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|タイ|障害者でも簡単に利用できる教育へ

【バンコクIDN=パッタマ・ビライラート】

質の良い教育と不平等の削減は「持続可能な開発目標」(SDGs)の一部をなしている。タイの全人口の3.3%が「障害者」とされているが、スコータイ・タマシラート放送大学(STOU)は、高等教育の領域において取り残されかねない人々に対して新たな命を吹き込む革新的な事業を行っている。

タイには推定210万人の障害者がおり、障害者エンパワーメント局によるとその4割に当たる85万5025人が労働年齢(15~59歳)であるという。

SDGs Goal NO.10
SDGs Goal NO.10

障害者の78%が障害者IDカードをもち、政府からの支援を受けることができる。しかし、国家経済社会開発評議会によると、障害者のうち46万3000人が、働くことができるにも関わらず職業上の資格を持っていないという。

障害者エンパワーメント局の最新の報告書によると、障害者の大半は農業部門で働いており(全体の54%)、次に一般労働(23%)、官民いずれかの従業員(6%)が続く。

IDカードを持つ障害者には毎月800バーツ(21米ドル)の手当が支給され、「障害者基金」から最大12万バーツ(3158米ドル)の資金貸与を受けることができる。また、障害者エンパワーメント局のセンターで無料の職業訓練を受けることができ、技術・施設・メディア・教育支援サービスなど初等教育から高等教育レベルまで無償で受けることができる。

STOUコミュニケーション・アート学部のシラファット・イアムニルン学部長によれば、同学部は、視覚障害、聴覚障害、身体障害、精神障害、知的障害、学習障害、スペクトラム障害、重複傷害の8つの分野において教育を提供しているという。

「2020年には30人の障害者が卒業しました。現在、STOUには500人の障害者がいて、これはタイの大学では最大の数です。加えて、本大学で学んでいる間に全ての科目で『優』を取ると、奨学金を得ることができます。」とイアムニルン学部長は指摘した。

障害者は法律に従って無償教育を受けることができる。STOUのコミュニケーション・開発知識管理研究センターのセンター長、カモルラート・インタラタート博士は、「STOUは障害者の支援サービスを確立しています。」と語った。

Dr Kamolrat (left) Dr Thiraphat (right)

「学生が質の高い教育を受け卒業できるよう学習方法を提供することが、私たちの長年のモットーです。コロナ禍は、人々がよりデジタルに精通するための積極的な後押しとして登場しました。そこで、今年(2022年)、私たちはSTOUモジュールプログラムを開始しました。」とインタラタート氏はIDNの取材に対して語った。

このいわゆる「ピープル・アカデミー」プログラムは、誰もがオンラインで学習し、STOUが自分の資格や職業に最適なように調整した学位や証明書を取得することができる。」

STOUのコミュニケーション・アート学部で2022年に始まったばかりの「ピープル・アカデミー」は、「クレジットバンク」のしくみになっている点で旧来型の教育と異なっている。

「クレジットバンク」とは、学生が単位や能力を貯めておいて、それをのちにSTOUの教育制度のなかに移行できるというものだ。学生が一つのモジュールを受講すれば3単位相当とする。1単位当たり15学習時間が必要だ。

学生は、そうした「クレジット」を貯めることができるように、読み書きができることだけが履修の条件となっている。「小学校から大学院レベルまで、学生のレベルに合わせて調整することができる。『タイ職業資格研究所』や職業大学校、『タイ大規模オープンオンラインコース』(MOOC)などのネットワークとともに、学位を移行することができる(MOOCとは、ある授業を受講したい全ての学生に対して、出席制限なしにオンラインで学習コンテンツを提供するモデルのこと)。また、クレジットをSTOUに移行することもできます。」とカモルラート博士は説明した。

「私たちには大きなネットワークがあります。公的機関や民間企業とも取引をしており、『障害者のためのレデンプトール財団』も活発なネットワークの一つです。」

シラファット博士は、「ピープル・アカデミー」は、STOU教育システムの既存の遠隔学習から発展したものだと語った。「学部課程では、自習、自習付きオンラインチュートリアル、混合学習(自習、オンラインチュートリアルとオンライン演習)の3種類の学習方法があります」とし、「この学習方法はコロナ禍以前から発展してきたもので、奇しくもコロナ禍がこのしくみを一層向上させ拡大する大きな契機となった。」と指摘した。

Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en
Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en

「私達のコースの学費は高くない。学生はどの場所からでも満足感をもって勉強することができる。個人的には、ポストコロナの時代においては学生が教室に来て講師の話を聞く必要はなくなると思っている。オンラインで学位を取ることが可能だ」とシラファット博士は語った。

彼は「ピープル・アカデミー」モデルは障害者にも適切だと述べた。「日常生活において彼らは移動に困難を抱えている。私達には電話相談センターとアプリケーション『SISA』があり、障害者でもスマホで簡単にダウンロードできる。また、オープンチャットのしくみもある。障害者たちは頭がよくICTも使いこなすから、実に多くの人たちがオンラインを利用している。私達は、彼らのデジタルコミュニケーションの能力に見合うように学位や資格証明取得のあり方を調整してきている。」

STOUは、学生は自分の将来の職業や情熱に合ったコースを選択することができる、と強調する。「これは、学生が4年間勉強のみに専念する必要がないという、教育の新しい流れでだ。」とカモルラート博士は語った。「『ピープル・アカデミー』は幸福と能力を基礎に登場してきたものだ。我々の教育は生涯を通じてつづくものであり、学生がその気になった際に学習することができる」。

STOUは、障害者がしばしば学習でつまずくことがある事実を認識している。障害者は、自らが望む時にこのプログラムで学ぶことができる。教育の機会はすぐ目の前に与えられている。現在、放送大学は、タイ職業資格研究所のようなパートナー機関と、障害者の学生に対して専門的な資格証明を提供する方法論について議論している。

Map of Thailand
Map of Thailand

高等教育・科学・研究・イノベーション省は、タイの「国家20年計画」に沿って、「全国クレジットバンクシステム」(NCBS)の導入に向けてスタートアップ企業と協力し始めている。NSCBは、すべての年齢層を対象に能力開発を支援することで生涯学習を促進することになっている。このしくみが導入されれば、学生の立場にない学習者たちもまた、さまざまなテーマやコース、職務経験から得た学習成果を、全国クレジットバンクに貯める単位に変えることができる。

学習者らは、NSCBに十分な単位を貯めたら、タイの高等教育機関に対して学位を申請することができる。政府のラチャダ・タナディレク副報道官は、今後2年以内に公立・私立の約150大学がNCBSに参加する予定だと語った。

「『ピープル・アカデミー』は、デジタル時代の最中において教育を促進することに力を入れる『国家20年計画』と連携している。教育は生涯にわたる学習となり、もし自分が何かを学ぼうと思ったら、自分のクレジットバンクに何単位残っているかを確認して、仕事をしながらでも学習を続けることができる。」とカモルラート博士は指摘した。(原文へ

INPS Japan

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核秩序崩壊を防ぐ決め手は核タブー

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ラケッシュ・スード】

本稿は、2022年6月24日(金)に戸田記念国際平和研究所とウィーン軍縮不拡散センター(VCDNP)が、VCDNPにて開催した研究発表会において、ラケッシュ・スード大使が行った発表のテキストです。

今日の核シナリオは、混乱をきたしているようだ。一方では核タブーが維持され、核不拡散条約(NPT)はほとんど普遍的な条約となっており、核兵器備蓄量は冷戦最盛期の4分の1である。しかし、他方では核リスクがかつてないほど高まっているという認識がある。

そのような現在、基本原則、すなわち70年以上前に核秩序の基盤構築を促した認識に立ち返ることが有益だろう。

1945年7月16日に米国が成功させたトリニティ核実験から得られた第1の認識は、この新型兵器の甚大な破壊力であった。きのこ雲を目にしたロバート・オッペンハイマーは、「いまや我は死神なり、世界の破壊者なり」と慨嘆した。翌月、広島と長崎に原爆が投下され、この認識をいっそう強めた。(原文へ 

第2の認識は、いまや他国もまたこの道をたどるのではないかという懸念であった。1946年、この懸念から国家が核兵器を保有することがないよう国際機関に管理を移行することを構想したバルーク・プラン(バーナード・バルークが立案)が提案された。しかし、米国内に意見の相違があり、ソビエト連邦は米国を信用していなかった。1949年にソ連が自前の核爆弾を爆発させると、バルーク・プランは自然消滅した。米国とソ連は、核軍拡競争に乗り出してもなお、核物質とノウハウは制限されなければならないという考えに一致点を見いだしていた。不拡散が共通の目的となり、1968年の核不拡散条約へとつながった。

第3の認識は、核リスクの管理が必要不可欠だということである。それを強く印象付ける出来事が1962年のキューバ・ミサイル危機であり、米国とソ連の指導者は両国が核応酬の瀬戸際まで行ったことを認識したのである。その結果、軍備管理体制と併せて、絶対確実な通信手段、ホットライン、核リスク低減措置が確立された。

これら三つの認識の折り合いをつけることが、冷戦の政治力学によって形成された核秩序の基盤となったのである。二極化した世界において、核の2国間対立が一組、すなわち米国とソ連の2国間対立があり、抑止は2国間ゲームだった。戦略的安定性は核の安定性に還元され、その答えは核軍備管理だった。それが、同盟国を牽制し、第三世界の国々に対して二つの核超大国が「責任をもつ」姿勢であることを保証したのである。

核軍備管理は、「均衡」と「相互脆弱性」という概念を中心に発展した。なぜなら、米国とソ連の核備蓄は、同様の3本柱に基づいていたからである。弾道弾迎撃ミサイル制限(ABM)条約(1972年)は、ミサイル防衛を制限し、それにより相互脆弱性を保証するものだった。一方で、戦略立案者や交渉者が戦略兵器発射装置および弾頭の数量制限に取り組み、それがSALT I及びII(第1次及び第2次戦略兵器制限交渉)、START I及びII(第1次及び第2次戦略兵器削減条約)、そして2010年の新STARTへとつながった。これらの軍備管理措置やソ連崩壊後になされた一方的取り組みにより、米国とロシアを合わせた核弾頭数は、1980年代初には65,000発近くあったが、現在は12,000発を下回り、80%以上削減された。このほか、両国以外の7核武装国が1,300発の核弾頭を保有している。

1995年にNPTが無期限かつ無条件に延長され、不拡散は規範となった。ほぼ全世界が遵守するまでになったが、インド、イスラエル、パキスタン(未加盟国)と北朝鮮(NPTから脱退)の4カ国は条約の外に留まっている。この4カ国はいずれも核武装国であるため、NPTは成功の限界に達したと言える。

最も重要な点は、間一髪の状況があったとはいえ、核タブーが破られていないことである。

今日、このような「タブー」、軍備管理、不拡散からなる核秩序は緊張にさらされている。「タブー」は規範に過ぎず、軍備管理はほころびかけており、NPTはその成功の犠牲者となっている。

根本的に、政治秩序が変化している。抑止は、もはや2国間のゲームではない。核の2国間対立は複数あり(米国・ロシア、米国・中国、インド・中国、インド・パキスタン、米国・北朝鮮)、それらがゆるい鎖でつながり合っている。現代は、ドクトリンと軍備の両面において、均衡ではなく非対称の時代である。「均衡」と「相互脆弱性」なくしては、軍備管理を再定義する必要がある。その一方で、増大する不信感があり、新たな一致分野を定義する大国間の有意義な対話を妨げている。

NPTは拡散を非合法化したが、核兵器を非合法化していない。核兵器の研究開発は継続され、ほとんどの核大国は軍備を近代化し、拡張している。今日、核科学技術は誕生から80年の成熟技術である。「核敷居国」「リードタイム」「ブレークアウト」といった言葉は、NPTの交渉が行われていた頃は存在していなかった。5年ごとの再検討会議のたびに、特に1995年以降、NPTに内在する政治的課題が浮上している。

最後に、技術は立ち止まらない。ミサイル防衛、サイバー・宇宙技術、極超音速などのデュアルユースシステム、通常兵器のグローバル精密攻撃能力の開発により、通常兵器と核兵器の間の境界線が曖昧になっている。これが核のもつれを生み出しており、透明性とガードレールがない状況では、故意、不注意、偶発、または判断の誤りにより核兵器が使用されるリスクを高める。グローバル・テロの出現とともに新たな脅威が浮上し、核安全保障の重要性を浮き彫りにしている。

ウクライナにおける紛争は、増大する核リスクを際立たせている。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は繰り返し核レトリックを弄しており、ロシアの戦力を「特別警戒態勢」に置き、その後は「予測不能な結果」を警告した。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ウクライナが1994年のブダペスト覚書に署名して自発的に領内の核兵器を放棄していなかったら、ロシアは侵攻していなかったはずだと不満を述べた。そのような発言は、核兵器の顕著な特徴を浮き彫りにしている。軍事力が上回る敵対国に脅威を感じている国々にとって、核兵器は究極の安全保証手段なのだ。それは同時に、核抑止力を持つ国が核兵器を持たない小国を侵略できるということを意味する。NATO加盟国は何十億ドルもの武器供与を行っているが、NATOは、ウクライナに派兵することもできず、核武装国ロシアとの直接紛争に発展しかねない「飛行禁止区域」の設定もできずにいる。

核秩序の基盤は、核軍備管理、核不拡散、核タブーであった。今日、旧来の核軍備管理モデルはほとんど効力を失い、新たな一致点に到達する可能性はありそうもない。不拡散は、新たに見いだされた核兵器の魅力を前に試練にさらされている。非核兵器国は原子力潜水艦の取得を積極的に検討しており、それがNPTをめぐる議論にさらなる緊張をもたらす。「核タブー」は、そもそも規範に過ぎず、現在はロシア、そして近年では米国、北朝鮮、インド、パキスタンの指導者が核レトリックをエスカレートさせるなかで力を失いつつある。

しかし、旧来の認識はまだ生きている。核兵器は、依然として人類に対する実存的脅威である。理想的世界においては、軍備管理が復活し、不拡散が増強され、望ましくは法的手段によって「タブー」が強化されるべきである。しかし、われわれは理想的世界に生きておらず、選択をしなければならない。軍備管理を復活させるためには、大国間の暫定協定が締結されるのを待たねばならない。また、「不拡散」と「タブー」の間では、核兵器の使用に対する「タブー」を保持することのほうが「不拡散」よりも重要であると、私は確信している。世界は、当初2カ国、後に5カ国、そして現在は9カ国の核兵器保有国と共存してきた。もしかしたらもう1~2カ国ぐらいなら、NPTと世界は共存できるかもしれない。しかし、もし核兵器が1945年以降初めて使用され、核タブーが破られてしまえば、NPTも不拡散体制も存続することはできない。「タブー」を破れば、核秩序全体の崩壊を招くだろう。

今日、NPTと核兵器禁止条約を調和させ、核リスクを低減する唯一の方法は、核タブーを強化することである。それは、1945年から存続してきた。新たな核の時代の課題に対して、より永続的な解決を共同で取り決めることができるよう、このタブーが21世紀を通じて存続することを確保する必要がある。

ラケッシュ・スードは、ニューデリーのObserver Research Foundation (ORF)の特別フェロー。ジュネーブ軍縮会議における初めてのインド代表部大使、後にアフガニスタン、ネパール、フランスでの駐在大使を歴任。2013年に引退後、2014年まで軍縮・不拡散担当特使を務めた。

INPS Japan

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核兵器への投資に反対する企業が増加

|視点|朝鮮半島の安全保障を構築する:軍事・核の態勢ではなく、新たな外交的アプローチを追求せよ(レベッカ・ジョンソンICAN共同議長・アクロニム研究所所長)

【ロンドンIDN=レベッカ・ジョンソン

ここ数カ月、北東アジアでは核兵器に対する恐怖が高まっています。北朝鮮は、11月初旬から戦術核運用部隊の訓練、さらなる核実験に向けた準備、さらに韓国と日本に向けて約25種類のミサイルを発射するなど、より直接的な軍事的脅迫をエスカレートさせています。

Launches during Vigilant Storm Source: Joint Chief of Staff

北朝鮮のミサイルのいくつかは、通常よりはるかに韓国に近い場所(約25〜60km)に着弾したと報告され、恐怖と怒りを引き起こしました。 その背景には何があり、どのような手段を講じれば緊張を緩和し、核兵器の使用を阻止できるでしょうか。

北朝鮮は、米国と韓国が10月31日から計画・実施した空中合同訓練「ビジラント・ストーム」に反応してミサイルを発射したことを明らかにしました。北朝鮮国境に近い韓国上空で実施されたこの大規模な軍事演習は6日間にわたり、核兵器を搭載できるB-1BやF-35ステルス爆撃機など240機の戦闘機が1600回以上出撃しました。

予想通り、北朝鮮は「軍事的な軽挙妄動と挑発はもはや容認できない」と反発しました。 韓国の合同参謀本部も同様の表現で、北朝鮮のミサイル発射に異議を唱え、「わが軍は北朝鮮の挑発行為を決して容認せず、米国と緊密に協力して厳正に対処する。」と述べました。

日本の浜田靖一防衛大臣は、北朝鮮が「執拗な挑発行為を一方的にエスカレートさせている」と非難し、「北朝鮮の行動は、わが国、地域および国際社会の平和と安全を脅かすもので断じて容認できない。」と語りました。

こうしたレトリックは、その背景をあいまいにしてはなりません。1910年から45年にかけての日本の過酷な朝鮮統治、広島と長崎を壊滅させた原子爆弾の恐ろしい影響、そして1950年代の朝鮮戦争の遺産が認識される必要があります。朝鮮戦争当時、米国の上院議員らは、金日成政権下の北朝鮮軍に対して核兵器を使用するようホワイトハウスに働きかけていました。

Kim Jong-un/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0
Kim Jong-un/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

金日成の孫にあたる現指導者の金正恩朝鮮労働党委員長は、金王朝の不安定な3代目であり、恐怖と愛国心を鼓舞するプロパガンダ、そして核の神話と偽りの約束によって北朝鮮の国民を支配しようとしています。ジョージ・W・ブッシュ米大統領が2002年の「一般教書演説」で北朝鮮をイランやイラクと並んで「悪の枢軸」と呼び、核兵器を持たないイラクに侵攻して、今日まで続く壊滅的な人道的被害を引き起こした時、正恩はまだ20歳でした。

弱い指導者にとって、核兵器は力の誇示、行動の自由、体制の存続のために魅力的に映ります。しかし、核兵器は人々を養うことも、離散家族を結びつけることも、安全をもたらすこともできません。

朝鮮戦争は、南北朝鮮の強制的な分離と、米国と北朝鮮間の不安定な休戦によって終結しました。 朝鮮半島は38度線に沿った「軍事境界線」(DMZ)によって分断され、「永続的な戦争状態」に陥ったのです。この戦争では、核兵器が米国と金王朝との間の政治的行き詰まりに大きな影響を及ぼすようになりました。

2017年に核兵器禁止条約(TPNW)が国連で交渉され採択された後の18年5月、私は韓国の女性や活動家、ノーベル賞受賞者たちとともに、韓国のソウルで「非武装地帯を超える女性たち」主催の平和行動に参加できたことを光栄に思っています。

私たちが韓国に滞在していた5月24日、ドナルド・トランプ大統領はシンガポールで予定されていた金正恩委員長との会談を突然キャンセルすると通告する書簡を北朝鮮に突き付けました(のちに撤回して米朝首脳会談は6月12日に開催された:INPSJ)。私たち6,000人以上の参加者は同日、「統一大橋」を歩いて渡り、北朝鮮の女性たちと一緒に食事をしました。

私たちが主に訴えたのは、安全保障と平和の構築という共通の利益を認識した朝鮮半島の真の平和条約であり、北朝鮮への開発援助、南北に分断された家族の再会を可能にする政治的・軍事的障壁の撤廃でした。再び「統一大橋」を渡って韓国に再入国した私たちは、韓国の文在寅大統領が私たちから僅か数キロ先の非武装地帯(板門店北側施設「統一閣」)で金正恩委員長と首脳会談したことをニュースで知りました。

しかし、この和平交渉によってもたらされた楽観論は、残念ながら長続きしませんでした。金正恩委員長は、北朝鮮にルーツを持つ韓国大統領との真剣な話し合いよりも、米国大統領のお世辞の方を望んだのです。しかし、ここから教訓を得ることはできます。

トランプ大統領には多くの欠点がありますが、彼の取引的なアプローチは金正恩委員長を取り込むための革新的な方法でした。しかし数カ月もしないうちに、トランプ大統領は現実の、あるいは想像上の軽蔑に腹を立て、米朝の不相応な2人の指導者は「私の核の方が大きい」などと主張する核の威嚇の応酬を再開しました。

各方面からの賢明な提案に対する大きな障害は、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(外交専門用語でCVID)という長年にわたる米国の強硬な、そして正直に言えば失敗したマントラ(持説)です。米国がCVIDというドグマに固執するあまり、南北朝鮮、米国、中国、日本、ロシアが参加する「6者会合」は何年も膠着状態に陥っています。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

もちろん、核兵器を廃絶することは、世界全体の持続可能な安全保障のために不可欠です。だからこそ、現在、ほとんどの国連加盟国が、2021年に国際法として法的効力を持つようになった核禁条約を支持しているのです。ただし韓国で前進させるには、まず別のことが必要です。

北朝鮮の非核化は、単に指をくわえて見ているだけではだめで、朝鮮半島全体とその周辺の島や海を非武装化し、非核化するための交渉の中で行われなければなりません。

ロシア、中国、米国の関係が不安定なため、金正恩委員長が使えるカードはほとんどありません。ロシアがウクライナへの軍事侵攻でますます泥沼化しているため、北朝鮮は枯渇したロシア軍の在庫を補充するために大砲や砲弾を売却していると伝えられています。

しかし、金正恩委員長はロシアのウラジーミル・プーチン大統領のように、核による威嚇を攻撃にエスカレートさせる能力を有しています。ここで明確にしておきたいのは、戦術的な核攻撃などあり得ないということです。いかなる核兵器の使用も、戦略的に意図されたものであり、恐ろしい結末をもたらすでしょう。

Rebecca Johnson at the 2022 Vienna Conference on the Humanitarian Impact of Nuclear Weapons/ photo by Katsuhiro Asagiri
Rebecca Johnson at the 2022 Vienna Conference on the Humanitarian Impact of Nuclear Weapons/ photo by Katsuhiro Asagiri

まず第一歩として、南北朝鮮の女性の要求と経験に注意を払ってください。前提条件なしの平和と非核化に関する地域交渉に、すべての関係者がより建設的に関与する必要があります。

核軍縮と検証を実施するための核禁条約のツールを活用することは、政府と国民が国家安全保障を再考し、脅威となるすべての体制と兵器の非核化を開始する道を開くことにもなるでしょう。(原文へ

INPS Japan

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COP27閉幕、「損失と損害」に関する途上国支援基金を設立へ

【シャ―ム・エル・シェイクIDN】

エジプトで開かれた国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)は11月20日、気象災害など気候変動によって引き起こされる「損失と損害」で甚大な被害を受けた途上国支援のための基金を設立することに合意して閉幕した。

「損失と損害」を巡る議論は、バヌアツなど島嶼国連合が提唱して以来、30年以上に亘って途上国が繰り返し被害への支援を求めてきたが、現在の地球温暖化を引き起こした「責任」の議論を回避したい先進国が法的責任や賠償などにつながりかねないと議論自体避けようとし、根深い対立が続いてきた。

COP27でも当初、先進国側は、損害の補償を要求するような枠組みには応じられないとの姿勢だったが、会議の終盤で歩み寄り基金創設に合意した。ただし、基金に関する具体的な決定の多くは来年に持ち越され、「移行委員会」が「財源の特定と拡大」を勧告し来年アラブ首長国連邦(UAE)で開催されるCOP28での採択を目指すことになる。

INPSグループではCOP27に関連して以下の特集記事を配信しました。

Photo source: Pesticide Action Network – North America
Photo source: Pesticide Action Network – North America

COP27: Leaders Launch Global Alliance Against Future Drought Impacts

COP27: A Win for Loss and Damage

Agroecology, The Antidote for Climate Change?

Done Deal on Loss and Damage but More Work on Cutting Emissions

A New Initiative Seeks to Transform Agriculture & Food Systems

Indigenous Societies Draw Focus of the Arctic Circle Assembly

Africa Needs A Massive Aid Programme

COP 27: The World’s Rich Urged to Pay Reparations for Climate Damage

UN Climate Panel Warns of Sea ‘Swallowing’ Alexandria and Other Historic Cities

Photo: A photo posted on Twitter on October 18 shows flood-impacted communities in Bayelsa State, Nigeria, who depend on canoes to travel around. © Twitter/@YeriDekumo
Photo: A photo posted on Twitter on October 18 shows flood-impacted communities in Bayelsa State, Nigeria, who depend on canoes to travel around. © Twitter/@YeriDekumo

COP 27: An ‘Implementation COP’ To Save People and the Planet

UN Climate Conference Must Make Funds for Poor Nations A Priority

Pacific Leaders Urge Re-Focus on Climate Emergency

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ロンドンの博物館がジンバブエから盗まれた遺骨を返還へ

【ニューヨーク|ロンドンIDN=リサ・ヴィヴェス

欧州の博物館が、何年も前にアフリカから持ち帰った戦争の英雄の骨や頭蓋骨の所有権を主張する時代は、ついに終わりを告げようとしているのかもしれない。

Caricature of Cecil John Rhodes, after he announced plans for a telegraph line and railroad from Cape Town to Cairo.
Caricature of Cecil John Rhodes, after he announced plans for a telegraph line and railroad from Cape Town to Cairo.

アフリカから持ち帰った遺骨を返還するための交渉がロンドン自然史博物館とケンブリッジ大学との間で行われ、両組織は現在、協力して植民地時代に持ち去られたものを返還する用意があるとしている。

遺骨は、不法な墓荒らしの結果、優生学のような人種差別的な医学研究のため、転売のため、あるいは貴重な記念品として欧州各国のコレクションに収められている。この2つの博物館は、ジンバブエからの代表団が訪問した6つの英国機関の一部である。

ジンバブエへの人骨の本国送還の可能性を巡っては、2014年12月から協議が行われている。1890年代の大英帝国による植民地支配に立ち上がったショナ人、ンデベレ人伝統社会の反乱(第一次チムレンガ)の指導者たちの遺骨の一部が、戦利品として英国に持ち去られた疑いが長い間持たれていた。

その中でも、大英帝国の植民地支配に対する抵抗の象徴であったムブヤ・ネハンダ(ショナ語でネハンダおばあさん)としても知られるネハンダ・チャルウェ・ニャカシカナの遺体は最も有名なものだ。彼女は英国人官吏殺害の罪で起訴され、ハラレで処刑された。今日、彼女は国民的英雄として崇められている。ハラレのビジネス街の中心にあるサモラ・マシェル通りとジュリアス・ニエレレ通りの交差点には、高さ10フィートの彼女の像が建てられている。

Nehanda Nyakasikana (Left)/ Public Domain

2015年、ジンバブエのロバート・ムガベ大統領(当時)はこうコメントしている。「植民地占領軍によって処刑された第一次チムレンガの指導者たちの遺骨は、その後、大英帝国が地元住民に勝利し、服従させたことを示すために英国に持ち去られたのです。確かに、この時代に、戦利品として処刑した人骨を国立歴史博物館に保管することは、人種差別主義者の道徳的退廃、サディズム、人間の無神経さの最たるものに位置づけられるべきだろう。」

25,000体の人骨を有するロンドン自然史博物館は、18,000体の遺骨を有するダックワース研究所(ケンブリッジ大学生物人類学部)と並んで、世界最大級のアーカイブを有している。(原文

INPS Japan

*チムレンガ:ジンバブエ解放闘争をさすショナ語。この記事では、1890年代植民地支配確立期に起こったショナ人、ンデベレ人伝統社会による一連の武力抵抗を第1次チムレンガと言及している。これに対して、1970年前後から80年独立の前夜まで戦われたローデシア少数白人支配に対するアフリカ人の武装解放闘争を第2次チムレンガと言う。

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|タイ|精神医療の危機への仏教の対応を妨げる世俗主義

【バンコクIDN=カリンガ・セレヴィラトネ】

タイ北東部の辺鄙な町で10月7日に発生した、就学前児童26人を含む37人が集団殺害された事件がタイ全土を揺るがしている。この事件は公的な精神医療体制の不備を白日の下に晒したが、仏教徒が多数を占めるこの国において重大な社会的な危機の解決に仏教がどの程度介入すべきかという議論はまだ始まっていない。

健康と福祉は持続可能な開発目標(SDGs)の一つであるが、SDGsの非宗教的な性格は、宗教的な英知のこの目標達成への貢献を妨げかねない。タイの現在の状況がそのよい事例だ。「目標達成へのパートナーシップ」を呼びかけたSDGsの第17目標は、この王国の精神医療上の重大な危機に対応するための伝統的な仏教の英知を利用するために使うことができるかもしれない。

SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No. 3

仏教は、瞑想、とりわけ「マインドフルネス瞑想」を通じて穏やかな生活を過ごすために精神を落ち着けるというそのメッセージ性ゆえに、近年世界的に人気を見せており、西側社会ではブームとなっている。

数世紀にわたって「マインドフルネス」を実践し、全土に100を超える「マインドフルネス(ビパサーナ)瞑想」専門の場所を抱え、とりわけ西側社会から毎年多数の観光客を集めているこの国では、現代の精神医療上の危機に対応するために公的な医療体制にこうした実践を取り入れることに国民が消極的になっている。

今回の集団殺人は、薬物の乱用や銃犯罪、政治的汚職など、タイにおける重大な社会危機への関心を高めた。これに加えて、高齢化によって老人性うつへの対処が迫られるなど、精神医療上の危機が目前に迫っている。

容疑者のパンヤ・カムラプは34歳の元警察官で、メタンフェタミンを所持していたとの理由で6月に警察を解雇になっていた。しかし彼は、バンコクの大学に通い警察官となったような典型的な村の優等生であった。彼は現在、本来ならば数年前に対処すべきであった精神医療上の問題を抱えていると診断されている。

タイのメディアは、集団殺人発生を受けて、死者を悼む儀式を全土で行った僧侶の存在に注目し、王室の人々もこうした儀式に参加した。しかし、仏教の僧侶とメディアのいずれもが、精神的なストレスを癒し銃犯罪の危機に対処するためにいかに仏教が役割を果たしうるかという点について、沈黙を保っている。

タイの「PBNネットワーク」の元副代表であり地域メディアの一員であるピポペ・パニッチパクディは「タイのジャーナリストは中立性の概念に捕らわれて、宗教的な実践(この場合は、事態の解決策となりうるような実践)から距離を取ることで、特定の宗教を利してはいないことを示そうとしています。」とIDNの取材に対して語った。

「問題解決のために心理学のような近代科学(西洋科学)に頼るのではなく、問題から目を背けているとみられかねない宗教的な解決策を提示することは、古いやり方だとおそらくはみなされています。」とパニッチパクディは語った。

世界保健機関(WHO)の統計によると、タイには人口10万人あたり7.29人の精神医療従事者がいる。パニャの村ノンブアランプには精神科医がおらず、必要ならば100キロ以上も移動する必要があった。しかし、何千人もの僧侶や寺院には、精神的な問題を処理する能力が十分に備わっており、メディアや医療関係者がそれを認識するように国民を導くべきだと主張する評論家もいる。。

Map of Thailand
Map of Thailand

タイには僧侶が20万人以上いるが、精神科医は1000人以下しかいないと指摘するのは、タイ仏教の刷新を訴える社会運動家のマノ・ラオハバニッチ博士である。「タイには数千もの瞑想場があることで知られていますが、残念なことに、自己の修練や精神的な覚醒にばかり焦点を当てており、地域に手を差し伸べることを考えていません。」と彼は論じた。

ラオハバニッチ博士はIDNの取材に対して、「タイ仏教の弱点は、個人(精神的な修練)にばかり着目して、社会の懸念や問題に目を向けていないことにあります。この意味で、タイにおいては、仏教は解決策を提示するというよりも問題の一部となってしまっているのです。」と語った。

バンコクのワット・チャク・デンの僧院長フラ・マハ・プラノム・ダマランガロは、この問題点を認めて、「タイでは、寺院に出てきて地域の人々と関わり癒しを提供する僧侶がごく一部しかいないという問題があります。だからこうした社会問題が発生するのです。」と語った。

「寺院はもっと僧侶が民衆に対して仏教の教えを積極的に説くよう取り組まねばなりません。そうした活動は民衆に瞑想を広めるのと同様に有益だと思います。」

ワット・ボボルニウェット・ビハラの高僧であり、バンコクの世界仏教大学の学長でもあるフラ・アニル・サクヤ師は、IDNのインタビューに対して、「タイの深刻な社会問題に関して仏教を責めるのはお門違いだ」と語った。「仏教徒か非仏教徒かは関係ありません。普通の社会問題です。社会問題というのは、経済だったり政治だったりに根っこがあって、家族という伝統的な価値の道徳的倫理が崩れてきたことが原因です。」

「現在の社会では、宗教は子供を育てることにあまり関与していません。人々は『宗教』という言葉を避けようとしています。」とサクヤ師は語った。タイ文化には、家庭・学校・村・政府を巻き込んだ「ボーロン」という概念があるという。「タイの伝統社会では、かつて村や寺院、学校などが一緒になって関わり、社会を調和のうちに保つために協力していました。」

サクヤ師は心理的な「カウンセラー」というのは西洋的な用語であって、仏教の僧侶は仏陀の時代からその役割を果たしてきている、という。「心理的なカウンセリングに対する仏教のアプローチは、民衆に対する共感を持ち、どのような苦しみに対処しなければならないかを理解することです。2500年前はそのことが仏僧の主な仕事でした。」

サクヤ師は、近代的な精神医療体制に言及して、「ひとたび精神病患者として入院すると、非宗教的に扱われ、近代医療を通じて対応されることになります。それが問題なのです。」仏教の心理学は「すべての穢れ、すなわち貪欲、憎悪、無知から心を浄化すること」であると、サクヤ師は説明した。

薬物乱用や銃犯罪の問題に加えて、急速に高齢化するタイ社会は高齢者の間での「うつ」問題を抱えており、医療当局もまだ十分にこの問題を把握していない。タイの精神医療部局によると、タイの1200万人の高齢者のうち約14%に「うつ」の可能性があり、問題は今後悪化するとみられている。

サクヤ師は、仏教徒が多い国で、伝統的な仏教社会の価値観を精神保健当局が認めれば、この問題に取り組むことができると考えている。

Fra Anil Sakya Photo: WBU

バンコクのチュラロンコン王記念病院の神経科医ナタワン・ウトオムプルックポーン博士は、「ロンドンで勤務していたとき、現地の病院には仏教の信仰を用いた『マインドフルネス』のコースがありましたが、バンコクの病院では、(患者の)精神活動を刺激する活動が宗教と関係しないように気をつけています。」と語った。「タイでは、私たちはとても包括的でありたいと思っています。ここで行っている活動のほとんどは世俗的なものです…リハビリのように、私たちは非常に包括的であろうとしています。」と語った。

タマサート大学の開発経済学者であるニティナント・ウィサウェイスアン博士は、「精神の発展に関する仏教の教えは、仏教を単なる儀式と見ないのであれば、地域開発における健康科学と組み合わせることができると考えています。仏教は自己啓発を教えることができ、それは社会にも利益をもたらすはずです。…これはSDGs実現にあたっての重要な要素です。」と語った。

ウィサウェイスアン博士は、タマサート大学財団ががん患者と連携して、仏教の哲学と瞑想を用いて患者らが「絶望や苦しみ、痛みを伴わない価値を持って」亡くなっていく支援をしていると説明した。「医療部門における仏教は精神的なエネルギーを高める役に立ちます。」

サクヤ師は、「若い人たちや医療の専門家らは仏教の実践や哲学を精神的なストレスを癒す近代的な道筋とは見ていません。なぜなら、タイ政府が仏教の道徳や倫理を学校で教えることをかなり前にやめてしまったからです。」と指摘したうえで、「2つの主要な仏教系大学であるマハマクート、マハチュラロンコン両大学で仏僧らが仏教哲学を再導入し、来たる任務に備えて仏僧を訓練しようとしています。」と語った。

「これは(学校の)課外活動で、強制はできません。私たちは仏教とは呼ばず、『シラダマ』(道徳の教え)と呼んでいます」とサクヤ師は説明し、同時に村の多くの寺院には老人ホームがあり、高齢者は一日の大半を寺院の活動に費やし、それが精神療法になっていることを指摘した。

タイの多くの県で知事らの顧問を務めるほど影響力を持っている仏僧であるサクヤ師は、「仏教徒たちはそうやって生きてきました。世俗化してそれらを社会の中から排除してしまい、それが宗教の問題ということにされているのです。」と語った。(原文へ

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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【東京IDN=相島智彦】

この夏に開かれた核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議では、最終文書の採択には至らなかったが、核兵器使用のリスクを減らすための議論が繰り返されたことは、わずかではあるが希望となった。核兵器の先制不使用(NFU)の方針が、会議の歴史で初めて最終文書案の中で言及されたのである。

Izumi Nakamitsu/ UNODA
Izumi Nakamitsu/ UNODA

核軍縮の進展が止まったこの最も激動の年に、核リスク低減に関する多国間での進展があったことを認識することができる。

第一委員会の一般討論の初日(10月3日)、中満泉・国連軍縮担当上級代表は次のように述べた。「私はすべての核兵器保有国に対し、人類を絶滅の危機から救うための緊急措置として、いかなる核兵器についても先制不使用を約束するよう緊急に訴える」。この呼びかけは、8月のNPT再検討会議において、多くの非核保有国や市民社会の代表が上げた深い懸念の声と完全に調和している。

Photo: Dr. Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun.
Photo: Dr. Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun.

池田大作SGI会長は、NPTの核兵器国5カ国(P5)に対し、1月の核戦争防止に関する共同声明を順守し、「先制不使用」の原則を直ちに宣言するよう促した。また、核兵器を保有するすべての国や核依存国の安全保障政策として普遍化するよう求めた。

第一委員会の討議に参加した国の発言には、この文脈で重要なものがいくつもある。まず、すでにNFUを宣言しているインドと中国の2つの核保有国が、この政策を世界の理想像として推進していることである。そして、中国は、核保有国は核兵器の先制不使用を約束すべきであるとし、P5に対して、核兵器の相互先制不使用に関する条約を制定することを促した。

また、米国は、核政策においてリスク低減の追求を優先させるとしている。これに対してロシアは、自国の核抑止政策は純粋な防衛的性格のものであると宣言している。また、英仏は、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」とした1月の共同声明に引き続きコミットすることを表明している。これは核軍縮の努力を長年支えてきた精神であり、国際社会が厳粛に見守る中で行われたこれらの声明に見合った行動をとることが肝要である。

リスクの低減は軍縮と同じではないが、「先制不使用」の姿勢を貫くことで、安全保障政策における核兵器の役割を低減することができる。これは、世界的なイデオロギーの闘争によって高められた緊張を和らげ、すべての当事者が崖っぷちから一歩下がり、恐怖と不信による自縄自縛の連鎖を断ち切って、核軍縮に向けた有意義な交渉を再開させるための条件を整えることができるだろう。

Photo: The UN General Assembly Hall. Credit: Manuel Elias/UN.
Photo: The UN General Assembly Hall. Credit: Manuel Elias/UN.

釈尊が水利権をめぐる2つのコミュニティーの対立を調停したときの言葉は次のようなものである。「殺そうと争闘する人々を見よ。武器を執って打とうとしたことから恐怖が生じたのである」(『ブッダのことば』中村元訳、岩波文庫)。

この言葉は、軍備を増強することで、真の意味で持続的な安全保障を実現することはできず、むしろ恐怖感や相互不信、危険性を増大させるという現実を証明している。中満氏が指摘するように、核兵器の場合、その危険性は人類の存亡に関わるものである。

この機会を捉えて、すべての国が核保有国の先制不使用を求め、この原則を支持することで、消極的安全保障をすべての非核兵器国に事実上、拡大することが必要である。

核兵器のない世界の実現は、人類社会のすべての構成員に固有の生存権を保障するために、実現しなければならない重要な目標であることは言うまでもない。核兵器は決して使われてはならず、この悲惨な事態を防ぐために有効な手段を講じるという明確な認識こそが、この目標への道筋を支えるのである。(原文へ

INPS Japan

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核の脅威が高まる中、停滞する軍備管理

【国連IDN=タリフ・ディーン

ロシアや北朝鮮による核の脅威が高まる中、国連は10月24日から軍縮週間を迎え、大量破壊兵器、特に核兵器はその破壊力と人類への脅威から、引き続き最大の関心事であると警告した。

しかし、これまでのところこれらは、軍事力或いは攻撃的な見せかけだけの脅しを派手に誇示したものに過ぎない。

先日発表された国連の最新版「2021年軍縮年鑑」では、2021年の核軍縮に関する国際社会の「進展」の一部が掲載されている。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

この年の画期的な出来事と言えば、1月22日に核兵器禁止(核禁)条約が発効したことであろう。

この画期的な成果を受けて、2月上旬には「米国とロシア連邦の戦略的攻撃兵器のさらなる.削減と制限のための措置に関する条約(新START条約)」が5年間延長された。

米国とロシアがこの二国間の唯一の法的拘束力のある軍備管理協定の延長に協定の期限まであと数日というタイミングで合意したことは、次世代の軍備管理に向けた基礎作りが火急の課題であることを示した、と同年鑑は記述している。

しかし、2021年から22年にかけての核軍縮分野における進展の停滞についてはどうだろうか。それでもって、これまでの進展は打ち消されてしまうだろうか。

国際原子力機関(IAEA、本部ウィーン)でかつて検証・安全保障政策局長を務めたタリク・ラウフ氏は「私の見方では軍縮の『赤字』が2020年から21年にかけて増大してしまった。」とIDNの取材に対して語った。

「軍備管理は停滞し、包括的核実験禁止条約(CTBT)発効への動きは一向に進まず、中国・エジプト・イラン・米国は条約を批准せず、インド・パキスタン・北朝鮮は署名を拒否、イスラエルも批准を拒否しています。」

ラウフ氏は、2020年から21年にかけては核軍備管理も崩壊し、唯一の明るい話題は核禁条約が米国などの反対にもかかわらず発効に必要な批准数50カ国のしきい値に達したことだと指摘した。

核禁条約は現在、91カ国が署名、68国が批准を終えている。

国連軍縮部が1976年以来発行してきた刊行物である軍縮年鑑は、兵器の規制・管理・廃絶を通じて平和の大義を前進させる多国間の取り組みに関心を持つ外交官や一般市民に対して、包括的かつ客観的な情報を提供してきた。

2021年、これらの取り組みは新型コロナウィルス感染症のパンデミックという逆風に晒され続けた。

「コロナ禍は、軍縮や不拡散、軍備管理に関連した火急の課題に対して、政府間の公式かつ対面の会合で対応する能力に大幅に制約を課したのみならず、紛争地帯に対する人道支援の提供を困難にし、近年進展してきた経済的平等・ジェンダー平等の成果を打ち消す役割を果たしてきた。」と年鑑は記述している。

「さらに、コロナ禍によって、公衆衛生のような重要部門に公的資源を追加投入する必要性が世界中で感じられているにも関わらず、世界の軍事支出は、武力衝突が続く中で、あらたな歴史的なレベルに達しつつある。」

M.V.-Ramana
M.V.-Ramana

ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ)公共政策グローバル問題大学校で「軍縮・グローバル人間安全保障」プログラムの責任者を務めるM.V.ラマナ教授は、2022年という地点から21年の成果を見てみると、軍縮における成果が核兵器国(とりわけ現在はロシア)の行動によっていかに打ち消されてしまっているかを見ることができる、とIDNの取材に対して語った。

キューバミサイル危機以来最も核戦争の危機が高まっているこの2022年にあって、核禁条約発効という極めて大きな成果を見失ってしまうことはたやすい。」

しかし、核の脅威が定期的に取り沙汰されるという事実そのものが、とりわけ核兵器の使用の威嚇を禁じている核禁条約第1条の重要性を際立たせている、とラマナ博士は語った。

現状を見れば、「すべての国が普遍的にこの条約を遵守することを目的として、締約国でない国にも署名、批准、受容、承認又は加入を促す」ことを締約国に呼びかけた同条約第12条を思い起こさざるを得ない。

「もちろん、核兵器国がこの条約に加入する可能性は、現在はほぼゼロに近い。しかし、冷戦期に人類を核戦争から救った最も影響力のある核軍備管理条約は、キューバミサイル危機以後に署名されたものだということを忘れてはなりまえん。」とラマナ氏は指摘した。

国連は軍縮週間を記念しながら、「通常兵器の過剰な蓄積と不正取引は国際の平和と安全、持続可能な開発を危うくし、人口密集地での通常兵器の重火器の使用は民間人を著しく危険に晒している」と指摘している。

Photo: Wide view of the General Assembly Hall. UN Photo/Manuel Elias
Photo: Wide view of the General Assembly Hall. UN Photo/Manuel Elias

自律兵器のような新たな兵器技術は世界の安全を危機に晒し、近年国際社会からの関心が高まっている、と国連は警告する。

軍縮週間は軍縮問題と領域を超えたその重要性への意識喚起と理解の増進を図ることを目的としているが、この1週間にわたるイベントは、1978年の国連総会軍縮特別総会の最終文書(決議 S-10/2)によると、国連創設記念日にあわせて実施されている。

1995年、国連総会は加盟国やNGOに対して、市民の間に軍縮問題の理解を広めるために、軍縮週間に引き続き積極的に参加するよう呼びかけた(決議50/72B、1995年12月12日)。

「歴史を通じて、各国はより安全で安心な世界を築き、人々を危険から守るために軍縮を追及してきた。国連の創設以来、軍縮と軍備管理は危機と武力紛争の予防し終結させるうえで重要な役割を担ってきた。高まった緊張や危機は、より多くの武器によってではなく、真剣な政治的対話と交渉によってより良く解決されるのである。」

国連はまた、軍縮のための措置は、国際の平和と安全の維持、人道原則の保持、民間人の保護、持続可能な開発の促進、諸国間の信頼と信用の促進、武力紛争の予防・終結など、多くの理由から追求されてきた、と指摘している。

軍縮および軍備管理措置は、21世紀における国際および人類の安全保障の確保に役立つものであり、したがって、信頼性が高く効果的な集団安全保障システムの不可欠な一部でなければならない。

「国連は引き続き、軍縮・軍備管理・不拡散の取り組みを通じて、より安全かつ平和な共通の未来に貢献するさまざまな主体の取り組みと関与を歓迎する。」

Photo: UN Secretary-General António Guterres speaks at the University of Geneva, launching his Agenda for Disarmament, on 24 May 2018. UN Photo/Jean-Marc Ferre.
Photo: UN Secretary-General António Guterres speaks at the University of Geneva, launching his Agenda for Disarmament, on 24 May 2018. UN Photo/Jean-Marc Ferre.

この世界が、大量破壊兵器や通常兵器、あらたなサイバー戦の脅威にさらされるなか、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、人類を救い、命を救い、私達の共通の未来を守るための「新たな軍縮アジェンダ」を発表している。(原文へ

INPS Japan

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ウクライナ戦争で頭もたげる冷笑主義

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=チャンイン・ムーン】

わずか4カ月の間に、ウクライナ戦争は消耗的な世界規模の紛争となり、すでに西側の疲労感は高まるばかりとなっている。

「欧州の兄弟愛を頼りにしてください」

フランスのエマニュエル・マクロン大統領が、近頃ウクライナを訪問した際に述べた言葉である。これは、ウクライナへの全面的支援を我先に約束する他の西側諸国の指導者の言葉と同調するものだ。

ロシアによるウクライナ侵攻に対して国際社会がどれほど反感を抱いているか、悲劇に直面するウクライナへの支援がどれほど広がっているかが、ここに明確に表れている。(原文へ 

同時に、西側諸国によるこの積極的支援に対する冷笑的な見方も広がっている。

6月13日、筆者はプラハで2日間にわたって行われたEUとインド太平洋諸国のハイレベル対話に出席した。中国の台頭や世界経済システムの不安定性といった課題に対応する、EUとインド太平洋地域の協力を模索する場として意図されたものだが、話題の中心は明らかにウクライナにおける戦争だった。

特に有意義な質問をしたのは、今年40歳になったリトアニアのガブリエリウス・ランズベルギス外相である。

第1に、西側はウクライナにおける戦争を終わらせ、欧州の平和のためにロシアを完全に孤立させる手段と意志があるのかと彼は尋ねた。第2に、西側は、ウクライナが求める勝利のために支援を提供し続けられるのか。第3に、現在の通常戦争が核紛争にエスカレートするのを防ぐ有効な手段は存在するのか。第4に、戦争が長引くにつれて西側民主主義国の間に「戦争疲れ」が広まるのを防ぐことは可能か。

これらの問いは、ウクライナ情勢に内在するジレンマを要約している。また、ここには、西側の対応に対する冷笑的な態度も現れている。

戦争勃発以来、西側主要国はロシアを完全に孤立させることを目指して厳しい制裁を集中的に浴びせ、「民主主義」と「独裁主義」という二項対立によって状況を定義してきた。その一方で、彼らは現実的に深刻な制約に直面してきた。

まず、ドイツやフランスといった一部の欧州主要国は、ロシアを完全に孤立させることに懐疑的である。ハンガリー、セルビア、トルコ、イスラエルなど、長期にわたってロシアと密接な関係を続けてきた国々も、このアプローチには同意していない。

一方、インド、メキシコ、ブラジル、南アフリカなど、地理的に遠い民主主義国は、多かれ少なかれ中立性を保っている。このことは、広範な反ロシア戦線の確立が困難となっている理由を説明している。

もう一つの障害は、相互依存の兵器化による皮肉な効果に関係する。制裁は、エネルギー価格や穀物価格の急騰に起因するインフレ圧力や、不活性ガスの輸出制限によるサプライチェーンへの制約という、意図せざる結果ももたらしている。

その一方で、戦争初期の予想に反して、ロシアの通貨価値と株式指数は回復の兆しを見せている。厳しい制裁によるこのブーメラン効果は、ロシアを完全に孤立させることがいかに難しいかを示している。

戦争の最終的な帰結に対する共通認識を見いだすことは、さらに難しい注文である。目標は単なる平和協定ではなく「勝利」であるべきだという意見に対する国民の支持の高まりを受けて、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ドンバス地方だけでなく、2014年にロシアが強制的に併合したクリミア半島も奪還するという意図を宣言した。

しかし、現実の状況は厳しい。米国や他の西側主要国は、事態の長期化を防ぐために適切な条件で戦争の早期終結を受け入れる準備があることをちらつかせ始めてさえいる。

このことは、近頃のジョー・バイデン米大統領の発言にも表れている。彼は、ウクライナがロシアとの和平交渉で優位に立てるようになるまで、米国は支援を提供すると述べたが、それ以上に攻撃的な措置については否定的な口調であった。これは、戦争がキーウの望む通りになる見込みが低いことを示唆している。

米国や欧州諸国の直接軍事介入を妨げている主な要因として、特に核エスカレーションの懸念がある。西側の戦略目標は、ウクライナの存続を確保し、領土を保全し、ロシアに侵略への罰を与え、同時に、核エスカレーションを防ぎ、戦争を早期終結させることと特徴付けられる。

これらの目標の中で最も重要なのは、核エスカレーションを防ぐことである。言い換えれば、キーウのためにニューヨーク、パリ、ロンドン、ベルリンを犠牲にするという選択肢はない。これは、西側の軍事行動に対する決定的な足かせとなっている。

同じように、戦争の長期化を許すことも受け入れられる選択肢ではない。わずか4カ月の間に、ウクライナ戦争は消耗的な世界規模の紛争となり、すでに西側の疲労感は高まるばかりとなっている。

さまざまな国で、インフレをはじめとする経済的悪影響の中、国民の関心は急速に低下しつつある。欧州の世論調査では、戦争の「平和的終結」への支持が、ロシアを罰するために戦争を継続することへの支持を大きく上回っている。

冷笑的・懐疑的感情の広がりは、ウクライナにおける戦争について国際社会が公言してきたような連帯の限界を示唆するものである。それはまた、各国がそれぞれの費用・便益計算に基づいて行動を決定する可能性が高くなっているということでもある。

最終的には、関係する全ての国が現実主義に戻り、平和的解決を優先する必要があるだろう。戦争を本当に終わらせるためには外交的妥協によらざるをえないということを、歴史はわれわれに教えている。

チャンイン・ムーン(文正仁)は、世宗研究所理事長。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。

INPS Japan

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|バーレーン対話フォーラム|宗教指導者らが平和共存のための内省と行動を訴える

【マナマINPS Japan=浅霧勝浩

国連「文明の同盟(UNAOC)」のミゲル・アンヘル・モラティノス上級代表は、11月3日の第1回バーレーン対話フォーラムの開会セッションにおいて、「今日の世界は、紛争が多発し、宗教や文化、民族によってアイデンティティを規定された人々が憎悪に苛まれ続ける、かつてないほどの困難に直面しています。社会的、文化的な溝は深まり、部族主義、民族抗争、イスラム恐怖症、反ユダヤ主義、外国人恐怖症、ヘイトスピーチ、超国家主義が横行しているのです。」と語った。

Mr. Miguel Ángel Moratinos/ UNAOC
Mr. Miguel Ángel Moratinos/ UNAOC

「このようなグローバルな課題に対応するためには、全体的なアプローチが必要です。テロリズムや宗派対立、人種差別的な言説が引き起こす惨劇を食い止めるには、安全保障上の措置だけでは十分ではありません。私たちは、これらの誤ったナラティブに対して、人間の連帯を示し希望を提供する必要があります。」とモラティノス上級代表は述べ、このフォーラムのテーマ「東洋と西洋、人類共存に向けて」のベースとなっている『世界平和と共生のための人類の友愛に関する共同宣言書』は、「暗いトンネルの終わりに輝く一条の光であり、すべての信仰を包含する宗教間対話の青写真に他なりません。」と語った。

この共同宣言書は、カトリック教会教主であるローマ教皇フランシスコとイスラム教スンニ派で最も権威のあるアル・アズハルモスクのグランド・イマームであるアフマド・アル・タイーブ師が2019年2月4日にアラブ首長国連邦のアブダビで署名したものだ。

ローマ教皇フランシスコとタイーブ師の友情が生み出した「人類の友愛」文書の核心は、テロや暴力のために宗教を利用することを非難し、環境保護などの現実的な問題で協力するよう呼びかけている。共同署名式典で2人が頬を寄せ合う写真は、「希望の象徴 」として話題となり、カトリック教会とイスラム世界との関係を大きく前進させたと広く称賛された。さらに、2020年12月に国連総会は、共同宣言書が署名された2月4日を、世界中で平和、調和、異文化間の対話を促進する人々の意識を高め、その努力を認識することに捧げられる日として「人類友愛国際デー」に定めた。

Map of Bahrain

ペルシャ湾に浮かぶ33の島で構成されるバーレーン王国は、外国人労働者が人口の半数を占める多文化・多宗教社会で、国内にはモスクの他、キリスト教の教会、シナゴーグ、ヒンズー教や仏教の寺院が並立している。また政権を担う王室はイスラム教スンニ派だが、国民の約7割がシーア派である。こうした背景から、バーレーン政府は、「共存・寛容・開放」の方針を重視し、宗教・文化間の対話の機会を率先して創出してきた。今回初の開催となったバーレーン対話フォーラムは、この流れを汲み、ハマド・ビン・イーサ・アール・ハリーファ国王が、「人類の友愛」文書に公式に賛同したことにより開催が実現した。

この2日間のフォーラムは、宗教、宗派、思想、文化の指導者間の対話の架け橋となることを目指すバーレーンの熱意のもと、ムスリム長老評議会、イスラム最高評議会、キングハマド平和共存グローバルセンターが主催し、フランシスコ教皇やアフマド・アル・タイーブ師など、世界各国の著名な宗教指導者や学者約200人が出席した。

First day of the Bahrain Dialogue Forum was held at Isa Culture Center photo: Seikyo Shimbun

フォーラムのプログラムは、地球規模の共存と人類の友愛、対話と平和的共存の推進を取り上げ、時代の課題に取り組む宗教指導者や学者の役割を考察するセッションから構成された。

ムスリム長老評議会のシェイク・ハーリド・ビン・ムハンマド・アル・カリファ議長は、古来より文明の十字路としてバーレーン(2つの海の意味)が多様な文明を寛容に受入れてきた社会的な背景と、宗教への寛容に関するバーレーン王国宣言をはじめとする、平和と共生に向けた同国の取組みを紹介したうえで、「地域社会における共存を広め、維持し、定着させるためには、宗教と宗派の特異性を尊重し、信教の自由を認めることが重要である。」と語った。

カリファ議長はまた、「バーレーンは、人口や面積に対するモスクや礼拝所の数の割合が世界一で、誰もが積極的な共存の中で宗教儀式を実践しています。」と指摘したうえで、「バーレーンは、この分野で追随すべきグローバルなモデルとなっている。」と語った。

Ecumenical Patriarch Bartholomew I/ By President.gov.ua, CC BY 4.0
Ecumenical Patriarch Bartholomew I/ By President.gov.ua, CC BY 4.0

ヴァルソロメオス1世コンスタンティノープル総主教は、宗教的原理主義が横行している現状に対する正教会の対応として、宗教間対話の重要性を強調し、「宗教間対話への反対は、通常、宗教的多様性に対する恐れと無知または不寛容から来るものです。対照的に、本物の誠実な宗教間対話は、宗教的伝統の間の違いを認識し、民族と文化の間の平和的共存と協力を促進します。これは自らの信仰を否定するのではなく、他者に心を開くという観点から自らのアイデンティティと自意識を適応させ、豊かにしていくことを意味します。また、偏見を癒し、払拭し、相互理解と平和的な紛争解決に貢献することができます。」と語った。

「グローバルな共生と友愛を推進するための経験」と題したセッションでは、ニジェール前大統領でムスリム長老評議会のメンバーであるマハマドゥ・イスフ氏が、貧困、飢餓、気候の問題に加え、政治、経済、安全保障上の紛争や危機という点で、今日の世界情勢は、人々に大きな重圧をもたらしており、平和と安全を実現するために、宗教間の対話を通じた協力、和解、収束が求められていると説明した。

Bulat Sarsenbayev, chairman of the board of the Nazarbayev Center for the Development of Interfaith and Inter-Civilization Dialogue photo: Katsuhiro Asagiri, President and Multimedia Director of INPS Japan.
Bulat Sarsenbayev, chairman of the board of the Nazarbayev Center for the Development of Interfaith and Inter-Civilization Dialogue photo: Katsuhiro Asagiri, President and Multimedia Director of INPS Japan.

カザフスタンの「ナザルバエフ宗教間・文明間対話発展センター」のブラート・サルセンバエフ所長は、9月14日と15日にローマ教皇フランシスコとアル・タイーブ師をはじめ、バーレーン対話フォーラムの参加者の多くが参加して、首都アスタナで開催した第7回世界伝統宗教指導者会議の成果文書について説明し、同会議は恒久的な宗教間対話のプラットフォームとして、今後も連携を深めていきたいと語った。世界伝統宗教指導者会議は、ソ連時代にカザフスタン東部のセミパラチンスク核実験場で行われた核実験で100万人以上の犠牲者を出した経験から独立後核兵器を放棄し、調和の中で人々が生きる多宗教・多文化社会を目指してきたことを誇るカザフスタンが、9・11同時多発テロ後に世界全体で宗教的対立が起こる中、2003年に開始したイニシアチブである。第7回会議では、成果文書の一部として「人類の友愛」文書が採択された。

「現代の危機―気候変動と世界的食糧危機への宗教リーダーと学術者の役割」と題したセッションでは、創価学会の寺崎広嗣副会長が、環境問題や食料問題等と仏教思想の関係について述べた「仏教の特質は万物に対する慈悲にあり、自らの受けている恩恵を正しく認識し、自らが環境や他の生物のために貢献していくことが、人間としての正しい生き方であると教えている。」という池田大作SGI会長の言葉に言及したうえで、「仏法者の私たちに備わる役割は、一人一人が慈悲の精神を拡大して主体的に問題の対処に望むこと、また、そのような主体者を増やすべく、周囲の人々に働きかけていくことではないかと確信します。」と語った。

寺崎副会長はまた、「困難な問題ほど市民の理解と支持を得る努力なしには前進はなく、問題解決のためには、一人一人が行動に立ち上がる必要がある点を踏まえて、創価学会では、現実は変えられるとの『希望』のメッセージを発信することを心がけ、またそれを実践する青年の姿などにもフォーカスしています。」と語った。さらに、「気候変動による食料問題の解決等は、こうした問題が実際に個人に与えている苦痛という観点から考えていくことがますますます重要であり、そのような視点を社会の中であらゆる機会を通し共有することも重要です。」と指摘した。

Session Three: The Role of Religious Leaders and Scholoars in Adressing Contemporary Challenges: Climate Change and the Global Food Crisis   photo: Seikyo Shimbun
Session Three: The Role of Religious Leaders and Scholoars in Adressing Contemporary Challenges: Climate Change and the Global Food Crisis photo: Seikyo Shimbun

翌日サヒール宮殿で行われたフォーラムの閉会式で、アル・タイーブ師は、コーランが説く3つの原則(①人には違いがあること、②信仰の自由があること、③人間関係を成立させる唯一の方法は知己であること)に言及して、「コーランには、人間関係を規定する規則が論理的に列挙されており、再解釈や歪曲の余地はありません。人々の自然な相違は信仰の自由を必要とし、それは人々の間の平和的な関係を必要とするのです。」と語った。

Dr. Ahmed Al Tayeb photo: Katsuhro Asagiri
Dr. Ahmed Al-Tayeb, the Grand Imam of Al-Azhar and Chairman of the Muslim Council of Elders
photo: Katsuhro Asagiri

そのうえでアル・タイーブ師は、「このことを、現代の学術プログラムに適応し、宗教哲学の目から見て、人生には異なる信仰、人種、肌の色、言語を持つ人々のための余地があること、そして文化の多様性が文明を豊かにし、今日欠けている平和を確立できることを若者に教え、説いていく必要があります。」と述べ、宗教学者や思想家たちに、宗教的共通点に関するこのような議論の余地のない事実について、若者たちの教育にもっと力を入れるよう呼びかけた。

さらに、「相違点を理解した上で、共通点と一致点に焦点を当てるべきです。私たちは共に、憎しみや挑発、破門といった言葉を追い払い、古今東西のあらゆる形態の、そしてあらゆる負の派生物である紛争を脇に追いやろうではありませんか。」と述べ、スンニ派とシーア派の対話について画期的な呼びかけを行った。

ローマ教皇フランシスコは、「バーレーン」の国名が「二つの海」を意味することに着目しつつ、「東洋と西洋はまるで対立する二つの海のように見えますが、私達はこのフォーラムのタイトル『東洋と西洋、人類共存に向けて』にあるように、対立とは異なる、出会いと対話の針路をとりながら、同じ海を航海するためにここに集っています。」と語った。

Pope Francisco/ Wikimedia Commons
Pope Francisco/ Wikimedia Commons

教皇はさらに、「世界の各地で破壊的な紛争は続き、誹謗中傷、脅迫、非難の声が上がる中、私たちは今にも崩れそうな均衡状態の中にあります…世界の多くの人が食糧危機や環境問題、パンデミックなどで苦しむ一方で、ごく少数の権力者たちが自分たちの利益を得るための争いに没頭し、『人類の園』は皆に大切にされるどころか、ミサイルや爆弾による『火遊び』の舞台となり、武器が人々に涙と死をもたらし、私たちの『共通の家』を灰と憎しみで覆っています」と指摘したうえで、「こうした荒れる海を前に、神と兄弟たちに信頼を置く私たちは、人類のただ一つの海を無視し、自分の潮流だけを追う『孤立の思想』を退けるためにここに集い、東西の対立の構図を皆の善のために改めながら、劇的に拡大するもう一つの分裂、『世界の南北格差』にも注意を向け続けています。」と語った。

さらに教皇は、「宗教指導者たちの課題は、『互いに関係しながらも分裂している人類』が皆、共に航海できるよう力づけることであります」と述べ、そのために必要なものとして、「祈りの精神」「女性や子供たちの保護も含めた市民の権利・義務と兄弟愛の教育」、そして「戦争や暴力を明確に拒絶し平和のために取り組む行動」を挙げた。(英語版

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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