【リオデジャネイロIDN=レオナム・ドスサントス・ギマランイス】
オーストラリア・英国・米国が2021年9月15日にインド太平洋地域防衛のための三国協定(いわゆるAUKUS)を発表するまでは、攻撃型原子力潜水艦の開発と、核不拡散条約(NPT)上の非核兵器国による核兵器開発との間の因果関係は、ほとんど公の議論になってこなかった。
この問題はこのように言い換えることができる。コストや環境への影響、核兵器拡散につながる可能性を考慮に入れるならば、攻撃型原潜は、特定の非核兵器国の国家安全保障に対する現実的な脅威に対抗するための最も適切な海軍技術なのだろうか、と。
攻撃型原潜取得の提案をめぐる議論は、核兵器を持たない特定の開発途上国においてエネルギー源として原子力を利用することを是とすべきか、という長年にわたる論議の焼き直しのような面がある。
原子力開発と核拡散との関係は、インドが1974年に初の核爆発実験を行い、さらに、1973年の石油ショックによって今後は原子力利用が広がるのではないかとの見通しが出てきたことから、議論の俎上にのぼるようになった。
民生用の核利用は、核兵器製造のための核分裂性物質と関連技術を獲得するための便利な口実となり得るというのが、従来の常識であった。そのため、核不拡散条約(NPT) によって国際的な保障措置がとられ、国際原子力機関(IAEA) によって管理されている。
非核兵器国における原子炉や濃縮、再処理、その他の核活動は、兵器級核分裂性物質の生産や軍事転用を探知・抑止するために、国際的な保障措置の対象となってきた。
しかし、NPT上の核保有国である米国・英国・フランス・ロシア・中国は、この体制に対して懐疑的な目を向けてきた。この措置によって違法行為を適時に発見することに十分な自信がないのである。一般的には、核兵器を持たない国が、単に機微の物質を保有しているだけでも、非核保有国は事実上の核兵器国と同じような地位に至るものとみなされてきた。
核装置が今にも開発されてしまう可能性は、その相手方をして、さも核兵器の開発がすでに完了したかのような態度を取らせることがある。にもかかわらず、技術的な観点からすると、兵器級核分裂性物質の取得は、爆発装置製造の第一歩に過ぎない。例えばミサイル技術管理レジーム(MTCR) のようなその他の国際的な保障措置体制が、さらなる動きを抑制するものとなる。
今日、原子力発電の普及が核兵器の「水平」拡散につながるという懸念は、現実にはなっていない。原子炉の安全性への懸念、経済成長の鈍化、必要となるインフラや原子炉建設の高コスト化のために、原子力は2000年代に既に保有していた国以外にはほとんど普及していない。核拡散の懸念は、核兵器能力を開発しようとする一部の国々の活動に向けられてきた。
(1980年代に始まるブラジルの試みのような)一部の非核兵器国の攻撃型原潜取得の計画(とされるもの)は、核拡散を巡る議論を引き起こしてきた。
歴史的には、核兵器保有国の海軍推進用原子炉の開発は、民生利用に先行してきた。例えば、商用加圧水型原子炉 は、米軍が1950年代初頭に開発した潜水艦用原子炉の直接の後継となるものである。米国の場合、原子力による推進は核兵器取得ののちに開発された。
原子力の平和利用?
IAEAと核不拡散条約の保障措置のアプローチには違いがあり、前者は原子力エネルギーを「よく定義されていない」軍事目的に使用してはならないとし、後者は「よく定義された」軍事用の爆発目的で使用してはならない、と主張している。このため、過去には曖昧な解釈がなされたこともあったが、現在では明確になっている。
IAEA規程によれば、IAEAによる支援、あるいは、その要請またはその監視・管理の下でなされる支援は、いかなる軍事目的も助長するような方法で使用されないことを、できる限り確保しなければならない[1]。この規定が意味するところは、民生用原子炉で使用するために供給された濃縮ウランが、たとえば核兵器、あるいは、艦船の推進や軍事衛星のような非爆発的な軍事用途に供されないようにするためのものが保障措置である、ということだ。
対照的に、NPTの規定は、核物質を「平和活動」から「兵器またはその他の爆発装置」に転用してはならない、としているが、「非爆発的軍事用途」を禁じているわけではない。これらの協定は、潜水艦推進用の原子炉に使う燃料としてなどの「非禁止軍事活動」のために使用される場合は、核物質を保障措置の対象外にすることを定めている[2]。
Treaty of Tlatelolco Credit: OPANAL
これらの元々は異なっているアプローチを調整するために、実際にIAEAの保障措置協定[3]では、原子力潜水艦の推進などの「非禁止軍事活動」で使用される物質を一般保障措置から除外する条項を含む、核不拡散条約の原則を組み込んでいる。
フォークランド紛争 時に英国が攻撃型原潜を南大西洋に派遣したことからアルゼンチン政府代表がIAEA理事会に行った提起に対応してIAEAが出した公式見解が極めて重要である。
アルゼンチンの提起は、ラテンアメリカ・カリブ地域非核兵器地帯 と、実際に適用されている保障措置協定、核物質の非爆発軍事用途の正当性に言及したIAEA規程との間の矛盾の程度について疑問を呈している。
IAEA報告は、諸協定間の違いはその矛盾を現したものではない、とする[4]。原潜推進は、ブラジルの計画のように、平和目的にのみ向けられた原子力計画と矛盾をきたすものではない、というのだ。
核兵器開発の隠れみの?
理論上、攻撃型原潜の開発過程で取得される技術力は、理論的には将来の核兵器保有を容易にするものである。しかし、これらの能力は社会・経済の成長も促進できる。明らかに、原潜計画がもたらす潜在的なスピンオフ効果は、単なる兵器への応用にとどまらない。
核分裂技術の開発が、その国の核兵器製造の潜在能力を高めることは間違いない。しかし、核兵器を製造するというのは政治的な決断だ。ブラジルは、連邦憲法で核兵器の持ち込みを明確に禁止しており、核兵器を製造しないとの強力な政治的意思を持っている事例だ。
1991年、ブラジルとアルゼンチンは、国産の核施設に対して保障措置をかけるいわゆる二国間条約に署名し、「ブラジル・アルゼンチン核物質計量管理機関(ABACC)」と呼ばれる独立の核物質検証機関を設けた。IAEAはこの特定の保障措置枠組みに招請され、いわゆる四者間協定が同年に署名されて現在も執行されている[5]。
この条約は、保障措置対象施設が製造した物質を原子力推進に使用する場合の具体的な規定を定めている。この場合、その「特別手続き」は、攻撃型原潜の設計・運用に関する技術的・軍事的機密情報を開示することなく、IAEAが課す保障措置以上の保障措置実施を保証している。
核兵器の拡散は、極めて政治的で非技術的な問題だ。核保有国も事実上の核兵器保有国も、その目的に特化したプログラムを通じて核分裂性物質を入手した。
結果として、これらの国々は、追求する目標に向かって最短かつ経済的な道を取った。核兵器取得を目指す国が、海軍用原子力推進の開発などといった間接的な道をあえて取ることは考えにくい。
特筆すべきは、NPT非加盟のインドが核兵器開発後に、原子力を動力とし核弾道ミサイルを積んだアリハント級潜水艦 を開発したことである。これは、国連安全保障理事会の常任理事国5カ国以外が建造した最初の原子力潜水艦であった。
同じくNPT非加盟のイスラエルは、ドイツと協力して通常型だが核兵器を搭載したドルフィン級原潜 を開発した。北朝鮮も同じことをめざそうとしている。
「拡散的」な燃料サイクル?
海軍艦船推進用の原子力利用は核不拡散条約で禁止されてはいないが、疑いもなく、原子炉技術の軍事的応用ではある。とすると、原潜の燃料サイクルと、発電用原発あるいは研究炉の燃料サイクルには大きな違いがあり、国際的あるいは多国間の保障措置は潜水艦用の燃料サイクルからの核物質の転用を抑止することは難しいのではないか、と考える人もいるかもしれない。
核不拡散条約で禁止されていないとはいえ、海軍の推進力は間違いなく原子炉技術の軍事利用である。このため、原子力潜水艦の燃料サイクルと定置型発電炉や研究炉の燃料サイクルには大きな違いがあり、潜水艦の燃料サイクルからの核物質の転用を抑止することは、国際保障措置や多国間保障措置では困難であると考える人もいるだろう。
技術的にはこれは全くの間違いだ。潜水艦は空間上の制約が大きく、燃料装填を頻繁に行えないという作戦上の要請があるために、原潜の原子炉は定置型原子炉よりも高い濃縮度のウラン燃料を使用している(現在の米国の潜水艦原子炉は兵器級の高濃縮ウランを用いているとされる)。他方で、フランスは1970年に低濃縮ウラン燃料技術を開発し、ロシアも高濃縮ウランは使っていないかもしれない。
Left to right: Anthony Albanese, Joe Biden and Rishi Sunak during the AUKUS announcement at Naval Base Point Loma in San Diego on March 18. Credit: Alex Ellinghausen
現在のところ、海軍艦船推進用の原子炉はコンパクトな加圧水型である。燃料濃縮は「兵器級」である必要はないし、このタイプの炉はプルトニウム生産にも適していない。海軍艦船推進用の炉は、世界中で稼働している研究炉・発電炉と何ら変わりはない。現行法に違反する可能性があるなどと誰も主張することはできないのである。
この側面に関連して、AUKUSの協定は別の問題を惹起している。AUKUSの潜水艦でどのような特定の型の燃料を新たに用いることになるのかは発表されていない。しかし、米英の潜水艦と同じく高濃縮ウランを用いることになるだろう。核兵器国としての米国と英国がもつNPT上の義務と、非核兵器国としてのオーストラリアがもつ義務がそれぞれどの程度果たされることになるかは見えてこない。
地域の核兵器開発競争を引き起こす?
攻撃型原潜が海軍力に占める価値を考えれば、非核兵器国がそれを取得すれば、地域の海軍バランスが崩れることを懸念する他の国々を核兵器取得に走らせる可能性がある。しかし、海軍艦船推進は通常兵器体系の一環であり、これに対するより適切な反応は、自らも原潜を開発する、というものであろう。これと同じ原理で、核兵器とは完全に関係のない兵器体系の導入でも、パワーバランスを変える可能性はある。
戦略家の間では、将来の海戦は水上艦艇よりも潜水艦、特に原子力攻撃型原潜に大きく依存することになるという見解が広く共有されている。この見解は、欧米やロシアでますます洗練された潜水艦が開発され続けていることからも裏付けられる。このことは、軍事的に重要な第三世界諸国が原子力潜水艦を取得する強い動機付けとなる。
攻撃型原潜が核兵器の代用品として機能する程度には、国際的な安定をもたらすものとなるかもしれない。つまり、「地下の原爆よりは水面下の潜水艦の方がまし」かもしれないのである。他方で、[ある国による]原潜の取得は、自国及び国際の安全保障上の利益がないと考える地域のライバル国による海軍の軍拡競争を引き起こす可能性もある。
核兵器国は二重基準によって、こうした傾向を抑えることはできない。むしろ、攻撃型原潜への依存を抑えることで、核兵器の「垂直的」拡散を抑制する模範を示すべきだ。
結論
攻撃型原潜に関連した拡散上のリスクを無視することはできないが、かといって大げさに捉えるのもよくない。核不拡散の強調は、1973年のオイルショック以降、原子力発電が急速に普及するとの予想に基づくところが大きかった。
しかしこの予測は現実のものとならなかった。同じように、研究・開発・建造・維持コストの高さ、技術上のリスク、核分裂性物質の供給をめぐる厳しい条件などの理由により、原潜を取得しようとする第三世界の国々は少なかった。ブラジル・韓国・オーストラリア、そしておそらくはイランが新たに取得を検討している国として挙げられる程度だ。結果として、原潜の取得に対して、核拡散に関する国際的に承認された方針を策定する時期にきている。
「原潜保有国」のあらたな登場によって、核不拡散条約の設けた核兵器国と非核兵器国との間の垣根は心理的にも軍事的にも低くなっている。
核兵器拡散の場合と同じく、原潜開発に対する反対の程度は、その原潜取得国がどこであるかに依存している。米国は、いかなる国についても原潜取得には強く反対している。なぜならそれが米海軍の地球上での行動の自由を制限することになるからだ。
他方で、英国もフランスもカナダの原潜取得を後押しした。しかし、両国はラテンアメリカ諸国がそうすることにはおそらく反対することだろう。ロシアはインドに対して核誘導ミサイル潜水艦を2度貸与し、そしておそらくは、米国からの強い反対にもかかわらず、インドの原潜開発を支援したものと思われる。
また、中国はオーストラリアのような東アジアあるいは東南アジアの国が原潜を取得することには強く反対するだろうが、別の国の場合はそうでもないだろう。
Leonam dos Santos Guimarães Capt. (ret.) Brazilian Navy/ Nuclear Summit 2022
第三世界にあるNPT上の非核兵器国が攻撃型原潜を自国開発することに対しては、核分裂性物質の供給に厳しい制限が課され、政治的圧力がかけられることになる。これは基本的に、地政学的、軍事戦略的な目的を基礎としたものだ。こうしたやり方は、核不拡散条約の精神にかなったものではない。実際のところ、核不拡散ではなく海洋の自由の問題なのである。(原文へ )
※著者のレオナム・ドスサントス・ギマランイスは、原子力・海軍技師(博士)であり、全ブラジル工学アカデミーの会員。「エレクトロニュークリアーSA」の社長であり、サンパウロにある海軍技術センター「艦船原子力推進プログラム」のコーディネーター。現在は、原発「アングラ3」の建設・稼働をめぐる法定委員会のコーディネーター。
【注】
[1]IAEA規程第3条
[2]核不拡散条約第4条
[3]IAEA INFCIRC/153、第14パラグラフ
[4]IAEA報告 GOV/INF/433
[5]ブラジルは1998年にNPTを批准した。アルゼンチンはその数年前に批准した。
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