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NATO・ロシア戦争で核兵器使用を回避するのが「最重要」の責任

【ベルリンIDN=ラメシュ・ジャウラ

「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならないことを確認する」―1月3日に中国、フランス、ロシア、英国、米国の5核大国が共同声明で誓った内容である。加えて5カ国は、核保有国間の戦争を回避し、戦略的リスクを低減することが、我々にとって最も重要な責務だと述べていた。この5つの核保有国は、国際の平和と安全の維持に主要な責任を担っている国連安全保障理事会の常任理事国(P5)でもある。

P5が、「すべての国家の安全保障が損なわれずに『核なき世界』を実現するという究極の目標に向け、全ての国と協力して、軍縮の進展に資する安全保障環境を構築する」ことを約束してから3カ月も経たないうちに、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は核戦力の警戒レベルを引き上げる決断をした。

ストックホルム国際平和研究所」(SIPRI)の2021年版の年鑑によると、米国の5500発に対して6375発という世界最大の核戦力を保有するロシアの決定だけに、このことは重要な意味を持っているという。

Image source: Sky News
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国連のアントニオ・グテーレス事務総長がこのロシアの決定を「背筋が凍る局面だった」と述べたのは当然だろう。グテーレス氏は、ウクライナ戦争に関する記者団への発言のなかで、「かつては考えられなかった核衝突の可能性が再び現実のものとなった。」と述べている。

その10日後の3月25日、米政府筋は『ウォール・ストリート・ジャーナル』に対して、ジョセフ・バイデン大統領は、核の脅威だけではなくて、通常兵器や生物・化学兵器などの攻撃に対しても核で反撃し得るとの従来の米政府の立場を踏襲することを決めたと伝えた。

「軍備管理協会」のダリル・G・キンボール会長は、この判断について、バイデン氏は選挙公約から一歩後退したと指摘した。

米政府筋の話として伝えたところによれば、バイデン氏の方針は核攻撃の抑止が核兵器の「根本的な役割」だとしつつ、通常兵器、生物・化学兵器の使用や大規模なサイバー攻撃などの「極端な状況」では核使用の余地を残すものとなっている。

「もしこの報道が正しいならば、バイデン大統領は、核兵器の使用条件をより明確化・限定化するとした2020年の大統領選の公約に反したということだ。核戦争の危機から世界を救う重要な機会を逃したということになる。」とキンボール会長は語った。

Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.
Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.

バイデン氏は前回大統領選期間中の2020年春、外交専門誌フォーリン・アフェアーズに寄稿した論文で、「米国が核兵器を保有する『唯一の目的』は、『核攻撃を抑止し、必要なら報復する』ことあるべきだ」と主張。「大統領として、米軍や我が国の同盟国と協議しながら、その信念を実務に変える努力をしたい。」と述べていた。

キンボール会長は、プーチン氏による破壊的なウクライナ戦争、核による威嚇、対NATO戦で核兵器を先制使用するオプションを保持するロシアの政策は「非核脅威に対して核兵器使用の脅しをかけることがいかに危険であるかを明確に示した」と語った。これはまちがいなく、「核兵器について、冷戦時代の危険な考え方から急速に脱却する」ことが必要であることを強調している。

「バイデン氏は核兵器の役割を有意義に狭める機会をとらえることができず、『核態勢見直し』(NPR)を通じて、非核脅威に対して核兵器先制使用の脅しをかけるロシアの危険な核ドクトリンから米国の核政策を隔てることに失敗した。」とキンボール会長は付け加えた。

「核兵器先制使用の脅しや使用ついては、もっともらしい軍事的シナリオも、道徳的に弁解できる理由も、法的に正当化できる根拠など、全く存在しない。」

キンボール会長は、レーガン、バイデン、ゴルバチョフ、さらにはプーチンという歴代の大統領は全員、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」と述べてきたと強調する。「核兵器が核保有国間の紛争でひとたび使用されたら、核報復や全面的な核交戦へとエスカレートしないとの保証はない。」

Photo: Hiroshima Ruins, October 5, 1945. Photo by Shigeo Hayashi.
Photo: Hiroshima Ruins, October 5, 1945. Photo by Shigeo Hayashi.

「軍備管理協会」はバイデン政権に対して「同政権の核の宣言政策がロシアの危険な核ドクトリンといかに異なり、いかなる状況であれば1945年以来初めての核兵器使用に意味があると考えているのかを説明するよう強く求める」とした。1945年、米国は世界で初の原子爆弾を広島・長崎に投下している。

「軍備管理協会」のシャノン・ブゴス上級政策研究員は、「バイデン政権の次の核態勢見直し(NPR)では、米国とロシアの核備蓄を検証可能な形でさらに削減することを積極的に追求し、中国や他の核保有国と軍縮協議に入ることを目指すという米国のこれまでの公約を再確認すべきだ」と述べた。

ブゴス氏は「わずか数百発の米国あるいはロシアの戦略核によって、他方の軍事能力を破壊し、数多くの無辜の民を殺戮し、地球上に気候の壊滅的な変化をもたらすことができるという恐るべき現実がある。」と指摘したうえで、「核兵器先制使用に関して曖昧性を維持することは危険かつ非論理的で不必要だ。」と警告した。

「アクロニム軍縮外交研究所」のレベッカ・ジョンソン所長は「オープン・デモクラシー」誌への寄稿のなかで、「核戦争が可能だという考えになぜ戻ってしまったのか。なぜ『核抑止』はこの事態を止めることができなかったのか。次はどうなるのか。」と問うている。

Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.
Photo: The writer addressing UN Open-ended working group on nuclear disarmament on May 2, 2016 in Geneva. Credit: Acronym Institute for Disarmament Diplomacy.

「まず最初に理解すべきことは、抑止はほとんどの防衛戦略の通常の要素であるということだ。抑止とは関係概念であり、核兵器に付与された魔法のような属性ではない。抑止戦略の成功・失敗の鍵を握るのは意思の疎通だ。つまり、どのような脅威や兵器を振りかざそうとも、1人以上の当事者が状況や他の当事者のシグナルや意図を読み違えるか誤解するかすれば、抑止は失敗する。しかし、核兵器に依存することは、世界全体を破壊しかねないギャンブルなのである。」

にもかかわらず、核保有国が核抑止政策を手放そうという兆しはない。したがって、インドやパキスタン、イスラエル、北朝鮮からしてみれば、それぞれ156発、165発、90発、40~50発保有している核兵器を手放す理由など見出しがたくなる。

5つの核保有国は1月初め、「核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行う」とした条約第6条の義務を含め、核不拡散条約(NPT)での公約を再確認した。しかし、この約束は果たされていない。

ブリティッシュ・コロンビア大学(バンクーバー)公共政策・グローバル問題大学校リュー記念国際問題研究所の教授で、軍縮・グローバル・人間安全保障問題の責任者であるM・V・ラマナ博士は、軍縮義務はNPT上の核兵器国だけではなくて、その他4つの核保有国にもあてはまると述べた。

1996年、国際司法裁判所は「厳格かつ効果的な国際管理の下におけるあらゆる側面での核軍縮につながるような交渉を誠実に追求し妥結させる義務が存在する」と判示した。この義務はすべての国に適用されるとラマナ博士は指摘した。

International Court of Justice/ Wikimedia Commons
International Court of Justice/ Wikimedia Commons

現在のゆきづまりを打開するひとつの明らかな方法は、核兵器禁止条約に署名し、数千発に及ぶ自国の核兵器を廃止することだ。ロシアや米国による核兵器配備の威嚇は、まったく有益ではない。

軍備管理の専門家であり、ジェイムズ・マーティン不拡散研究センター(ミドルベリー)のマイルズ・A・ポンパー上級研究員は、ウクライナでの戦争は「世界を核の破滅から遠ざけてきたシステムにとって、さらなる負担にはなったが、決定的な打撃が加えられたわけではない」と見ている。ポンパー氏は、「このシステムは何十年もかけて進化してきたもので、米ロの当局者は相手が核攻撃にどの程度近づいているのかを測る上で役に立ってきた。」と語った。(原文へ

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プーチンのウクライナ戦争――袋小路からいかにして抜け出すか?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】

欧州に戦争が戻ってきた。何ということだろう。今年の初め、われわれは自らに問うたものだ――冷戦が戻ってきたのか? ところが、今や熱い戦争となってしまった。これは欧州で初めての戦争ではない。北アイルランド、数度のバルカン戦争、ジョージア、モルドバでも戦争があった。今回、われわれは古い東西軍事ブロック間の対立に舞い戻ってしまったようだ。西側の政治家やメディアはこれを、ベルリンの壁の崩壊とアメリカ同時多発テロ事件(9/11)に続く3度目の歴史の転換点だと呼んでいる。現在のところ、外交と経済協力の時代は終わりを告げた。対立とエスカレーションが検討課題となっている。この壊滅的な戦争からいかにして抜け出すことができるだろうか。それには三つのことが重要だ。すなわち、ウクライナへの支援、この戦争が始まってしまった理由に関する地に足のついた分析、そして現実的な出口戦略の策定である。(原文へ 

ウクライナへの支援

2月最終週の安全保障政策の劇的な変化を見るにつけ、それはまさに転換点と呼ぶにふさわしいものだ。プーチンの戦争は西側の外交・安全保障政策における多くのタブーを打ち破ることにつながった。ウクライナには前例のない量の兵器が持ち込まれている。欧州連合(EU)はウクライナ政府が兵器を購入できるよう、史上初めて軍事支援として4億5千万ユーロを拠出した。この資金は興味深いことに「平和基金」と呼ばれている。ドイツは武器輸出に関する従来の規制を抜本的に転換するとともに、ドイツ連邦軍の迅速な強化のために一度に1,000億ユーロの特別基金を一度増額すること、さらに、従来異論が強かった対GDP比2%を軍事支出に充てるというNATO目標を上回る投資を行っていく方針を表明した。NATOは即応部隊を東側の境界に移動させた。また、ロシアに侵攻の大きな代償を払わせるため、3種類の新たな経済・金融制裁を発動している。

ウクライナ難民の状況を見ても、転機を迎えているといえよう。EUでは長年にわたり、中東や北アフリカの戦災国から流入する難民受け入れの公正な分担を巡って争いが絶えなかった。ところが今や、バルト諸国やポーランド、オーストリア、ハンガリー、スロベニア、デンマークといった、従来歩み寄ることを拒んできた国々が最大400万人に上ると見られているウクライナ難民を積極的に支援するようになっている。

こうした支援が、ウクライナの軍隊や勇気ある人々を力づけて、ロシアのハイテク戦争マシーンを阻止、或いは反転させることができるかどうかは評価が難しい。戦争の始まりの時の常であるが、両者が発信する虚実入り乱れる情報戦は軍事作戦の一部であるからだ。しかし、ロシアのメディアがこれを戦争や侵略と呼ぶことを許されていないのは、そのことを物語っている。

数十万の人々が西欧や各地の街頭を埋め、戦争終結を叫んだ。ウクライナに対して全面的に政治的・経済的・人道的・軍事的支援と行うことと、無謀にも国際法を犯したロシアを非難することについて、異論はほとんど見られない。欧州の外交・安全保障政策の基礎の一部が、わずか数週間で放棄されてしまったかのように思える。なんと“すばらしい新世界”なのか!!

何故、このような混乱に陥ったのか

振り返って過ちを分析しておくことは重要だ。過去の過ちを現実的に評価しておくことが、戦争の原因を解き明かし、さらなるエスカレーションを予防する基礎となるからだ。西側の過誤と逸脱についてはこの数カ月間論じられてきた。最初の過ちは、ロシアを欧州の安全保障の枠組みに統合する「欧州共通の家」という概念をミハイル・ゴルバチョフが提唱した1990年代にさかのぼる。興味深いことに、ウラジーミル・プーチンも、2001年にドイツ議会において(完璧なドイツ語で)行った演説で同じような言葉を使っていた。その時彼は「欧州と全世界の人々の安全保障を確実にするための近代的で、永続的で、安定的な国際安全保障の枠組み」について語っていたのである。それは20年前のプーチン大統領であって、今日のプーチンではない。

次の、恐らくより重要な過ちは、2008年にジョージアとウクライナに対してNATO加盟への道を開いたことだ。NATO内部での意見の不一致によって、この提案は加盟行動計画に発展することはなく、その後沙汰止みになっていた。しかし、NATOが東方に拡大したのは、元ワルシャワ条約機構諸国が加盟を望んだからだ。NATOは全ての新規加盟国に部隊を派遣し、ポーランドとルーマニアにはミサイル防空システムも展開した。NATOの東方拡大と同等に心理的に大きかったのは、ロシアが弱体化している時に「上から目線」で対応してしまったことだ。

これら全ての失敗や、機会を逸したからといって、それを理由に、主権国家への一方的な侵攻を正当化することは決してできない。ロシアの大統領は、自身がかつて兄弟姉妹と呼んだ国を攻撃することで、その醜い相貌を見せている。ロシア政府は自国の安全保障に専心し、自国とNATOの間に緩衝地帯を置くことを望んでいる。これは欧州列強による19世紀の思考法だ。合意された勢力圏の時代は終わりを告げたはずだ。プーチン大統領のように、ソ連の崩壊を根本的な壊滅と呼び、前世紀最大の悲劇と見ることは、ホロコーストを無視することになる。しかし、プーチンは長らく、「偉大なる」ロシアを復権することに執着してきた。クリミアの併合、ドンバス地方の分割、ジョージアとの戦争はこの観点から全て説明できる。選挙で選ばれたウクライナ政府を「軍事独裁・麻薬中毒・ネオナチ」などと言うに堪えない言葉で罵り悪魔呼ばわりすることは、いかに現実離れの発想をしているかの証左だ。ロシア大統領の言葉遣いと態度は、侮蔑と憎悪に満ちている。NATOが1999年にコソボで(そして、多国籍軍が2003年にイラクで)国際法に違反したことは、ロシアによるクリミア併合や今回のウクライナ侵攻の言い訳にはならない。

現在の袋小路からいかにして抜け出すのか?

明らかにロシアは「強硬手段」に出たようだ。既に知られているとおり、欧米の指導者らが依然としてロシアの政治・安全保障上の目的について推測し、大規模な部隊の展開は脅しに過ぎないのではないかと考えているうちに、ロシアによる周到な戦争準備はかなり進んでいたのである。クレムリンへの訪問と連日の電話攻勢という土壇場の外交努力が実を結ばなかったのは明白だ。プーチン大統領は明らかに、NATOによる「包囲」と自身が見なす現状の変更あるいは修正を狙っている。安全の保証に対する要求が実現しなかった時、彼は軍事力を優先した。プーチン大統領による恣意的な歴史解釈からすると、独立したウクライナという選択肢はなかった。

この安全保障政策対決の最終的な帰結がどうなるかはまだわからないが、少なくとも四つの結果は見えている。

第1に、ロシアは明らかに、クリミア併合した後の数年間と比較して、ウクライナの自衛能力と意志を過小評価していた。

第2に、西側同盟の間に楔を打ち込もうとの目論見は外れた。それどころか、ロシアの暗躍と攻撃姿勢は、西側諸国政府をかえって対ロシアで結束させてしまった。フランスのエマニュエル・マクロン大統領が「脳死状態」に陥っていると2019年に評したNATOは、この20年間で最も活性化している。また、EUがこれほど連帯していることも長年なかった。

第3に、冷戦終結とともに忘れ去られていた「勢力圏」という概念が復活した。また、プーチンが核戦力を警戒態勢に置くという命令を下したことを受けて、1960年代の「相互確証破壊」概念も復活した。

最後に、デタントの基本原理の一つであった「貿易を通じた融和」は、現在のところ見込みがない。

では、ロシアにどう対処すべきか。どんな戦略が合理的で、あるいは推奨すべきなのか。現在のところ、西欧諸国の戦略は、中期的な企図として軍事力を強化し、ロシア経済を孤立化させ罰を与えることを基礎としている。こうしたアプローチは現状からすれば理解できるものだし、合理的なようにも見えるが、長期的には説得力がない。

何を目的とした軍事力強化なのだろうか。 西欧諸国は既にロシアの4倍もの予算を軍備に費やしている。われわれが必要なのは、制御不能な軍拡競争を始めることではなく、冷静に戦略的対話を行うことだ。現在の制裁体制の経済的コストは西側諸国よりもロシアにとってより高くつくだろう。政治的にみて、ロシアは、(全ての国によるものではないかもしれないが)孤立する時期を経験する可能性が高い。しかし、欧州の安全保障の未来はどんなものだろうか。冷戦期のデタントの局面から、今日の状況が学べることは何だろうか。デタントの政策は順風満帆な状況下で生まれた戦略ではなかった。それどころか、それは緊張が高まり戦争勃発が危惧された時期に開始されたものだった。もちろん、多元的な世界秩序という異なったグローバル環境の下では、東西2つの軍事ブロック間で実行されたデタントという方式は今日の状況に活かせる青写真とはならない。この局面において最も重要なことは、ロシアの最大の貿易相手である中国がどう動くか、ということだ。

こうした認識は困惑を生むかもしれないが、欧州さらには中東の安全保障は、ロシアに対抗していては不可能であり、ロシアとともにあるものでなければならない。しかし、その相手がプーチンの専制主義的なロシアである必要はない。この戦争がロシアの政治体制にどのような結果をもたらすか誰が予想し得ようか。ロシアのウクライナに対する卑劣な攻撃、あからさまな核兵器使用の威嚇、戦争拡大の危険とくれば、欧州の対ロシア戦略は完全なる再考を迫られることになる。安定的な安全保障枠組みに到達するには、多くの前提条件がある。

この戦争が続く限り、デタントを提案するのは時期尚早だが、長期的にはそうした政策が必要だ。他方で、紛争の鎮静化も必要である。ロシアと西側諸国は現在、エスカレーションの途上にある。紛争を鎮静化し、面子を保つ機会をプーチンに与えないまま現在の道を突き進むのは賢明とはいえない。

欧州で軍備を整え軍事力を強化するのは理解できる反応ではある。しかし、軍事力だけでは不十分だ。デタントによって補強された軍事力と抑止という、「二本足で立つ」かつての概念にNATOが戻るとすれば、それは前進だといえるだろう。経済的相互依存が緊張を緩和し軍事的紛争を回避するという希望はもはや現実的ではない。このことをより視覚的に粗雑に表現するならば、ロシアの戦車が天然ガスのパイプラインをなぎ倒した映像を想起するとよいだろう。この影響はおそらく長期に及ぶであろう。

長らく認識されてはいたが、現実の帰結に結びついていなかったもう一つの教訓は、EUは米国への依存度を減らすために協働して事に当たらねばならないということである。そのためには、共通の政策と加盟国間の協力が欠かせない。しかし、一貫した共通の立場はしばしば崩れる。なぜなら西側社会では、必ずしも全ての政府が自由や民主主義の価値を尊重しているわけではなく、自国に経済的悪影響が及ぶ恐れがあれば、圧力を避けたり屈したりしてしまうことがあるからである。

突き詰めるならば、これは、ドイツと欧州が東西勢力圏に分割された1945年のヤルタ会談へとわれわれは回帰したいのか(皮肉にもヤルタはクリミア半島の海辺のリゾート地である)、それとも、国家主権、現在の国境の不可侵、武力の不使用、人権の尊重、経済・科学・技術・環境における協力を含む一連の原則に合意した1975年のヘルシンキ宣言へと回帰したいのか、という問題なのである。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

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【国連IDN=タリフ・ディーン】

マイク・ニコルズが監督し、チャールズ・ウェブの小説を原作とした1967年のハリウッド映画『卒業』では、大学を卒業して将来に迷いながらも実家に戻ってきたダスティン・ホフマン演じるベンジャミンに、おせっかいな友人が、「一言いいかい?プラスチックだよ。この業界には大きな未来が待っている。」と助言するシーンがある。

この有名なジョークは、当時は世界のプラスチック産業を後押しするものとして歓迎された。しかし、あれから55年、プラスチック産業は環境汚染で厳しい非難に晒されている。

Inger Andersen/ By CIAT – Inger3Uploaded by mrjohncummings, CC BY-SA 2.0

国連環境会議(UNEA)が2024年までを目標に法的拘束力のある協定案をまとめることが期待されている「プラスチック条約」は、原料となる化石燃料の採掘からごみの廃棄までプラスチックの全ライフサイクルで規制を行うことから、世界のプラスチック産業に多大な影響を及ぼすものと見られている。

国連環境計画(UNEP、本部ナイロビ)のインガー・アンダーセン事務局長は、「プラスチック条約は、2015年に採択されたパリ気候協定以来、環境分野で最も重要な多国間合意となります。今私たちに求められているのは、2030年までに自然環境からプラスチック汚染を根絶するために、最高の科学的知見を活用して、各国政府、企業、社会それぞれが、責任を果たしていく国際枠組みを作り上げることです。」と語った。

国際環境法センター」(CIEL、ワシントン)によると、「プラスチックの生産・使用・廃棄に伴う汚染は、人類が直面している最も深刻な人災の一つ」である。

毎年排出される約4億1500万トンのプラスチックごみのうち、8割近くが廃棄物として埋め立てられたり、あるいは河川・海洋投棄等で十分に管理されずに放棄されてきた。その結果、海洋環境、エコシステムに蓄積し、悪影響を及ぼしている。

CIELによると、プラスチックはまず化石燃料に始まり、そのライフサイクルのあらゆる段階で温室効果ガスを排出する。プラスチックの生産・使用が現在のペースで続けば、2030年までにプラスチックのライフサイクル全体からの温室効果ガスの排出量は年間1.34ギガトンに達する。さらに、2050年までに、プラスチック由来の温室効果ガスは累計で56ギガトン、つまり、残っている地球の全カーボンバジェット(炭素予算)の10~13%に達する可能性がある。プラスチックの生産・消費の増加は、地球の気温上昇を1.5度以下に保とうとする国際社会の取り組みを脅かしている。

175カ国から、元首や環境閣僚、政府代表が参加して2月28日から3月2日まで開催された国連環境総会(第5回UNEA第2部)は、法的拘束力のある初の国際枠組み「プラスチック条約」を2024年までを目標に策定するという歴史的な合意に加えて、協定案を策定する政府間委員会(IGC)の年内設置や、幅広いプラスチック汚染対策に関する決議(マンデート)を採択して閉幕した。

今回の決議には、人権の擁護、ゴミを拾って生計を立てる人々(ウェストピッカー)に対する評価、先住民族の役割に対する認識が初めて盛り込まれた。

Andrés Del Castillo/ Copyright: WIPO. Photo: Emmanuel Berrod. This work is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs 3.0 IGO License.

総会の終了にあたって、CIELのアンドレス・デル・カスティージョ弁護士は、「プラスチックのライフサイクル全体を網羅する法的拘束力のある条約へと、重要な足掛かりとなる決議となった。海洋環境に特別の関心が払われ、詳細かつ具体的な内容が含まれたことで、包括的で、プラスチック危機に十分に対処できる条約を策定する素材が得られた。」と決議の成果を評価する一方で、「しかし、90時間に及ぶ困難な協議から、今後の道のりがたやすいものではないことも見えてきた。保健や気候、生物多様性、人権に関する約束を履行できる条約を策定するには、まだやるべきことがたくさんある。」と語った。

CIELによると、プラスチック危機は本質的に国境を越えたものであり、サプライチェーンは国境を越え、汚染の影響は地球上のあらゆる地域と人間生活のほぼすべての側面に及ぶ。プラスチック危機が持つユニークな性質を考えると、この危機に適切に対処し、プラスチックの過剰生産、有害な足跡(フットプリント)、誤用によって現在人々と環境に与えられている害を緩和するために、協調的かつグローバルな対応が必要である。

現在の法体系はプラスチック汚染のいくつかの要素に対応しているが、海洋ゴミ、漁具、廃棄物、化学物質の一部に焦点を当てた要素が並存しており、断片的である、とCIELは述べている。

「この構造は、陸上と海上のプラスチック汚染に対処するための施策間の一貫性と協調性を欠いており、プラスチックのライフサイクル全体から生まれる汚染源にまたがる規則や規制には抜け穴が多い。プラスチック公害を予防するために、国際社会は、生産、デザインから、廃棄対策に至るプラスチックのライフサイクル全体からの汚染を減らし全廃することを目的とした『プラスチック条約』という特別な法的枠組みを緊急に必要としている。」

「環境保健プログラム」代表であるデイビッド・アゾウレイ弁護士は3月1日、協議の終了にあたって、今回の決議が持つ歴史的意義を強調した。

「6年前、プラスチックのライフサイクル全体に対処する法的拘束力のある条約など不可能に思えたが、今日の発表は、緊急性を理解し対処しようとするさまざまな運動が糾合された結果だ。この運動の力は、今回ともに達成した決議文の中に明らかに見出すことができる。ペルーやルワンダ、ノルウェー、欧州連合のような国々が表明した公約と併せれば、これから策定する条約に、プラスチック危機に対する十分な対応策を持たせることは、十分可能だ。」

Photo Credit: climate.nasa.gov
Photo Credit: climate.nasa.gov

「私たちは、これからプラスチック条約の協定案を策定していく中で、健康や気候、生物多様性、人権に対するもっとも強力な保護が、各国政府や産業界によって文言が弱められたり損なわれたりすることにならないように、引き続き協力し続けていかねばならない。」と、アゾウレイ弁護士は語った。(原文へ

*カーボンバジェットとは、地球温暖化をある一定の水準に抑えようとした際の、世界全体での人為的な累積CO₂排出量の最大値を意味します。カーボンバジェットには(①総カーボンバジェット:産業革命以前を起点とした現在までのもの)と(②残余カーボンバジェット:最近のある時期を起点としたもの)の2つの指標があります。総カーボンバジェットは過去の累積CO₂排出量を表し、残余カーボンバジェットは温暖化を特定の水準まで抑えようとした場合に、あとどれだけCO₂を排出できるのかを示します。

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核兵器への投資に反対する企業が増加

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

「核兵器を巡る言説が変わりつつある。大量破壊兵器を製造する暗黙の許可が、政府、国会議員、都市、金融セクターによって取り消されつつある」と、冷戦後の歴史の転換点となったロシアのウクライナ侵攻を前に発表された新しい報告書は述べている。重要なのは、ロシアの侵攻が、核兵器を含む第三次世界大戦の恐怖を引き起こしたということだ。

2017年のノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)と、オランダのユトレヒトにある平和団体PAXが、「リスクを拒否する:核兵器に対する101の政策」レポートを発表した。

ICAN
ICAN

核兵器の製造、開発、配備、備蓄、実験、使用に関わる企業への投融資を制限するポリシー(政策)を持つ金融機関101社のプロフイールを紹介している。これは、以前発表した調査と比較して24件増加している。

このうち、核兵器に投融資しないという包括的な政策を持つ59の金融機関を「栄誉の殿堂(Hall of Fame)」に入るものとし、核兵器に対する方針がそこまで厳格また明確でない42の金融機関を「次点(Runners-Up)」として分類している。

報告書によると、ますます多くの金融機関が核兵器製造企業に投融資しない政策を正当化する理由の一部に、核兵器禁止(核禁)条約を挙げている。「民間企業の核兵器プログラムへの関与に対する理解が高まってきていることと、関与している企業を排除する政策を明らかにする金融機関が増えていることには相関関係がある。」と指摘している。

核禁条約が採択される前の2016年の「核兵器にお金を貸すな(Don’t Bank on the Bomb )」レポートに含まれていた政策は54件だった。それが核禁条約採択後は77件に増え、同条約発効後は判明している政策数が100件以上に増えている。

Applause for adoption of the UN Treaty Prohibiting Nuclear Weapons on July 7, 2017 in New York. Credit: ICAN
Applause for adoption of the UN Treaty Prohibiting Nuclear Weapons on July 7, 2017 in New York. Credit: ICAN

核禁条約は、2017年7月7日、国連において、122カ国の賛成票(反対票1、棄権1)によって採択、同年9月20日に国連事務総長によって署名開放された。2020年10月24日に批准国が50カ国に達したことで条約第15条に基づき、翌21年1月22日に発効した。

報告書は、リストアップされた金融機関の数が増えているのは、金融セクター内で人類を絶滅させる可能性があるリスクに寄与する企業を回避する新たな規範が生まれつつあることを示していると強調している。「特定された政策が増加していることに加えて、そうした政策がより包括的に適用されるようになってきており、非人道的な兵器の生産を容認しないという認識が金融機関の間で広がっていることを示している。」

核禁条約は強力なインパクトを与えているようで、この報告書はその方法の一つを示すものである。3兆9000億ドル(約3964億1630万円)に上る金融機関が、核兵器産業を投融資から排除する理由として、この条約を具体的に挙げているのである。これは殿堂入りした金融機関が保有する全資産の約4分の1に相当し、14兆ドルという途方もない額が核兵器に関わる企業から遠ざけられていることになる。

Susi Snyder/ ICAN
Susi Snyder/ ICAN

報告書の著者であるスージー・スナイダー氏は、「核兵器は国際法上違法であり、投資家は核兵器の背後にある企業の実態を、危険なビジネスであると見なしている。この法的状況の変化は、すでに金融業界を変えつつある。」と語った。

企業がサステナビリティ、ガバナンス、人権関連、その他の問題への関与が疑われる場合、金融機関は問題のある企業への融資を継続するかどうか選択ができる。

このような問題企業は、活動を継続するために資金を得る必要があり、投資家の声によって問題行動を変えられる場合もある。しかし、常にそうとは限らない。そのような時に、金融機関との関係が断ち切られ、問題企業はブラックリストに掲載されることになる。「リスクを拒否する」レポートでは、約半数の金融機関がブラックリストを公表している。

このレポートに掲載する政策の特定は、同業者の推薦に基づくものである。「新しい富のかなりの割合が、環境、社会、ガバナンスの強い基準を持つファンドへの投資を求めており、核禁条約の発効とともに、核兵器製造業者を排除する政策の数は今後も増加すると推定される。」と、報告書は述べている。

ICAN
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また、「金融セクターは常にリスクと隣り合わせだ。少しのリスクもなければ、ほとんど報酬は得られないからだ。しかし、100以上の金融機関が、核兵器ビジネスはあまりにもリスクが高すぎ、報酬に見合わないと公言している。」(原文へ

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プーチンは、1930年代のヒトラーではなく1999年のNATOの戦略に従っているのかもしれない

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

ロシアのウクライナ侵攻については、二つの競合するナラティブがある。一つは、ウラジーミル・プーチン大統領はズデーテン地方に対するヒトラーの戦略を採用しており、彼の攻撃を止められなければ1938年のミュンヘンでの宥和政策の轍を踏むことになるというものだ。もう一つは、プーチンが1999年のコソボにおけるNATOの戦略をなぞっているという考えである。(原文へ 

ウィリアム・ガルストンは2022年2月22日付け「ウォール・ストリート・ジャーナル」の論説において、「国家間の紛争解決に武力行使はもはや必要ない」というリベラル派の思い上がりを批判した。むしろ、ロシアのウクライナ侵攻は、「武力は国際関係の恒久的特性」であることを証明している。西側民主主義国はこの不変の現実を認め、それに沿って外交・防衛政策を再構築しなければならない。ガルストンはこの命題の裏返しとして、こう問うことも容易にできるだろう。プーチンは冷戦終結以来、米国が介入を繰り返してきた歴史から、「武力は国際関係の恒久的特性」であり、ロシアはこの昔ながらの現実に立ち戻らなければならないと結論付けたのだろうか? トゥキュディデスは、「戦史(ペロポネソス戦争史)」の中で同じ趣旨を遙かに簡明に表現した。「強者はできることを行い、弱者はしなければならないことで苦しむ」と。

NATO欧州連合軍最高司令官(1997~2000年)を務めたウェズリー・クラークは、2022年2月21日付け「USAトゥデイ」に論説を発表し、ウクライナだけでなく世界に対するロシアの脅威に、NATOはいかに対処するべきかについて助言を提示した。彼は、東欧諸国におけるNATOの政策、加盟、展開に関してプーチンに拒否権を与えることを断固として否定する。一方で、NATOを増強するべきであり、ロシアを制裁によって罰するべきであると強く主張する。しかし、1999年にNATOがセルビアに軍事介入し、コソボ自治州の分離を支援した際の最高司令官であったクラークは、その出来事からロシアが学んだ教訓についてはまったく言及しなかった。2022年2月22日、国連事務総長アントニオ・グテーレスはロシアの行動を非難し、ドネツクとルガンスクの独立承認は「国連憲章の原則と真っ向から対立する」「一方的な措置」であり、「ウクライナの領土保全と主権に対する侵害」であるとした。グテーレスは、1999年当時、NATO加盟国ポルトガルの首相だった。

コソボはセルビアからの分離独立を求め、NATOはセルビアを78日間にわたって激しく爆撃した。その間、国土も人口も縮小し、経済的に困窮し、軍事的に弱体化し、外交的に屈辱を受けたロシアは、やり場のない怒りに駆られながらどうすることもできずに傍観するしかなかった。NATOは、劇的に変化した力の均衡を利用して新たな加盟国を加え、軍事的影響力を拡大してじわじわとロシア国境へと迫っていた。それは、ポスト冷戦体制に従う条件としてミハイル・ゴルバチョフに繰り返し示された約束に反するものだった。その一環として1999年にNATOによるコソボ介入があり、また、2014年のマイダン騒乱では、親ロシア派であるが民主的に選出されたウクライナ大統領の政権が米国の支援で打倒されるに至ったのである。以降、相対的な力の均衡は再び変化し、しおらしくなった西側は外国における一連の軍事的冒険に永続的な政治目標を持たせることができず、台頭する中国は権力の階段を着実に上っていくにつれてますます主張を強め、西側の社会はその歴史的な罪悪感、アイデンティティー政治、正しいという代名詞に関する強迫観念で内側から揺れ動いている。

冷戦を背景に生まれたNATOは、想定していた敵が敗北し、その存在意義がもはや無意味になっている。倒すべき新たな外国の怪物を探して、NATOはロシアの安全保障上の緩衝国にますます深く侵入していった。1998年5月、米国上院はNATOを拡大する決議案を可決した。「ニューヨーク・タイムズ」コラムニストのトム・フリードマンは、冷戦封じ込め戦略の立案者であるジョージ・ケナンに電話し、彼の意見を尋ねた。「これは新たな冷戦の始まりだと思う。当然ながら、ロシアからは悪い反応があるだろうし、そうすると[NATO拡大論者は]、だからロシア人についてはいつも言っていたんだと言うだろう。しかし、それは間違っている」とケナンは述べた。ピーター・ヒッチェンズは、ソ連崩壊の怒涛の日々にモスクワから報道した英国人コラムニストである。彼は、2月23日にこう書いている。「我々には、[ロシアを]同盟国、友人、パートナーにするチャンスがあった。その代わりに我々は、強欲、労せずに得た優越、冷笑、軽蔑、不信をもって、偉大な誇りある国を侮辱することにより、その国を敵に回してしまったのだ」。バラク・オバマ大統領でさえ、外交政策上の危機に対して軍事的対応を取りがちなワシントンの戦略に不満を表しているが、その古い国家安全保障体制が復権している。

ロシア人とウクライナ人の歴史的結びつきを主張するプーチンが、ロシアに屈辱を与えてきたポスト冷戦秩序を突き崩すために取った動きにショックを受けるような西側指導者やアナリストのおめでたさについて、その戦略は何と言うだろうか? 念のために言うと、一部の勇気ある知識層のロシア人は嘆願書に署名し、ウクライナにおける「不道徳、無責任、犯罪的な」戦争を回避するよう訴えた。しかし、容赦のない現実は、NATOが強硬姿勢を取り、短期的に勝利を収めたが、プーチンがいよいよやり返すと決めた今、今度はやられる側に回ったということである。シェークスピアの「ヴェニスの商人」でシャイロックが言ったように、「あんたらが教えてくれた非道ぶりを、やり返してやろう。ひどいことになるが、教わった以上にうまくやってやる」というわけだ。ロシアが警告してくれなかったと、文句を言う筋合いでもないだろう。1999年、ロシアは国連安全保障理事会で、どうにもならない怒りに駆られながら抗議を行った。当時のロシアの国連大使は、セルゲイ・ラブロフだった。2014年、プーチンとラブロフの2人は、15年前にNATOがコソボで何をしたかを何度も引き合いに出し、ロシアがクリミアに対して行った同様の行為を正当化した。「我々は1999年をよく覚えている」と言って、ロシアのクリミア併合を違法だと言う(実際そうであるが)西側の批判をプーチンはあざ笑った。「少なくとも国際法というものが存在することを彼らが覚えていたのは、何よりだ」と。驚くほど多くの西側諸国が、既存の国家からどの地方が一方的に分離独立して良いか、また、どの外部勢力がその努力を軍事支援する権利を持つかを決定するのは、自分たちの、そして自分たちのみの生得権と考えているようである。

原則上は本質的同等性を主張しているだけでなく、ロシアは、ウクライナに対する複雑な利害関係を有している。ウクライナが経済面ではEUと、軍事面ではNATOと結び付き、反ロシア的である場合、それはいつか、ロシアにとって存続にかかわる脅威をもたらす恐れがある。一方、ウクライナが親ロシア的である場合、西側諸国にとって望ましくないことかもしれないが、存続にかかわる脅威ではない。このような利害の不均衡があるからこそ、プーチンは進んでリスクを取ろうとしているのである。しかし、たとえ存続の脅威がないとしても、予測不能なダイナミクスを持ち込むことにより、ウクライナのロシア化は欧州の秩序を変容するだろう。冷戦時代にあったような定まった地政学的境界は存在せず、北京とモスクワの枢軸はかつて西側と対立したいかなる勢力よりもはるかに手強いからである。

冷戦以降、汎欧州的な取り決めや再編成の紆余曲折から得られたあらゆる教訓のうち、プーチンが覚えておくと良い最大の教訓は、地政学的なグレートゲームにおいて優位に立っているとき、相手に対する寛大さを持ち、勝ち誇りすぎないようにすれば損はないということだ。

ラメッシュ・タクールは、国連事務次長補を努め、現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長を務める。近著に「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」 (ルートレッジ社、2022年)がある。

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ウクライナ戦争の究極の勝者は、世界の武器商人である

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世界政治フォーラムを取材

ウクライナ戦争の究極の勝者は、世界の武器商人である

【国連IDN=タリフ・ディーン

ウクライナ戦争は、ロシアと米国の正面衝突ではないかもしれないが、世界の二大軍事・核保有国の重厚な軍事兵器庫の戦いであることは間違いない。

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は3月22日の記者会見で、「この戦争に勝者はいない」と力強く明言した。

「遅かれ早かれ、戦場から和平交渉のテーブルへと移らざるを得ないだろう。これは必然なのだ。問われるべき疑問は、どれほどの人命が、さらに失われなければならないか。どれほどの爆弾が、さらに投下されなければならないか。どれほどの都市が、マリウポリのように破壊されなければならないのか。」

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

「この戦争に勝者はなく、敗者しかいないと誰もが気づくまでに、どれほどのウクライナ人とロシア人が殺されるのか」とグテーレス事務総長は問いかけた。

しかし、2月24日のロシア軍のウクライナ侵攻以来、配備された驚異的な兵器の数から判断すると、究極の勝者はおそらく世界の武器商人だろう。ウクライナ戦争を背景に、防衛関連株が上昇し続けている。

米国を中心とする西側諸国の兵器システムで武装したウクライナ軍は、これまでのところロシア軍の侵攻を食い止めている。しかし、ロシア軍は3月19日に初めて配備された極超音速ミサイルなど、ウクライナ軍と比較して最も高度な兵器で武装している。

ウクライナ軍を強化しようとしているバイデン政権は、新たに8億ドル相当の追加支援を承認し、軍事支援の総額は20億ドル以上になった。これは、軍事支援と人道支援双方を含む130億ドルに及ぶ高額な支援パッケージの一部である。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を「戦争犯罪人」「凶悪犯」と呼んだジョー・バイデン大統領は、ウクライナ軍が自国民を攻撃してきた(ロシアの)航空機とヘリコプターを阻止して領空を防御できるよう対空ミサイルシステム800台、戦車や装甲車を破壊する対装甲システム9000台、機関銃やグレネードランチャーなどの小型武器7000個、弾薬2000万発を含む新しい安全保障支援策を発表した。

Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.
Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.

3月19日の記者会見で、米国のアントニー・ブリンケン国務長官は、「我々はまた、ゼレンスキー大統領の要請により、ウクライナの長距離対空システムおよび軍需品の入手を支援している。また、クレバ外相とほぼ毎日連絡を取り合い、ウクライナの最も緊急なニーズに迅速に対応できるよう調整している。」と語った。

また、ブリンケン氏は記者団に対し、「同盟国やパートナーは、独自の重要な安全保障支援物資の輸送を継続して行っている。私は10数カ国に米国製の装備を提供する権限を与え、さらに世界中の数十カ国が独自の安全保障支援を提供している。」また、「国防総省からの支援に加え、外交安全保障局からの1000万ドル相当の装甲車など、米国の他の機関からの支援も送っている。」と語った。

欧州諸国からの武器については、ニューヨーク・タイムズ紙が3月3日付で、「オランダは防空用のロケットランチャー、エストニアはジャベリン対戦車ミサイル、ポーランドとラトビアは地対空ミサイルのスティンガー、チェコはマシンガン、スナイパーライフル、ピストル、弾薬などを送っている。」と報じている。

スウェーデンやフィンランドなど、以前は中立だった国からも武器が送られてきている。また、紛争地に武器を送ることに長い間アレルギーを持っていたドイツも、スティンガー他の携行式防空ミサイルシステムを送っている。

タイムズ紙は、北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)の加盟国を中心に、全部で約20カ国がウクライナに武器を供給していると指摘した。

Javelin, the first “fire-and-forget” shoulder-fired anti-tank missile/ United States Army, Public Domain

英国が贈ったのは、スウェーデンのサーブの製品だが、ベルファストの工場で組み立てられている次世代携行式対戦車ミサイル(NLAWs)である。

ニューヨーク・タイムズ紙によると、英国はウクライナに4200台のNLAWを送っている。この兵器は「近接防御型の対戦車兵器としては最高の部類に入る」と評されている。

ウクライナに提供されたこれらの兵器は、ほとんどが軍事・治安支援であり、遅かれ早かれ提供国によって交換されなければならない。

デューク大学サンフォード公共政策大学院のナタリー・J・ゴールドリング客員教授は、IDNの取材に対して、「米国政府は、ロシアとの直接対決に巻き込まれることなくウクライナを防衛しようと、極めて危険な瀬戸際外交を行っている。」と語った。これが悪い方向に向かう可能性はいくらでもある。

「米国政府は、ウクライナの自衛を支援するという宣言した目的が、ロシアのプーチン大統領にそのように評価されると思い込んでいるようだ。それどころか、ロシアは米国やNATOの武器供与を攻撃的な行為とみなしている。防衛的な兵器の移転を行うことは、リスクとして取るに値するかもしれないが、起こりうる結果を考慮し、関連するリスクを減らす努力をすることが重要である。」

例えば、通常兵器に注目が集まっているが、プーチン大統領は、ロシアの核戦力を高度警戒態勢に置くことで、すでに核兵器使用の可能性を紛争に持ち込んでいる。

国連でアクロニム研究所の代表も務めるゴールドリング博士は、「事故や誤算、あるいはプーチン大統領の戦争に『勝ちたい』という欲望から核兵器が使用されるリスクは、受け入れがたいほど高い。」と指摘したうえで、「ロシアの核兵器使用に対する不安と恐怖の現状から学ぶべき。このことは、核軍縮と核兵器禁止条約の完全履行の必要性について、世界の理解を深めるはずだ。核兵器はこの紛争を悪化させ、莫大な人命を失う危険性があるだけで、何の役にも立たない。」と語った。

専門家らはしばしば、攻撃的な兵器と防御的な兵器を区別している。ウクライナ戦争は、戦車と戦うための最良の答えが、しばしば戦車ではないことを示す強力な事例である。ウクライナの場合、ロシアの攻撃から身を守るために、圧倒的に劣勢な状況で、対戦車兵器を効果的に使っている。

Image: Destruction in Ukraine caused by the Russian invasion. Source: The Daily Star.
Image: Destruction in Ukraine caused by the Russian invasion. Source: The Daily Star.

「ウクライナ軍の自衛のための武装を支援すべき」という当面の圧力は強烈だ。しかし、より長期的な視野で考えることも忘れてはならない。米国はアフガニスタンでムジャヒディンにスティンガー対空ミサイルを提供したが、その後、その多くの行方を見失ってしまった。ウクライナ軍への武器提供を急ぐあまり、どのような安全策がとられているのか不明だ。誰がこれらの兵器が目的の相手に届くのを確認するのだろうか。ロシア軍の手に渡らないようにするにはどうすればよいのだろうか。」と、ゴールドリング博士は警告した。

「米国の兵器メーカーが、政府が許可するところならどこでも、兵器の販売に積極的に関与し続けるインセンティブが強力である。レイセオン社とロッキード・マーチン社の株価がロシアの侵攻以来急騰しているのは驚くことではない。」とゴールドリング博士は語った。

2月28日付のロンドン・ガーディアン紙は、「ロシアのウクライナ侵攻で防衛・サイバーセキュリティ関連銘柄が上昇」という見出しの記事を掲載した。

レイセオン・テクノロジーズ、ロッキード・マーチン、ノースロップ・グラマンが株式市場で株価を上昇させたと紹介されている。

一方、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)によると、人口密集地で広範囲に効果を発揮する爆発性兵器を使用することは、不法で、無差別かつ不均衡な攻撃の可能性を高めるという。これらの兵器は破壊半径が大きく、本質的に不正確であり、同時に複数の弾丸を投下する。

「これらの兵器使用がもたらす長期的な影響には、民間の建物や重要なインフラへの被害、医療や教育などのサービスへの干渉、地域住民の移住などが含まれる。」

HRWは、ロシアとウクライナは人口密集地での爆発性兵器の使用を避けるべきであると述べた。

ロシアとウクライナを含むすべての国は、人口密集地での広域効果を持つ爆発性兵器の使用を避けるという約束を含む強力な政治宣言を支持するべきだ。

一方、国連のステファンドゥジャリク報道官は3月21日の記者会見で、「2月24日以来、1000万人以上が安全と安心を求めて故郷を追われ、これはウクライナの人口のほぼ4分の1に相当する」と述べた。

この中には、国際移住機関(IOM)によると、国内避難民の男性、女性、子どもが推定650万人、国連難民機関によると、難民としてウクライナから国境を越えて出国した人が350万人近く含まれている。

2022 Russian invasion of Ukraine – invasion of Ukraine by Russia starting on 24 February 2022, part of the Russian-Ukrainian war/ By Viewsridge – Own work, derivate of Russo-Ukraine Conflict (2014-2021).svg by Rr016Missile attacks source: BNO NewsTerritorial control source: ISW & Template:Russo-Ukrainian War detailed map, CC BY-SA 4.0

人道支援組織は人身売買や性的搾取のリスクを懸念しており、IOMは人身売買防止策を拡大し、移動中の難民や「第三国」国民に検証済みの安全な情報を提供している。また、IOMは地域のホットラインを強化し、重要な安全情報やリソース情報を提供することにしている。

世界保健機関(WHO)によると、昨日、ウクライナで医療施設への攻撃に関する6件の追加報告を確認した。3月20日現在、WHOは25日間で52件の医療機関への攻撃を確認している。(原文へ

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世界最大の武器輸入国には核兵器保有国も含まれる

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世界は危険な新冷戦2.0に陥りつつある

【ニューヨークIDN=ジョセフ・ガーソン】

ロシアによるウクライナ侵攻と、もし西側がウクライナ情勢に直接介入してきたら壊滅的な核攻撃に訴えるとウラジーミル・プーチン大統領が繰り返し脅していることは、無条件で非難されるべきであり、反対すべきことだ。

Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

プーチン氏はエマニュエル・マクロン大統領にウクライナ全土を奪取するつもりだと語っているが、各地で行われているデモ活動が要求しているように、即時の停戦とウクライナからの全外国軍の撤退、協議を要求しなくてはならない。

プーチン氏とロシア国民には、たしかに安全保障に関する正当な懸念がいくつもあった。つまり、北大西洋条約機構(NATO)が、欧州安全保障協力機構(OSCE)のいかなる加盟国も他国を犠牲にして自国の安全保障を強化しないことを約束したパリ憲章やNATO・ロシア基本議定書に違反したこと、米国・ドイツ・その他のNATO軍がロシアの国境に存在し、核の先制使用につながりかねないミサイル防衛網をルーマニアとポーランドに配備していることなどである。

しかし、プーチン氏の民族主義的、大国主義的野望が侵略に拍車をかけたことは明らかであり、それは正当化されるものではなかった。ロシア軍がウクライナの三方を取り囲んでいたため、プーチン氏には安全保障上の懸念の解消を確実にするための外交的な影響力があった。

また、ロシア、欧州、米国の元政府高官やアドバイザーが参加したトラック2協議では、迫りくる危機から抜け出すための外交的道筋が話し合われ、NATO拡大の凍結、ウクライナ国家を中立化・連邦化する「ミンスク2」合意の構築、中距離核戦力全廃条約の発展・更新、挑発的な軍事演習の制限、戦略的安定協議の再開、新戦略兵器削減条約(新START)延長に向けた協議などが、提案されていた。

プーチン氏への憎悪をかつて隠しもしなかった米国のマイケル・マクフォール元駐露大使ですら、ロシア政府との大きな交渉(グランド・バーゲン)、すなわち「ヘルシンキ2.0」を開始すべき時だと『フォーリン・アフェアーズ』誌で主張していた。

にもかかわらず、プーチン氏は野蛮な軍事侵攻を開始した。

スローモーションのキューバミサイル危機

米国とNATOはこの戦争を回避するためにもっと多くのことができたはずだ。ジョー・バイデン大統領とブリンケン国務長官は、フランスとドイツがウクライナのNATO加盟に反対し、NATO拡大への「新たな扉」を閉じることを求めていたのだから、15年間はNATO拡大の凍結を提案することもできたはずである。

Image: Destruction in Ukraine caused by the Russian invasion. Source: The Daily Star.
Image: Destruction in Ukraine caused by the Russian invasion. Source: The Daily Star.

ミンスク2合意の一部の履行をウクライナ政府に迫ることができなかった米国は、ウクライナの独立と民主主義を損なわない形でロシアの安全保障上の懸念に応えるようなウクライナの中立化・連邦化を交渉すべく同合意を利用する方向に自らを向かわせるべきであった。

今や、ウクライナとロシアの殺し合いが始まってしまった。ウクライナ各地の都市は荒廃している。少なくとも200万人のウクライナ市民が避難した。そして、世界は、新たな氷河期とも呼ばれる、危険な新冷戦2.0の時代に陥りつつある。

事故や計算違いから核戦争やサイバー戦争が起こるリスクが増し、人間の基本的なニーズや気候変動に対応する貴重な資源を新たな軍拡競争と社会の軍事化のために浪費する中で、人類はもっとも暗い時代に突入しつつある。

プーチン氏の核の脅しは極めて危険なものだ。彼はロシア経済を空洞化しつつある大規模かつ無差別的な経済制裁を非難しつつ、国家指導者と包囲された国家の下に集い戦争へと踏み出すように国民を先導している。

ウクライナ上空に飛行禁止区域の設定を求める高まる圧力にバイデン大統領が負けることがあれば、限りなくロシア・NATO間の戦争に近づく。米軍やNATO軍の航空機がロシアの航空機を撃墜すれば、大戦、おそらくは核戦争は不可避だ。そこまで行かなくとも、戦争が戦われている中で事故や衝突、計算違いなどがあれば、考えられないような事態が起こる可能性がある。

Address by President of Ukraine Volodymyr Zelenskyy to the US Congress., PDM-owner

ウクライナがブダペスト覚書により、領土と主権の保全の保証と引き換えに、ソ連から継承した核兵器を放棄していたことから、既に、米国による台湾への核配備や、日本や韓国の核保有を認めるよう求める声があがっており、ウクライナがふたたび核を保有するかもしれないというウォロディミル・ゼレンスキー大統領のミュンヘン安全保障会議での不用意な威嚇につながっている。

「スローモーションのキューバミサイル危機」と米ロ双方の識者が評した事態に直面して、世界は、無視しえない核兵器と核戦争に断固とした「ノー」を唱えるとともに、停戦を要求しなくてはならない。この危機の中に、たとえかすかではあっても一筋の光明があるとすれば、この核の威嚇と危険が、核兵器廃絶が緊急に必要であることについて人類を目覚めさせつつあるということである。

残忍な戦争と核の脅威の中にあって、皮肉なこともある。プーチン氏の武力侵攻と核の脅威が恥ずべき行為であるのと同様に、その行為は、数十年、或いは数世紀に及ぶ米国の帝国主義と核の脅威を模倣したものでもある。

外国からの介入に対する緩衝地帯と勢力圏を追求するロシアの行動は、数世紀の歴史を持つ米国の「モンロー主義」の合わせ鏡だ。米国はこれによって西半球は自らの勢力圏であると主張して、非協力的な政府を繰り返し転覆させ、キューバミサイル危機に際しては核戦争開始の威嚇をかけた。

ダニエル・エルズバーグ氏らが指摘してきたように、数多くの国際危機や戦争の間、米国の歴代の大統領は繰り返し、核戦争の準備をし、敵を威嚇する核戦争の脅しをかけ、米国が攻撃を仕掛けようとしている相手を誰も支援しないようにさせてきた。

例えば、1946年のイラン危機がそうであったし、朝鮮戦争時のハリー・トルーマン大統領とドワイト・アイゼンハワー大統領、ベトナム戦争時のリンドン・ジョンソン大統領とリチャード・ニクソン大統領、湾岸戦争とイラク戦争前夜のジョージ・ブッシュ大統領とジョージ・W・ブッシュ大統領、そして、北朝鮮に対するドナルド・トランプ大統領の「炎と怒り」の威嚇がそうであった。

Photo: The remains of the Prefectural Industry Promotion Building, after the dropping of the atomic bomb, in Hiroshima, Japan. This site was later preserved as a monument. UN Photo/DB
Photo: The remains of the Prefectural Industry Promotion Building, after the dropping of the atomic bomb, in Hiroshima, Japan. This site was later preserved as a monument. UN Photo/DB

漫画「ポゴ(Pogo)」の作者ウォルト・ケリーが我々に教えてくれるように、この危機が教えてくれるものは「我々が目にしている敵は、実は我々自身」だということだ。被爆者は我々に「人類と核兵器は共存できない」ということを長年に亘って教えてくれている。

そして、マルコムXが述べたように、核戦争を開始するとの再三の脅しと準備を含めた米国の傲慢さと帝国主義は、結局のところ自らに跳ね返ってくる。ちょうど、ロシアのウクライナ軍事侵攻と核使用の威嚇によって我々すべてが現在脅かされているように。

戦争の熱が高まる中、誰も核戦争の引き金を強く引くことがないようにするための知恵が緊急に求められている。これまでのすべての戦争の場合と同じく、我々がこの戦争を生き延びることができるとして、それは外交的協議によって終末を迎えることになるだろう。

また、我々は、その合意によってウクライナの独立と主権を確保し、破滅的な21世紀の氷河期への勢いを止めて、共通の安全保障という1990年代の約束を復活させねばならない。

部分的核実験禁止条約や核凍結、中距離核戦力全廃条約を勝ち取った際に我々がそうしたように、幻想から抜け出して、命を守る核軍縮や新たな軍備管理協定、これらの絶滅兵器の廃絶に向けた道筋へと野蛮な諸大国を導くためにできるすべてのことをなさねばならない。(原文へ

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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|ウクライナ| 国連高官、安保理に民間人死者数の徹底調査を要請

人類が核時代を生き延びるには、核兵器がもたらす厳しい現実と人類の選択肢を報じるジャーナリズムの存在が不可欠(ダリル・G・キンボール軍備管理協会会長)

ウクライナ危機はパワーシフトの時代の地政学的な断層を映し出す

|ウクライナ| 国連高官、安保理に民間人死者数の徹底調査を要請

【国連IDN/ UN News】

「ウクライナにおける民間人の犠牲と民間インフラの破壊の規模は決して否めません。」3月17日に開かれた国連安全保障理事会の緊急会合において、国連政治局長がこのように指摘したうえで、徹底的な調査と説明責任を果たすよう要求した。

政治・平和構築担当のローズマリー・ディカルロ事務次長は、安保理でウクライナの諸都市が毎日のように攻撃されている実態について詳述し、その多くが無差別に行われたと報告した。さらに、「民間人は軍事作戦に伴う危険から保護される権利があります。国際人道法は極めて明確です。」と主張した。

UN Security Council adopting historic resolution on youth, peace and security. Credit: UN
UN Security Council adopting historic resolution on youth, peace and security. Credit: UN

2月24日から3月15日の間に、人権高等弁務官事務所(OHCHR)は1900人の民間人の犠牲者を記録し、52人の子どもを含む726人が死亡したと報告した。

ドネツクのOHCHRスタッフは、クラスター爆弾を含む可能性のあるソ連時代のトーチカ戦術弾道ミサイルによって20人の民間人が死亡したとされる3月14日の事件に関する進展を追っている。

マリウポリ: 路上の死体

ディカルロ事務次長は「一方、ウクライナ南東部の港町マリウポリでは、避難できない多くの住民(街は既に2週間に亘ってロシア軍に封鎖されていて、約3万人が脱出したものの、35万人以上の住民が地下室等に隠れて生活を続けている)の食料、水、電気、医療が不足している。また、街の通りには回収されない死体が転がっている。」と警告した。

3月16日にロシア軍の攻撃を受けたマリウポリ劇場は、避難民のための防空壕として機能していたとされ、攻撃を受けた民間の建造物リストに追加された。

Photo: Thousands of Ukrainians seek safety in neighbouring Poland. © WFP/Marco Frattini
Photo: Thousands of Ukrainians seek safety in neighbouring Poland. © WFP/Marco Frattini

国連の優先事項は、ウクライナ東部を含む、砲撃によって街に閉じ込められた人々に手を差し伸べることだという。

ディカルロ事務次長は、ロシア軍に包囲された地域から民間人が安全に退避できる通路の確保と、包囲された地域へ人道物資を搬入できるよう求めるとともに、難民を寛大に受け入れている近隣諸国への感謝を表明した。

「この無意味な紛争に勝者はいません。」とディカルロ事務次長は語った。

「驚異的な」難民のレジリエンス

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のラオフ・マズー運営担当高等弁務官補は、ロシア軍の軍事侵攻が開始されて3週間足らずでウクライナから近隣諸国へ逃れた人の数が52万人から310万人以上になったと指摘したうえで、「第2次世界大戦以降、欧州で最も急速に拡大している難民危機を目の当たりにしている。」と語った。

マズー高等弁務官補は、「私たちは、多くがビニール袋しか持たずに家を後にした難民のレジリエンスと、受け入れ当局やホストコミュニティの並外れたもてなしに、身の引き締まる思いです」と語った。

一方、ウクライナからの難民が200万人に迫るポーランドは、瞬く間に世界最大の難民受入国のひとつとなった。

さらに49万人がルーマニアに、35万人がモルドバに、28万人がハンガリーに、22万8千人がスロバキアに逃れており、その他にもロシアやベラルーシに移動している人々もいる。

Image credit: Royal United Services Institute (RUSI)
Image credit: Royal United Services Institute (RUSI)

マズー高等弁務官補は、「現在の難民の流出ペースでは、近隣諸国の能力の限界が試されています。」と述べ、国際社会にさらなる支援を呼びかけた。

戦争が健康にもたらした悪影響は今後何年も続くだろう

世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム・ゲブレイエス事務局長は、戦争による健康への壊滅的な影響は、今後数年から数十年にわたり波及するだろうと語った。

ウクライナの保健サービスは、ロシア軍が水と衛生設備、保健施設を広範に破壊していることから、深刻な混乱に陥っている。

WHOはこれまでに43件の医療機関への攻撃を確認し、12人が死亡、34人が負傷したことを指摘し、「医療機関への攻撃は、いつであれどこであれ、国際人道法違反である」ことを強調した。

医療サービスの途絶は極度の健康リスクをもたらす

テドロス事務局長は、医療サービスや物資の途絶が、ウクライナの主要な死亡原因である心血管疾患、がん、糖尿病、HIVの患者に「極度の」リスクを与えていると語った。同時に、移住、劣悪なシェルター、過密な生活環境は、はしか、肺炎、ポリオのリスクを高めるとみられている。

Tedros Adhanom Ghebreyesus, Director General, World Health Organization at the AI for Good Global Summit 2018/ By ITU Pictures from Geneva, Switzerland, CC BY 2.0
Tedros Adhanom Ghebreyesus, Director General, World Health Organization at the AI for Good Global Summit 2018/ By ITU Pictures from Geneva, Switzerland, CC BY 2.0

また、戦争は新型コロナウィルス感染症の影響を悪化させており、検査の減少が「重大な未検出感染」につながっていると思わる。

WHOは、ウクライナ西部のリヴィウにある倉庫から国内各地の都市に供給ラインを確立しているが、課題もある。

医療物資が必要な人々の手に届かない

テドロス事務局長は、「私たちは、国連の合同輸送隊が困難な地域に入るための重要な物資を準備していますが、今のところ成功していません」と述べ、医療物資を積んだWHOトラックを含むウクライナ北東部のスームイへの輸送隊が街に入れなかったことを指摘した。また、「マリウポリに送る荷物が準備区域に置かれたままであり、輸送を進めることができない。」と語った。

テドロス事務局長はまた、「これらの地域や他の地域へのアクセスは、現在、非常に重要です」と強調し、安保理理事会に対し、即時停戦と政治的解決のために努力するよう促した。

隣国ポーランド

これに先立つ17日、ロシア政府は、国連の最高司法機関である国際司法裁判所からの攻撃停止勧告を拒否した。

ポーランドのクシシュトフ・マリア・シュチェルスキー国連大使は、「ロシアの残忍な行動は100%自ら選んだ戦争である。』と指摘したうえで、「我が国は、戦争がもたらした悲惨な人道的結果を目の当たりにしており、国籍、人種、宗教信条に関係なく、連帯の精神で難民を受け入れていく。」と語った。

シュチェルスキ大使は、ロシアに対し、軍事的な手法を改めるよう強く促すとともに、即時停戦と民間人への人道的アクセスを求めた。(原文へ)

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ウクライナ戦争が世界の貧困国への開発援助を脅かす

【国連IDN=タリフ・ディーン】

国連アントニオ・グテーレス事務総長は、現在ウクライナで起きている壊滅的な戦争が、外の世界にも同様に破壊的な影響を及ぼしており、世界で最も脆弱な人々や国々を直撃していると警告している。

世界食糧計画(WFP)の小麦供給量の半分以上を供給していたウクライナがロシア軍の空爆を受ける中、食糧、燃料、肥料の価格が高騰し、最も大きな影響を受けるのは世界の貧困層である。

ウクライナ紛争は、欧米諸国が世界の最貧国に対して行っている開発援助にも悪影響を及ぼしている。

Image source: Sky News
Image source: Sky News

ロンドンに本拠を置く人道支援団体オックスファムは、3月18日に発表した報告書の中で、ウクライナ危機の世界的な影響は、食料、商品、エネルギー価格の急上昇にすでに現れており、他の人道危機に直面している地域の人々を支援する公的支援活動を阻害することになりかねないと述べている。

オックスファムは、一部の援助供与国が既に、対ウクライナ支援と同国からの300万人以上の難民受け入れに援助予算をシフトしていることを懸念している。

また、欧米のドナー諸国は、他の人道危機に直面している地域に対する援助を控えるようになっている。オックスファムは、援助供与国に対し、新たな資金、特に政府開発援助(ODA)でウクライナのニーズに応えるよう求めている。

オックスファムは、欧州連合(EU)が東ティモールへの人道支援資金を半減させたこと、一部の援助国がブルキナファソへのODAを70%削減することを示唆していること、また、他の西アフリカ諸国に対しても援助削減について事前に警告を発していることを認識していると語った。

一方、ドイツは、ウクライナ支援が決まるまでは、保留中の資金提供案を決定できないと示唆しており、これは世界の他の地域での人道支援を危険にさらすことになると、オックスファムは語った。

経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)は、ODAを「開発途上国・地域に対し、経済開発や福祉の向上に寄与することを主たる目的として公的機関によって供与される贈与および条件の緩やかな貸付等」と定義している。

DACは1969年にODAを対外援助の基準として採択し、現在も開発援助の主要な資金源となっているが、ウクライナ危機とその影響により危うい状況にあるのも事実である。

国連の長年の目標では、先進国は国民総所得の07%をODAに充てるべきとされている。

オックスファムによれば、北欧の援助供与国はウクライナに対して3億ユーロの拠出を約束しており、そのほとんどはノルウェーが拠出している。しかし、ノルウェーの拠出が新たに追加されるものでなければ、この金額はノルウェーの人道支援予算の40%近くに相当するため、他の地域への人道支援が大幅に削減を余儀なくされることとなる。

Photo: Thousands of Ukrainians seek safety in neighbouring Poland. © WFP/Marco Frattini
Photo: Thousands of Ukrainians seek safety in neighbouring Poland. © WFP/Marco Frattini

スウェーデンは新たな資金を割り当てたが、その援助予算は追加資金が見つかるよりも先に「調整」されてしまう恐れがある。

またオックスファムによると、デンマークは既存の援助予算から支援を行うとしており、開発協力大臣は「いくつかの厳しい選択と優先順位の再検討」、つまり他の危機対応プログラムの延期やキャンセルを行うと警告している。

「欧州をはじめ、世界中から惜しみない支援がウクライナに寄せられる中」、オックスファムはスペイン、オランダ、フランスがウクライナからの難民を支援するために新たな資金を提供したことを称賛し、これらの資金が他の人道支援予算枠に追加されることを公に確認するよう呼びかけている。

イタリアは、既存の支援予算から1億1000万ユーロをウクライナからの難民のために支給すると述べているが、まだ正式な確約はしていない。

英国は、一般からの呼びかけに応じて過去最大の2,500万ポンドを寄付し、ウクライナ難民を受け入れた家庭に月350ポンド(約5万4000円)の謝礼を支払う難民受け入れ制度を発表した。

オックスファムによると、欧州には難民支援について汚点となった過去の実績がある。2015年、約150万人の難民がシリアなどから欧州に流入したとき、援助国が難民支援に充てた金額は平均して援助約束額の僅か11%(154億ドル)に過ぎなかった。

オックスファムのEU事務所長であるエヴェリアン・ヴァン・ルンブルグ氏は、「一部の豊かな国々が援助予算を事実上国内で使ってしまうような事態は避けなければなりません。」と語った。

ルンブルグ氏はまた、「エチオピア、ケニア、ソマリア、南スーダンで今起きている広範な飢餓を救済するための国連の60億ドルのアピールに対して、今のところ資金の3%しか提供されていない。」と指摘したうえで、「ウクライナの人々に対して支援することは重要ですが、そのために、イエメンやシリアの人々、東・西アフリカで絶望的な飢餓に直面している数百万の人々、バングラデシュやその他の国々の難民キャンプにいる人々、コロナ禍や気候変動で最も大きな被害を受けた人々に向けた人道支援予算が削減されて、彼らにしわ寄せがいかないようにしなければなりません。」と語った。また、「しかし、人道危機に直面しているウクライナ以外の地域へのライフラインをカットするのではなく、創造性を発揮する必要があります。例えば、毎日、超高級ヨットや豪邸が差し押さえられるというニュースを耳にします。毎日、あらゆる国籍の億万長者が、投機、税金逃れ、企業利益と株価の高騰によって法外な利益を得ているのです。」と語った。

LLDC/ UNCTAD
LDCs/ UNCTAD

「新型コロナウィルス感染症の影響から自国の経済を救うために何兆円も使うのは当然として、ウクライナからの難民やソマリアの飢えた農民を助けることは選択肢にすぎないという主張には賛同できません。」とファン・ローエンバーグ氏は語った。

「正しいことをしているドナーは素晴らしいと思います。紛争や気候変動を止め、世界の食料システムを再構築するための努力を倍加させるように、余裕のある人たちが困っている人たちに手を差し伸べ、支援しましょう」と語った。

Wheat (Triticum aestivum) near Auvers-sur-Oise, France, June 2007/ Wikimedia Commons
Wheat (Triticum aestivum) near Auvers-sur-Oise, France, June 2007/ Wikimedia Commons

ウクライナからの小麦の供給不足について問われた国連のステファンドゥジャリク報道官は、3月17日、「WFPは小麦供給の約50%をウクライナから得ており、オープンマーケットで購入しています。問題は、商品価格が軒並み上昇していることです。それで、私の記憶違いでなければ、毎月の購入代金が7100万ドルほど加算されていると思います。」と記者団に語った。

一方、グテーレス事務総長は先週、ロシアとウクライナは世界のひまわり油の供給の半分以上と、世界の小麦の約30%を占めていると述べた。

穀物価格はすでに「アラブの春」開始時や2007年から2008年にかけての食糧暴動時の価格を超えているという。FAOの世界食料価格指数は過去最高水準にある。

アフリカと後発開発途上国の45カ国は、小麦の3分の1以上をウクライナ(または)ロシアから輸入しており、そのうち18カ国は50%以上を輸入している。

これには、ブルキナファソ、エジプト、コンゴ民主共和国、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、イエメンといった国々が含まれる。(原文へ

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【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

アフリカのチェ・ゲバラと呼ばれたトマ・サンカラの殺害を巡っては、未だに全容が解明されていない。しかし、正義が否定されるようなことってはならない。

35年前の1987年、革命の象徴であり、西アフリカのブルキナファソの若き大統領であったサンカラは、その人気の絶頂期に射殺された。

長年、彼の友人であり同僚であったブレーズ・コンパオレが殺害を仕組んだと疑われていたが、調査は許されず、サンカラは自然死であるというフィクションが流布されることになった。

人権団体や犠牲者の家族は、そうではないと主張している。その後コンパオレは27年間にわたってブルキナファソに君臨したが、任期延長を狙った憲法改正案に反発した民衆の蜂起により2014年に失脚し、隣国コートジボワールに亡命したため、本格的な捜査が開始される可能性が出てきたのである。

昨年10月に始まったコンパオレの裁判は、ブルキナファソが1月起きた最新の軍事クーデターから立ち直ろうとする中で開かれた。経済の停滞、貧困の定着、執拗な襲撃を繰り返すイスラム過激派対策の不備に対する国民の怒りによってもたらされたものだ。

トマ・サンカラを覚えている多くの人々にとって、サンカラは熱烈なマルクス・レーニン主義者であり、帝国主義や植民地主義に反対する力強い声であった。アフリカ諸国に対して債務返済を拒否するよう呼びかけ始めたときなど、現状維持に利害関係を持つ国際社会は、サンカラの急進主義を快く思ってはいなかった。

サンカラ暗殺の真相を巡っては、彼を危険人物とみなしていた旧宗主国フランスをはじめ、コートジボワール、リベリア、リビア等、外国が関与したとする憶測がある。

「サンカラは、内閣の要請でルノー5(最も安価な大衆車)に買い換えるまでは、自転車で通勤していた。また、レンガ造りの小さな家に住み、国産の綿で織られた服だけを身に着けていました。」とナイジェリア出身のポーラ・アクギジブエは回想する。

ブルキナファソが位置するサヘル地域では男尊女卑の風潮が根強く、農村地域では女性器切除(FGM)が一般化していたが、サンカラは、一夫多妻婚や強制結婚と共にFGMを禁止した。また自らの政権に初めて女性の閣僚を登用し、政府の要職に次々と女性を就任させるなど、女性の地位向上に努めた。

とりわけ重視されたのが教育だった。サンカラの任期中、識字率は1983年の13%から87年には73%に上昇した。また、サヘル地域で最も深刻な感染症である脳髄膜炎、ポリオ、麻疹などの予防接種を90%の子供に実施し、世界保健機関(WHO)から称賛された。

また特権的な地主から土地を強制収用し、農地を小作農に再分配したうえで、農業技術の改良に予算を集中投下し、灌漑のための小規模ダムの建設や井戸の掘削などを進めた結果、ブルキナファソの1ha当たりの穀物収穫量は3年間で飛躍的に拡大した。これは、生産性の低さゆえに飢餓が慢性化しているサヘル地域としては、当時驚くべき成果であった。

もし有罪になれば、コンパオレはブルキナファソに戻った場合、30年の懲役刑に服することになる。しかし、たとえコンパオレの裁判が無罪、あるいは可能性が低いものの訴えの却下という結果に終わったとしても、軍民を問わず人権侵害者に対し、この地域(西アフリカ)ではもはやこれまでのようにはいかないというメッセージを送ることになるのだろう。(原文へFBポスト

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