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なぜノーベル平和賞は平和の擁護者に授与されないのか?(トマス・マグヌスン国際平和ビューロー(IPB)共同代表)

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【ヨーテボリIPS=トマス・マグヌスン】

今年の12月10日(アルフレッド・ノーベルの命日)は、欧州連合(EU)の指導者たちがノルウェーのオスロに集まり、ますます論争の的となっているノーベル平和賞の授賞式に臨む。ダイナマイトの発明で知られる科学者・実業家のノーベルは、自らの遺言により1895年に5つの賞(物理学・科学・医学生理学・文学・平和)を創設したが、彼が意図していた「平和の擁護者」に平和賞が与えられていないのではないかとの批判が世界的に強くなっている。

 もちろん、どのような人びとや国家にも、寄り集まったり協議をしたり取り決めをしたりなどして、何らかの平和を作り出している側面はある。しかし、欧州連合(EU)のどこにも、ノーベルが遺書に明記していたような、世界を非軍事化し平和秩序を作り出そうとの意思は存在しない。それどころか、EUは独自の防衛機関と戦闘集団を擁し、軍備と兵器生産・取引を推進しているのである。

11月下旬、過去のノーベル平和受賞者である国際平和ビューロー(IPB)デズモンド・ツツ師(元南アフリカ共和国大司教)、マイレッド・マグワイヤ(英国・北アイルランドの平和活動家)、アドルフォ・ペレス・エスキバル(アルゼンチンの人権活動家)の4者が、EUに受賞させるのは不当だとの抗議声明を出し、さらにIPBはスウェーデン関係当局が、ノルウェーノーベル委員会のこの決定について調査に乗り出すよう要求した。

ノルウェーの政治家がEUを「平和」に貢献した組織として評価し、政界の友人らのために豪華なパーティーを開くのは自由である。しかしだからといって、自らの政治課題を推し進めるためにノーベル賞の権威や委託金を自由に利用することはできない。遺言は法的拘束力を持つ文章である。しかしノーベル平和賞が授与されたここ10年の実績(2008年のフィンランドの政治家マルティ・アティサーリ、2009年米国のバラク・オバマ大統領、2010年の中国の民主活動家〈劉暁波氏〉)を振り返ると、軍縮を望んだノーベルの遺志からは大きくかけ離れたものとなってしまっている。ノルウェー議会は、「平和」の基準を彼らなりに拡大して、自らの政治的目的のために平和賞をのっとってしまったようだ。
 
ノーベルは遺書の中で、(平和賞に託した)目的を明確に述べている。つまり、ノーベルの遺志は、世界を軍事主義と戦争の惨禍から救い出し、資源を飽くなき軍拡競争にではなく、人間の利益になるようなことに振り向けるという点にあった。

ノーベルは、「人類のために最大の恩恵をもたらす」変革を育んでいくことを願って、平和賞を世に残した。当時のノルウェー議会は、国際的な紛争が全面的な戦火に拡大しないよう軍縮や調停を行う、といった新しい「平和」という概念を現実の国際政治の中で追求していた。そこでノーベルは、ノルウェー議会こそが、彼の平和構想に専心する5人委員会を任命するのに最も相応しい組織だと考えた。

しかし今日のノルウェー議会は、冷戦を経てますます軍事色を強める西洋文化の影響下にあって、かつてノーベルが支援を望んだものとは逆の立場をとっている。議員らはノーベルが議会に期待した世界平和の構想さえ描けないでいるようだ。ノルウェー議会が、ノーベルが望んだ軍縮や平和の提唱に貢献したものを選定しない現状は、遺言の履行義務違反であり、これ以上許されるべきではない。

今日の現状は、ノーベルと彼の平和賞の支援を受ける資格がある平和運動に対する裏切りであるとともに、あたりまえの民主主義の実践及び法の支配に対する裏切り行為でもある。ノルウェーの弁護士でIPB元副会長のフレドリック・S. ヘッファメール(「ノーベルの遺志」の著者)が、ノーベルが平和賞に込めた元々の目的を再発見し、ノーベル委員会に対して、ノーベル平和賞の管理組織としての業務と責任を直ちに見直すよう勧告してから5年以上が経過した。ヘッファメールは、「ノーベルは平和賞を設けたのであり、環境、経済、人道的な活動に対する賞を意図していなかった…ノーベルは、武力の役割を減らすことで、国際政治を大きく変革させること目指していた。」と述べている。

ヘッファメールは、「一つ明らかに言えることがあります。」として、「今日ノーベル平和賞の選定者らは、ノーベル自身についてや彼が賞に託した意図について指摘されることを露骨に嫌がります。この5年間、彼らは一度として、アルフレッド・ノーベルという人物自身や彼の平和ビジョンに対して関心を示したことはありませんでした…しかもEUへの授与を決定した現在のノーベル委員会の委員長(トールビョルン・ヤーグラン)が欧州評議会の現役の事務総長でもあるという事実には驚愕せざるを得ません。このような動きは、ノーベル委員会が本来務めるべき原理原則を逸脱するものです。」と語った。

今年3月、ヘッファメールからの働きかけが実り、スウェーデン財団機構は、ノーベルの遺書を尊重するよう選定者らに求め、さらに、ノーベル財団に対して、平和賞も含め、すべての受賞内容をよく監督するよう命じた。にもかかわらず、ノルウェー議会とノーベル委員会は、依然として彼らが拡大解釈した「平和」の一般概念を基準に賞を授与し続けており、結果としてノーベルの遺書に明記されている平和賞の本来の目的は無視され続けている。

こうした中、最も古い歴史を持つ国際平和団体の一つであるIPBは、11月22日にスウェーデン政府に要望書を提出し、「平和の擁護者」の正当な権利を守るための第一歩を踏み出した。ノーベル平和賞と共通の理念と政治信条を源にもつIPBは、1910年に団体としてノーベル平和賞を受賞したほか、これまでに13人のメンバーが同賞を受賞している。

ノーベル平和賞の正当な受賞者は、軍事プログラムや軍事政策に賛成する者ではなく反対者であるべきだ。国際社会は、安全は協力ではなく軍事対決を通じて確保できるとする、幻想とも言える破綻した安全保障モデルに対して途方もない金額の資金を投じている。平和賞を使って先見的なノーベルの平和構想を推進することこそが、世界の貧者や不幸せな人びとにとって、そして、環境や人権、民主主義、女性や子ども、毎年どこかで生まれる戦争の犠牲者にとって、もっとも必要なことである。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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|ボリビア|先住民をつなぐコミュニティーラジオ

【エル・アルト(ボリビア)IPS=フランス・チャベス】

ボリビアの首都ラパス(憲法上の首都はスクレ:IPSJ)郊外に広がる労働者居住地区に暮らす先住民の人々は、毎朝6時から8時の間、アイマラ語で語りかける元教育相のドナート・アイマさんのラジオ番組に耳を傾ける。

ボリビアで最も著名な先住民系ラジオ司会者の一人であるアイマさんは、毎回地元アティピリラジオ局で番組を始めるにあたり「Mä amuyuki, mä ch’amaki(心を一つに、力を合わせて)と呼びかけることにしている。

アイマさんはIPSの取材に対して、人口の大半が高地の農村部に暮らす先住民が占めるボリビアにおいて、ラジオが果たす重要さについて語った。

 ボリビアの国土は、山々の峯が高く聳える山岳地帯からアルティプラノ高地(標高4000m前後の乾燥した高原地帯)、渓谷、低地、アマゾンジャングルと地形が多岐に及んでいるため、アイマさんは、「人々に最も行き渡り、かつ扱いやすいメディアは、依然としてラジオなのです。」と語った。

アイマさんは、荒涼としたアンデス高地に広がる急斜面の畑を、牛に引かせた鋤で耕している農民、そして傍らには携帯ラジオから歌が流れている情景を巧みな言葉で表現する。

アイマさんは高地に暮らす人々の生活について説明する中で、「若い女性たちは、どちらかというと自分の母語(先住民語)で語られる番組を聞きたがります。彼女たちは2つの言語(先住民言語とスペイン語)を理解できますが、同じ先住民同士なにか共通する思考や経験を反映させた音楽をリクエストする傾向があります。」と語った。

僻地の村々では電気が届いていないこともしばしばあり、新聞が届くところも希である。「そういった地域に住む読み書きができない人々でも、お互いに耳を傾けて学び合うことができるのです。ラジオはそうした人々の耳にも届くことができるメディアなのです。」と言うアイマさんも、寒さが厳しいアルティプラノ高地にあるトレド村落(オルロ県西部)の出身である。彼はこの地で1969年にラジオ司会者の仕事に就き、まもなく彼自身が「ボリビアのための新たなコミュニケーションモデル(NUMOCOM)」と呼ぶ手法の開発に着手した。

「私は熱狂的なラジオ好きなのです」というアイマさんは、今回の取材の中で、カルロス・メサ政権(2003年~05年)の閣僚をつとめた7ヶ月間の経験や、サン・ガブリエルラジオ局での15年の経験、そして先住民の間でラジオ放送を担う人材を発掘するために開局した現在のアティピリラジオ局における経験などについて語った。

アティピリラジオ局は2006年以来、アイマさんが創設した先住民及びコミュニティーのための教育・コミュニケーションセンターの理念を実践している。同ラジオ局は、サン・ガブリエルラジオ局と同じく、ラパスに隣接するエル・アルト市(人口100万人)から放送している。

エル・アルトは、ボリビア全土から首都ラパスに出稼ぎにきた先住民の多くが住んでいる街で、ここでは先住民の文化や価値観を存続させていこうとする取り組みと、それとは対照的に農村出身の先住民を都会の生活に順応させる手助けをする各種の取り組みが盛んに行われている。

アイマさんは、2001年の国勢調査でボリビアの62%の人々が自身を先住民と見なしている点を指摘した。この時の国勢調査では、ボリビア国民に対して史上初めて、自らを先住民のカテゴリーに分類するかどうかという質問が加えられたほか、国民の約半数が先住民の言語を母語と認識していることが明らかになった。

国家統計局は、こうした調査結果に基づいて、ボリビア国民の66%が先住民族の言語をルーツに持っていると推定している。政府は2009年の憲法改正で、国の名称を従来の「ボリビア共和国」から36の民族言語からなる「ボリビア多民族国」に変更した。

アイマさんが実践している新たなコミュニケーションモデル(NUMOCOM)とは、「コミュニティーラジオをコミュニケーションと開発の手段」と位置づけ、「人々の心に深く根ざしたルーツ」に訴えかけるような番組を提供するというコンセプトに基づいたものである。

ボリビア初の商業ラジオ放送局は、1929年に放送を開始したボリビア国営ラジオだが、アイマラ語(ボリビアでケチュア語に次いで広く話されている言語)の放送が始まったのは1960年代になってからで、しかも放送時間は朝の5時から7時までの2時間に過ぎなかった。

NUMOCOMモデルでは、経験豊かな大学教育を受けたジャーナリストが、母語で司会を務め、コミュニティーのニーズに対応した番組作りを進めている。

アイマさんは、「私たちのコミュニティーラジオ局で司会者が取り上げているボリビア社会が直面している様々な現実は、主流の新聞メディアや放送メディアから無視されているのです。」と指摘したうえで、「ラテンアメリカの新聞紙面を見れば、欧州の王族の結婚式や妊娠といった話題で溢れています。しかし一方で、ボリビア国内の(チリと国境を接する)チャラニャや(雪を山頂に戴く)アナラチ山の丘陵地帯、ラマを飼育している地域、アマゾンジャングルからのニュースは見かけません。」と語った。

「今この瞬間、牛飼いは長かった一日の仕事を終えて、喉の乾きを覚えながら家路につこうとしています。そして彼はラジオのこの番組に耳を傾けているのです。そして彼はこう不平を言うでしょう。つまり、メディアは多国籍メディア企業が作る均質な人気娯楽番組で溢れており、彼の日常生活などどこにも反映されていない、と。」

アイマさんは、エル・アルトの商業ラジオ局はパンフルートチャランゴ、ギター、ドラムで奏でる伝統的なボリビアのアンデス音楽を無視し、テクノやラップと組み合わせたクンビアしか流していないと批判した。

アイマさんは、1960年代から70年代に主流だったルイス・ラミロ・ベルタン氏(ジャーナリストで1983年マクルーハン・テレグローブ・カナダ賞を受賞)の「開発のためのコミュニケーション理論」をベースに、環境保護、母なる大地の保全、人間の消費や灌漑への水の適切な使用といった価値観を新たに組み込んでNUMOCOM理論を作り上げた。例えばラジオ番組の中で、ゴミ捨て場や水場に放置され、家畜に被害をもたらしている合成化合製品を使用しないよう人々に呼びかけている。

最後にアイマさんは、ラジオ司会者の役割として、コミュニティーを組織化しエンパワーしていくうえで、「横のコミュニケーション(horizontal communication)」を実践していくことを提唱している。

この点についてアイマさんは、「例えば、縦のコミュニケーションにおいては、ラジオ司会者は『通りを掃除しなさい』という命令を伝達する形式になります。一方、私達が実践している横のコミュニケーションでは、ラジオ司会者も当事者として活動に参画し『通りを一緒に掃除しましょう』と呼びかける伝達方式になるのです。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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|エジプト|大統領の譲歩は政治への信頼回復につながるだろう

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【アブダビWAM】

アラブ首長国連邦(UAE)の英字日刊紙は、エジプトのムハンマド・ムルシ大統領が先月発表した自身の権限を大幅に強化する大統領令を撤回したことについて、「先見の明がある賢明な判断だ」と評した。 

「エジプト社会は18ヶ月に及んだ動乱の日々を経て、ようやく落ち着きを取り戻しつつある。」と、カリージ・タイムス紙は「エジプト情勢:一時休戦」と題した12月10日付の論説の中で報じた。新憲法制定までの間、大統領令を司法判断の対象から除外すると宣言するなど、ムルシ大統領の最近の一連の行動は、長引く政情不安に疲弊していたエジプト国民を今一度分断し、再び大規模な抗議デモが開かれ死傷者が出る事態を招いたが、今回の大統領の譲歩を機に、事態の沈静化と、反対勢力との交渉による妥結の可能性も見えてきた、と同紙は報じた。

 「しかしムルシ大統領は、自身の出身母体であるムスリム同胞団メンバーが準備した新憲法草案の是非を巡る国民投票については予定通り実施するとしているため、この問題が再び動乱の火種になる可能性は否定できない。」と同紙は警告した。 

「しかし今回野党側との協議を通じて妥協・譲歩を示したムルシ大統領の政治姿勢は、政治に対する国民の信頼回復と、軍部による政治介入に対する懸念を払拭するうえで、一定の効果があったと言えよう。」とカリージ・タイムズ紙は論評した。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan 


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【アブダビWAM】

「暴力が続き、先が見えない現在のシリア情勢は憂慮すべき事態である。」とアラブ首長国連邦(UAE)の英字日刊紙は報じた。

ドバイに本拠を置く「ガルフ・ニュース」紙は、5月18日付の論説の中で、「内戦と秩序崩壊の様相が益々濃くなってきているシリア情勢については、明らかに再検討と対策が講じられなければならない。」と報じた。シリアでは、政府軍によって一般市民が即決で処刑されたという報道や、その前日には、同じく政府軍が葬儀の列に発砲し、20人を殺害したという報道が表面化している。また、政府軍が難民キャンプに向けて発砲し、子どもを含む少なくとも3名が死亡したという報道もなされている。

このような報道が伝える殺人、暴行、暴力は今日のシリアでは日常茶飯事であり、現政権が人命を全く意に介していない明白な証拠である。また、現政権が今日の危機を平和的に解決することに関心を持っていないことは明らかである。

 バシャール・アル・アサド大統領は今年初めて応じたメディアのインタビューの中で、こうして報じられている政権側の行為について「でっちあげられたものだ」と断言するとともに、誤った情報を意図的に流しているとして西側諸国を非難した。またアサド大統領は、「我々は(西側が仕掛けている)情報戦には勝てない…しかし重要ことは現実の世界で勝利を収めることだ。シリア国民は、我が国の選挙を台無しにし、あらたな選挙をも妨害しようとしているテロリスト達の脅しを恐れてはいない。」と語った。

「アサド大統領が語っている世界は、どうも彼が作り出した空想の世界、ないしは幻覚の産物のようだ。現実に国民の大半が攻撃に晒されている状況の中で、どうやって選挙を実施し、その結果を正当なものとすることができるだろうか?驚くほど多い市民の死者数は、(アサド大統領が言うところの)単なる情報ではなく、政権の残忍性を示す証拠である。アサド大統領のコメントは、改めて現政権の基本認識を反映したものであり、そこからは平和的な解決を志向する姿勢は全く見られない。シリア危機の解決には、新たなアプローチを模索しなければならない。」とガルフ・ニュース紙は報じた。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

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【コロンボIPS=ジャヤンタ・ダナパラ】

マハトマ・ガンジーは卓越した道徳基準に照らして「目には目をという考え方では、世界中を盲目にしてしまう。」と述べたが、それこそが11月に8日間に亘ってガザ地区で起こったことだった。イスラエルとハマス間の今回の衝突は、エジプトの仲介によりなんとか不安定な停戦に漕ぎ着けたが、8日間に亘ったロケットミサイルとドローン攻撃機の応酬で、パレスチナ人160人とイスラエル人6人が犠牲になったとみられている。

今回のイスラエルによるガザ侵攻は来年1月に選挙を控えたベンヤミン・ネタニヤフ首相が再選を目論んで仕掛けた身勝手な行動だったが、先日再選を果たしたバラク・オバマ大統領は、イスラエルを支持する立場を明らかにした。

 
オバマ大統領のこの決定は、ネタニヤフ首相がミット・ロムニー候補に肩入れした米大統領選挙への向う見ずな介入から手を引いたことに対する見返りであったと広くみられている。さらにオバマ大統領は、12月に予定されていた中東非核・非大量破壊兵器地帯の創設に関する国連会議(フィンランド会議)は、開催されないと一方的に宣言してしまった。

 
しかし同会議の開催については、そもそも核不拡散条約(NPT)加盟国から米国、英国、ロシアの3カ国及び国連事務総長に委ねられたものであり、フィンランドのファシリテーターが開催に向けて不断の努力を続けているところであった。

1936年、オルダス・ハクスリーは、「ガザに盲いて」と題した小説を発表した。このタイトルはペリシテ人によって両目を奪われガザで労働を強いられたサムソンを描いた旧約聖書の逸話に由来したもので、この作品は、平和主義へと傾倒していった人物の人生を描いている。

イスラエルによるガザ地区の封鎖を平和的に解決し、170万人が置かれてきた悲惨な状況に終止符を打てる日は、依然としてかなり先のことである。しかし、イスラエルによって残酷に抑圧されてきたパレスチナの人々にとって、ガザを実効支配しているハマスとパレスチナ自治政府を率いるファタハの間で依然として根深い対立が存在するものの、11月29日の国連総会でパレスチナのオブザーバー国家地位への昇格が投票で可決されたニュースは、いくぶんかの慰めとなった。

この採決では、138カ国が賛成し、9カ国(米国、イスラエル、カナダ、チェコ共和国を含む)が反対、41カ国(パレスチナにユダヤ人国家の建設を約束した悪名高い「バルフォア宣言」を出した英国を含む)が棄権した。

イスラエルはこの決定に対する報復として、明らかな国際法違反となるパレスチナ占領地域におけるユダヤ人入植地を拡大する方針を明らかにした。

ガザ地区は、イスラエルと地中海の間に横たわる狭小な土地(360km2=東京23区の約6割程度の面積)で、1967年の6日戦争(第三次中東戦争)以来、長らくイスラエルによる不法占領状態が続いた。オスロ合意後、この地区は1993年にパレスチナ自治政府に委譲された。しかしイスラエルがユダヤ人入植者を立ち退かせ、軍を撤退させたのは2005年になってからのことだった。

しかし2006年の選挙で急進派のハマスが第一党に躍り出ると、イスラエルとの緊張関係が再燃し、ハマスによるイスラエル領土へのロケットミサイルの攻撃や、イスラエル軍によるガザ地区爆撃が散発的に発生するようになった。

ガザ地区の住民は、パレスチナ領内に建てられた要塞化された柵に取り囲まれたうえに、イスラエルによる経済封鎖で、極めて厳しい生活を強いられている。2008年12月、イスラエルが行ったガザ侵攻作戦「鋳造された鉛」作戦は国際社会から厳しい非難を浴びた。これに対してイスラエルは、ハマスはテロリスト集団であり、イランから支援を得ていると強く訴えた。

パレスチナ当局の発表によると、イスラエル軍による最初2日間の空爆で、280人が殺害され、600人が負傷した。イスラエルはその後2009年1月17日になって、一方的な休戦を宣言した。ハマスは、これに対して翌日、イスラエル軍がガザ地区から撤退するための期間として、1週間の休戦を発表した。

その後、不安定な休戦状態がしばらく続いたが、イスラエルは2012年の11月にハマス軍事部門のトップであるアハマド・ジャバリ氏を空爆で暗殺したのを契機に、ハマスとの戦闘を再開した。皮肉なことに、ジャバリ氏はイスラエル軍兵士ギルアド・シャリートとパレスチナ人捕虜の交換交渉を担当した人物で、イスラエル、ハマス間の停戦を維持するためにイスラエルとの交渉を進めているところであった。

ハマスのロケット攻撃によるイスラエル諸都市への被害は、米国の資金援助で配備された迎撃ミサイル防衛システム「アイアンドーム」の活躍により効果的に抑えられた。そしてオバマ大統領が、イスラエルの自衛権を主張する中、ガザ地区では、イスラエルの空爆により女性子供を含む多くの民間人が犠牲となった。

オバマ大統領が、今後も引き続き、国連安保理の拒否権を行使してイスラエルを擁護する米国の伝統的な政策を踏襲するとともに、イスラエルに対する武器・弾薬の供給を継続し、パレスチナ人の権利を否定し続けるのは明らかである。

オバマ大統領が国内の経済危機への対応に追われる中、中東の和平交渉は後回しにされている状況である。一方、アラブの春は、引き続きアラブ諸国に変革をもたらしている。さらにパワーブローカーとしてのサウジアラビアカタールの台頭は、中東情勢をさらに複雑なものにしている。

中東和平に向けた新たな外交努力を開始するとしても、今はイスラエル大統領選挙の結果をまず見極めるほかに選択肢はないだろう。イスラエルとパレスチナが平和理に共存する2国間解決案が実現するまでには、依然として相当長い時間を必要とするだろう。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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混乱の中、中東非核地帯化会議が延期へ

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【国連IPS=タリフ・ディーン】

フィンランドで12月に開催が予定されていた、中東非核兵器地帯化に関する長く待ち望まれている国際会議の延期が決まり、はたしてスタートが切れるのかどうか危ぶむ声が出ている。

大量破壊兵器(WMD)に強く反対してきた国連の潘基文事務総長は、来年のいずれかの時点で会議は開催できると楽観的な見通しを示した。

「平等の精神で、長期的な地域の安定・平和・安全を推進する会議の重要性を強調するために、中東諸国家のハイレベルとの接触を個人的に続けていいます。」と潘事務総長は語った。

Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.
Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.

 しかし、アクロニム軍縮外交研究所のレベッカ・ジョンソン所長は、軍事主義が依然として市民の命を奪い続けていることは中東の人びとにとって驚きだろうと語った。

「もし最近の悲劇的な動向が原因で中東非大量破壊兵器地帯化に関する重要な会議が延期されたとするのならば、2013年の早々にも会議を招集することが重要です。」とジョンソン氏は語った。

またジョンソン氏は、延期されたことで会議自体をご破算にしてしまう必要はない―中東から核兵器などのWMDを廃絶する決意を持った建設的なプロセスを開始することが、会議の遅れによってより重要な課題になったと考えている。

「もし会合が2013年早々に効果的なプロセスを開始することができないならば、中東だけではなく核不拡散条約(NPT)の信頼性にも関わる重大な帰結が生まれるでしょう。なぜなら、重要な合意についてNPTが実行できないことを再び示してしまうことになるからです。」とジョンソン氏は警告した。

会議開催の提案は、2010年5月に国連で開かれたNPT運用検討会議において189の加盟国によって承認された。

イスラエル政府は、NPT運用検討会議の成果文書を批判する一方で、提案された会議への参加については未定としていた。

しかし、その後アラブ世界を席巻した政治的蜂起によって、イスラエルに対して融和的だったエジプトのホスニ・ムバラク大統領が追放されるなど、周囲がより敵対的な環境に変化していく中、イスラエルは自らの安全保障など、様々な懸念を表明するようになった。
 
潘事務総長は、11月26日の声明で、「ロシア、英国、米国とともに、そして、中東諸国との協議の下に、中東のすべての国々が出席した会議を招集することへの固い決意とコミットメント」を改めて表明した。

潘事務総長は、会議の焦点は、地域の諸国家が自由に結ぶ取決めを基礎として、中東に核兵器とその他の大量破壊兵器を禁止する地帯を創設することになるだろう、と語った。

イスラエルとパレスチナ双方の専門家によって制作されている季刊誌『パレスチナ・イスラエル・ジャーナル』のヒレル・シェンカー編集長は、ヘルシンキ会議が2012年に招集されなかったのは残念ではあるが、潘事務総長と共同招集国である米国・英国・ロシアが依然として会議開催への意思を持っていることが救いだ、と語った。

現在の状況を考えれば、2012年12月に会議を開催できないのは理解できる、とシェンカー氏は考えている。

しかし、会議のフィンランド人コーディネーターが「2013年のできるだけ早い段階で会議を招集することができるよう最短の時間で多国間交渉をおこなう」ことができるよう望むとした最近の潘事務総長の声明は、この意義のあるプロセスは今後も進むことを示している。

シェンカー氏は、「会議が成功するには、イランとイスラエルがテーブルに着くことが重要」と指摘したうえで、「ファシリテーターが、米国の支援を得て、このプロセスにかかわり続けることの重要性をイスラエルに対して納得させることができればいいのだが。」と語った。

またシェンカー氏は、依然として、ヘルシンキ会議は中東の非核・非WMD地帯化を含めた地域の安全保障体制の創設と、イスラエル・パレスチナおよびイスラエル・アラブの包括的平和という並行的な課題に向けて前進するための歴史的な機会となるだろう、と語った。

他方、これまではイスラエルに対して擁護的だった米国は、会議前の準備段階において、一つの条件を設定している。

2010年7月、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が米国のバラク・オバマ大統領と会談した際、中東会議においてイスラエルだけを名指しして批判することはないとの確証を得たのである。

ホワイトハウスの声明でも、「すべての国家が安心感を持って参加できるときにのみ」会議は開催されるであろうこと、「イスラエルを名指しすることで会議開催の見通しが暗くなる」であろうことを述べている。
 
グローバル・セキュリティ研究所のジョナサン・グラノフ所長は、国連で11月26日に開かれたシンポジウム「信頼、対話、統合」において、核兵器は「安全保障アパルトヘイト」の一形態だと述べた。

アパルトヘイトのように、双方が傷つけられることになる。そして、脅威を受けた方は当然にも破壊の恐怖を味わうことになり、脅威を与えている方は自らの道徳的基盤を侵食するか、自らの行為に対して否定的になる、という。
 
グラノフ氏は、「こうした恐怖の装置に頼り続けることは、現代社会にもっとも深刻で社会を分断するような皮肉を与えることになります。」と述べ、さらに、「安全保障追求のための手段が安全の破壊に寄与し、このシステムに内在的な不平等が人間の統一を引き裂くことになるのです。」と付け加えた。

カーネギー社のバルタン・グレゴリアン氏は最近、「公式の核兵器国である、米国、ロシア、英国、フランス、中国、そして最近ではインドとパキスタン(それに公式には認めていないがイスラエルも)を加えたすべて核保有国は、他者が自国に対して核兵器を使うことを抑止するという目的のためにのみ、核兵器を保有していると主張している。」と指摘している。

しかし、大国が何らかの政治的目的を達するために威嚇の手段として核戦力を使うといったことが、これまでにも数多くあったし、これからも間違いなくあるであろう、とグレゴリアン氏は語った。

多数の無実の人びとの殲滅を脅しの手段に使うことは法的にも道徳的にも正当化できないし、核兵器拡散を刺激するという意味でも大きな脅威であるとグラノフ氏はいう。したがって、核兵器を使用すると脅しをかけることは現実的ではない。

「したがって、権力を求める非合理的なプライドが、この大量破壊のための戦力を保有し『改善』しつづける人びとの政策思想になっているのかと、我々は訝らざるを得えません。」とグラノフ氏は語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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米ロ核軍縮のペースが「鈍化」

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【ワシントンIPS=キャリー・L・バイロン】

米国科学者連盟(FAS)は、12月17日、米国とロシアは冷戦真っ只中の時期からは核兵器の数をかなり減らしてはいるものの、削減ペースは鈍化している、と警告した。

さらに、これら二国で世界の核兵器の90%以上を占めている。これは、他の7つの核兵器国の合計の15倍にもあたる。

FAS核情報プロジェクトのハンス・M・クリステンセン氏は17日、「核戦力削減のペースは、以前の20年に比べて鈍化しているようだ」と指摘した上で、「米国もロシアもさらなる削減には慎重で、削減された核戦力の『ヘッジ』と再構成をより重視しているようだ。これからの10年では、核戦力近代化に多大な資源が投入されることになる。」と語った。

 クリステンセン氏の手になる核軍縮の次の10年を占うFAS最新レポートによると、1991年以来、米国は核兵器を約1万9000発から4650発まで削減した。これに相応するロシアの削減数に関する公的なデータは存在しないが、FASの推定では、削減幅はより大きく、3万発から4500発にまで減ったとされる(もっとも両国では、さらに1万6000発が解体待ちとなっている)。
 
これらは8割近い減少であり、米国とロシアが非戦略(短距離)核をそれぞれ85%と93%削減したことにも表れている。

こうした数は国際交渉と関与の大きな成功ではあるが、このような動きを長期的に追うことは「あまり興味を呼ばず、意味のないもの」になりつつあるとFASの研究者は述べている。

新戦略兵器削減(START)条約というあらたな二国間条約が2011年に米ロ間で発効したものの、合意による2018年の期限までに削減される両国の配備戦略核は今日の数よりも「わずかに少ないだけ」にとどまるという。しかも、新条約はその3年後に効力が切れる。

この新しいデータから引き出されることは、あらたな核兵器削減条約を二国間で結ぶか、各国が単独で核削減を進める必要があるということだ。もしこのうちどちらも起こらないとすれば、「巨大な核戦力が将来にわたって長く保持されかねない。」

再選されたバラク・オバマ大統領に対して、クリステンセン氏は、「核軍備管理を外交政策の一部に明確に据えること」を求めている。また、米国の債務と政府支出をめぐる泥沼の議論が政治の中心を占める中、米国が一方的に核削減を進めるよい機会であるかもしれないと示唆している。
 
FASの報告書を支持するワシントンの平和・安全保障関連団体「プラウシェア財団」によると、米国は、今後10年で6400億ドルを核兵器関連に費やす予定だという。

核兵器なき世界

オバマ大統領は、第一期開始直後の2009年4月、核兵器が存在し続けることは「どの場所にいるどの人間にとっても関係のあることだ」という、力強いスピーチを行った。
 
ほんの数か月前に大統領に着任したばかりのオバマ氏は、この点において米国は特別の責任を有していると認めた。「核兵器を使用した唯一の核大国として、米国には行動する道義的責任がある……。したがって、今日、私は明確に、そして確信を持って、アメリカは核兵器なき世界の平和と安全保障を追求することを約束すると述べたい。」

その後の4年間にワシントンでこの点に関連して起きた立法的動きは限られたものだったが、中でも最重要だったのは、新STARTの批准である。しかし、クリステンセン氏らは、米議会が依然として包括的核実験禁止条約を批准できていない状態では、この成果すら「控えめ」なものにすぎないとしている。

しかし、先日の大統領選後、オバマ大統領は、軍縮の動きを新たに先に進めることに大きな関心を寄せ続けていると示唆する発言を行っている。12月初め、選挙以後としては初となる外交政策に関する演説で、過去の核削減の成功にもかかわらず、米国は「決して、何かを成し遂げたとは言えない。」と述べた。

またオバマ大統領は、「ロシアは、現在の協定は両国の変化する関係に追いついていないと主張している。それなら我々はこう言う、ならば合意をよりよいものにしようではないか」と述べた。

軍備管理協会(ワシントンの市民団体)のダリル・キンボール会長は、IPSにメールで寄せた分析で、こうしたオバマ大統領の発言は「(同大統領が)核リスク削減という未完の任務を達成するつもりであるとの重要なシグナルを、彼の国家安全保障チームや米議会、米市民、世界に対して送るものだ」と述べた。

「オバマ大統領は、大胆な措置を取ることで、世界の核の危険を大幅に削減し、包囲された核不拡散システムを強化し、永続的な核安全保障の遺産を確立することができるかもしれない。」

このところ、オバマ大統領がこうしたスタンスを取るべきだとの主張がワシントンで高まってきている。つまり、ロシアとの新協定に進むと同時に、米国が自らの核戦力を削減する一方的な動きを起こすということである。しかし、このどちらの面においても、見通しは明るくない。

カーネギー国際平和財団(ワシントンのシンクタンク)の最近の政策分析によれば、米国の軍備管理問題は「冷戦終焉以来もっとも党派間対立が厳しくなっている」という。分析の責任者であるジェイムズ・M・アクトン氏は、「核兵器なき世界」というオバマ大統領の中心的な目標に共和党勢力が同意していないためだとしている。

さらに、オバマ大統領が米国の対ロ政策を「リセット」しようとの有名な方針があったにもかかわらず、米国が欧州においてミサイル防衛システムを構築しようとしていることにもみられるように、米ロ関係はこの数カ月でますます停滞している。

この約40年で初めて、米議会がロシアとの貿易関係を正常化しようという大きな動きがあるが、それもまた、ロシアの人権問題を非難する懲罰的な立法の計画によって、効果が打ち消されようとしている。

ロシア政府のこれに対する反応は厳しいもので、米国への報復を口にし、法案は「二国間協力の見通しに悪影響を与えるもの」だと主張している。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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|UAE|マララの夢を実現する

【アブダビWAM】

「マララ・ユスフザイさん(14歳)は女子教育に反対する民兵組織が跋扈するパキスタン北西部のスワット渓谷にあって、勇気を持って女子教育の権利を追求したとして、パキスタン政府から『第1回国家平和賞』を受賞した。しかし、パキスタンではそれまで彼女の存在は殆ど知られていなかった。」とアラブ首長国連邦(UAE)の日刊紙が報じた。

「しかし、僅か14歳の少女を銃撃するというイスラム武装勢力『パキスタンのタリバン運動(TTP)」の凶行は、パキスタン国民のみならず世界中にマララさんの存在を知らしめることとなった。以来、世界各地の政治指導者や一般の人々が、学生活動家のマララさんとの無条件の連帯を表明している。」と、英字日刊紙カリージ・タイムスが12日付の論説の中で報じた。

 現在英国で療養中のマララさんは、タリバンに対する抵抗のシンボル的存在になった。国連の潘基文事務総長は、「マララさんは、ノーベル平和賞に推薦されるだろう」と語り、事実、世界各地でこれまでに何十万人もの人々が彼女をノーベル平和賞に推薦するオンライン署名を行っている(ノーベル平和賞候補は各国政府及び国会議員により推薦されるため、こうした署名は各国政府に嘆願書とともに提出される:IPSJ)。

さらに英国と世界銀行の資金援助で、パキスタンの最も貧しい地域の300万家庭を対象に、金銭的インセンティブ(動機付け)で子どもの就学を奨励する構想がスタートすることとなった。パキスタンのアシフ・アリ・ザルダリ大統領と教育問題の国連特使を務めるゴードン・ブラウン前英首相が、国連が「マララの日」と宣言した今月10日にあわせて、この構想を発表した。

「もしこの構想が適切に実行に移されれば、パキスタンにおける女子教育に、前向きな変化をもたらすだろう。パキスタンの最貧地域、とりわけマララさんの出身地域である北西部のカイバル・パクトゥンクワ州並びにバロチスタン州における女性の識字率は同国で最低レベルである。これらの地域では、女性が一家の稼ぎ手になることが期待されていないことから、両親は娘の教育を重視しない傾向がある。またこの地域で草の根教育活動に従事している市民社会組織らは、女性の教育問題になると、両親が最大の障壁になることがしばしばある。」と、カリージ・タイムス紙は報じた。

しかし、両親に対して、娘たちに教育機会を受けさせることと引き換えに、現金によるインセンティブ(動機付け)が提供されるならば、娘たちに家事の手伝いを期待するよりも、むしろ、通学させることに同意するだろう。

「こうしてマララさんは、パキスタンの何百万人もの少女たちに教育機会への道を開いた。今後マララさんの夢が、日の目を見られるか否かは、今や、各国の指導者と民衆の手にかかっている。」とカリージ・タイムズは所見を述べた。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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【国連IPS=タリフ・ディーン】

国連のエイズ問題のアフリカ担当官スティーブン・ルイスは、いつもの通り、アフリカ大陸で猛威を振るうHIV/AIDSが引き起こす数々の死と惨状にまつわる話を携えてニューヨークに戻ってきた。

彼は言う、「世界的な流行から20年、エイズは今も、『女性の顔』を装っている」HIV/AIDS感染は、知らぬ間に潜行して特に女性と若い少女達の命を奪っている。世界ではHIV/AIDS感染者の半数は女性であるが、サブサハラアフリカでは57%にのぼる。(原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan浅霧勝浩

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【アシュドッド(南イスラエル)IPS=ピエール・クロシェンドラー】

空爆任務を負って、イスラエル空軍のF-16がガザに向かって飛んでゆく。ここイスラエル南部の港湾都市アシュドッドの街頭では、戦闘機の轟音は悲しげな警報にかき消されている。わずか数秒後、うなりをあげて発射されたイスラエルの迎撃ミサイル「アイアンドーム」が、ガザ地区から撃ち込まれたGRADロケットを迎撃した。

「子どもにとってここは安全な場所ではありません。でも私たちにはここ以外に住めるところがありませんから、日中は街を離れて、夜に帰ってくることにしています。」と、エリシェヴァ・ピントーさんはIPSの取材に対して語った。ピントーさんは、娘のチャバさん(13歳)と息子のアリエくん(11歳)を連れ、アシュドッド中央駅のシェルターで、エルサレム行きのバスを待っているところだった。

 学校は4日間連続で閉鎖されており、校庭には誰もいない。

17日にはこの人口20万人の産業都市の中心部、インディペンデンス通り93番地の大型アパートが、ガザ地区から飛来するロケット弾の直撃を受けた。犠牲者はなかった。

その後現場には、税務署の資産鑑定士が被害状況の調査に訪れた。ロケット弾は、アパートの4階部分の住宅を破壊していた。大きな穴が空いたバルコニー、爆弾の金属片が居間の壁一面に突き刺さっている惨状から、ロケット弾の弾道を推測することができた。

また、無数のガラスの欠片が金属の破片と混じり合って床に散乱している。さらにロケット弾が爆発した際、無数の破片が周囲に飛び散り、道端に停められていた車のボンネットも撃ち抜かれていた。

また被災現場ではロケット弾攻撃がなされた際に止まったままの生活の跡があちこちに見受けられた。食卓の上では、夫婦と2人の娘が写った家族写真がロケット弾の衝撃で飛ばされ、食べかけのご飯、レンズ豆、チキンが載った皿の上に倒されていた。

部屋の主であるエリカシヴィリさん一家は、自宅から約30キロ北方のテルアビブ郊外の街ラマト・ガンのホテルに避難している。しばらくすると被災アパートの貸主が、テルアビブもロケット弾攻撃の標的となったとのラジオの報道内容を、資産鑑定士に伝えていた。

すると再び警報が鳴り、私たちは急いで防空シェルターとなっている建物の階段まで走って逃げた。住民の中には個人の防空壕を使うことを好む者もいる。最近の建物の場合、各アパートには防護室を設置することが法で定められている。

4階から2階に下ると、アムサレグ一家(祖母のアネッテさん、母親のドゥボラさんと2人の幼児、ナタネルくんとイレイくん)が薄暗い電灯の下で肩を寄せ合っていた。「これは、人間としてあるべき生活ではないわ。」とアネッテさんは語った。

まもなく警報が解除になり、アムサレグ一家は3部屋からなる自宅に戻っていった。

一日何も食べておらずお腹を空かせていたナタネルくんは、早速食卓につき自分でクリームチーズをトーストに塗った。「ロケット弾のせいで気分が悪く、ずっと吐き気がしていたんだ。」と言うナタネルくんに、母のドゥボラさんは「ナタネル、大丈夫よ。」と、ナタネルくんの髪を撫ぜながら慰めた。

するとまた警報が鳴り響いた。ナタネルくんは慌ててトーストを食べるのをやめて、弟、母親、祖父母とともに急いで階段に戻っていった。30秒後、シェルターの階段にたどり着いた一家は、遠方に爆発音を聞いた。爆発で空気が震えている。

11月20日は国連が制定した「世界子どもの日」である。潘基文国連事務総長は、停戦努力を支援するため、現在エルサレムとウエストバンクのラマラを訪問している。国連のオフィシャルサイトには、「世界の子供たちの友愛と相互理解を記念するこの日は、祝福であり、希望である。」とのメッセージが掲げられている。

パレスチナ保健省の発表によれば、11月14日にイスラエル軍が「防御の柱」作戦をガザ地区のハマスに対して発動して以来、少なくとも1400箇所以上に爆撃と砲撃が加えられ、24人のパレスチナの子どもが殺害され、200人以上の子どもが負傷している。逆に、パレスチナ側からは約2000発のロケット弾が発射され、イスラエル人の子ども一人が負傷している。

ガザ地区から23キロのところにあるここアシュドッドも、ガザのパレスチナ民兵によるロケット弾攻撃に晒されており、イスラエル人家族らは、一日当たり平均10発程度のロケット弾による被害を恐れながら生活を営んでいる。

アシュドッドの誰も、イスラエルの子どもがガザ地区のパレスチナ人の子どもと同じような苦境に立たされているなどと考えてはいない。しかし、人々は恐怖と痛みから、他人の痛みと恐怖を忘れ、自己中心的になる傾向にある。

今日はナタネルくんの9歳の誕生日だ。ナタネルくんは、警報が鳴ると、シェルターとなっている階段の方を振り向き、ものも言わず懇願するような様子で、恐怖に打ち震えている。「これがみんな済んだら、誕生日のお祝いしようね。いい?ナタネル。」とドゥヴォラさんは、優しく声をかけて息子を慰めた。

ドゥボラさんは、「誕生日のお祝いは何にしようかね?」と尋ねたところ、ナタネルくんは、「イスラエルがパレスチナ人を全員殺せばいいんだ。みんな残らず。子どももね。」と平然と言ってのけた。

するとドゥボラさんは、「そんな恐ろしいことを言ってはいけません」とナタネルくんを叱った。「ユダヤ人もアラブ人もみんな人間なの。私たちみたいに、どうしようもない状態にあるのよ。私たちみたいに、あの人たち(=パレスチナ人)だってこんなことを望んでいるわけじゃないの。戦争は、一部の若い容赦ない人々によって行われているのよ。」

母親の忠告に耳を傾けていたナタネルちゃんは、小さく頷いた。しかし、ナタネルちゃんは母親とは異なり、「反対側(=パレスチナ人側)」の事情や境遇については殆ど想いを巡らせてはいないようだった。

再び警報が解除されて静寂が戻ると、一家はテレビをつけて地元で起こっていること(イスラエル軍によるガザ地区に対する激しい攻撃、街の郊外の丘の上に設置した『アイロンドーム』でロケット弾の迎撃状況等)を報道しているニュース番組に見入った。

そんな状況ので、ナタネルくんは退屈して「学校に行って遊べたらいいな。友達が懐かしい。」と語った。

すると再びパレスチナ側からのロケット攻撃が始まった。この1時間で3回目だ。そしてまたイスラエル軍による迎撃。海の方に目を向けると、白い煙が、雲一つない空にたなびいている。

10分後、生と死の世界に、日常が舞い戻ってきた。ナタネルくんはふたたび食卓に着き、バターを塗ったトーストを頬張る。「それで、誕生日はいつやろうかね?」ココアを準備しながらドゥヴォラさんが尋ねと、ナタネルくんは、「1か月後ぐらいかな。戦争が終わったらね…。」と呟いた。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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