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|リビア|国家移行評議会(NTC)が正当な統治組織として承認される。

【イスタンブールWAM】

リビア情勢をめぐる「連絡グループ」の第4回外相級会合が7月15日にイスタンブールで開催され、参加各国は、リビア反政府勢力であるリビア国民評議会(NTC)を同国の正当な統治組織として承認することで合意した。

TNCはカダフィ政権と対峙していくために従来より財政支援を求めていたが、今回の決定によって今後「連絡グループ」による財政支援が可能となる。

 今回の「連絡グループ」外相級会合は、アラブ首長国連邦(UAE)とトルコの外相が共同議長を務め20数カ国の加盟国・国際機関が参加して開催された。同日発表された最終コミュニケの中で、「連絡グループ」は、カダフィ政権に対する軍事作戦を継続する必要性を強く訴えた。

「連絡グループ」は、リビアの民主化移行プロセスをリードしているNTCの役割を歓迎するとともに、全てのリビア人を対象とした支持基盤拡大を目指すNTCの努力を支持する意向を示した。また、全ての関係者に対して、リビア国民の最も幅広い支持を得た新体制への平和的な権力移行を可能にする観点から、暫定政府の設立に向けた方策を検討するよう強く促した。

また「連絡グループ」は、参加各国・国際機関に対して、NTC支配下の組織に炭化水素の輸出を可能にするメカニズムの活用や、リビア国民のための凍結資産の活用、或いは国連安保理決議の関連条項に則ったNTC支援の担保としての凍結資産の活用等、既存の関連法規の枠内でNTCに対する実質的な財政支援を行うよう求めた。

「これに関して『連絡グループ』とNTCは、移行期間の中、リビア国民のために凍結中のリビア海外資産を協力して活用することに同意した。」と最終コミュニケは述べている。

また、会合の参加者たちは、こうした財政支援スキームをより安定的なものとするためにも、NTCが原油生産と輸出を再開できるよう各国の支援が欠かせない点を強調した。

またトルコのアフメット・ダーヴトオール外相(下の写真の人物)は、同日の記者会見で、次回会合を国連本部で開催し、リビア国民への支持と彼らの要求について協議する旨を明らかにした。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

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│エジプト│民衆蜂起後、太陽光プロジェクトが再始動

【カイロIPS=ビビ=アイシャ・ワドバラ】

カイロはうだるような暑さだ。日影に入っても36度はある。エアコンのファンは街中でうなりを上げ、国の電気網に負担を与えている。昨夏、この都市では停電や断水が頻繁にあった。電気使用量は、2009年から13.5%増の2600メガワットに達している。

かつて古代エジプト人は太陽神ラーを崇拝した。それから数千年の時を経て現代エジプト人もようやく太陽エネルギー源を活用する重要性に気付きつつある。年間を通じた太陽光の熱射量では世界有数のエジプトであるが、ここにきてゆっくりではあるが、太陽光の利用に向けて踏み出している。

A woman lights a kerosene stove in a stairwell in Darb el Ahmar, Cairo, to heat water. Solar heating does away with this unsafe practice. Credit: SolarCITIES

カイロから南に100kmのクライマート(Kuraymat)で、120メガワットを発電するエジプト初のハイブリッド発電所の計画が進んでいる。太陽光で20メガワット、天然ガスで100メガワットを生産する。プラントは2010年12月に稼動予定だったが、何度か延期になり、1月25日に民衆蜂起が起こったことでさらに延期になった(下記の世界銀行製作の映像資料を参照)。

プロジェクトをすすめる国家機関の「新再生可能エネルギー機構」(NREA)によれば、技術を提供していたのはドイツのフェロシュタール( Ferrostaal )とフラグソル( Flagsol )だったが、民衆蜂起の影響でエジプトを離れてしまったという。現在プラントは最終調整段階にあり近日中の稼動開始を目指して準備中だ。

さらに、100メガワットの太陽光プラントが2017年供用開始を目指してコムオンボ(Kom Ombo)で、他にセメント工場のための200メガワットのプラントと民間部門のための1000メガワットのプラントも計画が進んでいるという。

これは、2020年までに再生可能エネルギーの割合を20%に増やすというエジプト政府の目標に沿ったものだ。太陽光はこのうち3分の1程度を産出することが目指されている。

一般庶民がこうした大規模発電プロジェクトの恩恵を、直接的に感じられることはほとんどないが、NREAとイタリア環境省がエジプト西部の砂漠地帯で共同実施したプロジェクトは、地域住民の生活を一変させている。アイン・ザハラ(Ain Zahra)村、ウム・アル・ザヒル(Umm al Saghir)村は西部砂漠地帯の奥地に位置するため未だにエジプトの電力網が到達していない地域である。しかし昨年12月にプロジェクトで太陽電池パネルが設置されたことで、村内の家庭、学校、モスク、病院に電気が通った。プロジェクトが開始されて約半年が経過するが、NREAの職員が今でも現地に村人に止まり技術指導を行っている。

こうした大規模プラントの他に、カイロ貧民街地区を対象にした太陽光電化プロジェクト(ソーラーシティ)も進行している。これは米国国際開発庁(USAID)の資金支援(25,000ドル)を得た小規模プロジェクトで、各家庭の屋根に取り付けられた太陽光パネル(プロジェクト全体で合計35パネル)で、たとえば温水なら家族10人が余裕で利用できる1日200リットルが供給できる。

貧困地区では、過熱装置を持てない家庭が多く、灯油ストーブで水を沸かす作業が女性の仕事となっている。とりわけ冬季には灯油ストーブの取り扱いが原因の事故が多く報告されている。しかし、プロジェクトに参加したアム・ハサイン氏(70歳)の家では、ソーラーパネルのお蔭で、家族は危険な湯沸し作業から解放された。

ムスタファ・フセイン氏は、この小規模電化プロジェクトを高く評価して「政府の電化計画は我々民衆からかけ離れたところで進められています。一方、このプロジェクトでは、私も含めて地域コミュニティーを知っている人間が地域と人々を直接巻き込むことができるのが素晴らしい点だと思います。」と語った。

しかしこのプロジェクトの問題はコストである。太陽光パネル1ユニットを導入するのに678ドルかかるが、導入しようとしている地域の平均年収は610ドルしかない。隣国のチュニジアでは、太陽光パネルの取得に政府による低利の融資を利用することが可能だが、エジプトにはそのような支援体制がない。エジプトでは依然として化石燃料の価格が安く、太陽光エネルギー関連の製品についても国内市場に競争が存在しないことから、再生可能エネルギーの普及を妨げる構造的な問題が存在するのである。

NREAのカリッド・フェクリー研究開発部門長は、輸入資材にかかる高い関税が太陽光発電の高コストにつながっていると話す。「海外の投資家はぜひエジプトに直接投資してほしい。たとえ政情がまだ安定していなくとも。」とフェクリー氏は語った。

エジプトにおける太陽光発電導入の取り組みと課題について報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan戸田千鶴

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「核兵器なき世界」を目指すパグウォッシュ会議とドイツ

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【ベルリンIDN=ジャムシェド・バルアー】

ベルリンでは、今年に入って2度目となる核軍縮に焦点をあてた国際会議が開催されたが、世界の安全保障にとって深刻な脅威となっている何万発にものぼる核兵器の廃絶に向けた重要な足がかりになったかもしれない。

ドイツが国連安全保障理事会の議長国に就任した7月1日、43カ国から現職及び元政策立案者や専門家約300名が参加して、第59回科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議:「軍縮と紛争解決への欧州の貢献」が開催された。なお、今回の会議(7月1日~4日)には、NATO-ロシア関係に焦点をあてる特別シンポジウム(サイモン財団シンポジウム)が初日に催された。

これに先立つ4月、同じくベルリンで、地域横断的な非核兵器国10ヶ国による「核軍縮・不拡散に関する外相会合(ベルリン会議)」が、ギド・ヴェスターヴェレ外相の呼びかけで開催された。

 その際、オーストラリア、カナダ、チリ、ドイツ、日本、メキシコ、オランダ、ポーランド、トルコ、アラブ首長国連邦の10カ国外相は、成果文書「ベルリン声明」の中で、「2010年NPT運用検討会議において合意された、特別会議の2012年における開催に向けた要請に従い、中東における非核兵器及びその他の非大量破壊兵器地帯の創出を促進する決定的重要性」を強調した。
 
ヴェスターヴェレ外相は、パグウォッシュ会議の参加者に向かって、「これ(ベルリン声明)こそが、『核兵器なき世界』の実現に向けて取り組んでいるドイツ政府の姿勢を示すものです。」と語った。会場には米露の軍備管理交渉を担う重要人物であるロシアのセルゲイ・リャブコフ外務次官やローズ・ゴットモーラー米国務長官補佐官も参加しており、各々核兵器削減のさらなるステップについて意見を述べた。

今回のパグウォッシュ会議には、世界の主要地域から多くのオピニオンリーダーが参加したが、その中には、8名の現役閣僚、4名の元諜報機関のトップ、数名の現職国会議員の顔ぶれも見られた。

ヴェスターヴェレ外相は、「NATO加盟国内において、ロシアとの次回軍縮交渉の議題に準戦略核兵器(=戦術核)を加えたいという要望があります。核兵器の脅威から解放された世界、すなわちグローバルゼロの実現こそが、私たちの長期的な目標なのです。そして私たちは、今後も常に、通常兵器の削減を含む、より大きな文脈の中でこうした努力を継続していきます。」と語った。

ヴェスターヴェレ氏は、2009年10月に成立したドイツ中道右派連立政権で外相に任命される前から、ドイツ国内及び外国双方において、核軍縮を進めることが重要な目的と考えてきた。

ドイツ国内における核軍縮とは、つまりベルリンの壁の崩壊、冷戦の終焉、ドイツ再統一から20年が経過するにもかかわらず米国がドイツ領土に保持し続けている約20発の核兵器を撤去することである。また外国における軍縮とは、バラク・オバマ大統領が2009年4月のプラハ演説で実現にむけた努力を公約した「核兵器なき世界」の実現に向けて着実な前進を図っていくことである。

人類への脅威

ヴェスターヴェレ外相は、「核兵器は、たとえ民主主義国家の管理下にある場合でも、怠慢や乱用による誤使用が決してないとは保障できないのです。」と語り、核兵器が人類にとって脅威となるのは必ずしも権威主義体制の国家が保有した場合に限らないと指摘した。

またヴェスターヴェレ外相は、独裁政権の管理下にある核兵器の潜在的脅威について、「権威主義体制の国家が最もやっかいな存在になるのは、自ら核兵器をコントロールしようとするときです。これについてはイラン、北朝鮮が最も顕著な事例といえます。しかしこの問題はより大きな文脈の中でとらえなければなりません。」と語った。

また同外相は、2010年NPT運用検討会議における最終合意に言及して、「10年間に及んだ停滞の後、新たな10年を刻む節目の年に、しっかりとした足取りで軍縮プロセスの再開に漕ぎ着けることができました。また昨年夏には、クラスター爆弾禁止条約(オスロ条約)が発効しました。そしてNATOも新たに採択した戦略概念の中で核兵器なき世界を目標として掲げました。さらに米露両国は、戦略核兵器の削減を合意した新START条約を締結したのです。」と語った。

「これは皆さんのような専門家にとって良いニュースということに止まりません。これは人類にとって素晴らしいニュースなのです。軍縮は、人類にとって、気候変動との戦いと同じくらい重要な任務なのです。」とヴェスターヴェレ氏は付加えた。

ヴェスターヴェレ外相は、「ドイツ政府の平和と安全保障に対する政策は、深く国際連合を基軸に据えたものです。世界の諸問題に対する処方箋は、健全な国際法に立脚した強力な国連の枠内にあって欧州の強力なリーダーシップを発揮していくことです。国連は国際的な安全保障と正当性の礎としての信用を保持していくために、21世紀の現実に適応していく必要があります。」と言明した。

またヴェスターヴェレ外相は、「国連安保理には、アフリカ、南米、アジアが十分に代表されていません。」と述べ、国連安保理枠の拡大を目指すG4(日本、ドイツ、インド、ブラジル)のイニシアティブについて暗に言及した。最近は、南アフリカ共和国がこのグループの5番目の加盟国として度々言及されるようになっている。

ヴェスターヴェレ氏の副官で外務副大臣のベルナ―・ホイヤー氏は、会議前夜の6月30日に講演し、翌日に予定されているサイモン財団シンポジウム:「NATO-ロシア関係における核兵器の役割を縮小させる」に言及して、「核兵器の更なる削減という私たちの共通の政治目標は、相互の信頼関係と対話を育むことによってのみ実現が可能となるのです。」と語った。

ホイヤー外務副大臣は、10年に及んだ停滞の後にコンセンサスを見たNPT運用検討会議、新STARTの締結、NATOの新戦略概念採択に言及し「2010年は、軍備管理にとって素晴らしい年でした。」と語った。

「しかし私たちはこうした成果に満足していてはなりません。私たちは今こそ未解決の問題に焦点を当てなければなりません。NATO-ロシア間に横たわる具体的な諸問題をおざなりに片づけてしまうことはできません。問題の所在を明確に示し、適切な解決法を見出す努力をすることが重要なのです。」とホイヤー外務副大臣は語った。

NATOロシア間の「問題」

解決策を必要とする「諸問題」には、核兵器の削減、通常兵器配備の制限に関する議論の再活性化、NATOとロシア双方がメリットを見出せるミサイル防衛システムの構築などがある。

ホイヤー外務副大臣は、「リスボンサミットで採択されたNATOの新戦略概念によると、NATO加盟諸国は欧州に配備されている核兵器のさらなる削減にむけた環境を創出していく用意があること表明しています。しかし同時に、規模ではNATOを遥かに上回るロシアの備蓄核との不均衡の問題に取り組む必要性について指摘しています。」と語った。

「残念ながら、最近のロシア政府による公式見解をみるかぎり、ロシアは戦術核兵器に関する協議にはあまり関心を持っていないとの意思表示を明確にしています。しかしロシアが拒否しているからといって、私たちが、少なくとも将来における核軍縮プロセスを開始するための具体的な提案さえも議論できないということにはならないはずです。」

「一つの考えは、1991年および92年の米ロ大統領核イニシアティブ(PNI)を復活させることです。」とホイヤー外務副大臣は語った。非戦略核(=戦術核)兵器は、同イニシアティブが発表された1990年代初頭以来、米露間の軍備管理交渉の対象となっていない。従って、今後の新START条約のフォローアッププロセスの中で、戦術核の問題を採り上げることは、政治的、技術的な側面も含めて、複雑かつ難しい試みとなることは明らかである。

「まずは取り掛かりとして、私たちは軍備管理に関する透明性の向上と信頼醸成に焦点を当ててはどうでしょうか。1991年および92年の米ロ大統領核イニシアティブ(PNI)における公約は、今まで説明責任や検証の対象となったことがないだけに、戦術核問題を採り上げる際にはさらなる障害になるかも知れません。しかし私たちはそうしたリスクを恐れずに(戦術核の削減交渉に向けた)動きを始めるべきです。」とホイヤー外務副大臣は語った。

パグウォッシュ会議

パグウォッシュ会議の会長で元国連軍縮担当事務次官のジャヤンタ・ダナパラ氏は、会議の重要性を強調して「パグウォッシュ会議は、核兵器の突出した役割を減らし、核軍縮を促進することに焦点をあてています。」と語った。

会議開催前、ダナパラ会長は、「(7月1日に開催した)サイモン財団シンポジウムは、さらなる核兵器削減への道を開く、より幅広い安全保障問題に取り組む緊急性を示すとともに、2010年NPT運用検討会議後に失われていた核廃絶への機運を再び取り戻すものとなるでしょう。欧州の事例は重要であり、世界の他地域における核の脅威を低減するうえでプラスの影響をもたらすことができるのです。」と語った。

パグウォッシュ会議事務局長のパオロ・コッタ・ラムシーノ氏は、「紛争を外交的に解決する気概を持った人々が集まるこの世界的会合は、ベルリン市からインスピレーションを受けるでしょう。それはベルリンの壁を崩すことができたという事実が、南アジア、中東、朝鮮半島など世界各地でなお直面している難題についても私たちに解決できる可能性があるという希望を抱かしてくれるからです。」と語った。
 
またラムシーノ事務局長は、「今回の(第59回)会議をドイツパグウォッシュグループであるドイツ科学者連盟(VDW)との協力で開催できたことを大変嬉しく思います。VDWは、長年にわたり、科学と社会が交差する領域でおこる様々な難題を解決に導くリーダー的な役割を果たしてきました。」と語った。

今回の会議がそのような期待に応えられたかどうかは誰にも分からない。しかし会議のパネル出席者たちは、タリバンとの対話がアフガン情勢の好転につながるか否かといった話題や、イランの核開発計画、インド・パキスタン間の緊張緩和、アラブの春、イスラエル-パレスチナ紛争の進捗状況、大量破壊兵器の廃絶、福島第一原発事故後の核エネルギー政策等、今日的な重要問題について協議した。
 
パグウォッシュ会議は、世界が冷戦の最中にあった1957年、カナダのノバスコティア州のパグウォッシュに政治的分断をこえて科学者たちが集まり、社会が直面している核兵器の危険性を引き下げる方法を協議したことに始まる。この会議は、1955年に発表されたラッセル=アインシュタイン宣言での呼びかけを受けて創設されたものである。同宣言に名前を冠したことが、アインシュタインの生前最後の公的な活動となった。

パグウォッシュ会議の重要性は、1995年に同会議とその創設者の一人ジョセフ・ロートブラット氏が、「国際政治で核兵器が果たす役割を減らし、長期的にはそうした兵器を廃絶することに努力した」としてノーベル平和賞を共同受賞したことで広く認められた。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩



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|国連|信仰が危機状況に希望をもたらす

【ベルリンIDN=カリーナ・ベックマン】

国連の難民機関である国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、自然災害や武力紛争によって地域社会全体が破壊され、希望が失われた場合、信仰が被災者や難民にとって一縷の望みであると認める重要な一歩を踏み出した。

UNHCRは、ジュネーブで行われた3日間にわたるNGO年次協議会のうち1日を費やし、世界中の「信仰を基盤とした団体(FBO)」の活動と経験に焦点を当てた。これは、UNHCRの60年の歴史上初めてのことである。

UNHCRはその目的を、「保護を提供するFBOの活動の性質、規模、影響へのより良い理解と認識形成のため」「UNHCRと国際的なNGOが、いかに各国地域のFBOとの協力関係を改善し、保護の強化につなげていけるかを検討するため」としている。

このことを念頭において、6月28日の開会パネルディスカッションでは、各国の紛争地域や被災地で活動する、4つの異なる宗教(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、仏教)を背景としたFBOの参加を得て、地域社会に独自の関係を有するこうした団体が、市民の保護にあたり、いかなる強みを持ち、いかなる役割を果たす位置を占めているかについて検討した。

 
パネラーとして、「人道フォーラムインドネシア」のヘニング・パルラン代表、「スーダン教会評議会」緊急支援・復興・開発局(ERRADA)のケディアンデ・アケック代表、ヘブライ移民支援協会のエンリケ・バービンスキー南米局長、創価学会平和委員会の河合公明事務局長が参加した。

UNHCRは、参加者に配布した背景資料の中で、FBOのセッション開催の理由について、「信仰は、紛争や災害によって危険にさらされた人々の生活において重要な役割を果たしていますが、西洋的人道主義はこれまで、主に世俗の非宗教的価値観によって形成されて来ており、信仰の影響を看過したり軽視したりする傾向があり、それどころか、個人的信念の領域を超える信仰の役割については、危険視していました」と論じた。

さらに、「しかしながら信仰は、紛争地帯や被災地の地域社会に深く根をはり、生活の中で大きな役割を果たしています。信仰は、人々がトラウマを乗り越え、人間性を取り戻し、決意の拠り所となり、最もつらい時に、励まし、慈しみ、慰め、希望を与えるのです」としている。

さらにUNHCRは、「パキスタン・アフガニスタンからスーダン、ソマリア、ビルマ、フィリピンにいたる世界各地の民衆蜂起の渦中であれ、自然災害や武力紛争であれ、FBO(地元の団体を含む)は、危険に晒されたコミュニティーの保護に関して重要な役割を果たしてきました」とも論じている。

生存者のエンパワーメント

河合氏とともに、今回のNGO年次協議会に参加した創価学会インタナショナルの寺崎広嗣・平和局長も、こうした見方を共有している。寺崎氏は、「エンパワーメント(励ましの力)は、被災者自らの手による救援活動をも可能にします。それにより人道援助は効果的かつ持続的なものになるのです。FBOには、こうした貢献ができる強みがあります」と語った。

創価学会は、日本全国の会員の支援もあり、本年3月11日のマグニチュード9の地震(東日本大震災)ならびにその30分後に襲った記録的な津波災害に迅速に対応し、緊急支援を行った。津波により福島県にある第一原子力発電所が損傷を被り、炉心融解などの問題が起こった。

河合事務局長は、分科会の中で、200人を超す参加者に向けて、「6月22日の時点で、死者約1万5千人、行方不明者約7千人、避難所や仮設住宅への避難者は約11万人にのぼりました」と報告した。

また河合氏は、「全域が壊滅状態になった町村も多くあります。6月5日の時点で、約39万人のボランティアが救援活動に携わりました。宗教団体をはじめ様々な団体も救援活動に携わっております。創価学会も、そうした団体の一つです。被災地には多くの学会員が居住しており、多くの会館もあります」と述べた。

東京に向かう途上、ベルリンでインタビューに応じた寺崎氏は、「私も実際に東北の被災地に行きましたが、池田大作SGI会長が被災者に贈った“いかなる苦難も心の財は壊せない”等の言葉を被災者の口から何度も伺いました。確たる生命観、精神性に基づく励ましの力こそが、FBOが貢献できる顕著な役割であると思います」と語った。

河合氏は、UNHCR年次協議会の中で、創価学会の地域組織は、被災者の喫緊のニーズに対応する救援活動に取り組み、各地の会館における避難者の受け入れと救援物資の供給を行った、と報告。「東北地方と茨城・千葉両県内にある合計42会館で、約5千人の避難者を受け入れました。また、会員宅が、地域の避難者の受け入れを行うとともに、在宅避難者への救援物資供給の中継地点の役割を果たした場合もあります」と述べた。

また創価学会は、一般の避難所への救援物資の供給も行った。河合氏は「創価学会には、各地に地域密着型のネットワーク組織があります。このネットワークを通して、直接の被災はしていないものの、複合的かつ不安定な状況によって生活環境が大きなダメージを受けた在宅避難者に対し、支援を提供することができました。今回の大震災によって、居住地域の多くでインフラが完全に破壊されたことにより、物資の入手が困難な状況に陥ったためです」と述べた。

三本柱

UNHCRのFBOとの協議からもうかがい知ることができたが、キリスト教とイスラム教のFBO間に緊張関係があることは、いまや公然の秘密である。SGIのような仏教団体が、共通の目的のために両者を橋渡しする役割を果たせるかとの問いに対して、寺崎氏はそのような可能性を否定しなかった。

寺崎氏は、この質問はかつて池田SGI会長が述べた次の言葉、「これまでの複雑な歴史を背景にもつ場合、1対1の対話が難しい場合があります。この場合、一人加わることで『かなえ』となり、対話の足場ができます。仏教はあらゆる意味で『対話』によって成立しており、差異を乗り越え共存することの価値を教えています」を想起しました、と語った。

この観点から、寺崎氏は「SGIは対話のフォーラムを豊穣にするという点で貢献ができるのはないかと信じるものです。今回のUNHCRのNGOとの年次協議会は、まさにSGIを含め、さまざまなFBOが交流することによって、新たな視点をお互いに見出すよい機会になったのではないかと思います。そして重要なことは、こうした対話の機会を継続して議論を深めていくことにあると思います」と述べた。
 
6月28日にアントニオ・グテーレス国連難民高等弁務官が「今年初頭以来、多くの危機が重なってきた。その多くが全く予想しえなかったものであり、多くの人々が故郷を追われることになった。しかし、(同時に)過去からの危機もまだ継続している」と報告していることからも、対話の必要性はますます重要となっている。

グテーレス氏が言及しているのは、最近のコートジボワールの紛争や、現在進行中の北アフリカ・中東の民衆蜂起、アフガニスタン・イラク・ソマリア・スーダンの不安定な状況のことである。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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│グアテマラ│複数パートナーで臨む飢えとの闘い

【キチェ(グアテマラ)IPS=ダニーロ・バジャダレス】

「子どもに与える配給も手にできて、にんじんやたまねぎ、ビーツを育てる家族菜園もやっているのです。」と嬉しそうに語るのはキチェ・マヤ族のマルタ・キニージャさんだ。キニージャさんは2人の子どもの母親で、夫は農業で生計を立てている。

彼女は、グアテマラ首都の北西部にあるウスパンタン(Uspantán)の住民であり、「マヤ食料安全保障プログラム」による支援を受けている。

 慢性的な栄養失調に直面しているキチェ県の6つの地区(サカプラス、キュネン、ネバジ、コツァル、チャジュル、ウスパンタン)の1万250家族がこのプログラムによって利益を得ている。運営は、セイブ・ザ・チルドレン、米国際援助庁(USAID)、フリトレー財団が地元コミュニティー組織と共同で行っている。

1960年から96年に亘って左翼ゲリラと国軍及び右派準軍事組織の間で戦われたグアテマラ内戦では、約250,000人が死亡或いは行方不明となった。先住民が住民の大半を占めるキチェ県は当時政府軍の暴力の矛先となり、国連が支援している「歴史解明委員会(Historical Clarification Commission)」によると、記録されている669件の虐殺事件の内、実に344件の虐殺と人権侵害事件の45%がこの県で発生している。

従ってプログラムの支援を得ているこの地域がグアテマラで最も貧しい地域であるのは偶然ではない。6つの町の児童栄養失調の率は2008年当時、65~78%にのぼっており、当時、国連食糧農業機関(FAO)は、農産物価格の高騰により中央アメリカにおける食糧事情は危機的な状況に陥っていると警告していた。

プログラムでは、大豆、豆、米、油の計40ポンドが各家庭に配られ、健康ワークショップや街頭演劇なども行われている。また、特に3歳以下の子ども(対象地域に9572人)の栄養回復を念頭において、ヤギのミルクも配られている。

「私たちは改良品種の栽培方法と農産物の市場開拓についてのトレーニングを受けています。」とウスパンタンから15キロのところにあるエル・カラコル村でジャガイモ栽培をしているマヌエル・アヒコット氏はIPSの取材に応じて語った。
 
今年5月、20件の農家が、フリトレイ社(米国ペプシコ社の菓子ブランド)への出荷用として2200㎡にジャガイモの作付を行った。今回の作付結果が同社の基準を満たすものであれば将来的に176,000㎡(17.6ヘクタール)に作付を拡大するここととなっている。

「もし私たちが栽培するギャガイモが基準にあえば、フリトレイ社は100ポンド(45.359キロ)当たり200ケツァル(20ドル)で引き取ってくれます。この金額は通常の引き取り額125ケツァル(16ドル)より高いものです。」とアヒコット氏は語った。

「マヤ食料安全保障プログラム」のテクニカル・マネージャー補レオナルド・アルゲタ氏によると、2007年から始まったプログラムの第二段階により、子どもの栄養失調率は、該当地域で78.7%から74.4%まで下がったという。

アルゲタ氏によると、栄養不足はプログラム対象地域の経済状況を背景とした動物性蛋白質の摂取不足にあるとのことである。事実、6つの地区の86%から95%の住民が貧困ライン以下の生活を余儀なくされており、その内29%から41%は極貧レベルに分類される。
 
グアテマラは世界で最も貧富の格差が大きな国のひとつである。国連開発計画(UNDP)の統計によると国内の豊饒な土地の約80%を全人口の僅か5%の人々が所有している。また5歳以下の幼児の約半数が慢性的な栄養失調状態にあり、この割合はラテンアメリカで最悪のレベルである。

「だからこそ、食糧の生産や消費の仕方を工夫する術を身に付けることが村人たちには重要なことなのです。私たちは地域コミュニティーのレベルでそうしたノウハウの蓄積をおこない、いずれプログラムが終息しても村人たちが関連知識や技術を生かしていけるようにしたいと考えています。」とアゲイラ氏は語った。

またこのプログラムは、各地に地元森林品種や果樹の苗木を育成する育樹園を設置し、森林破壊が進んだ自然環境の再生とリスクマネジメントに主眼をおいた指導も行っている。

「こうした小規模ビジネスを支えるプログラム得て、前進していきたいです。それが私の7人の子どもの将来に望むことでもあります。」と、ウスパンタンから9キロのところにあるマカラハウ村で小規模ジャガイモ栽培を営むアンドレス・レイノソ・サハビン氏は語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴


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|テロとの戦い|225,000人死亡でもアフガン、イラクに民主主義は根付かず

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【トロントIDN=S.チャンドラー】

ジョージ・W・ブッシュ大統領が「テロとの戦い」を宣言してから10年が経過するが、この戦いを包括的に分析した最初の報告書が米国で公表された。同報告書は「アフガニスタン、イラク、パキスタンにおいて遂行された戦争は、たいした民主主義の進展をもたらさなかったにも関わらず、これまでに少なくとも225,000人の男女兵士が命を失った。またこの戦争は、米国に最大4兆ドルの財政負担を強いることになるだとう。」と結論付けている。

これら3つの戦争がもたらした夥しい犠牲(人的、経済的、社会的、政治的コスト)の規模を分析した報告書は、ブラウン大学ワトソン国際関係研究所を拠点にしたアイゼンハワー研究プロジェクトが発表した。報告書は、「もしこれらの戦争が継続すれば、米国国防総省は2020年までに少なくとも新規に4500億ドルの支出を余儀なくされるだろう。」と警告している。

 「戦争の代償」と題した同研究所のプロジェクトには、20人を超える文化人類学者、法律学者、人道支援要員、政治学者が参画し、9・11同時多発テロ事件後に米国が遂行した戦争が米軍にもたらした総経費のみならず、直接的・間接的にかかった人的・経済的コストを分析した。

このプロジェクトは、米軍、同盟勢力、及び米国企業との契約スタッフを含む民間人の犠牲について包括的な分析を行った最初の試みである。また、報告書には、戦争に関連した負債にかかる利子や従軍兵士に対する補償費用など戦争にともなう隠されたコストについても評価分析をおこなっている。

研究チームを率いたのはブラウン大学で文化人類学と国際関係を教えているキャサリン・ルッツ教授と、同大学出身でボストン大学政治学教授のネータ・クロフォード博士である。

アイゼンハワー研究プロジェクト報告書「戦争の代償」の要旨は以下のとおりである。

-米国にとってアフガニスタン、イラク、パキスタンでの戦争にかかる経費は、従軍負傷兵に対する医療保障費も含めて3.2兆ドル~4兆ドルになるだろう。ただしこの見積もりには、戦争関連の負債に対して発生する利子分は含まれていない。

-イラク人、アフガン人保安要員並びに米国との同盟関係にある軍事要員を含む軍人及び民間軍事契約業者の犠牲者は、これまでに31,000人を超えている。

イラクとアフガニスタンにおいて戦闘に巻き込まれて死亡した民間人の数は、かなり控えめに見積もっても137,000人にのぼる。

-戦場となったイラク、アフガニスタン、パキスタンで発生した難民の総数は780万人を超える。

-米国国防総省が計上している予算は、その他の諸項目で予算計上されている実際の戦争関連予算の半分に過ぎない。また、戦争がもたらす経済的コストの総額から見れば、ほんの一部分でしかない。

-戦争の経費は大半を諸外国からの借金で賄っている(クリントン元大統領発言)ため、すでに1850億ドルの利子が戦争経費として支払われている。そして2020年までには利子だけでさらに1兆ドルが発生する見込みである。

-これらの戦争に関連した従軍兵士に対する連邦政府の補償費は6000億ドル~9000億ドルに達する見込みである。こうした保障費は、これらの戦争経費を分析したほとんどの報告に含まれておらず、しかも支出のピークは今世紀の中旬になる見込みである。

「このプロジェクトで採用している算出方法は、一般国民に対して外交問題に関する情報開示を民主的に行う上で極めて重要です。一般国民、議会、大統領がアフガニスタンにおける駐留軍の削減や、財政赤字、安全保障、公共投資、復興計画など様々な政策を慎重に検討するにあたり、これらの戦争にかかっている現実の経費を把握していることが不可欠なのです。」とルッツ教授は語った。

「戦争に伴う経費や影響については、数値化できないものもたくさんあります。とりわけ戦争がもたらす影響は戦闘が止めば解決するものではありません。そこでアイゼンハワー研究グループでは、失われた生命、財産、機会など目に見える影響のみならず、戦闘終息後も問題が拡大し続けるような事象も調べ上げ、戦争のコストとして積算することから着手したのです。」
 
アイゼンハワー研究プロジェクトは、非営利、無党派の学術的な新イニシャチブで、その活動目的は1961年のドワイト・D・アイゼンハワー大統領の退任演説の中にあるとしている。アイゼンハワー大統領は同演説の中で、軍産複合体による「正当な権限のない影響力」について警告するとともに、「軍産複合体を油断なく警戒し続ける見識ある市民社会」こそが、民主主義国家において、安全保障と自由という度々矛盾し合う要求をバランスよく発展させていく力となると訴えた。(下の映像資料参照)

同報告書は、「大統領は、米国民と国際社会に対して、米国はアフガニスタンから一部兵力を撤退させるとともに、イラクからの撤退作業も継続するが、戦争そのものは今後も数年にわたり継続されると明言している。一方で、これらの戦争がいかにして始まったのか、そしてそもそも避けられない戦争だったのかについての議論が専門家の間でも続いている。」と記している。

また報告書は、「米軍の戦死者数(約6,000人強)についてはよく知られているが、驚くべきことに、従軍した傷病者数の規模について殆ど知られていない。復員軍人局(VA)に登録された復員軍人の傷病者数は、昨年の秋だけでも550,000人にも及んでいる。一方、民間軍事契約業者に関する要員の死傷規模については、把握もされていない。)と記している。

「アフガニスタン、イラク、パキスタンでは、これまでに少なくとも137,000人の民間人が紛争に巻き込まれて命を落としており、今後もさらに死者は増えるだろう。」と報告書は警告している。また、米国が国軍に対して資金・武器を提供し軍事訓練を施したパキスタンでは、この戦争により隣国アフガニスタンと同規模の死者を出している事実を、この報告書は指摘している。

報告書は、軍人民間人をとわずこの戦争で命を落とした犠牲者の総数については、控えめな見積もりを積算して22万5千人と記している。

「それに加えて、数百万人もの人々が家を追われ難民となり、極めて厳しい生活環境に置かれている。こうした難民の総数は約7,800,000人にものぼり、合衆国の人口に当てはめればコネチカット州ケンタッキー州の全住民が家を逃れて難民と化している状況に相当する。」と報告書は指摘している。

浸蝕される市民的自由

また報告書は、「アフガニスタン、イラク、パキスタンにおける戦争が進展するなかで、米国国内では市民的権利が浸蝕され、海外においては人権が侵害されたと記している。

「これらの戦争がもたらした人的、経済的コストは、今後数十年に亘って米国の納税者にのしかかってくるだろう。しかもコストの中には今世紀中頃に支出のピークを迎えるものも含まれている。こうした戦争コストは、様々な予算のなかに埋め込まれており、国民の目には見えにくいものとなっている。このことが米国内で戦争コストの問題があまり議論されてこなかった背景にある。」と同報告書は記している。

「例えば、大半の人々は、米国国防総省に対する戦争関連の予算配分が、戦争遂行のための予算と考えがちである。しかし実際の戦争関連経費はその2倍にのぼり、戦争がもたらす経済コスト全体となるとそれよりも遥かに大きな金額となるのが現実である。控えめに見積もっても、戦争遂行のために米国が既に支払ったあるいは支払い義務を負った経費の総額は実質ドル価値で3.2兆ドルにのぼる。より現実的な試算だとその総額は4兆ドルにもなる。」

また報告書は、従軍兵士への将来にわたる支払金額が戦争コストの総額の大きな部分を占めることや、失業や金利の上昇といった戦争が米国経済にもたらす甚大な波及効果について警告している。

当初アフガニスタンやイラクに対する米軍の侵攻は両国に民主主義をもたらすものと謳われたが、アフガニスタンでは引き続き米国の支援を得た軍閥が勢力を保持しており、イラクでは、戦争の結果、かえって戦前よりもジェンダー、民族間の溝が深まった事態となっている。世界各国を政治自由度でランクづけした指標でも、両国のランクは低いままである。

報告書は、「米国政府が9・11同時多発テロの後の対応策や、対イラク戦争に関する協議に際して、戦争以外のオプションについて、真剣で説得力がある議論をほとんどしていなかった」とする広く言われてきた見方を再確認した。しかし一方で、「今でも米国政府にそうした選択肢は存在している」と指摘している。

「これらの戦争にともなう被害で未だに数値化や評価できていないものがたくさんある。私たちは限られた予算の中で、米国政府の支出、米国及び同盟国の死亡者数、そしてアフガニスタン、イラク、パキスタンの主な紛争地域における人的損失に焦点をあてた。しかし一方で、戦争に巻込まれた人々の健康、経済状況、コミュニティーが10年に亘る戦闘でどのように変質したのか、そして彼らが直面している戦争がもたらした諸問題についてどのような解決策があるのかについては、未だに解明されていないことが少なくない。」と報告書は指摘している。(原文へ

翻訳=INPS Japan浅霧勝浩

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│中国│鉛汚染で子どもたちに健康被害

【東京IDN=浅霧勝浩】

鉛精錬所や電池工場の近くにある中国の貧しい村に住む数十万人の子どもたちが、深刻な鉛中毒による

健康被害に苦しんでいる。しかも被害者に対してまともな治療がなされていないうえに、真相を求める家族や記者が不当な妨害、圧力に直面している。

これは国際人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」が、河南、雲南、山西、湖南省における鉛汚染被害を報告したレポート『私の子どもは毒を浴びせられた―中国四省での健康危機』(全75頁)に記載されている内容である。このレポートは、中国中央政府が公害規制を強化し、散発的ながら違反工場に対する取り締まりをおこなっているにも関わらず、地方政府当局が、命を脅かすレベルの鉛に晒されている子供たちの健康被害を無視している現状を報告している。

 鉛は毒性が強く人体の神経、生体、知覚機能に悪影響を及ぼす。医療専門家によれば、多量の鉛が体内に摂取・蓄積されると、脳、肝臓、腎臓、神経、胃に作用し、貧血、昏睡、痙攣等の症状を引き起こすほか死に至る場合もある。とりわけ子どもが影響を受けやすく、回復不能な知能・発達障害(学習障害、注意欠陥障害、聴覚障害、多動、死角・運動機能障害等)を引き起こす。

「血中に危険なレベルの鉛が検出された子供たちが治療を拒否され、汚染された村の自宅に帰って行っています。また、鉛の毒性の問題について告発しようとした被害者、両親や新聞記者、コミュニティーの活動家は当局に身柄を拘束されたり、嫌がらせをうけたりして、最終的には声をかき消されているのです。」とHRWのジョー・アモン健康・人権ディテクターは語った。

また同レポートは、過去10年間で多くの大規模な鉛中毒の事例が中国各地で報告されている点を指摘した。こうした事態に中央の中国環境保護部は、地方の役人に対して鉛関連工場の監督を強化し既存の環境法を施行するよう指示してきた。また、同環境保護部は、環境規制に違反した企業や地方役人に対しては刑罰を適用する意向を表明している。

しかし、こうした中央政府の対応も問題の大きさにまったく追いついていない。HRWレポートは、中国政府当局に対して、鉛汚染に晒されている村民たちに対する長期的な視点に立った医療対策を直ちに実施するとともに、鉛鉱毒の除去を行うよう強く訴えている。

「村の鉱毒被害が深刻になってから工場の所有者や地方役人を罰するだけでは不十分です。政府は鉱毒被害者に対して治療の手を差し伸べるとともに、子どもたちが有毒な鉛に再び晒されないよう必要な措置をとるべきです。」とアモン氏は語った。
 
HRWレポートによれば、地元当局は、住民が血液検査を受けられる範囲を狭く区切るなどの恣意的な対応をしているという。それどころか、検査の結果を本人に知らせなかったり、血液中の鉛濃度が高く医師の治療が必要と判明した子どもに対して、単にリンゴ、ニンニク、牛乳、卵など特定のものを食べるよう勧めることですませたりと、人権侵害の例に枚挙に暇がない。

HRWは2009年末から2010年初頭にかけて河南、雲南、山西、湖南省で聞き取り調査を実施し、鉛中毒に苦しむ子供を持つ数十組の両親の経験を克明に記録し、北京、上海で研究調査を合わせて今回のレポートを作成した。

雲南省での聞き取り調査である母親は、「この村で子供たちを診療した医師は、全員が鉛中毒に罹っていると告げました。しかし数か月後、当局は一転して子供たちは全員健康と伝えてきたのです。そして私たちがどんなにお願いしても血液検査の結果をみせてくれないのです。」と証言した。

また山西省での調査では、孫に治療を受けさせようと試みた年配の女性の証言を記録している。彼女は、「政府担当者は私たちにニンニクを渡して孫に大目に食べさせるよう言いました。私たちは孫の病気を治せる薬をお願いしました。すると彼らは鉛中毒用の薬は効かないので提供できないと答えたのです。」と語った。

近年中国中央政府は、各地に広がった産業公害を抑え環境と公衆衛生を守る目的で数々の環境関連の法令を通し普及につとめてきた。

しかしそうした法令の執行状況は一様でなく、既に深刻な鉱毒被害がでている村落で鉛汚染のレベルを軽減する措置はほとんど実行に移されていない。HRWは、こうした被害村落住民が健康的な環境を奪われ適切な健康管理を享受できない状況におかれている現状は、中国政府が「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」及び「子供の権利条約」で規定されている義務を履行していないことを意味すると警告している。

TRWレポートは、今日世界最大の人口を抱え第二位の経済大国となった中国について、過去15年で国内総生産を10倍に伸ばしたと指摘している。まさに公正な目で見て、こうした急速な国内総生産の伸びが、1978年以来実に2億の人々の生活を絶対的貧困レベルから引き上げたのである。

「しかしこの急速な経済発展は一方で、深刻な環境破壊という代償を伴うものであった。この時期広がった産業公害は水や土壌、空気を汚染し数百万人~数億人の人々の健康を危険に晒してきた。実に今日の世界で最も汚染された30都市のうち、20は中国の都市である。」とHRWレポートは記している。

「中国政府はこうした大規模な毒物公害がもたらす環境被害は受け入れられないものだと理解し始めている。しかし残念ながら、政府が無視し続けた結果数十万人もの子供たちが深刻な健康被害に直面している問題については未だに取り組んでいない。」

「中国政府の人権軽視の姿勢は、これまで同政府が、環境汚染から健康被害を最も受けやすい貧しい人々を含む自国の市民に責任を負わないで済む経済開発モデルを推し進めてきたことを意味している。」とHRWレポートは記している。

「しかし産業公害とそれに伴う責任の不在は、もはや健康問題の範疇をはるかに超え、中国においてはたして人権(生存権、適切な生活水準を享受する権利、情報取得の権利、正義へのアクセス権等)を確保できるかどうかに関わる深刻な問題である。」とHRWレポートは記している。

一方でHRWレポートは、鉛中毒危機に対処するための多くの提案を記載している。

まず、世界保健機構(WHO)に対して、中国疾病予防センターに専門知識を提供して、血液検査態勢の充実を図るとともに、中国衛生部と協力して高い鉛の血中濃度が認められた患者に対する包括的な治療計画を策定するよう求めている。

また、中国から天然資源などを得ている外国企業に対しては、取引きのある中国側企業が諸法令を実際に遵守し、人権上の問題がないかどうか、現地工場の訪問や第三者機関による調査を含む監視体制を確立すべきだと提言している。

また、中国における健康、環境、人権問題に財政支援或いは関心を持つ米国、欧州連合を含む各国政府及び国際援助機関に対して、中国国内の産業公害の深刻な現状について中国政府に明確に懸念を伝えるよう呼びかけている。

さらにHRWレポートは、各国政府・機関は、産業公害と鉛中毒に関して正当な権利の行使として政府に抗議した結果、多くの市民が逮捕、拘留されている現状について中国政府を非難するよう記している。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

「復興へ創造的応戦を」(池田大作創価学会インタナショナル会長)

【IPS コラム=池田大作

人間の心は、妙なる力を秘めている。それは、いかなる絶望からも、「希望」を生み出す力である。最悪の悲劇からさえも蘇生し、「価値」を創造する力である。3月11日に東日本を襲った大震災においても例外ではない。

大地震・大津波の発生後、世界中の方々から、ありとあらゆる形で励ましのお見舞い、真心あふれる救援、支援をいただいた。私たち日本人は、この恩義を決して忘れることなく、道は遠くとも、未来を見つめて、復興への歩みを断固として進めていきたい。それが、世界の皆様から寄せていただいた無量の善意への御恩返しと確信するからだ。

歴史家アーノルド・トインビー博士は、「挑戦と応戦」という法則を強調されていた。

「文明というものは、つぎつぎに間断なく襲いきたる挑戦に対応することに成功することによって誕生し、成長するものである」

 人類にとって、こうした苦難との戦いは今後も止むことはあるまい。未曾有の甚大な被害をもたらした大震災に対し、私たちはいかにそこから立ち上がり、「応戦」していくか。試練が大きいからこそ、一つ一つの課題に真摯に粘り強く立ち向かう中で、創造的な人間の英知と前進の軌跡を、後世に示し残せるはずだ。

そこで私が強調したいのは、崩れざる人間の共同体の建設である。
 
想像を絶する大地震と大津波の襲来から、九死に一生を得た体験の多くには、近隣住民のとっさの「助け合い」があった。さらに、通信・水道・電気・ガス等のライフラインが断たれたままの数日間から数週間、被災者の方々の命をつないだ大きな力も、日常生活圏に存在する地縁や地域の共同体の「支え合い」であった。
 
自ら被災し、家族を亡くされ、家や財産を失いながら、手元のわずかな食糧等を惜しまず分かち合い、他者の救援や生活再建のため奮闘する気高き方々を、私も数多く存じ上げている。いざという時に発揮される崇高な人間性の真髄の光に、あらためて感動を禁じ得ない。

私ども創価学会も被災地の全会館を避難所として開放し支援に当たってきたが、そこにも無数の善意の協力があった。震災直後、首都圏からの交通網が混乱する中、新潟の有志が別ルートから被災地へ支援物資を即座に届けてくれたことも、忘れ難い。中越地震(2004年)、中越沖地震(2007年)と度重なる震災と戦ってきた方々は、被災者に何が必要かを痛いほどわかっている。水、おにぎり、非常食、発電機、重油、簡易トイレ等が、夜を徹して準備され、迅速に続々と運ばれた。「新潟の地震の際も、多くの人の支えによって復興できました。今度は私たちが応援する番です」と、友は語っていた。

いうまでもなく、災害は忌まわしい惨禍に他ならない。しかし、近年のスマトラ島沖地震・インド洋大津波(2004年)、中国・四川省地震(2008年)、ハイチ地震(2010年)なども含め、幾多の災害に際して、世界のいずこでも、勇敢にして思いやりに満ちた民衆による相互援助の共同体が現出することは、何と荘厳な光景であろうか。ここに、人間生命に本源的に内在する誇り高き善性を見出すのは、私だけではあるまい。

行政による「公助」は、当然、復興支援の大動脈である。とともに、地域共同体による「共助」が、最前線の現場にあって、隅々に至るまで人々を救う命脈となることを銘記したい。

被災地で復興への努力が続く中、「心のケア」がますます重要となっている。その意味においても、常日頃から、草の根のレベルで、一人一人を大切にし、相手の心の声に耳を傾け、励まし合う庶民の連帯にこそ、不慮の災害にも崩れぬ人間の安全保障の起点があるといって、決して過言ではないだろう。

大災害への応戦は、まさしく「悲劇からの価値創造」である。そのためには、人間の幸福に対する価値観の深化が欠かせないだろう。それは、エネルギー政策も含めた人類の未来像にも影響を与えるに違いない。
 
 あのチェルノブイリ原発事故(1986年)は、人類に多くの教訓を投げかけている。今回の福島の原発事故もまた、世界に大きな衝撃を与えた。

今後の具体的な選択は、それぞれの国で多岐にわたるであろうが、再生可能エネルギーの積極的な導入や、一層の省エネルギー化を図るための技術開発や資源の節約など、新たな歴史の潮流が生まれていることは確かだ。

そこには、持続可能な社会の建設へ、人間の欲望の肥大化を抑え、聡明にコントロールし、昇華させゆく価値観の確立が強く要請されている。

「生活の復興」「社会の復興」「文明の復興」、そして、その一切を支える基盤となる「人間の心の力強い復興」に向けて、私たちは、いやまして衆知を結集し雄々しく応戦していきたい。(原文へ

池田大作氏は日本の仏教哲学者・平和活動家で、創価学会インタナショナル(SGI)会長である。3月11日の大震災に対する創価学会の活動の詳細は www.sokanet.jpで。池田会長による寄稿記事一覧はこちらへ。

│セネガル│もっと簡単に手を洗う

【ダカールIPS=アマンダ・フォルティエ】

もし手を洗うのが楽しいことだとしたら?セネガルでは、ユニークなしくみを使って、簡単に、安く、環境に優しい形で手を洗う試みが始まっている。それどころか、手を通じた感染症の予防にも役立つという。

ダカール市内のクレア・ソレイユ小学校の休み時間。子どもたちが、色の褪せたぶかぶかのベストを着て、追いかけっこをしたり、砂場で遊んだり、泥を蹴り上げたりしている。世界中のどの学校でも見られる光景だ。そこにベルギー人医師のベノワ・ファンエルッケ博士が正面ゲートから入ってくる。

 「ベノワ先生だ!」子供たちは「ワー」と大喜びでファンエルッケ医師の周りに駆け寄った。そして医師の手を取って、モザイクタイルの壁に掛かったカラフルな鉄の箱が並んだ所に連れて行った。箱の中は水で満たされている。アンタ(Anta)という名の女の子が、茶色の石鹸を手にとって泡を出す。すると、クラスメイトが箱のレバーを3回引いて、出てきた水で手を洗うのだ。子どもたちは出てきた水に狂喜して「カナクラ(Canacla)!」と口々に叫んでいる。手を洗うことがこんなに楽しかったとは。

「カナクラ(Canacla)」とは、レストラン、学校、モスクの外など、ダカール各地で広く見かけるようになったセラミックと鉄でできた手洗い用の噴水のことを指す。この名前は、アフリカ大陸の多くの地域で水を蓄えるために一般に使用されている陶器製の水瓶「カナリ(Canari)」と弁(バルブ)のフランス語「クラペット(Clapet)」に由来している。

これは、ファンエルッケ医師の息子ジャックが考案したものである。ある日ジャックは父の手を引いて、砂に仕組みのデザインを指で書いたのである。これによって、アフリカの水不足、手を通じた感染症の拡大、環境汚染などの問題に解決策がもたらされることになった。しかも、地元の資源を使い、地元の職人の雇用にもつながる。

「私はこの30年間、便利、安価で、かつ環境に優しい方法で公衆衛生の問題に取り組むことができないか思案を続けてきました。」と言うファンエルッケ博士は、今は定年退職しているが、熱帯病の専門医として長年に亘ってアフリカ各地で活動してきた。

「カナクラ(Canacla)」は、まさにそうした解決策を提供するものかも知れない。ファンエルッケ博士によると、「カナクラ」はダカール市内の戦略的に便利な個所に設置されているため、通行人はさして意識することなく自然に「適切なタイミングで」手洗いができる。またその際、石鹸を使う習慣も身につけられるのである。ファンエルッケ博士は、「30秒あれば、健康に害を及ぼすバクテリアを手から除去することができる。」と語っている。

「ポイントは、手を洗う際に水を出しっぱなしではないということです。通常私たちは水道で手洗いをする際に、約3リットルの水を消費します。ところが、このしくみを使えば、30分の1の水量で済むのです。つまり『カナクラ』を使うことで水と費用を節約でき、しかもより衛生的にできるメリットがあるのです。」とファンエルッケ博士は実際に目も前で「カナクラ」で手洗いを実演しながら語った。

ファンエルッケ博士は、石鹸で泡立てた手を水で流すと手を振って水を切り、さらに両手の指を組んで素早く擦り合わせながら耳の高さまで両手を持ち上げた。その際、「キュッ、キュッ」と音が鳴った。博士は「これは手が喜んでいる音なのです。」と笑みを浮かべて語った。

すると子供たちは、石鹸を次々と手渡ししながら泡立てると、交代で「カナクラ」のレバーを上げ下げし手洗いを始めた。そして手を乾かす際に手を振ってはしゃぎながら水しぶきをお互いに散らした。この様子をクレア・ソレイユ小学校のレオニー・サディオ副校長は、温かく見守っていた。サディオ副校長は、「2007年に『カナクラ』が5台設置されてから、子供たちの手洗いに対する態度が変化してきています。」と語った。

「私たち教師が最も関心を寄せている点は教育的効果です。今日、持続可能な開発について盛んに議論がされており、中でも水が開発プロセスに重要な役割を担っていると見られています。アフリカの水不足は深刻であり、皆が協力して対処していかなければなりません。そうした対処法の一つが水保全に関する重要性を教育していくことです。基本は衛生に関することですので、そうした教育を早期に開始することで、成長しても水保全の重要性を踏まえた手洗い習慣を身に付けさせることが可能です。」とサディオ副校長は語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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映画が明らかにするスリランカ内戦最後の数ヶ月

【ワシントンIPS=ナシーマ・ノール】

スリランカ国軍とタミル・イーラム解放のトラ(LTTE)の2009年の内戦最終段階(1月~5月)を克明に記録したドキュメンタリー映画「スリランカのキリング・フィールド」が、7月15日、米議会において上映された。映画を紹介したトム・ラントス人権委員会のジェームズ・マクガバン下院議員は「(この記録は)人間の恐るべき最悪の側面を示す実例である」と語った。


ジャーナリストで映画監督のカラム・マクラエ氏(Callum Macrae)が制作したこのドキュメンタリー(50分)は、初め英国の「チャンネル4」で放映された。ヒューマン・ライツ・ウォッチアムネスティ・インターナショナル、国際危機グループ(ICG)、オープン・ソサエティ財団などが制作を支援した。

 スリランカ軍は2009年1月、ゲリラ勢力掃討のため、既にスリランカ北東部の狭い地域に追い詰められていたLTTEに対する総攻撃を開始した。その結果、LTTEに対する決定的な勝利を収めたが、その過程で少数民族のタミル系一般住民多数が戦闘に巻き込まれて死亡した。映画には戦闘を目撃した人々の証言と生々しい虐殺の映像(両勢力の軍人や戦闘に巻き込まれた民間人等がビデオカメラ、携帯で記録し、国連が本物と認証した)が映し出されている。

映画のあるシーンは、軍による病院砲撃後の状況を映し出している。人体が粉々になり、雨で死体から流れた血が目に入ってくる。

国連専門家パネルが今年4月に報告したところでは、スリランカ軍は総攻撃に際してとりわけ砲撃を重視し、安全地帯区域として宣言していた地域にも砲撃を行ったことから4万人が殺害された。当時の目撃者や人権団体は、当時スリランカ軍は、病院や食糧配給所で並んでいた民間人を意図的に狙って砲撃したと主張している。

また別のシーンでは、小さな女の子が壕の中から母親に向かって何かを叫んでいる。わずか数メートル離れたところにいる母親は血を流し、息も絶え絶えなのだが、通常スリランカ軍は負傷者を助けに駆け寄る人々を狙って2次砲撃を行うため、女の子はまわりの人々に引き止められて母親の元に駆け寄ることができずにいる。

他にも、即決で処刑される捕虜の様子、性的に暴行されたとみられる女性の死体なども記録されている。

他方で映画は、LTTEによる民間人攻撃も描いている。国連は、LTTEは民間人を人間の盾として使い、逃亡しようとした民間人を殺害したとの信頼できる証言を得ている。

マクガバン下院議員は、「これらの映像は、単に衝撃的な事実を伝えるということに止まりません。これらはこうした虐殺を犯した責任者の罪を追及する独立調査の必要性を訴える強力な証拠でもあるのです。」「もしスリランカ政府が真相解明に行動をおこせない或いはおこしたがらないということであれば、国際社会はそれに代わって行動をおこさなければなりません。」と語った。

上映会に引き続いて、この映画製作を支援した国際人権団体の専門家たちによる討論会が開かれ、スリランカ政府の責任を追及する取り組みや、最近の国連関連レポート、この問題への米国の対応等について協議がなされた。

国際危機グループのマルク・シュナイダー副代表は、スリランカ軍の行動に関する政府調査を批判し、真実を明らかにし責任の所在を明確にすべきだと発言した。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのワシントン地区責任者トム・マリノウスキー氏は、反乱軍対策は、米軍では民間人と戦闘員を区別して戦闘員のみを攻撃対象とするものと指摘した上で、「スリランカ政府は、反乱軍を掃討するために、まず国際監視団やジャーナリストを追放し、民間人もろとも圧倒的な武力で攻撃し殲滅するという非常な戦略を実行しました。このようなことをすれば、当然国際的な非難に晒されるわけですが、スリランカ政府は勝ちさえすれば歴史は書き換えられるという態度に出たのです。米国は決してこのような戦略がまかりとおることを許さないでしょう。」と語った。

またマリノフスキー氏は、スリランカ内戦とリビア内戦に対する国際社会の対応について言及し、「リビア上空に飛行禁止区域を設けたのは、まさにスリランカで起こったような惨劇を防止するためだったのです。私たちはスリランカ紛争を生き延びた人々に対して、何が起きたかを私たちがきちんと理解しており、虐殺の責任者の罪を追及することを重要視していると伝えることが少なくとも必要です。」と語った。

スリランカ内戦に関するドキュメンタリー映画について報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=山口響/IPS Japan浅霧勝浩

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