【国連IPS=マキシミリアン・マラウィスタ】
アジア太平洋地域では雇用やGDP成長が活況を呈しているように見えるものの、その市場は米国の消費主義に依存した不安定で脆弱な構造を抱えている可能性が、複数の報告書から明らかになっている。
国際労働機関(ILO)が2025年5月に発表した「世界の雇用及び社会見通し」によれば、世界の雇用市場に関する予測は大幅に下方修正されており、その背景には依存性の高い脆弱な雇用市場の現状がある。
報告によると、世界のGDP成長率予測は3.2%から2.8%に引き下げられ、それに伴い雇用成長率も1.7%から1.5%へと減少、700万人分の雇用減少につながるとされている。この原因の根底には米国の消費主義があり、高関税による貿易の混乱が直接的に雇用減少に結びついていると分析されている。
世界市場が一国の消費に依存している状況は、雇用市場の弱体化を象徴している。さらに、労働所得比率(GDPに占める労働者の取り分)は2014年の**53%から2024年には52.4%**に低下しており、実質購買力平価(PPP)の減少を反映している。
スキル構造の変化も顕著だ。高所得・中所得国では低~中スキル職から高スキル職への移行が進んでいる。2013年から2023年の間に、職務に対してスキル不足の労働者は37.9%から33.4%に減少した一方、スキル過剰の労働者は15.5%から18.9%に増加した。
さらに、生成AI(ジェネレーティブAI)による影響も進行している。現在、4人に1人の労働者が業務の一部がAIによって自動化される可能性があるとされ、16.3%が中程度の影響、7.5%が高度な影響に晒されている(特に高スキル職において)。
不確実性が雇用予測を左右
いま、世界の市場が拡大しインフレ圧力が緩和しているにもかかわらず、企業は雇用拡大に慎重な姿勢を取っており、既存の従業員は維持するものの新規雇用には慎重になっている。地政学的混乱と構造的な転換が雇用情勢を大きく変え、企業にとって前例のない新たな局面を迎えている。
インフレ率はほとんどの国で低下が見込まれており、2025年には4.4%まで下がるとされている(2024年は5.8%)。これは世界的な経済拡大の縮小とも関連している。米国の報復関税(2025年4月)は世界貿易の構造を大きく変化させ、全地域にわたって同期的な景気減速を引き起こしている。
これにより企業は新たな戦略を模索するか、新たな市場条件に適応せざるを得なくなっている。
2025年には4億700万人が就職を希望しているが職に就けておらず、その結果、質の低い職や不安定な職に甘んじる人々が増えている。
アジア太平洋地域は世界最速の成長を続ける経済圏であり、3.8%の成長が見込まれている。これに対し、アメリカ大陸は1.8%、欧州・中央アジアは1.5%。
しかし、2023年の推定ではアジア太平洋地域の5600万件の雇用がサプライチェーンを通じて最終需要に依存しており、これは世界で最も高い依存度であり、米国の輸入需要に左右される最大の脆弱性を抱えている。
雇用成長率はアジア太平洋地域が1.7%(3400万件)と最も高く、次いでアフリカ、アメリカ大陸は1.2%、欧州・中央アジアは0.6%にとどまっている。
世界的逆風の中の経済成長と生産性
2014年から2024年の間に世界のGDPは33.5%成長、アジア太平洋は55%成長しており、コロナ禍を経た力強い回復を示している。
ILOの報告によれば、アジア太平洋の成長は新規雇用創出ではなく生産性向上によるものであり、これとは対照的にアフリカとアラブ諸国では経済成長が雇用増を伴っている。
インフォーマル(非正規)雇用はなおも正式雇用をわずかに上回っており(+1.1%)、現在世界で20億人(全労働者の57.8%)がインフォーマル労働に従事している。
アフリカでは労働者の85%がインフォーマル雇用であり、過去10年間で29.3%成長している。一方、アジア太平洋では過去10年でインフォーマル雇用は11.3%減少しており、正規・非正規を問わず経済成長への寄与は変わっていない。
労働所得比率はアフリカ、アメリカ、欧州・中央アジアでは低下しているが、アジア太平洋とアラブ諸国では増加しており、技術革新や市場構造の地域差を示している。
職種構成は国ごとに大きく異なり、高所得国ほど農業や単純労働から専門職・技術職・管理職にシフトしており、技術・教育志向が強まっている。
世界全体では、いまだに半数以上の労働者が職務とスキルがミスマッチしているが、この状況は過去10年で大幅に改善しており、教育水準の向上が貢献している。
変化の激しい雇用情勢
かつてない速度で世界の雇用市場は変化している。今回の報告は、こうした雇用市場の不安定性と、地域ごとの要因がいかに異なる影響を及ぼしているかを浮き彫りにしている。
農業・縫製産業・低スキル労働中心の国々と、生産性・教育・技術スキルを重視する国々とでは、異なるアプローチながら類似した経済成果が見られ、安定したグローバル経済の「万能解」は存在しないことが示されている。

ILOのギルバート・フンボ事務局長は、「今回の雇用情勢に関する報告は厳しい現実を示しているが、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)創出の道しるべにもなる」と述べた。
「社会保障の強化、スキル開発への投資、社会対話の推進、包摂的な労働市場の構築によって、技術革新の恩恵がすべての人に届くようにしなければならない。そのためには、緊急性・野心・連帯が不可欠だ」と強調した。
とりわけ「包摂性の確保」は、世界経済を拡大するうえで最重要な要素といえる。各国が同じ方向に進まないのであれば、それぞれの地域特性と経済の重点分野に応じた対応が求められる。
国際通貨基金(IMF)のクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事は2月に、「各国政府は政策の優先順位を転換しつつある」と述べた。「米国では貿易政策、税制、公共支出、移民政策、規制緩和といった分野で重大な政策変更が行われつつあり、米国経済と世界経済全体に影響を及ぼしている…。政策変更の影響は複雑で、今後数か月の間により明確になるだろう」と語った。
ゲオルギエバ氏はまた、現代は「不確実性の時代」であり、米国の貿易政策がその不確実性をさらに高めているとも指摘し、各国の政策がそれぞれの経済構造に応じて異なる結果を生んでいることを改めて示した。(原文へ)
INPS Japan/IPS UN Bureau