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終戦宣言への懐疑論を受けて

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=チャンイン・ムーン】

われわれがいまだ選んだことのない道について、恐怖のために何も行動を起こさないならば、何も変わらない。

文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領が2021年9月21日の国連総会演説で、朝鮮戦争の正式な終戦宣言を実現するために国際社会の協力を求めて以来、この問題は、文大統領の任期終了が近づく中で政府の外交努力の最前線にある。(原文へ 

2021年11月26日、金富謙(キム・ブギョム)首相はアジア欧州会合(ASEM)参加国に支援を呼びかけ、「終戦宣言は、朝鮮半島に暮らす全ての人が願う平和のために、決して放棄できない目標である」と強調した。また、李仁栄(イ・イニョン)統一部長官は近頃、終戦宣言は「韓国、北朝鮮、米国が相互の敵意と対立を棚上げし、対話を開始し、平和を目指して信頼を確立するために有益な手段である」と述べた。

しかし、韓国にも国際社会にも、終戦宣言を追求することへの大きな懐疑論と不支持が存在する。終戦宣言は単なる紙切れであり、何も変えられないと皮肉を込めて主張する者もいる。朝鮮半島の和平プロセスが終了するまで、つまり北朝鮮の非核化が完了し、真の平和が根付き始めるまでは、終戦宣言を控えるべきだと言う者もいる。

また、終戦宣言は現状を変更し、朝鮮半島の安全保障を危機にさらす恐れがあるという懸念も存在する。評論家は、終戦宣言によって国連司令部の解体、米軍の撤退、米韓合同軍事演習の停止につながる恐れがあると言う。

より実務的なレベルでは、文政権はこの問題について関係国と十分な協議を行うことなく、あまりにも強引に正式な終戦を目指していると考える者もいる。関係国の見解を考えると、これは特に問題であると彼らは言う。北朝鮮は、対話の場に戻る前に米国と韓国が“ダブルスタンダード”と“敵対政策”を撤回しなければならないと主張する。米国は、名目上は終戦宣言を支持しているものの、実際には懐疑的である。中国は傍観している。日本は、正式な終戦は時期尚早だと主張している。

もう一つの論点はタイミングである。文大統領の任期満了まで残り5カ月、大統領選まで残り3カ月しかないことから、文は、正式な終戦という重大な一歩を踏み出すことによって次期政権に重荷を負わせるべきではないと言う者もいる。

このような見解や批判には見るべきものがないわけではないが、誇張していると思われる点がいくつもある。

第1は、終戦宣言の性質についてである。文政権が提案していることは、戦争の終了を確認するというより、70年以上にわたって続いている戦争を終わらせなければならないと断言することである。

そのような仕事が1枚の紙切れで終わることはない。終戦宣言は、現在の行き詰まりを終わらせ、信頼を醸成し、非核化に向けた突破口を見つける努力を象徴するものといえる。それは、当事者の誰もが最初に行動を起こそうとしない膠着状態において、終戦宣言が出発点になり得るという考え方に信憑性を与える。

次に、現状を変更することへの懸念について考えてみよう。確かに終戦宣言は、半戦争状態のような現状を終わらせ、恒久的平和に移行しようとすることにより、現状を変更しようとする試みといえる。しかし、文がすでに表明した通り、終戦宣言は国連司令部の解体、米軍の撤退、あるいは米韓合同軍事演習の停止をもたらすものではない。

これらの事項は全て、韓国が主権国家として下す決定であって、それらは北朝鮮が長年要求してきたことではあるが、終戦を宣言したからといって、ただちにそのような構造的変化をもたらすわけではない。

韓国政府は、米国との同盟と安全保障体制を維持しつつ、敵対関係を改善し、北朝鮮の非核化を促進する足掛かりとして終戦宣言を考えている。それは、和平プロセスの長い旅の暫定的な第一歩でしかない。それは、交渉がいかに難しいものとなるかを示しているが、かといって安全保障上の脅威が増大すると結論づけるのも行き過ぎと思われる。

同じことが、環境の分析にもいえる。北朝鮮が主張している前提条件は、いつも同じである。しかし、北朝鮮の指導者である金正恩(キム・ジョンウン)の近頃の前向きな発言を見ると、北朝鮮政府も終戦宣言がこれらの要求を実現するマスターキーではないことを分かっているようだ。

米国が“永遠の戦争”を望んではいないと仮定すると、終戦宣言は間違いなく米国にとって検討に値する選択肢である。中国も、朝鮮戦争の交戦国という立場を考えると、終戦宣言には自国も加わることを前提としており、反対する理由は何もない。もちろん日本については十分な検討が必要であろうが、日本は終戦宣言の当事者ではないため、主要変数ではない。

懐疑的な人々は、今が適切なタイミングなのかと問う。しかし私は、終戦宣言が早すぎるということはなく、それどころかあまりにも遅すぎたと考えている。この戦争は、冷戦が終焉した30年前とはいわないまでも、遅くとも2018年には終結しているべきだった。

文にとって、任期が残り少ないというだけの理由で、朝鮮半島に平和をもたらす外交努力をやめるなどということは、憲法上の任務をあからさまに放棄することであろう。文は大きな政治判断的な行動は次期政権に委ねるべきだという主張については、私はそれを政治的スピンだと考える。平和と安全保障を国内政治のエサにしようとする言い分である。

終戦宣言は平和への道をいっそう複雑にするという懸念がある。しかし、われわれがいまだ選んだことのない道について、恐怖のために何も行動を起こさないならば、何も変わらない。

70年間引きずってきた戦争を終わらせるべき時が来たと宣言することは、分別があり、心ある行いである。そして、われわれは、能力の面でも制度の面でも、それに対処する十分な用意がある。核兵器と永遠の戦争が、朝鮮半島において若い世代に残すレガシーでないことは間違いない。

この話題に関するより詳しい議論については、ストックホルム国際平和研究所のダン・スミス所長と本論考の筆者である世宗研究所の文正仁(チャンイン・ムーン)理事長が出演したこちらの動画(Special Roundtable: Ending the Korean War)を視聴されたい。

チャンイン・ムーン(文正仁)世宗研究所理事長。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。

この記事は、2021年12月6日に「ハンギョレ」に初出掲載されたものです。

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【ヨハネスブルクIDN=イブラヒム・マヤキ、ワンジラ・マータイ】

世界で最も地球温暖化ガス排出量が少ない地域にも関わらず地球温暖化の悪影響に最も晒されている(2020年だけで400万ヘクタールの森林が喪失)アフリカ大陸では、この傾向を逆転させるべく、域内32ヶ国政府が加盟する森林回復イニシアチブ「アフリカ森林景観復興イニシアチブ(AFR100)」が始動している。来年のCOP27までに、20億米ドル(約2,200億円)の資金動員を目標とし、故ワンガリ・マータイ女史が実践したような地元コミュニティー主導の草の根活動の支援を通じて、2030年までに1億ヘクタールの土地回復を目指している。(原文へ

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ドイツからTPNWに重要なシグナル――しかし、それ以上ではない

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】

ドイツの連立新政権は、ドイツの外交・安全保障政策の基盤を揺るがすつもりはない。新政権は、EUとNATOにおける信頼できるパートナーであり続けることを望んでいる。しかし、軍縮と軍備管理努力については重要なシグナルを送っている。177ページに及ぶ連立合意文書には、核兵器禁止条約(TPNW)に関する次のような一節がある。「核不拡散条約(NPT)再検討会議の結果に照らして、また、同盟国と密接に協議したうえで、われわれは、核兵器禁止条約締約国会議へオブザーバーとして(締約国ではなく)参加し、条約の意図に建設的に寄り添っていく」。これは、新しい、重要な考え方である。新政権樹立の前でさえ、米国、フランス、NATOは、彼らがTPNWになびいていると批判していた。NATO全般にいえることだが、ドイツのこれまでの安全保障政策の立場は、NPTのほうが重要度が高く、TPNWは蛇足であり、NPTに関する審議に混乱をもたらすというものだった。TPNWに反対する根拠は、ハイコ・マース前外相によると、ドイツは、「この世界における核弾頭の数を減らすことを目指して努力する」ために、NATOにおいて、また米国の同盟国として自国の影響力を行使することを望んでいるというものだった。(原文へ 

ベルリンの連立政権パートナーは、NATO、EU、そして安全保障専門家の間でTPNWがいかに微妙な問題であるかを分かっている。それが、TPNW会議でオブザーバーの地位しか求めない理由、また、NATOの核の概念において引き続き役割を果たしたいと連立合意文書に明記した理由の一つである。ドイツの立場を明確にするために、連立合意文書には、「欧米の同盟関係は中心的要素であり、NATOはドイツの安全保障の不可欠な部分である」とも記載されている。しかし、TPNWにおけるオブザーバーという立場は決して中立的とはいえない。なぜなら、2022年3月に初めて開催される会議の費用は、オブザーバーも負担しなければならないからである。

今までのところ、全ての核兵器保有国はTPNWを拒絶しており、条約締約国会議へのオブザーバーの地位を受け入れることも拒否している。NATOは自らを核同盟と呼んでおり、同盟の究極的な目標は核兵器のない世界であるものの、NATOの核抑止力は「最大限の抑止力」であると述べている。また、米仏の大統領が2021年10月にローマで会談した際に調印した共同声明では、各国の集団防衛における中心的要素として抑止力をさらに強化するという目標が繰り返し述べられた。

TPNWに関して欧州の意見は分かれている。欧州の4カ国、具体的にはオーストリア、アイルランド、マルタ、サンマリノは条約を批准している。ノルウェーはこれまでのところ、オブザーバーとして参加することを約束した唯一のNATO加盟国である。したがって、TPNWが受け入れられるためには、もう1カ国のNATO加盟国がオブザーバーの地位獲得を望むことが重要である。しかし、NATOに加盟するフランスと英国は核兵器を保有しており、EUに加盟する4カ国(ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ)とトルコは、NATOの核共有制度のもとで領土内に米国の核兵器を受け入れている。これは当然ながら、「いかなる状況においても、核兵器またはその他の核爆発装置を開発、実験、生産、製造、その他の方法で取得、保有、または保管しない」ことを締約国に求めるTPNWとは両立し得ない。

そのため、ドイツの核抑止力に関する他の二つの問題、すなわちドイツの核共有制度とドイツ領内に配備された米国の核兵器という問題は、TPNWにおけるドイツの立場と密接に関連している。ドイツのビューヒェル空軍基地には、約15発の米国製B-61 戦術核が配備されている。それらは、近代化される予定である。核共有制度では、緊急事態の場合、米空軍ではなくドイツ空軍がこれらの核爆弾を標的に落とすことを想定している。新政権の主要な代表者(緑の党出身のアンナレーナ・ベアボック新外相、社会民主党(SPD)のロルフ・ミュッツェニヒ院内総務)は、選挙運動中から、近い将来これらの核兵器を撤去することを求めている。

できないことを、どうやるというのか? 軍備管理と米国の核兵器の撤去については明確なシグナルを送りながら、核抑止力と完全かつ絶対的なNATO加盟国としての地位を固守するとは。それに加えて新政権は、「欧州の戦略的主権の拡大」を望んでいる。これは、エマニュエル・マクロン仏大統領が繰り返し使っている言葉である。マクロンは、欧州の独立性の強化とNATOへの軍事依存度の低下を訴えている。ドイツの新政権がドイツの核関与に関する決定を先延ばしにする余地はほとんどない。ドイツ連邦軍の核ミッションに使用されるトーネード戦闘機は老朽化している。トーネード85機のうち実際に運用可能なのは4分の1に満たない。核共有制度を継続するなら(政権がNATO加盟国という立場を疑問視したくないなら、継続は必須と思われる)、新たな戦闘機が至急に必要である。ドイツの前政権は、この任務のために米国製戦闘機を購入することを発表し、意思決定プロセスを進めていた。しかし、連立与党三つのうち二つ(SPD、緑の党)に強い反発が見られ、両党とも、ドイツ領内における米国の核兵器受け入れと、新たな核搭載可能戦闘機を調達する莫大な費用に反対している。しかし同時に、いささか理解しがたいが、新政権は「同盟内の公平な分担」を訴えている。簡単に言えば、GNPの2%という約束した目標を達成するための軍事費増額である。興味深い余談として、政府はこの具体的比率の軍事費にコミットすることを控え、代わりに外交、開発援助、防衛を合わせた支出を3%とする目標を掲げることを決定した。このような姿勢は、安全保障が軍事活動のみに依存するのではないというシグナルである。

ドイツがTPNWにオブザーバーとして参加する希望を発表したことで、核兵器の有用性に対する明確な疑念が表明された。しかし同時に、NATOとEUの重要な同盟国を疎外するわけにはいかない。もちろん、連立合意文書は確定事項ではなく、現実において成果を示さなければならない。しかし、安全保障政策の概念は完全に一貫しているとはいえない。なぜなら、そこには核政策に対する賛成派と反対派が入り交じっているからである。新政権は、統治のリアルポリティークだけでなく、緑の党の平和主義的伝統や社会民主党の反射的な軍批判を反映し、さまざまな方向に引っ張られているようである。その結果最も起こり得ることは、軍備管理や軍縮の重点化(願わくばイニシアチブをとり)、それと同時に(全ての選択肢を使えるようにするために)核兵器ミッションに対応できる戦闘機の調達である。また、特に米国やNATOからの(さらには、ロシアの軍隊とその意図を特に懸念しているポーランドやバルト三国といった東側諸国からの)批判を避けるために、軍事費の増額は起こり得る。

TPNW会議への参加意向を発表したことは、核政策への批判と疑問を表す明確なシグナルであり、それは他の国々にTPNWへの同意表明を促すことになるかもしれない。それは、パリ、ワシントン、ブリュッセルに警鐘を鳴らすシグナルでもある。近い将来、それが重要なシグナル以上のものとなるかどうかが分かるだろう。いずれにせよ、このドイツのイニシアチブについてはさらなる議論が交わされ、恐らくNATO内には混乱と動揺も生じると予想される。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRIの科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

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バイデン政権の10の問題点と1つの解決法

【ニューヨークIDN=メデア・ベンジャミン、ニコラス・デイヴィス】

政権発足後10カ月間のバイデン政権の外交政策を、オバマ、トランプ政権の政策と比較しながら評価したメディア・ベンジャミンとニコラス・デイヴィス氏による視点。バイデン氏は、トランプ前政権下で損なわれた外交力を回復させることを公約に掲げて就任したが、新START更新やアフガン和平プロセスといった成果を除いては、概ね軍産複合体が望む軍事・経済制裁(対キューバ・ベネズエラ・イラン制裁、シリア・アフガン空爆、イエメン内戦への武器支援等)、軍備拡大路線(対中ロ軍拡競争)を進めている。(原文へFBポスト

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【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス

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グラスゴー気候変動会議: コップは半分空

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=イアン・フライ

グラスゴー気候変動会議、通称COP(コップ)26は、多くの人にとって大きな失望をもたらすものだった。英国政府は多くの約束をしたが、石炭火力の段階的廃止への言及をめぐる土壇場での紛糾は、多くの人にとって後味の悪いものとなった。グラスゴーは、世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5°Cに抑えるというパリ協定の目標に向けて国際社会の方向性を定めるチャンスだった。太平洋の小島嶼開発途上国にとって、グラスゴー会議は、気候変動に対するグローバルな行動を促す転換点となるはずだった。(原文へ 

中国とインドの強い要請により、土壇場で会議の全体決議(グラスゴー気候協定と呼ばれる)が変更され、「石炭火力発電の段階的廃止」という文言が削除され「排出削減対策が取られていない石炭火力発電の段階的な削減」に置き換えられたことは、多くの人に、世界は本気で気候変動に取り組む気があるのだろうかという気持ちを抱かせた。

この文言変更の背景にあるストーリーは重大であり、考察に値する。インドと中国は、1990年に気候変動交渉が始まって以来一貫して、排出量を削減し気候変動に取り組む主要な責任は先進国にあると主張してきた。この考え方は国連気候変動枠組条約の「それぞれ共通に有しているが差異のある責任、各国の能力」という文言に明確に盛り込まれている。インドと中国は、自国の開発は全人口に安価な電力が供給されるかどうかにかかっていると主張する。現時点で、石炭火力発電はこの開発戦略の主要な要素であるようだ。言うまでもなく、他の多くの開発途上国は、気候変動の影響に対して極めて脆弱であり、石炭や他の化石燃料の段階的廃止が自国の開発と存続にとって不可欠だと考えている。

他の開発途上国にとって、安価な電力に至る道は、別の方向に進むことである。COP期間中、南アフリカ、ドイツ、英国、米国、EUは、南アフリカの経済、特に電力供給部門における脱炭素化を目指す公正なエネルギー転換のための国際パートナーシップを締結した。85億米ドルの資金を投じ、20年間で排出量を1~1.5ギガトン削減し、低排出で、気候レジリエンスのある経済への移行を目指す。インドと中国が文言をめぐって騒いでいる陰で、南アフリカは彼らの未来のために重大な取引を着々と進めていたようである。他の人々より上手に振る舞うことを知っている人々もいるものだ。

そうはいっても、米国と中国も、2020年代の気候行動強化に関する米中グラスゴー共同宣言と呼ばれる協定を締結した。宣言の大部分は願望的な内容で、いずれの側の重要な協働努力も約束されていない。

最後に、「排出削減措置を講じていない」という言葉についてひと言述べよう。この言葉は、「化石燃料への非効率的な補助金の段階的廃止」の「非効率的な」と同様、米国の法律家たちが持ち込んだようである。グラスゴー気候協定にも、この言葉が使われている。気候変動交渉における言葉の推敲を研究し、実践している者から見ると、この二つの言葉は、石炭や化石燃料への補助金を廃止することにあまり乗り気でない人々にとって、解釈の余地が非常に大きい表現である。「排出削減措置を講じていない」という言及は、石炭火力発電と炭素回収・処分技術を使用したいと思っている人々への承認である。一方、化石燃料への「非効率な」補助金という言及は理解し難い。化石燃料への効率的な補助金ならまだ大丈夫という意味だろうか?

 メディアの大々的な報道に反して、グラスゴー気候協定は、COP26の注目すべき唯一の成果ではない。パリ協定の「ルールブック」が完成し、協定の全面的実施が可能になったのである。パリ協定の炭素市場(第6条)に関するルールが完成したことは、重要な成果である。それにより今や、1.5°Cの目標達成に向けた取り組みを強化するための市場を促進する手段として、国同士が排出削減量を取引する方法が導入された。ただし、これは理論的な話である。コンセンサスによる意思決定に基づいて国際的に合意された一連のルールがどれもそうであるように、悪魔は細部に宿るのである。全員が勝つわけでもなく、全員が負けるわけでもない。これは妥協のプロセスである。この炭素取引協定には、重大な抜け道が存在する。例えば、ブラジルが強く主張したため、京都議定書に基づいて2020年より前に発行された炭素クレジットを2020年以降の新たな炭素市場に移管することができるようになった。これは需給バランスに大きな影響を及ぼし、市場を弱体化させる可能性がある。

各国がパリ協定に基づく国別目標(「国が決定する貢献」<NDC>)の達成努力を報告する方法に関するルールも、グラスゴーで合意された。これは、「強化された透明性枠組み」(ETF)と呼ばれる。これによって、鋭い目をもった人々は、誰が排出量削減に本気で取り組んでいるか、誰が制度の抜け道を利用しようとしているかを見張ることができるようになった。今後に注目である。

グラスゴーでは、損失と損害の問題も大きな論争の的となった。開発途上国は、損失と損害に関する新たな補償制度を設立する案を提出した。これは、米国によって全面否定された。このような制度を設立すれば、世界最大の温室効果ガス汚染国がもたらした損害に対する補償責任を認めることになると考えているのである。制度案は、日の目を見ずに終わった。この制度が実現するには、いっそう厳しい交渉が必要だろう。

各国がパリ協定のルールをめぐって論争を繰り広げる一方で、諸団体、企業、一部の政府は、公式な国連プロセスの外で多くの興味深い誓約、宣言、協働を行っていた。これらには、森林と土地利用に関するグラスゴー首脳宣言、ビヨンド石油・ガス連合、ファースト・ムーバーズ・コアリション、国際航空気候野心連合、グリーン海運回廊の開設を目指す「クライドバンク宣言」などがある。恐らく最も注目するべき成果は、ネットゼロのためのグラスゴー金融連合である。この連合は、金融部門が一致団結してネットゼロ経済への移行を加速することを目的としている。95を超える金融機関がこの連合に参加している。これがグローバル経済の脱炭素化を目指す真の努力なのか、気候変動の影響に関する株主や一般の人々の増大する懸念を和らげるための見せかけに過ぎないのか、今後を興味深く見守りたい。

もう一つの注目するべき誓約は、17億米ドルを拠出して先住民族や地域コミュニティーを支援し、生物多様性に富む熱帯林の保護を目指す、英国、ノルウェー、ドイツ、米国、オランダ、そして17の資金提供者による宣言である。資金提供者たちによれば、これは、土地保有制度を強化し、先住民族と地域コミュニティーの土地保有権と資源利用権を保護するために用いられる。

脆弱な太平洋島嶼国から見ると、グラスゴー会議は、パリ協定で定めた1.5°Cの目標を達成する方法について決定的な宣言を出すことができなかった。英国政府がCOP議長国としての1年間に、グラスゴーで達成できたものよりはるかに多くのことを実現するかどうかに、全ての目が注がれる。現時点で、コップは半分空である。但し書きや難解さの余地を与えることのない新たな約束によってコップがいっぱいになることを期待しよう。

イアン・フライ博士は、1997年のCOP3以来、ツバル政府派遣団の一員として気候変動交渉に参加してきた。2015年にツバル政府の気候変動・環境大使に任命され、2019年まで同職に就いた。COP26にはソロモン諸島政府の顧問として出席した。オーストラリア国立大学フェナー校環境・社会学(Australian National University’s Fenner School of Environmental and Society)の非常勤講師も務めており、国際環境政策を専門としている。また、国連太平洋地域代表として国際環境法委員会に参加している。

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【ニューヨークIDN=キャロライン・ムワンガ】

国連教育科学文化機関(ユネスコ)が11/25に発表した、人工知能(AI)の倫理に関する史上初の国際的な規範に焦点を当てた記事。ユネスコが同月開いた総会で、全193加盟国が採択した。規範は「いかなる人も、AIによって経済、政治、精神的に傷つけられてはならない」と明記。AIを開発、利用する際に尊重すべき価値として①人権、②環境保全、③多様性、④平和や公正さを掲げ、基本的自由やプライバシー保護など10の原則を規定している。また、文化や言語、性別の違いで差別を生まないような配慮も必要だとしている。(原文へFBポスト

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【Global Outlook=フォルカー・ベーゲ】

COP26に出席するため2021年11月にグラスゴーまでたどり着くことができた太平洋諸島民は、ごくわずかだった。会議出席者約3万人のうち、太平洋諸島国家(PICs)からの出席者は140人程度のみである。コロナ禍による制約のため、政府派遣団も市民社会の代表者も、これまでのCOPと比べると大幅に少なくなった。「コロナ禍に関連する渡航制限のため、今回のCOPは参加への障壁がはるかに高くなっており」、さらに「英国のビザ給付制度が非常に厳しく、特に欧州と北米以外から来る個人に対して厳しいという」問題も加わったことを、市民社会の代表者たちは強く批判した。なかには、参加を阻止する口実として意図的に新型コロナが利用されたのではないかと疑う者もいた。(原文へ 

しかし、少人数ながらも、太平洋諸島の参加者ははっきりと意見を述べた。彼らは派遣団の人数の少なさを乗り越えて、議事の進行に影響を与えることに成功した。世界は、PICsの苦境に目を向けなければならない。なぜなら、PICsは気候変動によって最も深刻な影響を受けており、しかもそれに対する責任はほとんどないからである。事実、サモアのフィアメ・ナオミ・マタアファ首相が指摘するように、「太平洋[諸国]は、世界全体の温室効果ガス排出量に占める割合が0.06%未満でありながら、気候変動の最前線に立たされ、その影響に対して最も脆弱である」。

このような状況が太平洋諸島の人々に強力な道徳的権限をもたらし、太平洋諸国のCOP26参加者はそれを行使したのである。彼らは繰り返し、気候変動が島の人々と祖国に及ぼしている破壊的な、生命を脅かしさえする影響を強く訴え、責任を負うべき他地域の参加者たちを指さし、炭素排出量を削減するとともにPICsが気候変動による現在と未来の影響に適応しようとする努力を支援するため、断固とした行動を取るよう要求した。グラスゴーまで行くことができたPICsの首脳たち、すなわちフィジー首相、ツバル首相、パラオ大統領は、オンラインで自国から会議に参加した他の太平洋諸国の首脳たちからの支援を受けて、自分たちのメッセージを力強く訴えた。太平洋諸島フォーラム(PIF)のヘンリー・プナ事務局長は、18のPIF加盟国・地域を代表して演説し、「私たちの島、私たちの海、私たちの人々は、すでに、海面上昇、極端な大潮、破壊的なサイクロンなど、気候変動の破滅的な影響に直面している」という事実を会議出席者に思い出させた。そのため、PIF諸国の首脳たちは「気候変動を、私たちの地域にとって単独で最大の脅威であると認識している」と。

フィジーのボレンゲ・バイニマラマ首相は、いまだに気候変動への取り組みを行おうとせず、したがって、太平洋の人々が陥っている絶望的な状況への責任を一身に負うべき人々を批判した。彼は、「資源、技術、プロジェクト、あるいは革新的潜在力が人類に足りないわけではない[……]、足りないのは行動する勇気、そして株主の強欲さや炭素協定における企業の利益よりも孫たちの未来を選ぶ勇気である」と述べ、「野心的な気候目標がもたらす良い仕事と革新的産業という未来よりも石炭のために争うような炭素依存症の者たちの衝突」を非難した。「これらのリーダーたちは誓約をするが、計画を示さない。彼らは科学を捻じ曲げようとさえするが、私たちは行動の加速が緊急に必要であることをなかったことにさせるわけにはいかない。クリーンな石炭、持続可能な天然ガス、エシカルオイルなど、全て自己中心的な発想のたわごとである」(名指しはしなかったものの、この批判の矛先がオーストラリア政府であることは容易に特定できる)。

ツバルのカウセア・ナタノ首相は、気候危機が「太平洋の暮らしにとって単独で最大の脅威である」ことをさらに強調したうえで、「主な排出国に対して、より強力な気候対策」を講じるよう緊急に要請した。彼は、気候適応対策の資金調達に関するより強力なコミットメントが必要であることを強調し、特に、損失と損害に対する追加的な資金提供メカニズムを求め、気候変動対策が今後進んだとしても、PICsが気候変動に起因する深刻な損失と損害に苦しむことは避けられないと訴えた。

この問題は、COP26において太平洋諸国の首脳たちの優先事項であった。パラオのスランゲル・ウィップス・ジュニア大統領は、「最も打撃を受けているわれわれ島嶼国は、あなた方の年間1,000億ドルという約束を、高コストな適応対策に必要な気候資金の大部分をまかなうために必要であると世界銀行が報告している、4兆ドルに引き上げることを要求する」と述べた。他の太平洋諸国の首脳たちも、適応対策資金として同じ要求をし、PICsが適応のために切実に必要としている資金である年間1,000億米ドルの約束もまだ守られていないと批判した。クック諸島のマーク・ブラウン首相は、「COPに加盟する先進国に対し、この約束を守るよう」釘を刺した。なぜなら、「クック諸島のような国々が適応できるかどうかは、拠出金1,000億米ドルの約束にかかっているから」である。さらに、「クック諸島は、損失と損害の補償資金となる新たな拠出金を求めている。それは、われわれの脆弱なコミュニティーが、気候変動の不可逆な影響により被ったリスクの移転を実現するために役立つだろう」。バヌアツの代表者も、「損失と損害は、今、ここで起きている。それなのに、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のメカニズムは成果を出していない」と主張した。バヌアツの最重要課題の一つは、「極端な気象現象や緩慢に発生する現象による壊滅的な損失と損害の年額をまかなうため、単独の損失・損害補償制度(Loss & Damage Finance Facility)の設置」であると説明した。

太平洋諸国からの出席者は、この問題に関する議論を牽引し、そのような損失・損害補償制度を設立するようCOP26で奮闘した。フィジーとツバルは、損失・損害補償案を提出し、途上国77カ国グループ(G77)の支持を取り付けた。舞台裏での多くの努力の末、「NO」と言った米国とカナダを除く全ての国の代表者から承認を得た。かくして、最終的に、「影響を受けた多くの国々が団結して訴えたグラスゴー損失・損害補償制度(Glasgow Loss and Damage Finance Facility)の設置はせず、損失・損害補償制度の設置に向けた下準備を行う最終決定文書が採択された」。これは、PICs代表者たちに大きな失望をもたらした。彼らにとって、損失と損害の問題は気候正義の中心的問題である。太平洋諸国の社会・文化的文脈においては場所と人々の間に強い精神的なつながりがあることを考えると、故郷が破壊され、退避と移住を余儀なくされることに伴う、非経済的な文化的および精神的な損失と損害も忘れてはならない。

太平洋諸島における精神性が果たす役割については、太平洋教会協議会(PCC)の生態系管理および気候正義担当エキュメニカル・イネーブラーを務めるイェマイマ・バアイとPCC事務局長を務めるジェームズ・バグワンが、いずれもCOP26に出席して、強く訴えた。彼らは、気候変動に関する議論一般、特にCOP会議を支配する非宗教的な人間中心の議題を批判した。そして、他の宗教団体、市民社会の活動家、先住民コミュニティーの代表者とともに、COP26の多様なサイドイベントを通して非主流派の選択肢を提案した。

そのようなわけで、太平洋の観点から見るとCOP26の成果には失望するべき点も多くあったが、楽観的な見方の理由となる重要な要因がある。それは、太平洋諸島の若者が際立った役割を果たし、力強い声をあげ、自分たちは闘いをあきらめていないことを世界のリーダーたちにきっぱりと示したことである。サモアの若き気候活動家ブリアナ・フルーエンは、COP26の開会式で英国のボリス・ジョンソン首相のすぐ後にスピーチし、「私たちは、この危機の単なる被害者ではない。私たちは、回復する力がある希望の光だ。太平洋の若者たちは、『われわれは溺れているのではない、闘っているのだ』というスローガンのもとに一致団結している。これは、世界に対する私たちの闘士の叫びだ」と宣言した。

フォルカー・ベーゲは、戸田記念国際平和研究所の「気候変動と紛争」プログラムを担当する上級研究員である。ベーゲ博士は太平洋地域の平和構築とレジリエンス(回復力)について幅広く研究を行ってきた。彼の研究は、紛争後の平和構築、混成的な政治秩序と国家の形成、非西洋型の紛争転換に向けたアプローチ、オセアニア地域における環境劣化と紛争に焦点を当てている。

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尾崎行雄記念財団関連映像はこちらへ

Videos filmed by INPS Japan on activities of Ozaki Yukio Memorial Foundation are here

キリバスの人々に迫る海 ― オーストラリアへの移住は実現するか?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

(この記事は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに基づいて、ニュースメディアサイト「The Conversation」より再掲載されたものです。元の記事はこちら)

【Global Outlook=アカ・リモン/アノテ・トン 】

私たちの環礁国は海抜2メートルしかなく、水は私たちに迫りつつある。

グラスゴーで開かれた気候会議COP26の進展と気運にもかかわらず、いまだに気候変動による最悪の事態を回避するために十分なスピードで行動していない。(原文へ 

190以上の国と組織が、石炭火力発電の速やかな段階的廃止と新たな石炭火力発電所への投資の中止に賛成したのは心強いことである。100以上の国々がメタンガス排出量を2030年までに30%削減するという誓約に署名し、ほぼ同数の国が2030年までに産業規模での森林破壊を止めることに同意した。

しかし、これらの合意にもかかわらず、キリバスは祖国の死に直面している。共同執筆者であるアノテ・トンは、大統領として15年間にわたりキリバスを率い、主執筆者であるアカ・リモンは、彼のもとで2014年から16年まで外務次官を務めた。

問題はスピードである。キリバスの国土は、グローバルな行動が気候変動を食い止めるより速く消滅しつつある。遅滞と世界的リーダーシップの欠如によりキリバスのような小さな島国の存在は、現在危うくなっている。

それは、国民に新たな居住地を見つける方法を緊急に見いださなければならないことを意味している。母国を去るのは非常に苦しいことであるが、ほかに選択肢はない。私たちに時間の余裕はないのである。困難な未来に備えなければならない。

私たちが必要としているのは、もはや故郷で暮らせなくなり、居住地を失った人々が受け入れ国に移住することができるというモデルである。オーストラリアのような国々は労働者を必要としており、私たちは近い将来居住地が必要になる。

これは、ますます正義の問題になりつつある。特にオーストラリアの行動は、COP26で掲げた最近の公約をどこまで誠実に守っているのかという疑問を投げかけている。

世界最大の液化天然ガス輸出国であり、世界第2位の石炭輸出国であるオーストラリアが変化に消極的であるために、太平洋地域の近隣諸国は文字通り消滅の危機に瀕している。オーストラリアは、2030年までに排出量を少なくとも半分に削減することを誓約しなかった唯一の先進国である。

グラスゴーでは、フィジーがオーストラリアに対し、2030年までに排出量を半減させるという現実的な行動を取るよう促した。その効果はあっただろうか? なかった。オーストラリアは、石炭依存に終止符を打つ合意への署名も拒否した。会議が終わった途端、大物政治家たちがCOP26の合意を弱体化させたのである。

私たちは、COP26 でオーストラリアが誓ったことが単なる紙の上の言葉でないことを切実に願っている。しかし、もしそうなら、確実性を求める私たちの必要性はいっそう強くなる。

率直に言えば、オーストラリアが本当に化石燃料を可能な限りたくさん売ることを計画し気候対策への取り組みを渋っているのであれば、彼らが私たちのためにできる最低限のことは、石炭やガスの燃焼がもたらした海面上昇から私たちが生き延びるための手助けをすることである。

尊厳ある移住のために

18年前(2003年)、当時のアノテ・トン大統領率いるキリバス政府は、キリバスの人々が気候変動に適応する方法として「尊厳ある移住」政策を導入した。

私たちは、イ・キリバス(キリバス人)の労働者に、海外で需要がある職に適合する国際資格を与えた。その後、キリバス、ツバル、フィジー、トンガ、ニュージーランドは、就職先がある場合は労働者がニュージーランドに移住することを認める制度を設立した。コロナ禍が始まる前は、キリバスから毎年75人がこの制度を利用して移住することができた。

ニュージーランドは、現在キリバスからの永住労働移民プログラムを提供している最初で唯一の国である。温かく迎えられているが、気候変動の深刻化に伴い、キリバス人のためにさらに多くの場所が必要である。

ニュージーランドと同様、オーストラリアも太平洋諸国の労働者のために季節労働者制度を拡大しており、現在、太平洋労働計画(Pacific Labour Scheme)の下で滞在期間の長期化とマルチビザの付与に向けて動いている。この計画が今後、ニュージーランドと同様の永住移民制度へと発展することを期待している。

国民が本当に安全な避難先を得ることを期待して待つ間にも、離散する移住者の数は増え続けている。キリバス人はいまや、フィジー、クック諸島、ニウエ、サモア、トンガのような、キリバスより高海抜の太平洋諸国に移住しつつある。

私たちは恐れているか? もちろんである。私たちは、この危機の最前線にいる。その原因になるようなことを最もしていない国の一つであるにもかかわらず。私たちの唯一の祖国である島を去るのは苦しいことである。しかし、科学は嘘をつかない。そして、私たちは水が迫りつつあるのを見るのである。

労働移住は、気候変動問題を解決するわけではないが、そのために真っ先に住む場所を失う私たちに希望を与えてくれる。

これは、気候正義における極めて重要な問題である。この大変動は、米国、中国、EUのような排出量の多い経済大国によって引き起こされたものである。しかし、その代償は全て脆弱な国々が支払っている。これは不公平である。

気候変動が悪化するなか、各国のリーダーたちは労働移住を通じて適応を支援する最善の方法を検討しなければならない。気候変動への怒りを放置し、さらに大規模な難民流入を引き起こすよりも、今、支援の計画を立てるほうがはるかによいだろう。

気候正義の問題

考えてみて欲しい。2018年、キリバス国民1人あたりの二酸化炭素換算排出量は0.95トンだった。それに対し、米国民1人あたりの排出量は17.7トンだった。このような不均衡にもかかわらず、米国はキリバスや他の低海抜国に起こっている状況に対してほとんど責任を取っていない。

ジョー・バイデン米大統領が最近、気候変動による被害が最も深刻で、対処するための資源が最も少ない国々を支援することにより、米国を気候資金におけるリーダーにすると誓ったことから、私たちはこの状況が変わるかもしれないと期待している。また、気候変動による避難民に米国で暮らすことを認める新たな法案が提出されたことも心強い。

排出量を削減し、温暖化に起因する問題の解決策を編み出すために、私たちは努力しなければならない。

国際法においては、気候変動によって家を失った人々の存在を認め、再定住できる方法を確立するための法整備が必要である。

キリバスには、気候耐性のあるインフラや、さらには浮き島といった他の解決策も提案されているが、これらは一夜にして実現できるものではなく、また、非常にコストがかかる。それに対し、労働移住は手っ取り早く、受け入れ国にも利益がある。

キリバスの現政府は、労働者のスキルアップと雇用機会を増やす努力を行っている。私たちは、大移住に備えてやるべきことをやっているのである。

キリバス人が移住しなければならないとき、気候難民としてではなく、確かな将来に手が届く対等な市民として赴くことができるよう願っている。

ますます気候変動が深刻化する中で、私たちは何とか生き延びるために全力を尽くしている。しかし、私たちの小さな村を救い、私たちの文化、言語、伝統、精神、土地、水、そして何よりも人々を生かし続けるためには、地球村全体の協力が必要なのである。

<訂正>本稿旧版では、オーストラリアを世界最大の化石ガス輸出国と記載していましたが、正しくは最大の液化天然ガス輸出国でした。

アカ・リモンオーストラリア国立大学の博士課程在籍中、アノテ・トンペンシルベニア大学のグローバルリーダー滞在プログラム招待者(Distinguished Global Leader-in-Residence)である。

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