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核兵器禁止条約の普遍化が不可欠(寺崎広嗣創価学会インタナショナル平和運動総局長インタビユー)

【ベルリン/東京IDN=ラメシュ・ジャウラ

仏教指導者で世界平和の構築を一貫して訴え続けてきた池田大作氏(創価学会インタナショナル(SGI)会長、東京)は、5月19日から21日まで広島で開催された主要国首脳会議(G7サミット)に先立ち提言を発表し、G7首脳に対し、ウクライナ紛争の解決に向けて大胆な措置を取り、「核兵器の先制不使用」の誓約に関する協議を主導して人類の安全を保証するよう呼びかけた。

今回のG7サミット開催地は、1945年の米国による原爆弾投下により広島・長崎合計で22万6000人以上が殺害されている(両都市では広島の方が被害が大きかった)ことから、象徴的な場所であった。

しかし、G7(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国の7カ国と欧州連合)の首脳は、ロシア・ウクライナ紛争や「核兵器の先制不使用」の誓約について大胆な措置を取ることができたのだろうか。

IDNは、寺崎広嗣SGI平和運動総局長にインタビューした。全文は以下のとおり。

Q: ウクライナ問題が焦点となり、ロシアと中国がG7を批判する中で5月21日に終了した広島サミットの結果をどのように考えておられますか。

Hiroshima Peace Memorial (Genbaku Dome) Photo Credit: SGI
Hiroshima Peace Memorial (Genbaku Dome) Photo Credit: SGI

寺崎:人類史上、初めて原爆が落とされた広島は、平和の原点であり、この地で核兵器全廃のための首脳会議を開くべきだ―池田SGI会長が1975年以来、繰り返し訴えてきたことです。

今回のサミットで核軍縮に向けて具体的前進があったとは言い難いですが、それでもなお、G7の首脳が、核兵器の惨禍を象徴する広島に会し、直接、被爆者の話に耳を傾け、被爆の実相に触れたことは、意義深いと感じています。

コミュニケが出されましたが、問われるのは、グローバルな危機に対処する、主体的な行動です。各国がイデオロギーや利害の壁を越えて、世界の平和のために開かれた対話を促進することを、強く望みます。

Q: 広島G7サミットは、ロシアとウクライナの敵対行為の停止に関して何を達成したと見ておられますか。停戦に向けた具体的な計画は策定されたでしょうか。

寺崎:まさに人々の悲願も、国家指導者たる者の責務も、第一に、壊滅的な結末の回避にあるはずです。

Wreath-Laying at the Cenotaph for the Atomic Bomb Victims by G7 leaders—Italy’s PM Meloni, PM Trudeau of Canada, President Macron of France, Summit host Fumio Kishida, US President Biden, and Chancellor Scholz—flanked by European Commission president von der Leyen (right) and European Council president Michel (left). Credit: Govt. of Japan.
Wreath-Laying at the Cenotaph for the Atomic Bomb Victims by G7 leaders—Italy’s PM Meloni, PM Trudeau of Canada, President Macron of France, Summit host Fumio Kishida, US President Biden, and Chancellor Scholz—flanked by European Commission president von der Leyen (right) and European Council president Michel (left). Credit: Govt. of Japan.

残念ながら、サミットではウクライナへの支援とロシアへの制裁強化や非難は表明されたものの、停戦に向けての交渉の具体的な計画は十分に示されていないと感じます。しかし、「グローバルサウス」との連携が強化された点は歓迎するものです。

これ以上、戦火によって苦しむ人々が拡大しないよう、私たちも、関係国が戦闘の全面停止に向けて協議の場を設けられるよう、より以上、声を上げ続けて参ります。

Q: 池田博士は提言の中で「先制不使用の誓約」は、核不拡散条約(NPT)と核兵器禁止条約をつなぐ車軸として、「核兵器のない世界」の実現を加速させることができる「希望の処方箋」となると訴えましたが、G7は広島サミットでこの議論をリードすることを約束したでしょうか。

寺崎:実際のところ、確たる成果は見えません。しかし、「種」は植えられたと信じたい。後世の人から「あれが時代の転換点だった」と言われる現実的な一歩を踏み出すべきではないでしょうか。

NPTと核兵器禁止条約の目的は、「核兵器なき世界」という点で一致しています。核兵器使用のリスクがかつてないほど高く、長期化する今、それを脱するための土台となるのが、核兵器国による「核兵器の先制不使用」にほかなりません。それこそが、NPTと核兵器禁止条約を繋ぐ土台になるものであり、「核兵器の先制不使用」の誓約に関する協議をG7が主導して進められるよう、引き続き働きかけていきたいと思います。 

Q: 「核兵器禁止条約の精神」は、G20バリサミットの首脳宣言に明記した「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」との認識にも反映されていますが、G7は、広島から世界に向けてこの精神を力強く発信することに成功したでしょうか。

寺崎:今回のサミットで「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」が出され、G20バリ首脳宣言についても確認したことは、特筆すべきことでしょう。

SGI joined with other NGOs to hold a side event at UN Headquarters during the NPT Review Conference to emphasize the urgency of the pledge of no first use of nuclear weapons. / Source: INPS Japan

しかし、「他国の核兵器は危険だが、自国の核兵器は安全の礎である」との思考に基づく核抑止政策を転換していかなければ、人類は、いつ崩落するかわからない断崖に立ち続けるようなものです。この強い危機感から、被爆者や市民社会が後押しして誕生したのが核兵器禁止条約であり、その普遍化がますます必要です。

そのためにも、「核兵器の先制不使用」の誓約を基に、厳しい現実を乗り越える協議が前進するよう、引き続き核兵器の非人道性の認識を地域に、世界に広げて参ります。(英文へ

INPS Japan

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気候変動はオーストラリアの国家安全保障にとって脅威か?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=トビアス・イデ】

気候変動活動家から、新しいティール政治運動、そして著名な防衛専門家まで、より多くのオーストラリア人たちが、気候変動がもたらす安全保障上の影響について懸念を表明するようになっている。同国が長い海岸線を有し、山火事やサイクロン、干ばつ、そして最近ではオーストラリア史上最悪の洪水が頻繁に発生していることを考えると、このことは驚くには当たらないかもしれない。

ある最新の論文が、気候変動がオーストラリアの国家安全保障を損なっているか否か、損なっているとすればどのように、という問いに対して包括的な答えを示している。従来の学術研究は、大半が様々な分野に散らばっていた(その多くが有料閲覧であり一般の人はアクセスできない)。様々なNGO政府機関がその隙間を埋めようと挑み、いくつかの画期的な作業を行ったが、科学的な研究は選択的にしか活用されていない。このトピックに関する最近の政府報告書は、機密扱いのままである。(

まず、既に2050年までに、オーストラリアの平均気温は現在より1.1°Cから1.5°C上昇すると予測されており、山火事が起こりやすい気象条件の発生する可能性は8%高まり、洪水のリスクは大幅に増加し、干ばつが農業生産性を低下させるといわれている。これらの展開が相まって、人々の健康と経済の安定の点で、人間の安全保障にとっての深刻な脅威となっている。

海面上昇と、国土全体にわたる洪水、火災、干ばつ及び熱波のリスクも、国家安全保障に深刻な影響を及ぼしている。最近の研究によれば、二つの脅威が特に深刻である。

第1の脅威は、気候変動が主要なインフラ、特に輸送部門とエネルギー部門を混乱させるということだ。オーストラリアでは、海岸沿いや洪水や火災のリスクがある地域に何千キロメートルもの道路、鉄道、電線が走っている。2050年までに、海岸浸食だけでも、300を超える警察署、消防署および医療施設に脅威が及ぶと予測されている。熱波の際には、空調需要の高まりと、火災によるエネルギー・インフラの損傷で、送電網に負荷がかかる。より強力な熱帯性低気圧は、複数の種類のインフラを破壊する力があり、最近ではサイクロン「ガブリエル」がニュージーランドを襲った際にそういった例が見られたが、被害のリストはさらに続く可能性がある。

この新しい研究は、気候変動が国家安全保障にもたらす第2の主な脅威として、軍事力への影響を指摘する。オーストラリア国防軍は、民間と同じインフラに依存していることが多いため、その脆弱性を共有することになる。例えば、(アリス・スプリングスとキンバリーを結ぶ)タナミ・ロードは、オーストラリアがインド太平洋地域における国際紛争に関与する必要が生じた場合には、重要な戦略資産になりうる。しかし、この道路は熱波と洪水の被害に対して非常に脆弱である。

軍専用のインフラも同様に脅威に晒されている。この点に関する情報は一部、機密扱いとされているままだが、国防省は、沿岸部の基地のいくつかは、洪水と海面上昇によって高い危険に晒されていると考えている。それに加えて、オーストラリア国防軍は、気候変動後の世界では、より多くのリソースと人員を災害対応に投入しなければならなくなるだろう。国内でもアジア太平洋地域でも、大災害の時には、オーストラリア軍は主要な救援部隊となることが多い。こうした気候変動の影響が同時に発生したり、国際的緊張が非常に高い時期に発生したりした場合、これはオーストラリア国防軍の能力を非常に酷使することになる可能性がある。

研究は、他にも多くの国家安全保障上の脅威を指摘している。

気候変動は、国際的な戦争を引き起こすわけではないが、オーストラリアの近隣諸国の政治的不安定性のリスクを高める可能性は大いにある。大規模災害によって反政府感情が高まり、絶望した被災者が援助や収入を求めて過激派グループを頼るということがあり得る。また専門家たちは、災害によって引き起こされた移住と、一部の太平洋島嶼国における地域紛争を関連付けている。気候関連の災害は、人口が多く、少数民族への政治的差別があり、人間開発のレベルが低い国で、暴動を引き起こす可能性が非常に高いことが証拠によって示されている。これら三つの要素は、インド、フィリピン及びパプア・ニューギニアを含め、(東)南アジアおよび太平洋地域に多く見られる。

新型コロナウイルス感染症の流行は、グローバルなサプライチェーンに大きく依存している国がいかに多いかを示した。もし気候変動がナイジェリアやイラクのような主要産油国の政情不安を促進した場合、オーストラリアの社会、経済そして軍事は、燃料価格の高騰に対応しなければならなくなるだろう。さらに、オーストラリアは、経済およびインフラにとって欠かせない、自動車、電子部品、医療品など複数の製品の主要な輸入国でもある。それらの製品の多くは中国南西部で生産されているが、同地域では最近、猛烈な熱波のため数日間にわたり工業生産が停止した。このような熱波は、洪水や暴風雨とともに、気候変動の未来ではより頻繁に発生すると予想され、民間、軍事および経済のインフラにとって不可欠な産品の供給の障害となる可能性がある。

この論文は、気候変動によってもたらされるその他の国家安全保障上の脅威、例えば、大規模な移住や国際的な漁業紛争などについても論じているが、それらは可能性が低いか、重要度が低いと見なしている。それでも、今後30年間で気候変動はオーストラリアの国家安全保障の様々な側面を損なうであろうことがかなり明確であると言及している。これらの影響に対応するために、政策立案者らは、大胆な気候変動低減策、避けられない気候変動に対する、紛争に配慮した持続可能な適応策、そして、協調的な国際平和・開発政策という三つの面からなる戦略を追求するのが賢明であろう。

トビアス・イデは、マードック大学(パース)で政治・政策学上級講師、ブラウンシュヴァイク工科大学で国際関係学特任准教授を務めている。環境、気候変動、平和、紛争、安全保障が交わる分野の幅広いテーマについて、Global Environmental Change、 International Affairs、 Journal of Peace Research、 Nature Climate Change、 World Developmentなどの学術誌に論文を発表している。また、Environmental Peacebuilding Associationの理事も務めている。

INPS Japan

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サイクロンとモンスーンの季節に直面するパキスタンで食糧不安の恐れ

【ペシャワールIPS=アシュファク・ユスフザイ

パキスタンが今後数ヶ月の間に深刻な食糧不安に直面する可能性があるという国連による警告は、人々が依然として避難所や薬、適切な食糧なしで暮らしている洪水の被災地に焦点を当てるよう政府に呼びかけるものだ、とアナリストは述べている。

この警告は、イスラマバードの国立予報センターが、今後数日以内に超大型のサイクロンビパルジョイがパキスタンに上陸すると予想される中で発せられた。

今後サイクロンの移動に伴い激しい嵐と強風が予想されるパキスタンのシンド州とインドのグジャラート州では約8万人の集団避難が行われている。

嵐とモンスーンシーズンの到来を前に、最近発表された国連の報告書は、もしパキスタンの経済・政治危機がさらに深刻化し、2022年の洪水被害(パキスタンはその被害から未だに回復していない)が悪化すれば、パキスタンにおける急性食料不安は今後数ヶ月でさらに悪化する可能性があると警告している。

FAO/WFP
FAO/WFP

国連食糧農業機関(FAO)と世界食糧計画(WFP)が共同で発表した「ハンガー・ホットスポット」と題する報告書は、昨年6月から7月にかけて大洪水に見舞われた住民のニーズに応えることができていないパキスタン政府に対して痛烈な警告を発している。さらにこれら2つの国連機関は、2023年6月から11月までの見通し期間中に、パキスタンを含む22カ国・81の飢餓地域で、深刻な食料不安がさらに悪化する可能性が高いと警告している。

この報告書によると、パキスタン、中央アフリカ共和国、エチオピア、ケニア、コンゴ、シリアは深刻な飢餓は発生する懸念があるホットスポットであり、ミャンマーにも警告が及んでいる。

パキスタンのタリク・バシール・チーマ連邦国家食料安全保障・研究大臣は、パキスタンで「急性食料不安」が起こりうるとしたこの報告書について、「センセーショナリズムを広め、(パキスタンを)アフリカ諸国のように飢餓ホットスポットと断定しようとする試みだ。」と述べて異議を唱えた。

チーマ大臣は、「2つの国連機関がパキスタンをアフリカ諸国のような飢饉の『ホットスポット』と宣言することを望んでいる。しかし、パキスタンは今年小麦が豊作で、前年の繰越在庫と合わせて2850万トンの小麦生産が記録された。」と、IPSの取材に対して語った。

しかし、現地で活動するアナリストやNGOは、この国連報告書の内容は正確であるとし、新たな洪水の波が来る前に食料安全保障のための強力な対策を講じるようパキスタン政府に促した。

経済学者のムハンマド・ザヒール氏はIPSの取材に対して、「パキスタンを襲った未曾有の大洪水からほぼ1年が経過したが、洪水の被災地に住む1000万人以上の人々が安全な飲料水へのアクセスを奪われたままであり、被災者の家族は病気になる可能性のある汚染水を使うしかない環境にある。」と語った。

1月、ジュネーブで開催された会議では、パキスタン洪水被災者への支援として、163億米ドルの復旧費用に対して107億米ドル以上の拠出が約束された。

「会議で約束された金額はすべて融資であり、随時パキスタン政府に送られることになります。しかし、洪水に見舞われた人々はまだその恩恵を受けていません。シンド州、バロチスタン州、カイバル・パクトゥンクワ州の一部で被災者らは、今後さらなる豪雨に見舞われる恐れがあることから一層の支援を必要としています。」と語った。

The projected path of Cyclone Biparjoy.  About 80,000 people are expected to be evacuated ahead of the storm. Credit: India Meteorological Department
The projected path of Cyclone Biparjoy.  About 80,000 people are expected to be evacuated ahead of the storm. Credit: India Meteorological Department

報告書によると、850万人以上の人々が高レベルの急性食料不安に見舞われる可能性がある。

昨年の洪水により農業部門に300億ルピーの損害と経済的損失が発生し、今般のサイクロン来襲で状況はさらに深刻化している。

国連開発計画(UNDP)によると、災害後のニーズアセスメント(PDNA)では、洪水被害が149億米ドル以上、経済損失が152億米ドル以上、復興需要が163億米ドル以上と見積もっている。

また、経済・政治危機により家計の購買力が低下し、食料やその他の必需品を購入する能力が低下しているため、食料不安と栄養不良の状況は見通し期間中に悪化する可能性が高いと指摘している。

ユニセフの報告書によると、栄養不良が多く、水や衛生設備へのアクセスが悪く、就学率が低いなど、厳しい状況にある地区では、960万人の子どもを含む推定2060万人が人道支援を必要としている。

「衰弱し飢えた被災地の子どもたちは、重度の急性栄養失調、下痢、マラリア、デング熱、腸チフス、急性呼吸器感染症、痛みを伴う皮膚疾患に苦しんでいる。」

「ユニセフは、緊急の人道的ニーズに対応すると同時に、故郷に帰還する被災者のために、既存の保健、水、衛生、教育施設の修復やリハビリ支援を続けていく予定だ。推定350万人の子どもたち、特に女児が、永久に学校からドロップアウトする高いリスクにさらされている。」

「しかし、洪水により避難したすべての家族に確実に手を差し伸べ、この気候災害を克服できるようにするためには、さらに多くの支援が必要だ。また、被災者がこの深刻な被害から立ち直るには、数年とは言わないまでも、数カ月はかかるだろう。」と報告書は述べている。

この洪水により3300万人が被災し、1700人以上の人命が失われ、220万棟以上の家屋が損壊・破壊された。洪水により被災地のほとんどの水道が被害を受け、250万人の子どもを含む540万人以上が池や井戸の汚染された水のみに頼らざるを得なくなった。

スワット地区の洪水で家と数頭の家畜を失ったスルタナ・ビビさん(50歳)は、これまでのところ政府からの援助はないと語った。

「初期のころは地元のNGOから食料品をもらっていましたが、家を再建するには資金援助が必要です。多くの人がまだ親戚と暮らしています。」と、ビビさんはIPSの取材に対して語った。

スワット地区やその他の地域で支援活動を行っているパキスタンのNGOアルーキドマット財団の代表は、「状況はまだ改善されていない。」と指摘した上で、「栄養失調の根本的な原因は、安全でない水と不衛生な環境です。下痢などの感染症は、子どもたちに必要な栄養の摂取を妨げます。栄養失調の子どもたちは、すでに免疫力が低下しているため、水系感染症にも罹りやすく、栄養失調と感染症の悪循環が続くことになります。」と語った。

「6月に入り、さらなる洪水が懸念されています。昨年はこの月に大洪水に見舞われました。政府は国民を助けなければなりません。今年再び洪水に見舞われた場合、昨年の大洪水の被害から回復していない人々は、一層深刻な被害を被るだろう。」と、アナリストのアブドゥル・ハキム氏は語った。

A flooded village in Matiari, in the Sindh province of Pakistan. Credit: UNICEF/Asad Zaidi
A flooded village in Matiari, in the Sindh province of Pakistan. Credit: UNICEF/Asad Zaidi

パキスタン医師会のアブドゥル・ガフール博士は、「洪水で破壊された医療施設が稼働していないため、人々は依然としてNGOが主催する医療キャンプに頼っています。」と指摘した上で、「パキスタン政府はFAO/WFPの報告書を真摯に受け止め、水や食品を媒介とする病気から被災者を守ってほしい。」とIPSの取材に対して語った。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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カホフカダム崩壊の影響について、今最も重要なのは人々を救うこと。(マーティン・グリフィス国連緊急援助調整官兼人道問題担当事務次長)

国連人道問題事務所は、カホフカ水力発電所のダム崩壊によって被災した地域を支援するための3段階の計画を策定した。当面は、もっぱら人命救助と人々の避難にあたっている。一方で、ウクライナのロシア占領地域に暮らす被災者へのアクセスを得るため、ロシア政府とも交渉中である。グリフィス国連緊急援助調整官兼人道問題担当事務次長は、国連ニュースサービスのナルギス・シェキンスカヤの独占インタビューに応じ、次のように語った。

【国連ニュース/INPSJ=ナルギス・シェキンスカヤ】

シェキンスカヤ: この3日間、報道によると、ウクライナの国連は、ゼレンスキー大統領自身(=「国際機関が災害地域にいないのであれば、それは存在しないか、あるいは能力がないことを意味する」と語った。)を含め、批判されています。こうした批判はどこまで妥当だとお考えですか?

グリフィス:こうした批判は理解できます。現在ウクライナが置かれている状況下では、危機対応活動を組織することは、国連のみならず、すべての人道支援団体にとって困難なのが実情です。しかし、ゼレンスキー大統領の反応はよく理解できます。彼は国民に寄り添った人物で何が起こっているのかをよく理解しているからこその批判だと思います。だから、私たちはそのことにこだわってはいません。私たちは、できるだけ早く人々を助けることに集中しています。

シェキンスカヤ:このような批判が、現地にいる国連職員を困難にさせていると思いますか?

Фото ООН/Э.Шнайдер Заместитель Генерального секретаря по гуманитарным вопросам и Координатор чрезвычайной помощи ООН Мартин Гриффитс дает интервью Службе новостей ООН.
Фото ООН/Э.Шнайдер Заместитель Генерального секретаря по гуманитарным вопросам и Координатор чрезвычайной помощи ООН Мартин Гриффитс дает интервью Службе новостей ООН.

グリフィス:過去数ヶ月間、私たちはウクライナ政府と地方当局の両方と強い絆を築いてきました。私自身もクリスマスイブにへルソンミコライウを訪れ、地元当局と面会しました。私たちはこれまでずっと、現地で人道支援を続けてきましたし、今も続けています。

例えば、昨日、人道支援物資を積んだ2つの輸送隊がへルソンに送られましたし、今日も1隊が向かっています。つまり、国連の人道支援メカニズムは機能しているのです。

シェキンスカヤ:今、短期的、長期的に優先すべきことは何でしょうか?

グリフィス:今は、緊急救援活動を行っている段階です。まずは、浸水した地域から人々を脱出させる必要があります。一両日中にボートで全ての被災者のところへ行けるようにしたい。それが今、最も重要なことです。次に、清潔な水、医療品、食料を提供し、人々が立ち直るのを支援する必要があります。

そして、次の段階に進みます。大型ダムを決壊させるという衝撃的な行為がもたらす人道的な結果を検証し始めるのです。約70万人の人々が清潔な飲み水を失っているという事実、そして世界で最も地雷が多い地域で起こった水害で地雷が漂流している現実を検証しなければなりません。また、被災住民、とりわけ子供たちの生活、水供給、医療サービスに配慮しなければなりません。

第3段階では、経済的、環境的な影響に対処することになりますが、これは衝撃的なものになると思います。なぜなら、その影響はウクライナだけにとどまらないからです。例えば、ウクライナは穀倉地帯であり、被災地域の大部分で、すぐに作物を生産できないことを鑑みれば、世界の食料価格にも悪影響を与えるでしょう。

シェキンスカヤ:そのような長期的な影響の規模を何とか小さくするために、今日何かできることはないでしょうか?

グリフィス:今大切なことは、人々を救助し、安全な場所に移動させることです。特に子どものいる家族には、病気にならないよう、食料ときれいな水を提供しなければなりません。それが現時点での最優先事項です。

しかし、その後、中長期的な被害状況を把握することができれば、これまで世界の他の地域について国連が行ってきたように、緊急アピールを開始することになるでしょう。

シェキンスカヤ:緊急作戦といえば。ヘルソンの地元当局は、被災者を救助するためにモーターボート、ドローン、その他の高度な機器が必要だと述べています。国連にそれを支援する能力はあるのでしょうか?

グリフィス:はい、そうした経験はあります。例えば、世界食糧計画には、被災者を水上で安全な場所に運ぶための船が用意されています。

ジュネーブにある国連人道問題調整事務所は、トルコ・シリア地震の後、同様のオペレーションを行いました。救助隊は、最も助けが必要な場所で活動し、捜索と救助活動を調整しました。ウクライナでも、間違いなく、そのような支援を動員する準備が整っています。

シェキンスカヤ: 既にそのような依頼は来ているのでしょうか?

グリフィス:まだですが、デニス・ブラウン ウクライナ人道支援調整官が既にこのテーマで交渉しているとしても私は驚かないでしょう。彼女は、ウクライナにおける国連の最高位の代表者で、現在へルソンとミコライウを訪れています。彼女はきっと、このテーマで地元当局と話をすることでしょう。

シェキンスカヤ:ユニセフの報告によると、ダム破壊の結果、川を挟んだ対岸のロシア占領地には、支援を必要とする人々が約2万5千人いるとのことです。これらの地域への国連のアクセスについて、何かニュースはありますか?

グリフィス:ダムが決壊して以来、私たちはロシア当局と連絡を取り合っています。私自身、国連常駐代表部の人たちと会いましたが、文字通りこの30分(金曜日の夕方、編集部注)、彼らと連絡を取り合い、前線を越えて安全にアクセスする許可を求めています。

これは人道支援機関にとっては標準的な手続きです。シリアでもスーダンでも、他の国でもそうでしたし、ウクライナでも戦争が始まって以来、この方式で活動しています。いつ、どこに、何人、どんな荷物を運ぶのか、計画を双方に伝える。合意できることを期待しています。

シェキンスカヤ:今、洪水について、大きな誤報キャンペーンが行われています。このキャンペーンへの対策を緊急対応計画に盛り込むべきだとお考えでしょうか?

グリフィス:私は、人道主義者は情報戦に巻き込まれることなく、もっと大きな仕事をするべきだと確信しています。私たちは、人々のニーズについて真実を伝え、そのニーズを満たすための方法について明確な考えを持つ。これが私たちの義務です。私たちは、戦争がもたらす他の結果には関与しません。

シェキンスカヤ:ウクライナの被災地の人々に伝えたいことは?

グリフィス: 私は彼らに連帯と共感の言葉をかけたい。あなた方は、もう1年以上も続いている戦争を経験しなければなりませんでした。そして今回の大洪水。あなた方は夜中に爆発で起こされた。洪水は、あなた方が望んでいた未来を奪っていく。生活を破壊し、生計を奪う。このような状況において、メッセージは非常にシンプルです:私たちは、この困難な時にあなた方と共にいます。そして、神様がこの悪夢を止めてくださることを願っています。

シェキンスカヤ:次にスーダン情勢についてですが、これも今日、国連が対処しなければならない危機的状況です。 スーダンの国連事務所長がペルソナ・ノン・グラータとなった場合、現地での人道支援活動にどのような影響があるのでしょうか?

MG:今、スーダンで私たちが優先しているのは、人道的アクセスの確保です。ご存知のように、最近、24時間の敵対行為停止計画が策定されました。停戦は6月10日(土)に開始されます。私たちは、これがうまくいくことで、人道支援を提供する機会が得られることを望んでいます。住民はこの援助を切実に必要としています。私たちは現在、スーダン国軍と即応支援部隊双方と連絡を取っています。彼らは輸送隊の自由な移動のための手配を約束しました。私たちは、チャドから西ダルフールまでの国境を越えた作戦に合意したのです。内戦勃発以来5、6週間何も物資が届かなかった人々にとって、これはとても重要なことです。

それ以上に、この内戦を終わらせ、スーダンを民政に戻すプロセスを開始することが根本的に重要なのです。 紛争が最終的に解決され、支援が必要なくなること、それが、援助に携わる者たちの願いです。(原文へ

UN News Service/ INPS Japan

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21世紀の核凍結は現実となるか?

【国連IDN=タリフ・ディーン】

米国のエドワード・マーキー上院議員(民主、マサチューセッツ州選出)は5月4日、核兵器の実験・生産・配備に関する「21世紀の核凍結」ともいうべき法案を再提出する方針を発表した。

元米陸軍予備役で「核不拡散軍縮議員連盟」(PNND)の共同代表でもあるマーキー氏は米上院に「軍備制限協議加速法案」(HALT)を提出する予定だ。[訳注:「HALT」は「停止させる」の意]

同法案は、米国の政策は次のような要素を含むべきだとしている。

1.全ての核兵器及びその運搬手段の実験・生産・配備を検証可能な形で停止する合意。

2.新戦略兵器削減条約(新START)による現地査察・検証措置の再開。

3.非戦略核兵器、あるいは、新STARTが扱っていない戦略兵器に関する、ロシア連邦との二国間条約か協定の締結。

4.ジュネーブ軍縮会議か別の国際的な場での、検証可能な核分裂性物質生産禁止条約の交渉。

5.兵器級核分裂性物質の削減に向けた、米国の主催するサミットの開催。

6.包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効に向けて、米国が同条約を批准すること、および、その発効要件となっている付属書2規定の国々による批准の促進。

7.将来の多国間軍備管理・軍縮・リスク削減に関する協定を交渉・締結するための、すべての核保有国との協議。

8.米国による核兵器爆発実験実施または準備のための予算支出の禁止。

PNNDによると、HALT法案が出された今年は、核兵器の「凍結」を求めて100万人がニューヨークのセントラルパークに集った米国史上最大の平和デモから41年目にあたるという。

1982年6月12日、当時下院議員だったマーキー氏は演説を行い、ロナルド・レーガン大統領による新たな核兵器システムに対する不必要な支出の停止を要求し、大統領がソ連との核軍縮交渉を開始するよう呼びかけた。

識者らは、この核凍結運動は、米国とソ連(のちのロシア)間の二国間軍備管理条約交渉に必要な政治的意志を生み出すことに寄与した、としている。

4月14日、「核兵器・軍備管理作業グループ」の共同代表でもあるマーキー上院議員は、テッド・リュー下院議員とともに、「核兵器の先行使用を制限する法案」も再提出した。議会からの事前承認なしに核攻撃をする権限を大統領から奪うことを目的としている。

また、この法案は、紛争時に大統領が核兵器を導入することを防ぐためのセーフガードを制定し、議会が戦争を宣言する唯一の憲法上の権限を再確認するものである。「核兵器の先制使用を制限する法案」の再提出は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナに対し無謀な核の恫喝を行ってから1年というタイミングで出された。

西部諸州法律家財団(WSLF、カリフォルニア)のジャッキー・カバッソ代表は、核不拡散条約(NPT)発効から53年、今回のHALT法案は、高まる核の危機に対処するための政策提言メニューを示している、と語った。

Jackie Cabasso
Jackie Cabasso

この法案は、もし成立すれば、NPTの前文と第6条に体現された軍縮義務の履行開始を意味する。この義務は、1995年のNPT無期限延長決定や、2000年と2010年のNPT再検討会議の合意、それに、NPT第6条の権威的な解釈を示した1996年の国際司法裁判所の勧告的意見で繰り返し示されてきたものだった。

勧告は全会一致で「厳格かつ効果的な国際管理の下であらゆる側面における核軍縮につながる交渉を誠実に追求し妥結に導く義務が存在する」ことを認めた。

「しかし、残念ながら、米国政府やその他の核保有国の政府は、核軍縮はおろか軍備管理ですら実行する政治的意思がないようだ。」とカバッソ代表は指摘した。

動かしがたい真実は、HALT法案や、ジム・マクガバン下院議員が提出した「核兵器禁止条約の目標と条項を受け入れる決議」(そのいずれの背景にも精力的な草の根運動がある)のいずれも、近い将来には実現の見通しがないということだ。

米国の核兵器政策を分析する非営利の公益団体であるWSFLのカバッソ代表は、「どの核保有国も、婉曲的に『抑止』という言葉で表現されている核兵器による強制力ではなく、『共通の安全保障』に立脚したグローバルな仕組みを改めて構想する気がないことは明らかである。」と語った。

ブリティッシュコロンビア大学(バンクーバー)公共政策・グローバル問題大学校「グローバル・人間安全保障大学院プログラム」の責任者を務めるM・V・ラマナ教授は、「HALT法案を提出したマーキー議員には感謝しなくてはならない。」と、IDNの取材に対して語った。

M.V.-Ramana
M.V.-Ramana

「主要な核保有国間で軍拡競争が起こっており、米国あるいはロシア(あるいはその両者)は、従来自国の核兵器を制限していた多くの軍備管理条約から離脱しています。それに加えて、現在、軍事的緊張が高まっています。激しさを増す軍拡競争を抑えるためにある程度の合理性を導入する努力が求められています。」

「とはいえ、戦時における破壊の規模を減するためだけではなく、そもそもの戦争のリスクを減じるためにも、マーキー議員のような方々が一定の軍備管理を求める法案を出してくれるといいと思う」。

他方で、1970年に発効したNPTには、条約発効当初の核保有国である米国・英国・旧ソ連/ロシア・フランス・中国が、軍縮という目標を果たす法的拘束力のある義務が盛り込まれている。

第6条では、核兵器国を含むすべての締約国が、「核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、誠実に交渉を行うことを約束する。」とされている。

しかし、今日、どの核保有国も安全保障政策における核兵器の役割を拡大し、核戦力を削減しようとはしていない。

ロシアによる違法なウクライナ戦争、核兵器使用の威嚇、台湾、朝鮮半島、南アジア、中東などの潜在的な核紛争地など、核戦争の危険性は1962年のキューバ危機以来、最も高いレベルに達している。

Photo credit: Republic of Korea Air Force
Photo credit: Republic of Korea Air Force

核演習や頻度を増すミサイル実験、核保有国の軍隊間の対立の増加などに見られるように、核保有国とその同盟国による核戦力運用部隊の訓練を含むウォーゲームの規模とテンポは増しており、そのことが核戦争の危機を増大させている。

ある核軍縮の専門家は匿名を条件にこう語った。「表面だけ糊塗しようとして軍縮措置のリストがいろいろと挙げられていますが実際にはなんの行動も生まず、何の戦略もなく、誰もそれを真剣には受け取りません。残念ながら、それが現実です。」

プラウシェア財団代表のエマ・ベルチャー博士は、「ウクライナでは核のリスクが高まり、ロシアと中国による新たな軍拡競争は危険度を増しています。こうした中、米国が核戦力を強化するのではなく世界的に縮減していくことがこれまで以上に重要になっています。」「マーキー上院議員は、新STARTのような軍備管理外交がこうした危機に対処する唯一の確かな道であることを思い起こさせてくれました。軍備管理競争に勝つ唯一の道は、逃げないことです。この重要な時期にあってリーダーシップを発揮してくれるマーキー議員には感謝したい。」と語った。

「核先行不使用を求める会」グローバル運営委員会のジョン・ハラム氏は、「HALT法案は二国間核軍備管理が消えてしまわないようにするための重要な動きです。つまり、この法案は、核兵器の実験、製造、さらなる配備の凍結を米国政府に求めることで、米国が自ら模範を示し、ロシアと関与する可能性を提供するものです。そして、先制不使用の呼びかけは、危機の拡大、計算違い、事故による核戦争の発生を防ぐのに役立ちます。」と語った。

UN Photo
UN Photo

アボリション2000」核リスク低減作業部会の共同呼びかけ人でもあるハラム氏は、「この立法の意図が米ロ二国間で現実化すれば、軍備管理の大義が戻ってきます。現在はその精神がまさに消えようとしているわけですから」と語った。

PNNDのグローバル・コーディネーターであるアラン・ウェア氏は、核軍拡競争を止め、核兵器の先制使用の脅しなどの挑発的な政策を止め、軍備管理・軍縮協議を再開しない限り、米国と、ロシア・中国・北朝鮮などの他の核保有国との間での紛争は核戦争へと波及していく可能性があります。HALT法案は、すべての人にとっての安全を向上させる健全かつ実行可能な提案を行っています。」と語った。(原文へ

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【キーウINPS=ピエールパオロ・ミティカ

かつて米軍の核攻撃に備えてウクライナに建設された施設が、今やロシア連邦の攻撃から国民を命を守るために初めて使用されるようになっている。

 首都キーウ市内だけでも、冷戦中のソビエト連邦時代に建設された400以上の核シェルターが点在している。これらの施設には、200人から4000人が収容可能で、想定された米軍からの核攻撃から生き残るために必要な設備が備えられていた。ウクライナでは、チェルノブイリ原発事故が起きたときでさえ、こうした核シェルターが実際に使われることはなかった。当時のソビエト連邦中央政府(モスクワ)は、放射能雲からウクライナの住民を守るために核シェルターを使用できたにも関わらず、チェルノブイリ原子力発電所事故の深刻さを西側諸国や地元住民から隠蔽するために、あえて使用しない選択をしたのだ。

 冷戦時代が終わり、1991年にソビエト連邦が崩壊すると、地下シェルターは閉鎖され放棄された。近年は、地元業者がこうした核シェルターの一部を観光用に開放し、ソビエト連邦の歴史やダークツーリズムに関心を持つ人々を対象にしたアトラクションとしていた。

しかし皮肉なことに、昨年ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まると、冷戦時代の遺物であるこうした旧核シェルターが、地元住民にとって極めて重要な存在となった。実際、ロシア軍による首都キーウへの絶え間ない攻撃、ほぼ毎週のように発射される無人機やミサイルの中で、地元住民は市の地下鉄だけでなく、初めてこうした核シェルターに避難している。(原文へ

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|視点|平和と調和は独立の基礎(アイダール・サディルバエフ アバイ州社会開発局長)

【セメイINPS Japan=アイダール・サディルバエフ】

昨年、中央アジアのカザフスタン共和国の首都アスタナで「第7回世界伝統宗教指導者会議」が開催されました。わが国がこのような国際的なイベントを主催することは光栄なことであると思います。カザフスタンがこのフォーラムを率先して開催したことは、決して無意味なことではありません。なぜなら、カザフの地は何世紀にもわたって西洋と東洋を結ぶ架け橋となってきたからです。かつてこの地には、いくつもの巨大な遊牧文明が繁栄しましたが、そのすべてに共通する特徴は諸宗教に対する寛容さでした。

Ethnic Diversity in Kazakhstan/ Astana Times
Ethnic Diversity in Kazakhstan/ The Astana Times

現在、カザフスタンには100を超える民族が相互理解と調和のもとで暮らし、18の宗派からなる約4000の宗教団体が、自由に活動しています。これらはすべて、わが国の平和と民族の団結の結果であると信じています。

このような広範な諸宗教対話の経験は、精神的指導者たちに、さまざまな平和への取り組みを積極的に推進する力を与えています。今日、世界各地で起こっている敵対行為や戦争を止めることは非常に重要です。

宗教指導者は、人々を平和に導き世界に慈悲と正義をもたらす存在です。今日、世界はこれまでにない創造的な活動を必要としています。私たちは皆、新しい国際安全保障システムを構築するために、平和のための新たな世界的な行動を必要としています。この問題においては、精神的な指導者の役割が非常に重要です。

デジタルテクノロジーの時代には、意見の対立が増大し、仮想世界が現実世界に取って代わり始めました。したがって、精神的価値観と道徳的資質の問題は議題に戻されるべきです。

Photo: Pope Francis delivering his inaugural keynote speech at the Seventh Congress of Leaders of World and Traditional Religions in the Kazakh capital on September 14. Credit: Katsuhiro Asagiri | INPS-IDN Multimedia Director
Photo: Pope Francis delivering his inaugural keynote speech at the Seventh Congress of Leaders of World and Traditional Religions in the Kazakh capital on September 14. Credit: Katsuhiro Asagiri | INPS-IDN Multimedia Director

宗教は、あらゆる時代において、主要な教育機能を果たしてきました。聖典は、ヒューマニズム、慈悲、慈愛の思想を促進します。また、寛容と自制を呼びかけています。現代では、宗教指導者の最高の使命は、人々に優しさと正義を呼び起こすことです。(原文へ

アイダール・サディルバエフはカザフスタン共和国アバイ州政府の社会開発局長。前セメイ副市長。

創価学会インタナショナル(SGI)がセメイを訪問した際に、サディルバエフ副市長がセメイ空港で出迎え、市長との面談や旧セミパラチンスク核実験場や平和公園等の視察をアレンジした。
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ミッシングリンク – 太平洋先住民の気候知識

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=タフエ・M・ルサマ】

世界における気候変動の論調は、主にヨーロッパ中心の哲学、枠組み、概念によって形成されている。ほとんどの場合、適応と緩和対策は太平洋地域の外で策定され、それらが太平洋島嶼国にとって最善の解決策であるという前提のもとに太平洋地域において試行され、そして実施される。草の根レベルで確かに存在する先住民の知識が考慮されることはない。

このようなアプローチの例として、キリバスやツバルのような国々に導入されたタイプの防波堤がある。これは失敗だった。というのも、ひとえに費用がかかり過ぎ、また材料が国外から持ち込まれるからである。(

支配的な欧州中心の視点とは対照的に、太平洋神学大学(PTC)は、気候変動を太平洋の文脈で理解するために、太平洋先住民コミュニティーの哲学、枠組み、概念を取り入れる試みとして、「気候に関する先住民知識研究所(Institute for Climate Indigenous Knowledge:ICIK)」を設立した。同時に、研究所は若い世代の人々に、気候変動の解決策を求めて外(外国の哲学や神学)に目を向けるより、内(自分たちの哲学、精神性、世界観)に目を向けるよう教育することを目的としている。

太平洋先住民は、世界中の他の先住民コミュニティーと同様、自分たちの哲学や精神性を生かしながら、外国の哲学に依存することなく、何世紀にもわたって持続し存続してきた。彼らは、土着の科学的知識を生かして、多くの環境問題を乗り越えてきた。先住民の知識は、狩猟、漁労、植物栽培、航海術、建築、芸術、治療など、多岐にわたる技術を生み出す。そこには通常、ホリスティックな価値観が包含されているため、環境に影響を及ぼす可能性のある行為に関し、長期的に見た費用と便益について比較検討する機会が生まれる。

このような太平洋の関係性の中に、ICIKは自らを次のように位置付けている。

  1. 「生命全体」(訳者注=人間も自然という大きな生命体の一部であるという世界観)という太平洋的な新しい気候意識の形成に重点を置く。
  2. 太平洋コミュニティーのレジリエンスと先住民の気候知識に関する「生命全体」的研究を開発する。
  3. 太平洋コミュニティーに今も息づく気候をめぐる先住民の精神的伝統を気候政策に反映することに影響力を発揮する。
  4. 生命を肯定する信仰と先住民の知識に基づく教育的訓練、刊行物、会議を開発する。
  5. 先住民の若い環境活動家が、コミュニティーを基盤とする気候正義のアプローチを策定できるよう手助けする。
  6. 国内、地域、世界の気候関係者との有意義なパートナーシップと関係構築に関与する。

これらの目標を追求することによって、ICIKは、気候移住と適応の取り組みや対策の枠組み策定に当たって先住民の気候知識や理解に対する認識を高めることに寄与する。ICIKは、コミュニティーに存在する先住民の気候知識に関する調査研究を行う。例えば、地元先住民の専門家による研究成果を検証するために重要なセミナーやワークショップの実施、研究成果を共有・公表する会議の開催、太平洋地域各国の政策立案者に向けた提案を行う資料を発表することである。

現在の主流をなす気候変動の論調に欠けているものは、気候に関する先住民の知識と理解である。それらが議論に組み込まれるだけでなく、国、地域、世界の気候政策に意味のある影響を与えることができるようなプロセスを開始することが不可欠である。ローカルな先住民コミュニティーは国際的な気候議論に参加し、さらには彼ら先住民の気候知識に根差した解決策を策定することである。

太平洋神学大学(PTC)の「生命全体」というビジョンは、変革的プログラムを生み出すことを目的としている。それはコミュニティーを基盤とし、コミュニティーの特徴を反映し、草の根の地元地域が持つ生態系に関する知識、信仰、精神性に根差したプログラムである。このビジョンは、「生命全体」を神学、教育、開発、教会の務めの中心に置いて、生命を肯定する哲学、価値観、ベストプラクティスに基づいた、持続可能な太平洋のやり方を構築する助けとなる。何世紀にもわたって太平洋のコミュニティーにおける開発を形作ってきた破壊的な植民地主義的価値体系による約束に対し、取って代わるものを提供することを目指すビジョンである。

現在、太平洋の視点で捉え直した開発戦略では、開発において「文化と人々」が持つ意義を認識することに重点が置かれているが、コミュニティーとその知識体系を中心に据えない限り、それだけでは不十分である。「生命全体」のアプローチに伴う変革は、太平洋的な「神の家族」とその「生命全体」的構造の破壊を促した既存のイデオロギー的、哲学的な開発原理を再考し、解体することによって、教会、政府、より広範な太平洋のコミュニティーが改革的な変化をもたらす一助となることを目指している。

この変革の一環として、太平洋の人々が環境をより良く管理し、共有する太平洋の伝統を保護するのに役立つ、安価で持続可能な実用的方法やアプローチをを確立する新たな意識の確立や解放の道筋の開くことが求められる。

タフエ・M・ルサマ牧師(博士)(Rev. Dr. Tafue M Lusama)は、フィジー共和国スバの太平洋神学大学で気候変動担当者(Climate Change Officer)を務めている。また、ツバル・キリスト教会の牧師である。

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崩壊の危機にあるスリランカの医療制度

【コロンボIDN=ヘマリ・ウィジェラスナ】

かつて南アジアで憧れの的であったスリランカの無償医療サービスが、現在の経済危機に直面して崩壊寸前にある。医薬品の不足、医師の流出、公務員の医師を60歳で引退させようとする政府の頑なな方針などが背景にある。

政府医療従事者協会(GMOA)によると、同国の公立病院のほとんどで90種以上の基本的な医薬品が不足しているという。

GMOAの事務局長であるハリサ・アルトゥゲ博士は、「この国の医療ネットワークが医薬品不足のために崩壊してしまう危険がある。」とIDNの取材に対して語った。「現在の医薬品不足は慢性的に生じている。コロンボの分院でも、パラセタモールやピリントン、サリヴェといった基本的な薬が足りない。」脳卒中を予防するアスピリンのような緊急の薬品も、同国最大の病院であるコロンボ総合病院においてすら不足している。

スリランカの医療サービスを脅かすもう一つの大きな要因は、専門医の不足である。経済危機により、医師の国外流出が相次いでいる。一方、公務員を60歳で定年退職させるという政府の政策も、この問題に拍車をかけている。

専門医やその他の医師の流出が相次いだことで、アヌラダプラ病院の児童病棟は最近閉鎖に追い込まれた。病院関係者によると、同病院には同時に60人の患者を収容する施設があるが、病院関係者によると、アヌラダプラ教育病院の医師9人(うち小児科医4人)が離職している。子供たちを治療する医師がいないため、当時そこにいた患者たちは他の病棟に移らざるを得なかった。

Various pills/ By MorgueFile : see [1], CC BY-SA 3.0
Various pills/ By MorgueFile : see [1], CC BY-SA 3.0

児童病棟の閉鎖に伴って、ラジャラサ大学の医学生たちが訓練を受ける機会も失われた。同病院のドゥラン・サマラウィーラ病院長は、「医師はいなくなったが何人かは言えない。」とIDNの取材に対して語った。しかし、児童病棟は、必要な専門家を政府が供給したことで再開した。別の病棟に移されていた子どもたちも戻ってきた。

1年前の金融危機の到来以来、専門医を含む500人近いスリランカ人医師が出国し、その多くが保健省に連絡さえしていない。GMOAによると、無届退去に加え、若い専門医を含む52人の医師が、保健省に連絡せずに出国したため、ここ2ヶ月の間にポスト明け渡しの通知を受けたという。

医師が辞めていく一方で、政府は特に重症の病気に対する薬剤不足の解決策を持ちあわせていないようだ。無力な患者とその家族は、この危機的状況に苦しんでいる。ここで最も深刻な「問題」は、ある病気が不治の病になる前に行うべき手術が、薬剤不足のために遅れていることである。

スリランカは経済危機に直面し、医薬品の輸入にドルを割り当てる体制が整っていなかったとみられている。政府はインドの融資枠組みの下で、1億1400万米ドル相当を国営製薬企業に割り当てたが、医薬品の購入に使われたのは6850万米ドルに過ぎなかった。最近、スリランカ医師協会(SLMA)は、緊急性の低い医薬品のためにその資金が使われていたことを明らかにした。

国立感染症研究所のアナンダ・ウィジェウィクラマ博士は、インドの信用機関からの融資を得て輸入した医薬品の8割が登録されておらず、患者の手に届いていないと語った。これにより腎臓移植手術が中止される恐れがあり、緊急性の低い手術も中止せざるを得なくなる。

スリランカ麻酔科学集中治療大学の学長であるアノマ・ペレラ博士は最近の記者会見で、医療システムが崩壊の危機に瀕していると警告した。最も深刻な問題は、公立・私立病院における麻酔薬の不足で、このために帝王切開を伴う手術が遅れることになるだろう。また、麻酔医や集中治療医による手術は、医薬品不足のために行えなくなる可能性がある。

現在、公立・私立病院で抗生物質が入手しにくくなっている。そのため医師らは、薬を無駄遣いせず、自分の健康状況に気を配って生活するよう市民に呼び掛けている。

多くの公立病院の医師らは、IDNの取材に匿名でしか応じなかった。ある公立病院の医師は、「鉗子が不足しているので自身の病院では腹腔鏡下手術を約3カ月行えていない。」と語った。そのため病院の腹腔鏡下機材は3か月間も使用されていない。しかし、民間の病院や診療所には鉗子があるという。

別の政府系病院に勤務する医師は、「心臓発作患者の検査に必要な試薬が不足しているため、現在公立病院では検査できない。このため公立病院を訪れる患者は検査のために民間部門の研究所に行かなければならない。」と語った。別の主要な公立病院の医師によると、ここ数ヶ月、数種類の抗生物質が不足しているとのことである。

無作為の調査で、コロンボ国立病院に来院した何人かの患者は、まだいくつかの医薬品が手に入らない、と語った。

コロンボから約30キロのパナドゥラから通院しているシャンタ・カルナラスナさんは、「診療所には皮膚病の治療のため月に一度来ています。前回は、種類の薬が手に入らないと言われ、外部で入手しました。今回も状況は同じでした。しかし、薬は高くなっています。毎日収入があるわけではない私のような人間には厳しい状況です。」と語った。

SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No. 3

最近蔓延しているウィルス性熱病のために治療に来ていた別の患者は、やはり処方された薬を入手できず、外部で手に入れたという。

他方で、GMOAのスポークスマンであるハリサ・アルスゲ博士は、「昨年既に500人の医師が出国しており、もし60歳定年がこのまま厳格に適用されたならば、今年末までに300人の専門医を含む800人の医師が職を離れることになります。」と指摘した上で、「厳しい状況が訪れることになる。」と警告した。

「(無許可で海外に行った)公務員の医師を無給休暇扱いにしたとしても、問題の解決策にはなりません。また奨学金で海外に渡った医師も、海外で研修を受けているインターンも帰ってきません。問題は、専門医の問題で悪影響を受ける臨床サービスだけではなく、医療分野の行政にもあります。」とアルスゲ博士は指摘した。(原文へ

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|視点|我々は原子力潜水艦拡散を恐れるべきなのか?(レオナム・ドスサントス・ギマランイスブラジル海軍退役大佐)

【リオデジャネイロIDN=レオナム・ドスサントス・ギマランイス】

オーストラリア・英国・米国が2021年9月15日にインド太平洋地域防衛のための三国協定(いわゆるAUKUS)を発表するまでは、攻撃型原子力潜水艦の開発と、核不拡散条約(NPT)上の非核兵器国による核兵器開発との間の因果関係は、ほとんど公の議論になってこなかった。

この問題はこのように言い換えることができる。コストや環境への影響、核兵器拡散につながる可能性を考慮に入れるならば、攻撃型原潜は、特定の非核兵器国の国家安全保障に対する現実的な脅威に対抗するための最も適切な海軍技術なのだろうか、と。

攻撃型原潜取得の提案をめぐる議論は、核兵器を持たない特定の開発途上国においてエネルギー源として原子力を利用することを是とすべきか、という長年にわたる論議の焼き直しのような面がある。

原子力開発と核拡散との関係は、インドが1974年に初の核爆発実験を行い、さらに、1973年の石油ショックによって今後は原子力利用が広がるのではないかとの見通しが出てきたことから、議論の俎上にのぼるようになった。

民生用の核利用は、核兵器製造のための核分裂性物質と関連技術を獲得するための便利な口実となり得るというのが、従来の常識であった。そのため、核不拡散条約(NPT)によって国際的な保障措置がとられ、国際原子力機関(IAEA)によって管理されている。

非核兵器国における原子炉や濃縮、再処理、その他の核活動は、兵器級核分裂性物質の生産や軍事転用を探知・抑止するために、国際的な保障措置の対象となってきた。

しかし、NPT上の核保有国である米国・英国・フランス・ロシア・中国は、この体制に対して懐疑的な目を向けてきた。この措置によって違法行為を適時に発見することに十分な自信がないのである。一般的には、核兵器を持たない国が、単に機微の物質を保有しているだけでも、非核保有国は事実上の核兵器国と同じような地位に至るものとみなされてきた。

核装置が今にも開発されてしまう可能性は、その相手方をして、さも核兵器の開発がすでに完了したかのような態度を取らせることがある。にもかかわらず、技術的な観点からすると、兵器級核分裂性物質の取得は、爆発装置製造の第一歩に過ぎない。例えばミサイル技術管理レジーム(MTCR)のようなその他の国際的な保障措置体制が、さらなる動きを抑制するものとなる。

今日、原子力発電の普及が核兵器の「水平」拡散につながるという懸念は、現実にはなっていない。原子炉の安全性への懸念、経済成長の鈍化、必要となるインフラや原子炉建設の高コスト化のために、原子力は2000年代に既に保有していた国以外にはほとんど普及していない。核拡散の懸念は、核兵器能力を開発しようとする一部の国々の活動に向けられてきた。

(1980年代に始まるブラジルの試みのような)一部の非核兵器国の攻撃型原潜取得の計画(とされるもの)は、核拡散を巡る議論を引き起こしてきた。

歴史的には、核兵器保有国の海軍推進用原子炉の開発は、民生利用に先行してきた。例えば、商用加圧水型原子炉は、米軍が1950年代初頭に開発した潜水艦用原子炉の直接の後継となるものである。米国の場合、原子力による推進は核兵器取得ののちに開発された。

原子力の平和利用?

IAEAと核不拡散条約の保障措置のアプローチには違いがあり、前者は原子力エネルギーを「よく定義されていない」軍事目的に使用してはならないとし、後者は「よく定義された」軍事用の爆発目的で使用してはならない、と主張している。このため、過去には曖昧な解釈がなされたこともあったが、現在では明確になっている。

IAEA規程によれば、IAEAによる支援、あるいは、その要請またはその監視・管理の下でなされる支援は、いかなる軍事目的も助長するような方法で使用されないことを、できる限り確保しなければならない[1]。この規定が意味するところは、民生用原子炉で使用するために供給された濃縮ウランが、たとえば核兵器、あるいは、艦船の推進や軍事衛星のような非爆発的な軍事用途に供されないようにするためのものが保障措置である、ということだ。

対照的に、NPTの規定は、核物質を「平和活動」から「兵器またはその他の爆発装置」に転用してはならない、としているが、「非爆発的軍事用途」を禁じているわけではない。これらの協定は、潜水艦推進用の原子炉に使う燃料としてなどの「非禁止軍事活動」のために使用される場合は、核物質を保障措置の対象外にすることを定めている[2]。

Treaty of Tlatelolco Credit: OPANAL
Treaty of Tlatelolco Credit: OPANAL

これらの元々は異なっているアプローチを調整するために、実際にIAEAの保障措置協定[3]では、原子力潜水艦の推進などの「非禁止軍事活動」で使用される物質を一般保障措置から除外する条項を含む、核不拡散条約の原則を組み込んでいる。

フォークランド紛争時に英国が攻撃型原潜を南大西洋に派遣したことからアルゼンチン政府代表がIAEA理事会に行った提起に対応してIAEAが出した公式見解が極めて重要である。

アルゼンチンの提起は、ラテンアメリカ・カリブ地域非核兵器地帯と、実際に適用されている保障措置協定、核物質の非爆発軍事用途の正当性に言及したIAEA規程との間の矛盾の程度について疑問を呈している。

IAEA報告は、諸協定間の違いはその矛盾を現したものではない、とする[4]。原潜推進は、ブラジルの計画のように、平和目的にのみ向けられた原子力計画と矛盾をきたすものではない、というのだ。

核兵器開発の隠れみの?

理論上、攻撃型原潜の開発過程で取得される技術力は、理論的には将来の核兵器保有を容易にするものである。しかし、これらの能力は社会・経済の成長も促進できる。明らかに、原潜計画がもたらす潜在的なスピンオフ効果は、単なる兵器への応用にとどまらない。

核分裂技術の開発が、その国の核兵器製造の潜在能力を高めることは間違いない。しかし、核兵器を製造するというのは政治的な決断だ。ブラジルは、連邦憲法で核兵器の持ち込みを明確に禁止しており、核兵器を製造しないとの強力な政治的意思を持っている事例だ。

1991年、ブラジルとアルゼンチンは、国産の核施設に対して保障措置をかけるいわゆる二国間条約に署名し、「ブラジル・アルゼンチン核物質計量管理機関(ABACC)」と呼ばれる独立の核物質検証機関を設けた。IAEAはこの特定の保障措置枠組みに招請され、いわゆる四者間協定が同年に署名されて現在も執行されている[5]。

この条約は、保障措置対象施設が製造した物質を原子力推進に使用する場合の具体的な規定を定めている。この場合、その「特別手続き」は、攻撃型原潜の設計・運用に関する技術的・軍事的機密情報を開示することなく、IAEAが課す保障措置以上の保障措置実施を保証している。

核兵器の拡散は、極めて政治的で非技術的な問題だ。核保有国も事実上の核兵器保有国も、その目的に特化したプログラムを通じて核分裂性物質を入手した。

結果として、これらの国々は、追求する目標に向かって最短かつ経済的な道を取った。核兵器取得を目指す国が、海軍用原子力推進の開発などといった間接的な道をあえて取ることは考えにくい。

特筆すべきは、NPT非加盟のインドが核兵器開発後に、原子力を動力とし核弾道ミサイルを積んだアリハント級潜水艦を開発したことである。これは、国連安全保障理事会の常任理事国5カ国以外が建造した最初の原子力潜水艦であった。

同じくNPT非加盟のイスラエルは、ドイツと協力して通常型だが核兵器を搭載したドルフィン級原潜を開発した。北朝鮮も同じことをめざそうとしている。

「拡散的」な燃料サイクル?

海軍艦船推進用の原子力利用は核不拡散条約で禁止されてはいないが、疑いもなく、原子炉技術の軍事的応用ではある。とすると、原潜の燃料サイクルと、発電用原発あるいは研究炉の燃料サイクルには大きな違いがあり、国際的あるいは多国間の保障措置は潜水艦用の燃料サイクルからの核物質の転用を抑止することは難しいのではないか、と考える人もいるかもしれない。

核不拡散条約で禁止されていないとはいえ、海軍の推進力は間違いなく原子炉技術の軍事利用である。このため、原子力潜水艦の燃料サイクルと定置型発電炉や研究炉の燃料サイクルには大きな違いがあり、潜水艦の燃料サイクルからの核物質の転用を抑止することは、国際保障措置や多国間保障措置では困難であると考える人もいるだろう。

技術的にはこれは全くの間違いだ。潜水艦は空間上の制約が大きく、燃料装填を頻繁に行えないという作戦上の要請があるために、原潜の原子炉は定置型原子炉よりも高い濃縮度のウラン燃料を使用している(現在の米国の潜水艦原子炉は兵器級の高濃縮ウランを用いているとされる)。他方で、フランスは1970年に低濃縮ウラン燃料技術を開発し、ロシアも高濃縮ウランは使っていないかもしれない。

Left to right: Anthony Albanese, Joe Biden and Rishi Sunak during the AUKUS announcement at Naval Base Point Loma in San Diego on March 18. Credit: Alex Ellinghausen
Left to right: Anthony Albanese, Joe Biden and Rishi Sunak during the AUKUS announcement at Naval Base Point Loma in San Diego on March 18. Credit: Alex Ellinghausen

現在のところ、海軍艦船推進用の原子炉はコンパクトな加圧水型である。燃料濃縮は「兵器級」である必要はないし、このタイプの炉はプルトニウム生産にも適していない。海軍艦船推進用の炉は、世界中で稼働している研究炉・発電炉と何ら変わりはない。現行法に違反する可能性があるなどと誰も主張することはできないのである。

この側面に関連して、AUKUSの協定は別の問題を惹起している。AUKUSの潜水艦でどのような特定の型の燃料を新たに用いることになるのかは発表されていない。しかし、米英の潜水艦と同じく高濃縮ウランを用いることになるだろう。核兵器国としての米国と英国がもつNPT上の義務と、非核兵器国としてのオーストラリアがもつ義務がそれぞれどの程度果たされることになるかは見えてこない。

地域の核兵器開発競争を引き起こす?

攻撃型原潜が海軍力に占める価値を考えれば、非核兵器国がそれを取得すれば、地域の海軍バランスが崩れることを懸念する他の国々を核兵器取得に走らせる可能性がある。しかし、海軍艦船推進は通常兵器体系の一環であり、これに対するより適切な反応は、自らも原潜を開発する、というものであろう。これと同じ原理で、核兵器とは完全に関係のない兵器体系の導入でも、パワーバランスを変える可能性はある。

戦略家の間では、将来の海戦は水上艦艇よりも潜水艦、特に原子力攻撃型原潜に大きく依存することになるという見解が広く共有されている。この見解は、欧米やロシアでますます洗練された潜水艦が開発され続けていることからも裏付けられる。このことは、軍事的に重要な第三世界諸国が原子力潜水艦を取得する強い動機付けとなる。

攻撃型原潜が核兵器の代用品として機能する程度には、国際的な安定をもたらすものとなるかもしれない。つまり、「地下の原爆よりは水面下の潜水艦の方がまし」かもしれないのである。他方で、[ある国による]原潜の取得は、自国及び国際の安全保障上の利益がないと考える地域のライバル国による海軍の軍拡競争を引き起こす可能性もある。

核兵器国は二重基準によって、こうした傾向を抑えることはできない。むしろ、攻撃型原潜への依存を抑えることで、核兵器の「垂直的」拡散を抑制する模範を示すべきだ。

結論

攻撃型原潜に関連した拡散上のリスクを無視することはできないが、かといって大げさに捉えるのもよくない。核不拡散の強調は、1973年のオイルショック以降、原子力発電が急速に普及するとの予想に基づくところが大きかった。

しかしこの予測は現実のものとならなかった。同じように、研究・開発・建造・維持コストの高さ、技術上のリスク、核分裂性物質の供給をめぐる厳しい条件などの理由により、原潜を取得しようとする第三世界の国々は少なかった。ブラジル・韓国・オーストラリア、そしておそらくはイランが新たに取得を検討している国として挙げられる程度だ。結果として、原潜の取得に対して、核拡散に関する国際的に承認された方針を策定する時期にきている。

「原潜保有国」のあらたな登場によって、核不拡散条約の設けた核兵器国と非核兵器国との間の垣根は心理的にも軍事的にも低くなっている。

核兵器拡散の場合と同じく、原潜開発に対する反対の程度は、その原潜取得国がどこであるかに依存している。米国は、いかなる国についても原潜取得には強く反対している。なぜならそれが米海軍の地球上での行動の自由を制限することになるからだ。

他方で、英国もフランスもカナダの原潜取得を後押しした。しかし、両国はラテンアメリカ諸国がそうすることにはおそらく反対することだろう。ロシアはインドに対して核誘導ミサイル潜水艦を2度貸与し、そしておそらくは、米国からの強い反対にもかかわらず、インドの原潜開発を支援したものと思われる。

また、中国はオーストラリアのような東アジアあるいは東南アジアの国が原潜を取得することには強く反対するだろうが、別の国の場合はそうでもないだろう。

Leonam dos Santos Guimarães Capt. (ret.) Brazilian Navy/ Nuclear Summit 2022

第三世界にあるNPT上の非核兵器国が攻撃型原潜を自国開発することに対しては、核分裂性物質の供給に厳しい制限が課され、政治的圧力がかけられることになる。これは基本的に、地政学的、軍事戦略的な目的を基礎としたものだ。こうしたやり方は、核不拡散条約の精神にかなったものではない。実際のところ、核不拡散ではなく海洋の自由の問題なのである。(原文へ

※著者のレオナム・ドスサントス・ギマランイスは、原子力・海軍技師(博士)であり、全ブラジル工学アカデミーの会員。「エレクトロニュークリアーSA」の社長であり、サンパウロにある海軍技術センター「艦船原子力推進プログラム」のコーディネーター。現在は、原発「アングラ3」の建設・稼働をめぐる法定委員会のコーディネーター。

【注】

[1]IAEA規程第3条

[2]核不拡散条約第4条

[3]IAEA INFCIRC/153、第14パラグラフ

[4]IAEA報告 GOV/INF/433

[5]ブラジルは1998年にNPTを批准した。アルゼンチンはその数年前に批准した。

INPS Japan

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