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G7を前に強まる北東アジアの対立関係

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ヒュー・アイマル】

2023年5月に広島で開催されるG7サミットの準備が進むなか、世界秩序の当面の見通しは今まで以上に暗澹たるものとなっている。北東アジアは特に緊張が高まっている地域である。中国、日本、韓国、北朝鮮の間には、地域秩序、世界秩序、領土問題をめぐる意見の不一致がある。軍事費は急速に増大しており、北朝鮮は核保有国としての地位を固めつつある。米中対立の激化は、地域に色濃く影響を及ぼしている。(

来るG7サミットは、9月にニューデリーで開催されるG20サミットとともに、流れを変える機会となるはずだ。主要国は、分断から協力へと方向転換し、グローバルガバナンスの新しい枠組みについて合意し、軍縮、紛争予防、気候変動緩和、持続可能な開発のためにともに取り組む必要がある。

4月18日に日本で発表した声明において、G7の外相たちは、グローバル課題に対処するために中国に働きかけることを支持した。彼らは、核兵器のない世界に向けた道筋に世界を導くことを目的とする岸田首相の「ヒロシマ・アクション・プラン」に支持を表明した。また、2050年までに温室効果ガスの排出を正味ゼロにし、2030年までに生物多様性喪失を反転させることを呼びかけた。

しかし、現実的には、世界全体、とりわけ北東アジアは反対の方向に進んでいる。

東アジアの領土問題は、引き続き深刻な政治的緊張を生み出し、軍事衝突のリスクをもたらしている。4月28日にスプラトリー諸島付近で中国海警局とフィリピン沿岸警備隊の船が衝突寸前となった事案を受け、米国務省のマシュー・ミラー報道官は中国に対し、「挑発的かつ危険な行為をやめる」よう求めたうえで、中国がフィリピン軍を攻撃すれば米国が対応すると述べた。

台湾沖では、中国は4月10日までの3日間にわたり軍事演習を行い、戦闘機が精密攻撃のシミュレーションや台湾封鎖演習を実施した。

2022年11月のG20サミットで習近平主席とバイデン大統領は会談を行い、通信経路を常にオープンにし、グローバルな課題に関する協力を強化し、人的交流を拡大することで合意した。この後にアンソニー・ブリンケン国務長官が北京を訪問することになっていたが、米国領空を飛行する中国の気球を米国が撃墜した後、訪中は取りやめとなった。

米中関係がこれほど急速に対立関係へと発展したのは、驚くべきことだ。トランプ大統領が就任する前、米国の大統領たちは中国の台頭を歓迎し、ジョージ・W・ブッシュの言葉を借りれば「平和的で繁栄した中国が国際制度を支える」ことを期待した。オバマ大統領は、「中国の平和的台頭が世界にとって良いことであり、米国にとって良いことであると断固信じる」と述べた。それ以降、習近平主席は権力を握り、よりナショナリスト的なアジェンダを掲げるようになり、トランプ大統領は中国を「戦略的競争相手」と呼んで制裁を導入し、バイデン大統領はそれを解除していない。

中国は今や世界第2位の軍事大国であり、2022年の軍事費は前年比4.2%増の2,920億ドルとなった。日本も自衛隊の防衛費を大幅に増やし、前年比5.9%増の460億ドルとしたが、それでもこれはGDP比1.1%に過ぎない。韓国の軍事費は、2022年に前年比4.6%増の483億ドルに増加した。北朝鮮は国家歳出の約16%を軍事費に充て、精力的な核開発計画とミサイル発射実験の維持を可能にしており、近隣諸国に不安を与えている。

世界全体の軍事費は、2022年に実質ベースで3.7%増加し、史上最高額の2兆2,400億ドルに達した。最大の軍事費増加をもたらしたのはウクライナ紛争であり、米国の軍事費は実質ベースで0.7%増加したが、それは主にウクライナ支援のためである。ロシアも、軍事費を推定9.2%増の864億ドルに増やした。米国の軍事費は圧倒的世界1位の8,770億ドルで、世界全体の39%を占める。これは中国の3倍である。

宇宙開発競争の激化も、地上での地政学的紛争を助長している。

中国は、相対的なパワーの優位性を米国と争うなかで、宇宙、AI、量子コンピューター技術を極めて重要な三つの基盤的技術と位置付け、急速な進展を計画している。2023年3月に開催された全国人民代表大会(NPC)と中国人民政治協商会議(CPPCC)の両会議の後、中国は、世界の主要国となるためにこれらの技術を優先事項と位置付けた。

韓国の尹大統領と日本の岸田首相が4月16日に会談し、日韓関係の改善で一致したことにより、民主主義国同盟の構築を目指すバイデン大統領の努力は大きく進展した。その一方で、韓国国民の75%が核保有に賛成していると報告されているにもかかわらず、尹大統領がホワイトハウスを訪問した際、韓国は核兵器保有を目指さないという宣言が発表された。その見返りとして、米国は韓国への拡大抑止を強化するとともに、合同軍事演習を強化することを約束した。

同時に、岸田首相は「二つの海の交わり」という安倍晋三元首相の夢を追求し、3月20日にニューデリーを訪問して、インド太平洋地域における日本とインドの戦略的協力の強化を図った。インドがG20の議長国、日本がG7の議長国を務めていることから、岸田はこれを、両国が力を合わせて世界秩序を形成する機会としても捉えている。インドは、近頃浮上している世界秩序のあり方に関する論争や、グローバルサウスにおける影響力をめぐる中国、ロシア、米国の競争で、重要な役割を果たしている。

中国の視点から見ると、こういった封じ込めの努力は中国国民の「意志を強固にするのみ」である。中国は、引き続き平和的に台頭し、屈辱の世紀に失った歴史的領土と見なす土地を回復し、貿易戦争、技術戦争、デカップリングを回避しようとしている。

しかし、デカップリングは起こりつつある。なぜなら、主要各国がパンデミックや地政学による供給ショックから国内経済を保護しようとしているからだ。中国は、「双循環」モデルを追求している。インドは、「メイク・イン・インディア」プログラムを実施している。米国は、国内産業を保護し、中国へのアウトソーシングを禁止しようとしている。これが、これまで東アジアの平和を促進する最大の要因だった東アジアにおける貿易パターンにどのような影響を及ぼすかは明確ではない。

中国がソフトパワーの重要性を認識していることを示すものとして、習近平主席は、ウクライナに提案した12項目の和平案やイエメンにおける停戦の提案など、和平仲介の分野に参入することによって、一帯一路の外交政策を推進している。

これは、米国とその同盟国が中国と協力してウクライナにおける平和的解決を模索し、台湾に関する和解に向けて動くことに同意するとしたら、より広範な協力の前触れとなり得る(政策提言No.153および No.126を参照) 。中国と平和的に折り合うことができ、なおかつ、世界の公平性を促進し、気候変動と生物多様性喪失を緩和し、国連憲章と国際法の原則を堅持する世界秩序の新たなルールやグローバルガバナンスの新たな体制について合意をまとめるため、G7とG20は力を合わせて努力する必要がある。

 サミットがこれらの期待に応えられるかどうかは、結果を待たねばならない。

ヒュー・マイアルは、英国・ケント大学国際関係学部の名誉教授であり、同国最大の平和・紛争研究者の学会である紛争研究学会の議長を務めている。ケント大学紛争分析研究センター所長、同大学政治国際関係学部長、王立国際問題研究所の研究員(欧州プログラム)を歴任した。マイアル教授は戸田記念国際平和研究所の上級研究員である。

INPS Japan

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ロシアの報道の自由度は「冷戦後最悪」

【ブラチスラヴァIPS=エド・ホルト】

ロシアで米国人ジャーナリストが逮捕されたことは、同国にいる外国人記者に冷ややかな警告を与えただけでなく、国内のあらゆる反対意見を最終的に封じ込めたいというロシア政府の願望の表れであると、報道の自由を監視する団体「国際新聞編集者協会(IPI)」が警告した。

ウォール・ストリート・ジャーナルの記者エバン・ゲルシュコビッチ氏が3月末に拘束されたことは、プーチン政権が情報統制に対する既に厳格な支配を強め、批判者に対する弾圧を拡大している可能性を示しているという。

「この動きは極めて深刻です。冷戦後初めて米国人ジャーナリストが拘束されただけでなく、非常に重大な容疑がかけられました。これはさらなる言論統制に向けた大きな一歩です。(独立した声を取り締まることは)ここしばらくのプーチン政権の方針であり、ますます多くの人を標的にしているようです。」と、「国際新聞編集者協会」のアドボカシー・オフィサーであるカロル・ルシュカ氏はIPSの取材に対して語った。

米国籍のゲルシュコビッチ氏は、取材に赴いていたエカテリンブルクでスパイ容疑で逮捕された。現在、モスクワのレフォトヴォ刑務所に拘留中で、スパイ容疑で最長20年の懲役刑に処される可能性がある。彼の最近の報道の中には、ロシア軍がウクライナ戦争で直面している問題や、欧米の制裁がロシア経済にどのようなダメージを与えているかについての記事があった。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙はゲルシュコビッチ記者に対するスパイ容疑を否定しており、この逮捕は欧米の指導者や権利運動家から非難を浴びている。また、この逮捕をプーチン政権の政治的策略であり、ゲルシュコビッチ記者は将来、米国との捕虜交換に利用するために拘束されたのだとする見方もある。

「国際新聞編集者協会」は、たとえそうだとしても、今回の逮捕は、プーチン政権の方針に従わないジャーナリストに対する非常に明確なメッセージでもあるとしている。

Logo of Committee to Protect Journalists
Logo of Committee to Protect Journalists

ジャーナリスト保護委員会(CPJ)の欧州・中央アジアプログラムコーディネーターであるグルノザ・サイード氏は、IPSの取材に対して、「逮捕が政治的なものであることは明らかです。エヴァンの容疑について聞いたとき、まず脳裏に浮かんだのは『米国は今、どのような高名なロシア人を収監しているのだろうか』ということでした。」と指摘した上で、「外国人特派員は、ロシアの実像を世界中の読者に伝える貴重な存在です。今回の逮捕は、すべての外国人記者に、ロシアでは歓迎されておらず、いつでも罪に問われる可能性があるというメッセージを送っています。今後、記者達を取り巻く状況は予測不可能であり、安全でないことは明らかです。」と語った。

ロシアの独立系メディアは、ウクライナへの侵攻が本格化する以前から弾圧に直面していたが、以降その傾向が強まっている。

プーチン政権は、戦争に批判的な情報へのアクセスを阻止するため、批判的な新聞社のウェブサイトやソーシャルメディアプラットフォームをブロックする動きを見せているほか、「軍の信用を失墜させる」行為を犯罪とする新たな法律を根拠に軍事検閲を導入している。

このため、従業員が刑務所に収監されるリスクを回避するため、先手を打って閉鎖するメディアもあれば、スタッフの数を大幅に削減したり、ニュースルームを国外に移転したりして、事実上の亡命状態に追い込まれたメディアもある。

これまで海外メディアは、この弾圧の影響を比較的受けずに済んでいた。ウクライナ侵攻が始まった当初、多くの外国人特派員は安全上の懸念から国外に引き上げた。しかし、ゲルシュコビッチ氏のようにロシアに戻って報道を続けた外国人記者も少なくなく、彼らは最近までロシア人記者よりも比較的自由度の高い報道ができていた。

Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0
Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

「だからこそ、ゲルシュコビッチ氏の逮捕は、プーチン政権下での独立ジャーナリズムの将来にとって非常に心配なことなのです。このような重大な容疑で外国人ジャーナリストを逮捕することは、プーチンの情報戦における新たに重要な局面を示すものです。その目的は、ロシアに残って、ウクライナ戦争に関連する現地取材や調査を敢行する全ての西側ジャーナリストを威嚇することにあります。」と国境なき記者団の東欧・中央アジアデスク長、ジャンヌ・カベリエ氏は語った。

「これは、彼らがロシア人の同僚よりも相対的に保護されていないことを示すシグナルです。いつものように、(これは)恐怖を広め、彼らを黙らせるためのものです。」昨年3月以来、すでに数十の外国メディアと数百の地元独立ジャーナリストがロシアを去っています。これにより状況は一層悪化し、ロシアから信頼できる情報源がさらに得難くなっています。」

また、今回の逮捕は、プーチン政権がロシア国内の情報をほぼ完全に統制下に置くという目標に向かって進んでいることを示すものだと考える人もいる。

「かつてソ連に存在したような検閲にはまだ程遠いですが、プーチンと側近らは長い間、ソ連の検閲制度が自分たちの模範であると言ってきました。これがロシアでのやり方であり、政府が望んでいるやり方なのです。嘆かわしいことだが、これが現実です。」とIPIのルシュカ氏は語った。

「最終的には、ロシアから発信されるすべての情報が厳しく管理された冷戦時代のようになる可能性があります。」とCPJのサイード氏は付け加えた。

一方、今回の逮捕は、より広範な人々へのシグナルでもあるとの見方もある。

 Alexei Navalny at one of the rallies in Moscow./By Dmitry Aleshkovskiy, CC BY-SA 2.0
 Alexei Navalny at one of the rallies in Moscow./By Dmitry Aleshkovskiy, CC BY-SA 2.0

近年、プーチン政権は、政治のみならず他の社会分野でも、反対勢力を封じ込める動きを見せている。野党指導者アレクセイ・ナワルヌイのような声高な批判者が刑務所に収監される一方で、国内外の権利団体を含む多くの市民社会組織が当局によって閉鎖された。

このような弾圧はウクライナ侵攻から強まり、IPSの取材に応じたロシア人は、特にウクライナ侵攻への批判を犯罪とする法律が導入されて以来、多くの人が公の場で発言することに警戒心を強めている、と語った。

「まったくばかげた事態です。戦争のために物資不足や供給の問題が発生しており、私たちはそれをいつも職場で見ています。私たちは物資不足の問題を職場で話せますが、その原因となっている『戦争』という言葉は使えません。その言葉を口にすれば、何年も刑務所に入ることになるからです。」とモスクワの公共部門で働くイワン・ペトロフ(仮称)はIPSの取材に対して語った。

ペトロフは、「戦争に反対している多くの人々を知っていますが、誰もがわずかでも反対を表明することを恐れています。」と付け加えた。

「戦争が悪いことだとわかっていても、それを口にすることができないのです。検閲が非常に厳しく、経済への悪影響に触れただけで、反逆罪で投獄されることもあります。」とペトロフはIPSの取材に対して語った。

Logo of Human Rights Watch
Logo of Human Rights Watch

このような背景から、ゲルシュコビッチ氏の逮捕は、戦争や政府を支持しない一般のロシア人の恐怖心を強め、彼らが発言するのを止める可能性が高いと、権利運動家たちは語った。

「あらゆる報道の自由を抑圧することと、すべての独立した声を抑圧することを切り離して考えることは困難です。(ロシア当局が)このような著名な記者を明らかに偽りの理由で逮捕するとき、その真の目的が何であろうと、彼らは間違いなく、それがより広い幅広い国民に送る冷徹なメッセージを十分に認識しています。」と、ヒューマンライツウォッチの欧州・中央アジア部門副所長のレイチェル・デンバーは、IPSの取材に対して語った。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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絡み合う危機の時代?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=トビアス・イデ 

過去3年間のニュースを追っていると、世界は永久に危機的状況が続くのではないかという印象を受けるかもしれない。気候変動は間違いなく現代の最も大きな課題であり、トップニュースはしばしば新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行に関するもので占められ、ロシアによるウクライナ侵攻があり、直近では、エネルギー・食料価格の急激な高騰である。2021年アメリカ合衆国連邦議会議事堂襲撃事件、レバノンとスリランカのほぼ完全な経済破綻、アマゾンの熱帯雨林の大規模破壊など、他にも多くの出来事を加えることができるだろう。(

このように悪いニュースが重なっても驚くには当たらないという人もいるかもしれない。結局のところ、「苦難は売れる」のである。メディア従事者らは長年、災害や戦争、悲劇的な出来事は、ポジティブな出来事よりもニュースとして価値があると考えてきた。同様に、国際社会も、短い期間に複数の「危機」的な出来事が偶然重なるということを経験してきた。例えば1979年には、イラン・イスラム革命があり、経済摩擦に際して石油価格の高騰があり、ソビエトのアフガニスタン侵攻があり、ラテンアメリカ全体に及ぶ政情不安(翌年の債務危機に続く)があり、スリーマイル島原発事故があった。

しかし、今日私たちが経験しているのは、様々な危機がただ偶然同じような時に生じているというのではない。むしろ、それらの危機は深く相互に関係し、お互いを悪化させている場合が多い。従って、これらは絡み合う危機となりつつあり、私たちはこれからの数十年間、そうした危機をより多く経験する可能性が高い。

「アフリカの角」における現在の食料状況は、そのような絡み合う危機の影響の典型的な(そして恐ろしい)事例である。世界保健機関によれば、同地域は「過去70年間で最悪の飢餓のひとつ」に直面している。3,700万人を超える人々(そのうち700万人超が5歳未満の子どもである)が、酷い栄養失調に陥っている。エチオピア、南スーダン、ソマリアのような国々での長年にわたる政情不安と貧困が、食料不足の要な理由である。しかし、ウクライナの戦争が状況を悪化させた。戦争のために世界の食料価格が高騰したことに加え、国際援助の一部の支援先が東アフリカから東ヨーロッパへと変更されたからである。この影響が、COVID-19パンデミック(およびそれによって引き起こされたサプライチェーンの混乱)の負の遺産や、同地域における気候変動被害に加わったのである。エチオピア、ケニアおよびソマリアは、(40年間で初めて)4年連続で雨季がなく、一方、過去3年間で南スーダンの領土の40%が洪水に見舞われた。このような状況が、地域の農業経済をさらに悪化させている。

上に挙げた危機の多くは、その影響が重なるだけではなく、お互いをさらに悪くする可能性もある。例えば、気候変動と生態系破壊は、ヒトと野生生物の生息域を近づけ、そのことで、動物からヒトへのウイルス感染のリスクを高める(COVID-19がそうだったように)。経済不況、災害対応における失策、パンデミックに関連する制限は、政治への不満を高めており、ポピュリストや過激主義の指導者の台頭を許しかねない。そのような政治家(アメリカのトランプや、ブラジルのボルソナロを思い浮かべてほしい)は、気候変動やCOVID-19などの問題の防止や対処の業績に乏しい。気候変動は、武力衝突(持続可能な開発が困難になる)や生態系破壊(気候変動がさらに加速する)のリスクを高める。そして、アメリカと中国(およびロシア)の間で激化している地政学的な競争が、上述した問題のいくつかに対して、地球規模で一致した強力な措置を講じる可能性を狭めている。これら一連の問題はしばらく続きそうだ。

世界的な温暖化、生物多様性の喪失、社会経済的な格差の拡大、国際的緊張、内戦および持続不可能な都市化といった懸念される傾向は、21世紀の間、あるいはそのあとも続くだろう。結果として、様々な危機の原因と影響がより絡み合うようになり、人類は危機の時代を生き続けることになるのだろうか? これは非常に現実的な、また、現在の展開から判断して、もっとも現実的なオプションである。

そのうえで、慎重な楽観主義のための理由が少なくとも2つある。第1に、本稿で言及している危機の多くに共通の原因があり、また似たような脆弱性に対して影響を及ぼしている。マルクス主義や批判理論の支持者を超えて、新自由主義的な市場重視と(お金の関わらない)社会経済的なコストの無視に非常に問題があるという認識は広まっている。さらに、すでに周縁化されているグループが、ほとんど全ての危機に対してもっとも脆弱である。例えば、教育レベルが低く貧しい人々は、食料不足に陥るリスクが最も高く、気候変動にうまく適応する可能性が最も低く、また、(食料を購入できない、または、傷害保険や健康保険を確保できない等の理由で)健康リスクがより大きい。従って、環境に関する無知、貧困、社会的不平等、ジェンダー差別を減らすための措置は、複数の危機に同時に対処するものとなる。

第2に、研究者らは、大きな問題同士の間の相互依存性を利用し、統合された形で対処するための複数の戦略を指摘している。例えば、環境平和構築の提唱者らは、紛争当事者たちが共通に直面している環境問題は、彼らがポジティブ・サムの協力を始め、環境悪化と平和に対する脅威に同時に対処するための入り口となる、と主張する。

究極的にいえば、人類には、複数の危機が絡み合う原因と影響に対して行動を起こすのか、それとも危機の時代を生きるのかを選択することができる。過去数十年間で、より多くの人々が安全な水へのアクセスを得、初等教育を修了するようになったこと、あるいは、オゾン層を破壊する物質の使用を段階的に中止したことなど、大いに改善できたこともいくつかある。今後数年間のうちに、そのような「成功」がもっと多く、そして緊急に必要とされている。

トビアス・イデは、マードック大学(パース)で政治・政策学講師、ブラウンシュヴァイク工科大学で国際関係学特任准教授を務めている。環境、気候変動、平和、紛争、安全保障が交わる分野の幅広いテーマについて、Global Environmental Change、 International Affairs、 Journal of Peace Research、 Nature Climate Change、 World Developmentなどの学術誌に論文を発表している。また、Environmental Peacebuilding Associationの理事も務めている。

INPS Japan

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【東京IDN=池田大作】

国連総会での決議を基盤に 停戦合意を導く努力が急務

米ソ両国の医師が共有していた信念

世界中に深刻な打撃を広げ、核兵器の使用の恐れまでもが懸念されるウクライナ危機が、1年以上にわたって続いています。

その解決が強く求められる中、広島市でG7サミット(主要7カ国首脳会議)が5月19日から21日まで開催されます。

広島での開催に際して思い起こされるのは、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の共同創設者であるバーナード・ラウン博士が述べていた信念です。

冷戦終結に向けて世界が急速に動いていた1989年3月、広島訪問のために来日した博士とお会いした時、アメリカで心臓専門医の仕事を続ける一方で平和運動に尽力する思いについて、こう語っていました。

「何とか人々を『不幸な死』から救い出したい。その思いが、やがて、人類全体の『死』をもたらす核兵器廃絶の信念へと昇華されていったのです」と。

その信念こそ、心臓病研究の盟友だったソ連のエフゲニー・チャゾフ博士と冷戦の壁を超えて共有され、IPPNW創設の原動力となったものだったのです。

President Reagan greets Soviet General Secretary Gorbachev at Hofdi House during the Reykjavik Summit, Iceland. Credit: Ronald Reagan Presidential Library
President Reagan greets Soviet General Secretary Gorbachev at Hofdi House during the Reykjavik Summit, Iceland. Credit: Ronald Reagan Presidential Library

運動の起点となる対話を二人が交わしたのは、1980年12月――。レーガン米大統領とソ連のゴルバチョフ書記長がジュネーブで合意した「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との共同声明に、5年も先立つものでした。

米ソの共同声明が世界の耳目を集めた翌年(1986年6月)、ラウン博士とチャゾフ博士は広島を訪れ、病院で被爆者を見舞った次の日に、「『共に生きよう 共に死ぬまい』―いま核戦争防止に何をなすべきか―」と題するシンポジウムで講演を行いました。

この「共に生きよう 共に死ぬまい」との言葉には、人々の生命を守ることに献身してきた医師としての実感が、凝縮していたように思えてなりません。そしてそれは、“地球上の誰の身にも、核兵器による悲劇を起こさせてはならない”との広島と長崎の被爆者の思いと、響き合うものに他なりませんでした。

翻って近年、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)が長引く中、ともすれば各国の対応が“内向き”になりそうな時に、保健衛生に関する国際協力の紐帯となってきたのが、「共に生きよう 共に死ぬまい」との言葉にも通じる連帯の精神ではなかったでしょうか。

その精神を足場にしながら、今回の広島サミットを通して、多くの市民に甚大な被害が及んできたウクライナ危機を早急に打開する道を開くとともに、「核兵器の威嚇と使用の防止」に向けた明確な合意を打ち出すことを、強く訴えたい。

民間施設に対する攻撃の即時停止を

A shopping center in the city of Kremenchuk in the Poltava region of Ukraine after a Russian rocket strike on June 27, 2022 at 15:50. Credit: Dsns.gov.ua, CC BY 4.0
A shopping center in the city of Kremenchuk in the Poltava region of Ukraine after a Russian rocket strike on June 27, 2022 at 15:50. Credit: Dsns.gov.ua, CC BY 4.0

世界を震撼させながらも13日間で終結をみた1962年のキューバ危機とは異なり、現在のウクライナ危機はエスカレートの一途をたどっており、ロシアによるベラルーシへの核配備計画をはじめ、原発施設周辺への攻撃や電力切断という事態まで起きています。

国際原子力機関のグロッシ事務局長が「(電源喪失のたびに)サイコロを振るようなもので、この状況が何度も続くことを許せば、いつか私たちの命運は尽きかねない」と警鐘を鳴らしたように、このままでは取り返しのつかない事態が引き起こされかねません。

危機発生から1年を迎えた2月、国連総会で緊急特別会合が開かれ、ウクライナの平和の早期実現を求めるとともに、戦争の悪影響が食料やエネルギーなどの地球的な課題に及んでいることに深い懸念を示した決議が採択されました。

具体的な項目の一つとして、「重要インフラに対する攻撃や、住宅、学校、病院を含む民間施設への意図的な攻撃の即時停止」が盛り込まれましたが、何よりもまず、この項目を実現させることが、市民への被害拡大を防ぐために不可欠です。その上で、「戦闘の全面停止」に向けた協議の場を設けるべきであり、関係国の協力を得ながら一連の交渉を進める際には、人々の生命と未来を守り育む病院や学校で働く医師や教育者などの市民社会の代表を、オブザーバーとして加えることを提唱したい。

かつてラウン博士はIPPNWの活動に寄せる形で医師の特性に触れ、「同じ人間を一つの型にはめ込んでしまう危険な傾向に抵抗するだけの訓練とバックグラウンド」を備えており、「一見、解決できそうにない問題に対して、現実的な解決法を考案するよう訓練されている」と述べていました。また、医師ならではの表現として〝希望への処方箋〟との言葉を通し、国の違いを超えて平和の道を開く重要性を訴えていたことが忘れられません。

現在の危機を打開するには、冷戦終結への流れを後押しする一翼を担った医師たちが備えていたような特性の発揮が、求められると思えてならないのです。

3月に行われたロシアと中国の首脳会談の共同声明でも、「緊張や戦闘の長期化につながる一切の行動をやめ、危機が悪化し、さらには制御不能になることを回避する」との呼びかけがなされていました。

この認識は国連の決議とも重なる面があり、広島サミットでは、民間施設への攻撃の即時停止とともに、〝希望への処方箋〟として、停戦に向けた交渉の具体的な設置案を提示することを求めたいのです。

被爆の実相と核時代の教訓を見つめ直し G7の主導で「核の先制不使用」の確立を

核関連の枠組みが失われる危険

An unarmed Minuteman III intercontinental ballistic missile launches during an operational test on February 20, 2016, Vandenberg Air Force Base, Calif. Credit: Air Force Nuclear Weapons Center Public Affairs.
An unarmed Minuteman III intercontinental ballistic missile launches during an operational test on February 20, 2016, Vandenberg Air Force Base, Calif. Credit: Air Force Nuclear Weapons Center Public Affairs.

ウクライナ危機の早期終結と並んで、広島サミットでの合意を強く望むのが、「核兵器の先制不使用」の誓約に関する協議をG7が主導して進めることです。

核兵器の威嚇と核使用の恐れが一向に消えることのない危機が、これほどまでに長期化したことがあったでしょうか。

ここ数年、中距離核戦力全廃条約の失効や、各国間の信頼醸成を目的とした領空開放(オープンスカイズ)条約からのアメリカとロシアの脱退が続き、ウクライナ危機による緊張も高まる中、新戦略兵器削減条約(新START)についても2月にロシアが履行を一時停止し、アメリカも戦略核兵器に関する情報提供を停止しました。

新STARTまで破棄されることになれば、弾道弾迎撃ミサイル制限条約と戦略攻撃兵器制限暫定協定を締結した1972年以来、紆余曲折を経ながらも、核兵器に関する透明性と予測可能性の確保を目指して両国の間で築かれてきた枠組みが、すべて失われることになりかねません。

広島と長崎の被爆者をはじめ、市民社会が核兵器の非人道性を訴え続け、非保有国の外交努力や核保有国の自制が重ねられる中、「核兵器の不使用」の歴史は77年以上にわたってかろうじて守られてきました。

“他国の核兵器は危険だが、自国の核兵器は安全の礎である”との思考に基づく核抑止政策は、実のところ、国際世論や核使用へのタブー意識による歯止めが働かなければ、いつ崩落するかわからない断崖に立ち続けるような本質的な危うさが伴うものなのです。

私はこの問題意識に基づき、ウクライナ危機が起こる前月(2022年1月)に発表した提言で、G7が日本で開催される際に「核兵器の役割低減に関する首脳級会合」を広島で行い、「全面的な不使用」の確立を促す環境整備を進めることを提唱したのでした。

核兵器不拡散条約(NPT)の義務を踏まえた米ロ間の核軍縮条約として、唯一残っている新STARTをも失い、際限のない核軍拡競争や核兵器の威嚇を常態化させてしまうのか。

それとも、77年以上に及ぶ「核兵器の不使用」の歴史の重みを結晶化させる形で、核保有国の間で「核兵器の先制不使用」の誓約を確立し、NPT体制を立て直すための支柱にしていくのか――。

私はウクライナ危機を巡る提案や提言を2度にわたって行う中で、昨年1月にNPTの核兵器国である5カ国(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国)の首脳が、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との原則を確認した共同声明を、核使用のリスクを低減させるための足場にすべきであると訴えてきました。

これに加えて、その後に合意された共通認識として何よりも注目するのは、昨年11月のインドネシアでのG20サミット(主要20カ国・地域首脳会議)で、首脳宣言に記された「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」との一節です。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

G20には、核兵器国の5カ国や、核兵器を保有するインドのほか、核兵器に安全保障を依存する国々(ドイツ、イタリア、カナダ、日本、オーストラリア、韓国)が含まれています。こうした国々が、2021年に発効した核兵器禁止条約の根幹に脈打つ、「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」との認識を明記するまでに至ったのです。

G20の首脳宣言では、この認識と併せて、「今日の時代は戦争の時代であってはならない」と強調していましたが、G7サミットでもこの二つのメッセージを広島から力強く発信すべきではないでしょうか。その上で、G7の首脳が被爆の実相と核時代の教訓を見つめ直す機会を通じて、「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」との認識を政策転換につなげるために、「核兵器の先制不使用」の誓約について真摯に討議するよう呼びかけたい。

SGI結成の年に広島で行った講演

思い返せば、G7の淵源となった、6カ国での第1回先進国首脳会議が行われたのは、冷戦の真っただ中の1975年でした。

その年は、私どもがSGIを結成した年でもあり、創価学会の戸田城聖第2代会長が遺訓として訴えた「原水爆禁止宣言」を胸に、私が核兵器国である5カ国をすべて訪れて、各国の要人や識者との間で世界平和を巡る対話を重ねた年でもありました。

Atomic Bomb Dome and modern buildings. Credit: Hirotsugu Mori - Own work, CC BY-SA 3.0
Atomic Bomb Dome and modern buildings. Credit:Hirotsugu Mori – Own work, CC BY-SA 3.0

そして5カ国の訪問を終えた後、私が同年の11月9日に講演を行い、核兵器の全廃を実現させるための優先課題として、非保有国に対して核兵器を使用しないという消極的安全保障とともに、先制不使用の宣言の必要性を訴えたのが、広島の地だったのです。

その数日後にフランスでの開催を控えていた先進国首脳会議を念頭に置きながら、私は講演において、核廃絶に向けた第一段階となる国際平和会議を広島で行うことを呼びかける中で、次のように訴えました。

「私が、このように提案するのは、各国の利害、自国の安全のみが優先した首脳会議から、全人類の運命を担う核絶滅への首脳会議にしなければ、無意味に等しいと信ずるからであります」と。

その信念は現在も変わるものではなく、今回の広島サミットに託す思いもそこに尽きます。

キューバ危機をはじめ、核戦争を招きかねない事態に何度も直面する中、核兵器国の間でも認識されてきた〝核使用へのタブー意識〟が弱体化し、核軍縮や核管理の枠組みも次々と失われている今、「核兵器の先制不使用」の確立は、これまでの時代にも増して急務となっていると、改めて強く訴えたいのです。

人類を覆う脅威と不安の解消へ 「共通の安全保障」を築く挑戦

国連の報告書が示す世界の現状

そもそも今日、多くの人々が切実に求める安全保障とは一体何でしょうか。

ウクライナ危機が発生する半月ほど前に国連開発計画が発表した報告書では、「世界のほとんどの人々が自分が安全ではないと感じている」との深刻な調査結果が示されていました。背景には、〝人々が自由と尊厳の中で貧困や絶望のない生活を送る権利〟を意味する「人間の安全保障」の喪失感があり、パンデミックの数年前から、その割合は〝7人中で6人〟にまで達していたというのです。

この状況は、ウクライナ危機の影響でますます悪化している感は否めません。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

報告書に寄せた国連のグテーレス事務総長の言葉には、「人類は自ら、世界をますます不安で不安定な場所にしている」との警鐘がありましたが、その最たるものこそ、核兵器の脅威が世界の構造に抜きがたく組み込まれていることではないでしょうか。

例えば、温暖化防止については〝厳しい現実〟がありながらも、人類全体に関わる重要課題として国連気候変動枠組条約の締約国会議を重ねて、対策を強化するためのグローバルな連帯が形づくられてきました。

一方、核問題に関しては、核軍縮を求める声があがっても、核保有国や核依存国からは、安全保障を巡る“厳しい現実〟があるために機が熟していないと主張されることが、しばしばだったと言えましょう。

しかし、昨年のNPT再検討会議で最終文書案に一時は盛り込まれた「核兵器の先制不使用」について合意できれば、各国が安全保障を巡る〝厳しい現実〟から同時に脱するための土台にすることができるはずです。IPPNWのラウン博士らが重視していた「共に生きよう 共に死ぬまい」との精神にも通じる、気候変動やパンデミックの問題に取り組む各国の連帯を支えてきたような「共通の安全保障」への転換が、まさに求められているのです。

闇が深ければ深いほど暁は近い

SGI joined with other NGOs to hold a side event at UN Headquarters during the NPT Review Conference to emphasize the urgency of the pledge of no first use of nuclear weapons. / Source: INPS Japan

その〝希望への処方箋〟となるのが、先制不使用の誓約です。「核兵器のない世界」を実現するための両輪ともいうべきNPTと核兵器禁止条約をつなぎ、力強く回転させる“車軸”となりうるものだからです。

世界のヒバクシャをはじめ、IPPNWを母体にして発足したICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)などと連帯しながら、核兵器禁止条約の締結と普遍化のために行動してきたSGIとしても、喫緊の課題として「核兵器の先制不使用」の確立を後押しし、市民社会の側から時代変革の波を起こしていきたい。

かつてラウン博士が、ベルリンの壁が崩壊し、米ソ首脳が冷戦終結を宣言した年であり、東西の壁を越えて3000人の医師が集い、IPPNWの世界大会が「ノーモア・ヒロシマ この決意永遠に」をテーマに広島で行われた年でもあった1989年を振り返り、こう述べていたことを思い起こします。「一見非力に見える民衆の力が歴史のコースを変えた記念すべき年であった」と。

“闇が深ければ深いほど暁は近い”との言葉がありますが、冷戦の終結は、不屈の精神に立った人間の連帯がどれほどの力を生み出すかを示したものだったと言えましょう。

「新冷戦」という言葉さえ叫ばれる現在、広島でのG7サミットで〝希望への処方箋〟を生み出す建設的な議論が行われることを切に願うとともに、今再び、民衆の力で「歴史のコース」を変え、「核兵器のない世界」、そして「戦争のない世界」への道を切り開くことを、私は強く呼びかけたいのです。(英文へ

アラビア語)(ロシア語)(ドイツ語)(スペイン語

Toward A Nuclear Free World, InterPress Service (IPS), Global Issues, ДЕТАЛИ, Azerbaijan Vision, AlshamalNew, The Nepali Times, The Bhutanese, The Manila Times, Towards a Nuclear Free World, 

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【ローザンヌIDN=ホセ・カバレロ】

ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まって1年以上が経過したが、ロシアの侵略に反対する世界的な合意形成の努力は行き詰まり、多くの国が中立を選択したように見える。ロシアを非難する国の数は減少しているとの情報もある。ボツワナは当初の親ウクライナの姿勢からロシア寄りに、南アフリカ共和国は中立からロシア寄りに、コロンビアはロシア非難から中立姿勢に移行している。一方で、ウクライナへの支援に消極的な国も少なくない。

UN General Assembly/ Wikimedia Commons
UN General Assembly/ Wikimedia Commons

例えばアフリカでは、アフリカ連合がロシアに「即時停戦」を呼びかけたにもかかわらず、ほとんどの国が中立を保っている。これは、冷戦時代から続く左派政権の伝統の結果であるとする見解もある。また、アフリカ諸国の現在の不本意な態度は、西側諸国が内政に、時には秘密裏に、時にはあからさまに介入してきた歴史に由来するとの指摘もある。

しかし、ロシアを非難することに消極的なのは、アフリカ諸国にとどまらない。2023年2月、ほとんどのラテンアメリカ諸国は、ロシアの即時・無条件撤退を求める国連決議を支持した。しかし、ブラジルはウクライナに有利ないくつかの国連決議を支持したにもかかわらず、ロシアを真っ向から非難していない。国連では、ボリビア、キューバ、エルサルバドル、ベネズエラの姿勢により、ロシアは西側の制裁から逃れることができた。さらに、ブラジル、アルゼンチン、チリは、ウクライナに軍事物資を送るという呼びかけを拒否し、メキシコは、ドイツがウクライナに戦車を提供するという決定に疑問を呈した。

同じような分断はアジアでも見られる。日本と韓国はロシアを公然と糾弾しているが、東南アジア諸国連合(ASEAN)はグループとしては非難していない。中国は、ロシアとの戦略的パートナーシップと国連での自国の影響力増大によるバランスをとりながら、この紛争に取り組んでいる。インドは国連安全保障理事会のメンバーとして、ウクライナ紛争に関連する議決を棄権している。

中立の政治

Photo: South Africa President Cyril Ramaphosa. Source: Mail & Guardian
Photo: South Africa President Cyril Ramaphosa. Source: Mail & Guardian

このような慎重で中立的な立場は、冷戦時代の非同盟運動の影響を受けており、開発途上国が「自分たちの条件で」紛争を戦い、ソ連や西側の影響圏の外で、ある程度の外交政策の自律性を獲得する方法と認識されていたのである。欧州連合(EU)の制裁に関する研究は、他国がEUの立場を支持しようとしないのは、外交政策の独立を望む姿勢と近隣諸国と敵対することを望まない姿勢の両方が関係していると指摘している。

西側とロシアの間で高まる地政学的な緊張に巻き込まれることを回避できるのが非同盟である。南アフリカ共和国のシリル・ラマポーザ大統領が指摘しているように、多くの民主主義国家が中立の立場を維持し、「両側と対話する」ことを好むのは、おそらくこのためである。

しかし、各国がロシアへの非難を控える場合、特定の経済的、政治的なインセンティブが影響している。

ブラジル

Map of Grazil
Map of Grazil

ウクライナ紛争の初期段階から、ブラジルは現実的だが曖昧な姿勢を維持してきた。この姿勢は、ブラジルが直面している農業とエネルギーに関するニーズにつながっている。世界トップクラスの農業生産・輸出国であるブラジルは、高い割合で肥料を使用する必要がある。2021年、ロシアからの輸入額は55億8000万米ドル(44億8000万ポンド)で、そのうち64%が肥料である。ロシアからの肥料の輸入量は、総輸入量4000万トンのうち23%にあたる。

2023年2月、ロシアのガス会社ガスプロムが、両国間のエネルギー関係拡大の一環として、ブラジルのエネルギー部門に投資することが発表された。これにより、石油やガスの生産・加工、原子力発電の開発において緊密な協力関係が築かれる可能性がある。このような協力関係は、世界トップクラスの輸出国になると予想されるブラジルの石油部門に利益をもたらすことになる。2023年3月までに、ロシアの石油製品に対するEUの全面禁輸と同時に、ロシアのブラジルへのディーゼル輸出は新記録を達成した。ディーゼルの供給レベルが高まれば、ブラジルの農業部門に影響を及ぼす可能性のある不足が緩和されるかもしれない。

インド

Map of India
Map of India

冷戦後のロシアとインドは、戦略的・政治的に類似した見解を持ち続けていると、専門家らは指摘している。2000年代初頭、戦略的パートナーシップの文脈で、ロシアの目的は多極的な世界システムの構築であり、パートナーとして米国を警戒するインドにアピールするものであった。また、ロシアはインドの核兵器開発計画や国連安全保障理事会の常任理事国入りを目指すインドを支援してきた。ロシアはまた、1992年から2021年の間にインドの武器輸入の65%を供給し、インドの武器貿易における主要相手国であり続けている。ウクライナ戦争が始まって以来、ロシアは割引価格で石油を供給する重要なサプライヤーとなっており、インドの購入量は2021年の日量約5万バレルが、22年6月には日量約100万バレルに増加している。

南アフリカ共和国

ロシアのウクライナ侵攻一周年を前にして、南アフリカ共和国はロシア、中国と合同で海軍演習を行った。南アフリカ共和国にとってこの訓練は、資金不足で手薄になっている海軍の能力向上を通じて安全保障に貢献するものである。より広い意味では、南アフリカ共和国の中立的な姿勢には貿易上のインセンティブもある。ロシアはアフリカ大陸への最大の武器輸出国である。また、原子力発電も供給しており、重要なのは、小麦などアフリカ大陸に対する穀物供給の30%を供給していることで、ロシアのアフリカ大陸への輸出全体の70%は南アフリカ共和国を含む4カ国に集中している。

Map of South Africa
Map of South Africa

2023年1月、ロシアは南アフリカ共和国に対して、牧草や作物の成長に欠かせない窒素肥料を供給する最大の供給国である。さらに、ロシアからの主な輸入品の中には、食品加工を含むいくつかの産業で燃料として使用される練炭がる。南アフリカ共和国の食糧不安を考えると、これらの輸入は社会政治的、経済的に安定した生活を送る上で欠かせないものである。

ウクライナ戦争は、危機に瀕した他の民主主義国を支援するよう訴えたにもかかわらず、非同盟が引き続き人気のある選択肢であることを示した。この政策は、インドのような国の政治的アイデンティティの重要な要素であった。また、ブラジルのように、ジャイル・ボルソナロ大統領の下で明らな変化があったものの、非干渉主義が伝統的な政策の基本的要素であり続けているケースもある。

特に、西側諸国が非同盟諸国の多くに直接投資や開発・人道支援を提供している状況では、利害の対立がより鮮明になるにつれ、中立性を掲げる政策は「綱渡り的なもの」となる可能性が高い。(原文へ

INPS Japan

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「それはどこでも起こりうる」: 国連総会、ルワンダのツチ族に対するジェノサイドを振り返る

【国連ニュース/INPSJ】

国連総会は、「1994年のルワンダにおけるジェノサイドを考える国際デー(4月7日)」の記念行事を開催した。式典では、ルワンダ大虐殺当時、国際連合ルワンダ支援団が展開していたにもかかわらず、100日間に亘った恐怖の中で犠牲となった100万人以上の老若男女を追悼した。

国連総会は1948年に集団殺害を国際法上の犯罪と規定するジェノサイド条約を全会一致で採択していたが、1994年4月、ルワンダで長年に亘る部族間の緊張と対立が最悪の形で現実のものとなった。

アントニオ・グテーレス国連事務総長は、ヘイトスピーチは警鐘であり、それによる社会への影響が強まれば、ジェノサイドが発生する脅威も大きくなると警告した。

「私たちは生存者のレジリエンス(強靭さ)に敬意を表すと共に、ルワンダの人々が癒し、回復、和解に向けて歩んできたことを認めます。そして、国際社会が恥ずべくも、(ルワンダ大虐殺当時)耳を傾けず行動しなかったことを想起します。」

「殺害はかなり前から計画され、意図的かつ組織的に実行されたものであり、白昼堂々と行われた計画的な殺人でした。」

グテーレス事務総長はまた、ジェノサイドから1世代(約20年)が経過した今、「あらゆる社会における礼節の脆弱性がもたらす危険性を決して忘れてはなりません。それは暴力促進します。ルワンダでジェノサイドへの道を開いた憎悪とプロパガンダは、テレビで放送され、新聞に印刷され、ラジオで吹聴されました。そして今日、憎しみを煽る声はさらに大きくなっています。インターネット上では、暴力への扇動、悪質な嘘や陰謀、虐殺の否定や歪曲、『他者』の悪魔化が、ほとんどチェックされることなく拡散しています。」と指摘した。

また、「デジタル世界において、より強固な規制、明確な責任、そしてより大きな透明性を求める中、『ヘイトスピーチに関する国連戦略と行動計画』が始動したことにより、表現や意見の自由を尊重しつつ、この惨劇に対抗するための各国への支援の枠組みを提供しています。」と説明した。

そして、「まだジェノサイド条約の締約国となっていない国連加盟国に対し、条約に加入するよう呼びかけるとともに、すべての国に対し、その約束を行動で示すよう求めます。一緒に、高まる不寛容に断固として立ち向かいましょう。尊厳、安全、正義、そしてすべての人のための人権の未来を築くことによって、亡くなったすべてのルワンダ人に真の追悼の意を捧げましょう。」と語った。

ルワンダ虐殺は「偶然ではない」

UN Photo/Manuel Elías
UN Photo/Manuel Elías

チャバ・コロシ国連総会議長は、「ジェノサイドは偶然ではなく、人種差別的イデオロギーを煽り、特定の人口の組織的破壊を目的としたキャンペーンを長年にわたって行ってきたことに起因している。」と語った。それが実行されたとき、世界は沈黙していた。

「ジェノサイドの準備が進んでいるということについては初期の段階で紛れもない警告が繰り返しあったにもかかわらず、当時国際社会は沈黙していました。この良心にもとる不作為に対して、私たちは『二度と繰り返さない』と言わなければなりません。」

「ルワンダの人々は、強さと決意をもって、荒廃した灰の中から国を再建してきました。今日、これらの努力の成果は、下院における男女平等、イノベーションの活気、経済の回復力、医療システムの強さ等至る所で見られます。」と指摘した。

「重要なことは、ルワンダは、若者に投資し、ダイナミックな人口の半分を占める20歳未満の人々に機会を与えていることです。ルワンダの人々は、より良い未来を見据えた国家を築いてきました。私たち国連総会もそうでありたいと思います。」

「家族全員を殺された」

Photographs of Genocide Victims - Genocide Memorial Centre - Kigali – Rwanda/ By Adam Jones, Ph.D. - Own work, CC BY-SA 3.0
Photographs of Genocide Victims – Genocide Memorial Centre – Kigali – Rwanda/ By Adam Jones, Ph.D. – Own work, CC BY-SA 3.0

国連総会は、ジェノサイドの生存者からも話を聞き、悲惨な体験談を共有した。

イベントに先立ち、現在米国在住の生存者であるヘンリエット・ムテグワラバさん(50)は、国連ニュースの取材に対して、どのように虐殺を生き延び、その傷を克服したか、また、今日のヘイトスピーチがいかにルワンダでの大量虐殺の呪われた響きほうふつさせるかについて語った。

「この話をするたびに涙が出ます。彼らは女性を強姦し、妊婦の子宮をナイフで切り開きました。人々は生きたまま浄化槽に入れられ動物は屠殺されました。私たちの家も破壊され私の家族全員、母と4人の兄弟が殺されました。」

1994年のツチ族に対する大虐殺では、「世界中が見て見ぬふりをした」と彼女は言う。「犠牲者らは知っていました。誰も助けに来ないことを。実際に誰も私たちのところに来てくれませんでした。このようなことが、二度とこの世界の誰にも起こらないことを、そして国連が迅速に対応する方法を考えてくれることを願っています。」

「ジェノサイドはどこででも起こりうる」

「1994年にルワンダで起こったことは誰にでも起こり得ることです。今日米国では多くのプロパガンダが蔓延しているが、人々は注意を払わず、社会が分裂している。」と強調した。

ムテグワラバさんは、著書『By Any Means Necessary』の中で、この現在の問題について詳しく述べている。実際、彼女は2021年1月6日の米国国会議事堂襲撃事件が起きた際、1994年4月と同じ恐怖を感じたという。

「ジェノサイドはどこでも起こる可能性があります。私たちはその兆候を目の当たりにしているのに、あたかも自分や周りの世界には関係ないことと装っているのです。私のメッセージはこうです:みなさん、目を覚ましてください。何かが起きているのです。すべてはプロパガンダに関することです。」 (原文へ

INPS Japan/国連ニュース

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攻撃を受ける「法の支配」

|国連|安保理の議席を占める戦犯・軍事侵略者たち

【国連IPS=タリフ・ディーン】

4月1日からロシアが、アルファベット順の交代制により1カ月間の議長国として、国連安全保障理事会を主宰している。

しかし、戦争犯罪や国連憲章違反で告発された国が、国連で最も強力な政治機関のメンバーや議長になるのは、ロシアが最初でもなければ唯一の事例でもない。

サンフランシスコ大学の政治学教授で中東研究のコーディネーターを務めるスティーブン・ズーンズ氏は、安保理における政治駆け引きについて幅広く執筆しているが、IPSの取材に対して、「米国はベトナムとイラクで戦争犯罪を犯しながら安保理議長を務めたことがあります。」と語った。

「よって、ロシアが安保理議長に就任することは、この意味で前例がないとは言えません。確かに軍事力によって奪取した領土を違法に併合した国(=ロシア)が国連安保理の議長国になるのは初めてのことでしょう。しかし、米国がイスラエルとモロッコによる軍事力で奪った領土の違法な併合を公式に認めていることを考えると、こうした行動が問題ないと考えているのはロシアだけとは思えません。」とズーンズ氏は語った。

国際刑事裁判所(ICC)はこれまでにも、スーダンのオマル・ハサン・アル=バシール、ユーゴスラビアのスロボダン・ミロシェビッチ、リビアのムアンマール・カダフィなど、複数の政治指導者を戦争犯罪や大量虐殺で訴えてきた。

記者会見で、戦争犯罪を犯した加盟国が国連安保理を主宰するという異常事態について問われたファルハン・ハク事務総長副報道官は、記者団に「安保理議長国を安保理加盟国がアルファベット順で交代するという安保理の規則を含め、安保理創立以来行ってきた方針はよくご存じだと思います。」と語った。

ハク副報道官は、ICCの発表を前に、「これ以上何も言うことはありません。」と付け加えた。

しかし、驚くべき新展開として、ICCは3月17日先週、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を戦争犯罪で告発し、マリヤ・リボワベロワ大統領全権代表(子供の権利担当)とともに、逮捕状を出した。

17日の発表によると、昨年ロシアに侵攻された戦禍のウクライナから、国連憲章に反して子供たちを不法に移送した罪で起訴された。

ICCを創設したローマ規程に加盟していないロシアは、この逮捕状を却下した。

先週発表された声明の中で、ICCのカリム・カーン主任検察官は、「独立した調査に従って私の事務所が収集・分析した証拠に基づき、予審室は、プーチン大統領とマリヤ・リボワベロワ女史が、ローマ規程第8条(2)(a)(vii)と第8条(2)(b)(viii)に反する、ウクライナ占領地からロシア連邦への不法送還・移送の刑事責任を負うと考える合理的根拠があると確認している。」と語った。

ICC事務局が確認した事件には、孤児院や児童養護施設から連れ去られた少なくとも数百人の子どもたちが強制送還されたことが含まれている。「これらの子どもたちの多くは、その後、ロシア連邦で養子縁組に出されたと我々は申し立てている。ロシア連邦では、プーチン大統領が出した大統領令によって、ロシア国籍の付与を早めるための法改正が行われ、ロシア人家庭に養子に出されることが容易になっている。」

Karim Asad Ahmad Khan was elected on 12 February 2021 as the new chief prosecutor of the International Criminal Court (ICC). Credit: UN Photo/Loey Felipe
Karim Asad Ahmad Khan was elected on 12 February 2021 as the new chief prosecutor of the International Criminal Court (ICC). Credit: UN Photo/Loey Felipe

シカゴ世界問題評議会のトーマス・G・ワイス特別研究員(グローバル・ガバナンス担当)は、IPSの取材に対して、国連報道官の発言は完全に正確であると語った。

「安保理の持ち回り議長を阻止した前例はありません。このことは、安保理が構築された異常構図を示す最も新しい兆候に過ぎません。とはいえ、ICCによるウラジーミル・プーチンへの不名誉な逮捕状が出たことで、恐らく安保理の席はロシア大使にとって居心地がよくないものとなるだろう。」とワイス氏は指摘した。

「ブーチン氏がすぐにハーグの国際法廷に立つ可能性は極めて低いが、国際的な圧力は増すばかりである。スロボダン・ミロシェビッチの事例を想起すべきだろう。」

「昨年、国連総会で人権理事会から無情にも追放されたときと同様、ロシア政府はこの展開に非常に不満を抱いています。ロシアを追放したこと(或いは2011年に追放したリビアのケース)は、他の国連機関(安保理以外)にとって、重要な前例となりました。ロシア政府は孤立することを嫌い、そのために今回の決定に反対したのです。」とワイス氏は語った。

最大の「もしも」は、ソ連が崩壊した1991年12月まで遡る。それは、ロシアが自動的に国連におけるソ連の席に就くことが問題視された瞬間だった。

「ロシアは既に30年間の国家運営の実績があるのだから、(ウクライナのゼレンスキー大統領はそうだが)それを疑問視することはできません。移行がスムーズに行われたことに安堵するのではなく、あのとき疑問を呈していれば、と思うしかないのです。」と、ラルフ・バンチ国際研究所の名誉所長でもあるワイス氏は語った。

グローバル・ポリシー・フォーラムのジェームズ・ポール元専務理事は、IPSの取材に対し、「ウクライナにおけるロシアの軍事作戦は、国際の平和と安全保障について多くの疑問を投げかけています。必然的に、この議論は国連で激論を生むことになりました。」と指摘したうえで、「多くの西側諸国政府(および市民の中のリベラルな『理想主義者』ら)は、制裁や孤立化を通じてさまざまな方法でロシアを罰し、それによってロシアが軍を撤退させ、ウクライナにおける戦略的目標を放棄することを望んでいます。」と語った。

「ロシアは4月に国連安保理の議長として毎月の持ち回りの席に着くことができないはずだ、と提案する人もいます。」

UNSC/ UN photo
UNSC/ UN photo

「しかしこうした主張は、現在、ロシアの違反行為を糾弾している西側諸国による軍事史に対する無知と、国際問題や世界で最も強力な国家主体の働きについての知識不足を露呈するものにほかなりません。」と、「狐と鶏:国連安保理における寡頭制と世界権力」の著者でもあるポール氏は語った。

「もし国連安保理が、国際法を破り、他国を侵略し、主権国家の境界線を強制的に変更し、選挙で選ばれた政府の転覆を画策する理事国に対して、持ち回りの議長職を公平に拒否していたら、(少なくとも西側諸国を含む)すべての常任理事国は議長職を失っていただろう。」とポール氏は語った。

ICCの逮捕状に対する国連事務総長の反応を問われたステファン・デュジャリック国連報道官は3月17日、記者団に対し、「これまで何度もここで述べてきたように、国際刑事裁判所は国連事務局から独立しています。我々はICCの行動に対してコメントすることはありません。」と語った。

プーチン大統領がジュネーブ、ウィーン、ニューヨークのいずれかの国連施設に入ること、あるいはアントニオ・グテーレス事務総長と会うことが許可されるかどうかを問われ、デュジャリック報道官はこう答えた: 「なぜなら…ご存じのように、渡航の問題は他の人にも関わるからです。一般的なルールとして、事務総長は目の前の問題に対処するため、相手がだれであれ話す必要がある人物と話すことになります。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアソシエイト国際司法ディレクター、バルキーズ・ジャラー氏は、「ICCの発表は、2014年以来ウクライナでロシア軍が犯した犯罪の多くの犠牲者にとって重大な日となった。」と語った。

ICC
ICC

「これらの逮捕状により、ICCはプーチン氏を指名手配し、あまりにも長い間、ロシアによるウクライナ戦争の加害者を増長させてきた不処罰を終わらせるための第一歩を踏み出したのです。」

ジャラー氏は、「この逮捕状は、民間人に対して重大な犯罪を犯す命令を出したり、容認したりすると、国際刑事裁判所の監獄に入れられる可能性があるという明確なメッセージを送っています。」と指摘した。

「国際刑事裁判所の令状は、虐待を行ったり、それを隠蔽したりしている他の人々に対して、地位や階級に関係なく、法廷に立つ日が来るかもしれないという警鐘を鳴らすものです。」

ポール氏はさらに、「暴力的で強力な国家が存在する世界において、国連は、戦争当事国をまとめ、外交と紛争解決を促進することができるので、有用です。」「ロシアへの処罰を求める人々は、米国は自国の利益を追求するためにこれまでに何度も軍事力で他国の主権を侵害しているため、(公平なルールが施行されれば)通常の処罰を受けることになることを認識すべきです。」と、指摘した。

イラク戦争は、国連のルールや安全保障理事会の決定を無視する米国の典型的な例であるという。米国のベトナム戦争やアフガニスタン戦争も、このタイプの戦争としてさらに注目を浴びているなど、数十の事例がある。

「英国もフランスも、国際法に反して強力な軍隊を使い、脱植民地化に対する血なまぐさい戦争や、旧植民地の鉱山や石油資源などへのアクセスを確保するための軍事介入を行ってきました。」

イスラエルと共同でエジプトに対して仕掛けたスエズ戦争は、このジャンルの典型であった。ロシアや中国も、ロシアのアフガニスタンへの介入やコーカサス地域での数々の戦争など、軍事作戦や介入を繰り返してきた。

「領土保全の原則を訴えることで有名な中国は、チベットを併合し、隣国のベトナムと何度も戦争を繰り返してきました。つまり、安全保障理事会の常任理事国は、国際法の基準を作るということに関しては、非常に悪い実績しかないのです。(背後に大国の支持を得た)より小さな国でさえも、侵略行為を行ってきたのです。その例として、イスラエル、トルコ、モロッコがすぐに思い浮かびます。」とポール氏は語った。

チャバ・コロシ国連総会議長がプーチン大統領と会談する意思があるかという質問に対し、同議長のポーリーン・クビアク報道官は記者団に対し、「コロシ議長はロシアを含む総会全加盟国を代表しています。彼はプーチン大統領との会談について、これまでもそして現在も意欲的です。」と語った。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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ロシアによるベラルーシ核配備が第三次世界大戦の警告を引き起こす

【国連IDN=タリフ・ディーン】 

14ヶ月前のウクライナ侵攻以来、ロシアによる核の脅威がエスカレートする中、ウラジーミル・プーチン大統領は3月26日、政治・経済・軍事面でロシアと密接な関係にあるベラルーシに戦術核を配備する予定であるとの新たな警告を発した。

プーチン大統領は、この配備計画について、「米国が何十年も前から行っていることであり、同盟国に核兵器を配備する米国の慣行と何ら変わらない。」と主張した。

ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領は、この提案を支持する一方で、「核の炎をともなう第3次世界大戦が迫っている」と警告した。

Rebecca Johnson at the 2022 Vienna Conference on the Humanitarian Impact of Nuclear Weapons/ photo by Katsuhiro Asagiri
Rebecca Johnson at the 2022 Vienna Conference on the Humanitarian Impact of Nuclear Weapons/ photo by Katsuhiro Asagiri

核条約の専門家であり、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の初代会長であるレベッカ・ジョンソン博士は、「プーチンとルカシェンコによる核を用いた威嚇行動は危険で愚かだ。」とIDNの取材に対して語った。

ジョンソン博士は、「これは北大西洋条約機構(NATO)に挑戦するものだが、NATOがベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコと結んでいる挑発的な核共有協定を模倣しているに過ぎません。ベラルーシと核兵器を共有するという脅しが実際に実行されれば、意図的、事故、誤認の違いはあれども、この戦争で核兵器が使用される危険性が高まるだろう。」と指摘した上で、「ウクライナに対して行われている残酷な戦争を考えると、もしロシアが核兵器の一部をベラルーシに配備した場合、プーチンとルカシェンコは次に起こることに対してどう責任を取るのだろうか。」と疑問を呈した。

「プーチン大統領はこの戦争を開始した時点で、ウクライナの抵抗を過小評価したことが既に誤算でした。核抑止は既に失敗していますし、プーチン氏は既に戦争犯罪で起訴されています。彼が今やっていることは、ジェノサイド(大量殺戮)を引き起こす可能性があります。」と、ジョンソン博士は断言した。

Hans Kristensen/ FAS
Hans Kristensen/ FAS

 米国科学者連盟の核情報プロジェクトのディレクターでストックホルム国際平和研究所(SIPRI)上級研究員のハンス・M・クリステンセン氏はIDNの取材に対して、「米国は1950年代から少数の欧州諸国に核兵器を配備してきたが、プーチン大統領のベラルーシへの核配備発言は新しい取り決めとなります。」と語った。

クリステンセン氏はまた、「ベラルーシは昨年までは憲法の規定により核兵器の保持を禁止していましたが、憲法を改正して核保有を可能にしました。それでも、ロシアによるベラルーシへの核配備は、『すべての核保有国は核兵器の海外配備を控えるべき…』という2月の中ロ共同声明に反することになります。」と指摘した。

プーチン大統領によるベラルーシへの核配備の提案について問われた国連のステファン・デュジャリック報道官は、3月27日、記者団に対し、「さて、私たちはこれらの報道を見ましたが、明らかに、最近見られる核兵器を巡る緊張状態全般について懸念しています。そして、このことは、すべての加盟国が核不拡散条約(NPT)の下での責任を順守する重要性を想起させるものです。」と語った。

報道官また、「現在の核リスクは驚くほど高まっており、破滅的な結果をもたらす誤算やエスカレーションにつながりかねないあらゆる行動は避けなければならなりません。また、核兵器国も非核兵器国も、NPTの約束と義務を厳格に順守しなければなりません。」と指摘した。

さらにジョンソン博士は、「軍事専門家は『戦術核兵器』などという言葉を、さも悪いものでないかのように喧伝したがります。しかし、その実態は短距離で持ち運びができる核兵器という意味です。それは、より脆弱な核爆弾を意味するのであって、危険度の低い核爆弾を意味するのではありません。NATOの基地にある戦術核と称される爆弾は、1945年に広島と長崎を破壊した原子爆弾よりもはるかに大きな爆発力を持つように設計されています。」と指摘した。

「核兵器の戦術的使用というものは存在しません。核兵器を爆発させるというタブーが崩れれば、核戦争は解き放たれることになります。それは、考えるに堪えない悪夢だが、人類は今、その瀬戸際に立たされています。核兵器の使用は戦略的なものであり、住民を恐ろしい危険に晒すものです。赤十字は、都市や「戦場」(ウクライナ戦争では、プーチンの侵略に抵抗する町や村の集まりを意味するようだ)でのたった1回の核爆発による殺戮と放射能に対応できる人道支援活動は世界には存在しないことを何度も強調しています。」

Map of Beralus/ Eikimedai Commons
Map of Beralus/ Eikimedai Commons

「1990年代、ウクライナが自国に残されたソ連製(核)兵器を処分してNPTに加盟した判断は正しかった。また、ロシアがNATO対して核共有政策を止め、NPTと軍縮関連の諸条約を誠実に遵守するよう求めたのも正しい動きでした。ところが今のプーチン政権はこうしたロシアの政策を転換し、ロシアとウクライナ、そして欧州全体に暮らす人々を危険に晒しているのです。」

「核戦争と核兵器の使用を防ぐ唯一の方法は、すべての核兵器を廃絶することです。今日、手遅れになる前に、ロシア、NATO諸国、その他の核保有国は、国連の核兵器禁止条約(TPNW)に署名し、核戦争を防ぐための活動を始める必要があります。」とジョンソン博士は語った。

プーチン大統領がベラルーシに戦術核を配備すると発表したことについて、英国のジェームズ・カリウキ国連次席大使は3月31日、国連安全保障理事会で、ロシアの発表は「威嚇と強制を試みるまたもや無駄な試みだ。」と語った。

「ロシアの核のレトリックは無責任である。英国はベラルーシに対し、ロシアの無謀な行動を許さないよう要請します。英国は、ウクライナを支援し続けることを明確にしています。国連憲章に違反したのはロシアなのです。」

2022年1月、国連安保理の常任理事国で核兵器国である5大国の首脳は「核戦争に勝者はありえず、核戦争は決して戦ってはならない。…核兵器の使用は広範に影響を及ぼすため、核兵器が存在し続ける限り、防衛、攻撃の抑止、戦争の予防を目的とするべきであることを確認する。」との共同声明を発表した。

「しかし、この約束にもかかわらず、ロシアの違法なウクライナ侵攻が始まって以来、プーチン大統領は無責任な核のレトリックを使用しています。」「一つ明確にしておきたい。この紛争において、核使用を示唆している国は他にないし、ロシアの主権を脅かしている国もありません。他の主権国家を侵略して国連憲章に違反いるのはロシアに他ならないのです。」とカリウキ次席大使は指摘した。

James Kariuki, UK Deputy Permanent Representative to the UN. /Photo: Government of UK.
James Kariuki, UK Deputy Permanent Representative to the UN. /Photo: Government of UK.

「プーチン大統領による3月25日の(戦術核配備の)発表は、威嚇と強要を試みる最新の動きである。これはうまくいっておらず、今後もうまくいかないだろう。私たちは、ウクライナの自衛努力を引き続き支援します。」

「ロシアによる今回の発表に至った動機は、国連憲章51条に基づき自国を防衛するため、英国がチャレンジャー戦車とともに劣化ウラン弾をウクライナに供給しているというプーチン大統領の主張にあると聞いています。」

「しかしロシアは、劣化ウラン弾が核弾頭ではなく通常弾薬であることをよく知っているはずです。これは、ロシアが意図的に誤解を与えようとしているもう一つの事例に他なりません。」とカリウキ次席大使は語った。

「私たちは、国際社会が『核兵器の使用やその脅威に共同で反対する』という習主席の呼びかけを歓迎し、今日、中国国連大使の話にしっかりと耳を傾けています。また、核兵器は海外に配備されるべきではないという中国とロシアの共同声明にも注目しています。」

「こうした意思表示にもかかわらず、ロシアは集団安全保障を支える軍備管理体制を着実に棄損してきました。また、ロシアの中距離核戦力(INF)条約への執拗な違反は、2019年に同条約を崩壊させる結果を招きました。また今年になってロシアは、新STARTへの参加も停止しました。」

「ルカシェンコ大統領は、ロシアがベラルーシに核兵器を配備することを望んでいることを公言しています。私たちは、ロシアの無謀でエスカレートした行動を可能にすることをやめるよう、ルカシェンコ大統領に強く求めます。私たちは、ウクライナの人々への支持を堅持し、ロシアに非エスカレーションを要求します。」と、カリウキ次席大使は語った。(原文へ

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韓国は危機安定性を真剣に考える時だ

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=チャンイン・ムーン

この記事は、2022年11月28日に「ハンギョレ」に初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。

危機安定性は抑止力に劣らず重要であり、戦争に勝つことと同じほど、戦争を防ぐことに注力すべきである。

韓国および米国と北朝鮮の対立関係は日々硬直化しており、いずれの側も出口を見つけられない状況となっている。

北朝鮮は11月18日、一連の短距離・中距離弾道ミサイル発射実験に続き、東海に向けて大陸間弾道ミサイルの発射実験を行った。韓米はB-1B戦略爆撃機を前方展開することで対抗した。(

今や残されているのは北朝鮮の7回目の核実験のみである。韓国と米国は、北朝鮮がそのような実験を強行するなら厳しい措置を取ると警告済みである。朝鮮半島での軍事的緊張と安全保障上の不安が高まる悪循環は極めて悩ましいものとなっている。

韓国政府はこれに対し通常兵器と拡大抑止力の強化によって対応し、その中で米国が定期的に戦略兵器を朝鮮半島に展開するのを認めて報復攻撃能力を増強し、共同軍事演習を拡大、戦闘即応態勢を強化し「3軸体系」を運用してきた。

これは北朝鮮に対して、その効力において前例のないレベルの抑止力を構築、また平壌を圧倒することが可能な軍事態勢を整備し、危機の際に勝利を保障するということである。

しかし、国家安全保障の極めて重要な目標は、国民の生命、安全および財産を守ることであるが、韓国の現在の安全保障戦略はその目標を達成することができるかどうかだ。

問題は、朝鮮半島における軍事的脅威には本質的な非対称性があることだ。

韓国は裕福な国であり北朝鮮はそうではない。北朝鮮の首都・平壌は要塞化され前線からは離れているが、韓国の人口の半分近くは首都圏に集中している。さらに、ソウルは北朝鮮の短距離弾道ミサイル、巡航ミサイルおよび前線で展開される多連装ロケット砲に対して脆弱である。

これが、裕福で開かれた社会に固有の脆弱性である。

もし北朝鮮が侵攻してきたとしたら、韓米の連合戦力が反撃し勝つことは明白に見える。しかし、その過程で多くの人命が失われることを防ぐのは困難だろうというのが事実だ。従って、危機を安定化させる予防志向の外交政策が重要なのだ。

さらに懸念されるのが、韓国の防衛システムがミサイルの脅威に対して脆弱だという事実である。

ミサイル防衛は、四つの要素からなるといわれる。アクティブ防衛(ミサイルの発射後に迎撃すること)、パッシブ防衛(迎撃が失敗した場合に備える民間人防衛訓練および爆撃防護シェルターの構築)、攻撃的防衛(敵の攻撃の意図が前もって確認された時の先制攻撃)、および戦闘管理(指揮、統制、通信、情報、偵察および監視の機能を効果的に連携させること)である。

しかし現時点において、韓国のミサイル対応では、迎撃と先制攻撃が重視されている。以前実施されていた民間人防衛訓練は中止され、市民は自分の住む地域に、地下鉄の駅以外にどのような爆撃防護シェルターがあるか、ほとんど知らない。

迎撃と先制攻撃に信頼を置きすぎ、それらをバックアップするパッシブ防衛を行わないということは、破滅的な結果を招き得る。

もう一つの深刻な懸念は、韓国の過剰な対米依存である。北朝鮮が軍事的脅迫を行う時はいつでも、韓国政府は米国との同盟を強化するという、予想通りのカードを切る。

韓国の安全保障にとって同盟が極めて重要な価値があることを否定する者はいない。しかし、同盟を盲目的に信奉することは自衛と外交努力をおろそかにすることに繋がりかねない。

さらに、米国の韓国に対する安全保障の約束は、米国国内の政治状況に直結している。2024年の大統領選挙でドナルド・トランプまたは同様な外交政策を掲げる共和党の候補が勝利した場合、あるいはバーニー・サンダースのようなラディカルな民主党候補が勝利した場合、韓米同盟は現在の状態のまま継続するだろうか?

ウクライナの戦争が激化した場合、または、台湾海峡における米国と中国の軍事衝突が現実のものとなった場合、米軍が朝鮮半島で大規模な介入を行うのは難しくなるだろう。それどころか、そのような情勢となれば在韓米軍が縮小される可能性さえある。

筆者が言いたいのは、韓米関係の可変性を軽視するべきでないということだ。

政治と外交の両方において、根本的なアプローチは敵対勢力を最小化し、友好勢力を最大化し、中立勢力を味方につけることである。しかし、与党のリーダーらの一部は、このアプローチに反する行動をとっている。

与党「国民の力」の暫定代表である鄭鎮碩(チョン・ジンソク)は最近、「韓国が四つの北朝鮮に包囲されているのを見て、気の毒に思うでしょう」と嘆いた。

「四つの北朝鮮」という言い方で、チョンは北朝鮮そのものに加え、中国、ロシア、そして、米国との共同軍事演習の凍結を求めている国内の革新的グループを指している。

しかし、ジョー・バイデン米大統領の見方通り、新たな冷戦はまだ到来しておらず、北朝鮮、中国、ロシアの同盟が復活するかは確かではない状況が継続している。

韓国には、中国とロシアによる北朝鮮政府との協力を後押ししかねない、早まった仮定を余儀なくするいかなる理由があるというのか?

確固とした安全保障政策の基礎には国民の同意がある。そのことを無視して、違いを強調し、分断を煽ることは、韓国の安全保障体制を砂上の楼閣にする自己破壊的行為になりかねない。

長い歴史の教訓であり、また現代の常識でもあるが、危機安定性は抑止力に劣らず重要であり、戦争に勝つことと同じほど、戦争を防ぐことに注力すべきである。

また、戦略的優位性が重要である一方、市民の生命が国家安全保障の中心にあるべきだという基本原則を忘れてはならない。

今こそ、われわれはそのようなパラダイムシフトを熟考する時だ。

チャンイン・ムーン(文正仁)は、世宗研究所理事長。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。

INPS Japan

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【ニューヨークIDN=アナ・イケダ

現在のウクライナ危機は、核抑止には大きな欠点があることを示しています。核抑止の論理は当事者たちの理性的な判断と脅威の信憑性を前提としていますが、特に紛争時において、その想定が現実からほど遠いことは言うまでもありません。

核兵器は、その存在自体が私たちを脅かし続けています。例えば、核兵器に費やされる資源は、SDGs(持続可能な開発目標)の達成やポストパンデミックの世界の構築に向けた前進を妨げています。つまり、G7サミットで取り組むべき他の優先分野にも影響を及ぼしているのです。

従って、今年のG7広島サミットは、私たちの国際的な安全保障と平和に対する理解を真剣に見直す機会であると主張したい。

池田大作創価学会インタナショナル(SGI)会長は2022年の記念提言「人類史の転換へ 平和と尊厳の大光」の中で、核に依存した安全保障のドクトリン(原則)の「解毒」を呼びかけています。それを踏まえ4点、提言させていただきます。

G7サミットに向けて創価大学(東京都八王子市)で開催されたG7政策提言国際会議(3月29日)の核兵器の管理を巡る分科会でプレゼンテーションを行うアナ・イケダ氏。資料:INPS Japan

1.先制不使用政策を採用する。

現在の緊張を緩和し、ウクライナ危機の解決に向けた道筋をつけるには、核保有国が核リスクの低減に向けた行動を開始する必要があります。特に、核兵器が警戒態勢に置かれ、意図せず使用される危険性が高まっている現在、何らかの措置を講じることが急務です。

SGIは核不拡散条約再検討会議の期間中に、国連本部において、他のNGO(非政府組織)と協力して、核兵器の先制不使用の誓約の緊要性を訴える関連行事を開催した。資料:INPS Japan

このことから、SGIは、核兵器を保有する全ての国と核依存国の安全保障政策として、先制不使用の原則を普遍化するよう改めて強く提唱しました。

核保有国が先制不使用の原則を確立することは、世界の安全保障環境を安定させ、紛争終結に向けた2国間、および多国間対話に必要な空間を作り出すことにつながります。

先制不使用の原則を確立することはまた、「核兵器の使用またはその威嚇は許されない」というG20首脳の最近の宣言や、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」という昨年1月の米国、ロシア、英国、フランス、中国の首脳の声明を実行に移すことになります。

当然、相互信頼を築くために全ての核戦力を一触即発の警戒態勢から外すなど、実際の姿勢や政策の変化を伴うものでなければならないでしょう。

全体として、先制不使用は、国家安全保障における核兵器の役割を減らすための重要なステップであり、核軍縮を進めるための原動力となり得ます。私たちは、G7の首脳がリスク削減、緊張緩和、軍縮の戦略について議論し、発表する機会を捉え、特に先制不使用政策を宣言することを強く求めます。

2.多国間の軍縮議論に生産的に関与し、大胆なリーダーシップを発揮する。

G7首脳が大胆なリーダーシップを発揮し、核不拡散条約(NPT)の第6条に規定されている軍縮義務を果たす約束を新たにすることが決定的に重要です。

同様に重要なことは、NPTと核兵器禁止条約(TPNW)の補完性について、さらなる探求に取り組むことです。特に日本が、アプローチの違いはあっても、核兵器の使用に対する重大な懸念をすべての国が共有していることを認識し、TPNWの議論に生産的に関与することによって、橋渡し役としての約束を果たすことを期待しています。

私たちは、G7諸国が核禁条約締約国会合への将来の出席を約束することにより、核禁条約締約国と協力的に働く意思を示すことを強く期待します。

3.核兵器廃絶に向けて努力することを約束する。

核兵器のない世界は「究極の目標」といわれます。しかし、核兵器が世界を破壊してしまう前に、この目標を絶対に達成しなければなりません。専門家の間では、2045年を核兵器廃絶の絶対的な期限とするべきだという声もあります。広島サミットでは、G7の首脳が期限を設定することに合意し、それに向けて交渉を開始することを決定できるのではないでしょうか。

4.軍縮・不拡散教育イニシアチブを支援する。

G7 Hiroshima Summit Logo
G7 Hiroshima Summit Logo

最後に、私たちはG7首脳に、あらゆるレベルでの教育イニシアチブへの支援を示すことを求めます。広島平和記念資料館を訪れ、被爆者に会い、核兵器の悲惨な影響や体験を直接聞くことを強く希望します。

核兵器に依存した現在の安全保障のパラダイムを転換するには、平和と安全保障に対する人々の考え方を変革し、核兵器が私たちの安全を守るというナラティブ(語り方)に立ち向かう必要があります。核戦争を回避する最も確実な方法は、核兵器を廃絶することという認識を高める必要があります。

SGI会長は2009年の記念提言「核兵器の廃絶へ 民衆の大連帯を」のなかで、核時代に終止符を打つためには、自己の欲望のためには相手の殲滅も辞さないという「核兵器を容認する思想」と対決しなければならない、と述べています。

私たちは、若者を中心とした全ての人が核兵器のもたらす人道的影響について学ぶ機会を設けるという、G7首脳のコミットメントを求めます。

私たちは、岸田首相が提唱する核軍縮に向けた行動計画「ヒロシマ・アクション・プラン」や、「ユース非核リーダー基金」の設立を歓迎します。また、日本がリーダーシップを発揮して、このようなイニシアチブの目的が、軍縮に関する教育だけでなく、軍縮のための教育を提供することであることを確認することを期待します。

結びに、世界の安全保障環境における現在の緊張と不確実性は、対話と外交の価値と役割を弱めるものではなく、高めるものであると主張したい。G7や国連のようなフォーラムの役割は、これまで以上に重要です。(原文へ

A Glimps of the Conference: “Advancing Security and Sustainability at the G7 Hiroshima Summit” Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN-INPS

*アナ・イケダは、SGI国連事務所の軍縮プログラム・コーディネーター。核廃絶とキラーロボット阻止を中心に活動している。この記事は、3月29日に創価大学(東京八王子市)で開催されたG7政策提言国際会議の「核兵器の管理を巡る分科会」に登壇した際の発表内容を要約したものである。

INPS Japan

American Press, All Africa, Chinese Wire, Global Security Institute, The Gender Security Project, Global Issues, Inter Press Service, Oxford Eagle, The Vicksburg Post, Washington City Paper 

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