コロナ禍、気候変動、不処罰と人身売買を悪化させる紛争
【ウィーンIDN=オーロラ・ワイス】
新型コロナウィルス感染症のパンデミックにより、ソーシャルネットワークやインターネットをプラットフォームとした人身売買が増加していると、国連薬物犯罪事務所(UNODA)「人身売買に関する世界報告」の主執筆者であるファブリッシオ・サリカ氏はIDNの取材に対して語った。
サリカ氏は、国連総会が2010年の人身売買と闘う世界行動計画を通じて義務付けた7番目の報告書である、2022年「人身売買に関する世界報告」の顕著な側面を強調した。
2023年1月24日に発行されたこの報告書は、141カ国を対象とし、2018年から21年の間に検知された人身売買の事例を分析することにより、世界、地域、国レベルでの人身売買への対応を概観している。今回の報告書は、UNODCが2003年にデータの収集を開始して以来、過去の傾向と比較して重要な変化を示している事件と有罪判決の傾向に主な焦点を当てている。

「仮想世界で起こることはすべて、現実世界の出来事に反映されます。人身売買業者が被害者をリクルートするために使う新しい手段があるだけです。彼らは狩りのテクニックを使い、ソーシャルネットワーク上のプロフィールを次々と見て回り、潜在的に弱い立場の被害者を見つけます。若い世代は何でも公表する傾向があるので、ハンターはインターネットやソーシャルネットワークを利用して、被害者の身元やプロフィールを確認するのです。」とUNODCの人身売買の専門家は説明した。
「例えば、インターネットを利用して、若い女の子で、とても魅力的で、同時に彼女が人生で経験している段階を判断することが可能です。こうしてプロフィールチェックを行い、ターゲットになりそうな女性を特定し、被害者候補と親交を深め、勧誘を始めるのです。そうすると、「直接会おう、私の国に来ないか。」と勧誘がオフラインになる可能性があります。そして、実際に会うことでいろいろと搾取されるのです。しかし、インターネットのプラットフォームが、業者間による被害者の売買や、犯罪ネットワーク間のコミュニケーションに利用されるケースもあります。」とサリカ氏は指摘した。
また、ウェブカメラの前で子どもが直接性的搾取を受けるケースもある。研究者によると、これも人身売買の道具として使われることが多くなっている。人身売買業者の立場からすれば、こうしたIT機器は商業的に都合がよいものとなっている。
「ウェブカメラの前に被害者がいれば、世界各地の何百万人もの顧客が同時に一人の被害者を搾取することができるし、その画像を何度も再利用することができるので、犯罪者の立場からすれば、とても儲かる仕組みと言えるのです。」
女性や子どもはより暴力的な搾取に直面している
2020年に発見された被害者のうち、女性の被害者(女性・少女)は全体の60%を占めている。性的搾取の摘発が著しく減少したことにより、人口10万人あたりの女性被害者数が減少している(1年間で11%の減少)。
この減少にもかかわらず、女性や少女は、男性や少年よりも多くの人身売買の被害者を構成している。しかし、より多くの男性被害者が特定される傾向は2020年に加速したようだ。UNODCが収集したケースサマリーの分析によると、人身売買業者は女性や子どもの被害者、特に少女に対してより多くの暴力を行使することが示唆されている。
これらのケースに記載されているあらゆる年齢の女性被害者は、人身売買の際に身体的または極度の暴力(性的暴力を含む)を受ける可能性が男性の3倍も高い。同じデータセットによると、子ども(女の子と男の子)は大人(男性と女性)より1.7倍、女の子は大人の女性より1.5倍、身体的または極端な暴力に遭う可能性が高いことが示されている。これは、関与する犯罪の種類や搾取の形態にかかわらず、被害者のすべての出身地域のケースに共通して言えることである。
より多くの不処罰=より多くの犠牲者
有罪判決を受けた人身売買組織は、多くの場合、ビジネスタイプの取り決めによって緩やかにつながった小規模なグループで、個人またはペアで行動している。しかし、近年の有罪判決を分析すると、地域を支配する大規模な犯罪組織が人身売買に関与する場合、組織化されていない犯罪者と比較して、より暴力的で、長期間にわたり、より遠距離でより多くの被害者を売買していることが判明している。
本報告書の特筆すべき点は、裁かれた事件で確認された被害者のほとんどが「自己救済」であることだ。裁判例を検討した結果、大半の事件で、搾取から逃れ、自ら名乗り出た被害者によって当局に持ち込まれていることが判明している。
人身売買の多様な形態
このような人身売買の被害者のプロフィールは、複合的な搾取の種類に応じて変化するのが一般的である。多様な形態の他の例としては、強制労働で搾取される被害者が挙げられる。
この形態の人身売買の被害者は圧倒的に男性で、とりわけ少年が68パーセントを占めている。UNODCが分析した強制犯罪のための人身売買に関わるケースサマリーには、万引き、スリ、その他車やガソリン、宝飾品の窃盗、薬物売買、様々な形態の詐欺が含まれていた。その他の形態の搾取のうち、搾取的な物乞いは、2020年に世界で確認された被害者の約1%を占めた。
また、2020年に確認された人身売買の被害者の1%は、強制結婚の対象になっていた。この犯罪は、UNODCに報告された裁判例の概要に記載されているように、様々な形態をとっている。1つの形態は、外国人男性との偽装結婚で越境した女性を搾取するものである。このような人身売買は、欧州連合(EU)加盟国にも存在する。

また強制結婚を伴う人身売買の形態には、有害な社会的慣習の中で結婚を強いられる少女に関するものがある。
その他の形態として、主に労働と性的搾取が混在する状況で被害者が発見されているケースがある。このような被害者の割合は、世界的に増加傾向にあり、2018年には全被害者の2%、2020年には10%を占めていた。
例えば、英国で発見された被害者全体の21%以上が強制労働と性的搾取の被害者で、その3分の2が女性、3分の1が男性であった。一方、米国で発見された被害者の8%以上がこの種の混合搾取を受けており、被害者のほとんどが女性であった。
UNODC と共有した、混合型人身売買の有罪判決に至った裁判例の概要の中には、女性が人身売買されて家事労働に従事し、その後、その後雇い主の男性に性的搾取を受けるというものがあった。また、バーで給仕をしていた女性が、客との性的関係を持つよう強要されたケースや、農場で強制労働させられ、労働時間後に雇用主や第三者と性交渉を持つことを強要される女性に関するものがあった。
「被害者の募集を専門に行うリクルート集団が存在し、彼らは通常女性を使い、『乳母として働ける。私の店で働いてもらう。教育を受けられる。』といった約束をして、若い女性を勧誘する。しかし、彼女たちが目的地に着くと、女性の搾取を専門とする他の犯罪集団に売り渡すのだ。このように、被害者を勧誘して、搾取集団に売り渡すリクルート集団による取引が横行している。」
「その瞬間、搾取グループは被害者を従わせ、引き留めるために暴力を行使し始める。騙して引き寄せ、暴力で搾取する。これは、小さなグループが国から国へと被害者を交換する、明らかな犯罪詐欺です。」とサリカ氏は強調した。
欧州内の人身売買の流れ
中・南東ヨーロッパで確認された人身売買被害者の80%近くは、自国内で人身売買された人々である。こうした国内人身売買被害者の割合は、半数に近かった2019年に比べ、2020年には大幅に増加していた。国内人身売買の被害者の多くは、性的搾取を受けた、若い女性または少女であった。これは、この地域で横行している国境を越えた人身売買の被害者にも当てはまり、こうした被害者らは、域内の近隣諸国や欧州全域に売買される傾向がある。
「欧州の数字を見ると、南東ヨーロッパは、イタリア、フランス、スペイン、英国、オランダといった西ヨーロッパの国々に売られる犠牲者の重要な供給地となっています。少女や女性は通常、性的搾取のために人身売買されている。」
「その他の搾取」のカテゴリーでは、南東ヨーロッパから西ヨーロッパおよびスカンジナビア諸国への強制犯罪のための人身売買も記録されている。また、違法な養子縁組も、明らかになった人身売買の犠牲者の2.5%を占めている。
戦争:人身売買の好機

戦争は、紛争地域内外の人身売買に影響を及ぼす。人身売買組織は、避難を余儀なくされ、経済的に困窮している人々を効率的にターゲットにしている。分析によると、2014年と15年にウクライナ東部で発生していた紛争から脱出を余儀なくされた人々と、その後の数年間にウクライナから西・中央ヨーロッパへ売られた人身売買の犠牲者が増加したことの間に関連性があることが示されている。
しかし今回の紛争(ロシアによる軍事侵攻)では、欧州連合(EU)がウクライナ国民に提供する定期移住制度により、2014年当時と比較して、人身売買の犠牲になるリスクは軽減される可能性がある。
「紛争地域内外の人身売買」について取り上げるのは、今回が初めてではない。2019年にリビアの紛争に関する特別報告書でも取り上げた。紛争は常に人身売買と密接な関連を持っている。紛争地で戦闘に駆り出される子ども兵士の問題は、アフリカをはじめ世界各地で起きている。また、ウクライナから紛争を逃れてきた人々、難民、あるいは国境内で避難生活を送る人々は、仕事、家族、家、コミュニティを失い脆弱な立場にあり、搾取や人身売買に遭遇しやすい。そうした人々が増えていることを国際社会に警告する必要がある。サリカ氏は、「2015年と比較して、リスク軽減策の1つは、ウクライナ難民が欧州連合で正規の移民になれることです。」と強調した。
その他、例えば中東やサブサハラアフリカで進行中の紛争も、人身売買のリスクを高めている。サリカ氏は、「西バルカンルートを特別な監視下に置くべきだ。」と指摘した。また、アフガニスタンの難民や移民は、トランジットや目的地の人身売買ルートにおいて脆弱な立場にあり、危険に晒されていることを強調した。また、バングラデシュやパキスタンから逃れてきた南アジアからの移民は、現在、トルコ、ギリシャに向かい、西バルカンルートで北上している。
弱者が逃亡中に遭遇する人身売買には、さまざまな種類がある。加害者は日和見的に被害者を見出している。例えば、女性、少女、少年、男性など、困窮した人を見つけては、その人を強制労働や性的搾取、物乞いに利用するのだ。また、こうした難民は、犯罪集団にも狙われている。
例えば、2018年7月、スロベニアでは、東アジア出身の4人を人身売買していた国際犯罪集団が起訴され、同国各地で多くの被害者を搾取していたことが判明した。彼らは長期間、コールセンターに拘束された被害者に、スロベニアにいる東アジアの国民に対して詐欺行為を行わせていた。犯人は被害者をコールセンターに閉じ込め、移動の自由を制限して外界から隔離し、親族との接触を制限・管理し、個人文書、金銭、電話などを没収していた。各コールセンターの責任者は、さまざまな規則、指示、要求、脅し、罰則を駆使して、被害者に犯罪的詐欺行為を強要していた。その後、2020年には、このグループの別の5人の犯罪者も人身売買の罪で有罪になっている。
2020年にモンテネグロで起きた類似の事件では、女性12人、男性25人を含む東アジア出身の37人の特定された被害者に影響を及ぼした。すべての被害者は、これらの国に居住する東アジア国籍の人々に対するオンライン詐欺に利用されていた。

気候変動の影響
気候変動は、一部の人々の人身売買に対する脆弱性を高めている。2021年には、2370万人が災害によって国内避難民となり、多くの人が気候による貧困から逃れるために国境を越えた。気候変動が人身売買に与える影響について、世界的な系統だった分析はないが、世界各地のコミュニティレベルの研究では、天候による災害が人身売買の根本原因であることが指摘されている。気温の上昇や天候の変化は、農業や天然資源の採取など、主要な経済部門に依存する貧しいコミュニティに深刻な悪影響を及ぼしている。

経済的苦難やその他の課題は、より多くの人々を人身売買の直接的な危険に晒すと同時に、他の人々が人身売買活動に従事する誘因を増大させている。
過去20年間で、気候関連の災害が発生する頻度は倍増しており、生計の喪失や避難民の増加につながっている。2021年だけでも、2370万人以上がこのような災害によって避難している。世界各地がますます居住不能になるにつれ、避難民は移動ルートで搾取される高いリスクに直面することになる。熱波、暴風雨、干ばつ、洪水、海面上昇などの「遅発性気候変動の影響」により、2050年までに推定2億1600万人が自国内での移住を余儀なくされる可能性がある。(原文へ)
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森のゾウたちが炭素吸収を促進する―ゾウを殺してはならない
【ヤウンデ(カメルーン)IDN=ヌガラ・キラン・チムトム】
アフリカの森林に生息するゾウたちは、森を破壊するネガティブな存在と考えられてきたが、この大食漢たちは危機にある気候問題を救う重要な役割を実は果たしていると考えられるようになってきた。
アフリカの森林に生息するゾウは、かつて食事を通じて森林を破壊すると見られていたが、それが森林を健全に保ち世界的な気候問題の対処にも役立つものであると科学者らは考えている。
NGO「リバランス・アース」の共同創設者であり、1976年からゾウを研究しその保護を図ってきたイアン・レドモンド氏は、イタリアの生物学者ファビオ・ベンガジ氏がコンゴの熱帯雨林で行った比較研究について言及した。

「ベンガジ氏はコンゴ盆地の熱帯雨林2カ所を比較した。一つはゾウがいる森であり、もう一つは数十年前に象牙密猟者によってゾウが絶滅させられてしまった森だ。すると、ゾウのいる森では、地上の生物量、すなわち、森林における木の重量が7~14%多いことが分かった。」
森のゾウは直径が30センチに満たない木々や植物を一般的に食する。これらの木々は最終的に死に絶えるが、その結果として、より成長が遅く炭素吸収量の多い木々が水分や栄養分、光を得て、生存競争に勝つことができるのだという。
研究者らは、ゾウが長年にわたって小さな木を食べてきた森林がどのような姿になるかをモデルで予測した。彼らによれば、ゾウがいる森では、木の量が減ってそれぞれの木の密度が増し、地上の生物量が多くなったという。
レドモンド氏は、そのような森林ではより多くの炭素が吸収されるとIDNに説明した。研究者によると、現実の世界では、ゾウのいる森では、そうでない森と比較して、木々の密度が1平方メートルあたり75グラム増すという。
「ゾウは、食物を選って食べることで、食べた植物を消化し大量のフンをする。ゾウ1頭あたり1週間に平均でおよそ1トンのフンをする。森を歩き回りながらフンをすることで、それは第一級の有機肥料となる。つまり、ゾウが実際上行っていることは森の『雑草取り』だ。炭素吸収量の少ない木々や草、ツル植物を食べ、より炭素吸収量の大きい大型の木の栄養になるようなフンをするということだ。これが長期的にもたらす効果は、森林が炭素を吸収する能力を向上させるということである。」とレドモンド氏はIDNの取材に対して語った。

しかし、コンゴの森林のゾウは急激に減少している。東南アジアにおける象牙需要が当地において密猟を加速させているが、研究者らは同時に、もしゾウが生きていたらそれがどの程度の利益をもたらしたのかということについて知識が十分でないことも理由の一つであるとしている。
コンゴの森林にはかつて110万頭のゾウがいた。しかし、森林破壊と密猟によってかつての10分の1以下の頭数になってしまった。
ベンガジ氏は、もしゾウの頭数が以前と同等に復活したならば、森林1ヘクタールあたりの炭素吸収量は13トン増すことになるだろうと試算している。つまり、アフリカの森林のゾウは1平方キロメートルあたり6000トン以上の炭素吸収に寄与するということであり、これは25万本の木が吸収できる炭素量に匹敵する。
森林のゾウのもたらす経済的価値に関するパイオニア的研究を行った国際通貨基金のラルフ・チャミ博士は、ゾウを生かすことによって密猟者も地域社会も諸国も大きな経済的利益を引き出すことができると指摘している。
「密猟者には選択肢がある。ゾウを殺してカネを生み出すか、ゾウを生かして長期的にもっと多くのカネを得るか、という選択だ」とチャミ博士はIDNに取材に対して語った。
森林のゾウがもたらす経済的価値について試算したところ、ゾウ1頭当たり175万ドルにもなるとチャミ博士は述べている。ゾウを1頭殺して密猟者が得る平均4万ドルに比べるとはるかに高額だ。

「密猟は自暴自棄になった人の最後の手段です。密猟者は市民科学者になり、象の世話をするように再訓練を受け、象の密猟で得られるお金をはるかに上回る年俸を稼ぐことができるかも知れません。」と、チャミ博士は語った。
レドモンド氏は、自身の組織は「地球のバランスを取る」ことを目的としていると語った。地球の生態系的なバランスは崩れており、森林の破壊や産業の拡大、採鉱、道路や鉄道の敷設によってさらに状況は危機的になっている。
「森林は単に木が生えているところではありません。生態系そのものなのです。」とレドモンド氏は語った。森のゾウたちは、その生態系において極めて重要な役割を担っているのである。(原文へ)
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グローバル核軍縮に向けた豪州・インドネシアパートナーシップの形成?
【シドニーIDN=ニーナ・バンダリ】
原子力潜水艦取得に向けたオーストラリア(豪州)の動きに懸念が高まっているが、豪州とインドネシアは、世界の核不拡散・軍縮体制を強化し、アジア太平洋地域における実用的な核安全保障能力の構築で協力する方針を表明している。
豪州・米国・英国が2021年9月に締結した強化された安全保障協定である「AUKUS」によって、豪州は非核兵器国として初めて原子力潜水艦を取得することになる。

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)豪州支部のマーガレット・ビービス博士は、「これらの潜水艦はよくない前例となるだろう。兵器級高濃縮ウランの非核兵器国への移転や取得が可能となってしまいます。また、潜水艦のような目に見えないプラットフォームにおいて保障措置を実行することは不可能です。」と語った。
国際戦略研究所の「ミリタリー・バランス」2021年版によると、現在、米・英・仏・ロ・中・印の6カ国が原子力潜水艦を保有している。
潜水艦にはディーゼル推進型と原子力推進型の2種類があるが、いずれにも核兵器を搭載することができる。
インドネシアとマレーシアは、予定される潜水艦には核兵器は搭載されないと豪州が主張しているにも関わらず、原潜取得計画が地域において核拡散のリスクを高めるとの懸念を示している。
ICAN豪州支部が昨年発表した報告書『トラブルの海』は、豪州による原潜取得計画は「不必要かつ時代錯誤的なもの」であり、「他国が同じような論理を取って、核不拡散条約(NPT)保障措置協定の第14条の抜け穴(=海軍用核燃料に用いる相当量の高濃縮ウランを保障措置の対象外とする)を利用して核物質や機微の技術を取得しようとする前例を生むだろう」と指摘した。
NPTには、不拡散、軍縮、(人間の健康や農業、食料・水の安全保障を支援する)原子力技術の平和的利用という三本柱がある。NPT保障措置協定の第14条は、条約締約国に対して、核物質保有の意図や、保有物質の量や構成、保障措置からの脱退の想定期間について通知するように義務付けている。

インドネシアのジョグジャカルタ市にあるガジャ・マダ大学国際関係学部のムハディ・スギオーノ上級講師は、IDNの取材に対して、「原子力潜水艦がNPTと両立可能かどうかについては争いがあり、インドネシアは2022年のNPT再検討会議に提出した作業文書で、豪州の原潜取得計画に懸念を示し、原潜をIAEAの保障措置・査察の対象にすべきだと要求しました。同国は、特に海洋国家としての立場から、豪州の原子力潜水艦計画に大きな関心を寄せています。AUKUSは、この地域にとって深刻な課題となっています。」と、語った。
2月9日に豪州のキャンベルで開催された豪州・インドネシア外務・防衛閣僚会合後の共同声明では、IAEAの創設メンバーである両国は「NPTを維持する上で重要な役割と使命を果たすIAEAの確固たる支持者であり続ける」と述べた。
4人の閣僚は「核兵器なき世界実現の希望と、グローバルな核不拡散・軍縮体制、とくにその礎石であるNPTの強化に向けた我々のコミットメントを強調する」と述べ、「アジア太平洋保障措置ネットワーク(APSN)の文脈において、実践的な保障措置能力の構築に向けた協力を歓迎する。」と述べた。
豪州とインドネシアは2009年、日本・韓国とともにAPSNを創設し、アジア太平洋地域における原子力保障措置能力の地域的ネットワーク構築をめざしている。
ビービス博士はIDNの取材に対して「インドネシアは核兵器禁止(核禁)条約に署名することによって核軍縮への真のコミットメントを証明しました。もし豪州が軍縮に真剣ならば、インドネシア同様に核禁条約に署名するという選挙公約を尊重する必要があるだろう。」と語った。
「豪州は、核兵器の使用を是認する米国の『核の傘』に依存している。米国の同盟国であり続けながらも、大量破壊兵器の中で最悪なこの無差別的で壊滅的な兵器を拒絶することは依然として可能です。ニュージーランド、タイ、フィリピンはすべて核禁条約に署名しているが米国の同盟国でもあります。」とビービス博士は指摘した。
2021年1月22日に発効した核禁条約は、核兵器の開発、配備、保有、使用、使用の威嚇も含め、核兵器を初めて包括的に禁止した条約である。市民社会や多くの非核兵器国が同条約を歓迎したが、核兵器国やその同盟国は、NPTを基盤とした既存の核秩序を同条約が揺るがすとみている。

豪州は2022年6月にオーストリアで開催された第1回核兵器禁止条約締約国会合にオブザーバー参加した。
豪州のペニー・ウォン外相は豪州のNPT批准50周年を記念して2023年1月23日に発表した論説で、「我が国は、核禁条約が2年前に発効したことを歓迎します。同条約は検証制度を備えるべきであり、NPTの成功を下支えしてきたのと同じ普遍的な支持を獲得すべきであると考えますが、核兵器なき世界という同条約の理念は共有しています。」と述べている。
2022年6月29・30両日、核脅威イニシアチブ(NTI)は、「核不拡散・軍縮を求めるアジア太平洋リーダーシップネットワーク」(APLN)と共催で、ジャカルタでワークショップを開催した。その概要報告書によると、「核戦力が拡大・近代化されており、規制がなくなりつつある国際環境の中で、非核両用兵器のような新たな破壊的技術が拡散している。」「NPTが義務付ける軍縮のペースをめぐり、核兵器国と非核兵器国の間の溝が拡大している。」という懸念を共有した。
インドネシア外務省アジア・太平洋・アフリカ局のアブドゥル・カディール・ジャイラニ局長は、IDNの取材に対して、「インドネシアは核兵器の禁止が重要だと考えています。核禁条約自体で核兵器が廃絶できるわけではないが、核兵器の使用をさらに非正当化し、その使用に反対する国際規範を強化することに貢献するものである。インドネシアは、この目的のためにできるだけ早く条約を批准したいと考えています。」と語った。
ジャイラニ局長はまた、「この条約は、すべての国が平和利用のために原子力技術を使用する権利、特に開発途上国の権利を保護することになります。」と語った。
2022年初めの時点で、米国・ロシア・英国・フランス・中国・インド・パキスタン・イスラエル・北朝鮮の9カ国が合計で1万2705発の核兵器を保有しており、そのうち9440発が軍事的に使用可能な状態で備蓄されていると推定されている。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の2021年の年鑑によると、これらの核弾頭のうち約3732個が作戦部隊に配備され、そのうち約2000個が作戦上の厳戒状態に保たれていると推定されている。(原文へ)
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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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核攻撃のリスクは冷戦後最も高まっている(寺崎広嗣創価学会インタナショナル平和運動総局長インタビユー)
オーストラリア政府は気候変動への対処を怠りトレス海峡諸島民の権利を侵害、と国連が認定
この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=クリステン・ライオンズ】
この記事は、2022年9月26日にThe Conversation で初出掲載され、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに基づき許可を得て再掲載したものです。
国連の委員会は9月23日(金)、オーストラリアの前連立政権が気候危機に十分に対処しなかったことによりトレス海峡諸島民の権利を侵害したと認定する画期的な決定を下した。
トレス海峡諸島民でつくる「グループ・オブ・エイト」 は、オーストラリア政府が温室効果ガス排出削減や、島々の防潮堤の改良などの措置を怠ったと主張した。国連はこの訴えを支持し、申立人らの損害を賠償すべきだと述べた。(日・英)
この決定は、しばしば気候危機の最前線にいる先住民コミュニティーが自分たちの権利を守るための新たな道を開くなど、先住民の権利と気候正義における突破口といえるだろう。
アルバニージー政権は、トレス海峡諸島とともに気候変動に対処する公約を表明してきたが、いまや、この可能性と課題に立ち向かわなければならない。
この決定は、なぜそれほど重要なのか?
トレス海峡の諸島民8名と、その子どもたちのうち6名が、2019年に国連に申し立てをし、気候変動が彼らの生活様式、文化および生計を損なっていると主張した。
これは、海面上昇に晒されている低海抜の島の人々が、政府に対して行動を起こした初めての例であった。
申立人であるトレス海峡諸島民は、ボイグ島、ポルマ島、ワラバー島およびマシグ島の4島の出身で、彼らは気候変動に伴う豪雨や嵐により、彼らの住居や作物が壊滅的な被害に遭ったと訴えた。海面上昇によって家族の墓地も洪水に遭った。
申立人の主張の根拠は、脆弱な地域を保護するための緊急行動を求める最新の 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書によって裏付けられた。
重要なのは、西側の気候科学よりも、先住民の文化や生態系に関する深い知見が国連の決定にとって鍵となったことである。このことは、先住民の法律、文化、知識、慣習がしばしば排除され、過小評価されてきた広義の国際気候政策からの脱却を示す出来事である。
先住民の権利にとって大きな法的突破口
国連自由権規約人権委員会は、オーストラリアが気候変動の影響からトレス海峡諸島民を保護することを怠り、彼らが自己の文化を享有する権利や、私生活、家族および住居に対する恣意的な干渉から自由でいる権利を侵害したと認定した。
これらの権利はそれぞれ、国連世界人権宣言の第27条および第17条を構成している。訴えは、第6条の生命に対する権利を根拠とした主張もしていたが、これは認められなかった。
国連はこの決定において、トレス海峡諸島民が伝統的な土地と密接な繋がりを持ち、文化的慣習を維持するために健全な生態系が中心的な位置を占めていることを考慮した。陸海にわたる健全な国土と文化とのつながり、および、これらを維持する能力は人権であると認められた。
委員会は、オーストラリアが来年までに四つの島に新しい防潮堤を建設するなど対策を講じているとはいえ、起こりうる人命の喪失を防ぐために追加の措置が必要だと述べた。
この結果に対して、「グループ・オブ・エイト」の1人でマシグ島の先住民であるイェシー・モスビーは、次のように語った。
我々の先祖たちは、この画期的な事例を通じてトレス海峡諸島民の声が世界に届いたことを知って喜んでいると思う。(中略)今回の勝利で、私たちは自分たちの島のふるさと、文化そして伝統を子どもや未来の世代のために守っていくことができるという希望を持つことができた。
申立人の代理人を務めた、環境法律団体ClientEarthの弁護士ソフィー・マールジャナックは、この結果は数々の先例を作ったと言う。特に、国際的な裁決機関が以下のことを認定したのは初めてである。
- 国が不十分な気候政策を通じて人権を侵害したこと
- 国は国際人権法に基づき、温室効果ガス排出の責任を負うこと
- 人々の文化に対する権利が、気候の影響によりリスクに晒されていること
この決定の数カ月後には、エジプトで今年のCOP27の開催が控えている。損害賠償が国際的な気候交渉において意味のある形で含まれることを求める国際的な声は重みを増すだろう。
そうした声の中には、健康、幸福、生き方、文化遺跡、聖地など、経済的なもの以外の損害の認定と賠償を求めるものもある。
先住民の権利にかかわる気候訴訟の増加
トレス海峡諸島の申立ては、急速に拡大する気候に関する訴訟の一部である。世界的に2015年から2022年までの間に、気候変動に関連する訴訟が倍増した。
各国政府は、法的アクションの主要なターゲットとなっている。今回の決定を受けて、オーストラリアでも他の国でも同様の訴訟が相次ぐこととなりそうだ。国連委員の1人エレン・ティグルージャは、この決定を説明する際に次のように述べた。
自国の法管轄の下で気候変動の悪影響から個人を守ることができていない国は、国際法の下でも人権を侵害している可能性がある。
「グループ・オブ・エイト」の勝利は、先住民の権利にかかわる同様のオーストラリアにおける事例に繋がっている。例えばティウィ諸島の先住民は、自分たちの島の沖合でガス採掘を行うというエネルギー大手サントス社の提案を退けた。
また、クイーンズランド州土地・環境裁判所におけるYouth Verdictの勝訴によって、気候変動の影響に関するファースト・ネーションズの証拠が、クライブ・パーマー氏の保有するワラタ炭鉱に対する訴訟で審理されることを確実にした。
オーストラリアの新政権はどのように反応するだろうか?
国連の委員会は、オーストラリア政府はトレス海峡諸島民に対し、既に被った被害について補償するべきだと述べ、島民コミュニティーと有意義な協議を行い、防潮堤の建設などの安全策を講じることを要求した。
では、この国連の決定は、気候危機が悪化する現在、オーストラリアにおける先住民の権利保護の課題を前進させるものとなるだろうか?
オーストラリアのマーク・ドレイファス司法長官は、政府は今回の決定を検討し、しかるべき対応をすると述べた。
今回の展開は、気候政策・計画の一環として先住民の権利保護を保障するようアルバニージー政権に責任を負わせるものとなった。
また、各国政府は気候変動に対して行動を起こさなければならないという明確なシグナルを送った。これは、温室効果ガス排出を削減することだけではなく、より脆弱な地域が既に起きている被害に適応できるように支援を行うということも意味している。
クリステン・ライオンズは、クイーンズランド大学の環境開発社会学教授である。
INPS Japan
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中国の和平提案はウクライナに平和と正義をもたらすか?
この記事は、Passblue が配信したもので、同紙の許可を得て転載しています。
【ニューヨークIDN =モナ・アリ・カリ】
中国はロシアによるウクライナ侵攻から1年の節目となる2月24日、ウクライナ戦争を終結させるための12項目からなる提案を発表した。米国、欧州連合(EU)、北大西洋条約機構(NATO)を含む一部の国々は、中国の和平提案を親ロシア的なものと断じている。米国はさらに、「中国はロシアへの武器供給を真剣に模索している。 」と主張した。中国はこの米国による主張を断固として否定し、「対話の側」、「平和の側」にしっかりと立ち続けている。」と、一貫して主張している。
ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は、「中国が公正な和平に関心を持っていると信じたい。」と、異なる反応を示した。ゼレンスキー大統領は、ロシアが「ウクライナの占領地から撤退する」ことが和平案に含まれていないとして、受入れに慎重な姿勢を示した。中国は最近、イランとサウジアラビアの関係正常化の仲介に成功しているが、ウクライナ戦争の政治的解決に向けた中国の働きかけを新たな視点で捉えることは可能だろうか。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が2022年2月24日にウクライナへの侵攻を決めたのは、多くの誤算の結果であったように思われる。つまり、①キーウが数日で陥落する、②ゼレンスキー大統領が逃亡する、③米国と北大西洋条約機構(NATO)の同盟国が団結できない、と考えたのだ。しかし、プーチン大統領の最大の誤算は、中国の習近平国家主席が自分とともに欧米に対抗してくれると期待したことだろう。
ウクライナに進軍する直前、プーチン大統領は習近平国家主席と共同声明を発表し、両国の友情に 「限界はない」と表明している。それにもかかわらず、中国はロシアの侵略を明確に非難したり、石油や天然ガスをボイコットしたりはしていないが、ロシアによるウクライナ侵攻でプーチン大統領を直接支援することはしていない。少なくとも現時点ではー。
それどころか、中国はウクライナ侵攻を総会に付託した国連安保理の「平和のための結束」決議を棄権しただけでなく、昨年の第11回緊急特別総会で採択された6つの決議のうち5つを棄権している。193カ国の国連加盟国の内、圧倒的多数がロシアのウクライナ侵略とウクライナ東部の違法な編入を強く非難している。
その際、中国は一貫して、「すべての国の主権と領土保全を尊重すべき。」「国際連合憲章の目的と原則を遵守すべき」と述べてきた。
同様に、中国の12項目の提案のうち、最も重要な4項目は、国際法と国連憲章の遵守に言及している。
第一項目は、「すべての国の主権、独立、領土保全」に言及しており、その定義には、国際的に認められた国境にあるウクライナが含まれている。

第6項目は、国際人道法の厳格な遵守、女性や子どもなど紛争の犠牲者の保護、民間人や民間施設への巻き添え被害の回避、捕虜の基本的権利の尊重などを求めている。紛争当事者はすべて国際人道法を尊重しなければならないが、ウクライナに関する独立国際調査委員会は2022年10月の報告書で、「確認された違反の大部分はロシア軍に責任がある。」と結論付けている。
第7項目は、原子力発電所やその他の平和的原子力施設に対する攻撃の法的禁止を再確認するもので、これには、2022年10月にザポリージャ原子力発電所を攻撃して占拠したロシアに対する暗黙の叱責が含まれていると思われる。
第8項目は、核兵器の使用や使用の威嚇に反対し、核不拡散を防止することを明確に要求しているものである。中国は、ウクライナ紛争に関する限り、プーチン大統領だけが「核兵器の使用を示唆した」ことを認識しているはずである。また、中国は「中国の立場」とする和平提案を発表する2日前に、プーチン大統領が米国との新戦略兵器削減条約(新START)条約への参加を停止すると発表したことにも注目しているはずである。従って第8項目は、中国をロシアの姿勢と対立させることになるかもしれない。
軍事面では、第3項目が「敵対行為の停止」を求め、第4項目が「対話と交渉がウクライナ危機の唯一の実行可能な解決策である」と述べている。欧州委員会はこれらのポイントを「侵略する側と侵略される側の役割を曖昧にしている」と断じているが、中国がロシアに対して、政治的不満や安全保障上の懸念に対して、軍事的解決ではなく、政治的解決を追求するよう警告している可能性がある。
政治面では、第2項目で、すべての当事者に 「冷戦思考を放棄すること」を求めている。中国はロシアに対して、自国の安全保障を「他国の犠牲の上に追求すべきではない」(ウクライナの国家と国民を指していると思われる)と主張し、同時に米国とNATO同盟国に対して、「すべての国の正当な安全保障上の利益と懸念は、真剣に受け止め、適切に対処しなければならない」(ロシアのNATO拡大に対する安全保障上の懸念を指していると思われる)と喚起していると思われる。

米国とEUに対する唯一の明確な反論は第10項目で、中国はウクライナ紛争にとどまらず、一方的制裁と「最大限の圧力」戦略に長年反対してきたことを改めて表明している。
残りの項目では、ウクライナの人道的危機の緩和に関する第5項目、世界的な食糧危機を回避するための黒海穀物輸出合意の実施に関する第9項目、世界経済の回復を支える安定したサプライチェーンの維持に関する第10項目、ウクライナの紛争後の復興の促進に関する第12項目など、米国と欧州が共有する人道と経済の懸念に大部分が割かれている。
このように考えると、中国の12項目の和平提案は、必ずしも親プーチン、親ロシアではない。平和と国際法の支配を求める本物の呼びかけと見なすこともできる。しかし、戦争を終わらせる方法と、ウクライナからロシア軍を撤退させる方法についての実践的なステップを欠いている。また、ロシアによる侵略と占領で死傷したウクライナの市民や破壊された民間インフラに対する補償やその他の賠償だけでなく、現在も行われているすべての戦争犯罪に対する説明責任についても沈黙している。このように、中国の和平提案では、ウクライナの平和も正義も達成する見込みはない。(原文へ)
INPS Japan
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|視点|核軍縮プロセスを強化すべき時(ジャルガルサイハン・エンクサイハンNGO「ブルーバナー」代表、元モンゴル国連大使)
【モンゴルIDN=J・エンクサイハン】
地政学的な緊張や紛争が高まり、核兵器使用のリスクが高まっているにもかかわらず、あるいはそれゆえに、核軍縮の現状を見つめ、それを実質的に推進するために何をなすべきかを考えるべき時が来ている。
核兵器削減をめぐる米ロ交渉は行き詰まっている。核軍備削減に関する以前の合意の一部はどちらか一方によって破棄されたり撤回されたりしている。戦略核ミサイルの数を半減させると謳っている新戦略兵器削減条約(新START)は「停止」され、延長されるか新しい条約に置き換えられない限り、2年以内に失効する。
ウクライナ戦争のために、世界全体の核兵器の9割以上を保有する米ロ両国の関係は明確に敵対的なものになり、近い将来に核兵器削減交渉が再開される可能性は低い。核保有5カ国(P5:米、露、 英、仏、中)による核兵器削減に向けた多国間協議が始まる見通しもない。
より広く見れば、核不拡散条約(NPT)の条項を実施するための合意も結ばれていない。2015年と2022年のNPT再検討会議は最終文書の合意を見ないままに閉幕し、過去の会議における実質的な合意も完全履行されていない。
相互の結びつきが強まり、グローバル化した世界では、核不拡散はもはやNPT上の核保有国であるP5だけの問題ではなく、世界全体の問題である。実際、すべての国が平和で安定した世界の共同管理者となりつつある。したがって、平和と安定の受益者であるすべての国が、それぞれの比較優位に基づき、平和と安定に貢献する国になるべき時である。
根本的な発想転換が必要
世界は急速に変化している。しかし、P5は自分たちの狭い利害にとらわれ、こうした変化に対応し、核ドクトリンや核政策に必要な調整を加えることに消極的である。ウィリアム・ペリー元米国防長官が2020年に出版した著書『核のボタン』で認めているように、米国の核兵器政策は時代遅れで危険なものとなりつつある。ウィンカーを付けた馬のように、P5は、安全保障ドクトリンと政策に適切な調整を必要とする、技術開発の途方もない変化を見ようとしないし、対応しようともしていない。P5は、政策における核兵器の役割を制限するどころか、通常紛争や非核兵器国(NNWS)も対象にするなど、使用可能リストを増やすことで、核兵器使用の閾値を下げている。

これらすべてが核軍拡競争を引き起こす。最新技術を用いた軍拡競争は、1967年の条約に違反して宇宙空間へ、あるいは、サイバー空間やデジタル領域にまで、予想のつかない壊滅的な帰結を伴って広がっていくかもしれない。したがって、今必要なのは、核抑止政策の根本的な発想転換だ。このままでは、水平的・垂直的核拡散につながり、世界的な生き残りが基本的な問題になっているというのに、核不拡散・軍縮の基礎が掘り崩されることになるだろう。
他国の安全を犠牲にして自国の安全を強化する抑止政策は、必然的に他国の対抗措置を招く。この点において核抑止も例外ではない。この「安全保障のジレンマ」は、世界を核の破局の淵に立たせる悪循環につながる。したがって、核抑止ドクトリンは、非侵略的なドクトリン、すなわち核兵器の威嚇や使用を禁止する共通の安全保障ドクトリンに置き換える必要がある。それは、すべての国家の安全を考慮に入れることで全体的な安全を強化し、紛争解決や交渉、国際法の強化を強調するものだ。
つまりそれは、G20諸国による2023年バリ宣言で表現された核に依存しない安全保障を促進するものだ。この宣言にはP5も署名しており、核兵器の使用あるいはその威嚇は容認できない、としている。
発展を促す
このように悲観的な現状がありながら、他方では前向きで勇気づけられるような呼びかけが非核兵器国からなされている。核兵器を法的に禁止し、核兵器を「絶対悪」とみなし、非正当化し、廃絶するプロセスを開始しようと呼びかけた提案である。「核兵器の人道的影響」に関する3回の国際会議が2013年から14年にかけて開催されたのを受けて、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)などの国際NGOの支援と協力を受けた125カ国が、核兵器の廃絶を視野に入れて核兵器を禁止することを呼びかけたのである。
核兵器国やその同盟国による後ろ向きな態度やボイコットの姿勢にも関わらず、国連総会は核兵器禁止に関する会議のホスト役を初めて務め、2017年には核兵器禁止条約を採択した。核兵器活動に関する包括的な禁止条項を備えたこの条約は2021年に発効した。同条約は、核兵器を禁止するだけではなくて、核軍縮の目標にも寄与することで、NPTを補完する。本稿執筆時点で70カ国が条約に批准し、93カ国が署名している。核軍縮におけるこの好ましい動きに対する非核兵器国による支持を強め、それを普遍化して核軍縮への力とせねばならない。
核禁条約「現象」に加えて、困難かつ複雑ではあるが、他にもなされるべき多国間の措置がある。例えば、第4回国連軍縮特別総会を招集して、P5やその同盟国だけではなく、その他4つの核保有国(インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエル)に関しても、国連加盟国として参加を促す必要があろう。
この特別総会では、ジュネーブ軍縮会議などの国際軍縮機構の機能不全の理由について討論し、CTBTを発効させ、国際的な市民団体やその連合体の役割や、地雷やクラスター弾、そしていまや核兵器を禁止する国際規範の採択へと導いた同志国家や市民社会のパートナーシップの役割を認識し、支援する必要がある。
核兵器は世界の存続に関わるものであるため、非核兵器国の関心に応え協議を行うことは、核兵器に関連した多国間交渉フォーラムでは当然のことであろう。貿易や開発に関する国際協議が、最貧国や内陸国、島嶼国などの途上国の利益を考慮に入れるべきであるのと同じことだ。核兵器の先行不使用の問題にもすみやかに対処がなされねばならない。
その他の必要措置
米ロ軍縮協議における現在の困難のために地域的な措置を遅らせたり挫折させたりしてはならない。例えば、地域の非核兵器地帯の創設は包摂的なものとする必要がある。そうでなければ、地理的な位置、あるいは妥当な法的あるいは政治的理由によって非核兵器地帯の一部となることができない個別の国が出てきてしまう。現在の非核兵器地帯の定義では、「関連する地域の国々によって合意された協定を基礎とする」場合に、そうした地帯を設立することになっているからだ。
しかし、こうした現在の定義によっては地帯の一部となることのできない小国や中立国が20以上あり、これらが非核世界の盲点やグレーゾーンとなり、アキレス腱となっている。よく知られているように、システムは強力であると同時に、弱点ともなっているのである。個別国家の権利を認識することで、その地域が定義され強化されるだけではなく、これらの領域を核兵器なき世界の重要な構成要素に転じることができるのである。
したがって、国連総会はあらゆる側面に関して非核兵器地帯に関する2回目の包括的な研究を行い、新たな非核兵器地帯の創設につなげ、P5による安全保証の約束を固め、ウクライナにおけるブダペスト覚書の失敗を繰り返さないようにしなくてはならない。
要するに、停滞した核軍縮プロセスを活性化させる方法はたくさんある。(原文へ)
INPS Japan
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|アゼルバイジャン|国際バカロレア(IB)認定校の生徒がノウルーズで多文化共生をアピール
ノウルーズの祭りは、昼(光)と夜(闇)が等分になる「春分の日(=春の新年の訪れ)」に生命の再生を祝い豊穣を願う意味合いと、等分の夜に篝火を灯してその聖なる力で前年の穢れや邪気を払って新たな気持ちで新年を迎えるという意味合いがあり、日本の正月とも文化的共通点がある。この春の新年の祭りは、アゼルバイジャンをはじめ、トルコから西南アジア、中央アジア、新疆ウィグルにわたるテュルク語文化圏、インド・パキスタンの一部にまで及ぶ広い地域で祝祭とされている。(INPSJ解説)
【サムゲイトINPS=アイーダ・エイバズリ】
アゼルバイジャンの工業都市スムガイトにある国際バカロレア(IB)認定校では、生徒たちにユニークな教育体験を提供している。

世界の様々な文化、歴史、言語に関する教育に力を入れている同校では、アゼルバイジャンの春の新年であるノウルーズ(「新しい日」という意味)を祝うため、多文化理解促進をテーマとした文化イベントを開催した。このイベントには8つの提携校の学生たちが、それぞれの文化をモチーフにした、各々趣向を凝らした展示ブースを設け、当日学校を訪れた教職員やゲストは、生徒達が民族衣装で振舞う多彩な伝統料理や音楽・舞踊を堪能した。

日本の展示ブースに立ち寄ると、生徒たちが春の訪れをテーマにした詩を日本語で朗読しており、このイベントに文化的なアクセントを加えていた。


学校のカリキュラムや文化活動を通じて、生徒たちは世界の多様な文化に対する理解を深め、グローバルな視野が涵養される。国際バカロレア認定校での教育アプローチは、多様性への理解や感謝の気持ちを育む教育機関の一例と言えるだろう。
相互のつながりが強まりつつも分断されつつある今日の世界において、こうした多文化主義を推進する教育姿勢は極めて重要である。同校は、グローバル社会で活躍するために必要なスキルと知識を、次世代を担う若者達に提供し、私たちの世界を構成する豊かな文化のタペストリーを受容する素養を育んでいる。(原文へ)
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知られざるスワジの女性活動家の生涯を綴った新刊書
【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】
「ある人々にとっては、彼女は高名な知識人であり、アフリカのフェミニストの先駆者であり、反植民地主義の政治活動家であった。しかし、彼女の名前も偉業も一般的にはほとんど知られていない。」と、スタンフォード大学アフリカ研究センターの所長で、伝記「Written Out(抹消される)」 の著者であるジョエル・カブリタ氏は語った。

Director of the Center for African Studies, Stanford University
南アフリカ共和国(南ア)出身のアフリカーナ人の母とモザンビーク出身のポルトガル系の父との間に生まれたカブリタは、自身の系譜を活かして、レジーナ・ゲラナ・トワラの生涯を調査した。
本書は、ゲラナ・トゥワラの文学的、政治的貢献を明らかにするとともに、彼女のレガシーを抹消(Write out)しようとした白人学者、アパルトヘイト当局者、政治家たちの存在を明らかにしている。
1908年に南アに生まれたゲラナ・トワラは、1913年に制定された原住民土地法の犠牲者である。この法律により、南アの黒人は土地を奪われ、町や都市への移住を余儀なくされた。このためトゥアラは、30代でナタールの農村からヨハネスブルグに移り、教師として働くようになった。
有名なウィットウォーターズランド大学で学び、1948年に卒業したトゥアラは、黒人女性としては南ア史上2人目、社会科学専攻では初の大学卒業生だった。彼女は同時代の女性に関する研究を行い、女性たちのための(=母親と学校に通う女子生徒らが放課後に来て本を読める)図書館を立ち上げた。
1960年、エスワティニ初の政党であるスワジランド進歩党の創設者の一人となったが、その後、アフリカ民族会議(ANC)をルーツとする非暴力の多民族抵抗運動「不当な法律に対する反抗キャンペーン」に参加し、逮捕された。
1948年に人種差別的なアパルトヘイト政権が誕生すると、トワラは反アパルトヘイトの政治活動に携わるようになった。
1968年に亡くなったトワラは、夫との手紙や長編の原稿、新聞のコラム集などを残し、カブリタはトワラの伝記を書くことになった(現在、オハイオ大学出版局から出版されている)。
トワラの家族と親しいカブリタは、「私は30年以上にわたってトワラの書簡にアクセスすることができました。個人的なものから政治的なものまで、ユニークなアーカイブです。また、トワラと彼女の夫は、ネルソン・マンデラとウィニー・マンデラ夫妻の親しい友人だったため、大きな出来事や有名人についての言及があり、この時代の黒人政治の記録であると同時に、親密な家庭生活の記録でもあります。」と語った。
「アフリカの歴史は、いわゆる大物とされる男たちによる規範に支配されていると思います。つまり、誰が歴史に記憶され、誰が忘れ去られるべきかという、公式な記憶のプロセスがあるのです。」
現在、カブリタは、アフリカの物語から取り残された人々の声を特定し、共有する方法に焦点を当てている。彼女は、アフリカの黒人女性作家のデジタルアーカイブを作ることから始めようと考えている。「アフリカの一部の読者にとって、高価な書籍にアクセスするのは難しいので、ウェブサイトを作りたいのです。また作品によっては、ラジオ番組で朗読することで、作者の声を蘇らせることができると考えています。」と、カブリタは語った。(原文へ)
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健康な食品の入手困難に悩むラテンアメリカ・カリブ地域
【サンチアゴ(チリ)IDN=ロドリゴ・ペレス】

食料価格の高騰が続く中、ラテンアメリカ・カリブ地域では1億3130万人が、世界の他の地域に比べて、健康的な食事を諦めざるを得なくなってきている。『食料安全保障と栄養に関する地域概況:2022年版』によると、2019年に同地域でこのような状況にあった人々の数は1億2300万人だった。
ラテンアメリカ・カリブ地域全体では人口の22.5%が健康的な食生活を送ることができない一方、カリブ地域では52%、中米では27.8%、南米では18.4%であった。
同様に懸念される傾向は、2019から21年の間に、この地域の飢餓人口が1320万人増加し、21年には5650万人に達したことだ。中でも最も増えたのは南米であり、2019年から21年にかけて南米の7.9%、中米の8.4%、カリブ地域の16.4%が飢餓の影響を受けた。
汎アメリカ保健機構(PAHO)のカリッサ・F・エティエンヌ事務局長は、学んだ教訓として「あらゆる形態の栄養不良に対処する努力を倍加する」ことを挙げた。これは、健康的な食品環境を作るための公共政策の推進、「工業的に生産されたトランス脂肪酸の排除、前面警告表示の実施、不健康な食品の広告規制、砂糖入り飲料への課税、学校における健康的な食事と身体活動の支援」の必要性を意味する。
エティエンヌ事務局長また、「食生活の悪化をもたらす要因を理解することは、解決策を見つけ、地域の誰もが健康的な食品を入手できるようにするための鍵となります。」と付け加えた。
例えば、貧困と不平等のレベルが高い国ほど、健康的な食事へのアクセスが著しく困難になる傾向があり、これは飢餓、少年少女の慢性栄養失調、15歳から49歳の女性の貧血の有病率の高さと直接関係している。
報告書は、健康的な食生活を送ることができないのは、その国の所得水準、ひいては貧困や不平等のレベルに関わっていると述べている。
2020年以来世界的に食料価格が高騰し、さらにはウクライナ戦争の勃発と、通常のレベルを超えた食料価格インフレが地域で発生したことによって、健康な食品を入手できない人が増えてしまったと報告書は指摘している。
国連食糧農業機関(FAO、本部・ローマ)ラテンアメリカ・カリブ地域事務所のマリオ・ルベトキン代表補佐官は、「この問題を単独で解決できる個別の政策は存在しません。飢餓と栄養不良に対応するためには、国と地域の調整メカニズムを強化する必要があります。」と語った。
「健康な食を入手できるようにするには、主に家族農業や小規模生産者を対象とした栄養価の高い食料生産の多様化のためのインセンティブを生む出すこと、市場や取引におけるこれらの食品の価格の透明性を高める措置を取ること、現金給付や学校給食のメニュー改善などの行動が必要です。」
ルベトキン氏はさらに、「貿易と市場政策は、食料安全保障と栄養の改善において基本的な役割を果たすことができる。不確実性を市場の予測可能性と安定性に置き換えることで、地域間の農業・食料貿易の改善につながる。」と語った。
国際農業開発基金(IFAD、本部・ローマ)のロッサーナ・ポラストリ地域代表は、「健康な食が世界の中で最も高くつく地域のことを我々は問題にしています。このような場所では、小農や農村の女性、先住民族やアフリカ系住民など、食料購入に収入のより大きな部分を割いている最も脆弱な立場の人々が影響を受けています。」と指摘したうえで、「この状況を反転させるには、生産を多様化し、健康な食の供給を増やし、市場と質の良い食への小農たちのアクセスを向上させるような革新的な解決策、例えば、食料の供給・需要を調整するデジタル的な解決策などを促進する必要があります。」と語った。

また、この報告書では、栄養状況に気を配った社会的保護事業がいかに有効であり、とりわけ危機の時期にあって最も脆弱な立場の人々の食を支えるのにいかに重要であるかについて論じている。
国連世界食糧計画(WFP、本部・ローマ)のローラ・カストロ地域代表は、「ウクライナ紛争やコロナ禍の余波による食糧・燃料価格の危機により、食糧不安は今後も続くだろう。」と語った。
「今行動しなくてはならないが、どうすればいいのでしょうか? 健康な食を安価で入手するために社会的保護が有効であることを今回のコロナ禍が示しています。社会的保護のネットワークを拡張するために諸政府を支援することが重要で、そのことが既に影響を受けている人々がさらに悪影響を被るのを防ぐのに有用であることを改めて示したからです。」

カストロ氏はまた、「食品栄養表示や栄養価の高い食品への補助金、不健康あるいは栄養価がなく健康な食に貢献しない食品への課税などの政策も、うまく設計することができれば、健康な食を安価に入手することにつながり、過剰な体重や肥満に関連した状況や疾病の予防も図れます。」と語った。
国際連合児童基金(ユニセフ)のギャリー・コネリー・ラテンアメリカ・カリブ地域代表は、「子どもが健康に育つためには、栄養価の高い食品を手頃な価格で入手できるようにすること急務です。のみならず、栄養カウンセリングに加えて、適切な栄養を保証する公的政策を特に最も脆弱な人々に焦点をあてて展開する必要があります。」と語った。
ラテンアメリカ・カリブ地域の社会経済的な状況は好ましいものではない。最も悪影響を受けているのは5歳未満の子どもと女性で、男性よりも高い割合で飢餓に苦しんでいる。(原文へ)
INPS Japan
This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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