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沖縄を取材(世界に響く平和への想い)

Filmed by Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, President of IPS Japan.
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IPS Japanの浅霧勝浩マルチメディアディレクターは、来日中のラメシュ・ジャウラIPS欧州総局長と共に、沖縄戦跡国定公園の「平和の礎」(沖縄戦最後の戦いが行われた摩文仁の地に沖縄戦と終戦50周年を記念して1995年に建てられた記念碑)、「ひめゆり平和祈念資料館」、 旧米国空軍B核ミサイル基地(現在は創価学会沖縄研修道場)を取材した。

IPS Japan

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|沖縄|世界に響く平和への想い

Photo by Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, President of IPS Japan.
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|アフガニスタンー米国|近視眼的な政策から脱するとき

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【ドバイWAM】

「今や歴史に深く刻まれた9・11同時多発テロ記念日は、未だ達成されていない諸目標を思い出させる機会となっている。米国の政策責任者たちが、その後の大規模なテロ攻撃を防止し、アルカイダを敗走に追い込んでいると表明する一方で、テロとの戦いに伴うコストは想像を超える規模となっている。」とアラブ首長国連邦(UAE)の日刊紙が9月11日付けの論説の中で報じた。

「その一例が引き続くアフガン戦争における悲惨な現状である。アフガン駐留軍のデイビッド・H・ペトレイアス司令官は、連合軍(45カ国で構成)の努力は成果を生みつつある、と最近述べているが、アフガン情勢の行方は依然として不透明なままである。」とカリージ・タイムズ紙は報じた。

 「皮肉なことに、9・11記念日の2日前にタリバン指導者のムラ―・オマール師による声明が流された。同氏が声明を発するのは稀なことである。ダリ語、パシュトゥーン語、ウルドゥ語、英語の4ヶ国語で電子メールで配信された同声明は、ラマダン開けを告げる体裁を踏んだものだが、その内容はアフガン人に対するというよりはより広い大衆に対して向けられたものであった。オマール師はその中で、連合軍による軍事作戦は完全に失敗したと断じ、諸外国勢力のアフガンからの撤退を強く訴えた。」

「オマール師は『不信心が外国人侵略者』を嘲笑して、『彼ら自身が現在の戦略的失敗を認めている』と語り、バラク・オバマ大統領に対して無条件かつ早期の撤退を強く訴えた。来年7月に開始予定のアフガン撤退計画については、米国の政策責任者の間でも賛否両論の論争を引き起こしている。たとえアフガンへの兵力増強をはかったとしても、戦争全体の行方がどうなるかはここ数ヶ月の動向が鍵となるだろう。

「アフガンへの兵力を増強しても問題解決にはならないだろう。連合軍兵士による民間人殺害に対するアフガン人の怒りは高まってきており、ムラー師は最近の声明の中で巧みにこの点を強調している。ムラー師はタリバン兵に対してタリバンの規律に従い民間人に危害を加えることを避けるよう命令した。これは明らかに民間人の支持を獲得することを意図したものである。」と同紙は報じた。 

「オマール師が外国軍撤退後のアフガニスタンの政治状況について言及したことも重要なポイントである。このことは、アフガン政府に加わったかつてのムジャヘディン諸勢力(タリバンと共にソ連軍と戦ったイスラム諸勢力)に対して、長期的な観点からより可能性のある同盟関係を改めて考え直すよう間接的なメッセージを送ったのではないかとの憶測が広がっている。」

「反乱軍がたとえ敗走していないとしても、連合軍によって圧迫されているのが現状である。しかし反乱軍に有利な点があるとすれば、外国勢力に対して祖国解放のために戦いを挑んでいるとする大義名分がある。このことは外国諸勢力が無期限に駐留し続けることができない現実とともに反乱軍に有利な要素となっている。それにもかかわらずアフガニスタンには困難な時代がこの先も続くものと思われる。それはオマール師がアルカイダとの関係を絶つことを頑なに拒否していることが、タリバンとの協定を妨げる唯一の障害となっているからである。」 

「また、米国政府がアフガン政策のドクトリンを見直し、事実上前向きな動きを不可能にしている政権内部の対立を少なくとも解消することが重要であろう。また、現在のカルザイ政権の腐敗と統治能力の低さがアフガン人を阻害している現実も忘れてはならない。」と、カリージ・タイムズ紙は結論付けた。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

アラブ諸国と核の地獄への競争

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【イスタンブールIDN=ファリード・マハディ】

国連の潘基文事務総長は楽観的である。あるいは、努めてそのようにしてきた。ニューヨークで核兵器廃絶に関する閣僚級会合を9月に開くと8月3日に発表する2週間ほど前、潘事務総長は「核不拡散に関わる交渉では進展の兆しがみられる」と語った。しかし、アラブ地域と米国での状況をみれば、まったく別の結論が導き出されてくる。

 実際、中東で起こっていることは、地域での原子力競争だ。世界でもっとも紛争に満ち、世界で唯一非核兵器地帯を持たないこの地域で、それが起こっているのである。ラテンアメリカ・カリブ海地域やアフリカは非核地帯であるし、中央アジア諸国や東南アジア諸国にもやはり非核地帯条約がある。 

したがって中東は、少なくとも表面上は核兵器の廃絶に向かって世界が動いている中で、例外的な地位を占めている。 

中東では平和目的のための正当な原子力利用を表明した国がすでに10カ国あり、これにヨルダンとスーダンが最近加わった。その10カ国とは、アルジェリア、エジプト、イラク、モロッコ、クウェート、カタール、サウジアラビア、シリア、チュニジア、アラブ首長国連邦である。 

これら12カ国で、アラブ連盟22カ国の半分を超えている。ただし、連盟中少なくとも5カ国(ソマリア、イエメン、コモロ諸島、ジブチ、モーリタニア)には原子力開発能力がほぼないことを考えると、開発意思を持つ国の割合はぐっと高まる(3分の2以上)。 

危険なレース 

イランの核計画に対する西側の議論が妥当だとするならば、中東諸国がこのような核のレースに踏み出すことはきわめて危険だと言えるだろう。なぜらなら、イラン政府が民生用の原子力開発を追求しているという事実だけで明白な危険を意味し、国の武装化が進み、核兵器を製造するようになる、というのであるから。 

こうした欧米諸国の意見を敷衍させていけば、アラブ諸国が原子力開発を始めれば、そのうち核兵器開発に進む、という理論になる。 

しかし、ここで3つの疑問がある。 

・なぜアラブ諸国が核開発をしなくてはならないのか? 

・なぜ、欧州や米国、そのアジアの同盟国が、アラブ諸国をそうした核のレースに追いやっているのか? 

・イランの原子力開発を口実としてアラブ諸国は核レースを始め、西側諸国はそれを支援しているのか? 

アラブの言い分 

アラブ諸国は、原子力開発を進めることについて少なくとも四つの主張(あるいは正当化)ができるだろう。 
 
まず、中東唯一の核兵器国であるイスラエルが200発以上の核弾頭(インドあるいはパキスタンの3倍)を保有しており、核不拡散条約(NPT)に加わるべきだとの国際圧力を無視し続けている。 

実際、イスラエルは、核事業を国際監視下に置くという要求をすべて撥ねつけている。核施設を国際原子力機関(IAEA)の義務的査察下に置くこともないし、国際的な軍縮協議の場に加わることもないし、中東を非核地帯にするための動きにも関与してこない。 

二つ目の議論は、アラブ諸国は、イランが核兵器国になろうとしているとの言いがかりで中東を痛めつけてやろうという米欧からの国際圧力に始終さらされているというものだ。 

第三に、中東が依然として非核兵器地帯となっていないことだ。中東を核兵器を含めた大量破壊兵器を禁ずる地帯にせよとの要求は、ことごとく無視されてきた。 

第四に、西側の核能力保有国は、「原子力支援」をアラブ諸国に対して系統的に行ってきた。フランスが中心であり、米英がこれに続いている。 

彼らはたんに商業的利益を優先しているだけであり、世界を核の恐怖から救うという善行のパワーゲームを演じているに過ぎない。こうした西側の姿勢を見て、ロシアもまた、政治・経済両面の理由からこのレースに加わるようになってきた。 

すでに原子力開発に踏み出した国 

結果として、アラブ首長国連邦が、サウジアラビア、クウェート、カタールといった他の湾岸諸国に加わって、原子力開発への道を歩み始めた。 

同時に、ウラン資源の豊かなヨルダンは、フランスの巨大企業「アレバ」や日本の三菱とともに、初の原子炉建設のための技術取得を目指して交渉を進めている。 

さらに、ヨルダン政府は、韓国と協力して初の研究炉を設置すると今年7月に発表した。 

ヨルダンの原子力計画は、米欧の政策に対する最初の「反乱」の兆しである。欧米諸国ははヨルダンのウラン濃縮計画に待ったをかけようとしているが、ヨルダンはその意向に従うことに難色を示している。 

また、フランスはカタール・モロッコの原子力計画への支援を約束し、エジプトは原子炉設置に関してロシアと協定を結んだ。 

スーダンもまた、8月22日、原子炉建設を表明してこの核のレースに参加してきた。 

米国の「オプション」 

一方、オバマ大統領が「核兵器なき世界」を実現すると宣言した米国だが、地球上から核兵器の危険を除去するとの意思を本当に見せているわけではない。 

それどころか米国は、核兵器を減らすと一方で言いながら、今後10年間少なくとも3000発の核弾頭を保有し、核兵器を近代化し、いわゆる「スーパー核兵器」の製造を目指すとしている。 

さらに、ヒラリー・クリントン国務長官がある中東歴訪の機会に述べたように、もしアラブ国家が原子力を手に入れたいならば、次の3つのオプションのうちから選ぶべきだと米国は要求している。 

「(イランからの)脅しに屈するか、原子力を含めた自らの能力向上を図るか。それとも、あなた方を支援する用意のある米国のような国と組むか。第三の選択肢がもっとも望ましいとは思いますが」。 

CIAは見ている 

米国の中央情報局(CIA)は大量破壊兵器の拡散に対抗するために拡散防止センターを設置することを決めた。クリントン長官の「オプション」を再確認して米国がアラブ諸国と連携を深める意図を鮮明にしているのか、或いは、たんに中東における地歩を固めたいのかはわからないが。 

CIAのレオン・エドワード・パネッタ長官は、8月18日、新センターでは、「核兵器、化学兵器、生物兵器などの大量破壊兵器の脅威に対抗する」計画を練るために、CIAの分析官と工作員が膝詰めで協力することになると述べた。 

イランというアリバイ 

アラブ地域における原子力レースにはもうひとつの要素がある。それは、欧米諸国が、イランの核計画が彼らにとって、そして世界全体にとっての脅威であるとの見方を広めようとしていることだ。 

イランが民生原子力計画を軍事用の核兵器製造(さらには使用)にまで高める可能性があるという議論は、湾岸諸国だけを狙い撃ちしたものだ。 

それもそうだ。中東は、世界でもっとも豊かな産油地域であり、欧米の「同盟国」も多い。さらに十分な経済力もある。 

強制されてというわけではないが誘われるままに欧米諸国から通常兵器を購入する必要を満たすために、こうした資源が不均衡に使われてきた。いまや、「単純な」軍拡競争を原子力競争に発展させる大きなビジネスチャンスの対象である。 

逆説的なことに、誇大化した愛国主義の発露によってイラン政府がこの原子力競争になした貢献は大きい。 

トルコも原子力競争へ? 

最大の核保有国が火をつけた中東のこの原子力競争の副次的効果のひとつは、トルコが自らの核施設をもつ決意を呼び込んだことであろう。 

トルコ国会は、7月13日、海外沿いの町、メルシン州アックユに初の原子炉を建設するためにロシアとの間で協定を結ぶことを承認した。 

ロシアのメドベージェフ大統領が訪問した5月に結ばれたこの協定によれば、両国は原子炉の建設と稼動の両面において協力することになる。 

ロシアの国営「アトム・ストロイ輸出」が建設を担当するが、費用は200億米ドルと算定されている。建設は今年末にかけて始まり、4基で4800メガワットの出力となる予定だ。 

トルコが二重に果たしている役割、つまり、NATOの主要な加盟国としてのそれと、中東の大国としてのそれを考えると、この原子力計画は大きな意味を持ってくる。 

これらすべての動きが、絶望的な核拡散のシナリオにつながっていく。国連事務総長は、これでもなお、楽観的でいられるというのだろうか? 

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩 

関連記事: 
反核会議の行方を脅かす中東を巡る覇権争い 

|アラブ世界|ISESCO、宗教に対する犯罪の罰則化を訴える

【ラバトWAM】

イスラム教育科学文化機構(ISESCO)は、国際連合に対して、宗教を標的としたあらゆる形の犯罪に対して罰則を適用する国際法を成立させるよう要求した。

ISESCOは、9月9日に発表したコミュニケの中で「フロリダ州の教会「ダブ・ワールド・アウトリーチ・センター」(テリー・ジョーンズ牧師)が9月11日に予定していたコーラン焼却集会は、キリスト教各派の教会、キリスト教、ユダヤ教の聖職者、欧州委員会、米国政府、教皇庁諸宗教対話評議会から非難され、世界中でイスラム教徒による抗議運動を引き起こす引き金となった。」と指摘し、すべての宗教を中傷するあらゆる行為を非合法化する行動を直ちにおこすよう訴えた。

 また同機構は、「イスラム教やイスラムの聖地に対する差別的な攻撃がこのように法的な抑止力が不在な中で継続されている現状は人類にとっての汚点である。」と主張した。同コニュニケは、ダブ・ワールド・アウトリーチ・センターの計画を厳しく糾弾するとともに、全てのイスラム教徒コミュニティーに対して、このような挑発的かつ敵意に満ちた態度に接してもイスラム教の高尚な価値観を遵守した行動をとるよう訴えた。

そしてその具体的な方策として、イスラム教徒中心的な価値観を広く知らしめ、イスラム教に対する歪められたイメージや誤解を解く努力をしていくことを推奨した。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

|輸送と環境|持続可能な交通政策を目指すアジア

【バンコクIDN=浅霧勝浩】

アジア太平洋地域の都市人口は今後20年で毎日15万人ずつ拡大し、現在の16億人が2030年には27億人にまで拡大するであろう。これは、人口移動のパターンや自家用車の利用にも影響を与える。

アジア太平洋地域は、他の地域と比べて、世界で自動車がもっとも多いところである。結果として、交通部門は地球温室効果ガスの発生源としてはもっとも高い成長をみせている。世界全体の温室効果ガスの13%、エネルギー関連CO2排出の23%をこの部門が占めている。

名古屋にある国連地域開発センター(UNCRD)によれば、これによって、人間の健康や都市環境の質、経済生産性、社会的公正、その他の持続可能性に関するあらゆる側面が悪影響を受けるという。

 このことを前提として、「環境面から持続可能な交通(EST)アジアイニシアチブ」がUNCRDと日本の環境省の合同で始められた。ESTの本質的な要素に対する共通の理解をつくること、温室効果ガスの削減など、複数部門にわたる環境・交通問題に地域・国家両レベルで対処するため統合的なアプローチが必要との理解を広めることを目的としている。

現在の参加国は、ASEAN加盟国、アフガニスタン、バングラデシュ、ブータン、中国、インド、日本、モルジブ、モンゴル、ネパール、パキスタン、韓国、スリランカである。

このイニシアチブの下で、2005年に愛知県で「第1回地域ESTフォーラム」が開かれた。この会議で出された「愛知声明」は、12のテーマ領域を基礎として、持続可能な交通に関する目標の包括的リストを提示している。

声明は、目標達成に向けた進展を参加国が定期的に報告する基礎を築いた。その後、アジアの44都市が「環境面から持続可能な交通の促進に関する京都宣言」に署名し、愛知声明で打ち出された目標を承認している。

2009年、ESTアジアイニシアチブは、「環境面から持続可能な交通を低炭素社会とアジアでの緑の成長のために促進するソウル声明」を作成した。この声明はとくに、持続可能な環境と気候変動に対処するために共通の利益をもたらすウィン-ウィン解決に向けた、地域の努力の必要に焦点をあてている。

「持続可能な環境の新しい10年」をテーマとして8月23日から25日まで開かれた「第5回地域ESTフォーラム」では、交通部門に関するさまざまな問題を討議し、とりわけ途上国と移行期経済にある国家を念頭において、さまざまな持続可能な政策オプションに関する参加国間の共通理解を醸成していく戦略的な基盤を構築することを目指した。

タイのバンコクで開かれたこのフォーラムは、タイの天然資源環境省との協力でUNCRDが主催した。日本の環境省や国連アジア太平洋経済社会委員会など多くの国際組織、ドナー組織からの支援も得ている。

フォーラムは幅広い関連問題を取り上げ、アジアからの参加者は、パートナーシップの構築や資金調達メカニズム、都市・地方部の鉄道設置、バス高速輸送、省エネ、持続可能な貨物輸送など、「持続可能な交通」という枠組みの下で多くの経験交流を行った。

交通と持続可能な開発の問題が2011年の「持続可能開発委員会」第19回会議(CSD19)で検討されることもあり、「第5回地域ESTフォーラム」はCSD19に対する地域からのインプットを行う役割を期待された。

その主要成果は、法的には拘束力のない「2020バンコク宣言:2010-20年の持続可能な交通に向けた目標」である。2020年に向けて、持続可能な交通に関する数値目標を打ち出している。バンコク宣言で出された自発的目標は、CSD19への貢献として提示される。

エネルギー
 
 
交通部門はアジアのめざましい経済成長に貢献する重要ファクターであるが、アジアにおける第3位のエネルギー消費部門でもある。そのエネルギー消費は、他の経済部門、他の地域よりも伸びが高く、モータリゼーションの急速な進展と、経済開発による旺盛な交通需要がそれを加速している。

UNCRDによれば、これはアジア太平洋地域におけるエネルギー安全保障に悪影響を与えるだけではなく、大気汚染、世界的な温室効果ガスの排出、交通渋滞、交通事故による死傷、貨物輸送の非効率化、都市への急激な人口移動、経済生産性の喪失などの点でもよくない影響がある。

持続可能な開発に関する世界サミット(WSSD、2002年)で採択された「ヨハネスブルク実施計画」は、各国政府や関連主体に対して、持続可能な開発に向けた交通政策の実施を呼びかけた。

この戦略は、交通の安価性・効率性・利便性だけではなく、都市の大気の質と健康を改善することを目指し、環境面から見てより健全で安価、社会的に受け入れ可能な車両技術を発展させるなど、温暖効果ガスの削減を図ることを目標としている。

のみならず、持続可能でエネルギー効率がよいマルチモード型交通システム(大量公共輸送システムなど)の開発への投資を促進し、パートナーシップを育てることも目指している。

ヨハネスブルク実施計画でなされた約束に沿って、適切な政策的枠組み、組織・政府上の構造、パートナーシップと資金調達メカニズムを作ることが、効率的で安全、CO2をあまり排出しない交通システム・サービスを作るために肝要だとUNCRDは考えている。

「統合的な交通政策を広範に作っていく必要がある。でないと、アジアの交通を積極的に変えていく機会はしばらく失われることになるかもしれない」とUNCRDは警告する。

統合的な交通戦略とは、持続可能なモードへのインセンティブを高めること、自家用車の保有を抑えていくことなどを含む。

持続可能な交通のすべての側面は、互いに補完しあうような形で作られねばならない。都市・農村の両方で自動車に依存しない公共交通システムを作ること、複数モードの貨物輸送インフラ、資金面からみて実行可能な運用・維持に関するビジネスモデル、住民の行動パターンに影響を与える広報と宣伝、省エネと温暖効果ガス抑制を達成するためのクリーン技術といったものが、その要素になるだろう。

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

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|輸送と環境|「危険を克服し、更なる安全輸送を目指す」

世界中の人々のための音楽(民音音楽協会)

【東京IDN=浅霧勝浩】

そのレパートリーの奥行きの深さと次元の広がりは、美しい音楽と華麗な演技が荘厳なる融合をとげたオペラを始め、壮観で躍動的な創作をなすバレエ、魔法のような指揮捌きから紡ぎだされる、感動的なクラシック音楽の調べ、人々の心に歓喜と幸福の息吹を吹き込む、ミュージカル、ジャズ、民族音楽、舞踊、等、他に匹敵するものが無いと言うよりは、途方もなく素晴らしいものであると言える。

Min-on
Min-on

 この全てが「民衆音楽」即ち「人々のための音楽」である。民主音楽協会(民音)は、「音楽が人の誇りを呼び覚ます」との理念の下に、まさにこの「民衆音楽」をもって、人々の生命(いのち)を豊かにし、国籍、人種、世代の壁を乗り越えて、人々の視野を広げてゆく事を使命として、活動を推進している。 

民音の社会的使命の基盤となる音楽文化の役割について、著名な仏教指導者であり、作家、哲学者でもある、民音創立者の池田大作博士は次のように述べている。「優れた音楽には、直接、人間の心に語りかける不思議な魅力があります。この魂と魂の共鳴には、時代を超え、距離を越え、民族を越え、人々の心と心を結びゆく力があるのです。そうした文化の交流こそ、人々が互いの偏見や過去の憎悪を乗り越え、平和な社会を創出する上で、重要な役割を果たせると確信しています。」 

民音のもう一つの使命は、世界中の良質で最上な音楽と舞台芸術を、庶民の手に届く値段で、全ての人々に対して提供することである。 
 おそらく民音は、現在世界における舞台芸術のプロモーターとしては、最大規模の民間・非営利団体であり、日本全国に、毎年500円(約5USドル) の会費を支払う120万人の「賛助会員」を擁して支えられている。一般的に公的資金給付や企業献金によって支えられている、国内外の多くの財団法人とは異なり、民音は賛助会員の会費を基金として運営されている。 

民音はまた、東京国際音楽コンクールを主催すると共に、全国の小中学校及び高等学校を対象に無料コンサートなども開催している。 

東京の行政・経済の心臓部である新宿区の中心に建つ民音文化センターには、民音音楽博物館が併設されており、図書館には12万枚以上のLPやCD、4万5千点を越える楽譜や音楽資料、約3万冊の音楽関連の書籍等を所蔵している。また、音楽博物館には世界中から収集された古典ピアノを始め、アンティークの各種オルゴールや民族楽器等が展示されている。 

民音は1963年の創設以来、世界平和を求める人々の心に具体的な形をもって応えられるように、人と人とを結ぶ架け橋を築く舞台芸術貢進の新たな機会を創り続けてきた。1965年には独立した財団法人として認可を受け、以来、日本最大級の民間文化交流機関の一つといえる程に成長を遂げている。 

「私達は、世界的な新たなるルネッサンス運動と言えるような、世界中の音楽文化の復興を願い、仕事をさせて頂いていています。そのためにも、明日を担う創造力に満ちた世代の、芸術を志向する心を触発する事を目的とした、音楽プログラムを提供できるよう心がけています。」と、民音の代表理事を務める小林啓泰氏は語る。 

こうした活動を目にしてきた人達は、民音は「東京のMETである」と表現する。「MET」とは、即ち、世界中で知られているニューヨーク市のメトロポリタン・オペラ・アソシエーションのことであり、アメリカで最大のクラシック音楽の団体として、年間220回のオペラ公演を主催している。 

しかし実際には、民音が「MET」を大きく凌ぐことは否めない事実である。 

103カ国 

民音は40年以上に渡って、102カ国・地域と共に、音楽、舞踊、舞台芸術の文化交流行事をもって、世界中に友情の輪を広げてきた、と小林氏は語る。本年秋には民音が招聘する、カメルーン国立舞踊団の公演をもって、103カ国・地域との文化交流を果たす事になる。 

民音はまた、世界各国において、日本の著名な音楽や舞台芸術のグループの公演を企画して、日本文化を海外に紹介する大きな役割を果たしてきた。こうした海外公演は、JMF(フランス青年音楽協会)やICCR(インド文化交流評議会)等の各国団体と協力関係を結びながら、海外における日本文化に対する理解を育み、相互交流を果たす目的をもって行われてきた。 

民音が、1979年に開始した「シルクロード音楽の旅」と題する公演シリーズは、10回に渡り、イラク、インド、中国、旧ソビエト連邦、モンゴル、トルコ、エジプト、シリアといった国々のアーティストを招聘して開催された。2007年に一旦シリーズを終了したが、その後2009年には、同シリーズが再開され、エジプト、ギリシャ、ウズベキスタンの芸術家による合同公演が行われている。日本においては、一般的に民族音楽・民族舞踊等に対する関心は薄く、総人口の1パーセント以下の人々しか興味を示さないという現状の中で、こうした公演を開催する事は、真に大志を抱いた試みであったと言えよう。 

民音はまた1981年に、ヨーロッパからミラノ・スカラ座の全キャストを日本に招聘して、日本で初の試みとなる世界第一級の正真正銘のオペラ公演を実現した。また、1999年には、ケニア、ナイジェリア、南アフリカ等のアフリカ諸国から音楽家・舞踊家を招聘して、エチオピアの舞踊団の25回公演ツアーをもって、「アフリカ音楽紀行」と題するシリーズが開始された。その後もこのシリーズは継続されて、2001年にはザンビアからのグループ、そして、2003年にはモロッコからのグループの公演が行われている。 

民主音楽協会は、日本における世界の民族音楽のレコード制作の第一人者としても知られており、世界からアーティストが日本公演に訪れる際に、録音スタジオにおいてレコーディングを行っている。 

また、世界中の若き指揮者の登竜門となる音楽コンクールを開催し、過去30年以上に渡り、海外から招聘したアーティストによる無料の学校コンサートを行って、120万人を越える日本の子供達がその恩恵をこうむってきた。 

民音音楽図書館は、日本国内では最大級の所蔵を有して、一般市民に開放されている。 

1991年に民音が主催して開始された東京国際振付コンクールは、この種のものとしては世界でも指折りの存在であり、世界中から十数名の振付師と舞踊団の参加をもって開催され、将来活躍が期待される若い芸術家のための貴重な舞台を提供している。 

前代未聞の存在 

「日本において、民音のような大変に幅広く各種の音楽を網羅した活動を展開している団体は、他に類を見ない。」と、音楽評論家であり日本作曲家協会会長を務める石田一志氏は語り、「実際には、全世界を見渡しても同等の団体は存在しないのではないか」と言葉を継いだ。 

民音の小林啓泰代表理事はIDNのインタービューに対して「私共は、現在まで102カ国・地域からアーティストを招聘してまいりましたが、一般的な多くの日本人にとっては、それらの国々の中でも、レバノンやヨルダンなど、世界地図の上で何処にあるかを指し示せない国が、少なくとも50カ国くらいはあると思います。」と、語った。 

そして、「中東のある国から芸術家を招聘した際、チケット販売を委託している業者から、苦情が寄せられたことがありました。彼らは、『その国について知っている人はあまりいないし、知っていたとしても内戦が起こっている国であると言う事だけで、そのような国に音楽文化と言えるものがあるとは思えないというのが普通です』と言って、『民音は、そんな国から招聘した芸術・文化の公演を見るために、チケットを購入する人がいると思っているのですか』と、疑問を投げかけられたこともありました。」と、実例を紹介してくれた。 

民音に勤めた過去34年間の経験をふり返って、小林氏は多くの実例をあげながら、「民音では通常約二時間の公演を行っていますが、少々疑問視されるようなアーティストのグループであっても、2時間の公演を見てくださるうちに、お客様の心の中に何かが変化してゆくのを、今まで何度も実際に見てきました。」「実際に、公演終了後にお客様に書き込んでいただいているアンケートの中には、『今日、私は人生で初めて、この国にもこんなに素晴らしい芸術文化があるという事を、学ばせてもらいました。』とか、『いつかこの国に行ってみたいという気持ちになりました。』との声を寄せて下さっています。」と語ってくれた。 

また、音楽博物館の館長代行を勤める上妻重之氏は、「私共は、イラン・イラク戦争の最中に、中東の国々からアーティストのグループを招いて公演を行った事がありました。」と、過去の思い出を語りながら、民音の公演が、お互いに紛争状態にある国々から招いた芸術家の間にも、より良い相互理解を生む手助けとなってきた事実を紹介してくれた。 

「その時、各国のアーティスト達は、各政府機関の間の取り決めをもって来日していた事から、初対面の時はお互いにあまり友好的ではありませんでした。しかし、日本各地を旅して、公演を繰り返して共に過ごす時間が長くなるに連れて、お互いの心の中で少しずつ何かが変ってゆくのが見えて、とても嬉しく思いました。公演旅行の終盤には、同じ舞台に立って演技する彼等の間に、国家間の敵意や憎悪を乗り越えて、お互いに尊敬しあう友情の絆が、ありありと見て取れました。」と、しみじみと語ってくれた。 

また、上妻氏は、中米四カ国からアーティストを招いた際、地理的に隣接する国々でありながら、互いの国を訪れたことが無いという事を知り、大変に驚いたと言う。遠い日本まで来て初めてお互いに出合う機会を得て、お互いに芸術家として尊敬しあい、友情を育むことが出来たことについてふれて「この機会が、其々の国に帰った後も継続される、相互交流と友情の始まりになった事は明らかです。」と語った。 

民音は紛争に苦しむ国々からもアーティストを招聘してきた。「そうした国々からのアーティストの公演には、日本の一般的な市民、特に青少年にとって、大変に素晴らしい側面あり、公演を見た学生達から、民音に対して『何をしたら、あのような国々の人達を支援できるか、是非教えてください』といった手紙が寄せられることがあります。」と、小林代表理事は語る。 

子供達は、学校に来て演奏してくれる音楽家達を通して、そうした紛争に苦しむ国がある事を学び、その国や其処に住む人達についてもっと知りたいとの思いを募らせる。子供達の心に、その芸術家達の音楽に対する敬意が芽生え、テレビでその国の紛争の悲惨な状況を見れば、その芸術家達に対して、個人的な友情や同情さえ感じるようになるのである。 

痛みを共有する 

もう一つの実例として、エチオピアの国立舞踊団のメンバーが、愛媛県の学校の生徒達と会って交流した後に、一人の女子高校生が書いたものを紹介してくれた。「今日まで私は、エチオピアについて殆んど何も知らないという程、本当に無知であった事を白状します。でも今日からは、この国で何が起こっているかを、もっと身近に見ていこうと思い、ニュース等をしっかりと追ってゆく事にしました。いいニュースであれば、あの人達のためにも幸せに感じるでしょう。でもそれが、飢饉とか戦争とかで、あの人達が苦しむような悪いニュースだったら、あの人達の痛みが私自身の痛みに感じられると思います。」 

小林氏は、民音の試みが観客の心の中に、他者に対する関心の思いを喚起している事実を誇りに思っている、と語ってくれた。 

民音が公演の度に配るアンケートに対する回答を見れば、日本の観客は一般的に、外来の文化に触れる事により、感銘を受け感動している事が明らかである。また、開発途上国から来たアーティスト達にとっても、いつものように他よりも劣る立場にいる人々として見られるのではなく、豊かな美しい彼等の文化を演じ示してゆける事が、彼等にとって誇りの源泉となっている事は明らかである。 

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「このような文化交流は、相互に尊敬し感謝しあう心を基盤にした、大変に貴重なものであると言えます。」と、民音広報宣伝部の山口幸雄氏は語る。そして、「文化交流は、どの様な国であれ他国より優れた文化や他国より劣った文化などありえない、という大変に重要な認識を生むことになります。また、文化交流には、他の国々の人々や、彼等の文化に対して、偏見や偏狭な思いを持つ事を諫止する働きがあります。」とも語った。 

民音は今後も、その活動の範囲を更に拡げ続けてゆく事を志向しながら、現代の世界において重要な役割を果たしてゆく事を確信している。「文化交流は、漸進的で、賛美されることの無い、遠回りに思えるような活動ですが、実は、相互理解と平和に向かう最も確実な道であります。」と、小林氏は結論して、「なぜなら、今までこの道を進んで来て、私達自身が成し遂げた事を実際にこの目で見て来たからです。そして、私達はこれからも弛むことなくこの仕事に精一杯取り組んでまいります。」と語ってくれた。

IPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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ロシアの熱波が世界に警鐘を鳴らす

【ウィーンIPS=スティーブン・リーヒー】

Smoke from hundreds of wildfires blankets Moscow. Credit: Citt/flickr/creative commons license

アイオワ州北部の農村にある風力発電なら、温室効果ガスを生まない電気を年間30万ドル分作れるかもしれない。しかし、米国政府が実際にやっていることは、エタノール燃料の製造に対して大量の補助金を提供することだ。しかし、それは地球温暖化には何の効果もない、と地球政策研究所のレスター・ブラウン氏は言う。

ロシアで熱波が発生し、世界的な穀物不足が懸念されている。モスクワでは、8月9日、最高気温37度を記録し、28日連続で30度越えとなった。8月の平均気温が21度だから、猛烈な暑さである。この暑さで、少なくとも1万5000人が亡くなっている。

穀物への被害も深刻で、ロシア、カザフスタン、ウクライナでは、干ばつによって生産が4割以上減るだろうとみられている。これら3国で世界の穀物輸出の25%を占めているが、ロシアのウラジミール・プーチン首相は、ロシアはすべての穀物輸出をストップすると発表している。

 すると、世界中で穀物不足が生じることになる。すでに、今年8月時点で、食料高騰に悩まされた2007年8月よりも小麦やとうもろこし、大豆の価格が高くなっている。

ブラウン氏は、「ロシアの熱波は、世界的な食料供給がいかに脆弱であるかについて、警鐘を鳴らしてくれている」と語る。

「そのような状況の中、米国で生産される穀物のうち25%を大量の補助金によってバイオ燃料生産に費やすのは誤っている」とブラウン氏は主張する。「エタノール補助金をやめ、真の二酸化炭素削減に向けて緊急に動き出すべきときだ」。

ロシアの熱波と世界的な食料危機、地球温暖化対策の関連について考える。(原文へ
 
翻訳/サマリー=IPS Japan

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│スーダン│なかなか進まない少年兵の除隊

【南スーダンIPS=ザック・バドーフ】

ティモシーがスーダン人民解放軍(SPLA)に11才でむりやり入れられたとき、最初にされたことはぶたれることだった。そしてティモシーは駐屯地で、他の兵隊の荷物を運んだり、服を洗ったり、薪を集めたり、食事を作ったりするよう命じられた。 

ティモシーには十分な食べ物が与えられなかった。なぜなら、彼自身によれば、「食べ物は村から集めなきゃいけなかった。SPLAからは特に与えられなかった」からだ。

ティモシーは4月末にSPLAから除隊された少年兵91人のうちのひとりである。2005年に南北スーダンの間で和平協定が結ばれて内戦に終止符が打たれたはずだったが、実際には少年兵が雇われ続けていた。依然として、SPLAには900人の少年兵がいるとみられている(2005年には3000人)。 

SPLAは、国連との協定で、今年12月までに少年兵の使用をやめると約束している。しかし、ある元少年兵によれば、今でも「軍に戻らないか」と電話がかかってくることがあるという。 

少年兵の社会復帰を阻んでいるものは、食料難だ。ひとたび軍から放逐されると、食べる手段を失ってしまうのである。 

南スーダンのユニティ州には「南部スーダン動員解除・軍縮・社会復帰委員会」(SSDDRC)が置かれているが、資源不足のために、除隊された少年兵に対する援助を十分行えずにいる。頼りになるのは、世界食糧計画(WFP)のような国際機関だ。 

ティモシーは、幸運なことに、家族が彼を食べさせることができた。WFPは、ティモシーの家族の別の子どものために3ヶ月分の食糧を供給することで、側面支援した。ティモシーは、もう軍隊に戻るつもりはない。 

南スーダンの少年兵除隊問題について報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=山口響/IPS Japan浅霧勝浩 

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|軍縮|被爆地からの平和のシグナル

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【ベルリンIDN=ラメシュ・ジャウラ】

米国が消し去ることができない核の痕跡を残した2つの地-マーシャル諸島のビキニ環礁と日本の被爆地ヒロシマ-が、新たな平和のシグナルと共に、再び歴史的な観点から国際社会の注目を浴びている。 

7月25日から8月3日にブラジリアで開催された国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は、マーシャル諸島ビキニ環礁の世界遺産(文化遺産)登録を決定した。 

米国は、第二次世界大戦後、冷戦の始まりと連動して、太平洋のマーシャル諸島にあるビキニ環礁において、核実験を再開することを決定した。そして、地域住民を立ち退かせた後、1946年から58年の間に、52年の世界初の水爆実験を含む核実験を67回に亘って実施した。

 ユネスコによると、ビキニ環礁には、1946年の核実験でラグーンの底に沈められた数々の船舶や、水爆実験で出来た巨大なブラボークレーター(ブラボーは実験に使用された水爆の名称:直径1.8キロ、深さ70メートル)など、核実験の威力を伝えるうえできわめて重要な証拠が保存されている 

この実験は、広島に投下された原爆の7000倍もの威力によって、ビキニ環礁の地質、その自然環境、そして放射能を浴びた住民の健康に深刻な爪あとを残した。 

「ビキニ環礁は歴史を通じて、その地上の楽園というイメージとは逆説的に核時代の夜明けを象徴する存在であり続けた。同環礁は、マーシャル諸島共和国初の世界遺産登録地となった。」とユネスコは述べている。 

ビキニ環礁の歴史をたどると、1885年にドイツが植民地化する前には僅かな数の船が訪れた記録が確認される程度である。その後第一次世界大戦(1914年~18年)中の1914年に、日本の海軍が他のマーシャル群島と共に同地を占領、1920年には国際連盟の決定により、日本の委任統治領となった。 

日本は南洋庁(パラオ諸島のコロール島に設置)を通じてビキニ環礁を統治したが、1939年に第二次世界大戦が勃発するまでは、概ね現地の諸問題に関する運営については、同地の伝統的な支配層の手に委ねた。その後ビキニ諸島は、1945年に第二次世界大戦が終結した後は、86年にマーシャル諸島が独立するまでの約30年の期間、太平洋諸島信託統治領の一部として米国の支配下におかれた。 

原爆ドーム 

一方広島の場合、1996年、広島市の平和記念碑(原爆ドーム)が「世界最初の原爆が引き起こした悲劇の象徴」として世界遺産に登録された。 

原爆は1945年8月6日、広島県産業奨励館の上空で爆発、秒速440メートル、一平方メートル当たり35トンの爆風が地上を襲った。同館の建物は破壊され僅かな壁と鉄骨のみが残った。 

戦後、この建物跡は広島市民に「原爆ドーム」の通称で呼ばれるようになり、1966年、広島市は原爆ドームの永久保存を決定、その後定期的に保存工事が行われている。 

2010年広島平和記念式典-毎年8月6日に広島平和記念公園で開催-が今までの式典と異なるのは、過去最多の74カ国(昨年より15か国多い)の代表が参加した点である。 

また昨年10月に原爆記念碑に献花したジョン・ルース駐日米国大使が、(原爆を投下した)米国の外交官として初めて今年の広島平和記念式典に参列したことは、前向きな動きとして多くの日本人に歓迎された。また核保有国であるフランスと英国も、今回初めて平和記念式典に代表を参列させた。 

 また潘基文氏は現職の国連事務総長として初めて、広島平和記念式典に出席し演説を行った。 
 
韓国出身の潘氏は、20万人以上の死者をだした1945年8月の広島・長崎への原爆投下時、まだ幼い子供(1歳)であった。第二次大戦終結から今日に至るまで原爆の影響で命を落とした人々は40万人を超え、犠牲者はいまも増え続けている。「私がここで何が起きたのかを十分に把握したのは、しばらく後になってからのことでした。」と潘事務総長は語った。 

潘事務総長は、そうした認識を背景に、核軍縮と核不拡散を最優先課題に掲げ、2008年10月には、核軍縮に向けた5項目提案(①すべてのNPT締約国、とくに核保有国が条約上の義務を果たし、核軍縮に向けた実のある交渉に取り組む。②安保理常任理事国が核軍縮過程における安全保障について協議を始める。③包括的実験禁止条約発効、兵器用核分裂物質生産禁止条約の交渉を直ちに無条件で開始する。④核保有国が自国の核兵器について説明責任を果たし、透明性を確保する。⑤他の種類の大量破壊兵器の廃絶や通常兵器の生産・取引の制限など補完的措置をとる。)を打ち出している 

潘事務総長は、世界最強の国々によるリーダーシップ、国連安保理への新たな関与、そして新たな活力に沸く市民社会の動向など最近の核廃絶に向けた前向きな動向について触れ、「私たちの力を合わせる時がやって来たのです。」と語った。 

潘事務総長はまた、「同時に、私たちはこの勢いを保たなければなりません。」と語り、自身も9月にニューヨークで軍縮会議を招集し、核軍縮に向けた交渉を推し進める決意を述べた。 

潘事務総長はまた、被爆者の証言を世界の主要言語に翻訳したり、「地位や名声に値するのは核兵器を持つ者ではなく、これを拒む者である」という基本的な真実を教えるなど、学校における軍縮教育の必要性を強調した。 

グローバル・ゼロ 

潘事務総長は、彼自身が「深く感動した日」という長崎訪問の後、広島に来訪した。長崎では、原爆博物館を訪問し多くの被爆者の方々とも面談している。潘事務総長はまた、爆心地に建立した原爆落下中心地碑に献花したほか、別に建立されている原爆朝鮮人犠牲者追悼碑も訪問した。 

潘事務総長は、「長崎訪問を通じて、核兵器は禁止されなければならないという私の確信はより強固なものとなりました。」と語り、全ての国家に対して、5項目提案を支持し、出来るだけ早期に核兵器禁止条約(NWC)制定に向けた交渉に同意するよう強く訴えた。 

「私たちはともに、グラウンド・ゼロ(爆心地)から「グローバル・ゼロ」(大量破壊兵器のない世界)を目指す旅を続けています。それ以外に、世界をより安全にするための分別ある道はありません。核兵器のない世界という私たちの夢を実現しましょう。私たちの子どもたちや、その後のすべての人々が自由で、安全で、平和に暮らせるために。」と潘事務総長は語った。 

潘事務総長は訪問した広島、長崎双方において被爆者団体の代表と面談した。そして広島では記者団に対して、被爆者と対話をとおして、核兵器のない世界実現に向けて「一層努力していく決意を固めました。」と語った。 

また潘事務総長は、被爆者の核廃絶に向けた献身的な取り組みに多くの人々が鼓舞されてきたことについて、「(被爆者の方々の)苦しみは想像を絶するものであり、彼らの勇気と不屈の精神は並大抵のものではありません。」と語った。 

また潘事務総長は、広島の歓迎会での挨拶の中で、核兵器の廃絶は「私たちの共通の夢(Common Dream)というよりも、むしろ常識的な(Common Sense)政策なのです。」と語った。 

このところ、米国とロシアが核備蓄量の3分の1削減を約した戦略兵器削減条約(START)合意など、幾つかの勇気づけられる公約が世界の核兵器国によってなされてきている。また、今年4月にワシントンDCで開催された核安全保障サミットと、5月に国連本部で開催された2010年核不拡散条約(NPT)運用検討会議の双方においても、進展がみられた。 

潘事務総長は、「そしてなによりも」、世界の宗教界、弁護士、医師、環境問題専門家、労働指導者、女性、人権活動家、政策責任者等の代表に加えて、世界の4000都市の市長が参画した平和市長会議の運動など、「市民社会にも(核廃絶を求める)新たな活力が見られます。」と語った。 

「かつて核兵器政策の責任者の地位にいた者や元軍人でさえ、(核軍縮を求める)声をあげているのです。」と、潘事務総長は語った。また、潘事務総長は国連と企業経営者の連携を進めるグローバル・コンパクト・ジャパン・ネットワークでの演説の中で、平和への責任については第一義的には政府にあると指摘しつつも、経済界が果たせる重要な役割についても強調した。 

企業の投資、雇用判断、コミュニティーとの関係、環境や安全保障への取り組みは、そのあり方次第で、「ある国の紛争に火を注ぐ緊張関係を創出したり悪化させることもあれば、一方でその国の平和を維持することにも貢献できるのです。」と潘事務総長は強調した。 

潘事務総長の広島平和記念式典での挨拶は、国連が青年層の(核廃絶への)願望を共有するのみならず、核兵器なき世界の実現にむけた彼らの取り組みを支援する内容であった。このことは、広島平和記念式典に先立って8月1日に広島で開催された青年平和総会及びアジア青年平和音楽祭においても示されていた。 

創価学会インタナショナル(SGI)の池田大作会長の核廃絶を求める呼びかけに応えて、広島県、長崎県、沖縄県を含む日本各地の創価学会青年部員は、NWCの制定を求める署名運動を展開した。 

このキャンぺーンを通じて、合計2,276,167人の署名が集められ、同青年部は、5月にニューヨークにおいて、国連及び核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議に対して署名を提出した。その後NPT運用検討会議では、NWCに十分な注意を払う必要性を強調した最終文書が全会一致で採択された。 

民衆の声を結集して核廃絶を目指す、青年によるキャンペーンを率いてきた白土健治創価学会青年平和会議議長は、広島・長崎・沖縄3県サミットの参加者に対して、「創価学会青年部が6カ国の青年を対象に実施した意識調査の結果は、ほとんどの民衆が『核兵器が廃絶された方が安心できる』と考えているというものでした。」と語った。 

意識調査は日本、韓国、フィリピン、ニュージーランド、米国、英国の10代から30代の青年層を対象に実施され、4,362人が回答した。 

調査結果によると、67.3%が、「いかなる状況においても核兵器の使用は受け入れられない」と回答した。一方、僅か17.5%が、「核兵器の配備を、国の存続が脅かされている状況下において最後の手段として認める」と回答し、6.1%が、「国際テロや大量虐殺を防止するためならば認める」と回答した。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan 

This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service(IPS) and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

|パキスタン|今こそ支援の手を差し伸べるとき

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【アブダビWAM】

「今こそパキスタンに支援の手を差し伸べる時だ。7月末から2日間に亘ってパキスタン北西部を襲った集中的豪雨とそれに伴う洪水により、カイバル・パクトゥンクワ州のスワト渓谷だけでも45の橋が倒壊するなど、スワト(Swat)、シャングラ(Shangla)両地区へのアクセスが不可能となっている。

パキスタンは36時間を越える過去数十年で最も激しい豪雨を受けて国家非常事態宣言を発令した。」と、アラブ首長国連邦(UAE)の日刊紙が報じた。

「現時点で洪水による死者は800人以上にのぼっており、100万人以上が家・田畑を失い被災難民となっている。向こう数日間で濁流は容赦なくさらに南下を続けシンド州に流入し、より大きな被害をもたらすだろう。」とガルフニュースは8月2日付の論説の中で報じた。

 「パキスタン政府は未だに公式な支援要請を行っていないが、友好国は積極的にパキスタン政府に連絡をとり必要な支援物資を特定すべきである。UAEはいち早く行動をおこし、毛布、テント、衣料品、食料を含む緊急支援物資を現地に送り届けた。被害が拡大する様相が明らかな現状から今後の事態を考えると援助物資の重複を心配することなく積極的に新たな支援を現地に対して差し伸べるべきである。例えば、過去2日間、17機のヘリコプターが支援活動に従事しているが被害に対して投入機数が少ないのは明らかである。パキスタン軍はさらにヘリコプターを有しているが、今後保有台数を上回る台数が必要になる可能性もある。」と同紙は付け加えた。

国連人道問題調整事務所(UNOCHA)のパキスタン現地事務所は、「100万人以上の生活が洪水被害により深刻な影響を受けており、国連スタッフはパキスタン政府と協力して避難先、医療支援、飲料水、食料の供給に努めている。」と語った。

「今は、タリバンやアルカイダが国内で活動しているとするパキスタン政府に向けられた疑惑をめぐっる議論をするときではない。同国の国民は早急な緊急支援を必要としているのであり、国際社会は一刻も早くこの緊急事態に応えて各国ができる支援のありかたを見出すべきである。」とガルフニュース紙は結論付けた。

翻訳=IPS Japan戸田千鶴


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