についてであった。

Congress of the Leaders of World and Traditional Religions/ Photo by Katsuhiro Asagiri
6th Congress of the Leaders of World and Traditional Religions haled in Asatana(Nursultan) in 2018/ Photo by Katsuhiro Asagiri

同会議は2001年9月11日に発生した同時多発テロを契機にバチカン法王庁とカザフスタンが、キリスト教、イスラム教、仏教、ヒンズー教、ユダヤ教等世界の主要な宗教指導者らと共に立ち上げた宗教間対話のイニシアチブで、長年運営に関与してきたトカエフ大統領はフランシスコ教皇に対して、このイベントが多民族・多宗教国家として国民の間の調和と結束を実現してきたカザフスタンにとっていかに重要であるかを指摘した。大統領はまた、現在政府が取り組んでいる大規模な政治・経済改革についても説明した。

フランシスコ教皇は、トカエフ大統領との会談の機会に感謝の意を表し、カザフスタンへの公式訪問と、第7回世界伝統宗教指導者会議への参加を確認した。教皇は、来る公式訪問と会議への参加について、「宗教間対話の促進と、今日の世界が切実に必要としている、国々を結ぶ結束という観点から、この極めて重要なイベントに参加できることを楽しみにしています。」と語った。

フランシスコ教皇は、現在の困難な地政学的状況において、世界に調和を結束を実現することの格別な重要性を強調した。「私たちはカザフスタン社会がいかに多様性を尊重しつつ同時に結束しているかを理解しています。このことは社会の安定の基礎をなすものです。カザフスタンでは皆さんがこのことを理解してくれていることを嬉しく思っています。私はそのような皆さんを支持しますし、皆さんの努力に感謝しています。」とフランシスコ教皇は語った。

Kazinform
Kazinform

一方、トカエフ大統領は、精神的な調和と相互尊重の領域において、カザフスタンがローマ教皇庁との協力をさらに発展させるという強いコミットメントを確認した。(原文へ

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プーチンのウクライナでの行動は卑劣だが、ロシアはNATOにひどく挑発された

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

アルタ・モエイニは、バラク・オバマ大統領が「ワシントンプレイブック」と呼んだ外交政策の台本(その多くは軍事力の行使につながっている)に触れながら、西側の支配的エリートが主流メディアと結託して、善悪二元論の枠で誰もが感じる同情という自然な反応を特定の報復を求める道徳的な怒りへと仕向けている、と記している。その結果、アメリカの戦争マシーンが有効化され、高貴にさえなっている。しかし、これが機能するには、まずもってこの危機を引き起こした自らの責任というものを強力に否定してかからねばならない。(原文へ 

2022年3月12日、英「デイリー・テレグラフ」紙の評論家ジャネット・デイリーは「あらゆるレベルにおいて、北大西洋条約機構(NATO)にもこの戦争の責任があるという嘘はばかばかしいものだ」と記した。また3月3日には、「オーストラリアン」紙の評論家ヘンリー・アーガスは「NATOがプーチンのウクライナ侵攻の引き金を引いたのではない」と同様に主張した。このような拒絶反応は、思いがけず大統領に導かれたウクライナの英雄的な抵抗によって強く揺さぶられた西側の良心を癒すものかもしれないが、まったくの誤りである。

第1に、大国は歴史の弧の中で栄枯盛衰を繰り返すという単純な観察から始めてみよう。スペイン、ポルトガル、イタリア、オランダは、かつて海外に植民地を持つ欧州の列強だったが、もはや大国の仲間入りをしていない。太平洋地域の日本も同様である。第2に、大国のアイデンティティーの変化と相対的なバランスを反映し、国境が絶えず再調整されるのは必然である。第3に、このプロセスの一環として、戦勝国が敗戦国に対して不当な条件を課すことがある。それは、戦力格差が最大化した瞬間、敗戦国が勝利に酔いしれる勝者の独断に対抗できる立場にない時に結ばれる不平等条約である。

第一次世界大戦後にドイツに課されたベルサイユ条約の取り決めが自滅的なまでに過酷で懲罰的であったことは、今では広く受け入れられている。一方、ドイツ人の間では、この取り決めを中心に構築された欧州の秩序に対する不満が高まり、この秩序を転覆することを決意したヒトラーの台頭を促すこととなった。こうした議論を展開している歴史家は、ヒトラーの弁明者として非難されているわけではない。ベルサイユ体制に批判的であると同時に、ナチス・ドイツの行いに対して嫌悪感を抱くことは可能だ。一方、連合国の国民もベルサイユ体制を根本的に不当と考えるようになり、ベルサイユ体制を守る決意が弱くなった。敗戦などで弱体化した大国が自信を取り戻し、国を再建する際には、不平等条約の再交渉を試み、それが失敗すれば脱退を試み、それに抵抗すれば再び戦争が起こるかもしれない。

これに関連して、米国のウィリアム・バーンズ駐露大使が2008年2月1日に本国に送った電信は大いに示唆するところが多い。その最後の一文にはこうある。「1990年代半ばのNATO拡大の第1ラウンドに対するロシアの反発は強かったが、今やロシアは、自国の国益に反するとみなす行動に対してより強力に反発する自信を身につけている。」この電信についてはまた後で触れるが、まずはここで、NATOの継続的な東方拡大に対するこれまでのロシアの強い反発の歴史を概観しておこう。

パーヴェル・パラシチェンコはソ連高官の会議通訳で、1985年から91年までミハイル・ゴルバチョフやエドアルド・シェワルナゼ外相の英語の主任通訳官を務めていた。著書『ソ連邦の崩壊―旧ソ連政府主任通訳官の回顧録』(1997年)の第19章で、NATO拡大をめぐる論争に触れている。ゴルバチョフは、「NATOは東側に1インチも拡大しない」としたジェームズ・ベーカー米国務長官のよく知られた1990年の発言は、「もっぱらドイツ統合に関連したものである」と明言していた、とパラシチェンコは説明している。しかしゴルバチョフは、自身が大統領職を退いてからのNATO拡大は「間違いなく……ドイツ統一時の合意の精神に違反するものであった」と述べている。しかしそれは米国人だけが関わっているわけではない。米国国家安全保障アーカイブが2017年に公開した文書のタイトルは「ベイカー、ブッシュ、ゲンシャー、コール、ゲーツ、ミッテラン、サッチャー、ハード、メイジャー、ウォーナーからソ連指導者への、NATO拡大に対する安全の保証を示す機密指定解除文書」となっている。

さて、2008年のバーンズ大使(現CIA長官)の公電に話を戻そう。外交史上最も有名な外交公電の一つは、ジョージ・ケナンによる1946年2月22日の「長い電報」で、戦後のソ連の変化を分析し、封じ込め戦略の要諦を示したものだ。ウィキリークスが機密指定の米外交電信を大量に公開した際に多くの一般読者を驚かせた二つの点は、一部の電信にみられる政治分析の精巧さと、その文才であった。その第1の要素は、確かにバーンズ大使の電信にも当てはまる。この公電は、四つの重要なポイントを非常に明確に、しかも切迫感を持って伝えていた。

第1に、NATOの拡大、特にウクライナを含む拡大は、ロシア人にとって「感情的で神経質な」問題であった。第2に、モスクワの反対は、「この問題が国を二分し、暴力やいくつかの要求、中には内戦に発展し、ロシアが介入するかどうか決断を迫られる可能性がある」という戦略的な考慮にも基づくものであった。第3に、セルゲイ・ラブロフ外相をはじめとする高官は、「強い反対を繰り返し、ロシアはさらなる東方拡大を潜在的な軍事的脅威とみなすと強調」していたことである。この点について、ロシア側は、西側がNATOの穏健で防衛的な性格を強調するだけでは、最近のNATOの軍事活動による安全保障上の懸念を相殺するには不十分であり、「表明された意図ではなくその可能性を評価せざるを得ない」と明言していた。モスクワは「戦略的封じこめ」と「この地域におけるロシアの影響力を損なう努力」を見て取り、「ロシアの安全保障上の利益に深刻な影響を与える予測不可能で制御不能な結果」についても恐れを抱いていた。そして第四に、バーンズは、ウクライナがNATO加盟を目指すのは国内の権力闘争の一環であり、これが米ロ関係を複雑にすることにワシントンは慎重であるべきという一部の独立した専門家の意見を指摘していた。しかし、その2カ月後の4月3日、NATO首脳会談で発表されたブカレスト宣言は、ウクライナとジョージアが将来NATO加盟国になるという決定を確認した。

プーチンが2007年2月のミュンヘン安全保障会議で行った演説の衝撃を、当時の報道は伝えている。この演説でプーチンは、NATOが東方拡大することはないと約束したことを忘れたのか、と迫った。プーチンが今回、2月24日に国民向け演説でウクライナでの軍事行動を発表した際、「軍事インフラをロシア国境にますます近づけているNATOの東方拡大」がもたらす脅威を強調するところから演説を始めた。つまり、問題なのは、ロシアからの警告がなかったことではなく、ロシアが本気で反対していないか、さもなければ、どうしようもないから無視しても大丈夫だという、誤った考え方に米国が憑りつかれていたことだったのである。バーンズは、2019年3月の「アトランティック」誌によるインタビューで、2005年に「あなた方米国人はもっと聞く耳を持つべきだ」とプーチンから言い返されたと語っている。このことは、歴史家の間の学術的な議論にとどまらず、大国のライバルの戦略的世界観を故意に無視することから生じる政策の危険性を浮き彫りにしている。軌道修正に失敗すれば、西側諸国が他の主要な大国の正当な安全保障上の利益を無視し続けることになる。このことはとりわけ、中国との武力紛争という、もう一つの、より危険な道を開くことにもなりかねない。

ラメッシュ・タクールは、国連事務次長補を努め、現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長を務める。近著に「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」 (ルートレッジ社、2022年)がある。

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