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イラン核合意は「すでに死に体」か、それともまだ生きているのか?

【国連IDN=タリフ・ディーン

バイデン大統領がイランとの核合意について「死に体だ」とオフレコ発言をしたことが伝えられ、この画期的な合意の将来や、新たな核保有国の出現の可能性についてさまざまな憶測を呼んでいる。

バイデン大統領は、「核合意は既に死んでいるが、それを発表するつもりはない。」と述べた後、しばらく間をおいて「長い話になるためだ。」と付け加えた。

Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.
Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.

この発言は、バイデン大統領が11月初旬に遊説で訪れた西部カリフォルニア州での選挙関連イベントで録画され、12月にSNS上で暴露されたものだ。

ホワイトハウスは、映像が偽物であるとはしていないが、あえてコメントもしていない。国務省も同様の対応であり、包括的共同行動計画(JCPOA)として知られるこのイラン核合意の将来が危ぶまれている。

2015年7月にウィーンで合意されたこの合意は、イランと安保理五大国(米・英・仏・中・ロ)、ドイツ、それに欧州連合(EU)を当事者としている。

5つの付属文書を含む159ページの文書は、イランが核開発について制限を受け入れる代わりに、イランに対する厳しい経済制裁の一部を緩和するものであった。

2018年5月、当時のドナルド・トランプ大統領が「より良い協定を交渉する」としてJCPOAからの脱退を発表したが、その後何も起こらなかった。

イランが核武装することになれば、中東における政治的ライバルであるサウジアラビアが核武装を主張する可能性が高く、おそらくエジプトもそれに続くだろう。

現在のところ、イスラエルが中東における唯一の核保有国であるが、その事実を公然と認めてはいない。

ずっと問題になっていることは、イランは、現在の9カ国、すなわち、国連安保理の5常任理事国である英国・米国・ロシア・中国・フランスと、インド・パキスタン・イスラエル・北朝鮮に続く10カ国目の核保有国になるのかどうか、という点だ。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

国連のグテーレス事務総長は12月19日、JCPOAの今後について問われ、「私は常にこの合意が素晴らしい外交的成果であったと考えている。」と記者団に語った。

「JCPOAが問題視された際、私は非常に悔しい思いをしました。私たちは、限られた権限内で、この合意が失われないよう最善を尽くすつもりですが、現時点では、合意を失う深刻なリスクに直面していると認識しており、中東地域やさらには別の地域においても平和と安定を妨げる要因になりかねません。」と、グテーレス事務総長は語った。

「平和・軍縮・共通の安全保障を求めるキャンペーン」の代表で「国際平和・地球ネットワーク」の共同呼びかけ人であるジョセフ・ガーソン氏はIDNの取材に対して、「JCPOAの『死』によって、世界は核不拡散条約(NPT)体制が終焉する可能性に直面し、核拡散と核戦争の危険は著しく増大することになります。」と語った。

「バイデン政権がJCPOAプロセスの死を表明したことで、この極めて重要な合意から脱退するというトランプ大統領の傲慢かつ無謀な決定がもたらした危険性や、核兵器国が核軍縮を誠実に交渉するとしたNPTの義務を果たさないことに起因する危険に直面する局面に立たされています。」

ガーソン氏は、「元IAEA事務局長でノーベル平和賞受賞者であるモハメド・エルバラダイ氏が、核兵器国の危険な欺瞞と二重基準について指摘しています。また、ノーベル平和賞受賞者で、マンハッタン・プロジェクトを脱退したジョセフ・ロートブラット博士は、『世界の核兵器をなくすことができなければ、世界的な核拡散につながる。』と警告したうえで、『どの国も権力と恐怖の不当な不均衡を長く容認することはないだろう。』と指摘していました。」と語った。

「核兵器製造の瀬戸際までこぎつけた核開発計画と、その計画に潜む脅威に関して、イラン政府は非難を免れるものでは到底ありません。」とガーソン氏は語った。

The official State Department photo for Secretary of State Antony J. Blinken, taken at the U.S. Department of State in Washington, D.C., on February 9, 2021. / Public Domain]By U.S. Department of State, Public Domain
The official State Department photo for Secretary of State Antony J. Blinken, taken at the U.S. Department of State in Washington, D.C., on February 9, 2021. / Public Domain]By U.S. Department of State, Public Domain

米国のアントニー・ブリンケン国務長官は、「イランは状況を不安定化させる危険な行為に訴え、テロ集団を支援し、中東地域全体を不安定化させている。」と12月22日に記者団に語った。

「私たちはこの問題を重視しイランと関与してきました。イランが核兵器を獲得しないことが我が国の利益に深く関わっているという立場は変わりません。バイデン大統領は、イランが核兵器を獲得しないよう尽力しています。そのための最も効果的で持続可能な方法は外交であると引き続き考えています。」

「イラン核合意が履行されていた間は、予定通り機能していました。つまり、イランの核開発は、国際査察官のみならず米国当局による査察もなされ、前政権を含めてイラン側も合意内容を順守しており、事実上核開発を封じ込めていたのです。」

「思うに、(トランプ政権が)合意から脱退し、イランに核開発を進展させる自由を与えてしまったのは重大な過ちでした。しかし、これはバイデン政権が引き継いだ現実であり、私たちはこの問題に対処しなければならなかったのです。」

「したがって、米政府は外交により合意復帰を目指すことが最善の方策だと考えています。しかし、イランの悪質な行為に対抗しつつ取り組んできた我が国や欧州のパートナーによる様々な努力にも関わらず、イランは、核合意の遵守に復帰するために必要な意思も行動も示してきませんでした。」

「そこで、私たちとしては、イランが核兵器を取得することがないように引き続き注視し、必要な行動をとっていくつもりです。」

ガーソン氏は、「核合意に復帰するための共通の基盤を米国とイラン双方が見いだせていないために生じた新たな危機は、より深い文脈の下で理解されねばなりません。すなわち、長年に亘って米国が南西アジア全体に強制的な覇権を行使してきた不公正と、その中でイランが西側諸国の覇権にとって代わろうとする野心を燃やしてきた文脈を理解する必要があるのです。」と語った。

「例えば、英米は1953年にイランで民主的に選ばれたモハンマド・モサデク政権を転覆させ、シャーの野蛮な独裁を支援し、サダム・フセインがイランのイスラム共和制を打倒するための侵攻を支援し、米国の中東覇権を強化するために核戦争を開始するとの威嚇をし、その準備を続けてきました。」

ガーソン氏はまた、「イスラエルが保有する核戦力の存在と、米国などがイスラエルの核兵器に対して欺瞞的に行使してきた二重基準もまた重要な要素です。」と語った。

Joseph Gerson
Joseph Gerson

「イランが核兵器を保有することになれば、核保有を公に認めないが実際にはそれを強制力として利用し、大量虐殺の可能性を秘めたものとして保有するという『イスラエル・モデル』に従うことになるとみられています。」

「その結果、サウジアラビアをはじめとする湾岸諸国が自国の核兵器を開発する可能性が高まるでしょう。」とガーソン氏は予測した。

「イランが核兵器の開発に成功すれば、米国が明確にそれを支援するかどうかは別として、最初の核爆弾が生産される前か直後にイスラエルがイランの核施設を攻撃することとなり、中東地域のあらゆる当事者にとって壊滅的な帰結をもたらす地域戦争へと発展していく事態に直面することになるだろう。」

従って、外交的影響力を発揮できるあらゆる国々が、違いを乗り越えて核合意に復帰するための外交努力をせねばならない。ガーソン氏は、「それが緊急かつ共通の利益の最上位に置かれねばならなりません。」と語った。(原文へ

INPS Japan

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【東京INPS Japan=池田大作

昨年2月に発生したウクライナを巡る危機が、止むことなく続いています。戦火の拡大で人口密集地やインフラ施設での被害も広がる中、子どもや女性を含む大勢の市民の生命が絶えず脅かされている状況に胸が痛んでなりません。避難生活を余儀なくされた人々も国内で約590万人に及んでおり、ヨーロッパの国々に逃れざるを得なかった人々は790万人以上にも達しました。

“戦争ほど残酷で悲惨なものはない”というのが、二度にわたる世界大戦が引き起こした惨禍を目の当たりにした「20世紀の歴史の教訓」だったはずです。また、徴兵されて目にした自国の行為に胸を痛めていた長兄が、戦地で命を落としたとの知らせが届いた時、背中を震わせながら泣いていた母の姿を一生忘れることができません。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN 資料:Public Domain

翻って現在のウクライナ危機によって、どれだけの人が命を失い、生活を破壊され、自分や家族の人生を一変させられたのか―。

国連でも事態の打開を目指して、「平和のための結集」決議に基づく総会の緊急特別会議が40年ぶりに安全保障理事会の要請を受ける形で開かれたのに続き、グテーレス事務総長がロシアとウクライナをはじめとする関係国の首脳との対話を重ねながら、調整にあたってきました。

しかし危機は長期化し、ヨーロッパ全体に緊張を広げているだけでなく、その影響で食料の供給不足やエネルギー価格の高騰、金融市場の混乱が引き起こされ、多くの国々に深刻な打撃を及ぼしています。すでに今回の危機以前から、気候変動に伴う異常気象の頻発や、新型コロナウィルス感染症のパンデミックによる被害に見舞われてきた世界の多くの人々を、さらに窮地に追い込む状況が生じているのです。

戦闘の激化に加え、冬の厳しさが増す中で電力不足の生活を強いられているウクライナの人々はもとより、そうして世界の人々の窮状を食い止めるために、現在の状況をなんとしても打開する必要があります。

そこで私は、国連が今一度、仲介する形で、ロシアとウクライナをはじめ主要な関係国による外務大臣会合を早急に開催し、停戦の合意を図ることを強く呼びかけたい。その上で、関係国を交えた首脳会談を行い、平和の回復に向けた本格的な協議を進めるべきではないでしょうか。

本年は国際連盟の総会で「戦時における空襲からの一般住民の保護」に関する決議が行われてから85年、また、人間の尊厳が再び蹂躙されることのない時代の建設を誓い合った「世界人権宣言」が国連で採択されてから75年の節目にあたります。

Photo: UN General Assembly Hall. Credit: UN
UN General Assembly Hall. 資料:UN

国際人道法と国際人権法を貫く“生命と尊厳を守り抜くことの重要性”を踏まえて、現在の危機を一日も早く集結させるべきであると訴えたいのです。

ウクライナ危機の終結とともに、私が力説したいのは、現在の危機だけでなく今後の紛争も含める形で、「核兵器による威嚇と使用を防止するための措置」を講じることが、焦眉の課題となっていることです。

危機が長期化する中で、核兵器の使用を巡って言葉による牽制がエスカレートしており、核兵器に関するリスクは冷戦後の世界で最も高まっています。核戦争を招くような事態はどの国も望んでいないとしても、警戒態勢が続く今、情報の誤認や偶発的な事故、サイバー攻撃による混乱などが引き金となって“意図せざる核使用”を招く恐れは、通常よりも格段に大きくなっているのではないでしょうか。

昨年10月には、核戦争の寸前まで迫ったキューバ危機から60年となる時節を迎えていたにもかかわらず、ロシアとNATO(北大西洋条約機構)の双方が、核戦力部隊の演習を相次いで実施しました。緊張の高まりを前にして、国連のグテーレス事務総長は、「核兵器がもたらすのは安全の保障ではなく、大量殺戮と混迷だけである」との警鐘を鳴らしましたが、その認識を“21世紀の世界の共通基盤”とすることが、今まさに求められているのです。

私も、核兵器を「国家の安全保障」の観点から捉えるだけでは、深刻な問題を見過ごすことになりかねないと訴えてきました。1983年から40回にわたって重ねてきた提言を通して、「核兵器の非人道性」を議論の中軸に据えることの重要性とともに、一人一人の人間が生きてきた証しや社会と文明の営みが一瞬で無にされる「核攻撃の不条理性」にも、目を向けねばならないと論じてきました。

これらの点に加えて、今回、特に強調したいのは、核使用を巡る緊張がエスカレートした時、その切迫性の重力に縛り付けられて、人間が持つ“紛争の悪化を食い止める力”が奪われてしまいかねないという、「核の脅威に内在する負の重力」の問題です。

PX 96-33:12 03 June 1961 President Kennedy meets with Chairman Khrushchev at the U. S. Embassy residence, Vienna. U. S. Dept. of State photograph in the John Fitzgerald Kennedy Library, Boston.
PX 96-33:12 03 June 1961 President Kennedy meets with Chairman Khrushchev at the U. S. Embassy residence, Vienna. 資料:U. S. Dept. of State photograph in the John Fitzgerald Kennedy Library, Boston.

キューバ危機の際に、ソ連のフルシチョフ書記長が「結び目が固く縛られるあまり、それを結びつけた人間でさえそれを解く力がなく、そうなると、その結び目を切断することが必要になるような瞬間が来かねない」と述べ、アメリカのケネディ大統領も「われわれが核兵器をもっているかぎり、この世界は本当に管理することができないんだ」と語らざるを得なかったように、その状況は核保有国の指導者でさえ思うように制御できないものです。

まして、核ミサイルの発射を検討する段階に至った時には、破滅的な大惨事を阻止するために、紛争当事国の民衆を含めて世界の民衆の意思を介在させる余地は、制度的にも時間的にも残されていないのです。

核兵器による抑止政策で、自国を取り巻く情勢をコントロールしようとしても、ひとたび一触即発の事態に陥った時には、自国の国民を含めて世界中の人々を否応なく危機に縛り付けてしまう―。それが、冷戦時代から変わることのない核時代の実相であることに、核保有国と核依存国は今一度、厳しく向き合うべきではないでしょうか。

思い返せば、私の師である 戸田城聖第2代会長が「原水爆禁止宣言」を発表したのは1957年9月、核軍拡競争が激化する中でICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験が成功し、地球上のどの場所にも核攻撃ができる状況が現実となった時でした。

当時広がっていた核実験禁止運動の意義を踏まえつつも、問題の解決には核の使用を正当化する思想の根を断ち切る以外にないとして、戸田会長が「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」と訴えたのは、“破滅的な大惨事によって世界の民衆を犠牲にすることも辞さない論理”への憤りに根ざしたものだったと思えてなりません。

宣言の焦点は、大勢の民衆の殺生与奪の権を握る政治的立場にある人々に対し、徹底した自制を求める点にあったからです。そしてまた、宣言の眼目が、核の脅威を前に人々が「自分が行動したところで世界は変わらない」と諦めてしまう状況を食い止め、民衆の手で核兵器を禁止する道を開くことを強く促す点にあったからです。

戸田会長がこの宣言を“遺訓の第一”と位置づけたことを、私は「人類のために留め置かれた楔」として受け止めました。

この遺訓を果たすために、私は各国の指導者や識者との対談で核問題の解決の重要性を訴え続ける一方で、SGIの取り組みとして、核時代からの脱却を呼びかける展示(下の映像参照)を継続的に開催してきたほか、意識啓発のための教育活動を世界各地で行ってきました。

カザフスタン共和国の首都アスタナで昨年9月に行われた「核兵器なき世界への連帯」展。SGIとICANの共同制作による展示は、戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」発表65周年を迎えた同月、メキシコのグアナファト大学でも開催された。資料:INPS Japan

その上で、「原水爆禁止宣言」発表50周年を迎えた2007年からは「核兵器廃絶への民衆行動の10年」をスタートさせて、同時期に世界的な活動を立ち上げていたICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)などと連帯しながら、核兵器を禁止するための条約の実現を目指してきたのです。

そうした中で、“どの国にも核兵器による惨劇を起こしてはならない”との、広島と長崎の被爆者をはじめとする市民社会の思いが結晶化した核兵器禁止条約が2017年に採択され、2021年に発効したことは、私どもにとっても遺訓の実現に向けての大きな前進となりました。

威嚇や使用だけでなく、開発や保有も全面的に禁止する条約に対し、核保有国が前向きな姿勢に転じることは容易でないとしても、核兵器による惨劇の防止の重要性については認識が一致しているはずです。

ウクライナ危機の終結に向けた緊張緩和はもとより、核使用が懸念される事態を今後も招かないために、核保有国の側から核兵器のリスクを低減させる行動を起こすことが急務であると思えてなりません。私が昨年7月、NPT(核兵器不拡散条約)再検討会議への緊急提案を行い、「核兵器の先制不使用」の原則について核兵器国の5ヵ国が速やかに明確な誓約をすることを呼びかけたのも、その問題意識に基づくものでした。

8月に行われた再検討会議では、残念ながら最終文書の採択に至りませんでしたが、NPT第6条が定める核軍縮義務は決して消えたわけではありません。最終文書の案に途中まで盛り込まれていたように、「先制不使用」をはじめ、非核兵器国に核兵器を使用しないという「消極的安全保障」など、核リスクの低減を進める点については、大半の締約国が支持していたはずです。

再検討会議での議論を出発点にして、77年間にわたってかろうじて続いてきた「核兵器の不使用」の状態を今後も守り抜き、核廃絶に向けた軍縮をなんとしても進める必要があります。

その足場となるものは、すでに存在します。アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の首脳が、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との精神を確認し合っていた、昨年1月の共同声明です。再検討会議でも、多くの国が共同声明に則った自制を求めただけではなく、五つの核兵器国も共同声明に触れながら、核保有国の責任を、“一つの円”の形に譬えれば、核攻撃を互いに行う核戦争を防止するための共同声明は、その“半円”にあたるものと言えましょう。

しかしそれだけでは、核兵器の使用の恐れはいつまでも拭えないままとなってしまう。その残された難題を解消するために欠かせないのが、「核兵器の先制不使用」の誓約です。

SGIは核不拡散条約再検討会議の期間中に、国連本部において、他のNGO(非政府組織)と協力して、核兵器の先制不使用の誓約の緊要性を訴える関連行事を開催した。資料:INPS Japan

私どもSGIは再検討会議の期間中に、他のNGO(非政府組織)などと協力して、先制不使用の誓約の緊要性を訴える関連行事(右の映像参照)を国連で行いましたが、その誓約を“残りの半円”として昨年1月の共同声明に連結させることができれば、世界を覆い続けてきた核の脅威を凍結へと導くための礎となり、核軍縮を前進させる道を開くことができるのではないでしょうか。

また私が創立した戸田記念国際平和研究所でも、その時代変革を後押しするための会議を、昨年11月にネパールで開催しました。これまで先制不使用の方針を示した中国とインドに加えて、パキスタンの3か国がその原則を南アジア地域で確立することの重要性とともに、すべての核保有国が同じ方針に踏み出せるように議論を活性化することが必要であるとの点で一致をみたのです。

パグウォッシュ会議の会長を務めたジョセフ・ロートブラット博士も、かつて私との対談集で先制不使用の合意に関し、「核の全廃に向けたステップのなかで最も重要なもの」と述べ、その条約化を提唱していたことを思い起こします。

また博士は、核抑止政策の根源的な危うさについて「互いの恐怖心のうえに成り立っている」と深く憂慮していましたが、2005年の対談当時から歳月を経た今も基本的な構造は変わっておらず、そこからの脱却が人類にとって不可欠であることが、今回の危機で改めて浮き彫りになったのではないでしょうか。

「核兵器の先制不使用」の誓約は、現状の核保有数を当面維持したままでも踏み出すことのできる政策であり、世界に現存する約1万3000発の核兵器の脅威が、すぐに消え去るものではありません。しかし、核保有国の間で誓約が確立すれば、「互いの恐怖心」を取り除く突破口にすることができる。そしてそれは、“核抑止を前提とした核兵器の絶えざる増強”ではなく、“惨劇を防止するための核軍縮”へと、世界全体の方向性を変える転轍機となり得るものであると強調したいのです。

思えば、冷戦時代の国際情勢も、出口の見えないトンネルの連続であり、世界を震撼させる事態が相次ぎました。それでも人類は、打開策を見出しながら、厳しい局面を乗り越えてきたのです。

私がその一例として言及したいのは、キューバ危機に対する反省などに基づいて1968年に成立したNPTを受け、アメリカとソ連が取り組んだ「戦略兵器制限交渉」です。NPTの署名式が行われた日に開始の意向が表明され、第6条の核軍縮義務を踏まえて両国が核軍拡競争に初めて歯止めをかけようとした取り組みには、「SALT」という名称が付けられました。

英語で“塩”を意味する言葉にも通じますが、国家の専権事項として進めてきた核政策に自ら制限を加えることは、双方にとって容易ならざる決断だったと言えましょう。しかしそれは、両国の国民だけでなく、人類全体にとっての“生存の糧”として重要で欠くことのできない決断でもあったに違いない―。そうした背景が、「SALT」の文字から感じられてならないのです。

UN Photo
資料:UN Photo

核戦争の寸前まで迫った危機を目の当たりにしたからこそ、同時の人々が示したような歴史創造力を、今再び、世界中の国々が努力し合って発揮することが急務となっています。

NPTの誕生時に息づいていた精神と条約の目的意識は、核兵器禁止条約の理念と通じ合うものであり、二つの条約に基づく取り組みを連携させて相乗効果を生み出しながら「核兵器のない世界」を実現させていくことを、私は強く呼びかけたいのです。(英文)(スペイン語)(ロシア語

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2022年のウクライナ:苦難と不屈の10ヶ月間

国連、世界で1000万人が拘束されていることに懸念を表明

【国連IDN=タリフ・ディーン】

かつて米国の政界でもてはやされたジョークに、「バグダッドのアブグレイブ刑務所にあるイラクのサダム・フセイン大統領の悪名高い拷問室は、かつて蛮行の象徴として取り上げられたが、閉鎖されることはなかった。」というのがある。

米国によるイラク軍事侵攻と占領(2003~11年)の後、刑務所の外に掲げられた看板には、こう書かれていたらしい。「新体制のもとで……」。

アブグレイブ刑務所でのイラク人収容者に対する拷問・虐待を示す写真が公表された後の米政権の困惑ぶりは、世界の人権侵害に関する国務省の年次報告書の公表を延期したことからも明らかである。

11:01 p.m., Nov. 4, 2003. Detainee with bag over head, standing on box with wires attached./Public Domain

しかし、土壇場で公表が延期された理由が公式に明らかにされることはなかった。

この報告書は通常、事実上すべての国を狙い撃ちにし、米国による虐待をそのページから除外する一方で、主に権威主義的な政権の人権侵害に焦点を当てている。

いつも疑問視されるのは、米国は毎年、年次報告書で他国の人権状況を叩いているのに、果たして米国自身は他国より道徳的に優れているなどと主張できるのだろうか、ということである。

『ニューヨーク・タイムズ』紙でさえ、社説で「米国は屈辱を受けた」と認め、政府高官がその年の国際人権報告書を「他国から嘲笑されるのを恐れて発表できないほどになっている。」と記している。

昨年、ニューヨーク・タイムズ紙は、2002年にバグラム収容施設で米軍当局によって殺害された非武装のアフガン国籍の囚人2人に関する2000ページに及ぶ米軍報告書を入手した。

ハビブラとディラワルという2人の囚人は、天井に鎖でつながれ、殴られて死亡した。これは、拷問がイラク、シリア、アフガニスタン、リビア、サウジアラビアなどの権威主義的な政権の独占物ではないことを証明するものであった。

再び2022年に話を進める。

12月22日に発表された国連の新しい報告書は、世界中で拘束されている1000万以上の人々を拷問や虐待から守るためには、国内および国際レベルで、すべての収容施設を定期的に訪問できる機能的で独立した予防メカニズムが不可欠である。」と述べている。

国連の拷問防止機関が、拷問禁止条約選択議定書(OPCAT)採択20周年を契機に執筆したこの研究報告書は、国際機関や国内機関による拘禁場所への定期訪問に基づく拷問を防止する革新的かつ積極的な方法が、20年前に確立されたと述べている。

2002年12月に国連総会で採択されたOPCATでは、「拷問防止小委員会(SPT)」が設置された。

2007年に活動を開始して以来、「拷問防止小委員会」はこの予防制度の締約国91カ国のうち60カ国以上を訪問し、80以上のミッションを実施してきた。

これらのミッションの中で、「拷問防止小委員会」の代表団は、重大な暴力が発生した「エクアドルとメキシコの受刑者が支配する自主管理刑務所」を訪問した。

UN Secretariate Building/ Katsuhiro Asagiri
UN Secretariate Building/ Katsuhiro Asagiri

また、同委員会のメンバーは、ブラジル、グアテマラ、カンボジア、英国を含む数カ国の高セキュリティ刑務所を調査した。さらに、同委員会の代表団は、ナウル、トルコ、キプロス、イタリアの閉鎖的な収容施設で移民がどのように収容されているかを監視し、すべての訪問先で精神科病院を調査した。

2023年には、「拷問防止小委員会」はクロアチア、ジョージア、グアテマラ、カザフスタン、マダガスカル、モーリシャス、パレスチナ、フィリピン、南アフリカ、さらに「当該年度の予算に応じてその他の可能な国々」を訪問する予定である。

2023年2月9日に開催される予定のイベントでは、小委員会は多くの関係者とともに、拷問防止における成果を評価し、この人権の重要な分野における課題を検討する予定である。

生存者を治療する最大の国際組織であり、世界中で拷問の廃止を提唱している拷問被害者センターの所長兼CEOであるサイモン・アダムス博士は、IDNの取材に対して、「諸国家が拷問禁止条約の選択議定書に署名するのを推進することは重要な目標ですが、本当の試練は、拘束施設の抜き打ち独立訪問を許可するなどして、拷問を積極的に防止する義務を国々がいかに果たすかです。」と語った。

「拷問やその他の残虐で、非人道的な、品位を傷つける扱いは、通常、鍵のかかったドアの向こう、暗闇と絶望の秘密の場所で行われ、被収容者は意図的に世界の目や耳から遮断される。」と指摘した。

「国連拷問防止小委員会の訪問は、そのような暗黒の隅々にまで光を当てるのに役立ちます。拷問を防止するための中核的な原則である透明性と説明責任を確立するのです。」

アダムズ博士は、国連拷問防止小委員会がすべての締約国を平等に扱うことが不可欠であると述べている。

しかし、より大きな問題は、国際法が例外なく、いつでもどこでも拷問を禁止しているのに、選択議定書を批准している国が91カ国しかないことである。

つまり、拷問は普遍的に違法とされているのに、国連加盟国193カ国のうち、次のステップに進み、国際的な検査機構を約束した国は半分以下しかない。

「特にアジア、アフリカ、北米において、より多くの国が選択議定書に署名することが必要だということです。」とアダムス博士は語った。

一方、訪問中、国連拷問防止小委員会の代表団は拘禁されている数千人の女性、男性、子どもにインタビューを行い、患者、移民、また自由を奪われた人々と働く医師、ソーシャルワーカー、警備員、スタッフにも話を聞いた。また、裁判官、検察官、議員、弁護士、当局、非政府組織にも聞き取りを行った。

さらに、2022年11月に発表された声明によると、同委員会は、正式には国家予防機構(NPMs)と呼ばれる独立した国の監視機関と緊密に協力し、拘禁施設への合同訪問を実施した。

国連拷問防止小委員会は、国家予防機構がその任務を効率的に遂行するために、より多くの予算と国当局からの独立性を求める要望を支持した。

各訪問の後、同委員会は各国政府に対し、観察結果、懸念事項、さらなる拷問や虐待を防止し、拘禁の状況を改善するための対応勧告を含む機密報告書を提出した。

Nelson Mandela – First President of South Africa and anti-apartheid activist (1918–2013)/ By © copyright John Mathew Smith 2001, CC BY-SA 2.0,
Nelson Mandela – First President of South Africa and anti-apartheid activist (1918–2013)/ By © copyright John Mathew Smith 2001, CC BY-SA 2.0,

国家予防機構は、拷問禁止条約選択議定書の締約国になってから1年後に設置されることになっており、70カ国以上が設置している。しかし遺憾ながら、14カ国が国家予防機構の設置に関して特に対応が遅れている。しかし、国連拷問防止小委員会は引き続きこれらの国々に働きかけ、同機構の設立を支援していく予定だ。

国連拷問防止小委員会のスザンヌ・ジャブール議長は、「世界中で拘束されている1000万以上人々が、ネルソン・マンデラ・ルールなどの国際基準に従って尊厳を持って扱われ、拷問や虐待が防止されるよう、すべての自由剥奪の場を定期的に訪問できる機能的で独立した、十分な予算を持つ予防メカニズムをすべての国が持つことが最も重要である。」と述べている。

「国連拷問防止小委員会の予防的任務をより効果的に遂行できるよう、同委員会自身の予算も増やさなければならない。」とジャーブール議長は語った。(原文へ

INPS Japan

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この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】

ウクライナで戦争を始めて以来、ロシアは繰り返し核兵器に言及しており、その結果、核兵器が戦略論議の表舞台に再浮上している。これは、欧州に核戦争が起こるのではないかという懸念を引き起こし、核軍備管理への痛手となっている。残念なことにロシアの思考は波及効果をもたらし、NATOは、核抑止の必要性、特に欧州における核共有プログラムの必要性を改めて強調している。

戦争が始まって間もなく、ウラジーミル・プーチン大統領は核戦力を高度警戒態勢に置いた。そして今度は、過去数カ月の戦況に関するセルゲイ・ラブロフ外相の発言を受け、ドミトリー・メドベージェフ元大統領も後に続いた。ウクライナにおける戦争犯罪の疑いに関する国際刑事裁判所の捜査に対して、核戦争の恐れを警告し、「世界最大の核兵器保有国を罰しようなどという考えは、ばかげている。そして、人類存続の脅威をもたらす恐れがある」と述べたのである。核兵器への度重なる言及によって、ロシアは何を狙っているのか? それは深刻な脅威なのか? 西側によるこれ以上のウクライナ支援を阻止するためか? あるいは、欧州に核戦争の危険さえあるというのか?。(原文へ 

欧州の各国政府と人々は、今一度、核兵器の役割を議論している。いくつかの場面で、NATO加盟国のトップクラスの政治家が、核抑止戦略は引き続き適用され、いかなる状況でも欧州の核共有のコンセプトが放棄されることはないと指摘した。突如として欧州の人々は、核武装したロシアとNATOの核同盟との間の生命を脅かす紛争に、自分たちが再び直面していると感じるようになった。これは、核兵器廃絶の動きにとって、不運な痛手である。

核共有のシステムは、もともと冷戦時代の初期に西側同盟国の間で核兵器が拡散するのを防ぐために考えられたものである。NATOによれば、それは、「核抑止の利益、責任、リスクを全ての同盟国の間で共有する」ためのものである。欧州の戦略家たちは、核共有への関心が高まることにより欧州の安全保障に対する米国の関与が深まることを期待している。米国のB61核爆弾100~150発が、ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコの欧州5カ国に配備されていると推定されている。NATOはいまや、核抑止力の近代化を望んでいることを公表している。

戦争が始まる前、状況は非常に異なっていた。核兵器は政治的議題ではなく、人々の念頭にもなく、非核兵器国によるイニシアチブと核兵器禁止条約(TPNW)が核兵器の全面的廃絶という希望をもたらしていた。核抑止力に関しては、常に二つの対立する立場があり、二つの立場は断固として互いに対立していた。

ウクライナ戦争が始まる前、五つの核共有国のうち4カ国では、このシステムを終わらせ、米国の核兵器を撤去することについて真剣な議論がなされていた。核共有は、冷戦の遺物のように認識されていたのである。トルコのみが逆の路線を取った。レジェップ・タイップ・エルドアン大統領は、2019年、核兵器国がアンカラの自国核兵器開発を禁止しようとするのは容認できないと述べた。彼は、トルコが単独で自前の核兵器を保有する具体的な計画があるかどうかは明らかにしなかった。

他の四つの核共有国、ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダの政府は、核兵器のない世界を支持すると表明しているが、核兵器禁止条約(TPNW)には参加せず、核共有協定にも異議を唱えなかった。しかし、4カ国はいずれも、米国の核兵器の撤去について、議会においても一般社会においても真剣な議論を行った。ベルギー、オランダ、イタリアの世論は、TPNWへの参加を強く支持していた。一方ドイツでは、2021年後半に、国民の57%がドイツ国内から核兵器を撤去することを望んでいた。

ウクライナにおける戦争が、このような状況を一変させた。欧州議会による2022年春の世論調査「ユーロバロメーター」によると、いまや欧州市民のほとんどが防衛努力を優先している。ドイツでは、米国の核兵器の撤去に賛成したのはわずか39%だった。近頃マドリードで開かれたNATOサミットで、核兵器の役割について質問されたドイツのオラフ・ショルツ首相は、二つの簡潔な文で議論の余地を潰した。「これに関して、NATOには長年にわたる戦略があり、それを今後も追求する。これは、われわれが何十年にもわたって行ってきたように、今後も継続していくものだ」。オラフ・ショルツ率いる社会民主党(SPD)内で核共有に批判的な人々のうち、この見解に公然と反対した者はいなかった。実際のところドイツ政府は、米国の核搭載可能なF35戦闘機を新規購入し、この核軍拡競争に加わろうとしている。ドイツが核共有に引き続き参加するかどうかに関する長年にわたる賛否両論と長々しい議論の揚げ句、ロシアによるウクライナ侵攻から何日もしないうちに、この調達が決定された。

NATO高官は、核共有の概念近代化に前向きな姿勢が広まったことを大いに喜んだ。NATOの核政策局のジェシカ・コックス局長(Chief of NATO’s nuclear policy directorate)は、「F-35を近代化し、これらを計画および演習に導入するために、迅速かつ猛烈に動いている……」と述べた。さらに、「この戦闘機の高度な性能は、同盟国やF-35の購入国であるポーランド、デンマーク、ノルウェーなど、実際の核共有ミッションを担う可能性がある国々の能力を押し上げることにもなる」と、コックスはつけ加えた。

いまや、自前の核兵器という選択肢を検討しているのはトルコだけではなくなった。NATO加盟国の大部分、あるいは全てが核共有協定に加わることはあるのだろうか? 欧州における声は、ますます大きくなっている。欧州人民党(EPP)の党首、マンフレート・ヴェーバーは、あるインタビューで、「今やわれわれは、核兵器保有についても話し合わなければならない」と述べた。また、ミュンヘン安全保障会議のクリストフ・ホイスゲン議長は欧州の安全保障を強化する路線を採り、「核の傘について、フランスと協議を行う必要がある……」と述べた。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、これまで繰り返し欧州の「戦略的自律」を訴えており、2020年初め、フランスの核抑止力に関する対話を「その用意がある欧州のパートナー国」と行うことを提案した。当時、マクロンはパートナー国から肯定的な反応を得られなかった。彼の立場は、米国・欧州の核共有体制とは相容れないようである。

現在のトレンドはさらなるエスカレーションに向かっているが、それでもわれわれは、いまなお「相互確証破壊」を保証する核の特質について冷静に評価を行うことをやめてはならない。したがって、ロシアとの関係を鎮静化するために、今一度、核共有をめぐる議論と核軍備管理を協議のテーブルに戻すべきである。これは、米国・ロシアの2国間関係だけに留めるべきではない。欧州各国政府の率先的取り組みが、有益となるだろう。

ロシアが核兵器について弁を弄した結果、欧州における核兵器の役割に関する議論が再燃した。各国政府はいまなお核軍備管理と核軍縮イニシアチブの必要性を指摘しているものの、現実には、核兵器備蓄のアップグレードと近代化を目指す方向にスイッチが入っている。かつて欧州に見られた核の有用性に対する懐疑的なムードは、核抑止を支持する立場に変わった。これは、核兵器廃絶を願う全ての人を深く失望させるものだ。

ウクライナにおける戦争が始まる前からすでに、米国・ロシア間の緊迫した関係が多くの2国間軍備管理体制に終止符を打ち、核兵器をめぐる緊急に必要な会談もコロナ禍によって延期された。それでもなお、他の取り組み、特にTPNWと近々開催される第10回核不拡散条約(NPT)再検討会議が、核軍備管理の議題に新たな命を吹き込んでくれるという期待がある。

ハルバート・ウルフ は、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

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【オークランド(カリフォルニア)IDN=ジャクリーン・カバッソ】

2022年は、核軍縮にとって悪夢のような年だった。この年は、私たちに多少の安心感を与えた1月3日の核保有5カ国の共同声明から始まった。声明は、「中華人民共和国、フランス共和国、ロシア連邦、グレートブリテン及びアイルランド連合王国、アメリカ合衆国は、核兵器国間での戦争の回避と戦略的リスクの低減が我々の最大の責務であると考える。我々は、核戦争に勝者はなく、決してその戦いはしてはならないことを確認する。」と宣言している。

Image source: Sky News
Image source: Sky News

しかし、2カ月も経たないうちにロシアはウクライナに対する残虐な侵略戦争を開始した。核使用の威嚇が陰に陽になされ、核戦争の危険性に対する懸念は冷戦期の最も暗い時代以来最も高いレベルになっている。そして、核軍縮の進展の見込みはそこから下降していった。

1月3日の共同声明はこうも誓約している。「我々は、『核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき[中略]誠実に交渉を行うこと』とした第6条を含む、核不拡散条約(NPT)を守り続ける」。

しかし、NPT発効から50年以上を経てもなお、核兵器国の行動は真逆を向いている。NPT外で核を保有する4カ国(インド・イスラエル・パキスタン・北朝鮮)を含むすべての核保有国は、核戦力を質的に強化し、一部には量的にも増大させる高価な計画を実行している。

8月に開催された第10回NPT再検討会議は明らかに失敗であった。これは、最終文書への合意できなかったというよりは、核兵器国がNPT第6条の核軍縮義務に従わず、1995年の条約無期限延長と2000年・2010年の最終文書に関連して合意した核軍縮につながる行動計画への誓約にも反していたからだ。

軍事的対立を回避し、安定性と予測可能性を強化し、相互理解と信頼を高め、誰をも益せず、すべてを危険にさらす軍拡競争を防ぐために、二国間および多国間の外交的アプローチを引き続き追求するつもりである」という共同声明の心強い文言にもかかわらず、その実、新たな核軍拡競争が起こっている。攻撃的なサイバー能力や人工知能、超音速技術、中距離運搬システムへの回帰、通常弾頭・核弾頭の双方を搭載可能な運搬システムの生産によって、状況はさらに複雑さを増している。

9月から10月にかけて、米国の中間選挙結果やウクライナにおけるロシアの核の恫喝に注目が集まる中、朝鮮半島では北朝鮮が相次いでミサイル実験を行い、憂慮すべき事態が発生していた。

Photo credit: journal-neo.org
Photo credit: journal-neo.org

北朝鮮の国営通信によると、一連の実験は、米韓による大規模な海軍演習に対する警告として、韓国を戦術核で攻撃するとのシナリオの下、なされたという。

1年が終わろうとしているが、イランとの原子力協定再開に関する協議は停滞している。イランがウラン濃縮を進める中、サウジアラビア外相は「もしイランが作戦使用可能な核兵器を取得したら、すべては一変する。」と宣言した。

この混乱した状況の中、ロシアのウクライナ侵攻から10カ月が経ち、ジョー・バイデン政権は核戦略の指針を示す「核態勢見直し(NPR)」を作成した。米国の国家安全保障政策において核抑止及び核兵器使用の威嚇が中核的存在であることを改めて確認した形だ。

NPRは、ロシアと中国を戦略的競争相手かつ潜在的敵対者と規定し、北朝鮮とイランをより程度の低い潜在的敵対者とみなした。こうした評価は火に油を注ぐようなものだと理解される可能性もある。「軍備管理の再重視」を口実にしながら、実際には「当面の間、核兵器は米国の軍事力の他の要素では代替できない独自の抑止効果を提供し続ける。」と宣言している。そのために「米国は、核戦力や核の指揮・統制・通信(NC3)システム、生産・支援インフラを改修し続ける。」としている。

米上院が12月15日に可決した国防授権法に盛り込まれた8580億ドルという膨大な予算によって、この方針は裏づけられている。ここでは、NPRが求めた額よりも多い500億ドルが核兵器関連に割り当てられている。

核軍縮の現状は、軍需企業「ノースロップ・グラマン」がカリフォルニアの本社で12月3日に華々しく公開された爆撃機B-21「レイダー」に象徴されるかもしれない。第6世代と呼ばれるB-21は、核弾頭と通常弾の両方を搭載できる30年以上ぶりの新型戦略爆撃機である。

Photo: Jacqueline Cabasso presenting at the NPT Review Conference, United Nations, August 2022.
Photo: Jacqueline Cabasso presenting at the NPT Review Conference, United Nations, August 2022.

最新のステルス技術を導入し、世界中に展開する。初期の計画では無人化のオプションも含まれていた。B-21はB-1BとB-2A爆撃機に取って代わり、核兵器を格納できる米国内の戦略爆撃機基地は、現在の2カ所から2030年代半ばまでに5カ所に増やされる予定である。といった具合である。

核保有国とその同盟国の政府は、軍事力による国家安全保障の概念を強化することで、何が何でも人類を破滅への道へと導いているのである。

世界中の人々が非暴力で立ち上がり、人間のニーズを満たし環境を保護することを最優先とする政府間の協力に基づく、これまでと異なる安全保障概念の実現を要求すべきだ。(原文へ

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|中国| 健康危機から政治的危機へ?

【ブリュッセルIDN=ヤン・セルヴァース】

中国は、3年近くに亘って新型コロナウイルスの感染を徹底して抑え込む、いわゆる「ゼロコロナ政策」を推進し、何百万人もの命を犠牲にコロナとの共存を選択した西側諸国を非難してきたが、ここにきて、中国のレトリックはより微妙なものに変化しているようだ。

現在、中国におけるコロナ関連の「公式」死亡者数は5235人で、14億の人口のごく一部であり、世界の基準からすれば極めて低い数字である。

この2年間、ほとんどの中国人はウイルスのない普通の生活を送ることができ、経済も活況を呈していた。しかし、オミクロン株が蔓延したことにより、政府の統制に巻き込まれる人が増えていった。その結果、経済が減速した。

出稼ぎ労働者から都会の中流階級まで、誰もがゼロコロナ政策に直面することになった。その結果、11月下旬に全国の都市や大学のキャンパスで、中国ではかなり珍しい、政治的な抗議デモが発生したのだ。

Southwest Jiaotong University students mourning the victims of the fire in Ürümqi, holding blank sheets of paper and singing “The Internationale” and “March of the Volunteers”/ Wikimedia Commons.

中国の治安組織は既に、天安門事件以来最も広範な抗議活動を行った反ゼロコロナデモの弾圧に乗り出している。人々は、過度に厳しいコロナ対策(隔離、頻繁な検査、健康コードアプリへの居場所登録の必要性など)に抗議し、その不満を 「習近平は退陣せよ!共産党は退陣せよ!」のスローガンにまで広げた。

政府は公には抗議行動を認めなかったが、規制を緩和することで国民の怒りを鎮めようとした。例えば、孫春蘭副首相は、12月上旬の国家衛生委員会の会議で、中国はコロナとの戦いで新たな段階に入り、「新しい課題」に直面していると語った。

政府は最近のコロナ規制緩和の一環として、例えば、12月5日以降、公共交通機関を利用する際に従来義務付けていた48時間以内のコロナ陰性証明を不要にすると発表した。まもなく、何百万人もの人々が春節を祝うために中国各地の親戚や家族のもとに帰郷する。オミクロンは多くの人に無症状で広がるので、多くの人がコロナを持参することになるかもしれない。

中国共産党は、自らの無謬性を誇示するため、重大な政策変更は恥ずべきことと考えており、何か間違っていたとしても、容易に認めるわけにはいかない。とりわけゼロコロナ政策は習近平国家主席の最重要課題の1つであるため廃止は特に難しい。そのため党は国民の圧力に屈することなく、過去の成功体験に基づく政策転換であるかのように装っている。

チャイナ・デイリー紙は、「中国のいくつかの地域当局は、ゆっくりと着実にコロナ規制を緩和し、ウイルスに対処するための新しいアプローチを採用し、人々の生活をより規制の少ないものにしている。」と報じた。

私たちは、習主席がプランBや迅速で苦痛のない出口戦略がないまま、自ら招いた危機に向かっているのではないかと懸念している。中国国営メディアは、ゼロコロナ政策を共産党の力量と人間性と結び付けて喧伝し、習主席は、ゼロコロナの成功を支配者としての自らの正当性に結びつけてきた。しかし、習主席がゼロコロナ政策を部下の忠誠心を図るテストに利用したことで、健康危機を政治危機へと変質させてしまったようだ。

セント・アンドリュース大学のスティーブン・ライチャー教授(心理学)は、社会心理学の観点から抗議活動を分析した結果、大衆による集団抗議活動は高度に洗練されたもので、社会の根底を垣間見れると結論づけた。

ライチャー教授は、とりわけ普段は声をあげることができない人々が声をあげたことに着目した。今回の出来事は、強権的な中国共産党政権でさえも、人民から異質な政権(=人民のためというよりは人民について語る政権)とみなされる余裕はないことを明らかにした。

ゼロコロナ政策が緩和される

中国のゼロコロナ政策は、発生を抑えるために3つのメカニズムに依拠/依存している。1つ目は定期的な集団検査で、感染者を迅速に発見することを目的としている。2つ目は集中検疫で、感染者とその密接な接触者を他の一般市民から遠ざけることを目的としている。

Tong Ming Street Park Covid-19 testing sample collection community centre by 相達生物科技 PHASE Scientific in February 2022
Tong Ming Street Park Covid-19 testing sample collection community centre by 相達生物科技 PHASE Scientific in February 2022

そして3つ目は、感染拡大を防ぐための隔離措置である。これらの仕組みは、現在、すべて解体されつつある。中央政府はその主導権を自治体に委ねようとしている。これにより、中央政府が後で責任を問われることのないような「例外」が許され、問題があれば地方の首長だけが責任を問われる可能性がある。

公式データによると、コロナの流行は中国で減少傾向にある。新規感染者数は、11月下旬のピーク時の4万人以上から、最近は1日当たり3万人以下に減少しているとしている。しかしそれは、検査を受ける人が減っているためだろう。

特に、オミクロンの亜種は、中国の85%以上の都市でワクチン接種を受けていない人々の間で急速に広がっているため、より大きな感染の波が押し寄せる危険性が高まっている。中国は、コントロールがますます難しくなっている風土病のウイルスに対する防御が不十分である。

2022年3月には、60歳以上の中国人1億3千万人以上がワクチン接種を受けていないか、接種回数が3回未満であると報告された。80歳以上の40%だけが、重症化や死亡を防ぐのに必要な量の地域限定ワクチン(特に効果の低いシノバックやシノファーム)を3回接種していたのである。

しかし、政府は封鎖措置を再開するどころか、今日コロナの管理を緩和している。

権威主義的な国家

中国政府は一種のジレンマに陥っている。つまりウイルスを再び抑制するために厳しい措置を取れば、経済的コストと国民の怒りが増大することとなる。一方、厳格な規制を緩和すれば、ウイルスが蔓延し少なくともの数十万人の死者を出すことになりそうである。

エコノミスト誌は、中国で現在発生しているコロナウィルス感染症がどのような経過をたどるかをモデル化している。このままでは、感染者数は1日あたり4500万人に達する可能性がある。集中治療が必要な患者全員が治療を受けたと仮定しても(ありえないが)、約68万人が死亡する可能性がある。

現実には、ワクチンの効果は低下しており、多くは治療されないままであろう。必要な集中治療室(ICU)の数は41万床に達し、中国の収容能力のほぼ7倍となる。中国の指導者たちは中間点を探しているようだが、それがあるのかどうかは定かではない。

少なくとも2つの重要な課題がある。

第一に、より多くの人、特に高齢者やハイリスクグループの人たちにワクチンを接種させるための努力が不十分なままである。公式発表によると、60歳以上のワクチン接種率は夏以降ほとんど変化していない。

An empty vial of the Sinopharm BBIBP-CorV COVID-19 vaccine from Nikli upazila, Kishoreganj district, Bangladesh.
An empty vial of the Sinopharm BBIBP-CorV COVID-19 vaccine from Nikli upazila, Kishoreganj district, Bangladesh. 

中国疾病対策センター(CDC)によると、ワクチンを2回接種した人は8月の85.6%から11月には86.4%に、ブースター注射率は67.8%から68.2%に上昇した。一方、米国は60歳以上の92%がワクチン接種を受け、70%がブースターを接種しており、ドイツは91%と85.9%、日本は92%と90%となっている。

第二に、医療資源が全国に偏在しているため、中国の医療システムはコロナ患者の新たな波に対応できないと、当局が繰り返し述べていることである。中国では病院におけるICUの能力拡充に何年もかけてきたが、依然として不十分なままである。

上海の復旦大学公衆衛生学部が発表した報告書によると、2021年の人口10万人あたりのICUベッド数は、2015年の米国の34.2に対して、中国はわずか4.37であった。コロナ患者の激増に伴う救急患者の流入は、医療システムを再び試練に立たせることになる。

そのため、病院が疲弊しないように規制緩和は段階的に進めようとしている。そうすることで医療が逼迫すれば、ロックダウンのような不人気な制限はいつでも再導入することができる。

ゼロコロナ政策の影響はコロナ問題にとどまらない。すべての地区と居住区に厳格な摘発と執行を課したことで、習主席は自身のコロナ政策が従来喧伝してきた「人民中心」であるという概念を打破してしまったのである。

習主席は強権的な権威主義的国家を各家庭に持ち込んだ。経済への悪影響にもかかわらずゼロコロナに固執したことで、共産党の主な主張の一つである、党だけで安定と繁栄を保証できるということに疑問を抱かせる事態となっている。

より責任感のある政府であれば、自らの過ちを認め、韓国やシンガポール、台湾のように、ゼロコロナから徐々に脱却するための救命措置を取るだろう。しかし、習主席と共産党にはその準備ができていないようだ。習主席はICUのベッド数が少なすぎて、大規模な感染症に対処できない。医療スタッフの訓練も不十分で、どの患者をどこで治療するかというプロトコルも確立されていない。           

プロパガンダの噴出

政府や国営メディアは長い間、公衆衛生の脅威としてコロナウィルスの恐怖を煽ってきたが、今ではオミクロンはほとんど無害であると伝え始めている。オミクロンは以前の亜種より毒性が弱いが、特に感染によって免疫を獲得していない集団では、死に至る可能性がある。香港では、春に発生したオミクロンの流行で多くの高齢者が死亡したことから、このことが判明した。このため、中国共産党が実際の死亡者数を操作するのではないかと懸念されている。

民衆の怒りは、世界で最も厳格なパンデミック規制が、いかに中国の生活を徹底的にひっくり返したかを強烈に物語っている。新たに「終身指導者」として再選された習主席は、中国共産党による国民への支配を毛沢東をも凌ぐレベルにまで拡大しつつある。

経済の低迷

厳しいゼロコロナ対策で国内の経済活動は冷え込み、工場やサプライチェーンは相次いだロックダウン(都市封鎖)措置などの規制で混乱している。これにより中国国内で生じたジャストインタイム(少量多頻度)配送の混乱は、海外にも及んでいる。

5月、中国欧州商工会議所は、調査の回答者のほぼ4分の1が、中国から現在または計画中の投資を撤収することを検討していると発表した。回答者の約92%が、中国の港湾閉鎖、道路輸送の減少、海上輸送コストの上昇からマイナスの影響を受けていると回答している。

Caixin/S&P Globalの製造業購買担当者景気指数によると、11月の工場活動は4ヶ月連続で縮小した。

野村證券は、中国の第4四半期GDPの見通しを前年同期比2.8%から2.4%に、通年の成長率見通しを2.9%から2.8%に引き下げ、中国の公式目標の約5.5%を大幅に下回ることになった。野村證券の推定では、中国のGDPの5分の1以上が封鎖されており、これは例えば英国経済よりも大きな割合である。

7月の中国の若年層の失業率は19.9%で、手頃な価格の住宅がないことと相まって、精力的に働くことは望めなくなっている。

Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en
Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en

ゼロコロナ政策は中国のネット大手も悩ませた。電子商取引大手のアリババは、消費者需要の低迷もあり、30億ドル近い純損失を計上した。中国で最も価値のある企業であるテンセントは今年、数千人の従業員を解雇し、この10年近くで初めて従業員が減少した。

3年間にわたる厳しいゼロコロナの規制下で暮らしてきた中国人の不満は、もっと深いところにあるのかもしれない。1989年、天安門事件で民主化デモを激しく鎮圧した政府は、江沢民主席の下で政治的自由を制限する代わりに、安定と安心を得るという暗黙の社会的取引を行った。中国市場が開放され世界経済へ参画するなかで成長したことにより、平均的な中国人の物質的な豊かさは増加した。

長い間、中国の若者は物質主義的で消費志向が強く、ルイ・ヴィトンの最新バッグを欲しがったり、ヴェルサーチの最新スカーフを見せびらかしたりしていると評されてきた。しかしこの傾向は近年変化が見られる。都市部の多くの若者が、社会的な期待を実現不可能にする力に抗うことができないと感じているのだ。

昨年、中国の若者の間で、不可能な状況を解決しようとエネルギーを浪費する代わりに、「摆烂(バイラン)=投げやり」を決め込み、生活をしていくのに最低限のことしかしない「躺平(タンピン)=横になる」という社会的な抗議運動が主流になった。中国社会で高い成果を追求することを本質的に放棄している若者たちを指すこれらの言葉は、今や中国政府を悩ます常套句となっている。

「摆烂(バイラン)=投げやり」という考え方は、必ずしもすべての中国人の間で普遍的なものではないが、中国の都市部の若者達の間で悲観と幻滅が広がっている現実を示している。これは、すでに減速している経済にマイナスの影響を与えかねない注目すべき現象である。

People wave national flags to mark the 73rd anniversary of the founding of the People's Republic of China at Tiananmen Square in Beijing on October 1, 2022. (ZHU XINGXIN / CHINA DAILY)
People wave national flags to mark the 73rd anniversary of the founding of the People’s Republic of China at Tiananmen Square in Beijing on October 1, 2022. (ZHU XINGXIN / CHINA DAILY)

20代半ばから30代の人々にとって、幼い子供を育てながら老いた両親の面倒を見るという期待は、生活費の高騰の中で今や大きな負担になっている。北京や上海などの大都市では、住宅価格が異常に高騰している。

農村部の事情は大きく異なるだろうが、彼らの声は国際社会にはほとんど届いていない。とはいえ、都会の若者の間では、「頑張ればいい暮らしができる」という希望は薄れつつある。

しかし一方で、これは都市部の若者とその家族が飢餓を避けるためにある程度の財産を蓄積していることも示している。この二つは中国の発展モデルにとって課題であり、政府はまだその解決策を見いだせていないのだろう。

腐敗はそこにあるのか?

たとえ習主席が国民の幅広い層の不満を抑え込むことができたとしても、こうした抗議活動で明らかになった不満は残るだろう。ゼロコロナ政策は、共産党が人々に自らの意志を押し付けることが容易であり、明らかに恣意的であることを浮き彫りにした。多くの中国人にとって、このような支配は絶え間ない進歩への期待を揺るがし、彼らの野心やリスクを取る意欲を損なわせている。どれだけの人が「摆烂(=投げやり)になる」ことを望んでいるのか、その行方を見守ろう。(原文へ

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ヤン・セルヴァースは、マサチューセッツ大学アマースト校で「持続可能な社会変革のためのコミュニケーション」のユネスコ・チェアを務めた。オーストラリア、ベルギー、中国、香港、米国、オランダ、タイで「国際コミュニケーション」を教え、さらに55カ国、約120校の大学で短期プロジェクトを実施。2020年版「開発と社会変革のためのコミュニケーション・ハンドブック」の編集者。

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2022年のウクライナ:苦難と不屈の10ヶ月間

【INPS Japan/ 国連ニュース】

12月24日で、ウクライナへの武力侵攻開始から10ヶ月が経過した。この間、ウクライナでは何万人もの人々が殺傷され多くの都市が瓦礫と化した。また、多数の市民が難民となり、国連の専門家の見解によると、戦争犯罪の犠牲者となったものも少なくない。国連職員は、ウクライナの住民とともに、電気も暖房もない生活を送り、防空壕に逃げ込み、人道支援を行い、同国で行われた犯罪を記録している。

国連安全保障理事会開催中にロシアのウクライナ侵攻のニュースが飛び込んできた

2022年2月23日、ニューヨーク時間の午後9時30分ちょうどに、ウクライナの要請により安保理が国連本部で開催された。冒頭で発言したアントニオ・グテーレス国連事務総長は、「ウクライナへの攻撃が迫っている」ことを示す「噂と兆候」について言及するとともに、「プーチン大統領、あなたの部隊がウクライナを攻撃するのを止めてください。平和にチャンスを与えてほしい」と懇願した。

しかし、その20分後、欧州大陸では既に2月24日の朝で、ニューヨークではまだ安全保障理事会が開かれていたが、プーチン大統領は「特別軍事作戦」の開始を発表し、ロシア軍がウクライナ領土への侵攻を開始していた。

2月の安保理で議長を務めていたロシアのワシリー・ネベンジャ国連常駐代表は、「今日、詳細を知っているわけではないが、ウクライナの占領は我々の計画に含まれていないことはお知らせしたい。」と語った。ネベンジャ大使は「特別軍事作戦について」大統領の発言をそのまま引用している。 しかし、ウクライナのセルギー・キスリツァ国連常駐代表は「ロシアは宣戦布告をした」とし、出席者全員に「戦争を止めるためのあらゆる手段を執っていただきたい。」と呼びかけた。そして「現在、ロシア軍はウクライナの都市を砲撃、爆撃し、ウクライナ領に侵入している。」と指摘したうえで、ネベンザ常駐代表に「今すぐロシアのラブロフ外相に電話して事情を確認すべきだ。」と提案した。これに対してネベンザ常駐代表は「今すぐラブロフ大臣を起こすつもりはない」と返答した。

グテーレス事務総長は、「この状況下では、要求を変更せざるを得ません。プーチン大統領、人類の名において、貴国の軍隊を ロシア に引き上げてください。人類の名において、今世紀初頭以来最悪のものとなり得る戦争が、ヨーロッパから始まることがないようにしてください」と訴えた。

しかし、戦争はすでに始まってた。ウクライナで活動する国連の人道支援機関からは、高齢者や幼い子どもを連れた女性が逃げ出しているとの報告があった。国連難民高等弁務官事務所によると、国連が後に「侵略」と呼んだ「作戦」が始まってから48時間足らずで、5万人以上がウクライナから脱出したという。

Фото ЮНИСЕФ/А.Гилбертсон VII Фото
Фото ЮНИСЕФ/А.Гилбертсон VII Фото

キーウの駅で、電車に乗れない母親たちが、人ごみの中で子供を通し、客車の人々に安全な場所に連れて行ってくれるよう懇願する悲痛な映像が世界中に広まった。キーウやハルキウの住民の多くは、必需品を入れたリュックを背負って、防空壕として使われるようになった地下駅に降りた。

国連安保理は「麻痺」している

2月25日、米国とアルバニアは、「ウクライナに対する侵略」に対してロシアを非難する安保理決議の採択を提案した。草案は、ロシアが直ちに、完全かつ無条件に軍隊を撤退させることを要求していた。しかし、ロシアが拒否権を行使し、決定に拘束力のある安保理決議を採択できなかった。

国連総会決議 「ウクライナへの侵略」 について

これを受けて、国連総会は3月2日、ウクライナに関する緊急特別会合を再開し、「ウクライナに対する侵略」決議を採択した。国連加盟国141カ国が支持し、35カ国が棄権、ロシア、ベラルーシ、北朝鮮、シリア、エリトリアの5つの代表団が反対票を投じた。決議は、「ロシア連邦は、国際的に認められた国境内のウクライナの領土からすべての軍隊を直ちに、完全かつ無条件に撤退させる」ことを要求した。

投票結果について、グテーレス事務総長は、この決議が含む要請に従うことが事務総長としての義務であると語った。

3月24日、新たに再開された緊急特別会合で、国連総会は「ウクライナに対する侵略がもたらした人道的結果」と題する決議を採択した。140ヵ国が賛成し、ロシア、ベラルーシ、北朝鮮、シリア、エリトリアの5つの代表団が反対、38カ国が棄権した。この決議は、ロシアがウクライナでの敵対行為を直ちに停止し、民間人や民間インフラを攻撃しないことを要求するものであった。国連総会は、ウクライナの都市、特にマリウポリ封鎖の中止を求めた。  

しかし、総会決議の持つ大きな政治的重みと道徳的権威にもかかわらず、これらの呼びかけはロシアに無視されたままである。

3月、国連はキーウ郊外のブチャなどで起きた悲劇、ハルキウでの爆撃、マリウポリの破壊などの報告を受けた。

国連事務総長のウクライナ、ロシア訪問について

「ロシア連邦は国連憲章に違反してウクライナの主権領域への大規模な侵攻を開始した。」 それ以来、世界は 「都市、町、村で恐ろしい人的被害と破壊を見ている。」 とグテーレス国連事務総長は指摘し、「ウクライナの人々はまさに地獄に生きている」と宣言し戦争の停止を訴えた。そして4月末には、自らが仲介役としてロシアとウクライナを訪問した。4月26日、グテーレス国連事務総長はモスクワでセルゲイ・ラブロフ外相と実務会談し、プーチン大統領と会談した。

4月28日、国連事務総長はウクライナのドミトロ・クレバ外相と実務会談を行い、ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談した。

「世界はあなた方を見て、あなた方の声を聞き、あなた方の勇気と決意を賞賛します。」とグテーレス事務総長はウクライナの人々に向かって語りかけた。そして、国連安保理がウクライナでの戦争を防止または阻止するための既存のメカニズムを適用できなかったことを苦々しく認めている。グテーレス事務総長はキエフで記者会見し、「これは大きな失望、悲しみ、怒りを引き起こす」と語ったが、その時、ロシアのミサイルが事務総長の滞在するホテルの近くを通過した。ウクライナ訪問中の国連事務総長は、キーウの荒廃した郊外を訪問した。

グテーレス事務総長のモスクワとキーウ訪問時の合意により、国連と国際赤十字はマリウポリのアゾフスタル製鉄所とその他の地域から民間人を避難させるための2つの作戦を実施することに成功した。

5月6日、国連安保理はロシアによるウクライナ侵攻後で初めてとなる声明「ウクライナにおける平和と安全の維持を巡る深い懸念」を発表し、その際議長声明で、平和的解決に向けたグテーレス事務総長の取り組みに「強い支持」を表明した。

侵略開始から半年後の8月、日本での記者会見で、ウクライナとロシアの間で和平合意に至らない理由を問われたグテーレス事務総長は、ウクライナは「自国の領土が他国に占領される」状況を受け入れられず、ロシアは占領地域を「自国に併合したり、新たな独立国家に移行させたりしない」ことについて「受け入れる準備はできていないようだ」と説明した。

1ヵ月後、国連ニュースサービスとの独占インタビューで、グテーレス事務総長は、一方の国家が他方の国家を侵略することによって引き起こされる2国家間の戦争があり、最近の歴史では類を見ないレベルの武器と武力の動員を伴うと語った。

国連ニュース=ナルギス・シェキンスカヤとアントニオ・グテーレス国連事務総長

黒海イニシアティブ

この戦争の影響は、ウクライナの国境を越えて、多くの人々が感じている。ロシアとウクライナは世界市場への主要な供給国であるため、武力侵攻により、世界中で食料、エネルギー、肥料の価格が急騰している。

国連とトルコの仲介で、黒海を越えて穀物などの食料品を安全に輸送する手続き「黒海穀物構想」が浮上し、農産物輸出の活性化を図っている。

グテーレス事務総長は、8月には再びウクライナを訪れ、リヴィウでトルコ、ウクライナの大統領と会談した後、このイニシアティブに参加しているウクライナの3港のうちの1つ、オデーサを訪問している。

この協定により、ウクライナからの穀物、その他の食料品、肥料の輸出が再開された。製品は、ウクライナの3つの主要港(チョルノモルスク、オデーサ、イズニー)から安全な海上人道回廊を経由して送られる。また、7月の協定には、ロシアに対する貿易制限や制裁体制の適用をめぐる不透明感から輸出が制限されていたロシア産肥料を、世界市場、特に途上国向けに輸出するための規定が盛り込まれた。

ウクライナにおける原子力発電所の安全性確保

2月24日、ロシア軍は侵攻直後に旧チェルノブイリ原子力発電所を奪取。そして、ザポリージャ原子力発電所を掌握した。また、ウクライナはリブネ、フメリニツキー、南ウクライナの各原発を運営している。国際原子力機関(IAEA)は、これらの原子力施設の安全性を懸念し、すべての原子力施設に査察官を派遣している。

IAEAのラファエル・グロッシ事務局長は、自らチェルノブイリ原発のミッションを指揮し、その後文字通り炎上中のザポリージャ原子力発電所にチームとともに向かい、数人の国際査察団を現地に配置した。IAEAのトップ自らが、原子力発電所周辺に安全地帯を設定するための交渉を続ける一方で、定期的に原発の状況を報告している。

6基の原子炉を有するザポリージャ原発は3月上旬からロシア軍の支配下にあるが、ウクライナ人の職員が働いている。グロッシIAEA事務局長は、ザポリージャにある欧州最大の原発やウクライナにあるその他の原発施設に、事故であれ故意であれ、何らかの被害があれば、発電所周辺だけでなく、地域全体、さらには国外にまで災害が及ぶ恐れがあると安保理のメンバーも含めて警告を発している。

人道支援

300日以上前に始まったロシアの侵攻により、ウクライナは人道上の危機に瀕している。戦争が始まって以来、国連児童基金からIAEAまで、多くの国連機関がウクライナで活動している。

ウクライナ全土に複数のオペレーションセンターが設置され、全国30地区で運営されている。10カ月にわたる戦争の間、国連の人道支援機関は、690の人道支援パートナー(そのほとんどが最前線で活動している)と協力して、1400万人のウクライナ人に救命支援を提供してきた。この中には、ウクライナ政府の支配下にない地域に住む100万人の人々も含まれている。ドネツク州やルハンスク州のロシア支配地域の人道支援パートナーの協力で援助を届けることができている。

戦時中、国連は約430万人に10億ドル近い現金給付を行った。ウクライナ各地に心理社会的支援を行うセンターが設置された。2月以降、国連の支援のもとで765,000人の子どもたちが支援を受けている。移動チームは国内避難民センターで、保護が必要な子どもたちを特定・登録し、子どもたちとその家族が必要とする支援を提供している。

これまでに1400万人以上のウクライナ人が故郷を追われている。このうち650万人が国内避難民で、780万人以上が欧州各地に散らばっている。ユニセフや国連難民高等弁務官事務所などの国連機関のスタッフが、国境地点や 受け入れ国で難民の登録、再定住、保護を支援している。

Фото МОМ/М.Мохаммед

ウクライナの人道的状況は、日増しに悪化している。12月に再びウクライナを訪れたマーティン・グリフィス国連緊急援助調整官兼人道問題担当事務次長は、国連安保理において「ウクライナの民間人にとって死活問題である。10月以降、ウクライナのエネルギーインフラがロシア軍によって継続的に攻撃されたことで、必要とされる支援のレベルが一段と高まっている。冬の間、多くの市町村が停電しています。」と訴えた。

この数カ月間だけでも、人道支援団体は冬に備えて63万人以上の市民にさまざまな支援を直接提供し、重要なインフラには数百台の発電機が送られた。ここ数週間、国連は東部および南部地域のウクライナの支配下に戻った地域への支援を強化している。人道支援団体は、支援トラックの車列を送った。

Фрагмент видео УКГВ ООН

これらは、国際社会からの空前の支援なしには実現し得なかったことだ。国連はこれまでに、年末までに要求された43億ドルのうち31億ドルを受け取っている。 国連自身も、ロシアがウクライナに侵攻した2月24日に、すでに中央緊急対応基金から2千万ドルを放出している。それから1カ月もしないうちに、さらに4000万ドルがウクライナに送られる。

国連機関は現在、避難民に防寒対策を行うとともに、新たにアクセス可能となった地域に援助物資を届け、地雷除去を促進し、人道的・心理的援助を必要としているすべての人に提供することに力を注いでいる。

先日ニューヨークで行われたブリーフィングで、キーウから駆けつけた国連ウクライナ人道調整官のデニス・ブラウンは、ウクライナ人と共に国連職員全員が大規模な砲撃を受けており、また防空壕に逃げ込み、しばしば電気や 熱源がない状態で過ごしていると語った。しかし、このような状況でも、国連スタッフは離脱しないのだと指摘した。彼らは、ウクライナの人々と共にこの冬を乗り越え、支援を必要としている人々のために活動を続けていくつもりだ。

復興

国連は、人道支援だけでなく、国の再建にも力を注いでいる。ウクライナの戦争により、多くの都市でインフラが破壊され、その復興には、ウクライナ政府や国際的なパートナーの多大な努力が必要とされている。この分野の最初の大規模プロジェクトとして、国内第二の都市ハルキウの再開発・再建が予定されている。既に4月5日には、国連欧州経済委員会の主催で、国際市長会議が開催されている。会議では、英国の著名な建築家であるノーマン・フォスター卿が、ハルキウのイーゴリ・テレホフ市長から、同市の新しいマスタープランを策定するよう要請を受けた。 テレホフ市長はこの会議で、戦争で破壊されたハルキウの再建に向けた構想を語った。

Фото ЮНИСЕФ/Э.Гилбертсон

テレホフ市長は、「新しい平和なハルキウでは、IT部門とハイテク工業団地の開発に特別な注意を払いたい。 大型産業施設を建て替え、新しい息吹を吹き込みたい。建築、快適性、安全性において、ハルキウはまったく異なるレベルに達していくはずだ。私たちは、近代的な街の中心部を建設し、各地域が特色を持った多様な都市作りを計画している。その他、防空壕、多目的地下駐車場、立体交差、自転車専用道路、新しいレクリエーションゾーンや公園を建設する予定だ。」と語った。

国連の人権擁護者、国際司法裁判所、国際刑事裁判所調査官、国際損害賠償登録者

国連人権理事会は、安保理と総会と並行して、ロシアによるウクライナ侵攻初期の犯罪を調査する独立の国際調査委員会を設置し、加盟国は行動している。キーウ、チェルニヒフ、ハルキウ、シュミの各州で調査を行った結果、都市部が破壊され、処刑、拷問、強姦などの戦争犯罪が行われたと結論づけた。性的強姦の被害者は4歳から82歳までと幅広い年齢層が特定された。委員会のメンバーは、これまで10回ウクライナを訪問している。彼らは市や町を訪れ、爆撃や犯罪の現場を視察してきた。12月には、国際調査委員会がキーウで、被害者への賠償と可能な司法メカニズムについて議論している。

Управление ООН по гуманитарной помощи/С.Абреу

4月には、国連ウクライナ人権監視団のメンバーも、かつてロシア軍に占領された市町村を訪問した。監視団には国連人権事務局のメンバーも含まれている。また、2月下旬から3月上旬にかけてロシア連邦軍の支配下にあったキーウ、チェルニヒフ、ハルキウ、スームィ州の各都市で市民が殺害されたことの確認も受けている。

国際刑事裁判所(ICC)の検察官もウクライナでの犯罪捜査に関与している。ICCは、衛星画像やレーダー映像、あるいは傍受システムを使って犯罪を捜査する。ウクライナ情勢の調査開始決定を受け、検察は3月2日に調査団を早急に現地に派遣した。ICC主任検察官自身も数回ウクライナを訪問した。分析官、法医学者、人類学者、弁護士からなるこのチームは、大規模な残虐行為の現場を訪れた。

これと並行して、ウクライナのジェノサイド条約に基づくロシアに対する訴訟の一環として、国際司法裁判所(ICJ)は3月16日、ロシアに対して、2022年2月24日にウクライナの領域内で開始した軍事作戦を直ちに停止し、軍隊や非正規部隊などが軍事作戦をさらに進める行動をしないこと」を義務付ける暫定措置命令を発出した。

国連総会は11月14日、ウクライナ情勢をめぐる緊急特別会合を開き、ロシアに対してウクライナ侵攻による損害の賠償を求める決議を94カ国の賛成多数で採択した。この決議は、ロシアが「侵略」の際に行った国際法違反について責任を負い、損害を賠償する義務を負うべきであると述べている。この目的のために、国連総会は「国際的な仕組み」を構築し、損害の記録をつけることも推奨した。

「不滅の拠点」で一緒に。

最近の調査によると、民間インフラに対する空爆が行われているにもかかわらず、多くのウクライナ人は国外に出るつもりはなく、国外に出た人の多くも故郷に戻りつつあるという。12月現在、国内と海外を合わせて500万人以上の国内避難民がウクライナに帰国している。

ウクライナ当局は、国連の支援を含め、人々が暖を取り、携帯電話を充電し、温かい飲み物を飲み、応急処置を受けられるよう、全国に暖房センターを設置している。ウクライナでは、このようなセンターを「不滅の拠点」と呼んでいる。人々が体を温めるだけでなく、互いに助け、支え合い、慰め合うことができる拠点だ。 

Фото ЮНИСЕФ

この支援にはユニセフも参加しており、ウクライナ全土に140カ所の「スピルノ」センターを設置。少年少女が遊び、心理社会的サポートを受け、仲間と交流できる、子どもに優しい温かい空間が広がっている。「スピルノ」とは、ウクライナ語で「一緒に」という意味である。ユニセフは、子どもたちに子ども時代の喜びを取り戻すため、社会政策省およびウクライナ鉄道とともに、新年とクリスマスイブに、特にハルキウ州やケルソン州など新たにアクセスが可能になった地域の戦争被災地の子どもたちにプレゼントを届けている。

最近到着した国連開発計画(UNDP)のジャコ・シリエ駐在員代理は、ウクライナの人々のレジリエンスに感銘を受けたと語った。「真冬に現地入りして、すぐに人々の苦労がわかった。」という。 ウクライナの人々は、真のレジリエンスとは何かを世界に示している。」とシリエ駐在員代理は語った。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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助けられるなら、助けよう。―ウクライナ人支援に立ちあがったイスラエル人ボランティアたち(4)マリーナ・クリソフ(Studio 3/4共同経営者)

2023年には、私たちはこれまで以上に平和を必要としています(アントニオ・グテーレス国連事務総長)

【ニューヨークIDN=アントニオ・グテーレス】

新年とは、再生の瞬間です。

私たちは旧年中の灰を一掃し、より明るい日に向けて備えます。

2022年に、世界中の何百万もの人々が、文字通り、灰を一掃しました。

ウクライナ、アフガニスタン、コンゴ民主共和国などの国々では、人々がより良い生活を求めて、灰となった住まいや暮らしを後にしました。

世界中で1億人が、戦火、山火事、干ばつ、貧困、飢餓を逃れようと移動しました。

2023年には、私たちはこれまで以上に平和を必要としています。 対話を通して紛争を終わらせるための、互いの間の平和。

より持続可能な世界を築くための、自然や気候との間の平和。 女性と女児が尊厳をもって安全に暮らせる、家庭の平和。

すべての人権が全面的に守られる、街やコミュニティーの平和。

互いの信仰を尊重し合う、礼拝の場の平和。

そして、ヘイトスピーチや虐待のない、オンラインの場の平和。

2023年は、平和を私たちの言動の中核に据えましょう。

共に、2023年を、私たちの暮らし、家庭、そして世界に、平和を取り戻す年にしようではありませんか。(原文へ

INPS Japan

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プーチンの脅しは核不拡散体制にどれほどのダメージを与えたか?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

ロシアによるウクライナ侵攻は、核兵器をめぐる世界の言説にすでに重大な影響を及ぼしていると言ってよいだろう。6月にウィーンで開催された核兵器禁止条約第1回締約国会議の審議において、ウクライナにおける戦争は、抑止力としての、また強制外交の手段としての核兵器の有用性と限界、核兵器を放棄したことの見識、核兵器を獲得することまたは他国の核の傘下に入ることへのインセンティブ、そして何より、誰も望まず、誰もが恐れる全面核戦争という激烈なリスクに大きな影を投げかけた。

そのため、このことは第1の、そしてある意味では最も重要な教訓といえる。ロシアと米国が備蓄する11,405発の核兵器(全世界の合計の90%)の存在は、危機の安定化と緊張緩和に役立つどころではなく、ウクライナ戦争の危険と脅威を増大させている。(原文へ 

会議閉会の翌日にウィーンで開催されたイベントで私と同じ壇上に並び、会議のホストおよび議長を務めたアレクサンダー・クメントはいかにも誇らしげに、締約国によって採択されたウィーン宣言(および50項目の行動計画)は、多国間で取りまとめた文書としては並外れて強力なものとなったと述べた。それは、活動家的な文章でもなければ、陳腐な決まり文句を並べたつまらない声明でもなく、この新条約の重大さをはっきりと示す宣言だった。

一部の国々はウクライナにおけるロシアの行動を厳しく非難することを求めたが、ウィーン宣言はより中立的で偏りのない論調を採った。第4項および第5項において、締約国は、「核兵器を使用するという脅しと、ますます声高になる核のレトリック」に対する懸念と失望を表明した。そして、「明示的か暗示的かを問わず、また、いかなる状況であれ、あらゆる核の脅し」を、そして、平和と安全を守るのではなく「強制、威嚇、緊張増大につながる政策の手段として」の核兵器の利用を、明白に非難した。

ソ連崩壊後にウクライナが核兵器を放棄していなければ、ロシアはウクライナを攻撃して分断しようとはしなかっただろうという主張は、2014年のユーロマイダン革命やクリミア併合の頃から散々言われてきたことである。この主張は、本格的な吟味に耐えうるものではない。米国とNATOの一部同盟国(過去には韓国も)の核共有協定と同様、その核兵器の所有者はホスト国ではなくロシアであり、独占的な運用管理および発射の権限を保持していた。

国連安全保障理事会の5常任理事国は、核不拡散条約の下で認められた核兵器国であるが、そのうちの1カ国たりとも、戦略核兵器1,900発、戦術核兵器2,500発を備蓄する核兵器保有国の出現を許容しなかっただろう。これは、英国、中国、フランスの合計備蓄量の数倍にも上る。ウクライナは、国際的な除け者国家となり生き残りに苦闘したであろうし、地域の歴史全体も大きく異なるものとなっていただろう。従って、2014年と2022年の出来事を抑止できていたはずだという主張は、反事実的想定として信頼に足るものではないのである。

戦争が始まって5カ月、核兵器に関して私が最も目を見張ったことは、核兵器にはまったくと言っていいほど有用性がないということだ。ロシアには、1945年以降欧州最大の地上戦のなかで、6,000発近い核爆弾が備えとして存在しウクライナには皆無であるのに、そのことによってウクライナを威嚇し降伏させることには失敗したのである。キーウは、果敢に領土を防衛するという任務に邁進しており、強制外交の手段たりえなかった核兵器が軍事的に使用できるわけはないと確信している。ロシアの評判は、すでに違法な侵略により深刻なダメージを負っており、もし核兵器を使用すれば完全に失墜するだろう。また、ロシアは、放射性降下物から自国の軍隊も、ウクライナ国内のロシア語圏も、さらにはロシア本土の一部も守ることができないだろう。

確かにウラジーミル・プーチン大統領は、自国の恐るべき核兵器のことを繰り返しNATOに思い出させ、核兵器を公然と「特別警戒」態勢に置き、部外者があえて介入するなら「予測不能な結果」を招くだろうと警告した。そのいずれも、NATOによるウクライナへの武器供与を阻止することはできず、武器はますます殺傷力が高くなり、どうやら非常に効果が高いようで、ロシア軍に大きな犠牲をもたらしている。

もちろん、NATOは自らの地上軍を派遣することも、ウクライナ上空に飛行禁止区域を宣言することも控えている。しかし、このような警戒がどれだけロシアの核能力を考慮した結果であるのか、また、NATOが冷戦終結以降にアフリカ、中東、アジアで行った軍事活動の失敗という内面化された記憶にどれだけ起因するものなのかは、議論の余地がある。小規模な地域レベルの敵対国に対するこのような軍事行動は、大概の場合、変動性、暴力、地域全体の不安定性を劇的に悪化させている。たとえ戦地で軍事的勝利が得られても、広大なロシアの大地に大混乱を引き起こしたいと誰が思うだろうか? ナポレオンとヒトラーの破滅的な誤算も、核兵器があろうとなかろうと、ロシアとの直接的な軍事衝突に突入することをためらわせる役割を紛れもなく果たしているだろう。

しかし、ウクライナ危機は、核軍備管理と核軍縮を推進するすでに弱体化した努力にさらなるダメージを与える可能性がある。ロシアは、ウクライナが核兵器を放棄する見返りとしてウクライナの領土の保全と国境を尊重するという1994年ブダペスト覚書に基づく誓約を、明らかに破っている。

これでは、184カ国の非核兵器国は、自国の安全保障上の懸念について安心できないだろう。逆に、北朝鮮は、核武装の道を突き進んだのは戦略的に先見の明があったという思いを強くするだろうし、イランも同じ道を進む意欲を得るだろう。すでにNATOと太平洋地域の同盟国の間では、保険として核共有協定に加わることについて再び議論が行われている。領土内に米国の核兵器が存在すれば、たとえその管理統制権を米国が握っていても、現実的に新たな状況をもたらし、攻撃に対抗する仕掛けの役割を果たしてくれると考えるからである。

また、フィンランドとスウェーデン(後者は核軍縮を積極的に推進し、前者は過去に地域の非核兵器地帯を推進していた)がNATOに新たに加盟する国になることは、歴史の皮肉のさらなる証明である。なぜなら、別の記事で論じたように、NATOが東方拡大をやめなかったことがウクライナにおけるロシアの行動の大きな理由だからである。そして今度は、NATOのバルト諸国への北方拡大が、ロシアによるウクライナ侵攻の大きな結果となるわけである。

ラメッシュ・タクールは、国連事務次長補を務め、現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長を務める。近著に「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」 (ルートレッジ社、2022年)がある。

INPS Japan

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核兵器がわれわれを滅ぼす前にわれわれが核兵器を廃絶しよう。

|視点|中国―スリランカ、二千年にわたる互恵的な関係(パリサ・コホナ在中国スリランカ大使、元外務大臣)

【北京IDN=パリサ・コホナ

インド亜大陸南端の沖、インド洋の真ん中に位置するスリランカは、うらやましいほどの戦略的地位を占めている。スリランカは過去にその利点をうまく利用してきたが、このことは同時にインド洋地域を戦略的、経済的、文化的に支配しようとする世界的、地域的大国の強欲な関心を引き付け続けるという災いのもとでもある。

Austronesian maritime trade network in the Indian Ocean/ By Obsidian Soul - Own work, CC0
Austronesian maritime trade network in the Indian Ocean/ By Obsidian Soul – Own work, CC0

中国と歴代ランカ王国、そして現在のスリランカは、二千年にわたる緊密な関係を維持してきた。スリランカに戦略的魅力、自然の豊かさ、快適な住環境があることは古くから知られていたが、中国がスリランカに永住権を確立し、植民地化しようとした記録はない。

仏教が両国の架け橋となり、仏教徒間の交流が両国の文化交流の原点となり、今日まで続く信頼関係が築かれた。海のシルクロードの交流は、中国の前漢の時代、紀元前207年頃から盛んになったという記録が残っている。

5世紀、中国山西省出身の学僧法顕が、古都アヌラーダプラの有名なアバヤギリヤ僧院に2年間滞在した際の文章は、当時の複雑な国際外交・交易関係を物語るものである。

Portrait of Amoghavajra (不空金剛), 14 century, National Museum, Tokyo/ Public Domain

法顕は北インドで10年近く過ごした後、西暦410年にランカに来訪した。その帰途、船でシンハラ語で書かれた教典を中国に運び、後に中国語に翻訳した。その後、唐の高僧である不空金剛がスリランカに渡り、『宝篋印陀羅尼経法』を中国語に翻訳した。

中国の商人や少林寺の僧が、ランカにも中国の武術を伝えたのだろう。シンハラ語で武術を表す言葉の一つに「チーナ-アディ」がある。これはあまりに偶然の一致だと思う。

河南省にある嵩山少林寺は、現在でもスリランカの主要寺院と密接な宗教的つながりを保っている。先日、少林寺の30代目管長である永信老師にお茶をご馳走になり、最近スリランカを訪問した際のことを懐かしく話してくれた。6世紀に書かれた中国の『比丘尼伝』には、シンハラ人尼僧の一行が帝都・南京を訪れ、尼僧の修道会を紹介したことが詳しく書かれている。

尼僧の修道会は、今でも中国で存続している。西暦131年から西暦989年の間に、ランカの王たちは13の使節を中国の宮廷に送っている。428年には、マハーナマ王が中国の皇帝に仏陀の歯を祀る祠の模型を寄贈している。

また、ランカ王は貴重な仏像を携えて使節を孝武帝の宮廷に派遣している。10世紀にランカから持ち込まれたと思われる仏陀の頭頂骨(頭蓋骨)の一部は、現在、南京の仏頂宮に安置されている。

Mosaic of Marco Polo, Municipal Palace of Genoa: Palazzo Grimaldi Doria-Tursi/ By Salviati, Public Domain
Mosaic of Marco Polo, Municipal Palace of Genoa: Palazzo Grimaldi Doria-Tursi/ By Salviati, Public Domain

アラブの地理学者イドリーシは、パラークラマバーフ大王の時代にランカがどの程度国際貿易を行っていたかを詳述しており、大王は王女を中国の宮廷に派遣している。1284年、クブライ・ハーンがマルコ・ポーロを派遣し、シンハラ人が崇拝する仏陀の托鉢の鉢を求めたが、ランカ王はこれを丁重に断っている。

マルコ・ポーロはこの島を2度訪れ、ランカはこの規模の島としては世界で最も優れていると記した。13世紀のランカの首都ヤパウワの獅子像は、中国の影響を強く受けている。ラークラマバーフ 6 世(1412-67)は、シンハラ王としては最も多い6回の使節団を中国(明朝)に派遣している。

スリランカでは中国の貨幣や 陶磁器が各地から発見され、中国とランカの貿易が盛んであったことがうかがえる。また、領海の海底には荒天で沈没した多数の中国船が眠っている。河南省洛陽市の白馬寺は、中国で最初に建立された仏教寺院という伝承がある。

白馬寺の広大な敷地内には既に(インド廟、タイ廟など)アジア各地の仏教様式の寺院が建立されており、現在スリランカ式の寺院を建設する計画が進められている。

Zheng He wax statue in the Quanzhou Maritime Museum/ jonjanego, CC 表示 2.0
Zheng He wax statue in the Quanzhou Maritime Museum/ jonjanego, CC 表示 2.0

鄭和は、1405年から33年にかけて、明の永楽帝の代理として西方への航海中にランカを6回訪問した。2回目に訪れた際、鄭和はゴールに来訪を記念した石碑を建立したほか、デーヴンダラの「ウプルワン・デヴァラヤ」を訪れ、かなりの供物を捧げている。

明朝の歴史書には、鄭和提督がランカ訪問中に王家の内紛に巻き込まれたことが記録に残っている。鄭和が帰国した際にランカの王子が同行したが、その後中国に留まることを選んだ。今もその末裔が建省泉州に暮らしている。

スリランカが中国の歴代王朝と宗教、貿易、社会面で活発な関係を築いていたことは明らかであり、学者、船員、僧侶、旅行者、商人たちの文章は、古代からランカに対する中国の宗教的、文化的関心が強かったことを示唆している。

今年(2022年)は、中国との「米・ゴム協定」調印から70周年、国交樹立から65周年にあたる。

1950年、独立したセイロン(=当時のスリランカの呼称)は、主権国家として13番目の国として当時建国間もない中華人民共和国を承認し、それ以来、一つの中国政策を無条件に支持してきた。

その後1952年、当時国連に加盟していなかったセイロンは、欧米の反発を受ける危険を冒して、中国への戦略物資の輸出禁止を破り、戦略物資に指定されていたゴムを米と交換する「米・ゴム協定」を中国と締結した。当時、中国は朝鮮戦争に参戦していた。

セイロンは、中国に5万トンのゴムを市場より高い価格で輸出し、27万トンの米を一般的な市場価格で輸入することに合意した。この協定は1982年まで続いた。セイロンはまた、中華人民共和国の国連における正当な議席の復活を声高に擁護していた。

周恩来首相は1957年にスリランカを訪問し、緊密な二国間関係の基礎を築いた。特にシリマヴォ・バンダラナイケ首相の時代には、61年と72年に中国を訪問し、関係の深化をはかった。76年に毛沢東が死去した際には、スリランカは8日間の喪に服すことを宣言し、両国の密接な関係を強調した。

中国から寄贈されたバンダラナイケ記念国際会議場は、現在でもコロンボの主要なコンベンション会場として機能している。同会議場内にある中国文化センターは、2014年の習近平国家主席の訪問時に落成式が行われた。

February 1964 Chinese Premier Zhou Enlai and Ceylonese Prime Minister Sirimavo Bandaranaike signed the Sino-Ceylonese Joint Declaration/ Public Domain

スリランカにあるこのセンターは、海外初の中国文化センターである。スリランカの仏教寺院と、河南省の白馬寺、少林寺、観音寺、北京の霊光寺、永和寺といった中国の代表的な仏教寺院との間には、密接な関係が維持されている。(それまでの英連邦自治領セイロンから)1972年の共和国制への移行以来、スリランカのほぼすべての国家元首が中国を訪問している。

1978年12月から89年11月まで中国を率いた鄧小平は、中国の驚くべき経済復活の基調となった深圳経済特区の壮大な成功の前に、スリランカに代表団を送り、コロンボ首都圏経済委員会を研究したと多くの中国高官は語っている。

スリランカのテロ組織タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)との紛争では、欧米諸国がLTTEへの軍事進攻を止めるよう政府に圧力をかけるために武器供給を控えたのに対し、中国は無条件で武器などの援助を行った。中国の揺るぎない支援は、LTTEを撃退し、テロリストの災禍をなくすことに大きく貢献した。

また、国連人権理事会やニューヨークの国連など、国際的な場でも中国はスリランカを無条件に支援した。その後、スリランカが懸命に復旧・復興に取組み、欧米からの援助が細々と続く中、経済的に復活した中国は、スリランカの復興に大きく貢献した。

Lotus Tower in 2018/ By Sarah Nichols, CC BY-SA 2.0
Lotus Tower in 2018/ By Sarah Nichols, CC BY-SA 2.0

ハンバントタ港、マッタラ空港、高速道路、コロンボ港湾都市、コロンボの蓮池舞台芸術センターなどがその成果である。ロータスタワーは、この時期に花開いた両国友好関係の証しだ。芸術センターの建築は12世紀にポロンナルワにあった蓮池から、ロータスタワーのデザインは法華経から着想を得たと言われている。

コロンボ大学には、主に中国語と中国文化の普及を目的とした孔子学院が設立されている。多くの中国人留学生がスリランカの大学で勉強を始めている。

中国の国家出版広電総局は、両国の古典を中国語とシンハラ語に翻訳して出版することを提案している。現在、二国間関係と観光促進に焦点をあてた長編映画の撮影案が検討されている。

コロンボと成都、および上海、キャンディと青島との間に姉妹都市提携が結ばれている。その他の都市間、省・県間の提携も現在検討中である。

スリランカを陥れている中国の債務の罠については、さまざまな憶測が飛び交っている。簡単に言えば、中国はスリランカの対外債務の10%未満しか保有しておらず、従来の資金源にアプローチしても拒否されたスリランカが、インフラ・プロジェクトのために中国に資金を求めたのである。

最近も、中国の科学船が寄港したことに懸念を表明する人がいて、スリランカは困難な状況に置かれた。スリランカは、訪港に関する長年の慣行と主権的権利に基づき、同船舶がハンバントタ港を使用することを許可した。

世界は、中国がその資源、医療施設、技術力、そして人口を総動員して、初期段階で新型コロナウイルス感染症に対抗したことに、神経質なまでに驚きをもって見守った。そして、武漢を皮切りに、この恐ろしいウイルスを制圧していった。

Photo: The Covid Vaccine Intelligence Network (CoWIN) system is emerging as the backbone of the vaccination programme in India. Photo: Manisha Mondal | Credit: ThePrint
Photo: The Covid Vaccine Intelligence Network (CoWIN) system is emerging as the backbone of the vaccination programme in India. Photo: Manisha Mondal | Credit: ThePrint

中国は、他国のパンデミック対策支援として約20億本のワクチン(約一割が寄贈)を送った。また、ワクチンを所有権の制約を受けない公共財とすることを提唱している。

スリランカには無償の300万人分を含む2600万人分が送られた。スリランカは、中国からの寛大な支援により、流行を大幅に抑え、再び観光客に国を開放することさえできた。

スリランカに従来ワクチンを供給してきた国々が、必要なワクチンを供給しない或いはできなかったり、中にはワクチンを買い占める国さえあった時に、中国はスリランカを援助してくれたのである。 これは、中国と中国国民による驚くべき連帯と協力の行為であった。

パンデミック期間中には、軍人を含む2000人以上のスリランカ人留学生が一時帰国を余儀なくされていたが、今ではほぼ全員が中国の高等教育機関での勉強を再開している。中国は今日、農業や製造業において、技術開発の最先端を走っている。

1970年代、80年代によく言われた懸念とは裏腹に、中国は農業の近代化によって、自国の食糧を十分に生産し、一部は輸出することにも成功している。中国の高速鉄道網は世界の羨望の的である。この広大な国土を縦横無尽に走る高速道路は圧巻だ。

中国は高度な製造業を発展させ、現在では世界の主要な製造品輸出国となっている。化石燃料の輸入に頼ってはいるが、太陽光発電や風力発電の技術も進んでおり、原子力発電や水素発電の開発でもトップランナーである。(中国は世界のソーラーパネルの70%を生産している。)中国では人工知能が日常生活の主要な部分を占めつつある。

スリランカの学生は、欧米の教育機関よりはるかに安価な中国の教育施設を利用することで、多くの利益を得ることができる。中国の多くの地方は、最先端の高等教育機関でより多くのスリランカ人が勉強できるようにすることに関心を示している。

これは、人と人との触れ合いや相互理解をさらに深めるための絶好の機会となることは間違いないであろう。中国は過去40年間に急速に発展したため、海外の多くの人々は現代の中国についてほとんど理解しておらず、学生の交流はこの認識を促すのに有効な方法であろう。

Amb. Palitha Kohona. Credit: U.N. Photo/Mark Garten
Amb. Palitha Kohona. Credit: U.N. Photo/Mark Garten

長らく観光のメッカとされてきたスリランカは、現在の金融危機から脱するために観光に大きく依存することが予想される。2019、1億6900万人の中国人が海外に旅行した。その一部でもスリランカを訪れれば、経済の好転に大きく貢献することだろう。

スリランカ大使館が中国で行っているソーシャルメディアを含めた集中プロモーションは、大きな成果を生むだろう。スリランカで最も観光客が訪れている観光・宗教施設は、キャンディの「佛歯寺」である。ここ以外で唯一仏陀の歯遺物が収められているのが、北京の霊光寺にあることが確認されている。

5世紀に建てられたシギリヤの城塞には、素晴らしい水庭と岩窟庭園、そして王によって建てられた岩の上の宮殿があり、可憐な乙女たちのフレスコ画が印象的で、今も大きな見所となっている。スリランカの自然の魅力は、野生のアジアゾウが最も多く生息していること(約7000頭が保護されている)、またクジラが多く生息していることである。

スリランカには世界有数の美しい砂浜や食欲をそそるさまざまなシーフード料理がある。またこの国では伝統医学が医療に大きな役割を担っている。スリランカの人々は、中国からの訪問者を歓迎し温かくもてなすことでしょう。(原文へ

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