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|視点|記憶から政策へ(作家・エッセイイスト)

【ウィーンIPS=ロベルト・ミジック】

中東で血の惨劇が起きているのに、世界は不条理な議論に巻き込まれている。マルクスの言葉(「歴史は最初は悲劇として現れるが、次には茶番としてとして現れる」)を借りれば、「ここでは悲劇、そこでは茶番」と言いたくなる。ドイツ語圏、特にドイツはイスラエル寄りの立場をとっているが、他の社会では同じように怪しげな反イスラエルの立場が優勢である。

10月初め、ハマスと他のイスラム主義グループはガザ地区からイスラエルに攻撃を開始しただけでなく、残酷な大虐殺を行った。1200人以上が殺され、そのほとんどが民間人で、平和活動家を含む音楽フェスティバルに参加していた若者たちだった。

そこではおぞましい戦争犯罪が行われたのであり、ハマスが主張する「正当なる抵抗運動」に伴う「巻き添え被害」として正当化することはできない。また、共感を排除し、流血行為を正当化するイスラム過激派の狂信的イデオロギーも決して無視することはできない。

しかし、少なくとも75年にわたる紛争の血なまぐさい歴史と、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が率いる急進右派政権による占領政策、並びに無責任なエスカレーション戦略を背景に、ハマスによる攻撃はパレスチナ住民の多くの賛同を得た。ファタハとパレスチナ自治政府は何年も弱体化しており、支持率は低下している。

権利と義務

Map of Israel
Map of Israel

イスラエル政府は大規模な軍事行動と報復攻撃で対抗した。これは一方では予想されたことであり、世界のどの国もこのような攻撃に対して反応しなかったはずはない。しかし他方で、戦争は直ちに恐ろしい形でエスカレートし、これも残念ながら予想されたことであった。ガザ地区では現在、約2万7000人が命を落としている。イスラエル軍の砲撃により家族が全滅したケースもあった。

国際法上、イスラエルにはこのような攻撃に対応する権利があるが、すべての国には「相応の」行動をとる義務もある。脅威との関係において、あるいは定義された正当な戦争目的との関係において、何が「相応」であるかは、複雑な法的議論である。

しかし、たとえ「テロリスト」組織との戦いであっても、何万人もの民間人の犠牲を肩をすくめて受け入れることが正当化されるはずがないことは、ほぼ議論の余地がない。そして、文字通りガザ地区を破壊し、民間人の生活や食糧供給、医療制度を破壊する過剰な武力行使は、それ自体が戦争犯罪である。

端的に言えば、ハマスによる獣のような戦争犯罪に対して、イスラエルは戦争犯罪で応戦したのだ。そして、イスラエル政府の主要メンバーが、宗教戦争用語から、集団追放や「民族浄化」の下劣な空想まで、ひどいレトリックを駆使していることが、この問題をさらに悪化させている。

紛争の歴史が何十年もの間、双方に相手を加害者と見なし、自国側を被害者としか見なさない論拠を提供してきたように、ここ数カ月も同様である。パレスチナの人々はハマスの行動を抑圧に対する正当な反応と見なし、イスラエルの人々は過剰な(そして犯罪的な)軍事行動をテロに対する正当な反応と見なしている。

しかし、それこそが問題の本質なのだ。白黒をはっきりさせようとする人たちは、この紛争の複雑さを理解していない。ヨルダン川西岸地区では、右翼過激派のユダヤ人入植者や軍のメンバーによる恐ろしいポグロム(計画的な殺戮)があり、パレスチナ人の暴力的な追放や土地の収用がある。一方で、パレスチナ人民兵による、言語に絶する残酷な暴力行為もある。

しかし、世界はますますファンやフォロワーの声高なサポーター集団に分類されつつある。多くの社会では、これは明らかに自国の歴史とアイデンティティに関わることだ。より正確に言えば、複雑な現実が、国内の政治的な記憶という見かけの諸要件に適合させられているのだ。

操作戦略

ドイツとオーストリアは、明らかにイスラエル寄りの立場をとっている。それは両国にはナチス政権下でヨーロッパのユダヤ人に対するショア(ユダヤ人大虐殺)へとエスカレートした大量虐殺的反ユダヤ主義が席巻した歴史があるからだ。

Angela Merkel, Chancellor of the Federal Republic of Germany, chairperson of the CDU. /Armin Linnartz
Angela Merkel, Chancellor of the Federal Republic of Germany, chairperson of the CDU. /Armin Linnartz

アンゲラ・メルケル前首相は、イスラエルをドイツ国家の重要な要素であると宣言した。だからこそドイツでは、反ユダヤ主義やユダヤ人に対する脅威に対して強い感受性があり、すべてのユダヤ人にとって安全な「家」としてのイスラエル国家のアイデンティティが支持されているのである。

ドイツとオーストリアの極右勢力が今日のイスラエルを支持しているのは、一方ではイスラエルの敵が(現代のユダヤ人以上に彼らが憎んでいる)イスラム教徒だからであり、他方ではそれが「ナチス」であるという非難から自らを免れる最善の方法だからである。

加えて、イスラエルの右派、とりわけベンヤミン・ネタニヤフ首相と与党リクード党は、海外のユダヤ系右派ロビー団体と連携して、イスラエルの政策に対するほとんどすべての批判を「反ユダヤ的」として非難し、道徳的に排除しようとここ数十年努めてきた。

ドイツ語圏をはじめ、罪の意識が非常に強い一部の社会では、この工作戦略は功を奏している。誰も、道徳的に非難されるべき意見を持つ人間、つまり反ユダヤ主義者だと疑われるような目に自分を晒したくはないのだ。

ベルリン・アインシュタイン・センターのディレクターを務めるユダヤ・ドイツ系アメリカ人の知識人、スーザン・ニーマン氏は最近、『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』誌にエッセイを寄稿し、「ヒステリー」の特徴を帯びた「哲学的マッカーシズム」について言及した。

「ユダヤ人でないドイツ人が、ユダヤ人の作家、芸術家、活動家を反ユダヤ主義だと公然と非難する」までに事態は進んでいた。かつてジョセフ・マッカーシー上院議員が率いた戦後初期の『反米主義』糾弾キャンペーンのように、反対意見は封殺される。

極端な場合、これは奇妙な結果をもたらした。最も多様な意見を持つ大勢の人々が意見を交換するはずの会議が禁止されたのだ。ドイツのカッセル市では、インド人の美術評論家兼キュレーターが、「10月7日にハマスが放ったテロ」を「ひどい虐殺」と明確に非難したにもかかわらず、数年前にイスラエル・ボイコット請願書に署名していたことを理由に職を失った。

ベルリン市のある劇場は、オーストリア系イスラエル人の劇作家ヤエル・ローネン氏による、イスラエル系、パレスチナ系、シリア系の住民に加えて、東欧からの難民が共存するベルリン市の現在をコミカルに描いた戯曲『あの状況』をプログラムから外した。

イスラエルは、社会的意識の高まり(=Wokeness. 一部の人々が「過剰に正しい」と見なされる行動や、対話よりも非難を優先する傾向があるとして、「wokeness」が過度に政治化され、分断を招く原因になっているとの批判もある)」や他の類似テーマと同様、文化戦争における「引き金」となっている。批評家のハノ・ローテンベルク氏は最近、ハンブルクの週刊誌『ディ・ツァイト』に寄稿した論文の中で、イスラエルに関するドイツでの議論について「この文化戦争の特質は……何としてでも相手を誤解させようとしている点だ。たった一言でも言い間違えれば、あるいはたった一言でも言いそびれれば、あなたは言論的に断罪されると脅迫されるのだ。」と述べている。

イスラエルの特定の政策に対して、単なる反ユダヤ主義的なニュアンス以上の批判があることは間違いないが、ほとんどの場合、この批判は現実離れしている。その結果、ドイツの世論は奇妙なことに、イスラエル国内の世論そのものよりもずっと『親イスラエル』的になっている。

善と悪、抑圧者と被抑圧者

ドイツ語圏における言説に一方的なものがあるとすれば、それはトルコ、イラン、ヨルダン、インドネシアといったイスラム諸国やアラブ諸国だけでなく、世界の他の地域にも確かに存在する。

米国や英国、その他の社会では、一般市民や左派の学識経験者のかなりの部分が、自分たちの一方的な考えを助長している。イスラエルとパレスチナの紛争は、帝国主義や植民地主義というカテゴリーで説明されるが、それはほとんど当てはまらない。

「ポストコロニアル」左派の中には非常に刺激的で生産的な新しい知的地平を切り開く理論も見受けられるが、それを先鋭化させ、複雑な問題を極端な善悪の二元論で単純化してしまっている。世界は抑圧する側と抑圧される側に分けられ、この単純思考の世界観では、「抑圧される側」として認識される側が常に正しいことになっている。これによれば、抑圧者は被抑圧者の経験を理解することさえできないのだから、常に被抑圧者が正しいと証明されなければならない。

この世界観からは、パレスチナ人は黒人/「有色人種」であり、ユダヤ人は白人であり、イスラエルは「アメリカ帝国主義」の象徴ということになる。ハマスのすることすべてが正しいとは思えないとしても、抑圧体制に対する被抑圧者の抵抗の真の表現として、それはより高次の意味で「正しい」ということになってしまう。一方、イスラエルは『入植者植民地主義』のプロジェクトであるとみなされる。

この視点に立てば、自由な討論という考え方は支配権力を支えるためだけに生み出された「ブルジョア・イデオロギー」であるため、反対意見は委縮させられ、必要であれば罵倒されるべきものとなる、 なぜなら、何が「言える」とされ、何が「言えない」とされるかは、権力の影響にすぎないからである。

ドイツと同様、イスラエルへの批判は「反ユダヤ主義」のレッテルを貼られ、道徳的に非難される、従って、イスラエルの生存権を擁護することは、「人種差別」の表現として排除されるのだ。

このような独断専行の中で、世界中が狂ってしまったかのような印象を受ける。ドイツがイスラエルを無条件に支持する背景には、絶滅主義的反ユダヤ主義が猛威を振るった自国の歴史に対する罪悪感があるが、米国や英国などの言説もまた、人種差別、先住民の大量虐殺、黒人の奴隷化、帝国主義的搾取、植民地的抑圧と搾取といった自国の歴史に対する罪悪感に特徴づけられている。ここでは現実の断片は恣意的に利用され、自分自身の記憶の政治学に押し込められる。

たいていの場合、このようなことは、現実のパレスチナ人や現実のイスラエル人とはあまり関係がなく、自分が何者であり、何者でありたいか、つまり、世界とその中の自分自身をどのように見たいかということである。反ユダヤ主義、あるいは人種差別や植民地主義に反対する英雄的な闘士を装う一方で、現実の外的な環境はせいぜい、こうした自己を見せるための小道具に過ぎない。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau

ロベルト・ミシック、作家、エッセイスト。『Die Zeit』『Die Tageszeitung』など多くのドイツ語新聞や雑誌に寄稿。

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アフリカのクーデター:国連の紛争予防努力に課題

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジョーダン・ライアン】

この3年にアフリカで相次いだ軍事クーデターは、国連が紛争予防のために一貫性のある行動を取ってこなかったことを露呈している。西アフリカと中央アフリカにおける民主化移行の流れは、立て続けに発生した7回のクーデターにより突如として断ち切られた。これらのクーデターは、民主主義を弱体化させるとともに、国連が「暴力を未然に防ぐ」という重要な使命を果たし得ていないことを示している。(

このような失態の原因は、最近の国連の内部調査で究明されている。そのような調査の一つによると、国連内部や国連機関間における分析の連携、情報の共有、活動の動員に機能不全が明らかになった。国連本部のバラバラな官僚組織は、支援対象国から得た情報に合わせて作成した行動計画に従うのではなく、断片的なアジェンダを追求することが多い。この内部調査では、スーダンのような国々に差し迫っている情勢不安に対処する“ツールキット”が国連に欠如しているとの結論が出され、その後スーダンではクーデターが発生した。

国連職員や国連機関がより密接に協力して危機を予防することができないというこのような状況は、30年にわたって歴代事務総長が国連の統合強化を求める指令を出してきたことを考えると、驚くべきことである。根強い分断が続いている。開発、人道問題、人権問題、政治問題を扱う各組織の仕事は、自分の担当分野だけに陥りがちである。国連が自慢する紛争予防は、大部分は紙の上に存在する。

重大な危機が勃発したとき、COVID-19やハイチ地震の際にそうであったように、国連は迅速に対応することができる。COVID-19の際は、ワクチンへの公平なアクセスを確保するために包括的な公衆衛生対応を動員した。ハイチ地震の後、国連は緊急救援活動を調整した。短期間とはいえ、これらの調整された対応は、必要なときに国連は統一的な危機管理ができることを示している。

しかし、各国の国内に生じるストレスを予測し、危機が悪化する前に早期の対策を講じることは、国連の得意とするところではない。紛争が勃発するはるか前に、貧困、統治の失敗、気候影響、その他の要因によって情勢不安が進行していることはよくある。重大な危機が浮上したときには、有効な予防措置を講じるには遅すぎるのである。国連は、リスク分析と早期介入の機能を強化しなければならない。また、アフリカ連合や西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)のような地域機関のほうが現地のダイナミクスへのアクセスや理解に優れていることが多いため、これらの機関とも、より密接な調整を行うべきである。

幸いなことに、最近の内部調査では今後の道筋が示されている。国連の平和構築支援事務局に対する評価では、「予防に重点を置く」ことが提案された。そのためには、根本原因を分析し、早期対応のためにその結果を迅速に共有する機能を強化する必要がある。予防努力によって、人命を救い、費用を節約することができる。世界銀行は、予防のために投資される1ドルは後の費用16ドルを削減すると見積もっている。

同様に、アントニオ・グテーレス事務総長の「平和のための新たなアジェンダ」は、国ごとに紛争予防戦略を策定するよう訴えている。このアジェンダでは、「予防を政治的優先課題として」表現しており、国連を「世界的な予防努力の卓越したハブ」と見なしている。

この概念を現実にしていくためには、具体的な改革が必要である。合同のフィールド分析班、スタッフ交流、フレキシブルな地域事務所といった施策によって、個別ケースに合わせた早期の行動が可能になるだろう。安全保障理事会の支援があれば、情勢不安が暴力に発展する前に抑止することができる。

最も重要な点は、安全保障理事会が、紛争勃発後の軍事的な危機管理だけでなく、政治的戦略をもち、予防に重点を置いた平和活動を支援しなければならないことである。紛争を予防するには、ガバナンス改革、不平等の削減、気候影響の管理を通して、紛争の根本原因に対処する必要がある。

 世界的に情勢不安が拡大するなか、国連は、分断化した通常のやり方にしがみついてはいられない。紛争予防の失敗が続くなら、平和構築努力もしかりであり、ますます多くの国が危機に飲み込まれるだろう。

予防活動を再び強化することによって、国連は、各国が平和を維持し、クーデターを乗り越え、開発の足を引っ張る暴力的紛争を終わらせるため、力を発揮する機会を最大にすることができる。何もしないことの代償はあまりにも大きい。改革の時は今である。

ジョーダン・ライアンは、Folke Bernadotte Academyの上級顧問であり、The Carter Centerの元平和担当副所長である。事務総長室の委託により、国連の統合状況に関するレビューの筆頭執筆者を務めた。2009~2014年に国連事務次長補兼国連開発計画(UNDP)総裁補。また、リベリア担当特別副代表、ベトナム常駐調整官を歴任した。コロンビア大学とジョージ・ワシントン大学で大学院を修了、イェール大学で学士号を取得した。ハーバード大学ケネディスクールの研究員であった。

INPS Japan

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【シュヤムナガール、バングラデシュ)IDN=ラフィクル・イスラム・モントゥ】

この新しい水稲品種は「シャルラータ」と呼ばれている。この水稲は塩害に強く、通常の風にも耐え、肥料や農薬を使わなくてもよく収穫できる。また、種子の保存も容易である。このような理由から、「シャルラータ」は農家から農家へと急速に広がっている。昨シーズン、収穫量も良好だった。

バングラデシュ南西部沿岸サトキラ地区シュヤムナガール行政区画チャンディプール村の農民ディリプ・チャンドラ・タラフダール(45)さんは、災害に強いこの種類の水稲(モンスーン期チャルラタ米)を開発した。この稲の植え付けは6月の最終週から始まり、収穫は11~12月にかけて行われる。

SDGs Goal No. 13
SDGs Goal No. 13

タラフダールさん自身、水稲栽植で何度も危機に直面してきた。この地域は塩分濃度が高いため、田んぼの表面が乾燥してしまうのだ。この災害は籾に甚大な被害をもたらし、期待された収量は得られなかった。この危機への対処を迫られたタラフダールさんは、地元の2種類の稲を交配する方法で、新しい災害耐性のある米の品種を発明したのである。

なぜ新品種を開発する必要があったのか? タラフダールさんはこう話す。「かつて、私たちの祖先は田んぼに稲を植えると、稲穂が熟して刈り取るまで田んぼで他にすることはありませんでした。しかし、今では稲を植えた後に多くの問題に直面しています—水位の上昇、強風の問題、害虫の被害もあります。私たちは、かつて祖先が植えた災害に強い種類の稲を取り戻すために、新しい交配法を開発しました。期待していた結果を得ています。」

新種の稲と在来種の違いは何だろうか? 「この稲は水害や塩害にも強い。また穂先が非常に固く強い風にも耐えられるのです。シュヤムナガールは災害の多い地域です。だからこの品種はこの地域に合っています。ここの田んぼでは、33デシマル(訳注:バングラデシュ、インドにおける旧来からの土地の単位)あたり最大840キログラムのコメが獲れます。対照的に、在来種では同じ面積の土地あたり400キロも獲れません。だからこの品種が農家の間で人気があるのです。」とタラフダールさんは語った。

災害のリスクにさらされる農業

タラフダールさんと同じように、この地域の農民は水稲栽培で複数の困難に直面している。この地域の地下水は塩分を含んでいる。そのため、ボロ・シーズン(乾期)には水稲を栽培できない。雨季には在来種のコメを育てることで収入の不足を補おうとするが、そこにはさまざまな困難が待ち受けている。市場から買ってきた種ではよく育たない。十分な肥料や殺虫剤をまいても十分な収穫が得られない。2~3年の収穫の後には、蓄蔵しておいた種の質は悪化している。

シュヤムナガール地域農業局のエナムル・ハク氏は、「災害の多いこの地域の農民は、地元の稲の種子を保存し、稲の新品種を発明するという素晴らしい仕事をしてきました。彼らの働きは、災害に直面しても農業を維持するのに役立っています。農民たちが発明したいくつかの品種は、バングラデシュ稲研究所に送られました。そこから成果を得るには、少なくとも10年はかかります。」と語った。

バングラデシュ南西沿岸部のシュヤムナガールなどの地区の農民は、稲の収穫に関しては自然災害が大きな問題になっているという。サイクロンが頻発し塩害が激しくなっているため、多くの農民が農業を辞めている。2009年のサイクロン「アイラ」の後、土地の塩分濃度が上昇した。その結果、多くの農民が耕作に助けを必要としている。2007年のサイクロン「シドル」と20年のサイクロン「アンファン」は、この地域の農作物に深刻な被害をもたらした。しかし、かつてこの地域の土地は、水稲を含むさまざまな作物で非常に豊かな土地だった。

クルナ地区のコリャ、ダコップ、パイガッチャ、それにサトキラ地区のアサシュニ、シュヤムナガールでは土地の性質が変わってしまった。国際組織「実践的なアクション」の調査によると、1995年から2015年までの20年間で、これら5つの行政区画の農業用地は7万8017エーカー減ってしまった。他方で、塩水によってエビを育てる土地は11万3069エーカー増えた。

世界銀行の『河川の塩化現象と気候変動:バングラデシュからの報告』によると、2050年までに、バングラデシュ19地区の148の行政区画のうち10区画の川で塩害が生じることになるという。サトキラ地区のシャヤムナガール、アサシュニ、カリガンジ、クルナ地区のバティアガタ、ダコップ、ドゥムリア、コリャ、パイガッチャ、バゲラート地区のモングラ、パトゥアカリ地区がそうである。

世界銀行の研究チームの一員で気候問題の専門家アイヌン・ニッシャット博士はこう述べる。「この地域の川の水の塩分は徐々に多くなっている。塩水の浸入や洪水は問題を引き起こしている。土地で耕作ができなくなれば人々は移住することだろう。この地域の土地利用は今すぐ変更すべきだ。塩害に強い品種の開発や、最新技術を農民が今すぐ利用できるようにすべきだ」。

土壌資源研究所(SRDI)のデータによると、クルナの耕作可能な土地の89%が塩害地である。加えて、塩水の浸入が激しいために、乾季に灌漑用水が足りなくなり、沿岸地域では耕作放棄するところも出てきている。塩害がひどくなると、沿岸地域の住民は農業から撤退せざるをえなくなる。

農民たちは、気候変動や自然災害から水稲栽培を守るため、率先して水稲の種子を保存している。彼らは、自分たちの必要性に応じて品種改良を行い、様々な米の品種を生み出している。

農家は自らの必要から「コメ博士」になった

Map of Bangladesh
Map of Bangladesh

ハヤバトプールはシュヤムナガール行政区画にきわめて近い村である。この村のシェイク・シラジュル・イスラムさんは自宅にコメ研究センターを設置した。ここでは、交配によってさまざまな品種の米が開発されている。他の稲との交配によって、栽培に適した「ダンシ」という品種を開発しようとしている。それ以前にも、彼は「ソハグ4」「セバ」という2つの品種を作り出した。

地元品種は、シャムナガルにある非政府研究組織「バングラデシュ先住民知識リソースセンター(BARCIK)」の事務所でも開発が進んでいる。BARCIKは、稲の種の保存や、稲の品種を開発するための技術支援を行っている。BARCIKによれば、農民たちは35品種の米を開発したという。そのほとんどはまだ実地試験段階である。地元の稲の種は約200品種保存されている。農民を支援するために「種子バンク」が設立された。

農民のスシャント・マンダル(38)氏は、「かつて、この地域では豊かな稲作の収穫がありました。私たちは水稲栽培から農家の年間食糧の大部分を確保できたものです。」と語った。(原文へ

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オッペンハイマーの共同伝記作家カイ・バード氏、ネパール文学祭を前にネパーリ・タイムズ紙に語る

【カトマンズNepali Times】

The Nepali Times
The Nepali Times

カイ・バード氏の父は米国の外交官で、幼少期をさまざまな赴任地で過ごした。 インドの寄宿学校を卒業後、ジャーナリズムを専攻し、昨年公開された映画『オッペンハイマー』原案となった『オッペンハイマー:「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』をはじめ、『グッドスパイ:ロバートエイムズの生と死』(2014年)、『はぐれ者/ジミー・カーターの未完の大統領職』(2021年)等を執筆したノンフィクション作家である。

バード氏は何度もネパールを訪れ、2007年から11年までネパールに滞在した。彼は2月17日にポカラで開催されるネパール文学フェスティバルで講演する予定で、今週カトマンズに到着後、ネパーリ・タイムズの取材に応じた:

ネパーリ・タイムズ: あなたはコダイカナルの学校で学び、インド亜大陸でジャーナリストとしてのキャリアを始め、ネパールで数年を過ごしました。その後もこの地域に何度も足を運ばれていますが、その理由を教えてください。

カイ・バード氏:南アジア、特にネパールに親近感を抱いているのは、コダイカナルで学び、列車の3等車両でインド中を旅し、妻のスーザン・ゴールドマークとフリーランスのジャーナリストとして自分のキャリアをスタートした若き日の経験があるからです。私はこの地域の複雑さ、混沌、不確実性、絶え間ない驚きが大好きです。また、この地域の食べ物、色、匂い、そして古代と現代が混在している雰囲気にも大いに惹かれます。

ネパーリ・タイムズ:あなたは、バンディ兄弟、ロバート・エイムズ、ジミー・カーター、オッペンハイマーについての本を執筆しています。伝記に惹かれる理由と、他のノンフィクションのリサーチや執筆との違いは何ですか?

バード氏:30歳のジャーナリストだった私は、本を書いてみたいと思い立ち、偶然伝記の世界に足を踏み入れました。題材はウォール街の敏腕弁護士ジョン・J・マクロイ氏で、当初は2年かかると思っていましたが、最終的には10年かかって800ページの伝記を書き上げました。私は公文書館をはじめ取材で様々な資料を調べる工程が宝探しのようで夢中になりました。ノンフィクションは、週刊誌のジャーナリズムよりもずっと困難な作業ですが、それ以上にやりがいを感じたのです。伝記は、複雑な歴史を伝えるのに最適な手段だと思います。ストーリーテリングであり、ほとんど小説のようです。しかし、小説であるならば、それは何百、何千もの脚注を伴う小説と言えるでしょう。また、別の人物の人生についての物語であるため、作品は極めて個人的で身近なものになります。そしてその過程で、歴史の教科書よりもずっと深く歴史を学ぶことができるのです。

ネパーリ・タイムズ:あなたの伝記には共同執筆のものもありますが、それはどのようなものですか?どのように役割を分担しているのですか?

バード氏:たしかに共著は難しい作業です。最初の伝記作品もそうでしたが、8年後に共著者と決別しました。伝記作家には、他の作家と同じように大きなエゴがあるものです。だから実は、マーティ・シャーウィン氏が、すでに20年を費やしていたオッペンハイマーの伝記プロジェクトに参加しないかと誘ってきたとき、私は躊躇しました。私は当初、伝記をめぐって友情を危険にさらすことはできないとマーティに言いました。すると彼は笑って、結局は私は説得されました。このパートナーシップは非常に成功し、とても楽しかった。マーティは当初主に資料の調査に専念していました。その後、私がオッペンハイマーの子供時代の草稿を書き始めると、それに刺激されたのか、彼もついに書き始めました。私たちは何度も行き来し、お互いの原稿を交換し互いに書き直しました。協力はかなり円滑なものになりました。

ネパーリ・タイムズ:『オッペンハイマー:「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』でオッペンハイマーについての共同執筆を選んだ主な理由は何ですか?

バード氏:オッペンハイマーの伝記は、原子時代を理解する上で非常に重要な物語であり、私たちは常にこの時代と向き合っていかなければなりません……オッペンハイマーは人類に原子の火を与え、世界を永遠に変えてしまいました。何十年も核兵器とともに生きてきた人類が、あまりにも現状に甘んじてしまっていることを、私は危惧しています。核兵器の脅威の陰で私たちが生活している現状は未だ進行形であり、最悪の結末(=核爆発による人類滅亡)を迎える可能性もあるのです。しかし、オッペンハイマーの生涯は、科学者でありながら公共の知識人としての役割を果たしたこともあり、今日の私たちに様々な示唆を与えています。今日の世界は、科学技術に溢れています。人工知能(AI)の出現によって、人類は再び新たな 「オッペンハイマーの瞬間(=新たな技術による人類滅亡の危機)」に直面しています。そして私たちは、この新たな技術に適応するためにどのような選択肢があるのかを説明できる、思慮深く明晰な科学者を必要としているのです。

ネパーリ・タイムズ:今日、世界の民主主義国で、オッペンハイマーが受けたようなマッカーシズム(魔女狩り)が再現されていると感じますか?

バード氏:はい、もちろんです。オッペンハイマーの伝記には、(今日でいえば)ドナルド・トランプのような分裂政治の台頭が描かれています。オッペンハイマーは、第二次世界大戦後、全米を席巻したジョセフ・マッカーシー上院議員による共産主義者(赤)狩りの犠牲となった代表的な著名人の一人となった。そして今日、世界中で、テクノロジーとグローバル化によって、圧迫されている少数民族や、宗教的マイノリティ、移民・労働者らに対する同様の排外主義が起きているようだ。それは不安に煽られた被害妄想の政治であり、反知性主義の糧となっています。多くの人々にとって、世界はあまりにも速く変化しているのかもしれません。そして、変化のペースが人々を狭量にさせています。科学的専門知識を尊重する代わりに、一部の人々は科学者や知識人を悪魔化しようとします。これは集団としての人類の概念を損ないます。私たちは、グローバリゼーションとテクノロジーが、何億人もの人々を中流階級に押し上げたことを認識すべきです。

The atomic bomb dome at the Hiroshima Peace Memorial Park in Japan was designated a UNESCO World Heritage Site in 1996. Credit: Freedom II Andres_Imahinasyon/CC-BY-2.0
The atomic bomb dome at the Hiroshima Peace Memorial Park in Japan was designated a UNESCO World Heritage Site in 1996. Credit: Freedom II Andres_Imahinasyon/CC-BY-2.0

核兵器の恐ろしさを認識しつつ核軍拡競争とのバランスをどうとるかという、オッペンハイマーが苦悩したジレンマは、今日こそ、かつてないほど重要な意味をもっているように思われるのです。

広島への原爆投下から僅か3ヵ月後、オッペンハイマーはこれらの新兵器は「邪悪」であり、「侵略者のための兵器であり、恐怖の兵器」であると警告しました。彼はまた、どんなに貧しい国でも、どこの国でも原子兵器を開発できるだろうと予言しました。こうして現在、米国、英国、フランスだけでなく、中国、北朝鮮、インド、パキスタン、イスラエル、そしておそらく近い未来イランが核武装することになるでしょう。嘆かわしいことに、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナで戦術核兵器を使用すると脅しています。私たちは非常に危険な世界に生きているのです。

ネパーリ・タイムズ:映画『オッペンハイマー』の公開が世界各地で紛争が勃発している時期と重なったことで、映画公開後、あなたの本のテーマに対する関心が再び高まっているのでしょうか?

Oppenheimer poster/The Nepali Times
Oppenheimer poster/The Nepali Times

バード氏:クリストファー・ノーラン監督が映画『オッペンハイマー』の撮影を2022年2月に開始したのは、偶然にも、ロシアがウクライナに侵攻したのと同じ月でした。しかし、このストーリーは世界中の人々の共感を呼び、特に核兵器の危険性についてあまり考えたことのない若い世代の共感を呼んだと思います。

ネパーリ・タイムズ:映画『オッペンハイマー』は、そのデリケートなテーマゆえに、今年ようやく日本でも公開されることになりました。しかし、2008年に出版された原作の本自体は、日本でどのように受け止められましたか?

バード氏:『オッペンハイマー:「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇(American Prometheus: The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer)』(2005年米国で刊行)の日本語版全2巻がありましたが、映画『オッペンハイマー』が全世界で公開されるまで、売れ行きは今ひとつでした。おっしゃるとおり、映画は今月初めて日本で公開されます。

ネパーリ・タイムズ:あなたはかつて紛争時代にネパールで暮らし、この度、ポカラで開催される文学祭で講演するために戻ってこられました。ネパールの印象はいかがですか?

バード氏:私が初めてネパールを訪れたのは1969年、観光で1週間の短い滞在でした。まだ18歳にもなっておらず、大学に通うために米国に戻る途中でした。その後、1973年に数カ月、76年と80年に再びネパールを訪れました。そして、妻が世界銀行のカントリー・ディレクターとしてネパールに赴任していた2007年から11年まで、私はここに戻って住みました。また、2015年には地震の直前に数週間カトマンズを訪れました。そして今、また1週間ほど戻ってきました。この数十年でネパールは大きく変わりました。ネパールはまだ混沌とした場所ですが、美しい国であり、この9年間で起こった変化に私は驚いています。(原文へ

INPS Japan/Nepali Times

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|ジンバブエ|家禽・家畜の飼育で気候変動を生き延びる

【ハラレIDN=ファライ・ショーン・マティアシェ】

10年前、ピーター・マンガナさんの作物は干ばつにやられてしまい途方に暮れた。ジンバブエ南部ムウェネジ郡のバシキティ村で彼は家族を養うのに苦労していた。

49歳のマンガナさんはのちに、自身の問題は気候変動が原因であることに気づき、生きるためにもっと賢くならなければならない、と考えた。

SDGs Goal No. 1
SDGs Goal No. 1

ムウェネジ開発研修センター(MDTC)などの地域の非政府組織の支援を得て、彼は家禽の飼育と干ばつに強い伝統的な穀物の栽培に乗り出した。

家禽飼育や干ばつに強い作物の栽培は今回が初めてではない。しかし彼は、最小限のことしかしてこなかったので、地域で気候変動に対処するためにそれが重要であることに気づいていなかった。

知識とスキルを身につけたマンガナさんはいま、家畜の飼育とミレット(雑穀)やナッツ、カウピー(ササゲ)、バンバラ豆などの伝統的な穀物の栽培に全力投入している。

「20羽の放し飼いのボシュベルド鶏から始めました。鶏を飼うのは初めてです。鶏を飼っておくとアドバイスされました。餌の与え方やワクチン接種の方法、また、市場とのつながりについても教えてくれました。卵や鶏肉を売って生計を立てられるとは、考えたこともありませんでした。今では村には、生産者が少額で利用できる孵化施設もあります。」とマンガナさんは語った。

孵化施設の利用料は施設修繕の際に使用されることになるという。

気候変動

ジンバブエは過去10年間、気候変動の影響を受けており、洪水や干ばつが農作物に大打撃を与え、首都ハラレから約464キロ離れたムウェネジ村を含む国中で多くの人々が飢餓に瀕している。

夏には気温が40度を超すこともある。

政府は、エルニーニョ現象により今年は干ばつが起きる可能性があると農民に警告している。

2023~24年の農期には雨が降る時期が遅れる可能性があり、マタベレランド地方の家畜は脱水症状と飢えで死んだ。

マンガナさんは、自身の畑で取れた穀物を鶏に飼料として与える予定だと語った。

「畑で採れたものをニワトリたちにあげるから、飼料を買う必要はありません。畑の作物をカルシウムから脂質、ビタミンなど、すべての栄養素を摂取できる飼料を使うようにしなければなりません。」

「餌やりはきわめて重要です。餌を正しく与えれば、卵の殻は固くならず、孵化しやすくなります。通常だと卵は1週間でかえります。たとえば、ナッツやヒマワリなら脂質が取れるのです。」

「家畜飼育において、手元で利用可能で効果的な資源を使うことでコストを最小化することが重要です。」と、マンガナさんは語った。

「私は獣医からワクチンを購入していますが、放し飼いのボッシュベル鶏へのワクチン接種には、土着の知識を利用しています。土着の樹木の樹皮を水と混ぜて、ウイルスを治療する溶剤を作るんです」とマンガナさんは語った。

ミレットのような伝統的な穀物は干ばつに強く、農家は雨が降っても豊作になる。

伝統的作物

ジンバブエ政府は全土で伝統的作物を育てることを推奨している。また、零細農家に対しては、伝統的な農作物に関する知識や技術的アドバイスまで提供している。

政府は、2023年12月にドバイで開かれた国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)のジンバブエパビリオンで、同国の伝統的な穀物を展示した。

気候変動に強いこの農業は、ジンバブエ国民に十分な食料を供給する上でカギを握っている。

マンガナさんは、当初はボシュベルド鶏20羽からスタートしたが、現在では100羽を飼育している。ひよこや卵、鶏を同業者や村人に売り、町の市場で売ることで生計を立てている。

「鶏は6カ月から7カ月になったら売れます。そのお金で家族に必要なものを買います。干ばつの時も鶏の収益が役に立ちます。学費を払ったり、学校に通う子供たちの文房具を買ったりしています。」とマンガナさんは語った。

「家族には育てた卵や鶏も提供できます。このプロジェクトのお陰で腹をすかして眠りにつくことはなくなりました。」

マンガナさんの取り組みは、米国国際開発庁(USAID)が世界食糧計画(WFP)を通じて資金提供し、ムウェネジ、マスビンゴ、チレジの各地区でMDCTなどのさまざまなNGOが実行する「ザンブコ生計プログラム」と呼ばれる事業によって支援を受けている。

Map of Zimbabwe
Map of Zimbabwe

ムウェネジ県バシキティ村の零細農家、エニタ・チマンゲさんは、「干ばつの時期には家禽や家畜の飼育でなんとかやりくりできています。」と語った。

47歳になるチマンゲさんは、農民仲間と研修ワークショップで得た知識をもとに、高層のヤギ用シェルターを建設した。

「かつてこの地域では、夜間にハイエナがヤギを食い荒らすという問題がありました。でも、安全なシェルターができたので、それは過去の話となりました。」「今では家族の食料や衣類といった必需品を買うためにヤギの一部を売って現金を得ています。」と、20頭以上のヤギを飼っているチマンゲさんは語った。(原文へ

*ボシュベルド鶏は、南アフリカで開発された耐病性に優れ、厳しい環境でも生き残ることができる鶏の品種。

INPS Japan

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性差から見る気候と紛争の関係

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=トビアス・イデ】

この数年、気候変動がもたらす安全保障上の影響が重大な政治課題として浮上している。例えば、国連安全保障理事会は2023年2月、海面上昇に伴うリスクについて議論を行った。同様に、女性・平和・安全保障の課題は、多くの国連機関、各国外務省、援助機関、NGOの垣根を超えた課題である。また、いずれの主題領域についても、詳細な研究がいっそう進められている。平和と紛争における女性の役割は、政治科学研究において顕著に取り上げられており、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新報告書では、気候関連の紛争リスクがさまざまな章で論じられている。(

これまでのところ、気候変動と紛争に関する論議、そして女性・平和・紛争をめぐる議論は、おおむね別々の場でなされていると筆者は考えている。この二つのテーマに交わり合う部分が多くあることを認識し、互いの取り組みを補強し合うどころか、両問題の専門家の間にはほとんど交流がない。国連モナシュ大学による報告のような注目すべき例外は極めて少なく、また、依然として人間の安全保障に強く力点を置いている。

しかし、これまでの限られた研究や議論からでも、明白なことが一つある。ジェンダーは、気候と紛争の関係の重要な側面であるということだ。

例えば、筆者の最近の研究では、反政府グループに女性メンバーが多い場合、気候関連災害の後に暴力がエスカレートする可能性がより高く、戦闘を縮小する可能性がより低いことが分かった。その理由は、女性が追加的な労働力と戦闘力を提供するからである。また、民間人との関係構築(災害後に反政府勢力が支援を頼る可能性がある)や情報収集(災害後の急速に変化する状況において鍵となる)といった特定任務の遂行において、女性はしばしば男性より力を発揮する。例えば、2004年のインド洋津波の後、タミル・イーラム解放の虎(LTTE)はスリランカ政府への攻撃を強めた。大きな理由は、情報収集役と、死亡した男性戦闘員に代わる要員に女性メンバーを頼ることができたからである。2010年の洪水で同様の状況にあったパキスタン・タリバン運動は、女性メンバーを認めておらず、資源と人的(女性)パワーの欠如のために戦闘規模を縮小した。

同様に、チャドのような国では、コミュニティーや家庭で気候変動に対するレジリエンスを構築するうえで、女性は極めて重要な役割を果たしている。例えば、追加の食料を庭で育てる、地元の水資源を管理する、あるいは異常気象の後に医療を提供するなどである。同時に、気候変動の影響は女性たちのこうした働きを低下させる。例えば、出て行く男性に代わって追加の仕事を引き受けなければならない、あるいは水や薪を手に入れるために長い距離を歩かなければならないといった場合である。このように、ジェンダーによる労働分担と気候変動の影響は、女性が気候回復力を作りだし、地域開発を促進する働きを低下させる。そして、回復力の低さや気候変動による生計への悪影響は、虐げられ、絶望的になった人々がボコ・ハラムのような過激派集団に加わる傾向をいっそう強める恐れがある。そのような集団は収入を与え、権力を握れば暮らしを良くしてやるという(多くの場合は内実のない)約束を与える。

しかし、ジェンダーとは、ただ女性を参画させればいいという問題ではない。ジェンダーとは、「男性」または「女性」であることに伴う社会的な規範、期待、力関係である。ケニア北部では、コミュニティー間の家畜略奪とそれに伴う暴力紛争が大きな安全保障リスクとなっている。気候変動は、肥沃な土地と水をめぐる争いや干ばつ期の牧畜民の移動パターンの変化により、これらの紛争を激化させる可能性がある。しかし、これらの紛争は性差による役割とも深く関係している。男性は、結婚するために資金を支払い、社会の成人構成員と見なされることが期待されている。家畜略奪は、結婚資金を得る一つの機会なのである。また、これらの社会では、優れた戦士であることが男性の魅力や家族を養う能力を示すものと見なされており、女性は暴力的な家畜略奪に加わることを拒否する男性をばかにすると報告されている。同じような力学が、ナイジェリア南スーダンウガンダの牧畜民コミュニティーでも起こっている。そのため、これらの地域で発生する牧畜民の紛争は本質的に政治経済的闘争であり、気候変動によって激化しているが、根本的にはジェンダー規範によって引き起こされているのである。

今後、ジェンダー専門家と気候専門家が平和と紛争の分野で協力を行えば、さらに多くの知見、事例、優れた実践が生まれるだろう。例えば、家父長制的なジェンダー規範(女性の主体性と土地を入手する権利を制限し、それゆえに彼女たちの不満を高めるもの)と異常気象(女性の生計手段を損なうもの)はいずれも、女性たちが武装グループに加わる動機になる可能性がある。従って、ジェンダー規範の変容「だけ」あるいは生計手段の保証「だけ」を目指す政策は、それらを組み合わせ、統合しない限り、反政府集団のリクルートを抑制するには十分ではないだろう。そのような洞察を実現し、十分な政策対応を策定するために、学者と実務家がそれぞれの縦割りの快適領域から抜け出て、ジェンダー、気候、紛争について統合的見地から話し合いを始める必要がある。

トビアス・イデは、マードック大学(オーストラリア・パース)で政治・政策学講師、ブラウンシュバイク工科大学で国際関係学特任准教授を務めている。環境、気候変動、平和、紛争、安全保障が交わる分野の幅広いテーマについて、Global Environmental Change、 International Affairs、 Journal of Peace Research、 Nature Climate Change、 World Developmentなどの学術誌に論文を発表している。また、Environmental Peacebuilding Associationの理事も務めている。

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2024年の主要優先課題: グテーレス事務総長、世界平和推進における国連の役割を強調

【国連ATN(American Television Network)】

アントニオ・グテーレス国連事務総長は、総会での演説で世界の指導者たちに厳しいメッセージを発し、平和と持続可能な開発の緊急の必要性を強調した。

紛争の激化、不平等の深刻化、環境の悪化を背景に、グテーレス事務総長は、こうした差し迫った世界的課題に対処するために加盟国が協力して行動する重要性を強調した。事務総長は、平和と安定の促進における国連の基本的役割を強調し、加盟国に対し、国連創設の理念を再確認するよう呼びかけた。

グテーレス事務総長は、国連安全保障理事会の実効性と代表性を高めるための改革など、2024年における一連の優先課題を説明した。また、若者を意思決定プロセスに有意義に関与させる必要性や、新たなテクノロジーがもたらす機会とリスクに対処するためのグローバル・デジタル・コンパクト(国連事務総長により2021年9月に提出された報告書「我々の共通の課題(Our Common Agenda)」中に記載された12のコミットメントのうちの一つ:INPSJ)の設立の必要性を強調した。

事務総長はまた、公海条約や気候正義に関するイニシアティブの進展など、最近の外交的成果を評価する一方で、世界各地で紛争や人道危機が続いていることにも注意を喚起した。ガザ、ウクライナ、サヘル、イエメンなど、紛争の影響を受けている地域の苦しみを和らげ、安定を回復するための迅速かつ果断な行動を求めた。

さらにグテーレス事務総長は、新型コロナウィルス感染症の世界的流行と地政学的緊張によって悪化した、発展途上国が直面している経済的課題に焦点を当てた。事務総長は、これらの国々の緊急のニーズに対処し、すべての人のための包括的で持続可能な開発を確保するために、国際的な支援を強化するよう呼びかけた。

気候変動がもたらす存亡の危機に直面し、グテーレス事務総長は、世界の指導者たちに対して排出量を削減し、再生可能エネルギーへの移行を加速させる努力を強化するよう促した。また、確固たる排出削減目標やクリーン・エネルギー・インフラへの投資拡大など、野心的な気候変動対策の必要性を強調した。

Photo: The UN General Assembly Hall. Credit: Manuel Elias/UN.
Photo: The UN General Assembly Hall. Credit: Manuel Elias/UN.

最後にグテーレス事務総長は、世界規模での平和、繁栄、持続可能性の推進に対する国連の揺るぎないコミットメントを改めて強調。国際社会に対し、こうした共通の目標を達成するために協力するよう呼びかけるとともに、今後の課題にはすべての利害関係者の一致団結した果断な行動が必要であることを強調した。

世界が無数の複雑な課題に取り組む中、グテーレス事務総長の演説は、来るべき世代のより平和で豊かな未来を形作る上で、多国間協力と集団行動が極めて重要であることを痛感させるものとなった。(原文へ

INPS Japan

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北朝鮮の核危機を打開する道はある

【ルンドIDN=ジョナサン・パワー】

昨年11月、事実上戦争状態にある北朝鮮と韓国の危険な軍拡競争は、さらに数段階引き上げられた。韓国は、2018年に北朝鮮との間で国境沿いでのすべての軍事演習を停止することに合意した安全保障協定を破棄すると発表した。

韓国は、北朝鮮が弾道ミサイル技術の使用を禁止する国連安全保障理事会決議に違反して軍事偵察衛星の打ち上げを決定したことに対する報復として、このような措置をとった。今年に入り、双方の言論戦はさらにエスカレートしている。1月23日の報道によれば、北朝鮮は南北統一を象徴する「祖国統一三大憲章記念塔」を取り壊した。

平和構築のイニシアチブは現れては消えている。ジョー・バイデン政権も、この取り組みにおけるパートナーである中国政府も、水面下で足踏みをしているように見える。

大統領選後すぐにバラク・オバマ大統領がドナルド・トランプ氏をホワイトハウスに呼んで何が話されたか、私たちは窺い知ることができない。しかし、知らされたことがひとつだけある。それは、オバマ大統領がトランプ氏に対して、彼が直面する問題の中で北朝鮮問題が最も緊急で最も難しい、と語ったということだ。それは今も変わらない。トランプ大統領は2018年、シンガポールで金正恩委員長と首脳会談を開催したが、実質的な進展はなかった。一方バイデン大統領は、この問題に着手さえしていない。

しかし端的に言えば、米国は好機を逸してしまった。済んでしまったことはしかたがないが、5人の歴代大統領(クリントン、ブッシュ、オバマ、トランプ、バイデン)が躊躇に躊躇を重ね、次々と機会を逃すうちに、北朝鮮は、核兵器を持っていない状態から、少なくとも40~50発の核兵器を保有する状態にまでなってきたのである。北朝鮮は現在、米国を攻撃できると言われる大陸間弾道ミサイルを数発保有している。専門家たちは、北朝鮮がこれらのロケットの先端に装着可能な核弾頭を小型化したと考えている。

西側の政治家の多くは異論を唱えるだろうが、ひとつだけ確かなことがある。つまり、米国が初期の合意を遵守していれば、北朝鮮が核保有国になることはなかったということだ。

ビル・クリントン政権は、北朝鮮がそれまで進めていた核開発プログラムを凍結して、より核拡散の恐れが少ない軽水炉に置き換え、段階的に米国と北朝鮮の関係を正常化していく「米朝枠組み合意」の下で交渉した。これに基づき、米国は北朝鮮に、電気しか製造できない軽水炉の建設を開始した。しばらくの間、北朝鮮はアジアで米国が援助を行う主要な相手だった。クリントン大統領が平壌に遣わせたオルブライト国務長官は現地で歓待を受けた。北朝鮮は態度を軟化させた。

ビル・クリントン大統領は退任直前、北朝鮮との協議がまとまる寸前だと考えていた。しかし、大統領任期の最終盤で、パレスチナに和平をもたらすと思われた重要なアラブ・イスラエル協議に力を入れざるを得なかった。(言うまでもなく、それは実現しなかった。)同時に、議会共和党は、北朝鮮との間ですでになされた合意を空文化させる努力に余念がなかった。

その後政権を引き継いだジョージ・W・ブッシュ大統領は、国務長官であり元統合参謀本部議長のコリン・パウエル氏や、ほとんどの政治学者・国際関係学者等の意見を無視して、全てをひっくりかえした(これはイラク戦争に踏み切るよりも悪い過ちだった)。北朝鮮はこうしてそれ以降、核兵器開発の作業を完遂することを決意したのだった。

米朝間の対立は不安定なものだ。米軍は、もし米軍が北朝鮮を攻撃すると、北朝鮮はその武器庫にある通常兵器のロケット弾を韓国に向けて発射し、飛行時間にしてわずか2、3分の距離にあるソウルを破壊することを知っている。

一方、北朝鮮が核弾頭を搭載したロケットを1発でも米国に向けて発射すれば、米世論の大多数が大規模な報復核攻撃を支持するであろうことを、北朝鮮軍は知っている。

ブッシュ大統領は、元統合参謀本部議長のコリン・パウエル国務長官や、政治学や国際関係の専門家らが、イラク戦争を開始するよりもさらに悪い政治判断だとして反対を表明したにもかかわらず、クリントン前政権の北朝鮮との対話路線を一蹴した。北朝鮮はそのとき初めて、核爆弾の製造作業を完了させることを決断した。

クリントン大統領の「米朝枠組み合意」の時代に時計を巻き戻すことはできないが、新たな枠組み合意をゆっくりとではあるが創り出すことはできる。しかしまずは、最終的にソ連を弱体化へと導いたのと同様の手法を用いて北朝鮮との関係を「改善する」ことが必要だ。それには、米国のサッカーチームやニューヨーク市バレエ団の定期訪問や、数学や政治学・人権を教えるハーバード大学のサテライトキャンパスの建設(中国の大学でやってきたこと)といったような、文化・教育・スポーツ面での交流が有効だろう。

そのうえで米国は、北朝鮮が本当に望んでいる2つのことに同意しなければならない。つまり一つ目は、1953年に休戦協定で終了したに過ぎない朝鮮戦争を正式に終結させるための平和条約に関する協議を開始すること。もう一つは、朝鮮半島周辺における米軍の軍事演習を制限することである。

罵り合いはもう必要ない。必要なのは、平和的解決の模索に乗り出すことだ。前向きであることは容易ではないが、結局のところ、前進と後退を繰り返した紆余曲折の年月を経て、重要なのは「情報に基づいた楽観主義(Informed Optimism)」なのだ。意志あるところに必ず道は開ける。そして今、多くの失敗を経て、私たちは進むべき道を知っている。残念ながら、現実的なことを言えば、共和党が米国の上下両院で少数派になるまでは実現しないだろう。そうでなければ、共和党は大統領主導のいかなる合意も妨害するだろう(原文へ

INPS Japan

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|タイ|子どもたちをスマホから遠ざけるための農場体験

【コンカエン(タイ)IDN=パッタマ・ビライラート】

ナリンティップさんは看護師として13年の経験を持ち、3歳と5歳の2児の母親でもある。夫は40歳で、ほとんどの時間を画面を見て過ごすユーチューバーだ。ナリンティップさんにとっては、インターネット漬けの夫の生活は心配の種で、子どもたちが夫の轍を踏むのではないかと気が気ではない。

彼女は子どもたちを携帯電話から遠ざけたかった。彼女は、携帯電話中毒の子どもは発育が遅く、長時間集中できなかったり注意散漫になる傾向があることをよく知っていた。

子供たちを屋外に連れ出し、野菜を植えたり、鶏に餌をやったり、砂や泥で遊んだり、水に飛び込んだり、庭で走り回ったりした。当初、彼女は子供たちの関心を携帯電話から自然に引き離すつもりだった。その後2017年、彼女は社会的企業であるファーム・バーンノーク・アカデミーを設立することで、その試みを実現した。

農場は、タイ北東部のコンケーン国際空港からわずか20分のところにある。子どもたちに持続可能な開発と人生にとって重要なスキルについて教える有機農場だ。

2023年の「スクリーン時間」(注:スマホやパソコン、ゲームなどの画面を眺めている時間のこと:INPSJ)の世界全体の平均は1日6時間58分であり、2013年より約50分長かった。子どもにセラピーを提供している米国の団体「クロスリバーセラピー」によると、0~2歳の子どもの半数がスマホをいじっているという。同時に、インドのビジネスデータ提供会社「デマンドセイジ」によると、タイ国民は1日平均5時間28分をスマホに費やしている。

インターネット利用と職業

IDNが2022年、タイ人のインターネット利用時間と職業の相関関係を調べたところ、公務員は1日平均11.7時間、次いで学生が8.57時間、フリーランスが7.4時間だった。

ナリンティップさんは、「6年前、自分の子どもをここに連れてきて畑を耕させました。この0.79エーカーの区画を自分たちで面倒見させたのです。子どもたちのお陰で、田んぼを耕していた自分の子ども時代のことを思い出すことができて、子どもたちにも都会で農村生活を送らせようと思ったのです。すべての活動をSNSに載せたところ、私の農場への関心が高まって、結局『バアノアク農場アカデミー』を立ち上げることになりました。」と語った。

彼女は看護師の仕事を辞め、子どもたちの健全な成長と「足るを知る経済」の推進に時間を捧げた。「 足るを知る経済」とは、タイの故プミポン国王が、あらゆるレベルでバランスのとれた安定した発展を実現するために提唱した理念である。

今日、タイの小学校では「足るを知る経済」という概念を教えている。「私たちの学校はコンケーン市内にあり、敷地も限られているため、子どもたちにタイの農業や『足るを知る経済』の哲学に沿った農業について教えるには十分なスペースがありません。ですから、私たちは生徒たちをバーナオク・アカデミーに連れて行き、国の基幹である農業体験をさせています。」とコンケーン市の小学校で教鞭をとるレウタイテップ・ブーンリトラクサ氏は語った。

農場には全部で14のステーションがあり、それぞれが自然教室として機能し、生徒や訪問者たちは家庭で応用できる新たなライフスキルを学ぶことができる。

Photo-2: Children build an earth house

ステーション1:ニワトリやアヒルの卵を集める。ニワトリ・アヒル・魚・ウサギ・ネズミにえさを与える。

ステーション2:光合成微生物のための有機野菜栽培

ステーション3:コンポストやミミズコンポスト(ミミズ堆肥)の製作。(リサイクル水ボトルハウスの項を参照)

ステーション4:携帯電話によって制御された菜園への自動水やり

ステーション5:土壁づくりと絵描き

ステーション6:コメ、田の耕し、コメの育苗、田作り、苗植え、コメの収穫、脱穀

ステーション7:泥すべり台、砂遊び、木登り

ステーション8:炭火焼のピザ、パパイヤサラダ、オムレツ、チャーハン、アイスクリーム作り

ステーション9:心肺蘇生法と応急手当のトレーニング、漢方学習

ステーション10:天然の藍を費用日田絞り布や旗作り

ステーション11:アート。陶器への絵付け、環境にやさしい布袋への絵付け、粘土工作

ステーション12:ハーブ石けん、アロマを利用した蚊除けスプレーづくり

ステーション13:桑の実を使用したジュース・スムージー・ジャム・ワイン造り

ステーション14:瞑想とヨガ。子どものリーダーシップ強化プログラム

農場体験をした5年生のピチャイ・ヨドチムさんはIDNの取材に対して、「1日の体験を楽しみました。土壁を作ったり泥遊びをしたりするのは初めてだったけど、楽しくて、教室で勉強するより良いと思いました。また来たいです。友達のソムサクさんは、ミミズが土壌の水はけをよくするということを学んでいました。驚いていた様子でした。」と語った。

引率教員のレウタイテップさんは、「子どもたちを連れてきたのは3回目です。ここでは伝統的なタイの農業が学べるし、子どもたちは、新しいことを学んだり、友だちと自由に遊んだりできるすべてのステーションを楽しんでいます。今日は75人の児童を連れてきましたが、楽しそうにしていて何よりです。子どもたちが将来的に追求することができる『生きるためのスキル』の種をまくというのが私たちの目的ですが、この農場はそれにぴったりなのです。」

この世代の子供たちは、ソーシャル・メディアに囲まれて生まれ、自然の中で生活した経験がほとんどないため、攻撃的になりがちです。テクノロジーと自然を調和させ、環境を保護することを教えていきたい。私が今していることは、子供時代からソフトな人間関係のスキルを学ばせることで、良きタイ市民に育てていくことなのです。」とナリンティップさんは語った。

農場が2017年に開園してから実に1万5000人が活動に参加してきた。ステーション1での卵集めは最も人気の活動だ。各ステーションでの活動は、子どもたちの年齢に応じて調整されている。

たとえば、3~5歳の子どもは泥すべり台で遊び、7~11歳の子どもは木炭ストーブで調理を行う。

農場ではさまざまなプログラムが体験できる。週末コース、5日間コース、政府関係者のための学習ツアーもある。これは、「足るを知る経済」について職員に学んでもらうことを目的としたものだ。ほとんどの活動は、子ども一人当たり100~300バーツ(3~9米ドル)の負担で行える。

ナリンティップさんは常に、農場での現場の体験が子どもたちをスマホなどから遠ざけるかどうかを基準に置いている。「もし子どもたちが5日間のコースに参加し、それぞれのステーションを組み合わせれば、列に並ぶこと、友達をいじめないこと、分かち合うことを学ぶでしょう。コースの中で、子どもたちは自分たちでルールを決める。その後、家に帰ると、礼儀正しくなり、家事を手伝うようになったと親たちは話しています。」

にもかかわらず、子どもたちをスマホなどから遠ざけてこの行動を変容させるには、親自身が自らの行動を変えて範を示さねばならない。ナリンティップさんは、「子どもたちは、親がスマホで遊んでいるのを見て、自分も楽しみたいと思う。結局のところ、子どもたちは親と一緒に遊びたいのですが、親は画面に夢中なのです。」とナリンティップさんは指摘した。(原文へ

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多国間主義は進行中の危機によって混乱してるが、野心的な改革がまだ議論されている。2024年の国連の未来サミットから何を期待するか?

【ニューヨークIDN=リチャード・ゴーワン】

ドイツは今後1年間、多国間主義を強化する方法について、国連加盟国間のコンセンサスを形成するという厳しい課題に直面している。ニューヨークのドイツ政府代表部はナミビアと協力し、2024年9月の国連ハイレベル・ウィークに開催される「国連の未来サミット」の準備を進めている。

アントニオ・グテーレス国連事務総長は当初、新型コロナウィルス感染症のパンデミックを受け、各国大統領や首相が世界システムの改善について議論する機会として、2021年にこのサミットを提案した。しかし、国連ではウクライナやガザを巡る議論が煮詰まっており、外交官たちは今年、国際協力に関する新たな合意を結ぶのは難しいだろうと懸念している。

間違った時期に正しいサミット?

UN Secretariate Building. Photo: Katsuhiro Asagiri
UN Secretariate Building. Photo: Katsuhiro Asagiri

グテーレス事務総長と彼のアドバイザーらは、三つの主な理由で多国間主義の現状を厳しく見る必要があると主張している。第一に、既存の国際機関は、パンデミックや気候変動などの課題に効果的に対処するために必要なメカニズムや権限を欠いていることは明らかである。第二に、事務総長が社会、経済、国際関係を大きく変容させると予測している人工知能(A.I.)のような新技術を規制する本格的なグローバル・レジームがまだ存在しない。第3に、多くの非欧米諸国は、国連やその他の国際機関において、米国や欧州諸国が依然として意思決定を支配しているため、実質的な影響力がないと感じている。

最良のシナリオであれば、国連の未来サミットは国連加盟国がこれらの課題に同時に取り組み、既存の制度をより包括的で効果的なものに改革し、制度の隙間を埋める新たな機関を設立する機会となるだろう。例えばグテーレス事務総長は、国際原子力機関(IAEA)が原子力の利用を監督しているように、AIの利用を規制する新たな国際機関を設立する考えを示している。

外交官たちの中にはグテーレス事務総長の広範なビジョンを認める一方で、このような大きな問題に取り組むには時期尚早かもしれないと疑問を呈する者も少なくない。現在、国連のムードは非常に険悪だ。開発途上国は、開発援助や気候変動への適応にもっと投資するという過去の誓約を守らない富裕国を批判する声を強めている。多くの国々は、米国と多くの欧州の国々がパレスチナ人との連帯を示すことに失敗したとして非難している。アラブの外交官たちは、ガザの若者たちに未来がないのに、どうして国連が「未来」に関する協議を行えるのかと問いかけている。

「未来のための協定」:ドイツとナミビアがリードを取る

ドイツとナミビアは、殺伐とした情勢を背景に、「国連の未来サミット」の準備を管理するという大変な任務を、自ら志願した。二つの共同ファシリテーターは、9月に首脳が採択する「未来のための協定」の初期草案に取り組んでいる。この文書が1月末までに完成するよう回覧された後、この文書に関する交渉が本格的に開始される。国連総会は、加盟国がコンセンサスによって最終的な協定に合意しなければならないことに合意しているため、この交渉は長期化する可能性が高い。

ニューヨークに拠点を置く外交官の中には今後について暗い見通しを抱いている者も少なくない。つまりサミットの存在を、「つかむべき機会」ではなく、むしろ「解決すべき問題」だと考える者が少なくないのだ。しかし、これは誤解かもしれない。ガザでの敵対行為が続く限り、未来の協定に焦点を当てることは困難だろう。しかし、戦争が収束に向かえば、たとえ技術的なことであったとしても、国際システムの改善について話し合うことは、国連加盟国間で共通の目的意識を取り戻すためのひとつの道筋になるかもしれない。サミットはまた、より強力な多国間システムを提唱する市民社会グループにとって、たとえ大きな改革を実現できなくても、グローバルな問題に関心を向ける機会でもある。

ギャップに注意:気候変動と人権が欠けている

昨年、ドイツとナミビアが協定の内容に関する準備協議を主導したが、国連加盟国が合意できたのは骨子だけだった。平和と安全保障、開発、科学技術、未来世代、グローバル・ガバナンスに関する章が設けられる予定だ。国連職員や外交官らによれば、このペーパーは長くても20ページから30ページで、戦略的なレベルになると予想されている。つまり、仮に交渉官たちが協定を通じて大綱的な改革に合意したとしても、詳細には踏み込まないということだ。

一部のオブザーバーは、この概要に潜在的に懸念される2つのギャップを強調している。一つは気候変動で、グテーレス事務総長は以前からこの問題を国連の包括的テーマとすべきだと主張してきた。 国連関係者は、この協定が、新たな協定を提案しないまでも、地球温暖化に対処するための既存の協定やプロセスを支持することを望んでいるという。この協定は、他のテーマについても人権に関連する側面に言及することになっている。欧米の外交官の多くは、国連システム全体が冷戦後間もない時期よりも人権問題に注意を払っていないことを懸念しており、協定が共通の価値観や自由について言及するよう主張する可能性が高い。

より広く言えば、協定の正確な内容についてはまだ議論の余地がある。交渉担当者は材料に事欠かない。グテーレス事務総長は2023年の間に、教育問題から宇宙統治に至るまで11の政策概要を発表し、交渉を活発化させた。また事務総長は「効果的な多国間主義に関するハイレベル諮問委員会」を招集し、昨年夏に国際機関改革の可能性に関する報告書を発表した。しかし、このプロセスに携わる誰もが、国連加盟国はトピックを取捨選択するだろうと認識している。

国際金融アーキテクチャの改革

開発途上国が、協定をめぐる今後の議論の多くを、世界銀行や国際通貨基金(IMF)を含む国際金融機関の監督や活動に集中させたいと考えていることは間違いなさそうだ。多くの非欧米諸国関係者は、現在まだ米国やEU、その他の欧米主要国が支配しているこれらの機関において、より大きな決定権を得たいと考えている。 また、これらの国際的な融資機関が、貧しい国々が融資を受けやすくなることも望んでいる。バイデン政権と欧州各国政府は、脆弱な国々に資金を供給することが必要であることには同意しているが、ガバナンス改革については合意を得るのが難しいかもしれない。

国連安全保障理事会の改革

A view of the meeting as Security Council members vote the draft resolution on Nuclear-Test-Ban Treaty on 23 September 2016. UN Photo/Manuel Elias.
A view of the meeting as Security Council members vote the draft resolution on Nuclear-Test-Ban Treaty on 23 September 2016. UN Photo/Manuel Elias.

もう一つの厄介なグローバル・ガバナンスの問題は、国連安全保障理事会の改革である。ロシアが拒否権を行使して2022年のウクライナに対する全面的な侵略への批判を封じて以来、多くの国連加盟国は安保理加盟国とルールを見直す時期に来ていると主張してきた。バイデン政権はまた、ガザでの作戦を巡る圧力からイスラエルを守るために拒否権を行使したが、米国は依然として改革を望んでいると主張している。常任理事国入りを長年熱望してきたドイツも、進展を望んでいるかもしれない。しかし、今後9ヶ月の間に、国連加盟国が広く受け入れられる改革モデルに合意する可能性はない。2025年の国連憲章80周年に合わせ、この問題に関するハイレベル協議を開催することで加盟国が合意するのが最善の結果かもしれない。

AIおよびその他の新技術の統治

安全保障理事会改革が国連外交にとって既知のテーマだとすれば、「科学技術」に関する盟約の章は、新たな議論の場を開く可能性がある。 グテーレスは、A.I.を監督するIAEAのような機関の提案に加えて、国連加盟国が2026年までに致死的自律兵器システム(LAWS)を禁止する条約に合意し、バイオテクノロジーを管理する新たなメカニズムを確立することを提案している。国連の有力者の中には、この分野でより多くの国際的なルール作りを始めるべき時だという意見に同意する者もいる。米国は、持続可能な開発を促進するためのAIの利用について、拘束力のない国連総会決議案を提出した。この協定は、インターネット、A.I.、データを管理するための指導原則を概説するものである。

Photo: Killer robot. Credit: ploughshares.ca
Photo: Killer robot. Credit: ploughshares.ca

しかし、もし今が新技術について話すのに良い時期であるとしても、外交官や科学者たちは、今がそのような新技術を巡る新しい制度や拘束力のある協定を確立する適切な時期であるとは確信していないようだ。昨年、グテーレス事務総長のA.I.に関する助言パネルに参加した元欧州議会議員のマリエッテ・シャーケは最近、この発展途上の分野を管理する新しい機関の設計を始めるのは時期尚早だと主張した。その代わりに彼女は、各国政府とA.I.開発者は、A.I.を監視する国際的な枠組みを構築する前に、それを管理すべき基本原則と法律を策定する必要があると主張している。「国連の未来サミット」は、この種の探索的な議論のための一つの手がかりを提供するものだが、このような新技術をどのように統治するかについての国連での議論は、将来にわたって続くことになるだろう。

「未来のための協定」における主要な改革に合意するには多くの障害があることから、国連加盟国の中には、この文書がかなり実体のないものになると予測する者もすでにいる。だからといって未来サミットが不発に終わるとは限らない。私が他でも論じているように、加盟国の連合体は、女性の権利などの優先事項の推進に関する、より野心的なサイド・アグリーメント(国連加盟国全員の同意を必要としないもの)をまとめ、9月に署名することができるかもしれない。別の例を挙げれば、気候変動が安全保障に与える影響に焦点を当てることを率先して提唱しているドイツは、気候変動と平和に関する国連の関与を強化することを推進する連合の一員になる可能性がある。

市民社会の役割

国連加盟国がこれらのイニシアティブを正式に主導する一方で、市民社会組織はサミット前のプロセスに更なる勢いを加えることもできる。多くの外交官、とりわけニューヨークの小規模な政府代表部に所属する外交官らは、サミットが何をもたらすかについて深く考える時間がほとんどなかったことを認めている。グテーレス事務総長は相当数の複雑な問題を議論のテーブルに載せているが、その一方で、中東戦争など他の緊急課題にも時間を取られている。今後1ヶ月の間に、非政府組織は、サミットが新技術のような問題で何を達成できるかについて、国連加盟国に助言することができる。

市民社会関係者は、そのグローバルなネットワークを活用し、国連の未来サミットに世界的な注目を集めることもできる。国連関係者は、このところ国連から発信されるネガティブなニュースばかりが目立っているため、国際メディアにこのイベントに注目してもらうのに苦労していることを認めている。グテーレス国連事務総長は、政治指導者たちをグローバルな問題についての議論に引き込みたいと考えているが(昨年9月には国連で、来訪した各国首脳に事務総長の政策説明資料を配布した)、国連改革を優先している国はほとんどない。 今後数カ月の間に、国際市民社会ネットワークがサミットへの関心を高めるよう働きかけることは歓迎されるだろう。

進むべき道

とはいえ、ドイツとナミビアは「未来のための協定」を準備するにあたって、それぞれの役割を最大限に発揮しなければならない。その過程で加盟国間で議論が起こることは間違いない。 しかし、少なくとも両国は、このプロセスを、非常に分裂的な時期を経た多国間主義の将来について、国連加盟国間の外交対話を促進する機会として位置づけることを目指すことができる。共通の出発原則に合意し、新技術や国際的な資金調達などの問題について長期的な対話を始めることができるかもしれない。

UN Photo
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*リチャード・ゴーワンは、インターナショナル・クライシス・グループ(ICG)の国連ディレクターであり、ニューヨークの国連で同組織のアドボカシー活動を監督している。2016年と17年にはICGのコンサルティング・アナリストを務めた。欧州外交問題評議会、ニューヨーク大学国際協力センター、フォーリン・ポリシー・センター(ロンドン)に勤務。ニューヨークのコロンビア大学国際公共問題学部とスタンフォード大学で教鞭をとった経験もある。また、国連政治局、国連国際移住事務総長特別代表室、米国ホロコースト記念博物館、ラスムッセン・グローバル、英国外務英連邦省、フィンランド外務省、グローバル・アフェアーズ・カナダのコンサルタントも務める。2013年から19年まで、『World Politics Review』に週刊コラム(「Diplomatic Fallout」)を執筆。

Original link: https://ny.fes.de/article/the-un-summit-of-the-future-a-fight-at-the-end-of-the-tunnel

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