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ウクライナから逃げてきた黒人に対する人種的偏見

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス

米国が戦争から逃れた何万人ものウクライナ人を迎える準備をしている一方で、アフリカやカリブ海諸国からの難民の多くは、レイプや拷問、任意逮捕などの虐待を受ける不安定で暴力的な祖国へ送還されている。これは人種的偏見だろうか。あるアフリカ系難民はそう考えている。

カメルーン・アメリカ評議会の主要メンバーであるウィルフレッド・テバさんは、米国への 亡命を試みた自らの体験を振り返って、「当局は黒人のことなど気にも留めていない」と語った。

Map of Cemeroon
Map of Cameroon

「米国には多くのカメルーン人がいて、まだ拘留中だったり、国境で立ち往生している人もいます。もし私が強制送還されたら、刑務所に入れられ、拷問され、殺されるかもしれない。人間として、私の命も重要(my life matters too)なのです。」とテバさんは語った。

テバさんは現在、オハイオ州コロンバスに住んでいる。彼は英語を話すカメルーン北西州南西州の人々がフランス語圏の中央政府から迫害の対象となっている西アフリカのカメルーンから逃れてきた。

英語圏の人々による分離独立闘争となったカメルーン内戦*では、多くの人々が殺され、100万人以上が避難民となっている。

人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は2月の報告書で、カメルーン人が米国への入国を許可されない場合に直面する危険について列挙している。そのリストには、恣意的な逮捕や拘留、拷問、レイプ、恐喝、国民IDの没収、親族に対する虐待などが含まれている。

Human Wrights Watch
Human Wrights Watch

HRWは、「カメルーンで害をなす強制送還」と題する149ページの報告書(関連映像)の中で、「多くの亡命希望者が、米国で拘束されている間に医療放棄やその他の虐待を受けたと報告している」と記している。

HRWの難民研究者であるローレン・サイベルト氏は、米国政府が信憑性のある亡命申請をしているカメルーン人を送還したこと、また送還前や送還中に既にトラウマを抱えている人々を虐待したことを非難している。

1カ月前、ジョー・バイデン大統領は、米国は10万人のウクライナ難民を歓迎し、すでに米国にいる別の3万人にウクライナ国籍を持つ滞在者についても一時保護資格(TPS)の対象に追加すると発表した。

しかし、戦争から逃れたウクライナ人には米当局から連帯感が示される一方で、有色人種の亡命希望者はメキシコや収容施設、あるいは自国に戻って待機を余儀なくされている。

国土安全保障省のアレハンドロ・マヨルカス長官は、カメルーン人や他のアフリカ国籍の亡命希望者に対するTPSを再検討していると語った。TPSは6カ月から18カ月間合法的に滞在を続け、労働許可を与えるものだ。

移民差別に反対するカトリック」の立ち上げを支援したリサ・パリオ氏は、TPSプログラムは危険から逃れる何百万人もの難民を保護するのに大いに役立つが、歴史的に十分に活用されておらず、過度に政治的な影響を受けていると語った。

有色人種に対する偏見は、ツイッターに投稿された欧米のニュース報道にも見られる。CBSニュースの外国特派員のチャーリー・ダガタ氏は、ウクライナからのリポートで、「失礼ながら、ここウクライナはイラクやアフガニスタンのように何十年も紛争が続いている場所とは違います。比較的文明化し、ヨーロッパ的な都市で、今回のようなことが起こるとは予想もできないような場所です」と語った。また、ウクライナの元次長検事であるデヴィッド・サクヴァレリゼ氏はBBCのインタビューで、ロシアの攻撃によって「青い目とブロンドヘアーのヨーロッパ人が殺されているのを見ると、非常に感情的になる」と発言した。

Photo: Thousands of Ukrainians seek safety in neighbouring Poland. © WFP/Marco Frattini
Photo: Thousands of Ukrainians seek safety in neighbouring Poland. © WFP/Marco Frattini

一方、ロシアがウクライナに侵攻したとき、東部の都市ドニプロで医学を学んでいたジンバブエ出身のコリーヌ・スカイさん(26歳)は、4日かけてルーマニアに退避して以来、ウクライナから依然として出国できずに困窮しているアフリカ出身者を支援するために、Black Women for Black Livesgofundmeを通じて、募金活動を続けている。(原文へ

INPS Japan

*カメルーン内戦:元イギリス委任統治領だった、英語話者が多い北西州と南西州の2州で南カメルーン連邦共和国(アンバゾニア共和国)の名のもと中央政府からの分離独立を求めている。南カメルーンの分離独立運動の背景には、1982年のビヤ大統領就任以来、フランス語話者が中央政府の要職を占め、フランス語圏がインフラ整備で優遇され経済格差が開いていることへの不満がある。国際社会の関心が薄いことにノルウェーの人権団体が警鐘を鳴らしている。

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|視点|緊急に必要な気候アクション(ジョン・スケールズ・アベリー理論物理学者・平和活動家)

【コペンハーゲンIDN=ジョン・スケールズ・アベリー】

グラスゴー気候変動会議(2021年10月~11月)が緊急に求められている気候アクションを生み出せず悲惨な結果に終わった一つの理由は、人間が自らの目前にあることにしか反応できないということにある。支払うべき家賃は緊急の問題だが、気候の破滅は遠い脅威のように映っているようだ。

第二の理由は、文化的な慣性だ。私たちは自分のライフスタイルを急速に変化させることに困難を感ずる。教育・政治のシステムもゆっくりとしか変わらない。自動車工場を建設するには長い時間がかかり、工場ではガソリン車を延々と作り続けている。多くの人々が化石燃料を使う産業によって生計を成り立たせている。

最後に、気候の破滅の回避は国際的な問題であるということがある。歴史的に見れば、工業化を済ませた国々が温暖効果ガスの排出の大部分に責任があり、インドのような発展の度合いの低い国々の人々は、生活の水準を上げ貧困と闘うために豊かな石炭を使う権利が自分たちにはあると考えている。

南極・北極からの警告

気候変動の破滅的な最悪の影響が現れるのはずっと先のことではあるが、気候の破滅が思っていたよりも近いことを物語る警告は顕在化している。北極や南極は、世界のその他の地域よりも2倍以上の速さで温暖化しているという事実がそれである。

南極では、時に「終末の氷河」とも呼ばれる広大なスウェイツ氷河に最近多くのひび割れが現れ、科学者らはそれが車のフロントガラスのように粉々に割れてしまうのではないかと恐れている。もしそうしたことが起きると、「海洋性氷床の不安定」と呼ばれるメカニズムを通じて、近くの氷河の崩壊を引き起こしかねない。これによって海水面は数メートル上昇し、世界中のすべての沿岸都市に脅威を与えることになる。

北極からの別の警告もある。たとえば、北極圏から70キロ北に位置するシベリアの街ベルクホヤンスクでは2020年6月に気温が摂氏38度に達した。この計測は世界気象機関(WMO)が確認している。こういう温度はふつう、スペインかイタリアで見られるものだ。

グリーンランドの表層の氷を観測している研究者によれば、夏の湖から水があふれ出てクレバスに流れ込み、氷の層の下部に達しているという。こうした水の動きは潤滑剤的な働きをして、氷の層全体の海洋への移動を促進してしまうことになる。

北極海ではまもなく、年に1、2カ月は完全に氷のない時期が訪れることになろう。これによって、アルベド効果の絡んだサイクルが生まれることになる。つまり、氷が日光を反射し、一方では太陽からの熱を海洋が吸収して、北極海のさらなる温暖化につながるというメカニズムである。

気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)も重大な警告を発している。最近のIPCCの報告書は、緊急の行動が伴わなければ、気候変動は我々の対応能力を早晩超えてしまうと警告した。

キーリング曲線

キーリング曲線」は、ハワイ・マウントロア観測所で大気中のCO2濃度を測定している。2013年には400ppmを超え、それ以降は濃度が上昇しているだけではなく、上昇率も高くなってきている。科学者によれば、現在のCO2濃度レベルは少なくともこれまでの200万年で最高だという。

壊滅的な気候変動を避ける取り組みに失敗したらどうなるのだろうか? 長期的には地球上の表面のほとんどは居住不可能になるだろう。植物や動物の多くの種が移動できなくなって死に絶える。人類は生き残るかも知れないが、熱波や飢餓、戦争による死亡によって人口は大幅に減ることだろう。

緊急かつ大胆な行動が必要

これらの理由のために、まだ時間のあるうちに大胆な気候アクションに取り組む必要がある。

「私たちには希望があります。もちろんそうですが、希望以上に必要なのは行動することです。行動し始めれば、希望はあちこちに現れるのです」というグレタ・トゥーンベリの言葉を思い出そうではないか。

将来世代のために、そして美しい地球のために、今こそ行動しよう。

どんな行動が必要か

1.化石燃料の採掘を止めねばならない。現在、中国とインドが石炭を大量消費している。ロシアやサウジアラビアのような国々は石油や天然ガスを採掘・輸出している。カナダのタールサンド事業は大量の温暖効果ガス排出につながっている。米国ではバイデン政権が気候アクションを取ると公約しているにもかかわらず、海洋や北極にある石油採掘権を売却している。

John Scales Avery
John Scales Avery

2.化石燃料関連企業への補助金を止めるべきだ。最近の報告書では、これらの企業は2020年に計5兆9000億ドルの補助金を受け取ったという。

3.再生可能エネルギー事業を促進・支援すべきだ。グリーンニューディールはルーズベルト大統領のニューディール政策と同じく政府の行動を目に見えやすくし、緊急に必要とされる再生可能エネルギー構造を生み出す。再生可能エネルギーは現在、化石燃料由来のエネルギーよりも安価であるが、政府の支援が依然として求められている。(原文

※ジョン・スケールズ・アベリー(1933年、レバノンで米国の両親から生まれる)は、量子化学、熱力学、進化、科学史における研究で有名な理論化学者。1990年初め以来、積極的に平和活動も行う。「科学と世界問題に関するパグウォッシュ会議」のメンバーでもあった。

INPS Japan

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|視点|プーチンのウクライナへの侵略が世界を変えた(フランツ・ボウマン 元国連事務次長補、ニューヨーク大学客員教授)

|視点|プーチンのウクライナへの侵略が世界を変えた(フランツ・ボウマン 元国連事務次長補、ニューヨーク大学客員教授)

【ニューヨークIDN=フランツ・ボウマン】

戦争は地理について様々なことを教えてくれる。今年2月中旬時点では、マリウポリハルキウ、ブチャ、ケルソン、チェルニヒフ、イルピンといった地名について、私の携帯電話のオートコレクト機能は認識せず、西ヨーロッパや米国在住者で、これらの場所の位置を地図上で特定できた人はほとんどいなかった。しかし今では、ウラジーミル・プーチン大統領が発動した「特殊軍事作戦」の衝撃的な映像のせいで誰もが知るところとなった。

プーチンの命令がもたらしたもの

Image source: Sky News
Image source: Sky News

戦争は、国の強さやレジリエンス(強靭性)についても教えてくれるし、弱点も明らかにしてくれる。ドイツのヘルムート・シュミット元首相がかつてロシアを「ロケットのあるガソリンスタンド」と呼んだように、核兵器保有国であることを除けば、世界にとってこの国の重要性は、資源輸出と政治をとおして地球温暖化の緩和を阻害していることだろう。ロシアの輸出品は主に原材料で、石油、ガス、石炭は世界の供給量の約20%を占め、連邦予算の5割を占めている。特に欧州連合(EU)の一部の国における、ロシア産天然資源への依存度は高い。

プーチン政権下の20年間、化石燃料の輸出で稼いだ数兆ドルは、軍需産業を支え、利潤を追求するオリガルヒ(新興財閥)層を作り上げた。彼らの莫大な富は、西側各地の高級不動産に投資され、2022年3月までは、そこで彼らの子どもたちが勉強し、彼らのジェット機が駐機し、彼らのヨットが停泊していたのである。

過去20年間に発展した、この持ちつ持たれつのビジネスモデルは、今や破綻している。欧州諸国はロシアの化石燃料を購入し、ロシア政府の暗黙の了解の下でオリガルヒが横領した販売収入のかなりの部分をリサイクル、いや、洗浄していたのだ。30年前、ロシアのGDPは中国並みだったが、今では中国の10分の1、或いは人口が6700万人とロシアの1億4400万人の半分以下で天然資源もないフランスの約半分程度になった。

圧倒的な優勢が喧伝されていたロシア軍の苦戦は予想外の展開だった。2週間でキエフを占領するというプーチンの壮語は見事に崩れ去った。そうした軍事目標を成し遂げるには、より優れた軍隊とより脆弱な敵が必要だったのだ。今回の経験から改めて得られた教訓は、独裁者を宥めても紛争は回避できず、かえって紛争を誘発しより凶暴なものにするということだ。

プーチンがもたらした破壊

ロシアのウクライナに対する戦争は、その無計画な破壊と徹底的な残酷さにおいて恐ろしいものである。病院、劇場、アパート、ショッピングセンター、学校、教会、博物館、郵便局、スポーツ施設、老人ホーム、橋、さらには原子力発電所やホロコースト記念館までもが爆撃されている。ロシアは、表向きの大義名分として、特別軍事作戦は、ナチス勢力に支配されたウクライナを開放し、ドンバス地域で横行している大量虐殺を防ぎ、退廃した西側により脅かされているロシアの安全保障上の利益を前進させるためとしている。

国際司法裁判所はウクライナの主張を受け入れ、ロシアの侵略を正当化する証拠がないと指摘し、ロシアに軍事作戦を即時停止するよう命じた。平和維持に責任を負っている国連安保理の常任理事国が、国連憲章の原則に反して、侵略戦争を仕掛け、国境を侵し、組織的に民間人を狙い(国際人道法上の戦争犯罪)、核兵器の使用を威嚇したことは、理解しがたいことである。

プーチンの人命軽視は、ウクライナ人に限ったことではない。プーチンの焦土作戦により、この1カ月で1万人を超えるロシア軍兵士が死亡した。20年間のアフガニスタン紛争での米軍兵士の死者数が2218人であるのに比べれば、その差は歴然としている。ロシア軍兵士の中には、2002年に期限切れとなった食糧を携行する者もいれば、無線で食糧や水、燃料を要求する者もいた。プーチンの犯罪性は、ロシアという国家を人質に取り、国と国民を国際的な悪者に仕立て上げたことだ。これを元に戻すには何世代もかかるだろう。

プーチンが引き起こした混乱

Photo Credit: climate.nasa.gov
Photo Credit: climate.nasa.gov

混乱はプラスにもマイナスにも作用する。プラス面では、プーチンはウクライナ、北大西洋条約機構(NATO)、EUを団結させ、新型コロナのパンデミックに直面してもなし得なかったこと、すなわち世界経済の脱炭素化を加速させ、パリ協定の目標を復活させたことである。新型コロナのパンデミックからグリーンリカバリーを実現する機会が無駄にされたのだから、早すぎるということはない。2020年と21年に、G20は約14兆ドルの景気刺激策を支出したが、そのうち温室効果ガスの排出を削減する分野に割り当てられたのはわずか6%で、3%は排出を増加させる活動に充てられた。

しかし、これはプーチンが関与する前の話だ。今、世界では、第一に化石燃料からの脱却、第二に効率化に真剣に取り組もうとしている。つまり、化石燃料への補助金を減らし、グリーンエネルギーや省エネルギー技術に投資が行われている。電気自動車や公共交通機関にはインセンティブを与え、建物には断熱材やヒートポンプを導入する動きが加速している。

Wheat (Triticum aestivum) near Auvers-sur-Oise, France, June 2007/ Wikimedia Commons
Wheat (Triticum aestivum) near Auvers-sur-Oise, France, June 2007/ Wikimedia Commons

気候変動に左右されない世界経済への移行に重要なことは、公共政策の問題である。しかし、そのためには、銅、ニッケル、プラチナ、パラジウム、アルミニウム、リチウムなど、グリーンテクノロジー(ソーラーパネル、風力タービン、電気自動車)の製造に使われるいわゆるエネルギー遷移金属(その多くはロシアとウクライナが保有)の入手も必要である。再生可能エネルギーシステム用の原料を確保するには、研究、公共政策のインセンティブ、コストの問題がある。

しかし、ロシアのウクライナに対する侵略がもたらしたもう一方の「破壊要因」は、特に開発途上国における食糧不安である。食糧とエネルギーの価格高騰は、依然としてパンデミック対策に苦労している多くの途上国の貧困と食糧不安を悪化させるため、重い追加負担となっている。エネルギー遷移金属と同様に、ウクライナとロシアは世界の小麦とヒマワリ油の主要生産国であるため、今回の戦争は大きな影響を及ぼしている。ウクライナの農家が今年の春作の収穫を阻まれているため、小麦の先物価格が急上昇し、かつてない高水準に達している。インフレ圧力は多くの国で政治的安定を脅かしている。

Photo: A wide view of the Security Council meeting on threats to international peace and security. 22 August 2019. United Nations, New York. Credit: UN Photo/Manuel Elias.
Photo: A wide view of the Security Council meeting on threats to international peace and security. 22 August 2019. United Nations, New York. Credit: UN Photo/Manuel Elias.

ウクライナ国内では600万人以上が避難し、500万人近くが海外に避難している。その数は膨大で、西ヨーロッパの受け入れ国のキャパシティを圧迫しているが、これまでのところ、多くの善意が寄せられている。幸いなことに、公的な制度も、シリア、イラク、アフガニスタンからの難民が欧州に殺到した2015年当時と比べれば、かなり良くなっている。

国際社会全体を見回すと、今回の危機にそれほどうまく対処できていない。弱肉強食の復活と主権国家が自らの将来を決定する権利を否定することを目的とした、プーチンの大胆な嘘、ひどい残虐行為、国際規約の明白な違反は、誰もが世界中の反感を買ったと思っただろう。しかし、実際にはこのような見方がどこでも共有されたわけではない。ブラジル、中国、インド、イスラエル、パキスタン、南アフリカ、トルコ、アラブ首長国連邦(UAE)など、多くの国がロシアを非難するどころか、曖昧な態度をとっている。このことから、紛争の平和的解決、ルールに基づく行動、協力という国連の基本原則を揺るがす事態となっている。

Portrait of President Harry S. Truman / By National Archives and Records Administration. Office of Presidential Libraries. Harry S. Truman Library, Public Domain
Portrait of President Harry S. Truman / By National Archives and Records Administration. Office of Presidential Libraries. Harry S. Truman Library, Public Domain

地球規模の問題、特に気候変動問題や生物多様性の喪失は、多国間でしか解決できない。つまり、特に強大な国家に適用される、自らに課した制約の枠組みの中でしか解決できない。この思いは、一世代のうちに2度の破滅的な戦争を経験した世代が創設した国際連合の基礎となるものであった。フランクリン・D・ルーズベルト米大統領は、国際連合の創設について、「何世紀にもわたって試みられ、常に失敗してきた単独行動、独占同盟、勢力圏、力の均衡、その他あらゆる方便の終焉を告げるはずだ」と力強く主張したのである。同様に、彼の後継者であるハリー・S・トルーマン米大統領も、「大国の責任は、世界の人々に奉仕することであり、支配することではない」と述べている。しかし、世界は大国に支配されている。世界人口のごく少数、つまりどこの国でも金持ちと先進国は、集団として地球の資源の大部分を消費している。もし、この消費が普遍化されれば、いくつかの惑星が必要になるだろう。

プーチンのウクライナへのいわれのない攻撃は、世界を変えた。それは、人類文明を救うという緊急プロジェクトから恥ずかしくも目を逸らすことになる。あるいは、いくつかの深刻な危機に対する相乗的な反応の触媒となるのかもしれない。つまり、化石燃料(=ロシアの資源)への依存を減らすことは、気候危機を救い、公衆衛生を改善し、産油国家から収入を奪い、規模を拡大した自然エネルギー産業で十分な報酬を得られる雇用を創出することになるのだ。思うに、プーチンの破壊的な行為は、皮肉にも人類をして自らを救うための活力を与えることになるかもしれない。(原文へ

フランツ・バウマン博士は、元国連事務次長補で、ニューヨーク大学客員研究教授。直近では、環境と平和活動に関する特別顧問として、事務次長補の地位にあった。この記事は、ウォールストリート・インターナショナルが配信したもので、同通信社の許可を得て転載しる。

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欧州連合と米国、モルドバの難民支援に資金を配分

【モスクワ|キシナウIDN=スター・ケン・クロメガー】

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、戦争で荒廃したウクライナから国境を越えて隣国のポーランド、バルト三国、モルドバ、ルーマニア、ハンガリー等に流出した難民数を約500万人を記録している。

UNHCRの統計によると、4月初旬の時点で、500万人以上がウクライナから逃れた。ポーランドには350万人近く、ルーマニアには58万6,942人、モルドバには38万1,395人、ハンガリーには34万9,107人の難民が逃れている。

2月24日に始まったロシアのいわゆる「特別軍事作戦」によって、ウクライナでは凄まじい残虐行為が横行し人道的状況が悪化しており、米国や欧州連合(EU)加盟国は支援を呼びかけている。

Image: Destruction in Ukraine caused by the Russian invasion. Source: The Daily Star.
Image: Destruction in Ukraine caused by the Russian invasion. Source: The Daily Star.

ウクライナ情勢を受け、欧州、特にポーランドやバルト地域では大量の難民が流入している。ロシアはウクライナと長大な国境を接しており、ウクライナはEUや北大西洋条約機構(NATO)への加盟を求めてきた。

ポーランド当局は、これまでウクライナで高まる人道危機を繰り返し指摘し、このままでは最大800万人の避難民が発生すると警告してきた。ルーマニアやウクライナと国境を接するモルドバ(面積は九州とほぼ同じ)にも、難民が流入している。モルドバはウクライナと同じくロシアが一方的に独立を承認した地域を領土内に抱えている他、ともに黒海に面している。

米国は、ウクライナ難民の流入による危機に対処するため、先にモルドバに約束した2000万ドルの援助に加え、さらに5000万ドルを提供すると、4月1日にモルドバを訪問したリンダ・トーマス=グリーンフィールド国連大使がモルドバのナタリア・ガブリリタ首相との共同記者会見で語った。

「最近、ウクライナ難民が流入する勢いはおさまってきている。しかし、難民数は既にモルドバの対応能力を超えており、私たちは難民がここから他の欧州諸国に直行できるようなトランジット回廊の設立を他の国々と協議しています。」とガブリリタ首相は語った。

ロシアのウクライナへの軍事侵攻が始まった2月24日以来、39万人以上がウクライナからモルドバに到着している。そのうち4万8000人の子どもを含む10万人近くがモルドバ領内に留まっている。

Map of Moldova
Map of Moldova

欧州連合はモルドバに対し、融資および助成金の形で1億5千万ユーロのマクロ金融支援活動を行った。「ブリュッセルで発表されたプレスリリースによると、「この支援は、現在の地政学的状況におけるモルドバの回復力を強化し、国際通貨基金(IMF)のプログラムに明記されているモルドバの国際収支のニーズを補填することに貢献するものである。

このマクロ経済支援は、モルドバの経済安定化と改革アジェンダを支援することを意図している。この援助は、2022年から2024年にかけて実施される予定。総額のうち、最大1億2000万ユーロが「有利な融資条件での」中長期融資として、最大3000万ユーロが助成金として提供される予定だ。

しかし、4月上旬、マイア・サンドゥ大統領は、モルドバは中立の立場を維持し、ウクライナ紛争をめぐるロシアに対する欧米の制裁には加わらないことを改めて繰り返した。隣国の紛争がモルドバの経済状況に影響を及ぼしているというのが、彼女の言い分である。

サンドゥ大統領は、「現在、ウクライナ、ロシア、ベラルーシの市場にはアクセスできていません。紛争の結果、これらの国々への輸出入は事実上ブロックされています。」と述べ、輸出入に関する規制が行われている可能性についてコメントした。

その上、モルドバはロシアからの燃料供給に強く依存している部分が多い。「天然ガスも電気も入手できない状態に国を放置しておくことはとてもできない。モルドバ国民のため、そして5万人の子供を含む10万人のウクライナ難民のためにも、そんなこと(=対ロ経済制裁に参加すること)はできない。」とサンドウ大統領は語った。

最新の動向としては、ロシアとウクライナの和平交渉がこの4月にもオンラインで継続している。ロシアの地元メディアは、プーチン大統領とウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領の具体的な会談日程を決める前に、合意文書のすべてのパラメータが徹底的に準備されると報じている。

様々な解釈や評価によれば、ロシアとウクライナは、ウクライナの中立的地位と安全の保障に関して、各々の立場を近づける可能性があるという。

国連、欧米諸国と国際社会は、ロシアが民主主義と独立国の主権、及び国際法を無視していると非難している。

Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0
Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、NATOが(冷静終焉した東西ドイツ統一時に)東方拡大しないとした約束を守っていないことに危機感を抱き、連邦議会上院と下院の承認を得て2月24日にウクライナの「非軍事化」と「非ナチ化」を目的とする特別軍事作戦に乗り出した。

しかし世界の指導者たちは、すべての国が国際法を尊重し、その範囲内で行動しなければならないこと、そして、内政不干渉、国家主権と領土保全の尊重という原則に深く導かれる必要があると主張している。(この原則を逸脱した)ロシアは現在、米国とカナダ、欧州連合、日本、オーストラリア、ニュージーランド、その他多くの国々から制裁を受けている。(原文へ

*モルドバは、ウクライナの首都キーウ近郊などで多数の市民がロシア軍によって殺害されていたことを受け、4月4日を追悼の日とし、首都キシニョフにある政府庁舎に半旗を掲げた。またモルドバには、1990年に一方的に分離独立を宣言し、ロシア軍が駐留している「沿ドニエストル地方」があり、ウクライナに侵攻しているロシア軍の動きを警戒している。
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冗談が平手打ちになるとき

【アブジャIDN=アズ・イシクウェネ】

ハリウッドのアカデミー授賞式の1週間前、ナイジェリアでは一風変わったアカデミー賞のような瞬間が訪れた。前中央銀行総裁で、商業的に最も重要な南東部の州の新知事となったチャールズ・ソルド氏の宣誓式で、前知事の妻エベレ・オビアノ氏が珍しいドラマを演じたのだ。

エベレは、ビアンカ・オジュクウ・ナイジェリア元駐スペイン大使が座っている貴賓席に向かって、長年政府の邪魔者だった彼女がこの式典に何の用があるのかと嘲笑したのである。この後の展開は、エベレが身にまとっていた蝶々柄のピンクのドレスのように美しいものとはならなかった。

Photo: Ebelechukwu Obiano, the wife of Willie Obiano, the governor of one of Nigeria’s five south eastern states, Anambra. Source: facebook.com/mamaananbra
Photo: Ebelechukwu Obiano, the wife of Willie Obiano, the governor of one of Nigeria’s five south eastern states, Anambra. Source: facebook.com/mamaananbra

何百人もの来賓と、テレビやソーシャルメディアでフォローしていた多数の視聴者の前で、元美人コンテストの優勝者で大使のビアンカは、退任する知事の妻に平手打ちをし、彼女のかつらをめちゃめちゃにした。ノリウッドメディアはこれを「Fury Of The Fish Wives(口汚い妻達の怒り)」と呼んだかもしれない。しかし、これは映画ではなく、現実であった。

厳粛な引継ぎ式は一瞬にして台無しになった。視聴者の注目は、この2人の夫人のドタバタ劇に注がれたからだった。ナイジェリア国民の怒りは、国民のだれもが一度目のワクチンも打てなかった時に、2,755ドルもするグッチのメガネを買っただけでなく、個人用ワクチンを購入した田舎者のファーストレディの所業に注がれ、ビアンカの彼女に対する暴力は当然の報いとみなされた。

ビアンカの平手打ちは、ソーシャルメディアを揺るがした。ビアンカは自己防衛のために行動したと反論したものの、彼女がどのような手本を示したのか、行き過ぎはなかったのか、実際、エベレの所業に対する世間の判断は不公平ではなかったのか、疑問が残る。

エベレとビアンカの対決からやっと立ち直ったところで、何千キロも離れた場所でウィル・スミスが登場し、ハリウッドがノリウッドを見習ったかのような印象を一瞬与えたが、ウディ・アレンでさえこれを脚本化するのは困難だろう。クリス・ロックが、ジェイダ・ピンケット・スミスの脱毛について冗談を言ったことに反応して、ステージに飛び上がり、クリス・ロックに殴りかかったウィル・スミスは何を考えていたのだろう?

この質問は、本末転倒と言う人もいるかもしれない。このジョークはウィル・スミスではなく、ジェイダの脱毛(医学的疾患)が家族に及ぼしているであろう不幸をまったく顧みず、スミス夫妻にとって喜びの日を選んで下手で味気ないジョークを飛ばしたロック自身に向けられるべきものなのだ。

残念ながら、コメディアンは他のクリエイティブな人々と同様に、他人の欠点や癖、あるいは嫌いなものだけでなく、その人の不幸も商売にしてお金をもらっているのである。例えば、南アフリカのジェイコブ・ズマ大統領は長年にわたって痛烈なジョークの対象となり、実際、レイプ裁判の際の大統領の証言から「シャワーヘッド」という漫画の風刺画を戴いたものである。

Jacob Zuma/ By Australian Embassy Jakarta – This file has been extracted from another file, CC BY 2.0

5年前、アメリカの女優でコメディアンのキャシー・グリフィンは、ドナルド・トランプのトマトが飛び散った頭部のレプリカと一緒に写真を撮ったとき、面白いと思ったそうだ。しかし、その反動は彼女の想像以上だった。グリフィンは、常に限界に挑戦するのが彼女のビジネスの本質であり、悪意はなかったと謝罪したが、CNNから解雇されたほか、興行ツアーの日程と推薦も失うこととなった。

また、ナイジェリアの人気コメディアン、バスケットマウスが2014年に「白人女性」と「アフリカ人女性」とのデート経験を比較し、どちらのバラエティがストレートに「ちょっとしたレイプ」を必要とするかを下敷きにした味気ないジョークは、彼がEU主催のジェンダーに基づく暴力に対するキャンペーンのインフルエンサーに選ばれる2019年までは忘れ去られていた。彼は過去のジョークについて謝罪したが、このことでEUの推薦を失ってしまった。

ロックのジェイダに対するジョークが一線を越えたかどうかについては、あまり異論はないと思う。脱毛症は、あらゆる種類の脱毛の総称であり、笑い事ではない。この病気は医学的には深刻ではないが、患者はさまざまなレベルの心理的不快感に耐えており、高齢者の前で歯周病や歯の喪失について話すように、精神的に一層追い込むことになる。

禿げた男なら顎で笑うジョークを受け止めただろうし、実際、ウィル・スミスはジョークを受け止める前に一瞬笑ってしまったという話もある。しかし、ジェイダはハゲた男ではないし、そうなる必要もなかった。彼女は病気と闘ってきた女優である。彼女は自分の病状を公表しており、それを悪意を持って笑いに利用したのはロックの皮肉であった。

アカデミーがカリフォルニア州の法律で可能な告発を渋ったのは、必ずしもスミスのためではなく、むしろアカデミー自身の自己利益のためだという意見も出ている。例えば、#OscarsSowhiteから#OscarsBlackfightsになることが、どのようにアカデミーの役に立つのだろうか?また、ロックが白人のコメディアンであったとしても、ウィル・スミスは同じように反応しただろうか?それとも、彼がオスカーの受け手になったからこそ、ジョークが突然無神経で悪いものになったのだろうか?

中世の文学には、愛のための戦いや騎士道が数多く登場し、それは個人の悲劇に終わるだけでなく、時にはスペイン継承戦争のような悲惨な血の抗争に発展することもあった。しかし、世界はそれから大きく進歩した。ジェイダはウィル・スミスにランスロットやシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』に連れ戻される必要はなかったのだ。

ロックのジョークは不愉快で、深く不快なものだった。しかし、法律を自らの手で行使し、暴力的に反応することで、ウィル・スミスは現代のポップカルチャーの最悪の行き過ぎた部分、つまり、壊れた、制御不能の、ナルシストな部分を体現してしまった。私たちが自分の子どもたちをそのような空間からできる限り遠ざけようとするのは、そのような理由からだ。テレビの生中継で、ある有名人が他の有名人をやっつけるのを見ると、その人のジョークが気に入らなければ、その人をやっつけてもいいのだ示唆することになってしまう。

ウィル・スミスもジェイダを助けようとはしなかった。彼の行動は、すべての騎士道精神の意図しない結果のように、女性を弱く、無防備で、男性の承認と保護なしでは不完全なものとして描くことであり、たとえそれが今回のように愚かで不必要なものであったとしてもだ。ロックは、平手打ちされた後に自分を抑えることで、この嫌な光景の中で二人のうちより立派に見え、狂気の下劣さの瞬間であっても何とか自分を取り戻しているように見えた。

ウィル・スミスは、2度ではなく1度ステージに上がり、不快感を表明し、ロックの腐ったジョークに対する謝罪を要求することで、彼自身やジェイダ、そして見ている世界中の何百万人もの人々のために、より良い貢献をしただろう。そして、たとえウィル・スミスが歩み寄らなかったとしても、ジェイダの並外れたキャリアと素晴らしい社会貢献は、おしゃべりな人の無防備な瞬間によって損なわれることのない遺産なのだ。

ナイジェリアの知事交代式での平手打ち劇やカリフォルニアでのアカデミー賞授賞式など、事件現場を見ていると、政治家やセレブも人間であり、普通の人間同様、正気を失った瞬間に社会的地位や我々が大切にしている価値観を全く無視した間違った言動をとってしまうことがわかる。

ウィル・スミスのクリス・ロックへの暴行は、アカデミー賞授賞式やその他のハリウッドのビッグナイトにおける最後の台本なしのハイライトにはならないだろう。たとえ世界が他の頬を差し出したとしても、セレブたちは、自分たちのステータスがそうする権利があると思い込んで、それを行使するのである。(原文へ

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国連、地球温暖化防止は「今しかない」と警告

【ニューヨークIDN=ラドワン・ジャキーム】

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、気候変動に関する科学的知見を集約する国連機関「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の最新評価報告書の発表を受けて、地球温暖化を摂氏1.5度に抑えるには「今しかない」と警告した。

4月4日に発表されたIPCC第3作業部会(緩和策)の報告書によると、2010年から19年にかけての有害な炭素排出量は、人類史上かつてないほど多くなっている。これは、世界が大惨事への「早道」にあることを証明するものだ。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

グテーレス事務総長は、世界中の政府がエネルギー政策を見直さない限り、人が住めなくなる世界となると主張した。彼の発言は、すべての国が化石燃料の使用を大幅に削減し、電気へのアクセスを拡大し、エネルギー効率を改善し、水素などの代替燃料の使用を増やさなければならないというIPCCの主張を反映したものだ。

グテーレス事務総長はビデオメッセージで、「気候科学者たちは、連鎖的で不可逆的な気候への影響につながり得る転換点に既に危険なほど近づいていると警告している。」と指摘したうえで、「早急に行動を起こさない限り、主要都市が水没し、熱波や暴風雨が襲う。水不足が広がり、100万種の動植物が絶滅する。これはフィクションでも誇張でもない。現在のエネルギー政策がもたらすものであることを、科学が教えてくれている。私たちは、2015年にパリで合意された1.5度の上限の2倍を超える地球温暖化への道を歩んでいる。」と危機感を露わにした。

各国政府を通じて推薦された数百人の科学者が執筆し195カ国が合意したIPCC報告書は、その厳しい評価を裏付ける科学的証拠を提供し、人間の活動によって発生した温室効果ガスの排出量が、「世界のすべての主要部門で」2010年から増加していると指摘している。

グテーレス事務総長はまた、「(2030年までに排出量が14%増加する現在各国が表明している削減目標は)気候に関する約束破りの羅列であり、この報告書は、約束と現実との間に大きな隔たりがあることを明らかにした。」と指摘したうえで、「排出量が多い政府や企業は、見て見ぬふりをしているだけでなく、気候変動を引き起こす産業への投資を継続して火に油を注いでいる。」と非難した。

Air and chemical pollution are growing rapidly in the developing world with dire consequences for health, says Richard Fuller, president of the Pure Earth/Blacksmith Institute. Credit: Bigstock
Air and chemical pollution are growing rapidly in the developing world with dire consequences for health, says Richard Fuller, president of the Pure Earth/Blacksmith Institute. Credit: Bigstock

報告書の著者らは、排出量の増加の原因が都市部にあるとして、過去10年ほどの間に取り戻した排出量の削減は、「産業、エネルギー供給、輸送、農業、建物における世界的な活動レベルの上昇による排出量の増加を下回っている」と憂慮する言葉を綴っている。

IPCCは、一方でポジティブな側面として、2030年までに排出量を半減させることは依然として可能であると主張し、各国政府に排出量削減のための行動を強化するよう促している。また、2010年以降、再生可能エネルギー源のコストが大幅に低下(例:太陽発電、風力発電、蓄電池価格が最大85%低下)している点を歓迎している。

今しかない

最新の報告書を発表したIPCC第3作業部会の共同議長であるジム・スキア氏は、「地球温暖化を1.5℃に抑えるには、すべての部門で即時かつ大幅な排出削減をしなければ不可能であり、今しかない」と述べている。

世界の気温は、二酸化炭素の排出が正味ゼロになると安定する。1.5度の場合は2050年代前半、2度の場合は2070年代前半に全世界で二酸化炭素の排出が正味ゼロになることを意味するとIPCC報告書は述べている。

「今回の評価では、温暖化を2度に抑えるには、依然として世界の温室効果ガス排出量を遅くとも2025年までにピークアウトさせ、30年までに4分の1に削減する必要があることを示している。」

IPCCの評価は、各国政府が気候政策を立案する際に利用できる科学的根拠を提供するもので、非常に重要視されている。また、気候変動に対処するための国際交渉においても重要な役割を担っている。

IPCCの報告書では、各国政府が利用できる持続可能な排出削減策のうち、都市や都市部の機能を将来的に見直すことが、気候変動の最悪の影響を緩和するために大きく役立つと強調している。

「これらの削減は、エネルギー消費の削減(コンパクトで歩きやすい都市の形成など)、低排出エネルギー源と組み合わせた輸送の電化、自然を利用した炭素吸収・貯蔵の強化によって達成できる」と報告書は提言している。「既存の都市、急成長する都市、新しい都市には選択肢がある」と述べている。

IPCC
IPCC

IPCC第3作業部会共同議長のプリヤダルシ・シュクラ氏は、このメッセージに共鳴し、「正しい政策、インフラ、技術…ライフスタイルや行動を変えることができれば、2050年までに温室効果ガス排出を40~70%削減できる。また、このようなライフスタイルの変化が、私たちの健康と福祉を向上させることも実証されている。」と語った。(原文へ

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ウクライナをめぐる核戦争を回避するために

【ルンドIDN=ジョナサン・パワー】

Image source: Los Angeles Times
Image source: Los Angeles Times

冷戦時代には、核抑止という一か八かのギャンブルを、安全をもたらす政治的生き方として信じる人たちをはねつけるために「死ぬよりは赤(=共産主義者)でいるほうがまし」という言葉があった。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナで核戦争を始めるかもしれないと怯える私たちは、今、新しい言葉を作らなければならないだろう。それでは、「プーチンと一緒に墓に入るより、生きている方がましだ」というのはどうだろう。

確かに、これでは語呂が悪いが、私の言いたいことは分かるだろう。

国連でドナルド・トランプ大統領(通称「炎と怒り」)は、米国が自国と在韓米軍の防衛を余儀なくされた場合、北朝鮮を「完全に」破壊すると脅したことがある。

それに対して、米国上院の外交委員会の元委員長で、一時はトランプ候補の重要な後ろ盾であったボブ・コーカー上院議員は、トランプは国を「第3次世界大戦への道」に導く可能性があると非難した。

もしドナルド・トランプが核兵器を無制限に使えると考えていたとすれば、このタブーを超えられると考えた大統領は彼が初めてではなかった。ハリー・トルーマン大統領が広島と長崎への原爆投下を正当化するために公言した議論と同じようなものだからだ。

Photo: The remains of the Prefectural Industry Promotion Building, after the dropping of the atomic bomb, in Hiroshima, Japan. This site was later preserved as a monument. UN Photo/DB
Photo: The remains of the Prefectural Industry Promotion Building, after the dropping of the atomic bomb, in Hiroshima, Japan. This site was later preserved as a monument. UN Photo/DB

当時トルーマンは、「日本の南から東京に向かって戦っていた何十万人もの米兵の命を守るためには、原爆を使わなければならない。」主張していた。しかし今では、高名な歴史家たちによって、これがトルーマンに原爆投下の命令を出させた最も重要な論拠ではなかったことが知られている。それは、もし米国が早急に日本を降伏させなければ、当時の同盟国であるソ連が北から日本に侵攻してきて、先に東京に到達してしまうという恐れであった。

1945年8月当時、85%のアメリカ人が、トルーマンの原爆投下の決断を支持すると世論調査に答えている。その後原爆投下への支持は年々低下し、2015年の世論調査では、正当だと思う人は46%にとどまったというが、それだって多い方だ。それゆえ、アメリカ人は核兵器のさらなる使用をタブー視しているという誤った考えがある。

何百万部も売れた米誌ニューヨーカー誌に掲載されたジョン・ハーシー氏の「ヒロシマ」(1946年8月31日発行)は、タブー意識を醸成するのに大いに貢献したが、時間が経つにつれ、それだけでは足りなくなった。すべてのアメリカ人が、核兵器の将来の使用に対して予防接種を受けているわけではない。

1953年から55年にかけての朝鮮戦争の際、トルーマン大統領は、中国が共産主義の北朝鮮を助けに来るのを食い止めるために再び核兵器を使用しかけたが、英国のウィンストン・チャーチル首相が思いとどまらせることができた。

ジョン・F・ケネディ大統領の顧問であったロバート・マクナマラ国防長官(後に平和主義に傾倒)らは、1962年のキューバ危機の際にソ連に対する核兵器使用を検討し、極限状態での使用を精神的に覚悟していた。

ベトナム戦争では、リチャード・ニクソン大統領とヘンリー・キッシンジャー国務長官が、北ベトナムに対して核兵器を使用することを真剣に考えた。ソ連のレオニード・ブレジネフ書記長の顧問だったゲオルギー・アルバトフ氏は、将軍たちがブレジネフに、対米先制攻撃に核兵器を使うことを検討すべきだと主張したことが2、3度あったと私に打ち明けてくれた。

2015年にYouGovが行った世論調査では、イランが核計画を放棄する見返りに国際社会による制裁を大幅に緩和するという合意に違反していることが発覚した場合、米国がどのような反応を示すかを調査している。

Nuclear threats from Israel and Iran have triggered a potential competitor in Saudi Arabia. Credit: U.S. Air Force
Nuclear threats from Israel and Iran have triggered a potential competitor in Saudi Arabia. Credit: U.S. Air Force

YouGovは調査対象者に、イランがペルシャ湾で空母を攻撃して2000人以上の軍人を殺害し、その後アメリカが空爆と地上侵攻で報復した場合、どう思うかを尋ねた。その結果、56%の人が、イランが降伏しないなら核攻撃は許されると答えた。女性の調査対象者の回答にも違いが見られなかった。

世論調査の証拠はないが、世界の圧倒的多数が、ロシアや米国による核兵器の使用をいかなる状況でも受け入れないだろうと私は推測している。欧州では、核兵器の使用を許容する人口が5%を超えることはないだろう。

しかし、米国では別問題である。ハーバード大学が米国で実施し詳細に分析した調査「国際安全保障」によれば、米国の成人の約50%が、北朝鮮に対する核兵器の使用は正当化されると考えており、特に2万人の米兵の命を救うことができるのであれば、正当化されると考えていた。(これは現在韓国に駐留している3万人の米軍兵士よりも少ない)。

ハーバード大学のスティーブン・ピンカー教授はこれに反対している。彼は、大多数のアメリカ人が核攻撃を容認することに同意していないと述べている。ピンカー教授は著書『The Better Angels of Our Nature』の中で、アメリカ人にとって「唯一受け入れられる戦争は、遠隔操作技術で達成される外科手術的なものに限る。」と指摘しており、その背景として、近年アメリカ人の間で、「慎重さ、理性、公平さ、自制心、タブー、人権の概念が拡大した」と説明している。

現在のNATOの活動(ロシアの侵略に対抗するためにウクライナに高性能で非常に効果的な対戦車兵器やその他の弾薬を提供している)に対するロシアの核攻撃の可能性に関して、米国の態度を調査した詳細な世論調査はない。プーチンは西側諸国に、もしロシア自身が脅威を感じる状況下では核兵器の使用を命令すると警告している。

Photo: Laser Weapon System (LaWS) on USS Ponce. Credit: US Navy
Photo: Laser Weapon System (LaWS) on USS Ponce. Credit: US Navy

もしロシアの核攻撃があるとすれば、それはまず、戦場での小型核兵器の使用だろう。広島の2割程度の大きさで、1万人程度の殺傷能力が推定される。それでも、米国が同規模の兵器でロシアによるさらなる核兵器の使用を抑止しようとして報復でる可能性は十分にある(米国は欧州の土地にこれらを大量に貯蔵している)。

核戦略家は、核兵器の使用について警告を重ねてきたしてきた。一歩一歩、漸進的にエスカレートしていき、ある時点で「核兵器を使うか、戦争に負けるか」という分岐点に到達する。米軍の前首席司令官コリン・パウエル将軍を含む高位の軍人たちは、いったん核兵器が使用されると、最も強力な核弾頭ロケットの使用で終わりかねないエスカレーションを止めることは、非常に困難であると指摘している。ロシアの軍部や政治上層部にも、同様の慎重論者がいるに違いない。ソ連大統領時代のミハイル・ゴルバチョフも、核兵器の使用を否定していた。

Nikita Chruschstschow/ By Bundesarchiv, Bild 183-B0628-0015-035 / Heinz Junge / CC-BY-SA 3.0
Nikita Chruschstschow/ By Bundesarchiv, Bild 183-B0628-0015-035 / Heinz Junge / CC-BY-SA 3.0

しかし、トルーマンやトランプが示したように、核兵器の使用を信じ、必要ならボタンを押せるという自信を持つ政治家もいるのだ。

プーチンの心中を推し量ることはできない。それとも、キューバ危機の際に核ミサイルの使用を脅したソ連のニキータ・フルシチョフ元首相のように、道徳的な疑念を抱き、可能な限り最後の瞬間に引き下がるつもりなのだろうか。フルシチョフは米国と一種のロシアンルーレットをしたようなもので、これが後にポリトビューローが彼を退陣させた大きな理由の1つであった。フルシチョフは文明社会が焼け野原になるのを見たくなかったのだろう。

教会の常連であるジョー・バイデンが、カトリック教会の教えに反して「核兵器」を使うとは思えない。彼が尊敬するローマ法王が、ウクライナ戦争での暴力行使にも、核兵器にも反対を表明していることを知っているからだ。バイデンは、もし核兵器のオプションを考えたら、神が自分を地獄で焙り焼きにするかどうか疑問に思うだろう。もちろん、現代のキリスト教徒は地獄の炎をあまり信じていないかもしれないが、真相はわからないものだ。私は、バイデンがそのような決断に直面することがないよう祈り、信頼している。(原文へ

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世界の力を結集し核兵器禁止条約を支援

ウクライナ戦争の究極の勝者は、世界の武器商人である

世界政治フォーラムを取材

NATO・ロシア戦争で核兵器使用を回避するのが「最重要」の責任

【ベルリンIDN=ラメシュ・ジャウラ

「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならないことを確認する」―1月3日に中国、フランス、ロシア、英国、米国の5核大国が共同声明で誓った内容である。加えて5カ国は、核保有国間の戦争を回避し、戦略的リスクを低減することが、我々にとって最も重要な責務だと述べていた。この5つの核保有国は、国際の平和と安全の維持に主要な責任を担っている国連安全保障理事会の常任理事国(P5)でもある。

P5が、「すべての国家の安全保障が損なわれずに『核なき世界』を実現するという究極の目標に向け、全ての国と協力して、軍縮の進展に資する安全保障環境を構築する」ことを約束してから3カ月も経たないうちに、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は核戦力の警戒レベルを引き上げる決断をした。

ストックホルム国際平和研究所」(SIPRI)の2021年版の年鑑によると、米国の5500発に対して6375発という世界最大の核戦力を保有するロシアの決定だけに、このことは重要な意味を持っているという。

Image source: Sky News
Image source: Sky News

国連のアントニオ・グテーレス事務総長がこのロシアの決定を「背筋が凍る局面だった」と述べたのは当然だろう。グテーレス氏は、ウクライナ戦争に関する記者団への発言のなかで、「かつては考えられなかった核衝突の可能性が再び現実のものとなった。」と述べている。

その10日後の3月25日、米政府筋は『ウォール・ストリート・ジャーナル』に対して、ジョセフ・バイデン大統領は、核の脅威だけではなくて、通常兵器や生物・化学兵器などの攻撃に対しても核で反撃し得るとの従来の米政府の立場を踏襲することを決めたと伝えた。

「軍備管理協会」のダリル・G・キンボール会長は、この判断について、バイデン氏は選挙公約から一歩後退したと指摘した。

米政府筋の話として伝えたところによれば、バイデン氏の方針は核攻撃の抑止が核兵器の「根本的な役割」だとしつつ、通常兵器、生物・化学兵器の使用や大規模なサイバー攻撃などの「極端な状況」では核使用の余地を残すものとなっている。

「もしこの報道が正しいならば、バイデン大統領は、核兵器の使用条件をより明確化・限定化するとした2020年の大統領選の公約に反したということだ。核戦争の危機から世界を救う重要な機会を逃したということになる。」とキンボール会長は語った。

Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.
Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.

バイデン氏は前回大統領選期間中の2020年春、外交専門誌フォーリン・アフェアーズに寄稿した論文で、「米国が核兵器を保有する『唯一の目的』は、『核攻撃を抑止し、必要なら報復する』ことあるべきだ」と主張。「大統領として、米軍や我が国の同盟国と協議しながら、その信念を実務に変える努力をしたい。」と述べていた。

キンボール会長は、プーチン氏による破壊的なウクライナ戦争、核による威嚇、対NATO戦で核兵器を先制使用するオプションを保持するロシアの政策は「非核脅威に対して核兵器使用の脅しをかけることがいかに危険であるかを明確に示した」と語った。これはまちがいなく、「核兵器について、冷戦時代の危険な考え方から急速に脱却する」ことが必要であることを強調している。

「バイデン氏は核兵器の役割を有意義に狭める機会をとらえることができず、『核態勢見直し』(NPR)を通じて、非核脅威に対して核兵器先制使用の脅しをかけるロシアの危険な核ドクトリンから米国の核政策を隔てることに失敗した。」とキンボール会長は付け加えた。

「核兵器先制使用の脅しや使用ついては、もっともらしい軍事的シナリオも、道徳的に弁解できる理由も、法的に正当化できる根拠など、全く存在しない。」

キンボール会長は、レーガン、バイデン、ゴルバチョフ、さらにはプーチンという歴代の大統領は全員、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」と述べてきたと強調する。「核兵器が核保有国間の紛争でひとたび使用されたら、核報復や全面的な核交戦へとエスカレートしないとの保証はない。」

Photo: Hiroshima Ruins, October 5, 1945. Photo by Shigeo Hayashi.
Photo: Hiroshima Ruins, October 5, 1945. Photo by Shigeo Hayashi.

「軍備管理協会」はバイデン政権に対して「同政権の核の宣言政策がロシアの危険な核ドクトリンといかに異なり、いかなる状況であれば1945年以来初めての核兵器使用に意味があると考えているのかを説明するよう強く求める」とした。1945年、米国は世界で初の原子爆弾を広島・長崎に投下している。

「軍備管理協会」のシャノン・ブゴス上級政策研究員は、「バイデン政権の次の核態勢見直し(NPR)では、米国とロシアの核備蓄を検証可能な形でさらに削減することを積極的に追求し、中国や他の核保有国と軍縮協議に入ることを目指すという米国のこれまでの公約を再確認すべきだ」と述べた。

ブゴス氏は「わずか数百発の米国あるいはロシアの戦略核によって、他方の軍事能力を破壊し、数多くの無辜の民を殺戮し、地球上に気候の壊滅的な変化をもたらすことができるという恐るべき現実がある。」と指摘したうえで、「核兵器先制使用に関して曖昧性を維持することは危険かつ非論理的で不必要だ。」と警告した。

「アクロニム軍縮外交研究所」のレベッカ・ジョンソン所長は「オープン・デモクラシー」誌への寄稿のなかで、「核戦争が可能だという考えになぜ戻ってしまったのか。なぜ『核抑止』はこの事態を止めることができなかったのか。次はどうなるのか。」と問うている。

Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.
Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.

「まず最初に理解すべきことは、抑止はほとんどの防衛戦略の通常の要素であるということだ。抑止とは関係概念であり、核兵器に付与された魔法のような属性ではない。抑止戦略の成功・失敗の鍵を握るのは意思の疎通だ。つまり、どのような脅威や兵器を振りかざそうとも、1人以上の当事者が状況や他の当事者のシグナルや意図を読み違えるか誤解するかすれば、抑止は失敗する。しかし、核兵器に依存することは、世界全体を破壊しかねないギャンブルなのである。」

にもかかわらず、核保有国が核抑止政策を手放そうという兆しはない。したがって、インドやパキスタン、イスラエル、北朝鮮からしてみれば、それぞれ156発、165発、90発、40~50発保有している核兵器を手放す理由など見出しがたくなる。

5つの核保有国は1月初め、「核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行う」とした条約第6条の義務を含め、核不拡散条約(NPT)での公約を再確認した。しかし、この約束は果たされていない。

ブリティッシュ・コロンビア大学(バンクーバー)公共政策・グローバル問題大学校リュー記念国際問題研究所の教授で、軍縮・グローバル・人間安全保障問題の責任者であるM・V・ラマナ博士は、軍縮義務はNPT上の核兵器国だけではなくて、その他4つの核保有国にもあてはまると述べた。

1996年、国際司法裁判所は「厳格かつ効果的な国際管理の下におけるあらゆる側面での核軍縮につながるような交渉を誠実に追求し妥結させる義務が存在する」と判示した。この義務はすべての国に適用されるとラマナ博士は指摘した。

International Court of Justice/ Wikimedia Commons
International Court of Justice/ Wikimedia Commons

現在のゆきづまりを打開するひとつの明らかな方法は、核兵器禁止条約に署名し、数千発に及ぶ自国の核兵器を廃止することだ。ロシアや米国による核兵器配備の威嚇は、まったく有益ではない。

軍備管理の専門家であり、ジェイムズ・マーティン不拡散研究センター(ミドルベリー)のマイルズ・A・ポンパー上級研究員は、ウクライナでの戦争は「世界を核の破滅から遠ざけてきたシステムにとって、さらなる負担にはなったが、決定的な打撃が加えられたわけではない」と見ている。ポンパー氏は、「このシステムは何十年もかけて進化してきたもので、米ロの当局者は相手が核攻撃にどの程度近づいているのかを測る上で役に立ってきた。」と語った。(原文へ

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核軍拡競争の停止を求める高い呼び声

人類が核時代を生き延びるには、核兵器がもたらす厳しい現実と人類の選択肢を報じるジャーナリズムの存在が不可欠(ダリル・G・キンボール軍備管理協会会長)

平和構築をめざす仏教者が「核軍縮は早期に解決を図らなければならない課題」と訴え

プーチンのウクライナ戦争――袋小路からいかにして抜け出すか?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】

欧州に戦争が戻ってきた。何ということだろう。今年の初め、われわれは自らに問うたものだ――冷戦が戻ってきたのか? ところが、今や熱い戦争となってしまった。これは欧州で初めての戦争ではない。北アイルランド、数度のバルカン戦争、ジョージア、モルドバでも戦争があった。今回、われわれは古い東西軍事ブロック間の対立に舞い戻ってしまったようだ。西側の政治家やメディアはこれを、ベルリンの壁の崩壊とアメリカ同時多発テロ事件(9/11)に続く3度目の歴史の転換点だと呼んでいる。現在のところ、外交と経済協力の時代は終わりを告げた。対立とエスカレーションが検討課題となっている。この壊滅的な戦争からいかにして抜け出すことができるだろうか。それには三つのことが重要だ。すなわち、ウクライナへの支援、この戦争が始まってしまった理由に関する地に足のついた分析、そして現実的な出口戦略の策定である。(原文へ 

ウクライナへの支援

2月最終週の安全保障政策の劇的な変化を見るにつけ、それはまさに転換点と呼ぶにふさわしいものだ。プーチンの戦争は西側の外交・安全保障政策における多くのタブーを打ち破ることにつながった。ウクライナには前例のない量の兵器が持ち込まれている。欧州連合(EU)はウクライナ政府が兵器を購入できるよう、史上初めて軍事支援として4億5千万ユーロを拠出した。この資金は興味深いことに「平和基金」と呼ばれている。ドイツは武器輸出に関する従来の規制を抜本的に転換するとともに、ドイツ連邦軍の迅速な強化のために一度に1,000億ユーロの特別基金を一度増額すること、さらに、従来異論が強かった対GDP比2%を軍事支出に充てるというNATO目標を上回る投資を行っていく方針を表明した。NATOは即応部隊を東側の境界に移動させた。また、ロシアに侵攻の大きな代償を払わせるため、3種類の新たな経済・金融制裁を発動している。

ウクライナ難民の状況を見ても、転機を迎えているといえよう。EUでは長年にわたり、中東や北アフリカの戦災国から流入する難民受け入れの公正な分担を巡って争いが絶えなかった。ところが今や、バルト諸国やポーランド、オーストリア、ハンガリー、スロベニア、デンマークといった、従来歩み寄ることを拒んできた国々が最大400万人に上ると見られているウクライナ難民を積極的に支援するようになっている。

こうした支援が、ウクライナの軍隊や勇気ある人々を力づけて、ロシアのハイテク戦争マシーンを阻止、或いは反転させることができるかどうかは評価が難しい。戦争の始まりの時の常であるが、両者が発信する虚実入り乱れる情報戦は軍事作戦の一部であるからだ。しかし、ロシアのメディアがこれを戦争や侵略と呼ぶことを許されていないのは、そのことを物語っている。

数十万の人々が西欧や各地の街頭を埋め、戦争終結を叫んだ。ウクライナに対して全面的に政治的・経済的・人道的・軍事的支援と行うことと、無謀にも国際法を犯したロシアを非難することについて、異論はほとんど見られない。欧州の外交・安全保障政策の基礎の一部が、わずか数週間で放棄されてしまったかのように思える。なんと“すばらしい新世界”なのか!!

何故、このような混乱に陥ったのか

振り返って過ちを分析しておくことは重要だ。過去の過ちを現実的に評価しておくことが、戦争の原因を解き明かし、さらなるエスカレーションを予防する基礎となるからだ。西側の過誤と逸脱についてはこの数カ月間論じられてきた。最初の過ちは、ロシアを欧州の安全保障の枠組みに統合する「欧州共通の家」という概念をミハイル・ゴルバチョフが提唱した1990年代にさかのぼる。興味深いことに、ウラジーミル・プーチンも、2001年にドイツ議会において(完璧なドイツ語で)行った演説で同じような言葉を使っていた。その時彼は「欧州と全世界の人々の安全保障を確実にするための近代的で、永続的で、安定的な国際安全保障の枠組み」について語っていたのである。それは20年前のプーチン大統領であって、今日のプーチンではない。

次の、恐らくより重要な過ちは、2008年にジョージアとウクライナに対してNATO加盟への道を開いたことだ。NATO内部での意見の不一致によって、この提案は加盟行動計画に発展することはなく、その後沙汰止みになっていた。しかし、NATOが東方に拡大したのは、元ワルシャワ条約機構諸国が加盟を望んだからだ。NATOは全ての新規加盟国に部隊を派遣し、ポーランドとルーマニアにはミサイル防空システムも展開した。NATOの東方拡大と同等に心理的に大きかったのは、ロシアが弱体化している時に「上から目線」で対応してしまったことだ。

これら全ての失敗や、機会を逸したからといって、それを理由に、主権国家への一方的な侵攻を正当化することは決してできない。ロシアの大統領は、自身がかつて兄弟姉妹と呼んだ国を攻撃することで、その醜い相貌を見せている。ロシア政府は自国の安全保障に専心し、自国とNATOの間に緩衝地帯を置くことを望んでいる。これは欧州列強による19世紀の思考法だ。合意された勢力圏の時代は終わりを告げたはずだ。プーチン大統領のように、ソ連の崩壊を根本的な壊滅と呼び、前世紀最大の悲劇と見ることは、ホロコーストを無視することになる。しかし、プーチンは長らく、「偉大なる」ロシアを復権することに執着してきた。クリミアの併合、ドンバス地方の分割、ジョージアとの戦争はこの観点から全て説明できる。選挙で選ばれたウクライナ政府を「軍事独裁・麻薬中毒・ネオナチ」などと言うに堪えない言葉で罵り悪魔呼ばわりすることは、いかに現実離れの発想をしているかの証左だ。ロシア大統領の言葉遣いと態度は、侮蔑と憎悪に満ちている。NATOが1999年にコソボで(そして、多国籍軍が2003年にイラクで)国際法に違反したことは、ロシアによるクリミア併合や今回のウクライナ侵攻の言い訳にはならない。

現在の袋小路からいかにして抜け出すのか?

明らかにロシアは「強硬手段」に出たようだ。既に知られているとおり、欧米の指導者らが依然としてロシアの政治・安全保障上の目的について推測し、大規模な部隊の展開は脅しに過ぎないのではないかと考えているうちに、ロシアによる周到な戦争準備はかなり進んでいたのである。クレムリンへの訪問と連日の電話攻勢という土壇場の外交努力が実を結ばなかったのは明白だ。プーチン大統領は明らかに、NATOによる「包囲」と自身が見なす現状の変更あるいは修正を狙っている。安全の保証に対する要求が実現しなかった時、彼は軍事力を優先した。プーチン大統領による恣意的な歴史解釈からすると、独立したウクライナという選択肢はなかった。

この安全保障政策対決の最終的な帰結がどうなるかはまだわからないが、少なくとも四つの結果は見えている。

第1に、ロシアは明らかに、クリミア併合した後の数年間と比較して、ウクライナの自衛能力と意志を過小評価していた。

第2に、西側同盟の間に楔を打ち込もうとの目論見は外れた。それどころか、ロシアの暗躍と攻撃姿勢は、西側諸国政府をかえって対ロシアで結束させてしまった。フランスのエマニュエル・マクロン大統領が「脳死状態」に陥っていると2019年に評したNATOは、この20年間で最も活性化している。また、EUがこれほど連帯していることも長年なかった。

第3に、冷戦終結とともに忘れ去られていた「勢力圏」という概念が復活した。また、プーチンが核戦力を警戒態勢に置くという命令を下したことを受けて、1960年代の「相互確証破壊」概念も復活した。

最後に、デタントの基本原理の一つであった「貿易を通じた融和」は、現在のところ見込みがない。

では、ロシアにどう対処すべきか。どんな戦略が合理的で、あるいは推奨すべきなのか。現在のところ、西欧諸国の戦略は、中期的な企図として軍事力を強化し、ロシア経済を孤立化させ罰を与えることを基礎としている。こうしたアプローチは現状からすれば理解できるものだし、合理的なようにも見えるが、長期的には説得力がない。

何を目的とした軍事力強化なのだろうか。 西欧諸国は既にロシアの4倍もの予算を軍備に費やしている。われわれが必要なのは、制御不能な軍拡競争を始めることではなく、冷静に戦略的対話を行うことだ。現在の制裁体制の経済的コストは西側諸国よりもロシアにとってより高くつくだろう。政治的にみて、ロシアは、(全ての国によるものではないかもしれないが)孤立する時期を経験する可能性が高い。しかし、欧州の安全保障の未来はどんなものだろうか。冷戦期のデタントの局面から、今日の状況が学べることは何だろうか。デタントの政策は順風満帆な状況下で生まれた戦略ではなかった。それどころか、それは緊張が高まり戦争勃発が危惧された時期に開始されたものだった。もちろん、多元的な世界秩序という異なったグローバル環境の下では、東西2つの軍事ブロック間で実行されたデタントという方式は今日の状況に活かせる青写真とはならない。この局面において最も重要なことは、ロシアの最大の貿易相手である中国がどう動くか、ということだ。

こうした認識は困惑を生むかもしれないが、欧州さらには中東の安全保障は、ロシアに対抗していては不可能であり、ロシアとともにあるものでなければならない。しかし、その相手がプーチンの専制主義的なロシアである必要はない。この戦争がロシアの政治体制にどのような結果をもたらすか誰が予想し得ようか。ロシアのウクライナに対する卑劣な攻撃、あからさまな核兵器使用の威嚇、戦争拡大の危険とくれば、欧州の対ロシア戦略は完全なる再考を迫られることになる。安定的な安全保障枠組みに到達するには、多くの前提条件がある。

この戦争が続く限り、デタントを提案するのは時期尚早だが、長期的にはそうした政策が必要だ。他方で、紛争の鎮静化も必要である。ロシアと西側諸国は現在、エスカレーションの途上にある。紛争を鎮静化し、面子を保つ機会をプーチンに与えないまま現在の道を突き進むのは賢明とはいえない。

欧州で軍備を整え軍事力を強化するのは理解できる反応ではある。しかし、軍事力だけでは不十分だ。デタントによって補強された軍事力と抑止という、「二本足で立つ」かつての概念にNATOが戻るとすれば、それは前進だといえるだろう。経済的相互依存が緊張を緩和し軍事的紛争を回避するという希望はもはや現実的ではない。このことをより視覚的に粗雑に表現するならば、ロシアの戦車が天然ガスのパイプラインをなぎ倒した映像を想起するとよいだろう。この影響はおそらく長期に及ぶであろう。

長らく認識されてはいたが、現実の帰結に結びついていなかったもう一つの教訓は、EUは米国への依存度を減らすために協働して事に当たらねばならないということである。そのためには、共通の政策と加盟国間の協力が欠かせない。しかし、一貫した共通の立場はしばしば崩れる。なぜなら西側社会では、必ずしも全ての政府が自由や民主主義の価値を尊重しているわけではなく、自国に経済的悪影響が及ぶ恐れがあれば、圧力を避けたり屈したりしてしまうことがあるからである。

突き詰めるならば、これは、ドイツと欧州が東西勢力圏に分割された1945年のヤルタ会談へとわれわれは回帰したいのか(皮肉にもヤルタはクリミア半島の海辺のリゾート地である)、それとも、国家主権、現在の国境の不可侵、武力の不使用、人権の尊重、経済・科学・技術・環境における協力を含む一連の原則に合意した1975年のヘルシンキ宣言へと回帰したいのか、という問題なのである。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

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【国連IDN=タリフ・ディーン】

マイク・ニコルズが監督し、チャールズ・ウェブの小説を原作とした1967年のハリウッド映画『卒業』では、大学を卒業して将来に迷いながらも実家に戻ってきたダスティン・ホフマン演じるベンジャミンに、おせっかいな友人が、「一言いいかい?プラスチックだよ。この業界には大きな未来が待っている。」と助言するシーンがある。

この有名なジョークは、当時は世界のプラスチック産業を後押しするものとして歓迎された。しかし、あれから55年、プラスチック産業は環境汚染で厳しい非難に晒されている。

Inger Andersen/ By CIAT – Inger3Uploaded by mrjohncummings, CC BY-SA 2.0

国連環境会議(UNEA)が2024年までを目標に法的拘束力のある協定案をまとめることが期待されている「プラスチック条約」は、原料となる化石燃料の採掘からごみの廃棄までプラスチックの全ライフサイクルで規制を行うことから、世界のプラスチック産業に多大な影響を及ぼすものと見られている。

国連環境計画(UNEP、本部ナイロビ)のインガー・アンダーセン事務局長は、「プラスチック条約は、2015年に採択されたパリ気候協定以来、環境分野で最も重要な多国間合意となります。今私たちに求められているのは、2030年までに自然環境からプラスチック汚染を根絶するために、最高の科学的知見を活用して、各国政府、企業、社会それぞれが、責任を果たしていく国際枠組みを作り上げることです。」と語った。

国際環境法センター」(CIEL、ワシントン)によると、「プラスチックの生産・使用・廃棄に伴う汚染は、人類が直面している最も深刻な人災の一つ」である。

毎年排出される約4億1500万トンのプラスチックごみのうち、8割近くが廃棄物として埋め立てられたり、あるいは河川・海洋投棄等で十分に管理されずに放棄されてきた。その結果、海洋環境、エコシステムに蓄積し、悪影響を及ぼしている。

CIELによると、プラスチックはまず化石燃料に始まり、そのライフサイクルのあらゆる段階で温室効果ガスを排出する。プラスチックの生産・使用が現在のペースで続けば、2030年までにプラスチックのライフサイクル全体からの温室効果ガスの排出量は年間1.34ギガトンに達する。さらに、2050年までに、プラスチック由来の温室効果ガスは累計で56ギガトン、つまり、残っている地球の全カーボンバジェット(炭素予算)の10~13%に達する可能性がある。プラスチックの生産・消費の増加は、地球の気温上昇を1.5度以下に保とうとする国際社会の取り組みを脅かしている。

175カ国から、元首や環境閣僚、政府代表が参加して2月28日から3月2日まで開催された国連環境総会(第5回UNEA第2部)は、法的拘束力のある初の国際枠組み「プラスチック条約」を2024年までを目標に策定するという歴史的な合意に加えて、協定案を策定する政府間委員会(IGC)の年内設置や、幅広いプラスチック汚染対策に関する決議(マンデート)を採択して閉幕した。

今回の決議には、人権の擁護、ゴミを拾って生計を立てる人々(ウェストピッカー)に対する評価、先住民族の役割に対する認識が初めて盛り込まれた。

Andrés Del Castillo/ Copyright: WIPO. Photo: Emmanuel Berrod. This work is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs 3.0 IGO License.

総会の終了にあたって、CIELのアンドレス・デル・カスティージョ弁護士は、「プラスチックのライフサイクル全体を網羅する法的拘束力のある条約へと、重要な足掛かりとなる決議となった。海洋環境に特別の関心が払われ、詳細かつ具体的な内容が含まれたことで、包括的で、プラスチック危機に十分に対処できる条約を策定する素材が得られた。」と決議の成果を評価する一方で、「しかし、90時間に及ぶ困難な協議から、今後の道のりがたやすいものではないことも見えてきた。保健や気候、生物多様性、人権に関する約束を履行できる条約を策定するには、まだやるべきことがたくさんある。」と語った。

CIELによると、プラスチック危機は本質的に国境を越えたものであり、サプライチェーンは国境を越え、汚染の影響は地球上のあらゆる地域と人間生活のほぼすべての側面に及ぶ。プラスチック危機が持つユニークな性質を考えると、この危機に適切に対処し、プラスチックの過剰生産、有害な足跡(フットプリント)、誤用によって現在人々と環境に与えられている害を緩和するために、協調的かつグローバルな対応が必要である。

現在の法体系はプラスチック汚染のいくつかの要素に対応しているが、海洋ゴミ、漁具、廃棄物、化学物質の一部に焦点を当てた要素が並存しており、断片的である、とCIELは述べている。

「この構造は、陸上と海上のプラスチック汚染に対処するための施策間の一貫性と協調性を欠いており、プラスチックのライフサイクル全体から生まれる汚染源にまたがる規則や規制には抜け穴が多い。プラスチック公害を予防するために、国際社会は、生産、デザインから、廃棄対策に至るプラスチックのライフサイクル全体からの汚染を減らし全廃することを目的とした『プラスチック条約』という特別な法的枠組みを緊急に必要としている。」

「環境保健プログラム」代表であるデイビッド・アゾウレイ弁護士は3月1日、協議の終了にあたって、今回の決議が持つ歴史的意義を強調した。

「6年前、プラスチックのライフサイクル全体に対処する法的拘束力のある条約など不可能に思えたが、今日の発表は、緊急性を理解し対処しようとするさまざまな運動が糾合された結果だ。この運動の力は、今回ともに達成した決議文の中に明らかに見出すことができる。ペルーやルワンダ、ノルウェー、欧州連合のような国々が表明した公約と併せれば、これから策定する条約に、プラスチック危機に対する十分な対応策を持たせることは、十分可能だ。」

Photo Credit: climate.nasa.gov
Photo Credit: climate.nasa.gov

「私たちは、これからプラスチック条約の協定案を策定していく中で、健康や気候、生物多様性、人権に対するもっとも強力な保護が、各国政府や産業界によって文言が弱められたり損なわれたりすることにならないように、引き続き協力し続けていかねばならない。」と、アゾウレイ弁護士は語った。(原文へ

*カーボンバジェットとは、地球温暖化をある一定の水準に抑えようとした際の、世界全体での人為的な累積CO₂排出量の最大値を意味します。カーボンバジェットには(①総カーボンバジェット:産業革命以前を起点とした現在までのもの)と(②残余カーボンバジェット:最近のある時期を起点としたもの)の2つの指標があります。総カーボンバジェットは過去の累積CO₂排出量を表し、残余カーボンバジェットは温暖化を特定の水準まで抑えようとした場合に、あとどれだけCO₂を排出できるのかを示します。

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