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世界市民の謎を解く

【ブリュッセルIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

世界の圧倒的多数の人々にとって「世界市民」概念は依然として謎に包まれたままだが、次第に多くの市民社会組織や見識のある政府、そして国際連合が、この謎のベールを取り払うための取組みを協力して進めている。

28か国からなる欧州連合(EU)の政策執行機関である欧州委員会がブリュッセルで主催した「欧州開発デー」(EDD)の期間中、非政府組織のグループが「世界市民は世界を変えることができる」と訴えた。

eudevdays.eu

開発意識向上・教育フォーラム」が始め、EUが財政支援している欧州市民社会の統括組織「CONCORD」内のプロジェクトである「グローバル正義のための市民のエンパワーメント(DEEEP)」は、市民参加のための世界同盟(CIVICUS)グローバル教育ネットワーク(GENE)北南センター欧州地域民主主義協会(ALDA)と協力して、6月4日に世界市民に関する討論会を開催した。

このイベントは、グローバル化しますます相互依存を深める今日の世界では個別的・集合的な行動が地球に影響を及ぼすということを市民が理解するためには、世界市民教育を推進していくことが肝要であり、市民に対して地元の地域と地球にとって好ましい行動をとるよう呼びかけることを目的としている。

世界市民は、市民社会組織や政府、地方自治体、国際機関などによって、教育や政策転換、キャンペーン、世界市民運動など多くの形で推進することができる。そして概念の中核をなすものは、正義、民主主義への参加、多様性、思いやりの心、地球規模の連帯といった普遍的価値である。

Wikimedia Commons
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「『持続可能な開発目標(SDGs)』は、地球規模の開発課題や、平和的で公正、持続可能な世界を共に構築していく取組みの中心に世界市民を置く機会となるだろう。」と討論会の主催者はその趣旨を説明している。

SDGsは、今年期限を迎える「ミレニアム開発目標」(MDGs)の後継枠組みとして、9月にニューヨークで開催予定の国連総会において合意される見通しだ。

DEEEPは、2014年以来、世界市民教育がSDGsの教育関連目標の中心に置かれるべきだと訴えてきた。現在協議されているSDGsの提案は、「目標4.7」の中で世界市民教育に言及している。

世界市民教育を理解し実行することは、「欧州開発の年」の目玉企画である「欧州開発デー」の期間中に開催された別の討論会のテーマでもあった。この会合は、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)と協力して開催したものだ。

世界的な専門知識と経験をもつこれらの国連機関は、世界市民の中核を成す、平和で寛容で、包摂的で、安全で持続可能な社会を確立するために必要な知識やスキル、価値観、態度を育成するためのカリキュラムや指導実践の推進に取り組んできた。

Global Education First Initiative
Global Education First Initiative

70年にわたって、全ての市民に良質な教育を提供できるよう各国を支援してきた経験をもつユネスコは、世界市民の育成を教育の目的の一つに掲げた、国連事務総長による「グローバル・エデュケーション・ファースト・イニシアチブ(GEFI)」の立ち上げ(2012年9月)以来、世界市民教育(GCED)に関する取り組みを先導してきた。

ユネスコはまた、国家レベルの公式・非公式双方の教育システムにおいて世界市民教育をいかにして統合するかについて、教育学的指針を策定してきた。

国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA

UNRWAは、EUの支援を受けて65年にわたってパレスチナ難民に基本的な初等教育を提供し続けており、教室に焦点を当てたツールを使って、非暴力、健全なコミュニケーションスキル、平和的紛争解決、人権、寛容、善き市民の推進を目的とした「人権教育プログラム」を約15年間にわたって実施している。

上記の討論会では、世界市民教育の定義だけではなく、その実施に伴う主な困難や機会についても話し合われた。

UNRWA人権教育プログラムのコーディネーター、キャロライン・ポンターフラクト氏は、ユネスコのクリス・キャッスル氏、オズレム・エスキオカク氏と協力して、ユネスコが最近発表した世界市民教育に関する報告書『世界市民教育:学習者を21世紀の難問に備えさせる』と、中東に人権概念を広めるUNRWAの経験を基礎にして、議論の枠組みを作った。

6月5日、UNRWAのピエール・クレヘンビュール事務局長は、UNRWA創設65周年のハイレベル会議における声明の中で、「今日、当該地域には500万人のパレスチナ人登録難民がいます。これは、ノルウェーやシンガポールの全人口に相当します。」と語り、パレスチナ人が今日置かれている状況を強調した。

Pierre Krähenbühl Assumes Post as UNRWA Commissioner-General・UNRWA
Pierre Krähenbühl Assumes Post as UNRWA Commissioner-General・UNRWA

クレヘンビュール事務局長は、世界市民教育について説明する中で、「今日パレスチナ難民は多くの局面において生存上の危機に直面しています。」と指摘したうえで、「パレスチナ占領は50年にも及ぼうとしています。ガザ地区でパレスチナ難民になるということは、生活のあらゆる側面に影響を及ぼす(イスラエル軍による)封鎖の犠牲者になるということであり、教育を受け自立したいと願う一方で食料援助に依存しなくてはならないことを意味します。」と語った。

「UNRWAは、時折、(パレスチナ人を)難民という立場に永続化させる手助けをしているという批判を受けることがあります。現実には、パキスタンのペシャワール難民キャンプに収容されているアフガニスタン人難民の子どもは、これから35年経っても、おそらく難民のままでしょう。しかし、パレスチナ人とアフガニスタン人では、置かれている境遇について一つの大きな違いがあります。アフガニスタン人の家族が故郷に帰ろうとすれば、そこにはアフガニスタンという独立国があるが、パレスチナ難民の場合は、帰るべき独立した祖国がないのです。」

「彼らが孤立し、排除され、追い立てられている状況は、中東地域にとって時限爆弾であり、(国際社会は)パレスチナ人の尊厳と権利が剥奪されている問題に取り組んでいかなければなりません。」とクレヘンビュール事務局長は付け加えた。

クレヘンビュール事務局長が指摘するように、創立65周年を迎えるUNRWAの歩みを振り返ることは、ホストやドナーの支援を得ながら、そして難民たち自身によって数十年の間に勝ち取られてきた成果を見直すことを意味する。

クレヘンビュール事務局長は、UNRWAの最も緊密なパートナーですら、その支援によってUNRWAが中東における人間開発の最も顕著なダイナミズムの一つに貢献してきたという事実を過小評価していると述べ、複雑な状況を理解させ世界市民性を喚起することに貢献した。

UNRWA

「私たちが提供している保健や教育の水準は中東で最高レベルのものです。UNRWAによって50万人の児童を対象に700の学校が運営されており、2万2000人のスタッフが従事しています…。これはサンフランシスコ市で提供されている教育規模に等しいものですが、戦争や占領、封鎖を経験している場所で行われていることなのです。また、UNRWAによって4000人のスタッフが勤務する131の診療所が運営されており、年間300万人の患者を診ています。」と、クレヘンビュール事務局長は語った。

「UNRWAは、あらゆる困難をものともせず、パレスチナ難民の能力と機会の開発に投資してきました。つまり世界の多くの国がパレスチナ人を羨むほどの人的資源を育んでいるのです。もっともパレスチナ人は、自分たちの独立国をもっているということで、他国の人びとを羨んでいるかもしれませんが。」

「欧州開発デー」開催中に具体的に世界市民をテーマとした討論会は2つだけだったが、6月4日と5日の2日間に亘って開催された様々なイベントにおいても、世界市民の精神を促進しようとする内容のものが多くみられた。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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「核兵器なき世界」の理想は失われない

【ベルリン/ニューヨークIDN=ジャムシェッド・バルーア】

今年8月に迎える広島・長崎への原爆投下70周年は、核兵器を禁止する法的拘束力のある条約策定に向けた交渉を開始する適切な機会となるだろう。専門家らによれば、これは、4週間にわたって開かれたが成果文書を採択できずに5月22日に終了した国連の会議で出された明確なメッセージである。

2015年核不拡散条約(NPT)運用検討会議では、実質的な成果に関してコンセンサスを得られなかった。これに関して国連の潘基文事務総長は「失望」を表明したが、これは広く共有されている見方だろう。

Austrian Chancellor Sebastian Kurz/  Készítette: Kremlin.ru, CC BY 4.0
Austrian Chancellor Sebastian Kurz/ Készítette: Kremlin.ru, CC BY 4.0

しかし、2015年NPT運用検討会議ではプラスの成果が2つあった。一つは、オーストリアが提起し(会議前の70ヵ国から会議終了までに)107か国が賛同した、核兵器の禁止と廃絶に向けた法的ギャップを埋めることを約束した「人道の誓約(=オーストリアの誓約を改称)」であり、もう一つは、「核兵器なき世界」に向けたステップを促進するために包括的核兵器禁止条約機構準備委員会(CTBTO:本部ウィーン)のもつ重要な役割が認識されたことである。

米国や英国、カナダが主張するように、今回のNPT運用検討会議は中東非核地帯創設に関する国際会議の開催に関して合意が得られなかったことだけが理由で決裂したのではない。また成果文書草案は、軍縮に関しても著しく欠陥のあるものだと見做されていた。

国連事務総長の報道官は5月23日に出した声明で、潘事務総長が「会議の参加国が核軍縮の未来に向けて歩み寄ることができなかったこと、また、中東地域の非核化の実現およびその他の大量破壊兵器について新たな合意に至らなかったことに失望している。」と語った。

潘事務総長は同時に、核軍縮に向けた新たな取り組みや核不拡散を強化するための努力など、過去5年間で築き上げてきた機運を維持するようすべての加盟国に求めている。

「中東に関しては、非核地帯創設に向けて必要となる包括的な地域対話を促進、維持するための事務総長自らの努力を惜しみません。」と報道官は語った。

この提案がどれほど有益なものであるかは、まだわからない。ローズ・ゴットモーラー米国務次官(軍備管理・国際安全保障)は、中東非大量破壊兵器地帯創設に関する会議の招集に期限を設けるべきだとのエジプトの要求は「非現実的で、機能しない」と述べている。この会議は、前回の2010年NPT運用検討会議で、2012年までに開催するよう定められていたものだ。

潘事務総長は、核兵器使用の壊滅的な人道的帰結に対する関心が高まることで、核兵器禁止・廃絶に導く効果的な措置に向けた緊急の行動につながればよいと考えている。

事務総長発言は、4月27日から5月22日までニューヨークで開催されたNPT運用検討会議における意見の不一致の中心にある基本的な問題に触れたものだ。1970年に発効し191か国の加盟国をもつNPTは不拡散体制の要だとみられているにも関わらず、今回は合意が得られなかった。

NPTは、核軍縮、核不拡散、原子力の平和利用という相互に強化しあう3本柱を抱え、核兵器拡散の防止に関する国際協力の基礎をなしている。しかし、英国、フランス、ロシア、中国、米国の5つの公式核保有国は、核軍縮に関して十分に行動していないとして非難に晒されている。

巻き戻し

オープン・デモクラシー」におけるエリザベス・マイナー氏の分析によると、成果文書草案には、核保有国やその同盟国による何らかの意義のある誓約は含まれていなかったという。

「実際、安全保障ドクトリンにおける核兵器の役割の低減といったような多くの領域において、2010年になされた軍縮に関する約束の多くが巻き戻され、草案からは削除されていました。しかも草案には、国連は常に民主的な投票手続きを踏んで運営されてきたにも関わらず、国連での核軍縮に関する作業は全会一致方式でなされねばならないと示唆する内容までありました。」

「全体として、草案はNPT上の5つの核保有国(英国、フランス、ロシア、中国、米国)とその同盟国の意向を強く反映し、核軍縮に関してはほとんど行動がなされない一方で核戦力の近代化が進む現状を是認するものでした。」とマイナー氏は語った。

米科学者連盟(FAS)はこう述べている。「冷戦終結から20年以上経った現在、世界の核弾頭数合計は約1万5700発と、依然として高いレベルを保っている。この中で作戦上の地位に置かれているとみられるのは4100発で、そのうち、米ロ両国の1800発が、わずかな事前通告時間で使用可能な即発射態勢に置かれている」。

ほとんどの核弾頭が、1945年の日本に落とされた原爆よりもあるかに強力である。たった一発の核弾頭でも、大都市の上に落とされたならば、数百万人の命を奪い、数十年に及ぶ影響を残しかねない、と専門家は指摘している。

「冷戦期に比べて、米国・ロシア・フランス・英国の核戦力はかなり削減されてはいるが、すべての核保有国が残りの核戦力を近代化し、核兵器を無限に保有しつづけようとしているかにみえる」とFASは述べている。

憂慮する科学者同盟」のスティーブン・ヤング氏によると、オバマ政権は、核弾頭とそれを運搬するミサイル・爆撃機・潜水艦をふくめた核戦力全体を再構築する計画を持っている。議会予算局の推計によると、2015年からの10年間でこの計画遂行にかかる費用は3480億ドル。議会が任命する国家防衛パネルは、30年間にかかる費用は1兆ドルに及ぶ可能性があると指摘している。

米国がエジプトを非難する一方で、中東諸国は、NPTに加盟していない核保有国イスラエルの利益が、NPT加盟国の利益よりも優先されてきたと憤りを表明した。「イスラエルのネタニヤフ首相が、中東非核化に関するエジプト提案の阻止に成功したことを米国・英国・カナダ政府に感謝していると伝えられ、中東諸国からの批判が高まった」とレベッカ・ジョンソン氏は記している。

反民主的で不透明

リーチング・クリティカル・ウィル」(RCW)によれば、「NPT運用検討会議成果文書の策定プロセスは反民主的で不透明なものだったという。例えば、東南アジア諸国連合(ASEAN)など一部の代表団からは、プロセスから排除されているとの不満の声が漏れていた。南アフリカ共和国などは、たとえ筋が通らない場面でも一部の国が状況をコントロールする『少数の国々による支配』の場にNPTが堕してしまったと批判していた。」

RCWはまた、地域を横断する47か国がオーストリアの発表した声明で述べたところでは、NPT運用検討会議における議論とその中で出てきた文書草案は「核兵器の受け入れがたい人道的帰結に関して行動する緊急性」を示したものであったが、「法的ギャップを埋める点での確実な前進をもたらすには程遠いもの」であった、と指摘している。

世界の国々(そしてNPT加盟国)の過半数にあたる107か国が、オーストリアが主導した「人道の誓約」に賛同することによって、この法的ギャップに着目し、それを埋めることを約束した。これらの国々は、核保有国の安全保障上の懸念と同じく非核保有国の安全保障上の懸念についても考慮に入れるよう要求するなど、新たなグループとしての存在感を示した。

レイ・アチソン氏が代表を務めるRCWは、これらの国家(そしてNPT運用検討会議後に「人道の誓約」に賛同した国家)は、核兵器を禁止する法的拘束力のある条約策定に向けた新たなプロセスへの基礎として、この誓約を利用すべきだ、との考えだ。

核兵器禁止条約(NWC)こそが、核軍縮にコミットする国家が採るべきもっとも実行可能性の高い方策であるという点で、識者らはアチソン氏と認識を共有している。「2015NPT運用検討会議の経緯は、核兵器国やその同盟国に(核軍縮に向けた)リーダーシップや行動をおこすことを期待しても無駄だということを明白に示すものだった。」

オーストリアとともに「人道の誓約」を提起した47か国が注目したように、「この運用検討サイクルを通じて行われてきた様々な意見交換を見てきて明らかになったことは、核軍縮がいったい何を意味するのかということについて、多くの基本的な側面で大きな意見の相違があるということ、すなわち、現実のギャップ、信頼性のギャップ、信用のギャップ、モラルのギャップが存在するということである。」

これらのギャップは、核兵器を絶対悪とみなし、禁止し、廃絶する断固とした行動によって埋めることができる。この点について、コスタリカの政府代表は、「歴史は勇者のみを称賛するものです。」と指摘したうえで、「今こそ、来たるべきもの、すなわち、私たちが望み、私たちに値すると考える世界のために、動くべき時なのです。」と訴えた。

RCWは、「核兵器を拒絶する国々は、核兵器保有国抜きでも前進し、世界を牛耳ろうともくろむ暴力的な少数の国々から世界を取り戻し、人間の安全保障とグローバル正義の新たな現実を作り出すという信念を持たねばなりません。」と訴えている。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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【ソウルIDN=シン・ミー】

ニューヨークで9月に開かれる国連ハイレベルサミットに向けて国連が韓国の仁川(インチョン)で開催した会議で、教育への新しいビジョンの必要性に焦点があてられた。国連は、2030年までに、全ての人に対し平等で良質の教育と生涯学習機会を保証することによって世界市民を育成することを目指している。

国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)が、ユニセフ(国連児童基金)、UNDP(国連開発計画)、UNFPA(国連人口基金)、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)、UN Women(国連ウィメン)、世界銀行と共同で開催した「第3回世界教育フォーラム」(5月19日~22日)で採択された、ポスト2015の教育目標の方針を定めた「仁川宣言」は、130か国の教育担当の政府高官や、市民団体、青年組織、学識経験者など、世界の教育界から歓迎された。

Irina Bokova/ UNESCO/Michel Ravassard - UNESCO - with a permission for CC-BY-SA 3.0
Irina Bokova/ UNESCO/Michel Ravassard – UNESCO – with a permission for CC-BY-SA 3.0

フォーラムの閉会にあたって登壇したユネスコのイリナ・ボコヴァ事務局長は、「この宣言は大きな一歩です。」と指摘したうえで、「尊厳を持って生き、潜在能力を発揮し、責任ある世界市民として社会に貢献するために必要な知識とスキルを、全ての子どもと青年が得るようにしようとの決意が、この宣言には反映されています。生涯を通じて学習の機会を提供するよう諸政府に求めることで、人々が成長し発達し続けることができるようにしています。また、教育が世界の平和と持続可能な開発の鍵を握るとの認識をこの宣言は示しています。」と語った。

仁川宣言は、1990年にジョムティエン(タイ)で開催された「万人のための教育世界会議」で採択され次いで2000年にダカール(セネガル)で開催された「(第2回)世界教育フォーラム」で再合意された教育分野の国際的開発アジェンダ「『万人のための教育』ダカール行動枠組み(Education for All: EFA)」を基盤としている。EFAの6つの目標と、教育に関するミレニアム開発目標(MDG)は大きな前進をもらしたが、一方で、初等教育の完全普及など、その目標の多くは未だ実現されていない。

現在、5800万人の子どもが初等教育のかやの外におり、そのほとんどが女児である。さらに、2億5000万人の子どもが、その半数が学校で少なくとも4年以上は学習しているにも関わらず、読み書きができずにいる。識者らは、「仁川宣言は、(2030年までに)野心的なEFAやMDGsを完遂させなければならない。」と主張した。

“Anthony Lake 0c175 7741” by Janwikifoto – Janwikifoto. Licensed under CC 表示-継承 3.0 via ウィキメディア・コモンズ

「この世代の子どもたちが、今日の世界を支配している不平等と不正義をいつかなくそうとするならば、全ての子どもたちに公平な学習の機会を与えねばなりません。これが私たちの共通のビジョンとコミットメントであるべきです。」と国際連合児童基金(ユニセフ)アンソニー・レイク事務局長は語った。

仁川宣言は、今年末までに各国政府が採択することになっているロードマップ「教育2030行動枠組み」を通じて実行されることとなっている。説明責任、透明性、参加型ガバナンスの原則を基礎にして、教育の効果的な法的・政策的枠組みに関する指針を示すものである。

ユネスコによれば、「教育2030行動枠組み」の効果的な実施には、地域内での強力な調整と、教育に関する厳格な監視・評価を必要とする。また、とりわけ、包摂的で質の良い教育を提供するには程遠い状況にある国々に対するさらなる資金拠出を必要とする。

さらなる資金

仁川宣言は、国連総会のオープン・ワーキング・グループによる「持続可能な開発(SDG)第4目標」に盛り込まれている内容は、とりわけ、全てのレベルにおいて万人のための良質な教育を達成するのに程遠い国においては、ポイントを絞った大幅な資金の増額なしには実現しないと指摘している。

「従って私たちは、各国の文脈に従って教育に対する公的資金を増額し、少なくとも国内総生産の4~6%、あるいは公的支出総額の15~20%を教育に効率的に振り向けるという国際的・地域的な目標を達成する決意である。」と仁川宣言は述べている。

同宣言は、政府による投資を補完する開発協力の重要性に留意し、先進国や、旧来及び新興のドナー国、中所得国、国際金融機関に対して、教育への投資を増やし、各国のニーズと優先事項に従った目標履行の支援を行うよう求めた。

同宣言はまた、「途上国への政府開発援助(ODA)に国民総生産(GNP)の0.7%を割り当てるとの多数の先進国による約束を含め、ODAに関連した全ての約束を履行することが重要である」と強調している。

こうした約束に従って、第3回世界教育フォーラムは、GNP0.7%を途上国向けODAに割り当てるという目標を未達成の国に対して、より具体的な努力をするように求めた。本フォーラムはまた、最貧国への支援を増やすよう誓約した。

仁川宣言はさらに、教育への権利を支えるために可能な限り多くの資源を振り向けることの重要性を指摘している。さらなる調整と調和を通じて援助の効果を増し、無視されている下位セクターと低所得国への資金供与と援助に優先順位を与えることを推奨している。

韓国が今回「世界教育フォーラム」を主催したのは驚くに当たらない。韓国は、ユネスコのEFA(万人のための教育)運営委員会を構成する20か国のメンバーであり、国連の「グローバル・エデュケーション・ファースト・イニシアチブ(GEFI)」や「教育のためのグローバルパートナーシップ(GPE)」などのグローバル教育キャンペーンに参加することで、この数年間、世界的に実績を伸ばしてきた。

「第3回世界教育フォーラム」に先立って、韓国のキム・ジェチュン教育副大臣はこのフォーラムの重要性を強調して、「全てが互いに関連している今日の世界では、グローバルな目線で考え行動できる人がより多く成功の機会を手にすることができます。そうした才能を育てていくことが向こう15年間における私たちの目標です。」と語った。

「世界的な視野を持つことが、自分の国を愛すべきではないということを意味するわけではありません。一方、国民を統合する手段として国家主義的な教育にばかり注目するのは、時代遅れです。」とキム副大臣は『コリアン・タイムズ』紙の取材に対して語っている。

仁川宣言には、「私たちのビジョンは、教育を通じて生活を変えることであり、開発の主要な手段としての教育、そして提案されている他の持続可能な開発目標(SDG)の達成における教育の役割を認識するものです。」と記されており、まさにこうした見方を強調している。

ジェンダー平等

仁川宣言にはまた、全ての人々が教育を受ける権利を達成するうえで、ジェンダー平等が重要だとして、「私たちは、ジェンダーに敏感な政策・計画・学習環境や、教師の訓練やカリキュラムにおけるジェンダー問題の主流化、学校でのジェンダーに基づく差別や暴力の根絶という目標にコミットする。」と記されている。

さらに仁川宣言は、「今日、学校に通っていない世界の人々の大部分が紛争地帯に暮らしており、教育機関の危機や教育施設への暴力や攻撃、自然災害、伝染病が、教育や開発を世界的に妨げていることに重大な懸念を抱いている」と指摘したうえで、世界市民育成の必要性を明確に強調している。

Global Education First Initiative
Global Education First Initiative

従って「第3回世界教育フォーラム」に参加した各国政府は、国内避難民や難民を含むこうした文脈の下にある子どもや青年、成人のニーズに応える、より包摂的で応答的、強靭な教育システムを構築していくことを誓約した。

また参加者らは、暴力を受けずに、支援を得ることができ、安全が確保された学習環境で教育が提供される必要性を強調した。また、緊急時の対応から復興・再建段階までの十分な危機対応、国家・地域・グローバルレベルでの対応のさらなる調整、紛争や緊急事態、紛争後、復興初期においても教育が維持されるよう、包括的なリスク削減・軽減をする能力を開発するよう勧告した。

また仁川宣言には、長期にわたる人道上の危機においても、教育への支援を拡大するよう勧告している。宣言には、「私たちは『開発のための教育に関するオスロサミット』(2015年7月)を歓迎し、エチオピアの首都アジスアベバで開催予定の開発金融会議に対して、提案されている持続可能な開発(SDG)第4目標を支持するよう呼びかける。」と記されている。

翻訳=IPS Japan

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【ブエノスアイレスIPS=ファビーナ・フライシネット】

アルゼンチンは肥沃な土地に恵まれているにもかかわらず、経済破綻の影響で数百万世帯が十分な食料を確保できないでいる。こうした中、ウエルタ・ニーニョプロジェクトでは、低所得者が大半を占める地方の小学校を対象に、敷地内に有機農作物の菜園を作り、子どもたちに飢えと闘うための食物栽培の方法を教えながら健康的な食習慣を指導する活動を展開している。

ヘネラル・アルバラード市のマル・デルスール地区にあるラ・ディヴィナ・パストラ校では平日学校で給食をとる105人の児童のうち、8割が貧しい家庭の出身だ。

「児童の1割は出生まもなく、なかには授乳期や母親の胎内にいる時期から、栄養失調の状態を経験してきています。虫歯の原因となり発育にも支障をきたすカルシウム不足の状態にある児童たちもいます。」とリタ・ダレチョン校長はIPSの取材に対して語った。

首都ブエノスアイレスから南西500キロの地にあるこの小学校には、(義務教育10年間の対象者である)6歳から14歳の子どもたちに加えて、2・3歳年上の数人の留年組が通っている。

この学校の児童たちはブエノスアイレス州の農村や中規模都市で暮らしている。しかし子どもたちの大半は農業に親しむ経験を持たず、農業や農機具に関する知識もないまま育った。

「歴史的に農村地帯だった場所に暮らしていながら、子どもたちは土地の活用方法を知らないのです。子どもたちは空腹になれば、手の中にある種が食料の供給源になりうるということを知らないのです。」と、ウエルタ・ニーニョ財団でジェネラル・コーディネーターを務めているバーバーラ・クス氏は語った。

実業家のフェデリコ・ロベルト氏が1999年に創立したこの非営利団体は、地方の学校に通う児童たちの空腹感を軽減する手助けをすることを目指している。

ロベルト氏がこのプロジェクトを着想したきっかけは、若い頃にアルゼンチンの田舎を旅していた時に出会ったある教師の言葉だった。その教師は、「子どもたちは、空腹を紛らわすために口にした蜜柑(みかん)の葉以外は何も食べておらず、勉強ができる状態ではないのです。」と指摘したうえで、「世界の数百万もの人々に膨大な食料を輸出している国にあって、こうした現状は実に『悲しいパラドックス』と言わざるを得ません。」と語ったという。

プロジェクトでは現在、ラ・ディヴィナ・パストラ校のような低所得者層が暮らす地域にある270の小学校の校内に菜園を作っており、約20,000人の子どもたちがこの恩恵を受けている。子どもたちが育てた野菜や果物は、学校給食として子どもたちに提供されている。

「このプロジェクトは、手に届く範囲の自然環境を活かしながら子どもたちと協力して健康によい食物を普及することができるという本当に素晴らしい機会を提供してくれています。」とダレチョン校長は語った。

国民健康栄養調査によると、アルゼンチンでは35%の子どもたちが「基本的ニーズが満たされていない」世帯に暮らしている。そのうち、種々の社会福祉プログラムを通じて食糧支援を得ていたのは僅か53%にすぎない。

A boy leans against bags of onions at a farm in the town of Arraga in the northwest province of Santiago del Estero, one of the poorest parts of the country, where the main economic activity is agriculture. Credit: Fabiana Frayssinet/IPS
A boy leans against bags of onions at a farm in the town of Arraga in the northwest province of Santiago del Estero, one of the poorest parts of the country, where the main economic activity is agriculture. Credit: Fabiana Frayssinet/IPS

アルゼンチンで、貧困ライン以下で生活している子どもたちの割合が最も高い地域は、北東部(77%)と北西部(75.7%)である。

「深刻な栄養失調状態にある子どもたちは、病気に罹りやすく、一生後遺症が残る発育不全に苦しむことになります。」とクス氏は語った。

ウエルタ・ニーニョプロジェクトでは、「ただ人々に食料を施すのではなく、人々に自らの食料の作り方を教えるプロジェクト」というスローガンのもとで、こうした栄養失調の問題に取り組んでいる。

クス氏は、「ウエルタ・ニーニョ財団が各々の学校に関与する期間はおよそ1年程度ですが、プロジェクトが子どもたちにもたらすインパクトは一生にわたるものとなります。」と語った。

プロジェクトはまず、5000㎡程度の土地にフェンスを張り巡らせる作業から始まる。

「私たちはこの際、どうしてフェンスをきちんと維持管理する必要があるのか、犬やその他の動物が菜園に入るとなぜ健康に悪影響が及ぶのかを子どもたちに説明しています。子どもたちは、堆肥は肥料になるが、犬の糞はそうはならないことを学ぶのです。」とクス氏は語った。

次に生徒、両親、教師とともに会合を持ち、菜園予定地の気候や土壌、水利状況等に応じで必要なものを特定します。

続いて、植え付けのための土づくりに移ります。ここでは生徒たちが作物の植え付けと収穫の方法を学ぶとともに、1年に2度の種蒔期のサイクル(秋から夜と春から夏)について学びます。

「私たちは頃合いを見ながら、やるべき作業を少しずつ説明することにしています。なぜなら、トマトが赤く実りレタスがしっかりと育った光景を見るのは素晴らしいことですが、例えば、レタスをどのように収穫すべきでしょうか?葉の部分だけを採るべきでしょうか?それとも根っこから引き抜くべきでしょうか?もう一度同じスペースでレタスを育てるべきでしょうか?それとも次のシーズンを待つべきでしょうか?」とクスさんは語った。

ウエルタ・ニーニョプロジェクトは、教育省の後援と国立農業技術研究所が運営する「貧困人口向け食糧安全保障プログラム(Pro-Huerta)」から技術支援と種子の提供を受けている。

プロジェクトでは、個人、企業、団体からの寄付をもとに、児童向けに改良された農機具や種子、苗木、さらに風車や灌漑システムの建設費用など、各支援対象の学校あたり約4500ドルを支出している。

クス氏によると、プロジェクトを持続可能なものにしていくためには、地元コミュニティーの参加が不可欠だと言う。

「菜園を維持していくには注意が必要です。つまり、害虫駆除や灌漑、雑草の除去、作物の輪作を怠れば、たちまち不毛な土地になってしまいます。厳しい食糧事情に直面している児童たちにとって、こうした失敗は最も避けたい事態です。」とクス氏は語った。

プロジェクトでは、例えば、虫を寄せ付けないように香りのする花を植えるなど、有機肥料や殺虫剤を使用した農業生態学の理論に沿った菜園の運営を心掛けている。

また校内の菜園では、周辺地域で度々散布されている化学農薬は使用しないようにしている。

「児童たちには、菜園で育っているトマトは街のスーパーマーケットで見かけるものほど大きくないかもしれないが、より真っ赤に熟し味わい深いものが収穫できると教えています。」とクス氏は語った

また菜園は、算数(菜園の耕作面積の計算)、自然科学から読み書き(説明書の利用)まで、教育カリキュラムの一部を構成している。

「一種の青空教室といっていいでしょう。本から学ぶよりも、自ら汗をかいた経験から学ぶ方がずっと身に付くものです。」とダレチョン校長は語った。

こうしてラ・ディヴィナ・パストラ校で菜園経営を学んだ児童の中には、家庭やコミュニティーに菜園を作ったり、卒業後農業専門学校に進学するものもいる。

またプロジェクトでは、健康な食習慣についても児童たちに指導を行っているが、これにはそれなりの工夫が必要だという。

「赤大根は、見た目にも体にもいいのですが、子どもたちは一咬みすると吐き出してしまうのです。子どもたちはジャンクフードで育った世代ですから、赤大根と分からないようにタルトやパイの生地に混ぜたりひき肉と調理して味を分からなくさせたりするなど、工夫を凝らしています。」

貧しい人々が多く暮らすブエノスアイレスから遠く離れた僻地や中規模都市にある学校では、中には、このプロジェクトで作られた学校菜園に興味をもった子どもたちが以前より校内に長く留まるようになり、児童が巻き込まれる犯罪率を抑え、退学者の数も減少させる成果をあげているところも出てきている。

国連食糧農業機関(FAO)のウラジミール・ヴェルテ氏はIPSの取材に対して「学校をベースに広がる有機菜園は、子どもたちの食生活や食習慣を改善し、飢えと闘ううえで『極めて重要な』役割を果たしています。またこうした菜園は、学習プロセスを強化し、団結、協力、共同作業といった価値観を涵養する教育ツールとしても機能しています。」と語った。

「子どもたちは、きちんと食事をとる必要があるというだけではなく、健康な食生活や自身の食料の育て方について学ばねばなりません。」

「菜園はコミュニティー全体にとっても、世帯主が家族の食料を育てるために必要な技術を習得できる教育的な訓練スペースになり得ます。菜園からの恩恵は、果物や野菜の収穫を通じて具体的に実感することができます。」

「私たちは単に食料を提供しているのではありません。私たちは、自らの手で触れることができる様々な価値を提供しているのです。児童らの栄養と自立を助けるこの活動が益々広がってほしいと思っています。」とヴェルデ氏は語った。(原文へ

IPS Japan

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活動家が警告「NPT運用検討会議決裂で世界は核の大惨事に近づいた」

【国連INPS=タリフ・ディーン】

核不拡散条約(NPT)運用検討会議は、4週間の協議を経て、予想された結果に終わった。すなわち、会議終盤に議長が各国に提示した最終文書草案の内容は、核保有国と核兵器に依存するその同盟国の見方や利益をおおよそ反映したものだった。

婦人国際平和自由連盟(WILPF)のプロジェクト「リーチング・クリティカル・ウィル」のレイ・アチソン氏は「NPT運用検討会議の成果文書を策定するプロセスは、反民主的で不透明なものでした。」と指摘したうえで、「最終文書の草案には、核軍縮を前進させるような意味ある措置がなかったばかりでなく、従来からの約束を後退させるものでもありました。」と語った。

一方で一部の外交筋によれば、今回の会議で勝利を収めた国がひとつあったという-イスラエルである。イスラエルは、中東唯一の核保有国であり、長らく提案されている「中東非核・非大量破壊兵器地帯の創設に関する国際会議」の開催を拒絶しつづけている国でもある。

NPT運用検討会議が最終日の22日深夜まで長引くなか、(中東の非核化に関する)会議を来年3月1日までに招集することを盛り込んだ最終文書案に反対していたのは、米国、英国、カナダであった(現在のカナダ政府は「イスラエルよりも親イスラエル的」だと言われている)。

Ray Acheson
Ray Acheson

アチソン氏が語るように、「これら3カ国が、核保有国でありNPT加盟国ですらないイスラエルのために最終文書案の採択(NPT加盟国191カ国・地域の「全会一致」が原則)を妨げたことは、皮肉である。」

「NPT運用検討会議のタウス・フェルキ議長が『NPTはそのすべての加盟国のものだ』と主張していましたが、空しく響きました。」とアチソン氏は付け加えた。

アメリカ・フレンズ奉仕委員会(AFSC)全米軍縮コーディネーター.のジョセフ・ガーソン氏はIPSの取材に対して、「問題は米国とイスラエルでした。もっともイスラエルはNPTに署名すらしていない数少ない国の一つですが。」と指摘したうえで、「このきわめて重要な2015年NPT運用検討会議が失敗に終わった主な責任は、(同じく最終文書案が採択されず決裂した)2005年NPT運用検討会議の時と同じく、米国にあります。」と語った。

AFSCの平和・経済安全保障プログラムの責任者でもあるガーソン氏はさらに、「米国、英国、カナダは、イスラエルを非難するのではなく被害者側を非難したのです。つまり、中東非核・非大量破壊兵器地帯創設の呼びかけを会議の最終宣言で再確認すべきだと主張したエジプトを、最終文書案の採択を不可能にした首謀者だと非難したのです。しかし、この主張は本末転倒としか言いようがありません。」と語った。

ガーソン氏は、「ロイター通信が会議終了前日の21日に報じたところによると、米国は、運用検討会議最終文書の草案テキストについて、『妥協の余地があるかどうか話し合うため』に、イスラエルに「政府高官」を派遣しています。」と語った。

「しかしイスラエルは明らかに最終文書案を拒絶したわけです。こうして、バラク・オバマ大統領の核なき世界の実現に対する表面的なコミットメントは、イスラエルの頑強な抵抗を前に融解してしまったのです。」とガーソン氏は語った。

John Burroughs/ LCNP
John Burroughs/ LCNP

核政策法律家委員会のジョン・バローズ事務局長は、IPSの取材に対して、「この20年間にNPT運用検討会議でなされた軍縮に関する誓約の問題点は、内容が不十分であったというのではなく、むしろNPT上の核保有国がそれを実行してこなかったことに問題があるのです。」と語った。

またバローズ事務局長は、多くの非核保有国が2015年の運用検討会議に向けて、(過去の誓約を)履行するためのメカニズムとプロセスに焦点を当てていた、と指摘した。

この点に関して、採択に至らなかった最終文書の草案は、核兵器なき世界の達成と維持に向けた法的取り決めを含め、効果的な軍縮措置を「確定し検討する」公開作業部会を国連総会が設置するように勧奨していた。

国際反核法律家協会(IALANA)国連事務所の所長でもあるバローズ氏は、「NPT運用検討会議の決裂は別として、この秋に行われる予定の、軍縮と国際安全保障に関する次の国連総会セッションにおいて、この構想実現に向けた取り組みを追求することが可能だし、またそうすべきです。」と語った。

アチソン氏は、世界の国家(そしてNPT加盟国)の過半数である107か国が、核兵器の禁止と廃絶に向けた法的ギャップを埋めることを約束した(オーストリア政府主導の)「人道の誓約(=オーストリアの誓約を改称)」に賛同している点を指摘したうえで、「2015年運用検討会議の成果はこの『人道の誓約』に他なりません。」と語った。

"Panorama of the United Nations General Assembly, Oct 2012" by Spiff - Own work. Licensed under CC BY-SA 3.0 via Wikipedia
“Panorama of the United Nations General Assembly, Oct 2012” by Spiff – Own work. Licensed under CC BY-SA 3.0 via Wikipedia

「人道の誓約」に現在およびNPT運用検討会議後に賛同した国々は、核兵器を禁止する法的拘束力のある文書策定に向けた新たなプロセスの基礎として、このプラットフォームを活かしていくべきだ。

アチソン氏は「このプロセスを、たとえ核保有国の参加が得られなかったとしても速やかに開始しなくてはなりません。広島・長崎への原爆投下から70周年にあたる今年は、このプロセスを開始するにふさわしい年だとすでにみなされているのです。」と指摘したうえで、「核兵器を禁止する条約を目指すことが、引き続き軍縮に取り組む国々にとって、最も実行可能な行動です。」「今回のNPT運用検討会議は、核保有国や核に依存するその同盟国にリーダーシップや行動を求めることは無駄な努力であるということを明確に示した機会となりました。」と語った。

この文脈には、核兵器を絶対悪とみなし、禁止し、廃絶する断固とした行動が必要とされる。

「核兵器を拒絶する国々は、核兵器保有国抜きでも前進し、世界を牛耳ろうともくろむ暴力的な少数の国々から世界を取り戻し、人間の安全保障とグローバル正義の新たな現実を作り出すという信念を持たねばなりません。」とアチソン氏は訴えた。

ガーソン氏は、「大きな悲劇は、運用検討会議の失敗でNPTの信頼性が損なわれ、核拡散の危険が増していく事態、そして、核兵器国が自国の核戦力と運搬手段を21世紀仕様にするための「近代化」政策を急速に進める中、この新たな核軍拡競争に歯止めがかからないという事態です。」と語った。

ガーソン氏は、「NPT運用検討会議が失敗したことで、核の大惨事が引き起こされる危険性とその結果として「核の冬」が現出する可能性が高まりました。」と語った。

(今回のNPT運用検討会議での)米国の拒否権発動は、諸政府、とりわけ米国を動かすために必要な民衆の力を作り出そうとするならば、シングル・イッシュー型民衆運動の殻を打ち破ることが決定的に重要であることを示している。

ガーソン氏は、「ここ数十年の間に、米国の核軍縮運動と、公正なイスラエル・パレスチナ和平を求める運動がより一体化していたならば、NPT運用検討会議の流れは違ったものになっていたかもしれません。」と指摘したうえで、「もし私たちが勝利しようとするならば、核軍縮運動は、平和や正義、環境の持続性を求める諸運動と共通の訴えを持たねばなりません。」と語った。

「中東非核兵器地帯に向けた作業を進めるとの約束は、NPTが無期限に延長された1995年に合意され、その後の2000年と2010年に開催された運用検討会議の最終文書でも再確認されたにも関わらず、オバマ大統領はイスラエルに『ノー』を言うことを拒み、一方では、核戦争の危険を低減する重要なステップに『イエス』ということを拒んだのです。」

U.S. President Barack Obama / Official White House Photo by Pete Souza
U.S. President Barack Obama / Official White House Photo by Pete Souza

「ノルウェーとメキシコ、オーストリアで開催された、『核兵器の人道的影響に関する国際会議』で指摘されていたように、核保有国がこれまで行ってきた核の威嚇と、これらの国々が引き起こしてきた核兵器を巡る事故や誤算の歴史と振り返れば、今日私たちが生きているのは、政策決定の成果というよりも、単に幸運に恵まれただけなのです。」

「NPT運用検討会議の失敗は、単に好機を逸したというのみならず、これによって世界は核の大惨事に一歩近づいたのです。」とガーソン氏は力説した。

バローズ氏は、「NPT運用検討会議の議論は、核保有国が自国の核戦力の警戒態勢を解除し、削減し、全廃するとの誓約を果たしているかどうか、核戦力の近代化は核軍縮の達成と矛盾するものではないかどうかという点について、核保有国と非核保有国の間で根深い意見の対立を示すものでした。」と語った。

核保有国は、こうした問題に明確に答えようとしなかった。

核保有国が「いつものやり方」で事にあたろうとしていたとするならば、非核保有国のアプローチを特徴づけたものは「事態に対する切迫感」であった。このことは、オーストリアが提案した「人道の誓約」に、運用検討会議終盤までに100か国以上が賛同したという事実にもよく表れている。

「人道の誓約」は、「核兵器がもたらす受け入れがたい非人道的な影響に照らして、核兵器を絶対悪とみなし、禁止し、廃絶する」取組みを行うよう、署名国に求めている。

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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【ニューヨークIPS=A・L・A・アジズ】

核不拡散条約(NPT)の「運用検討プロセスの強化」と「普遍化」の問題は、それぞれの事情を考慮に入れながら検討すべき極めて重要なテーマである。

とはいえ、これらのテーマに関連した、明らかに両者を互いに関連付けるようないくつかの側面が存在する。今回のNPT運用検討会議(4月27日から5月22日まで約1か月に亘って開催)においてもこの点が見過ごされてはならない。

5年毎に開催されるNPT運用検討プロセスは実際のところ、実行されないスケジュールや基準、約束に関する単なる確認作業の場と化してしまっている。

運用検討プロセス強化の問題は、1995年のNPT運用検討・延長会議における決定事項としてでてきたもので、それ以降のNPT運用検討会議の各主要委員会において常に議題とされてきた。

1995年のNPT運用検討・延長会議の特徴は、その重要な付議事項であった(同年期限を迎える予定だった)NPTを無期限に延長した決定であるが、このプロセスの帰結としてとりわけ期待されていたことは、同条約の3本柱(核軍縮、核不拡散、原子力の平和的利用)を強化することであった。

Ambassador A. L. A. Azeez / IAEA
Ambassador A. L. A. Azeez / IAEA

3本柱の履行が完全かつ相互に補強し合うような形で達成されることが目指されたのである。

私たちは、NPTの無期限延長を成立させた当時の文脈がどういうものであったのかを忘れてはならない。核兵器を保有している国々(米国、ロシア、英国、フランス、中国)が、NPTの下で、核兵器の完全廃絶に向けて実際的措置を採ることが期待されていたのである。

当時、核兵器の完全廃絶に向けて期待された措置が、1995年運用検討・延長会議に先立つ25年の間にほとんど実施されてこなかったことが懸念をもって留意されていた。

この立場の基礎にあったのは、核保有国が、最優先事項として遅滞なく軍縮を追求するという約束であった。

このことは、複数の運用検討会議の成果に反映されている。とりわけ2010年の運用検討会議では、軍縮が「誠実に」かつ「早期に」進められるという明確な約束がなされた。

にもかかわらず、核兵器を保有する国々は、この約束を果たしていない。

元来NPTプロセスには(核兵器国による軍縮に向けた)積極的な行動を促す「前向き」な推進力が備わっているはずだが、残念ながら、戦略的利益の圧倒的な一致などの理由によって、分かりきったことを繰り返す場となってしまっている。

いま求められていることは、どのような行動計画が採択されるにしろ、(核廃絶に向けた)行程表と検証、その他の措置について明確にすることである。

NPT3本柱の内、「核軍縮」における進展は見られない。「核不拡散」は、いくつかの地域においてほんのわずかしか前進していない。一方、制限的で制御的な措置が「原子力の平和的利用」に与える影響は、あまりにも明らかだ。それは事実上、技術の否定と変わらなくなっている。

「原子力の平和的利用」の領域においては制限的あるいは制御的な措置が増え、他方で「核軍縮」の分野においては全く進展がなく、「核不拡散」の分野はその中間という状況は、人類全体にとっては退行に他ならない。

外交においては、前向きであり続けることが常に強調される。終盤に差し掛かったNPT運用検討プロセスでは、まさにそうした呼びかけが強まっていった。

しかし、NPTの他の2本の柱と互いに関連をもつ「核軍縮」の領域であまりにも多くの問題を抱えているかに見える現在のシナリオにおいて、そのような前向きな見方が取れるだろうか? 慎重な見方をしつつも、楽観主義が支配的なのだろうか?

悲観主義の兆しがすでに現れ、後戻りができないぐらい支配的なものになる可能性がある。私たちの政策やプログラムとともに私たちの思考を大きく変えようとする政治的意思が緊急に再結集されないかぎり、そうなってしまうであろう。

NPTの普遍化は、継続的に推進されねばならない目的である。しかし、この目的の背後には、1995年に達成されたNPTの無期限延長がある。

もし1995年に無期限延長の合意がなされていなかったならば、今日機能する条約は何も残されていなかったであろう。従って、NPT運用検討プロセスの強化は、NPTを普遍化するという目標を強め、またそれによって強められねばならない。

NPT延長に導いた論理は、運用検討プロセスの一環として、またそれに準じるものとして、普遍化への呼びかけに影響を与えるものでなければならない。

UN Secretariat Building/ Katsuhiro Asagiri
UN Secretariat Building/ Katsuhiro Asagiri

NPTの延長は無期限であり、成果を生み出すべく意図されたものであった。NPTの3本柱が平等に推進され、核軍縮への前進が不可逆的なものになったとき、NPTはようやくその目的を達成したといえるのである。

強化されたNPT運用検討プロセスは、この意図された成果の実現に向けて大いに寄与することになるだろう。

しかし、普遍化という目標は、ある時限を視野に入れて推進されねばならないし、とりわけ、実質的なものでなければならない。

これはどういうことを意味するだろうか?

言うまでもなく、NPT加盟国の数が問題だし、それを増やす必要がある。しかしそれと同じように強調されねばならないのは、秘密裏に差別することなく、NPTの全ての条項を統合することの重要性だ。加盟国の国家政策とプログラムが、NPT3本柱の前進を可能にするような内容のものでなくてはならない。

NPTの運用検討プロセスは、この2つの目標を達成する取り組みを強化しなければならない。(原文へ

※A・L・A・アジズ大使は、スリランカの軍縮大使。

翻訳=IPS Japan

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国連要員の性犯罪予防キャンペーン、まずは非軍事職員をターゲットに

【国連IPS=リンダル・ローランズ】

「私たちはこの問題についていくらでも議論はできますが、犠牲者の立場になって考えれば、一刻も早くこの悪弊をやめさせるための行動をおこさなければなりません。」

これは、著名な人権活動家のグラサ・マシェル氏が、国連の平和維持活動(PKO)に従事する国連職員による性犯罪防止を目指す「コード・ブルー」キャンペーンを立ち上げた際に訴えた言葉である。

マシェル氏は、5月13日に開催されたこの問題に関するシンポジウムにおいて、国連調査報告書「戦争と子どもたち : 武力紛争が子どもにおよぼす影響」を作成する過程で自身が経験した失望感について次のように語った。

Madame_Graca_Machel.TIF. Licensed under Public Domain via Wikimedia Commons

「私たちは、国連PKO要員から虐待をうけた女性や少女らと遭遇し、大きなショックを受けました。」「平和維持活動は、軍事的に戦闘がない状態を保つということだけではなく、地元の人々の心に平和をもたらすことなのです。」

マシェル氏の訴えに、当日登壇したパネリストら(ルワンダ虐殺の際に国連ミッションに参加したロメオ・ダレール中将、アンワルル・チョウドリ元国連事務次長、「アフリカ女性開発財団」のテオ・ソワ会長、そしてこのキャンペーンの先頭に立って活動している「エイズなき社会」のポーラ・ドノバン共同代表。)は一様に共感の意を示した。

パネリストらは、国連並びに世界の指導者に対して、国連の内部資料へのアクセスを容易にし、職員への聞き取りを認めることで、国連職員による性犯罪調査をスムーズに行う環境を整えるよう要求した。

マシェル氏は、会場のメディア関係者から質問が相次いだ(真相究明に際しての)複雑な手続きや制約に対処するよう求めた。

これまでPKO要員の関与が疑われた国連による調査は、実に複雑な問題を抱えてきた。それぞれの民間・軍事要員に適用される異なる管轄権や免責規定の問題に加えて、報告書が透明性と具体性に欠け真相が曖昧にされる傾向にあったからだ。

「コード・ブルー」の創設者らは、この全般的な問題に取り組むための重要な第一歩として、まずは非軍事要員をターゲットにするアプローチを打ち出した。

国連軍事要員による性搾取と性的人権侵害』の著者であるロイジン・バーク博士はIPSの取材に対して、「非軍事要員をめぐる『法的空白』の問題に対処する必要はありますが、『コード・ブルー』が軍事要員・非軍事要員両方の問題に同等に取り組むよう望みます。」と語った。

バーク博士は、「国連PKO要員の70%から80%は軍事部門に属しており、世界中に何十万人という軍事要員が展開しています。」と指摘したうえで、「一人あたりの性犯罪発生率は、民間要員の方が軍事要員よりも高いのはたしかです。しかし発生件数全体でみると、民間要員が関与した件数のほうが多いということにはなりません。」と語った。

シンポジウムでは、軍事要員の問題についても議論された。「コード・ブルー」では、民間要員に対する調査を阻害している免責を巡る国連の官僚的な遅延問題に取り組んだのちに、軍事要員の問題についても取り組んでいく予定だ。

ダレール中将は、母国の司法管轄権下にある軍事要員に対する犯罪容疑を捜査する難しさについて、「各々の国がそれぞれの判断基準に従って行動しています。大抵の場合、(自国が派遣した容疑者に対する)本格的な捜査は行わず、本国から航空機を手配して要員を乗せ、去っていきます。」「権限があまりにも中央に集中し過ぎているため、現場では時宜を得た捜査が困難なのです。」と語った。

パネリストらは、軍事要員による性犯罪に対する起訴の可能性が高まれば、各国がPKOに要員を派遣しなくなるのではないかという意見があることについて、「そうした危惧は当たらない」と主張した。

チョウドリ元国連事務次長は、「私は国連に最大の軍事要員を提供しているバングラデシュの出身者ですが、バングラデシュ政府は、派遣要員に求められる基準を高くすることを歓迎するでしょう。」と語った。

「コード・ブルー」はまず、民間要員に適用されている免責問題に取り組む予定だ。

ドノバン氏は、「これまでしばしば国連の官僚主義が立ちふさがり、PKOの民間要員にかけられた容疑の立証が不可能になることがありました。」と指摘したうえで、「この官僚主義の弊害を打破する第一歩は、免責問題への取組みです。」と語った。

UN Flag on opening day of the General Debate. UN Photo/Mark Garten
UN Flag on opening day of the General Debate. UN Photo/Mark Garten

国連職員が公務に従事している間は免責される規定があるからといって、この免責条項は、職員の性的搾取や虐待行為を隠ぺいことを意図して設けられたものではない。しかしドノバン氏によると、国連職員の性犯罪が疑われる個別の事例に関しては、事務総長自身による審査が必要と規定されており、犯罪が公務時のものかどうかを判断するのに相当の時間がかかるため、その間に証拠が逸散してしまったり証人がいなくなってしまったりすることがあるという。

チョウドリ元事務次長はIPSの取材に対して、「国連は、こうした状況について、これ以上法律の問題の陰に隠れるのではなく、高尚な立場をとるべきです。もし国連が今後平和維持活動に従事する女性要員の数を増やすことを真剣に考えるのであれば、性的搾取や虐待の問題に取り組むことは重要な課題のはずです。」と語った。

今年初めに「エイズなき社会」がリークした、国連内部の専門家報告書によると、明るみに出ていない(国連PKO要員の関与が疑われる)事案はかなりの数にのぼっている。

ソワ会長は「私は国連の存在意義を信じているので、国連が紛争地域の女性や少女たちを食い物にする者たちを訴追する存在ではなく、逆に彼らの擁護者になっている現状に大きなショックを受けていますし、この問題がこうして議論されなければならないことに、胸が張り裂けそうな思いです。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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【シットウェ(ミャンマー)IPS=ロブ・ジャービス、キム・ジョリッフ】

ミャンマー西部ラカイン州では、3年近く前に勃発した民族紛争で集落を追われた14万人を超える人々が、乾ききった平地や海岸沿いの湿地帯に設けられた収容所に抑留されたままになっており、必死に生き延びようとしている。

想像を絶する困難に直面して、多くの避難民が、知恵を絞り必死に働くなかで、状況に適応し自らの尊厳を守る術を見いだしてきた。

主流メディアが報じるセンセーショナルな、そして時折血なまぐさい報道の背後には、ラカイン州の首都シットウェから離れた各地に設けられた収容所で、食料を得るために必死で働く者や、燃料になる木片を探す者、商売を再び始める者、避難民コミュニティーを基盤とした社会奉仕に従事する者など、日々を生き抜くために逞しく逆境と闘っている多くの市井の人々のストーリーがある。

2012年、この地域で多数派のラカイン族(仏教徒)と少数派でその大半が自らをロヒンギャと呼ぶイスラム教徒の間で衝突が起こった。ロヒンギャ問題は依然としてミャンマーでは論争の争点であり、数十年に及ぶ民族紛争問題の核心部分を成している。

それから3年が経過し、14万人を超える国内避難民(その大部分がロヒンギャが占めている)が事実上各地の収容所に抑留・隔離されたままとなっており、ミャンマー政府は現在も、彼らが以前暮らしていた集落への帰還を認めていない。

国内避難民に対する援助活動は、国連機関や主流の援助団体が実施しているが、必然的にミャンマー政府を通じたものとなるため、避難民の自立には殆ど役立たないトップダウン式の介入になるほか、最悪の場合には避難民の自立を阻害する場合もある。

しかしこうした困難にもかかわらず、避難民らは、人間の精神の強靭さと、最も先の見通しが暗く絶望的な状況下でしばしば発揮される目覚ましい回復力を発揮している。彼らは決意と勇気、そして思いやりを持った小さな行動を通じて、自らの生存領域を確保しつつ、徐々に尊厳を復活しつつある。

アラファさんは6人のこどもと3人の孫とともにこのテントで暮らしている。燃えさかる自宅から着の身着のまま逃れたアラファさんは、少しでも栄養を確保しようとテントの屋根を利用してゴーヤの栽培を始めた。写真に写っている孫たちは全員、地元のムラー(イスラム教指導者)の祝福を受けた数珠を身に付けている。資料:Rob Jarvis

Arafa lives in this tent with her six children and three grandchildren. When she fled her burning home she had nothing but her longyi (traditional skirt) and one shirt so has begun growing gourds on the tent for extra sustenance. Her grandchildren photographed here all wear beads that were blessed by the local mullah. Credit: Courtesy Rob Jarvis

20代前半のチュ・マ・ウィンさん(ラカイン族の仏教徒)は、2012年7月にロヒンギャによって住んでいる家を焼かれ、国内避難民となった。収容所ではボランティアで子どもたちを教えている。彼女の収容所ではウィンさんがこの仕事をつづけられるよう、皆が少ずつ米や少量のお金を供出して支援している。資料:Rob Jarvis

Chu Mar Win, a Rakhine Buddhist IDP in her early twenties whose house was burned down by Rohingya Muslims in July 2012, volunteers as a teacher in her camp. To ensure the young children can stay in school, the community all donate some rice and small amounts of money so she can afford to keep teaching. Credit: Courtesy Rob Jarvis

ザディ・ベグンさんは5人の子どもを抱える25歳のシングルマザーで、自宅前で小さなヌードル店を切り盛りしている。2012年7月に村が襲撃された際、ベグンさんは母と子どもたちとともに村から逃れたが、荷物をとっていくるといって家に引き返した夫のイブラヒムさん(当時30歳)は、襲撃してきた仏教徒らによってマチェーテ(山刀)で惨殺された。Credit: Courtesy Rob Jarvis

Zadi Begum, a 25-year-old single mother of five, runs a small noodle shop out of the front of her hut. As she fled her village in July 2012 with her mother and children, her husband, 30-year-old Ibrahim, stayed behind to collect some things but was killed by Rakhine Buddhists with a machete. She struggled to raise the roughly 27 dollars needed to buy the basic tools and materials to start her noodle shop. Credit: Courtesy Rob Jarvis

3年までの2012年7月、ヌール・アハメッドさんは故郷のマヨ・トゥー・ジィ村で、自分が所有する船を仏教徒たちに盗まれた。国内避難民となった現在は、13歳になる息子とともに日払い賃金を稼ぐために、連日他人の船を建造している。建設をはじめて20日目の船の前に立つアハメッドさん。資料:Rob Jarvis

Three years ago, in July 2012, Noor Ahmed had his boat stolen by Rakhine Buddhists in his village of Myo Thu Gyi. Now, he and his 13-year-old son, both IDPs, work tirelessly on other people’s boats for daily wages. He stands before one such boat that the pair has been working on for 20 days. Credit: Courtesy Rob Jarvis

フマンマド・フサインくん(8歳)は、週末になると、友人たちとともに、燃料として使えそうな木の切れ端を探して泥を掘り起こしている。写真を撮影した時点でフサインくんは、3人の兄弟と2人の友人とともに既に4時間働いていた。手にしているのはこの日初めての収穫となった木片。フサインくんは、母に木片を持ち帰れることをとても喜んでいた。資料:Rob Jarvis

Mohammed Hussain, aged eight, spends his weekends in the mud with friends looking for buried pieces of wood that can be salvaged for fuel. Here, he has been at work with his three brothers and two friends for four hours, and they have found a single piece that he is excited to take home to his mother. Credit: Courtesy Rob Jarvis

ラ・ラ・メイさんは自宅の入口に設置したミシンで、日の入までの残り僅か数分間降り注ぐ日光を利用してブラウスを縫っていた。メイさんが服を仕立てて得ている一日当たりの収入は50セントから1ドルである。また彼女は、このミシンを使って、自宅で近所の4人の少女たちに無料で洋裁を教えいる。このミシンはその少女たちが、収容所付近の村の住民から購入したものだ。資料:Rob Jarvis

La La May is making a blouse, catching the last minutes of sunlight through her doorway. She provides training to other girls here and makes between fifty cents and one dollar per day by tailoring clothes. She currently has four female students who she teaches for free using this single sewing machine, which they bought from the ‘host community’, locals from the neighbouring village. Credit: Courtesy Rob Jarvis

ファリダさん(18歳)は、ビンロウの実を加工する家業の手伝いをしている。加工する実は地元ラカイン族の事業主が所有しており、ファリダさん一家は加工賃として1つの実あたり9セント以下を受け取っている。資料:Rob Jarvis

Farida, aged 18, works in her family’s betel nut processing business. The nuts belong to Rakhine business owners, who pay the family less than 0.09 dollars per nut. Credit: Courtesy Rob Jarvis

アブール・カシムさん(53歳)は、7人のこどもを持つ父親だが、食欲がなく、過去8カ月の間、腸に深刻な問題と内出血の症状に苦しんでおり、サイ・ター・マー・ジー収容所内の診療所で日中の大半を過ごしている。医者はカシムさんをシットウェの総合病院に照会したが、カシムさんは、「総合病院に行くつもりはないし、行く余裕もありません。」と語った。伝統療法に頼るしかないカシムさんだが、毎日体が激しく震える発作に苦しんでいる。

Abul Kasim, aged 53, a father of seven, finds it hard to explain what is wrong with him. He spends most of his days at the local clinic in Say Tha Ma Gee IDP camp, having not been able to eat properly, with severe bowel problems and internal bleeding for eight months. The clinic has referred him to Sittwe General Hospital but he says dares not go, and could not afford to in any case. Relying on traditional medicine, he has bouts of pain every day that leave him shaking uncontrollably. Credit: Courtesy Rob Jarvis

ダ・ナイン診療所は、国内避難民たちが直面している行政当局の怠慢を物語るよい例である。診療所は2012年に国際NGOによって建設されたが、援助資金の不正管理と政府の無関心により、以来今日に至るまで大半の期間にわたって稼働していない状態が続いている。ミャンマー政府は医者と薬を提供すると約束したが、その後中止になったままである。資料:Rob Jarvis

Da Naing clinic demonstrates the abject level of neglect faced by the IDP communities, as a result of aid mismanagement and the government’s lack of care. The clinic was built by an international NGO in 2012 and has lain dormant for much of the time since. Though the government promised doctors and medicine, such provisions have been discontinued. Credit: Courtesy Rob Jarvis

ヌール・ジャハンさんは、3人の子どもと義理の母、そして失業中の夫を支えるため、日中は唐辛子の天日に干し、粉にすりつぶす作業に従事している。夫は、都市部への移動が禁止される前は、肉体労働者として働いていた。ジャハンさんは、地元の市場で生の唐辛子を仕入れ、加工した唐辛子粉をスプーン1~2杯の分量毎に袋詰めして販売しているが、収入は3~4日働いて約2ドル程度である。資料:Rob Jarvis

Noor Jahan spends her days drying out and grinding chillies to help support her three children, mother-in-law, and out of work husband who used to be a labourer downtown where they are no longer allowed to travel. She buys the chillies fresh from the local market and then sells small affordable packets of 1-2 teaspoons worth, and is able to make just about two dollars in three or four days. Credit: Courtesy Rob Jarvis

ミ・ニ・ラさん(16歳)は、2012年の民族間抗争で焼き払われたナシ村の出身。腕の中に抱いている赤ちゃんは生後まだ16日目。シットウェ郊外のブー・メイ収容所の小屋で生まれた。資料:Rob Jarvis

Mi Ni Ra, 16, is from Nasi village, which was burned to the ground during the violence in 2012. Her baby, just 16 days old here, was born in a small hut in Bu May IDP camp, outside Sittwe. Her baby was delivered traditionally in a small hut nearby, with the help of a local traditional birth attendant, without modern medical support. Credit: Courtesy Rob Jarvis

この少年は、ビンロウの実を少量のライムの粉、タバコとともにキンマの葉で包む伝統的な加工をほどこしたものを売って歩いている。写真では、海から回収した2つに割れた浮きを入れ物に活用している。資料:Rob Jarvis

This boy spends his days selling betel nut in the traditional form, wrapped in a leaf with a bit of lime powder and tobacco. A salvaged halved buoy serves as his basket. Credit: Courtesy Rob Jarvis

このラカイン族の年配の女性はビルマの独立を経験し、その後は歴代の軍事政権下で抑圧される少数民族の一員として生き延びてきた。2012年に村をロヒンギャによって焼かれてからは、シットウェ郊外の避難民収容所で暮らしている。彼女はここで必死で資金をため、この小さな店を開いた。資料:Rob Jarvis

This elderly Rakhine woman has lived through independence and suffered as a member of a repressed minority under authoritarian rule by successive military regimes in Burma. After Rohingya Muslims burned her village in 2012, she has lived in an IDP camp outside Sittwe, where she struggled to save enough money to open this shop. Credit: Courtesy Rob Jarvis

困難に直面して、家を追われたイスラム教徒の多くが、ムラーの教えに従って、神に救いを求めた。このような住民の手による、手を洗う井戸を備えた竹製のモスクが、全ての難民収容所で建設されている。資料:Rob Jarvis

In the face of adversity, many of the displaced Muslims have turned to God, as instructed by their mullahs. These handmade bamboo mosques have been built in each IDP camp, with pump well washing facilities outside. Credit: Courtesy Rob Jarvis

アング・ミアさんはラカイン族の女性雇用主のために、鶏を料理している。その女性ビジネスオーナーは、ミアさんに一羽あたり40セントを支払い、調理済鶏肉を地元の内田で販売している。資料:Rob Jarvis

Angu Mia plucks and boils chickens for a female Rakhine business owner, who pays him 0.4 dollars per bird and then sells the meat at a local market. Credit: Courtesy Rob Jarvis

この男性は自身の声の屋根にソーラーパネルを設置し、携帯電話を持っている少数の国内避難民に携帯の充電サービスを提供している。収容所の避難民の小屋には電気が通っていない。資料:Rob Jarvis

This man has installed solar panels to the top of his hut to provide a phone charging service to the minority of IDPs who have phones, as their huts have no power. Credit: Courtesy Rob Jarvis

これらのフグは乾燥し裏返しにされたあと、中国に向かう商人に販売されている。この男性は2012年に自宅が焼き討ちされた際、数百ドル相当の干物の在庫を失った。収容所に移った今は、地元の漁師から干物を販売後に全額代金を支払う約束で、生のフグを仕入れている。資料:Rob Jarvis

These pufferfish are dried and turned inside out to be sold to traders who take them to China. This man lost stocks of the product worth hundreds of dollars when his house was burned down in June 2012. He now leases fish from local fishermen, promising to pay them in full once he has made a sale. Credit: Courtesy Rob Jarvis

これらの女性は浜辺で太陽が照りつける中、前日に水揚げされた魚を天日干しするために何時間もしゃがんだままの姿勢で作業している。この地域では干し魚が少量のご飯とともに何日もかけ食べる習慣があることから、生魚より好まれている。ラカイン州の他の地域で漁業を営んでいたロヒンギャコミュニティーは、紛争がはじまると村を捨て、長年に亘ってロヒンギャが漁業コミュニティーを形成していたこの地に移動してきた。資料:Rob Jarvis(原文へ

These women spend hours crouched in the sun on the seashore, drying out fish caught in previous days. Drying the fish preserves it for longer, making it more attractive locally, where a single fish will be eaten over days with small portions of rice. Large numbers of Rohingya Muslims from fishing communities in other parts of Rakhine State fled by boat when the violence began and came straight to this part of the coast, where the Rohingya Muslim communities have long run their fishing businesses. Credit: Courtesy Rob Jarvis

翻訳=IPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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【アウグスタIPS=シルヴィア・ジアネッリ】

イタリア沿岸を目指していた密航船がランペドゥーサ島沖で転覆し700人を超える移民が犠牲となった事件から一か月も経過していないが、ここシチリアではこの事件に関するマスコミの関心はすでに薄らいできている。シチリアはイタリア南部の州で、(アフリカ・中東からの)移民にとって主要な欧州への玄関口となっている。

しかしアフリカ大陸北岸から地中海を渡ってイタリアを目指す移民の流れが止まったわけではない。

5月3日、沖合で保護された3300人の移民がシチリア州シラクーサ県の港町アウグスタに到着した。記者は市内の救急・難民保護センターを訪ね、新規入所者のアハメッド(19歳)とムハンマド(22歳)に話を聞いた。

2人はソマリア出身だが、出会ったのは欧州への密入国を斡旋する業者に支払う費用を捻出するためにリビアで働いていた時だった。

2人とも現在は救急・難民保護センターに収容されているが、イタリアに長居するつもりはないという。アハメッドは、親戚が暮らしているベルギー行きを希望していると語った。一方、ムハンマドはこのまま旅を続けてドイツを目指したいと語った。

地中海を渡った経験は恐ろしいものだったが、未来への希望に満ちた彼らの眼差しは、あたかもこれまでの恐怖体験の全てをリビア側の沿岸に置いてきたかのようだった。

「リビア側から見た地中海の景色は、それは恐ろしいものでした。しかし今ここから再び見る地中海は美しいです。」と、このまま欧州にとどまって勉強し医者になりたいというアハメッドは語った。

ムハンマドは、「今回の航海は、これまでで最も困難な経験でした。しかし僕はこうして元気でここに到着できたのですから、これからはうまくいくと思います。」と語った。

アハメッドは、リビアを発つ前に700人が犠牲になった先般の転覆事故のことを耳にしていた。しかしそのことで密航の決意は揺るがなかったという。「密航船に乗るリスクよりもソマリアにとどまっていた場合のリスクの方が高いからです。」とアハメッドは語った。

「このところ悪天候が続いていたが、今日の海は穏やかだね。私たちはこれから到着する多くの移民に備えているところです。」と、救急・難民保護センターの前で警備にあたっている警察官は語った。

今年に入って既に25000人の移民がイタリアへの上陸をはたしているが、「移民が本格的に押し寄せる季節」はまだ始まったばかりだ。一方、欧州連合は、移民の急激な流入に悲鳴を上げている南欧諸国からの支援要請への対処に苦慮している。

現在地中海については、欧州連合による「トリトン(海神)」作戦のもと、移民の流入阻止を最重要課題とする欧州対外国境管理協力機関(Frontex)が巡回警備を実施している。この作戦は、昨年秋に終了したイタリアの海洋救出作戦「マーレ・ノストルム(我らの海)」を引き継いだものである。

欧州諸国は、4月23日に地中海の難民危機に関する緊急首脳会議を開き、地中海における難民や移民の捜索、救援活動の予算を従来の3倍に増額して年間約1億ユーロ(約130億円)にすることで合意した。しかしこれだけでは、現在の難民危機に対する「欧州の解決策」というには程遠いのが現状である。Frontexのエヴァ・モンコーレ広報担当官は、「もちろん、もっと人員や船舶を増やし、航空機による早期発見措置まで実施すれば、難民を救出できる可能性を高めることは可能です。」と指摘したうえで、「しかし私たちがいかに全力で取り組んだとしても、救難設備が整っていない船舶に、十分な水もなく人々が詰め込まれて海に送り出される状況では、彼らを手遅れになる前に発見し、全員を救出することなどとても保障できません。もし救難サービスで全ての人々を救えると保障したとするならば、それは偽りということになります。」とIPSの取材に対して語った。

欧州連合の首脳らが引き続きリビア領海を封鎖する可能性について協議し、南欧諸国が全てのEU加盟国の間で難民受入枠を設けるよう働きかけるなかで、シチリア州の地元自治体と市民らは、日々到着する移民に対する救援・受入対応を余儀なくされている。

人口4万人のアウグスタ市はシチリア島における主要なイタリア海軍基地の所在地で、昨年10月に作戦が終了するまでは、海洋救出作戦「マーレ・ノストルム(我らの海)」の作戦本部が置かれていた場所である。

またアウグスタ市には、2014年4月から保護者のいない子供たちのための緊急収容施設も運営されていたが、これを不満とする約2000人の人々が、施設を他の自治体に移転させ、移民を送出している(アフリカ大陸側の)港を封鎖するよう求める請願書を当局に提出したため、閉鎖に追い込まれた。

請願書の発起人の一人である右派政党「イタリア同胞・国民同盟」のピエトロ・フォレスティエーレ広報担当は、「この請願書は、移民の受入れ割り当てについて、アウグスタ市のように財政赤字と高い失業率に苦しんでいる自治体を免除するよう求めています。」「その主張の元になっている論理は、地元の市民に対する適切なサービスを提供することさえ苦労している自治体に移民の世話まで要請することは適切ではない、というものです。」と語った。

結局アウグスタ市では、(保護者のいない子供たちのための)緊急収容施設は10月に閉鎖された。しかし、同市が属するシチリア州が、イタリア最悪の貧困率と2番目に高い失業率に喘いでいる現状に鑑みれば、たとえ同施設が州内の他の自治体に移される話が浮上したとしても、同じことが繰り返される可能性は高い。

しかし、より厳しい移民政策を求める声がある一方で、アウグスタ市内の住民からは移民、とりわけ難民に対して同情する声もよく耳にする。

市内の鮮魚市場で店舗を経営しているアルフォンソは、IPSの取材に対して、「彼らも私たちと同じく生身の人間です。私たちは彼らが沖合で溺れているのを見て見ぬふりをしているわけにはいきません。」「彼らは戦争や貧困から逃れてきた人々です。もし当局が、彼らがイタリアに来るのを防ぐことができず、こちらの沿岸まで実際に来てしまった場合は、彼らを助けなければなりません。」と語った。

鮮魚市場に来ていた地元の顧客が次に指摘しているように、シチリア住民の大半は、将来における移民のさらなる流入を恐れているのではなく、むしろ、他の欧州諸国が移民受け入れを躊躇するなかで、彼らだけがこの状況に対処せざるを得ない現状に不公平感を募らせているようだ。

"Baia di augusta" di Davide Mauro - mia foto. Con licenza CC BY-SA 2.5 tramite Wikimedia Commons
“Baia di augusta” di Davide Mauro – mia foto. Con licenza CC BY-SA 2.5 tramite Wikimedia Commons

「ここは港町なので、私たちは外国人が周りにいる状況には慣れ親しんでいます。このこと自体は私たちの生活にあまり影響を及ぼすものではありません。重要なことは、地元住民の私たちに対してというよりは、ここにたどり着く移民たちのために、何かする必要があるということです。しかし私たち地元の人間だけでできることは限られています。これはグローバルな問題とまでは言えないまでも、欧州全体の問題なのです。従って、欧州連合は行動をおこさなければなりません。」(原文へ

翻訳=IPS Japan

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平和と自由の力としてのジャズ

古代ギリシャの哲学者プラトンは「音楽は、世界に魂を与え、精神に翼をあたえる。そして想像力に高揚を授け、生命とあらゆるものに魅力と快活さを授ける。」と語ったと言われている。平和と自由を志向する世界市民性を育むうえで、ジャスほど相応しいものがあるだろうか?

【パリIPS=A・D・マッケンジー】

米国東部のメリーランド州ボルチモアで暴動が起こる中、4回目となる「国際ジャズデー」を祝うイベントが世界各地で開かれ、平和や団結、対話を求める呼びかけがなされた。

「私たち一人一人が平等です。そして私たち皆が『故郷』と呼ぶこの場所(=地球)に住んでいるのです。」「私たちは数々の難題を解決する方策を見いだすために、あらゆる努力をしていかなくてはなりません。」とアメリカジャズ界のレジェンド、ハービー・ハンコック氏は語った。

4月30日に行われたイベントの主催者は、ボルチモア警察の留置場で亡くなったアフリカ系アメリカ人で地元住民のフレディー・グレイ氏の葬儀を機に暴動にまで発展した抗議行動について直接言及はしていないが、ハンコック氏はIPSによる独占インタビューのなかで、「(イベントに参加した)音楽家らは、ボルチモアの事件をはじめ様々な事件を意識しています。」と語った。

「被害者がアフリカ系アメリカ人やアフリカ系文化の伝統を引き継ぐ人々に限らず、女性が殺されたり、子どもが虐待されたり、あるいは特定の民族集団が抑圧される事件など、こうしたことが起きるたびに、私たちアーティストは現状を変えるために行動を起こさなければならないと考えています。こうした行動を通じて、音楽に価値と意味を持たせることができるのです。」とハンコック氏は語った。

「国際ジャズデー」はハンコック氏の発案によるもので、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が毎年、テロニオス・モンク・ジャズ研究所(米国)との協力の下、実施している。主催者は、「自由と創造性を生み出すジャズの力」を後押しし、それに焦点を当てることが目的である。」としている。

Cover of the programme for International Jazz day 2015. Credit: A.D.McKenzie

また、「尊重と理解を通じて文化間の対話を進め、世界のあらゆる場所の人びとを団結させる」ことも目指している、とユネスコは述べている。

ハンコック氏は、「2016年の国際ジャズデーでは、米国のバラク・オバマ大統領とミシェル夫人がホストを務め、ワシントンDCのホワイトハウスで『オールスター・グローバル・コンサート』という一大イベントを開催します。」と発表した。これは2012年に始まったこのイベントがいかに重要な意義を帯びてきているかを物語るものだ。

「1年ぐらい前に、あるイベントでオバマ大統領と話をしたときに、『ぜひ実現したいね』、と言ってくださいました。ただ少し話しただけですから、それが約束だとは思っていませんでした。しかしオバマ大統領は本当に実現してくださいました。来年のコンサートはホワイトハウスで開催します。」とハンコック氏はIPSの取材に対して語った。

3年前にパリで始まったグローバル・コンサートのホストとなった都市は、2013年はイスタンブール(トルコ)、昨年は大阪だった。

2015年はパリが再びホスト都市となり、ジャズ愛好家らは、このフランスの首都で1日中行われたパフォーマンスや教育プログラムを楽しんだ。ワークショップや音楽セミナー、討論、ジャムセッションなどが、コミュニティーセンターから無料食堂にいたるパリ市内の様々な場所で開催された。

「オールスター・グローバル・コンサート」は、ユネスコ創設70周年にあわせて同本部の満員のホールで開催された。会場には、国連の潘基文事務総長、長年差別と闘ってきたフランスのクリスチャーヌ・トビラ司法大臣など、国連やフランス政府の高官が足を運んでいた。

Ban Ki-moon/ UN Photo
Ban Ki-moon/ UN Photo

「ジャズには教えられることが多くあります。」「私は事態が難しくなってくると、即興が大事だということを(ジャズから)学びました。」と潘事務総長は語った。

潘事務総長を初めとした、多様な文化的背景を持つ観客は、著名なアーティスト30人が登場するエンターテイメントをゆったりと楽しんだ。コンサートはまず、ボーカリストのアル・ジャロウ氏が登場して会場を盛り上げ、続いて南アフリカ共和国のアーティスト、ヒュー・マセケラ氏による感情を揺さぶる故ネルソン・マンデラ氏へのトリビュート・ソングへと移った。

このコンサートは、潘事務総長が述べたように、まるで「ミニ国連」のようであった。ハンコック氏や(今回のイベントの音楽監督も務めた)ジョン・ビーズリー氏のようなアメリカのピアニストに、ブラジルのボーカリスト、エリアネ・エリア氏、スコットランドの歌手アニー・レノックス氏、ウード[楽器の一種]の名手でチュニジア人のダファー・ヨセフ氏、フランスのパーカッショニスト、ミノ・シネル氏、中国の10代のピアノ奏者ア・ブ氏など多くのアーティストが加わり、ジャズとその影響力を称えた。

「音楽家は、寛容と相互の尊重、世界平和のために活動しています。」と語るハンコック氏は、「私は、対立する側に属する音楽家らが心を一つにして、最も美しい音楽を奏で、甘い物語を語るのを見てきました。」と会場の聴衆に語りかけた。

まるでジャズの「人名事典」のようなコンサートには、次のような音楽家も参加していた。ジャズミュージシャンに門戸を開き歓迎してくれたフランスに感謝の辞を述べた歌手のディー・ディー・ブリッジウォーター氏。ワシントンDC生れの若きベーシストベン・ウィリアムズ氏や、ウード奏者のヨセフ氏と世界初公開となる作品を演奏したサックス奏者のウェイン・ショーター氏。パワフルな音楽で会場からの喝采を受けたボーカリストのダイアン・リーブス氏と、(どちらかというとロック歌手として知られる)アニー・レノックス氏

Scottish-born Annie Lennox, more known for her rock singing, was one of the star performers at International Jazz Day’s ‘All-Star Global Concert’ 2015. Credit: A.D.McKenzie

開会にあたってユネスコのイリナ・ボコヴァ事務局長は、「ジャズとは対話を意味し、他者に手を差しのべ、全ての人々を仲間に引き入れるものです。ジャズとは、どのような出自を持つ者であれ、すべての人間の人権と尊厳を尊重することを意味します。ジャズとは、他者を理解し、他者に語らせ、尊重の精神をもって耳を傾けることを意味するのです。」と語った。

「私たちがここに集いジャズを称えるのは、まさにこのためなのです。この自由の音楽は平和への力であり、そのメッセージが激動の時期にある今日ほど求められている時はありません。」と、ボコヴァ事務局長は付け加えた。

他の国でも、「国際ジャズデー」を祝うイベントが開催された。南アフリカ共和国では、「変革を成し遂げる」というテーマでワークショップやセミナー、演奏会が開催されたほか、米国では、受賞歴のあるアーティストらがニューオーリンズなど各地でコンサートを開催した。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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