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核武装はソウルにとって得策ではないかもしれない

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、2023年5月5日に「ジャパン・タイムズ」紙に初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。

核武装は、韓国の世界的地位を高めるというよりむしろ傷つける

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール 

2023年5月2日、ペンタゴンの報道官、パット・ライダー准将は、米国のオハイオ級弾道核ミサイル搭載潜水艦が1980年代以降初めて韓国に寄港することを認めた。

この寄港は、米国のジョー・バイデン大統領と韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が4月26日、両国の2国間同盟70周年を祝って調印したワシントン宣言に基づく拡大抑止強化の一環である。

この合意は、米国が韓国への「戦略資産の定期的な展開を通じて、抑止力をより可視化する」ことと、新たな核協議グループを創設し、ワシントンが朝鮮半島における脅威事態にどのように備えるかについて、韓国からのインプット拡大を促すことを定めている。これは、グローバルな核不拡散体制の枠内にとどまるために韓国が要求し、支払われた対価である。(

2023年1月、尹は現職の韓国大統領として初めて、韓国が自前の核兵器を持つ可能性を提起した。世論調査では、独自の核抑止力を持つことに賛成する韓国国民の割合が、2016年に60%、2022年に71%、そして2023年1月にはほぼ77%と、上昇の一途をたどっている。これは米国の核兵器の韓国配備より好ましいと考えられ、国民は、米国との同盟、中国との関係、北朝鮮非核化の見通しに生じ得る悪影響については気にしていなかった。

米国による核の傘の信頼性が疑問視されていることに加え、地政学的圧力が高まっていることが、核武装論の魅力を高めている。2022年10月にウラジーミル・プーチン大統領が口にした、世界は第二次世界大戦以来の最も危険な10年に直面しているという警告に異論を唱えるのは難しい。バイデンも同月、核のアルマゲドンについて警告した。一方、中国は着実に核兵器を増強し、その数は世界第3位の410発に達している。それでも、それぞれ5,000発を超えるロシアと米国にははるかに及ばない。

地域で高まるナショナリズム、海洋領土紛争、北朝鮮の核による反抗、米国の抑止力の信頼性に対する疑念は、核武装論の強力な促進剤となっている。ロシアのウクライナ侵攻、一連の核の威嚇、イランの核兵器開発再開を示唆する兆候、相次ぐ北朝鮮のミサイル実験は、「世界最大の火薬樽」としての朝鮮半島に関する懸念をいっそう高めるものにほかならない。

韓国が核武装するための技術的および物質的能力を有することを真に疑うものはいない。国立ソウル大学の原子核工学者、徐鈞烈(ソ・ギュンリョル)教授は、2017年に「ニューヨーク・タイムズ」紙に対し、ソウルはそうと決めれば6カ月で核兵器を製造することができると述べた。唯一の深刻なハードルは、政権の政治的意志だという。彼以外のほとんどの人は、それには3~5年必要だと考えている。

法的な道筋は、例えば北朝鮮が7回目の核実験を行い、ソウルがこれをきっかけとして核不拡散条約(NPT)からの脱退を宣言した場合、容易になるだろう。第10条は、「・・・・・・異常な事態が自国の至高の利益を危うくしている」場合に締約国が条約から脱退することを認めている。ソウルにとって重要な国のうち、この理由に本気で反論する国がどれだけあるだろうか?

日本、EU、米国は、核開発に踏み切った韓国に制裁を科すことはないと思われる。北朝鮮が戦術核弾頭、ICBM能力、水中核攻撃ドローンを獲得し、米中間の緊張が高まる状況において、米国人は、韓国の核抑止力を米国への直接核攻撃のリスクを低減するものと見なすようにさえなるかもしれない。中国に関するソウルとワシントンの政策の食い違いや、世界秩序を担う米国人の意志も能力も低下しているという証拠は、さらなる誘因をもたらす。しかし、韓国が核武装することによって、米国が同盟を完全解消したいという衝動を募らせたとしたら、ソウルはそれで落ち着いていられるのだろうか?

2022年の世論調査は、独自の抑止力を支持する理由について詳細に尋ねた。韓国国民は、北朝鮮を現在最大の脅威と見なしているが、10年後には中国の方が大きな脅威になると考えている。大多数の人が核兵器を望む理由は、北朝鮮以外の脅威に対する防衛のため(39%)、次いで国家の威信向上のため(26%)、北朝鮮の脅威に対抗するため(23%)、そして米国の信頼性に対する疑念のため(10%)だった。

これらの信念の一つ一つが争点となる。韓国が核武装すれば地域に核軍拡競争が勃発し、歯止めのきかないエスカレーションサイクル、誤算、誤解、あるいは事故によって破滅のリスクが劇的に高まるだろう。戦時下の苦い記憶や根強い不信の歴史を背景に持つ東アジアにとって、最も必要ないものはソウルと東京の核をめぐる緊張であり、それはすでに極めて不安定な状態にある地政学的緊張をさらに高めるものである。

韓国が核武装すれば、北朝鮮を非核化しようとする全ての努力が台無しになり、米国との同盟も破綻する恐れがあり、ソウルは中国、北朝鮮、ロシアの足並みを揃えた圧力に対していっそう脆弱になるだろう。それは、ソウルの世界的地位を高めるというよりむしろ傷つける可能性が高い。文在寅(ムン・ジェイン)前大統領の国家安全保障問題特別顧問を務めた文正仁(ムン・ジョンイン)は、さらに踏み込み、韓国の民生原子力産業が米国の1954年原子力法に基づく「123協定」にいかに大きく依存しているかを指摘する。

ラケッシュ・スードは、マンモハン・シン元インド首相の核不拡散・軍縮担当特使を務めた。彼は2022年7月、戸田記念国際平和研究所に寄稿した意見記事において、今日最も喫緊の核政策課題は78年間続いてきた核兵器使用のタブーが破られないようにすることだと論じた。2023年2月、ワシントンに本拠を置く軍備管理協会のダリル・キンボール会長は、その目標に向けたいくつかのステップを説明した。2023年4月、創価学会インタナショナルの池田大作会長は、5月に広島で開催されるG7サミットに対して「核兵器の先制不使用の誓約に関する協議を主導」するよう提言を発表した。

一方、ワシントン宣言は、韓国で盛り上がる核武装論に待ったをかけた。バイデンは、ソウルに対する米国のコミットメントは「揺るぎなく、強固」であり、米国は核兵器も含む全ての能力を用いて拡大抑止を支えると繰り返した。それに対しソウルは、「米国の拡大抑止の約束を全面的に信じ、米国の核抑止力への揺るぎない信頼の重要性、必要性、利益を認識する」と表明した。また、「グローバルな不拡散体制の基礎である」NPTへのコミットメント、そして原子力の平和利用に関する2国間協定へのコミットメントを再確認した。

しかし、2024年の大統領選挙でドナルド・トランプが米国の大統領に再び選ばれたら、韓国は再び神経を尖らせ、エスカレーションサイクルが再び始まるだろう。

ラメッシュ・タクールは、元国連事務次長補。現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長、および戸田記念国際平和研究所の上級研究員を務める。「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」の編者。

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核戦争から世界を救った男

市民社会がパリ協定の履行に懸念示す

【ボン/ニューデリーIDN=リタ・ジョシ】

125以上の市民団体が、世界中の地域社会や生態系が甚大な被害を被っている一方で、大手汚染物質排出者がネット・ゼロという欺瞞に満ちた主張を隠れ蓑に排出を続けていることに懸念を表明した。化石燃料から公正かつ平等な形で段階的に撤退することに始まり、公正な負担という原則に則って、現実的かつ大規模で緊急の削減を実現することを求めた。

2015 United Nations Climate Change Conference/ COP21
2015 United Nations Climate Change Conference/ COP21

メキシコのETCグループのシルビア・リベイロ氏は、「パリ協定の下でのメカニズムが、直接空気回収や海洋施肥といった海洋環境を変化させる技術などの気候工学的(ジオエンジニアリング:「人為的な気候変動の対策として行う意図的な惑星環境の大規模改変)手法を受け入れねばならないのは愚かなことだ。」と語った。

リベイロ氏は、これらの技術が大気中の炭素を効果的かつ恒久的に除去できるという証拠はないと考えている。さらに重要なことは、大汚染企業が排出削減を避けるための口実として利用される可能性があるということだ。多くの国連機関がこれらの技術を禁止するモラトリアムを設定しているため、国連気候変動枠組条約(UNFCC)はその決定を尊重する必要がある。

世界中で気候変動による影響がますます頻発し、激しくなっている今、気候変動関連の行動において時間の浪費は許されない。欺瞞に満ちたネット・ゼロの主張のもと、大口汚染者は排出を続け、地域社会や生態系は大きな被害を被っている。公正かつ公平な化石燃料の段階的な使用停止から始め、フェア・シェアの原則に沿って、現実的かつ深く、緊急に排出量を削減する必要がある。

TOM B.K. GOLDTOOTH

先住民族環境ネットワークのトム・ゴールドトゥース代表は、気候変動の影響緩和についてはグローバルな化石燃料からの脱却がまず優先されねばならないと語った。炭素市場やカーボンオフセット、カーボンプライシング、炭素除去などは、不当に大きな被害を受けている先住民族にとっては不十分だと彼は主張した。

ゴールドトゥース代表によると、こうした戦略は過去20年間、権利侵害や土地収奪、さらに不釣り合いな影響をもたらしただけだという。これらの戦略によって、権利の侵害や土地の奪取、さらなる不当な影響がこの20年間にもたらされてきた。したがって、彼はパリ協定第6条4項の監督機関に対し、炭素市場、オフセット、カーボンプライシングに終止符を打つよう求める彼の訴えを認めるよう求めている。

さらなる炭素市場やカーボンオフセット、炭素除去を解決策とみなしてはならない。先住民族は、これらによる権利の侵害や土地の奪取、さらなる不当な影響をこの20年間経験してきた。パリ協定第6条4項の監督機関は、炭素市場やカーボンオフセット、カーボンプライシングの時代を終わらせるべきとの我々の要求に耳を傾けねばならない。母なる大地は、化石燃料を地球に留めておくことを望んでいるのだ。

地球の友インターナショナルのリセ・マッソン氏は、「炭素除去をめぐる条項を検討している国連機関は、産業界による影響を受けてはならず、土地を基盤にした技術的な炭素除去の形態といった危険な方向に道を開くものであってはならない。」と語った。

「科学的な証拠が示しているものは明らかです。つまり、オフセットは解決策にはならないということです。オフセットは、何よりもまず、世界の開発途上国、小規模農民、先住民に害を及ぼします。時間を無駄にするのをやめ、緊急かつ大胆な、そして現実的な排出削減に取り組もうではありませんか。」とマッソン氏は付け加えた。

SDGs Goal No. 13
SDGs Goal No. 13

気候正義を要求するグローバル・キャンペーンのグローバル・コーディネーターであるギャディル・ラバデンツ氏は、直接的かつ明確な利益対立の問題を指摘した。すなわち、長年にわたって気候変動を引き起こし、対策に向けた迅速な行動を妨げてきた産業が、意思決定プロセスで役割を果たせるようにしている問題である。

監督機関による協議プロセスによって、市場戦略を指向する関係者や二酸化炭素除去(CDR)産業に、彼らが望むアジェンダをさらに強化する機会が与えられ、その結果、手続きそのものを毀損する事態となっている。UNFCCCが、CDR産業によるこの不規則な権力を放置することなく、真に民衆のための成果をもたらすために、草の根の選択に価値を置くことが不可欠である。

「気候正義を要求するグローバル・キャンペーン」のラチター・グプタ氏によるパリ協定第6条4項による監督機関委員に対する公開書簡はこちらから。(原文へ

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「虹の戦士」号、太平洋で国際司法裁判所に提出する証拠集め

【スバ(フィジー)IDN=セラ・セフェティ】

国際環境運動団体「グリーンピース」の「虹の戦士」号はいま、太平洋を航海している。「世界法廷」とも呼ばれる国際司法裁判所(ICJ)が来年ハーグで開く歴史的な公聴会に向けて証拠を集めるため各地に寄港することが目的だ。

「虹の戦士」のスタッフと乗組員に、太平洋の輝くばかりに青い海を航海してきた「パシフィカ」の活動家が加わった。気候変動問題をICJに持ち込むことが目的だ。今行われている6週間の航海は7月31日にオーストラリアのケアンズを出発し、バヌアツ・ツバル・フィジーに寄港する予定だ。

現在、船はスバに停泊している。グリーンピース豪州支部の太平洋評議会メンバーであるカトリーナ・ブロック氏は、「この航海の間に私たちがやりたいことは、気候問題に関わる世界各地のリーダーらにその経験を語り共有してもらうことだ。なぜなら、気候変動に関する経験は世界各地で違っているかもしれないからだ。」と語った。

グリーンピースのこの象徴的なキャンペーン船のスタッフやボランティアたちは、各寄港地で地元の人々、とりわけ若者を歓迎し、彼らの活動内容や、気候変動によって多くの問題に直面しているこの地域の手つかずの環境を守るために、気候正義キャンペーンがなぜ重要なのかについて、キャンペーンスタッフと話をしている。

ブロック氏は、「皆が同じ闘いをしている。だから、(豪州トレス海峡の島の先住民族である)アンクル・パバイとアンクル・ポールとともにバヌアツまでやってきて、同じように政府に責任を取らせようとしているフィリピンの活動家らと合流したのだ」と話した。

自らの土地に先祖が6万5000年も住み続けてきたというアンクル・ポールは「もし我々が気候難民になったら、家や地域、文化、経験、アイデンティティのすべてを失ってしまう。」と語った。「私たちは自分たちの物語を守り、語り継ぐことはできますが、国がなくなってしまうので、国と国とのつながりはなくなってしまいます。手遅れになる前に、自分のコミュニティとすべてのオーストラリア人を守りたいからです。」と語った。

トレス海峡の先住民族グダ・マルイリガルの2人のリーダーは、気候変動から自分たちの島を守らなかったとしてオーストラリア政府を提訴したオーストラリア気候訴訟の原告である。彼らは、自分たちの政府に責任を負わせるための活動家として、他の太平洋島嶼国の人々を訓練している。

Photo: The UN General Assembly Hall. Credit: Manuel Elias/UN.
Photo: The UN General Assembly Hall. Credit: Manuel Elias/UN.

国連総会は3月29日、気候変動に関連した国連加盟国の義務についてICJに勧告的意見を求める決議を全会一致で採択した。この意見は、気候変動とその影響、とりわけ脆弱な国々(やその市民)の権利と利益に関連して諸国にいかなる法的義務があるかを明確にすることを目的としたものだ。国連総会が全会一致でICJに勧告的意見を求めるのは史上初のことだ。

決議の背後には若者たちの活動があった。南太平洋大学バヌアツ校の法学生が運動を始め、国連への提案をバヌアツ政府に提出させることに成功した。太平洋諸国が主導したこの決議は「気候変動のターニングポイント」を画し、運動を主導した太平洋の若者にとっての勝利だとして歓迎された。

ICJは国連の基本的な法的機関で、諸国間の法的紛争を解決することを任務とし、一般的な事案と勧告的意見の要請の二種類の審理を行う。

「このICJ提訴の一環として、気候変動が太平洋に与える影響についての証言を集めている。地域の人々や活動のリーダーたちに働きかけて、その経験を共有し、地域の人々を訓練することに取り組んでいます。」とブロック氏は語った。

「虹の戦士」号はその大胆な活動と恐れを知らぬ運動によって知られる。1978年以来世界の海を航海し、さまざまな環境破壊者や汚染者と闘ってきた。1985年、初代の「虹の戦士」は、おそらくはフランスの治安当局によるものと見られる爆破テロによって、ニュージーランド・オークランドの港に沈められた。船とその乗組員が、フランスが太平洋で行っていた核実験に反対する大胆不敵な活動を繰り広げていたからだ。

現在の「虹の戦士」号は、インド・チリ・南アフリカ・オーストラリア・フィジーなど各国からの乗組員を持つ最新の船舶である。今週、彼らは、停泊地の若者や子どもたちに対して(環境破壊の)経験を伝えている。太平洋各地の人々から聞いた多くの証言もまた、彼らの闘いを力づけている。

ブロック氏によれば、島から島へと移動しながら、共有された話はトラウマと喪失感に満ちていたという。「私たちはバヌアツにいたのですが、サイクロンの後、コミュニティとして頼りにしていた漢方薬や植物をたくさん失ったことがどのようなことだったのか、そのことが彼女たちにとってどのような意味を持つのか、なぜ西洋の薬局では代用できないのか、といった経験を何人かの女性が話してくれました。」

「虹の戦士」の活動家たちは、失われつつある土地や墓地を見せてもらい、インパクトを与えるだろうと思われる多くの話を集めた。フィジーに停泊している間、学生や地域の人々は、船上でガイドツアーを行ない、公海をどのように航行するかなど、彼らの活動について説明を受けた。

そうしたグループの一つが、ナブアのバシストムニ小学校の児童や先生たちだった。彼らは「虹の戦士」の活動について知り、興奮していた。気候変動や地球温暖化について学ぶことはカリキュラムの一部になっているが、「『気候問題の戦士』たちが実際にどういうものか子どもたちに見てもらうことは大事だし、子どもたちが地域社会に戻ってから行動に移ってくれればと思います。」と先生たちは語った。

フィジーの活動家であり、地元の気候正義作業部会の中心人物あるアニ・ツイサウサウ氏にとって、こうした活動に従事するのは個人的な動機からだった。「私は常日ごろから父親の島に行っているのですが、過去と今を比べてみて、その差は歴然です。」と語る。「かつては泳げた場所も今は汚染されています。そしてもちろん海水面は上昇しています。美しい砂浜や、私が若いときに経験していたものを知らないまま子どもたちに大きくなってほしくないのです。」とツイサウサウ氏は語った。

SDGs Goal No. 13

「そのためには、発想の転換を図らねばなりません。『虹の戦士』号に乗ることは最高の機会です。太平洋で何が起きているのか、そしてそれが身近で起きていることとどう関係しているのか。そういうことに耳を傾けることができるのです。」とツイサウサウ氏は語った。

「虹の戦士」号が尋ねて回っている話には、強烈なストーリーもあり、気候変動の影響が緩和されたという話もあるが、文化や土地を喪失したという話もある。ICJで勝利を得るにあたって、そうした証言が役に立つものと彼らは考えている。

バロック氏は、5年前に「虹の戦士」号で活動し始めた時、事実を積み重ねることが発想の転換を図るうえで重要だと考えていた。「しかし今は、事実も重要ではあるが、人々の心を動かし行動に導くようなストーリーが不可欠であると考えるようになりました。」と語った。

「虹の戦士」号は8月15日、スバを出港し、ツバルとバヌアツを経由してオーストラリアに戻る予定だ。(原文へ

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【国連IPS=タリフ・ディーン

1988年に傭兵団がモルディブ政府の転覆を試みた直後、私はモルディブの外交官に、彼の国の「常備軍(Standing Army)」の戦力について尋ねた。その外交官は「常備軍?(=直訳で『立ったまま』の軍隊)?」と驚いた様子で尋ね、半ば冗談めかして「私たちには『座ったまま(Sitting)』の軍隊すらありませんよ」と答えた。

当時の人口約25万人のモルディブ共和国は、戦闘機、戦闘ヘリコプター、戦艦、ミサイル、戦車のいずれも持っていない国の一つであったため、傭兵やフリーランスの軍事冒険家に介入されやすい環境にあった。その結果、この島嶼国の脆弱な防衛体制は、1979年と88年の2回にわたって、政権の転覆を試みる傭兵や賞金稼ぎを引き寄せることとなった。

UN Secretariate Building/ Katsuhiro Asagiri
UN Secretariate Building/ Katsuhiro Asagiri

これらの試みはいずれも失敗に終わったが、モルディブはその後も常備軍を持たない防衛体制の構築を諦めなかった。モルディブは、世界の軍事的に脆弱な小国を守るための安全保障の傘を国連に求める提案を行い、また1989年の「傭兵の募集、使用、資金供与、訓練を禁止する条約」という傭兵を非合法化するための国際条約も支持した。

米国は傭兵を「ソルジャー・オブ・フォーチュン(個人的な利益のため、あるいは単に冒険心から、軍隊に入ったり危険な行為を行ったりする人間)」と呼ぶ。これは広く流通している雑誌のタイトルでもあり、副題は「プロフェッショナル・アドベンチャラーズのジャーナル」となっている。

こうした傭兵の冒険や災難は、『戦争の犬たち』、『太陽の涙』、『ワイルド・ギース』、『エクスペンダブルズ』、『ブラッド・ダイヤモンド』など、いくつかのハリウッド映画でも描かれてきた。

ロシアのワグネルグループが世界の新聞の見出しを飾った際、それはウクライナで戦う私設の傭兵グループとして説明された。『ニューヨーク・タイムズ』は6月30日に、ワグネルグループがアフリカの大統領に警備を提供し、独裁者を支持し、反乱を暴力で鎮圧し、拷問や市民の殺害などの非人道的な行為を行ったと報じた。

Map showing the PMC Wagner's brief mutiny during June 24, 2023./By Rr016 - Own work, derived from European Russia laea location map (Crimea disputed).svg by NordNordWest, CC BY-SA 4.0
Map showing the PMC Wagner’s brief mutiny during June 24, 2023./By Rr016 – Own work, derived from European Russia laea location map (Crimea disputed).svg by NordNordWest, CC BY-SA 4.0

しかし、ロシア本国におけるワグネルによるクーデター未遂は、一時的にこの民間軍事組織自体の存立さえも脅かした。この時、傭兵に依存しているあるアフリカの大統領の軍事顧問は、名前のワグネルをドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーに暗に結びつけ、「それがワーグナーではなくなったら、ベートーヴェンやモーツァルトでも送ってくれてかまいません。どちらでも受け入れます。」と語った。

7月14日のCNNの報道によると、クレムリンの情報筋は、ワグネルグループは先月ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に対する未遂に終わった反乱を率いたが、法的実体として存在しなかったし、その法的地位はさらに検討される必要があると述べた。

 ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官は、「ロシアには民間軍事会社に関する法律がないため、ワグネルは法的には『存在しない』。ワグネルのような企業の地位は『かなり複雑』で調査する必要がある。」と語った。

ペスコフ報道官は、6月に反乱が頓挫した数日後に行われたとされる、ワグネル代表のエフゲニー・プリゴジンとプーチン大統領の会談について、それ以上の詳細を明らかにすることを拒否した。

ワグネルグループはウクライナ以外にも、中央アフリカ共和国、マリ、シリア、イエメン、イラク、リビアで戦っている。シリアでは、内戦に苦しむバシャール・アル=アサド大統領に警備を提供するスラヴォニアコープスという準軍事組織があったが、後にワグネルグループがその役割を引き継いだ。

マリ共和国では、暫定政府の転覆を企てる武装集団に対抗するため1500人以上のワグネル兵が戦っている。

皮肉なことに、かつてイラク占領時に民間軍事会社「ブラックウォーターUSA」を利用した米国は、傭兵を派遣しているアフリカのいくつかの国に制裁を課している。

The official State Department photo for Secretary of State Antony J. Blinken, taken at the U.S. Department of State in Washington, D.C., on February 9, 2021. / Public Domain]By U.S. Department of State, Public Domain
The official State Department photo for Secretary of State Antony J. Blinken, taken at the U.S. Department of State in Washington, D.C., on February 9, 2021. / Public Domain]By U.S. Department of State, Public Domain

アントニー・J・ブリンケン米国務長官は先週、米国が中央アフリカ共和国の複数の団体に対し、ワグネルグループとして知られる多国籍犯罪組織とのつながりや、「同国の天然資源の不正取引を通じて、民主的プロセスと制度を弱体化させる活動に関与している」として制裁を科すと発表した。

ブリンケン国務長官はさらに、「マリでワグネルの幹部を務めていたロシア人1名を指名手配している。ワグネルはマリでの事業を、グループとそのオーナーであるエフゲニー・プリゴジンの収益を得るためと、ウクライナでの敵対行為への関与を進めるための武器や装備を調達するために利用してきた。」と語った。

米国はさらに、サブサハラアフリカの金産業に焦点を当てた新たなビジネスリスク勧告を発行した。具体的には、ワグナルなどの非合法勢力が、いかにこの資源を悪用して収入を得、地域全体に紛争や腐敗、その他の害悪をまき散らしているかを強調している。

「ワグネルが活動してきたあらゆる場所で、死と破壊が後を絶たず、米国はワグネルの責任を追及するための行動を取り続ける。」とブリンケン国務長官は語った。

サンフランシスコ大学のスティーブン・ズーンズ教授(政治学・国際学)はIPSの取材に対して、「米国が傭兵の使用に反対するリーダーシップをとっていることは確かに良いことだ。」と語った。

ジョー・バイデン上院議員(当時)が強く支持したイラク戦争では、ブラックウォーター・グループの傭兵が多用された。同様に、冷戦時代、中央情報局(CIA)はラテンアメリカ、東南アジア、サブサハラアフリカでの軍事作戦を支援するために傭兵を使った。

ズーンズ教授は、「ワグネルグループを対象とするこのような行動が、はたして米国の政策転換を示すものなのか、それとも単に親露組織を罰する手段なのかは、今後慎重に見極めていく必要がある。」と語った。

拷問被害者センター代表兼CEOのサイモン・アダムス博士は、「かつて反植民地闘争を抑え込もうとしたことから、冷戦期のラテンアメリカやアフリカにおける残虐行為に至るまで、歴史上、大国はしばしば傭兵を使ってきました。何も新しいことはありません。しかし、近年の大きな変化は、国際社会が、国際人道法の枠外で活動し、しばしば人権侵害を横行させる、こうした傭兵や施設軍隊に対して、より厳しい態度をとるようになったことだと思います。また、最近では、後ろ盾となっている国が、彼らの行動に対する責任を否定することが難しくなっています。」と指摘した。

「ワグネルグループは、ウクライナ、中央アフリカ共和国、その他多くの場所で数々の残虐行為に関与してきました。彼らはこうした非難に値します。今の課題は、単に制裁を加えるだけでなく、国際法の下で戦争犯罪人の責任を追及することです。そしてより大きな課題は、他の大国が、次に自分たちの党派的利益に都合のよいときに、このような極悪非道な行為に手を染めないようにすることです。」とアダムズ博士は強調した。

一方、防衛大出版局の記事によると、私設軍隊はグローバルな規模で巨大ビジネスとなっている。この非合法市場に何十億ドルが流れ込んでいるのか、本当のところは誰も知らない。

Wagner Group mercenaries deployed in the Central African Republic/ By Corbeau News Centrafrique, CC BY-SA 4.0
Wagner Group mercenaries deployed in the Central African Republic/ By Corbeau News Centrafrique, CC BY-SA 4.0

「私たちが知っているのは、このビジネスが活況を呈しているということです。近年、イエメン、ナイジェリア、ウクライナ、シリア、イラクで傭兵の活動が活発になっています。こうした営利目的の戦士の中には、現地の正規軍を凌駕し、シリアでの戦いが示すように、米軍の最精鋭部隊に立ち向かえる者さえいます。」とアダムス博士は語った。

中東には傭兵があふれている。クルディスタンは、クルド人民兵組織や、油田利権を守る石油会社、あるいはテロリストを掃討したい側で仕事を探す傭兵たちの巣窟だという。

「冒険心がある人もいれば、民間生活が無意味だと感じた元アメリカ軍の退役軍人もいる。クルディスタンの首都アルビルは、密輸業者や雇われの銃を求める人々で溢れており、映画『スター・ウォーズ』に登場する惑星タトゥイーンのバーを彷彿とさせる傭兵サービスの非公式市場となっている。」(原文へ)

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、2023年4月24日に「The Conversation」に初出掲載され、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに基づき許可を得て再掲載したものです。

【Global Outlook=マット・マクドナルド】

それは、この数十年間でオーストラリアの軍備における「最も重要な」シフトとして宣伝された。さらに重大発表の一つとして、気候変動は国家安全保障上の課題 として認められた。

しかし、2023年4月24日に発表されたオーストラリアの防衛戦略見直しは、気候変動に関してそれ以上はあまり踏み込んだ内容ではない。100ページを超える同書のうち、国防のための気候変動対策に充てられているのはわずか1ページに過ぎない。(

海外のアナリストや軍は気候変動の戦略的影響と防衛上の役割に真剣に取り組んでいるが、オーストラリアの戦略見直しは、気候変動が軍の本業である戦闘の妨げになり得るという面により重点を置いている。自然災害に対応するため軍隊の出動要請が増えていることから、戦闘への準備が以前よりおろそかになっていると同書は報告している。

このような考え方はあまりにも視野が狭い。それはまた、研究が示す結果からも、同盟国の取り組みからもかけ離れている。

気候変動と国家安全保障の間にはどのような関連があるか? 根本的なレベルで言えば、安全保障はそれが生存の条件にまで及ばない限り、それほど大きな意味を持たない。気候非常事態は、人間の安全保障生態系の安全保障の両方に対する直接的な脅威と評されている。

しかし、気候変動は、攻撃に対する防衛という伝統的な安全保障のアジェンダも脅かしている。世界中の先見性のある軍隊は、これらの影響への備えを始めている。

気候変動は、「脅威の増幅要因」として作用することにより、武力紛争を起こりやすくする恐れがある。

気候変動に起因する干ばつ、砂漠化、降雨パターンの変動、耕作可能地の喪失は、政府の崩壊や人口の流出を招く可能性がある。

潘基文(パン・ギムン)元国連事務総長と数名のアナリストは、気候変動がスーダン・ダルフール地方の武力紛争やシリア内戦に関寄していることを指摘している

気候変動が抑制されなければ、より高温になった地球で激しさと頻度が増加すると予測される自然災害に対応することが、いっそう軍に要請されると考えられる。

今回の戦略見直しは、このような要請に焦点を当てている。それもそのはず、すでに起こりつつある事態だからである。

陸軍と空軍は、過去3年間の洪水や2019~2020年の夏火災など、オーストラリアで頻発する「未曾有の災害」に対応することがますます求められている。ビクトリア州マラクータの海岸では、不気味な光のもと、海軍の船が何百人もの人々を救出した

そして、世界も同様である。軍が出動する人道支援の要請は増加している。オーストラリアの近隣諸国は、自然災害の影響を世界で最も受けやすい国々に含まれている。

難民、紛争、自然災害への対応だけでなく、軍隊の装備、訓練、資源をどのように整えるかという問題もある。

 気温の上昇、海面の上昇、自然災害の増加は、防衛のインフラと基盤を脅かす恐れがある。オーストラリア国防省は国内最大の土地所有者であるが、その多くが無防備な沿岸地域にある。

オーストラリアの軍隊は、駆逐艦から戦車まで化石燃料を燃やす機械に大きく依存しているため、「カーボン・ブートプリント」が非常に大きい。将来も十分な燃料を確保することは懸念材料となっており、温室効果ガス排出への軍の関与が大きいことにいっそう厳しい目が注がれるようになればなおさらである。

この意味では、軍がクリーンエネルギーへの移行を加速することの重要性を戦略見直しが取り上げたことはなによりだった。しかし、気候危機の緊急性に鑑みれば、軍は今、調達における検討事項や設備管理にも気候変動の要素を取り入れるべきだったといえる。これまでのところ、オーストラリアがそのような配慮をしているという証拠はほとんどない。

他の国ではどうだろうか? 米国、英国、その他多くの主要パートナー国は、オーストラリアよりはるかに進んでいる。筆者の継続的な調査において、他国の気候対応を分析し、政策立案者にインタビューを行っている。その結果から、オーストラリアが大きな後れを取っていることが窺える。

米軍は、すでに1990年代から気候変動が軍にとって何を意味するかを分析し始めた。バイデン政権は国家安全保障会議における気候変動の優先順位を高め、気候変動と安全保障を強く関連付けており、その関係をインタビュー対象者の一人は「ゲームチェンジャー」と呼んだ。

英国は、国防省内に気候変動がもたらす安全保障上の影響を検討する専門機関を設置している。この機関は2021年に戦略文書を作成し、軍の排出量削減目標のほか、その移行を可能にするための投資額を示した。

ニュージーランドは後手に回る対応から踏み出し、国内および地域の自然災害への対応において軍に積極的な役割を持たせている。インタビュー対象者の一人は、これが軍の「ソーシャルライセンス」の中心にあると述べた。

ニュージーランドの立場は、近隣の太平洋諸国の懸念に強く影響されている。ウェリントンの意思決定者らは、防衛分野も政府が義務付けたネットゼロを達成するという目標から除外されるものではないと決定している。

フランスは、海外領土とより広範なフランス語圏における人道支援と災害救援に関して同様の立場を取っている。これらのオペレーションは、妨げではなく核心的任務として提示されている。

スウェーデンとドイツは近年、国連安全保障理事会に時間を費やし、気候変動による国際安全保障上の影響に対処するうえで安保理が果たす役割について決議を行うよう要請している。そして、スウェーデンがNATOに加盟すれば、気候変動への軍の備えをさらに増強すると考えられる。近頃この分野にNATOは力を入れているからである。

 オーストラリアが追い付くことは可能か? 可能である。しかし、最初の一歩は、われわれがどこにいるか、そして世界がどこに向かっているかを認識することだ。

オーストラリアの防衛部門は、気候変動が何をもたらすかについて真剣に取り組まなければならない。この地域の著しい脆弱性と近隣の太平洋諸国の実存的懸念を考えると、なおさらである。

 残念ながら、今回の戦略見直しは、オーストラリアの国防界がこれらの懸念を完全に共有してはいないことを示唆している。

マット・マクドナルドは、クイーンズランド大学の国際関係学准教授である。オーストラリア研究会議および英国経済社会研究会議より助成を受けている。この記事のもととなった研究は、オーストラリア研究会議の助成(DP190100709)によるものである。

INPS Japan

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核軍縮運動はジェンダー平等問題を避けている

【国連IDN=タリフ・ディーン

国連は長らく、政治・社会・経済におけるジェンダー平等を強力に推進してきた。その一つの表れが、貧困や飢餓の根絶、質の良い教育、人権、気候変動などに関する17項目の持続可能な開発目標である。

しかし、圧倒的に男性主導で進められてきた核軍縮運動における根深いジェンダー不平等について、国連は沈黙を保ってきた。

ロータリークラブの平和研究員で核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)の代表であるバネッサ・ランテーニュ氏は、「ジェンダー包摂とNPT再検討プロセス強化へのアプローチ」と題された7月23日の発表で、2019年においてNPTへの代表団のトップの76%が男性であり、2000年以来、NPT再検討会議準備委員会のすべての議長が男性、NPT再検討会議本体では女性議長がわずか1人いただけだったと指摘した。

彼女は、列国議会同盟が各国議会に課しているのと同じ条件で、男女バランスが悪いNPT代表団に対して制裁を課す案を提案した。

ランテーニュ氏はまた、ジェンダー平等が完全に実現するには、安全保障の枠組みの中で、「男らしさ」や「女らしさ」に関連する問題、見解、アプローチを完全に表現することが必要だと指摘した。

ランテーニュ氏は、アイルランドが提出した作業文書「核不拡散条約におけるジェンダー」の中で、「NPT再検討プロセスは、優先される問題という点で、核兵器に対処するための一次元的な安全保障アプローチを採用してきた」という評価を引用し、ジェンダーや平和、外交、紛争解決、国際法を織り込んだ共通の人間の安全保障という広い枠組みで核不拡散やリスク低減、軍縮を追求する補助機関をNPT内に立ち上げるよう提案した。

Jacqueline Cabasso, Executive Director, Western States Legal Foundation. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, INPS Japan.
Jacqueline Cabasso, Executive Director, Western States Legal Foundation. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, INPS Japan.

西部諸州法律財団のジャクリーン・カバッソ事務局長は、「女性や性的少数者はNPTプロセスにおいてほとんど代表されていません。」とIDNの取材に対して語った。

「そして核兵器の将来のような重大な決定を下す際には、あらゆる性別の人々が対等なパートナーであるべきというのは、常識の問題なのです。」とカバッソ事務局長は語った。

核兵器廃絶・アボリション2000グローバルネットワークの共同創設者でもあるカバッソ氏は、「列国議会同盟と同様に、NPTの各国代表団にジェンダーバランスに関する目標を設定して、必要であれば投票制裁によってそれを強制することで、代表団の母国におけるジェンダー平等の改善につながる可能性もあります。」と語った。

「しかし、世界を支配する道具としての核の恫喝という一見したところ揺るぎなき役割に挑戦する方法を考えるにあたって、すべての性別の人々が平等に議論に参加することだけでは、問題が解決できるわけではありません。」と、カバッソ氏は指摘した。

「必要なのは、普遍的な『人間の安全保障』の必要性がますます高まっているにもかかわらず、『国家安全保障』という建前を優先させ続ける組織の考え方、価値観、慣行を根本的に変革することです。」とカバッソ事務局長は語った。

ワシントンウィットマン大学でティモシー・A・ポール判事夫妻記念政治学教授を務めるシャンパ・ビスワス氏は、「2023年にもなっていまだにジェンダー平等を論じているとは驚きだ!」と語った。

 J. Robert Oppenheimer/ public Domain.
J. Robert Oppenheimer/ public Domain

「クリストファー・ノーラン監督の最近の映画『オッペンハイマー』の特徴を一つ挙げるとすれば、核の分野は初めから男性中心であったということだ。」とビスワス氏は指摘した。

しかし、ポストコロニアル理論と核政策を専門とする国際関係論者であるビスワス氏は、「多くの分野でジェンダー包摂に向けた前進が見られますが、核政策立案の分野ではまだ大きく遅れをとっています。」と指摘したうえで、「核軍縮に真剣に取り組むのであれば、核兵器の危険性に様々な視点から注意を喚起し、その男性主義的で軍事主義的な意味合いから離れたところで安全保障の意味を再定義するための声を包摂すべく、実質的に軍縮分野を多様化していくことが必須です。」と語った。

ビスワス氏はまた、「女性の声はこの取り組みにおいて極めて重要な意味を持ちます。私は代表団の男女バランスを変える目標を立てるとの提案に賛成ですが、罰則よりもインセンティブによってできないものかと思います。」と語った。

7月23日に行われたNPT再検討プロセスのさらなる強化に関するプレゼンテーションの中で、ランテーニュ氏は、「ジェンダーの包摂とアプローチを高めることによって、NPT再検討プロセスはより豊かになり、強化され、より効果的になるだろう。」と語った。

ジェンダーの包摂とアプローチとは第一に、様々な性(男性、女性、不確定な性)を持つ人が、安全保障部門における意思決定プロセスと指導的なポジションに平等に配置されていることを意味する。

そして第二に、より多様で包摂的かつ全体的な安全保障の枠組みを利用するために、平和と安全保障に対する多様なジェンダーの視点・問題・アプローチを有意義に取り入れることである。これら2つの原則を統合することは、女性の平等な参加と全面的な関与の重要性と、紛争予防と解決に関する意思決定における(女性の)役割を増やす必要性を強調した、「女性・平和・安全に関する国連安保理決議1325」を支持することになる。

SDGs Goal No. 5
SDGs Goal No. 5

他方、持続可能な開発目標の第5目標は、ジェンダー平等と女性・女児のエンパワーメントに焦点を当てている。

加盟国がジェンダー平等や包摂に関する認識を高め、行動する意思を持つだけではなく、自らそれを積極的に参照し、促進している兆しがある。

「2019年のNPT再検討会議準備委員会会合では、60カ国以上を代表した20本以上の声明が、NPTへのジェンダー視点導入の重要性について触れていました。その内、核問題とジェンダーについて直接触れた作業文書が3本、そのつながりに言及したものが8本ありました。」と、ランテーニュ氏は指摘した。

参加への平等なアクセスを支援するための政策を見直すことは、創造的な解決策や持続可能な発展をもたらすより多様な専門知識を含むことによる組織の効率と革新的能力の向上につながることから重要である。

しかし、ジェンダーを包摂するアプローチは、ジェンダーを多様化する分析によっても補完されるべきである。ジェンダーの平等のためには、安全保障の枠組みの中で、「男らしさ」や「女らしさ」に関連する問題や見解、アプローチが完全に代表されることが必要である。

「タフであること」「真剣さ」「リスクを取る姿勢」「軍事訓練的な発想」など、男性と一般的に結び付けられるような性質や専門能力、経験が高く評価されていると、核軍縮交渉に携わる人々が捉えていることが、これまでの研究で明らかにされている。

「そうした交渉は、柔軟さや妥協、多面的な問題解決、共感、(問題だけではなく関わっている人々に焦点をあてる)人間同士の相互作用といった『女性的な』アプローチを取り入れて『外交の引き出し』を増やすことで、より強化され、成功の可能性が増すはずです。」と、ランテーニュ氏は主張した。

NPT再検討プロセスにとって教訓となりうるジェンダー包摂的アプローチの例として、列国議会同盟ジェンダーパートナーシップグループが挙げられる。同グループは、ジェンダーに多様な観点が取り入れられ、女性を含めることが単に数の面での代表性の向上にとどまらず、女性と関連することが多い安全保障のアプローチを総合的に代表することをめざして、設立されたものだ。

The Preparatory Committee for the 2026 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (NPT) took place from 31 July to 11 August at the United Nations in Vienna. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN-INPS.
The 1st Preparatory Committee for the 2026 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (NPT) took place from 31 July to 11 August at the United Nations in Vienna. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN-INPS.

ジェンダーを包摂する原則やアプローチの例は、カナダやドイツ、アイルランド、スウェーデンなどが採用している男女平等的な外交政策にも見られる。

しかしこれらの政治的な前進は、スウェーデンの例にみられるように後継政府によって後退させられる危険性をはらんでいる。同国では、国際機関や手続きにおけるジェンダーの重要性を制度化する必要性を歴代の政権が重視してきた。

「我々は、ジェンダーや平和、外交、紛争解決、国際法を織り込んだ共通の人間の安全保障という広い枠組みで核不拡散やリスク低減、軍縮を追求する補助機関をNPT内に立ち上げるよう提案します。この共通かつ人間の安全保障の広範な枠組みは、包摂的な政策が完全かつ実質的に履行され、象徴的な形骸化が回避されるようにするために、紛争解決と安全保障の分野に多様なジェンダーの視点を取り込んだ参加の機会を増やすうえで、意義を持つでしょう。」と、ランテーニュ氏は語った。(原文へ

INPS Japan

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核軍縮議論の中心にヒューマニティを取り戻すべきだ(エマド・キヤエイ中東条約機構共同設立者)

仏教指導者が核兵器なき安全保障の実現を呼びかける

核軍縮議論の中心にヒューマニティ(人間性)を取り戻すべきだ(エマド・キヤエイ中東条約機構共同設立者)

【ウィーンINPS=エマド・キヤエイ】

「カザフスタンにおける核実験の壊滅的な結末-当事者が語る歴史」と題するサイドイベント(在ウィーン国際機関カザフスタン共和国政府代表部と創価学会インタナショナル(SGI)国際安全保障政策センター)に参加してきました。このイベントは、世界各地で行われてきた核兵器実験がもたらした結果について、犠牲者から直接話を聞くことが主な目的でした。

Broshure of the side event, titled “The Catastrophic Consequences of Nuclear Tests in Kazakhstan”. Photo Credit: SGI
Broshure of the side event, titled “The Catastrophic Consequences of Nuclear Tests in Kazakhstan”. Photo Credit: SGI

こうした被爆者自身による証言を聞くことは極めて重要です。 なぜなら核軍縮を巡る各国政府の外交政策や議論は、深刻な生態系破壊や健康被害を抱えながら核実験の生存者や被害者たちが実際にどのように生きてきたかという現実とはかけ離れているのが実態であり、 こうした証言は核兵器を巡る議論の中心に、再びヒューマニティー(人間性の側面)を取り戻すことが可能となるからです。

私たちはこうした被爆者の証言に耳を傾けることで、核兵器がもたらす被爆の実相を知ることができるのです。

第二次世界大戦中に日本が経験した原爆投下の結果、何十万という犠牲者が、世代を超えた健康上の障害や差別に苦しみながら今日に至っている現実を知ることは、核軍縮の問題を考えるうえで重要な視点となります。 

すなわち、この大量破壊兵器を廃絶しない限り、被爆者たちは今後も被爆証言を語り継がなければならなくなるのです。しかし被爆者の平均年齢は80歳を超え、直接被爆体験を聞くことができる時間的機会もますます限られたものをなりつつあります。

しかし、ヒューマニティと「同苦の精神」を、核軍縮議論の中心に据えることで、核の時代に終止符を打つことが可能となります。

核廃絶の議論は、本来抽象的な政府や組織の話ではなく、核兵器が使用されればその被害を受けることとなる私たち一般大衆の話なのです。

従って、グローバル被爆者といわれる核実験や核兵器の製造過程で被爆した人々の声なき声に光を当て、核兵器廃絶の必要性についての一般市民の認知度を高めるためのプラットフォームを提供し、政府の意思決定者や政策立案者に対して、有権者が彼らの行動を見ていること、そして正しい決断を下し、核兵器を撤去するよう要求しているというメッセージを届けることは、私たち市民社会の責任です。

The side “The Catastrophic Consequences of Atom Bomb Testing—A First Person’s Testimony” Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN-INPS.
The side “The Catastrophic Consequences of Atom Bomb Testing—A First Person’s Testimony” Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN-INPS.

これらの大量破壊兵器は、人工的に作られたものである故に、解体することも可能なのです。

必要なのは、政治的な意志と権力者の善意であり、それは私たちの声や経験、そして政府を正しい方向に向かわせる能力なしには得られません。 

その方向は、人間の安全保障、ヒューマニティ、同苦の精神が、議論の中心に据えられたものでなければなりません。(原文へ

Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN-INPS. 
*エマド・キアエイ氏(イラン出身)は、シャロン・ドエフ氏(イスラエル出身)と共に中東条約機構を設立して、中東非大量破壊兵器地帯創設を目指す活動を展開している反核活動家。昨年のICAN市民社会フォーラムに続いて、NPT準備会合期間中にSGIと在ウィーン国際機関カザフスタン共和国政府代表部らが主催したサイドイベントに参加したところを取材した。反核議論の中心にヒューマニティ(人間性)を取り戻す必要性とともに、他人の痛みをわが痛みとできる、SGIの「同苦の精神」に深く共感し、核廃絶を推進する原動力としてこの精神の大切さを説いている。
An interview with Emad Kiyaei and Sharon Doev, co-founders of METO during ICAN Civil Society Forum in Vienna 2022.
Workshop by METO at ICAN Civil Society Forum in Vienna 2022.

INPS Japan

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NPT再検討会議準備委員会のサイドイベントで、カザフスタンの核実験被害者が被爆の実相を証言

|ICAN市民社会フォーラム|エマド・キアエイ、シャロン・ドエフインタビュー(映像)

核の「曖昧政策」のなかで活動する「イスラエル軍縮運動」

「世界終末時計」が真夜中に近づく今こそ核の先行不使用を

【ウィーンIDN=オーロラ・ワイス

2026年のNPT(核兵器不拡散条約)再検討会議に向けた第1回準備委員会が2週間にわたって開かれる中、国連経済社会理事会との諮問資格を持つ仏教団体創価学会インタナショナル(SGI)核時代平和財団がサイドイベントを開催した。

専門家たちは8月3日、NPTの枠組みの中で、核軍縮を進めながら核リスクの削減を促進するために、どのような政策があり得るかを探った。核時代平和財団のイバナ・ニコリッチ・ヒューズ会長、核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)のクリスティン・ムットネン共同議長、ウィーン軍縮・核不拡散センター(VCDNP)のニコライ・ソコフ上級研究員の3名がパネリストを務めた。司会はSGIの砂田智映平和・人権部長が務めた。

SGIは、戸田城聖創価学会第二代会長が「原水爆禁止宣言」を発表してから50周年にあたる2007年に「核兵器廃絶への民衆行動の10年」キャンペーンを開始し、同時期に発足した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)と連携しながら、核兵器を禁止する法的拘束力のある文書の実現を目指してきた。

自分達の苦しみを他のいかなる国の人々にも経験させたくないと願う広島・長崎の被爆者に代表される市民社会の断固たる決意と取り組みは、2017年に核兵器禁止条約(TPNW)が採択され、21年に発効することで結実した。TPNWは、核兵器の使用や使用の威嚇に限らず、開発や保有を含む核兵器のあらゆる側面を包括的に禁止している。

SGI会長の声明

Photo: SGI President Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun
Photo: SGI President Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun

池田大作SGI会長は2023年1月11日、ウクライナ危機と核問題に関する緊急提言「平和の回復へ歴史創造力の結集を」の中で、「ウクライナ危機の終結に向けた緊張緩和はもとより、核使用が懸念される事態を今後も招かないために、核保有国の側から核兵器のリスクを低減させる行動を起こすことが急務であると思えてなりません。私が昨年7月、NPT再検討会議への緊急提案を行い、『核兵器の先制不使用』の原則について核兵器国の5カ国が速やかに明確な誓約をすることを呼びかけたのも、その問題意識に基づいたものでした。」と述べている。

リスク低減はNPT再検討プロセスにおいて新しいトピックではない。2010年NPT再検討会議の行動計画における「行動5(d)」は、核保有国に対して「核兵器の使用を防止し、究極的にその廃棄につながり、核戦争の危険を低下させ、核兵器の不拡散と軍縮に貢献しうる政策を検討する。」ことを求めている。

先制不使用の原則は、昨年のNPT再検討会議の最終声明の草案に初めて盛り込まれた。結局、先制不使用への言及は削除されたものの、最終声明は合意に至らなかった。核保有国が先制不使用の採用について話し合おうとしていたことは、稀に見る希望の光である。

NPTの中で、先制不使用の原則へのコミットメントを促進するための進展があれば、相手の出方に戦略的に反応する時間を増やして直接的なリスクを低減することで現在の緊張状態を緩和することにつながるだけでなく、同時に、軍縮への新たな道も開ける可能性がある。

中国は1964年に先制不使用を宣言

Christine Muttonen, Co-President of Parliamentarians for Nuclear Non-proliferation and Disarmament (PNND) Photo credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN/INPS Japan.

先制攻撃、第一撃、あるいは核兵器以外による攻撃への反応のいずれの形であれ、いかなる場合においても核兵器を決して先に使用しないと中国が約束したのは1964年のことで、これが核兵器国による初めての権威的な声明となった。

中国は核の先制を無条件で宣言している唯一の核保有国である。インドは、化学兵器・生物兵器に対する反撃の場合を例外として、先制不使用政策を維持している。フランス・北朝鮮・パキスタン・ロシア・英国・米国は、紛争時における核の先制使用を認める政策をとっている。イスラエルは核保有の事実そのものを認めていないことから、これに関する公的な立場は存在しない。

「私たちは皆、このような脅威について知っており、核兵器の削減や、使用禁止、廃絶、さらには核実験の禁止に向けた多くの試みなどがなされてきました。しかし同時に、私たちは現在進行形の核軍拡競争を目の当たりにしています。」とPNNDのムットネン共同議長は語った。

ムットネン共同議長はさらに、「諸国が核戦力の近代化を図り、この致命的な兵器の製造に拍車がかかっています。核爆発の人道的影響や、人為的・技術的事故の危険性についても、多くの研究がなされてきました。なかには、核紛争の結果はこれまでの推定よりもはるかに深刻であるという主張する専門家もいます。」と語った。

世界終末時計:真夜中まで90秒

2023 Doomsday Clock Announcement Credit: Bulletin of Atomic Scientists.

世界終末時計」の設定に責任を持つ科学者たちは、「(核兵器による地球滅亡を意味する)真夜中まで90秒しか残されていない。前代未聞の危機の時代だ。」と述べている。核の危険が増し、それが同時に、もう一つの世界的な脅威である気候変動に対する人類の闘いも毀損しているとして、時計の針は進められた。

核拡散防止に取り組む75カ国以上、700人以上の国会議員で構成される世界的なネットワークPNNDのムットネン共同議長は、「国家間の不信が増している現代において、核軍縮の方途を見つけることは困難です。一国単独で、あるいは集団的に、追加の機構や制度を必要とせず、すぐに実行できる有効的な手段と考えられるのが、核の先制不使用政策の確立です。核不拡散や核軍縮を目的とした条約や相互保証などの仕組みの多くがここ数年で損なわれているか、あるいは進展していないなか、そうした保証が緊急に必要とされています。」と語った。

「核保有国は核兵器を先行して使用しないとの約束で合意すべきです。」とムットネン共同議長は述べ、核の先制不使用政策は核軍縮に向けた重要なステップになると強調した。したがって、先制不使用政策をとる中国やインドのような核保有国が、核兵器廃絶の提案を支持するのは当然である。

G20とG7

Wreath-Laying at the Cenotaph for the Atomic Bomb Victims by G7 leaders—Italy’s PM Meloni, PM Trudeau of Canada, President Macron of France, Summit host Fumio Kishida, US President Biden, and Chancellor Scholz—flanked by European Commission president von der Leyen (right) and European Council president Michel (left). Credit: Govt. of Japan.
Wreath-Laying at the Cenotaph for the Atomic Bomb Victims by G7 leaders—Italy’s PM Meloni, PM Trudeau of Canada, President Macron of France, Summit host Fumio Kishida, US President Biden, and Chancellor Scholz—flanked by European Commission president von der Leyen (right) and European Council president Michel (left). Credit: Govt. of Japan.

2022年11月にバリで開催された20カ国・地域(G20)首脳会議では、、「核兵器の使用、またはその威嚇は許されない」ことが「バリ宣言」に盛り込まれた。しかし、広島で今年5月19日から23日にかけて開催されたG7広島サミット(主要7カ国首脳会議)では、このG20の強力な声明は再確認されず、核の脅威を低減する新たな措置も発表されなかった。

ムットネン共同議長が警告するように、G7声明は大幅に後退している。核抑止政策と、核兵器を絶対的に否定している非核兵器国の大多数が望んでいるものが乖離している様子が見てとれるだろう。ムットネン共同議長は、「しかしバリ声明が、NPTプロセスや国連総会、インドで開催されるG20サミットの中で再確認される可能性と希望はまだあります。」と指摘した。

「前進を可能にするためには、核保有国と関与し続けなければならなりません。つまり対話が必要で、外交を復活させなければなりません。今、最も重要なことは、各国共通の安全保障として、核兵器が使用される可能性を減らすことです。従って、すべての核保有国と同盟国は、先制不使用を誓約すべきです。」とムットネン共同議長は付け加えた。

From L to R: Ivana Nikolic Hughes (NAPF) , Nikolai Sokov (VCDNP) , Christine Muttonen (PNND), Chie Sunada (SGI). Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN-INPS.

議員の重要な役割

国会議員とは法律を作る人々のことだが、まさにそこにこそPNNDの役割がある。たとえば予算の策定に議員が果たす役割は大きい。外交政策、外交、不拡散、軍縮について彼らは権限を持ち、大量破壊兵器にさらなる予算をつぎ込むことすらできる。議員らは国家の政策策定に関わり、市民社会と直接のつながりを持っている。市民社会と議員らは通信網のように相互につながっている。そして互いに影響を及ぼす。

「国会議員は政府に圧力をかけることができ、市民社会はその支援を行うことができます。つまり、議員は自身の選挙区やメディアに情報を提供し、国民の認識や政治的優先順位に影響を与えることができるのです。議員らは、PNNDメンバーのリーダーシップを通じて、国内議会や、欧州安全保障協力機構(OSCE)議員会議や列国議会同盟(IPU)などの議会間組織において、核先行不使用政策を前進させるための活動に熱心に取り組んでいます。そして彼らは、OSCE議員会議に対して、核リスク削減、先制不使用、包括的核軍縮に関する段落をOSCE議員総会の最終宣言に採択させる必要があります。」とムットネン共同議長は語った。

「核兵器が廃絶された世界はすべての人々が繁栄する世界」というのが核時代平和財団の目標である。その任務は「核兵器のない、公正で平和な世界の実現に向けて、人々を教育し、啓発し、行動を促すこと」にある。1982年に創設された同財団体は、世界各地の個人や団体からなり、国連経済社会理事会で諮問資格を持ち、国連から平和メッセンジャー団体として認められている。

核時代平和財団

2014年、核時代平和財団は、マーシャル諸島が9つの核保有国(米国・英国・フランス・ロシア・中国・イスラエル・インド・パキスタン・北朝鮮)を国際司法裁判所と米連邦裁判所で提訴するにあたって、同国政府と協議を行った。この訴訟は、これらの国々が核兵器を完全に廃絶するための交渉を進めるという国際法上の義務を遵守していないと主張するものであった。

CTBTO

核時代平和財団のイバナ・ヒューズ会長は、「ソ連はカザフスタンの平原で核実験を行い、放射線被爆によって今日まで奇形児が生まれています。英国は、現在はキリバス共和国の一部となっているクリスマス諸島や、オーストラリアの先住民族居住区でも核実験を行いました。フランスはアルジェリアの砂漠で核実験を行い、砂の中に放射線まみれの機材を埋めました。また、フランス領ポリネシアでも核実験を行い、最近の研究ではフランス政府の主張よりも放射線のレベルが高いことが分かっています。」と語った。

ヒューズ会長は、ダニエル・エルズバーグ氏と彼の著書『世界滅亡マシーン』に言及した。エルズバーグ氏は、米国の70年に及ぶ隠蔽された核政策の危険性を初めて暴露した伝説的な内部告発者として知られている。かつて大統領の顧問を務めた彼が「ペンタゴン・ペーパーズ」を持ち出した時、1960年代の米国の核開発計画に関する最高機密文書も持ち出した。『世界滅亡マシーン』は、文明の歴史において人類が作り上げてきた最も危険な軍備をエルズバーグ氏が説明したものであり、この核兵器は人類の生存そのものを脅かしている。

By Gotfryd, Bernard, photographer - Daniel Ellsberg, speaking at a press conference, New York City, Public Domain
By Gotfryd, Bernard, photographer – Daniel Ellsberg, speaking at a press conference, New York City, Public Domain

2023年6月に死去したエルズバーグ氏は、この著書の中で、「歴史的な、あるいは現在の核政策についての典型的な議論や分析に欠けているもの、つまり見過ごされているものは、議論されていることがめまいがするほど非常識で非道徳的であるという認識である。ほとんど計算不可能で、想像を絶する破壊力と意図的な殺戮行為、危険を冒して計画された破壊力と宣言された目的または認識されていない目的との不釣り合い、密かに追求された目的(アメリカと同盟国への損害限定、両面核戦争における「勝利」)の実現不可能性、(法、正義、犯罪に関する通常のビジョンを爆発させるほどの)犯罪性、知恵や思いやりの欠如、罪深さと悪においてである。」と述べている。

「米国の核政策は狂気の沙汰であり、完全に考え直さなければなりません!」とヒューズ会長は強調した。そして、あらゆる政府の機密文書が明らかにした共通点、すなわち、核兵器を作動させたいという欲望について言及した。「酔っぱらったリチャード・ニクソン大統領も同じことをしようとしましたが、側近たちが止めました。問題は、ニクソン大統領以降、どれほど多くの大統領がまともな責任を取れるのか、ということです。」とヒューズ会長は問いかけた。

ニクソンとブッシュは原爆を待機させた

 Ivana Nikolić Hughes, President of Nuclear Age Peace Foundation. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN/INPS Japan.

最近暴露された政府文書によると、ニクソン大統領は1969年、米国のスパイ機撃墜事件を受けて、北朝鮮に対する核攻撃のために核爆撃機の発進準備を命じたと考えられている。ニクソン大統領は統合参謀本部に接触して、戦術的核攻撃の計画を立て標的の候補を示すよう命令した。当時ニクソン大統領の安全保障顧問を務めていたヘンリー・キッシンジャー氏は、大統領が翌朝しらふの状態で目覚めるまでは命令を実行しないよう、統合参謀本部に電話をかけていた。

ニクソン大統領が共産主義者らに核攻撃に関する自身の本気度を見せたかったのだと推測できる根拠はある。その後、ニクソン大統領はソ連に対して核爆撃機を差し向け、自身が第三次世界大戦を引き起こしかねないほどの狂気の人物であるとの噂を流した。もちろん彼は狂気ではなかった。アンソニー・サマーズ氏とロビン・スワン氏の2000年の著書によって、ニクソン大統領は単に酩酊していただけだということが判明した。ニクソン大統領にあったのは権力ではなくアルコールだった、と核時代平和財団のヒューズ会長は指摘した。

現在の米国の核政策は、核攻撃を命令する大統領の能力に制約を課していない。軍には、戦争法に違反するとみられる命令を拒絶できる権利があるが、戦力使用の権限を与える議会の役割については法的な疑念が出されている。それでも、広範な理解として、大統領はいつでも、いかなるときでも核兵器を発射することができる。

核先制不使用政策の採択によって、宣戦布告する議会の憲法上の権限が再確認されることになる。憲法は、大統領が自らの判断のみに基づいて戦争を始めることはできないことを明確にしており、大統領が単独で核戦争を始められなくすることには意味がある。

核のリスクは消えない―事故であれ意図的であれ

ウィーン軍縮・不拡散センターのニコライ・ソコフ上級研究員は、核兵器近代化に関するソ連・ロシアの歴史的観点を提示し、ロシアの戦略核の将来的な進化を予測した。ロシアの核はいまやベラルーシに配備されようとしている。この状況下では、どんな挑発行為がロシア・NATO諸国間の直接的な軍事行動の引き金になるかわからない。

Nikolai Sokov, Senior Fellow from Vienna Center for Disarmament and Non-Proliferation (VCDNP) Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN/INPS Japan.

ソコフ氏はまた、ロシアが戦争初期に核兵器に言及したのは非合理的だと指摘した。核のエスカレーションの脅しは、西側諸国のウクライナ支援の意図をくじく十分な材料とはならなかった。むしろこの脅しは、ウクライナ侵攻に関してロシア指導部が感じている不安感を反映したものであろう。

核兵器の使用は、それが事故であれ意図的なものであれ、受け入れがたい結果をもたらすという点で、専門家たちの意見は一致している。核先制不使用政策を採択し、核兵器使用の威嚇をやめることで、核の大惨事のリスクは低減できる。さらに大胆な方策は、国連の核兵器禁止条約を通じて核兵器そのものを廃絶してしまうことだ。国連のアントニオ・グテーレス事務総長が強調したように「核兵器が我々を滅ぼしてしまう前に、核兵器を廃絶しなくてはならない。」のである。(原文へ

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【ウィーンINPS Japan=ジャクリーン・カバッソ】

The side “The Catastrophic Consequences of Atom Bomb Testing—A First Person’s Testimony” Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN-INPS.
The side “The Catastrophic Consequences of Atom Bomb Testing—A First Person’s Testimony” Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN-INPS.

カザフスタンにおける核実験の壊滅的な結末-当事者が語る歴史」と題するサイドイベント(在ウィーン国際機関カザフスタン共和国政府代表部と創価学会インタナショナル(SGI)国際安全保障政策センター)に参加しました。このイベントは、私にとって非常に意義深く、また個人的にも感慨深いものでした。

私がカザフスタンを初めて訪れたのはソ連が崩壊する前の1990年で、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)とネバダ・セミパラチンスク運動が共催した核実験禁止国際市民会議に参加したときのことです。

その頃、私はすでに米国で反核運動に積極的に参加していました。

ネバダ核実験場での米国政府による核実験に抗議し、何度も逮捕されていました。しかし私たちの活動は、メディアの注目度も低く、国内ではあまり知られていませんでした。

転機になったのは、サンフランシスコで会議に参加した際にカザフスタンから来ていたある人物との出会いでした。彼は米国の反核活動家とのつながりを求めて来訪していたのです。

Jacqueline Cabasso, Executive Director, Western States Legal Foundation. Filmed and edited by Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, INPS Japan.

そして彼から驚くべきことを聞きました。なんとアメリカ人さえあまり耳にしたことがないネバダ州での反核活動のことを知り、「ネバダ・セミパラチンスク」と名付けられた運動がカザフスタンで広がりを見せており、ネバダの活動に学びたいというのです。

彼の興味深い説明によると、彼らが見ていたソ連のニュースメディアは反米的なもので、米国での反核抗議行動や警察による逮捕の様子が映し出していたことからネバダの運動を知ったというのです。

そして、そのサンフランシスコでの会合を通じて、私はカザフスタンで予定されていた核兵器禁止国際市民会議に招待されることになったのです。

そして会議に出席のため、当時のアルマ・アタ(現在のアルマトイ)に到着したとき、パンをのせたトレイを持った民族衣装を着た人たちが、「実験場を閉鎖せよ!」「将軍たちは実験場に別荘を建てよ!」などと書かれた大きな垂れ幕を掲げて出迎えてくれました。

Kazakh civil movement activists gathered to demand a nuclear test ban at the Semipalatinsk test site in August 1989. Photo credits: armscontrol.org.

依然としてソ連共産党の統制下にあった当時のカザフスタンで、このような大規模な反核運動が公然と展開されているのを目撃して、驚きとともに深い感銘を受けました。国際空港には、既に「ネバダ・セミパラチンスク運動」のロゴが入った看板など、反核を訴える看板が設置されていました。

私たちはセミパラチンスク核実験場跡地や周辺地域を訪問し、当時の被害者たちと会い、核実験がもたらした苦しみがどれほど広範囲に及んでいたかを理解し始めました。この経験から、(米国で)疎外されていると感じていた反核活動家としての私の見方は、大きく変わりました。

Field trip to Semipalatinsk Former Nuclear Weapons Test Site in 2017 participated by the author. Filmed and edited by Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, INPS Japan

つまり、核兵器の廃絶を求める私たちこそが、「グローバル・マジョリティーなのだ」と。

こうして私の初のカザフスタン訪問は、人生を変えるような経験でした。その後、1991年、93年にも核実験場跡を訪れ、より多くの人々との交流を深めてきました。

カザフの核実験による被爆の話は米国の主流メディアでその後も取り上げられることはなく、米国に戻ると、相変わらず、カザフスタンなんて聞いたことがないという人達に語りかける日々に逆戻りました。

その後も、2014年、17年にカザフスタンを再訪し、ネバダ・セミパラチンスク運動の指導者であるオルジャス・スレイメノフ氏との再会や、被爆画家で反核活動家のカリプベク・クユコフ氏との出会いなど、交流を深めていきました。

ここ国連施設で開催された今日のサイドイベントで、べセロフ氏の被爆証言に大勢の人々が熱心に耳を傾け、活発に議論を交わしている様子を目の当たりにして、やっとこの話が世に出ることができた、と感慨を深くしました。

しかし、あまりに時間がかかりすぎていると言わざるを得ません。これは本来極めて重要で大きな話です。そして、それさえも氷山の一角にすぎないのですから。

Trinity Nuclear Test. Original color-exposed photograph by Jack Aeby, July 16, 1945. Public Domain

というのも、米国では今、こんなことが起きています。1945年に米国で初めて行われたトリニティ核実験は、誰も住んでいない人里離れた場所で最初の核兵器が爆発したというストーリーとして公式に語られてきたましたが、それは真実ではありませんでした。

少なくとも15,000人以上の人々が、この実験によって直接的な影響を受けており、彼らは長年にわたって、世間の注目と補償を得ようと努力してきましたが、最近までほとんど注目されることはありませんでした。

映画『オッペンハイマー』が公開されましたが、核兵器が及ぼす人道的被害についての描写が欠落しているとの批判がある一方で、このことで、かえってトリニティ核実験の被害者に対する注目も集まっています。

また、偶然かどうか分かりませんが、プリンストン大学から新たな研究結果が発表され、米国で行われた核実験による放射性降下物汚染の範囲は、これまで報告されていたよりもはるかに広範囲に及んでいたことが明らかになっています。

核爆発という、人類に対するこの大規模な世界的犯罪が及ぼした被害の全貌は、まだ明らかになっていません。

べセロフ氏の苦闘は、ネバダ核実験場の風下で被爆したり、核実験に参加させられて被爆したにもかかわらず、補償を受けられなかった人たちの苦闘と相通じるものがあります。

これは深刻かつ極めて重要な問題ですが、新たに核兵器が実戦で使用されるかもしれないという現在進行中の問題のほんの一部に過ぎません。(原文へ) 撮影・聞き手:浅霧勝浩

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38度線に立ち込める核の雲

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ 

北朝鮮は、核兵器プログラムを推進し続け、2022年初めから100発を超えるミサイルを発射しており、その一部は大陸間ミサイルである。そのため、韓国では北からの攻撃への動揺や懸念が生じている。政府も国民の大多数も、米国による保護の信頼性について確信を持てずにいる。世論調査によれば、韓国国民の70%以上が自国の核武装に賛成している。

重武装されたいわゆる「非武装地帯」であり、北朝鮮と韓国の国境線である38度線を挟んで、近いうちに軍事的対決、もしかしたら核対決までもが起ころうとしているのだろうか? いずれにせよ、かつて「太陽政策」と呼ばれた時代、南北朝鮮の対話、あるいは2018年平昌オリンピックの南北合同チームの時代は、とうに過ぎ去った。北朝鮮に核兵器を放棄するよう説得する外交努力もしかりである。(

就任して1年以上になる韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、北朝鮮による核・ミサイル計画の急速な拡大と繰り返される敵対的な挑発に対し、デタント推進派で緊張緩和に努めた文在寅(ムン・ジェイン)前大統領とはまったく異なる対応を見せた。尹は、北朝鮮の再武装に対し、対決姿勢を明らかにした政策と軍備増強によって対抗している。タブーだった韓国の核武装というテーマが、いまや政治的主流になっている。大統領自身も近頃、デタント政策に関する議論の中でこの可能性について言及した。核武装した北朝鮮への懸念は高まっている。4月末、この荷物を抱えて尹大統領はワシントンを訪問し、そこでは韓国内の議論が大きな苛立ちをもって取り上げられた。

70年にわたる韓国の歴史において過去に2度、核武装論が議題に上った。1970年代、韓国は秘密裏に核計画を進めていた。米国政府はこれを知ると、韓国に計画放棄を促す最後通告を突きつけた。朝鮮戦争(1950~53年)以降韓国と密接な同盟関係にあった米国政府は、韓国が核武装を追求し続けるなら全ての米軍を引き揚げると脅した。韓国政府は米国の最後通告を深刻に受け止め、当時ベトナムで米国が屈辱的な敗北を喫したばかりだったにもかかわらず、米国による軍事支援の継続を選択した。その結果、韓国は軍の核計画を放棄した。

その後、1991年に(当時は韓国も北朝鮮も核不拡散条約の加盟国であった)、米国のジョージ・H・W・ブッシュ大統領が、韓国に配備した全ての戦術核兵器を撤去することを発表した。それを受けて、北朝鮮と韓国は朝鮮半島の非核化に合意した。少なくとも北朝鮮が第1回核実験を行った後の2006年以降、この合意が紙くず同然になったことは明らかであり、その後に続く北朝鮮の核武装に関する一連の交渉や合意もまた同様である。

韓国では、米国が本当に韓国を守ってくれるつもりがあるのかという懸念が高まっている。平壌の近代的な核兵器は、今や米国の都市を破壊する能力がある。もし金正恩(キム・ジョンウン)の軍がソウルを攻撃したら、米国政府は、韓国を守ることによって自国の国民がこのようなリスクにさらされることを受け入れるだろうか? こういった疑問を、尹大統領は4月末にワシントンで投げかけた。

バイデン政権は、韓国の核武装に断固として反対している。その理由はとりわけ、アジア、特に日本と台湾におけるドミノ効果を何としても阻止したいからである。ワシントンの信条によれば、核兵器を増やせば世界が安全になるわけではない。現行の国際秩序は、何よりも核兵器の不拡散に基づいている。この条約に従わない一部の国(イランや北朝鮮など)は、大きな代償を払わねばならない。韓国もこの運命に脅かされるのだろうか、あるいは、イスラエルやインドの例のように、米国は暗黙のうちに韓国を核保有国として認めるのだろうか? そして、北京はどのように反応するだろうか? 中国は韓国に制裁を課し、孤立させようとするだろうか?

韓国における今日の議論には、いきさつがある。欧州のNATO加盟国の例のように、米国のドナルド・トランプ前大統領は韓国を安保ただ乗り国と呼び、米軍配備の費用を韓国に支払わせると脅した。ソウルの人々は、韓国を防衛するという米国の約束が今後、ひょっとしたら再びトランプ政権のもとで、どのようになるのかと懸念し、思案している。

尹大統領訪米中の4月26日、米韓両政府はいわゆる「ワシントン宣言」を発表した。米国は韓国防衛の約束を再確認したのみならず、原子力潜水艦と核搭載爆撃機を定期的にこの地域に派遣することにも同意した。これは数十年ぶりのことである。それに加え、ソウルは核計画の策定に関与することになった。両政府は「拡大抑止を強化し、核および戦略計画について協議し、朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)が不拡散体制にもたらす脅威を管理するための新たな核協議グループ(NCG)の設立」を発表した。

両国とも、「核抑止の分野において、より深い、協調的な意思決定を行うこと」を約束した。それに対し韓国は、独自の核兵器計画を改めて放棄した。この宣言はいずれ、欧州と同様の核共有の概念に発展する可能性がある。そうなれば、韓国が独自の核兵器を目指す道筋は当面回避される。しかし、これらの計画は、重要な、新たな核シナリオによって朝鮮半島の紛争を拡大するものである。地域における反応は不可避であった。北京の外交部は、「意図的に緊張をあおり、対立を誘発し、脅威を誇張している」として、ワシントンとソウルを非難した。

平壌の反応はさらに激しいものだった。独裁者金正恩の妹で、大きな影響力を持つ金与正(キム・ヨジョン)は、この合意が「最も敵対的で攻撃的な行動意志」を反映しており、「北東アジアと世界の平和と安全保障をいっそう深刻な危険にさらす結果を招くのみ」だと述べた。彼女は、国連が非難する北朝鮮の核開発には触れもせず、「敵が核戦争演習の実施にこだわればこだわるほど、また、彼らが朝鮮半島周辺に配備する核軍備が多ければ多いほど、それに正比例してわが国の自衛権行使は強大なものとなる」と述べた。

明らかに、拡大軍事抑止、さらには軍事的対立の可能性を示唆する兆候が見られる。平壌とソウルの連絡経路は閉じられ、また、北朝鮮に関するワシントンと北京の連絡も断たれた。ワシントンも、今やいっそう強硬な姿勢を取りつつある。ジョー・バイデン大統領は、「北朝鮮による米国または同盟国やパートナー国への核攻撃は容認できず、そのような行動を取ればいかなる体制であれ終焉を迎える」と述べた。「体制変更」に関するこの発言が明かされると、平壌はこれを挑発と受け取った。朝鮮中央通信(KCNA)によれば、「このような状況下で、DPRKが現在および将来の憂慮すべき安全保障環境に対応して軍事抑止を強化するのは至極当然である」。

38度線沿いには暗雲が立ち込めつつあり、欧州におけるウクライナ戦争と同様、一触即発の状況を緩和する要素は見当たらない。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

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核兵器禁止の必要性を警告した対ウクライナ戦争

北朝鮮の核:抑止と認知を超えて

核のない世界への道は険しいが、あきらめるという選択肢はない。(寺崎広嗣創価学会インタナショナル平和運動総局長インタビユー)