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宗教が防災と出会うとき

【バンコクIPS=カリンガ・セレヴィラトネ】

「信仰を基盤とした団体(FBO)」でつくるコンソーシアムが、6月25日、「第6回アジア防災閣僚会議」(バンコク会議)の公式関連行事において、自然災害後に強靭なコミュニティーを形成するための支援をアジア・太平洋地域全域で行う用意があると国連に対して意思を伝える共同声明を発表した。

同閣僚会議は、国連国際防災戦略事務局(UNISDR)の協力のもと、気候変動が急速に進むなかでアジア・太平洋地域が直面している具体的な諸課題について地域の利害関係者を集めて2年に1度開催しているもので、今年はタイ政府が主催し、6月22日から26日にかけてバンコクで開催された。

UNISDRがバンコク会議のために準備した報告書は、「アジア・太平洋地域は過去3年、フィリピンの台風被害から、中国・インド・タイでの大水害、パキスタンや日本での大地震にいたるまで、数多くの災害に見舞われた。」と指摘している。

2011年だけでも、異常気象による激甚災害で国際社会が蒙った経済的損失は3660億ドルにものぼり、そのうち8割がアジア・太平洋地域で発生している。

アジア・太平洋地域は地球上の陸地の39%、世界の全人口の60%を占める地域だが、世界の富の29%しか有しておらず、災害への準備と緊急対応に関して諸政府は大きな課題に直面している。

FBOは、困難な時に人びとに希望を与えることでこのギャップを埋めることができると考えている。

クリスチャン・エイド」に勤めるフィリピン人のジェシカ・ダトール・ベルシラ氏は、「私たちがもたらす物資や私たちが建てる大きな家が最も重要な点ではありません。FBOができる最大の貢献は、災害後の生活再建に向けた長い道のりの中で被災者に対して『あなたは一人ではない』と精神的に寄り添うことができる点にあるのです。」と語った。

この共同声明を起草した「カリタス・アジア」、創価学会インタナショナル(SGI)、「ACTアライアンス」などのFBOのコンソーシアムは、災害救援をおこない被災者を支援するためにFBOが越えなければならない多くのハードルについて協議する事前会合を22日に開催し、さまざまな宗派からの50人の参加者があった。

国際シンポジウム「災害からの復元強化に向けた信仰組織の役割」/ SGI
国際シンポジウム「災害からの復元強化に向けた信仰組織の役割」/ SGI

最終版の「災害リスク軽減に関する宗教コンソーシアム共同声明」は、地域共同体と緊密に連携してレジリエンス(社会を回復する力)」を強化し平和を構築するFBO特有の能力に着目している。

人類の8人に1人が何らかの組織的な宗派に属していると推測され、全てのFBOをあわせれば、世界で最大のサービス提供ネットワークを構成していることから、FBOは災害リスク軽減(DDR)分野で、必然的なパートナーと目されている。

共同声明の中にある提言では、「第3回国連防災世界会議(2015年3月に仙台で開催)」に提出される予定の「災害リスク軽減に関するポスト2015年枠組み(ポスト兵庫行動枠組)」における関係諸団体の1つとしてFBOを認識するよう、国連に強く求めている。

同声明はまた、各国政府や地方政府に対して、関連諸団体とDDRに関する定期協議を行う際にはFBOも含めるよう要請した。なぜなら、FBOは国際NGOが不在の場合でも、開発プログラムを維持していることが少なくないからである。

例えば、「カリタス・インドネシア」は2012年以来、過去22年間で海岸の土地200メートルを失ったインドネシアの東ヌサトゥンガラ州にあるファタ集落と協力して、潮位の上昇に対するコミュニティーの対応力を養う努力を続けている。

同団体は、潮が海岸線に到達する前に竹で作った構造物をすり抜けさせる天然の建築技術を用いて、潮位を下げつつマングローブを保護する活動に従事している「ファタ環境愛好グループ」のメンバーを支援している。

共同声明の起草に参加したパートナー3者による活動範囲は、併せるとアジア・太平洋の多くの地域をカバーしている。

Caritas Asia
Caritas Asia

「カリタス・アジア」は、世界200か国で活動を展開しているカトリック教会の災害支援団体である「カリタス・インターナショナル」を構成する7つの地域オフィスのひとつである。SGIは日本に本拠を置く在家仏教運動で、192か国に組織のネットワークがある。ACTアライアンスはキリスト教教会の連合で、連携組織が140か国以上で活動している。

3者ともに開発や災害支援の分野における貢献で評価されている。例えば「カリタス・インターナショナル」は毎年100万ユーロ(約1億3800万円)以上を、世界の人道支援の調整や能力育成、HIV/AIDSプログラムに振り向けている。

「私たちは、災害リスク軽減政策の導入に関して主要プレーヤーの一員でありたいと考えています。私たちは関与する用意ができています。」とACTアライアンスアジア太平洋地域緊急支援オフィスの小美野剛部長は、IPSの取材に対して語った。

「この共同声明が指摘しているのは、私たちの関与は信仰を基盤としたものであり、それだけ強いということです。私たちは長期にわたって、救援や復興活動に関与できるのです。」と、SGIの浅井伸行氏(創価学会青年平和会議議長)は語った。

Mr. Nobuyuki Asai at the symposium/ SGI
Mr. Nobuyuki Asai at the symposium/ SGI

専門家らは、アジア・太平洋地域は、FBOの防災への貢献の効果を図るうえで素晴らしい実験場になる、と指摘している。

独立世論調査機関ピュー・リサーチセンター(本部:ワシントンDC)の調査によると、アジア・太平洋地域には、世界の仏教徒の99%、ヒンズー教徒の99%、イスラム教徒の62%が住んでいるという。

また同地域ではカトリック教徒の数も着実に増加している。100年前には1400万人だったのが、2013年には1億3100万人にまでなった。

スリランカやミャンマーのような国では仏教の急進主義が跋扈し、パキスタンでは強い反カトリック感情があり、中国やインドでは宗教的マイノリティが攻撃されるなど、宗教やコミュニティー間の紛争が絶えないアジア・太平洋地域で、宗派間の連携を創り出すのは、「言うは易し、行うは難し」という側面がある。

しかし、専門家の中には、自然災害の脅威がさまざまな共同体を結びつける、と指摘する者もいる。

The Global Religious Landscape/Pew Research Center
The Global Religious Landscape/Pew Research Center

インド国立災害管理研究所のアニル・クマール・グプタ政策策定部長は、「人々は災害に直面した時は、お互いの違いなど忘れてしまうのです。」「災害の直後に、ヒンズー教やシーク教の寺院やイスラム組織からの指導者やボランティアが、まるで生まれながらの兄弟のように協力し合っているのを私は見てきました。」と語り、最近の事例として、インド北部のウッタラーカンドカシミール両州で起きた大水害の後でそうした協力があったことを挙げた。

ミャンマーを拠点とする災害救済コンサルタントのロイ・レゴ氏は、IPSの取材に対して、「今日発表された共同声明は、災害リスク軽減において非常に重要な画期的出来事です。」「FBOは、ポスト兵庫行動枠組の発表において、それを担う構成員の一つとして、人々の目にもっと留まる存在となる必要があります。」と指摘したうえで、「FBOが災害リスク軽減になしうる最大の貢献は、さまざまな共同体の間に平和な暮らしを生み出すことにあると考えています。」「他宗教に対する尊重は、非宗教的な形でなされる必要はありません。それは、FBOが他のFBOと宗派横断的な環境の中で協力し合うなかで、自然と生ずるものなのです。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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「隠れた意図」への懸念を克服する(取材メモ)

各国の災害リスク軽減(DDR)枠組みにFBOを含むことに対して異議が存在する背景には、FBOが援助・開発事業の提供者としての立場を利用して、各々の宗教活動を展開するではないかという懸念がある。

例えば、2004年のスマトラ沖地震・津波のあと、スリランカとタイの仏教徒のコミュニティーやインドネシアのイスラム教徒のコミュニティーでは、FBOが被災者に対して各々の信仰を押し付けようとしているとの苦情の声が噴出したという。

IPSの記者が今回の会合においてこの問題を提起したところ、参加者の間で盛んな議論が行われた。

多くの参加者は、そのような懸念はFBOの本質を見誤ったものと考えている。なぜならFBOは、信仰を持っていない人や他宗教の信者を改宗させるというよりも、むしろ人生に価値を与えたいという願望に突き動かされて活動を展開しているからである。

「もし信条が発展を阻害するものだとしたら、そうした価値観を疑わなければなりません。」と、ムニールとのみ名乗ったミャンマーからの参加者は語った。

カリタス・インドネシアのヴィンセンティア・ウィドヤサン・カリナ氏も同意し、こう続けた。「2004年のスマトラ沖地震後・津波のあと、カリタスはインドネシア北部のアチェ地域の復興支援のため、イスラム教徒のコミュニティーに入って活動しました。そして、礼拝施設を必要とするイスラム教徒のコミュニティーのニーズを支援したのです。」

SGIのようなFBOはさらに一歩進んで、一切衆生を同時に救済することを説く法華経の教えを実践している。

浅井氏は、「法華経では、生まれながらにして全ての人に仏性(仏が有する特質)が備わっており、この仏性が他の多くの人々を幸福や啓発へと導く手助けをしている、と説いています。」と指摘したうえで、「私たちは、仏教徒が少数派の国では他の関連諸団体と協力し合っています。こうしたネットワークを構築した方が、支援活動がしやすくなるからです。」と語った。

宗教紛争から宗派横断共同体へ

【国連IPS=カニャ・ダルメイダ】

聖なる人間とその聖なる書物は、人類史に血と涙の痕跡を刻みつけてきた。平和な寺院の奥からは燃え盛るたいまつを手にした群衆が送り出され、聳え立つ教会の尖塔やミナレットからは、祈りに跪く敬虔な信者の頭上に憎しみのメッセージが流されてきた。あまりにも長きにわたって、宗教は暴力を誘発し、紛争を煽ってきた。

しかし新しい連合が、さまざまな宗教の信者を糾合してこの流れを変えようとしている。つまり、真に宗教の違いを超えた国際社会の構築を求めて、「あなたの神」と「私の神」の間にある亀裂を、対話を通じて乗り越えようとしているのである。

「宗教紛争などというものはありません。なぜなら、宗教は紛争を拒絶するものだからです。つまり、宗教の名のもとに行われる暴力は、宗教そのものに対する暴力でもあるのです。」と、政府間組織KAICIIDのファイサル・ビン・アブドゥルラフマン・ビン・ムアンマール事務局長は、ニューヨークで11日に開かれた記者会見の中で語った。

ウィーンに本拠を置くKAICIID(宗教間・文化間対話のためのアブドラ・ビン・アブドゥルアズィーズ国王国際センター)は、オーストリア、スペイン、サウジアラビアの各国政府と、(創設時からのオブザーバーとしての)ローマ教皇庁から成る評議会によって構成されている。

KAICIIDの理事には、世界の主要な5つの宗教(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教、仏教)からの宗教的指導者が含まれ、平和維持や紛争予防、開発に地域の宗教組織や指導者を関与させエンパワーする積み上げ(ボトムアップ方式の)プロセスを強化しようとしている。

KAICIIDは、世界の10人のうち8人が何らかの形の組織的な宗教を信じ、そのほとんどの人々が、自らを「平和を愛する人間(peace-loving individuals)」に分類する傾向にある、と推定している。

ビン・ムアンマール事務局長は、「悲しむべきことに、政治家や過激主義者が、本来的には寛容で平和的な性格を持つ宗教的慣習を、自らの(しばしば暴力的で社会に分断をもたらすような)目的のために、乗っ取ってきた歴史があります。」と指摘したうえで、「従って、(他宗教間の)持続的な対話を通じてのみ、人びとは『他者』への恐怖を乗り越えて、より包摂的で寛容な世界に向けて努力する力を身に着けることができるのです。」と語った。

KAICIIDが世界的な舞台に乗り出したことは、きわめて時宜を得ている。独立世論調査機関ピュー・リサーチセンター(本部:ワシントンDC)が、世界の人口の99.5%を占める198ヵ国をカバーして実施した最新の調査報告書によると、アメリカ大陸を除く全ての大陸において、宗教の絡んだ社会的敵対状況が悪化しているという。

報告書は、「世界において宗教関連のテロ暴力が発生した国の数は、2007年には9%だったものが、2012年には5ヵ国に1ヵ国(=20%)へと、この6年間で倍増している。」と述べている。

とりわけ中東・北アフリカ地域では、全体の半分にあたる国々が2012年に宗派間暴力を経験したことから、宗派間暴力に直面した国の世界平均値は2007年の8%から2012年には18%へと急増した。

2011年から12年までの1年間で、きわめて高いレベルの宗派間対立を経験した国の数は14ヵ国から20ヵ国に増加した。そのうち6ヵ国(シリア、レバノン、バングラデシュ、タイ、スリランカ、ビルマ)は、2012年に比べて2011年には比較的低レベルの対立しか見られていなかった。

また同調査によると、宗教的マイノリティにとっての状況も悪化している。2012年には全調査対象国の47%にあたる国々でマイノリティを標的にした襲撃事件が発生していたが、前年の38%から9%も増加している。

「例えば仏教徒が多数派を占めるスリランカでは、仏僧がイスラム教徒やキリスト教徒の礼拝場を襲撃している。2012年4月にはダンブラのモスクが襲われ、2012年8月には、ダニヤヤのセブンスデー・アドベンチスト教会が占拠されて強制的に仏寺に変えられる事件が発生している。」と報告書の著者は記している。

しかしKAICIIDによると、このような暗い状況も、転換することは可能だという。KAICIIDのムアンマール事務局長は、先週国連の潘基文事務総長と面会し、宗教間暴力を減らすという目標に向けて国連とKAICIID間の協力の可能性について検討した。

文書の上では、国連はすでに、対話を通じた宗教間理解と平和の問題に尽力していくことを公約している。国連「文明の同盟」(UNAOC)のような機関は、「紛争を予防し社会の調和を促進することをめざし、諸国家あるいは同一アイデンティティを持つ諸集団の間の理解を促進する」との目標をミッション・ステートメントに掲げている。

しかし、KAICIIDの活動が焦点を当ててきたように、草の根レベルで人々を関与させる集中的な努力がなければ、せっかくの高尚なビジョンも現実にはなりえない。KAICIIDは活動開始からわずか2年で、2012年の紛争勃発以来、数百人が殺害され50万人が住む場所を追われた中央アフリカ共和国において宗教間対話を成功させるなど、目覚ましい成果をみせている。

「5月8、9日から、私たちは同じような活動をしている他の諸団体との連携を確保する一方で、中央アフリカ共和国の宗教指導者と協力して、彼らが他のアフリカ諸国の宗教指導者と連絡を取り合えるよう仲介を図ってきました。」と、KAICIIDのプログラム責任者ヒラリー・ウィーズナー氏は語った。

「私たちは、世俗的な団体として外から関与するのではなく、内側から宗教共同体に関わるようにしています。そうすることで、KAICIIDと地域の宗教指導者の間の信頼感を醸成することができるからです。また、宗教を基盤にした団体は、全て合わせると世界最大の市民社会活動になるわけですから、こうしたアプローチは極めて重要だと考えています。」とウィーズナー氏は語った。

宗教と世俗的な開発の間のギャップ解消に取組んでいる「世界宗教対話開発機構」(WFDD)のキャサリン・マーシャル代表は、「サハラ以南のアフリカでは、保健サービスの7~70%が宗教関連の組織によって提供されています。」「こうした宗教関連組織は、世界最大のサービス提供システムを構成しており、国連の全加盟国にあたる193ヵ国が2000年に合意した貧困削減目標である『ミレニアム開発目標』(MDGs)を達成するうえで不可欠な存在なのです。」とIPSの取材に対して語った。

世界銀行が2008年に行った調査によると、アフリカ大陸各地の宗教団体が、政府が残した隙間を埋める役割を果たしていた。例えば、福音派の慈善・開発団体「ワールド・ビジョン」は、2002年に対アフリカ支援予算として12億5000万ドル(約1271億円)を組んでいた。

マラウィでは、「教会キリスト教奉仕団(CSC)」が、同国政府の開発予算全体を上回る規模の年間予算で活動していた。

また南アフリカ共和国では、カトリック教会が2012年、同国政府よりも多くの抗レトロウィルス(ARV)療法をHIV/AIDS患者に提供していた。

しかしこうした宗教団体が持っている大きな潜在力は、世界のメディア報道の見出しを頻繁に飾っている(宗教に関する)否定的なストーリーによって、往々にしてかき消されてしまっている。

「(現在メディアのヘッドラインを飾っている)宗教の負の側面に関する最悪の事例と言えば、中央アフリカ共和国やマリでの宗教紛争は言うに及ばず、ウガンダやナイジェリアにおける反同性愛法案のような問題が含まれます。」とマーシャル代表は語った。

「まず最初に知識が必要であり、そして次に宗教リテラシー(宗教的識字率/宗教知識の展開能力)が必要なのは、まさにこのためなのです。開発分野に従事している人々の中で、例えば、カトリック司教会議がどこで開かれているのかとか、スンニ派シーア派ムスリムの違いは何かといったような、宗教生活の複雑さに関する教育を受けている人があまりにも少ないのが現状です。」とマーシャル代表は語った。

またマーシャル代表は、「もう一つの忘れられている問題は、平和維持における信仰に生きる女性の役割です。宗教とのつながりがある女性は、修道女であれイスラム教徒であれ、公式の地位を持たないために、目に見えない傾向にあります。…しかし、彼女たちの活動の多くは、平和のための最も重要な活動なのです。」と語った。

ウィーズナー氏が言及しているように、「宗教は文化の一部分に還元できるわけではない。個人や社会の生活における宗教的・精神的側面はそれよりも遥かに奥深いものである。私たちは、全ての人々のよりよき生のために、こうした信仰に生きる責任ある道を推進する必要がある。」(原文へ

翻訳=IPS Japan

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2015年以後の開発問題―飢餓に苦しむ者の声に耳は傾けられるだろうか?

【ローマIPS=ジェネビーブ・L・マシュー】

ミレニアム開発目標(MDGs)は2015年に期限が切れ、持続的可能な開発目標(SDGs)がその後を受け継ぐ。SDGsは、貧困と飢餓撲滅への国際社会の関与を強化するものだ。

David Taylor/ Oxfam
David Taylor/ Oxfam

SDGs策定にあたっては、全ての人に食料安全保障及び栄養を確保することが極めて重要である。「全ての人を食べさせるのに十分な食料を生産している世界において、飢餓に苦しむ者がいる現状については弁解の余地はありません。」と「オックスファム・インターナショナル」のデイビッド・テイラー政策アドバイザー(経済的公正)はIPSの取材に対して語った。

しかし、世界食糧計画(WFP)は、依然として、世界の8人に1人にあたる8億4200万人が栄養不良状態にあるとしている。

テイラー氏は、「『2015年までに極端な貧困と飢餓に苦しむ人口を半減させる』というMDGの第一目標は、達成される見込みとされていますが、とりわけサブサハラ地域をはじめとする多くの地域において慢性的な飢餓が発生しており、進展具合には大きな差があります。つまり、食料・農業問題に関しては依然として大きな課題が残っているのです。」と指摘したうえで、「従って、2015年以後の後継枠組みにおいては、飢餓ゼロを目標とする新しい道筋が示されなくてはなりません。」と語った。

「MSGsの後継枠組みとしてのSDGsに関する議論は、2012年6月の『リオ+20会議』で始まり、その結果、『SDGsに関するオープンワーキンググループ(OWG)』が2013年1月に設置されました。」と、国連食糧農業機関(FAO)のドリアン・カラムブレゾス・ナバロ調整官(ポスト2015SDGs担当)はIPSの取材に対して語った。

OWG/ Sustainable Development Knowledge Platform
OWG/ Sustainable Development Knowledge Platform

6月2日、5大陸から96ヵ国が参加しているOWGは、2030年までに達成すべき目標を17項目掲げた「SDGsゼロドラフト」を発表した。またOWGは、国連の40機関から成る「国連システム技術チーム」の支援を受けている。

「オックスファムは、『SDGsゼロドラフト』の内容については、飢餓を削減することに止まらず終わらせるとの目標を掲げたことや、小規模生産者や女性、その他の社会的に排除されてきたグループを支援することを強調している点など、多くの目標を歓迎しています。」とテイラー氏は語った。

「効果的な枠組みを作ろうとするならば、適用可能な指標を設定する必要があります。これは非常に難しいプロセスです。」と、FAO経済社会開発局長で、ポスト2015年の問題に携わるジョモ・クワメ・スンダラム氏は語った。

Jomo Kwame Sundaram, the assistant secretary-general for economic development/ UN Photo/Mark Garten
Jomo Kwame Sundaram, the assistant secretary-general for economic development/ UN Photo/Mark Garten

以前MDGsの18の目標は、「食の権利に関する国連特別報告者」オリビエ・デシューター氏といった人々から「最も容易に入手可能なデータを基礎にして策定されており、貧困や飢餓の背後にあるより根本的な原因を無視している」と批判されていた。

スンダラム局長は、「国際社会は、SDGs策定にあたっては、適切な目標や目的を特定する必要があります。つまり、開発効果の測定が容易かつデータが入手可能であり、そしてもちろん有意義なものでなければなりません。」と指摘した。

またスンダラム局長は、「不平等と気候変動という2つの主要な不正義が、貧困と飢餓を逃れようとする数多くの人びとの努力を台無しにし続けていることを考えると、(『SDGsゼロドラフト』に)不平等の削減、気候変動、そしてもちろん(FAOが取組んでいる)食料安全保障に関する目標が含まれていることは、極めて重要であり、歓迎すべき第一歩だと考えています。」「しかし、加盟国が次のドラフトを検討し、目標および目的の数値を絞り込む中で、不平等と気候変動の目標が削除される危険があります。」と指摘した。

「MDGsは、開発効果を支持する国際世論を喚起し、政治的弾みをつけることに成功してきましたが、ポスト2015年の課題設定の目的は、こうした機運にさらに弾みをつけることにあります。」とナバロ調整官は語った。

政府開発援助(ODA)の水準が急落していることを考えると、この問題は重要である。経済協力開発機構(OECD)によると、ODAは2011年に実額で2%減少したのに続き、2012年には4%減少している。

さらに、FAOの報告によれば「食料安全保障」と「貧困削減」の間には正の相関関係があることが示されているにもかかわらず、途上国における農業投資は、この数十年で劇的に減少している。

SDGsに込められた「責任を共有していく」という考え方は、開発効果を支持する国際世論と政治的な支持を維持していくうえで役立つだろう。「MDGsは基本的に途上国および後発開発途上国のみをターゲットとしたものでしたが、SDGsは、世界的な課題の中に位置づけられた普遍的な性格をもつものとなるでしょう。」とナバロ調整官はIPSの取材に対して語った。

MDGsの策定プロセスが当事者を十分に巻き込んだものではなかったとの批判の中、「あらゆる分野の利害関係者がより関与した形で参加し、効果的なパートナーシップを組むことが、ポスト2015年の枠組みにおける重要要素として位置づけられてきました」とナバロ調整官は語った。

例えば、すべての当事者間のギャップを埋め、世界的交流と対話を促進するため、「国連開発グループ(UNDG)が各国および地域レベルで一連の利害関係者協議を開き、11の世界的なテーマ別の協議を持っています。」とナバロ調整官は語った。

世界資源研究所(WRI)のマニッシュ・バプナ代表は、「このプロセスは極めて重要です。」と指摘したうえで、「変動する気候や加速する都市化、移りゆく人口動態を考えると、ポスト2015年の開発課題は「誰も置去りにしない共有された普遍的なもの、そして、先進国および途上国双方から行動を引き出すようなものでなくてはなりません。」とIPSの取材に対して語った。

そうしたものとして「食料安全保障は、社会的、環境的、経済的側面を統合することで、普遍的に関連性があり、(ポスト2015年の課題に向けた)『トリプル・ウィン』になる領域の好例と言えるでしょう。」とナバロ調整官は語った。

さらにナバロ調整官は、世界的な食料安全保障を達成するために、「新たなグローバル・パートナーシップは三角協力あるいは南南協力を強調し、組織的なものであってもそうでなくても、よい実践例の交流に焦点を当てるものでなくてはなりません。」と語った。

そうしたパートナーシップの一例が、オックスファム・インターナショナルも一員である「2015年を超えて」連合である。「2015年を超えて」は、環境の持続可能性や人権、公正、グローバルな責任といった共通の価値をベースとしたポスト2015年の強力かつ正統性を得た枠組みを推進する、先進国と途上国双方の市民団体から主に構成される世界的キャンペーンである。

国連事務総長は、このプロセスの中でなされたさまざまな貢献を考慮に入れながら、2014年末に向かってポスト2015年の課題を提示することになるとみられている。2015年9月の ハイレベルサミットにつながる予定の、ポスト2015年開発課題に関する政府間交渉は、SDGs最終版の発表と同時期になるものと考えられている。(原文へ

INPS Japan

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女性をエンパワー、人間をエンパワー:絵に描いてみよう!(プムジレ・ムランボ‐ヌクカ国連ウィメン事務局長)

飢餓との闘いより重視される軍事予算

|UAE|シェイク・ザイード・グランド・モスクが2014年「トラベラーズ・チョイス」ランキング第二位に

【アブダビWAM】

アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビにあるシェイク・ザイード・グランド・モスクが、世界最大の旅行サイト『トリップアドバイザー』(月刊訪問数約2億6千万件)が6月17日に発表した『2014年読者が選んだ世界の観光ベストアトラクション25』の第二位にランクインした。

同サイトは、シェイク・ザイ―ド・グランドモスクについて「グランド(壮大な)という言葉はむしろ控えめな表現だ。建築構造、白い大理石と美しく手入れが行き届いた緑あふれる庭園は想像を超える美しさだ。」と紹介している。

過去1年に寄せられた読者投稿を解析した今年の『世界観光ベストアトラクション25』によると、シェイク・ザイ―ド・グランドモスクが、「愛の寺院」としても世界的に有名なインドのタージ・マハル(3位)を抑えて2位にランクインした。

第1位に選らばれたのはペルーのマチュ・ピチュ遺跡、4位以下は、スペインのメスキータ(4位)、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂(5位)、カンボジアのアンコールワット(6位)、同国のバイヨン寺院遺跡(7位)などである。

Sheikh Zayed Grand Mosque/Trip Advisor
Sheikh Zayed Grand Mosque/Trip Advisor

同サイトによると、シェイク・ザイード・グランド・モスクは、UAE国内で挙げられた70のアトラクションの中では一位だった。

トリップアドバイザーの読者が選ぶベストランキングは今年が2年目。929の観光アトラクションがトラベラーズ・チョイス(Travellers Choice)に選ばれ、上記の『世界の観光ベストアトラクショントップ25』のほか、アジア日本、オーストラリア、カナダ、欧州、インド、メキシコ、南米、南太平洋、英国、米国に限定したランキングも公開している。

トラベラーズ・チョイスは、数百万件に及ぶ旅行者が投稿した感想や意見をもとに、最も人気の観光スポットをウェブサイト上で表彰するもので、1年間に亘って投稿された観光施設や遊園地のアトラクションに関する感想・意見の量と質を考慮したアルゴリズムを使用してベストランキングを割り出している。

バレレと名乗る旅行者は、シェイク・ザイード・グランド・モスクについて、「巨大で豪勢だ!」「確かにアブダビで一番の景勝地だ。建物・敷地内を歩いて回り写真撮影を楽しみました。建物があまりにも白いので時々目が眩むほどでした!…至る所に職人芸の粋が見て取れました。特に大理石張りの象嵌細工と色鮮やかなシャンデリアが気に入りました。また、礼拝ホールのカーペットも世界一大きな手織りカーペットだそうです。アブダビを訪問する人は、ここは外せないスポットです!女性の旅行者もご心配なく。モスクの入口でアバヤを無料で貸してくれます!」と書き込んでいる。

翻訳=IPS Japan

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途上国では疾病よりも死の原因となる公害

【アックスブリッジ(カナダ)IPS=スティーブン・リーヒー

途上国では疾病ではなく公害こそが最大の死亡原因であり、毎年840万人以上が公害が原因で亡くなっているとの分析調査結果が明らかになった。この数値は、マラリアによる死者数の3倍、HIV/AIDSによる死者数の14倍である。にもかかわらず、公害問題は依然として国際社会からほとんど注目されていないのが現状である。

Richard Fuller/ Blacksmith Institute
Richard Fuller/ Blacksmith Institute

公害と健康に関するグローバルアライアンス(GAHP)」のメンバーとしてこの分析調査を実施した「ピュア・アース/ブラックスミス研究所」のリチャード・フラー所長は、「汚染地域は、大気汚染、水質汚染を引き起こし途上国の保健システムに多大な負担を及ぼしています。」と語った。GAHPは、中・低所得国における化学物質・廃棄物・毒性汚染の除去をめざす国際協力組織(2国間・多国間国際組織、政府、学会、市民社会組織が加盟)である。

「大気汚染や化学物質による環境汚染が途上国で急速に広がっています。地域住民が晒されている健康被害を考えると、今後の影響は極めて深刻です。」とフラー所長はIPSの取材に対して語った。

「しかし、途上国が直面しているこうした深刻な未来は、先進国が概ね自国の公害問題の解決に成功していることからも明らかなように、支援の手さえ差し伸べれば、十分防ぐことが可能なのです。ところが、公害問題は、現在策定中の持続的可能な開発目標(SDGs)からは外れているのが現状です。」とフラー所長は語った。

UNDESA
UNDESA

SDGsは(2015年以降の)向こう15年間にわたって国連開発援助計画を規定する「ポストミレニアム開発目標(MDGs)」に組込まれる重要な要素で、援助機関や世界の援助供与国は、2015年9月に発表されるこの新開発目標に沿って、資金拠出や援助を実施していくことになっている。

「公害はしばしば『見えない殺し屋(Invisible Killer)』と呼ばれています。…保健統計は公害ではなく疾病関連のデータを計測するため、公害がもたらしているインパクトは把握しづらいのです。」「その結果、公害問題は、実際には早急に真剣な対策が必要であるにもかかわらず、しばしば比較的小さな問題として誤って扱われてしまう傾向にあるのです。」とフラー氏は語った。

GAHPの分析は、世界保健機関(WHO)などによる最新のデータを利用して行われたもので、年間740万人の死因が、大気汚染、水質汚染、及び衛生状態の不良によるもの、さらに約100万人の死因が、貧しい国々の中小規模の製造業が垂れ流している毒性化学物質や産業廃棄物が大気中や、水、土壌、食物を汚染したことによるもの、と結論付けている。

「こうした国々においては、環境汚染が及ぼす健康被害が感染症や喫煙による被害を上回っています。」と、ニューヨーク市立大学環境衛生学の教授でブラックスミス研究所の技術アドバイザーを務めているジャック・カラバノス氏は語った。

「鉛、水銀、六価クロム、旧式の農薬で汚染された何千何万という汚染地域で起こっている健康被害を評価するのは極めて至難の業です。」とカラバノス氏はIPSの取材に対して語った。

しかし、この問題に関する調査はまだ緒に就いたばかりであることを考えると、100万人という数値は過小評価である可能性がある。「私たちはつい最近も、東ヨーロッパで、極めて毒性が強い化学物質を含む旧式の農薬が大量に投棄されていた場所を発見しました。」とカラバノス氏は言う。

Blacksmith Institute
Blacksmith Institute

「こうした化学物質はひとところに留まるというわけではありません。雨で地中や河川に押し流されたり、風で遠くまで飛散して農作物に付着することも少なくないのです。」とカラバノス氏は語った。ブラックスミス研究所の2012年の調査では、鉱山からの廃棄物や鉛溶鉱炉、産業廃棄物などのために、49か国で1億2500万人の健康が侵されているという。

「私たちはこれまでに、周辺の大気、土壌、水を汚染している200ヵ所以上のホットスポットを特定してきました。健康被害を被ってきた周辺人口の数は約600万人にのぼります。」「そしてそうしたホットスポットの中には、鉛酸蓄電池や中古車バッテリーのリサイクル過程で流出した鉱毒が周辺に鉛中毒を引き起こした事例や、電子廃棄物解体施設で焼却されたケーブル類から発生した毒性の強い煤煙が周辺地域を汚染した例などが含まれます。」とガーナ環境保護庁のジョン・オウワマン氏は語った。

「また近年次々と発表されている科学的証拠から、癌、心臓病、糖尿病、肥満、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、自閉症、アルツハイマー病、鬱病など多くの疾病が、体内に増え続けている有害化学物質と関係していることが明らかになってきています。」と新書『毒された惑星:いかにして化学物質への恒常的露出が命を危険に晒しているか』の著者であるジュリアン・クリッブ氏は語った。

またクリッブ氏は、「これまでに14万3000種類の人工的化学物質が作られ、それとほぼ同種類の化学物質が採鉱活動や化石燃料の燃焼、ゴミの廃棄によって自然界に放出されてきました。」と指摘したうえで、「国連によると、人体や環境への影響が未確認の新しい産業化学物質約1000種類が、毎年新たに自然界に排出されています。」と語った。

世界各地のGAHPメンバー(支援団体リスト)は、国連に対してSDGs策定過程において公害問題を重視するよう強く働きかける一方で、立場表明文書と独自のSDG改訂版テキストを作成した。これらの文書は、来週ニューヨークで開催される「SDGsに関するオープンワーキンググループ」に提出される予定である。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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|UAE|HRCで女児教育権に関するイニシアチブが始動

【ジュネーブWAM】

アラブ首長国連邦(UAE)は、国際連合人権理事会(HRC)において、女児が平等に教育を受ける権利に関するイニシアチブ(67ヵ国が署名)を立ち上げた。声明を読み上げた国連UAE政府常駐代表は、「全ての女児が差別を受けることなく平等に教育を受ける権利がある」と強調するとともに、「全ての教育段階において質の高い教育を実施することが、持続可能な開発、貧困の根絶、ジェンダーの平等、そして女性のエンパワーメントを推進していくうえでの前提条件となります。」と述べた。

また同声明は、学校に通学していることを理由に女児らが攻撃に晒されている問題、とりわけ2012年にパキスタンで発生した(タリバンによる)マララ・ユスフザイさんへの攻撃、アフガニスタンで発生している女学校に対する組織的な攻撃、そしてナイジェリアで発生したボコ・ハラムによる200人の女子学生の誘拐について犯行を厳しく非難した。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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先般、アラブ首長国連邦(UAE)の赤新月社(RCA)代表団が、キルギス共和国において子供服を地元の恵まれない子どもたちに寄贈した。

これはUAE副大統領でドバイ首長のムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム殿下が世界各国のUAE大使館と協力して進めている「100万人の貧しい子供たちに衣服をキャンペーン」の一環として実施されたものである。

RCAのモハマド・アティーク・アル・ファラヒ事務局長は、「キルギス共和国では第3フェーズとなる今回の『衣服寄贈キャンペーン』は、現地の子どもたちに笑顔をもたらすことを目的にRCAが開始した人道事業です。RCAはこれまでに世界50カ国以上(アフリカ20か国、アジア22か国、欧州10カ国)においてこのキャンペーンを実施し、合計で230万人の恵まれない子どもたちに衣服を寄贈してきました。」と語った。

翻訳=IPS Japan

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非核中東への努力を続けるエジプト

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【マドリッドIDN=バヘール・カーマル】

エジプト政府は、自国を含む中東諸国が社会的にも経済的にも政治的にも不安定な状況にあるにもかかわらず、核兵器を含む大量破壊兵器を中東地域から一刻も早くなくすための外交攻勢を強めている。

エジプト外交筋は、中東非核兵器地帯の創設を宣言するための具体的な行動をとることがこれ以上遅れようならば、中東地域に核軍拡競争が起こりかねないと危惧しており、具体的にはサウジアラビアのような地域大国がイスラエルやイランの核の脅威に対抗するために核武装する可能性があると警告している。

エジプト政府は、こうした状況に加えて、各国が(来年4月に開催予定の)2015年核不拡散条約(NPT)運用検討会議に向けた準備プロセスにあることを念頭に、今日の行き詰まりを打開する新たな試みに賛同を集めるための集中的な外交キャンペーンを開始した。

昨年策定され11月にアラブ連盟の22か国が賛同したこの「新たな試み」とは、全ての中東諸国及び国連安保理常任理事国(P5:米、露、中、英、仏)に対して、「中東非核・非大量破壊兵器地帯」の創設を宣言することに賛同する公的書簡を潘基文国連事務総長に寄託するよう求める、というものである。

またこの構想では、「大量破壊兵器に関するいかなる国際条約も署名・批准していない中東地域の全ての国々に対して、全ての関連条約に署名・批准するよう今年末までに公約し、その公約を確認する書簡を安保理に寄託する」よう求めている。

Egyptian Foreign Minister, Nabil Fahmy/ UN photo"
Egyptian Foreign Minister, Nabil Fahmy/ UN photo”

エジプトのナビル・ファハミ外相は、この構想が成功する前提条件として、「とりわけイスラエルによるNPT加盟および化学兵器禁止条約の批准、生物兵器禁止条約の署名・批准が不可欠」としたうえで、「これらの措置が同時並行で履行されるよう調整をしてほしい」と国連事務総長に呼びかけた。

またこのエジプトの構想は、シリアに対して、生物兵器禁止条約を批准し、化学兵器禁止条約履行のために約束した措置を履行するよう求めている。そしてそれと引き換えに、「全ての中東諸国が、大量破壊兵器禁止を目的としたすべての国際条約および関連取決めへの加盟を確実にするあらゆる必要手続を完了すると誓約することになる。」としている。

この構想はさらに、「エジプトが生物兵器禁止条約を批准し、化学兵器禁止条約を署名・批准する一方、2010年NPT運用検討会議で決定された『中東非核兵器地帯を創設するための国際会議』(中東会議)を今年中に組織するための国際的な取り組みを継続する。」としている。

エジプトによるこの構想は、国際的に最大級の支持を獲得する方策を協議したアラブ連盟の会合(今年2月中旬にカイロで開催)で再度承認された。

この構想の策定に関与したあるエジプトの外交官は、IDNの取材に匿名を条件に応じ、「イスラエル政府とパレスチナ暫定政府間で進められていた中東和平交渉が(今年4月29日に)中断したことはこの構想にとって深刻なダメージとなりました。」「またイスラエル政府がこの構想を受け入れる見通しは明るくないのが現実です。それでもアラブ人は、このまま中東地域から全ての大量破壊兵器をなくさないということが意味する危険性について、警告を強めていく決意を固めているのです。」と語った。

Prince Turki al-Faisal, a former Saudi ambassador to the United States, warned in 2011 that nuclear threats from Israel and Iran may force Saudi Arabia to follow suit. Credit: cc by 2.0
Prince Turki al-Faisal, a former Saudi ambassador to the United States, warned in 2011 that nuclear threats from Israel and Iran may force Saudi Arabia to follow suit. Credit: cc by 2.0

この外交官が指摘した「危険性」とは、中東における核軍拡競争の可能性を指している。実際、元駐米サウジアラビア大使のトゥルキ・アルファイサル王子は2011年、イスラエルやイランからの核の脅威がサウジアラビアを核武装に走らせるかもしれないと警告していた。

昨年11月27日、インタープレスサービスは、「11月24日のイラン・『P5+1』暫定合意にサウジアラビアが激しい反発を見せたことで、サウジアラビアが中東に軍事力を展開しようとしているのではないかとの観測が出ている。」と報じている。

また『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、国際社会がいかなる形であれイランの原子力開発を認めるようなことがあれば、サウジアラビア政府は「購入手段によって自国の核兵器能力を追求する」という結論に傾くかもしれない、と指摘している。

さらに英国放送協会(BBC)は、昨年11月22日、米マサチューセッツ州選出のエドワード・マーキー上院議員(民主党)がオバマ大統領に宛てた書簡の中で、「イランの核計画を止める取り組みは続いているが、ペルシア湾岸の他の国々も核能力を開発しないよう十分な取り組みがなされるべきだ」と指摘したうえで、「(オバマ大統領に対して)サウジアラビアとパキスタン間の核協力の可能性に対する政府評価を提示し、核技術移転のための米・サウジアラビア政府間の協議を停止すべきだ。」と強く求めたという。

Senator Edward Markey/ Wikimedia Commons
Senator Edward Markey/ Wikimedia Commons

BBCは、「パキスタンがサウジアラビア向けに製造した核兵器が、イランが核開発において一線を超えるか、サウジアラビアがその他の緊急事態に直面するかした際に提供されるよう、すでに準備を完了しているとの諜報結果が北大西洋条約機構(NATO)で回覧されている。」点にも言及していた。

国連でエジプト提案の決議案が採択

こうしたエジプト政府の構想は、昨年12月中旬に提案した2本の決議案が国連総会で採択されたことで、新たな勢いを得ている。

第一の決議案は「中東非核兵器地帯創設」に関するもの、そして第二の決議案は「中東における核拡散の脅威」に関連したものであった。

中東地域に非核地帯を創設するプロセスは、2012年12月にフィンランドで開催予定だった「中東非核兵器地帯を創設するための国際会議」(中東会議)が再度延期された事例にあるように、これまでに何度も延期を余儀なくされてきた。

この会議を組織する主要な主体(国連、米国、英国、ロシア)は2013年半ば、中東地域の緊張が高まってきたためとして、中東会議を無期限に延期すると発表した。

アラブ連盟はこの発表に強く反発し、「これは実質的にイスラエルの核戦力を守るための新たな企図に他ならない。」として、会議の延期とその理由を受入れない旨の声明を発した。

イスラエル政府は、自国の核戦力に関して公的な立場を明らかにすることを繰り返し拒否してきたが、同国がP5とインド、パキスタン、北朝鮮と並んで9つの核兵器国を構成していることについては、既に国際的なコンセンサスができており、権威あるストックホルム国際平和研究所(SIPRI)もこの見解を支持している。

エジプトは5月22日、最近の集中的な外交努力が功を奏し、P5を含む65か国の加盟国が参加するジュネーブ軍縮会議(CD)の3日間の会期の議長国に選出された。

ワリド・マフムード・アブデルナセル国連大使(ジュネーブのいくつかの国際機関の大使も兼任)は5月22日に発表した声明の中で、「世界から核兵器をなくす国際条約(=核兵器禁止条約)の締結に向けた交渉を開始するためにCDの役割を活性化するという国際的取り組みの枠内において会議の議論が行われます。」と語った。

Ambassador Walid Mahmoud Abdelnasser
Ambassador Walid Mahmoud Abdelnasser

アブデルナセル大使は、「CDの目的は、核軍縮に向けた現実的な措置をとれるよう、加盟国が合意できる適切な法的枠組みを策定することにあります。」と指摘したうえで、「まず会議の議論は、核兵器禁止条約を策定したい勢力と、兵器用核分裂性物質の生産禁止に関する合意から始めて国際条約の枠組みを完成していく漸進的プロセスを採るよう呼びかけている勢力との間の、異なる観点について取り扱うことになります。」「さらに、核軍縮に関連した現況の評価、核兵器の使用がもたらす非人道的影響、核保有国を含めた様々な主体の役割、この点に関する諸提案、さらに核軍縮と核不拡散との間の連関の程度についても取り扱うことになります。」と語った。

さらにアブデルナセル大使は、「CDがこうした議論を通じて、1996年以来の停滞から抜け出し、核軍縮に向けた作業プログラムを策定する具体的措置を採れるようになることを期待しています。」と語った。また、中東非核・非大量破壊兵器地帯の創設を目指すエジプト政府の継続的な取り組みを強調した

「中東会議」の開催は、2010年NPT運用検討会議(5月3日~28日にニューヨークで開催された)で決定されたが、1960年代末以来中東非核兵器地帯の創設を提唱してきたエジプトが、すべてのアラブ諸国とトルコ、非同盟諸国、北欧諸国からの支持を得て、継続的に圧力をかけてきた結果だった。

集中的な協議を経て、フィンランドが主催国として名乗りを上げ、同国のヤッコ・ラーヤバ外務次官が「おおよそ2012年」に開催される予定の「中東会議」のファシリテーターに任命された。

中東地域には依然として非核兵器地帯が存在しないが、世界では既にラテンアメリカ及びカリブ海地域南太平洋地域東南アジア地域中央アジア地域、そしてアフリカ大陸全体(115か国と全人口の39%をカバー)が非核兵器地帯化されている。(原文へ

IPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service(IPS) and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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セルビアを襲うインターネット検閲の洪水

セルビアでは、この120年で最悪と言われるほど激しかった洪水がようやくおさまった。ところが水が引いたあとに「現れた」のは、大きな被害を受けた家屋や田畑に止まらず、インターネットの検閲という別の問題であった。

【ベオグラードIPS=ベスナ・ペリッチ・ジモニッチ

さらに、セルビア検察庁の発表によると、これまでに約30人が「虚偽のニュースを拡散してパニックを引き起こした」として逮捕されている。

Obrenovac/ Ventinet
Obrenovac/ Ventinet

2週間前に被害が頂点に達した未曾有の洪水(死者50名以上)に対する政府の対応を批判した多くのウェブサイトが、次々とハッキングされたり、利用不可になったり、削除されたりしている。攻撃に晒されたウェブサイトにアクセスを試みると「Error404」のメッセージがモニターに映し出される。

今回の大洪水で最大の被害を出したベオグラード南西33キロにあるオブレノヴァッツ市(Obrenovac)で何百人もの犠牲者が出ていることをフェイスブックで報告した3人の若者が、9日間にわたって当局に身柄を拘束された。3人はその後釈放されたが、今後裁判にかけられる予定で、有罪になると6か月から5年の禁固となる。

匿名を条件にIPSの取材に応じた検察局の関係者は、「彼らが発信したコメントや投稿はパニックを引き起こしたり、公共の秩序を著しく乱したりする恐れがありました。」と指摘したうえで、「警察の対応は検閲によるものではありません。」と語った。セルビアでは、検閲は憲法で禁止されている。

しかし、セルビアの市民保護官(人権オンブズマン)の職にあるサーシャ・ヤンコヴィチ氏やメディア専門家らは、「民衆は必死」「首相、哀愁と自己憐憫で立ち往生」と題した記事を掲載してアレクサンダル・ブチッチ首相の政権運営を痛烈に批判してきたニュースサイト「テレプロンプター」や「ドルガストラーナ」がハッキングされ、利用不可に陥ったのは、明らかに当局による検閲だとみている。

またセルビアで最も人気を博しているウェブニュースサイト「ブリック」上のブログコーナーから、「私、AV(アレクサンデル・ヴチッチ)は辞職します」と題した記事が突然何の説明もなく削除された。しかしニュースサイトの所有者であるアクセル・スプリンガーメディアは、この件についてはノーコメントとしている。

「明らかに社会的対話を制限しようとする政府による動きがあります。これは言論統制の導入を目指す動きでもあります。」とセルビア独立系ジャーナリスト協会(NUNS)のヴカシン・オブラドヴィッチ代表は語った。

Saša Janković
Saša Janković

ヤンコヴィチ市民保護官は声明を発表し、「特定の情報の削除や批判者の逮捕が、以前より公開されているメディアや情報空間で発生していることから、当局にとって検閲の実態を隠ぺいすることはますます困難になってきている。」と語った。

こうした検閲の明らかな事例の一つが、ベオグラードシニシャ・マリ市長が(行政管轄下にある)オブレノヴァッツ市の市民に対して自宅から離れないよう呼びかけた5月16日のメッセージが削除されたケースである。

この自宅待機を呼びかけた市長のメッセージは、ベオグラード市の公式ウェブサイトに掲載されたが、オブレノヴァッツ市全域が同日の内に完全に冠水し、(市長の呼びかけとは反対に)2万3000人が緊急避難を余儀なくされる事態に及ぶと、密かに削除されたのである。しかしこの呼びかけはキャッシュには残っていて、フェイスブックやツイッターを通じて拡散されている。

マリ市長は、ヴチッチ首相が率いるセルビア進歩党の幹部の一人である。進歩党は3月の議会選挙で大勝(250議席中158議席)し、故スロボダン・ミロシェヴィッチ氏が創設した社会党(44議席)と改めて連立を組んでいる。進歩党と社会党は、2000年にミロシェヴィッチ政権を倒した民主党が汚職の蔓延と世界金融危機後の経済立て直しに失敗したとして退陣した2012年の総選挙以来、連立パートナーとして国政を運営していた。

Aleksandar Vucic, Belgrad, 29.11.2012, FOTO: Dragan TATIC
Arbeitsbesuch Serbien, VK Michael Spindelegger trifft den serbischen Vizepremier Aleksandar Vucic, Belgrad, 29.11.2012, FOTO: Dragan TATIC

しかしヴチッチ首相は、最近出演したセルビア国営放送の番組の中で、検閲の存在をきっぱりと否定している。

「検閲が行われているとか、特定の文言や投稿文書を削除する要求がなされたとかいう話は全く事実無根です。」とヴチッチ首相は語った。

この首相の発言は、欧州安全保障協力機構(OSCE)の「報道の自由」担当官であるドゥニャ・ミヤトビッチ氏の発言に激しく反発したものである。ミヤトビッチ氏は、先週ストックホルムで開催されたOSCE会合において、「セルビアでウェブサイトやインターネット上の情報が検閲されているという疑いについて深く憂慮する」としたうえで、「これは明らかに表現の自由の権利を侵害するものです。インターネットはこうした権利を支援する絶好の機会を提供するものであり、情報の自由な流れやアクセスの確保に不可欠なものです。」と発言していた。

セルビアの事情通にとって、今回の洪水にあたってヴチッチ首相がとったこうした行動は驚くにあたらない。北大西洋条約機構(NATO)がセルビア爆撃を行った1999年当時、ヴチッチ氏はミロシェヴィッチ政権の若き情報相だった。ヴチッチ氏は、当時独立系メディアに対して抑圧的な法律を適用して数十万ドルにのぼる罰金を課すなど、厳しい検閲を敷いていたことで知られている。

「ミロシェヴィッチ時代と何もかわりません。むしろメディア規制は今の方が悪化しているかもしれません。」とベテランジャーナリストのジャスミンカ・コチジャン氏は語った。

コチジャン氏は今年初め、ヴチッチ政権のメディア検閲がどのように機能しているか身をもって知ることとなった。

コチジャン氏は、ヴチッチ氏がセルビア北部の街フェケティッチで降り積もった雪の中から子供を救出したとする映像が大々的に報じられたのち、実際にはボランティアが人々を救出していた実態を報じる赤十字の記事を自身のフェイスブックに掲載した。彼女はその直後、勤務先の国営タンユグ通信の編集委員の職を解かれたのである。

2012年に政権に就いて以来、ヴチッチ氏と側近らは、与党進歩党に批判的なオンライン上のあらゆる報道内容(風刺議論のみならず事実報道も含む)を削除することに躍起となっている。与党内の問題を取り扱ったブログは削除され、昨年11月に2度目の結婚をした時も、それに関する写真や記事は即座に削除の対象となった。

最新の独立系オンラインメディアに対する弾圧は6月1日に発生した。「ペスカニック」が、ヴチッチの側近ネボイシャ・ステファノヴィッチ内相の博士号論文に関する3人の大学教授による分析内容を報じたところ、ウェブサイトが突如利用不可能な状態になったのである。同メディアは3教授の分析結果として「ステファノヴィッチ氏の博士論文は盗作」と結論付けていた。(原文へ

IPS Japan

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【ヨハネルブルクIPS=ジュリッタ・オナバンジョ、ベノワ・カラサ、モハメド・アブデル=アハド】

クラリスさんは、わずか17才にして既に2人の母親である。夫、そして彼の4人の妻とともにチャド南部の農村地帯に暮らしている。3年前、クラリスさんは、母親と姉たちが何かのパーティーのために食事の準備をしているのを見ていた。最初のうちは他の参列者と一緒にお祝いをしていたのだが、それが自分の結婚式であるとはまったく知らなかったのである。それを知った時彼女は、気も狂わんばかりになった。

「逃げようとしたけど捕まえられたの。私の3倍も年上の男性と結婚させられたわ。…それまで通っていた学校も突然退学されられた…。そして10か月後、私の腕の中にはもう赤ちゃんがいたのです。」と、クラリスさんは語った。

クラリスさんは、毎年世界で、とりわけアフリカにおいて、若くして(早い場合8歳から)結婚させられている数多くの女性の一人である。彼女たちの多くは、自分よりも遥かに年上の男性に嫁がされるケースが少なくない。

世界的に見れば、中・低所得国の女児の3人の1人が18才未満で、9人の1人が15才未満で結婚している。もしこの傾向が続けば、毎年1510万人以上の少女が結婚するだろうと推定されている。

児童婚姻率が3割を超える世界41か国のうち、30か国はアフリカに位置している。状況はとりわけ西アフリカで厳しく、18才未満の婚姻が4割、15才未満の婚姻が6人に1人となっている。

児童婚がアフリカで続いている背景として、いくつかの社会・文化的規範や、宗教的、伝統的な通念の存在が指摘されている。

さらに、経済的な側面が児童婚を継続させている要因となっている。貧しい生活を送っている多くの家庭にとって、児童婚は収入を得る手段であり、経済的に生き残っていくための戦略なのである。

児童婚が及ぼす影響

しかし、こうした背景要因や正当化しようとする諸理由に関わりなく、児童婚は当事者の少女たちはもとより、社会全体に極めて深刻で有害な影響を及ぼしている。児童婚は、少女から子どもとしての時期を奪い、教育を受けることを阻害し、様々な機会を制限して、暴力や虐待の被害者となるリスクを上げ、少女の健康を脅かす行為なのである。多くの「幼な妻」たちは、自身が精神的、肉体的な準備が整う前に、妊娠と出産を何度も繰り返さざるを得ない過酷な環境に置かれるである。

スーダンのアワティフさん(24)は、まだ学校に通っていた14才の時に結婚した。自身の意思に反して学校をやめさせられ、まもなく妊娠した。「あの時は何日もかかる難産(閉鎖性分娩)で、あまりの痛みに死ぬかと思ったわ。結局、自宅では手に負えなくて病院に担ぎ込まれたのだけど、子どもは死産となり、私は産科瘻孔(ろうこう)を患うようになったの。」とアワティフさんは語った。その後、夫は彼女を捨て、離縁させられた。

国連人口基金(UNFPA)ババトゥンデ・オショティメイン事務局長は、「いかなる社会も、児童婚が引き起こす機会の喪失、才能の浪費、個人的な搾取を許容する余地はありません。」と語った。

児童婚撲滅は可能

児童婚は、決して看過できない人権及び公衆衛生問題である。まず何よりも児童婚は、「児童の権利に関する条約」と「子どもの権利および福祉に関するアフリカ憲章」人権条約に違反している。

従ってアフリカの政策責任者には、自国の政府が公約した国際法を順守するためにも、女児の権利を保護する義務がある。そしてその中には児童婚に終止符を打つという義務も含まれているのである。

児童婚という慣行を止めさせるには、この有害な社会規範を変革するとともに、少女たちをエンパワーする取り組みが社会の全てのレベルにおいて行われる必要がある。とりわけ児童婚撲滅を真剣に模索している政府、市民社会、コミュニティーリーダー、家族は、結婚最低年齢を規定する法律を公布、施行するとともに、コミュニティーレベルでこの法律を支持していく体制構築を検討すべきである。

児童婚を撲滅できれば、少女らの人権保護のみならず、従来増加傾向にある十代の妊娠件数を減少へと反転させることが可能になる。いかなる児童婚も決して許さないという確固たる目標をもって、法的に禁止することが、まずは重要な第一歩となるだろう。しかし、せっかく法律を制定しても、コミュニティーの支持を得て法に実効性が持たせられないかぎり、問題は解決しないだろう。

一方で、児童婚の現状打破を目指した効果的な取り組みもアフリカ各地で実施されている。たとえば、ニジェールの「夫の学校」や、多くのアフリカ諸国における「少女イニシアチブ」などである。

モザンビークでは、「ガールズ・フォーラム」として知られるイニシアチブが実施されており、ここで少女らは、自信と自己決定能力を養うとともに、結婚や性と生殖に関する健康・権利に関する理解を高めている。

教育は少女らの潜在的な能力を解き放つ鍵であるとともに、アフリカにおける少女らの結婚年齢を遅らせる効果がある。複数の研究によれば、教育程度が低いと結婚が低年齢化する傾向にある。ところが中等教育まで進むと、低年齢結婚の可能性が6倍低くなるとの知見もある。

従って、政策責任者が児童婚に効果的に対処するには、とりわけ少女の義務教育を徹底させることが重要である。

Alphonsine Zara, 35, was married off traditionally at the age 16. She is still suffering from the harsh consequences of her early marriage. Courtesy: United Nations Population Fund (UNFPA)
Alphonsine Zara, 35, was married off traditionally at the age 16. She is still suffering from the harsh consequences of her early marriage. Courtesy: United Nations Population Fund (UNFPA)

アフリカ連合(AU)と「児童婚根絶キャンペーン」

アフリカ連合委員会(AUC)ヌコサザナ・クラリス・ドラミニ=ズマ委員長は、アフリカの児童婚の問題にAUとして政治レベルで取り組む決意を次のように語った。「私たちは児童婚を根絶しなければなりません。幼い年齢で花嫁にされる少女らは自身が子どもであるにもかかわらず無理やり子どもを産むことを強制されているのです。」この公約は、5月29日に新たに始まった「アフリカにおける児童婚撲滅キャンペーン」を通じて実施に移されている。

このキャンペーンの総合的な目的は以下のようなものである:

・人権を保護し促進する政策や活動を支援することで児童婚を終わらせる。

・アフリカ大陸全体で児童婚に関する認識を高める。

・(児童婚を根絶していくうえでの)法執行における障壁や障害を取り除く。

・児童婚がもたらす社会経済的影響を究明する。

・非国家主体が科学的根拠に基づく政策対話やアドボカシー活動ができるようキャパシテ

ィビルディングを行う。

少女らが自身の可能性を達成できるよう力を結集する。

UNFPAは、今回のAUによるキャンペーンが、アフリカの児童婚撲滅を目指す戦いにおけるターニング・ポイントになると考えている。アフリカはもはや、子どもたちが花嫁にされるこの因習をもはや許容できないところまで来ている。少女らが自身の可能性を最大限に発揮できるよう保証するときにきているのだ。アフリカでは、これまで多くの誤った理由や議論に基づいて、児童婚があまりにも長くに亘って許容されてきた。しかし今日までこの有害な慣行の負担を強いられてきた幼い少女らは、いつまでも児童婚が無くなる日を待ち続けるわけにはいかない。児童婚は、たとえ一日たりとも、これ以上、許容されてはならないのだ。(原文へ)※ジュリッタ・オナバンジョは国連人口基金(UNFPA)東部・南部アフリカ地域事務所所長、ベノワ・カラサは同西部・中部アフリカ地域事務所所長、モハメド・アブデル=アハドは同北部アフリカ・アラブ諸国地域事務所所長。世界で児童婚が最も多い国上位10カ国のうち、9カ国がアフリカの国々で、ニジェール(75%)、チャド(68%)、中央アフリカ共和国(68%)、ギニア(63%)、モザンビーク(56%)、マリ(55%)、 ブルキナファソ(52%)、南スーダン(52%)、マラウイ(50%)である。

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