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希望と絶望の間で揺れる非核スローガン

【ベルリンIDN=ラメシュ・ジャウラ】

国連の潘基文事務総長は、日本の2つの都市に対する破壊的な原爆攻撃を心に刻むために毎年原爆記念日に際して、「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ 二度と再び」というスローガンを繰り返してきたが、依然として核兵器なき世界を招来するには至っていない。また、2008年10月24日の国連デーに彼が提出した「5項目の核軍縮提案」は、実際のところ無視され続けている。

しかしこの責任は潘事務総長にはない。世界が今年で71年目となる8月6日の広島と8月9日の長崎への原爆投下を祈念する中、核兵器なき世界の実現を望む人々の心に浮かぶ疑問は、「はたして今日、絶望よりも希望を信じる理由があるのかどうか」という点である。

Lift-off of the Dnepr launch vehicle/CC BY 2.5

こうした疑問が出てくる背景には、少なくとも12万9000人を殺害した、第二次世界大戦最終盤に行われた2回の原爆投下が、歴史上戦争で核兵器が使用された唯一の事例であるが、今日、9カ国もの国々が合計で1万5000発以上の核兵器を保有しているという現実がある。

9カ国とは、米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮である。

米国と英国は、おおよそ1800発の核兵器を高度警戒態勢においている。これは、警告からわずか数分で発射できる準備ができていることを意味する。そのほとんどが、1945年8月に日本に投下された原爆よりもはるかに強力なものだ。

また、核廃絶国際キャンペーン(ICAN)が指摘するように、さらに大きな問題は、欧州の5カ国が北大西洋条約機構(NATO)の核共有取り決めの一環として自国の領土に米国の核兵器を配備することを認め、おおよそ20以上の国々が安全保障のために米国の核に依存しているという点にある。

さらに、兵器使用に転用可能な原子炉・研究炉を保有している国々が多くある。核のノウハウの拡散は、より多くの国が核兵器を開発するリスクを高めてきた。

潘事務総長は8月6日、このことを念頭にして、国連軍縮担当上級代表のキム・ウォンス氏が広島平和記念式典で代理で読み上げたメッセージの中で、「今、世界はかつてないほどに被爆者の精神を必要としています。」と訴えた。

潘事務総長は、1945年の広島・長崎の被爆者の決意と忍耐について、平和を訴え、全ての人にとってのよりよい未来を追求している事例として、言及した。

「実際、被爆者の方々は自身の悲劇的な体験を人類に対する呼び掛けへと発展させました。そして、ヒロシマが身をもって経験した惨事が忘れられることのないよう、自身の体験を語ってきました。」

潘事務総長はまた、「被爆者は、平和とより良い世界の真の擁護者となったのです。」と指摘したうえで、「緊張感が高まり、核軍縮における進展は見いだし難くなっている今日、世界はかつてないほどに被爆者の精神を必要としています。」と強調した。

さらに、「この荘厳なる式典で、すべての国々が被爆者のメッセージに耳を傾け、互いの違いを乗り越え、核軍縮に向けた世界の志を強固なものとするよう求めます。これは、平和的な協力にとって不可欠なことです。」と述べ、「核保有国は、ヒロシマの悲劇を繰り返さないという特別な責務を負っています。」と説明した。

そして、「核保有国は、自国のコミットメントを守り、対話への道を拓いていかなければなりません。」としたうえで、すべての国々に対しては、包括的な対話を通じ、共通点を見いだすよう求めた。

さらに潘事務総長は、「広島への原爆投下により、核兵器は、性別、年齢、宗教、思想、国籍に関係なく、無差別なものだということが示されました。」と強調し、「すべての人々にとって、より安全で平和な未来、より良い世界のため、これからも力を合わせ取り組んでいきましょう。『ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ 二度と再び』というメッセージを今後も広めていく所存です。」と結んだ。

被爆者の方々が高齢化するなかで、若い人々が平和のメッセンジャーの役割を果たしていかなければならなくなる。潘事務総長のメッセージは、国連が核兵器なき世界の実現に取り組む若者の側に立つことを明確に表明したものだった。

「私は長崎の若き平和の創造者である皆さんに対し、核兵器によってもたらされた苦難が決して忘れ去られることのないよう、この課題に取り組むことを呼びかけます。仲間たちと一緒に、ぜひこのメッセージを全世界に広げてください。核兵器を作り出したのは皆さんではありませんが、これを最終的に廃絶する任務は、皆さんの世代が担えるのです。」と付け加えた。

Setsuko Thurlow/ ICAN
Setsuko Thurlow/ ICAN

著名な広島の被爆者で1945年8月6日に広島に原爆が投下された当時13才であった平和活動家のサーロー節子氏は、6月にオバマ大統領に対して宛てた手紙で同じようなメッセージを発していた。

「オバマ大統領、あなたには、変化を生み出す、他の人にはない力があります。これこそがあなたの『レガシー』になるのではないでしょうか。核戦争の脅威を取り去った真の軍縮の時代を招来することで、すべての人々が日常を平和裡に過ごすことができるでしょう。それは何と大切なことでしょうか。それは守る価値のあるものであり、すべての子どもたちに対して拡げられるべきものです。」

サーロー節子氏はまた、次の3点を示しながら、こう述べている。「核軍縮を現実のものにすることで『私たちの道義的な目覚め』を加速しようと本当に望んでおられるのなら、次の3つのステップをすぐにでも取り掛かるべきです。」

「第一に、国際的な核軍縮会合への米国のボイコットを取りやめ、核兵器廃絶・禁止の一歩としての核兵器禁止条約に向けた新たな法的文書や新たな規範の創設を求める『人道の誓約』を支持する127カ国の輪に加わること。」

「第二に、今後30年で1兆ドルという巨額の資金を米核戦力の近代化に投資するのをやめ、この資金を人間のニーズや地球環境の保護のために使うこと。」

「第三に、核兵器の高度警戒態勢を解くこと、そして、怠慢の文化と、恐ろしいほど定期的に起こっている核兵器の絡んだ事故の現実を暴露した最近の研究の対象になっている、老朽化した指揮・管制システムを見直すこと。」

サーロー節子氏がオバマ大統領に提示した問題が一つでも解決されるのかどうかはわからない。

しかし、『ワシントン・ポスト』紙が8月4日に報じたように、「オバマ大統領は、核兵器の禁止を訴え、包括的核実験禁止条約(CTBT)を支持する新たな国連安保理決議を目指す事を決めた。」

これは、オバマ大統領が任期終了前の数か月間に自身がこだわっている核政策の少なくとも一部を大統領令を通じて実行に移そうとしていると報じた、同紙の7月10日付記事の続報である。

これらのオプションには、米国の核戦力に関する「先制不使用」政策の宣言や、CTBTによって予定された核兵器実験の禁止を確認する国連安保理決議が含まれる。

Tomihisa Taue, Mayor of Nagasaki City, attended the United Nations Conference on Disarmament Issues at the Hotel Buena Vista in Matsumoto City, Nagano Prefectureon July 27, 2011.
Tomihisa Taue, Mayor of Nagasaki City, attended the United Nations Conference on Disarmament Issues at the Hotel Buena Vista in Matsumoto City, Nagano Prefectureon July 27, 2011.

しかし、長崎市の田上富久市長は、8月9日に長崎平和公園で行われた式典で読み上げた長崎平和宣言でさらに一歩踏み込み、もし人類の未来を破壊から防ごうとするならば、核拡散への対抗を目的としたあらたな枠組みが必要だと語った。「今こそ、持てる限りの『英知』を結集してください」と田上市長は訴えた。

3日前の松井一實広島市長による同様の宣言と比べると、田上市長は、非核世界実現のための次の道筋がいくつも示されていた点、そして日本政府を率直に批判した2点において、より大胆であったと共同通信は報じている。

田上市長は、米国の核抑止に依存しながら核兵器廃絶を訴える日本政府の政策を批判し、政府に対して、核兵器の「持たず、作らず、持ち込ませず」を定めた戦後日本の「非核三原則」を法制化するよう求めた。

また田上市長は、核抑止に依存しない安全保障の枠組みとして、「北東アジア非核兵器地帯」(NEA-NWFZ)の創設に向けて努力するよう、政府に要求した。

Susi Snyder/ ICAN
Susi Snyder/ ICAN

広島・長崎の両式典において安倍晋三首相は「核兵器なき世界」の実現のためにさまざまな取り組みを行うと誓ったものの、具体的な方策については触れなかった。

実際のところそうした声明は空虚なものだと語るのは、オランダの「パックス・クリスティ」核軍縮プログラムの責任者であるスージー・スナイダー氏である。スナイダー氏は、ICANに寄稿したの論説で、7月8・9日にワルシャワ(ポーランド)で行われたNATOサミットに参加した元首らが、核兵器禁止の可能性を示唆しない一連の文書や声明に合意したと論じている。

「世界の多数の国家は、核兵器がもたらす危険を終わらせ、核兵器を禁止する条約の交渉を望んでいるが、NATO文書も『環大西洋安全保障に関するワルシャワ宣言』も核兵器に対するNATOの依存を再確認し、NATOコミュニケには、核共有政策に関する冷戦時代をほうふつとさせる文言が復活している。」とスナイダーは論じている。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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「世界と議会」2016年夏号(第574号)

特集:日本の安全保障と政治の課題


■尾崎財団設立60周年特別記念講演
「世界の平和をフィクションで語るなかれ」/小川 和久

■政経懇話会
「立憲主義と日本政治の未来」/小林 正弥

■特別寄稿
 国会決議達成に引き継がれた尾崎咢堂氏の意思/塩浜 修

■INPS JAPAN
 包括的核実験禁止条約批准は依然として「核のファンタジー」

■連載『尾崎行雄伝』
第五章 自由民権

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核兵器禁止会議に備えるアスタナとジュネーブ

【ジュネーブIDN=ジャムシェッド・バルーア】

カザフスタンは8月28・29両日、核兵器の禁止・廃絶に向けた政治的意志を形成し強化するための国際会議を主催する。世界には約1万5000発の核兵器があり、人類の生存そのものを脅かしている。

アスタナでの会議は、カザフスタン共和国上院が、同国外務省、核不拡散・軍縮議員連盟(PNND)と共催で行うものである。

First Soviet Atomic test, Joe One/ Public Domain
First Soviet Atomic test, Joe One/ Public Domain

世界各地の議員や首長に加え、宗教指導者、政府高官、軍縮問題専門家、政策アナリスト、市民活動家、国連・欧州安全保障協力機構(OSCE)国際赤十字委員会(ICRC)などの国際・地域機関の代表らが参加する予定だ。

会議は、セミパラチンスク核実験場閉鎖25周年を記念して開催される。旧ソ連は、1949年8月29日に当時ソ連構成国であったカザフ共和国(現カザフスタン)東部のセミパラチンスク地区に設置した核実験場で初の核実験を実施して以来、1991年8月29日にカザフ国民とヌルスタン・ナザルバエフ大統領からの要求によって実験場が閉鎖されるまでの期間に、合計450回の核実験を行った。

8月29日は、カザフスタン主導により国連が「核実験に反対する国際デー」に指定しており、世界中で記念行事が催されている。カザフスタンはまた、昨年12月の国連総会で採択された「核兵器なき世界の達成に関する普遍的宣言」を主唱した。

アスタナ会議は、新たな国連プロセスである「核軍縮に関する公開作業部会」(OEWG)が、核兵器なき世界の達成に向けた多国間協議に関して取るべき行動について、今秋の第71回国連総会に向けた勧告を含む報告書を準備する中で開催される。

Kazakh President Nursultan Nazarbayev addressing the UN General Assembly in September 2015 | Credit: almaty.sites.unicnetwork.org
Address by His Excellency Nursultan Nazarbayev, President of the Republic of Kazakhstan

同会議は、「国連公開作業部会」が2月と5月に行われた実質的作業のフォローアップとなる会議を8月5日、16~19日にふたたびジュネーブで開いてから数日後に開催される。

2月と5月に開催された公開作業部会(第1会期、第2会期)における議論の焦点は、核兵器なき世界を達成するために必要な法的措置についてであり、核リスクを低減し、透明性を高め、核爆発がもたらす広範な人道上の結末に対する認識や理解を深めるための勧告を用意することにあった。

UNFOLD ZERO」によれば、公開作業部会の第1会期及び第2会期で議長を務めたタイのタニ・トーンパクディ大使が、8月5日に公開作業部会の最終報告書の草案(ゼロ・ドラフト)を発表するとのことだ(実際には7月28日に発表された:INPSJ)。公開作業部会の第3会期(8月16日から19日)の間にこの草案に対する参加各国政府の意見表明が行われ、交渉の後に19日に最終文書の「採択が期待される」という。

公開作業部会の第1会期と第2会期で提示されていた主な提案には以下のようなものがある。

・核兵器の禁止・廃絶に向けた法的取り決めに関する多国間交渉を2017年にも開始すること。

・2010年に米国のバラク・オバマ大統領が始めた「核セキュリティー・サミット」と類似の一連の核軍縮サミットを、核軍縮に向けた世界的な関心と政治的行動を促すことを視野に入れて招集すること。

・先制不使用政策、すべての核兵器システムの警戒態勢の解除、核備蓄の削減、警告即発射態勢の解除などの初期的措置の採用。

「交渉すべき法的取り決めの種類には数多くのオプションがあり、それぞれに一長一短がある」と、「核兵器なき世界」の達成に向けて国連に焦点をあてたイニシアチブや行動のためのプラットフォームである「UNFOLD ZERO」は指摘している。

主たる4つのオプションは、①包括的な核兵器禁止条約、②禁止先行型の核兵器禁止条約、③枠組み協定、④核軍縮の特定の側面に関する個別の協定を含むハイブリッド型のアプローチ、である。

ほとんどの非核兵器国が包括的な核兵器禁止条約あるいは禁止先行型の核兵器禁止条約を望んでいるが、ほとんどの核抑止依存国は「ハイブリッド・アプローチ」(彼らは効果的な法的及び法的以外の措置を並行的、同時進行的に行うという「ビルディング・ブロック(ブロック積み上げ方式)」と呼んでいる)を志向している。 

公開作業部会第2会期(5月2日~13日)は、非核兵器国のグループが、核兵器を違法化する条約の交渉を2017年に開始することに前向きであるとの意志を示して終結した。

この提案は、非核兵器地帯(NWFZ)を通じて地帯内で既に核兵器を禁止している国々の一部によってなされたものである。ラテンアメリカ、南太平洋、南極、東南アジア、アフリカ、中央アジアの115カ国が、NWFZに加盟している。

このうち9カ国(アルゼンチン、ブラジル、コスタリカ、エクアドル、グアテマラ、インドネシア、マレーシア、メキシコ、ザンビア)が公開作業部会に提出した文書で「核兵器を禁止する法的拘束力のある文書について協議するため、すべての国家、国際機関、市民社会に開かれた国連総会による会議を2017年に招集すること」を提案している。

この提案ではまた「そうした文書の交渉に関する進展について、2018年までに招集される核軍縮に関する国連ハイレベル国際会議に報告する」必要性を強調している。これは、公開作業部会へ提出された作業文書34「核軍縮を進める:非核兵器地帯の視点からの勧告」で提示されている。

公開作業部会の会期期間中、この提案に対して、数多くのその他の非核兵器国や市民団体が賛意を表明した。他方で「核の傘」に依存した国家(北大西洋条約機構加盟国、日本、韓国、オーストラリア)はいずれもこの提案に賛同しなかった。また、公開作業部会に参加しなかった核武装国もこの提案に反対している。

公開作業部会に参加していた非核兵器国の多くが、核抑止依存国からの合意はそうした条約交渉には必要ないとの立場である。

しかし、もしそうした条約に核抑止依存国の一部でも含めることができないならば、核兵器政策や核の運用にほとんど、或いは全く影響を与えることができないだろうという意見もある。それどころか、核廃絶に向けた中間的措置を採るよう核抑止依存国に迫る圧力を減じてしまうという意味で逆効果ですらあると論じる向きもある。

UNFOLD ZEROによると、核抑止依存国からの賛同を集め、こうした国々の政策に直接の影響を与えうるような核軍縮交渉のその他のオプションが提案されているという。

ひとつには「ビルディング・ブロック・アプローチ」であり、もうひとつは、国連気候変動枠組条約に似た枠組み合意を核軍縮に関して作るというものである。

枠組み合意の支持者は、「プロセスの初期においてより強力な禁止措置を含む一方で、そうした措置を最初から取ることができない国々と関与し続けることができる」と主張している(「中堅国家構想」が公開作業部会に提出した文書「枠組み合意のオプション」を参照)。

しかし、多くの非核兵器国は、「ビルディング・ブロック」アプローチや枠組み合意の提案は、短期的に十分強力な措置を提示することができていない、と批判している。核兵器を禁止する条約こそが、仮に核抑止依存国を巻き込むことができなかったとしても、より望ましい、というのだ。

ICAN

核武装国が公開作業部会に参加せず、「核の傘」依存国が核兵器禁止条約を支持しない主な理由のひとつは、これらの国々が依然として自国の安全保障を核兵器に依存し続けている現状がある。

2月と5月に開催された公開作業部会(第1会期、第2会期)では、21世紀における核兵器の役割に関して、そして、核抑止依存国の間で緊張と紛争が激しくなってきている現在にあって、核兵器の役割を廃棄することが可能かどうかについて、有益な議論が持たれた。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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核実験禁止条約実現にはより強力な政治的推進力が必要(CTBTOゼルボ事務局長インタビュー)

CTBTO

【ベルリン/ウィーンIDN/INPS=ラメシュ・ジャウラ】

包括的核実験禁止条約機構CTBTO)事務局長のラッシーナ・ゼルボ博士は、「私に任せてもらえば、すべての核実験を禁止する条約は『昨日にも』発効していたでしょう。」と語った。

こうした見方は、軽快な調子で自ら「きわめて楽観的」と語るゼルボ博士のものの見方を反映しているのみならず、CTBTという略語でよく知られる包括的核実験禁止条約が「未完の仕事」であり続けることがないよう「批准を巡る議論が新たな段階に移った」ことを示す一連の兆候に基づいたものでもある。

インターナショナル・プレス・シンジケート(INPS)の基幹メディアである「IDN・インデプスニューズ」による独占インタビューでゼルボ博士は、自らの「楽観主義」について詳しく理由を説明してくれた。またその中で、「オバマ大統領が検討していると報じられている核実験禁止に向けた国連安保理決議は、意義あるものかもしれません。しかし、本当に意味を持つのは、残りの8か国(=CTBTの発効要件国のうち未批准国)による批准です。」と指摘した。その8カ国とは、中国、北朝鮮、エジプト、インド、イラン、イスラエル、パキスタン、米国である。

中国、エジプト、イラン、イスラエル、米国は、CTBTが署名開放された1996年以降に同条約に署名した183カ国の中には入っているが、批准した164カ国の中には入っていない。

ゼルボ博士の楽観主義の背景には次のような理由がある。つまり、CTBTOのトップとして初めて、今年6月にイスラエル首相による招待を受けたこと。欧州議会と、CTBTO賢者グループ(GEM)のメンバーでもあるフェデリカ・モゲリーニ欧州連合(EU)外務・安全保障政策高等代表が「創造的なリーダーシップ」を見せていること。

また、自発的に核兵器を放棄したカザフスタンと、広島・長崎への無慈悲な原爆投下から70周年を2015年に迎えた日本は、CTBTの早期発効に向けた取り組みを強力に推進している。

加えて、中国当局がCTBTO事務局長であるゼルボ博士に対して、同国のCTBT批准は米国の批准を前提条件とするものではないとの意向を伝えている。ゼルボ博士は、「米国上院の両方の党派からの支持もあります。」と指摘した。また、ローズ・ゴットモーラー米国務次官(軍備管理・国際安全保障)を含む米国高官らが、米国は「核実験禁止の国際規範を確認する手段」を検討していると言明している。

以下はゼルボ博士とのインタビューの全文である。

IDN|INPS:(エルサレムで6月20日に持たれた)ベンヤミン・ネタニヤフ首相との会合後のあなたの発言を聞いていると、そう遠くない時期に、CTBT発効から初の記念日を祝うことができそうに思えてきます。「そう遠くない時期」というのは、今年末のことか、それとももう少し後でしょうか?

CTBTO事務局長ラッシーナ・ゼルボ博士:私がきわめて楽観的であることはご存知かと思います。しかし、CTBTは、最後の批准書が寄託されてから180日間を経て発効することになっています。ですから、仮に、中国、エジプト、インド、イラン、イスラエル、北朝鮮、パキスタン、米国が今日中に批准したとしても、今年中には間に合いません。

ということは、いったいいつになったらCTBTが発効するのでしょう? もし私に全てを任せてもらえていれば、それは昨日にも実現できていたでしょう。

真面目に答えましょう。私たちは、CTBT署名開放から20周年にあたる今年になって、多くの前向きな兆候を目にしています。加盟国からの多大な支援もあります。それに、CTBTO事務局長が初めてイスラエル首相から招待されたという事実も、イスラエルが条約批准に前向きであること、批准に関する議論があらたな段階に到達したことを示しています。

IDN|INPS:EUのモゲリーニ外務・安全保障政策高等代表は、6月に行なわれたCTBT20周年記念閣僚会合で、「私たちは目標をあきらめてはいません。しかし、それを達成するには、より強力な推進力と、団結が必要です。」と述べています。また、ゴットモーラー米国務次官も「私たちはあきらめることはできないし、またそうしてはなりません。」と述べています。どうすれば、そうした「強力な推進力と団結」を実現することができるでしょうか?

ゼルボ博士:CTBT加盟国が条約発効を真剣に考えているならば(もちろん考えていると思いますが)、政治的な資本を進んで差し出さねばなりません。私たちに必要なのは政治的リーダーシップなのです。つまり、①政府が自国の議員と積極的に関与しようとすること、②批准国が未批准国に関与してその懸念に対処しインセンティブを生み出そうとすること、③そして、政府が市民社会と協働し既成概念の外側で思考するリーダーシップが必要なのです。

カザフスタンの外相が昨秋(2015年9月29日)にニューヨークで開催された「CTBT批准促進会議」(第14条会議)で述べたように、「いつも通りのやり方」では不十分です。

rlan IDRISSOV/ CTBTO
rlan IDRISSOV/ CTBTO

CTBT賢人グループのメンバーであり、私の友人であるフェデリカ・モゲリーニ高等代表とともに、EU外交委員会で7月7日に説明会を行いました。

その場で議員らが出した提案の1つに、第三国との貿易協定の中にCTBTを含めるというものがありました。これこそまさに、私が述べている(CTBT実現に向けた)「創造的なリーダーシップ」によるアプローチといえます。あるいは、原子力供給国グループ(NSG)への加入をインドが希望しているという例を取ってみましょう。同じような形で、CTBTに関する議論を始めることを条件に含めてみてはいかがでしょうか?

IDN|INPS:オバマ大統領はCTBTを強く支持していますが、米国上院では、CTBTが核戦力の効果を減ずると共和党が主張し、批准が阻止されています。中国の批准に対する後ろ向きな態度は、こうした米国の現状が原因であると言われています。オバマ大統領の任期終了が近づく中、条約批准の見通しをどのように立てていらっしゃいますか?

ゼルボ博士:米国では、上院が批准を「阻止」しているわけではありません。むしろ、単に、条約に関して、検討が繰り返されたり、議論が維持されたりしていないだけです。上院のほとんどの民主党議員も共和党議員も、単にこの問題に関心がないだけであり、1999年に上院がCTBT批准を否決した際の主要な懸念に対応するような技術的進歩があったことを知らないだけだと私は聞いています。

上院の両方の党派からの支持があるのです。ジョージ・シュルツ元国務長官はかつて、同僚の共和党議員らが「1999年にCTBTを否決したのは正しかったかもしれないが、現在の事情を考えれば、批准に賛成する方が正しいだろう」と述べています。

George Shultz/ photo by Katsuhiro Asagiri, INPS Japan
George Shultz/ photo by Katsuhiro Asagiri, INPS Japan

「現在の事情」とは、①1999年段階で青写真に過ぎなかったCTBTOの国際監視システム(IMS)の効率性が証明されていること、②核爆発実験なしに核戦力の安全性と信頼性を確かめることを米国の実験当局に可能にした「核兵器備蓄性能維持計画」が成功していることです。

中国に関しては、同国の批准は米国による批准を条件とするものではないとの説明を中国政府当局から受けています。これもまた、リーダーシップを示し、前進する機会であると言えます。

IDN|INPS:インドが、米国・中国・パキスタンの例に倣って、CTBTO会合のボイコットをやめる可能性はあるでしょうか。CTBTOは、条約に親和的な勢力をインド国内で作り上げようとしていると理解していますが。

ゼルボ博士:インドとCTBTOには互いに提供できるものが多くあります。災害の早期警戒や、地球に関する科学研究に私たちのモニタリングデータを副次的に利用することを考えています。逆に、インド人科学者の専門知識は、私たちのモニタリングシステムの改善に大いに貢献してくれるものと期待しています。

他方で、インドの核科学者や政治勢力の中で、核実験を再開したいと真面目に考えている人はいないのです。したがって、核実験禁止という考え方をCTBT交渉開始に先立つ40年も前に既に提案していたこの国が、最終的にはCTBT加盟国の輪の中に加わるだろうという楽観的な考えを私は持っているわけです。

IDN|INPS:もしCTBTが(発効に至らない)「未完の仕事」という状態がこのまま続けば、準備委員会はいずれ政治的・財政的支持を失うことになるだろうという見方が、しばしば出されています。そうした見方についてどうお考えですか。

ゼルボ博士:私たちはCTBTOが現在加盟国より得ている高いレベルの政治的・財政的支援に深く感謝していますが、確かにこれには中期的なリスクが存在します。既に加盟国の中には、一部の頑強な国々が今後も条約発効を阻止しつづけるならば、核実験禁止とCTBTOへの支持を無期限に続けるわけにはいかないと言明している国もでてきています。

だからこそ、条約発効プロセスを、とりわけCTBT署名開放20周年にあたるこの年に、軌道に乗せることが大事なのです。要するに、国際社会は、今こそ、始めた仕事を終わらせる時なのです!

IDN|INPS:報道によれば、オバマ大統領が、米国によるCTBT批准に代わるものとして、核兵器実験禁止を謳った国連安保理決議の採択を追求しているとのことですが、これについてどうお考えですか。

ゼルボ博士:オバマ大統領とオバマ政権がCTBTとCTBTOに強い支持を示していることを歓迎します。また、オバマ大統領の取組みにも感謝しています。6月13日にはウィーンで、ゴットモーラー米国務次官を含む米高官らが、米国は「核実験禁止の国際規範を確認する手段」を検討している、と言明しています。

核実験禁止に対する米国のコミットメントだけではなく、国際社会のコミットメントを再確認するような措置は正しい方向への一歩ですし、国連安保理決議は明確に強力なシグナルを送ることになるでしょう。

とは言っても、これがために、「真に未完の仕事(=機能してはいるが20年経過しても未発効のままになっているCTBTという条約があるという事実)」から目が逸らされるようなことがあってはなりません。国連安保理決議は、意義あるものかもしれません。しかし、本当に意味を持つのは、残りの8か国(=CTBTの発効要件国のうち未批准国)がCTBTに批准することなのです。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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Field Trip to the former Soviet Nuclear Weapon Test Site

INPS-IDN joined a group of participants from around the world in a one-day visit to Semey, Kurchatov and the former Soviet nuclear test site on August 31, 2016. Video Documentary was made by Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director and President of INPS Japan.

Documentary filmed by Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan

「男女の双子」がもたらす気象被害の緩和に奮闘する国連

【ベルリン/ローマIDN=ジュッタ・ウルフ】

ローマを本拠とする3つの国連機関が、「男の子」「女の子」という婉曲的な名前を付けられた双子の気候現象がもたらす、さらなる被害を回避しようと、世界の約1億人の生活を守るための取り組みを強化するよう、政府や国際社会に呼びかけている。

「(スペイン語で「エル・ニーニョ」「ラ・ニーニャ」としてよく知られる)新たなパターンの気象現象によって、私たちの(気候変動に対する)準備態勢や国際・各国の制度、さらには地域基盤の脆弱さが露わになっています。」と語るのは、最近指名されたばかりの国連気候変動とエル・ニーニョ特別大使のマチャリア・カマウ氏である。

国連の潘基文事務総長は、カマウ大使(国連ケニア政府代表部常駐代表)とメアリー・ロビンソン氏(元アイルランド大統領、元国連人権高等弁務官、「メアリー・ロビンソン財団・気候正義」創設者)を、今年5月末に国連気候変動とエル・ニーニョ特別大使に任命した。

Ambassador Macharia Kamau/ UN Photo
Ambassador Macharia Kamau/ UN Photo

カマウ、ロビンソン両大使には、エル・ニーニョに関連して発生した厳しい旱魃と気象現象の被害に晒されている世界6000万人以上の窮状について注意を喚起するとともに、将来における気象現象への準備を考慮に入れた総合的な対応策を講じるという任務が与えられている。アフリカ東部および南部だけでも、約4000万の人々が、エル・ニーニョ現象を起因とする食糧不安に陥っていると見られている。

両大使は、新たな任務の一環として、エル・ニーニョの被害にあっている世界各地の地域コミュニティーを訪問し、各々の地域が抱える問題と優先事項を把握しようと努めている。カマウ大使は、アジア太平洋地区のパプアニューギニアと東ティモール、メアリー・ロビンソン大使は、エチオピアを訪問した。

カマウ大使は、7月6日にローマの国連食糧農業機関(FAO)本部で共催された会議において、「現在発生している、あるいは徐々に顕在化しつつある気象現象から明らかになったことは、(気候変動に対する)これまでの投資や取り組みは不十分であり、より多くの資金を投入した、統合的な対応が必要だということです。」と警告した。この会議には、国際農業開発基金(IFAD)世界食糧計画(WFP)も参加した。

カマウ大使はさらに、「これらの気象現象は、貧困と闘いインフラを維持しようとする従来の計画がいかに脆弱であるかを露呈しました。SDGsは危機にさらされており、私たちは今後ともこのことを認識しなければなりません。」と付け加えた。

持続可能な開発目標(SDGs)は、世界の指導者らが2015年9月に採択し、17の目標と169のターゲットから成る、2030年を期限とする新たなグローバル開発アジェンダである。

3つの食糧農業関連機関のトップらはまた、農業と食料安全保障に厳しい影響を及ぼしてきたエル・ニーニョ現象のサイクルと密接な関係があるラ・ニーニャ現象が今年後半に起こる可能性があり、これへの対策を強化しなければならないと訴えた。エル・ニーニョ現象は、「アフリカの角」地域、南部アフリカ、中央アメリカの乾燥地域、カリブ海島嶼地域、東南アジア、太平洋諸国などで、農業や食糧安全保障に大きな打撃を与えてきた。

国連によれば、エル・ニーニョとは反対の気象現象であるラ・ニーニャが起きる可能性が高まっていると科学者は予測している。ラ・ニーニャ現象が発生すると、エル・ニーニョ現象の影響で干ばつが起きた地域には平均以上の降雨や洪水の危険が、逆に、エル・ニーニョで洪水が起きた地域には干ばつが発生する危険が高まる。

国連は、迅速に行動しなければ、エル・ニーニョ現象やラ・ニーニョ現象の被害者数は、最大で1億人にも上るだろうと推定している。

ローマ会合には、レソトのキメツォ・マタバ首相府大臣、ソマリアのサイード・フセイン・リッド畜産・森林・生物生息区域担当大臣、ジンバブエのプリスカ・ムフミラ公共サービス・労働・社会福祉大臣が参加した。また基調演説は、世界気象機関(WMO)のペテッリ・タアラス事務局長と国連のマチャリア・カマウ特別大使が行った。

参加者らは、エル・ニーニョの影響を受けた国々の人道ニーズを満たすには40億ドルが必要であり、この8割は、食料安全保障と農業関連のニーズであると指摘した。

あらたな資源を動員する

FAOのジョゼ・グラジアノ・ダ・シルバ事務局長は、エル・ニーニョが農業生産に及ぼす影響は甚大であり、間もなく訪れるラ・ニーニャによって、状況はさらに悪化する可能性がある、と指摘した。

José Graziano in Itamaraty Palace press meeting/ Renato Araújo/ABr - Agência Brasil [1], CC BY 3.0 br
José Graziano in Itamaraty Palace press meeting/ Renato Araújo/ABr – Agência Brasil [1], CC BY 3.0 br

ダ・シルバ事務局長は、「エル・ニーニョは、主に食料・農業面で危機を引きおこしてきました。それゆえにFAOは、特に農業や食料、栄養分野における早期行動に焦点を当て、予測される事態の影響を緩和し、焦点を絞った準備態勢構築への投資を通じた緊急対応能力を強化すべく、追加資金を投入します。」と語った。

WFPのエルサリン・カズン代表は、「緊急行動へ資金を投入することで、将来的なコストを削減しながら、命を救い被害を最小限に食い止めることができます。」と指摘したうえで、「多くの国々で、貧困と慢性的な飢餓によって一層悪化しているエル・ニーニョ現象の影響は、対応する能力が最も低い数多くの人々の食料安全保障を危機に陥れています。」と語った。

「農産物が収穫できず、労働の機会が奪われ、栄養豊富な食料が多くの地域で入手困難になっています。しかし、地域への支援に投資を行い、気候関連の衝撃に耐えるのに必要なツールとスキルを提供するならば、新たな人道的危機は避けることができます。」とカズン代表は語った。

IFADのラクシュミ・メノン副総裁は、「これらの異常気象に対して最も脆弱な立場にあるのが、小規模農家であることを決して忘れてはなりません。」と指摘したうえで、「農村部の小規模農家は、生活を雨水に依存しているため、こうした自然災害が起これば、たちまち深刻な被害を受ける傾向にあります。従って、彼らの長期的な(災害に対する)強靭さを構築するための投資を行い、次のエル・ニーニョやラ・ニーニャのサイクルが訪れた際に、彼らが十分な準備態勢を持ち、家族のために食料を生産し続けられるようにする必要があります。」と国際社会に訴えた。

国連のカマウ特別大使は、「諸政府や地域機構と連携した人道援助組織は、現在のエル・ニーニョ現象が引き起こした自然災害に対応する様々な計画を策定してきています。これらの計画は多部門にわたるものであり、十分な履行を確保するためにも、長期的で安定的な財源を必要としています。」と指摘した。

Ertharin Cousin, Executive Director of the UN World Food Programme (WFP). UN Photo/Violaine Martin
Ertharin Cousin, Executive Director of the UN World Food Programme (WFP). UN Photo/Violaine Martin

干ばつが、東部・南部アフリカの広大な地域や、インドネシアやパプアニューギニア、ベトナムを席巻する一方、エル・ニーニョに関連した暴風雨がフィジーやその近隣の島嶼諸国で作物を押し流してしまった。

東部アフリカでは、2016年から17年の作付時期が始まる前の3カ月が(危機を回避するための)「絶好の時期」であり、数多くの農家が2018年まで人道支援事業に依存して生活する事態を避けるために、農家に、(肥料、農具など)農作業に必要な諸々のものを提供する施策を含む、適切な介入を行うことが緊急に求められている、と参加者らは指摘した。

東南アジアでは、干ばつと海水の浸入がベトナム農民の生活を脅威にさらし、世帯の食料安全保障と現金収入に悪影響を及ぼしている。モンスーンの季節が急速に近づく中、ほとんどの農民が、来シーズンの農業生産・畜産のための投入物を購入する必要に迫られている。

太平洋地域では、ミクロネシア連邦やマーシャル諸島、パラオがすでに緊急事態を宣言している。例年を下回る降雨が太平洋北部・西部で続くと予想されており、190万人の暮らしと福祉が危機にさらされている。

FAO、IFAD、WFPが協力

上記の会合では、ローマを本拠とする3機関が、こうした気象現象がもたらす壊滅的な影響を緩和するためにいかに協力すべきかが強調された。

たとえば、FAOは南部アフリカで5万世帯以上を支援している。ジンバブエでは、生存のための畜産や干ばつに強いモロコシやササゲの種を提供し、マラウイでは小さな家畜にワクチンを投与し、干ばつに強い穀物や灌漑の支援を提供している。レソトとモザンビークでは、FAOが全国的な対応策を強化し調整機能強化の支援を行っている。

「アフリカの角」地域を通じて、政府やNGO、国連機関と協力して、FAOが、干ばつ関連の介入を行い、農業投入物を提供し、水システムや動物の保健・生産、作物や動物の罹患監視・統制のしくみの再建を支援している。

アジア太平洋地域では、FAOのエル・ニーニョ対応には、ベトナムにおける状況の詳細な評価を含んでおり、同国では、緊急に種子とツールを提供する準備が進められている。フィジーでは、FAOが現在、サイクロン「ウィンストン」への対応策の一環として、1050世帯に対して緊急支援が提供されている。

FAOはパプアニューギニアのパートナーと協力して、干ばつに強い種子と「スマート灌漑」のための資材(点滴灌漑システムなど)を提供することで、最も悪影響を受けた農家に対する支援を行っている。東ティモールでは、エル・ニーニョの影響を受けた農民に対して、追加のトウモロコシや被覆作物の種子が配布されている。

干ばつやその他の異常気象に対抗する能力を付けることが、IFAD支援プロジェクトの優先事項になっており、エル・ニーニョの影響に対応しようとしている脆弱な家族への支援が行われている。例えば、エチオピアでは、小規模な灌漑システムによって、農民が天水農業への依存度を減らすことができるようにされている。これに、より持続的な水利用、水備蓄技術、劣化した土壌の回復に関する訓練が組み合わされている。

ベトナムのメコンデルタでは、IFADが支援したプロジェクトが、塩分に強い種類のコメを農民が利用し、小規模養殖への取組みで収入を多様化できるようにしている。これによって、コメだけに依存するのではなく、干ばつの間にも収入を確保することができる。

世界食糧計画はエル・ニーニョの影響を受けた地域への支援活動を急速に拡大させている。食糧不足の地域には食糧を配り、市場が機能している地域には、食糧を買うための現金を提供している。エチオピアでは、760万人以上がWFPからの食料支援を受け、20万人以上が現金による食糧支援を受けている。

La Niña/ NASA image by Jesse Allen, using AMSR-E data processed and provided by Chelle Gentemann and Frank Wentz, Remote Sensing Systems. – NASA Earth Observatory Public Domain

スワジランドではWFPが緊急に食料を配給し、レソトでは現金による食糧支援を始めている。また、食糧の備蓄が底を突く季節に備えて、マラウィでは11月までに500万人以上に新たな食料支援を行う予定だ。パプアニューギニアでは、エル・ニーニョに関連した食糧不足に悩む26万人以上が、WFPからの食料支援を受けている。

また、災害などへの対応力を向上させるための取り組みも行われている。ジンバブエでは、「FoodSECuRE」(気候変動リスクに対して多国間多年度の補填可能な基金)支援のパイロットプロジェクトとして、小規模農家に対し、干ばつに強い穀物の栽培などの農業訓練を提供している。

WFPはまた、農村強靭化リスク管理イニシアチブ(R4)を通じて、エル・ニーニョ現象による被害を受けたエチオピア・マラウイ・セネガルの農家に対して、保険料の支払いを行なう一方で、災害対応の費用を抑えるために作られた保険制度であるアフリカ・リスク・キャパシティ(ARC)とも緊密に連携し対応にあたっている。(原文へPDF

翻訳=INPS Japan

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Interview with Kenichi Suzuki, Mayor of Ise City

Exclusive interview with Kenichi Suzuki, Mayor of Ise City.

Photo in front of late Ozaki’s statue: (left to right) Takako Doi; Mayor Kenichi Suzuki; Ramesh Jaura; Katsuhiro Asagiri. Credit: K Asagiri | INPS Japan

A Young Mayor Upholds the Legacy of Japan’s ‘Holy City’

Feature by Ramesh Jaura and Katsuhiro Asagiri

TOKYO (IDN-INPS) – Kennichi Suzuki is the Mayor of Ise, a city home to the Ise Grand Shrine – the most sacred Shintō shrine in Japan, dedicated to the sun goddess Amaterasu – where Prime Minister Shinzo Abe received the leaders of Canada, France, Germany, Italy, United Kingdom, the United States and the European Union on the occasion of the 2016 annual G7 summit in May. JAPANESE

The city – some 460 kilometres away from Tokyo – was the constituency of the late Yukio Ozaki with the pseudonym ‘Gakudo’, who served in the House of Representatives of the Japanese Diet for 63 years (1890–1953), and is still revered as the “God of constitutional politics” and the “Father of the Japanese Constitutional Democracy“.

The Ozaki Gakudo Memorial House – first established five years after his death and renovated in 2002 – commemorates the achievements of the statesman.

During the 1930s and early 1940s, as an independent politician, he defied the ‘Zeitgeist’ (the defining spirit of the times) and criticised the growing influence of the Japanese military. He was imprisoned during both world wars. But he was hailed as a political hero after World War II – for his relentless commitment to democracy, disarmament and human rights until his death.

His profound commitment to democratic values was underscored by his tolerance for the views of others – so much so that when in 1921 the father of a young man whose attempt to assassinate him was foiled, approached Ozaki to apologize in person. Ozaki responded with a 32-syllable ‘tanka’ poem: “If it was patriotism that drove the young man; My would-be assassin deserves honour for it.”

It was at the entrance to the historic Ozaki Gakudo Memorial House that Mayor Kennichi Suzuki received us for an interview – accompanied by Takako Doi, President of Gakudo Kofu, a not-for-profit organisation launched in 2006 and tasked since 2010 not only with administration of the Ise City-supported Memorial House, but also a wide range of educational activities.

Mayor Suzuki said there was a historical dimension to the G7 summit being held in the Ise-Shima region, also called the Shima Peninsula – comprising areas of eastern Mie Prefecture in or around Ise-Shima National Park, which include the cities Ise, Toba, Shima, and parts of the town of Minami-Ise: Not only because it would be another seven years before Japan hosts G7 summit next time. But also – and that is important – because Ise was the constituency of late Ozaki.

Though there is every reason for Mayor Suzuki to feel proud of having welcomed leaders of six powerful countries, he remains modest and tells us: “Both in political and corporate activities, the bottom line is whether those activities serve the interests of the people.”

As the Mayor of Ise – called the ‘Holy City’ because it hosts the Grand Shrine, also known as Ise Jingu – he said he always keeps at the back of his mind that whatever he does contributes to the values the Grand Shrine embodies and uphold legacy of international peace and human rights for which Yukio Ozaki dedicated his entire life.

This applies to the immigration issue as well. It does not suffice to have international conventions such as the Universal Declaration of Human Rights (UDHR) or the 1951 Convention relating to the Status of Refugees and its 1967 Optional Protocol relating to the Status of Refugees. It is of critical importance that principles enshrined in international agreements are adhered to in practice and human rights are not violated.

“Constant efforts have to be made to make sure that the spirit behind human rights is understood and bequeathed to generations as long as human beings exist on earth.”

For this reason, Mayor Suzuki was impressed by German Chancellor Angela Merkel’s stance and expressed his appreciation to her for the ‘welcome’ sign to a spate of refugees, fleeing civil war in Syria and other Middle East countries.

He was also impressed by U.S. President Barack Obama. Though, he said: “I cannot help comparing two Obamas: Obama when he just became the U.S. President (and was awarded the Nobel Peace Prize soon after) – and Obama now, in the last year of his second tenure in office. He must have gone through tough times all these years.”

While Mayor Suzuki highly appreciates Obama’s decision to visit Hiroshima (nearly 71 years after the U.S. dropped atomic bombs on that city and on Nagasaki), reading news reports from the U.S. and opinions about his administration, his impression is that the president is acting in a difficult political environment.

Nevertheless, he believes that the U.S. President’s speech in Hiroshima on May 27 would open a new chapter. There was much concern in Japan whether a U.S. President would visit Hiroshima while some Hibakusha are still alive.

“With average age of Hibakusha being such that before long we would have to face a situation where a direct account of atomic bomb experience would get increasingly difficult.” Therefore, Obama’s visit to Hiroshima was “highly appreciated as this would allow us to move forward to a new chapter”.

But what does Mayor Suzuki feel as a Japanese national, who has not reached Hibakusha’s age, about opinions that there is no reason to regret the devastation caused by atomic bombs dropped on Hiroshima and Nagasaki, because these were necessary to end the war.

“I do not understand such an argument,” responds Mayor Suzuki. “With the start of a war, there is a moment where things completely change from telling people that killing is a bad thing to praising and even commending people for killing enemies.”

He continued: “However, even during a war, there is a difference between soldiers who are killed on a battlefield while fighting ‘enemy’ soldiers and the civilian population including newly-born babies killed by an atomic bomb or otherwise. By the same token, terrorists infiltrating civilian population and killing innocent children cannot be tolerated. Therefore, I do not understand that there are people who argue in favour of the decision to drop an atomic bomb on the civilian population.”

Asked whether he would have liked Obama to come up with an apology, Mayor Suzuki says: “It is difficult to answer this question. I could imagine that the people of Japan would have been pleased to hear Obama apologise, but I understand that in his position as President he has to represent the U.S. national interest.” In view of this, despite what the people in Japan feel, “we should appreciate the U.S. Presidents’ decision to come to Hiroshima”, he says.

“So you think that it was good that Obama came to Hiroshima and met with Hibakusha though he did not express any regret or apology?” we asked.

“I understand that Obama’s visit to Hiroshima stirred debate in the U.S. and it also left a huge impact here in Japan. I attach utmost importance to the fact that people debated both in Japan and the U.S. Such debates might pave the way to the next stage,” said Mayor Suzuki.

The interview turned out to be a memorable encounter with the 40-year old Mayor who has been in office since November 2009. He expressed his views without resorting to political and diplomatic jargon but fully aware of the legacy of the late Ozaki and what the 2,000-year old Grand Shrine symbolizes. [IDN-InDepthNews – 04 August 2016]

Photo in front of late Ozaki’s statue: (left to right) Takako Doi; Mayor Kennichi Suzuki; Ramesh Jaura; Katsuhiro Asagiri. Credit: K Asagiri | INPS Japan

On this occasion, IDN-INPS also spoke with NPO Gakudo Kofu President Takako Doi about her activities.

A Japanese NGO Keeps Yuki Ozaki’s Spirit Alive

By Ramesh Jaura and Katsuhiro Asagiri

ISE | TOKYO (IDN) – Takako Doi is a warm-hearted, youthful and dynamic woman in her late sixties wedded to the cause of promoting educational and exchange programmes to foster international cooperation and friendship. She is deeply rooted in Japanese culture, and her mind, ears and eyes are open to the global community.

Photo: NPO Gakudo Kofu President Takako Doi (front row, 3rd from right) and her colleagues standing in front of late Gakudo Ozaki’s statue together with a U.S. delegation headed by Rachel Bohn, the 68th United States Cherry Blossom Queen (2nd row, 5th from right) which was in Ise City last May for a goodwill visit. Credit: NPO Gakudo Kofu.

Doi is President of Gakudo Kofu, a not-for-profit organisation (NPO) launched in 2006 and tasked since 2010 with administration of the historic Ozaki Gakudo Memorial House supported by the Ise City, known as the ‘Holy City’ because it hosts Ise Jingu, the Grand Shrine, a Shinto shrine complex centered on two main shrines, Naikū and Gekū, dedicated to the sun goddess Amaterasu.  JAPANESE

As we could see for ourselves, thanks due to a guided tour arranged by Takako Doi in May, the shrine buildings in serene settings are made of solid cypress wood and use no nails but instead joined wood. The shrine buildings at Naikū and Gekū as well as the Uji Bridge that stretches across the Isuzu River are rebuilt every 20 years as a part of the Shinto belief of the death and renewal of nature and the impermanence of all things and as a way of passing building techniques from one generation to the next.

Doi and her NPO are keen to contribute to the values the Grand Shrine embodies and uphold the legacy of international peace and human rights for which Yukio Ozaki stood. Also remembered with his pseudonym ‘Gakudo’, Ozaki served in the House of Representatives of the Japanese Diet for 63 years (1890–1953), and is still revered as the “God of constitutional politics” and the “Father of the Japanese Constitutional Democracy“. Ise was his electoral constituency.

In 1994, with the aim to communicate the visions of Gakudo Ozaki (Yukio Ozaki), an organization called “Gakufu-kai” – with “Kofu” as its women’s division – was founded and it has since been engaged in grass root educational activities by organizing lectures and study sessions as well as international friendship and exchange programmes.

Explaining ‘Gakudo Kofu’, Doi says, while ‘Gakudo’ is derived from the pseudonym of Yukio Ozaki, ‘Ko’ originates from one of two Chinese characters, which constitutes the first name of Yukika Sohma, the third daughter of Yukio Ozaki, “who always gave us advice and inspiration for our activities”.

Gakudo Kofu organises close to the birthday of late Ozaki in December a memorial event titled “Festival of the birth of Gakudo Ozaki”, which provides the framework for lectures by researchers and other knowledgeable persons.

“We also organize events for children. We invite experts to talk to children about the future they would shoulder,” says Doi. “Experts include members of city council. This programme constitutes a platform for our activities enabling us to look back on achievements of Yukio Ozaki and thus get acquainted with his high ideals,” she adds.

With a view to conveying the spirit of late Yukio Ozaki to children who are the future not only of Ise City but also of Japan, Gakudo Kofu launched a ‘book report competition’ in 1994 for elementary and junior high school students in Ise and the surrounding area: by encouraging students to choose any book about the life of Gakudo Ozaki, write about it and submit the ‘report’ to Gakudo Kofu for review.

“We have so far organized 22 book report competitions,” says Doi. “In the first year, there were only 13 entries. By way of promoting activities supported by NPO Gakugo Kofu’s members and with the backing of local schools, the number of entries has gradually increased to a total of about 6,500.”

Best book reports are honoured with awards such as the ‘Mayor Award’, ‘President of the ‘Municipal Assembly Award’, and ‘Education Board Award’ on the occasion of late Yukio Ozaki’s annual birthday festival. This has become a major annual event in Ise City.

Ise is well known for magnificent cherry trees too. Cherry blossom trees along the Miyagawa river dyke in Ise have been designated as some of the one hundred most beautiful cherry blossom viewing spots in Japan. Ozaki Memorial House is located on the banks of the Miyagawa river. Several cherry blossom trees in the garden of the memorial hall, came back home from Washington D.C. where their ancestral cherry blossom trees donated by Yukio Ozaki were originally planted 100 years ago.

“Motivated by my wish to have children enjoy the cherry blossom season, which constitutes a charming tradition of Ise, and to have children feel the beauty and the grandeur of nature as well as think about people associated with cherry blossoms such as Yukio Ozaki and nurture their sense of love for their community, we have been organizing Sketching Cherry Blossom competitions for elementary school children. A growing number of elementary school children from Ise City is participating in such competitions,” notes Doi.

Taking a cue from the opportunity of a visit to Gakudo Ozaki Memorial House by a goodwill delegation including “the U.S. Cherry Blossom Queen” 21 years ago, Gakudo Kofu selected “Dogwood Queen” among participants from Ise and the surrounding area. “Dogwood Queen” was elected in Ise with a view to furthering friendship with the U.S. and was named after dogwood trees donated by the U.S. president to Japan in reciprocation for Cherry Blossoms in Washington D.C. which had been earlier donated by Yukio Ozaki, the then Mayor of Tokyo.

Since 1998, six Dogwood Queens have been elected and they have visited Washington D.C. participating in exchange programmes with civil organizations, visiting administrative offices, and participating in the National Cherry Blossom Festival, joining a parade in the U.S.

On the occasion of the 100th anniversary of donating Cherry blossom trees to the U.S. the NPO headed by Doi accompanied by a Dogwood Queen, two Vice Queens, 3 Friendship Ambassadors, and one Goodwill Ambassador visited the U.S. during the National Cherry Blossom Festival in April 2012 and were welcomed warmly.

At the grand ball where the U.S. Cherry Blossom Queen is selected, Dogwood Queen (from Ise) is unveiled along with Cherry Blossom Princesses representing each state of the U.S. The U.S. Cherry Blossom Queens elected at this party during the festival have been visiting Japan every year and since 1995 Ise too. On such occasions, they also visit the Grand Shrine, call on the Mie Prefecture’s Governor as well as on Ise City’s Mayor, apart from visiting Gakudo Ozaki Memorial House and Mikimoto Pearl Island. NPO Gakudo Kofu has been acting as host organization for the U.S. delegation.

At parades during the National Cherry Blossom Festival in April in Washington D.C., Dogwood Queens and Vice Queens “From Ise Japan” march together receiving applause from people lining the streets.

Doi recalls that the NPO headed by her brought 24,000 paper cranes to participate in the festival during the Iraq war in 2003. “We are proud of this decision. Our activities came to be known in the U.S. and NPO Gakudo Kofu received certificates of commendation from many people including Presidents Clinton and Bush.”

Doi recalls that Gakudo Ozaki was 74 when he wrote in a poem: “On Life’s stage, always be prepared for the future.” She adds: “We, members of NPO Gakudo Kofu, with these words firmly in our mind, are determined to spread Yukio Ozaki’s message not only to the Ise City but also to Japan and beyond to the world at large for all future transcending time.”

Her dedication to promoting the Ozaki Spirit was duly honoured on October 28, 2016 when Tadamori Oshima, Speaker of the House of Representatives in the Diet, who also chairs the Ozaki Yukio Memorial Foundation, bestowed on Doi a special certificate of appreciation at the Foundation’s 60th anniversary event at the Parliamentary Memorial Hall. [IDN-InDepthNews – 01 December 2016]

Read the news feature in Japanese: 尾崎咢堂の精神を今日に伝える日本のNGO

SDGs達成に不可欠な若者のエンパワーメント

【国連IDN=ロドニー・レイノルズ】

国連は7月11日、世界70億人のために社会、経済、環境面における持続可能な開発を目指す17項目の持続可能な開発目標(SDGs)の履行を確実にするために、世界的なキャンペーンを公式に開始した。

しかし、10日間にわたる「持続可能な開発のためのハイレベル政治フォーラム(SDGsフォーラム)」開催を前に尾を引いていた問題は、2015年9月に世界の指導者らが目指したように、2030年までに貧困や経済の不平等をなくすことを含め、国際社会がその目標を達成できるかどうかという点であった。

国連の潘基文事務総長は、「誰一人取り残さない」というSDGsフォーラムの主要テーマを再度強調して、「SDGs履行の成功は、その包摂性にかかっています。」と語った。

潘事務総長は、国連以外にも、諸政府、企業、若者、女性、先住民族、学界、市民社会、慈善団体に対して、目標実現に向けて積極的に参画するよう呼びかけた。

潘事務総長はまた、「私たちは、人権概念に裏打ちされた行動の中心に、人間と地球を据えなければなりません。」と指摘したうえで、SDGsの目標期限が2030年に設定されている中、この試練の時代を生きていくことになる若者の役割を強調した。

今日の世界は、史上最大の若者世代を抱えるに至っている。国連によれば、若者の9割が途上国に住み、変化する世界の人口動態に対応するためには、2026年までに新たに6億人分の雇用を労働市場が創出する必要があるという。

潘事務総長は、「スキル開発を通じて若者をエンパワーすることで若者の能力は強化され、貧困や不公正、暴力的紛争など、社会が直面している数多くの難題に対処することができるようになります。」と語った。

「若者が自らの能力を伸ばす支援ほど有効な投資はありません。」と潘事務総長は訴えた。スキル向上プログラムが成功すれば、経験と仕事を得る機会を若者に与えることができる。

若者が特に重要視されるのは、SDGsの履行が長期にわたるプロセスになるという現実が背景にある。

国連スリランカ政府代表部ロハン・ペレラ大使は7月15日、「世界ユース技術デー」における演説で、「私たちは2030アジェンダの履行に力を入れ、若者のスキル構築の側面と、若者の失業率低減を各国の持続可能な開発枠組みに取り込もうとしています。」と語った。

ペレラ大使は、スリランカでは、「持続可能な開発を追及するなかで、『誰一人取り残さない』ことを視野に入れ、若者と彼らのスキル構築を含めるようなあらゆる取り組みを行っています。」と語った。

結果として、スリランカは、「包摂的な変革のための計画」と題されたプロセスを開始した。これは、「全国的な持続可能な開発ロードマップ」へと発展していく基礎となるものである。

World Youth Skills Day celebrated in New York/ Permanent Mission of Sri Lanka to the United Nations
World Youth Skills Day celebrated in New York/ Permanent Mission of Sri Lanka to the United Nations

ヤン・エリアッソン国連事務次長は、7月18日にフォーラムで、「極度の貧困や飢餓、栄養不良、新生児や5歳以下の子どもの避けられる死亡をなくし、エイズ・結核・マラリアやこれまでは無視されてきた熱帯病を根絶するために、私たちには15年が与えられています。…全ての人が基礎的医療サービスを受けられるプライマリー・ヘルスケアと、無償の初等・中等教育を達成し、女性・女児への差別をなくすために、私たちには15年が与えられています。…低炭素経済へ移行し、持続不可能な消費・生産パターンを変革するために15年が与えられています。」と語った。

しかし、SDGsの先行く道は長い。

日韓両国が後援した8つの市民団体(CSOs)による公式関連行事では、複数の非政府組織(NGO)のメンバーらが、SDGs履行における政府の重要な役割について検討した。

日韓両国は、とりわけSDGs第16目標(ガバナンス)と第17目標(パートナーシップ)に関して、政府と市民団体間の協力を強化することを期待している。

この市民社会イベントに参加したNGOは、韓国海外開発協力NGO協議会グローバルな貧困根絶キャンペーン(GCAP)、持続可能な社会に向けたジャパン・ユース・プラットフォーム、創価学会インタナショナル(SGI)セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンである。.

韓国政策センターのスジュン・ナム氏は、SDGs履行における韓国市民団体の役割を強調した。ナム氏は、韓国の市民団体は、社会開発、経済開発、環境開発の3つの問題に焦点を当てていると指摘した。

一方、各々の政府が、とりわけ政府開発援助(ODA)の強化を通じていかに支援できるかという疑問は、残されたままである。

SGIの永井忠青年平和会議事務局次長は、青年の役割を強調して、「日本と韓国の若者のSDGsに関する意識調査」の結果を報告した。6月から7月にかけて日韓両国の学生350人に対して実施されたこの調査によると、SDGsについて「知らない」と答えた回答者の割合は両国とも約半数(日本で41%、韓国で57%)にのぼった。

しかし、SDGsについて「よく知っている」と答えた回答者の割合は、韓国で8%、日本で29%であった。また、回答者の半数以上(日本で57%、韓国で85%)が、SDGsと、2015年に終了したミレニアム開発目標(MDGs)との区別を理解していなかった。

「誰も置き去りにしない」ために必要な政策と行動についての質問では、回答者は、他者への共感、マイノリティとの対話、教育、市民社会からの注目の喚起、当事者意識、地球規模で考え足元から行動すること、世界市民などを挙げた。

他方で、国連財団によると、おもに開発途上国が現在直面している社会・経済的な問題は、潘基文国連事務総長が7月19日に発表した初の『持続可能な開発目標(SDGs)報告書』に記された数多くの「驚くべき統計」のなかに反映されているという。つまり、8人に1人が依然として極度の貧困下に生きている。約8億人が飢餓に苦しんでいる。推定590万人の子どもが5歳になる前に亡くなっている。4人に1人以上の女児が18歳の誕生日を迎える前に結婚している。11億人が電気のない生活を送っている。20億人以上が水不足に苦しんでいる。

国連韓国政府代表部大使で国連経済社会理事会(ECOSOC)議長の呉俊(オ・ジュン)氏は「私たちはすぐに本格的に活動を始めねばなりません。」と述べ、加盟国に対して、今後14年の間に定期的な「国別レビュー」において進展状況をチェックするよう求めた。

A Civil Society Event: Role of Korea and Japan in SDGs Implementation/ Photo by Tadashi Nagai of SGI
A Civil Society Event: Role of Korea and Japan in SDGs Implementation/ Photo by Tadashi Nagai of SGI

呉大使は、会合の名称である「持続可能な開発のためのハイレベル政治フォーラム」について、「SDGs再検討会議」といったような適切な名称に変更されるべきだ、と語った。

「手始めに、先進国・途上国を含む22カ国が、先週のフォーラム開始前の時点でSDGsに関する国別レビューを自発的に提出しました。」と呉大使は指摘した。

国連経済社会局(UNDESA)によると、22カ国による取り組みの中には、女児の教育・保健に焦点を当てた、「女児によりよいものをイニシアチブ」と題された韓国のジェンダー指向のプロジェクトも含まれている。

ノルウェーは、2016年に「ノルウェー生物多様性行動計画」を採択し、ウガンダは、「若者の暮らしプログラム」、「地域育樹プロジェクト」、「女性起業プログラム」といった多くの社会事業を開始している。

SDGsを自国の持続可能な開発計画に組み込む取組みを強調した22カ国は、中国、コロンビア、エジプト、エストニア、フィンランド、フランス、グルジア、ドイツ、マダガスカル、メキシコ、モンテネグロ、モロッコ、ノルウェー、フィリピン、韓国、サモア、シエラレオネ、スイス、トーゴ、トルコ、ウガンダ、ベネズエラである。(原文へPDF 

翻訳=INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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米国の市長ら、NATO最大の「軍事演習」に反発

【トロント/インディアナポリスIDN=J・C・スレシュ】

「1万4000人の米軍兵士を参加させた過去数十年で最大のNATO軍事演習と、米国による東欧でのミサイル防衛計画の発動が、核武装した大国間の緊張の火に油を注いでいる」と警告したのは、全米市長会議(USCM)である。7月8・9両日に北大西洋条約機構(28カ国)がポーランドの首都ワルシャワでサミットを開催する直前のことである。

インディアナポリスで6月24~27日に開催された全米市長会議第84回年次総会で採択された決議は「広島・長崎級原爆よりもはるかに強力な爆発力を持つ1万5000発以上の核兵器(その内94%を米国とロシアが保有)が、諸都市と人類に対して受け入れがたい脅威を与え続けている。」と述べている。

この点を強調するために、決議は以下のように想起している。「1945年8月の広島・長崎への原爆投下は、数万の一般住民を無差別に焼き殺し、1945年末までに、主に民間人から成る21万以上が亡くなった。生き残った被爆者やその二世・三世も、原爆の身体的、精神的、社会的な影響によって苦しみ続けている。」

Photo: Hiroshima Ruins, October 5, 1945. Photo by Shigeo Hayashi.
Photo: Hiroshima Ruins, October 5, 1945. Photo by Shigeo Hayashi.

全米市長会議は、「次の米国大統領は、1970年の核不拡散条約で義務づけられているように、誠実に、核兵器廃絶のための多国間交渉に参加するか、あるいは交渉を開始すべき」であると訴えた。

今年5月、原爆投下から71年を経てバラク・オバマ大統領が広島を訪問したことを歓迎しつつも、全米市長会議は、「米国が今後30年で1兆ドルを[核兵器の近代化措置のために]支出する基礎を築いた」としてオバマ政権を批判した。

米国の人口3万以上の都市から成る超党派的な組織である全米市長会議は、「オバマ政権下では、ポスト冷戦期のどの米政権よりも、核兵器の削減数が少なかった」だけではなく、「核爆弾・弾頭、生産施設、(潜水艦・地上発射ミサイル・爆撃機から成る核兵器の)運搬システム、指揮・管制系統を維持し近代化するために」1兆ドルもの支出を決めた、と述べた。

President Barak Obama
President Barak Obama

しかもそのことが、「手ごろな価格の住宅を建築し、生活可能な賃金を伴った雇用を創出し、公共交通を改善し、持続可能なエネルギー源を作り出すために、地域社会で連邦予算が切実に求められている時」に起こっているのである。

全米市長会議は、次の大統領と連邦議会議員に対して、不活性化と解体を待つ間の既存の核兵器の安全性と保安を確保するために必要な最低限のレベルにまで核兵器関連予算を縮小し、浮いた予算を、都市の緊急の必要性に応え、わが国の崩壊しつつあるインフラを再構築するために利用するよう求めている。

全米市長会議は11年連続で、「平和首長会議」を支持する強力な決議を採択している。この決議の中で全米市長会議は、「核武装国は、世界中の紛争地帯で直接的な軍事的対立にますます近づいている」と警告し、次の大統領に対して、「ロシア・中国との緊張を緩和し、米ロの核備蓄を大胆に削減するためのあらたな外交方策を追求する」よう求めている。

全米市長会議はまた、「核兵器システムの生産に関わるすべての企業と、そうした企業に投資する主体にケンブリッジ市の10億ドルの年金基金を投資しないと今年4月2日に全会一致で決定した、同市のデナイズ・サイモンズ市長と同市議会の大胆なリーダーシップを歓迎する」と述べた。

1982年に創設され、広島・長崎両市長が主導している国際組織である「平和首長会議」は、「2020ビジョンキャンペーン」を通じて、2020年までに核兵器の世界的廃絶を目指している。

The United States Conference of Mayors

平和首長会議の加盟都市数は2003年以降で10倍以上になり、2016年6月1日時点で、米207都市を含む7063都市となった。世界161カ国、全人口の7分の1にあたる約10億人をカバーしている。6月22日、デズモインズ市のフランク・コウニー市長が、平和首長会議米国支部の支部長都市となることに正式に合意した。

全米市長会議国際関係常任委員会で6月25日に演説した平和首長会議の小溝泰義事務総長は、「私たちの共通課題の一つは、今なお多くの国々が、各国の安全保障政策において核抑止に大きく依存しているという状況です。核抑止は、相互不信を前提に、大量無差別大虐殺の脅しで平和を維持しようとするものです。」と説明した。

小溝事務総長はさらに、「このような制度に持続可能性はありません。そもそも、21世紀の安全保障の課題を考える時、核兵器によって解決できる問題は何一つありません。さらには、都市の繁栄などの経済発展に充てられるべき財源や技術的資源が核兵器に費やされています。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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|ESCAP|広がるブロードバンド・ディバイドの実態を明らかにする

【ニューデリーIDN=マヘッシュ・ナヤール】

アジア太平洋地域における情報通信技術(ICT)の驚異的な成長については広く報じられているが、アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)が発表した最新の研究報告書は、固定ブロードバンド環境が普及しているのは東アジアと北東アジア地域に集中していることを明らかにした。

「アジア太平洋地域のICTの現状2016:広がるブロードバンド・ディバイドの実態を明らかにする」と題した報告書はまた、固定ブロードバンドのアクセス状況において先進国と開発途上国間の格差は拡大し続けており、適切な対策を講じない限り、状況は悪化し続け、途上国は開発機会を失うことになりかねない。」と報告書は述べている。

ESCAP

同報告書の2015年のデータによると、固定ブロードバンドの契約者数のアジア・太平洋地域における地域別比率は、東・北東アジアが全体の74.89%を占めた。このほか、南・西南アジアが9.77%、北・中央アジアが7.68%、東南アジアが5.74%、太平洋地域が1.93%であった。

また世界全体の占めるESCAP加盟国(53カ国)の固定ブロードバンド契約者数の割合は52.3%で、2005年当時の38.1%から飛躍的に上昇した。

報告書はまた、2015年現在、固定ブロードバンドに契約していたのはアジア・太平洋地域20か国にまたがる、人口全体から見れば僅か2%以下の人々であり、高所得国と低所得国の間の格差が依然拡大している実態も明らかにした。

シャムシャド・アクタール国連事務次長兼ESCAP事務局長は、ブロードバンドへの接続がデジタル経済の重要な基盤であり、アジア・太平洋地域において持続可能な開発目標(SDGs)を達成するうえで不可欠な要素である点を指摘したうえで、ESCAPが加盟諸国と協力して域内におけるブロードバンド環境の整備に取り組んでいる旨を強調した。

アクタール事務局長は、「デジタルディバイド(情報格差)の結果、何百万もの人々が教育、保健、ビジネス、金融サービスの分野で変革をもたらしているデジタル機会から締め出されています。そこでESCAPでは、拡大し続けるデジタル格差に対処するため、アジア・太平洋情報スーパーハイウェイ構想を打ち出し、域内のインターネットインフラの整備・強化を通じて、ブロードバンド環境の拡大と利用料金の削減をすすめています。」と付け加えた。

報告書はとりわけ、電子商取引はブロードバンドへの接続性と強い相関関係があることから、ICTインフラの接続性を向上させることが域内における企業間の電子取引を活発化させる点を明らかにした。報告書はまた、オンラインコンテンツや携帯ブロードバンドが拡大する様々な異なるパターン、ブロードバンドを採用するにあたっての規制の品質や投資がもたらすインパクトを分析した。

Executive Secretary of the UN Economic and Social Commission for Asia and the Pacific (ESCAP) Shamshad Akhtar. Photo: ESCAP
Executive Secretary of the UN Economic and Social Commission for Asia and the Pacific (ESCAP) Shamshad Akhtar. Photo: ESCAP

この調査研究報告の結果は、10月5日から7日にかけてバンコクで開催予定のICT化学技術イノベーショに関するESCAP委員会における協議内容の基礎を構成することになっている。

「この報告書の重要性は、デジタル技術が、社会で人々が交流するあり方や、経済のみならず、開発パラダイムの進化のありかたまで根本的に変革している事実にある。」と報告書は述べている。

世界経済フォーラムが7月に発表した「世界情報技術レポート2016」は、デジタル革命は、近年ますますデジタル技術や関連した新ビジネスモデルに基づくものが登場するなど、イノベーションの性質を変えていると強調している。

従って、企業にデジタル技術を積極的に活用するよう促すことは、政府の責務といえるだろう。そしてそのためには、新たな技術がもたらすインパクトを予測し、新たな経済・社会力学により変化する環境に迅速に反応する適切なガバナンスの枠組みが必要とされる。

「世界情報技術レポート2016」は、技術、とりわけブロードバンド技術は、成長を推進し、生産から加工に至るまで多くの分野で協力的なイノベーションを可能にする、と結論付けている。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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