成長、持続可能性、生活の質を問い直す
【ブダペストINPS Japan=サンドール・ハベルマン】
長年にわたり、人口増加と経済拡大は、国家の成功を測る不可欠な指標とみなされてきた。各国政府は、出生率の上昇、労働力人口の拡大、生産量の増加、そして国内総生産(GDP)の持続的な成長を追い求めてきた。一方、人口減少は、豊かさや経済の安定、さらには社会の将来を脅かす危険信号として語られることが多い。

だが、この問題を別の角度から捉えたらどうだろうか。
人口減少を食い止めることだけに力を注ぐのではなく、それを人口動態上の現実として受け入れ、そのなかで、より良く、持続可能で、充実した暮らしを築く方法を考えてみてはどうだろうか。|英語版|
これは、人口減少を歓迎したり、それに伴う困難を軽視したりするという意味ではない。人口が少なくなるからといって、必ずしも社会が貧しくなるわけではないと認識することである。
GDP至上主義を超えて
簡単な計算例を考えてみよう。ある国のGDPが変わらないまま人口が10%減少すれば、1人当たりGDPは約11%上昇する。
もちろん、こうした数字の上での改善が、そのまま国民一人ひとりの豊かさにつながるわけではない。所得の分配、生産性、雇用、そして高齢化社会を支えるための費用など、考慮すべき重要な要素は数多くある。
それでも、この計算は本質的な問いを投げかける。社会の成功は、生み出される財やサービスの総量によって測るべきなのか。それとも、市民が享受する生活の質によって測るべきなのか。
21世紀の経済が目指すべき中心的な目標は、際限のない量的拡大ではなく、すでにある資源を賢く活用することなのかもしれない。
教育、医療、文化に触れる機会、良好な環境、手頃な価格の住宅、そして個人の自由こそが、社会の進歩を測るうえで、ますます重要な尺度になるべきだ。
経済成長は、こうした目標の実現に貢献し得る。しかし、成長はそれ自体を目的とするのではなく、より良い社会を実現するための手段として位置づけるべきである。
環境の持続可能性を高める機会
人口が緩やかに減少することは、天然資源や土地、水資源、生態系への負荷を軽減する機会にもなり得る。
人口が減れば、将来的には新たな建物や道路の必要性が小さくなり、その他のインフラへの投資も抑えられるかもしれない。特定の資源に対する需要が減少すれば、環境保護や生態系の回復も進めやすくなる可能性がある。
ただし、人口が減るだけで気候変動や環境破壊が止まるわけではない。
技術革新、クリーンエネルギーへの転換、責任ある消費行動、そして持続可能性の高い生産方式への移行は、引き続き不可欠である。各国政府は、環境分野の研究を支援するとともに、実効性のある法律や規制、経済的な優遇措置を導入していく必要がある。
重要なのは、人口構造の変化を、意図的かつ積極的な環境政策と結びつけることである。
技術の進歩を、より多くのものを生産し、消費するためだけに利用するのではなく、環境への悪影響を減らし、すでにある資源の利用効率を高めるために、これまで以上に活用していくことができるはずだ。
人生を豊かにする時間を取り戻す
現代社会では、経済的な生産量、消費、生産性によって成功が測られることが多い。しかし、人が充実した人生を送るための条件は、そうした指標だけでは捉えきれない。
家族と過ごす時間、創作活動、スポーツ、旅行、文化活動、学び、そして地域社会との交流は、個人の幸福や生活の充実に大きく寄与する。
絶え間ない量的拡大への依存度が低い社会であれば、技術進歩がもたらす恩恵の一部を、労働時間の短縮や個人の自由の拡大という形で人々に還元する道を選べるかもしれない。
もちろん、経済成長のペースが鈍化するだけで、余暇が自然に増えるわけではない。
そのためには、生産性の向上、経済的利益のより公正な分配、柔軟な働き方、そして十分に検討された社会政策が必要となる。
目指すべきは、社会に不可欠なサービスを犠牲にして労働時間を短縮することではない。経済活動の仕組みを見直し、効率化によって得られた成果が、人々の日々の暮らしの向上にもつながるようにすることである。
高齢世代の役割を見直す
人口減少に伴う最も深刻な課題の一つは、人口に占める高齢者の割合が高まることである。
働く世代が少なくなる一方で、年金、医療、長期介護といった制度を支える負担は、ますます大きくなっていく。
この課題を軽視することはできない。しかし同時に、高齢化そのものに対する私たちの見方も変える必要がある。
従来の定年年齢を過ぎても、身体的に活動的で、知的な関心を持ち続け、社会に有意義な貢献を果たせる高齢者は少なくない。
柔軟な就労制度、専門性を生かしたパートタイムの仕事、後進への助言や指導、教育活動、地域社会への参加などは、高齢世代がより長く活躍し続ける助けとなる。
日本は、その可能性を具体的に示している。2023年には、65歳以上の就業者数が過去最多の914万人に達し、高齢者の各年齢層で就業率も過去最高を記録した。各地のシルバー人材センターでは、退職者に庭仕事や子育て支援、事務作業など、地域での短期的な仕事を紹介している。こうした仕組みは、多くの高齢者に収入を得る機会を提供すると同時に、地域社会のなかで役割を持ち続けることを可能にしている。
高齢世代が培ってきた経験は、子育て支援、世代を超えた学び、家族への支援にも生かすことができる。ただし、こうした関わりは本人の自発的な意思に基づくものでなければならず、専門的なケアが必要な場合に、それを代替するものであってはならない。
高齢者を主として経済的な負担と捉えるのではなく、その知識や経験、そして社会に貢献し続ける可能性を正当に評価すべきである。
同時に、必要な人が利用できる医療体制、疾病予防、そして尊厳ある長期介護を実現するための投資も欠かせない。
日本は、身体を持ち上げる介助機器から見守りセンサーに至るまで、介護技術にも積極的に投資してきた。その経験は、こうした技術が介護職員の身体的な負担を軽減できる一方で、人によるケアそのものに取って代わることはできないと示している。

際限のない新規建設より、既存の都市をより良く
建築家であり、都市開発の専門家でもある私は、とりわけ建築や都市環境の分野に大きな可能性を感じている。
これまで数十年にわたり、都市開発はしばしば「拡大」と同義だった。建物を増やし、道路を延ばし、インフラを整備し、新たな土地を次々と開発する。その繰り返しである。
しかし、人口減少は、こうした都市開発のあり方を見直すよう私たちに促している。
ブダペストは、そのことを考えるうえで示唆に富む事例である。
ハンガリーの2022年国勢調査によれば、首都ブダペストでは約16万戸の住宅が「居住者なし」に分類されている。ただし、この区分には、恒常的な居住以外の目的で利用されている物件も含まれる。
一方、国際的な住宅支援団体ハビタット・フォー・ヒューマニティのハンガリー組織は、国内で手頃な価格の住宅が深刻に不足していると指摘し、数十万世帯が低家賃の賃貸住宅を必要としていると推計している。
この対照的な現実は、重要な問いを投げかける。都市を拡張し続ける前に、すでにある建物をもっと有効に活用するべきではないだろうか。
既存建物の改修や用途転換、空き家を住宅として再び利用するための優遇措置、そして手頃な家賃で借りられる住宅の供給を促進する政策は、不必要な新規建設や資源消費を抑えながら、居住環境を改善することにつながる。
もちろん、居住者のいない物件がすべて住宅として適しているわけでも、実際に利用可能なわけでもない。それでも、既存の住宅ストックをより適切に管理し、有効活用することは、都市政策の中心的な目標になるべきだ。
日本の状況は、この問題の規模と、取り得る対応策の両方を示している。
2023年の住宅・土地統計調査によると、日本の空き家は過去最多の900万戸に達し、住宅総数の13.8%を占めた。この割合は、ハンガリーの13%と驚くほど近い。
そのうち約386万戸は売却用でも賃貸用でもなく、多くが利用されないまま放置されている。
こうした状況に対応するため、全国数百の自治体が「空き家バンク」を設け、空き家と新たな居住希望者を結びつけている。また、2015年以降、国の法律に基づき、自治体は適切に管理されていない住宅について、所有者に修繕や解体を求めることができるようになった。
同じ考え方は、公共インフラにも当てはまる。
学校、地域施設、公園、交通網などは、拡大を当然の前提とするのではなく、サービスの質、利用しやすさ、そして変化する人口構造に応じて計画していくべきである。
この点でも、日本から学べることは多い。
富山市は約20年にわたり、路面電車やバスの路線沿いに住宅、店舗、サービス施設を集約する「コンパクトシティ」戦略を進めてきた。経済協力開発機構(OECD)も2012年に、この取り組みを取り上げている。
また、日本では児童・生徒数の減少に伴い、2004年から2023年までに8850校の公立学校が閉校した。現在も建物が残っている廃校のうち、4分の3近くが地域交流施設、事務所、福祉施設、工房、宿泊施設などとして再活用され、新たな役割を担っている。
人口減少を受け入れながら、家族を支える
人口減少を受け入れることは、出産に反対したり、家族が子どもを持つことを思いとどまらせたりすることではない。
むしろ、その逆である。
家族に対する実質的な支援を充実させ、すべての子どもが質の高い教育と医療、文化的な機会、そして安全で健康的な環境を享受できるようにすべきだ。
目指すべきは、経済的・社会的な障壁によって不必要に妨げられることなく、一人ひとりが子どもを持つかどうかを自由に決められる社会を築くことである。
子ども一人ひとりが得られる機会や幸福は、国全体の出生統計と少なくとも同じくらい重要である。
家族を支援することと、人口が少なくなる将来に備えることは、決して矛盾しない。責任ある政府は、その両方に取り組むべきである。
21世紀に向けた新たなロードマップ
人口が減少し、高齢化が進む可能性のある社会への移行に向き合うには、人口の将来推計を示すだけでは不十分である。
経済学者、政策立案者、建築家、都市計画の専門家、環境科学者、医療関係者、教育者の間に、新たな協力のあり方が求められる。
これらの専門家が力を合わせ、人口が増え続けるとは限らない社会に向けた長期的なロードマップを描く必要がある。
そのロードマップでは、環境の持続可能性、既存資源の効率的な活用、世代間の連帯、質の高い公共サービス、そして一人ひとりが生きがいのある人生を送る機会を優先すべきである。
これまでの事例が示すように、人口構造の転換が世界でも最も進んだ国の一つである日本は、こうした取り組みを構想し、実践していくうえで重要な役割を担うことができる。
ハンガリーをはじめとする欧州諸国など、高齢化が進む他の社会も、日本の経験から学ぶと同時に、それぞれの解決策を持ち寄ることができるだろう。
人口動態の現実を受け入れることと、その現実に屈することを混同してはならない。
おそらく21世紀の最大の課題は、どうすればさらに多くを生産し、消費し、際限なく成長できるかということではない。
むしろ、すでにあるものを生かして、どうすればより良く生きられるかということなのだ。
人口が減る社会であっても、より豊かな暮らしを目指すことはできる。
そして、それこそが「進歩」という言葉の、より意味ある定義なのかもしれない。
サンドール・ハべルマン:ハンガリーの建築家。建築学修士。不動産開発およびプロジェクトマネジメントの分野で、数十年にわたる豊富な国際経験を持つ専門家。主な関心分野は、持続可能な都市開発、人口動態の変化、住宅問題、経済発展と生活の質の関係など。
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