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ロシアのウクライナ侵攻による環境・気候被害への深刻な懸念

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=松下和夫】

戦争は最悪の環境破壊であり、人権破壊である。

ロシアによるウクライナ侵攻はまさに人道的危機に他ならない。また、戦争による環境破壊は甚大で、その影響は長期に及ぶと懸念される。たとえ戦争が終結しても、環境破壊と汚染は復興を困難なものにするだろう。

過去の戦争によって引き起こされた環境破壊の歴史は、戦争の影響は広範かつ長期にわたるであろうことを示している。従って、少なくとも国際的な環境モニタリングと長期的な監視を一刻も早く開始する必要がある。(原文へ 

ウクライナは多くの石油精製所、化学工場、冶金施設を持つ重工業国である。ウクライナにおけるロシアの軍事行動は、現在も将来も長期にわたって、ウクライナの人々と環境に深刻な脅威を与えている。そしてその影響はウクライナに留まらない。

特にマリウポリには、二つの大規模な製鉄所と50以上の工業団地がある。マリウポリへの集中攻撃は、大気、水、土壌に長期的かつ不可逆的な環境リスクをもたらすだろう。

また、ウクライナには1986年に史上最大の原発事故を起こしたチョルノービリ(チェルノブイリ)原発があり、現在も国内で15基の原子炉が稼動している。侵攻開始当初、チョルノービリ原発はロシア軍によって一時的に占拠された。15基の原子炉が稼働している国で軍事行動を起こせば、未曾有のリスクを抱えることになる。そして、ウクライナだけでなく、欧州全域の自然環境と人々の健康を何世代にもわたって危険に晒すことになりかねない。 

ウクライナは、世界でも有数の貴重な自然の宝庫でもある。ウクライナ北部からベラルーシ、ポーランド、ロシアの国境に跨って、ポリーシャと呼ばれる低地帯がある。この広大な地域は、ドイツ国土のおよそ半分にあたる1800万ヘクタール以上にわたって豊かな自然が広がり、「欧州のアマゾン」とも呼ばれている。ここでは、モザイク状に広がる沼、湿地、森林、欧州最大の泥炭地帯をゆったりと貫くプリピャチ川が流れている。また、ポリーシャはオオカミ、ヘラジカ、バイソン、オオヤマネコなどの大型哺乳類の棲息地でもある。このように貴重なポリーシャでは、近年、着々と保護活動が進められてきたが、今や、戦車の走り回る戦場となってしまった。

また、ウクライナ最大の保護区でラムサール条約登録湿地である黒海生物圏保護区での戦闘では、宇宙からも見えるほどの火災が発生している。

この戦争は、ウクライナの小麦やトウモロコシに依存しているウクライナやその他多くの国々の数百万人の食糧安全保障を脅かしている。

そもそも、軍事行動そのものがもたらす環境破壊や有害物質・温室効果ガスの排出は甚大である。砲弾、ロケット弾、ミサイルなど発射されたものは全て金属を含んでおり、それらは環境中に残留する。爆発すると、これらの金属は粉々になり、工業地帯であれ住宅地であれ、当たったものに混入する可能性がある。そして、多くのエネルギーを消費する。

ウクライナの上空を飛ぶ戦闘機や、大地に散在する戦車は、膨大な量の燃料を消費する。兵員輸送車やトラック、燃えるインフラ施設は、いずれも大量のCO2を大気中に放出する。しかし、ある戦争でどれだけのCO2が排出されたかを正確に把握することは難しい。軍事関連の排出量に関するデータは極めて少ない。

ちなみに、欧州議会の左派が委託した紛争・環境監視団は2021年に、2019年のEUの軍事関連排出量は自動車1400万台分に相当すると試算している。

またオリバー・ベルチャーの2019年の分析によると、米軍は2017年に1日あたり27万バレルの石油を購入し、一機関としては最大の石油消費者となった。もし米軍自体が一つの国家であったとすると、世界で47番目の温暖効果ガス排出主体になるという(燃料使用による排出のみを計算)。米空軍だけでもこの排出量の半分以上を占める。これは航空機の燃料効率が極めて悪いこと、高高度でのCO2排出が地上における排出よりも4倍の温暖効果を持つためである。

戦争の長期的な悪影響の一つに、環境に関するガバナンスの崩壊の危機がある。紛争が勃発すると、国や地域、地元政府は対応を迫られ、環境保護プロジェクトは中止され、環境活動家や研究者は国外への脱出を余儀なくされる。

ロシアによるウクライナ侵攻は、両国だけではなく西側諸国でも軍事力の強化を加速させている。結果として、さらに大量の化石燃料が将来的に燃やされることになり、温暖効果ガスの排出は増えることだろう。政治的関心が喫緊の課題である気候変動から逸れ、気候変動対策に割くべき資源が失われ、今後の気候政策に悪影響を及ぼす可能性がある。これは、国際環境ガバナンスの危機を招きかねない。

2022年3月4日に閉会した国連環境総会では、108のNGOが、ロシアの行動を非難し、引き起こされている環境破壊を監視し対処することを求める声明に賛同した。

その一方、「ロシアによるウクライナ侵攻の環境的側面について」と題された環境平和構築協会の公開書簡は、ロシアの攻撃に直面したウクライナの人々への連帯を表明し、侵略が短期的、長期的に与える環境上のリスクについて論じている。書簡は3月3日に発表され、75カ国以上から902人の個人と156団体が署名している。書簡は次のように述べている。

世界中で平和を築くために人生とキャリアを捧げてきた市民と専門家として、私たちは紛争と環境の深い関連性、紛争後の平和と安定にとって健全な環境が極めて重要であること、それゆえ戦争の環境的側面に取り組むことが根本的に重要であることを深く認識している。

ロシアのウクライナ侵攻は、人権と人命に対して直接的な影響 を及ぼす。これらの影響は、戦争が環境に与えかねない壊滅的な影響によって拡大され、それ自体が人権、健康、福祉、生活に対する即時および長期の脅威となる。

この書簡は、ロシアと国際社会に対する次のような呼びかけで締めくくられている。

私たちはさらに次のことを求めます。

  • ロシアは核施設・化学施設を攻撃対象としたり、その近辺で戦闘したりするのを直ちにやめること。こうした行為は、ウクライナ国内外で人間の健康や環境に対して、長期的で広範な、あるいは深刻な影響を引き起こす甚大なリスクがある。
  • ロシアは、自国軍がウクライナで劣化ウラン弾を発射または配備したかどうかを緊急に明らかにすること。
  • 国際社会はウクライナにおいて環境保護に取り組む人々がいることを認識し、彼らを保護すること。
  • 国際社会は、遠隔から迅速な紛争に関する環境アセスメントを行うための財政的手段と技術的専門知識を動員し、紛争に関連した環境被害を特定・監視し、浄化するための能力を構築する現地の努力を支援すること。
  • 国際刑事裁判所、人権高等弁務官事務所、国連環境計画などの関係当局が、武力紛争中の人権と環境を守る国際法違反の可能性を監視・調査すること。

ロシアのウクライナ侵攻が続く4月4日、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は最新報告書(第6次評価報告書第3作業部会)を発表し、壊滅的かつ不可逆的な環境の破壊を避けるために人類に残された機会は少なくなりつつあると警告した。

国際環境法センターの最高責任者で、前述の公開書簡の主執筆者であるキャロル・マフェット氏は、次のように述べている。

石油とガスが気候危機を助長しているように、ロシアのウクライナ侵攻は、化石燃料がいかに世界中の紛争に資金を供給し、煽り、長引かせているかを示している。化石燃料に依存し続けることは、地球温暖化と同様に、世界の平和を不安定化させることになる。

松下和夫は京都大学名誉教授、国際アジア共同体学会(ISAC)理事長、地球環境戦略研究機関シニアフェロー、日本GNH学会会長。環境行政、特に地球環境政策と国際環境協力に長く携わってきた。戸田国際研究諮問委員会のメンバー。

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【ジュネーブIDN=ルネ・ワドロー】

スーダンのダルフール地方で、アラブ系民兵とこの地域の先住民族(マサリット族とファー族)との間で新たに紛争が再燃している。この衝突は2003年に始まり、これまでに約30万人の死者と約300万人の避難民が発生している。戦闘のほとんどはオマール・アル・バシール将軍が大統領だった時代に起きたものだが、2019年に同氏を失脚させた現在の暫定軍事政権下でも状況は根本的に改善されたわけではない。

ダルフール地方は、スーダンの西端に位置している。最長の対外国境はチャドだが、ラクダ飼いや武器商人にとって(カダフィ大佐失脚後に大量の武器が流出した)リビアとの往来は容易である。南には政情不安な中央アフリカ共和国があり、ダルフール紛争の影響を受けている。

Map of Darfur within Sudan, July 2011./ By Sudan location map.svg: NordNordWestMap of Darfur-en.png: User:ПаккоThis derivative image: Idaltu - Sudan location map.svgMap of Darfur-en.png, CC BY-SA 3.0
Map of Darfur within Sudan, July 2011./ By Sudan location map.svg: NordNordWestMap of Darfur-en.png: User:ПаккоThis derivative image: Idaltu – Sudan location map.svgMap of Darfur-en.png, CC BY-SA 3.0

この地域は、1916年までフランスの植民地であったチャドと、大英帝国エジプト領スーダンの緩衝地帯として機能していたが、第一次世界大戦で英仏間の対立よりも共通の敵であるドイツ帝国に対峙することが優先されるようになった結果、(当時のドイツの同盟国である)オスマン帝国に緩やかに属していたダルフール地方は、現地住民に相談することなく英エジプト領スーダンへ編入された。

そのため、ダルフールは常にスーダンの中で「置き去り」にされた存在であった。1945年以降に開発事業が行われるようになったが、基本的にダルフールはラクダや牛を放牧するアラブ系諸部族と非アラブ系の定住農家が混住する僻地のままであった。また隣国のチャドから、ラクダや牛を追って遊牧民がダルフールへの出入を繰り返していた。伝統的な部族間の境界線はあったが、人工的に引かれた国境線とは一致しないものだった。

2000年5月、「真実と正義の探求者」と名乗るスーダンの知識人等が「ブラックブック」として知られる研究論文「スーダンの権力と富の不均衡」を発表。この研究論文には、政府および社会改革を実現するための具体的な勧告が記されていた。この論文は広く読まれたが、権力や富の分配に関する新しいイニシアティブは生み出されなかった。ダルフール地域では、学校が閉鎖され、通学する子どもの数が減少していたため、ダルフールの指導者の中には、政府が特に保健と教育の分野でサービスを撤回しているという印象を持った人々が少なくなかった。

「ブラックブック」という改革を目指す知的試みが頓挫すると、ダルフールの指導者たちの間では、中央政府では暴力だけが真剣に受け止められているという確信が芽生え始めた。彼らは、鋭く迅速な暴力による力を誇示することで、政府にダルフールとの交渉を迫るという戦略を考え始めた。こうして、ダルフールでの反乱は2003年の春に始まった。

Darfur: A Short History of a Long War by Julie Flint

記者のジュリー・フリントとアレックス・デ・ワールが「ダルフール紛争史(A Short History of a Long War)」の中で指摘しているように、「ダルフールの反乱軍は、マサリット族とファー族の村人、スーダン政府の政策に我慢のならないザガワ族のベドウィン、指導者になる勇気のある一握りの専門家からなる厄介な連合体である」(同書)。ダルフールのゲリラのうち、武装蜂起する前に軍事的な経験や規律を身につけた者はほとんどいなかった。

「2つの主要な反政府勢力は、ダルフール地方が疎外されていることへの深い憤りで結束しているが、決して仲が良いわけではなく、簡単に分裂してしまうだろう…。2003年の最初の数ヶ月、中途半端で経験の浅い反乱軍の兵士たちは、無名の状態から、まったく準備の整っていない難題に直面することになったのである。」(同書)。

スーダン政府もまた、ダルフール地方の反乱に対して何の準備もできていなかった。政府の関心は、軍隊の大部分と同様に、スーダン南部との内戦に向けられていた。政府は、ダルフール運動との戦いを、内政や対外関係に無関心な狭い集団である治安機関に委ねたのだ。

スーダン政府は空軍を使ってダルフール地域の村々を空爆する一方で、地上戦については、リビアからの外国人部隊を投入することを決めた。リビアとチャドの連合体、あるいはチャド北部の一部の併合を企図していたカダフィ大佐は1980年代初頭に、モーリタニア、チャド、マリから民兵を集めて「イスラム軍団」を創設していた。1980年代末にカダフィ大佐のチャドへの関心が薄れると、イスラム軍団の兵士たちは孤立無援となり、新たな雇い主のために働くようになっていた。

スーダンの治安当局は、イスラム軍団の兵士を個人傭兵としてダルフール地方に投入したが、武器は供与したものの給料は払わなかった。彼らは、攻撃した村から奪えるものを奪って、自分たちの給料を払うことになっていた。また、ダルフールの刑務所から政府が支援する民兵に参加することを条件に囚人が釈放された。女性や少女に対する強姦は、恐怖を与える手段として、また無報酬のため戦闘員への「報酬」として幅広く行われた。これらの民兵は「ジャンジャウィード」(「カラシニコフ銃で武装した悪魔の騎兵」)と呼ばれるようになった。

Pro-government militia in Darfur/ By Henry Ridgwell, Public Domain
Pro-government militia in Darfur/ By Henry Ridgwell, Public Domain

ダルフール紛争はここ数年で鎮静化し、主流メディアのヘッドラインからほとんど消えてしまったが、長年に及ぶ紛争でこの地域には自動小銃などの武器が多数残されており、相次ぐ武力衝突から、多くの難民、国内避難民、放置された農地、政治不安を生み続けている。

ダルフール紛争では、集団間の旧来の紛争解決パターンの多くが破壊され、経済的なインフラも大きく破壊された。今後は、家屋や家畜、井戸よりも、集団間の社会的絆や信頼の再構築が困難となる可能性が高い。

アフリカ連合と国連の合同平和維持軍(2020年末に活動を終了)は、平和を実現することができなかった。平和維持軍は平和を維持する必要があるが、戦闘は小康状態を保っているものの、平和を維持することはできていない。盗賊行為、犯罪行為、そして断続的な軍事行動が続いている。現在の暴力の再燃が、現地に原因があるのか、それとも中央政府レベルの不安定さを反映しているのかは不明である。ダルフール情勢は依然として危機的であり、注視が必要である。(原文へ

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【エルサレムNGE/INPS=ロマン・ヤヌシェフスキー】

*NEG=ノーヴァヤ・ガゼータ・ヨーロッパ

ロマン・ヤヌシェフスキー by РОМАН ЯНУШЕВСКИЙ
ロマン・ヤヌシェフスキー by РОМАН ЯНУШЕВСКИЙ

イスラエル政府はロシアとウクライナに対して中立を維持しようと懸命に努力してきたが、対ロシア関係が急激に悪化したのは必然であった。それを助長したのは、「ヒトラーにもユダヤの血が流れていた」と主張したセルゲイ・ラブロフ外相の物議を醸したインタビューと、その後の鋭い言葉の応酬であり、最後はウラジーミル・プーチン大統領がイスラエルのナフタリ・ベネット首相に自ら謝罪することになった。

一方、一般のイスラエル人には、政府が直面していたような難しいジレンマはなかった。国民の大多数は、最初から一方的な軍事侵攻にさらされたウクライナを支持していた。

さらにロシアが主張する残忍な「特別軍事作戦」は、イスラエルに新しい現象を生み出した。ロシア語を話す人々だけでなく、多数のイスラエル人が、ウクライナ人の苦しみを目の当たりにして、彼らを助けなければならないと痛感したのである。その結果、多くの公的な取り組みやボランティアプロジェクト、人道的な支援金集めが自然発生的に始動することとなった。中には、それまでボランティア活動をしたことがなかった人々が組織したものも少なくない。ロマン・ヤヌシェフスキーが、こうした支援活動に参画した人々の内、8人に話を聞いた。(今回は1人目の取材内容を掲載します。)

ヤヌシェフスキー:ロシアのウクライナ侵攻はどこで知りましたか?

ゴールドスタイン:ロシアのウクライナ軍事侵攻は米国のマイアミで知りました。私は友人とプールのテラスに座っていました。私たちはお互いに顔を見合わせ、「この美しい場所で、どうやって休暇など楽しんでいられようか」と、即座にキーウに行くことを決めました。しかし2月25日現在、ウクライナの首都は砲火に晒されており、飛行機が飛ばなくなっていたので、ルーマニアの国境から陸路ウクライナに入国しました。多くの人々が戦火を逃れて国境に押し寄せており、私たちだけが反対方向に向かっていました。ジャガイモと小麦粉を運んでいるトラックの運転手が私たちを乗せてくれました。彼はとても怖がりで、狂ったように運転していました。

キエフでは、もちろん空襲警報や爆発音に見舞われました。やがて私たちはイスラエルの代表団に合流し、13人の小児がんの子どもたちをイスラエルのシュナイダー小児医療センターに連れていきました。それが、私と同じく IT起業家のオラン・シンガー氏との出会いでした。他のボランティアと一緒に、私たちは人道的タスクフォースを組織しました。IT業界の同僚や一般の人々に支援を呼びかけ、誰もが共通の目的のために貢献できるようにし、私たちはこのプロジェクトを「ミスダロン」(「回廊」)と名付けました。

小児がんの子どもたちを避難させた後、そこで立ち止まるわけにはいかないことは明らかでした。私たちは、ウクライナの比較的落ち着いている場所は避け、マリウポリヘルソンチェルニーヒウドネツィクなど危険な地域から人々を救出することにしました。紛争初期は、街から脱出できる人はバスに乗り込みましたが、高齢者や病人が後に残されていました。私たちは、彼ら全員を助けようと懸命に努力しています。一人一人救っていく。フェリー、救急車、ヘリコプターなど、あらゆる手段で避難させています。また避難させるだけでなく、定住させるための支援も行っています。例えば、ドイツに家族を連れてきたとします。住むところと食べるものが必要です。おそらく医者も必要でしょう。

シェイク・ゴールドスタイン by Шакед Гольдштейн

私たちの活動のもう一つの方向は、食料と医薬品を集めて病院や高齢者介護施設等に持っていくことです。政府や病院、そして自宅に留まると決めた人たちからの要請に基づいて支援活動をアレンジしています。

3つ目の方向性は、ウクライナ西部のリヴィウに性暴力を生き延びた人々(サバイバー)のためのシェルターを作ったことです。このような施設は、すでに他の団体によっていくつか作られていますが、いずれもウクライナ国外、主にポーランドにあります。現在、ルーマニアにも同様の施設を開きたいと考えています。これらの施設では、婦人科医、心理学者、ソーシャルワーカーが勤務し、被害者は完全なケアを受けることができます。また、託児所、幼稚園、学校など、子どもたちの教育を支援できる仕組みなので、親はこの狂気の中で平静を保つことができるのです。こうしたシェルターは、戦争が集結した後も長く運営されることでしょう。なぜなら、性暴力のトラウマは長らく消えないからです。

ヤヌシェフスキー:ロシア語かウクライナ語が話せますか?

ゴールドスタイン:私はウクライナとはもともと縁がなかったので、ロシア語やウクライナ語は分かりません。しかし、今ではグーグル翻訳を駆使して会話を成立させる術を身につけました。なぜ、アフリカやシリアではなく、ウクライナに来たのかと聞かれたことが何度かあります。私の答えは、世界中を救うことはできないが、少なくともここの人々を救うと思い定めたということです。私はこの戦争に衝撃を受け、少しでも人々の役に立ちたいと思うようになりました。

Photo from Jürgen Stroop Report to Heinrich Himmler from May 1943. / By Unknown author – Image: Warsaw-Ghetto-Josef-Bloesche-HRedit.jpg uploaded by United States Holocaust Museum, Public Domain

おそらく、ユダヤ人としてのホロコーストの記憶とも関係があるのだと思います。ホロコーストはナチス占領下のウクライナでも実行されました。ロシアの軍事侵攻はそれを想起させるものがあったのだと思います。ですからイスラエルの支援活動に参加することに全く抵抗はありませんでした。以来、この活動にのめり込んでいます。結局、それぞれの支援内容は、全く独立したケースで、もはや全てをあきらめて目を逸らすことはできなくなってしまうのです。

どうやら、私はそういう人間らしい。5年前からNGO「ヒブク・リション」(ファースト・ハグズ)でボランティア活動をしてきました。病院で孤独な子供たちを支援「ハグ(=抱擁)」する活動で、常に何らかの企画を考えて実行していました。ですからウクライナでもそれが出発点になりました。マイアミでホテルのプールの縁に座りながら、「どうしてこのような不条理がありえるのか。ここでは何もかもが平穏で満たされているのに、戦争が起こっているなんて!そしてここにいる誰も困っている人々を助けようとしていないなんて。」この状況を変えたい、人を助けたいという思いから始まりました。このような極限状態においては、すべては信頼と相互扶助の上に成り立っています。

できる限り手を尽くして一人でも多く救うのです。例えば、ここに傷病者を受入れる準備ができた病院があり、彼/彼女を病院に搬送することに同意してくれる救急車の運転手がいる。こうして誰かの家族を助けると、次はその人が骨を折って誰かを助けようとしてくれる。こうして私は、ウクライナでこの活動に関わってきたお陰で、人生で決して出会うことがなかったであろう、多くの素晴らしい人々に出会うことができました。

ヤヌシェフスキー:イスラエルの公的機関とは交流がありますか?

ゴールドスタイン:もちろん、外務省やミハイル・ブロツキ―在ウクライナ・イスラエル大使との交流はあります。私たちと政府当局はお互いを必要としているのです。彼らはより多くのリソースと可能性を持っています。一方、私たちはより柔軟で迅速、官僚主義や硬直した枠組みを持ちません。さまざまな外部環境によって、彼らが行動できなかったり、ある場所に行けなかったりする状況があり、そこに私たちが関わっていくのです。

ヤヌシェフスキー:支援活動のためにお仕事は辞めたということでしょうか?

Russian bombing of Mariupol/ By Mvs.gov.ua, CC BY 4.0
Russian bombing of Mariupol/ By Mvs.gov.ua, CC BY 4.0

ゴールドスタイン:最初の1カ月間、上司は私の自由にさせてくれました。しかし2ヶ月目には、半分をウクライナ、半分をイスラエルを拠点に仕事と両立を図りながら活動するように切り替えました。基本的には、今でもそうしています。

毎回、新しいケースや助けを必要とする人が出てくるので、無関心でやめるわけにはいかないのです。この人生ですべてを見てきたと思うかもしれませんが、不思議と飽きることのない、そんな人生の物語を歩んできた人が現れるのです。

例えば、つい20分ほど前、この戦争で夫を亡くし、自宅の庭に埋葬しなければならなかったマウリポリ出身の女性と電話で話をしていました。私たちは彼女をイスラエルに迎えたので、今は安全な場所にいます。しかし今、イスラエル政府当局は、彼女に給付金を支払うために必要として、夫の死亡証明書の提出を求めているとのことでした。でも、今の状況で彼女がどうやって証明書を入手できるというのでしょう。このようなトラブルが無数にありますが、できるだけ対応するようにしています。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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【ニューヨークIDN=ジェフリー・サックス

戦争が勃発したり、長引いたりするのは、両者の力関係についての誤算が原因であることが多い。ウクライナの場合、ロシアはウクライナ人の戦う決意と北大西洋条約機構(NATO)が供給する兵器の威力を過小評価し、大失態を犯している。しかし、ウクライナとNATOもまた、戦場でロシアを打破する能力を過大評価している。その結果、双方が勝つと信じているが、双方が負ける消耗戦になっている。

ウクライナは、ブチャにおけるロシア軍による残虐行為が明らかになり、あるいは軍事的見通しに対する認識を変えたために、ロシアとの和平交渉を一旦断念したとされるが、今再び、3月下旬当時のように、交渉による和平への模索を強化する必要がある。

Image source: Sky News
Image source: Sky News

3月末に協議されていた和平条件は、ウクライナの中立と安全保障、クリミア半島やドンバス地方の地位などの争点に対処するための期限を定めたものであった。ロシアとウクライナの交渉担当者らは、トルコの仲介者と同様に、交渉に進展があったと表明していた。その後、ブチャからの報告を受けて交渉は決裂し、ウクライナの交渉担当者は、「ウクライナ社会は今や、ロシアに関するあらゆる交渉構想に対して、ずっと否定的だ。」と語った。

しかし、交渉の必要性は依然として緊急かつ圧倒的である。このままでは、ウクライナの勝利どころか、壊滅的な消耗戦になる。合意に至るには、双方が期待するものを再考する必要がある。

ロシアはウクライナを攻撃したとき、明らかに迅速かつ容易な勝利を期待していた。ロシアは、2014年以来、米国、英国、その他の軍事支援と訓練を何年も受けてきたウクライナ軍の戦力増強を大幅に過小評価していた。さらにロシアは、NATOの軍事技術が数で優勢なロシアの兵力にどの程度対抗できるかを過小評価していた。間違いなく、ロシアの最大の誤りは、ウクライナ人が戦わない、或いは寝返ると仮定したことだ。

しかし今、ウクライナと西側支援諸国は、戦場でロシアに勝てる可能性を過大視し過ぎている。ロシア軍が崩壊しそうだというのは希望的観測だ。ロシアはウクライナのインフラ(現在攻撃を受けている鉄道路線など)を破壊し、ドンバス地方や黒海沿岸の領土を獲得・保持する軍事力を有している。ウクライナ人は断固として戦っているが、ロシアを敗北に追い込めるとは到底思えない。

Image credit: Royal United Services Institute (RUSI)
Image credit: Royal United Services Institute (RUSI)

また、欧米の金融制裁も、それを課した政府が認識しているよりもはるかに不十分で効果に乏しい。ベネズエラ、イラン、北朝鮮などに対する米国の制裁は、これらの政権の政治を変革していないし、ロシアに対する制裁はすでに導入時の誇大宣伝をはるかに下回るものとなっている。ロシアの銀行を国際決済システム「SWIFT」から排除することは、多くの人が主張するような「核のオプション」ではなかった。国際通貨基金(IMF)によれば、ロシア経済は2022年に約8.5%縮小するとされているが、これはたしかに深刻だが、破滅的とは言えない。

さらに、制裁は米国、特に欧州に深刻な経済的影響を及ぼしている。米国のインフレ率は40年ぶりの高水準にあり、近年連邦準備制度理事会(FBR)が生み出した何兆ドルもの流動性のために、今後も続くと思われる。同時に、サプライチェーンの混乱が拡大し、米国と欧州の経済は減速し、あるいは収縮さえしているかもしれない。

ジョー・バイデン大統領の米国内における政治的立場は弱く、今後数カ月で経済状況が深刻化すればさらに弱体化する可能性が高い。戦争に対する国民の支持も、経済が悪化すればするほど低下していくだろう。共和党は戦争をめぐって分裂しており、トランプ一派はウクライナ問題でロシアと対立することにあまり関心がない。民主党もスタグフレーションへの反発を強めており、11月の中間選挙で民主党の過半数が失われる可能性が高い。

戦争と経済制裁の悪影響は、食糧とエネルギーを輸入に依存する多数の開発途上国でも悲惨な事態を生み出すだろう。これらの国々で経済危機が生じれば、世界中で戦争と制裁体制の中止を即刻求める声が上がるだろう。

Wheat (Triticum aestivum) near Auvers-sur-Oise, France, June 2007/ Wikimedia Commons
Wheat (Triticum aestivum) near Auvers-sur-Oise, France, June 2007/ Wikimedia Commons

一方、ウクライナは、死者、強制移住、破壊という点で、痛ましい被害を受け続けている。国際通貨基金(IMF)は、2022年のウクライナ経済が35%縮小すると予測している。これは、住宅、工場、鉄道車両、エネルギー貯蔵・送電能力、その他の重要なインフラがロシア軍により容赦なく破壊されたことを反映している。

中でも最も危険なのは、戦争が続く限り、核のエスカレーションが現実に起こる危険性があることだ。米国が現在求めているように、ロシアの通常戦力が実際に敗北に追い込まれた場合、ロシアが戦術核兵器で対抗する可能性は十分にある。黒海上空でスクランブル発進した米露の航空機が相手側に撃墜され、直接の軍事衝突に発展する可能性もある。米国が地上に秘密部隊を展開しているとのメディア報道や、米国情報機関がウクライナのロシア将官殺害やロシアの黒海艦隊旗艦の撃沈に協力したことを明らかにしたことは、その危険性を強調している。

 Jeffrey Sachs
Jeffrey Sachs

核の脅威という現実がある以上、双方は交渉の可能性を決して捨ててはならない。それが、60年前の10月に起きたキューバ危機の教訓である。ジョン・F・ケネディ大統領は、ソ連のミサイルをキューバから撤去する代わりに、米国は二度とキューバに侵攻しないことと、トルコからミサイルを撤去することに合意して危機の終結を交渉し、世界を救ったのである。それは、ソ連の核の脅迫に屈したのではない。ケネディ大統領は賢明にもハルマゲドンを回避したのである。

3月末時点で交渉テーブルの俎上にあった条件(新しい安全保障の確約と引き換えにウクライナの中立化に応じる。クリミア半島や東部ドンバス地方の帰属問題について時間枠を設けて解決を図る)に基づいて、ウクライナの平和を確立することはまだ可能である。これは、ウクライナ、ロシア、そして世界にとって、唯一現実的で安全な道であることに変わりはない。世界はそのような協定に賛同するだろうし、自国の生存と幸福のためには、ウクライナもそうでなければならない。(原文へ

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この記事はプロジェクト・シンジケートが配信したもので、著者の許可を得て転載しています。

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【東京IDN=浅霧勝浩

The artist’s van. Marcus Sparling, full-length portrait, seated on Roger Fenton’s photographic van./ By Roger Fenton(1819-1869), Public Domain

写真家のレンズに入った最初の戦争 – クリミア戦争(1853~1856年)。おそらく史上初の公式軍事写真家であるロジャー・フェントン氏は、1855年に馬で牽引した移動式写真室(右の写真)を現場に運び、戦争と破壊に苦しむ人々を撮影した。

彼は撮影に際して、「美観」を理由に遺体を撤去したりしなかった。167年前のことである。フェントン氏は写真への貢献(特にクリミア戦争の写真)が認められ、「世界を変えた写真家100人」に選ばれた。彼の作品は米国議会図書館に所蔵されている。

最近、ウクライナのブチャハルキウなどを訪れ帰国したイスラエルのドキュメンタリー写真家エドゥアルド・カプロフ氏は、かつてのフェントン氏のように、巨大なカメラ、テント、薬品の入ったフラスコを装備し暗室に改造したワゴン車を運転して、戦場と化したウクライナ各地をまわっている。

Photo source: Wall Street International
Photo source: Wall Street International

ロシアのウラジミール・プーチン大統領が「特別軍事作戦」と称し、民間人は標的にしていないとされるウクライナで実際に何が起きているのか。カプロフ氏は、現地からのYouTubeレポートと共に、あえてフェントン氏の時代の歴史的な手法(湿式コロジオン技法)で撮影している。

湿式コロジオン技法は、1851年に発明された技法で、ガラス板などにコロジオンという薬剤を塗り、さらに硝酸塩を化合させて感光材を作る。それをフォルダーに入れて撮影するというもので、乾燥させずに濡れた状態で撮るから「湿板」と呼ばれている。日本では幕末に輸入され、有名な坂本龍馬の写真なども、この方法で撮られている。

カプロフ氏は「湿式写真」で過去と現在を並置することで、ウクライナで起こっていることを別の角度から見ることができると確信している。「じっくりと見てもらい、一見『古い』写真が実は現代に撮られたものであることに気づいてもらいたいと考えています。私たちの『今』が、何世代か先の未来にどう映るかを想像してもらいたいのです。」とカプロフ氏は語った。

映像を見るには、上記画面の「YouTubeで見る」をクリックしてください。

YouTubeレポートにおけるカプロフ氏のメッセージ:

Edward_Kaprov
エドゥアルド・カプロフ(Edward Kaprov)氏は、ソビエト連邦で生まれ育った。祖国がユートピアとともに世界地図から消滅した後、イスラエルに移住。以来、現在の祖国(=イスラエル)と「祖先の土地(ロシアやウクライナなどの旧ソ連邦構成諸国)」を行来しながら、現実の状況を否定しソ連時代の高邁な理想を懐かしむ「ノスタルジア」に焦点をあてた撮影活動をしている。

「ウクライナの戦争は、多くの人にとって、個人的な戦争になっています。私も例外ではありません。離れて見て見ぬふりをしているわけにはわけにはいかないのです。今後も、現地に戻って、ドキュメンタリー・プロジェクトを続けるつもりです。今回は、リポート、ドキュメンテーションと並行して、何か違うことを試みることにしました…。未来の世代に残すために、過去と並行して歴史を描きたいと思ったのです……。今から約170年前、初めて戦場の撮影が行われました。英国の写真家ロジャー・フェントンがクリミア戦争で撮影した証拠写真です。皮肉なことに、同じ土地(ウクライナ)の一角でこれらの写真は撮影されました。このことを考えると、『かつてあったことはこれからもあるであろう。かつてなされたことはこれからもなされるであろう。太陽の下、新しきものは何もない。』という、ソロモンの偉大な知恵を認識せざるをえません。フェントンのように、暗室に改造したバンを運転して、私は現場に行くことにしました。何が起きているのか、何が見えているのかを記録する。レポートとともに、壊れやすいガラスに、歴史的な手法で撮影された記録写真が、ウクライナで起こっていることを別の角度から見ることができると信じています。」(FBポスト

INPS Japan

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2030年までの持続可能開発目標を支援する新たな統合的資金調達制度の構築へ

【国連IDN=タリフ・ディーン】

2030年までに極度の貧困と飢餓を根絶することを柱とした国連の持続可能開発目標(SDGs)が資金調達面から大きな困難を抱えている。

SDGsは、ロシアのウクライナ侵攻による経済的影響、そして最も重要なのは、世界の富裕国と貧困国の双方に壊滅的な影響を与えているコロナ禍など、いくつかの要素が折り重なって、その実現が危ぶまれている。国連は、今年で既に3年目に突入した新型コロナウィルス感染症のパンデミックは、「国連の歴史の中で最大のグローバルな課題の一つ」と述べている。

新型コロナウィルスは600万以上の人々の命を奪い、依然として2030アジェンダの達成に向けた進展を暴力的に阻み続けている。2020年には1億人以上の人々が極度の貧困に陥り、それまで20年間続いていた貧困の減少傾向を反転させてしまった。

世界銀行は、今年は2.5億人が極度の貧困に陥る可能性があり、3億2300万人近くが深刻な食料不足に見舞われる可能性があると予測しており、まさにSDGsの最初の目標が消滅の危機にさらされている。

国連経済社会理事会の議長であるボツワナのコレン・V・ケラパイル大使は、「コロナ禍は、開発の進展に好影響をもたらしていた傾向にダメージを与えました。最も貧しく、脆弱な立場にある人々が、コロナ禍の悪影響を最も受けています。」と語った。コロナ禍による経済的衝撃、そして現在はウクライナ戦争によって状況はさらに悪化した。最貧国は多額の資金を借金返済に回し、コロナ禍への対応や、持続可能な復興支援への投資を行うことができずにいる。

国連の経済社会理事会(ECOSOC)が主催する3日間のSDGs資金調達に関するハイレベルフォーラム(4月26~28日)で、アミナ・モハメド国連副事務総長は、「SDGsは緊急の救済を必要としています。開発のための資金調達はその解決のための不可欠な要素だが、これまでのところ世界的な対応ははるかに不足しています。」と警告した。

2022 Financing for Sustainable Development Report: Bridging the Finance Divide (FSDR 2022)/ United Nations

国連が最近発表した『持続可能な開発のための資金調達:2022年版レポート―資金調達の格差を埋める』は、世界の最貧国の6割が、2015年の水準の倍となる債務苦に陥っているか、高いリスクを抱えていると警告している。途上国の高い債務返済コスト(金利は富裕国の最大8倍)は、既に脆弱な国家財政をさらに圧迫している。

SDGsには、質の高い教育、ジェンダーエンパワーメント、格差の是正、安価でクリーンなエネルギー、持続可能な都市いった目標も含まれている。

政府首脳、副大統領、外務大臣、開発協力担当大臣、大使などが参加した今回のフォーラムの最大の成果の一つは、統合的国家資金調達枠組み(INFF)が創設されたことである。INFFは、国連経済社会局、国連開発計画(UNDP)、経済協力開発機構(OECD)、欧州連合、イタリア・スウェーデン両政府が新たに共同で始めた新たに旗振り役となる取り組みである。

このファシリティーは、「国際的なパートナーを結集し、80以上の政府に対して、持続可能な開発目標(SDGs)に向けて重要な投資を行うための支援を調整し、拡大する」ことが期待されている。INFFの概念は、国連加盟国が2015年に「アジスアベバ行動アジェンダ」において初めて提示したものである。持続可能な開発のために官民による資金調達を強化する国家主導のアプローチである。

国連経済社会局(DESA)の劉振民事務次長は、「現在の危機への即時対応とより良い再建の両方において、INFFが重要な役割を担っていることは明らかです。」と語った。

Mr. Liu Zhenmin, Under-Secretary-General/ UN photo

「INFFの立ち上げは、適切な時期に行われました。今、私たちはこれまで以上に、金融格差に橋をかけ、最も必要とされるところを支援するためのパートナーシップを強化することに焦点を当てなければなりません。」と語った。

劉事務次長は、「グローバルな課題にはグローバルな対応が必要ですが、最終的には資金フローが保健、教育、インフラ、その他国レベルでのSDGs投資に充てられる必要があります。」と付け加えた。

UNDPのアヒム・シュタイナー事務局長も同様に前向きである。「2030アジェンダの実行に必要なだけの資金は世界に存在するが、その配分が適切ではない。途上国の人口は世界の84%を占めるが、世界の資本のわずか2割しか途上国には存在しないのだ。」

「このギャップを埋めるため、INFFは各国に対して、必要とされる技術、専門知識、ツールを提供して、革新的な資金の流れを可能にする大胆な戦略を実行することになる。各国はこれにより断固とした気候変動対策を採用したり、自然・識字・医療・衛生といった主要分野における未来志向の投資を行うことが可能になる。」

同フォーラムで首脳、閣僚、高官代表が採択した成果文書では、次のように警告している。「私たちは、十分な資金を動員することが、持続可能な開発のための2030アジェンダを実施していくうえで依然として大きな課題であり、進捗が国内および国家間で均等に共有されておらず、既存の不平等などがさらに拡大していることへの重大な懸念を表明する。」

「2030アジェンダとパリ協定の成功は、資源を調達し、さまざまなアジェンダが補強しあうための仕組みを作りだす私たちの能力にかかっている。」

「私達は、第3回『開発のための資金調達に関する国際会議』、及び、2030アジェンダの完全かつタイムリーな履行に向けて努力を強化し続けるという決意を再確認する。さらに、社会経済的な影響を初めとして、コロナ禍の影響と闘うための多国間協力と連帯を強化するというコミットメントを再確認した。」

「成果文書」へのリンクは次の通り。

一方、悪化する金融危機と戦う試みとして、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、「食料、エネルギー、金融に関する世界危機対応グループ」を設立した。ハイレベルの政治グループと称されるこのグループの目標は、「食料不足やエネルギー、金融をめぐる複合的な危機『究極の嵐』を抜け出すこと」にある。

Amina J. Mohammed/ UN Photo
Amina J. Mohammed/ UN Photo

モハメド副事務総長によると、「グローバル危機対応グループ」の最初の報告書は、「2022年持続可能な開発のための資金調達報告」と共に、次のような行動を即時取るように勧告しているという。

第一に、資金をあらゆる主体から迅速かつ柔軟に調達すること。

(1)国際社会は、政府開発援助の公約を履行し、長期的な持続可能な資金への迅速なアクセスを支援すること。

(2)国際金融機関は柔軟性とスピードを重視すること。迅速かつ不必要な条件を課すことなく資金を提供できる緊急金融メカニズムを即座に実行に移すこと。

(3)IMFのラピッド・クレジット・ファシリティ(RCF)及びラピッド・ファイナンシング・インストルメント(RFI)の利用限度額も引き上げ、累積的な制限を緩和すること。

(4)対外的に強い立場にある国々は、未使用の特別引出権を、IMFの「貧困削減と成長トラスト」や新たに設立された「強靭性と持続可能性トラスト」などを通じて、必要としている他の国に回すこと。

(5)新たな資本投下が、地域レベルも含めて多国間開発銀行のために必要とされている。

(6)多国間銀行は、国際市場において途上国が直面している高い資金借入コストの問題と、信用評価機関の役割の問題に対処する緊急措置を採ること。

第二に、「厳しさを増す債務のリスクの問題に対応する必要がある」。G20は債務支払猶予イニシアティブ(DSSI)を再稼働させ、満期を2年から5年先延ばしすること。

債務処理のための共通枠組みは、スケジュールの透明性とどのような債務をカバーすべきかを明確にすることを含む改革が、切実に求められている。また、債務サービスの支払い停止、債権者間の平等性確保の実施、民間および非パリクラブ債権者の加入を含める必要がある。

第三に、多くの国が依然として予測不可能なパンデミックに見舞われている中、コロナワクチンと治療法への公平なアクセスに投資する必要がある。

「コロナ対策への公平なアクセスを加速するための世界規模の協働の枠組み」(ACTアクセラレーター)と「COVAXファシリティ」に全面的に資金を提供する必要がある。各国は、このパンデミックを終わらせ、将来に向けて回復力を強化するために、技術的専門知識と知的財産を共有し、歩み寄らなければならない。

COVAX
COVAX

すべての国々が、雇用を十分に提供しながらの復興において、社会的保護と投資を提供・拡大し続けねばならない。

最後に、気候対策の資金調達を緊急に強化し、そのうちの半分を気候変動適応策に振り向けねばならない。

そのためには、国家予算や税制をSDGsやパリ協定と整合させ、グリーンウォッシングに対処し、国際金融システムにおけるインセンティブを見直すことも必要だ。

「私たちは、強い政治的意思、大望、リーダーシップに支えられたグローバルな連帯を必要としています。先進国は、途上国の気候変動対策に毎年1000億ドルを動員するという公約を早急に果たすべきです。」とモハメド副事務総長は付け加えた。(原文へ

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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アフリカで略奪された美術品が、少しずつではあるが、故郷に返還されつつある

【ベナン、コトヌーIDN=アヨデジ・ロティンワ】

新たに本国へ送還された宝物の新しい展示を発表した2月の記者会見で、ベナンのジャン=ミシェル・アビンボラ文化相は、英国のジャーナリストから、欧州の博物館はアフリカの博物館よりもアフリカの芸術品を大切に扱えるというよくある主張について問われ、「ベナンに対して、この主張を支持し続けることができるのかどうか。これは、黒人に魂があるかどうかを問うているようなもので、私はこの問いに答えたくはない。」と素っ気なく答えた。

Caricature of Cecil John Rhodes, after he announced plans for a telegraph line and railroad from Cape Town to Cairo.
Caricature of Cecil John Rhodes, after he announced plans for a telegraph line and railroad from Cape Town to Cairo.

この展覧会は、1892年にフランスの植民地軍によってダホメ王国から略奪された26点の王室芸術品が返還されたことを記念するもので、「昨日から今日までのベナン芸術、返還から啓示へ」と題された新しい展覧会の重要性を強調するものであった。2月下旬にコトヌーの大統領府で開催されたこの展覧会では、返還された作品とベナンの現代アーティストによる作品が展示されている。

これまで、旧植民地から略奪された文化財や宗教的・歴史的遺物を所蔵する欧州の美術館は、アビンボラ氏のようにアフリカ諸国への返還を真剣に考えることはなかった。

アフリカ諸国が返還を求めた当初は無視され、忌避されたが、時が経つにつれ、旧宗主諸国の関係当局は明白な拒否に転じた。フランス、英国、ドイツなどの美術館は、これらの美術品を戦利品と見なしたのである。

アフリカの政府には美術品を管理するインフラがないという主張は、返還を免れるための戦略の一つに過ぎない。欧州の博物館の中には、アフリカの博物館への一時的な貸与という形で美術品の「流通」を申し出るところもあれば、アフリカの国々がまず美術品の出所について詳細な調査を行い、自らの主張を裏付けるよう主張して、返還交渉を戦略的に遅らせるところもあった。特にひどい例では、大英博物館は、有名なベニンの青銅器数点をナイジェリアに返還するよう求める声を無視し、廃棄することは禁じられていると主張し、同時に30点の小さな青銅器を公開美術市場でナイジェリアのバイヤーに売却している。

そして2018年11月、サール=サヴォワ報告書が発表された。フランスのエマニュエル・マクロン大統領の依頼を受け、セネガルの作家フェルウィン・サール氏とフランスの歴史家ベネディクト・サヴォワ氏が執筆したこの報告書は、アフリカの美術品を無条件かつ不可逆的にアフリカ政府に返還することを断固として提言し、波紋を広げた。さらに、フランス政府に対して、遺産を譲渡不可能な国家財産とする「不可譲法」の例外として、アフリカの美術品を扱うよう要請した。一方、フランスの美術館は、どのようなアフリカの芸術作品を所蔵しているかを公にし、欧州以外でもアクセスできるようにデジタル化するなど、透明性を向上させるよう求められた。

「野蛮な(=Brutish)博物館』の著者で、オックスフォードのピット・リバーズ博物館で考古学の学芸員を務めるダン・ヒックス氏は、WPRとの電話取材で、「サール・サヴォワ報告書が発表されてからまだ3年しか経っていないとは信じ難いほど、多くの変化がありました。略奪した展示品を欧州に留めるべきとする立場は急速に失われています。」と語った。

The Brutish Museum by Dan Hicks

サール・サヴォワ報告は、欧州や 米国の国立美術館や民間組織にもドミノ効果をもたらした。ワシントンでは、スミソニアン博物館が所蔵するベニン青銅器の大半を返還すると発表した。ベルギーの中央アフリカ王立美術館は、所有するアフリカの作品全リストを作成し、返還予定に先立ちコンゴ政府に送付した。フランスは、アフリカの美術品すべてを不可侵法から除外するには至らなかったが、現在コトヌーに展示されている26点の王室秘宝については例外とした。

サヴォワ氏もこの展開は予想外だったようだ。「不可能なことだと思っていました。フランスには国の財産は譲渡できないというイデオロギーがあり、このドグマを破壊することは不可能に思えたが、今や破壊されている」と、ズームのインタビューに答えている。コトヌーでの(フランスから返還された芸術品の)展覧会を見て、私たちは『ミッション・インポッシブル』から『ミッション・アカンプリッシュト(=任務達成)』に移行したことは明らかです。」とサヴォワ氏は付け加えた。

それでも、返還が実現した事例は散発的である。ナイジェリア、セネガル、ベナン、エチオピア、コンゴでのキャンペーンは一定の成果を上げているが、例えばカメルーンはドイツの美術館だけで約4万点の作品があると主張しているが、返還されたのは数点に留まっている。コレクションの透明性がまだ向上していないため、各国が美術品を主張することが困難になっている。そしてフランスでは、マクロン大統領自身が、かつての返還を支持する「過激な」レトリックを二転三転させている。例えば、ベナンへの26点の美術品の出発式で、彼は「フランスが単に他国の遺産を派遣し、それぞれが宝物を取り戻すようにするならば、それは恐ろしいビジョンだ。」と語った。

とはいえ、ヒックス氏によれば、「これはもう、返還するかどうかではなく、どのように返還するかという話なのです。」

成功を惜しまない

A group of six European men sitting, surrounded by Benin objects, several other men are sitting in a building at the back; the six men are wearing western-style clothes and helmets./By Unknown author - British Museum Af,A79.13, Public Domain
A group of six European men sitting, surrounded by Benin objects, several other men are sitting in a building at the back; the six men are wearing western-style clothes and helmets./By Unknown author – British Museum Af,A79.13, Public Domain

「サール・サヴォワ報告書が発表されてから4年の間に、セネガル、マダガスカル、コンゴ民主共和国、ベナン、ナイジェリア、エチオピアなど数カ国が、先祖伝来の品の返還に関して大きな成功を収め、少なくとも動きがありました。ナイジェリアに続き、ベナンが最も印象的であることは間違いありません。ベナンの政府主導のキャンペーンは、コートジボワールやセイシェルといった他の国々が現在追随している、フランスからの遺物引き取りの前例となりました。」と、サヴォワ氏は語った。

当初、ベナン政府はフランスに対し、不特定多数の遺物の返還を大々的に要求した。しかし、その努力が行き詰まると、今度は、特定の事件に関連した略奪物の返還を求めるようになった。つまり、1892年のフランス軍によるアボメイ王宮での略奪事件だ。それが功を奏した。2020年11月、フランス上院は、これらの特定の作品を譲渡禁止政策の対象から除外する法律を全会一致で承認した。

「植民地時代の文化財のあり方を変えるには、一般的な法律が1つあったほうがよかったかもしれません。でも、私にとってはこれは重要な一歩です。後戻りはあり得ません。」とサヴォワ氏は語った。

しかし、その前途は多難だ。フランスのロズリーヌ・バシュロ文化相は、フランスの通信社AFP通信の取材に応え、ベナンの法案について「譲渡禁止の原則に挑戦するものではない」と主張した。文化財の返還は「悔恨の行為ではなく、あくまでも友情と信頼の行為である。」と語った。

ベナンはその友情に期待していることだろう。ベナン政府は、これらの文化財の返還を、観光事業への大規模な投資を含む開発目標と結びつけている。実際、フランス開発庁は、こうした取り組みに一部資金を提供し、非公表の「市場より低い金利」での融資を行っている。

「政府の方針は、文化財の返還、共有、流通を、貧困との戦い、雇用と富の創出、社会経済開発のツールとすることです。」とアビンボラ氏は電子メールのインタビューで答え、ベナンが観光、文化、芸術分野に6700億CFAフラン(10億ドル以上)の投資を計画していることを明らかにした。

この資金は、2025年までに古代の宮殿の改修と、かつての奴隷港であるウイダーにある国際記憶と奴隷博物館、アボメイのアマゾンと王の叙事詩博物館、ポルトノボの国際ヴォドゥン文化博物館、コトヌーの現代美術館の4つの新しい博物館の建設にあてられる予定だ。その目的は、観光客、特にアフリカ系アメリカ人やアフロ・ラテン系の人々など、祖先が奴隷制度とつながりを持ち、自国で疎外感を感じ幻滅している可能性のある人々を引きつけることにある。

こうしたアフリカン・ディアスポラ(世界各地に離散したアフリカに起源を持つ人々)の人々が、彼らが「母国」と呼ぶ国とのつながりを取り戻そうとする傾向が生まれつつあり、特にアメリカ人は、米国で直面する人種的偏見や差別から逃れるためにアフリカ諸国へ移動している。ガーナは2019年、この傾向に乗じて「ガーナ帰還年」キャンペーンを実施し、アフリカン・ディアスポラを招き入れ、19億ドルの経済効果を得た。ベニンもこの傾向が、国民に広く経済的繁栄をもたらすことを期待している。

ナイジェリアも同じような野心を持っている。17世紀から19世紀にかけてベニン王国から略奪された数百のベニン青銅器が、かつての王国の領土であるナイジェリアに返還される機運が高まっているのです。ベニン王国の王族、ナイジェリア連邦政府、エド州政府を中心とした数十年にわたる執拗な闘争であった。2007年、これらの関係者は、欧米の博物館からの代表者と共に、返還努力を調整する多国間組織「ベナン対話グループ」を結成した。

「エド州政府とベナン対話グループは、返還要求を世界的に最重要視することに成功しました。現在進行中の考古学的活動やエド西アフリカ美術館プロジェクトの発展も大きな推進力になっています。」と、同グループのメンバーで、エド州知事のゴドウィン・オバセキ氏の顧問を務めるエノティ・オグベボ氏は語った。

3月には、ワシントンのスミソニアン博物館とベルリンのフンボルト・フォーラムが、所蔵するベニン青銅器の一部を返還することに合意した。昨年6月には、ニューヨークのメトロポリタン美術館が真鍮製のプレート2枚を返還している。また、これらの著名な公立博物館以外にも、アバディーン大学やケンブリッジ大学ジーザスカレッジなど、必ずしも返還が注目されていないあまり知られていない美術館も、この1年間に同様の遺物をナイジェリアに返還している。

アバディーン大学のジョージ・ボイン副学長は、同大学が発表した声明の中で、「このような非難されるべき状況で入手された、文化的に重要な品物を保持していたことは正しいことではなかっただろう」と説明している。同大学は1957年にオークションで、略奪されたオバ(王)の頭部の彫刻を入手したことがある。

しかし、これらの作品のすべてが物理的に返還されるわけではない。ナイジェリアは「無条件返還を主張している」とオグボー氏は説明するが、それでもこれらの作品のいくつかを欧米の機関に「貸与」する計画があるのだという。そうすれば、ナイジェリアは正式に所有することになるが、欧州の博物館が所有したままとなる。

また、大英博物館は、1897年のベニン王国に対する軍の「懲罰的遠征」で捕獲されたベニン青銅器の最大のコレクションを保有していると言われているにもかかわらず、いかなる遺物も返還しない姿勢を貫いている。ベニン青銅器は、ナイジェリアが独立する以前から、同博物館に返還の要請と主張がなされていた。今回、同博物館はベナン青銅器を借用品としてナイジェリアに送り返すことを「検討する」ことに合意した。

 Façade of the British Museum/ By Ham – Own work, CC BY-SA 3.0

また、あまり知られていない軍事遠征の際に持ち出された多くの遺物は、言うまでもなく、博物館の明るいガラスケースに収められたり、欧州中の個人コレクションに飾られたりしている。

「この話は次に進むと思います。」とヒックス氏は言った。「遠征は1回だけでなく、何回もあったのです。結局のところ、略奪は『軍事戦術』であり、『文化的剥奪を目的とし、主権を破壊しようとし、伝統的な宗教を破壊しようとした。』」と、ヒックス氏は付け加えた。このように、欧州の博物館は、略奪の間接的な受益者であるだけでなく、植民地支配の「武器として使われた」のである。

市民社会のキャンペーン

ナイジェリアとベナンが、政府が返還交渉の主導権を握ったのに対し、エチオピアは民間財団、外交官、エチオピア正教会が主導権を握るという異なるアプローチをとっている。

「私たちが考えるに、政治的な意図を持たない文化団体が、文化や国、政治体制の間を取り持つことは、非常に重要なことです。エチオピアの芸術品をエチオピア政府に返還する活動に積極的に取り組んでいる英国の非営利団体、シェヘラザード財団の創設者であるタヒール・シャー氏は、「NGOとして注目を集め、(返還)イニシアティブを推進することが重要です」と語った。

シャー氏の財団は、英国の議員、博物館関係者、法律専門家をこの問題に集結させ、2021年には、マックダラの戦いとしても知られる1868年の英国軍によるアビシニア(現在のエチオピア)への侵攻時に奪われた聖具を特定し買い戻すのに貢献した。

一方、エチオピア正教会は、「言い表せないぐらい神聖な」タボット(十戒が記されたレプリカの石版)を返還する取り組みの先頭に立っている。タボットもマックダラーの戦いで奪われ、大英博物館に保管されることになったものである。タボットは「エチオピアのキリスト教徒が地上の神の住まいと信じる」もので、非常に神聖なものであるため、本来なら一般人が展示したり見たり、写真やスケッチ、研究したり、大英博物館の職員が見ることさえできないものと考えられている。

以前から、教会、政府、シェヘラザード財団は、英国政府および遺産部門のさまざまな関連機関に圧力をかけ続けてきた。3月30日には、元カンタベリー大司教のジョージ・キャリー氏が、自身がメンバーである貴族院に、大英博物館がタブーを返還すべきかどうかの議論を呼びかけた。その結果、ウスター司教ジョン・インジ氏がキャリー氏の動議を支持した。彼は、タボットが「生きた信仰に関わるもの」であることを指摘し、「それゆえ、それらを聖なるものと理解し、そのように大切にする人々のもとに返すべきでないか。」と問いかけた。

しかし最終的には、大英博物館の管理委員会が、コレクションの管理について議会に説明責任を持ちながらも、議会から独立して運営することになる。そして、今のところ、返還要請に応じる意思を示していない。報道によると、同委員会はタボットを返還すれば、他の収蔵品の返還に繋がる前例となることを懸念しているのだという。

アフリカ大陸の他の場所では、シェヘラザード財団のケースのように、必ずしも国家政府と協力しているわけではなく、地元の民間団体が、意識を高め、コミュニティが自ら返還請求できるようにする上で重要な役割を果たしている。

例えば、タンザニアを拠点とする汎アフリカ弁護士連合は、現在、国内法と地域法の両方に基づいて、アフリカ美術品の返還と送還を規定する既存の法的枠組みを確認する作業を行っている。

さらに、オープン・レスティチューション・アフリカは、政策の変更、遺産に関する知識、保留または提案されている返還の状況など、必ずしも主流ではない知識に関する情報を収集し、共有している。これはアフリカの関係者が「客観的な傾向、変化、影響を観察」し、他の関係者の成功や失敗から学ぶのに役立つ。また、このプラットフォームは、多国間のフォーラムや議論では敬遠されがちな、返還が今後どのようにあるべきかというアフリカのアイデアや学問を中心に据えている。

これらの団体の活動は、現地の団体や国家主体による広範な本国送還と返還の取り組みを支援するため、オープン・ソサエティ財団による1500万ドルのイニシアティブによって支えられている。

オープン・ソサエティ財団の芸術・文化担当プログラムオフィサー代理のヴェロニカ・シャトラン氏は、「多くの国で返還が進められていますが、どのプロジェクトも互いに語り合っておらず、つながっていません。私たちは、関係者を結びつける役割を担っていると考えています。」と説明した。

真の返還

サール・サヴォワ報告書の最も明確な勧告の一つは、欧米の美術館が収蔵品の透明性を高め、一般の人々が希望すれば、その品物を特定し、返還を求めることができるようにすることであった。また、透明性を高めることで、アフリカの学者や学芸員と協力し、作品が展示される背景を再考し、これらの美術館に展示されるに至った経緯についてより正確な情報を提供する機会を作ることも意図されていた。

しかし、これはあまりうまくいっていない。それどころか、透明性を口実に、博物館は遺物返還の交渉を遅らせたり、曖昧にしたりしている。

ヒックス氏は、「一朝一夕にできることではありません。これらのコレクションの放置は、常に暴力の一端を担っていたのですから。」と指摘したうえで、「展示品のストーリーを隠したり、ごく少数の展示品しか並べなかったり、保存の基準について透明性を欠いたり」するような,一見すると無害で受動的な行動は、美術館の実務において長年にわたって規範となってきた組織的な抹殺行為の一部です。」と語った。

ヒックス氏はまた、「真の返還とは、芸術品の物理的な返還にとどまらず、アフリカ人とヨーロッパ人の間でこれらのアフリカのコレクションに関する知識を深めることを意味します。」と語った。サヴォワ氏によれば、ヨーロッパ人は、これらの美術品が軍事的征服によって奪われたことは「間違っている」と理解しているが、その多くが信仰を持つ人々から奪われた宗教的なものであること、また他のものが大きな力の不均衡と不公正な交換条件を利用して購入されたことをまだ認めていない。このような行為が暴力的であることを理解できない「心理的閉塞感」がある、とサヴォイ氏は語った。

アフリカの国々でも、返還問題はしばしばエリート主義的な関心事として捉えられている。しかし、略奪された工芸品の多くがアフリカの労働者階級によって作られ、日常生活で使用されたものである。つまりこれらの工芸品はアフリカ文化史のかけがえのない一部なのだ。

「返還問題を一般大衆に知らしめて、コミュニティが主体性を持つようにする必要があります。そうでなければ、(返還の取り組みは)国家レベルにとどまってしまうでしょう。」と、ダカールに拠点を置く詩人で、西アフリカオープンソサエティイニシアチブのアドボカシー・マネージャーであるイブラヒマ・ニアン氏は語った。

地元の団体の中には、まさにそのような取り組みを行っているところもある。例えば、ナイジェリアのアフリカ芸術家財団は、2020年のラゴスフォトフェスティバルの期間中に、一般市民を対象に、自宅の中で神聖で、コミュニティと共有する価値があると感じる物を撮影し、共有してもらうプログラムを開始した。このプロジェクトは、一般の人々に返還の妥当性を示すことを目的としており、多くの人々の関心を呼び起こし、返還が学界や政治的な議論の枠を超えた主流の話題となった。

政府もその一翼を担っている。2月のアビンボラ氏の記者会見の後、ベナン政府は大統領官邸の展覧会に関するニュースを大々的に宣伝した。ウイダからカンディにかけて、アボメイの王宮の門とソッサ・デデの等身大のベナン歴代王グレレとベハンジンの像(それぞれライオンとサメとして彫られている)が祖国に返還されるとの告知が、各地の看板、ラジオ、新聞を通じて喧伝された。

2月下旬の展示開始以来、学生、公務員、ヴォドゥン教の僧侶、ベナン王族、そして私を含め、3万3千人以上の人々がこの遺物を目にした。ベナンの芸術の系譜を巧みにたどり、ジュリアン・シンゾーガンやセナミ・ドヌマッスーなどの現代アートが返還された遺物とともに展示され、古代作品の神秘性や威厳と呼応する、完璧なコレクションとなっている。展示ガイドは、もっと知りたいという来場者で手いっぱいとなっていた。

これはアビンボラ氏がまさに期待していた反応であり、ベナン政府が遺産開発への投資を継続することを後押しする概念を実証する結果となった。

「100年間見ることができなかったものを見ることができ、人々は喜んでいます。」「これは状況を変えていくでしょう。」と、この展覧会を訪れていたコトヌー出身のラジオ司会者アビブ・フィリベールは語った。(原文へ

この記事はWorld Politics Review (WPR)が配信したもので、WPRの許可を得て転載しています。

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【ラゴスIDN=オラトゥボーラ・アヨデジ】

Map of the major existing and proposed russian natural gas transportation pipelines in europe./ Wikimedia Commons
Map of the major existing and proposed russian natural gas transportation pipelines in europe./ Wikimedia Commons

ロシアは米国、サウジアラビアに次ぐ世界第3位の産油国で、1日に輸出する約500万バレルの原油のうち、制裁発表前は半分以上が欧州向けだったことを理解することは非常に重要だ。発表前、ロシアは英国と米国の石油需要のそれぞれ約8%と3%を占めていた。

国際エネルギー機関(IEA)によると、ロシアの原油生産量は日量70万バレル減少し、さらにその減少は4月末には日量約150万バレル、5月末には300万バレルに達する可能性がある。

天然ガスについては、欧州連合(EU)の天然ガス輸入量の約40%、英国の天然ガス供給量の約5%をロシアが占めており、ウクライナを経由するパイプラインもあれば、ベラルーシ、ポーランドを横断してドイツに至る「ヤマル・ヨーロッパ」、バルト海の下を通ってドイツに至るノルド・ストリーム1など別のルートをとるものもある。実際、ロシアのウクライナ侵攻以来、供給不足を懸念して英国のガス価格は高騰している。米国はロシアのガスを輸入していない。

ロシアのウクライナ侵攻は、特に欧州諸国、米国およびNATOの同盟国からの世界的な反発に直面し、ロシアに対する制裁や処置が行われるようになった。例えば、EUはロシアの天然ガスを3分の2まで削減し、2030年までにロシアの供給への依存を解消したいと表明している。

Image source: Sky News
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そうなると、欧州はカタールやアフリカのアルジェリア、ナイジェリアといった天然ガス輸出国に頼るしかない。実際、アルジェリアはEUへの天然ガス輸出の約8%を占めているが、生産性の拡大には現実的な障害がある。アフリカに目を向けることは欧州にとって究極の選択肢ではなく、他にも選択肢があることを指摘しておく必要がある。

  • 欧州最大のロシア産ガス消費国であるドイツは、ウクライナ危機のためにロシアからの新ノルドストリーム2ガスパイプライン(西シベリアとドイツを結ぶ110億ドルのバルト海パイプラインプロジェクトで、既存のノルドストリーム1パイプラインの容量を2倍にする)の認証を停止したが、英国、デンマーク、ノルウェー、オランダからはパイプラインでガスを輸入できるだろう。
  • 南欧はイタリアへのアドリア海横断パイプラインとトルコ経由のアナトリア天然ガスパイプライン(TANAP)を通じてアゼリガス(アゼルバイジャンからのガス供給)を受け取ることができる。
  • ノルウェーのエクイノール社は、欧州の夏の間、ノルウェーの油田からより多くのガスを生産する方法を検討していると発表した。
  • ドイツの電力会社協会BDEWは、ロシアからのガス供給が途絶えた場合に備えた緊急計画を打ち出すよう政府に要請した。
  • また、米国は今年、約150億立方メートルの液化天然ガス(LNG)をEUに供給することを検討しており、米国のLNGプラントはフル稼働で生産している。
  • 欧州委員会によると、米国やカタールなどの国からの天然ガスやLNGは、欧州がロシアから年間600億立方メートル(bcm)を得ている天然ガスの代替となりうる。
  • また、2030年までに発電能力を3倍にして、480GWの風力発電と420GWの太陽光発電を追加すれば、年間170Bcmのガス需要を削減することができる。
  • また、2030年までに、ガスボイラーを3000万台のヒートポンプに置き換えることで、35億cmの削減が可能。
  • 欧州は気候変動目標を達成するために脱石炭を図っているが、天然ガス価格の高騰により、2021年半ばから一部の石炭火力発電所を再稼働させている。
  • ドイツは、ロシア産天然ガスへの依存を減らすために、石炭や原子力発電所の寿命を延ばす可能性があると表明している。
  • また、再生可能エネルギーとエネルギーの多様化が今後のエネルギー体制で求められる中、欧州によるクリーンエネルギーへの移行が急速に進んでいる。

以上のことから、欧州の選択肢の広さは明らかである。しかし、アフリカ諸国が欧州にガスを供給するのに有利な立場にあることは間違いない。

SDGs Goal No. 7
SDGs Goal No. 7

アフリカは天然資源に恵まれており、55カ国のうち半数近くが天然ガスの確認埋蔵量を持ち、その総量は800兆立方フィートにもなる。その内、ナイジェリアは206兆5300億立方フィートという最大の確認埋蔵量を有している。

次いで、アルジェリア、セネガル、モザンビーク、エジプトがそれぞれ159.1兆立方フィート、120兆立方フィート、100兆立方フィート、77.2兆立方フィートの天然ガス埋蔵量が確認されている。特に米国は欧州の同盟国が北アフリカ、中東、アジアから代替ガスを確保することを支援しているなか、こうしたアフリカ諸国の豊富な天然ガス資源に注目が集まっている。

このため、アフリカがこのギャップを埋めるという議論も出てきている。実際、タンザニアのサミア・スルフ・ハッサン大統領は、アフリカ以外の新たなエネルギー市場の確保に努めているが、ロシアのウクライナ侵攻は天然ガス販売の好機となるとの見解を示している。

タンザニアはアフリカで6番目に大きい57兆立方フィート(16億立方メートル)の天然ガス埋蔵量を誇り、現在シェル社と共同でその広大な海上天然ガス資源を活用し、欧州に輸出する計画を進めている。

また、ナイジェリアのエネルギー担当官であるティミプレ・シルヴァは、同国の天然ガスをアルジェリア経由で欧州に輸送するサハラ砂漠横断パイプラインを建設する計画があることを認めた。ドーハで開催された天然ガス輸出国フォーラムで言及されたものだ。

この発言は、アルジェリアおよびニジェール共和国との覚書への署名と、614kmのサハラ砂漠横断天然ガスパイプラインの建設が進行中であることを受けたものだ。このパイプラインは、70年代から構想されていたもので、ナイジェリア北部からニジェール、アルジェリアを通り、欧州につながる予定だ。

にもかかわらず、アフリカ産天然ガスが、応急処置的な解決策になるという懸念があるのは、主にインフラの不足が原因だ。インフラへの投資不足は、特にサブサハラ・アフリカのエネルギー産業の大きな妨げとなっている。

北アフリカには、すでに欧州との間に天然ガス輸出市場が確立されていることは特筆に値する。例えば、アルジェリア(アフリカ最大の天然ガス輸出国)のマグレブ・欧州ガスパイプラインは、モロッコを経由してスペインとポルトガルに天然ガスを運び、メドガズパイプラインはアルジェリアとスペインを直接結んでいる。

2019年、アルジェリアはスペインに約170億立方フィート(4億8100万立方メートル)のガスを輸出した。この数字は、2020年には約90億立方フィート(2億5500万立方メートル)に減少した。この減少は、アルジェリアとモロッコの関係が破綻し、アルジェリアがスペインへのガスの直接輸出を開始すると発表したことに起因する。

African Continent/ Wikimedia Commons
African Continent/ Wikimedia Commons

しかし、サハラ砂漠以南のアフリカでは、インフラの危機が長引いている。約13兆5000億立方フィート(3820億立方メートル)のガス確認埋蔵量を持つアンゴラは、技術・操業上の問題や上流投資・インセンティブ不足が重なり、過去5年間で石油・天然ガスの生産量が激減している。

ナイジェリア政府は2020年に「天然ガスの10年」を発表した。これは、南部アジャオクータから北部カドゥナ州を経て北西部カノ州に至る新天然ガスパイプラインの開始によってさらに強化され、その資金の大部分は中国の金融機関から提供された。

欧州へのアクセスを可能にするための地域間・大陸間パイプラインの建設には、かなりの投資が必要だ。新たに署名された石油産業法は、石油・天然ガス部門における汚職や不正行為、無駄を削減し、ホストコミュニティの方向性を変え、同部門への投資を促進するための枠組みを提供すると期待されている。(原文へ

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ウクライナ危機は、国連が独力で非核世界を実現できないことを示した

【国連IDN=タリフ・ディーン】

もはや3カ月目に突入しようとしているウクライナでの破滅的な戦争では、「核のオプション」の脅威が何度も叫ばれている。

Image source: Sky News
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2月24日にロシアのウクライナ侵攻で始まったこの戦争は、世界の主要な核保有国の一つと、隣接する非核保有国との間で起こっている。

最近では、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相が4月25日、核紛争の可能性を「過小評価されるべきではない」と暗に脅しをかけている。「誰もが、『第三次世界大戦は容認しない』という呪文を唱えているが、その危険性は重大であり、実在します。」とラブロフ外相はロシアのテレビ番組のインタビューで語ったという。

ウクライナ危機は、国連憲章に規定されている「国際の平和と安全」を守る国連の能力には限界があることを白日の下に晒した。

4月26日に国連のアントニオ・グテーレス事務総長がモスクワでウラジーミル・プーチン大統領と1対1で会談したにもかかわらず、国連は危機を収束させることができず、停戦交渉にすら協力できなかったとして、激しい非難を浴びている。

これらの展開をみるに、関連する疑問が叫ばれている。すなわち、数多くの決議や国際会議で繰り返されてきた「核兵器のない世界」を国連は本当にもたらすことができるのだろうか、という問いだ。

Photo: UN Secretary-General António Guterres (centre) visits Bucha, on the outskirts of the Ukrainian capital, Kyiv. UN Photo/Eskinder Debebe

ブリティッシュコロンビア大学(バンクーバー)公共政策国際問題大学校リュー記念国際問題研究所の所長で、軍縮・グローバル・人間安全保障問題の責任者を務めるM・V・ラマナ教授はIDNに対して、「決議や会議がいくらあっても国連自体が非核兵器世界を実現できるわけではない。」との見方を示した。

ラマナ教授は、「しかし国連は、この目的に関心を持つ世界各国が集い、その集合的な意思を示す場を提供することはできます。」と指摘したうえで、「ただ、そうした国々自体は、国連で集団を形成したとしても、米国やロシア、中国のような大国に対して核兵器を放棄させることができないかもしれません。」と語った。

また、「これらの国々の内部の社会運動と手を結ぶ必要があります。もちろん、現時点ではそうした運動は弱いし、政策変化をもたらしうる可能性は極めて低いでしょう。しかし、私たちに選択肢はありません。現在の核の現状の継続、あるいはさらに悪いことに軍拡競争は、ほぼ間違いなく大惨事に終わります。」と警告した。

「ノルウェー・ピープルズ・エイド」のヘンリエッテ・ウェストリン事務局長は、「ウクライナでの戦争とプーチンの核使用の脅しは、一部の国家が大規模かつ無差別な核の暴力によって自分たちの安全を守らなければならないと主張する世界に住むことの重大な危険性を、またしてもはっきりと思い起こさせるものである。」と語った。

「私たちは、核抑止力による安定化効果よりも、むしろ運を信頼することになったのだ。使用可能な核兵器が世界で増加していることは極めて憂慮すべき事態です。」と、今年4月11日に年次核兵器禁止モニター報告書を発表したウェストリン事務局長は語った。

American political activist Medea Benjamin./ By Medea Benjamin – The uploader on Wikimedia Commons received this from the author/copyright holder., CC BY-SA 3.0

米国の戦争と軍事主義の廃絶を目指して活動する女性主導の草の根組織「コードピンク」のメディア・ベンジャミン氏は、IDNの取材に対して、「国連が戦争を止められなかったのは今回が初めてではない。」と語った。

「しかし、ウクライナでの戦争は実際に核戦争の危険性を人々に強く意識させることになりました。特に若い世代は、私たちが目の当たりにしているような差し迫った危険性とともに育ってきてはいないため、その傾向が強い。若い人たちのこの感覚から運動を作り上げていくべきです。」

核兵器禁止条約によれば、「核兵器はいまや非合法であり、核保有国を条約に加入させるように努力を続けなければなりません。」とベンジャミン氏は語った。

ベンジャミン氏はまた、「まずすべきことは、ウクライナでの戦争を、核の対立を引き起こすことなく、また米国のイラクやアフガニスタンでの戦争のように何年も引き延ばすことなく、終わらせることです。一方で、この時間を使って、核戦争が私たちの生存に与える脅威について人々を教育し、核兵器禁止条約への支持を広げる機会とすべきです。」と語った。

ベンジャミン氏は、核軍縮は、失われた大義を取り戻すための良い試みであるかとの問いに対して、「失われた大義とは、ロシアと米国の間の核の対立のことです。この地球の将来がかかっているのだから、核兵器なき世界を目指すのは私たちの義務です。」と語った。

Ramesh Takur/ ANU
Ramesh Takur/ ANU

オーストラリア国立大学名誉教授で戸田平和研究所の上級研究員であるラメッシュ・タクール博士は、「第一に、国連に関してよく持たれている誤解がある」とIDNに語った。

「2003年の米国と英国のイラク攻撃、現在のロシアのウクライナ攻撃など、そもそも国連は大国(P5)による小国への侵略を阻止できるようにはできていません。国連はむしろ、大国間の大規模な戦争を回避することによって平和を保つことに最も重きを置いているのです。」

「拒否権条項はこの両方の目的を満たすためのものです。」「このことは、偏向した西側メディアがほとんど無視している重要な要素を示唆しています。本当の意味で、ウクライナ戦争はロシアとNATOの代理戦争であり、米国とNATOはその責任を共有しています。」と、タクール氏は語った。

例えば、オーストラリアのスコット・モリソン首相は最近、中国軍がソロモン諸島に軍事基地を置くことになれば、一線を越えたとみなすと発言した。バイデン政権のインド太平洋調整官兼大統領副補佐官(国家安全保障担当)のカート・キャンベル氏がソロモン諸島の首相と会談した直後に出されたホワイトハウスの声明は、米国は重大な懸念を持っており、もし中国軍がソロモン諸島に基地を置くことになれば、しかるべき対応を取ると述べている。

「ソロモン諸島はオーストラリアの北側海岸から2000キロ離れている。ロシアとウクライナは国境を接しており、キエフはモスクワから800キロの距離に位置している。しかし、米国は、NATOの継続的な東方拡大をロシアが『一線を越えたもの』とみなすことを一貫して認めていない。」と、タクール氏は指摘した。

第二に、核の問題については「問題はあなたが考えるほど明確な形を取っていない」とタクール氏は語った(同氏の近著に『核兵器禁止条約:グローバル核秩序の変革的再定義』、ラウトリッジ社、2022年がある)。

タクール氏によれば、核兵器の問題は3つの観点から論じることが可能だという。第一に、核兵器の役割を強調し、欧州と太平洋の一部の米同盟国がNATO及び米国と核共有協定に入りたいとの関心を高めるとすれば、核軍縮の大義は押し戻され、厳しい地政学の時代が戻ってくることになる。

第二に、それとは逆に、今回の危機は、核兵器の存在そのものによる脅威に対して何らかの対処がなされねばならないとの重要性を浮き彫りにしている。現在は核軍縮を追求するには適切な時期ではないと問題を無限に先送りするという態度とは対極にある。

第三に、ウクライナ危機に照らせば、核兵器の危険を減ずるための信頼性があり実践的な措置に向けた努力を行うのではなく、NPTと核兵器禁止条約の間、あるいは、核軍備管理派と核軍縮派との間の事実上の内戦を、国際社会は今後も続ける余裕があるのか、とタクール氏は問いかけた。

一方、『核兵器禁止モニター』の最新の数字によると、2022年初頭、9つの核保有国の核弾頭は合わせて12705個であった。

そのうち推定9440発(その合計の爆発力は広島型原爆の13万8000発分)が、ミサイルや航空機、潜水艦、艦船に搭載して使用可能な備蓄になっているという。

『核兵器禁止モニター』は、使用可能な核弾頭の数は増加傾向にあると警告している。

この9440発の核兵器に加えて、2022年初めの時点で、ロシア・英国・米国において3265発の退役済み核弾頭が解体を待っている状態であるという。(原文へ

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平和研究の意味とは?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ロジャー・マクギンティ】

研究テーマとしての平和、そして実践としての平和に、かつてないほどの注目と資金が集まっている。大学では、平和や関連テーマに関する授業が大盛況である。平和に関する学術論文や政策文書が次々に発表され、いまや非常に大勢の国際的な「平和専門家」が国際機関や国際NGOで働いている。要するに、平和ビジネスに従事するには良い時代ということである。(原文へ 

しかし、このような平和学や平和研究の“ブーム”にもかかわらず、戦争、環境劣化、不平等、不公正には事欠かないようだ。こう問うてもいいはずだ。平和研究に何の意味があるのか? あるいは、別の問い方をするなら、平和研究や平和教育への投資のすべてが実際に役に立っているという証拠はあるのか?

深く考えずに即答するなら、“ノー”だろう。特定の研究や特定の紛争削減の努力が紛争の発生を防止したことを立証する絶対的基準に基づく証拠を見つけるのは、非常に難しいだろう。何故なら、紛争や暴力の原因は多くの場合、多次元的であり、単一の要因が原因になったり予防したりする可能性は低いからである。むしろ、紛争を多くの要因の集合体の一部として見る必要がある。その要因は、構造的なもの、直接的なもの、明白であからさまなもの、微妙でほとんど気付かないものなど、さまざまである。

では、世界が文字通り炎上している状況のもと、平和研究への投資をどう正当化できるだろうか? そして、平和研究は、21世紀にわれわれが直面している課題を解決するという目的にかなったものだろうか?

おそらく平和研究がここ数十年の間に果たした、そして現在も果たし続けている最大の貢献は、紛争、開発、ジェンダー、気候変動の相互関連性を指摘することだろう。注目すべきことに、20世紀の大部分の間、これらのテーマはかなり別々に研究されてきた(そもそも研究された場合であるが)。最近の十年間では、大学、シンクタンク、国際NGO、国際機関に属する平和研究者たちは、紛争が関連性の複雑な連鎖の一部であるという説得力のある主張を行っている。つまり、紛争、開発、ジェンダー、気候変動はすべて、同じ集合体の一部なのであり、それらを別々に取り扱うことはできない。

アフガニスタンやコロンビアの例を考えてみよう。環境、開発、ジェンダーの問題を抜きにして、そうした紛争を本格的に検討することは不可能である。平和研究は、これらの紛争の横断的かつ多次元的な性質に着目する最前線に立ってきた。

平和研究はまた、平和と紛争の分析においてローカルな視点を大切にするという面でも先端を走ってきた。比較的最近まで平和は、ほとんど国家、政治指導者、軍事指導者、国際機関の間だけでしか議論されてこなかった。まるで、紛争地帯の人々は単なる家財道具であるかのようだった。このような視点は根本的に変わり、平和を有意義なものにするためには、大統領や首相だけではなく、地域社会の賛同を得なければならないと理解されるようになった。

現地の視点に注意を払う姿勢は、多くの国際機関に採用されており、人道支援、開発、平和構築の従事者による紛争に配慮したプログラム策定に明確に表れている。これは、紛争状況下での介入はどれほど善意によるものであっても意図せざる結果をもたらす可能性があるという、平和研究の認識から導かれたものである。

平和研究の重要な利点は、その学際性である。複雑な社会問題に対して、単一の視点や学術分野が全ての答えを持ち得ないことは、長年にわたり認識されてきた。このため、社会科学において、平和研究は混合的研究法と学際的な視点を早くから採り入れてきた混合的研究の手法は、21世紀の課題に立ち向かう上で、さらに大きな意味を持つだろう。気候変動やそれに伴う紛争のような複雑な問題は、確固とした科学的視点とともに、人々がどのように適応していくのか、なぜ文化が重要なのかを理解する社会学的・人類学的分析が必要なのである。

それに加え、ITに精通した新世代の活動家たちがいる。彼らは、データを分析し、可視化し、紛争を促進する異なる要因を結びつけることができる。ある意味、職業としての平和研究者は、市民科学者やジャーナリストによる運動の高まりの一翼を担っているのである(あるいは、少なくともデータを提供している)。今後の課題は、これらの連携をできるだけ効果的なものにすることである。平和研究は大学の講義室の外へと広がるとき、その可能性を最大限に発揮する。

紛争とその複雑性を理解する方法に関して平和研究が貢献を果たしていることは間違いないが、それについては称賛もほどほどにするべきだろう。平和研究は、未だに白人が多く、いくぶん男性が多い。平和研究に関する学術会議に行ってみれば、西洋人の「専門家」集団が非西洋的状況について語っているのを見るだろう。紛争の状況下にある地元の専門家は普通、国際会議に出席する余裕などなく、学術発表の政治経済学の中で力を出せずにいることもしばしばである。他の学術分野と同様、平和研究においても、脱植民地化、多様化、自省が有益であろう。

もちろん、平和研究ができることには限りがある。データを提供し、政策提言を行い、権力を持つ者に真実を伝えることができる。最終的に責任を負うのは、政治指導者、企業、地域社会、そして個人の手に委ねられている。

ロジャー・マクギンティは、英国のダラム大学でダラム・グローバル安全保障研究所(Durham Global Security Institute)所長および政治学・国際関係学部(School of Government and International Affairs)教授を務めている。最新の著作は、Everyday Peace: How so-called ordinary people can disrupt violent conflict (Oxford: Oxford University Press, 2021)。

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