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|視点|世界の指導者たちへ、あなたがたは今、耳を傾けていますか?(ファルハナ・ハクラーマンIPS北米事務総長・国連総局長)

【トロントIPS=ファルハナ・ハクラーマン】

今年も国連気候変動会議が開催される。11月末にドバイで開催されるCOP28で、「世界の指導者たち」が冷房の効いた2週間にわたる喧々諤々の議論を控えている中、このような約束と行動が一致することがほとんどない毎年恒例の大会について、私たちが失望し、皮肉にさえ聞こえることをお許しいただきたい。

2023年は、地球にとって過去12万5千年で最も暑い年になることはほぼ確実であり、すでに壊滅的な暴風雨、洪水、極度の干ばつ、山火事が発生している。9月と10月は、世界の月別最高気温の衝撃的な記録を打ち立てた。

COP28 Official Logo
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地球の生態系は警告信号を点滅させている。泥炭地や熱帯湿地帯の巨大な炭素吸収源は、温室効果ガスの排出源へと姿を変えようとしている。南極の海氷の融解は加速し、北極では今後10年間で晩夏の海氷が完全に失われる危険性がある。そしてアマゾンの干ばつと森林伐採は、熱帯雨林をサバンナに変えてしまうかもしれない。

今年の締約国会議(COP)は、2015年の画期的なパリ協定と、2050年までに温室効果ガス排出量を2010年比で45%削減し、正味排出量をゼロにすることで世界の気温上昇を産業革命前の1.5度以内に抑えるという2030年中間目標の中間地点で開催される。

しかし、現状は目標からは大きく外れている。世界各国政府の公約に基づくと、2030年までに2010年比で排出量が大幅に増加する方向にある。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

COP28では、気候変動対策を加速させるためのロードマップが切実に求められている。しかし、主要な排出源である化石燃料を段階的に削減する代わりに、大国や裕福な国々は、アントニオ・グテーレス国連事務総長の言葉を借りれば、「文字通り化石燃料の生産を倍増している。」

国連主導の「2023年生産ギャップ報告書」によれば、各国政府は2030年においても、温暖化を1.5℃に抑えるのに必要な量の2倍以上の化石燃料を生産する予定である。

同報告書では、計画生産による炭素排出量が最も多い上位10カ国を挙げている: 石炭はインド、石油はサウジアラビア、石炭、石油、ガスはロシアである。大規模な計画を持つ主要産油国には、米国とカナダも含まれている。

アラブ首長国連邦は、11月30日に開幕したCOP28の主催国であり、同国の産業・先端技術大臣でアブダビ国営石油会社のグループCEOであるスルタン・アフメド・アル・ジャベールが議長を務めている。

もちろん、生産者も顧客がいなければ生産はできない。世界最大の温室効果ガス排出国である中国は、2022年に週に2基の大型石炭発電所の新設を承認した。

では、私たち人類はすでに地球を戻れないところまで追い込んでしまったのだろうか。負のフィードバック・ループが連鎖し、6,500万年前に恐竜が絶滅した前回以来の6回目となる大量絶滅を引き起こしているのではないだろうか。

おそらくまだ……かなり……しかし、おそらく近いうちに。

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の科学者たちは、今年発表された第6次評価報告書の中で、世界は「すべての人にとって暮らしやすく持続可能な未来を確保する機会は、急速に小さくなりつつある。今後10年に実行される選択と行動は、現在、そして何千年にもわたって影響を及ぼすものとなるだろう」と指摘している。

mage credit: IPCC Sixth Assessment Report
mage credit: IPCC Sixth Assessment Report

彼らは昨年も同じことを言ったが、当時は耳を傾ける者はほとんどいなかった。今はどうだろうか?

排出量の削減は、徹底的かつ速やかに行われなければならない。それがCOP28の核心である。グテーレス事務総長をはじめとする多くの人々が声高に訴えているように、世界の指導者たちは、ドバイで化石燃料の段階的廃止に合意し、産油国の主人が今年だけで数十億ドルの利益を得ることを可能にしたロビイストたちに耳を貸さないようにしなければならない。

IPCCの科学者たちが指摘しているように、ありがたいことに、気候変動対策は進んでいる。世界の温室効果ガス排出量の増加率は鈍化し、ピークに達している可能性がある。太陽エネルギーや風力エネルギー、バッテリーのコストは下落し、再生可能エネルギーの導入は予想よりも早く進み、森林破壊の割合は減少している。

IPCCのホーソン・リー議長は昨年4月、こう注意を喚起した: 「我々は温暖化を抑えるために必要なツールとノウハウを持っている。」

国際エネルギー機関(IEA)が発表した最新の「世界エネルギー見通し2023」にも、勇気づけられる要素がいくつかある。英国のカーボン・ブリーフ社がIEAのデータを分析したところ、エネルギー使用と産業による世界のCO2排出量は、早ければ今年中にピークに達する可能性があるという。これは、ロシアのウクライナ侵攻に端を発した世界的なエネルギー危機の影響もある。中国の経済成長の鈍化も一因だ。

化石燃料のピークは、低炭素技術の「止められない」成長によって引き起こされるが、再生可能エネルギーの設備容量は2030年までに3倍になるとIEAは言う。これはCOP28の重要な成果として、この分野での世界的な優位性を考えれば、中国が承認すべき要素である。

バングラデシュの科学者であり、気候正義の活動家であったサリームル・ハク教授は、10月28日に71歳で亡くなった。気候危機がもたらす不平等な苦しみについて、常に道徳的な問題を提起していたハク教授は、エジプトで開催されたCOP27で基本合意されたものの、まだ実施されていない「損失と損害」基金の代表者とみなされていた。

最近の準備協議では一定の進展があり、途上国は暫定的に基金を世界銀行の傘下に置くことを認めた。しかし、米国は依然として、気候危機の歴史的責任を負う富裕国からの拠出は任意であると主張し、中国は「途上国」であることを理由に免除を主張している。COP28はこの基金を軌道に乗せる必要があり、中国も地政学的な駆け引きをやめるべきだ。

昨年、『ネイチャー』誌から世界の科学者トップ10に選ばれたハク氏は、UAEのアル=ジャベールに公開書簡を送り、「ドバイ損失・損害基金」の設立を発表することで、長引く議論を先取りするよう促していた。

「私の知る限り、COP28の終わりに、損失と損害の基金問題で「進展があった 」としか言えないのであれば、それは命取りになるでしょう」とハク氏は書き、「地球上で最も貧しく、最も弱い立場にある人々」への緊急支援を要求した。その例として、「徒歩、自転車、ボート、バスで毎日ダッカに到着し、市内のスラム街に消えていく2000人を超える気候変動避難民」を挙げた。

グラスゴーでのCOP26で残されたもう一つの公約は、2025年までに適応資金を2019年の水準から倍増させるというものだった。しかし資金拠出はニーズに比べれば小規模である。また、化石燃料への補助金(IMFは昨年、世界で7兆ドルに達したと見積もっている)と比べると些細なものにとどまっている。

ベテランの科学者たちは最近、地球はこの10年で1.5度のしきい値を超えるだろうと警告した。いずれにせよ、トレンドは明らかであり、必要な行動も明らかである。COP28で気候の不公正を是正できなかったり、化石燃料の利用を終わらせる明確な道筋を宣言できなかったりした場合、世界は厳しい審判を下すだろう。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau

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悲劇を二度と繰り返させない

以下は、核兵器禁止条約第2回締約国会議のサイドイベントにおける、セミパラチンスク核実験場での核実験3世被爆者アイゲリム・イェルゲルディ氏の証言である。このサイドイベントは、国際安全保障政策センター(CISP)、創価学会インターナショナル(SGI)、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)、カザフスタン国連代表部の共催で行われた。

【国連INPS Japan=アイゲリム・イェルゲルディ】

私、アイゲリム・イェルゲルディは35歳、カザフスタンのセメイ(セミパラチンスク)の出身です。この街は、多くの著名な文化人、政治家、芸術家を輩出した地として有名です。しかし、残念なことに、全世界にとってこの街は、カザフスタンが独立する前のソ連時代に40年間に亘ってこの地域で核実験が行われたことでも知られています。記録によると、セミパラチンスク核実験場では1949年から89年まで、18,500平方キロメートルの面積(日本の四国に相当)で、空中90回、地上26回、地下354回の計473回の核爆発が行われました。また核実験に加え、ここでは175回の化学爆発が行われ、そのうち44回は10トン以上の装薬で行われました。

Semipalatinsk former nuclear weapon test site/ photo by Katsuhiro Asagiri
Semipalatinsk former nuclear weapon test site/ photo by Katsuhiro Asagiri

地域の環境は回復不可能なほど破壊され、動物や鳥が影響を受け、水資源は汚染されました。しかし、最悪だったのは、住んでいた人々に影響を与えたことです。

もちろん、1989年に核実験場で最後の爆発が起きたとき、私はまだ1歳だったので、核実験の数々を目にしたわけではありません。しかし、私を含む多くの地域住民にとって、核実験は跡形もなく過ぎ去ったわけではないのです。私は核実験の影響を受けた第3世代の一人です。

私は2015年8月、医師から左鎖骨上のリンパ節腫大と診断されました。しばらくの間、抗菌剤による治療が行われましたが、必要な効果は得られませんでした。リンパ節は大きくなり続け、体調は悪化しました。常に気分が悪く、記憶力が低下し、精神的な影響もありました。自分がこの病気に直面していることを受け入れるのは、非常につらい経験でした。

その後、私は核医学腫瘍学センター(セメイ)に送られ、追加検査を受けました。その結果、胸郭内リンパ節と鎖骨上リンパ節に病変を伴う結節性硬化症と診断されました。今年に入ってから、放射線治療と化学療法を何度も受け、リンパ節を切除し、そのせいで左腕が上がらなくなりました。

2022年に再発し、左側の腸骨部分のリンパ節の増加が再び観察されました。現在、免疫療法を受けています。数カ月前には、頸部、腹腔、左肺にもリンパ節ができました。

Aigerim Yelgeldy, a third-generation survivor, speaks at the panel during the screening of "I Want To Live On". Credit: Naureen Hossain
Aigerim Yelgeldy, a third-generation survivor, speaks at the panel during the screening of “I Want To Live On”. Credit: Naureen Hossain

私は8年以上、この病気と闘っています。絶え間ない関節痛、腫れ、絶え間ない脱力感、めまい、眠気などに苦しみながら、生活面においても多くの制限があります。重いものは持てず、運動することもできません。また普通の人のように自由に日光を浴びることもできません。

最も辛かったのは子供を諦めざるを得なかったことです。私が母親になることで、子供たちが同じ痛みや苦しみを味わう危険性があることを理解しているからです。しかし母になれないことは、私にとって大きな心の痛みです。

私には父、母、兄弟、姉妹という大家族がいます。私を支え、ずっと助けてくれる配偶者に感謝しています。父と母は精神的な支えをたくさんくれ、その後、同じく私を支えてくれる配偶者に出会いました。私がうつ病を克服し、再び人生を生きられるようになったのは、彼の感受性、気遣い、サポートのおかげです。核医学腫瘍学センターの先生方にも感謝しています。

私や家族にとって、癌の問題は目新しいものではありません。過去には、1999年に叔母が、2004年には母が癌と診断されました。もちろん、癌の起源については、科学的な論争が続いていますが、私の住む地域で癌の病気が増えているのは、核実験の直接的な影響だと思っています。残念ながら、私のように核実験の影響に直面している家族は何十万といます。

第2回TPNW締約国会議サイドイベント:「私は生きぬく:語られざるセミパラチンスク」(国連本部)Filmed and edited by Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan
I Want To Live On: The Untold Stories of the Polygon. Documentary film. Credit:CISP

今日、癌にまつわるあらゆる苦難を経験した私は、同じように癌に直面したすべての人々をサポートしようと努めています。私たちは、同じような問題に直面する人々を精神的にサポートし、アドバイスや経験を共有し、人々が絶望や恐怖に屈しないよう、できる限りのことをしています。

最も重要なことは、私の同胞が核実験によって経験し、今も経験し続けている悲劇と苦痛を、二度と起こしてはならないと心に決めています。今世紀の人々は、原子のエネルギーの使用を人類の進歩と発展のために平和目的にのみ限定して使用すべきです。(原文へ

INPS Japan

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気候変動の影響激化、さらなる対策資金を求めるアフリカの若者たち

【ヤウンデ(カメルーン)IDN=ヌガラ・キラン・チムトム】

150人以上のアフリカの若者たちが、気候変動対策の資金援助を倍増するよう国際社会に求めた。

「汎アフリカ気候正義連合」(PACJA)と「持続可能なエネルギーとアクセスを求めるアフリカ連合」(ACSEA)がアフリカ対応イニシアチブ(AAI)と共催して11月18日に初開催した「アフリカにおける対応資金フォーラム」の終幕にあたってこの呼びかけはなされた。

温室効果ガスをほとんど排出していないアフリカが、干ばつ、洪水、サイクロン、その他の異常気象など、気候変動の悪影響を最も受けている。そして見通しは暗い。

ジンバブエのファンガイ・ヌゴリマさんは、同国は「エルニーニョ現象の被害を受けており、専門家は4月ぐらいまで続くかもしれないと言っている。となると、雨季が短くなり、水が少なくなる。すでに降水は少なくなり、川は干上がり、人々は飲み水を失い、野生生物も飲み水を失い、水資源をめぐって人間と動物の争いに発展している。」と語った。

フェリシア・モティアさんは小さかったころ、雨が少なくなり、土地が肥沃さを失う中で母親が苦しんでいる姿を見てきた。

「この問題を解決したいと決意した」と彼女は語る。彼女はネットで調査し、耕作を最小限に抑えることで水の流出を防ぐだけでなく、自然の堆肥を保持する「再生農業」を導入した。

アフリカに対する気候変動の影響は深刻になっている。

「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の最新の報告書によると、アフリカの気温は22世紀に入るころには産業革命前と比べて3~6度上昇する可能性があるという。

「最も楽観的なシナリオの下でも、これによって異常気象の頻度が増え、農業や水資源、人間の健康に悪影響があることだろう。」と11月16~18日にヤウンデに集まった若者たちは声明で述べた。

「温暖化が進行しそれへの対処を怠れば、収穫が最大5割減少し、水資源への圧力が6割増え、マラリアが9割増え、生物多様性の喪失が4割増える可能性がある。」

「アフリカ開発銀行(AfDB)によると、どの程度厳しいシナリオを取るかにもよるが、気候変動のために2050年までにアフリカの国内総生産は2.8%から10%減少する可能性がある。」

AfDBによれば、これによって年間680億ドル~2590億ドルの損失が生まれる可能性があるという。世界銀行もまた、気候変動によってアフリカで紛争や人間の移住が増え、2050年までに実に8600万人が国内で移住を余儀なくされる可能性があると指摘している。

そのような暗い見通しの中、アフリカの若い指導者たちは、アフリカにおける気候変動の脆弱性を低減することが道徳的に望まれているだけではなく、アフリカの将来と強靭さに対する戦略的な投資にもなると述べた。

UNEPによると、気候変動対応のための投資は4倍になって返ってくる可能性を秘めているという。こうした対応によって、経済が多様化し、イノベーションや雇用が生まれ、社会的包摂が実現する機会が生まれるかもしれないからだ。

国際社会は、気候変動の緩和策(地球温暖効果ガスの排出低減や大気圏からの除去)を一般的には指向しているが、それがアフリカのニーズとはあっていない。

「持続可能なエネルギー・アクセスを求めるアフリカ連合」代表のヌジャムシ・オーグスティン博士は、「アフリカ諸国が優先すべきは気候変動への適応だ。なぜならアフリカはすでに気候変動の悪影響を受けており、これに適応する必要があるからだ。」と語った。

適応資金の不足は、アフリカの人々が気候変動の影響に対処することをますます難しくし、その機会をつかみ損ねることを意味する。

若者たちは、仮に先進国が、適応資金を2025年までに2019年レベルの倍にするとしたグラスゴーでの第26回締約国会議での公約を果たしたとしても、それはアフリカのニーズにはほど遠いと訴えた。

「適応資金は2019年には年間およそ200億ドルだった。グラスゴー気候協定で合意されG7閣僚が確認したように、これを倍増させれば400億ドル近い規模になるが、実際の適応に必要な額よりもはるかに少ない。」と若者らは指摘した。

UNEPの「適応策ギャップレポート2023年版」によると、現在の不足は、2030年までに年間1940億~3660億ドル規模に拡大するだろうという。

「つまり、現在の気候変動適応資金は、途上国が必要とするレベルの5~10倍足りていないということだ。さらに、2025年までに適応資金を倍増させ400億ドルにするという約束すら全く未達成だ。報告書によれば、途上国への多国間・二国間での資金提供は、2021年には15%減って210億ドルになった。」

資金不足が厳しさを増す中、若者たちは、先進国や主要な汚染主体に対して、2025年までにアフリカへの気候変動対策資金の提供を倍増させ、口先だけの公約から実行へと舵を切るよう求める青写真をCOP28で描くべきだと要求した。

この目的の達成のため、次の6点が必要だと彼らは訴えた。

・気候関連金融の中で気候変動対応資金の割合を増やし、それがアフリカ諸国のニーズとコストに見合ったようなものにすること。適応資金を倍増して400億ドル規模にしたところで、実際に必要なレベルには全く到達していない。

SDGs Goal No. 13
SDGs Goal No. 13

・無償資金ベースの適応資金を増やし、多国間・二国間資金提供の手続きと基準を簡素化・能率化することで予測可能性を高めること。また、最前線の地域社会や若者、女性が主導する取り組みなど、アフリカの組織や利害関係者の能力と態勢を強化すること。

・-. 参加型で包括的な計画と意思決定プロセスを促進し、適応プロジェクトとプログラムの実施と評価における透明性、説明責任、学習を確保することにより、適応資金の有効性と効率を改善すること。

・新規資金源や金融手法の開発及び展開を支援し、民間部門からの投資とパートナーシップを促進することで、気候変動適用のイノベーションと規模拡大を図ること。

・さまざまな資金源や資金チャンネルの方針や基準を調和させ、地域及び部門を横断する協力や対応策の統合を促進することによって、資金提供の一貫性と調整を図ること。

・気候変動適用を世界的に加速させるため、ドバイでのCOP28で「気候変動適応に関するグローバル目標」に関する強力かつ大胆、問題解決指向の成果を生み出すこと。(原文へ

INPS Japan

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オリエンタリズム、自民族中心主義、女性蔑視、テロリズムによる非・神聖同盟-パートII : オリエンタリストのタリバン擁護論者による五つの偽りのナラティブ

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=バシール・モバシェル 】

オリエンタリストのナラティブによって、アフガニスタン人の利益とニーズは再び押しやられている。オリエンタリストとは、いわゆる国際的な「アフガニスタン専門家」のことであり、アフガニスタン人、アフガニスタン、タリバンについて政策を立案し、見解や分析を提示し、討論会に出席し、インタビューに応じる人々であるが、彼らの分析、考え方、提案は、非常に複雑な社会に対する基本的理解の欠如を露呈している。アフガニスタンの文化、言語、宗教、経済と政治の歴史について少しでも知っている西洋人のアナリストはほんの一握りである。西洋人のアジア社会に対する軽蔑的な描写の長い歴史の上にあぐらをかいたオリエンタリストのアフガニスタンに関するナラティブは、過度な一般化、盗用、傲慢さに基づく傾向がある。新たに登場したオリエンタリストのナラティブは、タリバンをアフガニスタン本来の支配者として意図的に美化しようとしている。これは、新たに生まれつつある危険かつ誤った戦略であり、アフガニスタンの社会とタリバンに関する少なくとも五つの偽りのナラティブに見られる。(

ナラティブ1:一部のオリエンタリストたちは、タリバンが変化したと国際社会を説得する運動に邁進している。米国がタリバンと結んだ破滅的なドーハ合意で米国の首席交渉官を務めたザルメイ・ハリルザドは、「タリバンは変わった」、国民の人権や自由を侵害することはないと固く信じている。英国国防参謀長サー・ニック・カーター陸軍大将は、さまざまなプラットフォームでこのナラティブへの賛同を表明している。タリバン2.0は、タリバンやパキスタン、イラン、カタールなどのタリバン同盟国とぐるになり、バラ色のタリバン像を世界に発信するザルメイ・ハリルザド、ニック・カーターをはじめとする人々のでっち上げである。実際には、アムネスティ・インターナショナルヒューマン・ライツ・ウォッチ、さらには国連人権理事会といった人権団体が、人権侵害が蔓延し、タリバンの行動や方針に何ら変化がないことを実証している。

ナラティブ2:もう一つのオリエンタリストのナラティブは、タリバンの過激主義をアフガニスタン国民全体に一般化し、タリバンがアフガニスタン人本来の代表であるかのように言うものだ。英国国防参謀長サー・ニック・カーターは、タリバンを「立派な行動規範を守るカントリーボーイ」と呼んだ。この発言は、普通のアフガニスタン人をタリバンと似たようなものと位置付けるだけでなく、タリバンの暴力的な過激主義と極めて多様性に富んだアフガニスタンの社会文化規範を同一視するものである。コーラ・ハサンは同じBBCインタビューで、タリバンとアフガニスタン人を同義扱いしつつ、「外国人が40年にわたって彼らを支配した。アフガニスタン国民が自らの国を統治し、自らの運命を決定して変革するに任せるべきだ」と主張している。アフガニスタンの人々がタリバンに対して市民的・政治的抵抗を続けていることに気付かぬふりをするこれら二つの発言は、アフガニスタンの社会がタリバンと同じように暴力的で過激であると決めつけるものだ。

ナラティブ3:第3のオリエンタリストのナラティブは、アフガニスタンの社会が後進的、野蛮、邪悪、敵対的なもので、国民は失敗し、惨めな生活を送る運命にあるかのように表現するものだ。ジョー・バイデン大統領が音頭を取るこのナラティブは、タリバンの政権復帰がほとんど自然のことだと示唆し、軍事的に劣る集団であるタリバンへの米国の敗北を正当化している。これは、米国や世界の同盟国が愚行の責任を問われないための、政治的に便利なナラティブである。例えば、アフガニスタン国民との協議や民族間の合意形成を犠牲にして短兵急に策定した欠陥のある憲法構想(2002~2004年)、タリバンがアフガニスタン全土で勢力拡大しているまさにその時に5000人のタリバン囚人と主要な司令官らを釈放したこと(2020~2021年)である。バイデン大統領は、「(アフガニスタンを)一つにまとめることはできない」、「(アフガニスタンは)三つの異なる国だ。パキスタンが・・・東部の三州を所有している」といった発言をしている。アフガニスタン国民に汚名を着せるこういった主張は、アフガニスタン社会への共感と理解の欠如を示しており、実質的にある主権国家を別の国家が支配することを正常視するものだ。大統領としての発言でバイデンはさらに踏み込み、いかなる勢力も「アフガニスタンに安定、統一、安全をもたらすこと」はできないため、アフガニスタンは「帝国の墓場」になったと示唆した。この発言は、アフガニスタンを侵略した全ての外国勢力が国家建設という利他的目標を掲げていたと言わんとするものだ。バイデンは、自身の主張を裏付けるものとして、しばしば自身の数回にわたるアフガニスタン訪問を挙げる。ほとんどの西洋人が、オリエント地域について専門知識があるという主張を裏付けるのに打ってつけと考える、オリエンタリスト的アプローチである。アレクサンダー・ヘイニー・カリーリは、バイデンのナラティブに異議を唱え、次のように述べた。「バイデンはアフガニスタンに『帝国の墓場』というレッテルを貼ったが、それは良く言っても歴史的無知であり、悪く言えば全くの身勝手だ。アフガニスタンが文明の中心として栄えた何千年もの歴史を無視しているだけでなく、大帝国の傲慢さを発揮し、米国が現地で犯した失敗の責任をアフガニスタンの土地と人々そのものに転嫁しようとしている」。

 その一方、西側の一部のシンクタンク、大学、メディア、さらには国際機関までが、アフガニスタン人の代表者がいないままアフガニスタンに関する会議や討論を開催し、それによって問題に加担している。2021年8月以来、アフガニスタンに関する討論会、議論、インタビューが無数に行われているが、そのほとんどアフガニスタン人パネリストが一人も出席しないまま行われている。なかには、タリバン擁護論者を招いたイベントもあれば、汚職で知られる元政府高官らを招いたイベントもある。しかし、国連安全保障理事会は、タリバン復活の共犯としてパキスタンを非難する声がアフガニスタン人の間で高まっていたその時期、パキスタンの教育活動家マララ・ユスフザイにアフガニスタン人女性に代わってスピーチするよう依頼したという点で、誰よりも大胆だった。

ナラティブ4:さまざまなオリエンタリストのナラティブが、アフガニスタン人を、あたかも国内の体制や政治の変化とは全く無縁に生きている素朴な人々というイメージで描いている。アナンド・ゴパルが「ニューヨーカー」に発表した上から目線の記事は、ヘルマンド州に住む貧しい未亡人の悲惨な状況をめぐるエピソードに基づいており、アフガニスタン社会には希望も、理想も、想像力も、周囲や自分たちに対する配慮もないかのように描写している。この記事は、大都市の女性たちの叫びに重きを置くべきでない、なぜなら地方に住む女性のほうが数が多く、カブールの政治的変化とは無縁に生きているからだと結論づけている。この記事は当時多くの注目と称賛を浴びたが、アフガニスタン農村部の豊かな多様性や、カブールから遠く離れた州も含めたアフガニスタン全土で権利と教育を求める女性たちの騒乱が続いていることには触れていない。より明白なことは、この記事が都市部に住むアフガニスタン人女性の苦境を完全に無視していることである。

ナラティブ5:タリバン擁護論者の第5のグループは、いわゆる人権・平和活動家や団体であり、筆者は彼らを「人権・平和企業家」と呼んでいる。これらの個人や組織にとって、人権、平和、開発は推進するべき人間的価値ではなく、利益を引き出すことができるコモディティーである。彼らは、どのような状況でも、また、現地の人々にどのような代償を負わせてでも、そのような投資を行おうとする。さらには、人権侵害の主犯格と取り引きをし、彼らの地位を正常化しようとする者さえいる。その典型的な例は、タリバン兵士が「国際人道法を尊重する」よう訓練を行うNGO「ジュネーブ・コール」のプログラムについて、「ガーディアン」が掲載したお世辞交じりのレポートである。2022年4月に掲載されたこの記事は、ジュネーブ・コール側の発言を引用した「彼らはきっと変われる」というタイトルを掲げていた。団体は、すでにタリバンの考え方に変化を起こすことができていると主張するが、それを裏付ける実際の証拠はほとんど示していない。こういったレポートや宣伝とは裏腹に、時が経つにつれてタリバンによる市民権の抑圧、特に女性の権利の抑圧は拡大する一方であることが分かってきた。

結論

この21世紀初頭において、われわれは、女性を蔑視し、大虐殺を行うテロリスト集団が、いわゆる専門家、活動家、政策立案者らによって地位を正常化されるだけでなく、独裁国家からも民主主義国家からも国際舞台で発言機会を与えられる世界に生きているのだ。そのようなオリエンタリストのナラティブは、正義、代議制、人権尊重といった西洋人が最も好きな流行の概念に突如として目をつぶり、それが起こっているのはよその場所、犠牲になっているのはよその人々であれば、過激主義も正当化している。このような世界の政治は、人権を基本的な人間的価値から交渉材料に、人権擁護を巨額の利益を生む事業へ、そして二枚舌と裏切りをレアルポリティークへと変容させた。われわれの理想、想像力、そして平和とより良い暮らしを求める苦しみは、気骨のない政治家、部族的なメディアや「専門家」、地上最悪の体制下に安らぎを求める一部の国際組織によって、考え得る限り最も些細なものとして葬り去られている。これは、21世紀の残りにとって悪い兆しであり、アフガニスタン人であれ非アフガニスタン人であれ、タリバン擁護論者の顔に永久に残る汚点である。

バシール・モバシェル博士は、アメリカン大学(ワシントンDC)の博士号取得後研究者。アフガニスタン・アメリカン大学非常勤講師のほか、EBS Universitätでも教鞭を執る。アフガニスタン法律・政治学協会の暫定会長を務め、アフガニスタンの女子学生に向けたオンライン教育プログラムを進めている。憲法設計と分断した社会におけるアイデンティティー・ポリティクスの専門家。カブール大学法律・政治学部を卒業(2007年)後、ワシントン大学より法学修士号(2010年)、博士号(2017年)を取得。

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【国連IPS=ナリーン・ホサイン】

ニューヨークでは11月27日から12月1日にかけて、核兵器とその廃絶の試みが注目を浴びることになる。核兵器禁止(核禁)条約は、2017年の採択と21年の発効以来、90カ国以上が署名し、そのうち69カ国が批准あるいは加入を済ませている。

UN Secretariate Building. Photo: Katsuhiro Asagiri
UN Secretariate Building. Photo: Katsuhiro Asagiri

今年は同条約の第2回締約国会議が開かれる年であり、締約国やNGOが集まって、核禁条約と、軍縮問題から生起する幅広い問題の再検討を行う。今週国連で予定されているサイドイベントでは、核実験が民間人に与える人道的影響について検討し、これらの問題をより深く掘り下げる。

究極的には、核兵器がもたらす真の被害は、核実験やその後の放射性物質の放出によって取り戻しのきかない影響を受ける生命だ。カザフスタンは1991年に独立して以来、国際社会において核軍縮の取り組みを先導している。それは、ソ連時代の1949年から89年の40年に亘って同国東部で行われた核実験によって被害を受けた人々がたくさんいるからだ。

国連本部で行われたドキュメンタリー映画の先行上映は、核実験がもたらす人的被害を人々に鮮明に意識させるものとなった。「私は生きぬく:語られざるセミパラチンスク」は、カザフスタンと中央アジアの核軍縮に焦点を当てた、カザフを拠点とするNGO国際安全保障政策センター(CISP)によって制作された。創価学会インタナショナル(SGI)の支援を受けて制作されたこのドキュメンタリーは、かつてセミパラチンスク核実験場があった地域に住む人々へのインタビューを収録している。これらのインタビューで観客は、核実験が当時の地域住民の生活に与えた影響や、その後、彼らや未来の世代が対処することを余儀なくされた課題について知ることになる。

I Want To Live On: The Untold Stories of the Polygon. Documentary film. Credit:CISP

先行上映イベントではまた、カザフスタン国連代表部や核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が共催し、CISPやSGIからパネリストを招いたシンポジウムも開かれた。サイドイベントには、カザフスタン政府代表としてアルマン・バイスアノフ外務省国際安全保障局長、SGIから寺崎広嗣平和運動総局長、CSIPからアリムジャン・アクメートフ代表がパネリストとして加わった。また、核実験被害者の第三世代であるアイゲリム・イェルゲルディが登壇した。彼女の証言によって、核実験が人間の健康や福祉に与える影響、日常生活に与える影響が当事者の経験として伝えられることになった。

20分という短い上映時間の中に、このドキュメンタリーは重要なポイントをいくつも詰め込んでいる。この地域に住む人々が悩まされた健康問題は、何世代も経った今も彼らを苦しめている。癌を患っているイェルゲルディは、この地域で報告されている癌患者の数は、数十年前に行われた核実験によるものだろうと述べた。パネルで彼女は、「私が2015年に診断されたとき、(高齢の)罹患者がいました。しかし近年、この病気は若年化しています。」 すなわち、最も若い世代の間でガンの診断が増えてきているというのだ。イェルゲルディは、核実験が実施されたときに生きていなかったとしても、今日、この地域の住民の多くが核実験の結果とともに生きていることを証言した。このドキュメンタリーに登場するインタビューに答えている人たちは、放射線の影響による健康被害で愛する人を失ったり、あるいは自分自身が放射線の影響と共存し、それに応じて生活を変えざるを得なかったりしたことを語っている。

第2回TPNW締約国会議サイドイベント:「私は生きぬく:語られざるセミパラチンスク」(国連本部)Filmed and edited by Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan
The screening of “I Want To Live On” was held on Nov 28 during the 2nd Meeting of State Partiesto TPNW at UN Headquarters. Photo by Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan.

おそらく、最も恐ろしいことは、この現実に政府がどう対応したかという点であろう。語り手たちによると、この軍事的な実験の真の性格は住民らに当初知らされることはなかったという。バイスアノフ局長が言うには、1991年の実験場閉鎖のころまでには150万人が放射性降下物の被害にさらされたという。被害者への補償は実験場閉鎖後の1993年に一度限りなされただけであり、将来世代はカバーされない。しかも、当時の超インフレ経済によって、支給された額は大したものにはならなかった。被害者第三世代のドミトリー・ヴェセロフは、自身の健康に影響を与えた先天的な遺伝障害があったにも関わらず、医療当局はかなり最近までこれを障害とは認めてこなかった、と語った。

Director of CSIP Alimzhan Akmentov(2nd from left), and Algerim Yelgeldy, a third-generation survivor of nuclear testing (Right). Photo by Katsuhiro Asagiri, President of IPS Japan.

パネリストのアクメートフ代表は、このドキュメンタリーは「人々に影響を与え続けるだろう」との希望を述べた。また、核軍縮を論じる学者や国際機関に対しては、主張を提示する報告書や知見が重要だと語った。しかし、そこにはリスクもある。「(その知見の)背後に民衆がいることを私たちは忘れがちだ。影響を受けた人間がいるということを忘れてはならない。」

SGIの寺崎総局長は「核実験の脅威と被害の実相」を描く上でこのドキュメンタリーは優れたものであり、「人々の生きた現実と経験」に着目する機会になればと願っていると述べた。核兵器が必要だという思い込みに異議を唱えるために、あらゆる場所で人々が声を上げることが不可欠であり、SGIは「グローバル・ヒバクシャに関する意識を高め、核禁条約第6条・7条に規定された被害者支援と環境修復を促進するための取り組みを続ける。現実の人間の声はそのような取り組みにおいて不可欠だ。」と語った。

また以前のインタビューで寺崎総局長は、人類の良心に訴えて核兵器廃絶を呼びかける、と述べていた。「核兵器が使用される危険性がある限り、私たちは、核兵器がもたらす暴力的な脅威と人間性への冒涜に対する意識を失ってはならない。私たちは共に、核兵器の存在を許さないという毅然としたメッセージを世界に発信し、核兵器廃絶への道を歩み続けよう。」

パネリストとドキュメンタリー映画は、核実験とその影響に関する透明性の向上を求めている。カザフスタンの事例は、核兵器の拡大を求める国々を抑えるものとして役立つことだろう。カザフスタンの事例は、核実験の真のコストはとても賄えるものではないことを示している。語り手の一人ボラトベック・バルタベックが話しているように、「私たちの苦しみはおそらく歴史に刻まれることになるだろう。歴史においては、何も忘れ去られることはないのだ。」(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau

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【レイキャビクIDN=ロワナ・ヴィール】

対人ケア・建設部門で労働者不足に悩むアイスランドで外国人労働者の移入が始まっているが、同時に、難民申請者に対して労働許可を与えることを政府が拒絶している。

2023年8月初め以来、少なくとも58人の難民申請者が、外国人に関する法改正を受けて、宿泊施設、食事券、医療補助などの援護をはく奪された。この法律改正についてはアルシング(アイスランド国会)で審議がなされる間、激しい抗議を受けた。

Map of Iceland
Map of Iceland

新法の創設した「自発的帰還支援・再統合制度」では、難民申請者が申請を却下された場合、もはや申請者とみなすことはできず、自発的な国外退去まで30日の猶予が与えられることになった。この場合、本国までのフライト代金はアイスランド政府が支援する。これによって難民申請者に帰国のインセンティブを与えようというわけである。アフガニスタン・イラン・イラク・ナイジェリア・ソマリア・パレスチナ・パキスタン出身者には、他国出身者よりもより高額の支援がなされることになっている。

この30日間は送還者用ホテルで過ごすことになる。30日過ぎても、自らの本国、あるいは定住権を持つ第三国に自発的帰還をしない場合、特別警察によって強制退去処分が課され、基本的なサービスが受けられなくなる。

しかし、多くの難民申請者が本国への帰還は望んでいない。場合によっては、アイスランド政府が送還先の国と引き渡し協定を結んでいないか、申請者本人が適切な書類を所持していないこともある。この場合、申請者はホームレス化するリスクがある。

法律への改正案が審議される中、グドミュンドゥール・インギ・グドブランドソン福祉相は、自治体によって提供される社会サービスに関する法律で難民申請者は支援されることになるだろうと述べた。しかし、自治体側では、難民を支援する資源や住居などは持っていないのが現状だ。

他方、アイスランドの人道支援団体「ソラリス」は、強制送還の危機にある人々の一部に住居を準備した。しかし、要請をさばき切れていないのが現状だ。

8月末、難民問題に関わる28団体が新法による緊急の事態について議論した。難民は「街頭で夜を過ごし、弱い立場の人々が政府によって貧困と飢餓に追いやられている」とこれら団体の声明は指摘している。

声明にはまた、人身売買の被害者となってイタリアから入国し、8月11日に送還者用ホテルから強制退去させられた3人のナイジェリア人女性の訴えも載せられている。アイスランドは難民申請者を送還するための協定をナイジェリアと結んでいないため、彼女らはイタリアに送還されることになった。しかし彼女らは「無理やり売春をさせられていた国に送り返すのか」と訴えている。しかし同時に「アイスランドの街頭で生きていくことなどできない。私たちが求めているのは平穏と保護なのです」とも述べている。

人権団体「移動する子どもの人権」のメンバーであるフランス人モルガン・プリエ=マヘオによると、現在、レイキャビク郊外のハフナルフィヨルドゥルにある強制送還ホテルに数家族がいるという。パレスチナ人の母親と8人の子どもたち(中には健康上の問題を抱えた子どももいる)は、スペインに縁がないにもかかわらず、アイスランドに向かう途中で経由したスペインに強制送還されることになっている。イラクからの他の2家族は、警察の手によって暴力を受けていたギリシャに強制送還される予定である。

ギリシャは難民申請者や難民を冷遇することで悪名が高い。アイスランドは子どもを同伴している難民申請者をギリシャに送還することを一時停止していた。同国の状況に鑑みてのことだが、昨年11月から送還を再開している。

プリエ=マヘオは、送還者用ホテルを「家族用倉庫」と呼んでいる。子どもたちは学校や余暇活動などに参加させてもらえず、ホテルが工業地帯内にあるために家族が利用できる地域施設も限られているからだ。

送還者用ホテルを出たのちに自発的に出国することを拒むと、あとはホームレスへの道が待っている。「車や街頭、テントなどで寝ている。家族を隠している人もいるが、見つかれば最大6年の禁錮刑が待っている」とプリエ=マヘオは語った。

しかし、「もし難民申請者が、申請却下後10カ月を生き延びることができれば、仮に身を隠していたとしても、ふたたび国際的保護を求めて難民申請することができる」と彼女は付け加えた。

他方、アイスランドの8月の失業率は2.9%だ。同国は、難民申請者を強制送還しようとするかたわら、コロナ後の予想以上の経済回復によって多くの産業部門で労働力不足が生じている。そこで、観光や飲食、建設などの部門で海外からの労働力移入が盛んになっている。

ウクライナ難民は戦争のために特別の扱いを受けている。彼らは入国から2日以内にアイスランドの社会保障番号を付与される。労働省によれば、雇用を得ることも容易だ。

昨年12月までは、ベネズエラの難民申請者も同様に自動的に難民の地位を得ていた。しかし移民局はすべての難民申請を凍結し、状況を再考することとした。4月、ベネズエラの状況は好転し、他の国の出身者と同じ扱いにしても差し支えないとの結論が出された。

「しかし、ベネズエラの状況は日々悪化している」とアイスランドに2カ月前に入国したアリ・ファーラットは話す。ファーラットは心理学者で料理人、企業経営の経験もある。彼自身は、赤十字や救世軍でボランティアをし、英語の講師も務めて忙しくしているが、「本当は仕事を見つけたい」とIDNの取材に対して語った。難民申請者として、移民局から一時労働許可を得ることはできるが、「居住地に欠くために許可をもらえない者もいる」という。

ファーラットには妻と4歳の娘がいるが、ベネズエラではたびたび身辺に危機が迫ったと話す。「国には戻れない。戻ったら1か月で殺される。」という。

ファーラットと同じように、ソマリア出身のアフメド(仮名)もアイスランドで働きたいと思っている。「多くの人がここに仕事のために来るが、支援がない」と話す。彼は、さまざまなルートを辿って、8カ月前にスペイン経由でアイスランドに入国した。アフリカ人はアイスランドでは少数派であり、彼らの扱いは他の国籍保有者に対してよくないと感じている。アフメドには国によるID番号が与えられていないため、働くことができない。

多くの難民申請者や難民は、レイキャビクの救世軍に支援を求めている。その多数がベネズエラ人であるが、中にはアフリカや中東出身者もいる。ウクライナ人もわずかながらいるが、彼らには自動的に難民の地位が与えられるため、概してより良い状況にある、と話すのは、救世軍の牧師イングヴィ・クリスティン・スキャルダルソンだ。

SDGs Goal NO.10
SDGs Goal NO.10

彼によれば、一部の難民申請者は路上生活をしているが、レイキャビクに住民登録がなく国のID番号も付与されていないため、ホームレス用の緊急住居にすら入れないという。「状況は深刻で改善の見通しがない」と彼は話す。

移民局によれば、今年の1月から7月の間の難民申請者の出身地は、ベネズエラ1208人、ウクライナ980人、パレスチナ139人、シリア59人、ソマリア57人となっている。移民・難民上訴委員会への上訴の後に難民申請が通った者は大部分がパレスチナ出身者(91人)で、拒絶された者は大部分がベネズエラ出身者(405人)だ。

スキャルダルソンの心には、いつも一つの問いがついて回る。「なぜ彼らにIDや労働許可をすぐに与え、彼らが自活し、国家の助けを得ずに生きていけるようにしないのだろうか? そうすれば、外国人労働者を移入しなくて済むはずなのに。」(原文へ

INPS Japan

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オリエンタリズム、自民族中心主義、女性蔑視、テロリズムによる非・神聖同盟-パートI : タリバン擁護論を解明する

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=バシール・モバシェル 】

近頃、アミーナ・J・モハメッド国連副事務総長をはじめとする国連内のタリバン擁護論者らが、「(タリバン政権の)承認、確固たる承認への道筋に戻る小さな歩み」を踏み出すため、さまざまな地域および世界の利害関係者とドーハで会合した。その後国連は、アフガニスタンの国連機関で働く女性職員の解雇を求めるタリバンに屈しておきながら、「タリバンと国際社会の相互理解」を促すための国際会合にタリバン当局者を正式に招待する意向を明らかにした。これは、タリバン擁護論者による世界的キャンペーンの一例である。(

タリバン擁護論とは、彼らの過酷な秩序を正当化し、このテロリスト集団がアフガニスタンの真の支配者として国際的に承認される道を開こうとする、進行中かつ拡大中のPRキャンペーンである。タリバン擁護論者とは、アフガニスタンの正当な支配者としてタリバンの国際的地位を正常化するナラティブを推進するアフガニスタン人および非アフガニスタン人活動家の集合体である。これには、タリバン復帰をパシュトゥン人の覇権回復として歓迎するパシュトゥン人民族主義者、タリバンのアフガニスタン奪取をイスラムの勝利として喜ぶ国内外のイスラム原理主義者、そしてタリバンを承認することによって多様な利害や偽りの大義名分に寄与するオリエンタリストなどがいる。2部構成の本稿では、これらのタリバン擁護論者のナラティブ、考え方、利害、そして、これら多様な活動家グループが過激派集団の地位を合法的政権として正常化すること――つまり非・神聖同盟の出現――をどのように是認しているかについて、手短に検討する。

タリバン擁護論者の存在は、2006~2007年にさかのぼる。当時、アフガニスタン共和国の政権指導者は、いわゆる「良いタリバン」と「悪いタリバン」という考え方を宣伝していた。そうすることによって、ハミド・カルザイ大統領、アシュラフ・ガーニ大統領、ファルーク・ワルダックのような指導者やその取り巻きは、国内各地で政府軍がタリバンを標的にするのを防ぎ、タリバンの拡大とさらなる兵士のリクルートを許した。このような、良いタリバンと悪いタリバン、穏健なタリバンと過激なタリバン、ハッカーニ・タリバンとカンダハリ・タリバンという、見せかけのタリバンの多様性によって、共和国のエリート層や世界の為政者らは判断力が鈍り続け、テロリスト集団の一部とは協力して他のテロリスト集団と対抗できると思うようになってしまった。このようなナラティブは、完全な過激主義集団の内部対立が穏健な動きを生み出すに違いないと甘く思い込んでいる。しかしこの希望的観測とは裏腹に、タリバンに生じた内部対立は穏健派の形成にも全面分裂にも発展しなかった。2015年に、タリバン最高指導者ムッラー・オマールが実は2年前に死亡していたことを下級メンバーが知った時でさえ、そうはならなかった。

2022年12月に米国のカレン・デッカー臨時大使が投稿したツイートは、この甘さをよく表した例である。「私たち(カンダハル政府と私)は、人権が重要であることに言葉の上では合意しているようです。カンダハルの指導者たちがこれを実際の行動でどのように実現していくつもりか、知りたいと思います」。彼女のツイートの直後、カンダハリ・タリバンは、人権どころか何についても彼女の言う合意など全面否定するような声明を発表した。その後間もなく、女性教育の禁止を強く訴えたのはまさにカンダハリ・タリバンだったということが判明した。

多くのタリバン擁護派の一つがパシュトゥン人の自民族中心主義者であり、その一部は恐らく、同じ民族集団であるという以外はタリバンと何ら共通点がない。その中には共和国政権の高官もおり、彼らは共和国時代の20年間に国際社会からの資金援助で個人的に利益を得ていた一方で、タリバンの政権奪還を祝い、中にはそれ以前から彼らを支援していた者もいる。その好例がファルーク・ワルダックで、彼は、共和国時代の20年間に四つの政権にわたってさまざまな大臣職に就いた。しかし、タリバンが復帰すると彼はカブールに戻り、彼らが「国を解放し」て「純粋かつ原理主義的なイスラム政権」を樹立したことを祝福した。自民族中心主義者にとって、民族の政治的優位は、他のあらゆる政治的価値や思想的価値、さらにはコミュニティーの福利や願いよりも重要なのだ。人権擁護のプラカードを掲げたネクタイ姿の男性やメークアップをした洋装の女性がタリバンの代弁者になってしまうのはこのためである。

自民族中心主義者や他のタリバン擁護論者のナラティブは、二つの論点に大きく依存している。第1に、彼らはタリバン政権下で治安が良くなったと主張する。しかし、この仮定は、共和国時代の20年間にタリバンは治安を脅かす最大の要因であり、自爆攻撃を企て、地雷や自動車爆弾を仕込み、その他の形で恐怖を広めたという明白な事実に目を向けていない。また、タリバンが依然として、アフガニスタンの人々の生活、権利、自由にとって最大の脅威であるという事実にも目を向けていない。違法な拘束拷問レイプ迫害集団強制立ち退き移転超法規的殺人が、アフガニスタンではかつてないほど多く起こっている。女性たちは家の外を歩いているだけでも罰せられることを恐れ、メディアはニュースを公平に報道することによる重大な影響を恐れ、教師や学生はタリバンによる絶え間ない監視を恐れている。恐怖とサバイバルモードの中で生きることは、平和と安心の中で生きることではない。タリバンによる「人道に対する犯罪」、「ジェンダー・アパルトヘイト」、「フェミサイド」について、いくつかの国際組織が詳細かつ断固とした報告を行っており、そこではアフガニスタンの治安が良くなった様子が描かれていないことは確かである。

また、タリバン擁護論者は、タリバン政権下で汚職が減少したと主張する。タリバン政権下でパスポートを取得し、国外に逃れることができた人はこれに異議を唱えるかもしれない。タリバン政権下での汚職を報道する自由なメディアがないのだからアフガニスタンで汚職が減少したとは必ずしもいえない。この過激主義集団の支配下で最も明白かつ否定できない汚職の形態には、縁故主義、部族主義、非パシュトゥン人公務員の排除、彼らと非専門家やタリバンの家族や部族メンバーとの交代などがある。

タリバン擁護論者のもう一つのカテゴリーはイスラム原理主義者で、彼らはタリバンの政権復帰に歓喜している。こういったイスラム教徒たちは、タリバンの復帰をイスラムの勝利の象徴として祝っている。英国イスラム法評議会のメンバーであるコーラ・ハサンは、その例である。BBCのパネルディスカッションで、タリバン首長による残虐行為を列挙するアフガニスタン人パネリストの話に耳を貸すどころか、彼女は、「私が知っているムスリムの人は一人残らず・・・(タリバン復帰を)祝って」おり、タリバンにはチャンスを与えるべきだと強く主張した。コーラにとって、イスラム過激主義集団が国際包囲網をやっつけることのほうが、この過激主義集団の支配下にあるアフガニスタンの女性たちに共感を示すことよりも重要なのだ。彼女の発言は、イスラム神学者アフガニスタン人コミュニティーの間で大きな反発を引き起こした。

言うまでもないことだが、こういったナラティブだけでなく、それを宣伝してタリバンを正当化しようとする人々にも警戒を怠らないようにしなければならない。自民族中心主義者やイスラム原理主義者のナラティブを受け入れることは、ひいては、宗教的過激主義、テロリズム、ジェンダー・アパルトヘイト、宗教的・民族的マイノリティーの迫害、人権の侵害、そして同じ人間の痛みや苦しみに対する完全な無視を容認することであると心に留めて欲しい。人権や社会正義を踏みにじる者の正当化を支持することは、論理的に人権擁護、包摂、平和醸成を訴えることの対極にある。しかし、オリエンタリストたちは対極性を気にしないどころか、それを糧としている。これについてはパートIIで論じる。

バシール・モバシェル博士は、アメリカン大学(ワシントンDC)の博士号取得後研究者。アフガニスタン・アメリカン大学非常勤講師のほか、EBS Universitätでも教鞭を執る。アフガニスタン法律・政治学協会の暫定会長を務め、アフガニスタンの女子学生に向けたオンライン教育プログラムを進めている。憲法設計と分断した社会におけるアイデンティティー・ポリティクスの専門家。カブール大学法律・政治学部を卒業(2007年)後、ワシントン大学より法学修士号(2010年)、博士号(2017年)を取得。

INPS Japan

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最大の課題に取り組むカギを握る市民の関与

【カトマンズ(ネパール)IDN=シモネ・ガリンベルティ】

人類が直面する最も困難な課題に立ち向かうための最良の手段のひとつが、過小評価されたままであることに、どれほど驚かされることか。

私が言っているのは、対処を迫られている最も困難で緊急な問題に取り組む上で、市民参加が果たすべき役割についてである。 気候変動から社会の二極化まで、私たちはまさに岐路に立たされている。

地域社会の行動を通じて人々をひとつにすることは、私たちの地球、私たちの文明が、この先何十年、何百年と存続し、繁栄していくための最良の対策となりうる。

あまりに悲観的に聞こえるかもしれないが、これは私の本意ではない。その代わりに私が意図しているのは、世界の政治指導者たちと市民社会のメンバーが、「南」の開発途上国でも「北」の先進国でも、市民活動への投資がいかに不可欠であるかを理解するための警告としてこれを発しているのである。

しかし残念なことに、その重要性が理解されているとは言いがたい。

今年9月にニューヨークで開かれたSDGサミットはそのことを無視した。これはきわめて残念なことだ。なぜなら、市民の関与、それに関連して、活動の最も目に付く形態である市民のボランティア活動が、SDGを実行し、さらに重要なことには、それを地域に根付かせるうえで、最強のツールとなるからだ。

こうした無視はなぜ起こってしまったのだろう。おそらく、ボランティア活動があまりに当たり前のものと受け取られ、(あやまって)コストのかからないものとみなされ、その理念が実際には促進されていないからなのだろう。

おそらく、これはブランディングとマーケティングの問題でもあるのだろう。

ボランティア活動

ボランティア活動という言葉自体、発音しにくいし、人々、特に若者の間で「売り込む」のはさらに難しい。要するに、市民参加やボランティア活動が認知され、重要視されるのを妨げている要因が重なっているのだ。

このような 「衰退」 の最も深刻な帰結は、ボランティア活動が政策立案者にとっての優先事項とは程遠いことである。なんということか!

おそらく、この問題に世界的な注目を集めるための世界的に著名な人物が必要なのだろう。

この大義を受け入れる準備ができている現職の政府首脳はいるのだろうか?現役や引退したスポーツ界のスターはどうだろう?市民参加を再び活性化させる世界的なキャンペーンに、社会のあらゆる階層の元リーダーたちが参加したらどうだろう?

市民の関与の重要性が理解されれば、変革の主体について語ることができるようになる。

例えば、世界の相当数の若者たちが私たちの生活や消費のやり方を大きく変えようとしているが、あまりに多くの人々がそれを座視している。

積極行動主義(アクティビズム)

ボランティア活動を実践する方法であるアクティビズムは、あまりにも「急進的」であり、一般の人々が一歩踏み込んで役割を果たすことを要求していると見なされがちだ。

これは、ボランティア活動がどのようにして具体的な形を成すのかについて広範な誤解があるためだろう。実際は、それを実践し経験する唯一の方法などないのだが。

人間には多くの可能性と選択肢があり、その中の一部には自分に向いたものもある。しかし、このトピックに関しては、多くの混乱と無視があり、あるいは単にそこから目を背けようとする態度もある。

市民の関与とボランティア活動に関する誤解を解く努力が極めて重要なのはそのためだ。この数か月間、国際ボランティア協会(IAVE)はこの点で有益な貢献を成してきた。

「若者のボランティア活動と社会変革:課題と可能性」と題し、最近終了した連続ウェビナーは、若者の間でボランティア活動を強化する実践的な方法について議論する貴重な場となった。

このワークショップで得られた大きな成果の一つは、若者の人格的・職業的成長を促すリーダーシップのツールの一つとして、ボランティア活動の力を借りる重要性が示されたことだ。

このプロセスを促進する方法は、模範を示すことである。しかし、ボランティア活動を推進する世界的な組織は、若者を参加させてはいるが、形だけであることが少なくない。

市民の関与

ボランティア活動的な政策を背景とした意思決定における意味ある経験を若者たちに与えることが優先されるべきだ。そうすべき理由はきわめて単純明快だ。

SDGs logo
SDGs logo

広範な包括的概念としての市民参加と、先に述べたように、奉仕のさまざまな様式を展開する緩やかな概念としてのボランティア活動は、実際、行動を起こし、選択する力と関連づけられるべきである。

ボランティア活動は、ホームレスの世話をしたり、科学的根拠に基づく植樹を通じて地域の生物多様性を保全したりと、満たされない緊急事態に対応する現場での直接的な行動となり得る。

しかし、地方自治体に時間やエネルギー、ノウハウを与えて、社会的包摂や貧困撲滅、持続可能性の促進を図らせる手段でもある。

私たちは、SDGsを含むアジェンダ2030が、地域から始まる市民行動によって支援され、後押しされることを知っている。ある意味、社会レベルでの市民の関与は、その多様性において、意思決定のあり方に革命をもたらす直接的な道筋となりうる。

とりわけ、地方議会での予算決定において市民に力を与えることが念頭にある。

2020年、国連ボランティア計画(UNV)は、ボランティア活動を世界的な議論の中心に据えることで、ボランティア活動を再構築し、再始動させるための大規模な世界的活動を行った。いわゆるグローバル・テクニカル・ミーティング(GTM)は、ボランティア活動の力を活用するためにどうすればもっとうまくいくかを考え、考察するユニークな場を提供した。

この事業から生まれた「行動への呼びかけ」は、ボランティア活動を次のレベルに引き上げるための新しいアイデアや解決策を真に「加速」させる希望と約束を提供した。

残念なことに、GTMで沸き起こった盛り上がりから3年経った今も、大したことは起こっていない。ボランティア活動は、グローバル・アジェンダの形成という点で、あるべき姿にはまだほど遠い。

私たちの共通の課題

グローバルな多国間制度を再び強化しようとする国連のアントニオ・グテーレス事務総長の取り組みは希望をもたらすかもしれない。事務総長が世界ビジョン実現に向けた議論に道を開くために作成した『私たち共通の課題(Our Common Agenda)』は、意思決定における若者の意味ある参加に焦点を当てている。

Photo: UN Secretary-General António Guterres speaks at the University of Geneva, launching his Agenda for Disarmament, on 24 May 2018. UN Photo/Jean-Marc Ferre.
Photo: UN Secretary-General António Guterres speaks at the University of Geneva, launching his Agenda for Disarmament, on 24 May 2018. UN Photo/Jean-Marc Ferre.

そこには、政府に対して「地方、国、地域、そして世界レベルで、意思決定への有意義な若者の参画に強くコミットし、基本原則に基づく有意義な若者の参画のための世界基準を承認する」ことも求めている。

2024年に開かれる「未来サミット」はこの改革の帰結とみなされるか、また、市民の関与とボランティア活動の役割と貢献を認知する大胆な方策を取れるだろうか、とグテーレス事務総長は疑問を呈している。

Summit of the Future

今週、市民セクターの主要な組織を代表する政策主唱団体であるIAVEとフォーラムIDSが新たな政策報告書を発表した。

報告書は、今月後半にクアラルンプールで開催予定の「国際ボランティア協力機構(IVCO)フォーラム」での議論に供するために、挑戦的な枠組みを提示している。

『変革主体としてのボランティア新世代』と適切にも題されたこの報告書は、ボランティア活動のもつ変革の力をめぐって議論を展開することの価値を高めている。

この本の著者が答えようとしている重要な問いの一つは、「若者のボランティア活動を促進するためには、どのような環境を整えればよいのだろうか?」というものだ。

この答えは、クアラルンプールでのわずか数日の議論で見つかるものでもないし、市民活動に関与し情熱を傾けている私のような「いつもの連中」の議論だけで見つかるものでもない。

そしてこれこそが真の難題なのだ。いかにして「パイ」を拡大し、市民の関与が社会で果たす役割について関心を持たない人びとをどうやって巻き込むのか、ということだ。

市民の関与をグローバルな論議の中心にまで持っていこうとするならば、ひとつの絶対的に重要な問題がある。すなわち、力を行使することのできる人々に接近するということだ。政策決定者と政治家は、あらたな市民ルネッサンスのエンジンとしての市民参画を促進する真にグローバルな取り組みの焦点とならねばならない。(原文へ

※著者は「エンゲージ」「よいリーダーシップ、あなたと社会にいいこと」の共同創設者。

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核実験被害者の声

【国連IDN=タリフ・ディーン】

1週間に及ぶ核兵器禁止条約締約国会議の間に開かれたあるサイドイベントで、創価学会インタナショナル(SGI)の寺崎広嗣平和運動総局長は、過去2カ月間、イスラエルとガザ地区との間で大規模な暴力が発生し、ウクライナでも紛争が続いていることから、「核兵器が実際に使用される危険性 」が高まっていると警告した。

こうした状況にもかかわらず、NPT再検討会議では最終声明が採択されず、2026年NPT再検討会議第1回準備委員会会合では「議長要旨」を出すことすら初めてできなかった。

Aigerim Yelgeldy, a third-generation survivor, speaks at the panel during the screening of "I Want To Live On". Credit: Naureen Hossain
Aigerim Yelgeldy, a third-generation survivor, speaks at the panel during the screening of “I Want To Live On”. Credit: Naureen Hossain

さらに11月には、ロシア政府が包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を撤回する決定を発表し、核軍縮の大義にとって深刻な後退となったと指摘した。

こうした現実が、12月1日に閉幕するTPNW第2回締約国会議の開催をより重要なものにしており、核軍縮・廃絶の機運を再び盛り上げる重要な機会となっている。

核禁条約の前文は「核兵器の使用による被害者(ヒバクシャ)が受けた又はこれらの者に対してもたらされた容認し難い苦しみ及び害並びに核兵器の実験により影響を受けた者の容認し難い苦しみに留意し、」と述べている。

このサイドイベントでは、「私は生きぬく:語られざるセミパラチンスク」と題するドキュメンタリーの先行上映会も開かれた。「国際安全保障政策センター」(CISP、カザフスタン)、創価学会インタナショナル(SGI、日本)、カザフスタン共和国国連代表部、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が共催した。

ドキュメンタリーは、セミパラチンスク核実験場の被害者第三世代であるアイゲリム・イェルゲルディに焦点を当てている。

サイドイベントでは、CISPのアリムジャン・アクメートフ代表とカザフスタン政府を代表してアルマン・バイスアノフ外務省国際安全保障局長が発言した。

寺崎総局長は、「カザフスタン政府を代表して登壇されたアルマン・バイスアノフ氏に感謝を申し上げる」とお礼の言葉を述べた。

「2026年NPT再検討会議第1回準備委員会会合に引き続き、カザフスタン政府と国際安全保障政策センターのご支援をいただき、核実験被害者に関するサイドイベントを開くことができた。全ての関係者に感謝を申し上げたい。」

寺崎総局長はまた、「今日は、CIPSが制作しSGIが支援したドキュメンタリー『私は生きぬく:語られざるセミパラチンスク』の初上映となる。核実験被害者の声を記録し、核兵器の非人道性と愚かさを強力かつ効果的に伝えるものとなっている」と述べた。

「かつてセミパラチンスクとして知られていた核実験場の、荒涼とした広大さを見渡したことを覚えている。そこで引き起こされた恐るべき被害を直接に聞いた衝撃は、私自身ずっと忘れることがないだろう。」と寺崎総局長は語った。

核兵器をめぐる議論はえてして、核抑止論を初めとして、抽象的な政治的性格を帯びたものになりがちだ。

「このドキュメンタリーは、核兵器がもたらす脅威と被害の実相を伝えるものであり、人々の生きた現実と経験に焦点を戻すのに役立つと思います。そのため、私はこのドキュメンタリーが貴重な教育ツールになると確信している。」

I Want To Live On: The Untold Stories of the Polygon. Documentary film. Credit:CISP

「核兵器のない世界」への道はいばらの道であるからこそ、核兵器が人類社会に必要であるとか、安全で安心な社会を築くための基礎になるなどという現在の思い込みに異議を唱えるために、世界中の人々が声を上げることが重要だ、と寺崎総局長は主張した。

寺崎総局長は、SGIはグローバル・ヒバクシャの苦しみについて一般への啓蒙活動を続け、TPNW第6条と第7条で求められている被害者支援と環境修復を推進していく。今回の発表で伝えられた人々の真の声はこの取り組みにおいてきわめて重要な価値を持つ、と指摘した。

「核兵器の脅威と、それが引き起こす非人道的な被害について一般の人々に情報を提供し続け、核軍縮へと世界の流れを変えるよう、本日ご出席の皆様に呼びかけたいと思います。」(原文へ

INPS Japan

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核外交の歴史における画期、アイゼンハワー大統領の「平和のための原子力」演説から70年

【リオデジャネイロIDN=レオナム・ドスサントス・ギマラエス】

1953年12月8日、米国のドワイト・D・アイゼンハワー大統領が、後世に語り継がれることになる演説を国連総会で行った。この「平和のための原子力」演説は、原子力とその応用に対する世界の見方を決定的に変えた。アイゼンハワーは演説で原子力の平和利用へのビジョンと、原子力国際協力の促進について述べたのである。2023年、核科学の力を人類の利益のために利用する必要性を強調したこの象徴的な演説から70年を迎える。

Photo: Hiroshima Ruins, October 5, 1945. Photo by Shigeo Hayashi.
Photo: Hiroshima Ruins, October 5, 1945. Photo by Shigeo Hayashi.

この演説の歴史的な文脈は決定的だ。米国は第二次世界大戦末期に広島・長崎に原爆を投下し、核時代の始まりを画した。世界は原子力に伴う危険を明確に意識し、冷戦は激しくなっていた。核兵器は力の象徴となり、人類生存への脅威となっていた。欧州をナチスドイツから解放する作戦で連合国軍を指揮した第二次世界大戦期の著名な将軍であったアイゼンハワーは、原子力の破壊力について理解していたが、それが民生にもたらしうる潜在的力を見据えてもいた。彼の演説は、原子力の平和利用へのコミットメントを強調することで歴史の道筋を変えようとする試みであった。

「平和のための原子力」演説の中心的な考え方は、核に関する知識と技術を、それが非軍事的な目的である限りにおいて、他国と共有するというものだ。アイゼンハワーは、単に脅威としてだけではなく、世界を利する機会を与えるものとして、原子力の潜在能力を捉えていた。

アイゼンハワーはこの演説で、原子力が善への力となるような世界のビジョンを示した。原子力技術の平和利用を管理し、国際協力を推進する機関の創設を提案した。そして、諸国の経済的な発展と福祉を促進し、人類にあまねく進歩をもたらすために、核をめぐる知識が共有されねばならないことを強調した。

アイゼンハワーの演説はまた、核軍縮の重要性と核兵器拡散を制御する必要についても述べていた。核エネルギーが平和目的にのみ使用されるようにする取り組みに加わるように諸国に求め、これは10年少し経ってから核不拡散条約(NPT)の成立につながった。

IAEA
IAEA

アイゼンハワーの演説は1957年の国際原子力機関(IAEA)創設につながった。原子力の平和利用を促進し、それが軍事目的に使われないように監視する役割を与えられた機関である。IAEAはそれ以来、世界各地での核活動を監視・規制する上で重要な役割を果たし、NPT締約国の公約を検証することで核兵器の拡散を予防することに貢献してきた。

「平和のための原子力」演説から70年を迎える中、この70年における原子力の平和的応用の長足の進歩に着目することが重要だ。「原子力の平和利用」概念は、大気中に有害なガスを発生することなく、医療や産業、農業、クリーン発電、さらには、淡水化や現在「ブルー」を呼ばれる水素などのさまざまな生産プロセスにおける熱利用のための原子力利用に光を当てた。これは、現在のエネルギー移行や気候変動の緩和に決定的な意味を持つ。

原子力の応用は、例えば癌の放射線治療のような先進的な医療技術の発展につながったり、様々な疾病の診断や治療のための放射性同位体の生産を可能にしたりしてきた。食物への放射線照射技術は、食品物流網における損失を大幅に減らしてきた。これらの技術は、医療・手術用機材の殺菌や、美術品の保存にすら応用されてきた。

さらに、核エネルギーは多くの国で主要な電源となり、フランスやスロバキア、ウクライナのような国々では50%以上の電力を生産し、エネルギー源の多様化とエネルギー安全保障に寄与している。

小型モジュール炉(SMR)は、鉄鋼やアルミニウム、セメントなどの産業のための直接的な熱利用や、合成燃料の生産など、発電以外の利用と組み合わせたコジェネレーションへの道を開いた。さらに、海洋(海底への固定式、あるいは浮遊式)や宇宙空間(ロケット推進燃料や発電)といった遠隔地での発電ユニットとしても利用可能だ。

また、宇宙船に搭載したり、月や火星のような地球に近い天体に固定することもできる。加えて、非炭素型発電を伴ったデータセンターを必要とするデジタル化や人工知能の発展を加速させ、途中で阻害されることなくきわめて高い信頼性と継続性をもった電力使用が可能となっている。

Dwight Eisenhower/ Wikimedia Commons
Dwight Eisenhower/ Wikimedia Commons

アイゼンハワー演説70年を迎えたいま、彼の遺産と、それ以降にみられた進歩を振り返ることが重要だ。IAEAは、世界各地で核活動を監視する重要な役割を果たし続け、原子力安全と国際協力を促進している。核エネルギーの平和的応用は、生活の質を向上させ、科学の発展を促進することで、人類に利益を与え続けている。

しかし、核エネルギーの利用に伴う難題を忘れてはならない。原子力安全や放射性廃棄物管理の問題、核兵器の拡散は、依然として世界の重要問題だ。国際協力の必要性と核技術の責任ある応用を頭に置いておかねばならない。

アイゼンハワー大統領の1953年の演説は、我々の未来を形作る科学技術の力について強力な警告を与えたものだ。彼は我々に対して、核エネルギーを責任をもって利用し、核兵器の脅威をもって特徴づけられる世界において平和を求めることを促している。今日、我々はこのビジョンを尊重し、人類全体の利益のために核エネルギーの平和利用を促進するとの約束を再確認する。

70周年にあたって、我々は「平和のための原子力」演説の遺産をあらためて振り返り、核エネルギー平和利用へのコミットメントを再確認しなくてはならない。アイゼンハワー大統領の演説は、核エネルギーがエネルギー移行における役割を拡大しつづける中で、平和や安全、協力を促進するインスピレーションを与え続けている。

究極的には、アイゼンハワーの「平和のための原子力」は、責任と国際協力という原則にコミットして初めて、科学技術を人類の福祉のために利用しうることを思い起こさせる。この演説は、核外交の歴史における重要な画期でありつづけ、核をめぐる知識を平和と開発のために利用して、国連の持続可能な開発目標(SDGs)を達成することの重要性を指し示していると言えよう。(原文へ

※著者は、ブラジル工学学士院の会員(原子力・海軍工学)であり、ブラジル海軍の原子力推進プログラムで「エレトロニュークリアSA」社の社長を務める。

INPS Japan

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