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包括的核実験禁止条約批准は依然として「核のファンタジー」

【国連IDN=ロドニー・レイノルズ】

国連内外で、イスラエルがおそらく今後5年以内に包括的核実験禁止条約(CTBT)批准を検討しているらしいとの推測が広まっている。

しかし、これは政治的現実なのか、それとも核のファンタジーなのか?

こうした推測は、包括的核実験禁止条約機構(CTBTO)のラッシーナ・ゼルボ事務局長によるイスラエルへの3日間の訪問の後に出てきた。ゼルボ事務局長は訪問中の6月20日、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談している。

ゼルボ事務局長は『エルサレム・ポスト』紙の取材に対して、イスラエルによる条約批准の可能性に関して楽観的な見方を示して、「批准するかどうかではなく、それがいつなのかが焦点です。」と語った。

ゼルボ事務局長は、「仮にイスラエルが条約を批准することになれば、イランとエジプトもこれに続き、長らく提案されてきた中東非核兵器地帯の創設に向けて事態が前進する可能性があります。」と予測した。

「都市は標的ではない!」プロジェクトの責任者で、平和首長会議のキャンペーンディレクターであるアーロン・トビッシュ氏はIDNの取材に対して、「中東では、(イスラエルとイランの)両国が批准間近だと言ったとしても、第三の国(=エジプト)の批准はまだ程遠いということになります。」「(実際のところ)両国はCTBT批准からは未だに『ずっと遠い』位置にありますし、イスラエルが『まず先んじて』批准すべきと考えているエジプトの批准は、さらに遠い位置にあります。」と語った。

トビッシュ氏はまた、「(これらの国々が)手を取り合って一緒に跳ぼう(=CTBTに批准しよう)という考え方は魅力的ですが、まずはこれらの国々が手を取り合わなければなりません。よりハードルが低いとしても、『非核実験』地帯が非核兵器地帯よりも現実的であるという見通しを意味するわけではありません。」と指摘した。そしてさらに、「私の見方では、この問題で前進が見られるとすれば、(結局は中東にも影響を及ぼすことになる)国際レベルにおける議論、とりわけジュネーブで審議されている一連の『核軍縮に関する国連公開作業部会』(OEWG)の行方にかかっていると思います。」と語った。

国連のファルハン・ハク副報道官は、こうした推測について、「これはCTBTOが対処している問題です。」と指摘したうえで、「(こうした推測は)CTBTOのゼルボ事務局長による発言を指していることは承知しています。私がそれに付け加えることはありません。」と語った。

ハク副報道官はまた、「もちろん、もしCTBTへの批准国が増えるならば、それはきわめて歓迎すべきことです。」「潘基文国連事務総長は、条約未批准国に対して早期の(CTBTへの)批准を促し、条約を早期発効させるよう取り組んでいます。」と強調した。

Lassina Zerbo/ CTBTO
Lassina Zerbo/ CTBTO

ゼルボ事務局長は、『エルサレム・ポスト』のインタビューの中で、イランの核計画を抑えることとなる昨夏の核合意の履行と、イスラエルと国際社会の科学者による、イランは核兵器を製造できないとの確証により、「イスラエルにとっての最大の脅威が去った」ことを意味するはずだと語ったとされる。

ゼルボ事務局長は、次のステップは、イランとイスラエルの双方が1996年に既に署名しているCTBTの批准であると語った。彼はこれを、核不拡散・軍縮という目標に向けた「容易に達成できる問題」だと語った。

「イスラエルとイランが批准すれば、条約が持つ意味合いが大きく変わることになります。両国は批准によって失うものなどなにもないのです。」「両国はリーダーシップを発揮し、『我々はともにCTBTを批准することを決めた』と世界に対して度量の大きさをみせてほしい。」とゼルボ事務局長は語った。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)軍縮・軍備管理・不拡散プログラムの責任者タリク・ラウフ氏はIDNの取材に対して、「私の見方では、イスラエルが近い将来にCTBTに批准するというのは『あまりにも楽観的過ぎます』」と指摘したうえで、「報じられているネタニヤフ首相の発言では、CTBTへの支持を示してはいますが、早期批准を示唆するものは何もありません。」と語った。

同様に、マジュレス(イラン国会)によるCTBT批准(イスラエルと同様イランも条約の署名だけは終えている)はありそうもない。というのも、イランはP5+1(国連安保理常任理事国5カ国プラス・ドイツ)との交渉で共同包括的行動計画(JCPOA、イラン核合意の別名)の妥結と発効にまで持っていくことには成功したが、その恩恵として想定されてきた経済・貿易面における利益がまだ現実のものとなっていないからだ。例えば、エアバスとボーイングによる航空機売却の合意は、西側諸国の銀行が米国からの制裁を恐れてイランとの商業取引に入ることを拒んでいるため、店ざらしになっている。

ラウフ氏はまた、「イスラエルは、エジプトとイランが批准しないかぎり、CTBTに批准しそうもありません。そしてエジプトは、イスラエルがまず核不拡散条約(NPT)に加盟し核兵器を放棄しないかぎり批准しないでしょう。しかし、イスラエルが核兵器を放棄することはあり得ません。」と語った。

ラウフ氏はさらに、「ゼルボ事務局長がイランとイスラエルに関して楽観的な見方を示すのは正しいことです。なぜならこれがゼルボ事務局長の任務であり、仕事だからです。彼は、条約発効のためにその批准が必要とされている5カ国(中国・エジプト・イラン・イスラエル・米国)と、その批准が必要とされているが署名すらまだ済ませていない3カ国(北朝鮮・インド・パキスタン)に批准を促すために、最善を尽くしているのです。」と語った。

Tariq Rauf
Tariq Rauf

「現状では、極めて残念ですが、この8カ国のいずれかが批准あるいは署名することは、近い将来起こりそうにありません。CTBTは、可能なかぎり早期に発効させるべき、重要な核軍備管理上の条約です。」とラウフ氏は語った。同氏は2002年から12年まで核査察、不拡散、軍縮に関わる任務に就いた国際原子力機関の元高官でもある。

ゼルボ事務局長はインタビューで、「中国は米国よりも先に批准はしないだろうし、インドは中国よりも先に批准しないでしょう。また、パキスタンはインドよりも先に批准しないでしょう。従って、米国の行動がカギを握ります。」と語った。

21世紀に入って唯一核実験を行った北朝鮮は、8カ国の中でCTBT批准から最も遠い国であろう、とゼルボ事務局長は語った。

国連総会で1996年に採択されたCTBTは、主に8つの主要国が条約の署名を拒否するか、批准を済ませていないために、未だに発効していない。

未署名3カ国(インド・北朝鮮・パキスタン)と未批准5カ国(米国・中国・エジプト・イラン・イスラエル)は、条約採択から20年の間、条約に従うことを拒絶してきている。

現在、多くの核武装国が自発的な核実験の中断(モラトリアム)を実行している。「しかし、モラトリアムは、CTBTの発効に代わるものではありません。北朝鮮が実施した核実験はその証左に他なりません。」と、潘事務総長は、2015年9月10日に「国際反核実験デー」を記念して開かれた国連総会の非公式会合で述べている。

ワシントンに拠点を置く軍備管理協会によると、核兵器は戦時に2度だけ使用され甚大な被害をもたらしたが、しばしば見過ごされているのは、1945年以来、少なくとも8カ国による2000回以上の核爆発実験を通じて、様々な場所で実際に「使用」されてきた事実だという。

Breakdown of nuclear tests conducted by China, United Kingdom, France, Soviet Union and the United States from 1945-1996/ The Official CTBTO Photostream - Nuclear Tests 1945-1996, CC BY 2.0.
Breakdown of nuclear tests conducted by China, United Kingdom, France, Soviet Union and the United States from 1945-1996/ The Official CTBTO Photostream – Nuclear Tests 1945-1996, CC BY 2.0.

これらの核爆発実験は、新型の核弾頭を開発し、世界の核武装国による核兵器能力を誇示するために使用されてきた。核実験、とりわけ大気圏内実験は、世界中の数多くの人々の命と健康に悪影響を及ぼしてきた。

「これに対抗して、普通の市民や科学者、議員、政府の指導者らが、グローバルで検証可能な包括的核実験禁止を実現するために、数十年にわたって努力を傾けてきた。」と軍備管理協会は指摘している。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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東京市長としての尾崎行雄(石田尊昭尾崎行雄記念財団事務局長)

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【東京IDN=石田尊昭】

7月14日に東京都知事選が告示され、各候補者が街頭で第一声を上げました。

都知事といえば、今から100年以上前、第二代東京市長(当時は「都」ではなく「市」)を務めた尾崎行雄が思い起こされます。

Ozaki Yukio/ Ozaki Yukio Memorial Foundation
Ozaki Yukio/ Ozaki Yukio Memorial Foundation

尾崎行雄は1903年から1912年まで東京市長を務めました。当時は、国会議員との兼職が可能で、尾崎は衆議院に議席を持ったまま市政運営に取り組みました。

この間の尾崎は、国会議員ではあったものの、ほとんど国政の場では活躍せず、新聞に「尾崎は死んだのか?」と皮肉を書かれることもありました。

尾崎は、東京市長としての丸9年間、国政における政党のしがらみや対立を市政に持ち込むことはせず、国政上の課題とは距離を置き、徹底して東京市の課題(東京市民の生活)と向き合いました。

外債を募集して市区改正を完成させるとともに、上下水道整備、道路改良・街路樹植栽など、市民の生活に直結するインフラ整備を次々と進めました。特に、数十年先を見据え、東京市の水源林を確保したことは、その後の市の発展と市民の生活向上に大いに役立ちました。

また、国政とは距離を置きながらも、東京市からアメリカに桜を寄贈し、日米両国の友好親善を促すなど、世界を見てきた尾崎ならではの国際感覚を生かした「自治体外交」も行いました。

The Tidal Basin at the National Cherry Blossom Festival in Washington, DC./ ‘Matthew G. Bisanz, CC BY-SA 3.0
Mr. Takaaki Ishida
Mr. Takaaki Ishida

そして何より、当時、「利権の巣窟」「伏魔殿」と呼ばれていた東京市政の金権腐敗・汚職を厳しく追及し、一掃したのです。尾崎の在任中は、汚職事件が一件も起きませんでした。

国政・政党のしがらみから距離を置き、市民の生活と真摯に向き合いながら、国際感覚を持って10年先・20年先を見据えた政策・改革を実行する、そして、利権を排し、不正を正す――東京市長時代の尾崎行雄の取り組みは、今の都知事のみならず、日本の首長全体に求められる要素ではないでしょうか。

東京都知事選の投開票日は、7月31日です。

INPS Japan

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世代を超えて受継がれる平和と友情の絆

核兵器よりも平和を選ぶバングラデシュ

【ダッカ(バングラデシュ)IDN=ナイムル・ハク

世界的には核攻撃が発生する脅威が増大している中で、核兵器保有国に囲まれたバングラデシュは、「核クラブ」に加わるよりも、平和国家であり続けることを選択しようとしている。

同国の安全保障専門家らは、世界平和を追求し国際的な核関連諸条約を遵守する政府の方針を支持しながらも、冷戦は終結したが、核攻撃の可能性は依然として現実のものである、と述べている。 |インドネシア語 | ドイツ語 | ヒンドゥー語 日本語 | マレー語 | タイ語

専門家らは異口同音に、世界的な核戦争の脅威は減ってきたが、より多くの国が核兵器を開発する技術を取得し、テロリストがそうした大量破壊兵器を入手しようと躍起になっている中、核攻撃が発生するリスクはむしろ増大していると論じている。

こうしたリスクが存在する限り、バングラデシュは国家による諜報活動を強化し、核攻撃に対処する放射能防護戦略に焦点を当てる必要があると専門家らは論じている。

国家安全保障・防衛アナリストのサカワート・フサイン准将(退役)は、IDNの取材に対して、中国・インド・米国による「核の傘による保護」に触れ、「バングラデシュは(いかなる国に対しても)敵意を持っている国ではありませんし、少なくとも今世紀において核攻撃の脅威に晒されるとは考えられません。もちろん、未来を予測することなどできませんが、現在外国からの差し迫った脅威はありません。」と語った。

フサイン氏は、核兵器の保有を正当化する論拠に疑問を呈するとともに、「核兵器を開発するという夢は最も危険な冒険だ。」と語った。

フサイン氏は「私たちは誰を攻撃するとのでしょう。言い換えれば、誰が私たちの敵だというのでしょう。」と問いかけたうえで、「お気づきかもしれませんが、一般的に言って、核兵器を保有している国々には敵がいます。例えば、米国にとってはソ連が最大の敵でしたし、インドとパキスタンは互いに対抗しながら核兵器を開発してきました。北朝鮮は韓国や米国という敵からの脅威に晒されているとしていますし、イスラエルも同様にアラブの敵国からの脅威を感じながら核兵器の開発を進めてきました。」と語った。

さらにフサイン氏は、「地理的には、仮に印パ戦争が再び勃発したならば、戦略的に隣国のバングラデシュは、核攻撃によって引き起こさせる放射線汚染への対応という脅威に直面することになりかねません。この場合、他の国々と同様に、核攻撃に対抗する準備を進めるというよりも、むしろ放射線から生き残るための知識を国民に提供し有事に備えさせるべきです。」と論じた。

フサイン氏はまた、今日の核安全保障の鍵を握る、強力な核諜報システムの必要性を強調した。

Mushroom cloud from the explosion of Castle Romeo in 1954./ United States Department of Energy, Public Domain

著名な国家安全保障アナリストであるモハマド・アブドゥル・ラシド少将(退役)はIDNの取材に対して、「今日のグローバル安全保障時代に『核クラブ』に参入することは、とりわけ、バングラデシュ経済が伸びつつあることを考えると、無益な投資となるだろう。地域の地政学的な状況を考えるならば、核兵器開発などという夢を追う理由は見当たりません。」と語った。

紛争・法・開発研究所」(ICLDS)所長でもあるラシド氏はさらに、「バングラデシュは、インドとパキスタンが万一核戦争に突入した場合に備えて、放射線防護戦略に焦点をあてることを考えるべきです。私たちにできる最善のことは、そうした攻撃から国民を救うことであり、ほぼ全ての国が、致命的な核の放射能汚染から国民を守る独自の準備を進めています。」と語った。

ラシド氏はまた、「強力な諜報部門は、脅威の先触れを受けて警告を発する理想的なツールとなるだろう。」と述べ、核の脅威を探知しそれに従って備えをする諜報能力を強化すべきだと強調した。

再生可能エネルギーに関する専門家のM・A・ゴフラン氏はIDNの取材に対して、「世界が核軍拡競争を終結させようとしているときに、バングラデシュのような貧しい国が、極めて高価で安全でもない核兵器を追求することに論理的根拠は見いだせません。実際、核兵器はもはや戦時のオプションにはなっておらず、しかも、そうした大量破壊兵器が広島・長崎で人間に何をなしうるかを世界が目撃してしまったあとでは、核攻撃が起こることは決してないでしょう。」と語った。

The atomic bomb dome at the Hiroshima Peace Memorial Park in Japan was designated a UNESCO World Heritage Site in 1996. Credit: Freedom II Andres_Imahinasyon/CC-BY-2.0
The atomic bomb dome at the Hiroshima Peace Memorial Park in Japan was designated a UNESCO World Heritage Site in 1996. Credit: Freedom II Andres_Imahinasyon/CC-BY-2.0

「核の傘による防護」の問題に関してゴフラン氏は、「インドや米国のような核大国は、友好国に対してでさえ、核の『防護』を保証することなどとてもできません。核爆弾は単なる砲弾ではないのです。(自国のためではなく)ある友好国のために核兵器で報復するということは、他国の敵による核攻撃によって自国の領土を危険に晒すことを意味します。はたして、いかなる核大国もそんな無責任な行動をとるでしょうか?」と語った。

ベテランジャーナリストであるアフサン・チョウドリ氏は、バングラデシュが核の脅威に晒されているとの可能性をきっぱり否定して、「誰が私たちを核兵器で攻撃するというのでしょうか?バングラデシュは国境の大半をインドに囲まれていますが、インドに核攻撃を行う企図(それはほぼありえないことですが)がないかぎり、私たちは安全です。また、私たちはいかなる国に対しても脅威にはなっていないのですから。」と語った。

チョウドリ氏はまた、現在のエネルギー政策や核燃料取扱能力に関連して、「私たちは、そうした核技術(兵器)を取り扱えるほどの能力も効率性も備えていません。それに私たちがいったい誰を攻撃したいというのでしょう。グローバルな安全保障の文脈では、核兵器の開発は意味をなしません。バングラデシュ政府がそれを追求しているとは思えません。」と語った。

政治・安全保障アナリストのモハマド・アリ・シクデル少将(退役)はIDNに取材に対して、「バングラデシュは常に友好国家であり続けてきました。この友好的姿勢は、この国の政治史に深く根ざしています。私たちは過去に紛争をけしかけたことはなく、従って核のライバルといえるような存在はありません。実際、私たちが不安に感じる要素などないのです。」と指摘したうえで、「インド・中国と言った近隣の核大国は、常に私たちの緊密な同盟国でした。今日、地政学的な現実を見る限り、バングラデシュに対する核の脅威は認められません。従って、この時点において、我が国が核兵器能力について検討する必要はないのです。」と語った。

シクデル氏は一方で、「私たちは、対外的な諜報能力を強化して、情報において遅れをとらないようにしなくてはなりません。最も賢いやり方は、先進的な諜報能力を常に身にけておくことです。なぜなら、そうすることで、潜在的な脅威について知ることができるからです。もっとも、そうした脅威がそもそもあればの話しですが。」と語った。

バングラデシュ原子力委員会(BAEC)のM・アリ・ズルクアルネイン議長はIDNの取材に対して、「バングラデシュの核政策はこれまでも常に平和目的のものでした。」と指摘したうえで、「BAECは、社会のニーズと核技術の進歩に沿って(大部分が医療関係の)研究開発事業を継続しています。国際プロジェクトやその他の国際・地域活動を通じて、BAECは、持続可能な原子力システム、重大事故防止と影響緩和を目的とした革新的な原子炉設計、将来的な原子力システムのための核燃料・燃料サイクル分析といった領域に取り組んでいます。」と語った。

Map of Bangladesh
Map of Bangladesh

さらにズルクアルネイン議長は、バングラデシュは「核研究活動において高い専門能力を持っていることから、他の途上国に比べると、原子力利用とそれに関連した研究遂行の点で有利な位置にいます。また、原子力の平和利用の点で世界に誇れる歴史を持っており、核不拡散に関連したほぼすべての国際条約の締約国となっているのです。」と説明した。

IDNはまた、教員、元官僚、NGO関係者、ジャーナリスト、民間企業関係者など、市民社会の広範な人々への取材を行った。彼らの声はいずれも、平和を追求すべきであり、「愚か」な核競争に参入するといういかなる発想も拒否する点で共通していた。

「バングラデシュは南アジアで最も経済成長が著しい国の1つであり、核開発の野望を抱けば、こうした成長がすぐにでも危機に陥ることになります。」とあるベテラン銀行家は語った。

有名大学のあるベテラン教員は、「まずもって、バングラデシュに核クラブの一員になる余裕があるでしょうか? 核開発は極めて高くつき、危険なものです。この両方の理由から、バングラデシュには、現在の経済成長によって繁栄する以外には選択肢はないのです。」と語った。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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世界の6大広告主が国連の「2030アジェンダ」を支持

【ベルリン/カンヌ/ニューヨークIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

国連事務総長の任期10年を終えるまであと半年の潘基文氏が、企業経営者や起業家を「持続可能な開発に向けた2030アジェンダ」に関与させようとの粘り強い取り組みを進め、1月以降、効果を上げ始めている。

6月24日に第63回「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」で発言した潘事務総長は、世界の6大広告・マーケティング企業である電通ハバスIPGオムニコムパブリシスWPPが、史上初の取り組み『Common Ground(共通の立場)』の立ち上げに合意した、と語った。

このイニシアチブは、2015年9月に国連に加盟する全ての国が全会一致で採択した2030アジェンダの達成に向け、6大広告主がライバル関係を超え、世界が抱える深刻な諸課題(貧困、不平等、不正等)をなくすために連携・協業するというものである。

SDGs logo
SDGs logo

「2030アジェンダを達成するためには、人類のための真剣なパートナーシップが必要です。今日の世界において国連持続可能な開発目標(SDGs)の『リング(=輪)』以上に重要な目的を持ったブランドはおそらく存在しないでしょう。」と潘事務総長は語った。

「オリンピックのリング(=5色の輪)は、スポーツにおける最高の基準を表しています。一方SDGsのリングは、社会的公約や人間の幸福、グローバルな連帯における最高の基準を表しているのです。」と潘事務総長は付け加えた。

「世界の6大広告・マーケティング企業は、一部ではありえないと言われていた試練にあえて立ち上がってくださいました。つまりこれらの企業は、『持続可能な開発のための2030アジェンダ』とSDGsを前進させるためのユニークで刺激的な共同の取り組みを支持するために、立場の違いを乗り越えることに合意したのです。」と潘事務総長は語った。

「短期的には、2030アジェンダを20億人に浸透させることを目指しています。そして、100万人を変革の主体として動かしていきたい。皆さんにはこの取り組みに是非手を貸して頂きたい。」と国連事務総長は、広告・マーケティング・革新的な広報の分野で働く専門家が集う「国際クリエイティビティ・フェスティバル」の場で語った。

「ここはカンヌですから、私は強い思いで参りました。皆さんは、まさにプロの語り手であり、世論を形成する大きな力があると思っています。皆さんには、人類のための史上最大のキャンペーンを創出する手助けをして頂きたいのです。」

「17項目のSDGsを含む『2030アジェンダ』は、国連がこれまでに採択した最大の人間・地球及び繁栄のための行動計画であり、世界中の場所を問わず全ての人々のためのものなのです。」と潘事務総長は説明した。

「もし(SDGsに)スローガンを付けるとしたらこんな感じになるだろう。『私たちは世界的な貧困を終わらせることができる最初の世代であると当時に、温暖化の影響に対処できる最後の世代です。』」と潘事務総長は述べ、「誰も単独でSDGsを達成することなどできない。」と強調した。

潘事務総長は、「SDGsがすべての業種に関わるということ、つまりSDGsは全ての人々に関わる問題であり、とりわけ若者や女性に力を与え、世界が抱える深刻な諸課題を広く知らしめる最良の方法を見出す手助けをしてください。」と会場の参加者らに呼びかけた。

「皆さんの創造力、革新性、そして訴える力は、かけがえのないものです。複雑で抽象的なアジェンダを、私たちがどのようにしたらより良い世界を創出できるかについて個人的で情感的なストーリーに変換して頂きたい。」と潘事務総長は語った。

Secretary-General Ban Ki-moon delivers keynote address at "The Cannes Debate" at Palais des Festivals, France. UN Photo/Eskinder Debebe
Secretary-General Ban Ki-moon delivers keynote address at “The Cannes Debate” at Palais des Festivals, France. UN Photo/Eskinder Debebe

潘基文事務総長はまた、「この種のイノベーションの機は熟しています。…今年は、(2030アジェンダという)15年計画を履行する1年目にあたります。最終的に目標を達成するためには、最初が肝心です。広告業界はそのクリエイティビティーと活力に定評があります。国連は、地球と人類が直面する最大の課題への取り組みに、このダイナミズムを動員することを全面的に支持します。」と語った。

「共通の立場」というこの新たな協力関係は、①SDGs実現に向けた取り組みに総力を結集すること、そして、②他業界にもこれに追随し、それぞれの共通の立場を見出すよう促すこと、という2つの目的を掲げ、直ちにスタートすることになっている。

「共通の立場」イニシアチブはまず、グローバルな広告キャンペーンから始まることとなっており、主要企業やソートリーダーシップ(thought-leadership)関連の刊行物が広告スペースを無料で提供する予定である。

さらに、大手広告6グループは、SDGsをテーマとした今年のカンヌ・ヤングライオンズの各受賞アイデアにつき、開発資金を提供することに合意した。今年の賞は、SDGs関連だけを対象としている。ヤングライオンズ・コンペティションに対して初めて提供されるこの資金は、受賞コンセプトをさらに発展させ、これを実用化できるチャンスを最大限に高めるために用いられることになっている。

電通の社長兼CEOの石井直氏、ハバスの会長兼CEOのヤニック・ボロレ氏、IPGの会長兼CEOのマイケル・ロス氏、オムニコムの社長兼CEOのジョン・レン氏、パブリシスグループの会長兼CEOのモーリス・レヴィー氏、WPPの創設者兼CEOのマーティン・ソレル氏は、共同声明の中で、「広告キャンペーン『共通の立場』は、国連が示したグローバルな諸課題は、企業間の競争を超えるものだと認識している」と述べている。

大手広告6グループは、SDGsの達成に向けてパートナーシップを組むことで、熾烈な競争関係にあっても、広い共通課題のために連携・協業できることを示したいと考えている。同共同声明では、「他の業界・企業においても、同じような取り組みや関係性が生まれることを期待しています。」と述べている。

「共通の立場」イニシアチブ発表の2日前、潘事務総長はニューヨークで開催されたサミットに集った企業経営者らに対して演説を行った。責任ある実践、変革的なパートナーシップ、画期的イノベーション、目標を定めた投資など、持続可能性の新たな時代に到達するために必要な主要領域に焦点を当てることがサミットの目的であった。

2016年国連グローバルコンパクト・リーダーサミット」への演説で潘事務総長は、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の目的を達成するには、世界中の数多くの人々の苦しみや差別、機会の欠如を終わらせるような、新たな生き方を見つけることが必要だと強調した。

潘事務総長は、同演説の中で、全てのステークホールダー(世界の指導者から、全ての部門と産業に亘る企業経営者、教育者、慈善活動家等)に対して、より広く深く連携して取り組んでいくよう呼びかけた。

世界最大の企業による持続可能性の取り組みである「国連グローバル・コンパクト」は、人権・労働・環境・腐敗防止に関する「10の原則」に沿って企業戦略や行動を調整することで、企業が責任を持ってビジネスを展開する支援を行うものである。また、国連持続可能な開発目標(SDGs)のような、より広範な社会的目標を前進させるための戦略的行動を、協調と革新をスローガンに進めていく支援も行っている。

6月22日・23日に開かれた国連グローバルコンパクト・リーダーサミットは、SDGsに関して企業行動をあらゆる場所で活性化させることを目的としていた。この目的のために、国連グローバル・コンパクトは、SDGsの2030年までの達成を支持する企業の意識改革と行動を促す複数年にわたる戦略を明らかにした。

Global Compact Principles/ 2010 Sustainability Annual Report
Global Compact Principles/ 2010 Sustainability Annual Report

新たな「SDGsをローカルビジネスにするための戦略」の主要要素には、毎年のリーダーサミットの開催、SDGsパイオニア・プログラムの実施、SDGs行動計画ローカルネットワーク、国連・企業パートナーシップ、インパクトレポートなどがある。

潘事務総長は、SDGsと気候変動に関するパリ協定が昨年採択されたことを想起しつつ、「持続可能な開発と気候変動の悪影響との闘いを分離することも可能だが、気候変動の悪影響と脆弱な生態系の問題を考慮に入れれば、包括的な開発モデルが民衆と地球の両方の利益になります。」と呼びかけた。

潘事務総長は、今後数年もインフラ整備に数兆ドルが投資される点を指摘したうえで、「パリ協定とSDGsが、クリーンエネルギーや、気候変動に強く持続可能な経済の創出において、かつてない機会を民間部門に与えることになります。」と語った。

潘事務総長はまた、「私たちは、持続可能で包摂的な市場へ移行する決定的な岐路に立っています。」と指摘したうえで、「その第一歩は、これまでにない規模で世界の産業界を動員することにあります。」「世界のあらゆる企業が、あらゆる場所で、世界を良くするために役割を果たすことが可能ですし、そうすべきです。それは、ビジネスを正しく行うという誠実な経済活動から始まるのです。」と強調した。(原文へPDF 

翻訳=INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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国連、中央・北アジアにおける持続可能な開発を促進する

【ニューデリーIDN=デヴィンダー・クマール】

カザフスタンは国連安保理非常任理事国(2017年1月から2年の任期)に選出されてからまもなく、中央・北アジアの人々の社会・経済開発ニーズに関係各国と連携して取り組んでいく方針を確認した。そしてこの目的のために、アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)との間に7月11日、新たな協定に署名した。

カザフスタン政府はホストカントリー協定を補う今回の協定に基づき、ESCAPの中央・北アジアサブ地域事務所(SONCA)のための土地建物の提供及び同事務所の運営・プログラム経費を年次予算から助成金で負担すること約束した。

Dr. Shamshad Akhtar (right), United Nations Under-Secretary-General and Executive Secretary of ESCAP and H.E. Mr. Marat Yessenbayev (left), Ambassador Extraordinary and Plenipotentiary of Kazakhstan to Thailand and Permanent Representative to ESCAP at the Signing Ceremony of Agreement with the Government of Kazakhstan to strengthen partnership for sustainable development in North and Central Asia.

サブ地域事務所は、国連総会決議に則り、カザフスタン政府の主導で主要商業都市であるアルマトイに2011年7月5日に開設された。各加盟国の特性や開発ニーズにより適切に対応し包摂的で持続可能な開発の実現に向けた前進を加速するために地域協力及び地域統合を強化することが目的である。

カザフスタンの駐タイ大使兼ESCAP常駐代表のマラート・イェセンバエフ大使は、今回の合意について、「ESCAPと中央・北アジアの加盟国間の協力関係を一層拡大・深化させるうえで、重要な一歩となりました。」と指摘したうえで、「このことは、カザフスタンが国連安保理の非常任理事国に選出されたことに鑑みればとりわけ重要な意味合いを持ちます。我が国はこれにより一層重い責任感を持って様々な国連機関における取り組みを進めていかなければなりません。本日の署名が、中央・北アジア地域の開発を目的とした既存並びに新たな国連プロジェクトや計画に弾みを与えることと確信しています。」と語った。

シャムシャド・アクタール国連事務次長兼ESCAP事務局長は、「本日の署名式は、中央・北アジアサブ地域の開発に有意義な貢献をもたらそうとするESCAPの計画にとって重要な一歩となりました。今回の合意は。中央・北アジアサブ地域事務所(SONCA)の地位を一層確固たるものにし、その機能が継続していくことを保証するとともに、カザフスタン政府が提唱している、中央アジアにおける国連諸機関のためのハブ機能を強化していくことになります。ESCAPは同サブ地域事務所に対するカザフスタン政府による手厚い支援に感謝しています。」と語った。

中央・北アジアサブ地域事務所は、加盟国であるアルメニア、アゼルバイジャン、ジョージア、カザフスタン、ロシア、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンと協力して、持続可能な開発目標(SDGs)に向けた地域全体の進歩を加速するために地域間協力を促進するほか、規範的な分析作業、政策による権利擁護、キャパシティビルディング活動を推進していく。

アフガニスタンもまた、国連中央アジア経済圏連特別プログラム(SPECA)の加盟国として中東・北アジアの活動に参加している。SPECAは中央アジアにおける準地域的な協力と世界経済への統合を強化することを目的に1998年に創設された国連プログラムで、アフガニスタンの他にアゼルバイジャン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンが加盟しており、国連欧州経済委員会(UNECE)とESCAPが全般的な支援を行っている。

Political Map of the Caucasus and Central Asia/ Public Domain
Political Map of the Caucasus and Central Asia/ Public Domain

SPECAの戦略的な重要性は、中央アジアをUNECE地域(現在はヨーロッパ諸国だけでなく、北アメリカ西アジア中央アジア諸国にまで加盟国が広がっている。)の中でもユニークな地域に押し上げている。つまり、SPECA加盟諸国は、欧州とアジアのエネルギー安全保障にとって重要な役割を果たしているほか、アジアと欧州大陸を結ぶ物流のハブとなる大きなポテンシャルを有している。さらに、テロや宗教上の過激主義、麻薬密輸といった世界的な安全保障上の脅威との闘いにおいて積極的な役割を果たしているのだ。

中央アジア諸国はいずれも、陸封国であること、旧ソ連時代の計画経済から市場経済への移行を経験してきたこと、資源国(カザフスタンとトルクメニスタン)と非資源国(ウズベキスタン、キルギス共和国、タジキスタン)の間で急速に経済格差が広がっていることに起因する様々な困難に直面している。

従って、これらの国々はいずれも経済を多様化し、今日のようにエネルギーや特定の産物の輸出に依存する構造からできるだけ早期に脱却する必要に迫らせている。地域協力を強化していくことは、これら中央アジアの全ての国々の経済を迅速かつバランスと安定性を確保しながら発展させていくための、極めて重要な前提条件となっている。

専門家らによると、これらの中央アジアの国々は、互いの戦略的な利点を最大限に活かし、地域全体を不安定化しかねない諸課題に共に効果的に立ち向かっていくためにも、緊密な域内協力を推進することが求められている。(原文へ

INPS Japan

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ジェンダー平等に近づくジンバブエ

【ハラレIDN=ジェフリー・モヨ】

ジンバブエでは、女性にとって引き続き越えなければならない様々な困難はあるものの、2030年を期限とする「持続可能な開発目標」の第5目標に沿ったジェンダー平等の達成という点においては、かなりの前進が見られる。

今日では、国会議席に占める女性議員の比率は改善し、大学入学者数でも、女性の方が男性の増加数よりも上回っている。さらに、ジンバブエの女性は、かつては男性優位だった職域にも進出するようになっている。

ジェンダー平等や女性のエンパワーメントに取り組んできたUNウィメンによると、国会議席に女性議員が占める比率は、2008年総選挙時の17%から、2013年7月31日の選挙時には35%にまで上昇している。

UN WOMEN Logo
UN WOMEN Logo

ジンバブエは、UNウィメンの評価に基づいて、少なくとも国会議員の3割まで女性を増やす特別クォータ制(割り当て制)を導入し、同じ制度を持つ30以上の国々の仲間入りを果たしている。

結果として、ジンバブエの新議会では国会議員350人中、女性議員が124人となっている。この中には86人の国民議会(下院)の女性議員がおり、うち60議席が割り当てによるもの、26議席が210選挙区からの直接選出によるものとなっている。

また軍においても、女性が最近トップレベルに昇格するようになっている。これはとりわけUNウィメン・ジンバブエ事務所の尽力によるものであり、開発、エンパワーメント、政治参加、女性の安全に焦点を当てて、政府を支援してきた。

「ジンバブエは、SDGsの第5目標を含め、10のSDGsを優先してきました。最も優先されている開発目標はジェンダーに配慮したものです。」と語るのは、UNウィメン・ジンバブエ事務所専門戦略アドバイザーのジェルダ・ヌフリジヨ氏である。

ジンバブエは、とりわけ女子差別撤廃条約(CEDAW)や南部アフリカ開発共同体ジェンダー・開発議定書(SADCジェンダー議定書)などの国際的・地域的取り決めを批准している。

女性問題・ジェンダー・地域開発省によると、2013年、ジンバブエはまた、強力なジェンダー平等と女性の人権条項で特徴づけられる新たな憲法を採択した。

ニャシャ・チクウィンヤ女性問題・ジェンダー・地域開発大臣はIDNの取材に対して、「政府は、強力な法的・政策的枠組みを通じて、ジェンダー平等と女性の権利を前進させるとの公約を示してきました。ジェンダー平等を推進するうえで、私たちは正しい方向に向かっていると言って差し支えないと思います。」と語った。

2年前、UNウィメン、国際労働機関(ILO)国産開発計画(UNDP)国連人口基金(UNFPA)は、ジンバブエにおける国連のひとつの一里塚として、同国でジェンダー平等と女性のエンパワーメントを促進する初の共同事業を立ち上げた。

スウェーデン政府からの支援を受けて始まった同事業は、ジンバブエの女性問題・ジェンダー・地域開発省との協力で実施されている。これは、同国が、ジェンダー平等や女性・女児のエンパワーメントに向けた国際的・地域的取り決めの加盟国であることから可能となった。

Map of Zimbabwe
Map of Zimbabwe

ジンバブエは現在、公務員における女性割合が25%を占め、ジェンダー平等の達成に向けて歩みを進めつつある。とりわけ、国防軍においては、女性が重要な地位を占めるなど、大きな改善が見られている。

結果として、女性で軍人でもあるエレン・チウェシェ氏のような人物にしてみれば、昇進に限界はなくなっている。彼女の地位は航空群の司令官で、最近では同国空軍ナンバー3の地位である女性初の空軍准将に昇進した。

「限界はなくなりました。女性が高位の地位を占めるのを、もはや妨げるものはなにもありません。」と、ジンバブエ空軍司令官で空軍大将であるペレンス・シリ氏がジンバブエ国営紙『ヘラルド』に今年初めに語っている。

UNウィメン・ジンバブエ事務所は政府や市民社会と協力し、政策改革や、女性の地位向上と社会進出を妨げている財源不足の領域を把握することで、政府の公約が支持され前進するよう取り組みを進めている。

UNウィメンの現地事務所はまた、市民社会を通じて女性政治家や官僚を支援し、同国の抑圧されてきた女性たちが教育を受けることができるように、彼女たちのニーズを把握し対応してきた実績を持っている。

UNウィメンによれば、このことが、女性が男性と同等に発展することを確実にしているという。現在アフリカ連合は、分野横断的な目標としてのジェンダー平等など、各々の加盟国内と地域の両レベルにおいて持続可能な開目標(SDGs)を優先している。

南部アフリカ開発共同体(SADC)は、アフリカ全体で、そしてとりわけジンバブエにおいてジェンダー平等が実現するように、歩みを進めてきた。

「南部アフリカジェンダー議定書連合」は、5月にハラレで開かれたSADCジェンダー関連閣僚会合に提出した覚書で、「SDGsの第5目標(ジェンダー平等)では、(女性による)意見・選択・統制がより強調されており、その前のミレニアム開発目標第3目標よりもはるかに前進しています。」と語った。

しかし、民主主義を求めるロビー集団「青年対話行動ネットワーク」の代表で女性の人権を擁護する活動家キャサリン・ムクワプティ氏は、SDG第5目標に掲げられたジェンダー平等は、国内の遠隔地においては危機にさらされている、と感じている。 

SDGs Goal No. 5
SDGs Goal No. 5

「農村世帯での貧困は、女性や子どもに影響を及ぼしている経済移民が大量に発生しているという状況の中で、ひとつのハードルとなっています。女性たちは、政治的、社会的、経済的不平等にさらされ、しかも状況は、男性よりも女性の罹患率が高いHIVとエイズの蔓延によって悪化しています。」とムクワプティ氏はIDNの取材に対して語った。

「農村地帯では依然として土着文化と伝統が重んじられており、ジェンダー平等に関連する事柄はタブーであり認知されていません。そうした状況下で、農村地帯の女性は、人生の多くの場面で抑圧されたままの状況にあります。」とムクワプティ氏は付け加えた。

にもかかわらず、2年前、ジンバブエの国連事務所は、同国初の「ジェンダー平等に関する共同事業」を立ち上げ、女性のエンパワーメントを前進させるために、スウェーデン国際開発庁が500万ドル以上の供与を行っている。

同じ時期に、ジンバブエは、女子差別撤廃条約(CEDAW)と、「南部アフリカ地域共同体ジェンダー・開発議定書」(SADCジェンダー議定書)の署名国となった。

ジンバブエの首都ハラレで先進レベル教育を受けている18才のミルドレッド・チャウケさんは、「私は女子学生として科学教育を受けるための支援を政府から受けています。私は国連のジェンダー平等目標達成にむけた政府の取組を目の当たりにしてきた生き証人です。」と語った。

ジンバブエでは一般的に「A」レベル教育として知られる先進レベル教育(Advanced Level of Education)は、総合大学あるいは単科大学に入学する直前の最高レベルの中等教育である。

ジンバブエ高等教育・科学・技術開発省が発表した今年3月11日時点での最新の統計では、科学、技術、工学、数学分野の取り組みにおいて、同国10州の3404人の学生が支援を受けており、そのうち55%が女子学生であるという。(原文へPDF 

翻訳:INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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|視点|核時代最悪の行為

【米サンタバーバラIDN=デイビッド・クリーガー】

以下に記した「核時代の行為ワースト10」は、現代という時代を方向づけてきた。それは、膨大な死と苦しみをもたらし、極めて高くつき、核拡散を促し、核テロや核事故、核戦争への扉を開け、世界を第二の冷戦に引き戻そうとしている。

これらの「ワースト10」は、現代を理解しようとする全ての人にとって有益な情報となるだろう。そして、私たちが直面している核の危険は、米国とその他8つの核武装国の主導と政策的決定によって悪化している。

1.広島への原爆投下(1945年8月6日):最初の原爆は主に民間人が居住する地域に米国によって投下され、約7万人が即死、その年の末までにさらに14万人が命を失った。この攻撃は、この新しい大量破壊兵器を都市に対して使用するとの米国の意思を示したものだった。

2.長崎への原爆投下(1945年8月9日):第2の原爆は、3日前に広島に投下された原爆によって引き起こされた死傷状況を日本の指導層が確認する余地を与えないまま、再び主に民間人が居住する長崎に投下された。長崎への原爆攻撃で、1945年末までにさらに7万人の命が奪われた。

3.単独での核軍拡競争の追求(1945~49):最初の核兵器実験は、1945年7月16日、米国によって実施された。広島への最初の原爆攻撃からわずか3週間前のことだった。第二次世界大戦直後の世界で唯一の核武装国として、米国は核戦力を拡大し続け、1946年にはマーシャル諸島で核兵器の実験を開始した。ここは、国連に代わって統治するように米国に要請されていた信託統治領であった。米国は1946年から58年の間に合計で67回の核実験をマーシャル諸島で行った。これはマーシャル諸島が、その12年間、広島級原爆1.6発相当の爆発力に毎日晒されていたことになる。

4.「平和のための原子力」(1953)の開始:ドワイト・アイゼンハワー大統領は、1953年12月8日の演説で「平和のための原子力」提案を行った。これは、原子力と核物質を、研究と発電の目的で拡散させるきっかけを作ったものだ。これにより、イスラエル南アフリカインドパキスタン北朝鮮などの国々に、核兵器がのちに拡散することとなった。

5.冷戦期の二国間核軍拡競争(1949~91)への関与:ソ連が1949年8月29日に初めての原爆実験を行ってから、核軍拡競争は二国間のものになった。米国・ソ連間のこの核軍拡競争は、世界の核弾頭数が7万発になった1986年に絶頂に達した。文明を何度も破壊するのに十分な量であり、人類の絶滅に帰結しかねないものであった。

6.大気圏内核実験の実施(1945~80):合計で528回の大気圏内核実験が実施された。米国、英国、ソ連は、部分的核実験禁止条約に署名した1963年に大気圏内核実験を停止。フランスは1974年まで、中国は1980年までつづけた。大気圏内核実験によって大気圏内に大量の放射性物質が放出され、人間にガンや白血病を引きおこした。

7.核不拡散条約(NPT)の軍縮条項への違反(1968~現在まで): NPT第6条は「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」と規定している。

NPT締約国である5つの核兵器国(米国・ロシア・英国・フランス・中国)はこれらの義務に違反しつづけている。その他4つの核兵器国(イスラエル・インド・パキスタン・北朝鮮)は、慣習国際法の下で同じ義務に違反している。

8.NPTにおいて原子力の利用を「奪い得ない権利」と規定していること(1968~現在まで):NPT第4条に含まれている「奪い得ない権利」という文言は、原子力発電所の開発と拡大を促進し、核兵器拡散の可能性を高めている。原子力発電所はまた、テロリストの格好の標的でもある。原発によって生まれた放射性廃棄物の長期的な貯蔵に関する適切な計画はまだ生み出されていない。原発に政府が補助金を出すことで、再生可能エネルギー源の開発に必要な資金が奪われている。

9.北朝鮮との交渉妥結の失敗(1992~現在まで):ビル・クリントン政権の間、米国は、北朝鮮による核兵器開発阻止に向けて同国との合意間近までいった。しかし、合意は履行されることなく、ジョージ・W・ブッシュ政権の下では交渉が放棄された。結果として、北朝鮮は2003年にNPTを脱退し、2006年に初の核実験を行った。

10.ABM条約からの脱退(2002):ジョージ・W・ブッシュ政権の下で、米国は一方的に弾道弾迎撃ミサイル制限(ABM)条約から脱退した。これが、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大と相まって、米国によるロシア国境近くでのミサイル防衛施設設置を許すことになった。また、東アジアにも米ミサイル防衛が置かれることになった。欧州と東アジアのミサイル防衛は、これらの地域において新たな核軍拡競争を生み出している。(原文へ

※デイビッド・クリーガーは、核時代平和財団の創設者・会長。

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核兵器の世界的禁止の希望をくじく新たなデータ

【ベルリンIDN=ラメシュ・ジャウラ】

核兵器なき世界を目指す活動家らは「核兵器が禁止される日は近い」と自信を持っているが、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が6月13日に発表した今年の核戦力データは、楽観主義を打ち消すものだ。

「兵器の数としては削減されていますが、核軍縮に向けた真の進展の見通しは依然として暗い。」「すべての核保有国が、核抑止を、自らの安全保障政策の要石として優先し続けています。」と、SIPRI核兵器プロジェクトのシャノン・カイル氏は語った。

しかし、ジュネーブを基盤にしている「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICANにとっては、「もはや、疑う余地なく、世界の圧倒的多数の国々が、核兵器を禁止する条約の交渉に入る用意ができている。」活動家らは、まずは核兵器禁止を実現することで、核戦力の完全廃棄に向けた待望の進展が促進されること望んでいる。

この楽観的スタンスの背景には、ジュネーブで今年5月に行われた「核軍縮に関する国連公開作業部会」(OEWG)での議論がある。焦点になっているのは、核兵器を世界的に禁止する作業を開始するとの提案だ。

ICAN
ICAN

リーチング・クリティカル・ウィルのレイ・アチソン氏は、核兵器の禁止と廃絶に向けた法的欠落を埋める「人道の誓約」に127か国が署名していると指摘する。これらの国々は、核兵器を禁止・廃絶する新たな条約を緊急に検討するよう、公開作業部会に提案している。

「公開作業部会議長を務めるタイのタニ・トーンパクディ大使にとっての問題は、9月に国連総会に提出される報告書において、核兵器を禁止すべきとの圧倒的な支持と明確な勧告を盛り込むかどうかです。」とアチソン氏は語った。

「かつてよりも強烈に核兵器の支持を表明するようになっている核兵器支持国にとっての問題は、大多数の国々による明確な勧告を阻止するかどうかというところにある。核兵器禁止を追求する国々にとっての問題は、この会合において、熱心に、そして正当にも要求していたこと以下のものを受け入れるかどうか、というところにある。」

アチソン氏の問いへの答えは、公開作業部会の8月会合を待たねばならない。しかし、SIPRIのデータは、世界の核戦力における、不安を残すような現在の傾向と最新状況を示している。

データは、「世界の核兵器の数全体は減りつづけているが、どの核保有国も、近い将来に核兵器を放棄しようとは考えていない」現状を示している。

データによると、2016年1月現在で、9か国(米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮)が4120発の作戦展開された核兵器を保有している。すなわち、ミサイルに搭載されたり、作戦展開された戦力のある基地に配備されたりしている場合である。

すべての核弾頭を数えるならば、9か国が合計でおよそ1万5395発の核兵器を保有しているとSIPRIは説明している。2015年1月現在では1万5850発であった。

SIPRIによると、世界の核戦力は、1980年代半ばのピーク時の約7万発から減ってきてはいる。この減少は主に、1991年以来の三次にわたる核兵器制限条約や単独での核戦力削減によって、ロシアや米国が核兵器削減を図ったためであった。

STOCKHOLM INTERNATIONAL PEACE RESEARCH INSTITUTE
STOCKHOLM INTERNATIONAL PEACE RESEARCH INSTITUTE

しかし、削減のペースは10年前に比べると緩慢なものであり、世界全体の核兵器のうち合計で93%を保有するロシアも米国も、2011年に二国間で結んだ「戦略攻撃兵器のさらなる削減・制限の措置に関する条約」(新START)以来、配備された戦略核戦力を大きく削減していない、とSIPRIは主張している。

同時に、SIPRIのデータは、ロシアでも米国でも、広範で高価な核兵器近代化計画が進行中であることを明らかにしている。例えば米国は、核戦力を維持し包括的に更新するために2015年から24年の間に3480億ドル(41兆4120億円)を支出することを計画している。米国の核兵器近代化計画は30年で1兆ドルもかかる可能性があるとの試算もある。

Hans Kristensen/ FAS
Hans Kristensen/ FAS

「オバマ政権が提示した野心的な米国の近代化計画は、核兵器の数を削減し、米国の安全保障戦略における核兵器の役割を低減するとのバラク・オバマ大統領の公約には反するものです。」とSIPRI年鑑の共著者ハンス・クリステンセン氏は語った。

デンマーク出身のクリステンセン氏はSIPRI軍縮・軍備管理・不拡散プログラムの上級研究員であり、米国科学者連盟(FAS)核情報プロジェクトの責任者でもある。

SIPRIのデータはさらに、他の核保有国にも小規模な核戦力があるが、軒並み、新たな核兵器運搬システムを配備するか、そうする意図を表明していることを示している。

約260発の核弾頭を備蓄している中国は、核戦力を近代化しながら、その数も徐々に増やそうとしているかのようだ。インドとパキスタンもまた、核兵器備蓄とミサイル運搬能力を拡大しているようだ。

2016年初め、インドには100~120発の核兵器があると推定されている。SIPRIによれば、この推計は、2015年1月時点の90~110発というインド核備蓄の規模からは増加しているという。

パキスタンは、2016年1月時点で110~130発の核弾頭を備蓄していると推計される。2015年の推計100~120発からは増えているとSIPRIは指摘する。

北朝鮮は、核弾頭約10発分に相当する核分裂性物質を保有しているとみられる。「しかし、北朝鮮が作戦地位にある兵器を製造あるいは展開したかどうかは不明だ。」とSIPRIでは主張している。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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【ベオグラードIDN=ヴェスナ・ペリッチ・ジモニッチ

激しい内戦へと発展したユーゴスラヴィア連邦の崩壊から既に20年以上が経過した。その後地域の平和は90年代には回復したが、国家の崩壊に伴って引き起こされた残虐な暴力や人道危機についてほとんど知らない人々にとっては、当時から何も変わっていないように思えるだろう。

社会学者として著名なラトコ・ボゾヴィッチ教授は、「紛争はすでに終結していますが、政治家たちが無責任な公約を掲げて政争に明け暮れ、一方で経済復興が遅々として進まない状況のなかで、人々は内向きな議論に翻弄され、将来について悲観的になっています。」と指摘したうえで、「旧ユーゴスラヴィア諸国では、各々が経験した内戦の記憶しかない若い世代が台頭してきています。」と語った。

ボゾヴィッチ教授はまた、「内戦の諸原因をきちんと洞察し全体像を把握しようとする努力がほとんどなされない中、次代を担うべきこうした若者たちが、歴史認識においてますます混乱していく可能性は十分にあります。」と語った。

「今日に至る多くの政治機構は内戦時に作られたもので、戦争の影響を検証する際の大きな障害になっています。」と最近開催された戦後バルカン社会に関する円卓会議において、著名なNGO「市民教育センター」のダリボルカ・ウルジァレヴィッチ代表は語った。この会議のタイトルは、「政治家たちはこの地域における和解プロセスをどう見ているか」というものだった。

和解への道のりは依然遅々として進んでいない。旧ユーゴスラヴィア連邦の内戦は1991年に連邦構成国であるスロヴェニアクロアチアが独立宣言をしたことに始まり1992年にはボスニア・ヘルツェゴヴィナがこの動きに続いた。セルビアの首都を兼ねたベオグラードの連邦政府は、こうした独立の動きに対して断固反対の立場をとった。民族的に均一的なスロヴェニアにおける戦争は、犠牲者もほとんど出すことなく10日後にはユーゴスラヴィア連邦軍がスロヴェニアからの撤退に同意して終結した。

独立の動きを見せる連邦構成国に対してセルビア人の保護を名目に介入をしていたスロボダン・ミロシェヴィッチ政権は、セルビア人が少数民族としてかなりの割合を占めていた、クロアチアと、とりわけボスニア・ヘルツェゴヴィナに対しては、セルビア本国からユーゴスラヴィア連邦軍と民兵を送り込み、激しく独立の動きを弾圧した。これに対して、クロアチアとボスニア・ヘルツェゴヴィナは独自の軍を創設し、彼らが呼ぶところの「セルビアによる武力侵害」に対して熾烈な戦いを展開した。

Map of former Yugoslavia/ Cartographer of the United Nations - The Cartographic Section of the United Nations (CSUN), Public Domain
Map of former Yugoslavia/ Cartographer of the United Nations – The Cartographic Section of the United Nations (CSUN), Public Domain

1991年から95年まで続いた内戦で、12万人以上の人々が殺害された。こうした犠牲者の大半は非セルビア人、つまりボシュニャク人クロアチア人であった。ボスニア・ヘルツェゴヴィナでは内戦のピーク時、人口430万人のうち、実に200万人近くが難民となった。人々は国内で各々が属する民族が優勢な地へ移動した。つまり、セルビア人はセルビア人が優勢な地域に、そしてイスラム教徒とクロアチア人は各々イスラム教徒とクロアチア人が支配する地へと移動した。

内戦による経済的損失については、クロアチア国家監査委員会が、18万戸の破壊を伴う360億ドル(クロアチア経済規模の4分の1)にのぼったと推計している。ボスニア・ヘルツェゴヴィナでは、最近サラエボ大学のドゥジコ・ハジッチ教授が、44か月に及んだユーゴスラヴィア連邦軍とボスニアのセルビア勢力によるサラエボ包囲がもたらした損失を156億ドルと推計している。

The government building in the centre of Sarajevo burns after being hit by tank fire during the siege in 1992/ User: Evstafiev, Mikhail Evstafiev - Photo by Mikhail Evstafiev, first uploaded to en.wikipedia, CC BY-SA 2.5
The government building in the centre of Sarajevo burns after being hit by tank fire during the siege in 1992/ User: Evstafiev, Mikhail Evstafiev – Photo by Mikhail Evstafiev, first uploaded to en.wikipedia, CC BY-SA 2.5

旧ユーゴスラヴィア構成国(6か国)のいずれも、地域の経済学者らが経済規模を比較する目的で基準年とした内戦前の1989年における国内総生産レベルにまで回復していない。

ベオグラードの経済学部教授であるミオドラク・ゼック氏は、「持続可能な開発がこの地域で実行できるようになるまでには、まだ何年も要します。」と指摘したうえで、「その理由は、内戦による影響だけではありません。連邦の崩壊によって旧ユーゴスラビア時代には機能していた生産分担体制や共通市場が失われたことや、90年代に進んだ世界経済の変化についていけなかったことも理由に挙げられます。」「さらに、内戦後に成し遂げたいかなる成果も2008年の世界経済危機で失われてしまいました。」と語った。

数千人に及ぶ人々が未だに行方不明であり、今でも旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で内戦時代の戦争犯罪に関する審理が継続されている。

最も陰惨な戦争犯罪は、1995年7月にボスニア・ヘルツェゴヴィナ東部の小さなボシュニャク人居住地スレブレニッツァで7000人以上のボシュニャク人の男性や少年が虐殺された事件である。これまでに約5000人の犠牲者の遺体が浅い地層から発掘されDNAによる確認作業がなされている。そしてスレブレニッツァ周辺の山岳地帯では、今なお集団墓地が発見されている。

虐殺事件が発生したのは米国をはじめとする国際社会の仲介でボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦が終結したデイトン合意の僅か数か月前であった。デイトン合意の結果、同国はセルビア人主体のスルプスカ共和国と、ボシュニャク人およびクロアチア人主体のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦という、2つの実体を含む国家となった。

この民族に沿った分断は今日でも明らかである。ボスニア・ヘルツェゴヴィナのセルビア人はサラエボを自国の首都とは認めずバニャ・ルカを事実上のセルビア人の首都としている。このような状況から2013年に行われた国勢調査に際しては、共同で人口調査を発表することさえできなかった。

「人々は公式には一つの国家とは言いますが、2つの実体の中ではそれぞれの民族が全く異なる生活を送っています。」とアナリストのペロ・シミッチ氏は語った。

これは内戦後、各々が属する民族が支配している地域から離れて故郷に戻ろうとするものがほとんどいないからだ。1995年の内戦終結後、異なる民族間で郷里に残してきた家屋を交換する動きが一般的に見られた。また数万人が帰郷の夢を諦め、第三国に移住していった。

An exhumed mass grave in Potočari, Bosnia and Herzegovina, where key events in the Srebrenica Massacre unfolded/Adam Jones Adam63 – Own work, CC BY-SA 3.0

クロアチアのセルビア人にとっても故郷への帰還は困難を極めている。彼らは内戦時、セルビア本国と同盟を結び、1991年に独立宣言したクロアチア政府に反旗を翻した。そのため、1995年にはクロアチア軍の大規模な攻勢によりクライナ地方など500年以上住み慣れた故郷を追われ、約20万人がセルビア本国に逃れた。クライナ地方は今では閑散とした地となっている。

1800人もの死者・行方不明者をだしたセルビア人掃討作戦を指揮したクロアチア軍の将軍たちは、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で無罪を言い渡されている。

内戦終結後、数千人のセルビア人(その大半が高齢層)がクライナ地方に戻ってきたが、かつてクロアチアに住んでいたセルビア人の大半は、セルビア国内か外国で新たな生活を始めている。

「セルビア人追放に関連した諸問題を解決しようとする政治的な意思が全く見られません。」「例えば4000世帯、5万人以上の人々が年金を取得できないといった問題があります。」と、セルビア国外に住むセルビア人問題を担当しているミロスラフ・リンタ氏は語った。

内戦時にセルビア・クロアチア・ボスニア=ヘルツェゴヴィナを率いたスロボダン・ミロシェヴィッチ氏フラノ・トゥジマ氏アリア・イゼトベゴヴィッチ氏はこれまでに亡くなっているにもかかわらず、犠牲者のために正義を追及したり、過去の失敗から学ぶという考えは、現在の3国の首脳の脳裏にはないようだ。

SDGs Goal No. 16
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ウラレヴィッチ氏は、「政治家たちは内戦時代の問題を糺すことにあまり関心を示しません。それはこの問題に取り組みことが選挙の票には結びつかないと判断しているからです。」と指摘したうえで、「彼らは日々の政争からいったん離れ、内戦時に犠牲になった人々のために公正な裁きを下すとともに、戦争犯罪の真実を明らかにし、犯人と彼らに犯罪を指示した人々に適切な判決を言い渡せるような環境を構築していく必要があります。」と語った。

旧ユーゴスラヴィアで、平和裏に連邦からの離脱に成功した国が2つある。1991年9月に独立宣言をしたマケドニアと2006年に独立宣言したモンテネグロである。かつてセルビア領の一部であったコソヴォは1999年以来、独立傾向を強めていたが2008年にセルビアからの独立を宣言し、1918年のユーゴスラヴィア王国の結成以来の連邦の歴史に終止符が打たれた。(原文へThe WIRE

翻訳=INPS Japan

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【イスタンブールIDN=ロドニー・レイノルズ】

2012年に国連の潘基文事務総長が提案してイスタンブールでようやく開催された初の世界人道サミットは、150カ国以上で2万3000人との協議を4年にわたって積み重ねてきたにも関わらず、高い期待に応えることができなかった。

潘事務総長は開会のあいさつで「これは21世紀の国連の集まりです。」と代表らに誇らしげに語った。しかし、5月24日まで2日間の日程で開催されたサミットは、意義のある資金を生み出すこともできず、期待に反して首脳がこぞって欠席した国連五大国(英国・米国・フランス・中国・ロシア)からの全面的な政治的支持を得ることもできなかった。

SDGs Goal No. 16
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英国・米国・フランスに加え、その他のG7諸国であるカナダ、イタリア、日本の首脳らも、世界人道サミットには参加しなかった。唯一、ドイツのアンゲラ・メルケル首相だけがイスタンブール入りし、世界の先進民主主義7カ国を代表した。

明らかに失望の色を隠せなかった潘事務総長は、この最も困難な状況においても、強気なことを口にせざるを得なかった。「しかし、安保理5常任理事国の指導者らが、世界人道サミットに欠席したからといって、行動しないことへの言い訳にはなりません。」

潘事務総長は、G7の中からドイツの首相しか参加しなかったことへの「失望」を表明した。G7首脳らは5月26日から27日に日本で主要国首脳会議伊勢志摩サミット)首脳会合を予定しており、ここには国連事務総長も日本政府のゲストとして参加することになっていた。

世界人道サミットはまた、難民問題について話し合うために9月19日にニューヨークで開催される世界の指導者らによるハイレベル会合に向けた「重要な第一歩」とされていた。

それでも、世界人道サミットには173カ国が参加し、そのうち首脳が参加したのは60カ国で、ほとんどは途上国であった。

サミット最大の成果は、世界で最も緊急の問題の一つである人道的危機に焦点が当てられたことだった。これは、増加する軍事紛争と増大する自然災害によって引き起こされているものであり、世界で1億3000万人近い人々が住むところを追われ、難民か国内避難民(IDP)の立場に追いやられている。

国連によれば、もっとも深刻な人道的危機は、イラク・南スーダン・シリア・イエメンなど、中東とアフリカで発生している。

Thousands of Syrians stream across the border into Iraq in search of shelter/ UNHCR/G. Gubaeva
Thousands of Syrians stream across the border into Iraq in search of shelter/ UNHCR/G. Gubaeva

サミット2日前にカタールの首都で開かれた「ドーハ・フォーラム」で潘事務局長は、「世界中で窮地に追いやられた人々がいみじくも『ヒューマニティー(他人への思いやり・慈悲の心)はどこに行ってしまったのか?』と問うています。」と語った。

「資金提供の呼びかけを行っていますが全く足りない状況です。連帯の精神はどこに行っしまったのでしょうか?」と潘事務局長は問いかけた。

現在進行中の危機を緩和するために重要な役割を果たしているトルコは、世界人道サミットの会場として、おそらく最も適切な開催地だっただろう。2011年に始まった内戦によってシリアから逃げてきた500万人の難民のうち270万人が現在トルコに在留しており、同国は世界最大のシリア難民受け入れ国となっている。

国境の向こうのシリア北部では、約400万人が国境越えの救援物資の配布に依存している。しかし、シリア難民と彼らを受入れているコミュニティーの支援に今年必要な資金のうち4分の1しか、これまでに集まっていない。

「海外開発研究所」(ODI)のサラ・パントゥリアーノ所長は「世界人道サミットでなされた公約は、実質においてもまた熱意という点においても期待外れであり、これまでになされた誓約がいかにして前進し現実のものになるかについて、ほとんど明確なものがありません。」と語った。

パントゥリアーノ所長は、「サミット会期中に一部ではきわめて意義深い取り組みも始まりましたが、サミット自体は、組織的な人道援助システムの中核にある主要な問題に対処する機会を逃すことになってしまいました。」と語った。

さらにパントゥリアーノ氏は、「人道支援の中心に民衆を据えるべきとの議論が散々されてはいますが、主だった当事者が、危機的状況の中で必死に生き延びようとしている人々のために、自らの組織の利益は後回しにしようと考えている形跡は見当たりません。」と指摘した。

他方、人道的危機の問題に活発に取り組んでいる人権擁護団体のひとつ「アクションエイド」は、世界人道サミットで女性の声がほとんど聞かれなかったことに「失望している」と語った。「この問題を論じるのが明らかにほぼ男性ばかりであったことは、極めて残念です。」と、アクションエイド「国際人権プラットフォーム」のミシェル・ヒジェリン共同議長は語った。

もし国際的な人道支援システムありのままの姿を鏡の前に映し出ことができたとすれば、根本的な変革が必要であり、男性支配の権力基盤を変革する緊急の必要があることが見て取れるだろう。「世界人道サミットで僅かに設けられたジェンダー平等を議論できる空間を無視してしまえば、このサミットが単なる『おしゃべりの集まり』や単に紙の上に書かれた『人道のためのアジェンダ』以上のものであるという説明はほとんど信憑性のないものになってしまいます。」とヒジェリン共同議長は語った。

このように、国連事務総長が「交渉の場に多くの声をもたらすことがきわめて重要だ」と主張しているにも関わらず、実情は大変厳しい状況にある。

ヒジェリン共同議長は、サミット前に、「女性には、単に保護される存在というだけにとどまらず、平和をもたらす主体という、重要な役割があります。」と語っていた。

国連によると、世界人道サミットには少なくとも2つの積極的な成果があった。

いわゆる「脆弱20カ国」(V20、Vulnerable 20の略)の財務相会議は、食糧農業機関(FAO)国連人道問題調整事務所(OCHA)国連開発計画(UNDP)世界銀行などの国連機関とあらたなグローバル・パートナーシップを立ち上げた。

V20: The Vulnerable Twenty Group
V20: The Vulnerable Twenty Group

このパートナーシップの目的は、主に気候変動によって生じる将来的なリスクへの必要最低限の対処能力を2020年までにつけるために、20カ国の能力を強化することにある。

国連はまた、ビジネス界と協力して、危機的状況における企業関与促進のためのグローバル・ネットワークを構築しようとしている。物資の事前集積や、防災への資源・知識・専門能力の提供といったことが考えられている。

国連によれば、①紛争を予防し終息させるグローバルなリーダーシップ、②人道規範を護持する、③誰一人置き去りにしない、④人びとの生活を改善する-援助の提供からニーズの終わりへ、⑤人道への投資、という「人道への課題」の5つの主要な責任が人道サミットでは再確認された。

United States President Barack Obama chairs a United Nations Security Council meeting at U.N. Headquarters in New York, N.Y., Sept. 24, 2009/ White House (Pete Souza) / Maison Blanche (Pete Souza) - The Official White House Photostream [1], Public Domain
United States President Barack Obama chairs a United Nations Security Council meeting at U.N. Headquarters in New York, N.Y., Sept. 24, 2009/ White House (Pete Souza) / Maison Blanche (Pete Souza) – The Official White House Photostream [1], Public Domain

おそらく、この最後の言葉は、元国連難民高等弁務官ニューヨーク事務所長のピエール・ベルトラン氏に由来するものだろう。ベルトラン氏はかつてこう語ったことがある。「しかし、最終的には、国連安保理において人道支援活動の実行者たちによって何度も繰り返されてきた前提に誰もが行き着くことだろう。すなわち、人道危機に対する人道的解決策はないのである。唯一あるのは、政治的解決策のみなのだ。」(原文へPDF

翻訳=INPS Japan

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