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最良の時代、最悪の時代

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジョセフ・カミレリ】

それは、最良の時代であり、最悪の時代でもあった…
それは光の季節でもあれば、暗闇の季節でもあったし 
希望の春でもあれば、絶望の冬でもあった 
二都物語 1859年

フランス革命の激動を背景にしたチャールズ・ディケンズの有名な歴史小説のこの冒頭の一節は、人類が現在置かれている窮状を見事に言い当てている。

あらゆる側面から重大な問題が私たちに押し寄せている。ある日は新型コロナウィルス感染症、次の日はウクライナ危機、その翌日は気候変動の惨状、そして人種差別の様々な醜い顔…。数え上げればきりがない。(原文へ 

フランス革命の激動を背景にしたチャールズ・ディケンズの有名な歴史小説のこの冒頭の一節は、人類が現在置かれている窮状を見事に言い当てている。

あらゆる側面から重大な問題が私たちに押し寄せている。ある日は新型コロナウィルス感染症、次の日はウクライナ危機、その翌日は気候変動の惨状、そして人種差別の様々な醜い顔…。数え上げればきりがない。

これらは、単につながりのない苦悩なのか、それとももっと深刻な病の症状なのだろうか。私たちはどのようにこれらの状況を理解すれば良いのだろうか。政治的駆け引きやプロパガンダ、ありきたりの決まり文句を超えることはできるだろうか。このようなことについて、どのように他者とコミュニケーションをとればよいのだろうか。どのように対応すればよいのだろうか。

この原稿を書いている間にも、私たちはロシアによるウクライナへの軍事侵攻と、その恐ろしい結末を目の当たりにしており、紛争解決への道はまだ見えてこない。このことは、私たちの時代の混迷ぶりを如実に物語っている。

戦闘が始まってから4週間が経過した時点で、国連は民間人約1200人が死亡、2000人近くが負傷したと推定しているが、言うまでもなく、この中に両軍の兵士数千の被害は含まれていない。

さらに、広範囲にわたるインフラの破壊、約650万人の国内避難民、約400万人の国外避難を余儀なくされた人々も、この恐るべき統計に加えなければならない。

ロシアには確かに、米国が先導する軍事同盟をロシアの玄関先にまで近づけた一連の北大西洋条約機構(NATO)拡大に対して、正当な不満があるのは間違いない。隣国ウクライナでNATOへの加盟を目指す政権が誕生し、火に油を注ぐことになった。

プーチンに限らず多くのロシア人は、自分たちは執拗な挑発と屈辱を受け、ウクライナの少数派ロシア人は脅迫と嫌がらせを受けてきたと感じている。しかし、だからといって武力の使用やウクライナの人々が受けている酷い苦しみが正当化されるわけでは決してない。

また、戦争の犠牲となるのは、現在繰り広げられている人間の悲劇だけではない。

米国と同盟国による厳しい制裁措置は、オリガルヒ(新興財閥)よりも一般のロシア人を苦しめる可能性が高い。ロシアの中央銀行や政府系ファンドの資産凍結、SWIFTからのロシアの排除、ガスパイプライン「ノルドストリーム2」事業の停止、拙速に進められたその他の措置は、別の国々や、既にして脆弱な世界の金融システムにマイナスの影響を与えることになろう。

米国や、一部のより声高な同盟国がプーチンに対して投げつけている非難によって、交渉を通じた紛争解決が促進されることはないだろう。「戦争犯罪」との非難は、イラクやアフガンの民衆に対してなされた破壊行為に責任を持つ西側諸国の指導者に対しても同様に投げかけられたのであれば、より大きな道徳的権威をもてただろう。

このような状況において、西側の主要メディアが役に立ってきているとは思えない。ウクライナの軍事・政治エリートが提供した「事実」なるものや解釈が見出しを飾っているが、他方で、政府から独立した立場を持つ学者を含めたロシアの人々の声はあまり聞かれることがない。(たいていは匿名である)米国の軍事・諜報筋や、シンクタンクでその侍従のようにふるまう者たちの声は大きくなり、彼らの見解はまるで福音のように受け取られている。

一部のみ真実を含む情報や、偽情報、そして完全な欺瞞がもたらす政治的、文化的、心理的悪影響は、今後何年にもわたって続くだろう。

しかし、間違いなく最も悲惨な犠牲は、全面的な冷戦へと回帰する可能性、蓋然性があるということだろう。飛行禁止区域設定についての無思慮な議論や、ウクライナへの軍事支援供与の拡大、原子炉に対してなされた無謀な攻撃、愚かな核兵器使用の威嚇は、第二次世界大戦以来最大の危機をもたらしている。

どうすれば、この混乱から抜け出せるだろうか。端的に言えば、「非常に困難である」ということだ。この疑問に答えるために、私は6段階からなるプロセスを提案したい。それは、?まずは銃を置くことが決定的に重要だがそれでは不十分であること、?主要な問題は常に互いに連関があるから全体的なアプローチが必要であること、という二つの原則に則っている。

ここでは、そのステップの概要を述べるにとどめる。

  1. 双方が何かを獲得し、何かを譲歩する時にのみ維持できるような即時停戦(理想的には国連が監視する停戦)。すなわち、モスクワは武力行使を止め、キーウはロシアの正当な不満についての実質的な協議入りに同意する。
  2. ウクライナへの殺傷能力のある武器供与を止め、人道危機に対処する大規模な国際的支援を実施する。
  3. ロシアの長年の懸案事項に関する交渉が実質的に進展すれば、ウクライナ領内からロシア軍を段階的に撤退させる。
  4. 第三者の活用:国連事務総長や、中国・フランス・トルコ・南アフリカ・インドなど、ロシア・ウクライナ双方に効果的に接触できる複数の国の政府を、協議プロセスの中でさまざまな形、さまざまな段階で利用できるようにしておくこと。
  5. ロシア軍撤退後、大規模な国連平和維持軍を創設すること。そうした平和維持活動は長期にわたって必要となるかもしれない(米・ロおよびその同盟国の軍はこれに関与すべきではない)。
  6. これらの取り決めは、ロシア、米国、また欧州におけるその同盟国の間で核軍縮協議を進め、非軍事化に向けた重要な措置をとることを目指した一連の長期的な協議への道を開くものでなければならない。これらの取り決めは、気候変動や他の重要な環境問題を包む共通で協力的、包括的な安全保障に関する欧州全体の新たな枠組みの一部を形成することになるであろう。

これらのどれも一夜にして成るものではないし、人間の英知やエネルギーを世界的に呼び覚まさずに実行できるものでもない。しかし、再生への可能性はある。

さまざまな領域で活動している世界中の知識人や芸術家、科学者、宗教指導者、小規模なメディア関係者、無数の活動家、積極的な市民が、現状に代わる刺激的な代替策を提供してくれている。

同時に、他者と意思を通わせつながる能力は、個人的なネットワークを通じてだけではなく、国内外を問わず爆発的に加速している。

しかし、こうした可能性はまだ単に萌芽の段階にすぎない。人間の現状を苦しませる多面的な病理に対する認識が高まりつつある。しかし、それだけでは不十分だ。

もし、人々が対話によってこの課題に取り組み、より洞察力に富みエネルギッシュな関与を生み出そうとするのであれば、表面的な症状を越えて、病理の背後にあるものを追究しなければならない。

また、そこにとどまることもできない。より健全な、より好ましい状態がどのようなものであるべきか、考えをめぐらすべきだ。

もし実質的な変化(例えば、現在の安全保障政策の大幅な転換、効果的なメディア規制、気候に配慮したエネルギー政策など)を想定するなら、前途は多難であるということは明らかだ。

多くの人は、近視眼的で無能な、あるいは腐敗した指導者を指弾することだけで満足している。そんな単純なことであればよいのだが。強力な利害関係はしばしば一般の人たちの目からは隠されている。深いところに根差した集団的な発想はなかなか変わらないものだ。私たちの現在の仕組みの中には、もはや目的に適ったものではなくなっているものもあるだろう。こうした障害をいかにして乗り越えることができるのか。

これらの問題は、国内および国家間で、持続的かつ広範な対話を必要とする問題だ。そして、そうした熱心な探究は、少数の人々の知識や洞察だけに頼るわけにはいかない。

私たちの時代が倫理的に必要とするものは、変化をもたらすための集団的な能力を高めることだ。

近々、7週間にわたるシリーズ「最良の時代、最悪の時代:岐路に立つ人生をナビゲートする 」では、この記事で提起された疑問について、第一線の思想家や実務家の協力を得て、考察していく予定である。登録方法などの詳細は、https://crossroadsconversation.com.au/?page_id=1229 を参照。このシリーズは、4月26日からオンラインと会場にて開始する予定。

ジョセフ・カミレリは、ラ・トローブ大学名誉教授、オーストラリア社会科学アカデミー会員、「岐路の対話」の呼びかけ人。安全保障、対話、紛争解決、国際関係理論、現代世界における宗教・文化の役割、アジア太平洋地域の政治などに関する30冊以上の著作、120本以上の章・論文を著してきた。また、これまでに多くの国際的な対話や会議を呼びかけてきた実績があり、最近では「公正で環境的に持続可能な平和」を2019年に呼びかけている。

INPS Japan

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教皇フランシスコ、カザフスタンを中央アジアの「信頼できるパートナー」と称える

【バチカンKAZINFORM】

バチカン市国を公式訪問中のカザフスタン共和国のムフタール・ティレウベルディ副首相兼外務大臣が、教皇フランシスコに謁見する栄誉に浴したと、カザフスタン外務省の報道担当が明らかにした。

謁見中、カトリック教会のトップでありバチカン市国の元首である教皇フランシスコは、カザフスタンが中央アジアにおけるバチカンの信頼できるパートナーであることを強調した。教皇はまた、カザフスタンのカシムジョマルト・トカエフ大統領が「新カザフスタン構想」の一環として打ち出した政治・経済改革と、来る憲法改正を問う国民投票を高く評価した。

両者はさらに、今年9月にカザフスタンの首都ヌルスルタンで開催予定の第7回世界伝統宗教指導者会議の議題について議論した。教皇フランシスコは、カザフスタンの宗教間合意や宗教間対話の促進に関する取り組みを賞賛した。

KAZINFORM

ティレウベルディ外相は、教皇フランシスコがカザフスタンを公式訪問し、第7回世界伝統宗教指導者会議に参加する歴史的な決定について、これはカザフスタンと中央アジアのカトリック教徒の間で非常に期待されていることだと語った。

バチカン訪問の一環として、ティレウベルディ外相は、国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿および宗教間対話評議会議長のミゲル・アユソ・ギショット司教とも個別に会談を持った。

両者は、調和と相互尊重の精神に基づき、カザフスタンとローマ教皇庁の間の協力関係をさらに発展させることに焦点を当てた。国務大臣を代表して、ティレウベルディ外相は、宗教間対話の発展と世界伝統宗教指導者会議の理念の普及に貢献したギクソット司教にドスティック勲章(勲2等)を授与した。(原文へ

KAZINFORM
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翻訳:INPS Japan

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【ワシントンDC/IDN=ジョン・P. ルール】

ウクライナ危機以降、米国のインドへのアプローチは、インドの米国に対する歴史的な不満を再燃させるものであった。しかし、ロシアや中国など他の大国がインドに働きかけていることは、国際情勢においてインドの影響力が増していることを物語っている。

2月のロシアによるウクライナ軍事侵攻以来、米国は対ロシア制裁への支持を集め、外交的に孤立させようとしている。バイデン政権は、インドがこの制裁を順守することについてはほとんど期待していなかったが、インドは公然と制裁回避の方法を模索し、国連でロシアを非難することも控えている。

インドは注意深く行動し、ロシアの侵攻を支持する姿勢を見せず、代わりにロシアとウクライナの紛争解決のための対話を呼びかけている。インドと良好な関係にあるウクライナを怒らせたくないという思いに加えて、ロシアの行動を是認していると見られたくない、さらには、インドの伝統的な外交政策である非同盟政策から外れたくないという思いもあるのだろう。

しかし、このようなインドのバランス重視のアプローチは、米国の怒りを買っている。米国は、ウクライナ紛争を、孤立した権威主義的なロシアに対する民主主義国家の統一戦線という構図で捉えようとしている。中国のロシアへの外交支援やグローバル・サウスにおけるロシアの幅広い支援と並んで、インドによるロシアとの慎重かつ持続的な協力は、このような構図を崩すものであった。

The official State Department photo for Secretary of State Antony J. Blinken, taken at the U.S. Department of State in Washington, D.C., on February 9, 2021. / Public Domain]By U.S. Department of State, Public Domain
The official State Department photo for Secretary of State Antony J. Blinken, taken at the U.S. Department of State in Washington, D.C., on February 9, 2021. / Public Domain]By U.S. Department of State, Public Domain

4月11日、ブリンケン米国務長官は、オースチン米国防長官、シン国防相、ジャイシャンカール外相との共同記者会見で、一部当局者による人権侵害が増加していると指摘してインドを批判した。この発言は、インドの政界や社交界ですぐに批判を浴びた。特に、この問題が議論されるという警告が米政府高官から事前になかったからである。

ブリンケンの発言は、2014年に政権を握ったナレンドラ・モディ首相のもとで民主主義が後退したとされるインドを巡り、ここ数年欧米で批判が高まっていたことを受けたものだ。その結果、モディ首相の支持者の多くが、過去数世紀にわたってインドで西欧諸国が果たした歴史的役割に対する反感を強めている。

摩擦を察知した他の大国は、米国とインドの間の分裂を利用しようとしている。特にロシアは、ウクライナ紛争に対するインドの中立的な立場を受け入れ、ここ数ヶ月、インドへの石油輸出を大幅に割引いた価格で急拡大させている。これは、石油、天然ガス、石炭、原子力発電の協力を通じて、インドとロシアの間で長年にわたって高まってきたエネルギー関係をさらに補完するものであり、エネルギー分野以外の両国間の商品輸入も増加している。

また、インドは長年にわたりロシアにとって最大の武器輸出先であり、さらなる軍事協力に拍車をかけている。国連におけるロシアの伝統的なインド支援も、インド政府が貿易維持を堅持しているおかげで、今後も継続されるに違いない。

European Union Flag
European Union Flag

欧州連合(EU)は米国と同様、インドにロシアに対してより厳しい姿勢をとるよう説得を試みており、3月28日にはインドがウクライナへの侵攻を非難しないことを「好ましくない」と指摘した。しかし、EUは批判をほぼ制限し、代わりにインドとのより建設的な関係を追求する戦略に注力している。

2020年には、「EU-インド戦略的パートナーシップ:2025年へのロードマップ」を採択して関係をアップグレードし、21年4月には「インド太平洋における協力のためのEU戦略」を明らかにし、インドとの関与を高めることに大きな重点を置いている。その1カ月後、インドとEUは、自由貿易協定を結び、経済関係の強化に向けた取り組みを再開するために、オンラインによる会合を開催した。

そして今年5月上旬、モディ首相は3カ国にわたる欧州歴訪を実施した。2日にはベルリンで第6回独印政府間協議が開催され、世界の安全保障と二国間関係の拡大が議論された。4日にはコペンハーゲンで、デンマーク、アイスランド、フィンランド、スウェーデン、ノルウェーの首脳による第2回インド・北欧首脳会議が開催された。その日のうちにモディ首相はパリに飛び、再選されたフランスのエマニュエル・マクロン大統領と会談した。

二国間、多国間のフォーラムやEUとの幅広い取り組みを通じて欧州諸国と関係を構築することは、インドが現在直面している米国からの圧力の高まりとのバランスをとるのに役立ち、またロシアをめぐる意見の相違にもかかわらず、欧州がインドに関与する意欲を示している。

インドにとって最も大きなチャンスは、ウクライナでの紛争が中国との関係をどのように変えるかであろう。ここ数週間の米国のインド批判は、80年以上にわたってインドとさまざまな国境衝突を繰り返してきた中国にとって見逃せないものだった。2020年以降、中国軍とインド軍は係争中の国境の一部で、緊迫した命がけのにらみ合いを続けている。

India China Locator/ By Myself - Image:United Kingdom China Locator.png, CC BY-SA 3.0
India China Locator/ By Myself – Image:United Kingdom China Locator.png, CC BY-SA 3.0

また、中国はインドと領土問題を抱えるパキスタンを支援し、インドはチベットの精神的指導者であるダライ・ラマを保護している。中国は1951年にチベットを併合して以来、この地域を支配しており、中印間の摩擦の原因となってきた。今世紀に入り、中国とインドが力をつけるにつれ、アジアにおける両国の関心領域は重なり合うようになった。

しかし、両国とも外交の選択肢を残しており、国境で起きている対立は現状をより強固にするものでしかない。インドは、ここ数十年の中国のパワーと影響力の増大が世界的な規模であったとしても、中国軍には動じないことを証明している。

2020年から21年にかけての中印国境での膠着状態が最も激しかった時期から、緊張はやや和らいでいる。このため、中国の地域覇権をインドに受け入れさせるために、より強硬な手段を用いようとする競合する「大国外交」戦略よりも、経済的な取り組みを通じてインドを誘惑しようとする中国の「近隣外交」が優先されたと認識されるようになった。

Photo: An artist rendering of the future U.S. Navy Columbia-class ballistic missile submarines. The 12 submarines of the Columbia-class will replace the Ohio-class submarines which are reaching their maximum extended service life. It is planned that the construction of USS Columbia (SSBN-826) will begin in the fiscal year 2021, with delivery in the fiscal year 2028, and being on patrol in 2031. Source: Wikimedia Commons
Photo: An artist rendering of the future U.S. Navy Columbia-class ballistic missile submarines. The 12 submarines of the Columbia-class will replace the Ohio-class submarines which are reaching their maximum extended service life. It is planned that the construction of USS Columbia (SSBN-826) will begin in the fiscal year 2021, with delivery in the fiscal year 2028, and being on patrol in 2031. Source: Wikimedia Commons

インドとの緊張を緩和しようとする中国の政策は、インドが米国と正式な安全保障同盟を締結し、アジア太平洋地域における中国の野心が大きく損なわれることを中国政府が恐れていることに起因している。インドと米国以外に日本とオーストラリアも参加する日米豪印戦略対話(Quad)は、今のところそのようなものにはなっていない。しかし、2021年に比較的突然、米国、英国、オーストラリアの間でAUKUSという安全保障同盟が創設されたことは、この地域における中国の計画に対する挑戦がまだ可能であることを示した。

AUKUS発表の衝撃は、中国がインドとの友好関係を模索するきっかけとなったことは明らかである。パキスタンは依然としてインドの主要な関心事であり、中国はアジア太平洋地域における米国との対立に大きな関心を寄せている。中国とインドが休戦すれば、ウクライナ侵攻の余波から新しい世界秩序が形成される中で、両国の最も重要な関心事に対処するために外交政策を再編成することができるだろう。

インドと中国が意見の相違を解決するのは難しいが、両国の関係改善を促進する道はいくつか存在する。中国の「一帯一路構想(BRI)」においてインドがより大きな役割を果たすよう奨励することは、両国間のより積極的な関係を固めるための建設的な経済的インセンティブを生み出すことにつながるだろう。

インドと中国は、カザフスタン、キルギス、パキスタン、ロシア、タジキスタン、ウズベキスタンと共に、上海協力機構(SCO)という国際政治・経済・安全保障ブロックの加盟国でもある。インド、中国と良好な関係にあるロシアは、欧米が関与しない国際機関で中印間の紛争を調停することで、その外交力を誇示する機会を得ようと考えている。

インドが国際的に注目されるようになったことで、大国がインドへの関心を高めていることは明らかである。インドは2年連続で、世界で最も急速に成長している主要経済国になると予想されている。

China in Red, the members of the Asian Infrastructure Investment Bank in orange. The proposed corridors and in black (Land Silk Road), and blue (Maritime Silk Road)./ By Lommes - Own work, CC BY-SA 4.0
China in Red, the members of the Asian Infrastructure Investment Bank in orange. The proposed corridors and in black (Land Silk Road), and blue (Maritime Silk Road)./ By Lommes – Own work, CC BY-SA 4.0

しかし、ウクライナ危機へのインドの対応を巡る米国の圧力は、インドへの米国の熱しやすく冷めやすいアプローチの限界も示している。1971年の印パ戦争では米軍がインドを威嚇し、98年の核実験ではインドとパキスタン双方に制裁を加えた。さらに、アフガニスタン戦争やテロとの戦いにおけるパキスタンへの支援は、インドに大きな懸念を抱かせた。

しかし、インドと米国はこの30年間、民主化プロセスへの支持、中国のアジア戦略への警戒、地域のイスラム過激派への対抗努力などを背景に、二国間協力も強化してきた。インドは、安全保障、外交支援、エネルギー、貿易協力などを巡ってロシアと緊密な関係を築いており、インドが非同盟の姿勢を崩さない理由もここにある。このような現実を認識する代わりに、米国はインドが採用した政策への批判を強めている。

インドの外交政策は、他の全ての主要国からの協力を呼び込むことを可能にし続けるだろう。その中には米国との萌芽的な関係を維持することも含まれるが、インドに対する追加的なインセンティブがないため、インドの外交政策を変えようとするバイデン政権の努力は今後も徒労に終わるだろう。(原文

INPS Japan

INPSのパートナーメディアであるグローブトロッターによるコラム記事。筆者はワシントンD.C.在住のオーストラリア系米国人ジャーナリストで、Strategic Policy編集者。現在、今年出版予定のロシアに関する本を執筆中。

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助けられるなら、助けよう。―ウクライナ人支援に立ちあがったイスラエル人ボランティアたち(3)スタス・マネヴィッチ(イスラエル・フォー・ウクライナ設立メンバー)

【エルサレムNGE/INPS=ロマン・ヤヌシェフスキー】

*NEG=ノーヴァヤ・ガゼータ・ヨーロッパ

ロマン・ヤヌシェフスキー by РОМАН ЯНУШЕВСКИЙ
ロマン・ヤヌシェフスキー by РОМАН ЯНУШЕВСКИЙ

イスラエルはロシアとウクライナに対して中立を維持しようと懸命に努力してきたが、対ロシアの関係が急激に悪化したのは必然であった。それを助長したのは、「ヒトラーにもユダヤの血が流れていた」を主張したセルゲイ・ラブロフ外相のスキャンダラスなインタビューと、その後の鋭い言葉の応酬であり、最後はウラジーミル・プーチン大統領がイスラエルのナフタリ・ベネット首相に自ら謝罪することになった。

一方、一般のイスラエル人には、政府が直面していたような難しいジレンマはなかった。国民の大多数は、最初から一方的な軍事侵攻にさらされたウクライナを支持していた。

さらにロシアが主張する残忍な「特別軍事作戦」は、イスラエルに新しい現象を生み出した。ロシア語を話す人々だけでなく、多数のイスラエル人が、ウクライナ人の苦しみを目の当たりにして、彼らを助けなければならないと痛感したのである。その結果、多くの公的な取り組みやボランティアプロジェクト、人道的な支援金集めが自然発生的に始動することとなった。中には、それまでボランティア活動をしたことがなかった人々が組織したものも少なくない。ロマン・ヤヌシェフスキーが、こうした支援活動に参画した人々の内、8人に話を聞いた。(今回は3人目の取材内容を掲載します)

Israel4Ukraine

スタス・マネヴィッチ:ロシアによるウクライナ侵攻が始まって最初の1週間は、テレビから離れることができませんでした。そして2月末にはポーランドにウクライナ難民を支援するボランティアに行こうと一旦は決意しました。ところが友人から「たとえ一人で行ったところで、大勢のボランティアの一人に過ぎず、たぶん意味がない。それよりも、戦地から難民を5人でも救出する手配ができればもっと役に立てるのではないか。」と言われました。そこで妻のガルヤと相談して、ウクライナ国内でバスを手配することにしました。私の専門分野はIT関連ですが、以前イスラエルでエクストリーム・ツーリズムのオーガナイザーをやっていました。ウクライナの観光フェアに参加したり、ウクライナのパートナーと仕事をしたりしていたので、当時からウクライナの多くのツアーオペレーターや旅行代理店と知り合いになっていたのです。

Israel4Ukraine

彼らの協力で、まもなく信頼できるバス会社を見つけ、5千ドルでバスを手配できました。基本的に自分たちの費用は自ら賄いますが、運営費用の一部を補償するために、Facebookに投稿を公開しました

その日、友人のシモン・シュレヴィチがポーランドから帰国してきました。キエフから国境までウクライナ難民を脱出させるバスを手配したことを話すと、賛同してくれて、早速彼を入れた3人でキエフ入りし、難民家族を乗せた国境行きバスを運行しました。

まもなく、バス1台を手配するために必要な金額よりも、さらに多くの資金が集まるようになりました。そこで、もう1本、ハルキウからのバスを手配したほうが良いのではと考え、実行に移しました。こうしてこれまで(5/1現在)に、100台以上のバスを手配し、ウクライナ各地から4144人の難民をポーランド国境に避難させることができました。

ヤヌシェフスキー:本業の仕事についてはどうですか?

マネヴィッチ:昼夜を問わず避難作業に追われ、本業を休まざるを得ない状況でした。当初は2週間ほど休職して、それから更に1カ月半ほど仕事とボランティア活動を両立させようとしました。しかし、さすがに2カ月を終えて本業に完全復帰せざるを得ませんでした。その時点で、私が担当していた案件をボランティアチームの他のメンバーに引き継ぎました。私の勤め先は私のリクエストにとても寛大で、バスの手配費用に1万ドルも寄付してくれたうえに、2カ月間も自由に活動させてくれました。しかし、こうした好意に甘えるのもそろそろ潮時だと判断しました。さすがに、あのままボランティア活動を優先していたら、職を失っていたでしょう。この場合、自らを犠牲にして他人に十分な支援の手を差し伸べることはできません。

ヤヌシェフスキー:なぜ、このようなプロジェクトを始めたのですか?マネヴィッチさんはウクライナ出身の方ですか?

Image source: Sky News
Image source: Sky News

マネヴィッチ:ロシアのウクライナ侵攻に直面して、「これは何かが間違っている。自分にも何かができるはずだ。」と気づいたのです。私はモスクワ出身ですが、イスラエルに住んで35年になるイスラエル人です。ロシアの国籍は持っていません。

私にとって故郷であるモスクワはとても身近で、友人もいますが、「政権与党の方針」は今や完全に間違っています。しかし同時に、私はこの紛争について、軍隊を支援するという意味での軍事的な立場を取りたくなかったのです。

妻のガルヤ、シモン、私の3人は、空爆や砲撃から人々を助け、戦地から逃れられるよう救出の手を差し伸べることに専念しようとすぐに決心しました。そして、国境まで避難民を誘導して空席となったバスの復路では、食料や医薬品などの人道支援物資を詰め込んで、ウクライナ各地に届けています。私たちは、ウクライナ人、ロシア人、ユダヤ人、誰であろうと例外なく、助けを必要としている人を助けることにしています。

Israel4Ukraine
Israel4Ukraine

3月1日にプロジェクト「イスラエル・フォー・ウクライナ」を立ち上げました。当時、私たちは3人でした。3月10日には、すでに20人が集まっていました。今は30〜40人くらいです。ボランティアの登録フォームがあり、そこから400人ほどが登録しています。参加したい、手伝いたいという人はたくさんいるのですが、時間的に余裕がある人がいないとダメなんです。仕事を終えて夕方から1日2時間程度では不十分ですし、効果がありません。グラフィックアーティスト、ソーシャルネットワーク上の文章を書くコピーライター、コーディネーターなど、あらゆる職種の方を募集しています。そして、ボランティアスタッフには、指示待ちではなく、進取の気性と創造性に富んだ資質が求められます。自分たちで提案し、実行し、宣伝する方法を知っている人、そうした情報と自由な時間をセットで持っている人が必要なのです。そうした意味で、この団体は、クリエイティブなチームになっていると思います。(原文へ

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ICAN、アフリカで核兵器禁止を成功裏に推進

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

2017年のノーベル平和賞受賞団体である「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)とそのパートナー団体が、核兵器禁止(核禁)条約批准を促進し、核兵器が人類全体に対してもたらす重大な脅威への意識を高める活動をアフリカ全土で展開している。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

核禁条約は、あらゆる核兵器関連活動への関与を包括的に禁止した文書で、核兵器の開発・実験・生産・取得・保有・貯蔵・使用及び使用の威嚇などの活動をいかなる場合も禁止している。

条約はまた、核兵器を領土内に配備したり、禁止行為を他国が行うのを支援したりすることも禁じている。

締約国は、その管轄下にある個人によって、あるいはその領土において行われる条約が禁止する行為を予防し取り締まる義務を負っている。

加えて、核禁条約は、核兵器の使用あるいは実験によって被害を受けた個人に対して適切な支援を提供すること、核兵器の実験あるいは使用に関連した活動の結果として汚染された、その管轄下にある土地の環境を回復するよう、締約国に義務づけている。

104カ国の非政府組織をネットワーク化しているICANは、2017年7月7日にニューヨークの国連本部で核禁条約が採択されるにあたって大きな役割を果たした。賛成122カ国、反対1カ国、棄権1カ国で、賛成国のうち42がアフリカ諸国であった。

Applause for adoption of the UN Treaty Prohibiting Nuclear Weapons on July 7, 2017 in New York. Credit: ICAN
Applause for adoption of the UN Treaty Prohibiting Nuclear Weapons on July 7, 2017 in New York. Credit: ICAN

2017年9月20日に、国連事務総長が核禁条約を署名開放した。2020年10月24日に国連事務総長に50カ国目の批准書が寄託されたことで条約第15条に基づき、翌21年1月22日に発効した。

それ以来、アフリカの全54カ国がこの画期的な条約への支持を国連総会で表明し、その多くが条約を実際に署名・批准した(リストはこちら)。また一部の国は現在、批准の手続きを進めているところである。

ICANが地域的に働きかけを強めているのは、アフリカ連合(AU)、アフリカ原子力委員会(AFCONE)、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)である。

2019年4月、アフリカ連合の平和安全保障協議会は核禁条約に関する会合を持ち、15カ国から成るこの機関に対してICANが発表を行う機会が与えられた。2022年3月、アフリカ連合委員会は、ICANと組んで「アフリカにおけるTPNWの普遍化を促進する」会合を招集し、各国政府代表が意見を交わした。

各国代表らは、核禁条約の交渉・採択・推進にあたってアフリカ諸国の果たした主導的な役割、同条約が地域的な関心を持った他の条約、とりわけアフリカ非核兵器地帯条約(ペリンダバ条約)といかに連携効果を持っているかについて想起した。

ペリンダバ条約は、南アフリカ原子力公社の運営していた主要な原子力研究センターの名を由来としている。同地は、南アフリカが1970年代に原爆を開発・建造し、のちに貯蔵していた場所でもあった。ペリンダバ条約は1996年に採択され、28カ国目の批准をもって2009年7月15日に発効した。

Map of the countries ratifying the African Nuclear Weapons Free Zone Treaty./By Lokal_Profil, CC BY-SA 2.5
緑:署名・批准済。黄色:署名済・未批准。灰色:非署名 資料:Map of the countries ratifying the African Nuclear Weapons Free Zone Treaty./By Lokal_Profil, CC BY-SA 2.5

ペリンダバ条約は、条約締約国の領域内で核爆発装置を研究・開発・製造・備蓄・取得・実験・保有・管理・配備することを禁じ、また地帯内において放射性廃棄物を投棄することを禁止している。

また、締約国が地帯内において核施設に対して攻撃を行うことを禁止し、平和的目的に対してのみ使用される核物質・施設・機器について最大限の物理的防護を図るべきことが規定されている。

条約は、全ての締約国がその平和的核活動に関して国際原子力機関のフルスコープ保障措置を受けるべきことを義務づけている。アフリカ原子力委員会(AFCONE)の設立を含めた検証メカニズムが条約によって作られており、その事務所は南アフリカ国内に置かれる予定だ。

ICANはAFCONEと協力して核軍縮を進めてきた。2021年10月、ICANの代表が南アフリカ・ヨハネスブルクで開催されたアフリカ非核兵器地帯第5回締約国会議に出席した。

ICANと西アフリカのパートナー諸団体は、2019年以来、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)に関与している。2021年12月、ICANからの働きかけによって、ECOWAS議会は核禁条約への支持を表明し、ECOWAS加盟国に対して条約に加入するよう呼びかけた。

さらに、ICANは、アフリカ24カ国の国政レベルにおいて、核禁条約批准を促進し、人類全体に核兵器が与える重大な脅威について意識を高める活動を行ってきた。

その24カ国とは、アンゴラ・ブルキナファソ・ブルンジ・カメルーン・中央アフリカ共和国・チャド・コモロ・コンゴ民主共和国・エチオピア・ガーナ・ケニア・マラウィ・マリ・モーリシャス・モザンビーク・ナイジェリア・ルワンダ・セネガル・シエラレオネ・南アフリカ・南スーダン・トーゴ・ウガンダ・ジンバブエである。

2017年、アフリカ42カ国が核禁条約採択に賛成した。それ以降、29カ国が署名し、12カ国が批准した。中央アフリカ諸国で初めて条約を批准したのはコンゴ共和国である。

コンゴ共和国のジャン=クロード・ガコソ外務・仏語圏・在外自国民大臣 は、核禁条約が署名開放された2017年9月20日に、ニューヨークで行われたハイレベル式典にて同条約に署名した。

ICAN
ICAN

2022年5月12日のコンゴによる批准は、核軍縮に関する多国間行動がこれまでにもまして必要かつ緊急になっており、この恐るべき兵器の廃絶に向けて全ての国家が主導権を握る責任があるとのアフリカの確固たる立場を示したものであった。

「核禁条約の批准は、国際の平和と安全保障がこれだけの価値を持つものであることを再認識させるものであり、その価値は大きい」とコンゴ議会のイシドール・ムヴォウバ議長は2022年2月に語った。

たしかに、核兵器は、どこで使用されようとも、どのような形態の使用であろうとも壊滅的なものであり、死と破壊、気候変動、飢餓、それに続く難民危機をもたらすだろう。それは、アフリカ全土と世界全体に波及効果を持ち、人類の生存そのものを危機に晒すことになる。

コンゴ共和国におけるICANのバートナー団体である「コンゴ共和国公衆衛生・地域保健協会」(ACSPC)のジョージズ・バタラ=ムポンド氏は、「コンゴは、核禁条約を批准することによって、グローバルな公共保健に大きな貢献をしました。核兵器が使用されれば、長年にわたって壊滅的な健康上の影響をもたらすだろう。核禁条約をまだ署名・批准していない国は、コンゴの例に倣って、安全かつ健康な世界を目指すことが重要です。」と語った。(原文へ

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女子教育への投資はされるものの遅々として進まない経済的ジェンダー平等

【国連IDN=タリフ・ディーン

女子教育への投資が進んでいるにも関わらず、女性の経済的平等が進んでいない実態を新たな調査が明らかにした。

この調査では、こうした投資が女性とその家族の健康増進など多くの利益をもたらしている一方で、経済的な見返りは期待されたほどではなかったとの知見を明らかにしている。

Women in Bangladesh harvest vegetables as part of a livelihood programme to ensure their family’s food security. Credit: WFP/Sayed Asif Mahmud.

5月12日に発表されたこの研究は、ワシントンとロンドンを拠点とするシンクタンク「グローバル開発センター」の研究者らが執筆したもので、世界の最貧国において学校に通う少女の数が大幅に増加したものの、雇用や経済のジェンダー平等にはつながっていないことを明らかにした。

「女子教育への投資には意義があり、そのことに疑いはありません。しかし、女子生徒を学校に通わせるだけでは、その後の人生に平等な機会を与えることはできません。」と、本報告書の主執筆者の一人であるグローバル開発センター上級政策アナリストのシェルビー・カルバーリョ氏は語った。

126カ国を対象にした分析では、女子の教育水準が飛躍的に向上したにもかかわらず、女性の就労に関しては過去30年間ほとんど変化していないことが明らかになった。実際、女性は男性の2倍の割合で、雇用や教育を受けられていない。

また、女子教育と女性の平等:世界で最も有望な投資からより多くを得るには」と題された調査では、以下のことが明らかにされている。

  • 平均して、女子の就学率が上昇しても、働く女性の数は必ずしも増えておらず、働いたとしても、賃金や年功序列に大きな格差がある。
  • 世界的には、失業中の若者(15~24歳)の大多数は女性である。
  • インドでは、学校に行く女子の数が大幅に増えているにも関わらず、働く女性の数は1980年代以来増えていない。
  • エチオピア、マラウイ、パキスタン、ウガンダのデータは、女子教育の改善は労働市場の公平性に全く影響を及ぼさないことを示している。
  • ラテンアメリカでは、女子の学業成績が向上しているにもかかわらず、女性の社会進出が鈍化している。

こうした新しい知見は、国連の17項目の持続可能な開発目標(SDGs)、とりわけジェンダー・エンパワーメントと女性教育に関連した目標を棄損するのではないかという問いに対してカルバーリョ氏は「こうした制約は、SDGsの少なくとも3つの目標に影響します。」と答えた。

SDGs logo
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カルバーリョ氏は、「SDGsの第5目標では、すべての女性と女児のジェンダー平等とエンパワーメントの実現を呼びかけています。女子教育はジェンダー平等を実現するための重要な手段であり、各国は全ての女子に質の高い教育を提供するために絶対的に投資をしなくてはなりません。しかし、労働市場が男女平等でなければ、女性は教育の果実を享受することができません。」と語った。

「SDGsの第10目標は、国内および国家間の不平等の削減を求めています。ジェンダーの不平等は、国内における不平等の主な原因であり、政治的指導層から理科の先生の数に至るまで、女性が少ないことが進歩を遅らせることになります。」

さらに、「SDGsの第4目標は、すべての人に包摂的で公平な質の高い教育を求めています。しかし、パプアニューギニアやハイチでは高校を卒業できるのは女子の5人に1人、ベニンやギニアビサウに至っては女子の僅か5%しか高校を卒業できていません。このような状況ではSDGsの第4目標は達成できません。」と付け加えた。

カルバーリョ氏のインタビューの抜粋は以下の通り。

IDN: シャリーア法のあるアフガニスタンやサウジアラビアのような国々での女子教育やジェンダー・エンパワーメントの現状はどうでしょうか。

Image credit: United Nations Assistance Mission in Afghanistan (UNAMA).
Image credit: United Nations Assistance Mission in Afghanistan (UNAMA).

カルバーリョ:女子教育や女子の希望、労働市場で女子が得られる機会を制限するような厳格な法律や規範は、教育がエンパワーメントに果たす役割を制限し、たとえ教育の成果が同じであっても、人生の後半における経済機会の平等化に対する根強い障壁となる可能性があることが明らかになっています。

サウジアラビアやアフガニスタン、その他多くの国では、女子教育や女性の権利に関連するいくつかの分野で前進が見られる一方で、正式な法律や社会規範の両面で、女子教育が私たちの信じる大きな平等化の担い手となる可能性を制限し続けている分野もあります。

IDN:宗教、あるいは宗教の間違った解釈が、男女差別に影響があるとお考えですか。

カルバーリョ:社会規範は男女差別に大きな影響を持ちますが、それは宗教を含む多くの社会現象によってもたらされるものです。女性が働く能力、あるいは、特定の産業において女性が働く能力を制限する社会では、教育の恩恵を十分に受けられない女性がいます。

現在、3分の1以上の国で、女性が男性と同じ産業で働くことを制限しています。しばしば、男性中心の職場は給料レベルも高いものです。他にも、ローンの権利や労働時間の制限などの点で、女性は不利です。女子教育が実を結ぶには、女性が労働市場で平等な機会を得る以外にはないのです。

カルバーリョ氏はまた、「世界中の女性や女児にとっては、単に男性と同じ教育を受けるというだけでは、男性と同じ賃金を得る保証にならないのです。あるいは、未払いの家事労働や育児に時間を使うために、外で働けないということもあるでしょう。」

「また、男性からの暴力に遭う頻度が落ちるということでもありません。資産を手にするチャンスがより多くなるということでもありませんし、子どもたちが育つ社会がより平等になるという保証もありません。」と語った。

他方で、報告書の著者らは、教育制度がジェンダー平等を支援するために、学校を女子にとって安全な場所にし、女性差別を根絶し、卒業後の女子就労を一層支援するよう勧告している。

Photo: UNICEF's youngest Goodwill Ambassador Muzoon Almellehan in Chad. Credit: UNICEF UK.
(right) Syrian refugee and education activist Muzoon Almellehan meets Nigeria refugee girls at a sewing workshop in Daresalam refugee camp, Lake Region, Chad, Thursday 20 April 2017.

グローバル開発センターのシニアフェローで、本報告書のもう一人の主執筆者であるデビッド・エヴァンス氏は、「私たちは、女子を学校に通わせ学習を支援する方法については多くを知っています。しかし、学校がすべての女子にとって安全な場所にするためには、まだ学ぶべきことがたくさんあります。」と語った。

著者らは、こうした観点から、世界銀行や英国外務・英連邦・開発省(外務省)などの上位ドナーによるグローバル教育への投資について検証している。

ジェンダー平等や女子教育は、これらの機関が共通して焦点として掲げているものでる。2020年には、英外務省の教育関連資金の92%、世界銀行の資金の77%が、女子教育を優先事項とするプロジェクトに充てられていた。

「しかし、女子や、彼女らが抱えている特有の困難を対象とした事業は全体の半数以下しかない。教室でのジェンダー・バイアスの軽減に焦点を当てた事業は全体の5%に過ぎず、女子のエンパワーメント、アクセス、健康と安全、アドボカシーに焦点を当てたものは20%未満しかない。」と今回の報告書は指摘している。

この20年間における世界銀行の教育関連事業の中で、児童婚姻や若年層の妊娠、不十分な月経衛生管理など、女子特有の困難を取り上げた文書はほとんどなかった。

Shelby Carvalho, Senior Policy Analyst/ CGD

「教育制度における制度的なジェンダー・バイアスと、女子に対する学費を下げるなど、その多くが極めて単純で既に効力が証明された対応策に焦点が当たっていないことが、世界の中で最も貧しく、最も疎外された女子たちを苦しめている。コロナ禍によってその現状はさらに悪化している。」

都市部以外に住む貧しい女子たちは、学校に通えない可能性が最も高い。サハラ以南のアフリカでは、学校に入学していない人の半数以上が、農村環境で貧困ライン以下の生活をしていた、と報告書は指摘している。

「また、新型コロナウィルス感染症のパンデミックとそれに伴う景気後退、さらには親の失業や病気といったパンデミック以前の問題によって世帯収入が減少すると、女子は男子よりも学校に行けなくなる確率が高い。」

「ジェンダー平等や教育から得られる経済的利益を夢物語に終わらせないためには、私たちはもっと努力しなければなりませんし、おそらくこれまでのやり方とは違った考え方をする必要があります。」とカルバーリョ氏は語った。(原文へ

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核政策は「生命への権利」を侵害すると市民社会が警告

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

軍備管理・軍縮の取り組みが停滞する中、市民社会組織は、核政策は「生命への権利(=生きる権利)」に反すると主張している。「すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。この権利は、法律によって保護される。何人も、恣意的にその生命を奪われない。」と、市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)第6条は宣言している。

この条約に規定されている「生命への権利」をもとに、英国とオランダの軍備管理・軍縮推進団体が、両国の核兵器政策に異議を唱えた。

これらの団体は、最近、国連人権理事会において、この政策が「生命への権利」に違反しており、核兵器の威嚇や使用は、この権利と相容れず、国際法上の犯罪にあたるという結論を出していることを宣言した。

これらの主張は、ICCPRを含む国際人権法の下での英国とオランダの義務に関する普遍的定期的レビュー(UPR)の一環として、団体から人権理事会に提出された文書においてなされている。

3月31日に提出された文書では、生命への権利に適合するために、各国政府が取りうる政策行動についていくつかの提言がなされている。その中には、先制不使用政策の採用、核兵器システムの更新計画の中止、安全保障政策における核兵器の役割を段階的に縮小する措置、2022年のNPT再検討会議でNPT75周年にあたる2045年までに世界的に核兵器を廃絶する目標を推進すること、などが含まれている。

Photo Credit: climate.nasa.gov
Photo Credit: climate.nasa.gov

また、核兵器と気候変動との関連性(ネクサス)を強調する項目もあり、英国に対しては、核兵器の予算を再生可能エネルギー開発や気候変動対策資金に再配分すること、オランダに対しては、気候変動の問題を国際司法裁判所に提訴するイニシアティブを支持することなどが提言されている。

国連人権委員会は2018年10月に、「一般コメント36号」を採択し、核兵器の威嚇や使用は「生命に対する権利の尊重」と両立しないと断言し、ICCPR締約国は核兵器の開発、取得、備蓄、使用を控える義務があり、また既存の備蓄分を廃棄し、世界的な核軍縮を達成するために誠実に交渉を進める義務があるとした。提出された文書は、英国とオランダの核兵器政策がこれらの義務に違反していると論じている。

今回の文書は、ウクライナ戦争を巡ってロシアが核戦争の威嚇を行った中で提出されたものであり、核抑止政策のリスクへの対応が極めて重要であることを改めて認識させられる。ロシアは中国、フランス、英国、米国と共に5つの核兵器国の1つである。5カ国は核不拡散条約(NPT)により、核兵器の保有が公式に認められており、核戦争を起こす選択肢を保持している。

NPTに核兵器国として規定されていない4カ国、パキスタン(165)、インド(156)、イスラエル(90)、北朝鮮(40-50)は、NPT上の核兵器国と合わせて推定約1万3000発の核兵器を保有している。これらのほとんどは、広島に投下された核兵器の何倍もの殺傷力を持つ。さらに、核兵器の保有と使用を認めている他の31カ国もこの問題の一部である。

The World’s Nuclear Weapons/ ICAN

例えば、ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコは自国領内に米国の核兵器をホストしている。米国はこれらの核兵器の運用管理を維持していると主張するが、実はこれらの国々に配置されていることが米国の核戦争計画に役立っているのである。

また上記5カ国以外にも、米国が主導する北大西洋条約機構(NATO)やロシアが主導する集団安全保障条約機構(CSTO)など、防衛同盟の一環として自国に代わって核兵器の使用の可能性を認め、核兵器の保有と使用を「是認」する国は26カ国にのぼる。

Nuclear submarine HMS Vanguard arrives back at HM Naval Base Clyde, Faslane, Scotland following a patrol./ By CPOA(Phot) Tam McDonald – Defence Imagery, OGL v1.0

英国における核兵器の重要性は、化学および生物学的能力、またはそれに匹敵する影響を及ぼす可能性のある新技術からの脅威への対応を含め、幅広い状況下で核兵器を使用する可能性のある政策オプションのもと、いつでも発射可能な約160個の核弾頭(戦略原子力潜水艦4隻に各40個)を配備している事実にある。

オランダはフォルケル空軍基地に約20個の米国製核爆弾B61を保有し、戦時にはこれをオランダ空軍のF16戦闘機で潜在的目標に「運搬」する作戦手段を維持している。

国連人権理事会が提出書類の課題や提言を取り上げ、英国やオランダに指示することを決定した場合、両国はこれに応えることが義務付けられている。

ロシア、米国、フランス、カナダ、デンマーク、アイスランド、北朝鮮の核政策に関しても、2020年と21年に人権理事会や他の国連人権機関に同様の提出が行われたが、関連機関ではこの問題は本格的に取り上げられることはなかった。ロシアによるウクライナ侵攻に起因する核戦争の脅威が高まっている現在、人権理事会がこの問題を現在の審査サイクルでより高い優先順位とするよう、有識者たちは期待している。

英国に関する書類は、アボリション2000UK、平和を求めるアオテアロアの弁護士、スイス核軍縮法律家協会、バーゼル平和事務所、バートランド・ラッセル平和財団、クリスチャンCND、CNDウェールズ、国際反核法律家協会、 International Forum for UnderstandingLABRATS(核爆弾のレガシー/核実験の生存者を認知する会)、非核平和都市、パックス・クリスティ・スコットランド、地球的責任のための技術者・科学者国際ネットワーク、Sheffield Creative Action for Peace、平和のための結集決議、ウエストミンスターウエストロータリークラブ平和委員会、若者フュージョン、 世界未来評議会、その他80000人が提出した。

オランダに関する書類は、平和を求めるアオテアロアの弁護士、スイス核軍縮法律家協会、バーゼル平和事務所、オランダ教会協議会、国際反核法律家協会、パグウォッシュ・オランダ、平和法廷、世界未来評議会、気候正義のための世界青年の会、若者フュージョンが提出した。(原文へ

ICCPR締約国:2020年5月時点では、署名のみの国は74か国であり、そのうちまだ批准もしていないのは中華人民共和国、コモロ、キューバ、ナウル、パラオ、セントルシアの6か国である。サウジアラビアとミャンマーは署名もしていない。それを除く批准国と、加入国を合わせると、締約国は173か国である。出典:ICCPR-members: Dark Green – signed and ratified, Light Green – signed, but not ratified, Orange – signed, ratified but has stated it wishes to leave the covenant./ By Dudeman5685 – Own work, CC BY-SA 3.0

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC on 21 May 2022.

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国連が気候危機と核の脅威のネクサス(関連性)による差し迫った脅威を警告

ソ連の「人道に対する罪」から生まれた、核実験・核兵器廃絶の世界的な運動

この記事は、アメリカン・テレビジョン・ネットワーク(ATN)が配信したもので、同通信社の許可を得て転載しています。

【クルチャトフ/ ニューヨークATN=アハメド・ファティ、イラリア・マローニ】

1949年8月29日、カザフスタン東部のセミパラチンスクからわずか100マイル(約161キロ)に位置するクルチャトフ付近に設けられたこの広大で特徴のない土地(グラウンドゼロ)で、ソ連初の核実験が実施された。この実験場は、冷戦期を通じてソ連の核開発の中心であり続け、1989年までに456回の核実験が行われた。核爆発に伴う放射能を帯びた凄まじい破壊力は、がんや先天性異常など、実験場の周辺住民に暗い遺産を残し、今日に至るまで地域住民の苦しみは続いている。

アハメド・ファティ (グラウンドゼロでの映像

ここでは、地上では116回、地下では340回の核実験が行われ、実験場よりはるかに広い範囲に放射性降下物を撒き散らした。つまり、ベルギーや米国のメリーランド州とほぼ同じ面積の地域で毎月1回、核爆発が起きていたことになる。

ATN

セミパラチンスク核実験場は、1990年以前はソ連の数ある閉鎖都市の1つであった。クルチャトフやポリゴンのように、ソ連軍の特別許可が必要な秘密都市とされ、地図にも存在しない都市で、ソ連共産党政治局の高官だけがその内部事情を知っていた。

その土地に住む何千人もの人々は、しばしば非常に高いレベルの放射線に晒され、ソ連当局が住民への影響を測定するために、あえて窓を開けておくように言われた。実験場が閉鎖されて30年近くが経過した今でも、がん、流産、奇形、不妊など、多くの住民がその影響に苦しみながら生きている。現在、東カザフスタン州におけるがん罹患率は、全国平均の2~3倍に上っている。

核爆発の際、ソ連は住民に放射線の影響を調査するため、何の警告もなくその場にとどまるよう求めた。

ATN

ソ連の歴代指導者は、長年にわたってカザフスタンの人々に対して重大な人道に対する罪を犯したが、ソ連の崩壊によっていかなる結果に対しても責任を取ることはなかった。

ソ連崩壊後、セミパラチンスクは1991年8月29日(現在は「核実験に反対する国際デー」として記念されている)に閉鎖され、カザフスタン初代大統領ヌルスルタン・ナザルバエフは、核兵器を自主的に放棄するという歴史的な決断をした。

ATN

カザフスタンは今日、核軍縮と核実験禁止を求める闘いの世界的リーダーである。独立後の初代大統領ヌルスルタン・ナザルバエフは、2012年に「ATOM(Abolish Testing.Our mission)プロジェクト」を立ち上げた。

2016年には「核兵器の無い世界とグローバル・セキュリティのためのナザルバエフ賞」が創設された。第1回受賞者は、中東非核・非大量破壊兵器地帯創設に向けた努力と150万人のシリア難民の受け入れに貢献したヨルダンのアブドゥラ2世。「ナザルバエフ賞」の授賞式は、カザフスタン初代大統領がセミパラチンスク核実験場の閉鎖を決定した歴史的な日に合わせて実施されている。

セミパラチンスク核実験場の閉鎖日(8月29日)は、国際社会全体にとって特に重要であり、カザフスタンの主導により、この日は国連総会で「核実験に反対する国際デー」として宣言された。

今年の受賞者は、包括的核実験禁止条約(CTBTO)準備委員会のラッシーナ・ゼルボ事務局長と、国際原子力機関(IAEA)の故天野之弥前事務局長の2名であった。

「ナザルバエフ賞」を受賞したラッシーナ・ゼルボ包括的核実験禁止条約事務局長、国連グローバル・コミュニケーション部のナルギズ・シェキンスカヤ氏と。/ATN

天野之弥氏は、2019年7月18日に逝去した。受賞のために、故天野事務局長の妻の幸加氏、弟で元ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部特命全権大使の天野万利氏がカザフスタンに到着した。

ナザルバエフ・センターで、今年の「ナザルバエフ賞」を受賞した故天野之弥IAEA事務局長の未亡人、天野幸加氏と。

ナザルバエフ初代大統領は、故天野之弥事務局長がIAEAの主要目標の達成に特別な貢献をしたこと、またIAEAとカザフスタンとの協力関係が高いレベルにあることに言及し、さらに検証体制の強化とCTBT国際監視ネットワークの構築に向けたラッシーナ・ゼルボ事務局長の貢献を強調した。

授賞式には、イタリアのフランコ・フラッティーニ元外務大臣、IAEAのメアリー・アリス・ヘイワード事務次長、OPCWのアフメット・ウズムク元事務局長、核脅威イニシアチブ財団のデズモンド・ブラウン元国防長官、国連経済社会局の沙祖康元事務次長、ライナー・ブラウン国際平和局共同代表といった著名人が出席し、授賞式は盛大に行われた。

参加者は、この賞の重要性と関連性、カザフスタンの初代大統領が軍縮と不拡散の分野で果たした重要な役割、自国の利益だけでなく世界全体の利益のために尽力した世界的な政治家としての活動、地域と国際社会のセキュリティ強化への貴重な貢献について言及した。(原文へ

ATN

翻訳=INPS Japan浅霧勝浩

Filmed by Katsuhiro Asagiri, INPS Japan

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|視点| 終わりなき戦争(セルジオ・ドゥアルテ科学と世界問題に関するパグウォッシュ会議議長、元国連軍縮問題上級代表)

【ニューヨークIDN=セルジオ・ドゥアルテ

国連憲章は国際法の重要な規範を確立した。その前文は「われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救う」とする決定を確認している。憲章が採択された当時は、欧州やその他の地域を直接巻き込んだ2度の戦争によって世界が大きな衝撃を受けていた時期であった。憲章が高邁な目的を掲げているにも関わらず、国連の設立から77年の間に、地球上のさまざまな場所で武力紛争が発生した。

1945年から今年の2月までの間、1990年代にバルカン半島で旧ユーゴスラビアを構成した共和国間での紛争があり、NATOが軍事作戦を遂行した以外は、欧州の領土で戦争は発生しなかった。しかし、いくつか例を挙げるならば、朝鮮やベトナム、中東、アフリカやラテンアメリカのいくつかの国や地域は、大国の政治的、経済的利害によってしばしば引き起こされた戦争の被害から免れることができなかった。

この77年の世界における武力紛争(その一部は現在進行形である)のリストは長く、悲劇的でもある。潤沢な資金を持った軍事産業が対立を煽り、戦闘を助長してきた。

Cold war europe military alliances map/ CC BY-SA 3.0

第二次世界大戦後の数十年間、欧州では、大規模な紛争がなくても、緊張した不安な時代が続いた。政治的、イデオロギー的に対立する2つの重武装した陣営が、スカンジナビア東部からバルカン半島へ、さらにはトルコや地中海の一部を北から南へと貫いた線に沿って分断された地域をそれぞれ抑えて対峙した。その片側には、米国が主導して1949年に創設された北大西洋条約機構(NATO)があり、もう片方にはソ連が率いたワルシャワ条約機構があった。

2つの軍事同盟は、いくらかの危機はあったものの、直接戦火をまみえることはなく、微妙な戦力バランスを保っていた。この時代は「冷戦」期と呼ばれ、ソ連の解体まで続いた。そのイデオロギー的な要素は、国際秩序における権力と影響力の追求へと次第に取って代わった。冷戦は消滅したのではなく、単にその形を変えただけだったのである。

ソ連崩壊後、ワルシャワ条約機構は1991年に終了した。それから30年、その構成国の大部分がNATOに引き寄せられ、西側諸国に近い原則を持った政治的・経済的仕組みを採るようになり、いまや加盟27カ国となった欧州連合に加入した。

「東」だとか「西」だとかいうのは、あくまで相対的な概念にしか過ぎない。それは見る者の立ち位置によるのである。政治的、経済的、軍事的に、欧州の西側諸国(戦後におけるその象徴的な境界線はベルリンの壁だったが)は、ソ連を継承したロシア連邦とほぼ境界線を接するまでに迫っている。

さらに最近では、NATO・ロシアの両陣営とも、他者を主要な敵だとみなすようになってきている。両者とも幻想の優勢を求めてあらたな軍拡競争に走っている。「核戦争に勝者はおらず、戦われてはならない」とする米ロ共同声明が2021年に改めて出されたにも関わらず、相互の不信感が募っている。

Image source: Sky News
Image source: Sky News

ロシアは、NATOの東方拡大はロシアの安全への脅威であり、隣国であるウクライナがNATO加盟をめざすのではないかと警戒感を持っている。ロシアの懸念に根拠がないわけではないが、ロシアはそれを回避するために武力侵攻の道を選んでしまった。

理由はどうあれ、こうした態度は端的に国連憲章に完全に違反している。国連のすべての加盟国は、憲章に署名することによって、国際紛争を平和的手段によって解決し、他国の領土的一体性に対する武力の行使あるいは武力による威嚇を行わないとの約束をしているのである。

NATOの創設条約は、1つ以上の加盟国に対する武力攻撃を全体に対する攻撃とみなし、軍事的対応を行うとしている。ウクライナはNATO加盟国ではないため、NATOはこの紛争に直接介入する義務はないが、一部の加盟国はウクライナに対して武器供与を行っている。同時に、ロシアに対して個別的・集団的な厳しい制裁を課して、同国を経済的・軍事的に弱体化させ、ロシア政府に対する国内の反乱を誘発することを期待している。

紛争を外交によって解決する道は遠いようにも思える。しかし、戦争が人間に与える犠牲はきわめて大きく、戦場の状況は依然として不透明である。550万人以上がウクライナから避難し、双方で既に数千人の死者が出ている。

ロシアの当面の目的は、2014年に併合したクリミア半島への陸路の確保と、黒海のウクライナ沿岸の支配権の確立にあるようだ。ウクライナ軍は、ベラルーシ国境沿いの北部でロシア軍を押し返すことに成功し、首都キーウを含め、国土の中部・西部の支配権を維持している。

ウクライナ大統領はNATOの支援に依存しているが、既にNATO加盟の意向はないことを明らかにしており、自国領土の一部に対する主権を放棄する意向もないようである。現在までのところ、両国の外交的な接触は人道的な合意の問題に限定されており、一般市民の被害を予防・軽減するための措置は話し合われていない。

不安と緊張が再び欧州を捉え、紛争の行く末と、それが与える経済上・人道上の影響に対する世界の懸念が高まっている。最大の恐れは、核兵器使用につながるような形で紛争が軍事的にエスカレートしてしまうことだ。ロシアとNATOの核戦力にはそれぞれ「戦術」核兵器を含む。戦術核とは、戦場での作戦のために開発された比較的出力の弱い核兵器のことである。

それでもなお、それらの戦術核は広島・長崎を灼いた核兵器よりもはるかに強力である。核兵器を使用すれば、敵からの反応を引き起こし、予測不能な結果をもたらすエスカレーションの引き金となりかねない。

ICAN
ICAN

1987年に締結された条約によって欧州に配備されている中距離核ミサイルが撤去された。この決定は国民に安堵感を与え、両超大国間関係にデタント(緊張緩和)をもたらした。しかし、ロシア領内に現在展開されている部隊にしても、NATOが航空機あるいは潜水艦から使用できる核兵器にしても、直接対決した場合に壊滅的な被害を引き起こすのに十分なものである。

さらに、米ロ両国は、既存の防衛システムを回避しうる超音速の大陸間弾道ミサイルを保有する。それが使用されれば、互いを完全に破壊することになり、地球のその他の部分にも不可逆的な帰結がもたらされることになるかもしれない。事故や単なる過失によって人類が絶滅することがあるかもしれない。ロシアと西側との現在の対立はロシア・ウクライナ紛争という形で現れているが、これは通常兵器にのみ依存する形で進んでいる。ただし、NATOがさらに直接的に関与することになれば、核による報復の脅しが微妙な形でかけ続けられることになるだろう。

世界における永続可能な平和は、すべての当事者の正当な安全保障上の懸念を考慮に入れた誠実な理解を通じてのみ達成しうる。国際社会の手にある交渉手段は、戦争の惨禍を防ぐことを正に目的として創設されたものだ。

Ambassador Sergio Duarte is President of Pugwash Conferences on Science and World Affairs, and a former UN High Representative for Disarmament Affairs. He was president of the 2005 Nonproliferation Treaty Review Conference.
Ambassador Sergio Duarte is President of Pugwash Conferences on Science and World Affairs, and a former UN High Representative for Disarmament Affairs. He was president of the 2005 Nonproliferation Treaty Review Conference.

過去と現在の血なまぐさい紛争がもたらした計り知れない人的・物的損失が再発する危険性は、人類が歴史から何も学んでいないという警告である。より破壊的な兵器を求める競争は、決して覇権をもたらすものではない。むしろ明白なように、それは際限のない戦争を生み出し、煽る要因となる対立と不信を永続させる最も直接的な道なのである。

私たちの歴史を、より殺傷力の高い無差別な兵器による絶え間ない紛争の連続たらしめることは、論理的あるいは道徳的に正当化できない。人類は、一部の人々の安全が、他の人々の安全を犠牲にして達成されるものではないことを、今一度、理解しなければならない。過去の教訓を踏まえ、知恵と自制心を持つことが、平和な未来を築き、未曾有の大災害の危機を回避する最善の方法なのである。(原文へ

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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助けられるなら、助けよう。―ウクライナ人支援に立ちあがったイスラエル人ボランティアたち(2)ダフネ・シャロン=マクシーモヴァ博士、「犬の抱き人形『ヒブッキー(=抱っこ)』を使った心のケアプロジェクト」

【エルサレムNGE/INPS=ロマン・ヤヌシェフスキー】

*NEG=ノーヴァヤ・ガゼータ・ヨーロッパ

ロマン・ヤヌシェフスキー by РОМАН ЯНУШЕВСКИЙ
ロマン・ヤヌシェフスキー by РОМАН ЯНУШЕВСКИЙ

イスラエルはロシアとウクライナに対して中立を維持しようと懸命に努力してきたが、対ロシアの関係が急激に悪化したのは必然であった。それを助長したのは、「ヒトラーにもユダヤの血が流れていた」を主張したセルゲイ・ラブロフ外相のスキャンダラスなインタビューと、その後の鋭い言葉の応酬であり、最後はウラジーミル・プーチン大統領がイスラエルのナフタリ・ベネット首相に自ら謝罪することになった。

一方、一般のイスラエル人には、政府が直面していたような難しいジレンマはなかった。国民の大多数は、最初から一方的な軍事侵攻にさらされたウクライナを支持していた。

さらにロシアが主張する残忍な「特別軍事作戦」は、イスラエルに新しい現象を生み出した。ロシア語を話す人々だけでなく、多数のイスラエル人が、ウクライナ人の苦しみを目の当たりにして、彼らを助けなければならないと痛感したのである。その結果、多くの公的な取り組みやボランティアプロジェクト、人道的な支援金集めが自然発生的に始動することとなった。中には、それまでボランティア活動をしたことがなかった人々が組織したものも少なくない。ロマン・ヤヌシェフスキーが、こうした支援活動に参画した人々の内、8人に話を聞いた。(今回は2人目の取材内容を掲載します)

ロマン・ヤヌシェフスキー:第2次レバノン戦争(2006年)では、イスラエル北部はレバノンから激しい砲撃を受け、北部住民のほとんどは、友人や親戚、あるいは見知らぬ人の家に泊まり込み、より安全な地域へと向かった記憶がある。当時アシュケロン地区には、企業家アルカディ・ガイダマクの資金提供により、心理療法士が常駐する臨時難民キャンプが設置された。隣町のアシュドッドに住むダフナ・シャロンさんもその一人である。ポーランドのヴィテプスク出身の彼女は、子どもや青年の心の傷やPTSD治療を専門としている。

シャロンさんは、イスラエルの子どもの心のケアを専門とするシャイ・ヘン・ガル博士とアヴィ・サデ博士のチームに参加し、犬の抱き人形「ヒブッキー」(2音節目を強調、ヘブライ語で「抱っこ」の意)を考案した。やがて、「ヒブッキー:抱擁プロジェクト」を展開。科学的な研究により、「ヒブッキー」を使用することで子供のストレス反応が大幅に減少することが明らかになっている。

ダフネ・シャロン:「(ヒブッキーは)とても柔らかい犬のぬいぐるみで、とても悲しい顔をしています。子供たちは容易にこの犬の感情を読み取ることができます。私たちは、子どもに『この犬はどうして悲しいの?』と聞きます。実は、子どもは大人のように自分が経験した痛みを直接語ることができないことが多いのです。でも、人形に周りの大人たちに話せない心のトラウマを明かし、また人形を世話することによって自信を取り戻す効果も期待でき、ヒブッキーはその機会を与えてくれるのです。」

そこで私たちは子どもに、「こんな友だちが欲しい?この犬を幸せにできるのはあなただけなのよ。」と伝えます。

ヒブッキーは非売品で、心理療法士からのプレゼントとしてのみ入手可能です。人形療法をベースにしたトラウマ治療ができる、魅力的な万能ツールです。

Image credit: Royal United Services Institute (RUSI)
Image credit: Royal United Services Institute (RUSI)

ロシアによるウクライナ侵攻が始まると、私たちは参加しなければならないと思い、2月26日からは、大人と子どもへの支援も開始しました。文部省やユダヤ人庁等の協力を得て、あちこちから連絡先を集め、トラウマとの正しい付き合い方についてお話しする定期的なビデオリンク・セッションを始めました。残念ながら、(イスラエルに暮らす)私たちは戦争紛争によるトラウマに対処するために、多くの経験を積んできました。一方、ロシア侵攻前のウクライナにはこのようなシステムはなかったので、私は心理学者や教育者に、どのようにすればこのプロセスを適切に組織化できるかを伝えました。

最初はウクライナのユダヤ人学校やその子どもたちとの接触が多かったのですが、誰にでも活動を開放しました。ピーク時には600人が参加しましたが、紛争で電気やインターネットが遮断され、その数はどんどん減っていきました。ズームでの会話中に、空襲警報が出て、ウクライナ側の参加者が防空壕に逃げ込むということもありました。

その後徐々に幼い子どもたちも私たちのオンラインセッションに参加して、自分たちの体験を話し始めました。そこで、「ヒブッキー」のことを思い出し、緊急にプロジェクトを復活させ、ウクライナで開始することにしました。スピードアップのためには、現地で生産体制を整える必要があると考え、いくつかの工場を検討した結果、ドニプロ市のマシク社にたどり着きました。ヒブッキーの脚が外れないように、GOST(国際標準化機構)の規格をすべてクリアする必要があるのですが、彼らは私たちの高い要求基準をクリアしてくれました。

メインスポンサーであるユナイテッド・ヘルプ・ウクライナは、私たちを大いに助けてくれました。彼らの援助で1100個のヒブッキーを生産することができました。もちろん、もっとたくさん必要ですが。私たちは、3歳から13歳までの子どもたちを対象にしています。ウクライナだけでも270万人の子どもたちがいます。個人療法と集団療法を併用しています。同時に、ウクライナの専門家を育成しています。

ヒブッキー(Hibuki)by Embassy of Israel in Japan

今回はヒブッキーをさらに現代風にアレンジし、機能を追加しました。顔立ちが少し変わり、前足が長くなり、丈夫なスコッチテープとポケットが付きました。子どもたちはヒブッキーと一緒に暮らすようになると、怖いときには一緒に眠り、持ち歩くようになります。私たちは、このおもちゃをウクライナ風に改名することを提案しましたが、子どもたちはイスラエル風の名前を残したいと言いました。

また東日本大震災で地震や津波被害にあった日本のために、3000匹のヒブッキーを生産し支援の手を差し伸べました。また、ハリケーン・カトリーナの被害にあった米国や、9割の子どもがヒブッキーを持っているイスラエルでも、私たちの犬のぬいぐるみはよく知られています。

現在、私たちは特に、暴力に苦しむ難民の子どもたちが暮らす、ウクライナの首都キーウ近郊の特別なキャンプで活動しています。例えば、ブチャ出身の8歳の女の子がいます。彼女も母親も救出された時にはひどい状態で、私たちの専門家が心のケアにあたっています。

この少女はヒブッキーを与えられ、なぜそんなに悲しんでいるのかと尋ねると、ヒブッキーの両耳を結び始め、このように犬が耳を覆い隠していることを示しました。そして、ロシア兵による集団レイプから生還した経緯を詳しく話し始めました。

もう一つの事例を話すと、5歳のセリョーシャ君についてです。ロシア軍が侵攻してくる前、彼は学校に行く準備をし、よく話す活発な男の子でした。彼の一家は戦火を逃れて自宅を後にしました。途中、乗っていた車がロシア軍に砲撃され、両親が目の前で殺されてしまいました。祖母と二人でなんとかハンガリーまでたどり着いたのですが、セリョーシャ君はまったく話をしなくなりました。

Фото из соцсетей

Фото из соцсетей

ヒブッキーは10代の青少年向けというよりは、どちらかというと幼児向けです。うちのスタッフがハンガリーの難民キャンプを訪れた際に、幼児を中心に、13歳のボグダン君ら年長児2人を含むグループがいました。子どもたちに「ヒブッキー」を渡したところ、最年長のボグダン君が、あたかも心の中で火山が爆発したかのように、突然泣きだしたのです。その隣には、4歳くらいの小さな女の子、ナディアちゃんがいました。彼女は抱きしめていたヒブッキーを自分の体から離し、「ほら、あなたの方がもっと必要でしょう」と言って、ボグダン君に手渡しました。これはナディアちゃんが象徴的にボグダンを抱きしめた瞬間で、スタッフは感動して鳥肌が立ちました。

マリウポリから来た4歳の男の子は、ドニプロの難民キャンプで、私たちの心理学者らが「ヒブッキー」を配布しているのを見たそうです。彼は自分の胸元を指差しながら彼らのもとに駆け寄って「それ僕に必要です。一匹譲ってください。」と大声で叫びました。そしてヒブッキーを受け取って満面の笑顔を浮べたのです。後で、この少年は、この戦争で愛犬を失っていたことが分かりました。

8歳の男の子は、レスリング教室に行った時の話を感動的に語ってくれました。しかし突然話を中断し、「あ、ヒブッキーにはレスリング教室はないんだ。」とつぶやいたのです。後で分かったことは、レスリング教室があったパイオニアハウスが爆撃を受けて消失していたことでした。

Dafna Sharon
Dafna Sharon

まだすべての人に手を差し伸べることはできないことを実感しています。スポンサーが増えれば、より多くの「ヒブッキー」を贈って子供たちの心のケアを行うことができます。1個のぬいぐるみ犬を生産するのに16ドルかかりますが、それに儲けはありません。今のところ1件のスポンサーのみで、みんな出資しながら私たち5人のボランティアスタッフでプロジェクトを運営しています。

また、イスラエルの経験をウクライナで実践するため、心理療法士やソーシャルワーカーだけでなく、幼稚園や学校、サークルなどの教師にも参加してもらい、より広い範囲での活動を試みています。

また、ウクライナの状況は特殊であることにも注意が必要です。長い歴史の中で初めて、被害者への心理的援助が被害者自身によって行われるようになったのです。結局のところ、心理療法士自身もトラウマを経験しているのです。この経験は、今後何年にもわたって研究されることになるでしょう。(原文へ

Dafna Sharon
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翻訳=INPS Japan浅霧勝浩

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