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|ジンバブエ|ペットボトルでレタス栽培

【ムタレ(ジンバブエ)IDN=ファライ・ショーン・マティアシェ】

ジンバブエ中部の人口密度の高いグウェル市郊外の町ムタパ。ルース・ルゲジェさん(38)は、自宅の裏庭に置かれた空の2リットル入りペットボトルで栽培したキャベツを見つめていた。

この革新的な農民は、近くにある違法なゴミ捨て場からこのペットボトルを拾ってきて、水耕栽培に使っているのである。

彼女の庭には温度を管理する温室がある。

彼女の水耕栽培の仕組みでは、太陽光システムや国の電力供給網からの電気を使うのではなく、重力を用いてペットボトルの中の作物にパイプを通じて水や栄養を送っている。

カリバやフワンゲの主要な発電所では古い発電機を使っているために長時間の停電が生じている。そこで、24時間の電源を必要とする水耕栽培を行う多くの農民にとっては、太陽光発電が代替手段となっている。

しかし、ルゲジェさんのような多くの農民にとっては、太陽光発電は高くてなかなか手がでない。

重力を用いた水耕栽培は実現性が高く安価である、というわけだ。

「コロナ禍の衝撃緩和措置として現金支給を得ていました。小さな庭もありました。昨年10月に、水耕栽培を行う支援も得ることができました。」と、11歳の娘を持つシングルマザーでもあるルゲジェさんは語った。

SDGs Goal No. 12
SDGs Goal No. 12

「自宅近くのゴミ捨て場からペットボトルを拾ってきて、レタスやほうれん草、キャベツなどの葉物野菜を育て始めました。」

ペットボトルを拾ってくることでコスト削減になる。

「買ったりはしません。コストはずいぶん減りましたね。しかも、簡単に取り替えられます。」とルゲジェさんは言う。

グウェルなどジンバブエ国内の町では違法なゴミ捨て場があちこちに見られ、プラスチックごみの投棄が住民の頭を悩ませている。

とくに人口密度の高い郊外であるグウェル市当局のゴミ収集方針に一貫性がないことが原因だ。

グウェルでは違法な廃棄物投棄に罰金を科すため、人々は深夜や早朝にゴミを投棄することになる。

なかでも、プラスチックは燃焼時に人間の健康に大きな害を与える。

分解されるのに数百年もかかるプラスチックの一部は、国内の川やダムに流れ込んでいる。

研究によると、プラスチックは、気候変動を悪化させる温暖効果ガスであるメタンやエチレンに変わるという。

ルゲジェさんは、ドイツの慈善団体「ヴェルトフンゲルヒルフェ」【訳注:2030年までの貧困根絶を目指す団体】によって、水耕栽培などの生活向上支援を受けているグウェルの多くの世帯のひとつである。

彼女が昨年水耕栽培を始めたとき、育てた野菜は自分自身の消費用だと考えていた。それを最終的に隣人に売ることになるとは考えも及ばなかった。

「今年初めに初めて野菜を育ててみて、余った野菜を売ることができたんです」と、失業状態にあり生活のために農業を続けるルゲジェさんは語った。

Lettuce grown in plastic bottles in Ruth Rugejo's backyard garden in Gweru. Credit: Kudzai Mpangi.
Lettuce grown in plastic bottles in Ruth Rugejo’s backyard garden in Gweru. Credit: Kudzai Mpangi.

「そのお金で娘を学校にやることもできたし、洋服などの必需品を買うこともできました。」

ヴェルトフンゲルヒルフェ」の都市レジリエンス構築プログラムの生産資産創出エンジニアであるタクドゥワ・ムヴィンディ氏は、リサイクルペットボトルを利用した水耕栽培システムは費用対効果に優れていると語る。

「65リットルのタンクの中で水に栄養が足されます。水と栄養の両方が、重力を利用して、管を通じてペットボトルの中に栽培されている作物の中に送られます。」と、この水耕栽培の仕組みを考え付いたムヴィンディ氏は説明した。

「最終的には水はタンクの中に回収されます。農民はそれを最初の65リットル入りタンクの中に注ぎ込みます。気象条件によって、これを一日3回繰り返すのです。」

乾燥地帯あるいは都市部において作物を育てることを可能にする農法である水耕栽培は、[土壌を使う通常の農法と比較して]水使用量が9割、土地使用が75%少ない。

Map of Zimbabwe
Map of Zimbabwe

水耕栽培法で育てられた野菜は通常の農法よりも2倍速く育つ。

水耕栽培は、土地や水を持たない農民にとってのオプションとなり、土壌が貧弱な土地で大いに機能する、と語るのは、国連食糧農業機関(FAO)のルイス・ムヒギルワ駐ジンバブエ副代表だ。

「都市や乾燥地帯、低地などの環境で水不足や気候変動、土地の劣化などに直面している従来からの農業が問題を乗り越えるには、水耕栽培は有益な手法だと言えます。」とムヒギルワ氏は語った。

ルゲジェさんは、農場を所有して商業規模で水耕栽培を展開することを夢見ている。

「大きな土地があったら、街のスーパーマーケットに野菜を届けてみたい。」ルゲジェさんはそう語った。(原文へ

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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もしロシアがウクライナに小型核を使ったら?

【国連IDN=タリフ・ディーン

ウクライナでロシア軍が後退戦を強いられていることで、ウラジーミル・プーチン大統領が「戦術核兵器」を使用するのではないかとの観測が米国内で広がっている。この核兵器は1945年8月に広島・長崎に投下された米国の核兵器よりも壊滅的な威力がないかもしれない。

Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0
Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

ウクライナ東部での戦闘における度重なる敗北を受けて、プーチン大統領は、もしわが国の領土保全が脅かされた場合、「利用できるすべての兵器システムを利用する」と警告している。

プーチン大統領は、核兵器を使用すれば世界的な非難を招き、「国際的に孤立した国家」として自国の立場をさらに危うくすることを理解している。

また、核兵器の使用により、ロシア領内に放射能が吹き流れてくるのではないかとの観測もある。

最もありえるシナリオは「戦術核兵器」の使用だが、このタイプの兵器は国際条約による規制を受けていない。

『ニューヨーク・タイムズ』紙は10月4日、匿名を条件に取材に答えた米政府筋の話として、「ウクライナ領土の一部を住めなくすると脅してウクライナの反攻を止めようとする最後の試みではないか。」と報じた。

「ストックホルム国際平和研究所」大量破壊兵器プログラム核情報プロジェクトの責任者であり、同研究所の上級研究員でもあるハンス・M・クリステンセン氏はIDNの取材に対して、「戦術核兵器は大陸間航続距離を持たず新戦略兵器削減(新START)条約の対象とならないあらゆる核兵器を指します。この用語はソ連・米国・フランス・英国が局地的な戦闘や限定的な地域的シナリオにおいて使用することを意図してこの種の核兵器を開発した冷戦期にまで遡ります。」と説明した。

Hans Kristensen/ FAS
Hans Kristensen/ FAS

「戦術核兵器は時として、核戦争のエスカレーションに歯止めをかけ、それが全面的な戦略核による殲滅にエスカレートするのを防ぐ目的を持たされていたこともあった。」

クリステンセン氏によると、現在、魚雷から地雷、爆弾、巡航ミサイル、弾道ミサイル、対空ミサイル、ミサイル防衛迎撃ミサイルに至るまで、実に多くの種類の戦術核が存在するという。

米科学者連盟(FAS)核情報プロジェクトの責任者でもあるクリステンセン氏は、ロシアは戦術核の最大の保有国であるが(最大1912発)、これに対して米国は約200発、パキスタンはおそらく数十発を保有していると語った。

すべての核兵器は致命的だが、戦術核は概して戦略核よりも爆発力を小さく調整するオプションを備えているという。

「しかし、多くの戦術核が広島型原爆の10~20倍の爆発力を持っています。爆発力は通常、破壊することを意図した標的の性質によって決められます。」とクリステンセン氏は説明した。(※核戦力に関する最新情報はこちらを参照)

米空軍に20年以上従軍した経験を持つビル・アストア中佐は10月5日の声明で、「戦術」核か「戦略」核かというのは単なる言葉遊びに過ぎないと語った。

「あらゆる核兵器は全く破滅的なものであり、全面核戦争にエスカレートしていく危険性を秘めたものだ。」とアストア中佐は語った。

もしロシアが「戦術」核兵器を使用することになれば、米国や北大西洋条約機構(NATO)も同じ方法で対抗することになるだろうと中佐は警告する。

FAS

歴史学の教授でもあり、軍事史、科学技術史、宗教史などの論文を多数発表しているアストア中佐は、「たとえ大規模な核戦争が回避できたとしても、核戦争の結果として起きる政治的な混乱によって、経済は不安定化して深刻な世界的不景気を引き起こし、場合によっては世界恐慌となるかもしれない。それがまたファシズムや権威主義の種をまくことになるだろう。」と語った。

ロシアが戦術核兵器、特に核魚雷の使用を計画しているとの報道について、事務総長のコメントはあるかと問われ、国連のステファンドゥジャリク報道官は10月3日、記者団に「そうした主張について詳細を知る術はない」と語った。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

「私たちが非常に懸念しているのは、紛争の激化と、特に核兵器の使用です。事務総長はこの点について非常に明確にしていると思いますが、いかなる戦局においても、いかなる形であっても、この種の兵器の使用を正当化することはできないのです。」

米国の科学者らによる非営利団体「憂慮する科学者同盟」によると、当初、米国の核戦力の中で戦術核は一つの種類に過ぎなかったという。

数十種類の核兵器が開発され、数万発が製造されたが、その一部は爆発力が非常に小さく、1人の兵士によって発射が可能なものであった。

やがて、ソ連の通常戦力が拡大するにつれ、米国と同盟関係にあるNATO諸国は、核兵器を戦車や大砲の数的不利を補うための武器と考えるようになった。

「双方がさまざまな種類の核兵器を開発するにつれ、理論家の中には、あらゆるレベルで同等の戦力で敵に対抗する必要性を認識する者もいた。彼らの懸念は、もしある国が戦略核兵器しか持っていなければ、低レベルの戦術核攻撃に対する報復にその核兵器を使うことをためらうかもしれないということである。なぜならその反応は不均衡であり、全面的な核戦争につながる可能性があるからだった。」

「この欠陥のある危険なモデルによれば、米国はいわゆる『紛争/戦争の烈度に応じて想定されたエスカレーションラダー(事態エスカレートの梯子)』の全段階において相手に対抗できる幅広い種類の核兵器を必要としたのである。」

President Reagan meets Soviet General Secretary Gorbachev at Höfði House during the Reykjavik Summit. Iceland, 1986./ Ronald Reagan Library, Public Domain
President Reagan meets Soviet General Secretary Gorbachev at Höfði House during the Reykjavik Summit. Iceland, 1986./ Ronald Reagan Library, Public Domain

「さらに厄介なのは、「エスカレーション優位」という考え方に基づくモデルである。これは、ライバルがどんな戦いも絶望的と見て抑止するほど、あらゆるレベルで優れた能力を追求することを必要とする。この危険な理論は、核戦争に「勝利」する可能性を想定している。

しかし、米国のドナルド・レーガン大統領が1984年に宣言したように、米国・ロシア・中国・フランス・英国の5か国は最近、「核戦争に勝者はなく、したがって戦われてはならない」との原則を再確認した。

憂慮する科学者同盟によると、米国は0.3~170キロトンの爆発量を調整できる戦術核重力爆弾を200発保有している。(広島型原爆の爆発力は15キロトンだった。)

米国防総省は、イタリア・ドイツ・トルコ・ベルギー・オランダの欧州5か国に、「B61」と呼ばれるこの種の爆弾を約100発配備している。

他方、ロシアには約2000発の戦術核があり、その出力は極めて低いものから100キロトン超までさまざまである。運搬手段には航空機、艦船、地上発射システムがあり、それらの一部は通常兵器の運搬にも使える。たとえば、ロシアがウクライナに対して使用したミサイルの一部は核弾頭を運搬することもできる。(原文へ

INPS Japan

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荒波に架ける橋(Bridging Troubled Waters): 分断社会に結束をもたらす

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=チャイワット・サーシャ=アナンド】

社会的緊張と紛争の時代に、結束を促す架け橋を築くことが極めて重要になっている。名曲『明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)』が教えてくれるように、われわれが築いている橋の下に荒波があることを忘れてはならない。

2019年6月にシンガポールで開催された第1回「結束ある社会に関する国際会議(International Conference on Cohesive Societies: ICCS)」において、シンガポールのハリマ・ヤコブ大統領は、アイデンティタリアン的傾向を強める分断の間に壁ではなく橋を架けるよう、国々や社会に呼びかけた。同じイベントで、アラブ首長国連邦の「暴力的過激主義対策に関するヘダヤ国際研究センター(Hedayah International Centre of Excellence for Countering Violent Extremism)のアリ・アルヌアイミ博士は、われわれが「戦争ではなく橋を築く時代」にいると指摘することによって、大統領のメッセージを改めて強調した。(原文へ 

社会的分断が深刻化する状況で橋を架けるには、その下の荒れた水を理解することが重要である。今日、橋を架ける人々が社会的結束を促進しようとする際に立ちはだかる“荒波”の種類を明らかにするために、手引きとなる三つの問いがある。(1) どこに亀裂が見られるか、(2)現代社会においてそれらの亀裂は現在どれほど深いか、そして、(3)それらの亀裂に対処するのがなぜそれほど難しいのかである。

「どこに亀裂が見られるか」という第1の問いを通して分断社会と折り合いをつけようとするとき、ロバート・ベラーが半世紀前に書いたことを心にとどめるのが賢明である。結束ある社会では、集合体の中で制度化された聖なるものに関する信念、象徴、儀式の集積の力によって人々が結び付いていたと、ベラーは主張した。

このような信念、象徴、儀式は、国家に定義を与える。それは、宗教が信者や追随者に対して及ぼす力とは異なり、それゆえ「市民宗教」という言葉で表される。警察、裁判所、メディアといった制度に信頼を置くことができる結束ある集合体に、多様な人々をとどめ置くことができるのが、市民宗教の力である。

米国やタイのような高度に二極化した社会において近頃起きていることから判断すると、米国では選挙プロセスへの信頼が損なわれており、タイでは、昔なら考えられないことだが、王制改革に関する論議が伝統的な社会構造をずたずたに引き裂いているようだ。

二極化はまた、バングラデシュ、ブラジル、インド、ケニア、ポーランドをはじめ世界中で、民主主義的な制度や慣行の縫い目も切り裂いている。恐らく、かつてこれらの社会を結束させた「市民宗教」が、一部のケースではすでに崩壊したとは言わないまでも、いまや裂け目が入りつつあるのだろう。

かくも長きにわたって社会をまとめてきた市民宗教を脅かすその裂け目は、どれほど深いのだろうか? 筆者が思うに、リベラル派(人々であれ社会であれ)が大いに共鳴する権利や自由という「普遍的」言語に対して、普通の人々が日常の徳について用いる道徳的言語が対立するとき、市民宗教の結束力は厳しい試練にさらされてきた。

マイケル・イグナティエフは著書“The Ordinary Virtues”の中で、対立するアイディアや要請に対処できるよう人々を導く「道徳的オペレーティングシステム」の役割を果たすのは、このような普通の徳、なかでも信頼と寛容であると主張する。

普通の徳にとって、鍵となる道徳的区別は自己/他者、市民/よそ者である。よそ者を「他者」とするなら、人種、宗教、ジェンダー、国籍は、自己/市民であることの第一義であり、共通の人間性は第二義となる。

例えば、社会的結合に不可欠と考えられている寛容という問題を考えてみよう。普通の徳において、寛容は義務ではなく、市民からの贈り物であり、誰がその贈り物を得るかは、主権者としての国家が決める。市民は、よそ者が彼らの「道徳的オペレーティングシステム」を受け入れることを条件として、よそ者に寛容という贈り物を与えるのである。よそ者がそれを自分の権利と言い張るなら、寛容は与えられない。

イグナティエフはさらに、異なる集団が同じ社会の中に生きることはできるが、彼らは共生するのではなく分離して存在しているという所見を述べている。普通の徳は、われわれを団結させる場合もあれば、分離させる場合もある。

一方では、普通の徳は、癒し、和解、連帯の鍵である。

他方では、自らの集団が他の集団より特権を持っている場合、普通の徳は、「恐怖と排除の政治」のために悪用されやすくなる。この「恐怖と排除の政治」が勢いを増した現在、恐らくこのようにして既存の政治論が普通の徳に力を与えたり奪ったりするのだろう。それがもっか、橋の下の水を極めて危険にしているのである。

「恐怖と排除の政治」が勢いを増した状況で、社会的結束を促進するために橋を架けることがますます難しくなったのは、なぜだろうか? 多くの人が、オンライン・コミュニケーション、その特性、スピードを主要な問題と認識している。

自分たちの「真実の」説明によって、「フェイクニュース」との「戦い」に身を投じる人もいる。しかし、恐らく彼らは、「真実」という概念自体がますます問題をはらんでいることに気付いていない。

筆者の考えでは、最も良い答えの一つを『MITテクノロジー・レビュー』に掲載されたゼイナップ・トゥフェックチーの記事に見ることができる。彼女は、デジタル技術の破壊的傾向を理解するために、技術そのものではなくそれを取り巻くエコシステムを見なければならないと提案する。

「ソーシャルメディアの時代にソーシャルメディアで反対意見に出会うということは、ひとりで座っているときに新聞でそれらを読むのとは違い、……サッカースタジアムで仲間のファンと一緒に座っているときに敵のチームからそれらが聞こえてくるようなものだ」と、トゥフェックチーは説明する。

アイデンティティ意識の対立がきわめて激しいエコシステムでは、「所属することのほうが事実より力を持つ」。事実がほとんど無意味なことへと格下げされるそのようなエコシステムにおいては、アイデンティタリアン的な相違を乗り越えようとする結束ある社会にとって、硬直化した所属意識が深刻な脅威となる。

分断社会において社会的結束を目指す努力は、現在非常に重要になっていることから、結束を脅かす亀裂の位置と深さ、そして、健全な結束ある社会の実現に向けた努力を難しくしている条件を理解しようとすることが、緊急に必要とされている。

橋の下の荒波を構成する基本条件(市民宗教、普通の徳、エコシステム)を批判的に認識し、そのうえでこれらの現実に立ち向かうことによってのみ、橋を架ける試みが現実的なものとなり、意味のある社会的結合が可能となるのである。

チャイワット・サーシャ=アナンドは、バンコクのタマサート大学政治学教授ならびにタイ平和情報センターの創設者および所長である。著書に“Nonviolence and Islamic Imperatives” (2017)、論文に“The Governor, The Cow Head, and the Thrashing Pillows: Negotiated ‘Restrictive Islam’ in Twenty-First Century Southeast Asia” (Religions, 2022)がある。本稿は、「結束ある社会に関する国際会議2022」に向けたシリーズの一環である。

INPS Japan

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|視点|気候変動:人間中心の取り組み(池田大作創価学会インタナショナル会長)

|インド|女性に対する正義を向上させるには女性警察官の関与が重要

【ニューデリーINPS/ SciDev.Net=ランジット・デブラジ

警察署に女性警察官がいれば、ジェンダーに起因する暴力が多いことで知られるインドの女性にとって、司法制度へのアクセスが容易になることが、ある研究結果で明らかにさ れた。

世界経済フォーラムによると、インドの男女平等度は156カ国中140位。また、インドは過去20年間、女性に対する家庭内暴力が多く、増加傾向にあることが分かっている。

Location of Madhya Pradesh in India./ By फ़िलप्रो (Filpro) - File:India dark grey.svg, CC BY-SA 4.0
Location of Madhya Pradesh in India./ By फ़िलप्रो (Filpro) – File:India dark grey.svg, CC BY-SA 4.0

この研究は、7月にサイエンス誌に発表されたもので、インド中部のマディヤ・プラデーシュ州で2300万人の市民を管轄する180の警察署をサンプルにしたものである。これを無作為に3つのグループに分け、そのうち61の警察署には通常の女性用ヘルプデスクを、59の警察署には女性のみが運営するヘルプデスクを設置、一方で60の警察署にはヘルプデスクを設置しなかった。

インドでは、警察署に第一報を正式に提出する形で事件登録が行われ、警察官は判事の令状なしに逮捕し、刑事手続を開始することができる。また、事件登録は家庭内事件報告書でも可能で、これは判事の監督のもとで民事手続を開始するものである。

11ヶ月の調査期間中、ヘルプデスクのある警察署では、ヘルプデスクのない警察署に比べて、家庭内の事件報告が約2000件、第一報が3300件以上多く登録されていることがわかった。刑事手続きにつながる第一報の増加は、すべて女性警官が運営するヘルプデスクによるものだった。

Sandip Sukhtankar/ University of Virginia

この研報告書の著者で米バージニア大学経済学部准教授のサンディープ・スクタンカール氏は、SciDev.Netの取材に対して、「この介入によって民事と刑事両方の事件登録が大幅に増加したことは、正しい支援と訓練があれば、警察は実際に女性の訴えに対応できることを示しています。」と語った。

インドの女性は、事件登録の際に大きな障害に直面している、とこの調査は指摘している。「女性が社会や家族の圧力に屈せず事件を報告した場合でも、警察官は公式に記録することを拒むケースが少なくない。」

スクタンカール氏は、「事件の登録は犯罪被害者の女性にとって正義を実現するための小さな、しかし重要なステップです。」と指摘したうえで、「女性が刑事犯罪や民事犯罪の苦情を警察に訴えることに抵抗がなくなるまでには、さらなる努力が必要です。」と語った。

女性の地位向上を目指す非政府組織で、国連経済社会理事会の諮問機関であるGuild for Serviceの事務局長であるミーラ・カンナ氏は、「女性に対する犯罪が一般に警察で登録されない背景には、インド社会の家父長制と、15年前に最高裁が命じた警察改革が実現しなかった経緯がある。」と指摘した。

「女性に対する犯罪の大半は、経済的というよりもむしろ性的なものですが、警察署の責任者を含む一般の警察官はそうした女性に対する犯罪を軽視しがちです。」と、カンナ氏は語った。

Meera Khanna/ By Sunbeam112 - Own work, CC BY-SA 4.0
Meera Khanna/ By Sunbeam112 – Own work, CC BY-SA 4.0

「一般的に男性警察官は、殺人をレイプよりはるかに悪質な犯罪と考えるでしょう。レイプに対する恐怖は、すべての女性に共通する経験ですから、レイプという犯罪の重大性をよく理解している女性警察官のこの犯罪に対する態度はおのずと男性警察官のものとは異なります。女性が犯罪を通報しても、警察は家父長制の規範に導かれるように、しばしば無関心でいることが多い。その結果、被害を訴えた女性は再被害を受けることになるのです。」

「マディヤ・プラデーシュ州の警察が、州内の700あまりの警察署すべてに女性相談窓口の導入を計画していることを知り、嬉しく思っていますが、インドのように広大で多様な国で女性の司法アクセスを改善することは、遅々として進まないことでしょう。」とカンナ氏は語った。

一つは警察の役割だ。カンナ氏によれば、警察は「植民地時代の名残り」があり、犯罪の捜査よりも法と秩序の維持、政治家や高官の保護が主な役割だといまだに考えている。

「この調査結果は、女性に対する暴力の削減に取り組む政策立案者に具体的かつ実用的な洞察を与えるものです。」と、世界銀行の性的暴力研究イニシアチブとともにこの調査の主要な出資者であるアブドゥル・ラティフ・ジャミール貧困アクションラボの犯罪と暴力イニシアチブ南アジア担当エグゼクティブディレクターのショビニ・ムケルジ氏は語った。

女性に対する犯罪は、特に低・中所得国において、開発の大きな障害になっています。」とムケルジ氏は付け加えた。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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女性のリーダーシップフォーラムがジェンダー平等の重要性を討論

【ウィーンIDN=オーロラ・ワイス

男女の賃金格差、教育利用や労働市場の不平等といった問題が21世紀の現代にも生き続けている。「UNウィメン」と国連経済社会局が、17項目から成る持続可能な開発目標(SDGs)の一つであるジェンダー平等の達成には現在のペースでは300年近くかかりかねない、と9月に発表した最新の報告書で指摘した。

Women Leadership Forum
Women Leadership Forum

そうした中、「欧州ブランド研究所」が、国連産業開発機関(UNIDO)との共催で9月20日、「女性のリーダーシップフォーラム」をウィーン国際センターで開催した。

「フォーラムは2013年に『平等は価値を生み出す』というパネルディスカッションから始まりました。さらにこの10年で、このフォーラムは女性の指導者を目に見える存在とし、次世代にとってのロールモデルとしてきました。」と、レネート・アルテンホーファー氏は説明した。

コロナ禍とポスト・コロナ時代を見据えて、暴力的な紛争や気候変動、女性の性と生殖に関する健康と権利に対する反動が、ジェンダー格差をさらに悪化させてしまっていると報告書は指摘した。

国連は、コロナ禍によってさらに4700万人の女性・女児が極度の貧困に陥り、男女間の貧困格差を拡大するものと推測している。16カ国からのデータを見ると、このコロナ禍の間、女性は男性よりも29%多い時間を育児に費やしている。また、13カ国における調査結果では、半数近くの女性が、コロナ禍が始まってから自分自身あるいはその知り合いが暴力を経験したと回答している。

SDGs Goal No. 5
SDGs Goal No. 5

UNIDOのゲルト・ミュラー事務局長は、「よりよい状況に向かって現状を好転させるために、男女双方が努力せねばなりません。…私達全てに責任があります。政治・経済・社会における根本的な変化が必要です。必要なのは強い女性のみならず、真剣に取り組む男性も必要です。例えば、アフリカ諸国では54カ国のうち女性元首がいるのは2カ国だけです。」と語った。

ミュラー事務局長はまた、「女性・女児への平等を実現するには、文化・社会・経済・法律など多くの次元で取り組まねばなりません。また、法律・政治参加・経済生活・教育機会における平等も同様に重要で、中でも経済活動に必要な金融サービスを全ての女性が利用できるように取組むことが特に重要です。女性が地球の平和と進歩にとって不可欠の存在であるにも関わらず、現在10億人の女性が金融市場から排除されています。」と語った。

Ghada Waly (left), director general of the United Nations Office at Vienna and (right) our reporter Dr Aurora Weiss. Credit UNIS Vienna /Nikoleta Haffar.
Ghada Waly (left), director general of the United Nations Office at Vienna and (right) our reporter Dr Aurora Weiss. Credit UNIS Vienna /Nikoleta Haffar.

「『2030アジェンダ』は、経済・社会・環境という持続可能性の3つの柱を掲げています。したがって、女性を経済の中心に据えることが必要です。例えば、国連薬物犯罪事務所(UNODC)所長で国連欧州本部長であるガーダ・ウェイリーは、自身の出身国エジプトの例に触れ、「女性がほとんどの世帯を維持しています。」を語った。女性の失業率は男性より3倍高い。「包摂と多様性の実現には努力が必要なのは明らかです。それは社会の中核に触れる問題だけに、達成するのがなかなか難しい。社会の指導的地位にいる女性と男性両方の関与が必要なのはこのためです。」とウェイリー本部長は指摘した。

UNODCでは、警察官や検察官、弁護士、裁判官として活躍する女性が増えることが、暴力から女性を保護することにより貢献し、より平和的な社会の実現につながると考えている。女性はこの部門には少なく、世界全体では女性は警察官の6人に1人を占めているに過ぎない。法執行と法機関における女性の存在は、犯罪に対応する被害者センターの効果的運用と結びついている。司法部門に女性が増えれば公正性は強化されます。」とウェイリー本部長は強調した。

ジェンダー平等は特定の職業だけで問題になるのではなく、社会全体で取り組まねばならない問題である。例えば、ケニアの女性が農業部門における資金調達に関連していくら訓練を受けたとしても、女性が法律上土地を保有することができなければ、そうした資金はそもそも活用されることはない。

アラブ諸国では労働市場における女性参加率が世界で最も低く、世界全体が56%であるのに対して、アラブ諸国では26%である。対照的に男性の参加率は(世界全体は74%)76%である。また、女性の失業率は15.6%で、世界全体の平均の3倍高い。指導層における女性の割合も低く、世界全体の27.1%に対してアラブ諸国では僅か11%である。

例えば、中東のヨルダンは、紛争状態にある国を除けば、世界で女性の経済的な参加率が最も低い国である。国際労働機関(ILO)が今年発表した報告書によると、女性の労働市場参加率は、男性の60%と比較して、わずか15%以下しかないという。

国内に紛争を抱えたイエメンやシリア、アフガニスタン、イラクといった国々の女性にとって雇用機会はより少なく、安全の問題がより大きく、女性への支援機構が貧弱で、機会はかなり限られている。

指導的地位におけるジェンダーの不均衡は依然として大きい。「世界経済フォーラム」の「グローバルジェンダーギャップ報告2022」によると、女性は依然として、指導的地位の3分の1を占めているに過ぎない。

米国のビクトリア・R・ケネディ駐オーストリア大使は、「ウィーンで開催された女性リーダーシップフォーラムで、世界中の女性・女児が、その可能性を制限し、将来を脅かす障害に直面し続けています。」と強調した。

Victoria Reggie Kennedy, United States Ambassador to Austria/ By United States Department of State, Public Domain
Victoria Reggie Kennedy, United States Ambassador to Austria/ By United States Department of State, Public Domain

米国の外交官であり、法律家、活動家、未亡人、テッド・ケネディ米上院議員の2番目の妻であるビクトリアの演説は力強いものだった。彼女は、女性が政府や経済部門で成功を収めれば、将来世代の女性・女児がそれに続こうという影響を及ぼすことから、ロールモデルの役割が非常に重要だと指摘した。

「米国のカマラ・ハリスは女性で初の副大統領となり、そのような高位を占めた初めてのアフリカ・アジア系女性となりました。女性が高位に就くとき、将来世代の女性・女児がそれに続く道を切り開くことになります。」と、ケネディ大使は語った。

ケネディ大使はまた、米国で女性解放運動が盛んだった頃、1970年代にいかにして自分がどのような進路を選んだかを想起した。ハリス副大統領の父親は弁護士だったが、当時の弁護士職は男性だけが就くものであり、自身も父の道を継ごうとは考えていなかった。しかし、「ある男性教授が彼女の目を見開かせてくれた。」とケネディ大使は語った。

その教授は彼女に対して、女性弁護士カーラ・ヒルズの話をしてくれたという。ヒルズは当時、ジェラルド・フォード大統領から住宅・都市開発長官に指名されたばかりであった。1970年代中盤当時、カーラ・ヒルズは米国史上4人目の女性閣僚であった。その男性教授は「もし彼女にできるなら、あなたにはできないという理由は?」と問いかけ、ビクトリア・ケネディの人生を変えたのだった。(原文へ

INPS Japan

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|視点|暴走するウクライナを巡るグレートゲーム(敵対関係・戦略的抗争)(ジェフリー・サックス経済学者、国連ミレニアムプロジェクトディレクター)

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【ニューヨークIDN=ジェフリー・D.サックス

米カーター政権で大統領補佐官を務めたズビグネフ・ブレジンスキー氏が、ウクライナを米露両国双方にとってユーラシアでの覇権を握るうえでの「地政学の要」と位置づけたことは有名である。ロシアは自国の安全保障上の重要な利益が危機に瀕していると考えており、ウクライナ紛争は核戦争へと急速にエスカレートしつつある。米露両国は、災難に見舞われる前に自制することが急務である。

西洋列強は19世紀半ばから、クリミア、それも黒海の海軍力を巡ってロシアと競い合ってきた。クリミア戦争(1853-56)では、英仏がセヴァストポリを占領し、ロシア海軍を一時的に黒海から一掃した。今回の紛争は、要するに「第二次クリミア戦争」である。今回は、米国主導の軍事同盟が北大西洋条約機構(NATO)をウクライナとジョージアに拡大し、NATO加盟国5カ国が黒海を包囲することを狙っている。

James Monroe, the 5th US President, Public Domain

米国は、1823年に発表したモンロー・ドクトリン以来、西半球に対する欧州列強による侵攻を米国の安全保障に対する直接的な脅威とみなしてきた。「…従って、アメリカ合衆国と欧州列強との間に存在する誠実な友好関係のおかげで、わが国は、西半球のいかなる地域であろうとも、欧州列強がその政治体制の拡大を試みた場合には、わが国の平和と安全に危害を与える行為とみなすと宣言することができる。…(モンロー・ドクトリンより抜粋)」

1961年、キューバの革命指導者フィデル・カストロがソ連に支援を求めたとき、米国はキューバに侵攻した。米国は、ウクライナのNATO加盟に関して米国が主張しているような、キューバがどの国とも同盟を結ぶ「権利」にはあまり関心がなかったのである。1961年の米国の侵攻は失敗し、62年にソ連はキューバに攻撃用核兵器を配備することを決定し、それがちょうど60年前の10月、キューバ・ミサイル危機を引き起こすことになった。この危機は、世界を核戦争の瀬戸際に追いやった。

しかし、米国は西半球における自国の安全保障上の利益重視を掲げる一方で、ロシアの近隣におけるロシアの中核的安全保障上の利益を侵害してきた。ソ連が弱体化するにつれ、米国の政策指導者たちは、米軍は好きなように活動できると考えるようになった。1991年、ポール・ウォルフォウィッツ国防副長官は、ウェズリー・クラーク将軍に、米国は中東に軍事力を展開でき、「ソ連は我々を止めないだろう」と説明した。米国の国家安全保障当局は、ソ連と同盟関係にある中東の政権を転覆させ、ロシアの安全保障上の利益を侵害することを決定したのだ。

Photo: Mikhail Gorbachev (1931-2022) Source: Meer
Photo: Mikhail Gorbachev (1931-2022) Source: Meer

1990年、ドイツと米国はソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領に、ソ連が東側の軍事同盟であるワルシャワ条約機構を解体すればNATOの東方拡大はないと確約をした。同年の東西ドイツ統一にゴルバチョフ大統領が同意したのはこの確約を踏まえたものであった。しかしソ連が崩壊すると、ビル・クリントン大統領はこの確約を反故にしてNATOの東方拡大を支持した。

ロシアのボリス・エリツィン大統領は猛烈に抗議したが、これを止めることはできなかった。米国の対ロシア外交の第一人者であるジョージ・ケナンは、NATOの東方拡大は「新しい冷戦の始まりである」と断言した。

クリントン政権下の1999年、NATOはポーランド、ハンガリー、チェコへと拡大した。その5年後、ジョージ・W・ブッシュ政権下でNATOはさらにバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)、黒海(ブルガリア、ルーマニア)、バルカン半島(スロベニア)、スロバキアの7カ国に拡大。。さらにバラク・オバマ政権下の2009年にアルバニアとクロアチアに、ドナルド・トランプ政権下の2019年にモンテネグロへと拡大した。

NATO.INT
NATO.INT

ロシアのNATO拡大に対する反発は、1999年にNATO諸国が国連を無視してロシアの同盟国セルビアを攻撃したことで急激に強まり、2000年代には米国がイラク、シリア、リビアに介入した戦争でさらに硬直化した。2007年のミュンヘン安全保障会議でプーチン大統領は、NATO拡大は 「相互信頼のレベルを低下させる深刻な挑発 」を意味すると宣言している。

Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0
Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

その際プーチン大統領はこう続けた。「この拡大はどの国に対するものなのか。そして、ワルシャワ条約機構が解体した後、西側のパートナーたちが行った(NATO東方拡大を許さないという)保証はどうなったのか。その宣言は今どこにあるのだろうか。誰も覚えてさえいない。しかし、私はこの聴衆に、何が語られたかを思い出させることにしよう。1990年5月17日、ブリュッセルでのマンフレート・ヴェルナーNATO事務総長の演説を引用したい。その際彼は、NATOがドイツ領土の外に同軍を配置しない用意があるという事実は、ソ連に確固たる安全保障を与えると述べている。現在、この保証はどこにあるのか。」

また2007年には、ブルガリアとルーマニアの黒海沿岸2カ国がNATOに加盟したことを受けて、米国は黒海地域タスクグループ(当初はタスクフォース・イースト)を設立した。そして2008年、米国はNATOがウクライナとグルジアを将来的に取り込むと宣言し、米露の緊張をさらに高めたのである。両国が加入すればロシアは黒海でNATOの5カ国(ブルガリア、グルジア、ルーマニア、トルコ、ウクライナ)に囲まれ、ロシアの黒海、地中海、中東への海上アクセスが脅かされることとなる。

ロシアは当初、ウクライナの親露派であるヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領が、2010年に議会を率いて同国の中立を宣言したことにより、ウクライナへのNATO拡大から保護されていた。しかし2014年、米国はヤヌコビッチ政権の転覆を支援し、反ロシアを掲げる政権を誕生させた。その時点でウクライナ戦争が勃発し、ロシアはあっという間にクリミアを奪還し、東ウクライナでロシア人の割合が比較的高いドンバス地方で親ロシアの分離主義勢力を支援するようになった。ウクライナ議会は同年、中立を正式に放棄した。

ウクライナとロシアが支援するドンバスの分離主義者たちは、8年間も苛酷な戦争を続けている。ミンスク合意を通じてドンバスの戦争を終わらせる試みは、ウクライナの指導者がドンバスの自治を求めた合意を守らないことを決め、失敗に終わった。2014年以降、米国はウクライナに大量の軍備を注ぎ込み、今年の戦闘に見られるように、ウクライナの軍隊をNATOと相互運用できるように再編することに貢献した。

Image: Destruction in Ukraine caused by the Russian invasion. Source: The Daily Star.
Image: Destruction in Ukraine caused by the Russian invasion. Source: The Daily Star.

2021年末にジョー・バイデン大統領がプーチン大統領のNATOの東方拡大中止要求に同意していれば、2022年のロシアの侵攻は回避されていた可能性が高い。同年3月、ウクライナとロシアの政府が、ウクライナの中立を前提とした和平協定案を取り交わすことで、戦争は終結していた可能性が高い。その裏で、米国と英国はヴォロディミル・ゼレンスキー大統領にプーチン大統領との合意を拒否し、戦い続けるよう迫った。その時点で、ウクライナは交渉から離脱した。

ロシアは、軍事的敗北とNATOのさらなる東方拡大を避けるために、必要に応じてエスカレーションを行い、場合によっては核兵器を使用することになるだろう。核の脅威は空虚なものではなく、ロシア指導部が自国の安全保障上の利益が危機に晒されていると認識していることを示すものである。恐ろしいことに、米国もキューバ・ミサイル危機の際に核兵器の使用を覚悟していた。最近、ウクライナの高官が米国に対して、「ロシアが核攻撃を考えれば、すぐにでも核攻撃を行うよう」促しているが、これは確実に第三次世界大戦を引き起こすものだ。私たちは再び核の破滅の瀬戸際に立たされているのである。

Jeffrey Sachs of Columbia University/ By Bundesministerium für Europa, Integration und Äußeres – FMSTAN & SPIDER Global meeting in Austrian Foreign Ministries in Vienna, CC BY 2.0

ケネディ大統領は、キューバ・ミサイル危機の際に核の対立について学び、その危機を意思の力や軍事力ではなく、外交と妥協によって打開した。つまり、ソ連がキューバの核ミサイルを撤去するのと引き換えに、トルコの核ミサイルを撤去したのである。翌年には部分的核実験禁止条約を締結し、ソ連との平和を追求した。

1963年6月、ケネディ大統領は、今日私たちが生存し続けていることにつながる本質的な真理を口にした。「核保有国は、自国の重要な利益を守りながらも、相手国に屈辱的な退却か核戦争かの二者択一を強いるような対決が起きることを避けなければなりません。核の時代に、そのような対決への道筋を採れば、政策の破綻を招き、全世界の死を望むことにほかならないからです。」

NATOの非拡大を前提とした3月末のロシア・ウクライナ間の和平合意案に立ち戻ることが急務である。今日の不安定な状況は、世界が過去に何度も経験したように、容易に制御不能に陥りかねない。世界の存亡は、すべての関係者の慎重さと外交力と妥協に懸かっている。(原文へ

INPS Japan

この記事はINPSのロベルト・サビオ顧問が運営するOther Newsが当初配信したもので、著者の許可を得て転載しています。

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ローマ法王、カメルーンで拉致されたカトリック信者の解放を訴える

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス

ローマ法王フランシスは、フランス語圏と英語圏のコミュニティー間で長年内戦が続いているカメルーン南西部で誘拐された5人の司祭、修道女、料理人、カテキスタ、15歳の少女の解放を求めるカメルーン司教団の呼びかけに賛同した。

Pope Francisco/ Wikimedia Commons
Pope Francisco/ Wikimedia Commons

9月25日、ローマ法王はカメルーンの平和のために祈っていると語った。「私は、マンフェ教区で誘拐された人々の解放を求めるカメルーンの司教たちの訴えに参加します。」とカトリック通信は報じている。

バチカンニュースによると、9月16日の誘拐事件のほか、カメルーンのンチャンにある聖マリア・カトリック教会に武装集団が放火した。

カメルーンのカトリック司教団は、誘拐されたキリスト教徒の即時解放を求める声明の中で、この攻撃を強く非難した。この行為は一線を越えており、私たちは『もうたくさんだ』と言わなければならない。」と、司教らは声明で述べている。

現在の英語系住民による分離独立運動のルーツは、第一次世界大戦で英国とフランスが「ドイツ保護領カメルーン」を占領し、その領土を2つに分割したことに遡ることができる。この分割により、英仏両地域で異なる文化遺産やアイデンティティが形成され、後の再統一の試みに問題を生じさせることになったのである。

1961年、国連はこの英国領をナイジェリアとカメルーンのどちらに併合するかを決定するための協議を行った。批評家たちは、この協議を、巨大な力を持つ当事者たちが関与した「偽りの交渉」と呼んだ。

Map of Cemeroon
Map of Cemeroon

カメルーンで民族主義的な対立が続く中、旧英国領カメルーン(現在のカメルーンの北西州南西州を合わせた地域)の英語系住民は、カメルーンの独立(国家樹立)後に主導権を握ってきたフランス語系住民に対して不満を募らせながら暮らしています。」と、学者のフォンケム・アチャンケン氏は「グローバル・イニシアティブ」誌に記している。

フランス語系住民に対する英語系住民の割合は現在約16%で、1976年の21%から低下している。

教会への攻撃は、人権の保護と向上を目的とした非営利組織であるアフリカ人権民主化センター(CHRDA)からも非難されている。

これに関連して、人権監視団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、カメルーンの著名なアングロフォンの平和活動家アブドゥル・カリム・アリ氏が再逮捕されたことを報告している。アリ氏は、カメルーン兵が同国の英語系住民に対して行ったとされる人権侵害を映したビデオを携帯電話で所持していたことで告発された。(原文へ

INPS Japan

資料:The church of St. Mary’s in Nchang burned on 16.09.2022./YouTube

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【ヌルスルタンINPS Japan/アスタナタイムズ】

第77回国連総会は、全般的に不安と警戒感が特徴的であった。一部の演説者は非難にとどまり、世界の安全保障状況と経済的展望が目に見えて悪化しているという一般に認められた事実について、国連の他の加盟国を非難した。

このような時こそ、バランスのとれた状況判断と、人類共通の目標が明確に示されることが特に重要であった。カザフスタンのカシム=ジョマルト・トカエフ大統領が提案したアプローチは、この困難な時代に団結することへの希望を述べたものであった。

このアプローチは、過去70年間、地球上の相対的な平和と安定の維持のために国連が用いてきた、古くから試されてきた原則のいくつかを維持することを提案しているという意味で、保守的なものである。

「この普遍的な組織の根底にある基本原則に立ち返ることほど、今重要なことはありません。特に、国家の主権的平等、国家の領土保全、国家間の平和的共存という3つの基本原則のつながりを再考する必要があります。」とトカエフ大統領は語った。

一方、こうしたカザフスタンのアプローチは、決して受動的で現状に盲従するという意味ではないことに留意する必要がある。変革は必要だが、それはコンセンサスによって導入され、絶えず議論され、関係国のすべての重要な利益が尊重され、保護されるべきものという考え方である。

それゆえ、トカエフ大統領は、人類が歴史を通じて生み出してきた合意に至るための最良の方策(国際会議や各種国際イベントを通じた対話と常設機関の設置)への参加を呼びかけた。当面の目標は、私たちがあまりにも長い間、当たり前だと思ってきたこと、つまり「平和」についてである。もちろん、今回の国連総会でこのような考え方を述べたのはトカエフ大統領だけではなかった。

WANG YI, Foreign Minister of the Republic of China addressing at the UN General Assembly/ UN Photo.

「平和とは、空気や太陽のようなものです。私たちはそれらを当たり前のものと考え、時にはそれなしには生きられないことを忘れてしまう。同じように、平和は全人類の未来にとって必要な前提条件です。中国の王毅外相は総会の演説で「混乱や戦争はパンドラの箱を開けるだけで、問題を解決することはできません。」と語った。

しかし、領土保全や国家の主権的平等という概念は、具体的にどのようなものなのだろうか。これらは、絶え間なく続く戦争から人類を守るための原則である。法の下の平等を基本に、個人の生命や財産を守る法的原則と同様、この2つの原則は、トカエフ大統領が言及した第3の原則、すなわち国家間の平和的共存の実現につながるものである。

「この3つの原則は相互に依存しています。」とトカエフ大統領は付け加えた。この点については誰も異論がないだろう。

カザフスタンは、1991年に旧ソ連邦の崩壊に伴い誕生した独立国家の中で、平和保護の面で非の打ち所のない評価を得ている数少ない国の一つであり、実際、東西両陣営双方と良好な関係を維持することができている唯一の国である。

カザフスタンは、国連でほとんどの人が言葉では支持しているが、実際にはほとんど実践していない「ノンブロック(特定の陣営に加わらない)」方式に徹している。

Image source: EurasiaReview
Image source: EurasiaReview

その結果、カザフスタンは「東側」のブロックにも「西側」のブロックにも属さない。カザフスタンは北大西洋条約機構(NATO)に加盟していないし、集団安全保障条約機構(CSTO)に加盟していても、それを外国のいかなる国に対しても利用できないことは誰もが認めるところである。(CSTO加盟国の首脳会議の決議には必ず「いかなる第三者にも向けられない」という条項があり、カザフスタンはこの原則を強く主張している)

では、カザフスタンは世界の舞台で弱く、孤立しているのだろうか。いや、それどころか、カザフスタンはあらゆる平和ミッションの貴重な戦力となっている。カザフスタンは近隣諸国と領土問題を抱えることなく、タジキスタン、アルメニアとアゼルバイジャン、ロシアとジョージア、そして現在のウクライナとロシアの関係を破壊した「ポストソ連戦争」の二つの波から見事に逃れてきたのだ。

NATO's Eastward Expansion/ Der Spiegel
NATO’s Eastward Expansion/ Der Spiegel

第一波は1988年から91年にかけてのソビエト連邦の弱体化と崩壊、第二波はNATOの拡大、そして2008年にNATOがウクライナとジョージアの将来的な加盟を認めたことに伴う紛争である。

ユーラシア大陸ではいつから戦争が可能になったのだろうか。1988年から91年にかけてソ連が弱体化すると、旧ソ連構成共和国の民族主義者たちは、トカエフ大統領が国連総会で述べた原則を破って、国境を画定する好機と捉えたのである。こうした原則の破棄は、数々の紛争を引き起こした。

NATOの拡張と、2008年にブカレストで始まったプロセスの継続が約束された後、一部の国はこれを自国の領土における分離主義運動(2008年のグルジア対南オセチア、モルドバとトランスニストリア間の緊張、その他多くの不幸な出来事)の問題を解決する新たな機会と捉えた。

トカエフ大統領は、サンクトペテルブルク国際経済フォーラム(2022年6月15日~18日)におけるロシアのウラジーミル・プーチン大統領との会談で、「カザフスタンは分離主義を支持しない」と明言した。つまりカザフスタンは、ウクライナ領内にロシアが一方的に認めた「準国家」を認めないと明言したのである。

Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0
Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

トカエフ大統領の発言は、カザフスタンがロシア民族の権利を軽視しているからではなく、新たな準国家を創設しその独立のために武力闘争を展開することは、現代世界ではもはや許されないからである。それはすでに数々の戦争を引き起こしており、歴史が何度も示しているように、戦争は決して解決策にはならない。

では、戦争が正当な救済方法でないとすれば、どうやって今日の世界の不平等やアンバランスを是正すればよいのだろうか。トカエフ大統領の提案は、協力と対話、そして合意できるところは合意していくというものだ。その中心は、カザフスタンの「地元」である中央アジアである。この大統領の提案は、全文を引用するに値する。

「私達は、来年の閣僚級会合での協議と、2024年の未来サミットの開催に貢献することを期待しています。私達は、単にグローバルな課題や危機に対応することから、新たなトレンドを予防し、よりよく予測し、私達の評価を戦略的な計画や政策立案に統合していくことへと移行しなければなりません。」

The 6th CICA Summit/  photo by Gov of Kazakhstan
The 6th CICA Summit/ photo by Gov of Kazakhstan

まさにこの目的のために、カザフスタンは30年前に「アジア相互協力信頼醸成措置会議(CICA)」の開催というアイデアを提案した。(カザフスタンのアルマトイに常設事務局が置かれている)

トカエフ大統領は、「新たな挑戦と脅威の中で、私達は10月にアスタナで開催される首脳会議でCICAを本格的な国際機関に変え、世界の調停と平和構築に貢献したい。」と語った。

トカエフ大統領は、最近カザフスタン南部のトルキスタン州を訪問した際にも、同じ原則的な立場を再確認した。「わが国の外交政策は、中立を基本としていく……この政策は、バランスのとれた、建設的なものである。そしてもちろん、マルチベクトル政策であり続けるだろう。カザフスタンは、ロシアとの同盟関係、中国との戦略的パートナーシップ、友好的な中央アジア諸国との多国間協力関係を発展させるためにあらゆる努力をします…この政策は、国際社会から高く評価されており、我が国の最優先事項に合致しています。」

これが前進であると言う以外に、何を付け加えればよいのだろうか。欧州で何が起こっているかを見てみよう。もし、カザフスタンのアプローチが、アジアで同じような混乱を避けることができれば、カザフスタンは「21世紀のスイス」となり、平和と国家間の協力の真のエンジンとなることができるだろう。(原文へ

INPS Japan

ドミトリー・バビッチ氏は、モスクワを拠点に30年にわたり世界政治を取材してきたジャーナリストで、BBC、アルジャジーラ、RTに頻繁に出演している。

この記事は、Astana Timesに初出掲載されたものです。

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アフガニスタンの安定を望むカザフスタン

中国における市民社会と気候行動、そして国家

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ロバート・ミゾ】

市民社会は、気候変動との闘いにおける主要な行為主体である。彼らは、各国機関や政府間プロセスが停滞している場合には活を入れ、これらの公的主体に気候変動対策の責任を取らせる力を秘めている。中華人民共和国は、あらゆる点で共産主義独裁国家であるにもかかわらず、気候変動に取り組む団体などの環境市民団体に対し、大幅な、ただし明確に規定されたスペースを認めている。この20年ほどの間に、気候変動問題に取り組む野心的な目標を掲げた気候市民団体が次々に誕生した。しかし、詳細に検討すると、これらの団体が占める政治的スペースの抑制的性質ゆえに、彼らの影響力は限定的であることが分かる。(原文へ 

革命前の中国において、市民社会は活気にあふれ、民衆的なものだった。政治、社会、宗教といった分野においてさまざまなタイプの市民社会団体から、果ては完全なる犯罪組織まで存在した。しかし、1960年代から1970年代の文化大革命により、中国における自律的な市民社会はほぼ完全に破壊された。中華全国総工会、中華全国婦女連合会、中国共産主義青年団など、わずかに存続した退屈な市民社会団体は、共産党の政策に異議を唱えるのではなく、党のメッセージを伝達することを主な機能とした。1970年代の自由化の時代、分権化と市場競争が導入されて国家中央集権主義に対抗し、市民社会団体はある程度のスペースを取り戻した。このような状況を背景に、環境団体や気候変動に取り組む市民団体は増加し、共産党から“トラブルメーカー”と見なされていた(現在も見なされている)民主主義や人権のために闘う団体に比べると、より広い政治的スペースを享受した。

また、中国のNGOは、1980年代後半に制定された三つの行政規則によって統制されている。具体的には、社会団体登記管理条例、基金会管理条例、外国商会管理暫行規定である。これらの規則に基づき、2段階の管理体制が生まれた。その下でNGOは政府機関をスポンサーとすることになっており、スポンサー機関はNGOの日々の業務を監督するとともに、関係するNGOの活動に対する年度審査を行うことになっている。2016年外国NGO管理法は、外国NGOの活動を警察の監視下に置いた。

中国における国家と環境市民団体の関係は、「独裁主義的環境保護主義」の政策パラダイムによって規定されている。このような環境ガバナンスモデルでは、政策づくりへの国民参加は科学技術分野の限られたエリート層のみに認められており、それ以外の人々は、国家主導のプログラムまたは政策の実施を手伝うための参加しか期待されていない。中国における気候政策の策定は、5カ年計画、命令・統制型規制(従来的な環境ガバナンス)、環境保護部およびその地方機関、国家発展改革委員会など、政府機関や政府のメカニズムの排他的権限の下にある。

とはいえ、政策発足への国民参加の余地は明らかに限定的であるものの、1994年に緑色文化分院(Academy for Green Culture)と呼ばれる最初の環境NGO(後に自然の友(Friends of Nature)に改名)が設立されて以来、これまでに2,000を超える環境NGOが誕生した。今日、中国気候行動ネットワークの傘下で多くの気候市民団体が活動している。いくつか挙げると、中国国際民間組織合作促進会、中国青年気候行動ネットワーク、自然の友、環境開発研究所(The Environmental and Development Institute)、北京地球村(Global Village Beijing)、緑家園志願者(Green Earth Volunteers)、廈門緑拾字環保服務社(Xiamen Green Cross Association)などがある。これらの団体の活動は主に、政策の実施、啓蒙キャンペーン、教育・研究のほか、「ダウンストリーム活動」と呼ばれるものを構成する他の機能に限られている。

とはいえ、少数の事例では、気候変動に取り組むNGO、特に国家構造に組み込まれ、その枠内で運営する団体が政策策定に影響を及ぼしている。これは、その団体と支配者層の距離の近さ、当該の政策課題の性質といった要因に依存する。2004年に環境NGOのグループが開始した「26度運動」は、市民社会が政策変更に関与した最たる例の一つであり、この運動を受けて国務院は、中国の全ての公共建造物における全てのエアコンを夏は26°C以上、冬は18°C以下に設定すると規定した法律を可決した。中国企業連合会持続発展工商委員会(CBCSD)が策定した温室効果ガス排出量算定に関するガイドラインは、国家基準として認められ、採用されている。エネルギー・輸送イノベーションセンター(iCET)は、2017年に輸送部門向け燃料の国家基準を策定するため国家標準化管理委員会に協力した。2014年、中国の第13次5カ年計画(2016~2020年)に気候変動適応策を含めることを、環境NGOらが要請した。政府は、彼らの要請を受け入れ、取り入れた。

気候変動に対する市民社会の取り組みは、ダウンストリーム活動においてより活発であり、政府もそれを推奨している。人気の高い運動としては、中国国際民間組織合作促進会(CANGO)と米国のNGO環境防衛基金が共同で企画したグリーン通勤ネットワーク(Green Commuting Network)がある。これは、自動車利用の抑制、低炭素な地下鉄定期券の推進、オンラインの炭素排出量計算ツールに関する意識を高めることを目的としている。四川省では、北京地球村が実施する低炭素プロジェクトや農村部エコビレッジプロジェクトが進行中であり、持続可能かつ低炭素な農村開発を主要な目標としている。山水自然保護センターは、森林炭素プロジェクトなどのカーボンオフセット・プログラムを実施し、エネルギー消費・炭素排出量測定法を開発した。中国市民気候行動ネットワーク(CAN-China)は、気候変動に取り組む市民社会団体のネットワークであり、情報共有を促進し、共同気候行動を実施している。これらは、進行中の多くの運動やプログラムのほんの数例であり、中国における気候活動が政策策定よりも政策実施面においてはるかに顕著であることを示している。

今後は、政策マトリクスに環境民主主義の概念を取り入れることによって、気候変動との闘いへの貢献における気候変動活動家の影響をより効果的にすることができるだろう。そのためには、情報アクセス、意思決定プロセスへの国民参加、環境問題における司法アクセスといった一定の手続き上の権利を、より幅広く利用できるようにする必要があるだろう。現行の硬直的なトップダウンの政策策定メカニズムから脱し、環境ガバナンスにおける大衆参加、透明性、説明責任を保証する新たなボトムアップのアプローチへと移行するべきである。

ロバート・ミゾは、デリー大学カマラ・ネルー・カレッジの政治学および国際関係学助教授である。デリー大学政治学科より気候変動政策研究で博士号を取得した。研究関心分野は、気候変動と安全保障、気候変動政治学、国際環境政治学などである。上記テーマについて、国内外の論壇で出版および発表を行っている。

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|視点|カンボジア、国連戦争犯罪裁判の教訓

【ルンドIDN=ジョナサン・パワー】

カンボジアのクメール・ルージュ指導者たちの15年の長きにわたる裁判がようやく結審した。

ニューヨークタイムズ紙は9月22日、「カンボジア特別法廷(クメール・ルージュ政権の犯罪を起訴する責任を負う、国連が支援する法廷)が最終審理を行った。」と報じた。狂信的な共産主義運動の最後の生き残りの指導者である91歳のキュー・サムファンの控訴を棄却し、大量虐殺の罪で有罪判決を下し、終身刑が確定した。」

ヌオン・チアとともに、彼は5年前に有罪判決を受けていた。控訴には信じられないほどの時間がかかった。彼らの最初の裁判は10年近くかかった。

Collage of the mass grave at the Killing Field of Choeung Ek with the leader of the Killing Fields on the left. Source: Wikimedia.
Collage of the mass grave at the Killing Field of Choeung Ek with the leader of the Killing Fields on the left. Source: Wikimedia.

裁判にかけられた他の3人のうち、1人は元外務大臣のイエン・サリで2013年に死亡、1人はイエン・サリの妻イエン・シリトでアルツハイマーのため出廷できず、1人はカン・ケク・イウ(以下ドッチ)で8年前に任意で自白し35年の禁固刑に服している。クメール・ルージュの悪名高き指導者ポル・ポトは、この法廷ができた時には既に亡くなっていた。

20世紀には、アドルフ・ヒトラーによるユダヤ人、ポーランド人、同性愛者、ジプシーなどの絶滅政策に次ぐものとして、2つの大量虐殺が挙げられる。一つはカンボジア、もう一つはルワンダである。しかし、ポル・ポトとクメール・ルージュ政権によって、100万から200万人の死者と約50万人の処刑が行われたカンボジアが、おそらくこの醜い争いを制したのだろう。

1975年、クメール・ルージュは政権を握った1週間後に、首都プノンペンに住む200万人もの人々を強制的に退去させ、農村部での労働を強制した。その過程で、何千人もの人々がこの避難生活で命を落とした。強制移住は急速かつ冷酷無比な方法で行われ、住民はすべての財産を置き去りにすることを強いられた。子供たちは親から引き離され、妊婦は専門家の助けなしに出産を余儀なくされた。医者や教師の大半は殺害された。このポグロムは「キリング・フィールド」と呼ばれ、映画の題名にもなっている。

クメール・ルージュは、これが国を農村の階級なき社会に変える平定作業であると考えていた。彼らは、貨幣、自由市場、普通の学校教育、外国の服装、宗教的習慣、伝統文化などを廃止した。公立学校、仏教の仏塔、モスク、教会、大学、商店、政府の建物などは閉鎖されるか、刑務所、厩舎、再教育キャンプ、穀物庫に変えられた。

公共交通機関も民間交通機関も、私有財産も、非革命的な娯楽も禁止された。人々は黒い衣装を身につけ、1日12時間以上働き、党が選んだ相手と集団結婚式を挙げなければならなかった。家族への愛情表現も禁じられた。知識人は粛清の対象とされ、メガネをかけているだけで処刑された。3人以上の人が集まって会話をすると、敵として告発され処刑されることもあった。

Choeung Ek commemorative stupa filled with skulls, Public Domain
Choeung Ek commemorative stupa filled with skulls, Public Domain

クメール・ルージュは1979年までカンボジアを支配したが、隣国のベトナムに打倒された。その後、クメール・ルージュは西に逃亡し、難民を装ってタイ領内に勢力を再建した。そこでユニセフなどの援助団体に引き取られ、食事を与えられ、彼らは次の戦いに挑むことができた。

当時北ベトナムに敗れた米国は、「敵の敵は味方」という格言のとおりに行動した。1979年、ジミー・カーター大統領のもと、ベトナムを懲らしめたい米国は、国連を説得し、カンボジアにクメール・ルージュの議席を与えることに成功した。皮肉なことに、1977年に大統領に就任したカーター氏は、「人権を外交政策の中心に据える」と発言していた。

1979年から90年まで、米国はクメール・ルージュをカンボジアの唯一の合法的代表として承認している。スウェーデンを除くすべての西側諸国は、米国と同じように投票した。ソ連圏は反対票を投じた。(1980年代に米国がアンゴラを外交的に承認しなかったように、ある国が承認されないケースもある。しかし、西側諸国はその選択肢を考えようともしなかった。)

同時に、欧米の多くの左翼知識人、活動家もクメール・ルージュを支持した。彼らはクメール・ルージュを、古い秩序を一掃するクリーンな共産主義者と見たのである。

元国連大使のサマンサ・パワーは、著書「集団人間破壊の時代 平和維持活動の現実と市民の役割(A problem from hell)」の中で、カンボジアの出来事が国連のジェノサイド条約に合致しているかどうか、読んだ覚えのある米国政府高官は一人もいなかったと述べている。

ブッシュ大統領の国務長官だったジェームズ・ベーカー氏が方針転換を表明したのは、1990年6月のことだった。その後、安全保障理事会の5大国が、カンボジアを国連の保護領にすることを発表した。そして、国連は交渉の末、カンボジア人裁判官と国際裁判官から構成されるハイブリッド・コート(裁判所)を設置し、クメール・ルージュの指導者を裁判にかけることを決定した。

ナチスの指導者を裁いたニュルンベルク裁判が1年で結審したのに、なぜカンボジア特別法廷の審理は15年もかかり、費用も3億ドルに及んだのか、疑問の余地がある。2014年に私が裁判所を訪れた際、引き延ばしていたのは弁護団だったが、裁判官はそれを許していた。

Photos in genocide museum of war crimes committed by the Khmer Rouge. Wikimedia Commons.

現在でも、裁判所が言うところの「レガシー期間」が3年間設けられ、裁判とその理由についての一般教育が行われることになっている。首都プノンペンを歩けばわかるように、ある世代は事実上、地上から消し去られたのである。

生き残ったのは、今は中年となった若者たちだけである。裁判の間、私が目撃したように、学校の子供たちが毎日バスでやってきて、裁判の様子を見たり、背景を説明するフィルムを見たりしていた。国連は、若者たちに何が起こったのかを理解させ、将来の大規模な暴力に対してこの国を予防したいと考えている。この活動は継続すべきだ。

殺人犯の大多数が訴追を免れているとはいえ、遅ればせながら一種の正義が行われた。幸いなことに、国際刑事裁判所(ICC)が2002年に設立され人道に対する罪を裁くシステムが出来ている。しかし、まだ十分とは言えない。

先月30日、オランダのハーグで、ルワンダ人のフェリシアン・カブガ氏の裁判が始まった。フツ族によるツチ族の虐殺の後に設置されたルワンダの国連特別法廷が、おそらく最後の大きな裁判となるだろう。これまで80件近くの裁判を行い、大きなものでは、上級指導者に有罪判決を下している。ルワンダの裁判所や北米や欧州の国内裁判所でも、何千人もの下っ端の殺人犯が裁かれてきた。

カブガは20年間、逮捕を免れてきたが、英国、フランス、ベルギーの警察によって、フランスにいるカブガを訪れた家族がかけた電話の場所を追跡され、ついに逮捕された。現在彼は、1994年の大量虐殺を主導したグループの資金提供者であり後方支援者であると告発されている。彼は、フツ族にツチ族と穏健派フツ族の殺害を扇動する人気ラジオ局を設立し、指揮していたのである。

ICC
ICC

国際司法の歯車はゆっくり回っている。これらの裁判所は抑止力として機能しているのだろうか?それを正しく測定する方法はない。それは国内の犯罪も同じだ。常識的に考えて、本当に罰せられる可能性がなければ、犯罪者や犯罪行為が増えるだろう。

ミャンマー軍事政権の将軍たち、エチオピアのアビイ・アハメド首相、シリアのバシャール・アサド大統領は、明らかに抑止されていない。イスラエルも、ISISも、タリバンも、ウラジーミル・プーチン大統領もそうだ。

一方、軍がかつて抑圧していた人々と再び関係を築いてきたスーダンでは効果があったのかもしれない。また、ウガンダがコンゴに展開するいわゆる「平和維持軍」に過去のような非人道的な振る舞いをさせたり、ブルンジとコンゴ東部のフツ族がルワンダのツチ族政権に復讐し始めたりすることは抑止できているのかもしれない。(現在、小競り合いはあるが、それほど深刻な事態にはなっていない。)

裁判所の権威は、旧ユーゴスラビア国民の静まらない情念にも働きかけるのかもしれない。オブザーバーによると、セルビアとコソボでは最近また衝突が起きているし、ボスニアでは10月2日の選挙で新たな暴力が懸念されている。ICCが抑止効果の一端を担っているかどうかは断言できないが、これらの国々で何らかの抑制力が働いていることは明らかである。

カンボジア人が行っているように、各国も国際刑事裁判所とその前身である旧ユーゴスラビア、ルワンダ、シエラレオネなどの裁判について国民を教育する必要がある。メディアにおける記事や番組、学校や大学での教育がもっと必要だ。戦争犯罪や人権侵害は、義務教育の公民の授業や講義の一部であるべきだ。

国際法の適用はこの30年間で目覚しく進歩した。しかし、その歩みはあまりにも遅い。スピードアップが必要だ。とはいえ、今のままでも世界はずっと良くなっている。(原文へ

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