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「足るを知る経済」はプミポン国王最大の遺産

【バンコクIDN=リム・クーイ・フォン】

タイの故プミポン・アドゥンヤデート国王の最も印象的なイメージのひとつは、タイ国内で国王自身が個人的に支援・フォローしている事業の視察に出掛ける際に、常にカメラを手に持っているか、首からぶらさげているシーンであった。

70年以上に及ぶ治世にあって、国民に大いに愛されたこの君主は、一つの約束を果たした。それは、タイ民衆の利益と幸福のために正義をもって統治するという約束である。

Map of Thailand
Map of Thailand

1997年、記憶に残る中では最悪の世界経済危機がタイを襲った時、国王は、現在ではトレードマークとなった「足るを知る経済(タイ語でセータキットポーピーアン)」を提唱した。これは、民の苦しみ、とくに精神的状況を和らげるための仏教的原則を基礎としたものであった。この理論は、民衆を支援して持続可能な開発モデルに適応させようとする40年以上に及ぶ国王自身の経験を基盤にしたものだった。

1998年時点で、国王によって開始され全土で実施された開発事業は2159件にのぼる。事業のほとんどは、タイの民衆、とりわけ遠隔地の人々の生活水準を引き上げることを目的としたものだった。

国王は時として、事業が軌道に乗るように初期段階で自身の資金を投することもあった。1988年、国王はチャイパッタナー財団を設立し、民衆と国全体の利益を増進し農村開発事業を加速するための資金を提供した。

タイ民衆の中でも最も困窮した人々を救おうとする国王の情熱は、農業目的の土地管理・水資源開発における「新理論」に反映されている。この「新理論」の公式は、30-30-30-10というシンプルなもので、この理論の下で、土地の区画は4つに分割され、そのうち、30%が水資源に、30%が田んぼに、30%が果樹や野菜などの混合作物に、10%が居住地・家畜・コメ倉庫に割り当てられた。

「新理論」に従った農民は、この計画がきわめて単純であり容易に適用可能なものだと理解できた。またこの理論は、コストのかかる技術を伴うものでもなかった。そのため、実践した人々の多くが満足のゆく成果を得た。結果的に、農村地域の大部分が自立し、自足できるようになった。

Farmland Division for Optimum Benefits/ The Chaipattana Foundation
Farmland Division for Optimum Benefits/ The Chaipattana Foundation

タイに大きな悪影響を及ぼした1997年のアジア金融危機の後、国王は、タイをこの経済危機から脱却させる方法として「足るを知る経済」を提唱した。すべてのタイ国民が、自身の収入にみあった、食べ物に困らないような生活を送る、というのがこの根本であった。

「足るを知る経済」は、土壌や作物の改善に関する研究・開発につながり、国内消費にまずは十分な量の生産を確保する取り組みがなされた。

仏教の諸価値によって統治された国として、「足るを知る経済」の哲学は、あらゆるレベルの民衆による適切な行いに関する一般的な原則としての中庸の道を説いている。「足るを知る経済」では、物質的富の生産が最終的な目標ではない。最終目標は、環境に優しく、自足的な社会を作ることにあり、そこでは、基本的な人間のニーズは地元の旧来的な生産方法を通じて満たされることになる。

実行されている「足るを知る経済」の典型例は、チェンマイ郊外のワット・ドーイ・パー・ソムの僧と地域住民が、サムーン地区の農業環境を蘇らせる取組みのなかで、如何にして「足るを知る経済」の原則を利用したかに見ることができよう。

サムーン村の農民が、地元の僧サンコン師(Phra Sangkom Thanapanyo Khunsiri)に初めて接触した際、良質の作物ができない問題について相談した。サンコン師と顧問らが地元の土壌の質を調べたところ、極度に乾燥して栄養素に欠けており、作物を成長させる余地が少ないことが判明した。

水不足の問題に対処する鍵となったものは、天然の水資源(山の森林からの湧き水と雨水)を保持できる環境をいかに構造的に作り出すかという点にあった。雨季には、豊かな森の生態系と地元の農家のニーズを十分に満たすだけの雨水が天からもたらされていた。

しかしそれまで地元の農民は、農地の拡張を優先して森林を伐採してきたため、水を地中に保持するために必要な天然の仕組みが失われ、水の流出量が増え、乾季には土地が干からびるようになっていた。そこでサンコン師は開発プロジェクトを通じて、砂防ダムの長いネットワークを作り、小さな貯水池に天然の水資源を保持できるようにした。砂防ダムシステムの建設には地元の人々や軍人、政府関係者を巻き込んだ。

地元と外部組織を協力は、ワット・ドーイ・パー・ソムの持続可能な開発の枠組みの鍵を握っていた。砂防ダムの建設から1年、地元の土壌に含まれる水分量と作物が育つ可能性は堅調に伸びていった。現在、ホイ・ボン川の流域には、様々な大きさ(0.25~2メートル)の砂防ダムが100以上ある。

また開発プロジェクト初年度に並行して実施した森林再生のための植林活動は、天然水資源を保持する土壌の能力を強化することで、砂防ダムネットワークを補完している。植林する木々の種類については、「足るを知る経済」において「豊かな植物」のカテゴリーに入れられる、食用、活用、経済に資する植物、具体的にはバナナ、パパイヤ、コメ、グアバ、ココナッツ、チーク、竹、アカスギ等が優先された。

その結果、地元の生態系には、生物多様性や水の保持の点で改善が見られ、回復された生態系には、数多くの鳥や野生生物が戻ってきた。

再活性化プロセスの初年度に続く4年間で、木造の砂防ダムをコンクリート製に転換する工事や、タイでは「猿の頬」として知られる個別の貯水池建設など、天然の水資源保持のためのシステム改善の取組みが進められた。

Thailand human development report 2007 : sufficiency economy and human development / United Nations Development Programme
Thailand human development report 2007 : sufficiency economy and human development / United Nations Development Programme

サムーン地区で示された土地再生の成功例は、「毎年の収穫を確保するために土壌の栄養素を再生するには、高価な化学肥料に依存せざるをえない。」という従来の固定観念を吹き飛ばした。これまで地元農民は、こうした「(高価な化学肥料を用いた)近代的な農業手法」を採用することで、しばしば長期にわたる借金に見舞われ、結果的にその重圧から先祖伝来の農業をあきらめ、例えば車で2時間離れたチェンマイ市のような近隣の都市部での就業を余儀なくされるているケースも少なくなかった。

これらの貯水池は、水分を保持して周辺の土壌に拡散し、乾季には地元住民の生活用水として活用することができる。一方、この時期も引き続き、植林活動は継続され、より豊かな資源を生む植物が植えられた。その結果、土壌に含まれる水分が増すにつれ、年間の収穫量も増えていった。

代替エネルギーの開発も、ワット・ドーイ・パー・ソムの持続可能な開発枠組みの本質的な要素である。初期の実験で、地元で栽培したヒマワリから作った油とリサイクル食用油によるバイオ燃料を生み出すことに成功した。今後の開発で、太陽光パネルの設置と小規模の水力発電用ダムの建設を通じてクリーンエネルギーを生み出すことが期待されている。

「正義の国王」として知られる故プミポン・アドゥンヤデート国王の永続的な遺産は、「足るを知る経済」理論であり、おそらくこれは、タイが世界に対して提示できるものだろう。「持続可能な開発目標(SDGs)」が国連諸機関のスローガンとなった今日、国連開発計画(UNDP)は、「足るを知る経済」に関する2007年の「タイ人間開発報告書」を更新すべき時かもしれない。

もし「足るを知る経済」がサムーン地区の小農のために有効ならば、プレーリーが広がる米国ウィスコンシン州の小さな町の農場主にとっても有効に違いない。(原文へ

翻訳=INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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東欧、中央アジアで持続可能な開発達成の危機

【ベルリン/ブリュッセルIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

断固たる決意を持って適切な措置が取られないかぎり、2015年9月にすべての国連加盟国が同意し、「誰一人取り残さない」ことを勧告した持続可能な開発(SDGs)の中核的な目標は、東欧中央アジアでは達成されないだろう。

これは、ブリュッセルで10月12日に公表された『危機に立つ進歩(Progess at Risk)』と題された国連報告書の最も重要な点である。「すべての人のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進する。」「国内および国家間の格差を是正する。」ことを目的としたSDGsの第8目標第10目標は、無視されつつある。

「労働人口の3分の1にあたる3700万人が非正規或いは不安定な労働に従事しており、東欧やトルコ、中央アジアの社会的セーフティーネットはますます脅威にさらされている。」と、この地域をカバーしているこの国連開発計画(UNDP)報告書は指摘している。

SDGs Goal 8 and Goal 10
SDGs Goal 8 and Goal 10

報告書は、「(域内全人口2億3000万人のうち)約8000万人が、2001年以来、中間層に加わる一方で、欧州連合とロシア連邦における商品価格の低下や低成長のために、多くの人々が、まともな労働を見つけたり、保健や教育といった基本的サービスを受けたりすることが困難になってきている。」としている。

調査では、女性や移住労働者、若者、さらにロマなどの民族的マイノリティーが、とりわけ置き去りにされる危険があるとしている。「たとえば女性は、男性よりも3割、職を見つけられない可能性が高い。他方で女性は、賃金なしの家庭内労働を男性よりも2.5倍こなしている。」

さらに、エイズ関連の死者数がこの15年で3倍になっている。これは、予防と治療が、最も社会で疎外された人々に届いていないためでもある。

「これらの問題の多くは、公的統計では捉えられない差別や排除の現実を反映している。」と報告書は指摘している。実際に、報告書で引用されている世界銀行トランスペアレンシー・インターナショナルの調査データは、多くの人々が、処理速度の異なる司法制度が存在すると考えており、回答者の3分の1が治療を受けるために賄賂を支払ったことがあるとしている。

UNDP欧州・CIS(独立国家共同体)地域局のシハン・スルタノグル局長は、しばしば無視されてきた微妙な問題を取り上げて、「この地域の多くの国々はかつて、比較的雇用が安定し、社会サービスを無料かつ普遍的に享受でき、ジェンダー不平等も小さかった。しかし、脆弱性と排除が広がるなかで、世界の他の地域と似たような社会になりつつあります。」と語った。

Director of the Regional Bureau for Europe and CIS United Nations Development Programme Cihan Sultanoglu. Credit: UNDP in Montenegro

報告書は、経済生活の別の重要な側面にも焦点を当てている。虚偽報告を伴う外国貿易取引のために、毎年およそ650億米ドルが、違法な資金の流れとしてこれらの地域から流出しているというのである。「東欧やトルコ、中央アジアの諸政府は、これらの資金のうちごく一部でも捕捉することができれば、雇用を創出し、社会的セーフティーネットを拡張し、ジェンダーギャップを縮小するために巨額を投じることができるだろう。」と報告書は指摘している。

そうした投資によってこの地域の国々は、2015年7月にアジスアベバで合意されたグローバルな開発資金アジェンダを履行に移すこともできるだろう。同アジェンダは、違法な資金の流れを削減することも含めて、国内の資源を増やすことが、持続可能な開発の主要な資金源になるとしている。

資金調達の問題は、2030年までに持続可能な開発目標を履行するという各国の取組みにおいて主要な関心事になりつつある。

UNDP
UNDP

こうしたことを背景に、スルタノグル局長は、「この報告書は時宜を得たものです。世界中の多くの国々が、『誰一人取り残さない』と勧告した持続可能な開発目標(SDGs)を履行しています。社会から最も疎外され脆弱な立場にあるグループに対してスピード感を持って投資することができれば、2030年までにこの地域でSDGsを達成する見通しは高まるでしょう。」と語った。

UNDP報告書は、社会的保護と労働者の権利がより確保されている正規雇用を増やすために、この地域の高い労働諸税を削減するよう求めている。さらに、「介護や家庭内労働の負担を減らせば、女性の教育や雇用、収入機会の改善につながり、これがひいては、経済成長を加速し、全ての人々にとっての生活レベル向上につながる。」と報告書は述べている。

加えて、国の徴税能力を改善し、違法な資金の流れを捕捉し、(再生不能な化石燃料の採取や加工など)環境に負担を及ぼす経済活動に対して増税することで、歳入を増やし、環境に優しい経済とより平等な社会への移行を果たすことも可能になる。

報告書はまた、不平等に関する信頼性が高く中立的なデータを収集し、しかし同時に脆弱なグループのニーズにもより効果的に対応する統計当局の能力を向上させることも求めている。そうした取り組みには、より広範な行政改革が必要とされるだろう、と報告書は指摘している。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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Reporting Kazakh President’s Visit to Tokyo and Hiroshima

INPS-IDN reported Kazakh President Nursultan Nazarbayev’s visit to Japan from November 6-9 including his visit to Hiroshima that suffered U.S. atomic bombings along with Nagasaki 71 years ago.

President Nazarbayev who closed the former Nuclear weapon site of Semipalatinsk 25 years ago  became the first head of state to visit Hiroshima since the U.S. President Barack Obama’s historic visit there in May 2016.

Read: Kazakh President’s Japan Visit Focuses on Nuke-Free World

By Katsuhiro Asagiri and Ramesh Jaura

TOKYO | HIROSHIMA (IDN) – Striving for a nuclear-weapons-free world holds a special place in Kazakh-Japan relations, according to President Nursultan Nazarbayev who on November 9 visited Hiroshima that suffered U.S. atomic bombings along with Nagasaki 71 years ago.

Nazarbayev was on a three-day official visit to Japan less than two months before it joins the UN Security Council in January as its non-permanent member for two-years until the end of 2018. In the first year it would be working closely with Japan before Tokyo’s two-year term in the Council comes to a close at the end of 2017.  JAPANESE

2017 will also mark the 25th anniversary of the establishment of diplomatic relations between Japan and Kazakhstan.

While calling for “the consolidation of the forces of Kazakhstan and Japan and our joint initiatives”, he urged “world leaders to renounce nuclear testing in order to prevent another nuclear tragedy”.

Nazarbayev stated he had reached an agreement with Prime Minister Shinzo Abe on undertaking “joint efforts for building a world free of the threat of weapons of mass destruction”.

Nazarbayev, who was awarded the title of special honorary citizen of Hiroshima, said: “Visiting the Memorial Peace Park of Hiroshima once again reinforced my belief in the importance we place on the field of nuclear disarmament and nonproliferation initiatives.”

Hiroshima Mayor Kazumi Matsui thanked the Kazakh President, adding: “On August 29, 1991, you closed the Semipalatinsk (former Soviet) nuclear test site, based on the wishes of the people of Kazakhstan. You took the initiative to create a nuclear weapons-free zone in Central Asia and to announce August 29 as International Day against Nuclear Tests. You play a leading role in building a world without nuclear weapons.”

Earlier during the meeting in Tokyo with Foreign Minister Fumio Kishida, who hails from Hiroshima, Nazarbayev said: “Japan and Kazakhstan are leaders in the anti-nuclear movement. I am confident that we will jointly keep our work on this issue.”

“We feel sincere respect for your leadership since Kazakhstan has gained independence. The fact that Kazakhstan was elected as a non-permanent member of the UN Security Council for 2017-2018 indicates your successful leadership,” Kishida noted.

Addressing Japan’s Parliament on November 8 in Tokyo, the Kazakh President drew attention to his manifesto ‘The World. The 21st Century’ tabled on March 31, 2016 at the Nuclear Security Summit in Washington D.C.

Nazarbayev said: “The world creeps in a new nuclear age – potentially more dangerous and unpredictable. One of the most serious problems of the 21st century is the threat of nuclear terrorism, as well as illicit trafficking in nuclear and radioactive materials.”

He added: “An unprecedented crisis of confidence between the global players leads to the degradation of safeguards to prevent the use of nuclear weapons. Today, as never before, the political will of all leaders is required in order to reverse these negative trends.”

Nazarbayev pointed to steps taken by Kazakhstan to strengthen international security and stressed the importance of joint efforts to build a world free of the nuclear threat.

“We see an important task in the establishment of a global anti-nuclear movement. That is exactly the goal promoted by The ATOM Project that was proposed by our country. I invite our Japanese friends to support this initiative,” he said.

The ATOM Project – ‘Abolish Testing. Our Mission’ – is an international campaign designed to do more than create awareness surrounding the human and environmental devastation caused by nuclear weapons testing. It hopes to affect real and lasting change by engaging millions of global citizens to permanently stop nuclear weapons testing by joining together to show the world’s leaders that the world’s citizens deserve and demand a world without nuclear weapons testing, says the project website.

During the meeting with Emperor Akihito of Japan, on November 7, Nazarbayev emphasized close cooperation between the two countries in various fields, highlighted regular participation of the Japanese side in the Congress of Leaders of World and Traditional Religions held in Astana, the capital. The first such congress was held in September 2003 and the fifth in June 2015.

The Kazakh President underlined Japan’s tremendous contribution in resolving global conflicts and facilitating sustainable regional development. He stressed that Kazakhstan will take measures aimed at building a nuclear- weapons-free world and solving the issues of energy, food and water security in the framework of its non-permanent membership on the UN Security Council 2017-2018.

Later, Nazarbayev and Prime Minister of Japan Shinzo Abe discussed a wide range of bilateral cooperation, including political, trade, economic, cultural and humanitarian issues.

Nazarbayev noted that Japan was one of the first countries in the world to support Kazakhstan’s independence 25 years ago. Development of friendly partnership relations with Japan was on top of Kazakhstan’s agenda.

“We agreed to continue active political dialogue, increase contacts at all levels, ensure security of the region, facilitate trade, economic, cultural and humanitarian cooperation, as well as collectively work against challenges of the modern world,” Nazarbayev said at the meeting of the two delegations.

“Kazakhstan is the largest trade and economic partner of Japan in Central Asia. The volume of mutual trade turnover in 2015 amounted to $1.5 billion. We have a potential to increase this figure and we will steadily expand the horizons of cooperation in the field of high technologies, agriculture, nuclear power, automotive and the steel industry,” the Kazakh President added.

Abe on his part emphasised that the two countries are closely working as co-chairmen of the Conference on Facilitating the Entry into Force of the Comprehensive Nuclear Test Ban Treaty (CTBT) legally banning all nuclear tests.

“I have an intention to continue to actively develop relations between Japan and Kazakhstan hand in hand with President Nazarbayev,” Abe said.

During the talks, the two countries signed documents, including the joint statement ‘On special strategic partnership between Kazakhstan and Japan in the age of Asia’s prosperity’, memorandum of understanding between the Kazakh Ministry of Investment and Development and the Japanese Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism.

In addition, an agreement on Japan’s participation in EXPO 2017 and a memorandum of cooperation between Astana International Financial Centre and the Japan Securities Dealers Association were signed.

Later on, the Kazakh delegation headed by the President attended a meeting with members of the Kazakhstan-Japan Friendship Parliamentary League headed by Chairman Takeo Kawamura.

Nazarbayev noted that the Parliamentary League is making crucial contributions to strengthening the strategic partnership between the two nations. He expressed gratitude for the support given to Kazakhstan and the efforts being made to enhance cooperation, including the issues of nuclear disarmament.

“Next year, we will celebrate 25 years since the establishment of diplomatic relations between Japan and Kazakhstan. In addition, the exhibition EXPO 2017 will take place in Astana. We would like to use these events to strengthen inter-parliamentary exchanges,” Kawamura said while thanking Nazarbayev for the fruitful meeting. [IDN-InDepthNews – 13 November 2016]

Photo: Kazakh President Nazarbayev addressing Japan’s Parliament. Credit: Official Site of the President of the Republic of Kazakhstan.

アイスランドで北極圏会議、持続可能性について議論

【レイキャビクIDN=ロワーナ・ヴィール】

400人の発言者を含む2000人以上の参加者を得てアイスランドの首都レイキャビクで開かれた第4回北極圏会議は、北極圏に関するあらゆる事柄について活発に協議しネットワーキングを行う場であった。同会議は、北極圏に関する世界最大のイベントとなっている。

10月7日から9日まで開かれたこの会議のコンセプトは、つい数か月前までアイスランドの大統領だったオラフール・ラグナール・グリムソン氏によって生み出された。グリムソン氏は北極圏や気候変動の問題に長年取り組んできた人物で、現在でも北極圏会議において重要な役割を担っている。

07 May 2011..Nicola Sturgeon MSP Glasgow Southside / Scottish National Party pictured in the garden lobby during the MSP registration session. Pic – Mark Sutherland/Scottish Parliament

会議は、全体会と、数多くの分科会から成っている。今年は、スコットランドのニコラ・スタージョン首相と間もなく退任する国連の潘基文事務総長も招かれて発言した。

スコットランドは北極圏の国だとは見なされていないが、スタージョン首相は、スコットランド北部は実のところロンドンよりも北極に近い、と語った。「スコットランドは2009年に『気候変動法』を制定しました。また1990年以来、エネルギー消費を6分の1削減しました。…再生可能な熱源や循環経済の発展といった領域においてスコットランドには大きな機会があると見ています。」とスタージョン首相は、会議参加者らに語りかけた

「わが国で7年前に気候変動法が通過したとき、スコットランド電力需要の28%は再生可能エネルギーによって賄われていました。昨年、この数値は57%でした。」とスタージョン首相は続けた。

スタージョン首相はスコットランドでの「公平な気候対策基金」の創設について語った。というのも、「気候変動によって影響を受ける個人はしばしば、若年者、高齢者、病人、そして最も貧しい人々」であり、「食料や燃料、水の主たる提供者である女性が不釣り合いなほど被害を受けている」からだ。

潘基文事務総長は、国際的な気候外交におけるリーダーシップを評価され、「北極圏賞」を授与された。事務総長に就任した当時は政治的反対が強かったにも関わらず、国連在任10年の間に気候変動の問題を強調してきたからだ。

潘事務総長は、「皆さんが明確に気づいておられるように、北極は私たちの目前で溶けていっています。海洋の氷は凄まじい勢いで減少しています。例えば今年9月のある一日だけで、北極の氷は通常の3倍のペースで溶け、イングランドと同じ大きさの氷が失われました。…北極は、気候変動問題のまさに中心地なのです。」と指摘したうえで、「先住民族は、気候変動への適応および緩和を目的とする国家戦略によって影響を受けています。とりわけ、しばしば先住民族の土地を利用して行われる風力発電や水力発電事業のような再生可能エネルギー拡充のための取組みがそれにあたります。…先住民の貢献は、持続可能な開発目標を達成し気候変動と闘ううえで絶対不可欠なものです。」と語った

ある分科会では、世界気象機関(WMO)のパウロ・ルティ氏が、2040年から70年の間には、9月の北極に氷がなくなってしまうのではないか、との予測を示した。WMOは、予測能力を高めるために、2017年半ばから19年半ばを「極地予測の年」に指定している。

スウェーデン極地研究事務局のビョルン・ダールバック氏は、異なった場所で、同じ時間帯に同じパラメーターを測定する大局的なデータが不足している、と指摘した。

全体会のひとつでは、海洋の氷と永久凍土の問題に焦点が当てられた。ウッズホール研究センターのフィル・ダフィー氏は、グリーンランド氷床が溶けているだけではなく、氷が溶けるにしたがって、それが太陽光を吸収し、表面がより暖かくなってきている、と聴衆に語った。

ラトガース大学海洋・沿岸科学研究所のジェニファー・フランシス氏は、「北極の海洋の氷の半分が既に溶けてなくなっています。これによって北極はより暗い場所になってきました。つまり、地球から宇宙に対して反射される太陽光の量が減少し、結果として、地球が吸収する太陽エネルギーの量が増えて温暖化につながっています。そして、北極が暖かくなると、(西ヨーロッパの温暖な気候を可能にしている)メキシコ湾暖流の勢いが弱くなります。」と語った。

このセッションの最後の方でダフィー氏は、二酸化炭素除去の必要性が、政策において肝要だと述べた。これには生態系における二酸化炭素の吸収が重要で、湿地や森林、ある種の農業活動の回復によってなされる。彼の同僚である永久凍土研究者のスー・ナタリ氏は、「科学者が報告した数値は控えめなものです。なぜなら、科学者はわかっていないことを報告しないものだからです。」と指摘した。フレッチャー法学・外交大学校のウィリアム・ムーモー氏は、「皆さん、各々の国でできることを実行に移していってください。」と訴えて、セッションを締めくくった。

Arctic/ Public Domain
Arctic/ Public Domain

北極圏会議では、再生可能エネルギーとイヌイット社会という2つのテーマが、たびたび取り上げられた。

「北極の持続可能な開発の難題に応える」と題された全体会では、グリーンランド選出のデンマーク国会議員アージャ・チェムニッツ氏が、「北極の持続可能性については、先住民族の視点からより焦点を当てるべきだ。」と語った。

同じセッションで、世界自然保護基金(WWF)のカーター・ロバーツ氏は「北極の持続可能性の枠組みは、持続可能な目標です……貧困飢餓気候食料生産海洋生物陸上生物に関する持続可能な開発目標(SDGs)は、ミレニアム開発目標に新たに追加された重要な目標です。」と語った。

SDGs logo
SDGs logo

ある全体会は、北極の再生可能エネルギーネットワークに焦点を当て、再生可能エネルギーの代わりに現在は化石燃料で埋め合わされているギャップを埋める必要性を追求した。このひとつの側面は、配電網によって国々を接続することだが、これは技術的に可能な一方で、政治的障壁が存在し、市民からの支持も得られないかもしれない。

分科会の多くが、再生可能エネルギーの問題に触れた。あるセッションでは、北極の地熱の可能性を追求した。カナダの北部領域やアラスカで、環境を汚染するディーゼル発電機を地熱の直接利用に置き換えることに焦点が当てられた。また別のセッションでは、グリーンランドやカナダの遠隔地に再生可能エネルギーを提供するうえでの困難と実務上の問題が検討された。

デンマーク工科大学のカレ・ヘンドリクセン氏は、「グリーンランドでは、エネルギーの6割を5カ所の水力発電所に依存しています。」と語った。多くの居住地域では水力発電の潜在能力がわずかしかないが、73の町では、町と町との間に道路網がないため、エネルギーや水、その他のインフラを自足しなくてはならない。

またある別の発言者は、カナダ北部のイヌイット社会でも事情は同じだと指摘した。カナダでは、2000にのぼるコミュニティーが電力網で他地域とつながっていない。遠隔地では住居やエネルギーにかかるコストも高い。「しかし、エネルギーのコストは、良質な設計によって大幅に削減することができる。」と建築家のラリー・キャッシュ氏は語った。

アラスカエネルギー・電力センター」のグウェン・ホールドマン氏は、寒冷気候技術に関するセッションの参加者に対して、「アラスカでは、化石燃料の使用を減らすために再生可能技術を統合する取り組みが、積極的に進められてきました。」と語った。

「太陽光、風力、水力発電が利用され、またあるプラントでは現地で唯一の資源である72度の温水を活用した地熱発電が使われています。こうした現場では、地元の電力事業者を訓練することが重要です。なぜなら、プラント機器は、コミュニティーの人口約5000人の遠隔地で機能するように設計されていないため、しばしば故障することがあるからです。」と、ホールドマン氏は説明した。

Plenary Session/ Arctic Circle
Plenary Session/ Arctic Circle

今回のレイキャビク会合では、カナダのケベック州政府とアイスランドが、クリーンで持続可能なエネルギーに関して科学協力を強化する合意に署名した。ケベック州は、アイスランドと同様に、電力のほとんどを再生可能エネルギーに依存している(この場合は水力である)。また、ケベックでは別の北極圏会合が、北部地域の持続可能な開発をテーマに、12月13日から15日に開催されることになっている。

気候変動・種の拡散・漁業に関する分科会で、アクレイリ大学のホルドゥルール・セヴァルドソン氏は、「太平洋のサバ、スカンジナビアのニシン、タラという3つの新たな種が1996年以降にアイスランド海域で増加している一方で、カラフトシシャモのような別の種が減少してきている。」と語った。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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信仰を基盤とした諸団体、軍縮を訴える

【ニューヨークIDN=T・K・フェルナンデス】

1945年に広島・長崎に恐るべき原爆が投下されて以来、国際社会は核兵器の廃絶を訴えてきた。ゆっくりとした歩みだが、市民社会は、核兵器なき世界の必要性を弛みなく訴え続け、事実、その実現に原則一歩近づきつつある。

創価学会インタナショナル(SGI)の河合公明平和・人権部長は、IDNの取材に対して、核軍縮の重要性を指摘し、「私たちは気候変動や貧困、飢餓、災害といった共通の地球的課題を共有しています。ならば、私たちの貴重な資源をもっと意味のある目的に利用すべきではないでしょうか。」と語った。

Mr. Kazuo Ishiwatari speaking at the Fifth Humanitarian Disarmament Campaigns Forum/ INPS

SGIの石渡一夫平和運動局長もIDNの取材に対して同様の見解を示した。つまり、(核兵器によって)必要な資源が市民から奪われる結果となり、「人々に必要な資源が提供できなくなると、それが貧困につながり…最終的には紛争につながっていきます。」と語った。

その意味で、軍縮なくして本当の意味での平和は訪れません、と石渡氏は続けた。

SGIは、50年以上にわたって核廃絶に向けた取り組みを行ってきた仏教系NGOである。

ニューヨーク市内のペース大学で10月15日・16日に開催された第5回「人道軍縮フォーラム」で発言した石渡氏は、軍縮プロセスにおける市民社会の重要性について論じ、「こうしたプロセスは『人間的なものにされる』必要があり、市民社会は、このプロセスにそうした視点を持ち込むうえで重要かつ必要な貢献をすることができます。」と語った。

石渡氏はIDNの取材に対して、そうした取り組みにおける、SGIのような信仰を基盤とする団体の役割を強調し、「そうした団体は、市民社会の声を代弁しその声を広める役割を担っています。」と語った。

PAXの核軍縮プログラムマネージャーであるスージー・スナイダー氏もこの問題に触れ、人間の尊厳に対する尊重が、宗教コミュニティーの間で共有されている、と指摘した。

スナイダー氏はまた、IDNの取材に対して、「核兵器の非人道性を憂慮する宗教コミュニティーは、『核兵器禁止』の大義のもとに集結しました。なぜなら、核兵器は私達共通の人間性と相容れるものではないからです。」と指摘したうえで、「核暴力の脅威は人間の尊厳に対する悲痛な攻撃に他なりません。」と語った。

PAXは、カトリックの平和団体である「教会間平和協議会」(IKV)と「パックス・クリスティ」とのパートナーシップである。

核不拡散条約(NPT)運用検討会議が開催された昨年の5月には、PAXとSGIを含む「核兵器の非人道性を憂慮する宗教コミュニティー」はニューヨークに集まり、共同声明を発表した。

Dr. Emily Welty from WCC delivers the interfaith joint statement at the NPT Review Conference./ INPS
Dr. Emily Welty from WCC delivers the interfaith joint statement at the NPT Review Conference./ INPS

「私たちは、健全なる精神と人類が共有する価値観の名のもとに、声をあげます。おぞましい死の恐怖をもって、人類を人質にとるような非道は決して許されるものではありません。私たちは、世界の政治家たちが勇気を奮い起こし、人間社会の存続を揺るがし共通の未来を脅かす、不信の負のスパイラルを断ち切るよう求める」と共同声明は述べている。

1970年に核兵器の不拡散に関する条約(NPT)が発効しているにも関わらず、核兵器は依然として広範に存在する。

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)によると、わずか9カ国が保有する核兵器が世界には約1万5000発あるという。「軍備管理協会」は、より高い1万5500発と推定しているが、そのうち9割はロシアと米国が保有するものである。これら核弾頭のうちおよそ2000発が高度な警戒態勢にあり、わずか数分のうちに発射可能だとストックホルム国際平和研究所ではみている。

2015年のNPT運用検討会議での集中的な協議の後、ロシアや米国を含む加盟国は、核兵器なき世界に向けた意義のある行動をとることができていない。

石渡氏と河合氏は、安全保障に関する考え方を、従来の軍備に焦点を当てたものから、「人道的安全保障」という新しい概念へと転換する必要性について語った。

アクロニム軍縮外交研究所の創設者レベッカ・ジョンソン氏はIDNの取材に対して、「人道的な安全保障」とは、人間のみならず環境の保護も網羅した、「人間の安全保障」のよりも広義の捉え方である、と説明した。

「(人道的な安全保障とは)軍縮を追求し、社会で弱い立場にある人々とその権利・生活を守ることだけではなく、平和と安全を構築し、破壊的な軍事あるいは経済活動から環境を保護する積極的な行動をとる義務を伴うものです。」とジョンソン氏は語った。

「人間の安全保障」は、軍縮の「人間化」に寄与するものだが、河合氏もジョンソン氏も、この概念はしばしば、「保護する責任(R2P)」の名目で、軍事行動を正当化するためにも使われてきたと指摘した。

「人道的な安全保障」はかわりに、保護的で非暴力的な活動に着目し、国家と市民の両方に対して行動することを義務づけるものです、とジョンソン氏は語った。

この考え方を受入れ、核兵器なき世界に向かって前進するために、多くの人々が教育に目を向けてきた。

「軍縮教育は2つの側面に対応しなくてはなりません。つまり、正確な情報を提供することと、同時に、人々が共通の未来のために、より有意義な形でその情報を解釈できるよう、ものの見方を育むことです。」と河合氏はIDNの取材に対して語った。

ジョンソン氏は、軍縮教育を、人権教育や紛争管理、平和構築と統合し、できるだけ早い年齢のうちに学習を始める必要性を強調した。

「教育は若いうちに始め、生涯仕事を通じて継続しなければなりません。そうすることで、人々や国々は、武器商人たちに抵抗し、暴力含みの状況が暴発する前にそれを抑止し解消することが可能となります。」とジョンソン氏は語った。

国連の潘基文事務総長もまた、「若者を平和の担い手にするために情報を提供しエンパワーする」ための報告書(=軍縮不拡散教育に関する国連事務総長報告)のなかで、そうした重要な問題に関する議論を学校の教育現場に持ち込むことの重要性を強調した。

河合氏は、ますます多くの人々が既にこの問題に関心を寄せている、と語った。

2014年、創価学会青年部は、核兵器廃絶を呼びかけた「核ゼロ署名運動」に500万筆以上の署名を集めた。署名目録は、核兵器の廃絶を世界的に追求することを定めた国際慣習法上の義務を果たしていないとして、核保有9カ国を訴えたマーシャル諸島共和国のトニー・デブルム外相に提出された

2015年に広島で開催された「核兵器廃絶のための世界青年サミット」において「変革の世代」は次のような誓いを立てた。「核兵器は過ぎ去った時代の象徴であり、私たちの目の前の現実に大きな脅威をもたらしている。しかし、私たちが創造している未来に、その居場所はない。・・・私たち世界中の青年は、これら数十年に及ぶ核廃絶の約束を果たすべく、立ち上がろうと勇気を奮い起こしている。」

国際司法裁判所はマーシャル諸島共和国の訴訟を棄却したが、核兵器禁止に向けた希望の灯が国連で再燃している。

「核兵器なき世界の達成と維持に向けた多国間核軍縮交渉を前進させる提案を策定する公開作業部会」(OEWG)は、国連総会第一委員会に対して、核兵器を禁止・廃絶する法的拘束力ある条約を交渉する会議を2017年に招集するよう求める決議を提出した。

「71年前、私たちは核時代に入りましたが、核兵器という最悪の兵器を未だに禁止できないでいます。つまり71年を経て初めて、この問題に対処する、つまり核兵器の禁止を交渉する機会が訪れたのです。」とスナイダー氏はIDNの取材に対して語った。

Susi Snyder/ ICAN
Susi Snyder/ ICAN

この決議には広範かつ圧倒的な支持があり、「それはこれまでに見たことがないものです」とスナイダー氏は指摘した。

「核兵器の非人道性を憂慮する宗教コミュニティー」は、共同声明(10月26日現在35団体・個人が賛同)の中でこの決議を歓迎し、「今日のように、紛争と緊張が高まりを見せ、しかも核兵器が再び振りかざされている時代にあって、国際的危機と国際的な紛争解決の双方を非核化することがますます重要となっている。」と述べている。

「今まさに、実質的な前進をするための歴史的機会と同時に、全ての国家と市民社会の十分な関与を担保するという、本来あるべき国際機関の責務を果たすための歴史的機会が訪れています。」と声明は続けている。

「決議が通過したら、諸国と市民社会は、強力で普遍的な条約を策定し、それが実行される基盤を作らねばなりません。」とスナイダー氏はIDNの取材に対して語った。

「私はそれが意義を持つと信じているし、この問題に関する動きに変化をもたらし、21世紀の平和の基盤を創出できると信じています。」とスナイダー氏は語った。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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レイキャビク首脳会談30年後の教訓

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【レイキャビクIDN=ロワーナ・ヴィール】

ウクライナやクリミア、シリア問題をめぐって米ロ関係が急速に悪化しているなか、アイスランドの首都レイキャビクで10月10日と11日の両日、ロナルド・レーガン大統領(当時)とミハイル・ゴルバチョフ書記長(当時)との間で行われた歴史的なレイキャビク首脳会談から30年を記念するイベントが、専門家や外交官、研究者らの参加を得て開催された。

インターナショナル・プレス・シンジケート」の基幹メディアであるIDNは、ニューヨークに本拠を置く国際平和研究所(IPI)が開催を呼びかけたこのイベントの参加者に話を聞くことができた。何が彼らをこの記念イベント開催に駆り立てたのだろうか?

Terje Rød-Larsen, IPI President/ IPI
Terje Rød-Larsen, IPI President/ IPI

「レイキャビク首脳会談は冷戦の終わりの始まりでした。それが唯一の要因ではありませんが、間違いなくその一部でした。また、首脳会談は、ソ連帝国の終わりの始まりでもありました。」とIPIのテリエ・ロード・ラーセン所長はIDNの取材に対して語った。

「米ロ間の緊張が高まっています…極めて明確な権威主義的特徴を持ち、多くの意味においてファシズムのオリエンタル的形式とも言える政治的イスラムも強まっています。そしてまた、西欧諸国では、人種主義的な含みも伴って、右翼イデオロギーも再び台頭しています。」ロード・ラーセン所長は語った。

「今日、指導者らが結集すべききわめて明確な必要性があり、レイキャビク・モデルは再び今日的な意味を持っていると言えるでしょう。IPIがアイスランド外務省と接触して、1986年の出来事を記念し、ロシアや米国だけではなく欧州のメンバーも招いてこの前向きなイベントを開いたのはこのためです。私たちは、今日でも重要な意味合いを持つ30年前の協議に参加した主要人物と、外交政策において主要な役割を果たしている現役の人々の参加を得ました。」とロード・ラーセン所長は説明した。

レイキャビク首脳会談から学ぶべき教訓はあるだろうか? 「あります。」とロード・ラーセン所長は語った。「第一に、リーダーシップの重要性です。(米ロ)両指導者が、レイキャビクという中間地点に来て会合することに合意したという事実です。」

President Reagan greets Soviet General Secretary Gorbachev at Hofdi House during the Reykjavik Summit, Iceland/ Ronald Reagan Presidential Library

「第二に、直前の状況は緊張していたにも関わらず、30年前にそこにいた多くの人びとが互いに耳を傾け、互いを尊重し合ったことです。こうした良識が現在はしばしば欠けていることが少なくありません。今日、ロシアと西側諸国の間には信頼関係はみじんも感じられません。」

「基本的なレベルの信頼が重要です。今日はそれが欠けており、危険です。ロシアも西側も、相手側が自分の利益を囲い込もうとしているとの印象を持っています。例えば、ロシアとウクライナの問題がそれにあたります。西側はクリミア問題について語り、ロシアはコソボ問題について語りたがります、そしてそこには対話が欠けているのです」。

「第三に、専門家と指導者がともに集うことが必要です。ホフディ(首脳会談が開かれた建物)では、専門家用に一部屋、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長用に各々一部屋が割り当てられました。このようなことはめったにないことでした。」

「そして最後に、あきらめないことです。」と、ロード・ラーセン所長は結論付けた。

IPIのウォルター・ケンプ副所長もまた、対話の重要性を指摘した。「軍備管理協議はこの数年間行き詰ったままになっています。対話と協議に戻らねばなりません。歩みを止めず、関与しつづけること。そして、互いを脅迫しないこと。この種のリスクを減らすためにどのようなメカニズムが必要だろうか?」

Walter Kemp IPI Vice-President/ IPI

ケンプ氏は、「冷戦期には、構造的な対立がありました。しかし今日、対立は予想不能で、明確な構造がありません。どうすれば、対話をより構造的で予測可能なものにできるだろうか? 30年前には、米国とロシアが協議することが重要だったという意見もありますが、現在の世界はより複雑で、他の国々も巻き込むべきです。」と付け加えた。

にもかかわらず、状況には明るい面もあるとケンプ氏は見ている。「大国が協力できた事例は実際にあります。例えば、イラン核協議の『5+1(=国連安保理の5常任理事国+ドイツ)』方式が挙げられます。」とケンプ氏は語った。

欧州対外アクションサービス」のアラン・ルロイ事務局長は、今後の見通しについて語った。「あれから30年、新たな軍拡競争が始まりつつあります…。時として、軍縮、とりわけ核軍縮に関する議論を刷新するために、明確な推進力が必要です。軍縮プロセスは遅々として進んでいません。」とルロイ事務局長はIDNの取材に対して語った。

ルロイ事務局長は、「ロシアと西側諸国の間には相当の不信があります。」と指摘したうえで、「これをリセットして、ハイレベルでの協議を立ち上げる別の方法を試し、探さねばなりません。しかし、協議の機会は増えています。」と語った。

アイスランド大学のヴァルール・インギムンダーソン教授(現代歴史)は、レイキャビク首脳会談が今日に有益な教訓をもたらしうるかについては懐疑的であった。「米ソ超大国間関係のブレークスルーは、(米国から見れば)ソ連指導部の交替を条件としていました。当時ゴルバチョフ書記長は米国との軍備管理協定を結ぶことで、低迷していたソ連経済を立て直そうとしていたからです。軍備管理協定は米ソ首脳間に信頼を生み出す一方、1989年の東欧における政治革命にソ連が介入しなかったことが、冷戦終結に向けた鍵となりました。」とインギムンダーソン教授は語った。

インギムンダーソン教授はさらに、「今の時代における最も示唆的な政治問題の象徴であるシリア内戦は、ロシア或いは米国だけで対処できる問題ではありません。また、シリア国内、中東地域、その他の利害関係者も巻き込まねばならないし、国連が世界的機関として紛争を調停するために中心的な役割を担う必要があります。」と語った。

メインイベントの前夜には、ゴルバチョフ氏からのビデオメッセージを含む短い一連のプレゼンテーションがあった。軍縮協議の形式を変える必要性に言及したゴルバチョフ氏は、「私たちは、この行きづまりからの突破口を見つける必要があります。」と語った。

ゴルバチョフ氏はさらにより深刻な脅威に言及し、「新型の核兵器が生み出されており、質的な改善も著しい。さらにミサイル防衛システムも配備中です。また、通常戦力の即時打撃システムも開発中で、この危険性は、大量破壊兵器に劣りません。核保有国の軍事ドクトリンは危険な方向に変えられており、核兵器使用が容認される範囲を拡大しています。核兵器拡散のリスクが増しているのはこのためなのです。」と語った。

ロード・ラーセン所長やルロイ事務局長と同様に、ゴルバチョフ氏も、信頼の崩壊が国際関係の重大な問題と感じている。「この20年間の問題や紛争は、平和的・外交的手段で解決することができたかもしれません。しかし、武力に訴えてこれを解決しようとする試みがなされてきました。それが、旧ユーゴスラビアや、イラク、リビア、シリアで行われてきたことです。」とゴルバチョフ氏は指摘した。

ゴルバチョフ氏はまた、「こうした武力による問題解決の試みは、信頼の棄損に加えて、政治と思考双方における軍事化につながり、脱軍事化プロセスをより困難なものにしてきました。この状況を変えるには、対話が必要です。対話を拒否するここ数年間の動向は、最大の過ちと言えるでしょう。」と語った。

30年前に首脳会談が行われた建物である「ホフディ」は「レイキャビク平和センター」に衣替えし、研究と教育を通じた平和の促進を主たる目的にしている。

開会式では、「経済・平和研究所」のスティーブ・キレリー氏が基調演説を行った。キレリー氏は、これまでに10回の報告を出している「グローバル平和指標」を考案した人物である。

Map of Iceland
Map of Iceland

「悪いニュースばかりではありません。」とキレシー氏は会場の参加者に語りかけた。「昨年、81カ国がより平和になり、79カ国がより平和でなくなりました。平和指標で昨年最もランクを上げた5か国はパナマ、タイ、スリランカ、南アフリカ共和国、モーリタニアであり、最も下げた5か国はイエメン、ウクライナ、トルコ、リビア、バーレーンでした。」

日本のピースボートの「オーシャン・ドリーム」号は、首脳会談30周年イベントに合わせてレイキャビクに寄港した。船には5人の被爆者(71年前の原爆投下の生存者)も乗り込んでおり、イベントの翌日にレイキャビクで開かれた集会で原爆体験について語った。

ピースボートで核関連事業をコーディネートしている川崎哲氏は、「核兵器が及ぼす破滅的な影響について意識を高めたい。」と語った。ピースボートは前日にホフディを訪問している。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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|ラオス|米不発爆弾処理のため、SDG「第18目標」を適用

【ビエンチャンIDN=カリンガ・セレヴィラトネ】

バラク・オバマ大統領の9月初めのラオス訪問によって、史上最も恐るべき戦争犯罪のひとつに焦点が当てられることになった。それは、1960年代から70年代にかけての第二次インドシナ戦争中にこの東南アジアの内陸国に対して加えられた爆撃であり、それが人間や環境に及ぼした甚大な被害の問題である。

ラオスは、オバマ大統領と国連の潘基文事務総長のASEAN・東アジアサミット参加の機会を利用して、不発弾が開発・経済活動に及ぼす悪影響を軽減するために、独自に「持続可能な開発目標」(SDGs)の「第18目標」を設定した。

SDG「第18目標」は、世界で合意された17項目の開発目標に新たに付け加えられたものである。この17の開発目標は、ラオス人民民主共和国の国連事務所の報道発表によれば、今年初めに発効した新たな「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中核を構成するものである。ラオスは、他の国連加盟192カ国とともに、2015年9月にニューヨークの国連総会でSDGsに賛同し、それを国内の計画や政策に盛り込むための努力を続けてきた。

ラオスのトンルン・シースリット首相と潘事務総長は9月7日、サミット会合の間に行われた特別サイドイベントでラオス独自の国内SDGsを立ち上げた。このイベントで発言した潘事務総長は、ラオスにおける近年の不発弾による被害者の半分以上は子どもであり、ほとんどの場合は男の子であると指摘した。

「私たちはSDG『第18目標』を通じて、こうした恐るべき傾向を永久に断ち切りたいと考えています。不発弾汚染がもたらす社会経済的影響は、人々が自分の土地の安全性に自信を持てないということを意味し、ひいては、農民やその家族の収入に悪影響を及ぼし、国全体の開発を阻害することになります。」と潘事務総長は語った。

潘事務総長はさらに、「私は、最大限の効果を上げられるよう国内SDGのような強力なツールを用いて民衆を不発弾から解放しようとするラオス政府の取り組みを歓迎します。」と付け加えた。

ラオスには、世界で最も激しい爆撃を受けた国という特別の事情がある。1964年から1973年の間に、ラオスは世界史上もっとも激しい空爆を受けた。

この9年間で主に米空軍によって50万回以上の爆撃作戦が行われた。投下された爆弾は200万トンにも及び、これは、当時のラオスの人口1人あたり約1トンの爆弾が投下されたことになる(オバマ大統領はビエンチャンで行った演説の中で、当時米軍がラオスに投下した爆弾の総量は第二次世界大戦中にドイツと日本に投下した爆弾の総量を上回っていたと述べた:INPSJ)。

こうした爆弾のほとんどは、衝撃と同時に、或いはそのわずかの後に爆発するように設定された対人クラスター弾であったが、国連の推計によると、不発率は30%にも上るという。結果として、戦争から40年以上経っても、ラオスの18の県のうち15の県で不発弾が依然として影響を及ぼしている。

B-52D during a bombing mission over South-east Asia/ USAF - National Museum of the USAF photo 061127-F-1234S-017, Public Domain
B-52D during a bombing mission over South-east Asia/ USAF – National Museum of the USAF photo 061127-F-1234S-017, Public Domain

1996年から97年に実施された「全国不発弾社会経済影響調査」によると、ラオスの133地区のうち86地区(すべての村落の25%)に依然として不発弾が存在するという。

推定8000万発のクラスター弾が不発のまま残されている。不発弾は開墾のための安全な農業・土地利用を阻み、交通やエネルギーインフラ、学校、病院、水供給施設などの建設をより高コストで危険なものにしている。こうしたことから、ラオス政府は持続可能な開発目標に独自の「第18目標」を加えたのである。

国連開発計画(UNDP)ラオス事務所・不発弾貧困問題ユニットの責任者ニルス・クリステンセン氏はIDN-INPSの取材に対して、「不発弾による被害のほとんどは、農村地帯で、最も貧しい人々の間で起こっています。これこそが(不発弾問題と)貧困問題とのリンケージ(つながり)です。」と指摘したうえで、「農村地帯で開発を行おうとすれば、それ自体が難題となります。農民が畑で働けば、地面には爆弾が埋まっているかもしれない。生命や開発活動への直接的なリスクとなるのです。」と語った。

1975年の第二次インドシナ戦争終結以来、ラオスは不発弾処理のための多大なる努力を払ってきた。当初は、影響を受ける農民や地域コミュニティーが、自らの命を危険にさらして自分たちで処理していたのである。

Map of Laos
Map of Laos

国際的な慈善団体や専門のNGOからの支援はずっと後になってから始まった。というのも、ラオスでの戦争は、アメリカ国防総省(ペンタゴン)の「秘密戦争」として知られ、国際的なメディアの目からは隠されていたからだ。ほとんどのアメリカ国民すら、ラオスからベトナムへのベトコンの補給線を絶つためと称して自国政府が行った戦争犯罪について知らなかったのである。

1996年、ラオス政府は、UNDPの支援を得て、残された不発弾の問題に対処するための全国責任者を置いた。これが、戦争の負の遺産を取り除こうとするラオスの取組みの根幹となった。この20年間、不発弾処理部局は300平方キロを安全地帯にし、130万発以上の不発弾を処理し、不発弾の危険性について地域コミュニティーに知らしめるために、村落訪問を1万1000回以上実施している。

「SDG『第18目標』は、進むべき明確な目標を与えました。」「私たちは大胆な目標を設定してきました。たとえば、できるだけ最小限のレベルに被害を縮小していきたいと考えています。」と、デンマーク人のクリステンセン氏は語った。

クリステンセン氏は、「ラオスでは毎年のように被害が発生しています。」と指摘したうえで、「既に(終戦から)40年以上が経過しています。もはや(不発弾による)被害は起こらないと言えるまでの状態にもっていきたい。」と語った。

SDG「第18目標」実施の最初のステップとして、ラオス政府は不発弾汚染の包括的な全国調査の実施を計画している。これは、除去作業すべきハイリスク地帯を定め、被害を軽減するのに役立つであろう。

Laos's SDG 18
Laos’s SDG 18

UNDPとラオス政府にとっての課題は、取り組みの必要な領域の重点化を進めることだ、とクリステンセン氏は語った。「もし村落の近くに広範囲な汚染地帯があったとすれば、誰も住んでない山間部の処理を進める前に、そこを優先しなくてはなりません。重点化は、人の住むところ、生活のあるところ、汚染が人間生活や人間の活動にとってリスクになるところが対象となります。」

UNDPが支援する不発弾処理部門は2015年、証拠をベースにした不発弾調査の新しいアプローチを採用し、単位土地あたりのクラスター弾処理数を飛躍的に伸ばした。2014年には1ヘクタール当たり7発の処理実績だったが、2015年には22発以上に改善された。

新たな調査アプローチでは、まず地元の人々と協議して、村落周辺のすべての既存の不発弾汚染地域を明らかにする。次に、それぞれの「危険物確認地帯」の程度を確定する技術的調査を行い、その結果を全国データベースに登録して優先的に処理を進める。

困難な地形において作業を進める適切な技術を手に入れることは、ラオスの不発弾処理事業にとっての最大の課題だとクリステンセン氏は論じる。「私たちは、地表から25センチまでの不発弾を探知しなくてはなりません。私たちには様々な機器が必要です。というのも、すべては土地の状況次第で、地形や土壌によっては特定の機器が有効に活用できない等の問題があるからです。」

ラオスはまた、2010年に発効した国際協定である「クラスター弾に関する条約」の実現に主導的な役割を果たした。同条約は加盟国に対して、汚染地帯の処理を進め、備蓄兵器を破壊し、クラスター弾による被害者に対する支援を行うよう義務づけている。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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未来の世代を維持するカギを握る軍縮

FAWA Convention in Singapore

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Mr. Katsuiro Asagiri, President of INPS Japan visited Singapore to provide a multimedia coverage of the 22nd Convention of the Federation of Asian Women’s Association (FAWA) September 28-October 1, 2016 in Singapore at the invitation of the Secretary General of Ozaki Yukio Memorial Foundation, Takaaki Ishida, who is also President of ‘Issatsu no kai’, a Japanese NGO.

The 22nd Federation of Asian Women’s Association (FAWA) Convention held in Singapore from Sept 28-Oct 1, 2016.

FAWA Institutional facebook

Ozaki Yukio Memorial Foundation Celebrates 60th Anniversary

INPS-IDN documented the 60th anniversary event of Ozaki Memorial Foundation (Chairperson: Tadamori Oshima, house speaker of the House of Representatives) held at the Parliamentary Memorial Hall on October 28, 2016 with over 150 participants.

核兵器は配備されたか? – アイスランドで論争

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【レイキャビクIDN=ロワーナ・ビール】

最近ある文書が機密解除され、米国が北大西洋条約機構(NATO)の1949年創設以来の加盟国であるアイスランドに核兵器を配備したことがあるかどうかを巡る論争が巻き起こっている。

米国は、北大西洋と北極海の交わる戦略的な地点に位置するアイスランドに核兵器を一度も配備したことがないと主張しているが、これは、この国に核兵器を配備する計画が存在しなかったということを意味するわけではない、と専門家らはみている。バルール・インギムンダーソン氏とウィリアム・アーキン氏の研究によると、冷戦期にアイスランドは核の備蓄基地とみなされていた。

米国の「国家安全保障アーカイブ」(NSA)が発表した、さまざまな書簡や電報からなるこの文書の内容は、1951年11月18日まで遡る。これは、米国がアイスランド防衛を担うことを約した秘密の防衛協定を両国が結んでから半年後にあたる。

Map of Iceland
Map of Iceland

両国当局は、ひとつには当時冷戦下で勃発していた朝鮮戦争の存在、そしてもうひとつはアイスランドが軍隊を保持していないことから、こうした取り決めが必要になると考えていた。

最初の電報で、アイスランドのビャルニ・ベネディクトソン外相が、米国のモリス・N・ヒューズ公使に対して英『タイムズ』紙の記事を示している。その記事の中で、エドウィン・ジョンソン上院議員が、核兵器の配備先としては、英国よりもアイスランドや北アフリカ、トルコの方が優れていると述べていた。

ジョンソン議員の考えはアイスランドでは受け入れられないことを分かっていたヒューズ公使は、米国はアイスランドに核兵器を配備する予定はないと「公的に確認」することを推奨している。

つづく電報では、核兵器の配備場所に関する米国の伝統的な「否定も肯定もしない」政策について焦点が当てられている。1951年12月21日の「最高機密」の電報でヒューズ公使は、アイスランド政府との「十分な協議や合意なしに(米国が)動きを起こすことはない」とベネディクトソン外相に秘密裏に伝えることを認可すると米国務省筋から告げられている。

次の電報の時期は1960年、米国のスパイ機U-2がロシアの領空で撃墜されてから間もなくの頃のものである。当時のグドミュンドゥル・I・グドミュンドソン外相がタイラー・トムソン米大使に対して、米国はアイスランド南西部にある(当時の)ケフラビーク空軍基地をU-2飛行のために使用したことがあるか、同基地に核兵器を配備したことはあるか、同基地経由で核兵器を移動させたことがあるかと尋ねている。

これらの質問に対する米国の公式回答は機密指定されたままだが、トムソン大使による回答案では、グドミュンドソン外相に対して、米国はアイスランドに核兵器を貯蔵したこともないし、ケフラビーク基地を通じて(核兵器を)移送したこともないから心配に及ばないとしている。

それ以前の回答案が1週間前に電報で送られており、核爆雷を貯蔵する先進水中兵器貯蔵庫に関する米海軍の条件とその建設中の状況について言及しているが、その件は以後の回答案からは削除されている。明らかに、その施設を建設中だったアイルランド側では、(核爆雷ではなく)魚雷の貯蔵のために施設が使用されると考えていたのである。

United States conducted the Swordfish test of the ASROC nuclear depth bomb off San Diego in 1962/ The original uploader was Tempshill at English Wikipedia – Transferred from en.wikipedia to Commons., Public Domain

今回NSAの報道発表で言及された最後の機密解除文書は、イヴァン・ホワイト国務次官補代理(渉外担当)が送った最高機密の書簡に対するトムソン大使の回答だが、ホワイト次官補代理の書簡については依然として機密扱いされている。

トムソン大使の回答文書は、ホワイト次官補代理が「米国政府は、アイスランド政府と協定を結ぶことなく同国に核兵器を自由に配備できる」と主張した可能性をうかがわせている。

さらに、「もしこれが事実だとすれば、ドワイト・アイゼンハワー政権は『十分な協議と合意』を確認したディーン・アチソン(ハリー・トルーマン政権の)国務長官時代の政策を放棄していたことになる。」

米国が当時核兵器の貯蔵を検討していたのはアイスランドだけではない。西ドイツ、英国、トルコ、ベルギー、オランダ、イタリア、ギリシャもまた検討の対象にあがっていたが、ドイツと英国だけが公式に開示されている。

機密解除された文書に伴う報道発表によれば、核兵器がアイスランドに一度も配備されたことがないのは「確定済みの事実」であるという。

しかし、IDN-INPSが機密解除された文書を平和活動家のエルヴァール・アストラドソン氏にみせたところ、彼はすぐさま、「報道発表の内容は既知のものでしたが、誰もその存在を知らなかった秘密文書に関して、全くは言及していません。」と答えた。

その秘密文書とは、(NATO合意署名3日前にあたる)1951年5月5日に米国・アイスランド間で締結されたNATO合意への附属書と技術的別表である。これらは、アイスランドのヴァルゲルドゥル・スヴェリスドッティル元外相が2007年1月に同省のウェブサイトで公開して初めて注目を浴びることになった。「文書を公開した彼女の行為は、政治家たちの間ではあまり評判がよくなかった」とアストラドソン氏は付け加えた。

アストラドソン氏はさらに、「これらの文書は基本的に、米国にあらゆる行動の自由を許すものです。」と指摘したうえで、「1958年に英国で『核軍縮キャンペーン』(CND)が発足するまで、核兵器の問題についてほとんど関心が持たれておらず、アイスランド国民はこの問題に気づきようがなかったのです。」と語った。

上記の合意の実施に関する附属書は、アイスランド防衛隊(=米軍兵士)を受け入れ、軍事的使用のために適した区域を設定する取り決めに加えて、付属書第10条でこう述べている。「米国の公の艦船及び航空機、米国の軍隊、装甲車を含めた車輌は、当合意の下での作戦に関連して、領海・領土・領空・海洋を含めたアイスランドに進入し、その港と合意された領域との間を移動することを許される。米国の航空機は、合意された場合を除いて、制限なしに、領海を含めたアイスランド領土のいかなる場所においても、その上空を飛行し、着陸することを許される。」

Ásbrú is a part of the former U.S. Naval Air Base Keflavik not supervised by the Icelandic defence authorities. Credit: Lowana Veal | IDN-INPS

技術的別表第1には、「米国の軍事当局及びアイスランド当局は、軍事的要請の許す範囲において、ケフラビーク地域において米国が建設を希望する構造物や施設の場所に関連して、ともに協議を行う。」と記されている。

NSAは、核兵器がアイスランドに配備されたことはないと主張しているが、核兵器が少なくとも一時的立ち寄りの形で、アイスランドに存在したことを示す多くの証拠がある。

長い歴史を持つ「軍事基地反対キャンペーン」の機関紙『ダグファリ』には、そうした説明が数多くあり、1977年の号では、「反基地活動家らは、核兵器は貯蔵してはならないとNATO合意に明確に規定されているにも関わらず、ケフラビーク飛行場は核基地なのではないかと長らく疑っている。」と報じている。

『ダグファリ』の1999年の別の号では、核兵器がアイスランドに貯蔵されたことがあるかどうかについては疑問が残っているが、「核兵器が海軍の艦船に搭載されてアイスランドの領海を通過したことには疑いがない。」と報じている。

またある号では、アイスランドに駐留した経験のあるアメリカ人が、軍用機に核物質や五つ星の将官を載せていたことを回顧している。

この航空機は、兵器を搭載した航空機のために使用される専用の滑走路を使用していた。「このフライトのことは完全に忘れることだ」とその航空機のパイロットは彼に告げたという。給油の後、この航空機はフライトを続けた。次の日、彼は、この航空機はドイツに貯蔵される核兵器を運んだとみて間違いないことに気づく。1983年から86年の間のいずれかの時期のことであったという。

米軍は2006年に突如としてアイスランドから撤退した。それ以降、かつての米軍基地は、かつて軍によって所有されていた建物や施設を利用して、革新的な産業や技術、教育のためのセンターとして使用されている。

しかし今年初め、米国が、潜水艦監視作戦のため、海上を飛びソナーを使って潜水艦を探知できるように、航空機の格納庫の使用を認めるようアイスランド政府に要請した。

Member countries of NATO in blue/ Location_NATO.svg: Ssolbergj - Location_NATO.svg, CC BY 3.0
Member countries of NATO in blue/ Location_NATO.svg: Ssolbergj – Location_NATO.svg, CC BY 3.0

そして今年6月、米国務省高官がアイスランドのリリヤ・アルフレッズドッティル外相と会談し、再び米軍との協力を強化するよう要請した。2006年以降、安全保障環境が変化したとの理由だった。

さらに7月、「戦略国際問題研究所」(CSIS)が報告書を発表し、「NATOは、アイスランドのケフラビーク海軍飛行場を再開し、オーラウスヴァーンの潜水艦支援施設(2009年に閉鎖)を再取得・再開するようノルウェーに求めることで、適切な能力が適切な時に適切な場所で発揮できるようにするために、対潜水艦作戦態勢を最適化することが可能だ。」とする明確な提案を行った。しかしこの提案内容は、いかようにも解釈が可能なものだ。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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