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|国連の未来サミット|トンネルの果ての戦い?

多国間主義は進行中の危機によって混乱してるが、野心的な改革がまだ議論されている。2024年の国連の未来サミットから何を期待するか?

【ニューヨークIDN=リチャード・ゴーワン】

ドイツは今後1年間、多国間主義を強化する方法について、国連加盟国間のコンセンサスを形成するという厳しい課題に直面している。ニューヨークのドイツ政府代表部はナミビアと協力し、2024年9月の国連ハイレベル・ウィークに開催される「国連の未来サミット」の準備を進めている。

アントニオ・グテーレス国連事務総長は当初、新型コロナウィルス感染症のパンデミックを受け、各国大統領や首相が世界システムの改善について議論する機会として、2021年にこのサミットを提案した。しかし、国連ではウクライナやガザを巡る議論が煮詰まっており、外交官たちは今年、国際協力に関する新たな合意を結ぶのは難しいだろうと懸念している。

間違った時期に正しいサミット?

UN Secretariate Building. Photo: Katsuhiro Asagiri
UN Secretariate Building. Photo: Katsuhiro Asagiri

グテーレス事務総長と彼のアドバイザーらは、三つの主な理由で多国間主義の現状を厳しく見る必要があると主張している。第一に、既存の国際機関は、パンデミックや気候変動などの課題に効果的に対処するために必要なメカニズムや権限を欠いていることは明らかである。第二に、事務総長が社会、経済、国際関係を大きく変容させると予測している人工知能(A.I.)のような新技術を規制する本格的なグローバル・レジームがまだ存在しない。第3に、多くの非欧米諸国は、国連やその他の国際機関において、米国や欧州諸国が依然として意思決定を支配しているため、実質的な影響力がないと感じている。

最良のシナリオであれば、国連の未来サミットは国連加盟国がこれらの課題に同時に取り組み、既存の制度をより包括的で効果的なものに改革し、制度の隙間を埋める新たな機関を設立する機会となるだろう。例えばグテーレス事務総長は、国際原子力機関(IAEA)が原子力の利用を監督しているように、AIの利用を規制する新たな国際機関を設立する考えを示している。

外交官たちの中にはグテーレス事務総長の広範なビジョンを認める一方で、このような大きな問題に取り組むには時期尚早かもしれないと疑問を呈する者も少なくない。現在、国連のムードは非常に険悪だ。開発途上国は、開発援助や気候変動への適応にもっと投資するという過去の誓約を守らない富裕国を批判する声を強めている。多くの国々は、米国と多くの欧州の国々がパレスチナ人との連帯を示すことに失敗したとして非難している。アラブの外交官たちは、ガザの若者たちに未来がないのに、どうして国連が「未来」に関する協議を行えるのかと問いかけている。

「未来のための協定」:ドイツとナミビアがリードを取る

ドイツとナミビアは、殺伐とした情勢を背景に、「国連の未来サミット」の準備を管理するという大変な任務を、自ら志願した。二つの共同ファシリテーターは、9月に首脳が採択する「未来のための協定」の初期草案に取り組んでいる。この文書が1月末までに完成するよう回覧された後、この文書に関する交渉が本格的に開始される。国連総会は、加盟国がコンセンサスによって最終的な協定に合意しなければならないことに合意しているため、この交渉は長期化する可能性が高い。

ニューヨークに拠点を置く外交官の中には今後について暗い見通しを抱いている者も少なくない。つまりサミットの存在を、「つかむべき機会」ではなく、むしろ「解決すべき問題」だと考える者が少なくないのだ。しかし、これは誤解かもしれない。ガザでの敵対行為が続く限り、未来の協定に焦点を当てることは困難だろう。しかし、戦争が収束に向かえば、たとえ技術的なことであったとしても、国際システムの改善について話し合うことは、国連加盟国間で共通の目的意識を取り戻すためのひとつの道筋になるかもしれない。サミットはまた、より強力な多国間システムを提唱する市民社会グループにとって、たとえ大きな改革を実現できなくても、グローバルな問題に関心を向ける機会でもある。

ギャップに注意:気候変動と人権が欠けている

昨年、ドイツとナミビアが協定の内容に関する準備協議を主導したが、国連加盟国が合意できたのは骨子だけだった。平和と安全保障、開発、科学技術、未来世代、グローバル・ガバナンスに関する章が設けられる予定だ。国連職員や外交官らによれば、このペーパーは長くても20ページから30ページで、戦略的なレベルになると予想されている。つまり、仮に交渉官たちが協定を通じて大綱的な改革に合意したとしても、詳細には踏み込まないということだ。

一部のオブザーバーは、この概要に潜在的に懸念される2つのギャップを強調している。一つは気候変動で、グテーレス事務総長は以前からこの問題を国連の包括的テーマとすべきだと主張してきた。 国連関係者は、この協定が、新たな協定を提案しないまでも、地球温暖化に対処するための既存の協定やプロセスを支持することを望んでいるという。この協定は、他のテーマについても人権に関連する側面に言及することになっている。欧米の外交官の多くは、国連システム全体が冷戦後間もない時期よりも人権問題に注意を払っていないことを懸念しており、協定が共通の価値観や自由について言及するよう主張する可能性が高い。

より広く言えば、協定の正確な内容についてはまだ議論の余地がある。交渉担当者は材料に事欠かない。グテーレス事務総長は2023年の間に、教育問題から宇宙統治に至るまで11の政策概要を発表し、交渉を活発化させた。また事務総長は「効果的な多国間主義に関するハイレベル諮問委員会」を招集し、昨年夏に国際機関改革の可能性に関する報告書を発表した。しかし、このプロセスに携わる誰もが、国連加盟国はトピックを取捨選択するだろうと認識している。

国際金融アーキテクチャの改革

開発途上国が、協定をめぐる今後の議論の多くを、世界銀行や国際通貨基金(IMF)を含む国際金融機関の監督や活動に集中させたいと考えていることは間違いなさそうだ。多くの非欧米諸国関係者は、現在まだ米国やEU、その他の欧米主要国が支配しているこれらの機関において、より大きな決定権を得たいと考えている。 また、これらの国際的な融資機関が、貧しい国々が融資を受けやすくなることも望んでいる。バイデン政権と欧州各国政府は、脆弱な国々に資金を供給することが必要であることには同意しているが、ガバナンス改革については合意を得るのが難しいかもしれない。

国連安全保障理事会の改革

A view of the meeting as Security Council members vote the draft resolution on Nuclear-Test-Ban Treaty on 23 September 2016. UN Photo/Manuel Elias.
A view of the meeting as Security Council members vote the draft resolution on Nuclear-Test-Ban Treaty on 23 September 2016. UN Photo/Manuel Elias.

もう一つの厄介なグローバル・ガバナンスの問題は、国連安全保障理事会の改革である。ロシアが拒否権を行使して2022年のウクライナに対する全面的な侵略への批判を封じて以来、多くの国連加盟国は安保理加盟国とルールを見直す時期に来ていると主張してきた。バイデン政権はまた、ガザでの作戦を巡る圧力からイスラエルを守るために拒否権を行使したが、米国は依然として改革を望んでいると主張している。常任理事国入りを長年熱望してきたドイツも、進展を望んでいるかもしれない。しかし、今後9ヶ月の間に、国連加盟国が広く受け入れられる改革モデルに合意する可能性はない。2025年の国連憲章80周年に合わせ、この問題に関するハイレベル協議を開催することで加盟国が合意するのが最善の結果かもしれない。

AIおよびその他の新技術の統治

安全保障理事会改革が国連外交にとって既知のテーマだとすれば、「科学技術」に関する盟約の章は、新たな議論の場を開く可能性がある。 グテーレスは、A.I.を監督するIAEAのような機関の提案に加えて、国連加盟国が2026年までに致死的自律兵器システム(LAWS)を禁止する条約に合意し、バイオテクノロジーを管理する新たなメカニズムを確立することを提案している。国連の有力者の中には、この分野でより多くの国際的なルール作りを始めるべき時だという意見に同意する者もいる。米国は、持続可能な開発を促進するためのAIの利用について、拘束力のない国連総会決議案を提出した。この協定は、インターネット、A.I.、データを管理するための指導原則を概説するものである。

Photo: Killer robot. Credit: ploughshares.ca
Photo: Killer robot. Credit: ploughshares.ca

しかし、もし今が新技術について話すのに良い時期であるとしても、外交官や科学者たちは、今がそのような新技術を巡る新しい制度や拘束力のある協定を確立する適切な時期であるとは確信していないようだ。昨年、グテーレス事務総長のA.I.に関する助言パネルに参加した元欧州議会議員のマリエッテ・シャーケは最近、この発展途上の分野を管理する新しい機関の設計を始めるのは時期尚早だと主張した。その代わりに彼女は、各国政府とA.I.開発者は、A.I.を監視する国際的な枠組みを構築する前に、それを管理すべき基本原則と法律を策定する必要があると主張している。「国連の未来サミット」は、この種の探索的な議論のための一つの手がかりを提供するものだが、このような新技術をどのように統治するかについての国連での議論は、将来にわたって続くことになるだろう。

「未来のための協定」における主要な改革に合意するには多くの障害があることから、国連加盟国の中には、この文書がかなり実体のないものになると予測する者もすでにいる。だからといって未来サミットが不発に終わるとは限らない。私が他でも論じているように、加盟国の連合体は、女性の権利などの優先事項の推進に関する、より野心的なサイド・アグリーメント(国連加盟国全員の同意を必要としないもの)をまとめ、9月に署名することができるかもしれない。別の例を挙げれば、気候変動が安全保障に与える影響に焦点を当てることを率先して提唱しているドイツは、気候変動と平和に関する国連の関与を強化することを推進する連合の一員になる可能性がある。

市民社会の役割

国連加盟国がこれらのイニシアティブを正式に主導する一方で、市民社会組織はサミット前のプロセスに更なる勢いを加えることもできる。多くの外交官、とりわけニューヨークの小規模な政府代表部に所属する外交官らは、サミットが何をもたらすかについて深く考える時間がほとんどなかったことを認めている。グテーレス事務総長は相当数の複雑な問題を議論のテーブルに載せているが、その一方で、中東戦争など他の緊急課題にも時間を取られている。今後1ヶ月の間に、非政府組織は、サミットが新技術のような問題で何を達成できるかについて、国連加盟国に助言することができる。

市民社会関係者は、そのグローバルなネットワークを活用し、国連の未来サミットに世界的な注目を集めることもできる。国連関係者は、このところ国連から発信されるネガティブなニュースばかりが目立っているため、国際メディアにこのイベントに注目してもらうのに苦労していることを認めている。グテーレス国連事務総長は、政治指導者たちをグローバルな問題についての議論に引き込みたいと考えているが(昨年9月には国連で、来訪した各国首脳に事務総長の政策説明資料を配布した)、国連改革を優先している国はほとんどない。 今後数カ月の間に、国際市民社会ネットワークがサミットへの関心を高めるよう働きかけることは歓迎されるだろう。

進むべき道

とはいえ、ドイツとナミビアは「未来のための協定」を準備するにあたって、それぞれの役割を最大限に発揮しなければならない。その過程で加盟国間で議論が起こることは間違いない。 しかし、少なくとも両国は、このプロセスを、非常に分裂的な時期を経た多国間主義の将来について、国連加盟国間の外交対話を促進する機会として位置づけることを目指すことができる。共通の出発原則に合意し、新技術や国際的な資金調達などの問題について長期的な対話を始めることができるかもしれない。

UN Photo
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*リチャード・ゴーワンは、インターナショナル・クライシス・グループ(ICG)の国連ディレクターであり、ニューヨークの国連で同組織のアドボカシー活動を監督している。2016年と17年にはICGのコンサルティング・アナリストを務めた。欧州外交問題評議会、ニューヨーク大学国際協力センター、フォーリン・ポリシー・センター(ロンドン)に勤務。ニューヨークのコロンビア大学国際公共問題学部とスタンフォード大学で教鞭をとった経験もある。また、国連政治局、国連国際移住事務総長特別代表室、米国ホロコースト記念博物館、ラスムッセン・グローバル、英国外務英連邦省、フィンランド外務省、グローバル・アフェアーズ・カナダのコンサルタントも務める。2013年から19年まで、『World Politics Review』に週刊コラム(「Diplomatic Fallout」)を執筆。

Original link: https://ny.fes.de/article/the-un-summit-of-the-future-a-fight-at-the-end-of-the-tunnel

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ブハラ: 中央アジアを代表する世界遺産

【ロンドン/タシュケントLondon Times= ユスフソン・ユヌソフ】

ブハラは、歴史と文化の宝庫であり、中央アジアの中心に位置する古都である。この街のルーツは約2500年前に遡り、世界文明の不朽の足跡を残している。ブハラはこうした歴史的な魅力を持つだけでなく、現代にも調和しながら発展を続けている。その壮麗さ、美しさ、そして豊かな遺産は訪れる人々を驚かせ、私たちウズベク人の過去の栄光あるルーツを思い出させてくれる。

ブハラの歴史を知ることは過去を称える一つの形であり、この地に生まれたこと自体が祝福と言えるだろう。古代から、ブハラは文化と交易の中心地として認識されてきた。大シルクロードの交差点に戦略的に位置していたため、東西を結ぶ重要なリンクとなった。シルクロードを通じて、旅行者、商人、学者、そして芸術家が世界各地から訪れ、彼らの文化や知識をこの地にもたらした。

ブハラの歴史

アラブの征服時代には、ブハラはイスラム世界の中心地の一つとなり、東洋の学問と文化の首都として台頭した。中世には、ブハラがサーマン朝の首都となり長期間にわたり政治的、行政的な中心地として栄えた。この街は、世界的に知られる多くの著名人を輩出した。イマーム・アリ・ブハリ、イブン・シーナー、ナルシャヒー、バハウッディン・ナクシュバンド、アブドゥルハリク・ギジュドゥヴァーニーといった学者たちの業績は、世界の知的遺産の宝となっている。特に、9世紀のイスラム神学者イマーム・アリ・ブハリの編纂した『サヒーフ・アル=ブハリ』やイブン・シーナーの『医学典範』などの著作は、イスラム学問および世界的な学問の至宝と評価されている。

また、ブハラの人々は古来から寛容さを示してきた。迫害を受けたキリスト教徒やユダヤ教徒はこの地で安息を得た。大シルクロード上に位置するこの街は、多くの民族の代表者たちが調和して共存する場でもあった。15世紀には、ブハラの金融業者たちは20カ国以上の通貨交換に従事していた。

ブハラの建築群: 美しいランドマーク

image credit: London Post

ブハラには独自の建築様式があり、この地のすべての建物は芸術作品であり歴史的記念碑でもある。この街では、レンガ一つひとつ、模様一つひとつに歴史の息吹を感じることができる。カロン・ミナレット、アルク要塞、アブドゥルアズィーズ・ハーンのマドラサといった建造物は、ブハラの文化的遺産の壮麗さを象徴している。

カロン・ミナレット:

image credit: London Post

ブハラを象徴するこの建築物は、カラハン朝時代の11世紀に建設された。高さ47メートルのこのミナレットは、当時の建築の中でも最高水準の石工技術と装飾を示している。

アルク要塞:

image credit: London Post

この歴史的要塞は、ブハラの統治の中心であった。エミールたちが居住し、国家の決定がなされ、文化的行事が行われた場所である。今日、このアルク複合体は、ブハラで最も古い観光名所の一つとして、世界中から訪れる人々を魅了している。

リャビ・ハウズ集合体:

市中心部の大きな池を囲むこの美しい集合体には、中世のマドラサキャラバンサライが含まれている。その歴史的意義は非常に大きく、街の文化生活を豊かにしている。

現代のブハラ

現在のブハラは、伝統的な建築原則を守りつつ、その歴史的な外観を保ちながら現代生活と調和している。新しい商業施設やビジネスセンター、ホテル、現代的な建物が建設され、観光インフラが発展を続けている。

ブハラは観光の潜在能力が高く、世界中の旅行者を引き寄せている。彼らはこの古代遺跡を訪れ、伝統的な織物や宝飾品、その他の工芸品を購入している。今日、ブハラはウズベキスタンにおける主要な観光地としての評判を誇りにしている。

ブハラ: 東洋の宝石

image credit: London Post

ブハラは単なる街ではなく、一つの民族の歴史、文化、そしてアイデンティティの生きた象徴でもある。この街は私たち(ウズベク人)の国民的誇りを形作り、私たちのルーツを思い出させてくれる。この地のすべての通り、レンガ、庭園は重要文化財であり、世代から世代へと受け継がれる遺産である。

image credit: London Post

伝説の街として、ブハラはウズベキスタンの人々だけでなく、世界中の旅行者をも温かく迎えている。その古代と現代が調和した独特の魅力を通じて、ブハラを訪れることで過去への旅に出ることができる。その壮大さを感じ、ウズベク文化の誇りと価値観の本質に触れることができるのです。この神秘的な街を一度訪れれば、時空を超えた物語の世界に引き込まれることだろう。

古い街並みを散策し、ここで一夜を過ごし、ミナレットの間から昇る朝日を目撃することで、心が喜びに満たされるに違いない。ブハラへようこそ。時を超えた宝物の街へ。(原文へ

ユスフソン・ユヌソフ:ウズベキスタン国立世界言語大学国際ジャーナリズム学部 1年生。タシュケント, ウズベキスタン

INPS Japan/ London Post

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民主主義の課題としての分極化

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ウォルフギャング・メルケル】

本稿の初出はThe Conversationで、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下に再掲載しています。

政治やその係争、民主主義への影響を形作るのは、何よりも社会的対立である。その影響は、対立の程度やその内容によって、プラスにもマイナスにもなる。対立する当事者を反対派とはみなしても「敵」とはみなさず、一般に認められた規範や手続きに従って行われる平和的な対立は、通常は社会の民主的多元主義を拡大させ、開放性、学習と進歩への意欲を促進している。民主主義にも貢献している。しかし、対立は、その性質と深刻さによって社会を「敵と友」(カール・シュミット)に分断し、社会内の信頼、寛容、そして最終的には民主主義を破壊する。(

戦後の西欧社会では、社会経済的な分断がうまく緩和されたことで、経済的、社会的、地域的、文化的な分断が長い間緩和されてきた。形作られた政治的係争や対話は、労働と資本、国家と市場、左派と右派といった社会経済的な分断線に沿って展開された。問題となっていたのは、所得、富、機会の分配であった。この本質的な対立は、工業化以来、苦闘の連続だった。西欧で20世紀後半にこの対立を解消したのは、まず労働組合と労働運動であり、最後に税制と福祉国家、そしてその立役者であるプログラム的に拡散した、人々の政党であった。これらは資本と労働との間の根本的な矛盾を解決することはできなかったが、制度化された妥協の政策によって、社会全体に一定の社会的結束が確保された。

しかし、1989年の画期的な出来事の後、西側諸国の分裂も変化した。冷戦は終わった。経済的・政治的自由主義には華やかな未来が予想されていた。一時的な対立のない土地で、文化的に強調された新たな対立軸が出現した。それ以来、水平的な社会経済的分断線が続いている。欧州でも北米でも、政治的競争と言説は二次元化している。特に文化的な言説が表面化した。

文化的断層線の一方の極には、高水準の人的・社会的資本に恵まれたアカデミックな新中間層がいる。彼らは都市部に住み、経済的に恵まれ、国際的な世界観を持っている。彼らにとって、国民国家は20世紀の遺物である。開かれた国境を主張し、リベラルな移民政策を好み、全てのジェンダーと同性の性的指向に対して平等な権利を強調している。彼らはジェンダーに配慮した言葉を大切にし、気候政策に絶対的な優先順位を置いている。そして、経済的にも、社会から恩恵を受けている。

対立軸のもう一方の極にいるのが共同体主義者である。彼らは正規の教育水準が低いことが多く、強力な国民国家を支持し、そこから厳格な移民管理、社会的保護、経済的支援を期待している。ジェンダー平等の言葉は彼らにとって重要ではなく、エコロジーよりも経済が優先される。自由主義的というよりは権威主義的な態度を志向する傾向がある。社会では経済的に恵まれない人たちである。かなりの人々が右派のポピュリストに、一部は左派の伝統主義者に、政治的な居場所を見いだす。

両グループは深い文化的溝によって隔てられている。互いの無言、軽蔑、あるいは敵意さえも、両陣営を強固なものにしている。これはどこから来たのか? 重要な影響の一つは、政治における道徳主義の高まりである。しかし、道徳主義は道徳性ではない。道徳性がなければ、公正で人道的な政治はありえない。一方、道徳主義は道徳的表現の軽蔑的な形である。それは自己の道徳的立場を独善的に様式化したものであり、自己中心主義の一種であり、自己の道徳的優位性を表現することを指すアイデンティティーの無駄な保証である。このような過剰な道徳主義は、左派リベラルの国際主義者の陣営を特徴づけることがある。もう一方の側は、過剰なナショナリズムと伝統主義のもとで苦しんでいる。両陣営間で意味的・規範的な架け橋を渡すことはほぼ出来ない。新しい二元コードは、真実対虚偽、道徳対不道徳、科学対否定、ナショナリズム対普遍主義である。反対派は政敵になる。異議は言論のリーダーたちによって士気をくじかれている。

文化的な言説が硬直化し、共感や妥協が失われることで、生き生きとした多元主義から、理解も妥協もない分極化へと移行する。従って、最近の分極化研究では、民主化を促す分極化と民主主義を脅かす分極化を区別している。例えば、ラテンアメリカの階級社会では、極端な経済的不平等は、民主化を促す分極化に基づく動員なしには克服できない。これらの社会における民主主義と妥協は、支配者の利益となった。欧州の民主主義社会ではそうではなかった。下層階級に一定の発言権を与えたのは投票だった。民主主義研究者のアダム・プシェヴォスキは、それを20世紀の労働者階級の「ペーパーウェイト」と呼んだことは正しい。

西欧民主主義社会における最近の4大危機は、経済的・社会的に重大な影響を及ぼす一方で、経済が主たるものとして根底にあるわけではない。移民危機、気候危機、コロナ危機、ウクライナへの武器供与の位置づけは、全て道徳的に汚染されている。これら全ての危機において、陣営が形成された。移民・難民擁護者は移民懐疑者や外国人嫌悪者と対立し、ワクチン接種を擁護する者はワクチン接種に反対する者と対立し、気候変動を否定する者は地球温暖化対策が責任ある政策の最高目標であると考える人々と対立した。政治、社会、アナログメディア、特にデジタルメディアにおいて、対立は解決されるどころか、激化していった。各陣営とも、ポジションの獲得を約束した。

分極化の悪性の増大を断ち切るためには、何が必要なのだろうか?われわれは社会、科学、政治における道徳主義を終わらせ、それを批判的な自己反省と理解の道徳性に置き換えなければならない。 多元的な民主主義社会では、利益や価値観が争われることがあり、また争う必要があることを認識しなければならない。「相手方」は敵ではない。人種差別、性差別、外国人嫌悪とは、正当な理由を持って戦わなければならない。越えてはならない一線がある。特に右翼ポピュリズムの横行に対してはなおさらである。しかし、用語に対する定義の力を主張できるのは、自称文化の前衛者たちではない。これらの用語は何度も何度も議論によって書かれなければならないものであり、一流新聞の特集ページやソーシャルメディアで決められるものではない。相互理解志向の対話がなければならない。最終的には、排除するのではなく、包摂することである。民主主義には寛容と異議が必要だ。どちらも痛みが伴う。このことを理解すれば、分極化とその利得者は苦境に立たされることになる。

ウォルフギャング・メルケルは、ベルリン社会科学研究センター(WZB)の「民主主義と民主化」部門のディレクターで、2004年から2020年までベルリン・フンボルト大学政治学教授。2021年よりブダペストの中央ヨーロッパ大学・民主主義研究所の上級研究員。近著に以下のものがある:Resilience of Democracies: responses to illiberal and authoritarian challenges, Special Issue of "Democratization", 2021 (28) 5 (Lührmannと Annaとの共同編集)。Democracy and Crisis. Challenges in Turbulent Times, 2020 (Sascha KneipとBernhard Wesselsと共同編集)。

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国連は実際いくらかかるのか?

【国連Stories】

ファルハン・ハク国連報道官が、国連の予算に関する一般的な質問に答える。国連はどのように資金を調達しているのか、不正や浪費をどのように防止しているのか、人道支援活動には何が費やされているのか、平和にかかる費用は戦争にかかる費用と比べてどうなのか、など。

2023年12月24日、総会は国連の平和構築基金のための特別会計の設置を含む、2024年の国連予算35億9000万ドルを承認した。また、人権問題に関する国連の主要フォーラムである人権理事会の決定に対する追加資金として、5000万ドル近くが採択された。(原文へ

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中国の草の根民主主義が持続可能な開発への道を切り開く

【黄石(中国湖北省)IDN=カリンガ・セネビラトネ】

湖北省黄石市から車で30分ほどのところに、持続可能な開発目標(SDGs)達成への道を切り開いている、草の根民主主義のモデルとなる村がある。SDGsは2015年に国連が採択したもので、中国もこれを支持している。

国連のSDGsアジェンダは、2030年までに目標を達成するための重要な要素として、官民が関与するガバナンスとパートナーシップを強調している。少なくとも2017年から実施されているこの村落開発モデルは、中国が協働ガバナンスの概念を通じて持続可能な開発への関与を強めている好例だ。

武漢大学報道通信大学校のジ・リ教授は「この戦略の成功には2つの主要因がある」と語る。教授は、黄石市の2人の役員を伴って3つの村への訪問を実現してくれた。

「一つ目は、人々が長年にわたって信頼関係を築いてきたこと。二つ目は、(社会事業から)利益を得た際にそれをメリットとみなしたということだ。だから、政府と村民との間の信頼関係の構築には時間はかかったものの、村人たちは(村の開発のための)政府の戦略に従った。」と、長年にわたって中国の開発コミュニケーション分野に携わってきたリ教授は語った。

自律

村レベルで実践されている草の根民主主義は「自主自律」だ。これは毛沢東が1949年に中華人民共和国を建国する以前から存在してきたものだと村のある役人は説明した(公的な発言をすることを認められていないため、匿名)。しかし同時に彼女は、村の開発のこのレベルでは「政府は口出ししないよう努めている。」と語った。

The ancestral worship temple that existed before the PRC was established in 1949 by Mso Zedong. Credit: Kalinga Seneviratne
The ancestral worship temple that existed before the PRC was established in 1949 by Mso Zedong. Credit: Kalinga Seneviratne

「村長は村民が選び、外部の人間は関与しない。」とこの村の役人は説明し「政府は村長を選ぼうとはしていない。村民に村長を選ばせようとしている。中には女性の村長もいる。」と語った。

それぞれの村には、共産主義革命以前からの伝統である色鮮やかな祖先崇拝の寺院が存在する。村人たちはここで集会を開き、指導者を選出し、村の問題を話し合う。各寺院には、このような会合のための中央の囲われた場所がある。村の役人も、開発戦略や政府資金について話し合う必要があるときは、このような場所で村人と会う。

「このような会議では、政府が資金を提供する際、村民は開発プロジェクトに参加したくない場合は拒否することができます。村民がプロジェクトに信頼を置いて参加できるようにするのが村長の役割です。」

村長になるには村民の多数の投票をえて、政府資金の配分について信頼のおける人物だと市の役人から見なされねばならない。

ボランティア集団

陽新県リウ村で31歳のリウ・ドンドン村長と会った。彼はボランティア集団で働いた経験があり、村に戻ってからは農民となり、村の商店も経営している。

「私は村を率いて、人々が経済を発展させ、貧困から抜け出し、幸福指数を向上させ、村を清潔にする手助けをしています。私はまた、村が問題や意見の相違を抱えたときに、(町の役人と)うまく交渉できるよう手助けしています」と董氏はIDNに語った。

政府からの補助金を得て、村にはブドウ園が作られた。「毎日10人がこの農場に働きに来ます。ブドウはワインづくりに使われます。」と村長は説明した。

2015年に作られたこのブドウ園は100畝(6.67ヘクタール)の広さを持つ。2017年までに収穫による収入は30万元(4万3000米ドル)を超え、現在ではワイン造りの売り上げは70万元(9万8150米ドル)を超える。

中国の草の根開発民主主義の概念は、SDGsを実現するための政府資金、草の根の同意、透明な支出の相乗効果に基づいている。

政府からの補助金を得るまで、この村では「村立協同組合」を設置せねばならなかった。機能としては会社のようなもので、経営者2名を選び、組合からの給与で村民がプロジェクトに従事していた。協同組合の代表は、村民によって選出された村のメンバーである。

村民は開発プロジェクトのために村の土地を利用する。利益は組合に入り、村民でその利益を分け合った。村は、プロジェクト開始にあたって政府から得た補助金を返還する必要はない。利益があれば、それはそのまま村に入る。「しかし、もし損失を出せば、政府は役人を送って問題の把握に努めるだろう。もし誰かが重大な過失を犯していたなら、その人物が自ら弁済しなくてはならないだろう。」とドン村長はさらに説明した。

茶プランテーションと油生産

Li Meng Wenweaving a mat outside his home. Credit: Kalinga Seneviratne
Li Meng Wenweaving a mat outside his home. Credit: Kalinga Seneviratne

隣村では、油茶プランテーションと油生産が主要な収入源となっていた。高収量の油茶生産は2010年に始まり、現在は2000畝(120ヘクタール)にまで広がっている。協同組合は「デフ村」の商標で茶油加工工場を運営していた。工場は11月の収穫期以降の2か月間、稼働する。

政府に加えて、38世帯が、自らの土地を抵当に入れて茶畑に投資する形で協同組合に出資している。彼らは年に1500元(210米ドル)を見返りとして手にする。

プランテーションの入口には、この事業の投資についての大きな説明板がある。黄色で囲ったリストには、労働者の名前と彼らがいくらを手にしているかが書いてあった。緑の枠内には、村民が(投資者として)いくらの収入を得ているか、青の枠内には土地所有者の名が書かれてある。

プランテーションの入り口には、この事業の投資について記した大きな掲示板がある。黄色の欄には労働者の名前とその所得が記載されている。緑色の欄には村人が(投資者として)いくら収入を得ているか、青色の欄には土地所有者の名が書かれている。きわめて透明性の高い仕組みだ。

「もし土地を借りれば、組合からの分配金は2割増しになります。私はここで働いて、組合からお金をもらっている。これが貧困から抜け出る方法です。組合は貧しい人々に働いてもらって、お金を得てもらいたいと考えています。」と、地元民のリ・ユドウさんは語った。

しかし、自宅の外で敷物を編んでいた72歳の村民リ・メンウェンさんは、自分の子に支えられていると語った。しかし、家庭用にサツマイモといくらの野菜を育てている。「敷物編みはただの趣味です。」と彼は語った。

2019年、村の組合は80万元(11万2254米ドル)の収入を得た。毎年11月の果実収穫期になると、100人近い村人が近隣から集まって、油茶とぶどうのプランテーションで働く。

観光会社

今回訪れたもう一つの村は李村で、山、水田、水路が織りなす風光明媚な場所で、地元コミュニティが観光事業を立ち上げている。夏の間、観光客はトレッキングに訪れ、自転車を借りてサイクリングを楽しんだり、古い村の家屋建築を模して新しく建てられたレストランで特別な郷土料理を味わったりしている。

IDNの取材と共に村に入った観光開発局のチェン・ヤンファンさんは、自身の役割は村の経済発展の支援にあると語った。「村の開発のための戦略を策定しています。時々は村長を訪ねて、戦略策定のための助言をもらったりしています。村長から意見をもらって、合意が得られれば、村への資金支出を監督します。」と説明した。

町の役人は村を「貧しい」と表現したが、ほとんどの村民は2階建てか3階建てのコンクリートの建物に住んでいる。30代から50代の村民のほとんどは都会に働きに出るが、村の自宅をよくするために投資をするのだという。また、村の協同企業の利益の3割は村の貧困層に配分される。村々には、政府の補助金で建てられた学校や診療所もある。

村の訪問の際、リ教授は村の古いお寺の壁に刻まれた格言を指さした。そこには、原則的に法廷に行ってはならない、と書かれてあった。村長や村人同士での話し合いの中から自分たちで解決策を見つけろ、という意味だ。問題解決に他人を関与させてはならない、という教えである。

「ここでの民主主義とは、他人に問題の解決をゆだねない、ということだ。議論し、自分たちで解決することが大事なのです。」と彼女は説明した。(原文へ

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【ホーチミンシティIDN=ル・タン・ビン】

ベトナム南部のメコンデルタは長年にわたって米の穀倉地帯であり、今日では2000万人以上の食料源となっている。しかし、気候変動による干ばつや河川水の塩分濃度上昇が、食糧安全保障を脅かしている。

メコン川は中国に源を発し、中国、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムのアジア6カ国を流れて東シナ海に注ぐ。今日、主要な米輸出国であるベトナムは、主にメコン川に依存して稲作を行っている。

しかし、現在では、中国やラオス、カンボジアに建設された多くのダムが上流からの水の流れを妨げるようになっている。さらに海面上昇による塩水の浸入に、エルニーニョ現象も加わって、耕作用水の大幅な損失をもたらしている。

この10年で、メコンデルタ地域では2016年と20年の2回、大きな干ばつを経験した。昨年にも水不足があり、メコンデルタの農民の生活や生産、ベトナム経済全体に大きな悪影響を及ぼしている。

水文気象学局がベンチェ省で開いた、ベトナム南部における洪水や干ばつ、塩水浸入に関する会議で提示された情報によると、2023年9月、カンボジアのトンレサップ湖の水量が徐々に上昇して15年レベルに回復したが、それでも長年の平均より約1メートル低い。

トンレサップ湖はメコン川の水によって形成された湖で、1年の半分は田んぼとして利用されている。メコン川の逆流によってこれが可能になっている。トンレサップ湖の水かさは10月半ばまでは徐々に回復してきていたが、それ以降は再び減少している。

2023年9月、トンレサップ湖の水量は近年の平均の3割少ない。今年末までには、水かさは平均よりも1.3~1.6メートル程度低くなってしまうとみられる。上流のカンボジアから下流域とメコンデルタ地域への乾季における流量は、平均よりも20~25%少なくなるとみられる。

エルニーニョは4月か5月まで続く見通し

加えて、2016年と同じく、「強力」~「きわめて強力」の強度を持ったエルニーニョ現象が今年4月か5月まで続くとみられている。乾季までの平均気温は、例年の0.5~2度と例年より高い。メコンデルタの雨季は早く終わり(11月中旬以前)、年間の総雨量は例年よりも少なくなっている。

計算によると、今年の乾季中における川の塩分はこのところの平均よりも高く、2022年の同時期に比べて高くなっているという。とりわけ、今年3月における支流のティエン川、ハウ川における塩分量は、このところの平均よりも1リットル当たり3~5度高くなりそうだ。

ベンチェ省農業農村開発局のブイ・バン・タン副局長は昨年9月、塩水の浸入で2カ月間は地元に影響が出るだろうと語っていた。例年、塩水の浸入は年間3カ月ほど起こっているが、ひどい年には半年も続くこともある。

2019~20年の乾季には、干ばつと塩水の浸入が例年より早く起こった。浸透度も高く長期化したため、冬春期収穫のコメが5000ヘクタール以上、果樹が2万7000ヘクタール以上、水産養殖2000ヘクタール以上が被害に遭い、総被害額は1兆6000億ドン(1億3590万米ドル)を超えた。

タン副局長は、深刻な塩害が発生した際の水文気象学的レポートを早期に発表し、特に、いつ、どこで、人々が確保できる淡水があるのかについて発表するよう勧告している。警告を強化し、被害を抑えるために、地元は技術、設備、自動塩分濃度、水位監視システムで支援されなければならない。

管理部門や専門家は以前、水量が少なく雨季が早く終了し、エルニーニョ現象が長く続いた2016年の乾季には、15年と同じく、メコンデルタには厳しい干ばつの可能性があると述べていた。

この7年前の乾季には、干ばつの長期化によって60万人が飲み水不足に陥り、16万ヘクタールの土地が塩化し、5兆5000億ドン(2億2660万米ドル)の被害があった。

2023~24年の冬春期のコメの収穫では、メコンデルタ地域の147万ヘクタールの田で1060万トンの収穫があると予測されている。これは、面積で150万ヘクタール分、収量で1100万トンだった昨年よりも少ない。

農業農村開発省では、カマウ半島における10万8000ヘクタール分のエビやコメの生産が水不足の影響を受けると予測している。2015~16年乾季の塩水浸入の際には、ロンアン、ティエンザン、ベンチェ、チャーヴィン、ソクチャンの各省で、約6万ヘクタールの冬春期収穫のコメと4万3000ヘクタールの果樹で水不足が生じた。

ベトナム農業農村開発省は、干ばつと塩化が農業生産に与える悪影響を農民が乗り越える支援を行うために、多くの短期・長期的な提案を行っている。

Rice fields on the banks of the Mekong River in South Vietnam. Credit: Kalinga Seneviratne.

たとえば、日常生活と生産用に淡水貯蔵施設を作ること、塩水の浸入を防ぐために河口に塩水防止施設を建設することなどである。

ティエンザン省農業農村開発局のトラン・ホアン・ナット・ナム副局長は、同省は干ばつや塩水浸入の防止作業を積極的に行っていくと語った。

西部の果樹栽培地域の塩害防止を確実にするため、ティエン川を結ぶ6つの暗渠を建設した。「東部では、ゴコン緩衝地帯によって、塩水の分離や排水などの塩化防止策を講ずることとしている。」とナム副局長は語った。

加えて、ティアンザン省は、(チャウタン地区にある)ティエン川から420メートルに位置するヌグエン・タン・タン運河に塩水浸入防止排水溝の完成を急いでいる。2022年11月半ばに始まった事業には5180億ドン(2130万米ドル)が投資されている。完成時には、塩化防止と淡水の提供・灌漑によって、ティエンザン省とロンアン省の110万人の生活と12万8000ヘクタールの農地に奉仕することになっている。

「南部灌漑利用社」メコンデルタ支局長のル・トゥ・ドゥ氏は、「支局では(キエンザン省)カイロン-カイベ下水道の内外で塩化の状況をモニターしている。」と語った。

これは、3兆3000億ドン(1億3590万米ドル)を投じたメコンデルタ地域では最大の灌漑事業であり、メコンデルタのカマウ半島の40万ヘクタール近い土地の水を管理するものだ。事業期間に突貫工事で建設された。

コロナ禍の2年間で、塩水浸入の任務は達成された。「ベトナム政府とメコンデルタ地域の人々の努力によってすべての資源を動員することで、私たちは困難を克服し、豊作を達成するでしょう。」とトゥ・ドゥ支局長は語った。(原文へ

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「イエス・キリストと釈迦牟尼は平和を愛する非暴力の推進者でした。(教皇フランシスコ:2022年5月28日)」

【Agenzia Fides/INPS Japan長崎=ヴィクトル・ガエタン】

ニューヨーク国連本部3階の総会会議場のすぐ外には、焼けただれ傷ついた聖アグネス像が安置されており、核兵器がもたらす恐怖と破壊力を今日に伝えている。(スペイン語版)(ドイツ語版)(イタリア語版)(フランス語版)(英語版)(中国語)

Urakami Tenshudo (Catholic Church) Jan.7, 1946./ Photo by AIHARA,Hidetsugu. / Public Domain

殉教時に処刑人による殺害の試みを何度もかわした伝説で知られる聖アグネスの石像は、1945年8月9日の米軍による長崎への原爆投下でも消滅をまぬがれた。その原子爆弾は当時アジア最大のカトリック教会である浦上天主堂から500メートルの地点で炸裂、6万〜8万人を焼き尽くし、そのうち兵士は150人もいなかった。聖アグネス像は、天主堂の瓦礫の中でうつ伏せの状態で発見された。

機密解除された米国防総省の文書は、長崎が初期の原爆投下目標リストに含まれていなかったにもかかわらず、なぜ標的にされたのかという謎を解明している。つまり、1942年にバチカンが日本と国交を樹立したことへの報復として、日本で最も歴史あるカトリックコミュニティーを消滅させるために、土壇場で長崎が未知の手によって手書きで加えられていたのだ。米国は敵国である日本と外交関係を樹立したバチカンを許せなかったのだ。

被爆者の声

国連の聖アグネス像の前で、私は反核活動家であり、約1200万人の会員を擁する在家仏教運動、創価学会インタナショナル(SGI)の寺崎広嗣平和運動総局長に会った。創価学会は1930年に設立された日本最大の仏教団体である。

Hiromasa Ikeda, vice president of SGI meeting with Pope Francis during the Vatican conference “Prospects for a World Free of Nuclear Weapons and for Integral Disarmament.”  Credit: Centro Televisivo Vaticano

SGIは、13世紀の日本の仏教僧である日蓮が確立した仏法を信奉している。東京八王子市の創価大学とカリフォルニア州アリソ・ビエホ市のアメリカ創価大学も、この信仰の伝統と関連している。バチカンとの定期的な協力団体であるSGIは、バチカンが2017年に開催した「核兵器なき世界と統合的な軍縮への展望を巡る国際シンポジウム」に参加したパートナーである。教皇フランシスコは、創価学会の第3代会長として大きな影響力を持った池田大作氏が昨年11月に95歳で逝去した際、公式の弔意を寄せている。

寺崎氏は、核兵器禁止条約(TPNW)第2回締約国会議に出席するため国連本部を訪れていた。この野心的な軍縮条約は、核兵器の保有を禁止する史上初の条約であり、署名国数は直近のスリランカを含む93にのぼる。2021年1月22日に発効した。

寺崎氏は、創価学会の軍縮へのコミットメントは半世紀以上前にさかのぼり、核兵器によるホロコーストという悲劇的な体験と直結していると説明した。日本の創価学会青年部は1972年、ヒバクシャと呼ばれる原爆投下を生き延びた人々の戦時中の体験について証言を集め記録することで「基本的人権である生存権を守る」キャンペーンを開始した。それから12年間、青年たちは何千もの証言を集め、最終的には全80巻からなる証言集『戦争を知らない世代へ』を編纂した。

The 2nd meeting of state parties to TPNW will take place at the United Nations Headquarters in New York between 27 November and 1 December this year.
The 2nd meeting of state parties to TPNW toook place at the United Nations Headquarters in New York between 27 November and 1 December in 2023. Photo: Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan.

「私自身も当時この聞き取り運動に関わり、被爆者の悲惨な証言に向き合うことになりました。一旦は取材に応じてくれたものの、いざ始まると、苦しみと痛みの重みに声をつまらせる人もいました。しかし、被爆の苦しみやトラウマを勇敢に語ってくれた人たちもいました。彼らのある意味、嗚咽を吐くように紡がれた、その一言一言を聞くという当時の経験が、今に至る私がこの運動に携わる原点というかエネルギーの源になっていると言ってもいいと思います。」と、寺崎氏は振り返った。

日本政府が認定した65万人の被爆者のうち、11万3千人以上が生存している。今日に至るまで、彼らは軍縮運動の指導者たちを鼓舞し、現代の軍縮運動に影響を与えている。 「このような人々が、平和構築の基盤を形成しているのです。」と寺崎氏は語った。

Interview with Mr. Hirsotsugu Terasaki, DG of Peace and Global Issues of SGI by Victor Gaetan at UN. Filmed and edited by Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan.

ICANとのパートナーシップ

ICAN
ICAN

SGIは創価学会の反核運動の原点となった原水爆禁止宣言から50年目にあたる2007年、「核兵器廃絶への民衆行動の10」キャンペーンを開始したが、奇しくも核戦争防止国際医師会議(1985年に核兵器の大惨事についての一般の認識を高めたことでノーベル平和賞を受賞)が同時期に立ち上げた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がSGIを訪問し、核兵器廃絶の世界的な承認を得るために初期の協力団体として参加するよう依頼してきた。以来、両者はとりわけ若者の動員に熱心に取り組みながら、反核キャンペーンを展開してきた。

「核兵器なき世界というビジョンを実現するために、私たちは核兵器がもたらす壊滅的な現実について人々を啓発する世界的ネットワークを構築する必要に迫られました。私たちの取り組みは、世界中の外交官を対象とした国際会議を組織し、核兵器による被爆の実態や後遺症に対する認識を高める、つまり人道的影響を議論の中心に置くことから始まりました。また並行して、私たちが関わった中央アジアカリブ海諸国を含む、世界各地で反核のための会議を開催したり、各国外務省への直接的な働きかけもしてまいりました。」と寺崎氏は振り返った。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

わずか10年の間に、TPNWが2017年7月に国連で採択された。バチカンは最初の署名国の一つだった。「これは確かに奇跡的な成果でした。成功に貢献した多くの他の団体にも感謝しています。これには、オランダのカトリック平和団体パックス世界教会協議会なども含まれます。」と寺崎氏は語った。

驚くべきことではないが、TPNWには核兵器を保有する9カ国は署名していない: ロシア(5,880発)、米国(5,224発)、中国(410発)、フランス(290発)、英国(225発)、パキスタン(170発)、インド(164発)、イスラエル(90発)、北朝鮮(30発)である。米国の核兵器を共有している5カ国も署名していない: ICANによれば、共有されている核兵器の数はイタリア(35発)、トルコ(20発)、ベルギー(15発)、ドイツ(15発)、オランダ(15発)である。

最も非人道的な兵器

TPNWを推進する運動家の主なメッセージは、核兵器はこれまでに作られた兵器の中で最も非人道的な兵器であるということである。核兵器は国際法に違反し、深刻な環境破壊を引き起こし、世界の安全保障を毀損し、人類のニーズへの対応から予算を逸脱させている。核兵器は、単に管理されるだけでなく、廃絶されなければならない。

Breakdown of nuclear tests conducted by China, United Kingdom, France, Soviet Union and the United States from 1945-1996/ The Official CTBTO Photostream - Nuclear Tests 1945-1996, CC BY 2.0.
Breakdown of nuclear tests conducted by China, United Kingdom, France, Soviet Union and the United States from 1945-1996/ The Official CTBTO Photostream – Nuclear Tests 1945-1996, CC BY 2.0.

しかし、昨年12月の『サイエンティフィック・アメリカン』誌のカバーストーリーは、米国政府が核兵器の近代化のために1兆5千億ドルを追加し、核兵器の能力をアップグレードする計画について警告している。現在、世界には約1万2500発の核弾頭があり、米国とロシアがその90%近くを保有している。

「現在の核戦力拡大計画は、核抑止力の有用性に対する揺るぎない信念から生まれたものです。しかし、この政策が健全な政治戦略なのか、それとも核武装を永続させるために作られた神話なのか、私たちは問いかけなければなりません。」「現在の核軍拡を進めることは、世界的な核の均衡に基づく平和と安全をもたらすものではなく、むしろ世界的な破壊やハルマゲドンを引き起こすでしょう。」と、寺崎氏は続けた。

道徳的言説

私は、SGIなどの信仰を基盤とした団体(FBO)が、TPNWに代表される新たな軍縮運動の中で果たしている独自の役割について尋ねた。寺崎氏は、「TPNWの次のステップは、主に国家間の外交交渉が中心とはなりますが、信仰に基づく組織は、精神的・人道的観点から核兵器の悪影響を強調し続けなければなりません。」と、説明した。

「世界がエスカレートする諸課題に取り組む中、道徳的な言説の影響力はますます重要になっています。」と同氏は語った。これはバチカンが強く主張している立場でもある。

Daisaku Ikeda/ Photo Credit: Seikyo Shimbun
Daisaku Ikeda/ Photo Credit: Seikyo Shimbun

また、1964年に池田会長によって創設された公明党との関係は、政治エリートの認識に対して独自の影響力を持っている。それは「単なる」在家仏教団体ではない。1960年代、池田会長は日中国交の正常化を提唱した。1974年から1997年にかけて10回訪中し、周恩来、鄧小平といった政府要人と会談した。1970年代にはソ連を訪れ、アレクセイ・コスイギン首相と会談し、緊張の真っ只中にあった中ソ間で融和的なメッセージを伝えた。公明党は1999年以降、自由民主党(LPD)と連立政権を組んでいる。

池田会長のビジョンは教皇フランシスコと一致していた。池田会長は、「最終的には、平和は政治家が条約に署名することによって実現されるのではなく、お互いの心を開くことによって築かれる人間の連帯によって実現されます。これが対話の力なのです。」と述べている。

カザフスタンとバーレーン

寺崎総局長は、平和、非核化、異文化間の対話を促進するために訪れた旅で目撃した、2つの感動的な協力の姿について話をしてくれた。2022年、彼はカザフスタンで開催された第7回世界伝統宗教指導者会議に仏教徒代表として出席し、その1ヵ月後にはバーレーンで開催された対話フォーラム 「人類共存のための東洋と西洋」に参加した。

Mr. Hirotsugu Terasaki, Vice President of Soka Gakkai making statement at a plenary session/ photo by Katsuhiro Asagiri
Mr. Hirotsugu Terasaki, Vice President of Soka Gakkai making statement at a plenary session of the 7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions held in Astana, Kazakhstan./ photo by Katsuhiro Asagiri

寺崎氏が参加したこれら2つの宗教間対話会議には教皇フランシスコも臨席しており、間近でその回勅に接した同氏は、「私の心に深く響きました。」と語った。

「カトリックとイスラム教スンニ派の指導者たちが同じ部屋に座り、和解的な雰囲気に包まれているのを見て、特に感動しました。これらのフォーラムは、世界中の宗教指導者たちが率直で有意義な議論を交わし、人類が直面する差し迫った地球規模の問題について洞察と知恵を分かち合う有望な場を提供しました。」と寺崎氏は語った。

寺崎氏によると、SGIが反核を提唱する基本的な仏教の教義は、個人と社会の安全は一体であり相互依存しているというものである。SGIが信奉する大乗仏教の伝統は、修練と研鑽を通して、個人がいかに内なる変革をもたらし、それが外界に影響を与えるかを強調している。

7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions Group Photo by Secretariate of the 7th Congress
7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions Group Photo by Secretariate of the 7th Congress

「SGIは、すべての人々の生命の尊厳、幸福、および世界の安全を守ることに専念しています。核兵器への依存は、私たちが求める安全そのものを危うくするものであり、これらの目的と根本的に矛盾しています。」

教皇フランシスコが2019年に長崎で宣言したように、「平和と国際的な安定は、相互破壊の恐怖や完全消滅の脅威の上に築こうとする試みとは相容れません。それらは、連帯と協力という世界的な倫理に基づいてのみ達成できるのです。」と、寺崎氏は語った。(原文へ

Inter Press Service

Agenzia Fides/INPS Japan

Victor Gaetan
Victor Gaetan

ヴィクトル・ガエタンはナショナル・カトリック・レジスター紙のシニア国際特派員であり、アジア、欧州、ラテンアメリカ、中東で執筆しており、口が堅いことで有名なバチカン外交団との豊富な接触経験を持つ。一般には公開されていないバチカン秘密公文書館で貴重な見識を集めた。外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』誌やカトリック・ニュース・サービス等に寄稿。2023年11月、国連本部で開催された核兵器禁止条約(TPNW)第2回締約国会議を取材中に、SGIとカザフスタン国連政府代表部が共催したサイドイベントに参加。同日、寺崎平和運動総局長をインタビューしたこの記事はバチカン通信(Agenzia Fides)から5か国語で配信された。INPS Japanでは同通信社の許可を得て日本語版の配信を担当した。

*Agenzia Fidesは、ローマ教皇庁外国宣教事業部の国際通信社「フィデス」(1927年創立)

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この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジョーダン・ライアン】

今日の世界は、気候変動という存亡の危機から、冷戦時代を彷彿とさせる地政学的緊張の高まりに至るまで、複雑に絡み合ったグローバルな課題に悩まされている。シリアやイエメンのような国々では、国内で破壊的な紛争が激化し、米国、中国、ロシアなどのグローバルな大国間の敵対心と対立は、国際レベルの機能不全をしばしば引き起こす。それと同時に、パンデミックや大量移民、社会的分極化、経済危機といった真にグローバルな問題は、世界中で人間の安全保障を深刻に脅かし続けている。(

国連安保理を中心とする第2次世界大戦後の国際構造は、この目まぐるしく相互に関連し合う多くの現代の脅威に、効果的に対応出来ないことが多い。安保理における常任理事国5カ国間の力関係とその膠着が安保理行動をしばしば妨げ、正統性を損ない、その効力を制限している。より包括的で代表的なグローバルリーダーシップは、歴史上、危機的な今この時に不可欠である。

このような状況の中で、アントニオ・グテーレス国連事務総長が提案した平和のための新たなアジェンダの中心テーマは、的を絞った改革を取り入れ、積極的な多国間行動への新たなコミットメントを取り込むことで、国連は時代遅れの様式を乗り越える進化を遂げ、現在の課題に対応できる、より汎用性が高くレジリエントな21世紀の国際構造を実現できるというものである。加盟国が事務総長の提案を検討する際には、以下の要素に取り組むべきである。

対立が暴力に発展する前に介入するためには、予防と調停の能力を急ぎ強化する必要がある。予防行動における国連の遅れは、現在進行中のウクライナ戦争を見れば明らかである。そこでは初期段階における調停が欠けていた。このような悲劇を避けるためには、速やかに予防に投資することが不可欠である。加盟国は、予防に充てる資金と人員を増やすとともに、これらの平和的手段を補完するために防衛資源をどのように戦略的に振り向けることができるかを模索すべきである。専門家による調停チームの支援を受け、権限を与えられた上級特使を任命することが賢明である。また、現地の常駐調整官が、進展を促進し、平和を確実に維持するための現地の調整努力を主導するための十分な資源を確保することも重要である。

迅速な集団行動が必要な場合は、意思決定プロセスの合理化が不可欠である。常任理事国5カ国は、重要な人道問題に関して拒否権を行使することを自制すべきである。常任理事国枠の拡大を含め、理事会改革を公平に進めることは、今後の正統性と有効性のために引き続き不可欠である。妥協と合意への動機付けは、分断が生じた際に、行き詰まりを克服するのに役立つ。

予防に軸足を置くことは賢明だが、現在進行中の対立を解決するための具体的な措置も当然ながら不可欠である。創造的な外交と理事国間の溝を埋めることは、最も深刻で難解な危機に対処する上で、今後も重要である。非武装の文民平和維持活動にさらに投資することで、手薄に広がる国連平和活動を補うことができる。

国連の時代遅れの多国間構造を更新することは、制度改革と運用上の俊敏性の両方を必要とする反復的なプロセスとなる。調停チームに多様性を取り入れることで、予防の取り組みに新たな視点やスキルを取り込める。早期警報システムのような技術を活用すれば、現場での効果を高めることができる。地域組織、市民社会ネットワーク、民間部門とのパートナーシップを育むことで、能力を倍増させることが可能である。

結論

30年前の1992年、ブトロス・ブトロス=ガリは、冷戦後の地政学的な激変の中で、最初の平和のためのアジェンダを発表した。今日、世界の力学は新たな変化を遂げている。国家間の対立が再燃し、世界はますます多極化し、国連が危機に対応できるのか、またどのように対応するのか、その可能性が深刻に損なわれている。

新たなアジェンダの成功は、硬直的で伝統的な形式から、より適応的で包括的な平和構築への移行にかかっている。そのためには、多国間主義への持続的なコミットメントと、新しいアイデアやパートナーを活用する意欲が必要である。国連は、現実的な改革、運用上の機敏性、集団行動によって、創設時のビジョンをよりよく実現し、21世紀の複雑な脅威に対処することができる。前途は多難だが、加盟国が勇気を持って協調的に行動する意思があれば、平和のための新たな構造建設への前進は手の届くところにある。

ジョーダン・ライアンはフォルケ・ベルナドッテ・アカデミー(Folke Bernadotte Academy)のシニア・コンサルタントで、カーターセンターの平和プログラムの元副代表。このほど、事務総長室の国連統合レビューの筆頭著者としての責務を終えた。2009年から2014年まで国連事務次長補およびUNDP次官補を務めた。リベリアでは副特別代表、ベトナムでは国連常駐調整官を務めた。コロンビア大学とジョージ・ワシントン大学で学位を取得し、イェール大学で学士号を取得。ハーバード大学ケネディスクールの研究員も務めた。

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【ベロホリゾンテ(ブラジル)IDN=セルジオ・ドゥアルテ】

78年前、第二次世界大戦が終わろうとしていた頃、国際社会のかなりの部分を占めるリーダーとして台頭した主要国間の武力衝突の恐怖は、2つのライバルが核戦力を開発するにつれて高まり始めた。

私たちがすでに知っているように、その後起こったことは、「冷戦」として知られるようになった、直接的な軍事衝突を伴わない政治的・イデオロギー的対立が長くつづく時代であった。しかし、世界のいくつかの地域では、政治的影響力をめぐる両者の争いが、多くの死傷者と高い経済的・社会的コストを伴ういくつかの局地的な通常戦争を引き起こした。

第二次世界大戦の主要な戦勝国は、彼らの間の不安定な関係を律することを可能にする規範や制度を確立しようと試みた。平和と安全を維持することに基本的な責任をもつ国連安全保障理事会の構成と権限に関する合意は、この点で根本的なものであった。この5カ国はそれぞれ常任理事国の地位を与えられ、自国の利益に反するいかなる決定も阻止する権限を与えられた。

この構造を変更するには、5カ国すべての同意が必要となり、その結果、安保理5カ国の特権的地位が確立された。「戦争の惨禍のない世界」の建設に参加するには、国際社会のその他の国々は権利と責任の非対称的な分割と、国家間関係の規律に関してこれら大国の持つ優越に合意せねばならなかった。

Hiroshima aftermath/ Wikimedia Commons
Hiroshima aftermath/ Wikimedia Commons

1946年1月の第1回国連総会には、国際関係に劇的に変化させ、人類全体の利益のために平和的核協力の新時代を切り開く可能性のある決定を下すチャンスに恵まれた。広島・長崎への原爆投下の恐怖も覚めやらぬ中、国連総会は全会一致で決議第1号を採択し、特に原爆廃絶のための提案を行うことを任務とする委員会を設置した。

しかし、米ソ間の不信と対立によって、この取り組みの進展は妨げられ、委員会はその任務を果たさないまま1948年に解散した。国際機関はその代わりに、核不拡散と軍備管理に関する部分的な措置を協議する機関に生まれ変わった。それ以降、「核兵器廃絶」という当初の目標は遠いものとなった。

世界はこれまでのところ核の脅威を生き延びてきた

とはいえ、世界は核の脅威をこれまでのところは生き延びてきた。おそらくは、技術や偶然、「神の手」の複合的な要因によるものであろう。非常に深刻な危機的状況に陥ったときでさえ、主要国間の核戦争は回避されてきた。しかしそれもこれまでの話だ。長きにわたって、ライバルたちは自らの安全を強化することを目的とした協定を互いに結び、世界の権力均衡を規制するいくつかの約束事を決めてきた。深い不信感にもかかわらず、両国間の意思疎通のチャンネルは常に開かれ、実際の軍事衝突を回避するための協定締結を促進するうえで役に立ってきた。

「核時代」の最初の50年に結ばれてきた協定の中には、軍事力の規模と配備箇所について折々に取り決めてきたものや、信頼を構築し強化するメカニズムを確立してきたものがある。最も関連があるのが、1975年の「欧州における安全と協力に関するヘルシンキ会議の最終協定」から生まれてきたもの(とりわけ全欧安全保障協力会議の略語CSCEとして知られるもの)であり、米国とソ連(のちのロシア)間における戦略兵器制限交渉(SALT)やモスクワ条約 (SORT)、戦略兵器削減条約(START)などの核軍備に関連する条約、中距離核ミサイルに関する全廃条約(INF条約)、対ミサイル防衛システム(ABM)制限条約、相互の監視に関する「オープンスカイ」条約が挙げられる。

ICAN
ICAN

この文脈で特筆すべきは、1962年のキューバ・ミサイル危機の解決に由来する理解である。これによって、「赤い電話」として知られることになるクレムリンとホワイトハウスをつなぐ先駆的な直接連絡手段が確立された。

2010年の新STARTを除けば、上記で挙げた条約のうち現在も効力を持っているものは一つもない。米国とロシアは合意された制限までそれぞれの核戦力を減らしてきたことが知られているが、2021年に両国の大統領は、同条約を2026年まで延長し、「戦略的安定に関する統合的な二国間対話を近い将来に開始」し、それを通じて「将来の軍備管理とリスク低減措置に向けた基礎作業を行うことを目指す」との決定を共同で発表した。両国の指導者はまた、「核戦争に勝者はおらず、決して戦われてはならない」とのレーガン・ゴルバチョフの1987年の金言を再確認した。それ以来、この大国間の意味のあるコミュニケーションと建設的な公的対話は停止してしまったようだ。

今までのところ、これらの表向きの意図をフォローする実際的な動きは出てきていない。核保有国4カ国が関わるウクライナでの戦争は、予見しうる将来において何らかの進展を見せる気配はない。他方で、核兵器を保有する9カ国のすべては、核戦力のさらなる増強に向けて相当の技術的・経済的資源を投じてきている。

NPTは依然として効力を持っている

多国間の領域では、冷戦時代に締結され、現在も効力を持ち続けている最も重要な文書は、核兵器不拡散条約(NPT)である。これは、他国が核兵器を開発することを予防し、自らが核兵器を排他的に保有する権利を同時に確保する目的をもって、核保有国が推進したものである。4カ国以外の国々は、核軍拡競争を終結させ核軍縮を実現するとの約束と引き換えに、核兵器という選択肢を放棄することに合意した。

この時期に採択され依然として効力を持っている他の多国間協定は、南極条約(1961年)や宇宙条約(1967年)、海底非核化条約(1972年)のように、核兵器がすでに存在していなかった場所や環境において核兵器を禁止することによって核不拡散に対処することが基本的な目的であった。1963年、ロシアと米国は協議の末、核爆発実験を大気圏と水中で禁止する条約(PTBT)を締結し、その33年後、環境中におけるすべての核爆発を禁ずる包括的核実験禁止条約(CTBT)が締結された。

CTBTは、条約締結国が多いにも関わらず、条約14条に言及された特定国の署名・批准が済んでいないために未だに発効していない。ロシアは最近CTBTの批准を取り消した。条約未批准国である米国と中国が地下核実験再開を検討しているというのがその理由だ。

核軍縮追求における重要な成果を達成するための進展は遅く、ばらつきがある。多国間協定の結果として廃棄あるいは解体された核兵器はこれまでのところ存在しない。114カ国に及ぶ非核兵器地帯の締約国は、関連条約に付属する議定書に署名した5つの核兵器保有国に対して、非核兵器地帯への核兵器持ち込みに関する法解釈を撤回するよう要求したが、成功していない。NPTの多くの締約国は、核兵器国は条約上の義務を果たしていないと感じている。

定期的に開かれるNPT再検討会議で意味のあるコンセンサスに到達することがますます難しくなり、NPTの実効性への信頼が揺らいでいる。このような状況に加え、核兵器が爆発すれば壊滅的な影響を受けるという認識が強まったことで、核兵器廃絶につながる核兵器禁止条約の交渉が始まった。

2017年に採択され英語の略語「TPNW」で知られるこの条約にはすでに署名国が98カ国ある(うち29カ国は依然として国内の批准手続きを済ませる必要がある)。TPNWは2021年に発効するが、発効以来、核兵器保有国とその同盟国の一部による激しい反対運動の対象となってきた。これらの国は、TPNWは「逆効果」であるとみなし、自らが望ましいと考える限り核戦力を保有し続けたいとの意図を明確にしている。

冷戦がより危険な兆候をもって再燃か

ここまで述べてきた状況は、核兵器の領域における合意やルールの形成はますます論争含みのものになっていることを示している。同時に、この数十年を通じて作られてきた制度や取決めに対する信頼性が低下してきている。国際条約において大国が負っている義務が果たされていないとの見方が強まっている。核兵器数の全体の規模は小さくなってきているが、よりステルス性は強まり、より高速化し、より危険な核兵器が開発されて既存の核戦力に追加され、まさに技術拡散が進展する状況が生まれている。

冷戦の残滓である対立感情が、より複雑で憂慮すべき特徴を伴って再び出現している。阻止された願望、不平等の永続化、相反する優先順位が、大国間の影響力と覇権をめぐる対立につながってきた。この対立は、人類滅亡の引き金となりかねない紛争へと人類を引きずり込むかもしれない。

Ambassador Sergio Duarte is President of Pugwash Conferences on Science and World Affairs, and a former UN High Representative for Disarmament Affairs. He was president of the 2005 Nonproliferation Treaty Review Conference.
Ambassador Sergio Duarte is President of Pugwash Conferences on Science and World Affairs, and a former UN High Representative for Disarmament Affairs. He was president of the 2005 Nonproliferation Treaty Review Conference.

現在の時代に垂れ込める核のリスクを認識することは、核軍縮に関する前向きな理解の新時代を切り開く決意を再活性化させるはずである。いくつかのレベルで大国間の接触を再開することが肝要であり、すべての国の安全保障に関連する将来の取り決めへの幅広い参加を確保することも求められる。

この点で、軍縮に関する新たな国連特別総会を開催する必要性はますます明らかになっている。1978年、初の国連軍縮特別総会(SSOD-I)が、重要な診断と勧告を盛り込み、軍縮・軍備管理・核不拡散に関するバランスの取れた文書を採択した。SSOD-Iはまた、この分野における国連の機構も再編した。

軍縮に関する新たな国連特別総会は、こうした知見や制度を更新し、国際社会全体にとって極めて重要な関心事である問題を多国間で扱うことの活性化に貢献する上で、決定的な意味を持つだろう。(原文へ

INPS Japan

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|ネパール|大地震(同国暦1990年)から90年

【カトマンズNepali Times=ソニア・アワド】

ちょうど90年前の今週、ネパールは1934年の大地震(この年はビクラム・サンバット暦で1990年。同暦にちなんでナベ・サルとして知られている。)に襲われ、全国で8500人以上が死亡した。首都カトマンズでは、マグニチュード8.3の災害で家屋の70%が倒壊した。これを記念して、毎年1月16日は「全国地震安全デー」とされている。

ネパールは過去90年間に、ラナ家独裁時代から1950年代の暫定政権時代、パンチャヤット制、紛争、連邦共和制へと、多くの変遷を経てきた。

2015年のゴルカ地震では9000人近くが死亡し、約80万棟の建物が損壊した。2023年11月3日にジャジャルコットで発生した地震が示すように、ネパールは依然としてこうした災害に対する備えができていない。

陸地がねじれ、ほとんどの建物が倒壊した。その時の揺れは激しく「……木々はハリケーンの時のように折れ曲がった」と、ブラマ・シュムシャー・ラナ氏はその年の暮れに出版した著書『Nepal ko Mahabhukampa』の中で述べている。

ブラマ・シュムシャーはバベル・シュムシャー少将の息子で、地面が割れて熱水と砂の噴水が噴き上がった様子を描写している。バグマティ川とヴィシュヌマティ川は汚水で真っ黒になった。

ある者は立ち続けるために支えを求め、ある者は地面に手をついて動物のように移動せざるを得なかった。一旦広場に逃れてきた母親たちの中には、取り残された子供たちを救うために引き返し、住宅の倒壊で圧死した者もいた……一方、家屋から逃げのびた男たちの中にはその後助からないものもいた。町の狭い道や路地が罠のような役割を果たしていたのだ。」と著者は本に記している。

ネパールの位置するヒマラヤ山脈沿いは、地震活動が活発な地帯であり、70年から80年周期でこのような地震に襲われている。2015年にネパール中部で発生したマグ二チュード7.8のゴルカ地震は、しばしばそうした巨大地震の一つと間違われる。ヒマラヤの地震学者ロジャー・ビルハム氏は、科学者たちが恐れていたような大地震ではなかったと当時ネパーリ・タイムズ紙の取材に応じて語った。

SHAKEN: Patan Darbar Square after the 1994 quake (inset), and the overlapping restoration following 2015. 1934 was 1990 in the Bikram Sambat calendar.

実際、中央ネパールの断層は未だにエネルギーを蓄積し続けており、いつ解放されてもおかしくない。しかし、それ以上に切迫しているのは、11月の地震でエネルギーを発散しきれなかったネパール西部の長大な断層の方だと、ネパール国立地震技術協会(NSET)のスリヤ・ナラヤン・シュレスタ技師は語った。

1505年にネパール西部で発生した大地震はマグニチュード8.9と推定され、当時の国王を含むカトマンズ渓谷の人口の3分の1が死亡し、北インドに壊滅的な打撃を与え、現在のポカラ市のある場所に土石流を発生させた。

「ネパール西部に蓄積されたエネルギーは、マグニチュード8規模の地震を引き起こすのに十分な大きさだが、ジャジャルコット地震で放出されたエネルギーはごくわずかでした。これは、カトマンズで1934年型の地震が発生する可能性が残っていることを意味します。当時よりはるかに人口が大きいことを考えると、被害ははるかに大きなものになると予想されます。」とシュレスタ氏は説明した。

ヒマラヤ断層帯は、マハカリやパルパからネパール西部のどこででも巨大地震が起こりうることを意味する。いずれにせよ、ネパール西部でマグニチュード8の地震が起きれば、夜間に発生した場合、ネパール全土で150万棟の建物が直ちに倒壊し、10万人が死亡するだろう。

そうした地震で病院も倒壊するだろう。たとえ最初の揺れを耐えて残った病院があったとしても、重傷を負った20万人の患者で埋め尽くされることになるだろう。建築基準を満たしていない多くの学校や公共施設は、まるでトランプの家のように崩壊するだろう。電気、高速道路、通信、飲料水システムも寸断されるだろう。

2015年の地震は、ネパール人にとって、特により安全な構造物を建設するという点で、巨大地震に備えるための教訓となるべきだった。確かに、再建された建築物の90%は政府の建築基準法に従っているが、カトマンズの多くの建物はあからさまに規則を破っている。

「政策や法的枠組みは整備されていますが、備えはまだごくわずかです。」「既存の建造物はすでに脆弱ですが、新しい建物はさらに脆弱です。」とシュレスタ氏は警告する。

The Nepali Times
The Nepali Times

1934年の地震後、イーデン氏と名乗る地質学者兼エンジニアが、ネパールの安全な建築に関する一連の見解を示し、当時の『Gorkhapatra』誌に掲載された。

イーデン氏は、「 バクタプル、ハリシディ、コカナ、ブンガマティ地域は地震で最も甚大な被害を受けやすく、一方、パシュパティナート、バウダ、ゴカルナは最も被害を受けにくい、恐れなくてよい。シャンブーとキルティプールも同様に危険とは無縁である。ネパールのテライ地域では、川や貯水池の近くに家を建てるのは好ましくない。」と指摘している。

イーデン氏はまた、どのような建物をどこに建てるかについて詳しく説明し、耐震建築を推し進めた。「地震で家屋の倒壊を引き起こす要因は土壌の種類だけではありません。構造設計、使用される材料、建設業者の技術にも左右されるのです。」と彼は記している。

つまり100年近く前に、私たちはすでに何をすべきかを知っていたのだ。

コンクリートの建物が必ずしも強いとは限らない。 実際、標準以下のコンクリート建物は、死の罠となる。特にネパールには、このような倒壊した建物のための捜索・救助チームや設備がないことを考えればなおさらだ。

「マグニチュード8Mの地震がいつか起こり、これらの標準以下の建物はすべて崩れ落ちるでしょう。それは想像を絶する災難となるでしょう。」とシュレスタ氏は語った。(原文へ

INPS Japan/Nepali Times

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