【ニューヨーク|ロンドンIDN=リサ・ヴィヴェス】
欧州の博物館が、何年も前にアフリカから持ち帰った戦争の英雄の骨や頭蓋骨の所有権を主張する時代は、ついに終わりを告げようとしているのかもしれない。
アフリカから持ち帰った遺骨を返還するための交渉がロンドン自然史博物館とケンブリッジ大学との間で行われ、両組織は現在、協力して植民地時代に持ち去られたものを返還する用意があるとしている。
遺骨は、不法な墓荒らしの結果、優生学のような人種差別的な医学研究のため、転売のため、あるいは貴重な記念品として欧州各国のコレクションに収められている。この2つの博物館は、ジンバブエからの代表団が訪問した6つの英国機関の一部である。
ジンバブエへの人骨の本国送還の可能性を巡っては、2014年12月から協議が行われている。1890年代の大英帝国による植民地支配に立ち上がったショナ人、ンデベレ人伝統社会の反乱(第一次チムレンガ)の指導者たちの遺骨の一部が、戦利品として英国に持ち去られた疑いが長い間持たれていた。
その中でも、大英帝国の植民地支配に対する抵抗の象徴であったムブヤ・ネハンダ(ショナ語でネハンダおばあさん)としても知られるネハンダ・チャルウェ・ニャカシカナの遺体は最も有名なものだ。彼女は英国人官吏殺害の罪で起訴され、ハラレで処刑された。今日、彼女は国民的英雄として崇められている。ハラレのビジネス街の中心にあるサモラ・マシェル通りとジュリアス・ニエレレ通りの交差点には、高さ10フィートの彼女の像が建てられている。
2015年、ジンバブエのロバート・ムガベ大統領(当時)はこうコメントしている。「植民地占領軍によって処刑された第一次チムレンガの指導者たちの遺骨は、その後、大英帝国が地元住民に勝利し、服従させたことを示すために英国に持ち去られたのです。確かに、この時代に、戦利品として処刑した人骨を国立歴史博物館に保管することは、人種差別主義者の道徳的退廃、サディズム、人間の無神経さの最たるものに位置づけられるべきだろう。」
25,000体の人骨を有するロンドン自然史博物館は、18,000体の遺骨を有するダックワース研究所(ケンブリッジ大学生物人類学部)と並んで、世界最大級のアーカイブを有している。(原文へ)
INPS Japan
*チムレンガ:ジンバブエ解放闘争をさすショナ語。この記事では、1890年代植民地支配確立期に起こったショナ人、ンデベレ人伝統社会による一連の武力抵抗を第1次チムレンガと言及している。これに対して、1970年前後から80年独立の前夜まで戦われたローデシア少数白人支配に対するアフリカ人の武装解放闘争を第2次チムレンガと言う。
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