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|UAE|未公開のピカソの「貴婦人像」がルーブル美術館アブダビで公開へ

【アブダビWAM】

パブロ・ピカソ作でこれまで未公開の「貴婦人像」がアラブ首長国連邦(UAE)のルーブル美術館アブダビで公開される。 

ルーブル美術館アブダビ事務局によると、同作品は4月22日から7月20日までサアディーヤート島(ルーブル美術館、グッゲンハイム美術館、ザイード国立博物館の建設が進む芸術・文化地区)で開催される「美術館の誕生(Birth of a Museum)」において初公開され、2015年のルーブル美術館アブダビの開館後は、永久保存される予定である。

 この作品はほとんど知られておらず、ピカソの友人で伝記作家でもあるジョン・リチャードソン氏が2007年に出版した「ピカソの生涯:輝かしい年月 1917-1932」の中で一度言及されているだけである。 

パブロ・ピカソ(1881年~1973年)は20世紀を代表する最も影響力のある芸術家の一人で、近代芸術におけるキュビズム運動の創始者として広く知られている。 

この作品は同じく未公開の約130点にのぼる芸術作品とともに、現在2015年のルーブル美術館アブダビの開館に向けて準備が進められているサアディーヤート文化地区芸術展示センター「マナラート・アル・サアディーヤート」にて来月から公開される予定である。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan 

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|アルゼンチン|独裁政権に加担したカトリック教会への批判高まる

【ブエノスアイレスIPS=マルセラ・バレンテ

Cardinal Jorge Bergoglio in Buenos Aires in 2008. Credit: 3.0 CC BY-SA
Cardinal Jorge Bergoglio in Buenos Aires in 2008. Credit: 3.0 CC BY-SA

アルゼンチンのホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿がコンクラーベ(法王選挙)で第266代ローマ法王フランシスコに選出される中、本国では軍事独裁政権時代(1976~83)のカトリック教会に役割について、教会内部からも公然と批判が噴出してきている。 

バチカンでベルゴリオ枢機卿の法王選出が発表されると、同氏が独裁政権に加担したのではないかとの疑惑報道が世界を駆け巡った。アルゼンチンでは2005年に最高裁が軍政下の犯罪を不問とする特赦法に違憲判決を下して以来、人権侵害に関与したとされる容疑者を裁く公判が各地で開かれているが、この報道も、過去数十年に亘って賛否両論を呼びながら未解決のまま経過してきた独裁政権時代の「汚い戦争」にまつわる数々の疑惑の氷山の一角に過ぎない。 

アルゼンチン司教会議は独裁政権時代の教会の対応について数か月前に謝罪と事実関係の究明を表明しているが、「貧者への選択肢を求める聖職者の会(Curas en la Opción por los Pobres)」「第三千年紀を求めるクリスチャンの会(Cristianos por el Tercer Milenio)」「解放の神学集団(Colectivo Teología de la Liberación)」などの団体は、こうした教会側の対応について、自己批判が足りないと批判を強めてきている。

「こうした議論が公に行われ、私たちが真実を明らかにするため実際に何が起こったかを追求している現在の状況は健全なものだと言えます。」と、ブエノスアイレス大学の研究者で「現代アルゼンチンの宗教と社会に関するワーキング・グループ」を主宰するクラウディア・トーリス氏はIPSの取材に応じて語った。 

アルゼンチンのカトリック教徒を2分することとなった、司教会議による声明は2012年11月に発せられた。同司教会議は「イエス・キリストへの信仰こそが、我らを真実と正義と平和に導く」と題された声明の中で、「独裁政権時代に本来であれば支援すべきであった人々を支援しなかったことを謝罪する」とともに、今後は「より徹底的な調査を行う」ことを約束した。 

しかしこの声明は、独裁政権によって当時遂行された「国家によるテロ」を非難する一方で、「反体制ゲリラの暴力によってもたらされた死と破壊についても我々は知っている。」という文言も含んでいたことから、当時の独裁政権に反対した人々から、司教会議の認識を批判する声があがっている。 

「第三千年紀を求めるクリスチャンの会」は、この声明は独裁政権と一部の高位聖職者の間の共謀関係について相変わらず否定していることから、「内容が不十分だ」と指摘したうえで、「教誨師として軍に従事していた聖職者達に情報を提供するよう要求するとともに、忠実な信徒を混乱させ苦しめたスキャンダルに満ちた状況に終止符を打つべきだ。」と語った。 

 一方、「貧者への選択肢を求める聖職者の会」は、クリスチアン・フォン・ウェルニヒ司祭が独裁政権に直接的に協力した人権侵害の罪で終身刑の宣告を受けたにもかかわらず、司祭職を解任されなかったことや、人道に対する罪で有罪判決を受けている元独裁者のホルヘ・ラファエル・ビデラ氏が、引き続き聖体拝領の儀式を受け続けている事実を挙げ、「カトリック教会がこれまで示してきた多くの姿勢は教義に反するものであり、憤りを覚える。」との声明を発した。 

アルゼンチン北部のサンティアゴ・デル・エステロ州のフランシスコ・ポルティ司教は、司教会議の声明を批判した「貧者への選択肢を求める聖職者の会」が作成した抗議書簡に連署したロベルト・ブレル神父を、他の教区に移転させた。 

ベルゴリオ枢機卿が新ローマ法王に選出される直前、アルゼンチンのスラム街で貧しい人々と生活や労働を共にしてきた神父らで構成する「貧者への選択肢を求める聖職者の会」は、このポルティ司教による報復ともとれる教会の措置に対して、激しく抗議の声をあげた。 

神父らが司教会議に送付した抗議書簡には、「私たちはあなた方を”Estimados”(スペイン語の手紙で用いられる敬称)とは呼びません。なぜなら私たちは卑怯者を尊敬することはできないからです。」「あなた方が司教職を去った際に残念に思うのはこの国の権力者のみでしょう。なぜなら、貧しい人々や農民や先住民族らはこぞってあなた方の退任を祝っていることでしょうから。」等の痛烈な批判が記されている。 

これが、3月13日にベルゴリオ枢機卿が史上初のラテンアメリカ出身のローマ法王に選出された頃の、本国アルゼンチンのカソリック教徒を取り巻いていた状況である。 

トーリス氏は、「司教会議の声明は、独裁政権時代に広く行われていた強制失踪や政治犯の子どもの誘拐に関する情報を持っているものは名乗り出るよう呼びかけるなど、斬新な内容も含まれていたが、多くのカトリック教徒にとって全体的な内容はあまりにも消極的なものと受け止められた。」と語った。 

「教会内の対立は今後も続くのか、また亀裂が一層深まるのか、見守っていかなくてはなりません。」とトーリス氏は付加えた。 

トーリス氏は、独裁政権時代、カトリック教会の中には、軍を思想的に支え「いわゆる社会に浸透している共産主義者を排除する」とした政権側の政策を手助けした聖職者がいた一方で、抑圧された人々の立場に立って活動した聖職者もいた、と指摘したうえで、その理由として、当時独裁政権に対するカトリック教会としての統一した立場が存在していなかった、と指摘している。 
 
前者の例が、ラウル・プリマテスタ枢機卿、ヴィクトリオ・ボナミン司教代理、そしてアドルフォ・トルトロ並びにアントニオ・プラザ両大司教のケースである。いずれも既に他界しているが、独裁政権が管理していた秘密収容所で彼らを目撃したとの証言が出てきている。 
 
 一方、ハイメ・デ・ネヴァレス、ホルヘ・ノヴァク、ミゲル・エサインら一部の司教と、数十人の神父や尼僧、神学生、在家信者が、独裁政権に抑圧されていた民衆とともに歩む選択をし、政権側による、拉致、強制失踪、殺害の対象にされたり、国外亡命を余儀なくされた。 

 その結果、2人の司教が独裁政権に反対して命を落とした殉教者と見做されている。一人目は、北部ラ・リオハ州のエンリケ・アンジェレリ司教で、1976年に当局による暗殺ではないかと疑われている交通事故で死亡した。2人目はブエノスアイレス・サンニコラス地区のカルロス・ポンセ・デ・レオン司教で、1977年に同じく疑わしい交通事故で死亡している。 

当時、ベルゴリオ枢機卿は、イエズス会のアルゼンチン管区長を務めていた。貧困地区で活動していたイエズス会の司祭2人が(おそらく独裁政権の関係者によって)誘拐されたが、これについて、ベルゴリオ枢機卿が2人の身柄拘束に関与したという見方と、むしろ彼の力によって2人が後に解放されたという見方が対立している。 

トーリ氏は、「イエズス会のペドロ・アルぺ第28代総長(広島の原爆直後に医師として被爆者の第一救護にあたった初代日本管区長)が、信仰と並んで社会正義の促進を掲げ、神父らに実践を促したため、貧しい人々とともに社会正義を求める一部のイエズス会士らの活動(=解放の神学運動)は、とりわけ1970年代のラテンアメリカ諸国の独裁政権による迫害(拷問、強制失踪)の対象になったのです。」と語った。 

しかし当時アルゼンチンのイエズス会は、ベルゴリオ管区長の指導の下、信仰と政治問題に発展しかねない社会正義の問題の間には一線を画すべきとする伝統的な立場をとる選択をした。事実、ベルゴリオ枢機卿自身が当時の行動について自己弁護した証言の中で、社会正義を求める活動に邁進していた神父らに対して、独裁政権からの迫害を回避するために、活動を放棄するよう強く促した、と述べている。 
 
 人権活動家で1980年にノーベル平和賞を受賞したアドルフォ・ペレス・エスキベル氏によれば、「当時のアルゼンチンのカトリック教会には、独裁政権に対する統一的な立場が存在しなかった」と指摘したうえで、「司教の中には独裁政権に共謀した者もいました…しかし、ベルゴリオ枢機卿は違います。」と語った。 

エスキベル氏は自ら設立した「奉仕、平和と正義の組織(Servicio de Paz y Justicia)」が最近発表した声明の中で、「ベルゴリオ枢機卿には、最も困難な時期に人権を守るための私たちの活動を支援する勇気がなかったと言えるかもしれませんが、独裁政権と協力したことはありません。」と述べている。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan 

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|中東|UAE紙、オバマ大統領の初のイスラエル訪問について論説を掲載

【アブダビWAM】

米国とイスラエルは歴史的に強固な同盟関係を有しているが、バラク・オバマ大統領とベンヤミン・ネタニヤフ首相は親友関係あるとはいえない、とアラブ首長国連邦(UAE)の英字日刊紙が報じた。 

ネタニヤフ首相は、(イスラエルとパレスチナの和平交渉の最大の障害となっている)ヨルダン川西岸におけるユダヤ人入植地の拡大を差し控えさせるよう意図したオバマ大統領の政策に公然と反対の意を唱えてきた。しかも、親イスラエルの米国議会にアプローチをかけ、先の米大統領選挙に際しては、オバマ氏の対立候補である共和党のミット・ロムニー氏を支持した経緯がある。

 「オバマ政権は、ユダヤ人入植地の拡大を推進するネタニヤフ政権の政策に公然と異議を唱えてはいないが、中東和平交渉が遅々として進まない現実に直面して、強硬派のネタニヤフ政権に対する対応を困難だと認識してきた。」と、UAEの英字日刊紙「カリージ・タイムス」は21日付の論説の中で報じた。 

一方、オバマ大統領の中東和平に対するこれまでの取り組みはパレスチナ人の期待には遠く及ばないものであった。オバマ大統領は一期目の2009年6月4日にエジプトのカイロ大学行った演説の中で、現状を「受け入れがたいものだ」と強調(米大統領として初めてイスラエルによるユダヤ人植民地の拡大を停止するよう呼びかけた)して、パレスチナ人の間に和平進展への期待を大いに掻き立てた。しかし、その後の行動は、中東和平を実現するという大義名分をあたかも放棄したかのようだ。昨年11月にハマスによるイスラエル領内へのロケット弾攻撃に対して、イスラエルがガザ地区に対する圧倒的な空爆で応酬し、女性子どもを含む100人以上のパレスチナ人が殺害された際、オバマ大統領は即座にイスラエルの「自衛のための努力」を支持する声明を発した。さらに、パレスチナが国連総会でオブザーバー国家承認を求めた際、反対にまわっている(決議そのものは、日本を含む138カ国の賛成多数で採決された)。 
 
 「今回のイスラエル公式訪問の内容から判断すると、オバマ大統領が今後イスラエル・パレスチナ2国家解決の進展に積極的に貢献することはないだろう。オバマ大統領は、再選を果たしたネタニヤフ首相に対して、米国はイスラエルの最大の同盟国だと語りかけるなど、両首脳の親密ぶりをアピールした(イラン核開発疑惑問題では、核爆弾製造までのタイムリミットを1年とするオバマ大統領の意見に従来今年春・夏をリミットち主張してきたネタニヤフ首相が同意、一方、オバマ大統領は対話による解決を主張しつつも、イスラエルの自衛のための軍事行動は否定せず、それに協力する可能性もオープンにした:IPSJ)。その後、ラマラのパレスチナ自治政府を訪問しマフムード・アッバス大統領とも面談しているが、既に失望感が広がっているパレスチナ人の間からは、オバマ大統領にはもはや前向きな進展は期待できないとの声が上がっている。」と同紙は付加えた。 

さらにカリージ・タイムス紙は、「オバマ大統領は引き続きパレスチナ人のための独立国家実現について口先では賛同しつづけているが、長年に亘るパレスチナ‐イスラエル間の紛争解決について諦めているのは明らかである。全く妥協する姿勢を見せないネタニヤフ首相との対立を避けて現状維持を選択するのは容易ではあるが、中東全体に和平をもたらす鍵は、このパレスチナ‐イスラエル紛争の友好的な解決にあることを、オバマ大統領は忘れてはならない。」と報じた。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan 

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核兵器禁止へ道を切り開く国際会議

【ベルリン/オスロIDN=ラメシュ・ジャウラ】

「核兵器なき世界」が実現するまでの道のりは、まだ何千里という長さだ。しかし、大量殺戮が可能な核兵器の禁止に向けた重要なステップが、北大西洋条約機構(NATO、加盟28か国)の熱心な加盟国であるノルウェーの首都オスロでとられた。

バラク・オバマ大統領が2009年4月にプラハで行った演説に応えて、NATOは「核兵器なき世界への条件を作り出すという目標」を掲げた。しかし、2010年11月のリスボン会合で承認された「戦略的概念」の一部として、「世界に核兵器がある限り、NATOは核同盟でありつづける」ことを再確認してもいる。

Espen Barth Eide/ By Magnus Fröderberg/norden.org, CC BY 2.5 dk
Espen Barth Eide/ By Magnus Fröderberg/norden.org, CC BY 2.5 dk

 
 ノルウェーのエスペン・バート・アイデ外相は、NATOの戦略的概念と、核兵器がもたらす人道的影響について検討するためオスロで3月4日・5日に主催した画期的な政府間会議との間に矛盾があるとは考えていない。アイデ外相は、圧倒的多数の国家が核不拡散条約(NPT)に署名した1968年以降では、今日ほど、核不拡散への懸念から、すべての核兵器がもたらし続けるリスクに対する認識が高まった時期はないとみている。 

2010年のNPT運用検討会議以来、まだ生まれたばかりではあるが、核兵器違法化を求める運動が大きくなりつつある。運用検討会議の最終文書は、「核兵器のいかなる使用も人間に与える壊滅的な結果に対する深い懸念」に留意し、「全ての国家が、国際人道法も含め、適用可能な国際法を常に遵守する必要性」を再確認している。 

これに、2011年11月の国際赤十字赤新月運動の代表者会議における決議が続いた。同決議は、「法的拘束力ある国際取り決めを通じて、核兵器の使用を禁止し、完全に廃絶するための交渉を誠実に追求し、緊急性と決意を持って妥結させること」をすべての国家に対して強く訴えた。 

その後、2012年5月に開かれた2015年NPT運用検討会議第1回準備委員会において、ノルウェーとスイスを中心とした16か国が、核軍縮の人道的側面に関する共同声明を発した。同声明は、「冷戦の終結した後でも、核による絶滅の脅威が21世紀の安全保障環境の一部であり続けていることに深い懸念を持つ」と述べている。 


オスロ会合の重要性は、核軍縮に関する67年間にも及ぶ公式・非公式の議論の中ではじめて、核兵器がもたらす人道的影響について議論するために127か国の代表が集ったという点にある。これに加え、さまざまな国連機関、赤十字赤新月運動、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)や創価学会インタナショナル(SGI)などの市民団体・宗教団体が集まった。 

緊急性 

ICAN
ICAN

人道的影響に関する緊急性は、米国が最初の原爆を広島・長崎に投下した1945年以来、公式・非公式の核兵器国が保有してきた1万9000発もの核兵器が、地球を何度も破壊する能力を持っていることからも明白である。 

ICANが3月2日~3日にノルウェー政府の支援を得て市民社会フォーラムを開催したのは、この衝撃的な事実ゆえだ。約500人の活動家、科学者、医師、その他の専門家らが集った。フォーラムは、すべての核兵器を違法化する世界的な運動に対して、熱気を与えることになった。 

ICANの代表らは、各国政府や国際赤十字赤新月社連盟、SGIなどのパートナーと協力して、新しい核兵器禁止条約に向けて取り組んでいくと述べた。 

SGIはすべての核兵器廃絶に向けて一貫して訴えてきているだけに、なおのことそう言える。創価学会・戸田城聖第2代会長の「原水爆禁止宣言」を原点に、池田大作SGI会長は、1983年以来毎年平和提言を発表しており、平和と人間の安全保障の実現に向けて地球社会が直面する様々な挑戦と、仏教の基本概念との相互の関係性に焦点を当てている。また、教育改革や環境問題、国連の在り方に関する提言もある。 

Photo: SGI president Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun
Photo: Dr. Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun.

池田会長は、2013年の平和提言の中で、NGO(非政府組織)と有志国による「核兵器禁止条約のための行動グループ」を発足させ、非人道的であり、毎年1,050億ドルをも費やす核兵器を禁止する条約づくりのプロセスを開始させること提案している。 

SGIの寺崎広嗣平和運動局長は、ICANの市民社会フォーラムもノルウェー政府主催の政府間会合も、核兵器なき世界をもたらす重要な機運を醸成したと語った。 

SGIは、2015年の主要国首脳会議(G8)と広島・長崎原爆投下70周年が、核兵器なき世界に向けた拡大首脳会議を開催する重要な節目になることを期待している。 

成功 

オスロ会議は、65か国が加盟するジュネーブ軍縮会議の枠外で行われた。「公式」の核兵器国である米国、ロシア、中国、英国、フランスと、非公式の核兵器国であるイスラエルと北朝鮮は会議に参加しなかったが、核兵器を保有しているとされるインドとパキスタン、それに、核開発疑惑があるイランは参加した。 

会議は、とりわけ、メキシコが次の会議を主宰すると発表したことから、ひとつの成功だと言えるだろう。核爆発が世界的に及ぼす人帰結について理解することは、核兵器を禁止し廃絶する緊急の行動にとって出発点になるという点で広範な国々や組織が合意した。 

Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.
Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.

ICANの共同議長であるレベッカ・ジョンソン博士は、メキシコによる発表は大いに評価すべきものだとして、「冷戦真っ只中の1967年、メキシコは、ラテンアメリカ・カリブ海地域全体において核兵器を禁止するトラテロルコ条約の主要な推進国でした。この『非核兵器地帯』は、その後アフリカ、南太平洋、東南アジア、中央アジアにおいて同じような核兵器禁止地帯の創設につながったのです。」と語った。 

これらの非核兵器地帯は、一部の核兵器国[による軍縮への努力]がおそろしく遅い歩みであることに比べれば、成功であることを示してきた、とジョンソン氏は言う。近年、核兵器国の軍縮努力は、保有する大規模な核戦力の近代化、改修、更新に対する多額の投資によって打ち消されている。 

オスロでの科学的発表、一般討論で出された主要な議論は、いかなる国家あるいは国際機関も、核兵器の爆発が直ちにもたらす人道面における緊急事態に十分に対応し、被害者に対して十分な救援活動を行うことは不可能。実際、そのような対応能力を確立すること自体、いかなる試みをもってしても不可能かもしれない、というものだった。実際、やろうとしても、そうした能力を作り出すことは不可能かもしれない。 

原因はどうあれ、核兵器爆発の結果は国境によって妨げられるものではなく、地域的にも世界的にも国家や市民に重大な影響を及ぼす。 

ICANと「社会的責任を求める医師の会(PSR)」のメンバーであり、核によって引き起こされる飢饉に関する報告書の著者であるアイラ・ヘルファンド博士は、核兵器が地域レベルで限定的に使用された場合でも、10億人が飢饉で死亡する可能性があると説明した。 

「小規模」あるいは「限定的」な核戦争後に起きると考えられる気候の大変動と「核の冬」に関する著名な気候学者アラン・ロボック氏らが行った研究を基礎として、ヘルファンド博士は、「放射能汚染が広範囲に広がって住宅や食料、水供給に深刻な影響を及ぼすだろう。また、物的損害をはじめ、世界的な貿易や経済活動一般が崩壊することに伴う財政的被害や、大量の難民が発生することに伴う開発への影響は甚大なものとなろう。」と語った。(原文へ) 

翻訳=INPS Japan 

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「憲法」今こそ国民的議論を―憲政擁護運動100年に思う(石田尊昭尾崎行雄記念財団事務局長)

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Takaaki Ishida, Secretary General of Ozaki Yukio Memorial Foundation.

【東京IPS=石田尊昭

憲法改正の「ハードル」は高い。日本国憲法第96条は、憲法改正要件として、衆参両院のすべての議員の3分の2以上の賛成を得て発議し、国民投票での過半数の賛成で承認することを定めている。

先の衆院選で、公約に改憲を掲げた自民党が圧勝し、同じく改憲を掲げた日本維新の会と合わせて、衆議院の3分の2以上の議席を確保した。そして、去る2月28日に安倍晋三首相は施政方針演説で「憲法改正に向けた国民的な議論を深めよう」と訴えかけた。安倍内閣への支持率は依然高く、このまま行けば今夏の参院選でも、自民党をはじめとする改憲派が優位に立つことが予想される。さらに、これまで高いとされてきたハードルそのものを低くしようとする動き(96条の発議要件の緩和)も出てきている。憲法改正が、これまで以上に現実味を帯びてきたといえるだろう。

今からおよそ100年前の1912年12月、「憲政擁護、閥族打破」を掲げ、憲政擁護運動が沸き起こった。翌13年1月、その運動は全国に広がり、一大国民運動となった。その先頭に立ったのが、犬養毅とならんで「憲政の神」と呼ばれた政治家・尾崎行雄である。尾崎が目指したのは、立憲主義に基づく政治の実現である。近代の立憲主義は、憲法によって権力者の恣意的支配を防ぎ、個人の自由と権利を保障しようとする考え方である。「人の支配」ではなく「法の支配」を、「力の支配」ではなく「道理の支配」を尾崎は主張し続けた。 

護憲であろうと、改憲であろうと、憲法によって国家権力を制限するという近代立憲主義の趣旨からすれば、権力側の「盛り上がり」ではなく、100年前のような国民的議論の喚起、一大国民運動が必要である。国民全体が憲法と向き合い、「熟議」の末に導かれるものでなければならない。 

Ozaki Yukio Memroial Foundation
Ozaki Yukio Memroial Foundation

自民党は「日本国憲法改正草案」を示し、民主党は「憲法提言」をまとめているが、他党も今後、憲法に対して、より明確な姿勢と具体的な内容を示していくことが求められる。われわれ国民も、つい「アベノミクス」に目を奪われがちだが、これから夏にかけて、好むと好まざるとにかかわらず、憲法と正面から向き合わなければならない。 

尾崎行雄は、日本に真の立憲政治を実現させるには、憲法(制度)だけではだめで、それを運用する立憲主義精神が国民に備わることが重要だと説いた。私は、現在の「憲法改正に向けた動き」を(改正の是非は別として)好機として捉えたい。「憲法とは何か、立憲主義とは何か」といった原理原則を踏まえつつ、左右・保革の枠を超えた国民的議論(熟慮と対話)が深まることが重要だと考える。 

最後に、少し長くなるが、日本国憲法が施行された1947年に尾崎行雄が著した『民主政治読本』より一部引用する。尾崎は日本国憲法を大いに歓迎したが、同時にその文言と現実との乖離を冷めた目で見ていた。 

 「新憲法(日本国憲法)はその前文において『日本国民は恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、…全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する』と宣言し、末尾において『日本国民は国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想を達成することを誓う』と結んでおる。この誓いは、日本国民が各々己れ自らの良心に誓った誓いばかりではない、世界の平和と人類の福祉の前に誓った厳粛な誓いでなければならぬ。われわれはこの神聖な誓いは断じて守らねばならぬ。じつに立派な憲法である、まぶしいまでに光りかがやく憲法である。請い願わくば、この憲法が猫に小判を、豚に真珠を与えたような、宝の持ち腐れにならないことを切に祈る。」 

IPS Japan 

石田尊昭氏は、尾崎行雄記念財団事務局長、IPS Japan理事、「一冊の会」理事、国連女性機関「UN Women さくら」理事。

反核運動、中東へ

【マナマIPS=バヘール・カーマル】

オスロで開催された政府間会合「核兵器の人道的影響に関する会議」に合わせて同地で約一週間に亘って活動を展開してきた反核活動家らが、3月10日、バーレーンの首都マナマに移動して、核兵器廃絶に向けたさらなる行動をとった。 

活動家らは、3月10日にマナマで開催された共同記者会見において、「核兵器は、あらゆる戦争の道具の中でもっとも非人道的で破壊的な存在であるにもかかわらず、ますます相互依存を深めるこの世界において暴力の頂点に位置づけられています。」と語った。

本展示会の主催者らは「原爆の脅威は過去のものではなく、今現在私たちが直面している大きな危機に他なりません。」と語った。 

 この展示会「暴力の文化から平和の文化へ:核兵器なき世界に向けて」は、バーレーン戦略国際エネルギー研究センター(DERASAT)創価学会インタナショナル(SGI)、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)、国連広報センター、国際通信社Inter Press Serviceが共催し、バーレーン外務省及び日本国外務省からの支援を得て、マナマで3月12日から23日まで開催される。 

Hirotsugu Terasaki/ SGI

SGIの寺崎広嗣平和運動局長はIPSの取材に対して、「アラブ国家で初めて開催されるこの展示は、核兵器なき世界に生きるという人間の希望を現実のものとするさらなるステップとなるものです。」と語った。 

世界で1200万人以上の会員を擁し、国際の平和と安全を推進しているSGIの日本組織の副会長でもある寺崎氏は、「あらゆるものの中で非人道性の最たるものである核兵器の存在そのものが、大きな危機を暗示しているのです。」と語った。 

核兵器の保有は安全と安心を保証するものであるという核兵器保有国が用いる議論(いわゆる「核抑止のドクトリン」)について寺崎氏は、「世界はこの神話を今こそ乗り越えて進むべきです。」と語った。 

「セキュリティ(=安心)」とは、住居、清潔な空気、飲み水、食べ物など、人間としての基本的なニーズを満たすことから始まります、と寺崎氏は言う。SGIの展示によれば、人間が安全で安心と感じられるためには、単に暴力から保護されているというだけではなく、人々が働き、自らの健康を気遣える環境が確保されている必要がある。 

寺崎氏は、核兵器は「通常」兵器とは2つの点で異なっていると考えている。 

「一つ目は、その圧倒的な破壊力です。広島に1945年に落とされた原爆は、 TNT火薬換算で13キロトンだったと考えられています。」 

「その年の末までに14万人が命を落としました。」 

「それ以降、広島に投下された爆弾の何千倍という威力を持つ50メガトン以上の核兵器が開発されてきました。」 

The atomic bomb dome at the Hiroshima Peace Memorial Park in Japan was designated a UNESCO World Heritage Site in 1996. Credit: Freedom II Andres_Imahinasyon/CC-BY-2.0

「通常兵器は、少なくともある程度は、軍事目標と民間目標を区別することができます。しかし、核兵器は無差別に殺戮し、大規模にすべての生命を破壊するのです。」と寺崎氏は語った。 

「さらに2つ目の点として強調すべきは、核兵器が残す放射能の問題です。爆発による火災が収まり、静寂が戻ったのちでも、放射能は何か月にも亘って残存し、白血病などの病気を引き起こします。そして爆弾投下後に爆心地に立ち入っただけの人でもその影響を受けるのです。またこれらの病気は、しばしば、被爆者の子孫にも受け継がれてしまうのです。」 

SGIは、今回バーレーンで中東地域初の反核展示会を開催するまでに、世界29か国・230か所で展示会を開催してきた。展示に使用されている言語も今回のアラビア語版も含めて8か国語に及んでいる。 (SGIの核兵器廃絶運動のあゆみ

バーレーン展示会の主要な目標のひとつは、中東の非核兵器地帯化に関する議論に貢献することである。 

バーレーンのガニム・ビンファドル・アル・ブアイネン外務担当国務大臣(副外務大臣)は展示会の開幕に合わせて開かれた11日の記者会見で、「我々が今日お届けするものは、イスラムの真の精神を真摯に表現したものに他なりません。」と語った。 

またブアイネン氏は、「イスラムの純粋な意味は『平和』です。しかし残念ながら、今日イスラムのイメージや原則は歪められてしまっています……」と語った。 

さらにブアイネン氏は北朝鮮が先月行った3回目の核実験にも言及し、「国際の平和と安全に対する最大の脅威は、世界規模や地域レベルでの軍拡競争、とりわけ核軍拡競争です。」と指摘した。また、イランの核計画にも触れ、「これまでのところ平和的な性格を維持している」と現状認識を述べたうえで、「しかし、この計画はもし軍事的な核計画に発展することがあれば、湾岸地域の安全保障上のリスクだけではなく、環境や野生動物、海洋生物に対して長期的な影響をもたらすことになるだろう。」と付け加えた。 

角茂樹・駐バーレーン特命全権日本大使は、同記者会見において、「日本は、第二次世界大戦中の核攻撃によって核兵器がもたらす悲惨な人道的帰結に苦しんだ唯一の国です。」と指摘したうえで、日本が引き続き核兵器の廃絶を目指していることを再確認した。 

バーレーンにおける反核展示会の開催に重要な役割を果たしたICANのバーレーン在住の地域活動家ナセル・ブルデスターニ氏は、いわゆる「人道外交」の取り組みを進める必要を強調した。 

生物兵器は1975年、化学兵器は1997年、地雷は1999年、そしてクラスター弾は2010年に禁止されました。今こそ核兵器を廃絶すべき時です。」とブルデスターニ氏は語った。 

この歴史的展示会に先立って、オスロで核兵器に反対する2つの重要なイベントが開催された。ひとつは、約500人の活動家、専門家、科学者、医者らが集まったICANが主催した「市民社会フォーラム」(3月2日~3日)である。これに、127か国の政府代表、国連諸機関に加え、国際赤十字委員会や市民団体など約550人が参加した「政府間会合」(3月4日~5日)が続いた。 

オスロ会議で目立ったのは、国連安保理の5常任理事国の欠席であった。 

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、2012年初頭の時点で、8つの国が約4400発の核兵器を作戦配備している。 

「これらのうち約2000発はいつでも発射可能な高度の警戒態勢下に置かれている。作戦配備されたものに加えて、予備弾頭(活性状態、不活性状態を含む)や解体予定のものなど、すべての核弾頭を数えると、米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエルの合計で約1万9000発の核兵器が保有されている。」とSIPRIは述べている。 

一方、SGI会長で著名な仏教指導者である池田大作氏は、2013年の平和提言の中で、2030年までに世界的な軍縮を達成するというより大きな目標に向けた出発点となる3つの提案からなる「平和と共生の地球社会の建設に向けた2030年へのビジョン」を展望している。 

池田会長は、この平和提言の中で、NGO(非政府組織)と有志国による「核兵器禁止条約のための行動グループ」を今年末までに発足させ、毎年1,050億ドルをも費やす核兵器を禁止する条約づくりのプロセスを開始させること求めている。 

ICANは、報告書『核兵器に投資するな』( Don’t Bank on the Bomb)で、30か国・300以上の銀行、年金基金、保険会社、資産管理会社が核兵器を製造している企業に巨額の投資を行い、米国、英国、フランス、インドの核兵器の製造、維持、近代化に20の企業が関わっている、と指摘している。(原文へ) 

翻訳=INPS Japan 

This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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核兵器廃絶運動のあゆみ

CIA秘密収容所の調査で曲がり角に立つポーランド

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【ワルシャワIPS=クラウディア・シオバヌ】

当局筋によると、ポーランド領内に設置されたとされる米中央情報局(CIA)秘密収容所の存在に関するポーランド当局の調査が、真相解明を求める声が高まっているにもかかわらず、停滞している。

2007年の欧州会議(ディック・マーティー「法と人権に関する調査委員会」委員長)報告や「オープン・ソサエティ」が最近発表した正義イニシアティブ報告書「グローバル化する拷問」など、様々な情報筋が、ポーランドが、2002年末からCIAのによる「テロ容疑者」強制移送プログラムに協力してCIAが運営する秘密収容所を国内にホストしていたと指摘している。 

これは、米国の公的記録からもうかがわれることだ。2004年の CIA監査報告書は、2001~03年にかけてアルカイダと関係があったとみられる容疑者のCIAによる取り扱いについて記述している。その容疑者の一人が、2000年10月にイエメンのアデン港で米艦船「コール」号の乗員17人を殺害したテロ事件の首謀者と疑われたサウジアラビア国籍のアブド・アルラヒム・アルナシリ氏である。

 同報告書によれば、アルナシリ氏は2002年11月までにCIAによって身柄を拘束され、「高度な尋問技術」(EIT)を同年12月4日まで適用された。該当箇所にはかなりの編集が加えられているが、「2002年11月水責めを2度行った…その後、アルナシリは従順になった。しかし…に移送後、再び自白をしなくなったと思われる…」と読み取れる。 

これらの断片的な記述から疑われるのは、アルナシリ氏は12月4日直後に「別の場所」に移送され、改めてEIT(水責めなど)を受けた、ということである。 

そして、この「別の場所」と見られているのがポーランドである。ポーランド国境警備隊が人権擁護団体「ヘルシンキ財団」に示した文書によると、タイ発ドバイ経由の「N63MU」便が2002年12月5日にポーランドのシマーヌィ空港に降り立った。乗客8人・乗員4人だったが、ポーランドを出発したときは乗員4人だけだった。 

英国のNGO「リプリーブ」のクロフトン・ブラック氏は、強制移送を行ったと疑われる200~300のフライト(全てが米国で登録された私有航空機)を調べたが、現時点では「12月5日頃にタイからアルナシリ氏を乗せたと見られるのはこの便だけだった。」と語った。 

こうした公式記録(テロ容疑者として拉致された他の人々にも活用が可能)に加えて、国連、欧州議会、及びジャーナリスト等が行った聞き取り調査に応じたポーランと米国を含む様々な国の政府及び諜報機関の関係者が、口を揃えてCIAの秘密工作にポーランドの秘密収容所が重要な役割を果たしたと指摘している。 

ただし、ポーランドと米国両政府が、この強制移送の実態がどのように機能していたかについて公式なコメントを拒否しているため、関係者は匿名を条件に情報提供を続けている。 

ポーランドでは、2008年になってワルシャワ検察当局が調査に乗り出し、2011年まで2人の検察官が積極的に真相解明にあたった。しかし最近になって事態は暗礁に乗り上げている。 

2011年、日刊紙『Gazeta Wyrbocza』は、1人目の検察官が、外国の政府当局者が拷問を行った施設を領土内に置くことを認めたポーランド政府の決定について専門家に法的な見解を求める段階に至った、と報じた。 

さらに2012年には、2人目の検察官が、2002年~04年まで諜報部門の責任者だったズビグニェフ=シェミョントコフスキ氏に対して、拷問施設を受け入れたことは国際法違反にあたるとして起訴する可能性があることを通告した、と報じている。またシェミョントコフスキ氏も、そのような嫌疑をかけられていることを認めた。しかしこの報道がなされたのちなぜか調査を担当する検察局がワルシャワからクラクフに変更された。 

アルナシリ氏の弁護を担当しているミコラジ・ピエチャック氏は、2010年にアルナシリ氏がポーランド当局から被害者ステータスを認定されたのを受けて、当局から捜査の進捗状況に関する報告を受ける権利を獲得した。ピエチャック氏はIPSの取材に対して、「当時ワルシャワ検察局との協力関係は良好で、2人目の検事は(機密ファイルを含む)全てのファイルへのアクセスを認めてくれました。しかし担当検事局がクラクフに移ってからは、資料の閲覧が困難となり、かなりの圧力をかけて閲覧できても公開資料に限られているのが実情です。」と語った。 

またピエチャック氏は、「1つの案件を3人もの検察官が立て続けに担当するのは、極めて異例なことです。とりわけこの1年間、調査について何の進展もないのは、非常に残念です。」と語った。 

クラクフ検察当局の報道官は、IPSの取材に対して、当初2月に事案を終了させる予定であったが延期となり、しかも今後の予定については公表されていない事実を認めた。 

 ヘルシンキ財団のアダム・ボドナー法務部長は、「(ポーランド当局が)調査期間を引き延ばそうと手を尽くしている現状は、この案件について正式な最終判断を避けたいという思惑の表われである。」と指摘した。 

「これはポーランドの検察当局や政治家にとって厄介な事態です。」「彼らは、ポーランドが国として関与した犯罪を不問にはできないでしょう。そんなことをすれば、激しい抗議を引き起こしかねません。しかしだからといって、今日の国内政治の現状を考えれば、シェミョントコフスキ氏やレシェック・ミレル氏(2001年~04年当時の首相)を告発することは不可能です。」とボドナー氏はIPSに語った。その結果、やむを得ずできるだけ事態の先延ばしを図ろうとしているのです。」とボドナー氏は語った。 

とはいえ、この事案を秘密裏に解決することはほぼ不可能である。というのも、アルナシリ氏がすでにポーランドを訴えて欧州人権裁判所に訴訟を持ちこんでいるからである。CIAが最初に「最重要被収容者」とみなし、アルナシリ氏と同じ便でポーランドに移送されたと見られているアブ・ズバイダフ氏も、同様の提訴を検討している。 

ピエチャック氏とボドナー氏によると、たとえポーランド政府がECHR(欧州人権条約)に対していかなる情報も開示しなかったとしても、同国が自国領内に存在したCIAによる強制移送の被害者に対して保護を申し出ず、さらには米国に移送されれば死刑になるリスクがあることを知っていながら移送を許可した(ジュネーブ条約)違反行為について、事実関係を証明できる十分な証拠を得ているという。 

一時期全ての捜査関連ファイルに目をとおした経験があるピエチャック氏は、「この事案をひっくり返すことは極めて困難だろう。なぜなら、この事案には証拠が多く存在し、当局も検察局に保管している証拠資料について、いまさらあたかも存在しなかったかのように振る舞うことはできないからだ。」と語った。 

またピアチェック氏は、ポーランド当局の調査が何の成果ももたらさなかった場合、被害者を代弁する者として、ポーランドの裁判所に訴訟を提起し、当局からかつて提示された機密情報を証拠として提出することも辞さない、としている。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan

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非人道性の最たる兵器(池田大作創価学会インタナショナル会長)

【IPSコラム=池田大作】 

「核兵器は非人道的である」との考えに、世界のほとんどの人々が賛成するのではないでしょうか。今、核兵器を非人道性に基づいて禁止しようとする動きが芽生えつつあります。 

核不拡散条約(NPT)運用検討会議では、これが明確になりました。「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果をもたらすことに深い懸念を表明し、すべての加盟国がいかなる時も、国際人道法を含め、適用可能な国際法を遵守する必要性を再確認する」との一文が最終文書に盛り込まれたのです。 

本年3月4日—5日にかけて、ノルウェーのオスロで「核兵器使用の人道的影響」をテーマにした政府レベルの国際会議が開かれます。それに先立ち、3月2日—3日には、核兵器を禁止する条約の実現は可能であり喫緊の課題であることを示すために、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)による市民社会フォーラムもオスロで開催されます。

 今や保有国の間でも、核兵器の有用性に対する認識の変化がみられるようになってきています。昨年3月26日、アメリカのバラク・オバマ大統領は韓国で行った講演で「我が政権の核態勢は、冷戦時代から受け継いだ重厚長大な核兵器体系では、核テロを含め今日の脅威に対応できないとの認識にたつ」と述べました。 
 
また昨年5月の北大西洋条約機構(NATO)サミットで採択された文書でも、「核兵器の使用が考慮されねばならないような状況は極めて考えにくい」との見解が示されています。いずれも、核兵器を安全保障の中心に据え続けねばならない必然性が現実的には低下していることを示唆しています。 

このほか、核兵器に対する問題提起は、他の観点からも相次いでいます。 
 
 世界全体で核兵器の関連予算は、年間で1050億ドルにのぼるといいます。その莫大な資金が各国の福祉・教育・保健予算に使われ、他国の開発を支援するODA(政府開発援助)に充当されれば、どれだけ多くの人々の生命と尊厳が守られるか計り知れません。核兵器は、保有と維持だけでも重大な負荷を世界に与え続けているのです 

加えて昨年4月には、IPPNW(核戦争防止国際医師会議)とPSR(社会的責任を求める医師の会)により、核戦争が及ぼす生態系への影響についての研究結果をまとめた報告書「核の飢餓」が発表されました。 
 
 そこでは、比較的に小規模な核戦力が対峙する地域で核戦争が起きた場合でも、重大な気候上の変動を引き起こす可能性があり、遠く離れた場所にも影響を与える結果、大規模な飢餓が発生して10億人もの人々が苦しむことになると予測されています。 

私は、これらを考慮した上で、全ての人々が尊厳ある生を送ることができる「持続可能な地球社会」への道を開くために、核兵器の問題に関して三つの提案を行いたい。 

 一つ目は、国連で議論されている「持続可能な開発目標」の主要テーマの一つに軍縮を当て、2030年までに達成すべき目標として「世界全体の軍事費の半減(2010年の軍事費を基準とした比較)」と「核兵器の廃絶と、非人道性などに基づき国際法で禁じられた兵器の全廃」の項目を盛り込むことです。 

二つ目は、国際社会で核兵器の非人道性を中心とした議論を活発化させることで、核兵器禁止条約の交渉プロセスをスタートさせ、2015年を目標に条約案のとりまとめを進めることです。 

三つ目は、広島と長崎への原爆投下から70年となる2015年にG8サミット(主要国首脳会議)を開催する際に、他の核保有国、国連、非核兵器地帯の代表などが一堂に会する「『核兵器のない世界』のための拡大首脳会合」を行うことです。 

オバマ大統領は、韓国での講演で、「米国には、行動する特別な責務がある。それは道徳的な責務であると私は確信する。私は、かつて核兵器を使用した唯一の国家の大統領としてこのことを言っている・・・何にもまして、二人の娘が、自分たちが知り、愛するすべてのものが瞬時に奪い去られることがない世界で成長してゆくことを願う一人の父親として言っているのだ」と述べました。 

ICAN
ICAN

国や立場の違いを超えて一人の人間として発したこの言葉に、あらゆる政治的要素や安全保障上の要請を十二分に踏まえてもなお、かき消すことのできない切実な思いが脈打っている気がしてなりません。私はここに、「国家の安全保障」と「核兵器保有」という長年にわたって固く結びつき、がんじがらめの状態が続いてきた〝ゴルディオスの結び目〟を解く契機があるのではないかと考えるのです。 

核時代に生きる一人の人間として思いをはせる上で、広島や長崎ほどふさわしい場所はありません。 

2008年に広島で行われたG8下院議長サミットに続いて、各国首脳による「拡大首脳会合」を実現させ、「核兵器のない世界」への潮流を決定づけるとともに、2030年に向けて世界的な軍縮の流れを巻き起こす出発点にしようではありませんか。(原文へ) 

IPS Japan 

※池田大作氏は日本の仏教哲学者・平和活動家で、創価学会インタナショナル(SGI)会長。 池田会長による寄稿記事一覧はこちらへ。

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イスラエルとパレスチナ、穏健派の見解

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【エルサレムIPS=ピーター・ヒルシュバーグ】

停戦が何度も破られ、実現されない平和と和解の約束を聞いてきた人々は、最近のイスラエルとパレスチナの停戦協定とイスラエルのオルメルト首相の新たな対話の呼びかけを、心から喜ぶことができない。

 パレスチナ政府の元官僚でファタハ党の幹部であるアブ・ザイダ氏は、イスラエルのテレビに出演してパレスチナの立場を説明する穏健派であり、両国の対等な交渉による解決を信じているが、「真の交渉再開からはかけ離れた状態だ」とIPSの取材に応じて語った。「けれども戦闘を始めるよりは、実らない和平交渉の話をする方がましである」。 

5ヶ月に渡る流血の応酬の後、イスラエルとパレスチナの指導者はそれぞれ、過激派組織によるロケット弾攻撃、ガザ地区での軍事活動を停止することに合意した。 

アブ・ザイダ氏は、停戦の恒久化が必要であり、次のステップはそれぞれの人質と囚人の解放だという。さらにイスラエル側がパレスチナ人の通行を妨害している国境検問所と道路上の防塞を取り除けば、全面的な暴力の停止になる可能性がある。 

停戦はハマスの軍事力回復のための時間稼ぎだとするイスラエルの高官に対し、アブ・ザイダ氏は、ハマスがイスラエルを認めて交渉をするための、そしてハマスが武装組織から政治組織になるための、準備期間だと考えている。 

オルメルト首相はパレスチナ政府が国際社会の声を聞き入れて、暴力を放棄し、イスラエルを認め、パレスチナ難民の帰還権をあきらめれば、独立したパレスチナ国家として認めるとしているが、アブ・ザイダ氏は「これでは真の平和をもたらさない。両者が1967年国境に基づいて、対等な国として交渉すべきだ」という。 

一方、パレスチナ自治政府のアッバス議長のハマスとの統一政府設立の話し合いは、財務大臣と内務大臣のポストをめぐる不一致から行き詰まっていて、これではハマスが権力についてからの経済制裁を解除できず、停戦の維持も難しい。先行きの見えないイスラエルとパレスチナの情勢について報告する。(原文へ) 

翻訳/サマリー=IPS Japan浅霧勝浩 

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