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バングラデシュの「安価なワクチンのパイオニア」にアジアのノーベル賞を授与

【コルカタIDN=アミタバ・チョウドリ】

毎年約400万人が感染し児童を中心に約13万人の命を奪ってきたコレラ(ビル・ゲイツは「世界最長のパンデミック」と呼んでいる)は、開発途上国の難民キャンプやスラムなど人口が密集した衛生環境が劣悪で清潔な水や医療へのアクセスが困難な場所で流行する。先進国の大手企業が供給してきた従来の高価なワクチンに代わって、安価な経口コレラワクチン開発・普及に尽力し、ロヒンギャ難民キャンプでのアウトブレイク防止に貢献したパングラデシュ人科学者フィルドウジ・カドリ博士に焦点を当てた記事。彼女は今年、「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞を受賞した。(原文へ)

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|インド|クラウドベースのCoWINプラットフォームと ユニバーサルワクチン接種への道

Former Ambassador of Sri Lanka and Ex-ACP Secretary General Join to Support as Advisors

BERLIN (IDN) — The Non-profit global media agency International Press Syndicate, with IDN-InDepthNews as its flagship, had invited two renowned international relations practitioners and diplomats to join it to support its global mission and outreach activities. We are pleased to announce that the former Sri Lankan career Ambassador A.L.A. Azeez and the former Secretary General of the Organization of ACP States Ambassador Dr. P.I. Gomes have accepted our invitation.

 Ambassador Azeez, who joins us on October 1, 2021, will support us as “Multilateral Diplomacy Advisor” and Dr. Gomes “Advisor for the African, Caribbean and Pacific States”. Mr. Azeez will have an additional charge as “Editorial Coordinator” for South Asia and Middle East.

Ambassador Azeez chaired in 2014 the Group of 77 (G-77) in Vienna in its 50th anniversary, followed by his election as the President of the General Conference of International Atomic Energy Agency (IAEA). He also took on leadership roles within the UNIDO and the CTBTO and chaired as well the Multilateral Diplomatic Committee in Vienna. In 2017, he contributed to the renegotiation of Sri Lanka’s access to the EU GSP + benefit after the country had lost it in 2010.

According to informed sources, it involved a complex process which required active follow-up on international conventions; nuanced, sensitive, but extensive negotiations; and confidence and consensus building which he and his team piloted successfully at the experts’ level. In Geneva, Ambassador Azeez chaired several multilateral conferences, which led to consensus outcomes on some of the most intractable issues, which included, inter alia, UN Human Rights Council’s Social Forum and UNCTAD’s Trade and Development Committee (2018), and WHO’s Global Coordination Mechanism on Non-Communicable Diseases (NCDs) and the Conference of States Parties to the International Convention on Cluster Munitions (2019).

Ambassador Dr. P.I. Gomes designated as our Advisor for the African, Caribbean and Pacific (ACP) States served as Secretary-General of the Group of ACP States for five years until February 29, 2020. The 79-nation inter-regional body officially became the Organisation of African, Caribbean and Pacific States (OACPS) on April 5, 2020. Dr Gomes was previously Ambassador of the Republic of Guyana to the EU in Brussels. He was also accredited to the Government of Italy, the FAO and WTO during the years 2005 until 2015 when he joined the ACP as Secretary-General. He brings with him a wealth of knowledge and expertise as a top negotiator and consensus-builder.

The International Press Syndicate which had followed Ambassador Azeez’s professional path closely since 2011 has taken the view that his innovative perspectives and insights on varied global and regional challenges; this clarity of thought; his accessibility, outreach and public diplomacy; and strategic leadership and consensus-building abilities are among assets that are too invaluable to be laid to rest after his retirement from Sri Lanka’s public service.

It is especially so at a time when the media and the world at large need creative thinkers, who can help others see the blind spots in the evolving international and regional geo-strategic landscape. Our decision to offer the position of Multilateral Diplomacy Advisor with an additional charge as Editorial Coordinator rests on this recognition and assessment made.

Ambassador Gomes will contribute to our thematic discourses on regional and international issues and provide substantive advice on trade and development related matters as concerns African, Caribbean and Pacific regions. He will also guide us in our outreach activities and network-building.

Ambassador Azeez will have the freedom to comment on multilateral and regional issues; guide our institution in its work and performance and assist other media institutions/think tanks which seek inter-agency support, with critical inputs, strategic mapping and capacity-building; lead thematic colloquium and interactive dialogues on issues of global and regional concern; advise on multilateral issues, public diplomacy, and global policy. We have a number of governmental and non-profit partners who will be delighted to have his advice on a wide range of multilateral issues. [IDN-InDepthNews – 12 September 2021]

Photo: Ambassador A.L.A. Azeez (left) and former ACP SG Dr. P.I. Gomes (right).

|視点|「対テロ戦争」の正当性を疑うとき(ジョン・スケールズ・アベリー理論物理学者・平和活動家)

【コペンハーゲンIDN=ジョン・スケールズ・アベリー】

2001年の9・11同時多発テロから20年が経過し、混乱のうちにアフガニスタンからの撤退を図る米国の状況を見ると、いわゆる「対テロ戦争」の正当性を疑うことは適切なように思える。対テロ戦争を名目に開始された米国の20年に亘る一連の戦争では、約200万人以上が殺害され、3700万人が家を追われ、8兆ドルという莫大な戦費が費やされた。

もしこれらの戦争がテロの脅威を削減するためのものだとしたら、目的は果たせなかったと言えよう。なぜなら、米軍が民間人の頭上に投下した爆弾は、新たなテロリストを生むことになったからだ。一方、戦争の目的が軍需産業を儲けさせるものだとするならば、「対テロ戦争」は所期の目的を達成したと言えるだろう。

John Scales Avery

しかし果たしてテロの脅威とは現実のものだろうか。それとも、群れを追いやる犬の鳴き声のようなものだろうか。一方、食料の安全保障が脅かされつつあることや、壊滅的な気候変動が迫っていることは、極めて現実的な問題だ。既に1100万人の子供達が栄養失調と貧困関連の問題が原因で毎年命を落としている。また、第三次世界大戦が勃発して、人類文明や地球の生態系が消滅してしまう脅威も現実のものだ。

さらに再生不能資源が枯渇して経済が崩壊する脅威や、不安定な部分準備銀行制度に関連した脅威も現実のものだ。これらはいずれも、私たちの未来に対して現実の脅威だが、これらと比べれば、テロの脅威は極めて小さなものに過ぎない。

今日の世界では数百万人が飢え、数百万人が予防可能な病気で命を落とし、数百万人が戦争の犠牲者になっている。こうした膨大な犠牲者の数に比べれば、テロの犠牲者は遥かに少ないと言わざるを得ない。毎年交通事故で亡くなる人々の数と比較すれば、テロの犠牲者の数はほぼ見えなくなるほど少ない。

9・11同時多発テロの公式説明は事実ではない

9・11同時多発テロの公式説明は事実ではなく、米国政府が終わりなき対テロ戦争と国内において市民権を縮小する措置を正当化するために、大惨事を実際よりも悪く仕向けたことを裏付ける強力な証拠が公開されており、真相を知ろうとする者は誰でもインターネットで調べることが可能だ。

しかし世界貿易センター攻撃に関する公的説明に異議を唱えるものは少ない。定義上、公的説明を受入れる者は立派な市民ということになり、異議を唱える者は、「左翼」で「おそらくテロリスト同調者」ということになる。ジョージ・W・ブッシュ大統領が述べた通り、文字通り「敵か味方か。」に分類されることになる。

イラクとアフガニスタンの戦争

9・11同時多発テロに対するブッシュ大統領の反応は、これでイラクに遠慮なく侵攻できるか補佐官らに尋ねるものであったようだ。元テロ対策大統領補佐官のリチャード・クラーク氏によると、ブッシュ大統領は9・11後、主要攻撃目標としてイラクに執着していたという。

9・11同時多発テロの9日後、英国のトニー・ブレア首相がホワイトハウスに大統領のプライベートディナーに招待されていた。同席していたクリストファー・メイヤ―駐米英国大使によると、ブレア首相はその席でブッシュ大統領に対して「標的はあくまでもタリバンとアルカイダであり、そこから逸れてはなりません。」と語った。するとブッシュ大統領は、「トニー。あなたのおっしゃるとおりです。まずはこれ(タリバンとアルカイダ)に対処しなければなりません。しかし、アフガニスタンをかたづけたら、イラクに戻らなければなりません。」と回答したという。マイヤー大使によれば、「アフガニスタンに加えてイラクと戦争になる可能性に直面しても、ブレア首相は抗議しなかった。」という。

2002年の夏、ブッシュ大統領とブレア首相は電話でイラク問題を協議した。ヴァニティ・フェア誌が報じたところによると、通話記録を読んだディック・チェイニー副大統領府の高官は以下のように述べている。「記されていたことは何が起ころうと、サダム(フセイン)は去らなければならない。つまり彼らはイラクを攻めてフセイン政権を倒す。正しいことをしようとしているのだ、と。ブレア首相に対して説得は必要ないようだった。つまりブッシュ大統領がブレア首相に参加を求めるシーンはなかった。私は2人のやり取りを読んで、『OK。翌年私たちが何をすべきか理解できた。』と思ったのを覚えている。」

2002年6月1日、ブッシュ大統領は米国の新政策を発表したが、それは従来の米外交政策から逸脱するのみならず、国連憲章と国際法を毀損するものだった。ブッシュ大統領は、ウェストポイント陸軍士官学校の卒業式で演説し「米国は、将来我が国に危害を及ぼす可能性があるいかなる国に対しても、先制攻撃をしかける権利を有している。」「テロの脅威が現実化するまで待ったら、待ちすぎだ。」と述べ、世界の3分の1にあたる60カ国がこのカテゴリーに該当すると示唆した。

米国やいかなる国であろうと先制攻撃で戦争を開始できる権利があると主張することは、国連憲章のとりわけ第1章第2条3項及び同4項に違反する。これらの条項には、「すべての加盟国は、国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危くしないように解決しなければならない。」「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」と明記されている。

国連憲章はまた、加盟国が武力攻撃を受けている場合には、安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間、当該国に個別的又は集団的自衛の固有の権利を認めている。

対テロ戦争の名目で行われてきた殺人と拷問

冷戦の終焉に伴い、米国の巨額の軍事予算を正当化する新たな名目が必要となった。そこで見出されたのが「対テロ戦争」である。そこでは、テロ行為がたとえ国家によるものではなく個人の犯行で、戦争ではなく警察力による対処が適切だったとしても、それは顧みられず、テロを支援したとして一国全体が糾弾され、軍事侵攻作戦が実施された。

さらに、個々のテロ容疑者に対しては、例えば、無人航空機(ドローン)を用いた超法規的殺害が実行に移された。また大規模な拷問プログラムが立ち上げられ、「対テロ戦争」にはあらゆる手段が許されるとした言い訳で正当化された。

もちろん、ドローン攻撃で無実の民衆を殺害し、容疑者に拷問するプログラムを実施したことは、テロリストの削減に寄与するどころか、より多くのテロリストを生み出し、彼らの過激主義を強める結果になった。しかし、「対テロ戦争」の真の目的が、テロの根絶ではなく、肥大化した巨額の軍事費を正当化することだった政府はこのことを意に介さなかった。

この記事は、米国による「対テロ戦争」を厳しく批評したものだが、米国には多くの善人がいる。軍産複合体(や新興実業家等)から流れるカネが多くの腐敗政治家を支配しているが、改革派が反撃に出ている。私たちは、米国のみならず世界各地で、改革派のもとに団結して、軍国主義と闘わなければならない。(原文へ)

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人類の生存を危機にさらす核兵器と気候変動

「テロとの戦い」に懐疑的なアジア

核軍縮を促進するあらたな若者のオンラインサイト

【ジュネーブINPS Japan/IDN=ジャムシェッド・バルーア】

世界の若者たちが平和と核軍縮のために立ち上がり、数多くの革新的なアクションに取り組んでいる。核兵器廃絶を目指すグローバルネットワーク「アボリション2000」の青年ワーキンググループは、若者のアクションの間で協力を図り、国連などの主要な軍縮フォーラムに若者の声を持ち込んでいる。同グループは「ユース・フュージョン」という核なき世界を目指す新たなオンラインの枠組みと若者のアクションプランを立ち上げた。 |英語版 | ノルウェー語版 | タイ語版|

2020年の世界人権デーに立ち上げられた、若者個人と団体のためのこのネットワーキングの枠組みは、軍縮や平和、気候問題、持続可能な開発をつなげ、コロナ禍からの回復を図りつつ、若者のアクションと世代間対話を目指すものである。学生や活動家、熱心な層に情報を提供し、教育し、つなげ、参加を促す。

Jayathma_Wickramanayake

そうした中、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、8月12日の「国際青少年デー」に寄せたメッセージで、「全ての人にとっての包摂的で公正、持続可能な開発を基盤にした世界をつくろうというなかで、若者に発言権を保証するよう、すべての人々に求める」と述べた。「ユース2030」は国連のこの戦略を表現したものだ。2017年6月に26歳で事務総長の若者問題特使に任命されたジャヤタマ・ウィクラマナヤケは、国連の活動を若者に近づける活動を続けている。

「ユース・フュージョン」は国連軍縮局の「#Youth4Disarmament」と協力して、1991年8月29日の「核実験に反対する国際デー」を記念した。この日は、カザフスタン共和国のヌルスルタン・ナザルバエフ初代大統領のイニシアチブによって、国連総会で全会一致で採択されたものだ。この歴史的な決定は強い政治的なメッセージを送っており、1996年の包括的核実験禁止条約(CTBT)の採択につながる国際的な取り組みを生んだ。2021年は、セミパラチンスク核実験場閉鎖から30年を迎える。

「ユース・フュージョン」は、8.29キロ、あるいはそれと同等の10,900歩をウォーク/ランニングする「#StepUp4Disarmament」を若者に呼びかけている。

Nursultan Nazarbayev/ President.am, CC BY-SA 3.0″

このキャンペーンは、運動を通じて核実験が健康に及ぼす被害への関心を高め、あらゆる年齢の人々の健康を図る持続可能な開発目標の第3目標を促進することも目指している。

「ユース・フュージョン」は、スイスのクリエイティブ・スタジオ「ドクマイン」と組んで、映像・オンラインプラットフォーム「核のゲーム」をプロモーションしている。「核のゲーム」は、核の歴史と、核兵器・核エネルギーのリスクと影響に関する動画であり、オンラインのプラットフォームでもある。非政府組織や反核活動家、若者のリーダーらとともに、東京五輪の開会式が行われた7月23日に立ち上げられた。

進行中のプロジェクトの一環として、「ユース・フュージョン」は、世代間対話と、平和・軍縮分野で長く活躍してきた人たちの経験から若者が学ぶことの重要性を強調している。「この点で、私たちは、尊敬に値し、そのリーダーシップや成果、アイディア、知恵に対してインターネットと私たちの活動を通じて着目してきた『ユース・フュージョンの先達』(Youth Fusion Elders)に敬意を表したい」と今回のプロジェクトチームでは述べている。

『ユース・フュージョンの先達』は、ブルース・ケント、ウタ・ザプ、モーエンス・リュッケトフト、アナ・マリア・セット、トールゲン・ムカメジャノフ、アンドレアス・ニデッカー、シシリア・エルワージーである。

ケント氏は、キリスト教と多様な社会的・政治的活動の接点で常に活動してきた、生涯を平和運動と社会変革に捧げてきた人物である。ザプ氏はドイツの国会議員を23年務めてきた。リュッケトフト氏は、第70代国連総会議長であり、デンマーク社会民主党の重鎮。アナ・マリア・セット教授は著名な物理学者で、パグウォッシュ会議に参加し、ラテンアメリカから科学技術分野の女性の声を長らく伝えてきた。

ムカメジャノフ氏は詩人で、交響曲やオペラ、室内楽、映画音楽、劇や歌、恋愛映画、ポピュラーな楽器音楽などを手掛けてきた。「ネバダ=セミパラチンスク」社会運動にも積極的に参加している。民衆の反核抗議の国歌にもなっている「ザマン・アリ(時代よ)」のような歌の作者でもある。また、「文化を通じた平和」国際協会の会長、「世界精神文化フォーラム」の共同議長、「世界芸術文化アカデミー」の会員でもある。

アンドレアス・ニデッカー教授(医学博士)は著名なスイスの医師であり、核軍縮活動家、「バーゼル平和オフィス」会長、それに、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の初期のメンバーでもある。エルワージー博士はこの40年、非暴力手段による平和構築と紛争解決に身を捧げてきた。「オックスフォード研究グループ」「ピース・ダイレクト」「ライジング・ウーマン・ライジング・ワールド」などの有名な活動の創始者であり、ノーベル平和賞にも3度ノミネートされたことがある。

Semipalatinsk former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri

「ユース・フュージョン」のウェブサイトにはブログや記事もあり、核軍縮の様々な側面を探求し、この問題に関する広い視野を読者に提供している。こうしたブログや記事は、若いボランティアチームや「ユース・フュージョン」のスタッフが作っており、世界中の若い書き手や学術的探求心のある人々からの投稿を募っている。

Zhou Enlai during the Chinese Civil War./ By Unknown author -, Public Domain

「カーネギー・清華グローバル政策センター」(北京)で、カーネギー国際平和財団核政策プログラムの上級研究員を務めるトン・ツァオ博士とのインタビューがそうした記事の一つである。ツァオ博士は、中国の核先制不使用政策と軍縮政策についての経験を語っている。

ツァオ博士は「中国の核先制不使用政策は、周恩来や毛沢東といった中国第一世代の偉大な指導者によって確立された。彼らの支持があったために、核先制不使用は中国の伝統的な核戦略の中核的な要素となった。つまり、中国第一世代の政治指導者のもつこうした独自の権威ゆえに、その後数十年にわたって指導層が代わっても、長年にわたって先制不使用政策が守られてきたのだ。」と指摘した。

ツァオ博士はさらに、「中国が長年にわたって先制不使用を採用してきたために、中国の核・軍事戦略に沿って核兵器を開発・配備する計画を策定する方向性にも影響を与えてきた。要するに、中国は核兵器の先制使用はしない。敵の核攻撃があって初めて、核兵器を使用することになる。」と語った。(原文へ) 

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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国連、包括的核実験禁止条約発効へ圧力

【ニューヨークIDN=J・ナストラニス】

サイバー技術や核技術の近代化競争が勢いを増す中、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、包括的核実験禁止条約(CTBT)を「核実験を完全に終わらせる世界の取り組みの中心」と呼んだ。事務総長の代理で中満泉・国連軍縮問題上級代表が読み上げた声明では、核実験が人間に引き起こす苦しみと環境への災害から将来世代を守る力がCTBTにはあると述べている。

グテーレス事務総長によれば、CTBTは核不拡散に対する貴重な貢献ともなっている。「核軍拡競争に歯止めをかけ、新兵器の開発に対する強力なバリアとなるものだ。」

声明は、9月8日の「核実験に反対する国際デー(IDANT)」を記念し促進するハイレベル総会において出された。国連総会はまた、国際的な核軍備管理枠組みにおけるCTBTの重要な役割を強調した。

UN Secretariat Building/ Katsuhiro Asagiri
UN Secretariat Building/ Katsuhiro Asagiri

CTBTは、誰がいつどこで行う核爆発についても完全に禁止している。1996年9月24日に署名開放されたCTBTへの支持はほぼ普遍的な支持を得ているが、まだ条約は発効していない。こうした中、グテーレス事務総長は「条約を批准していない国は、速やかに批准するよう」求めた。

185カ国が条約に署名し、そのうち核保有国のフランス・ロシア・英国を含む170カ国が批准している。しかし、核技術を持った特定44カ国の署名・批准がCTBT発効の要件となっており、そのうち中国・エジプト・インド・イラン・イスラエル・北朝鮮・パキスタン・米国がまだ批准していない。インド・北朝鮮・パキスタンは署名すらしていない。「附属書2」記載の国で最後に条約を批准したのはインドネシアである(2012年2月6日)。

CTBTは国際監視システム(IMS)という独自の検証制度を備えている。これは、地震波・水中音響・微気圧・放射性核種という4つの技術を用いて、核爆発が探知されることなく実施されることがないようにするものであり、現在、302の認証施設が世界中で稼働している(システムが完成すると337施設になる)。

包括的核実験禁止条約機関準備委員会(CTBTO)の事務局長として初めて国連総会で演説したロバート・フロイド博士は、CTBTは、署名開放以来25年間、核実験に反対するほぼ普遍的な規範を打ち立てることに成功してきたと述べた。

Robert Floyd, CTBTO Executive Secretary/ CTBTO

フロイド氏は、ドイツのウォルフガング・ホフマン氏(在任1997~2005)、ハンガリーのティボール・トート氏(在任2005~2013)、ラッシーナ・ゼルボ氏(在任2013~2021)につづく、CTBTO4代目の事務局長である。今年5月にCTBT加盟国によって選出され、8月1日に任期が始まった。

フロイド氏はかつて、大量破壊兵器を規制する様々な条約を履行する豪州の国家機関である保障措置・不拡散局の局長を務めていた。核爆発を探知するCTBTの国際監視システムの23施設を監督する任務も含まれていた。

「核実験に反対する国際デー」は、核爆発の影響を想起し、CTBTへの支持を表明するために2009年に国連総会によって創設された。カザフスタンが旧ソ連のセミパラチンスク核実験場を1991年に閉鎖した日であり、ソ連が1949年に初めて核実験を行った日でもある。

フロイド氏は、ハイレベル会合に対する9月8日の声明で「この重要な日を記念するにあたって、核実験により悲劇的な影響を被った人々の声に耳を傾け続けることが重要だ。」と語った。

フロイド氏はまた、カザフスタンのヌルスルタン・ナザルバエフ初代大統領が30年前、「大胆かつ先見性のある行動で」、ポリゴンの名称で知られるセミパラチンスク核実験場の閉鎖を決める大統領令に署名したと語った。

Nursultan Nazarbayev, president of Kazakhstan in Brasilia 2007.

その2週間前、フロイド氏は旧セミパラチンスク核実験場の爆心地に立ったばかりであった。フロイド氏は、「ポリゴンで450回以上の核実験が行われ、爆発力の総量は広島原爆2500発分にもなった。人間の健康と環境に及ぼした影響の規模が完全に理解されることはないかもしれない。」と指摘したうえで、「セミパラチンスクや私の国(=オーストラリア)を含む世界各地の核実験場周辺で被爆したコミュニティーにとって、その痛みと苦しみは、野放図な核実験の時代の悲しい遺産となっている。」「しかし、核戦争によって引き起こされるであろう、もっと大きい苦しみと損失を見失ってはならない。それは人類という集団のあらゆる層を引き裂くことになる。」と語った。

そのうえでフロイド氏は、次のようなことを求めた。

・核実験の破壊的な帰結を世界が再び被ることがないようにすること。

・核のリスクを低減し、核戦争を予防すること。

・核不拡散・軍縮を前進させる具体的な行動を起こすことによって、将来世代のためにより安全な世界を構築すること。

カザフスタンのムフタル・トレウベルディ副首相兼外相とフロイドCTBTO事務局長の共同声明は、すべての国々に対して、核爆発のモラトリアム(凍結)を続けるよう求めた。

CTBTO

声明はまた、「条約をまだ署名あるいは批准をしていない国々に対して、すみやかに署名・批准するよう求める。その批准が条約発効要件となっている附属書2の残り8カ国に対して、国際の平和と安全を支持するこの重要な措置を取ることによって、核不拡散・軍縮へのコミットメントを示すよう求める。」「私たちは、核軍縮を前進させ、将来世代のためのより安全な世界を構築するために、今こそ包括的核実験禁止条約を発効させるべき時だと訴える。」と述べている。(原文へ)

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|核実験に反対する国際デー|核兵器禁止へのコミットメントを再確認する、と国連事務総長

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核兵器廃絶展を通じて絆を深める日本とカザフスタン

|アフガニスタン|米国がもたらした戦争、腐敗、貧困に終止符をうたなければならない

【ニューヨークIDN=メディア・ベンジャミン】

タリバンの復権を受け、アフガニスタンでは深刻な人道危機への懸念が高まっている。そうした中、米国はアフガニスタン中央銀行の外貨準備を凍結し、国際通貨基金(IMF)も資金供与を停止した。西側諸国はこれを対タリバン圧力として正当化しているが、その代償を払わされるのは、飢餓、干ばつ、新型コロナ禍に直面するアフガニスタンの市民である。問われているのは、20年に及ぶ戦争の後、米国と同盟国がなお経済的威圧によってアフガニスタンを追い詰めるのか、それとも復興と生存を支える責任を果たすのかである。

米国では、タリバンの復権から逃れようと、何千人ものアフガニスタン人が命がけで国外脱出を試みる映像に衝撃が広がった。さらにその直後には、イスラム国による自爆攻撃と、それに続く米軍の攻撃によって、少なくとも170人が命を落とし、その中には13人の米兵も含まれていたことが大きな衝撃を与えた。

国連機関がアフガニスタンで差し迫った人道危機に警鐘を鳴らす中、米財務省はアフガニスタン中央銀行が保有する94億ドルの外貨準備のほぼ全額を凍結した。これは、新政権が今後数カ月にわたり国民に食料を届け、基礎的な公共サービスを維持するうえで不可欠な資金を断つ措置にほかならない。

米国とその同盟国は、戦争に敗れた後の対応として、タリバンのみならずアフガニスタン国民に対しても、いわば「第二の戦争」としての経済戦争を仕掛けつつある。

バイデン政権の圧力を受け、IMFは新型コロナウイルス対策としてアフガニスタンに送られる予定だった4億5000万ドルの資金供与を見送った。米国と西側諸国はまた、アフガニスタンへの人道支援も停止している。8月24日のG7アフガニスタン首脳会合後、英国のボリス・ジョンソン首相は、支援と承認を差し控えることで、タリバンに対し「非常に大きな経済的、外交的、政治的影響力」を持てると語った。

西側諸国の政治指導者は、この「影響力」を人権擁護の文脈で説明する。だが実際には、タリバン復権後の政権内に自らのアフガン側同盟者の一定の地位を残し、西側の影響力と利益を維持しようとする意図が透けて見える。この圧力はドル、ポンド、ユーロで行使されるが、その代償を支払うのはアフガニスタンの市民である。

西側の論調を見れば、米国と同盟国による20年戦争は、アフガニスタンを近代化し、女性を解放し、保健医療、教育、雇用をもたらす善意の事業であったかのように描かれる。そして、それがタリバンへの「屈服」によって失われたと説明される。

しかし、現実は大きく異なる。米国はアフガニスタン戦争に2兆2600億ドルを費やした。この規模の資金が本当に人々の生活のために使われていれば、多くの人々を貧困から救えたはずである。ところが、その大半に当たる約1兆5000億ドルは、米軍占領の維持、8万発を超える爆弾とミサイルの投下、民間軍事請負業者への支払い、そして兵員や武器、軍事装備の長年にわたる輸送に費やされた。

しかも、この戦争は借金で賄われたため、利払いだけでもすでに5000億ドルに達し、その負担は今後も続く。アフガニスタンで負傷した米兵に対する医療費や障害給付も1750億ドルを超えており、今後さらに膨らむ見通しだ。イラク戦争とアフガニスタン戦争を合わせた医療費と障害給付は、最終的に1兆ドルを超える可能性もある。

では、「アフガニスタン再建」は何をもたらしたのか。米議会は2001年以降、アフガニスタン再建のために1440億ドルを計上したが、そのうち880億ドルは、すでに崩壊したアフガン治安部隊の募集、武装、訓練、給与支払いに充てられた。さらに、2008年から2017年に支出された155億ドルは、アフガニスタン復興特別監察官(SIGAR)によって「浪費、不正、乱用」と記録されている。

その結果、経済開発、医療、教育、インフラ、人道支援といった分野に実際に回った資金は、米国のアフガニスタン向け総支出の2%にも満たない約400億ドルにすぎなかった。

しかも、イラクと同様、米国が後押ししたアフガニスタン政府は深刻な腐敗体質を抱えていた。トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)は、米国占領下のアフガニスタンを、長年にわたり世界でも最も腐敗した国の一つに位置づけてきた。しかもTIによれば、2001年以降の腐敗の規模は、それ以前を上回る水準にまで拡大した。経済協力開発機構(OECD)も2009年、「腐敗は過去のどの政権にも見られなかった水準に達した」と警告していた。

2010年、レーガン政権下で国防総省高官を務めたアンソニー・H・コーデスマンは、『アメリカはいかにアフガニスタンを腐敗させたか』と題する報告書で、米政府がほとんど説明責任を果たさぬまま巨額の資金を流し込んだ実態を厳しく批判した。『ニューヨーク・タイムズ』も2013年、CIAが10年にわたり毎月、現金をスーツケースやバックパック、さらにはビニール袋に詰めてアフガニスタン大統領に届け、軍閥や政治家の買収資金にしていたと報じている。

腐敗は、教育や医療といった、西側諸国が占領の成果として掲げてきた分野すら蝕んだ。教育制度には、書類上しか存在しない学校、教師、生徒があふれ、薬局には偽造薬や期限切れ、あるいは質の低い医薬品が並んだ。多くは隣国パキスタンから密輸されたものだった。さらに、教師のような公務員は、外国のNGOや請負業者で働く一部のアフガニスタン人の10分の1程度の賃金しか得られず、こうした格差が腐敗の土壌となった。

腐敗の根絶や生活改善は、そもそも米国の最優先課題ではなかった。重視されたのは、タリバンとの戦闘継続と、米国が支える政権の支配維持である。TIが指摘したように、米国は協力や情報提供を確保するため、武装集団や公務員に意図的に資金を流し、どれほど腐敗していても地方権力者と手を組んできた。その結果、腐敗はアフガン政府への不信を深め、反乱勢力への支援を招き、米国の任務そのものを損なった。

終わりの見えない占領の暴力と、米国支援政権の腐敗は、とりわけ人口の4分の3が暮らす農村部で、タリバンへの支持を押し上げた。さらに、富裕国による占領下にありながら極度の貧困が放置された現実は、人々に深い幻滅をもたらした。

実際、今回の危機以前から、現在の収入では暮らしていけないと答えるアフガニスタン人の割合は、2008年の60%から2018年には90%へと急増していた。2018年のギャラップ調査では、アフガニスタン人の自己申告による幸福度は、世界で記録された中でも最低水準となった。人々は極度の苦しみだけでなく、将来への深い絶望も抱えていた。

女子教育には一定の進展もあったものの、2019年時点で初等教育を受けていた少女は3分の1にとどまり、10代少女の識字率は37%だった。さらに、6歳から14歳までの200万人を超える子どもが、貧困に苦しむ家族を支えるために働かざるを得ない状況に置かれていた。

それにもかかわらず、西側諸国の指導者たちは、自らの責任を顧みるどころか、アフガニスタンの公共部門の4分の3を支え、GDPの40%を占めていた経済・人道支援を断ち切ろうとしている。

この構図は明白である。新たなアフガニスタン政府が西側の要求に従わなければ、米国と同盟国は国民を飢えさせ、その後に生じる飢饉や人道危機の責任をタリバンに転嫁する。これは、キューバやイランなど、他の米国の経済制裁対象国に対しても繰り返されてきた構図と重なる。

いま米国に求められているのは、祖国を離れなかった4000万人のアフガニスタン人を支えることである。彼らは、戦争が残した深い傷と心の痛みに苦しむだけでなく、今年40%の作物を失わせた大干ばつと、深刻な新型コロナウイルス感染第3波にも直面している。

そのためには、米国内で凍結されている94億ドルのアフガニスタン資金を解放すべきである。また、すでに消滅したアフガン軍向けに割り当てられていた60億ドルを、別の軍事支出に流用するのではなく、人道支援へ振り向けるべきである。さらに欧州の同盟国やIMFにも、資金供与停止を見直すよう促す必要がある。むしろ、国連の2021年緊急支援要請13億ドルを全額拠出で満たすべきであり、8月下旬時点でその充足率は40%未満にとどまっていた。

かつて米国は、英国やソ連とともにドイツと日本を打ち破り、その後、両国の再建を支援した。人種差別、広島・長崎への加害、新植民地主義的な対外関係という重大な問題を抱えながらも、かつての米国には、多くの国々が追随しようと考えるだけの繁栄の構想があった。

しかし、いま米国が他国に示せるものが、アフガニスタンにもたらした戦争、腐敗、貧困だけであるなら、世界が別のモデルを模索するのは当然である。そこには、民衆的・社会的民主主義の新たな試み、国家主権と国際法の再重視、軍事力に依存しない紛争解決、そして新型コロナや気候危機といった地球規模課題に対処する、より公正な国際協力の枠組みが含まれる。

米国はいま、軍国主義と威圧によって世界を支配しようとする実りなき路線を引きずるのか、それともこの機会に自らの立ち位置を根本から見直すのか、重大な岐路に立っている。もはや支配はできなくとも、ともに築くべき未来にどう協力し、意味ある貢献を果たすかが問われている。(原文へ)

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著名アスリートらがより良い社会を作るためのスポーツの役割を強調

【ニューヨークIDN=J・ナストラニス】

国連は、多様性・寛容・尊厳といった価値を促進し、女性や若者、個人、地域をエンパワーし、保健や教育、社会的包摂といった目的に貢献する力がスポーツにはあると信じている。日本の国連広報センターは、「スポーツがつなぐ世界 SDGsを前へ」をテーマとした「SDG Zone at Tokyo」というキャンペーンを立ち上げた。

最初の3つのセッションである「開発と平和のためのスポーツ」「持続可能性・気候行動のためのスポーツ」「ジェンダーとスポーツから考える多様性」は、7月28日から30日にかけて行われた。「パラアスリートが語る『スポーツと可能性』」「スポーツの『進化』を通じた社会デザイン」「次世代に残るレガシー、2020からその先の社会のために」は8月25日から27日にかけて行われる。

「SDG ZONE」セッションは朝日新聞との共催で行われた。国連はこの趣旨を次のように説明している。「各国レベルの国連広報センターが主催する『SDGメディアゾーン』の初めての試みとして、今回はアスリートを招き、幅広い地域の市民社会や産業界、学界、各国政府・自治体、国連システムからのインフルエンサーやイノベーターを交えて、スポーツの力がいかにしてグローバルな課題の解決につながるかを論じるものだ。」

7月23日から8月8日まで開催された東京オリンピックに合わせて行われた今回の国連のオンラインイベントでは、有名なアスリートやインフルエンサー、イノベーターが、すべての人々にとってのより良い世界を作るためにスポーツが果たせる役割について議論を交わした。

2016年のリオ・オリンピックで初めて結成された難民チームの一員となり、現在は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の親善大使を務めるピュール・ビエル氏は「スポーツは、難民キャンプで生活している難民の人生を変え得るものだ」と語った。

8月8日まで行われる今回のオンライントーク「SDG Zone at Tokyo」に加わったビエル氏は、自身の故郷である南スーダンでのトラウマに満ちた体験の生きていく上で、いかにスポーツが役立ったかを説明した。

アスリートとしてのビエル氏の経験に対しては、多くのスピーカーが賛同し、スポーツには世界を変える積極的な力があり、難民に希望をもたらし、気候関連の行動を促し、すべての人がその背景に関わらず輝ける社会をつくることができる、という共通のメッセージを伝えた。

元サッカー日本代表の北澤豪氏は、「世界が『ワンチーム』としてプレーしているからこそ、ゲームの中で感じるあらゆることが可能となる。」と述べ、懸け橋となるスポーツの役割を強調した。国連事務次長で軍縮問題上級代表の中満泉氏は、「相互の尊重やチームワーク、平等、フェアプレイといったスポーツが促進する価値は、開発と平和を多国間で推進する要素と非常に似ている。」と指摘した。

セーリングの五輪代表であり、使い捨てプラスチックの使用停止を求める運動「ビッグ・プラスチック・プレッジ」の創設者であるハンナ・ミルズ氏は、アスリートは、そのスポンサーとなっている企業やブランドに対する影響力があると指摘した。

ミルズ氏に続いて、5月に宇宙飛行から戻った日本の宇宙飛行士・野口聡一氏、「気候変動に関する国連事務総長ユース諮問グループ」のメンバー、アルチャナ・ソレン氏が発言し、両者ともに、時として異なる利害関係をもつ異なった集団の間の協力が地球を救うために必要だと語った。

近代五種の選手としてエジプトを代表して五輪に出場したアヤ・メダニー氏と、順天堂大学女性スポーツ研究センター長の小笠原悦子氏は、アスリートを支援する立場、とりわけコーチとなっている女性がいかに少ないかについて語った。

東京のLGBTコミュニティに賛辞を贈るイベントである「東京レインボープライド」の共同代表理事である杉山文野氏は、アスリートとしての活動を続けつつも、トランスジェンダーとしての自分のアイデンティティを明らかにすることがいかに困難であったかについて語った。また、「もしスポーツの世界が、あらゆる人々が不安なく参加できる方向に進めば、『誰も置き去りにされない』社会づくりに貢献することになるだろう。」と語った。

東京の国連広報センターの根本かおる所長は、「スポーツは喜びとインスピレーションをもたらすものであり、人間の人生に近い。」と指摘したうえで、「スポーツは、このコロナ禍という困難な時を生きぬくにあたって従来よりも必要と考えられる勇気と決意を与えてくれるものだ。こうした対話を通じて、持続可能な開発目標を前進させ、すべての人にとって、より環境にやさしく、平等で、包摂的で、持続可能な社会の実現を可能にするものとしてスポーツが役に立つさまざまな方法に光が当たることを期待している。」と語った。(原文へ)

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SDGs達成の手段としてのスポーツ

|核実験に反対する国際デー|核兵器禁止へのコミットメントを再確認する、と国連事務総長

【ニューヨークIDN=UNニュース】

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、包括的核実験禁止条約(CTBT)をまだ批准していない国々に対して、一刻も早く批准するよう改めて強く呼びかけた。

この呼びかけは、8月29日の核実験に反対する国際デーに寄せてなされたものだ。

今日は、カザフスタンにあった旧ソ連最大の核実験場、セミパラチンスク核実験場が閉鎖されてから30年目にあたる。ここでは40年間に450回を超える核実験が行われた。

United Nations Secretary-General, António Guterres UN Photo/Mark Garten

グテーレス事務総長は、「核実験は甚大な人的被害と環境破壊をもたらした。」と指摘したうえで、「被害を受けた地域の住民の健康に恐ろしい影響を及ぼしました。多くの人々が代々受け継がれてきた土地を離れざるを得なくなり、生活や生計が混乱しました。手つかずの環境や生態系が、修復には数世紀とは言わないまでも数十年はかかるほど、破壊されました。」と語った。

「この実験場の閉鎖により、無制限な核実験の時代が終わりを告げました。その後程なく、CTBTの交渉を開始しました。CTBTは、いかなる国による、いかなる場所での核兵器のすべての実験的爆発も禁止しており、核軍拡競争に歯止めをかけ、新たな核兵器開発に対する強力な防壁となります。」と事務総長は語った。

CTBTは1996年に採択され、これまでに185カ国が署名、170カ国が批准している。しかし、この条約が発効するには核技術を有する44カ国すべてが署名・批准しなければならない。

「セミパラチンスク核実験場の閉鎖から30年の間に、核実験に反対する規範が徐々に形成されてきました。しかしながら、CTBTはほぼすべての国で採択されているにもかかわらず発効されていないために、その可能性を完全には発揮できていません。」と事務総長は嘆いた。

グテーレス事務総長は、「私は、この条約をまだ批准していない国々に対して、一刻も早く批准するよう改めて強く呼びかけます。その批准が条約発効に必要な8カ国(米国、中国、エジプト、イラン、イスラエル、北朝鮮、インド、パキスタン)は、特別な責任を負っています。それと同時に、あらゆる国々が核爆発のモラトリアムを維持または実施すべきです。」と指摘したうえで、「『核実験に反対する国際デー』は、いかなる者がいかなる場所で行うものであっても、すべての核実験を禁止するという私たちの約束を再確認する機会です。この目標の達成を遅らせる理由は存在しません。」と語った。

核兵器が国際社会に及ぼしている脅威は「今も厳然として変わりません。」とマグジャン・イリヤソフ国連大使は、国際デーを前にUNニュースの取材に応じて語った。(インタビュー内容はこちらへ)

「私たちカザフ人にとって8月29日は単なるカレンダーの日付ではありません。核実験によってカザフスタンだけでも150万人の人々が今も苦しんでおり、残念ながら将来の世代にわたって、被爆に起因する遺伝性疾患、癌、白血病等に苦しむことになります。セミパラチンスク核実験場で行われた核爆発のインパクトは、第二次世界大戦中に広島に投下された原爆の1200倍に相当します。」

Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri
Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri

「セミパラチンスク核実験場はイスラエルの国土に相当します。これだけの広大な地域が、数十年に亘って、農業など生産的な活動に全く活用できないのです。これを考えれば、今は閉鎖された世界各地の核実験場がもたらした被害の規模が想像できるでしょう。」とイリヤソフ大使は語った。(原文へ)

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旧ソ連構成国のユーラシア軍事同盟がセミパラチンスク核実験場閉鎖30周年を記念する

【ニューヨークIDN=ラドワン・ジャキ―ム】

6カ国の加盟国で構成される集団安全保障条約機構(CSTO)は共同声明の中で、1991年8月29日にセミパラチンスク核実験場の閉鎖を命じたヌルスルタン・ナザルバエフ・カザフスタン初代大統領の役割を強調した。

この声明は、今年、セミパラチンスク核実験場閉鎖30周年にあたる「核実験に反対する国際デー」を前にした8月26日、カザフスタン外務省報道局によって公表された。

CSTO加盟国であるアルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、ロシア、タジキスタンの各国外相はまた、「平和と安全の維持に対するコミットメントを確認するとともに、核兵器保有を放棄したカザフスタンが、核不拡散体制の強化、国際的な安全保障と安定の維持に果たした貢献」を強調した。

声明は、同実験場の活動停止が、核実験の全面禁止という理念を推進するうえで重要な節目となったと指摘している。セミパラチンスク実験場の閉鎖は、世界的な核実験モラトリアムの確立に向けた国際的努力を後押しし、2006年の中央アジア非核兵器地帯の創設にもつながった。

カザフスタンは、自国領土および周辺地域の環境修復、放射線安全の確保、環境再生に向けて重要な取り組みを進めてきた。各国外相はまた、2004年以降、ロシア、米国、カザフスタンが進めてきた拡散の脅威除去と物理的安全保障強化のための共同事業の重要性を強調した。

CSTO加盟国は、2020年12月に国連総会で採択された「カザフスタン・セミパラチンスク地域の人的・生態学的再生および経済発展のための国際協力と調整」に関する決議を支持している。

各国外相はまた、軍事目的であれ平和目的であれ、地球上のあらゆる核爆発を禁じる包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効にもコミットしている。この条約は1996年9月10日に国連総会で採択されたが、特定の8カ国が批准していないため、いまだ発効していない。

1949年から1989年にかけて、旧ソ連はカザフスタン東部にあるセミパラチンスク核実験場(セメイ・ポリゴンとしても知られる)で、地上および地下合わせて468回の核実験を実施した。カザフスタンにおけるこれら核爆発の総合的な影響は、広島原爆の威力をはるかに上回るものであった。

1963年までは、すべての核実験が地上で行われ、巨大な放射能雲が周辺の村々を覆い、がんやその他の疾病の発生率を著しく高めた。1963年以降は、核実験は地下で実施された。

CSTOは、旧ソ連構成国の一部によって形成されたユーラシアの政府間軍事同盟である。この条約の起源はソ連軍にさかのぼり、その後、独立国家共同体(CIS)統一軍へと徐々に置き換えられていった。しかし、1992年5月15日、CISに属する旧ソ連6カ国――ロシア、アルメニア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン――が集団安全保障条約(タシケント協定、またはタシケント条約とも呼ばれる)に署名した。

翌年には、さらに3つの旧ソ連諸国――アゼルバイジャン、ベラルーシ、ジョージア――が署名し、この条約は1994年に発効した。さらに5年後、9カ国のうちアゼルバイジャン、ジョージア、ウズベキスタンを除く6カ国が条約の5年間延長に合意し、2002年にはこの6カ国が軍事同盟として集団安全保障条約機構(CSTO)を創設することに合意した。

CSTO憲章は、参加各国が武力の行使または威嚇を慎む意思を再確認した。署名国は他の軍事同盟や国家グループに参加することはできず、加盟国の一国に対する侵略は、全加盟国に対する侵略と見なされる。

このため、CSTOは毎年、加盟国間の組織的協力を向上させる機会として合同軍事演習を実施している。2008年には、アルメニアで「ルベジ2008」と呼ばれるCSTO軍事演習が実施され、加盟7カ国から計4000人の部隊が参加し、CSTOの集団安全保障機能の効率向上を重視した作戦・戦略・戦術訓練が行われた。

こうした演習の中で最大規模だったのは2011年に南ロシアと中央アジアで実施されたもので、1万人を超える兵員と70機の戦闘機が参加した。

CSTO加盟国の領域内に第三国の軍事基地を配備するには、全加盟国の公式同意を得る必要がある。また、CSTOでは、議長国が毎年交代する「輪番制議長国制度」も採用されている。(原文へ)

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アフガン政府軍があっけなく崩壊した真相を探る

【アブールIDN=マニッシュ・ラジ】

6カ国で構成される集団安全保障条約機構(CSTO)は共同声明を発表し、1991年8月29日にセミパラチンスク核実験場の閉鎖を命じたヌルスルタン・ナザルバエフ・カザフスタン初代大統領の歴史的役割を強調した。

この声明は、セミパラチンスク核実験場閉鎖30周年にあたる今年の「核実験に反対する国際デー」を前に、8月26日付でカザフスタン外務省報道局により公表された。

CSTO加盟国であるアルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、ロシア、タジキスタンの各国外相は声明の中で、「平和と安全の維持に対するコミットメントを再確認するとともに、核兵器保有を放棄したカザフスタンが、核不拡散体制の強化、国際的な安全保障と安定の維持に果たした貢献」を強調した。

声明はまた、セミパラチンスク核実験場の閉鎖が、核実験全面禁止という理念を推進するうえで重要な歴史的節目となったと指摘している。同実験場の閉鎖は、世界規模での核実験モラトリアムの確立に向けた国際的な取り組みを前進させ、2006年の中央アジア非核兵器地帯創設にもつながった。

さらに声明は、カザフスタンが自国領土および周辺地域の環境修復、放射線安全の確保、環境再生において重要な役割を果たしてきたと評価している。各国外相はまた、2004年以降、ロシア、米国、カザフスタンが進めてきた、核拡散の脅威除去と物理的安全保障強化のための共同事業の重要性も強調した。

CSTO加盟国は、2020年12月に国連総会で採択された「カザフスタン・セミパラチンスク地域の人的・生態学的再生および経済発展のための国際協力と調整」に関する決議を支持している。

また各国外相は、軍事目的であれ平和目的であれ、地球上でのあらゆる核爆発を禁止する包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効への支持も表明した。同条約は1996年9月10日に国連総会で採択されたが、特定の8カ国が批准していないため、いまだ発効していない。

セミパラチンスク核実験場は、カザフスタン東部に位置し、「セメイ・ポリゴン」とも呼ばれる。旧ソ連は1949年から1989年にかけて、この地で地上・地下合わせて468回の核実験を実施した。カザフスタンで行われたこれら核爆発の総合的な影響は、広島原爆の威力をはるかに上回るものだったとされる。

1963年まではすべての核実験が地上で実施され、巨大な放射能雲が周辺の村々を覆った。その結果、周辺地域ではがんやその他の疾病が極めて高い割合で発生した。1963年以降、核実験は地下で行われるようになった。

CSTOは、旧ソ連諸国の一部で構成されるユーラシアの政府間軍事同盟である。その起源は旧ソ連軍にさかのぼり、その後、独立国家共同体(CIS)統一軍へと段階的に移行していった。1992年5月15日、CISに属する旧ソ連6カ国――ロシア、アルメニア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン――が集団安全保障条約(タシケント協定、またはタシケント条約)に署名した。

翌年にはアゼルバイジャン、ベラルーシ、ジョージアの3カ国も加わり、同条約は1994年に発効した。その後、9カ国のうちアゼルバイジャン、ジョージア、ウズベキスタンを除く6カ国が条約延長に合意し、2002年にはこの6カ国が軍事同盟として集団安全保障条約機構(CSTO)を創設した。

CSTO憲章は、参加各国が武力の行使または威嚇を慎む意思を再確認している。加盟国は他の軍事同盟や国家グループに加わることができず、1カ国に対する侵略は全加盟国に対する侵略とみなされる。

こうした原則のもと、CSTOは加盟国間の連携強化を目的として毎年合同軍事演習を実施している。2008年にはアルメニアで「ルベジ2008」と呼ばれる演習が行われ、加盟7カ国から計4000人の部隊が参加し、集団安全保障の実効性向上を重視した作戦・戦略・戦術訓練が実施された。

これまでで最大規模の演習は、2011年に南ロシアと中央アジアで実施されたもので、1万人を超える兵員と70機の戦闘機が参加した。

なお、CSTO加盟国の領域内に第三国の軍事基地を配備するには、全加盟国の正式な同意が必要とされる。また、CSTOでは議長国が毎年交代する「輪番制議長国制度」も採用されている。(原文へ)

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