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バルカン諸国で芽吹いた紛争の「種」

【ベオグラードIPS=ベスナ・ペリッチ・ジモニッチ

この夏温暖な天候に恵まれたバルカン半島では、豊富に収穫された多くの食べ物が食卓に並んだ。ただし人々は、「トマトの味が悪くなった」「メロンが水っぽい」「キャベツが硬くて切れない」「玉ねぎを切っても涙が出ない」等、口々に不満を漏らしている。

こうした不満の声は、セルビアの人気討論番組や交流サイトでも溢れており、セルビアの農民は、種子輸入業者の圧力に屈して、これまで人々に親しまれていた地場の作物を育てることを放棄していると非難されている。

「今日、セルビアで購入したトマトが地元産のものかどうか、見極めるのは困難です。恐らく大半は、中心部分が白くて食べられない遺伝子組み換え品種でしょう。その白い部分はトマトを固くするために組み込まれた遺伝子に起因するものです。この種のトマトは、外見は赤くなりますが、実は決して熟れることはないのです。」と語るのは、セルビア中部のスメデレヴスカ・パランカ(首都ベオグラード南東64キロの街)にある「農業研究所」のジャスミナ・ズドラフコビッチ氏である。

ズドラフコビッチ氏やベオグラード大学農学部の専門家らによると、セルビアの地場の品種・固有種は、海外の大手種子メーカーの進出によってほぼ駆逐され、今や家庭菜園かごく小規模の畑で栽培されるだけになってしまったという。

セルビアでは、コソボ紛争時に課せられた国際制裁が2000年に解除されて以来、バイオ化学メーカー大手のモンサントデュポンシンジェンタなどが開発したハイブリッド種子が堰を切ったかのように大挙して流入し、瞬く間に国内市場を席巻した。

商工会議所の最新統計によると、セルビアは、今年の最初の3カ月だけでも、81万ドル(8,068万円)分に相当する種子と繁殖材料230トンを輸入している。

「このような状況下では、地場の固有種を商業ベースで生産できる望みは全くありません。」とベオグラード農学部のジョルジェ・グラモクリジャ氏は、IPSの取材に対して語った。

一方、セルビア政府は、地元作物の遺伝子を保存する試みを始めている。政府が植物遺伝子資源(PGR)の保存と持続可能な利用のために立ち上げた国家計画は、現在最終段階にあり、主要提言の中で「国家遺伝子バンク」の拡充を訴えている。

この遺伝子バンクの代表に就任予定のミレナ・サビッチ氏は、「セルビアの植物遺伝資源は現在国内各地の農業研究所、大学施設に散在した状態にあります。」と語った。

国家遺伝バンクにはこれまでのところ、セルビア固有の273種5000サンプルが、特別に建設された保存室(種子は零下20度、植物は摂氏4度で管理)において、中期(20年)と長期(50年)に区分され保存されている。サビッチ氏は、「これらのサンプルは、現在世界的に進められている固有種の保存政策に沿って、今後構築されていく我が国の植物遺伝資源の基礎となるものです。」と語った。

セルビア政府は、これらの固有種を元に、多収性の作物との交配実験をとおしてより収穫量が期待できる高品質の種を開発したいと考えている。セルビアはまた、地域的な植物遺伝資源の保存イニシアチブである「南東欧開発ネットワーク」に加盟している。

セルビアの西に位置しているクロアチアでも、今年7月1日の欧州連合加盟を前に、海外からの輸入種子が同国市場を支配している現状に対する民衆の怒りが最高潮に達していた。

この抗議行動は夏を通じて続けられ、NGO18団体が連名で、クロアチア政府当局に対して、クロアチア食品産業の根幹を成す植物遺伝資源を脅かしている多国籍企業の野望を食い止めるよう要請した。

クロアチアにはすでに種子を製造する施設が皆無なため、100%輸入種子に依存している。クロアチア農学会によると、同国では、種子や繁殖材料の輸入に年間6000万ドル(約5億9700万円)を費やしている。

当時とりわけ懸念されたのが、欧州連合が審議していた、「種子と繁殖材料に関する新規則案」であった。それは、消費者と食の安全確保の名のもとに、全ての果物・野菜・樹木について、繁殖・販売する前に新たに登録義務を課すという内容であった。

しかしこのEU改定案は、クロアチアの18団体を含む欧州各地のNGOの強い反発に直面して最終的に修正が行われた。この結果、今日では、家庭菜園家でも未登録の種子を貯蔵・交換したり、従業員10人以下の零細農家が未登録の野菜の種を栽培したりできるようになった。

「種は今日と明日の豊かさを象徴した存在です。健康な地場の固有種を自力で栽培できれば、危機に直面した際に、多くの人々が救われることを意味します。都市部の住民が、小さな土地区画を借りて自家菜園に熱中したり、スペースが許せばアパートのバルコニーや庭で何かを栽培しようとするのも頷けます。」と、クロアチア人ジャーナリストで環境活動家のデニス・ローマック氏は語った。

近年の欧州経済危機はバルカン地域を直撃し、人口722万人のセルビアでは失業率が27%、人口426万人のクロアチアでは18.5%に上った。

こうした危機的状況に際して、セルビアの農家や家庭園芸家らは、最も原始的だが安全な手法、つまり、シーズンの終わりに種子を自家採取して、次のシーズンに種を蒔く手法を採用した。ミレンティエ・サボビッチさんは、IPSの取材に対して、「私は毎年種子を自家採取して庭の畑で使用しています。」と語った。サボヴィッチさんは、ベオグラード近郊に所有する数ヘクタールの土地で、様々な野菜を栽培し、収穫した野菜を市内で人気のカレニッチグリーンマーケット(場所代を払って野菜などを直売する市場)で販売している。

彼の露店では、年配者の間で若い頃よく食べた懐かしい食材として人気が高い、「牛の心臓」トマトや、「ケーキ」と呼ばれる平たい玉ねぎ、さらに小さな真珠豆や、「セロヴァカ」ドライメロンなどが売られている。

「在来種に関して言えば、明らかにここの気候、土壌、および農作物の保護方法に最も適した品種であることは疑いありません。ですから、地元に適したこうした在来種をどうして(海外から輸入した別の品種に)変える必要があるでしょうか?」とサボヴィッチ氏は語った。

しかしベオグラード農学部のグラモクリジャ氏は、この点について次のように警告した。「伝統的な或いは古くからある土着の品種を栽培することと、健康的な食材を育てることを重視する現代のトレンドを混同してはなりません。地域の土地によく適応した在来種を栽培するには、大手企業から購入するハイブリッド品種を比べて、より手間暇と適切な保護が必要となります。それを怠れば果物に殺虫剤の代わりに毒性のあるバクテリアが混入する可能性があるのです。つまり、在来種を保存する試みは、いわゆる『自然に帰る』といったような単純なものではなく、あえて例えれば、大型自動車の排気ガスに満たされた都会の繁華街を、自転車で走るようなリスクが伴うことを理解しなければなりません。」(原文へ

翻訳=IPS Japan

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イスラエルは1967年の境界線へ戻れ

【アブダビWAM】

米国とアラブ諸国、パレスチナとイスラエルが終わりなき会合を持ってカメラの前でポーズを取り、高揚感と希望を中東に生み出す光景を、中東の人々はこれまで何度も見てきた。「しかし、残念なことに、こうした会合やカメラ前でのポーズが生んできたものはほとんどない」とアラブ首長国連邦(UAE)の日刊紙『カリージ・タイムズ』は7月20日付で報じた。

米国の中東特使ジョージ・ミッチェル氏が同席してパレスチナとイスラエル、エジプトがカイロで行っている現在の非公式協議もまた、アラブ社会において疑念と冷笑をもって迎えられているのは故なきことではない。パレスチナ・イスラエル関係の長い歴史、イスラエルのパレスチナに対するいたちごっこをみるならば、こうした疑念を否定するのは難しい、と英字紙『カリージ・タイムズ』が同日付の社説で論じている。

 
オバマ大統領の登場、休止している和平プロセスを再開しようとの彼の努力をみて、パレスチナも、より広範なアラブ・ムスリム社会も、事態が打開されると期待した。しかし、平和に向けたオバマ大統領の大胆な歩みは、イスラエルの頑迷という壁にぶち当たって妨げられてしまったようだ。米国の体制内にはイスラエルへのシンパが多くいて、オバマ批判を強めている。ミッチェル特使がテルアビブやアラブ諸国の首都をいくら訪ね歩いても、事態が進展しないはずだ。ミッチェル特使が中東に戻り、ふたたびパレスチナとイスラエルの間の架け橋になろうとしているエジプトのムバラク大統領と会談を持っているのならば、何らかの具体的で意味ある成果がそこから出てくるのを期待しよう、と『カリージ・タイムズ』は述べる。

「パレスチナのアッバス大統領は、ネタニヤフ首相の前任者であるオルメルト首相と長年にわたって意味のない協議と会合を繰り返してきたが、今回は、成熟した態度と自制を見せている。同大統領は、仮にイスラエル・パレスチナが直接協議を再開しようというのならば、イスラエルが1967年中東戦争以前の両者間の境界線を容認する必要がある、と要求している」。

アラブ連盟のアムレ・ムサ事務局長は、1967年時の境界線と〔それ以降のイスラエルによる〕違法な入植に関するイスラエルからの保証を文書で取り付け、それからパレスチナ・イスラエル両者による交渉に移るべきだ、とパレスチナ指導部に要請している。パレスチナがイスラエルと行ってきた長くて成果のない交渉を考えるならば、これのみが理にかなった要求だといえよう。

1967年時の境界線に戻ることは、イスラエルと米国メディア内のイスラエルシンパにとっては大きな譲歩だと感じられるかもしれないが、実際はそうではない。すべてのパレスチナ人が、現在どこに住んでいようとも、イスラエルが彼らの土地を奪った1948年まで住んでいたふるさとに戻ることをいまだに夢見ているのである。

「1967年の中東戦争以前の現状を受け入れるべしとの提案は、パレスチナにとっては大きな譲歩である。実際、ハマスをはじめとしたパレスチナの多くの党派は、ファタハ(あるいはパレスチナ暫定自治政府)が行ったこの譲歩をまったく認めていない。なぜなら、それはパレスチナの人々に対する裏切りだからだ。したがって、1967年時の境界線を受け入れ、パレスチナの指導部、そしてアラブ世界との最終解決を目指していくことは、イスラエル自身の利益になる。つまり、もしパレスチナ、およびそのアラブの隣人との和平を本気で望むのならば、ということである。これが、現在の混乱から抜け出る唯一の道であり、全員がそのことを認識すべきときなのだ」と同紙は結論付けた。

翻訳/サマリー=IPS Japan


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|アルゼンチン|「好きなものを持ってきて、或いは持って帰ってください」

【ブエノスアイレスIPS=マルセラ・バレンテ

消費主義の波が社会を覆う中、アルゼンチンには、モノやサービスを買うのではなく共有するという新しい社会のあり方を発見しつつある人たちがいる。個人主義と際限のない消費を促す現行の経済モデルに幻滅した何千もの人々が、路上マーケットで不用品を譲り合ったり、他人同士が車を共同利用する仕組みを作ったり、さらには、海外からの旅行客に無料で家を開放したりしているのである。

こうした動きはアルゼンチンでは近年始まったばかりだが、ソーシャルメディアをプラットフォームに急速な広がりを見せている。彼らはそこで、現行経済モデルが引き起こしている環境破壊を憂い、消費主義に対する嫌悪感を共有するとともに、方向性を同じくする者同士の共同体意識と信頼を育んでいきたいと考えている。

「私たちは必要を遥かに上回る多くのものを消費しています。この路上マーケットのコンセプトは『離脱』、つまり、これまで囚われてきた『個人所有』という概念から、私たち自身を解放する必要性を訴え、実践しているのです。」とアリエル・ロドリゲスさんは語った。ロドリゲスさんは「(よろしければ)好きなものを持ってきて、好きなものを持って帰ってください」というスローガンを掲げて「ラ・グラティフェリア(La Gratiferia)」(「フリー・マーケット」の意)という新しい形態の路上マーケットを立ち上げた人物である。

ロドリゲスさんは2010年にこのマーケット方式を初めて実践に移したが、当初の会場は路上ではなく、ブエノスアイレスの自宅だった。彼は友人や近所の人々に自宅を開放し、本やCD、衣服、家具など、自身が要らなくなったモノを「(よろしければ)自由に持ち帰ってください」と呼びかけた。そして、このイベントを訪ねてきた人々に、食事や飲み物も振る舞った。

まもなく、ロドリゲスさんのマーケット方式を多くの人々が模倣するようになった。「あれは13回目のイベントでした。会場を路上に移したのですが、ソーシャルネットワークで噂が広まり、大盛況でした。このマーケットは、これまでの伝統的な固定観念とは一線を画すものです。」とロドリゲスさんは当時を振り返って語った。当初来場者のなかには、自分が何も持ってこないのに自由にモノを持ち帰ったりしてほんとうにいいのか懐疑的だった人も少なくなかったという。

しかし「ラ・グラティフェリア」では、誰でも要らなくなったものを気軽に持ち寄り、それを誰かが引き取ってくれるかどうかを気にする必要はない。つまりこのマーケットの基礎にある発想は、「ある人には価値のないモノでも、新しいモノをわざわざ買うよりはそれを有効活用して耐用年数を引き延ばしたいという人がきっと現れるだろう」というものである。

「こうして物品の流れを(処分から再利用できるように)変えることで、このマーケットに集う人々の間に共同体意識とユニークな交流が育まれるのです。」とロドリゲスさんは語った。

「ラ・グラティフェリア」は、今ではアルゼンチンのいくつかの地方都市や、チリやメキシコなどの海外にも広がっている。

またロドリゲスさんは、「こうした無料で物品を譲り合う動きは、アルゼンチンが2001年から02年にかけて直面した経済危機・社会混乱下の状況では生まれてきませんでした。」と指摘したうえで、「私たちの活動は、人類とモノとの関係において進行しているより長期にわたる危機に対処していこうとする試みなのです。」と語った。

この手法は他の分野でも広がりを見せている。ブエノスアイレス大学では、工学部の学生らが講義ノートや勉強道具を提供するフリー・マーケットを今月開催予定だ。

「この催しは『ラ・グラティフェリア』の精神に則ったもので、本来ならばもっと多くの学部に広がってほしいと思っていますが、まずは工学部でこの運動を根付かせたいと考えています。」と主催学生の一人であるサンチアゴ・トレホさんは語った。

この手法は、米国で生まれた、電化製品、本、衣服、靴、楽器、家具、自転車、さらには車までシェア(共有)したり交換する新たな動き「共同消費(collaborative consumption)」の流れを汲むものである。

『タイム』誌は2011年に、「共同消費」を、世界を変える可能性のある10のアイディアのうちのひとつに選んでいる。

また「共同消費」の発想は、こうしたモノの交換にとどまらず、旅行を単に外国に行くという行為ではなく、そこに住む人々との触れ合いや交流も含むものと考える人々の間で、新たなサービスを生み出している。

「私は以前に欧州に旅行した際、ホテルに宿泊しました。しかし帰国後、訪問先の国の人々の日常の営みや私の国の人々に対する彼らの認識など、滞在中に何も学んでいなかったということに気づいたのです。 」と働きながら映画の勉強をしているアランザズ・ドバントンさん(24歳)は語った。

ドバントンさんは4年前、旅人に自宅を無料で貸すことに関心を持つ人々と、旅行を計画中の人々を繋げるオンラインプラットフォーム「コーチサーフィングCouchsurfing」に自身のプロフィールを登録した。このサイトには、今では10万の都市から600万人が登録している(アルゼンチンからの登録者は約5000人)。

Couch Serfing

「これまでに、デンマーク人を中心にメキシコ人、フィリピン人、フランス人、ドイツ在住のトルコ人など、世界各地からきた15人の旅人に宿を提供してきました。」と言うドバントンさんは、旅人を自宅に受入れるにあたってある条件を課している。それは、彼女がその宿泊予定者と事前に電子メールで連絡をとりあうこと、そして、旅人がブエノスアイレスに到着したら、先ずは公共の場所で直接面談することである。

「ゲストの方々は大変協力的です。私は時々料理を振る舞いますが、そうした折は彼らが食材を用意してくれます。彼らは私が働きながら旅人の世話までするのは大変なことだと理解しているのです。我が家を訪ねる旅人の国籍は様々ですが、日常生活に伴う様々な懸念について私の気持ちがわかる、ごく普通の人々なのです。」と、ドバントンさんは語った。

宿泊者は、帰国後「コーチサーフィング」のウェブサイトにドバントンさん宅に宿泊した感想を書き込み、他のユーザーはこうした感想文を将来の訪問先を検討するうえでの参考にしている。また宿を無料提供しているドバントンさんも、旅をするときには、このプラットフォームを利用して、他の登録者の家に宿泊することができる。ドバントンさんは、これまでのところ、このプラットフォームを使って隣国のウルグアイを旅している。

「共同消費」が急速に広がっている米国では、証券会社ConvergExが、共同消費の動きは経済に破滅的な波及効果を及ぼす恐れがあると警告する論文を発表している。

一方アルゼンチンでは、「共同消費」の中でも車の共同利用が最も急速に広がっている。交通費の削減、大気汚染の抑制、渋滞の軽減を目的に、車と旅路と費用をシェアしたい人向けに多くの相乗りプラットフォームが立ち上がっている。

「Vayamous juntos」と「En Camello」はそうした相乗りネットワークの例だが、ユーザーは自分が車に乗りたい場所と降りたい場所を登録し、希望に合う人が車に乗せてくれるという仕組みである。具体的には、自宅から職場に車で通勤する道すがら同乗者と相乗りしてもよいというものから、州をまたがった長距離移動に利用したいというものや、コンサートやサッカー試合の観戦に外出する際に利用したいというものまで実に様々である。

またメキシコでは「車の複数ユーザー方式」という異なった運用形態が行われている。登録者は必要な時に、使用時間単位或いは月や年単位の予約で車を使用できる。さらに車は、貸自転車の場合と同じく、ある駐車場でピックアップ或いは乗り捨てができる仕組みになっている。

アルゼンチンでは、こうした様々な「共同消費」サービスにそれぞれ数千人が登録をしている。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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|UAE|5つのUAE施設がギネスブックに登録される

【ドバイWAM】

「『ギネス世界記録2014』(9月12日発売)に掲載された最新の世界記録に、ブルジュ・ハイファやフェラーリ・ワールドなど、アラブ首長国連邦(UAE)から5つが選ばれた。」と地元の英字日刊紙が報じた。

「記録破りの業績を証明する世界的権威である『ギネス世界記録』は、ブルジュ・ハリファ(地上828メートル)を『史上最も高い人口建造物』として、また、同建物の122階(地上441.3メートル)にあるラウンジ・グリル、『アト・モスフィア(At.mosphere)』を『世界で最も高い地点にあるレストラン』と認定した。」とドバイに本拠を置く「ガルフ・ニュース」が報じた。

また同紙は、「ドバイ市内のドバイモール映像)が、世界最大面積のショッピングセンター(総面積約112.4万平方メートル)として、さらに、メトロ(2路線合計で全長74.694キロ)が世界最長の無人自動運行システム

として認定された。」と報じた。

さらに「世界最速の鉄製ジェットコースター」として認定されたフォーミュラ・ロッサもUAEのアブダビにあるフェラーリ・ワールドのアトラクションである。このジェットコースターは4人乗りで、52メートルの下り坂を4.9秒で最高時速239.9キロに達する。そして「世界で最も環境にやさしい街」としてギネス世界記録2014年に認定されたUAE施設が、世界最初のゼロカーボン・ゴミゼロを目指してアブダビに建設中のマスダールシティー(2015年完成予定)である。

このスマートシティーでは、あらゆるゴミはリサイクルされ、電力は全て再生可能エネルギーでまかなっている。自動車の市内への乗り入れは禁止されており、代わりに市内各地に張り巡らされた高速用個人輸送機関(無人の自動電気軌道システム)が利用できる。つまり想定されている約50,000人の住民は、「カーボン・フットプリント(炭素の足跡)」を全く残さずに生活できるよう都市設計がなされている。


この5年間でUAEからのギネス世界新記録申請回数は130%伸び、世界記録保持者も171%増加している。これまで「ギネス世界記録」は、UAEに対して100以上の世界記録認定を行っている。(全文へ

翻訳=IPS Japan

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|エジプト|途方もない任務に挑む

【アブダビWAM】

アラブ首長国連邦(UAE)の英字日刊紙は9月7日、エジプトは史上最も困難な局面に立たされている、と報じた。抗議デモ、殺人事件、先行き不透明な経済等、現在のエジプトが直面している難題は跡を絶たない。

9月5日、カイロのナセルシティー地区にある自宅から内務省に向かうムハンマド・イブラヒム内相の車列を狙った爆弾テロが発生し、内務省によると、警官10人と外国人・子どもを含む民間人11人が負傷した。イブラヒム内相に怪我はなかった。この暗殺未遂事件をうけて、エジプト暫定政権は、「テロに対して武力をもって決然と立ち向かう政府の方針が、このような犯罪行為によって挫かれることはない。」と宣言したうえで、改めてテロ勢力を徹底的に取り締まると明言した。アラブ首長国連邦(UAE)の英字日刊紙「ガルフ・トゥデイ」は、このようにテロと立ち向かうエジプト政府の動向を伝え、「エジプトは国際社会の惜しみない支援を受けるに値する。」と報じた。

また同紙は「まさかの時の友こそ真の友」と題して、事件直後に出されたUAE外務省による声明を紹介した。UAE外務省は、声明の中で、「あらゆる形態のテロに立ち向かうエジプト政府を全面的に支持する」と強調するとともに、犠牲者の一刻も早い回復を望むと表明した。

この暗殺未遂事件は、治安当局が7月3日の政変で失脚したムハンマド・モルシ前大統領の支持派に対する締め付けを強めるなかで発生した。600人近くの死者を出した暫定政府によるムルシ支持派の強制排除以降、治安部隊側も100人近くの犠牲者をだしている。軍と警察当局は東部のシナイ半島においても、7月以来、反政府武装勢力に対する掃討作戦を実施している。一方、反政府武装勢力による軍・警察に対する攻撃は、人口が密集したナイルデルタ地域や首都カイロでも発生している。


ガルフ・トゥディ紙は、紛争が長引き先行きが不透明な状況は、一般庶民の生活を直撃しており、首都カイロでも若者の大半は失業と食料の高騰に苦しんでいる。AP通信によると、現在エジプト国民の半数近くが、貧困線をかろうじて上回るかそれ以下の厳しい生活を余儀なくされている。

633以上の銘柄を擁するエジプト証券取引所は中東で最も古い歴史を持ち最も発達した市場(2005年には総額が472億ドルから935億ドルに倍増)であったが、最近の政治情勢の悪化により低迷している。

オサマ・サレハ投資相は、「暫定政府はエジプト経済を救済し、海外投資を引き付けて経済成長へと舵をきるべく緊急経済復興計画の策定に取り組んでいます。」と語った。エジプト経済の原動力は(1)天然ガスや原油の輸出拡大、(2)古代遺跡と紅海沿岸のリゾート地を目玉とした観光収入のアップ、(3)湾岸諸国への労働力提供、(4)原油の荷動き活発化に伴うスエズ運河通航料の増加などである。

ガルフ・トゥデイ紙は、こうした暫定政府の取り組みについて、「エジプトが直面している困難な状況を考慮すれば、これは途方もない任務にほかならない。エジプトの一般庶民も、世界の各地の一般庶民と同様に、平和な環境のもとで幸福と繁栄を追求する資格がある。いかに困難な状況にあっても、その方向を目指す暫定政府の挑戦を歓迎しようではないか。」と報じた。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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国連事務総長、核実験禁止条約未参加8か国への働きかけを強める

【国連IPS=タリフ・ディーン

約20人の「賢人」が、包括的核実験禁止条約(CTBTへの参加を頑強に拒んできた8か国の説得にあたるという、極めて困難な任務に挑むことになりそうだ。

その8か国とは、中国・エジプト・インド・イラン・イスラエル・北朝鮮・パキスタン・米国(上の世界地図の矢印を参照:IPSJ)で、批准の可能性すら示しておらず、CTBTは行き詰まっている。

CTBTの条項によると、この条約はこれら残りの主要8か国の参加なしには発効しないことになっている。

Lassina Zervo/ Katsuhiro Asagiri
Lassina Zervo/ Katsuhiro Asagiri

包括的核実験禁止条約機構(CTBTO)準備委員会のラッシーナ・ゼルボ事務局長は4日、「我々は、昼夜を分かたず、条約発効に向けた努力を継続している。」と記者団に語った。

ゼルボ事務局長は、CTBT未締結国(未署名国および署名したが未批准の国)に対して、この条約への批准は世界の安全保障だけではなく自国の安全保障向上にもつながると強く訴えた。

セルボ事務局長はまた、CTBT締結国と未締結国の双方から元首相や著名人などを招いて新たにグループを作り、9月27日にニューヨークで開催される第8回CTBT発効促進会議で立ち上げる意向を表明した。

さらにセルボ事務局長は、CTBTの最新状況について、これまで183か国が署名を終え、そのうち159か国が批准も済ませている、と報告した。

しかしCTBTは、第14条の規定により、附属書2に掲げられている上記8か国を含む発行要件国(原子炉を有するなど、潜在的な核開発能力を有すると見られる44か国:IPSJ)の全てが批准しなければ、発効しないことになっている。

国連総会では9月5日に「核実験に反対する国際デー(8月29日)」を記念する非公式会合が開催され、潘基文事務総長は、ジュネーブ軍縮会議がCTBTに関する交渉を開始してからすでに20年が経過しているにも関わらず、未だに条約が発効していない現状を嘆いた。

「核実験に反対する国際デー」は、8月29日に世界各地で記念行事が催されたが、(国連では例年9月5日に記念セミナーや展示などの関連行事を開催する慣例があることから)この国連総会は5日に開催された。

潘事務総長は、この総会へのメッセージの中で、「50年前、国際社会は部分的核実験禁止条約を採択して、核爆発実験全面禁止という目標に向けて第一歩を踏み出しました。」と指摘したうえで、「しかしながらこの目標は、依然今日においても、軍縮課題における未解決の重要問題であり続けています。」と語った。

潘事務総長は、CTBTをすみやかに署名・批准するようすべての国に強く求めるとともに、とりわけ上記の発効要件国8か国(インド・パキスタン・北朝鮮の3か国は未署名、中国・エジプト・イラン・イスラエル・米国の5か国は署名しているが未批准)は、特別の責任を持っていると強調した。

また潘事務総長は、「他の国がまず行動するのを待っていてはいけません。一方すべての国が、核実験モラトリアム(一時停止)を継続しなければなりません。」と各国に訴えた。

核戦争防止国際医師会議」のプログラム・ディレクターであるジョン・ロレツ氏はIPSの取材対して、「ほとんどの核兵器国が1990年代以来、モラトリアムを尊重してきました。1998年に核実験を行ったインドとパキスタンはその例外ですが、両国はその後実験を行っておらず、あとは北朝鮮が2006年以来3度にわたって非常に小規模な実験を行ったぐらいです。」と語った。

北朝鮮が今年2月に3度目の核実験を行った際、15か国から成る国連安全保障理事会は、実験は過去の安保理決議に対する「重大な違反」であり、北朝鮮は「国際の平和と安全に対する明白な脅威」であると断じた。

Hirotsugu Terasaki/ SGI
Hirotsugu Terasaki/ SGI

東京に本拠を構え、長年にわたって核兵器の完全廃絶を訴えるキャンペーンを展開してきた創価学会インタナショナル(SGI)の寺崎広嗣平和運動局長は、IPSの取材に対して、「核実験の禁止に向けて、大きな貢献をしているCTBTO準備委員会の活動に注目したい。」と語った。

寺崎局長は、2006年の北朝鮮の最初の核実験後に、新たに23か国がCTBTを批准している点を指摘したうえで、「すでに世界の国の95%が批准しているということを踏まえれば、圧倒的多数の国が条約発効のもたらす大きな政治的効果を理解していると考えられます。」と語った。

1998年に核実験を行ったインドやパキスタンも、その後核実験のモラトリアムを宣言し続けている。その意味で、CTBTは核実験禁止に向けてすでに重要な役割を担っている、と寺崎局長は指摘した。

「国際社会はCTBTを前向きな一歩ととらえています。」と寺崎氏は付け加えた。

今後の課題について尋ねると、寺崎局長は、「CTBT発効の大きな鍵を握るのは、米国と中国の批准です。」と語った。

米国は、核戦力の実効性検証のため、ニューメキシコ州のサンディア国立研究所で4月から6月の間に「Zマシン」プルトニウム実験を行ったと明らかにした。

にもかかわらず、バラク・オバマ大統領は6月のベルリン演説において、米国のCTBT批准への決意を新たにした。

寺崎局長は、「このオバマ声明は、重要なもので歓迎すべきですが、米上院でCTBT批准に可能な支持を得るには相当の努力を必要とするでしょう。」と指摘した。

従ってオバマ政権は国際社会からの強力な支持を必要とすることになるだろう。寺崎局長はこの点について、米国の政策決定者に公約を実現させる圧力をかけるうえでも、「市民社会の果たすべき役割には大きなものがあると感じています。」と語った。

また寺崎局長は、8月7日に中国を訪問したCTBTOのゼルボ事務局長が、王毅外交部長会談した件について言及した。その際ゼルボ事務局長は、中国がリーダーシップを発揮して、残り8か国のCTBT批准に向けて指導的枠割を果たしてほしいと要請した。これに対して王外交部長は、中国はCTBTに引き続きコミットし続けると強調するとともに、CTBT早期批准の重要性を再確認した。

寺崎局長は「国際社会は、中国が条約批准に向けて立ちふさがっている様々な技術的・政治的障害を乗り越えられるよう、力を合わせて支援する必要があります。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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【モスクワIPS=パボル・ストラカンスキー】

ロシアのウラジミール・プーチン大統領と米国のバラク・オバマ大統領が、緊迫した両国関係を利用してそれぞれの国内政治課題に取り組むなか、ロシアが核軍縮に関して妥協することは引き続き難しいのではないか、と専門家らは見ている。

オバマ大統領が6月のベルリン演説で行った、世界の核兵器大幅削減の呼びかけは、2016年にも開催される可能性のある「核安全保障サミット」の議題に核兵器削減問題が上るとの期待を高めるとともに、今月開催される史上初の「核軍縮問題に関する国連総会ハイレベル会合」に一層の弾みを与えた。

しかし、ロシアが米国の内部告発者エドワード・スノーデン氏を亡命者として受け入れたのに続いて、米国が米ロ首脳(オバマ-プーチン)会談を中止したため、批評家の中には、米国が両国間の政治的対立を利用して核軍縮協議が進展しない口実にしようとするのではないかとみる向きも出てきている。

この点については、ロシア政府も喜んで同じような行動に出るだろう。

ウィーン軍縮不拡散研究所のニコライ・ソコフ上級所員はIPSの取材に対して、「米ロ両国において核軍縮を推進するものは、外交政策ではなく国内的な要因です。両国間の対立によって、ロシアの政治家は国内政治課題に取り組みやすくなっています。そしてこの構図は、米国の政治家にとっても同じです。つまり現在の行き詰まりは、双方の政治家にとって、むしろ好ましい状況といえるのです。」と語った。

「ロシアは核兵器に関する立場を変更する必要がないので、プーチン大統領は国内で方針転換を求める圧力に全くさらされていません。たとえ非公式な表明であっても、ロシア政府の中で現在のプーチン大統領のスタンスに反対する者はいないのです。」

ロシアと米国は、世界の核兵器の9割を保有しており、冷戦終結以来、双方の核弾頭の数を削減するさまざまな協定が締結されてきた。

オバマ大統領がベルリン演説で行った最近の呼びかけは、米国とロシアの(配備済み戦略)核戦力を3分の1削減しよう、というものである。

しかし、米ロ関係が最も良好であった時期でさえ、歴代のロシア政府は核戦力の大幅削減にはあまり前向きでなかった。これは両国の兵器運搬能力が異なっている(通常兵器で圧倒的優位にある米国に対抗するためロシアは多数の戦術核兵器を維持しているとみられている:IPSJ)ためで、ロシアは、核戦力の大幅な包括的削減に同意すれば、軍事的に不利な立場に置かれることになるのではないかと恐れているのである。

ロシアはまた、米国のミサイル防衛計画にも神経をとがらせており、ロシアに対してそれが使用されることがないとの確約を得ない限り、核兵器に関して譲歩することはなさそうだ。

セルゲイ・ラブロフ外相はロシアのテレビ番組で、核兵器削減はすべての核兵器保有国が関与している場合にのみ検討すべきとの見解を示した。これは、プーチン大統領がこれまで繰り返し表明していることでもある。

しかし、最近の米ロ関係の悪化は、国内におけるロシア政府の立場を強化し、世論の支持を獲得する機会を与えるものだ。

「ロシア世論は、プーチン大統領による現在の反米的なスタンスを概ね支持しています。ロシアにおける米国イメージはこのところよくありません。ロシアの民衆は、最近のシリア情勢をみて、『アメリカ人は手に負えない。彼らは爆撃することばかり考えている。』という印象を持っています。ロシア世論は、米国に対して厳しい姿勢を示すことを政府に望んでいるのです。」とソコフ氏はIPSの取材に対して語った。

最近の世論調査では、ロシア国民のほとんどが、スノーデン氏の行動と、彼の亡命を認めた(ロシア政府の)決定を支持している。

この世論調査ではまた、オバマ大統領に対するロシア民衆の感情も悪化していることが明らかになった。

ロシアの政治評論家の中には、核軍縮に関するロシア政府の立場は反米ですらなく、単に国益を守る通常の行動に過ぎない、との意見もある。

モスクワのFMラジオ「Kommersant」の政治問題担当タチアナ・ゴモソワ氏は、IPSの取材に対して、「この問題でロシアがとくに反米的だとは思いません。単に自国の国益を守るための行動なのです。実際には、オバマ大統領が(ベルリン演説で)呼びかけたのは、長期的な問題だということです。それは彼自身も達成できないような目標であり、その意味では特定の計画というよりも政治的声明に過ぎないのです。またそれは、ロシア向けというよりも、米国の同盟国に向けた演説だったと言えるでしょう。」と指摘したうえで、「ただし、核軍縮問題は現在のロシア・米国間の議題とはなっていませんが、いつか(核兵器の大幅削減という)考えをロシア政府が支持するようになることもない、とまでは言いません。」と語った。

しかし、ロシアの主要メディアのほとんどが、多くの問題で政府と歩調を合わせている一方で、米ロ双方からのより融和的なアプローチが必要だと主張する声もある。

今月初め、日刊紙『Nezavisimaya Gazeta』は長い社説を掲載し、米ロ両政府に対して、核軍縮も含め、世界の安全保障問題に協力してあたり、新しくより安全な国際社会の形成に向けて先導するよう訴えた。

さらにこの社説は、「核軍縮や不拡散、核テロ防止の問題は、もっぱら両国の肩にかかっている。常識的に考えれば、ロシアと米国は、遅かれ早かれ、21世紀の新たな国際政治システムを構築するパートナーとなるであろう。しかし、その時期は遅いよりも早い方が望ましい。遅れの代償はきわめて大きなものになるかもしれないからだ。」と述べている。

しかし専門家らは、短期的に見て両国間で軍縮問題で進展があるかどうかについては、悲観的である。

ソコフ氏はIPSの取材に対して、「軍縮に関して米ロ両国が何らかの合意に至ることは望ましいことですが、一方的な譲歩はありえないと思います。この点について、すぐにでも前向きなことが起きるとは、期待していません。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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【ペシャワールIPS=アシュファク・ユスフザイ

「息子と無事再会できて私は幸せ者だと思います。」とパキスタン北西部のカイバル・パクトゥンクワ州バンヌ県で、ジュースの露店屋台を引いているムハンマド・ジャビーンさんは語った。息子のマテーン・シャーさんは、通っていた神学校(マドラサ)からタリバンによって連れ去られ、兵士に仕立てられていたのである。

ジャビーンによると、息子のシャーは2011年10月に拉致されたとき、僅か16歳だった。シャーはアフガニスタンと国境を接する連邦直轄部族地域(FATA)ワジリスタン管区にある崩れかけた家屋に連行され、そこでジハード(聖戦)に関する講習を受けさせられたという。ジャビーンは、「息子が4か月後にタリバンの元から逃走することに成功していなかったら、今頃洗脳されて、自爆テロ犯に仕立てられていたことだろう。」と語った。

シャーがタリバンに拉致された根本的な理由は、貧富の格差が深刻化しているこの辺境地域において、彼が貧しい側の家庭出身者だったということだ。

「バンヌ県には、両親が高い授業料を払えないために近代的な普通学校に通えない貧しい家庭の子どもを受け入れるイスラム神学校(マドラサ)が100以上あります。」とバンヌ大学院で政治学を教えているムハンマド・ジャマル氏はIPSの取材に対して語った。マドラサでは、食事と制服が無料で子どもたちに支給される。

またジャマル氏は、タリバンはこの10年間にこの地域から数百人の少年を兵士として補充してきていることから、バンヌ県はテロの温床と化しているのです、と語った。

ジャマル氏によると、バンヌ県はタリバンのパキスタンにおける拠点である北ワジリスタン管区に隣接していることから、タリバンは定期的にバンヌ県の貧しい家庭から少年を徴発しては、銃の使い方や、即席爆弾の作り方を訓練し、自爆攻撃をしかける兵士に仕立て上げているという。

シャーとともに拉致された2人の少年の行方は、依然として分かっていない。

警察官のカーリッド・カーン氏は、「タリバンは過去5年間に500人以上の子どもたちを拉致した」と指摘したうえで、「そのうちの約40%はタリバンの元から逃げ帰ったが、残りの子どもたちの所在については、不明のままです。」と語った。

また現地では、ちまたに「あふれている」孤児が、こうしたタリバンの標的に最もなりやすいということがよくて知られている。タリバンは身内に子どもはいないとしているが、カーン氏によると、タリバンは孤児やホームレスの若者を積極的に徴用して、テロリストに仕立てるための訓練を行っているという。

「裕福な人々は自らの子弟を近代的な普通学校に入学させて正規の教育を受けさせています。そこでタリバンは、(そうした学校へ通えない)貧しくお腹を空かした子どもたちを徴用して、爆弾設置や道端に罠を仕掛ける方法を訓練し、タリバン兵として、或いは自爆テロ犯として戦闘や作戦に投入しているのです。」とカーン氏は語った。

ラキ・マルワート県在住のファズル・ハナンさんは、タリバンの手に落ちた従弟について語ってくれた。彼の従弟は貧困に苦しむ父に従って道路沿いのレストランに就職したものの、まもなくして姿を消したという。「ある日、彼は職場から忽然と姿を消したのです。彼は現地のタリバン構成員と頻繁に会っていたと言われているので、もしかしたら彼自身の意思でタリバンに加わったのかもしれません。」とハナン氏は語った。

ラキ・マルワートやバンヌデライスマイルカーンタンクといったFATAに隣接するパキスタン北西部の諸県は、反政府勢力が跋扈している地域である。FATAは、2001年に米軍が主導する連合軍がタリバン勢力をアフガニスタンから駆逐した際(不朽の自由作戦)、残存勢力がパキスタン国境を越境して避難した地域で、以来タリバンはFATAを拠点にアフガニスタンに再び浸透してテロ活動を展開している。

「これらの諸県は、事実上タリバンによる新兵徴用の場と化しています。特に、マドラサに通う少年や、パートタイムの雑用に従事している貧しい子供たちが標的になっているのです。」とカーン氏は語った。

「タリバンは、2011年3月に自動車修理工場で働いていた息子に『金になる仕事がある』ともちかけて連れ去りました。」「3か月後、電話をかけてきた息子は『ワジリスタンにいる』と伝えてきたのです。」とチャルサダ県で野菜の行商をしているシャウカト・アリさんは語った。

失踪時18歳だったジャワド・アリさんはシャウカトの一人息子で、12人の大家族を養うために自動車工場で働いて父の収入を補てんしていた。

「私たち家族は皆、ジャワドは帰ってきてくれるのを願っていました。しかし、タリバンの一団から、ジャワドはアフガニスタンで自爆したと知らされました。彼らは、ジャワドは『天国に召された』と言って祝福してきたのです。」シャウカトはこの時、息子のジャワドがアフガニスタンの米軍兵士に対して自爆攻撃を仕掛けて亡くなったと知らされた。

タリバンに徴発された子どもの中には、なんとか自力で逃げ出したものもいる。2009年6月1日、約20人の少年たちがタリバンの元から逃走した。「僕たちはデライスマイルカーン県のマドラサでタリバンに拉致され、ワジリスタン管区の泥でできた大きな建物に監禁されました。そこでは、長い髭を蓄えた男の説教を受けさせられたのです。」と15歳になるイムラン・アリさんは語った。彼はかろうじて逃走して戻ってきた少年の一人である。

アリさんは、拉致されてきた少年のなかには、仕事をしなくても食事をもらえて喜んでいるものもいた、という。「私も最初は食事にありつけて喜んでいた一人です。しかし、先に監禁されていた少年らから、最終的には自爆攻撃かその他のテロ工作に使われて死ぬことになるんだと聞かされ、時機を見て逃げることにしたのです。」

しかし多くの拉致された子どもたちのその後の消息は途絶えたままだ。当時15歳のアブドゥル・レーマンさんは2006年にカイバル・パクトゥンクワ州スワート県でタリバンに拉致された。

「スワート県で行方不明になった他の200人の子どもたちと同じく、アブドゥルの行方は今もわかっていないのです。」「彼の失踪以来、全く手がかりがありません。ワジリスタン管区まで行って息子を探したいのですが、私にはその余裕がないのです。」と建設労働者の父ムハンマド・レーマンさんはIPSの取材に対して語った。

警察官のカーン氏は、「警察当局は、タリバンに徴用された少年のうち、約400人の所在を特定し身柄を確保し、収容施設で過激思想の洗脳を解くプログラムを受けさせています。」と語った。収容施設に保護された少年たちは、出所後に社会復帰できるよう、洋服の仕立て、刺繍、大工仕事などの技能習得講習を受けている。

19歳のガル・ムハンマドさんもそうした元タリバン兵の一人である。彼は14歳の時にスワート県で行方不明になり、2010年にタリバンの訓練所でパキスタン当局に逮捕され、刑務所に送られた。」

「私は4か月前に刑務所からこの収容施設に移されました。ここでは洋服の仕立てを学びました。出所後はこれで新たなビジネスを始めるつもりです。」「タリバンから自由になった今、苦労をかけた両親の面倒をみるつもりです。」と、今年7月に洋服仕立てコースの修了証書を取得したムハンマドさんはIPSの取材に対して語った。

しかしムハンマドの故郷は貧困にあえぐ人々が多い地域だ。まさにタリバンが徴用する若者を積極的に探しまわって見つけ出す地域である。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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北朝鮮の黙認で脅かされる核実験モラトリアム

【国連IPS=タリフ・ディーン】

国連は今年も「核実験に反対する国際デー(8月29日。ただし国連では9月上旬に記念セミナーや展示が行われる)」を迎えるが、多くの反核活動家の心に消えてなくならない疑問は、核実験モラトリアムが尊重され続けるのか、それとも、ときにそれが破られつつも黙認されるのか、ということだ。

核戦争防止国際医師会議」(IPPNW)のプログラム・ディレクターであるジョン・ロレツ氏は、1990年代以来、モラトリアムは核兵器保有国のほとんどによって尊重されてきた、とIPSの取材に対して語った。

1998年に核実験を行ったインドとパキスタンはその例外であるが、両国はその後実験を行っておらず、あとは北朝鮮が2006年以来3度にわたって非常に小規模な実験を行ったぐらいである。

北朝鮮が今年2月に3度目の核実験を行った際、15か国から成る国連安全保障理事会は、実験は過去の安保理決議に対する「重大な違反」であり、北朝鮮は「国際の平和と安全に対する明白な脅威」であると断じた。

3回目の実験に続いて安保理が3本目の決議を採択した際、北朝鮮が「さらなる」核実験を行えば「重大な行動」を採るとの決意を明らかにした。

「核実験に反対する国際デー」は、核兵器に関する関心、とりわけ「私たちの健康と生存に核兵器が突きつける継続的な脅威と、世界から核兵器を廃絶すべきという要請」に対する関心を喚起する重要な方法であるとロレツ氏は言う。

またロレツ氏は、新たに対立が激化している米ロ間の関係が(核廃絶に向けた動きに)マイナスの影響を及ぼすかという問いに対して、「それはたしかに問題ですが、恐らく一時的な関係悪化と思われる事態が原因で、どちらかの国が核実験の再開にまで踏み切ると疑う理由は全くありません。」と語った。

「しかし、米ロ両国は自国の核戦力の近代化を進めてきており、現在の対立構造が続けば、この動きを一層促進させるべきとの政治的圧力が双方の国内で強まる可能性はあります。」とロレツ氏は指摘した。

現在、世界には5つの公式核兵器国がある。すなわち、国連安保理の5つの常任理事国(P5)でもある米国、英国、ロシア、フランス、中国である。これに加えて、インド、パキスタン、イスラエルの3つの非公式核兵器国がある。

しかし北朝鮮については(作戦配備できる軍事的に使用可能な核兵器を製造したかどうかは不明なため:SIPRI)核兵器保有国とみなすかどうかについては、未だに決定がなされていない。

世界の生存のための医師の会」(PGS)のデール・デューアー元代表は、IPSの取材に対して、「北朝鮮が1年前に地下核実験を行ったものの、世界は大気圏と地下における核実験の禁止に概ね成功してきました。」と語った。

「一方米国は、自己継続的な核連鎖反応を起こすことのない『臨界前核実験』計画を開始しています。核兵器の重要要素であるプルトニウムの挙動をこれらの実験によって確認することができるのです。」とデューアー氏は語った。

臨界前実験と実験施設維持のコストは膨大なものである。米エネルギー省(DOEによると、1回の臨界前核実験で2000万ドル、実験の準備のために1億ドル以上かかるという。

デューアー氏は、「『世界の生存のための医師の会』はこれらの膨大なコストを、保健や教育、社会サービスから奪われたもの、つまり納税者のお金を軍事のために、とりわけこの場合は、理論上のSF的な将来使用のために振り向けられたものとみています。」と語った。

「これらの実験を通じて延命が図られている核爆弾が実際に使用されれば、数十万人の、おそらくは数百万人の命と健康が影響を受けることになります。そうした兵器の実験は言うに及ばず、保有し続けることすら正当化できないのです。」とデューアー氏は断言した。

メルボルン大学ノッサルグローバル保健研究所のティルマン・A・ラフ准教授は、「1945年以来、核兵器開発のために推定2061回の核爆発実験が8~9か国によって行われ、世界の生存と健康に対する最も差し迫った脅威となってきました。」と語った。

またラフ准教授は、「核爆発実験自体も、環境や人間に相当大きな被害を与え続けてきました。」と指摘したうえで、「あらゆる人間と生物が、歯と骨にストロンチウム90、細胞内にセシウム137、その他炭素14やプルトニウム239などの世界中に拡散している放射性物質を体内に取り込んでいます。」と語った。ラフ氏は、核廃絶国際キャンペーン(ICAN)の共同代表で同オーストラリア運営員会の議長でもある。

またラフ氏は、「核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の調査によると、核実験による放射性物質の降下によって2000年までに43万人がガンで亡くなり、長期的には、核爆発実験が原因によるガンで240万人以上の死亡が見込まれています。」また、「ほとんどの場合、核実験場は、先住民族や少数民族、(海外領土における)植民地化された人々の犠牲の下に作られ、実験場の労働者や実験場の風下に位置するコミュニティーが最もひどい被害を受けてきました。」と指摘した。

それにもかかわらず、あらゆる核実験場において、放射能と毒物の長期的悪影響が残り、除染や原状復帰、長期的な環境モニタリング、被害者へのケアと賠償がなされていないという。

Tilman Ruff
Tilman Ruff

これらの責任は、核実験を行った政府にある。

さらにラフ氏は、「(現時点では禁止対象にされていない)地下核実験は、大気圏実験よりも大気中にまき散らす放射性降下物の量は少ないが、周辺の地層は破壊され、環境中や地下水への放射性物質漏れという長期的な危険が将来世代に対してもたらされることになります。」と断言した。

ロレツ氏は、(地下核実験も禁止対象とする)包括的核実験禁止条約(CTBT)は1996年に採択されたが、未だに十分な国が批准していないため、発効に至っていない、と語った。

ロレツ氏は、「米国は(CTBTに)署名だけして批准していないが、発効要件とされている米国の批准が成立すればバランスが変わり、発効を要する残り7か国(中国、韓国、エジプト、インド、イラン、イスラエル、パキスタン)の批准につながる。」と指摘したうえで、「それ(=米国の批准)は未だ実現していない非常に重要なポイントだ」と語った。

「私たちの多くは、CTBTの批准は重要で有益なことではあるが、ICANが主張している包括的な条約(=核兵器禁止条約)に比べれば、二次的な問題だと考えるようになってきています。」

「実際の核兵器廃絶に向けた最初の行動となる世界的な禁止には、核実験の禁止も含まれることになります。」とロレツ氏は付け加えた。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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【シドニーIDN=ニーナ・バンダリ】

核兵器保有国が、核弾頭の数を増やし、それを運搬する弾道ミサイルや爆撃機、潜水艦を建造し近代化する中、核兵器廃絶運動は、ますます力をつけている。

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN折り鶴プロジェクト(折り鶴は核軍縮の象徴である)は、世界各国に対して、核兵器を禁止する世界的条約の交渉を今年中に開始することを求めている。これまでに19万羽以上の折り鶴が世界の指導者に送られ、これに対して、国連事務総長や、オーストラリア・アフガニスタン・ギリシャ・カザフスタン・マーシャル諸島・モザンビーク・スロベニア・スイス各国の指導者から支持メッセージが届いている。

「私たちは今、その他の国々の大統領や首相から反応を得ることに力を注いでいます。今月には約7万羽の折り鶴を在東京の各国大使に届け、本国の首脳に送るよう要請する予定です。核兵器禁止に向けた世界的支持の強さと広がりを示すために、これらの支持メッセージを使おうと思っています」とICANオーストラリア担当理事のティム・ライト氏は語った。

世界各地の学生がこのキャンペーンに参加している。今年初め、オーストラリアビクトリア州・ギズボーン高校の生徒らが千羽鶴を折ってオーストラリア首相府政務次官に送り、核兵器廃絶を呼び掛けた。

Photo: Hirohima Peace Memorial Park. Credit: Wikimedia Commons
Photo: Hirohima Peace Memorial Park. Credit: Wikimedia Commons

同校の日本語教師伊香賀典子(イカガ・ノリコ)さんは、第10・11学年の生徒を1年おきに日本に連れていっている。伊香賀さんはIDNの取材に対して、「今では、広島平和記念資料館を訪ねるときは、千羽鶴を持っていくのが慣習になっています。生徒たちは、福島原発事故で被害を受けた子どもたちのために、今年はさらに6000羽の鶴を折りました。」と語った。

オーストラリアでは9月7日に総選挙が行われるが、生徒たちは、将来の指導者が同国の核廃絶義務を真剣に受け取ってほしいと望んでいる。ICANの世界議会アピールは、世界のすべての政府に対して、核兵器禁止条約の交渉を開始し、世界の核兵器備蓄を1万7000発からゼロに持っていく厳しい行動に向けた政治的意思を構築していくよう、呼びかけている。

「オーストラリアでは、私たちは住民として、世界に存在する大量の核兵器のために日々晒されている危険に対して、依然としてほとんど無知だといっても過言ではありません。広島を訪問して、私たちはこの無知の問題について何とかしなければならないと心に決めたのです。オーストラリアの首相に対して、いかに私たちが懸念しているかということ、軍縮は無視しえない問題であることを示そうとしたのです。」と第11学年の生徒ホリー・ドウヤーさん(17)はIDNの取材に対して語った。

ICAN
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ホリーの同級生ジョエル・マッキノンさん(17)は、クラスの生徒ほとんどが核兵器産業についてほぼ知識がないことに驚いた。「戦争を積極的にやろうとしているかに見える政府の手に、世界と人類の運命が握られていることを、心底恐ろしく思ったのです。折り鶴プロジェクトに参加することは、核兵器によって世界にもたらされる受け入れがたい脅威から世界を救う第一歩だと思います。」と語った。

オーストラリアの公立大学による核兵器メーカーへの投資について調査したICANオーストラリア支部の『あなたの学位を武装解除せよ』報告によれば、4大学が核兵器製造企業に投資し、12大学が投資していなかった。その他17大学に関して得られた情報は、十分なものではなかった。

「多くの大学生がこのキャンペーンに強い関心を示し、世論喚起するために私たちと協力しています。シドニー大学は倫理的投資指針を採択するプロセスにあると示唆してきました。一方その他の大学では、投資指針を変える意図を明確にしているところはありませんが、我々はこれからも圧力をかけ続けて行きます。」とライト氏はIDNの取材に対して語った。

将来基金

ICANは各大学に対して、核兵器製造企業に対する直接投資や、ファンドマネージャーを通じたそれらへの投資を止める倫理的投資指針を策定するよう求めている。豪州の政府系投資ファンド「将来基金」は現在、2億2700万豪州ドル(約199億3968万円)を核兵器製造企業に対して投資している。

1万4000筆の署名が今年8月に「将来基金」の理事らに届けられ、ICANのメンバーらはメルボルンにある同基金の本部を広島の日(8月6日)と長崎の日(8月9日)に訪問し、核兵器製造企業からの投資を引き上げるよう要請した。

ライト氏は「未来基金は、クラスター弾地雷といった他の非人道的兵器の製造にかかわる企業への投資はすでに止めています。また最近では、世論からの圧力でタバコ企業を投資対象から外しました。そこで私たちとしては、核兵器製造企業も投資先から外すよう説得することは十分可能だと考えています。」と語った。

先ごろ同基金は、上院(オーストラリア議会の二院のうちのひとつ)に対して、核兵器や関連技術の製造・維持に関わる14の企業に対して納税者のお金を投資したと明らかにしている。

独立の草の根団体「目覚めよオーストラリア」の広報担当ローハン・ウェン氏は、「『将来基金』が核兵器を製造する会社に1億3000万豪州ドル以上の投資をしていると知れば、オーストラリア国民の多くが衝撃を受けると思います。『将来基金』の管理者によってなされた投資の決定に対して、我々のメンバーは常に懸念を表明しています。」と語った。

独立系シンクタンク「ロウィ国際政策研究所」が行った2011年の調査によると、実に76%ものオーストラリア国民が、核不拡散・軍縮こそ政府が最も重視すべき外交政策目標だと考えていた。

オーストラリア政府は核不拡散を強く主張してきた。また同国は、核不拡散条約(NPT)包括的核実験禁止条約(CTBT)南太平洋非核地帯条約(クック諸島のラロトンガ島で南太平洋諸国が署名したので、一般には「ラロトンガ条約」として知られる)など、核兵器に関連するすべての主要国際条約に加盟している。

「オーストラリアが世界の核兵器取引に関与していないと想像することは容易だが、『将来基金』が核兵器製造企業に投資していることや、オーストラリア政府がインドやその他の核兵器国に対してウランを輸出する意図を明らかにしていることを考えると、実際のところは明らかに関与しているのです。」とICAN豪州支部渉外担当のジェム・ロマルド氏はIDNの取材に対して語った。

ラロトンガ条約は、世界のいずれの場所においてもオーストラリアが核兵器製造を促進することを禁じている。ICANによれば、「将来基金」は、オーストラリアの内外において核装置の「製造、生産、取得、実験」に関与するいかなる者への支援も違法化しているオーストラリアの国内法に違反している可能性があるという。

拡大核抑止ドクトリン

オーストラリアは核兵器を保有していないが、米国との同盟の下で、拡大核抑止ドクトリンは採用している。米国の核兵器がもたらすとされる保護(=核の傘)は、オーストラリアの国家安全保障のカギを握っていると考えられている。またオーストラリアは、世界の既知のウラン埋蔵量の約40%を保有し、同国が輸出しているウランは世界市場の19%を占めている。

オーストラリア産のウランは、核兵器を生産し続けている国も含め、すべて輸出向けである。「オーストラリア保護基金」はウラン採掘に一貫して反対し、それが環境や生態系、先住民族の文化、地元社会に及ぼす脅威に注目し続けている。

今年5月、ICANオーストラリア支部は『二枚舌の軍縮』という小冊子を発行した。オーストラリアの核兵器に関する政策や、米国の拡大核抑止に対する継続的な支持、核兵器の世界的禁止に対する抵抗、ウラン輸出に対する保護措置の不適切さ、核兵器企業への投資について分析している。

今日、世界には少なくとも2万発の核兵器があり、そのうち約3000発が即応警戒態勢下にある。これらの兵器の潜在的破壊力は広島型原爆15万発分に相当する。原爆が広島と長崎に投下されてから68年、核兵器を禁止し最終的に廃絶する法的拘束力ある手段を作り出す必要性は、これまでよりも高まっている。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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