ホーム ブログ ページ 51

ウクライナ危機は、国連が独力で非核世界を実現できないことを示した

【国連IDN=タリフ・ディーン】

もはや3カ月目に突入しようとしているウクライナでの破滅的な戦争では、「核のオプション」の脅威が何度も叫ばれている。

Image source: Sky News
Image source: Sky News

2月24日にロシアのウクライナ侵攻で始まったこの戦争は、世界の主要な核保有国の一つと、隣接する非核保有国との間で起こっている。

最近では、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相が4月25日、核紛争の可能性を「過小評価されるべきではない」と暗に脅しをかけている。「誰もが、『第三次世界大戦は容認しない』という呪文を唱えているが、その危険性は重大であり、実在します。」とラブロフ外相はロシアのテレビ番組のインタビューで語ったという。

ウクライナ危機は、国連憲章に規定されている「国際の平和と安全」を守る国連の能力には限界があることを白日の下に晒した。

4月26日に国連のアントニオ・グテーレス事務総長がモスクワでウラジーミル・プーチン大統領と1対1で会談したにもかかわらず、国連は危機を収束させることができず、停戦交渉にすら協力できなかったとして、激しい非難を浴びている。

これらの展開をみるに、関連する疑問が叫ばれている。すなわち、数多くの決議や国際会議で繰り返されてきた「核兵器のない世界」を国連は本当にもたらすことができるのだろうか、という問いだ。

Photo: UN Secretary-General António Guterres (centre) visits Bucha, on the outskirts of the Ukrainian capital, Kyiv. UN Photo/Eskinder Debebe

ブリティッシュコロンビア大学(バンクーバー)公共政策国際問題大学校リュー記念国際問題研究所の所長で、軍縮・グローバル・人間安全保障問題の責任者を務めるM・V・ラマナ教授はIDNに対して、「決議や会議がいくらあっても国連自体が非核兵器世界を実現できるわけではない。」との見方を示した。

ラマナ教授は、「しかし国連は、この目的に関心を持つ世界各国が集い、その集合的な意思を示す場を提供することはできます。」と指摘したうえで、「ただ、そうした国々自体は、国連で集団を形成したとしても、米国やロシア、中国のような大国に対して核兵器を放棄させることができないかもしれません。」と語った。

また、「これらの国々の内部の社会運動と手を結ぶ必要があります。もちろん、現時点ではそうした運動は弱いし、政策変化をもたらしうる可能性は極めて低いでしょう。しかし、私たちに選択肢はありません。現在の核の現状の継続、あるいはさらに悪いことに軍拡競争は、ほぼ間違いなく大惨事に終わります。」と警告した。

「ノルウェー・ピープルズ・エイド」のヘンリエッテ・ウェストリン事務局長は、「ウクライナでの戦争とプーチンの核使用の脅しは、一部の国家が大規模かつ無差別な核の暴力によって自分たちの安全を守らなければならないと主張する世界に住むことの重大な危険性を、またしてもはっきりと思い起こさせるものである。」と語った。

「私たちは、核抑止力による安定化効果よりも、むしろ運を信頼することになったのだ。使用可能な核兵器が世界で増加していることは極めて憂慮すべき事態です。」と、今年4月11日に年次核兵器禁止モニター報告書を発表したウェストリン事務局長は語った。

American political activist Medea Benjamin./ By Medea Benjamin – The uploader on Wikimedia Commons received this from the author/copyright holder., CC BY-SA 3.0

米国の戦争と軍事主義の廃絶を目指して活動する女性主導の草の根組織「コードピンク」のメディア・ベンジャミン氏は、IDNの取材に対して、「国連が戦争を止められなかったのは今回が初めてではない。」と語った。

「しかし、ウクライナでの戦争は実際に核戦争の危険性を人々に強く意識させることになりました。特に若い世代は、私たちが目の当たりにしているような差し迫った危険性とともに育ってきてはいないため、その傾向が強い。若い人たちのこの感覚から運動を作り上げていくべきです。」

核兵器禁止条約によれば、「核兵器はいまや非合法であり、核保有国を条約に加入させるように努力を続けなければなりません。」とベンジャミン氏は語った。

ベンジャミン氏はまた、「まずすべきことは、ウクライナでの戦争を、核の対立を引き起こすことなく、また米国のイラクやアフガニスタンでの戦争のように何年も引き延ばすことなく、終わらせることです。一方で、この時間を使って、核戦争が私たちの生存に与える脅威について人々を教育し、核兵器禁止条約への支持を広げる機会とすべきです。」と語った。

ベンジャミン氏は、核軍縮は、失われた大義を取り戻すための良い試みであるかとの問いに対して、「失われた大義とは、ロシアと米国の間の核の対立のことです。この地球の将来がかかっているのだから、核兵器なき世界を目指すのは私たちの義務です。」と語った。

Ramesh Takur/ ANU
Ramesh Takur/ ANU

オーストラリア国立大学名誉教授で戸田平和研究所の上級研究員であるラメッシュ・タクール博士は、「第一に、国連に関してよく持たれている誤解がある」とIDNに語った。

「2003年の米国と英国のイラク攻撃、現在のロシアのウクライナ攻撃など、そもそも国連は大国(P5)による小国への侵略を阻止できるようにはできていません。国連はむしろ、大国間の大規模な戦争を回避することによって平和を保つことに最も重きを置いているのです。」

「拒否権条項はこの両方の目的を満たすためのものです。」「このことは、偏向した西側メディアがほとんど無視している重要な要素を示唆しています。本当の意味で、ウクライナ戦争はロシアとNATOの代理戦争であり、米国とNATOはその責任を共有しています。」と、タクール氏は語った。

例えば、オーストラリアのスコット・モリソン首相は最近、中国軍がソロモン諸島に軍事基地を置くことになれば、一線を越えたとみなすと発言した。バイデン政権のインド太平洋調整官兼大統領副補佐官(国家安全保障担当)のカート・キャンベル氏がソロモン諸島の首相と会談した直後に出されたホワイトハウスの声明は、米国は重大な懸念を持っており、もし中国軍がソロモン諸島に基地を置くことになれば、しかるべき対応を取ると述べている。

「ソロモン諸島はオーストラリアの北側海岸から2000キロ離れている。ロシアとウクライナは国境を接しており、キエフはモスクワから800キロの距離に位置している。しかし、米国は、NATOの継続的な東方拡大をロシアが『一線を越えたもの』とみなすことを一貫して認めていない。」と、タクール氏は指摘した。

第二に、核の問題については「問題はあなたが考えるほど明確な形を取っていない」とタクール氏は語った(同氏の近著に『核兵器禁止条約:グローバル核秩序の変革的再定義』、ラウトリッジ社、2022年がある)。

タクール氏によれば、核兵器の問題は3つの観点から論じることが可能だという。第一に、核兵器の役割を強調し、欧州と太平洋の一部の米同盟国がNATO及び米国と核共有協定に入りたいとの関心を高めるとすれば、核軍縮の大義は押し戻され、厳しい地政学の時代が戻ってくることになる。

第二に、それとは逆に、今回の危機は、核兵器の存在そのものによる脅威に対して何らかの対処がなされねばならないとの重要性を浮き彫りにしている。現在は核軍縮を追求するには適切な時期ではないと問題を無限に先送りするという態度とは対極にある。

第三に、ウクライナ危機に照らせば、核兵器の危険を減ずるための信頼性があり実践的な措置に向けた努力を行うのではなく、NPTと核兵器禁止条約の間、あるいは、核軍備管理派と核軍縮派との間の事実上の内戦を、国際社会は今後も続ける余裕があるのか、とタクール氏は問いかけた。

一方、『核兵器禁止モニター』の最新の数字によると、2022年初頭、9つの核保有国の核弾頭は合わせて12705個であった。

そのうち推定9440発(その合計の爆発力は広島型原爆の13万8000発分)が、ミサイルや航空機、潜水艦、艦船に搭載して使用可能な備蓄になっているという。

『核兵器禁止モニター』は、使用可能な核弾頭の数は増加傾向にあると警告している。

この9440発の核兵器に加えて、2022年初めの時点で、ロシア・英国・米国において3265発の退役済み核弾頭が解体を待っている状態であるという。(原文へ

INPS Japan

関連記事:

|視点|ウクライナ紛争は理性の自殺につながる(ロベルト・サビオINPS-IDN顧問)

|視点|プーチンのウクライナへの侵略が世界を変えた(フランツ・ボウマン 元国連事務次長補、ニューヨーク大学客員教授)

日本政府は、核抑止に代わる新しい考え方、安全保障の基盤を率先して考えていくべき(斉藤鉄夫公明党副代表インタビュー)

平和研究の意味とは?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ロジャー・マクギンティ】

研究テーマとしての平和、そして実践としての平和に、かつてないほどの注目と資金が集まっている。大学では、平和や関連テーマに関する授業が大盛況である。平和に関する学術論文や政策文書が次々に発表され、いまや非常に大勢の国際的な「平和専門家」が国際機関や国際NGOで働いている。要するに、平和ビジネスに従事するには良い時代ということである。(原文へ 

しかし、このような平和学や平和研究の“ブーム”にもかかわらず、戦争、環境劣化、不平等、不公正には事欠かないようだ。こう問うてもいいはずだ。平和研究に何の意味があるのか? あるいは、別の問い方をするなら、平和研究や平和教育への投資のすべてが実際に役に立っているという証拠はあるのか?

深く考えずに即答するなら、“ノー”だろう。特定の研究や特定の紛争削減の努力が紛争の発生を防止したことを立証する絶対的基準に基づく証拠を見つけるのは、非常に難しいだろう。何故なら、紛争や暴力の原因は多くの場合、多次元的であり、単一の要因が原因になったり予防したりする可能性は低いからである。むしろ、紛争を多くの要因の集合体の一部として見る必要がある。その要因は、構造的なもの、直接的なもの、明白であからさまなもの、微妙でほとんど気付かないものなど、さまざまである。

では、世界が文字通り炎上している状況のもと、平和研究への投資をどう正当化できるだろうか? そして、平和研究は、21世紀にわれわれが直面している課題を解決するという目的にかなったものだろうか?

おそらく平和研究がここ数十年の間に果たした、そして現在も果たし続けている最大の貢献は、紛争、開発、ジェンダー、気候変動の相互関連性を指摘することだろう。注目すべきことに、20世紀の大部分の間、これらのテーマはかなり別々に研究されてきた(そもそも研究された場合であるが)。最近の十年間では、大学、シンクタンク、国際NGO、国際機関に属する平和研究者たちは、紛争が関連性の複雑な連鎖の一部であるという説得力のある主張を行っている。つまり、紛争、開発、ジェンダー、気候変動はすべて、同じ集合体の一部なのであり、それらを別々に取り扱うことはできない。

アフガニスタンやコロンビアの例を考えてみよう。環境、開発、ジェンダーの問題を抜きにして、そうした紛争を本格的に検討することは不可能である。平和研究は、これらの紛争の横断的かつ多次元的な性質に着目する最前線に立ってきた。

平和研究はまた、平和と紛争の分析においてローカルな視点を大切にするという面でも先端を走ってきた。比較的最近まで平和は、ほとんど国家、政治指導者、軍事指導者、国際機関の間だけでしか議論されてこなかった。まるで、紛争地帯の人々は単なる家財道具であるかのようだった。このような視点は根本的に変わり、平和を有意義なものにするためには、大統領や首相だけではなく、地域社会の賛同を得なければならないと理解されるようになった。

現地の視点に注意を払う姿勢は、多くの国際機関に採用されており、人道支援、開発、平和構築の従事者による紛争に配慮したプログラム策定に明確に表れている。これは、紛争状況下での介入はどれほど善意によるものであっても意図せざる結果をもたらす可能性があるという、平和研究の認識から導かれたものである。

平和研究の重要な利点は、その学際性である。複雑な社会問題に対して、単一の視点や学術分野が全ての答えを持ち得ないことは、長年にわたり認識されてきた。このため、社会科学において、平和研究は混合的研究法と学際的な視点を早くから採り入れてきた混合的研究の手法は、21世紀の課題に立ち向かう上で、さらに大きな意味を持つだろう。気候変動やそれに伴う紛争のような複雑な問題は、確固とした科学的視点とともに、人々がどのように適応していくのか、なぜ文化が重要なのかを理解する社会学的・人類学的分析が必要なのである。

それに加え、ITに精通した新世代の活動家たちがいる。彼らは、データを分析し、可視化し、紛争を促進する異なる要因を結びつけることができる。ある意味、職業としての平和研究者は、市民科学者やジャーナリストによる運動の高まりの一翼を担っているのである(あるいは、少なくともデータを提供している)。今後の課題は、これらの連携をできるだけ効果的なものにすることである。平和研究は大学の講義室の外へと広がるとき、その可能性を最大限に発揮する。

紛争とその複雑性を理解する方法に関して平和研究が貢献を果たしていることは間違いないが、それについては称賛もほどほどにするべきだろう。平和研究は、未だに白人が多く、いくぶん男性が多い。平和研究に関する学術会議に行ってみれば、西洋人の「専門家」集団が非西洋的状況について語っているのを見るだろう。紛争の状況下にある地元の専門家は普通、国際会議に出席する余裕などなく、学術発表の政治経済学の中で力を出せずにいることもしばしばである。他の学術分野と同様、平和研究においても、脱植民地化、多様化、自省が有益であろう。

もちろん、平和研究ができることには限りがある。データを提供し、政策提言を行い、権力を持つ者に真実を伝えることができる。最終的に責任を負うのは、政治指導者、企業、地域社会、そして個人の手に委ねられている。

ロジャー・マクギンティは、英国のダラム大学でダラム・グローバル安全保障研究所(Durham Global Security Institute)所長および政治学・国際関係学部(School of Government and International Affairs)教授を務めている。最新の著作は、Everyday Peace: How so-called ordinary people can disrupt violent conflict (Oxford: Oxford University Press, 2021)。

INPS Japan

関連記事:

|フィリピン|パラワン島の先住民族の土地保護に立ちあがる若者達

教育に関する国連会議が「戦争はもういらない」と訴える

|視点|ウクライナ侵攻について:平和を呼びかける(戸田記念国際平和研究所所長)

気候変動対策はグローバル・ジャスティスの問題である(アナレーナ・ベアボック ドイツ外相)

5月2日から3日にかけてドイツ外務省が米国務省と共催した国際会議「気候危機の最中における持続可能な平和:データ科学、技術とイノベーションの役割」におけるベアボック外相のスピーチ内容。ドイツは今年のG7議長国である。

【ベルリンIDN=アナレーナ・ベアボック】

Annalena Baerbock/By Bündnis 90/Die Grünen Nordrhein-Westfalen, CC BY-SA 2.0
Annalena Baerbock/By Bündnis 90/Die Grünen Nordrhein-Westfalen, CC BY-SA 2.0

気候危機は、私たちの世界、私たちの生活に対する脅威です。皆さんの多くは、このことを何年も前から知っていました。

ドイツに暮らす私たちの多くは、昨年、致命的な洪水によって200人近くが亡くなったことで、そのことをはっきりと認識しました。しかし、世界中の何百万人もの男女や子供たちにとって、気候の危機は非常に長い間、 危険な現実であり続けているのです。

先月サヘルに行ったとき、マリやニジェールの勇気ある女性たちが、干ばつや異常気象がいかに彼女たちの生活を脅かしているかを話してくれました。

ニジェールでは、ニアメの北に位置する広大な平原に立ち、60年ほど前には綿花が栽培されていた場所に行きました。村人によると、かつては木々が生い茂り、20メートル先も見えないほどだったそうです。私たちが立ってみると、地平線を遮るものは何もない。見えるのは、干ばつと浸食、そして激しい雨によって硬くなった、赤く不毛な土の地面だけでした。気温45度の焼け付く大地の上に立つと、その村に住む人々にとって気候変動が何を意味するのかがわかります。

彼らにとって、そして世界中の多くの人々にとって、気候の危機はパーセンテージや排出量の目標値で測れるものではありません。彼らにとって、気候の危機とは、母親が次の日に子供に何を食べさせたらいいかわからないということです。これはつまり、農民が収入源がなくなってしまったので、息子が過激派に加担するのではないかと心配しているということです。

Image source: Sky News
Image source: Sky News

そして今、ロシアによるウクライナ侵攻はこの危機をさらに悪化させ、既に人々が多大な苦痛を受けている地域で、供給の途絶が食料価格を押し上げています。複数の危機の嵐がサヘルをはじめとするこの世界の脆弱な地域のコミュニティを襲っているのです。そして、気候の危機はその嵐の中心にあり、他の危機をさらに乗り越えにくくする要因として作用しています。だからこそ、私たちは気候の危機との闘いを政治的行動の中心に据える必要があります。

グラスゴーで開催された前回の気候変動会議(COP26)で、世界は1.5度の目標を達成するために2030年までに世界の排出量を45%削減することに合意しました。今、重要なことは、エジプトで開催される次の気候変動会議(COP27)を利用して、この野心を完全に行動に移すことです。

COP 27 Logo
COP 27 Logo

このことを念頭に置き、私たちは国際的な気候変動対策のための特使として、ジェニファー・モーガンを任命し、今日の会議に参加させました。モーガン特使をはじめ、ベルリンや各国の大使館にいる彼女の同僚たちは、世界中の国々と気候に関するパートナーシップや対話を構築し、知識や技術を共有し、この激しい嵐に耐える力をつけるための中心的存在となるでしょう。なぜなら、気候危機を抑えるために必要な行動の規模とスピードを考慮すれば、私たちは世界中で一緒に行動することしかできないからです。

しかし、正直なところ、サヘルなどの地域に見られるように、危機を抑えるだけでは十分ではありません。私たちは、人々が気候変動による被害に適応できるよう支援し、気候変動のリスクを軽減しなければなりません。

本日の会議が早期警戒とリスク分析を扱うのはこのためであり、なぜこれが非常に重要なのか、その理由もここにあります。科学的分析、ビッグデータ、人工知能……どれも抽象的で専門的、そして少しオタクっぽい印象を受けるかもしれません。しかし、これらは実際に命を救うことができるツールなのです。

異常気象がいつどこで発生するかが分かれば、遡及的に再建するだけではなく、積極的に保護するなど、より適切な対応が可能になります。例えば、ギニア湾などでの海面上昇を予測できれば、手遅れになる前に海岸線から人々を避難させる計画を立てることができます。また、ソマリアで深刻な干ばつが発生し、食料が不足しそうな地域がデータ分析によって明らかになれば、緊急支援の準備をより効果的に行うことができます。早期警戒メカニズムとリスク分析は、文字通り、沸騰する危機の度合いを測り、人命救助に役立てることができるのです。

そのため、私たちはこれらのツールを強化しています。例えばニジェールでは、国連の専門家が非常に詳細な衛星データと人工知能を使って、嵐や大雨の影響を受けにくい学校用地を特定しています。中央アジアでは、洪水や水資源の変化を予測するために、氷河の監視を支援しています。

外務省には、高度なデータ分析プラットフォーム「PREVIEW」が設置されています。人工知能の助けを借りて、私たちの同僚は何十億ものデータを評価し、暴力的な紛争、政治的傾向、気候変動のパターンを予測・分析しています。そんな彼らが説明してくれた手法の一つが、テキストマイニングです。つまり、たとえば国連総会で可決された何千もの決議文をフィルタリングして、各国の投票パターンがどのように展開しているかを理解しているのです。

PREVIEWは、科学者と政治家、科学と政治の間のギャップを埋める、ドイツ政府内でもユニークな規模と野心を持った学際的な分析ツールです。なぜなら、データ分析は、私たちのグローバルな課題を理解し、それに対処するための鍵だからです。一つはっきりしているのは、リスク評価に関しては、私たちが協力し合うことが最も効果的であるということです。このように考えているのは、私たちだけではありません。西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)は、地域的なECOWARN(早期警戒対応ネットワーク)を通じて先導していいます…。

私たちは、地域や国連、とりわけG7で力を合わせる必要があります。なぜなら、この気候危機を推進した富裕層や先進国は、気候危機と闘う上で特別な責任を負っていると私は信じているからです。

Photo: Food crisis in the Sahel and West Africa. Credit: Food Security Net
Photo: Food crisis in the Sahel and West Africa. Credit: Food Security Net

確かに、この危機は地球上のすべての人々に影響を及ぼしています。しかし、それは私たち全員に等しく影響を与えるわけではありません。気候の危機は、最も脆弱な人々に最も大きな打撃を与えているのです。

気候変動対策は、グローバル・ジャスティス(地球規模の正義)の問題です。だからこそ、ドイツはG7議長国となった機会を利用して、グローバルかつ包括的な「気候・環境・平和および安全保障イニシアティブ」を立ち上げるのです。

私たちは、レトリックから行動へと移行する必要があります。昨年、国連や緊密なパートナーとともに、複合リスク分析基金に合意するために尽力したのもそのためです。私たちはまず、テロや暴動、抗議行動などの紛争に関する包括的なデータセットに資金を提供し、毎週更新され、世界中でアクセスできるようにします。私たちの優先課題は明確で、知識を共有し、現場でのタイムリーな行動と保護を支援するために協力することです。

この会議は、知識を共有し、意思決定者、科学者、実務者をつなぐ場であり、より良い行動への重要なステップとなります。海面上昇、異常気象、干ばつの多発など、気候変動の影響を最も直接的に受けている方々のご意見を伺いたいと思います。

また、この会議を共催する米国のパートナーに感謝したいと思います。これから、ジョン・ケリー大統領特使(気候担当)の話を聞くのが楽しみです。

この会議は、データ、分析、科学的ツール、人工知能に関するものですが、同時にデータの背後にいる、気候の危機が抽象的でも人工的でもなく日常生活に関わる人々、つまり、自分たちの生活や子どもたちの次の食事に不安を感じているマリやニジェールの女性たちや、硬くなった土壌を耕すことができない農民たちについての会議でもあるのです。

UN Photo
UN Photo

データと科学的分析によって、私たちはより良い準備と広い目で未来と向き合い、共に命を守ることができるのです。(原文へ

INPS Japan

関連記事:

|気候変動|この危機がSDGsの達成にどう影響する?(フェルナンド・ロザレス「サウスセンター」持続可能な開発・気候変動プログラムのコーディネーター)

ウクライナ戦争が世界の貧困国への開発援助を脅かす

地球の生態系に襲われた南部アフリカの困難

ヘレロとナマが除外されたため、ナミビア大統領との協定が保留に

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

賠償制度は、外から米国に押し付けられた概念ではない。それどころか、米国はこれまでに先住民に土地を与え、第二次世界大戦中に強制収容した日系人に15億ドルを支払い、ユダヤ人がホロコーストの賠償金を受け取るのを、時間をかけて様々な投資を行うなどして支援してきた。

Caricature of Cecil John Rhodes, after he announced plans for a telegraph line and railroad from Cape Town to Cairo./By Edward Linley Sambourne (1844–1910) - Punch and Exploring History 1400-1900: An anthology of primary sources, p. 401 by Rachel C. Gibbons, Public Domain
Caricature of Cecil John Rhodes, after he announced plans for a telegraph line and railroad from Cape Town to Cairo./By Edward Linley Sambourne (1844–1910) – Punch and Exploring History 1400-1900: An anthology of primary sources, p. 401 by Rachel C. Gibbons, Public Domain

しかし、米国はまだ、黒人奴隷の子孫に強制労働の対価を補償していないし、隔離された住宅、交通、ビジネス政策から失われた公平性を償うこともしていない。そして、米国の奴隷制度が特に残虐なものであったことを、誰も忘れることはないだろう。

正義を求める声は今、米国をはじめ世界各地でこれまでになく高まっており、植民地時代に奪われた富から大きな利益を得ていた欧州諸国は、対応に苦慮している。いくつかの旧宗主国は、かつて略奪したものの一部を返還する措置を始めているが、もっと多くのことがなされる必要がある。

その中で、賠償金の支払いを免れている国の一つがドイツである。昨年、ドイツ政府は、ヘレロ・ナマ虐殺事件について、ドイツの法的責任は認めないが、「現在の視点で見れば」先住民のコミュニティーに対するジェノサイドであったという留保付きで、30年間で10億ドル強の賠償金を提示した。

略奪された財産の多くは、美術品や工芸品である。サハラ以南のアフリカの最も著名な美術品の90%以上は、現在大陸の外にあると、ワシントン・ポスト紙のロクハヤ・ディアロ記者は書いている。そのような美術品をフランス国内に留めておくために、フランスはそれらの美術品を移送できないようにした、と同記者は指摘する。アフリカ諸国からの圧力により、フランスは不公平を認め、ベナンとセネガルに文化財を返還する法律を成立させた。

マダガスカルは、マダガスカルの民族的誇りを象徴するラナバロナ3世女王の王冠を返還された。

Prisoners from the Herero and Nama tribes during the 1904-1908 war against Germany./ By Unknown author – Der Spiegel, Public Domain

最後になるが、ナミビアで行われ、ヘレロ族の80%、ナマ族の50%が死亡した悲惨な大虐殺から1世紀以上が経過し、ドイツは2015年にナミビア政府と、歴史的残虐行為による「傷を癒す」ための話し合いを開始した。

ナミビア人とドイツの黒人団体の長年の活動により、ナミビア人に形式的な金額が約束された。しかし、この宣言は「賠償」や「補償」に言及せず、ドイツはヘレロ族やナマ族との直接的な議論を避けた。国会議員のイナ・ヘンガリ氏は、これを「侮辱的だ」と批判した。

ナミビアのハーゲ・ガインゴブ大統領はこの提案を受け入れたが、議会は不十分とし、受け入れなかった。現在、この取引は保留されている。

オバヘレロ・ジェノサイド財団のナンディ・マゼインゴ会長は、「あの取引は、決して私たち(=虐殺の被害者の子孫)のためではなかった。ヘレロ族の80パーセントを殺しておいて、30年間で10億ドルというのはどうなんだ。ドイツは、先住民コミュニティーと直接話をしなければならない。」と語った。

ナミビア統計局によると、商業用農地の70パーセントを白人農家が所有し、16パーセントを「以前は不利な立場にあった(=先住民)」農家が所有しているという。「土地は(ドイツ系ナミビア人を)豊かにしたものです。」と、ムバクムア・ヘンガリはフィナンシャル・タイムズ紙に語った。「ヘレロ族とナマ族にとっては、土地収奪は世代を超えた貧困の始まりだったのです。」

一方、ウガンダは今年2月、20年以上前のコンゴ民主共和国東部州の占領と略奪に対して、3億2500万ドルの賠償を命じられている。これは、重大な人権侵害と国際人道法違反に対する国際法廷による最大の賠償判決である。(原文へ

INPS Japan

関連記事:

|視点|植民地主義が世界に及ぼした影響を遅々として認めようとしない欧州諸国(マイケル・マクイクラン ルンド大学客員研究員)

|ナミビア|ドイツの忘れ去られた大量殺戮(アデケイェ・アデバジョ汎アフリカ思考・対話研究所所長)

日系人強制収容の不当性を訴えた闘士86歳で逝去

アフリカの諸都市が持つ経済力を明らかにする新報告書

【パリ|アビジャン|アジスアベバIDN=ジャヤ・ラマチャンダラン】

都市化は国内総生産(GDP)を高めることが、国連アフリカ経済委員会(ECA)およびアフリカ開発銀行(AfDB)と連携したサヘル西アフリカクラブ(SWAC/OECD)の新しい報告書によって明らかになった。

アフリカの開発動態2022:アフリカの都市の経済力」は、アフリカ34カ国2600都市の400万人の個人と企業のデータを分析したものである。この報告書は、アフリカの諸都市が社会的・経済的成果に与える影響について、最も広範な評価を提供しているとしている。

African Continent/ Wikimedia Commons
African Continent/ Wikimedia Commons

この報告書によると、アフリカの都市化は経済的成果や生活水準の向上に寄与しており、熟練した仕事の割合、賃金、教育、サービスやインフラへのアクセスなど、ほとんどの社会経済指標において、都市が全国平均を著しく上回っていることが明らかになっている。

SWAC名誉会長でAUDA-NEPADのCEOであるイブラヒム・アサネ・マヤキ博士は、4月26日のオンライン発表会で、次のように語った。「アフリカの諸都市は、過去30年間で5億人もの人口が増加したにも関わらず、経済的なパフォーマンスを維持し、数億人の人々に良い仕事を与え、サービスやインフラへのアクセスを向上さ せた。公的支援や投資が非常に限られている中で、これはアフリカの諸都市の最も過小評価されている成果の一つだろう。」

ECAのジェンダー・貧困・社会政策部門のディレクター代理であるエドラム・イェメル氏は、歓迎の挨拶で次のように述べた。「アフリカの都市化は画期的な変化です。この変化は人口統計学的なものだけでなく、経済的・社会的成果を大きく変えつつあります。したがって、都市は国の経済政策立案の中核に位置づけられなければなりません。」

都市化のメリットは:

・GDP成長率の向上。過去20年間のアフリカの一人当たりGDP成長率の約30%は、都市化とそこから生まれる集積の経済によるものである。

・経済の変革。都市部では熟練労働者が全労働者の36%近くを占めるのに対し、農村部では15%弱に過ぎない。

・金融サービスへのアクセス強化。都市部の世帯の約49%が銀行口座を持っているのに対し、農村部の世帯はわずか17%に過ぎない。

・高い教育水準。都市に住む人々は平均して8.6年間正規の教育を受けているのに対し、農村に住む人々はその半分の年数しか学校に通っていない。

・都市は農村部に恩恵をもたらす。都市に近い農村部は、雇用、教育、金融、インフラへの アクセスの面で、遠隔地の農村部よりも優れている。例えば、銀行口座を持つ農村世帯の割合は、都市から5km以内に住む世帯では、最も近い都市から30kmに住む世帯の2倍である。

・都市のクラスターは新たな機会を提供する。アフリカの主要な都市群の6つのうち5つは国境を越えており、経済発展と地域統合のための新たな道筋を提供している。

・しかし、経済的・政治的な制約により、都市が経済成長と社会発展に有意義に貢献する可能性は依然低く、多くの人々が取り残される危険性があると報告書は指摘している。さらに、アフリカの都市が抱える既存・新規の課題に対応するためには、タイムリーなデータと地域に合わせた新たなアプローチが緊急に必要であることを指摘している。

SDGs Goal No. 11

このような背景から、本報告書は、都市化の恩恵を最大化し、アフリカの諸都市の経済的潜在力を最大限に引き出すために、政策立案者が取るべき行動を提案している。

・政府は、国と地方の開発政策の連携を強化し、都市を開発の原動力として活用し、都市間を結び生産性を高めるインフラに投資することで、国の開発・経済計画に都市を組み入れるべきである。

・政府は、地方自治体を経済発展の形成における対等なパートナーと見なし、都市当局が投資決定を管理し、その能力を高めることによって、地方自治体をエンパワーする必要がある。

・政府は、予測可能で安定した政府内移転の実施、税金、関税、手数料による地方収入の増加、債務融資へのアクセス拡大など、財政の改善を通じて地方の投資能力を高めるべきである。

最後に、AfDBのソロモン・クエイナー副総裁(民間セクター、インフラ、工業化担当)は、「都市化は、アフリカ大陸が今世紀に経験する最も重要な変革の一つだ。」と語った。(原文へ

INPS Japan


swac oecd

関連記事:

アフリカ自由貿易地域が人々を極度の貧困から救い成長を加速する

|アフリカ|汚職から生活の基本的必要へ資金を振り向ける

アフリカ開発の触媒となるエンドユース技術

|視点|ウクライナ紛争は理性の自殺につながる(ロベルト・サビオIPS創立者)

【ローマIDN=ロベルト・サビオ

Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0
Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

ロシアのウクライナ侵攻から6週間が経過し、そろそろ有名なラテン語の格言CUI PRODEST(いったい誰〈=どのアクター〉の得になるのか)に着目しながらこの紛争を把握する必要があるようだ。…そして明らかに言えることは、誰も何も得ていないこと、そして、私たちは「理性の自殺(Suicide of Reason)」時期にあるということだ。

まずは最初のアクター(=ウラジーミル・プーチン)を見てみよう。彼には2つの目的があった。つまり1つ目は、G8から追報された現状から再び世界の指導者の舞台に返り咲くことだった。しかし、(ウクライナ侵攻で)彼は永遠にのけ者になってしまった。もう1つの目標は、ロシア語を話す人々を再統一することであった。しかしこちらの方も、その意図に反してロシア系の人々を何世代にも亘って分断させた他、長い目で見れば、ロシアそのものも中国に依存する状態に陥らせてしまった。

Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.
Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.

次に2人目のアクター(=ジョー・バイデン)を見てみよう。彼はこの危機に際して西側諸国のリーダーとなることで、米国内での人気を取り戻したいと考えていた。ウクライナ戦争から6週間が経過し、彼の支持率は42%から43%に上昇した。彼は民主党が過半数を失う11月の中間選挙までには既にレームダックになっている公算が大きい。また現実的に、2024年の大統領選挙で再選される見込みはない。つまり、彼の最初の目標は達成できないだろう。

長い目で見れば、バイデンはロシアを、米国の真の敵対国である中国の腕の中に追いやったようなものだ。そして今、プーチンを犯罪者とするよう要求している。米政府もロシア政府と同様に、国際刑事裁判所にも、クラスター爆弾禁止条約にも、化学兵器禁止条約にも署名していないのだが、これらの悪事でロシアを非難しているのだ。

次に3人目のアクター(=欧州)を見てみよう。(ウクライナ危機を受けた)再軍備によって、欧州は再びドイツを経済大国だけでなく、向こう5年間で1000億ドルを軍事費に拠出する軍事大国にもしようとしている。私たちは2つの世界大戦を忘れてしまった…そして明らかにフランスと英国ではナショナリズムが再燃するだろう。欧州は再軍備によって、欧州連合(EU)のバランスを崩した上に、食糧、エネルギー、原材料、インフレ、GDPの減少という深刻な問題を自らに負わせてしまった。そしてこの影響は、欧州の貧困層が少なくとも今後3年間は感じることになるだろう。さらに長い目で見れば、ロシアを欧州から追い出したことになる。

Official portrait of Volodymyr Zelensky/ By President.gov.ua, CC BY 4.0
Official portrait of Volodymyr Zelensky/ By President.gov.ua, CC BY 4.0

次に4人目のアクター(=ウォロディミル・ゼレンスキー)を見てみよう。私たちが英雄にしたこの人物は皆に説教をすることができ、国連に解散を求めることさえできる。国連が彼の訴えを聞かなければ、彼は今や自分の役割の虜となり、プーチンのように妥協することができない。ドイツのフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー大統領が親ロシア派だからという理由で、面会を拒否することさえできる。しかし、ドイツの大統領は国民が直接選挙で選んだわけではない。私の知る限り、シュタインマイヤー大統領はロシアの問題で選挙キャンペーンをしたことはない。しかし今、私たちはゼレンスキーを世界の裁判官として委任してしまった。これはさらに何千人もの市民の死を意味する。しかしベルトルト・ブレヒトはよく言ったものだ。「英雄のいない国が不幸なのではない。英雄を必要とする国が不幸なのだ。」

次に、アクターではなく、犠牲者である人類について話そう。気候変動を巡る戦いは棚上げにされた。「理性の自殺」に投じられた金額があれば、地球における人類の存在を脅かすものとして、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が指摘した問題を全て解決できたはずだ。地球がプーチンやバイデンに興味を持っているとは思えない。地球の気温が1.5度上昇する前に、私たちに残された(気候変動がもたらす最悪の事態を回避する)僅かな可能性は閉じつつある。

Wheat (Triticum aestivum) near Auvers-sur-Oise, France, June 2007/ Wikimedia Commons
Wheat (Triticum aestivum) near Auvers-sur-Oise, France, June 2007/ Wikimedia Commons

そして、私たち人類には、既に新型コロナのパンデミックの影響で貧困の淵に立たされている人々が約8億人もいる。彼らにとって、小麦の価格が20%、トウモロコシの価格が25%上昇することは、単純に飢餓を意味する。国際連合児童基金(ユニセフ)の発表によれば、アフリカの栄養不良の子供の数は2800万人に達しているが、開発援助の資金はウクライナに流れている。これは「理性の自殺」を象徴的に表している現実である。ウクライナの紛争に対する欧州の援助は、EUが長年かけて構築した平和促進基金から拠出されている。

要するに、私個人としては、これらの出来事はすべて「夢遊病者たち(Sleepwalkers)」が引き起こした狂気の沙汰だと思わざるを得ない。これは、歴史家が第一次世界大戦を引き起こした当事者らを指して呼んだもので、彼らは本当に何も考えずに紛争に突入した。彼らの狂気は、関係した帝国の終焉を招いた。すなわち、ドイツ帝国、ロシア帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、そしてオスマン帝国である。従って、ウクライナに関与したアクターらの過ちや理由に関するこうした議論はすべて、彼らにとっては有益でも、本質的な問題に比べれば取るに足らないものにしか思えない。

私たちには、長期的な視点を持てない「テストステロン的」な支配層がいる。本来ならば長期的な問題とその複雑さ(賛成/反対の二元論ではない)に目を向けなければならないのに、「プーチン賛成、プーチン反対」というメディアが掻き立てるヒステリーの罠に陥っている(イタリア最大の日刊紙「コリエレ・デラ・セラ」の過去45日分の紙面の主要部分をウクライナ関連記事が占め、その他の世界の出来事は消えてしまったかのようだ)。

Photo Credit: climate.nasa.gov
Photo Credit: climate.nasa.gov

メディアは概して、プロ意識の欠如を見事に証明している。記事は出来事にのみ焦点があてられ実質的にプロセスが無視されている。主要なコメンテーターの一人は、もし私たちがプーチンを止めなければ、彼は(欧州大陸の西端である)リスボンまで手を伸ばすだろう、と書いている… 私に言わせれば、人類は羅針盤を失ってしまったのだろうか。ラテン語では、神々が人間を罰しようとしたとき、まず第一に、彼を狂気に陥らせたと言われている。そして、ローマ法王の訴えはほとんど報道されない。…人類はいつになったら、寛容と対話を平和のための重要なツールとして再び考慮し利用し始めるのだろうか。(原文へ

INPS Japan

関連記事:

|視点|核戦争に向けて歩く夢遊病者(ヘルジュ・ルラス国際戦略分析センター所長)

世界の貧困層に最も深刻な打撃を与えるコロナ禍

ウクライナをめぐる核戦争を回避するために

ウクライナ戦争におけるエスカレーションとデ・エスカレーション

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

これは、2022年3月14日にデュースブルク・エッセン大学の「Development and Peace Blog」に掲載された記事の短縮版です。

【Global Outlook=トビアス・デビール、ハルバート・ウルフ 】

遅くとも2021年からウクライナ紛争をエスカレートさせてきた犯人が明白に存在する。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領である。彼は、その好戦的で冷笑的な戦争レトリックによって平和的解決の可能性を潰した。ウクライナは非武装化を要求されているだけでなく、存在する権利さえ否定されている。これに加え、「非ナチ化」という突拍子もない言い分や、西側が侵略を邪魔すれば核エスカレーションも辞さないという脅しもある。プーチンは、いわゆる「抑止力」を警戒態勢に置き、西側の制裁を宣戦布告とみなし、作戦面でもレトリック面でもエスカレートしていった。(原文へ 

現在の非常にエスカレートした状況をもたらした責任の所在がどうあれ、われわれは、危機を脱する道を見いだすために紛争の発端を冷静に分析するべきである。核兵器という側面があるために、われわれはすでに極めて危険なエスカレーションのダイナミクスの中にあり、両陣営がそれに関与している。現在の非対称な政治的責任と「有責性」の帰属が明白であるため、西側諸国は道徳的優越感を抱き、自らの行動は合理的にも規範的にも正当であると考えたくなるだろう。しかし、紛争のエスカレーションに関する研究成果を偏見なく受け入れることも、自らの道徳的自信に負けず劣らず重要である。

非常にエスカレートした紛争

1960年代のエスカレーション論者(ハーマン・カーンなど)は、エスカレーションラダー(Escalation ladder)という概念を説明し、エスカレーションの各段階における意思決定の選択肢を政府に提示しようとした。現在、われわれは明らかにエスカレーション拡大の段階にいる。現代の紛争研究では、エスカレーションの罠は双方にとって望ましくない結果をもたらす恐れがあり、四つの核保有国が関与すれば破滅的な結果を招くことが示されている。

フリードリッヒ・グラスルは、おそらくドイツ語圏では最も有名なエスカレーションラダーを(2011年に)開発した。ウクライナにおける紛争と戦争に当てはめてみても、その説得力には目を見張るものがある。グラスルは、紛争を次の9段階(ドイツ語の原文から独自に翻訳したもの)に分類した。

  1. 硬化
  2. 討論、論争
  3. 言葉より行動
  4. イメージ、連合
  5. 面目失墜
  6. 脅迫戦略
  7. 限定的破壊攻撃
  8. 破砕
  9. 双方破滅

ウクライナ戦争では、政治、経済、軍事と、さまざまな分野でエスカレーションが見られる。政治面では、エスカレーションは主に紛争の責任は誰にあるかに関するものである。プロパガンダと虚偽情報により、ロシアでは、ウクライナや西側諸国とはまったく異なるイメージが形成されている。経済面では、制裁がエスカレーションの中心にある。しかし、最高レベルのエスカレーション(金融制裁、SWIFTからの排除、西側による原材料輸入の停止、ロシアによる原材料輸出の停止)にはまだ達していない。ウクライナ戦争は、明らかに第7段階にある。この段階まで、軍事的状況はロシアの行動により明らかにエスカレートしている。紛争の両当事者の間には多くの違いがあるが、どちらの側も相手の「人間の質」(グラスルの用語)を否定する言説を用いている。また「限定的破壊攻撃」は、「自国への比較的小さな損害が……利益と見なされる」場合は「適切な対応」とされる。

上述した核の脅迫により、ロシア指導部はすでに第9段階(双方破滅)に近づきつつある。これは、「自己の破壊と引き換えにした相手の破壊」を意味する。しかし、西側も、制裁を強化するばかりでデ・エスカレーションを目指してはおらず、現在の目標が第8段階(破砕)に近づきつつあるのはあまりにも明白である。これは、「敵のシステムを麻痺させ、崩壊させる」ことを目指すものである。

冷戦になぞらえるのは時代遅れ

ソ連崩壊とともに終焉した第1次冷戦は、意味深長な略語MAD(相互確証破壊)に象徴されるパラドックスを体現していたといえるだろう。核兵器とそれに影響を受けた合理性を前に(自らが破壊される危険を冒すな!)、MADは「狂おしいほど」うまくいく、つまり効果的であることが立証された。その一方で、相互確証破壊が軍事的勝利を不可能にすると認識したことは、同時にデ・エスカレーションとそれに続くデタント政策の前提条件となった。しかし、恐怖の均衡は、かなり正確に特定できる前提の下でしか機能しなかった。

  1.  少なくともキューバ・ミサイル危機の終結以降は、どちらの側も予測可能な行動をしていた。
  2.  誤って、または意に反して世界戦争が起こらないよう、コミュニケーションのチャンネルは開拓された。
  3.  一方が他方に対し、存亡にかかわる経済的損害を与えることができないよう、抑止力を組み込んだ意図的な相互依存の政策が策定された。
  4.  合意された上限設定、技術的可能性の制約、信頼醸成措置を通した軍備管理によって、危険な軍備増強を抑制した。
  5.  東西が平和的共存を目指すことに合意した。

今日多くの人が冷戦の再来を口にする。しかし、現在の状況を考えると、この例えは時代遅れに思える。上記五つの条件から見ると、まず目につくことは、プーチンの危険なロジックが、レオニード・ブレジネフ以降のソ連共産党政治局員のリスク回避型で非常に予測可能な思考回路とはもはや相いれないものとなっていることである。また、条件2と条件5も、もはや機能していない。

デ・エスカレーションの政策に向けて

西側がデ・エスカレーションと力の政策を同時に追求することは、六つの異なる認識に基づくべきである。

  1.  経済制裁はロシアに大きな打撃を与えなければならない。しかし、完全に追い詰められたときに「敵も滅びるならば自殺を望む」(グラスル)可能性がある体制の崩壊を目指すべきではない。「体制転換」の試みが無効であることは、はるかに小さな国で(アフガニスタン、イラク)すでに立証されている。
  2.  デタント政策の根幹の一つ(「貿易を通した変革」)は、部分的に裏目に出ている。経済的に密接な結びつきがあり、対立関係にある国同士は、紛争を軍事的に解決するのではなく協力する傾向があるという1970年代の理論は、ウクライナ戦争の場合には両刃の剣であることが証明されている。ロシアの天然ガス、石油、石炭への経済的依存は、脆弱性と脅迫を意味する。これは、西側による強圧的な経済措置のエスカレーションを危うくする一方、断固とした懲罰的経済措置を講じる余地を狭めるものでもある。
  3.  ウクライナに対する防衛兵器の提供を超えた軍事的支援は、危険な火遊びであり、エスカレーションラダーの段を上ることである。これは特に、議論されているポーランドのミグ29戦闘機の展開に当てはまる。それらをウクライナに後方支援するだけでも、NATOの直接的な戦争関与の瀬戸際まで危険なほど近づくことになる。
  4.  ウクライナが飛行禁止区域の設定を求めるのは人道的見地から理解できるが、それと同じぐらい、ロシアから見ればそれはNATOによる宣戦布告であることも理解できるし、どのような結果が待ち受けているかは目に見えている。
  5.  短中期的には、核抑止力を囲い込む最低要件を盛り込んだ包括案をまとめる必要がある。より予測可能な状態に戻す、外交関係の断絶を避ける、経済的相互依存関係を大幅に低減するが完全な分断は避ける、軍備管理を議論する(国境地帯から兵器システムを移転する、ベラルーシは核兵器を保有しない)、欧州における共通安全保障体制という視点から欧州安全保障協力会議(CSCE)のような話し合いの場を設置することなどである。
  6.  これらの後に、デ・エスカレーション、信頼醸成、軍備管理、軍縮が続く。「デ・エスカレーションは心の中で始まる」という格言には、重要な心理的要素が含まれている。現在、国内政治の視点から「悪」を指し示すのは当然と思われるが、マニ教的世界観はそれほど役に立っていない。悪魔化し、屈辱を与えることは、交渉の場への道筋をつけるものとはならない。

もちろん、戦争がウクライナとその国民に容赦ない損害を与えている現在、新たなデタント政策を論じるのは時期尚早である。目下の状況は良くない。しかし、デタントの歴史を見ると、1970年代と1980年代にデタントが成功を収めたときも、同じぐらい見込みがないと思われる状況であった。相互の核の脅威、東西ブロックの対立、ドイツの分断、体制間のイデオロギー競争があったにもかかわらず、少なくともある程度までは緊張を緩和し、平和を促進する条約を締結することができたのである。今日の状況は解決不可能な対立と見なされることもあるが、軍事的手段にのみ頼るようなことがあってはならない。

トビアス・デビールは、デュースブルク・エッセン大学(University of Essen/Duisburg)(ドイツ)で国際関係学教授、開発平和研究所(Institute for Peace and Development)副所長、国際協力研究センター(Centre for Global Cooperation Research)副所長を務めている。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

INPS Japan

関連記事:

|視点|プーチンのウクライナへの侵略が世界を変えた(フランツ・ボウマン 元国連事務次長補、ニューヨーク大学客員教授)

仏教指導者が核兵器なき安全保障の実現を呼びかける

人類が核時代を生き延びるには、核兵器がもたらす厳しい現実と人類の選択肢を報じるジャーナリズムの存在が不可欠(ダリル・G・キンボール軍備管理協会会長)

世界の軍事費、初めて2兆1000億ドル超で過去最高を更新

【ニューヨークIDN=タリフ・ディーン

世界の軍事費は昨年、過去最高を更新し、2兆1000億ドルという驚異的な金額に達した。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が25日に発表した最新の数値によると、2021年の5大支出国は米国、中国、インド、英国、ロシアで、合計で支出の62%を占めている。

2020年3月に始まった事実上の世界的なパンデミック封鎖にもかかわらず、軍事費の増加は衰えることなく続いている。

Image credit: Royal United Services Institute (RUSI)
Image credit: Royal United Services Institute (RUSI)

SIPRIの軍事費と武器生産プログラムの上級研究員であるディエゴ・ロペス・ダ・シルバ博士は、「新型コロナのパンデミックによる経済的打撃の中でも、世界の軍事費は過去最高水準に達した。」と述べている。「インフレのため、実質的な伸び率は鈍化した。しかし、名目値では、軍事費は6.1%伸びた」という。

ロシアのウクライナ侵攻と現在進行中の残虐な戦争が24日に3カ月目に入ったが、ロシアは2021年に国防費を2.9%増の659億ドルにして以来、ウクライナとの軍事対決を前に十分な装備を整えていた。この増加は、ロシアがウクライナ国境沿いの軍事力を強化する中で行われた。

これは3年連続の増加で、ロシアの軍事費は2021年にGDPの4.1%に達していた。

Photo: Russian-made Su-30K fighter jets sold to Ethiopia. Source: Horn Affairs
Photo: Russian-made Su-30K fighter jets sold to Ethiopia. Source: Horn Affairs

SIPRIで兵器と軍事支出を専門とするルーシー・ベローシュドロー氏は、「高い石油・ガス収入」が2021年のロシアの軍事費増強に役立ったと述べている。

ロシアの軍事費は、エネルギー価格の低下と2014年のロシアのクリミア併合に伴う制裁が重なった結果、2016年から19年にかけて減少していた。ロシアの軍事費全体の約4分の3を占め、武器調達だけでなく運用コストの資金も含まれる「国防」予算枠は、1年の間に上方修正された。SIPRIによると、最終的には484億ドルで、2020年末の予算より14%増加した。

ウクライナの軍事費は、2014年のクリミア併合以来、72%上昇している。2021年の支出は59億ドルに減少したが、それでも同国のGDPの3.2%を占めている。

ウクライナに40億ドル近い兵器や軍事支援を提供してきた米国は、2021年に8010億ドル以上を支出し、20年から1.4%減少した。米国の軍事負担は、20年のGDP比3.7%から21年には3.5%へとわずかに減少した。

Photo: Laser Weapon System (LaWS) on USS Ponce. Credit: US Navy
Photo: Laser Weapon System (LaWS) on USS Ponce. Credit: US Navy

米国の軍事研究開発(R&D)資金は2012年から21年の間に24%増加したが、武器調達資金は同期間に6.4%減少した。21年には双方に関する支出が減少した。

しかし、SIPRIによれば、研究開発費の減少(1.2%減)は、武器調達費の減少(5.4%減)より小さいという。

SIPRIの軍事費と武器生産プログラムのアレクサンドラ・マークシュタイナー研究員は、「2012年から21年の10年間に研究開発費が増加したことは、米国が次世代技術により注力していることを示唆している」と述べた。「米国政府は、戦略的競合相手に対する米軍の技術的優位性を維持する必要性を繰り返し強調している」と述べている。

世界第2位の支出国である中国は、2021年に推定2930億ドルを軍事費に割り当て、20年と比較して4.7%増加した。

中国の軍事費は27年連続で増加している。2021年の中国予算は、25年まで続く第14次5カ年計画の下での最初のものであった。

日本政府は2021年予算の初承認後、軍事費に70億ドルを追加した。その結果、21年の歳出は7.3%増の541億ドルとなり、1972年以降で最も高い年間増加率となった。

オーストラリアの軍事費も2021年に4.0%増加し、318億ドルに達しました。

「南シナ海と東シナ海周辺における中国の自己主張の高まりは、オーストラリアや日本などの国々における軍事費の主要な原動力となっている。その一例が、豪州、英国、米国の三国間安全保障協定AUKUSであり、最大1280億ドルのコストをかけて原子力潜水艦8隻を豪州に供給することを計画している。」と、SIPRIのナン・ティアン上級研究員は語った。

SIPRIは、世界の軍事費に関するその他の注目すべき動きも取り上げている。

2021年、イランの軍事予算は4年ぶりに増加し、246億ドルとなった。イスラム革命防衛隊への資金は、21年も20年に比べて14%増加し、イランの軍事費全体の43%を占めた。

ナイジェリアは、2021年の軍事費を56%引き上げ、45億ドルに達した。この増加は、暴力的な過激派や分離主義者の反乱など、多くの安全保障上の課題に対応するためである。

2021年、イランの軍事予算は4年ぶりに増加し、246億ドルとなった。イスラム革命防衛隊への資金は、21年も20年に比べて14%増加し、イランの軍事費全体の34%を占めた。

The flag of the North Atlantic Treaty Organization (NATO).
The flag of the North Atlantic Treaty Organization (NATO).

欧州の北大西洋条約機構(NATO)加盟国8カ国は、2021年にGDPの2%以上を軍に支出するという同盟の目標に到達した。これは20年の実績よりも1カ国少ないが、14年の2カ国から増加している。

中・西ヨーロッパで第3位の支出国であるドイツは、2021年に560億ドルを軍事費に費やし、これはGDPの1.3%に相当する。インフレの影響で軍事費は20年に比べて1.4%減少した。

2021年のカタールの軍事費は116億ドルで、中東で5番目に大きな支出国となっている。カタールの21年の軍事費は、同国が21年以前に支出データを最後に公表した10年と比較して434%増となった。

インドの軍事費は766億ドルで、世界第3位となった。これは、2020年から0.9%、12年から33%増加した。国産兵器産業の強化を図るため、21年の軍事予算では資本支出の64%が国産兵器の取得に充てられた。(原文へ

INPS Japan

関連記事:

世界最大の武器輸入国には核兵器保有国も含まれる

NATO・ロシア戦争で核兵器使用を回避するのが「最重要」の責任

|視点|原子力潜水艦拡散の危険(タリク・ラウフ元ストックホルム国際平和研究所軍縮・軍備管理・不拡散プログラム責任者)

〈特別インタビュー〉 アフリカ・ルワンダ共和国 アーネスト・ルワムキョ駐日大使

この記事は、聖教新聞電子版が配信したもので、同社の許可を得て転載しています。

悲劇の歴史を越え“奇跡の発展”

差異の受容と尊重から平和な社会は築かれる

東アフリカの内陸国ルワンダが、ICT(情報通信技術)立国として注目を浴びている。同国では1994年、多数派民族であるフツ出身の大統領暗殺を契機に、フツの過激派や民兵集団が、約3カ月間で100万人以上といわれる少数派ツチの人々を殺害するジェノサイド(大量虐殺)が起きた。それから28年。同国は悲劇の歴史を乗り越えて復興を果たし、「アフリカの奇跡」と呼ばれるほどの経済成長を成し遂げた。きょう4月7日は、国連が定める「1994年のルワンダにおけるジェノサイドを考える国際デー」。同国のアーネスト・ルワムキョ駐日大使にインタビューし、同国の発展の原動力や、平和構築の方途などを聞いた。(聞き手=木村輝明、福田英俊)

――近年、ルワンダはICTの発展に力を注いできました。その結果、インターネットの国内サービス可能エリアは95%まで拡大し、ネットワーク普及率は東アフリカで第1位です。
  
2000年にポール・カガメ大統領が策定した国家開発計画「ビジョン2020」において、ICT政策は、その中核の施策でした。ICTの発達によって、教育、医療、農業、金融などの分野で成果を挙げることができると考え、その整備に3億米ドル以上をかけて投資しました。
 
その結果、多様な変革が生まれました。例えば、農業分野での革新です。農業従事者が銀行のある都市に移動することなく、電子決済で支払いを行えるようになったり、彼らが市場価格を知ることで、適正な商品価格で売買を行えるようになりました。
 
ICTは、わが国の経済成長の重要な原動力となっています。

――ICTの発展を軸に、ルワンダは大きな経済成長を続けてきました。世界銀行が発表した「投資環境ランキング2020」では、「不動産登記」「会社設立」の容易さなどが評価され、アフリカ第2位という、高い順位を得ていますね。
  
カガメ大統領は「ビジョン2020」を引き継ぐ「ビジョン2050」において、ルワンダが35年までに高中所得国に、そして50年までに高所得国になることを目標に掲げています。
 
ビジョンの全体像としては、福祉の向上とともに、国際社会と連携を取りながら公共投資、民間投資を生かしてルワンダを「技術革新の中心地」にすることを目指します。
 
また、日本からも国際協力機構(JICA)を通じて、補助金や技術支援など多くの協力を受けています。日本を含む各国と協力していけば「ビジョン2050」も達成できると考えています。

――ルワンダは、国連のSDGs(持続可能な開発目標)達成への取り組みにも力を入れてきました。特に気候変動の分野では、各国が取り組む温室効果ガスの排出削減目標を、アフリカで最も早く決定しています(2020年5月)。
  
わが国は気候変動問題に対し、非常に熱心に取り組んできました。その理由の一つは、人口の大半が「天水農業(かんがいを行わない農業)」に従事していることです。自然降水を利用するため、雨水の酸性化を防ぐ必要があるのです。
  
ルワンダの世界に占める二酸化炭素(CO2)排出量は約0・001%にすぎません。しかし、地球温暖化や酸性雨の原因となる、CO2の排出量削減に向けた行動を起こすことが非常に重要だと考えてきました。
  
中でも、「eモビリティー戦略」は、最も力を注いでいるプロジェクトの一つです。ルワンダではCO2排出の要因として、自動車などの排ガスが全体の約13%を占めています。
  
首都キガリでは、約3万台のバイクタクシーが市民の足として利用されています。現在、これらに代わる電動バイクの導入を推進しています。さらには、普段の料理で使用する燃料を、生物由来のバイオマス燃料に転換することを推奨するなど、国民一人一人が気候変動対策に関与できる体制を構築しています。

環境投資を推進

――ルワンダでは、豊かな自然遺産を生かした「エコツーリズム」の推進など、環境保護のための先進的な取り組みも行われていると伺いました。
  
私たちは、自然を尊重しなければなりません。なぜなら自然は私たちの生活の一部だからです。丘陵地帯であるルワンダは、森林伐採が原因の地滑りや土砂崩れがたびたび発生し、農場や住宅が被害を受けています。自然破壊は即、自分たちの生活の破壊につながるのです。
  
こうした中、自然資源をそのまま観光に生かす「エコツーリズム」は、環境保護の観点からも、経済を支える上でも、重要な要素になっています。
  
「アカゲラ国立公園」では、1994年のジェノサイドの後、密猟などによって多くの動物が姿を消してしまいました。しかし環境保全活動に取り組んだ結果、ライオンやサイなどが戻ってきたのです。活気を取り戻した同公園は今、エコツーリズムで人気の場所の一つとなっています。
  
長期的な視点を持ち、環境への投資を推し進めることが有益な結果につながると思います。

――現在の目覚ましい発展は、ジェノサイドの後、ルワンダ国民の血のにじむような努力によって成し遂げられたものであると思います。痛ましい歴史がもたらした憎悪や分断を、人々はどのように乗り越えてきたのでしょうか。
  
ジェノサイドは、人間が起こしうる最悪の悲劇でした。国を再建するためには、真の団結と和解を生み出すための途方もない努力が必要でした。これなくして、ルワンダ社会が永続する方法はなかったのです。
  
困難な状況下で、和解を実現する方途として行ったのが「ガチャチャ裁判」でした。同裁判は、実際に暴行や略奪等に加担した者が近隣住民らの意見に基づいて裁かれる司法手続きです。私たちは、この裁判を罰を与えるためではなく、人々を結び付ける過程として位置付けました。時間はかかりましたが、こうした努力が実り、現在では平和と調和がわが国に戻ってきたと思います。
  
また、フツ、ツチなど出身の民族を示す身分証明書は廃止しました。
  
和解を生み出すために取り組んできた運動の中に、「ウムガンダ」があります。
  
「ウムガンダ」は、毎月最終土曜日の午前中に各地で近隣住民が集まり、地域の清掃や公共施設の建設等を行う社会奉仕活動です。
  
この活動の特徴は、単に社会奉仕に汗を流すだけでなく、作業の終了後に毎回、集会を行う点です。この中で、地域社会の問題について意見交換がなされ、住民同士が自身の思いを話し合うのです。
  
皆で語り合うことで互いへの理解を深め合うウムガンダは、人々が和解の道をたどる原動力になり、ルワンダを語る上で不可欠な文化となっています。

――国家の再建において、女性の存在が大きな役割を果たしていると伺いました。ルワンダは国会議員に占める女性の割合が6割を超え、その比率は世界第1位です。
  
わが国ではジェノサイドの際に、多くの男性が犠牲となり、女性の社会進出がこれまで以上に求められました。このため、経済的、政治的、社会的な側面で、女性が活躍できる仕組みづくりを考えたのです。
  
例えばルワンダの憲法では、「指導的機関の地位のうち少なくとも30%を女性が占めるものとする」と規定されています。また、地方自治体では女性の市長、副市長が就任するようになりました。
  
かつては、教育を受けられる女子は少なかったのですが、女性の社会進出が大きく進む中、就学率も向上しました。
  
女性の視点や経験を大切にしないのは、国民の半分の意見を無視することと同義です。多様な考えを受け入れ、全ての人を尊重することが、地域社会の絆を強くし、平和な社会を築くための力となるのです。

青年こそ「未来」「変革の主体者」

――平和構築において、「教育」は重要な柱の一つです。池田SGI会長は「教育こそ、21世紀の平和社会を建設する源泉」と、その重要性を訴えています。大使ご自身の教育に対する信条をお聞かせいただけますか。
  

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: AnyConv_edited.jpg
Seikyo Shimbun

世界平和に多大な貢献をされている池田会長と創価学会に対し、心より感謝申し上げたいと思います。また、教育の分野でも、大きな成果を残されてきたと認識しております。ルワンダは、平和や調和の促進など、貴会の活動から多くを学ぶことができます。創価学会に関する書物も幾つか読ませていただき、大変に感動しました。
  
教育は人間の心を開き、他者への理解を深め、多様性や他の考えを尊重する姿勢を育むための、非常に重要な手段です。これこそ、ジェノサイドを経験した私たちが国民に提供したいものであり、貴会が世界で実践されていることの核心にあるものだと思います。
  
私がルワンダ国立大学(現ルワンダ大学)に入学したのは95年。ジェノサイドの直後でした。キャンパスは破壊され、まだ大きな困難を伴う時期でした。
  
実はその時にお世話になった教授の一人が日本人の博士でした。彼は、ルワンダの惨状を知り、「何かできることはないだろうか」と考え、同大学に1年間、無償で教えに来たというのです。とても感動しました。私が大学院への進学を志した時には、彼が推薦人の一人になってくれました。今も良き友人として交流を続けています。
  
これまでルワンダから日本に多くの学生が留学し、素晴らしい知識や技術を学んでいることを本当にうれしく思っています。しかし、私はそれだけでなく、日本の人々が持つ勤勉さ、誠実さなどを吸収してほしい。そうすれば、彼らは見違えるような成長を遂げると思うのです。私自身、今も学び続けています。
   
――平和な世界を築くためには、若い世代の存在が不可欠であると思います。未来を担う青年へのメッセージをお願いします。
  
青年には、世界を変革する力があります。青年こそが「国の未来」であり、「変革の主体者」であることを忘れないでほしいと思います。そして、常に前向きであっていただきたい。また、新しい考えを受け入れていくことも大切でしょう。
  
世界が幾多の困難に直面している今こそ、変革力と創造性を発揮して、道を開いていってほしいと願っています。(原文へ

 
アーネスト・ルワムキョ 1969年、ウガンダ生まれ。ルワンダ国立大学(現ルワンダ大学)を卒業後、米コーネル大学大学院で国際開発修士号を取得。2004年にルワンダ財務・経済計画省に入省し、同省経済開発計画局長等を歴任。駐イギリス大使、駐インド大使を経て20年から現職。

INPS Japan/『聖教新聞4月7日付を転載」

関連記事:

ジェノサイドからアフリカのファッションステージへ―ルワンダ女性がいかにして生活とファッション産業を成り立たせているか

|ルワンダ|「100日間の虐殺」から立ち直ろうとする人々

国連事務総長、ルワンダ人と共に「意図的、組織的」なジェノサイドを非難

コロナ禍が奪ったバンコクの風物詩「露店売り」

【バンコクIDN=パッタマ・ヴィライラート】

バンコクの露店売りは、新型コロナ感染症が流行する以前から、毎年ここを訪れる何百万人もの観光客にとって象徴的な魅力となっている。食事をしたり買い物をしたりと、人生を心から楽しむタイ人たちの生き方と完璧にマッチしていた露店売りは、1世紀もの間、タイやバンコクの人々の心の中に根を下ろし、タイ人と外国人の両方を楽しませていた。

タイの観光産業に壊滅的な打撃を与えた新型コロナのパンデミック封鎖は、露店売りの生活にも深刻な影響を与えた。パンデミックが発生した当時、タイには毎年約4000万人の観光客が訪れていた。露店売りは数多くのタイ人にとって持続可能な生計の選択肢とみなされていたのだ。観光客は2021年11月に渡航規制が解除されてから徐々に戻り始めているが、露店売りが過去の活況を取り戻せるかどうか、重大な疑問符がつく。

IDNは、バックパッカーの天国と呼ばれるカオサン通りと、夜のパラダイスと呼ばれるスクンビット通りを歩き、5カ月前に外国人観光客を解禁して以降の露店売りの実態に迫ってみた。

カオサン通り商店主組合のサンガ・ルアングワッタナクル会長は最近、あるメディアのインタビューに答えて、2019年末時点で商売の収入の8割を外国人観光客に依存していると述べていた。新型コロナの影響は深刻だ。カオサン通りはかつて眠らない街だった。「コロナ禍以前、屋台は100万バーツ(2万9670米ドル)で売れていた。しかし生き残った屋台はほとんどなく、店主は故郷へ帰ってしまった」という。会長によれば、観光客が戻ってきた場合に出店するのは新しい店主たちになるだろうという。

Yordchai looks forward to tourists returning to support his business. 

路上でゲームや小道具を売っているヨードチャイの見方も会長のそれと一致する。「ここで30年以上も商売している。露店を買うのに100万バーツなんて出せないから、月1万5000バーツで2メートルのスペースを借りて、自分の小さな露店を出そうと思った。」と彼は語る。コロナ禍で商売が打撃を受けるまでは、実入りのある投資だった。1日あたり3000バーツ(90米ドル)を稼いでいたが、2020年のロックダウン以来、同じような額を稼げていない。しかし、同年10月に始まった政府の共同支払い景気刺激策にヨードチャイは参加している。

タイ財務相によると、「コン・ラ・クレング」という名の共同支払い刺激策は、国内の消費・経済成長を刺激することを目的としている。政府は、飲食物や一般商品の購入額の50%を補助する。第一段階から第三段階にかけて、補助金総額は1人当たり1日150バーツ(4.45米ドル)を上限とし、今年2月に始まった第4期では、120バーツ(3.56米ドル)に減少した。

しかし、ヨードチャイは「共同支払い策に参加したとしても、場所を借りたり日常的な支出をするためには自分の貯金を使わなくてはならない。私ももう62才だから、カオサン通りに観光客が戻ってくるのを待つしかないんですよ。他にどうしたらいいか分からない。」と語った。昨年12月からはカオサン通りに外国人観光客が戻り始めたが、ヨードチャイの1日当たりの収入は500バーツ(15.80米ドル)程度である。

政府の共同支払い策の対象には、露店売りだけではなく、福祉カードの保有者や特別の支援を必要とする市民も含まれる。支援を受けるにはアプリ「パオタン」をスマホにインストールして登録しなくてはならない。「データリポータル」によると、タイには、今年1月時点で全人口の77.8%にあたる5450万人のスマホユーザーがいるという。

IDNは、カオサン地区出身の露店売りヌイの話を聞いた。「コロナ禍以前には、多くの国籍の外国人観光客が来ていて、1日4000バーツ(119米ドル)以上は稼げていた。でも、2020年3月の最初のロックダウン以来、食べ物を売ることはできなくなった。ほとんどが家に居て、たまに奇特な人が、困っている人に食べ物をあげに来るという時だけ屋台に出てきた。」とヌイは語った。

コロナ禍の最中に自分の屋台まで来て見ると、そこにいたのは、帰国できなくなった観光客と他の露店売りで、無料の食料を求めていた。ヌイは政府の支援策に頼ることはできなかった。スマホを持っておらず、自分の貯金と無償提供の食料で生活を凌いだ。昨年11月に露天売りを再開したが「私は60歳になっていて、もうただ生きていくだけ。今さら人生を変えられるとは思わない」という。

夜の街スクムビット地区では、ノクノイ(40)が経験を語ってくれた。「観光で有名な『11番通り』のバーで20歳の時から給仕をしていたが、昨月とうとう閉店してしまった。今後の生き方を思案してスカイトレイン駅の近くで屋台を引いて飲み物を売ることにした。」新顔として、たとえば街頭で露店売りには何が禁じられているのかといったいろいろなことを覚えなくてはならないという。他の露店売りとは違って、彼女はコロナ禍の間に自分の故郷であるタイ北東部のスリン県に戻らなかった。彼女は、バーが閉店するまではそこで働いていたのだ。

ノクノイは政府の支援策「ロア・チャナ」(「私たちは勝つ」)からの支援を受けた。タイ財務省のウェブサイトで説明されているように、支援の基準には、行政が記録している対象者の収入や貯蓄レベルといったことが含まれている。フリーランサーや露店売り、農民など、あらゆる職業の人がこの支援策の対象となる。コロナ禍がノクノイにもたらした新たな生活の中で、彼女は外国人観光客や地元市民相手に1日あたり600~700バーツ(20米ドル)の収入を得ている。

ノクノイの屋台からそれほど離れていないスクンビット通り沿いで、IDNは古典的な布の露店売り、スアイの話を聞いた。パンデミック以前は、何千人もの観光客が歩道のナイトマーケットに集まり、色とりどりのタイのドレスや服、靴、バッグを値切りながら買っていた。ノクノイは30年以上前からスクンビット通りに出店している。

Map of Thailand
Map of Thailand

「コロナ禍以前には1日5000バーツ(150米ドル)を稼いでいたが、一連の封鎖中は貯金を使い果たし、屋台再開の時を待つだけだった。しかし昨年11月に外国人の渡航規制が解除されてすぐに私は露店に戻った。歩道が人であふれる状態はまだ戻ってきていないが、そのうち夜が訪れると、歩くのも難しくなる。そのときが稼ぎ時だ。」とノクノイは語った。

バンコクの観光地にある露店売りの生活は、外国人観光客に大きく依存している。ロックダウン期間中は、多くの露店商が故郷に帰った。かつての露店を続けられるだけの資本があれば、また仕事に戻ってくるかもしれない。露店の一部は新規参入者と入れ替わっている。ただ、古株であれ新顔であれ、観光客は、街頭で安価で提供されるタイ料理の彩りや豊かさ、香しさを楽しむことだろう。そうした光景が少しずつ戻ってきて、世界中の何百万人もの人々を魅了するバンコクの味となっていくことを期待したいものである。(原文へ

INPS Japan

関連記事:

タイのマッサージ業界、コロナによる観光落ち込みで消滅の危機

コロナ禍を契機とする都市部から地方への逆移住:ツバルの事例

|サヘル・西アフリカ|2700万人が空前の食料・栄養危機に直面