この災害がいつ起きるのかを予測できた人はいなかった。しかし、いつか必ず起きることは、誰もが分かっていた。
ヒマラヤの津波
【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=論説部】
5歳のキルティ・タマンちゃんは26日の朝、ベトラワティの教室にいた。その時、轟音とともに洪水が押し寄せてきた。キルティちゃんは同級生2人とともに、必死で高台へと駆け上がった。|英語版|
夜になって、叔父が森の中で彼女を発見した。
キルティちゃんは、母親と姉が荒れ狂うトリスリ川の濁流にのみ込まれていくのを目の当たりにした。父親は出稼ぎ労働者としてマレーシアにいる。発見されて以来、彼女は一言も口をきいていない。
27日午後、本紙が印刷に回る時点で、ネパール中部を襲った大洪水の想像を絶する被害の全貌が、次第に明らかになりつつある。職員全員を失った銀行支店、生存者が一人もいない警察署、ジャナイ・プルニマ祭の巡礼者を満載したまま流されたバス。そして、行方不明になった家族を探してほしいと、インドから本紙編集部に相次ぐ電話――。こうした知らせが届くたびに、私たちは、この災害が奪った人命のあまりにも大きな代償を突きつけられている。
ネパールがこれほど大規模な災害に見舞われたのは、2015年の大地震以来である。インフラや財産への経済的被害という点では、今回の災害はネパール史上最悪となった。リモートセンシングによって、ネパール領内のランタン山北壁で雪崩が発生した地点を特定することができた。雪崩は、ネパールへ流れ込むトリスリ川の支流レンデ・コーラをせき止め、その天然ダムが水曜日の午前9時直前に決壊したことが分かっている。
国境のティムレでは土石流の高さが約80メートルにも達した。濁流は下流へ猛烈な勢いで押し寄せ、進路上にあるものをすべてのみ込んでいった。何一つ容赦しなかった。この災害がまさにこの時に起きると予測できた人はいない。しかし、いつか起きることは、誰にでも予想できたはずだ。
本紙はこれまで繰り返し、極端な気象現象が引き起こす洪水、氷河湖決壊洪水(GLOF)、そして国境を越えて被害を及ぼす気候災害に備える必要性を、政策決定者に訴えてきた。
2017年のバルン・コーラ洪水の後にも、2021年のメラムチ災害の後にも、そしてインド・シッキム州で10億ドル規模のダムを押し流したティースタ川洪水の後にも、私たちは同じことを訴えた。本紙のこの社説欄でも、アルン川、マルシャンディ川、トリスリ川に建設されたネパールの水力発電所が、こうした災害から何を学ぶべきかを書いてきた。
そして昨年7月8日のボテ・コシ洪水も、また一つの警鐘だった。
必要なのは「議論」ではなく「行動」だ

「この問題を引き起こしたのは私たちではない」「過去の炭素排出に対して補償を受けるべきだ」と主張するのは、国連気候サミットの演説では意味があるだろう。
しかし、「損失と損害(Loss and Damage)」のための資金が、私たちを救うほど入ってくるわけではない。私たちは、自分たち自身でこの危機に立ち向かわなければならない。自ら生き残るための戦略をつくらなければならないのである。
今回の災害は「自然災害」ではなかった。そこに自然なものなど何一つない。
化石燃料の燃焼による温室効果ガスの蓄積によって氷河が融解していることも、ヒマラヤを越えて流れる河川沿いに高額な水力発電所を建設したことも、河川に沿って幹線道路を造ったことも、その道路沿いに集落が拡大したことも、汚職や強欲も、そして統治の不備も――いずれも「自然」ではない。
私たちの祖先は、ヒマラヤから流れ下る川のすぐそばに住んではならないことを知っていた。
かつてネパールの町や村は、高い尾根沿いに築かれていた。氾濫原は食料を育てたり、水車を動かしたりするためだけに使われていた。橋は恒久的なものではなく、モンスーンの洪水で流されたら再建することを前提として造られていた。
しかし、経済的困窮、農村からの人口流出、そして道路へのアクセスを求める動きによって、人々は危険を十分承知しながらも川岸に住むようになった。
河岸沿いの居住地域についてハザードマップを作成し、地方自治体がそれに基づいて土地利用を厳格に規制していれば、今週、多くの命を救うことができたはずだ。
世界で最も若く、最も地震活動の活発な山岳地帯から流れ下る川のすぐ脇に住宅が建てられている限り、早期警戒システムだけでは人命を守ることはできない。
しかも、そのヒマラヤ山脈はいま、気候危機の影響をまともに受けている。
私たちは災害のたびに、耳にたこができるほど同じことを繰り返してきた。「すべての卵を一つのかごに入れてはならない」と。
莫大な借款を抱えて、ヒマラヤを越えて流れる河川に高額な水力発電所を連続して建設するのではなく、ネパールは全国各地により小規模な発電所を分散して整備し、リスクそのものを分散させるべきなのである。
水曜日の朝、たった一度の災害で、ネパールは12か所の水力発電所から合計440メガワットの発電能力を失った。
これは国内総発電能力の10%に当たる。河川沿いに設置されていた送電線や変電所も破壊された。
いつか必ず起きると分かっている災害への備えに関心が向かない背景には、一種の宿命論的な文化があるのかもしれない。
しかし、それは言い訳にはならない。
過去の政権がこの問題を軽視してきたとしても、テクノクラートや博士号取得者を擁するネパールの新政権は、地震と気候変動が複合してもたらす災害リスクに対処するための措置を講じなければならない。
ウィンストン・チャーチルはかつて、こう語ったとされる。「良い危機を決して無駄にしてはならない。」
今回の災害もまた、バレンドラ・シャハ首相とその政府にとって、捜索・救助、復旧・復興、そして将来の災害への備えにおいて、これまでとは異なる先を見据えた姿勢を示す機会となり得る。
災害が起きて初めて「備えなければならない」と思い出すようではいけない。その時には、すでに多くの人にとって手遅れだからだ。今週、まさにそれが悲劇として現実になった。
私たちはまたしても、過去の教訓を生かすことができなかった。
いまは国を挙げて喪に服すべき時である。同時に、2015年の大地震の際に示したのと同じ思いやりと助け合いの精神をもって、ネパールの人々が再び心を一つにする時でもある。
Original URL: https://nepalitimes.com/not-if-but-when-next

INPS Japan
関連記事:













