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ICBMの廃絶で核の大惨事の危険は大きく下がる

【サンフランシスコIDN=ノーマン・ソロモン】

核兵器は、マーチン・ルーサー・キング・ジュニアが「軍事主義の狂気」と名付けたもののきわみである。もしあなたが核兵器のことなど考えたくもないとすれば、それも理解できる。しかし、そのような身の処し方は限られた意味しか持たない。地球の破滅を準備することから大きな利益を得ている者たちは、私たちが核兵器について思考を回避することでさらに力を得ることになるからだ。

国の政策レベルにおいては、核の狂気は正常なものとみなされ、再考に付されることはない。しかし「正常」が「正気」を意味するとは限らない。ダニエル・エルズバーグ氏は、その好著『世界を終わらせるマシーン』の中で、フリードリッヒ・ニーチェの次のような戦慄の言葉を引用している。「個人の狂気は異常とみなされるが、集団や政党、国家、時代の狂気は規範と見なされる。」

現在、米国の核戦力維持に携わる政策官僚と軍備管理の主唱者たちとの間で、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の将来をめぐる熱い論議が戦われている。ICMBの「近代化」に固執する「国家安全保障」派と、現在のICBMをそのまま維持することを主張するさまざまな批判派と間の論争である。両者とも、ICBMを全廃する必要性を認識することは拒絶している。

ICBMの全廃によって、世界的な核のホロコーストの危険性は大幅に下がることになろう。ICBMは効果的な攻撃には特に脆弱で、抑止上の価値はない。「抑止力」であるというよりも、実際には、地上に配備された「カモ」のようなものであり、それがゆえに「高度警戒態勢」の下に置かれているのである。

結果として、他国から向かってくるミサイルに関する通報が正確なものであれ、あやまった警告であれ、司令官はICBMを「使用するか失うか」の決断を即座に下さねばならない。「もし我々のセンサーが敵のミサイルが米国に向かっていると示したならば、大統領は、敵のミサイルが我々のICBMを破壊するよりも前にそれを発射するかどうかを考えなくてはならない。しかし、ひとたび発射されてしまったら、取り消しはできない」とウィリアム・ペリー元国防長官は記している。「大統領はその恐ろしい決断を下すまでに30分も与えられていない」。

ペリー元長官のような専門家は、明確に「ICBM廃絶」の主張をしている。しかし、ICBMは「金の生る木」だ。メディアは、いかにしてこの戦力を維持し続けるべきかについて報道を続けている。

『ガーディアン』は12月9日、米国防総省がICBMのオプションをめぐる調査を外部委託したと報道した。問題は、検討課題となっている2つのオプション、すなわち、現在配備されている「ミニットマンIII」ミサイルの運用期間延長か新型ミサイルの導入かという選択によっては、核戦争の高まる危険の低減に資するところがない、ということだ。しかし、米国のICBMを全廃すればそうした危険が減ることは明らかなのだ。

だが、巨大なICBMロビー集団は気勢を上げている。莫大な利益がかかっているからだ。ノースロップ・グラマン社は、「地上配備戦略抑止力」と誤解を生むネーミングをされた新型ICBMシステム開発に向けて133億ドルの契約を締結した。議会と大統領府におけるICBMへの自動的な政治的信奉と協調した動きである。

「核の三本柱」を構成する海上発射(潜水艦)と空中発射(爆撃機)の部分に関しては、完全に脆弱なICBMとはちがって、相手方の攻撃に対して脆弱ではない。潜水艦と爆撃機は、標的とするすべての国を破壊することが可能であり、合理的に考えうるよりも遥かに強力な「抑止力」を提供する。

それとは対照的に、ICBMは抑止力の真逆をいく。ICBMは、実際には、その脆弱性ゆえに核の第一撃の標的となってしまい、まさにそれと同じ理由によって、報復攻撃を行う「抑止力」とはならないのである。ICBMは、核戦争の開始にあたって敵の攻撃を吸収する「スポンジ」のような役割を果たすに過ぎない。

「高度警戒態勢」のもとに武装された400発のICBMは、5つの州に分散された地下サイロ深くに配備されているだけではなく、米国の政治的既成勢力の発想にも深く埋め込まれている。その目標が、軍需産業から多額の選挙資金を獲得し、軍産複合体に莫大な利益を与え、営利化した支配的なメディアと協調し続けることにあるのならば、そうした発想は合理的なものと言えよう。一方、もしその目標が核戦争の予防にあるのならば、その発想はバランスを欠いている。

エルズバーグ氏と私は『ネイション』誌で次のように書いた。「サイロでICBMを運用し続ける最も安価な方法を探ろうとする議論に囚われてしまうなら、我々に勝ち目はない。この国の核兵器の歴史は、それが真に支払うに足るもので、自らの愛する人たちをより安全にしてくれるものならば、彼らは支出を惜しまないということを物語っている。しかし、ICBMが実際にもたらすものはその真逆であることを人びとに示さねばならない。」たとえロシアと中国が同等の対応を示さなかったとしても、米国のICBM全廃は、結果的に核戦争の可能性を大幅に減ずることになろう。

米議会では、そうした現実には程遠い。先行きが見えず、これまでの常識が支配している。議員にとっては、核兵器に対して数十億ドルもの予算を承認することは自然な行為であるようだ。ICBMに関する機械的な想定に対抗していくことが、核の終末への行進を妨げるうえで、絶対に必要になるだろう。(原文へ

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|ミャンマー|「都市部の貧困率が3倍に」とUNDPが警告

【ヤンゴンIDN=キャロライン・ムワンガ】

国連開発計画(UNDP)は、ミャンマー(人口5500万人)では総人口の約半数にあたる約2500万人が、2022年初頭には貧困ライン(1日の所得が1590チャット=約100円)以下の暮らしを余儀なくされることになるとする報告書を公表した。このことは、パンデミック以前の15年間にわたる経済成長の成果が消滅して貧困率が2005年以来最悪の水準に逆戻りすることを意味する。

「貧困率の増加からは、生活収入の不足という問題にとどまらず、次世代の人的資源にマイナスの影響を及ぼす栄養、健康、教育へのリスクも見てとれる。ミャンマーの都市部の貧困率は、コロナ禍と進行中の政治的危機による複合的影響により、3倍を超す水準となる。」と報告書は述べている。

UNDPでは、2月に発生した国軍によるクーデターに伴う国民の所得水準への影響を測るための家計調査を5月から6月にかけてミャンマー全土で実施した。

カニ・ヴィグナラジャ国連事務次長補・UNDPアジア太平洋局長は、「通常、中間層が経済回復の原動力となるが、これほど大規模に貧困層が拡大しているミャンマーでは、その中間層が消滅してしまいかねない状況だ。」と指摘し、急速に不安定化している現状について警鐘を鳴らした。

同調査によると、パンデミックと国軍のクーデター前から既に貧困の危機に見舞われていたチン州ラカイン州では、貧困率が高止まりとなる見通しだ。一方、マンダレーヤンゴンといった主要都市部では、貧困層が増加するとともに、既に貧困に喘いでいた層は一層厳しい状況に追いやられると見られている。

報告書はまた、貧しい人々の雇用と収入の大半を生み出す中小規模ビジネスの他、とりわけ縫製業、観光業、サービス業、建設業が大きな打撃を受けていると指摘している。これらの産業はミャンマーの都市部に集中しているが、過密でインフラが未整備なうえに、水道その他のサービスへのアクセスが限られている都市部の環境はウイルスの拡散を悪化させている。

報告書はまた、都市部の世帯の約3分の1が収入減を補うため貯蓄を切り崩し、このうち半数が「貯蓄を使い果たした」と回答するなど、家計の貯蓄が大幅に減少したと指摘している。また都市住民の約27%が、家計をやりくりするために、主な移動手段であるバイクを手放したと回答している。

現金はますます不足してきており、ミャンマーの大手民間銀行カンボーザ(KBZ)銀行は、一日当たりの現地通貨引き出し可能額を約120ドル相当に制限している。さらに、困窮した家庭が頼りとしている出稼ぎ労働者からの国際送金も10%減少している。

報告書は、貧困率の増加は、国の開発全体に深刻な波及効果を及ぼすことになりかねないと警告している。

「我々は、ミャンマー政府は、年間GDPの4%相当の予算を社会救済策に割当てる必要があると見積もっている。経済規模が急速に縮小し、所得崩壊が起こっている中で、もし救済を目的とした社会的投資がなされなければ、多くの世帯を長期にわたって恒常的な貧困状態に固定してしまう可能性がある。」(原文へ

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【ニューヨークIDN=セルジオ・ドゥアルテ

核不拡散条約(NPT)は2020年で50周年を迎えた。この記念の年に第10回再検討会議が開催される予定だったが、残念ながら新型コロナウィルスの感染拡大のために延期になった。議長に指名されたグスタボ・スラウビネン氏は、会議を成功に導くために、この遅れを利用して締約国と協議を深めようとしている。

最終文書の採択は通常、会議の「成功」を示すものと見られている。しかし、NPTはその50年の歴史の中で見解の対立とコンセンサスの不在に悩まされてきた。2015年の前回の再検討会議以来、見解の相違を埋めることができず、新たな問題も発生してきた。そうした問題を抱えているにもかかわらず、NPTがしばらくの間はなくなることはないだろう。とはいえ、軍縮に関して全体としては貧相な実績しか残せていないことから、その永続性に疑問が付される可能性もある。

NPT採択以前の数十年に国連総会でなされた決定の歴史を見てみれば、興味深い事実が浮かび上がってくる。そのときの総会決議の多くがすでに、核不拡散関連の条項とともに、核軍縮の効果的措置の必要性を強調していたのである。

UN Secretariat Building/ Katsuhiro Asagiri
UN Secretariat Building/ Katsuhiro Asagiri

1946年1月に採択された国連総会決議第1号は「核エネルギーの発見によってもたらされた問題に対処する」委員会を創設し、その組織に対して「原子兵器の廃絶」に向けた特定の提案を行うことを特に課した。しかし、2つの超大国の間の角逐と不信のために進展はもたらされなかった。

核兵器保有国の数の増加に対する懸念が高まり、アイルランドが主導した決議1665の採択に至った。同決議は1961年に無投票で採択されたもので、すでに核を保有している国を超えて保有国が増えることを予防するための協議を呼びかけていたが、軍縮には言及していなかった。

1965年、国連総会は決議2028(XX)を賛成93で採択した。核保有国であるフランスを含む5カ国が棄権した。その当時のその他全ての核保有国は賛成し、反対票はなかった。決議は、「18カ国軍縮委員会」(ENDC)に対して、核兵器の拡散を予防する条約を緊急に協議し、その条約が基盤とする原則を提示するよう求めた。

そこで提示された主要な原則は、核兵器国も非核兵器国も、直接的にも間接的に核兵器を拡散させてはならないこと、核兵器国と非核兵器国との間で容認できる責任と義務のバランスを打ち立てること、一般的かつ完全な軍縮、とくに核軍縮に向けた措置を採るべきことであった。

ENDCの2人の共同議長が別々に草案を出し、のちに共同草案となった。1968年3月、共同議長は、委員会の作業を通じて出された提案を盛り込んだ新たな条約草案を提示した。しかし、その草案はコンセンサスを得られなかった。

ENDCを構成した一部の非核兵器国が、草案は核兵器国と非核兵器国との間の適切な権利と義務のバランスに欠いており、より強力で法的拘束力のある軍縮義務を盛り込む必要があると考えた。

それに対応して、共同議長はのちにNPT第6条となる条文を提案した。一部のメンバー国はまた、原子力の平和利用を追求しようとの自らの取り組みを著しく損なうその他の条項があることを問題視し、いくつかの修正案が提示された。しかし、それ以上の変更は草案には加えられず、共同議長は「委員会に代わって」草案を国連総会に送り、コンセンサスを得ていない報告書を付帯することとした。

予想通り、総会でも草案に対するコンセンサスは得られなかった。結局、賛成95によって決議2373(XXIII)が採択された。相当数の国が棄権(21カ国)あるいは反対(4カ国)した。この結果は、国際条約を通じて核拡散を予防する必要性に対してはかなりの支持があるにもかかわらず、提案されたNPTの一部の重要な側面に関しては意見の対立が深かったことを示している。

しかし、徐々に、国際社会の圧倒的多数が、欠陥があったとしても条約を批准することの方が利益になると考えるようになった。NPTが現在の加盟国数に達するまでに30年かかった。全世界の国の加入まであと4カ国である。その4つの非加盟国のすべてが核能力を開発し、自らの核戦力を取得している。現在の9つの核保有国は、法的拘束力があり、独立機関による検証を受け、時限を定めた軍縮の義務を引き受ける意志を持っていないようだ。

核不拡散条約は、今日までのところ、軍備管理分野において最も加盟国の多い条約である。しかし、より強力で信頼に足る軍縮の公約がない限り、NPTの信頼性に対する疑問が投げかけられ、不満がはっきりと示される原因ともなる。

締約国の中の非核兵器国は、条約の欠陥を指摘し、より強力で、法的拘束力があり、時限を設けた軍縮の公約を求めてきた。条約第9条3項で「核兵器国」と認められた5カ国は、自国の核戦力を維持し近代化することが安全保障のために必要であると主張しつづけ、自らが望む限り核兵器を保持し自由に使用する権利を与えたものとしてNPTを見ているかのようだ。

現在の9つの核保有国は、核軍縮の要求に首尾一貫して抵抗してきた。NPT成立から50年、その軍縮の公約は果たされないままだ。

核兵器の使用がもたらす人道的側面への懸念は、2013年から14年にかけて開催された政府関係者と専門家による3回の会議につながった。これらの会議での知見に、多国間の審議・交渉機関におけるゆきづまりへの不満が合わさって、「軍縮協議を前進させる」作業部会の創設につながり、2017年には国連で核兵器禁止条約(TPNW)が採択された。TPNWは2021年1月22日に発効し、2022年3月にはウィーンで第1回締約国会合が開かれることになっている。

TPNW

TPNWに対しては核兵器国から激しい反対があった。にもかかわらず、来たるNPT再検討会議においては、核軍縮に向けた進展がそもそもあるのか、それがどの程度かといった議論を避けることは不可能だろう。一部の反対国による極端な立場は別としても、TPNWは、「核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置について誠実に交渉を行う」との締約国の責務を規定したNPT第6条と分かちがたく結びついている。122の非核保有国が2017年、核兵器を禁止する条約を交渉する会議を招集するための国連総会決議71/258に賛成することによって、そのことを成したのである。したがって、TPNWをNPTから切り離そうとしても、無益なことだ。すべてのNPT加盟国が、2つの条約が収斂していることをよく認識し、着目することだろう。

最終文書へのコンセンサスが得られないことは、NPT再検討会議ではよくあることだ。これまでの9回の会議のうち5回で最終文書の合意ができず、一部の会議では単に異なった見解を記録するだけの文書であったこともあった。1995年、2000年、2010年に重要な概念的成果があったことも事実だ。しかし、1995年に、(条約の無期限延長と引き換えに)中東に関して、そして再検討プロセスについてなされた重大な公約は、まだ目に見える成果を生んでいない。2000年に合意された「13項目の措置」にしても同様である。また、2010年再検討会議の最終文書に盛り込まれた勧告の長いリストについても同じだ。核兵器廃絶のための具体的措置につながるすべての努力が、実際のところ危機に瀕している。

来たるNPT再検討会議では多くの厳しい問題を扱うことになる。その中には、NPTの成立以前から存在した問題もある。その他の問題は、最近の変化や、世界の様々な地域における安全保障環境での緊張の再燃を背景としている。それらの問題の全てが、今回の会議が開かれる岐路を形作ることになる。

非核兵器国の間に不満がたまり堪忍袋の緒が切れかかっているにも関わらず、NPTが50年間も存続してきたことは注目に値する。拡散の抑制の点では完全に成功してきたとは言えない(核戦力は増強され、4つの核保有国が増えた)が、NPTは核兵器のさらなる拡散を予防する上で重要な役割を担ってきた。

しかし、この半世紀のNPTの残してきたものを冷静に判断してみるならば、その最大の失敗は、核軍縮の効果的な措置を実現できず、締約国の圧倒的多数の正当な期待に応えられなかった点にあろう。

Sergio duarte
Sergio duarte

米ロの核戦力の削減、あるいは、両国間の対話の再開のような、この線に沿ったいくつかの望ましい兆候が出てきているが、既存の核戦力を「近代化」しようとする熱心な動きによって台無しになっている。安全保障環境に関する高まる不安を打ち消すのにも、まったく十分ではない。人類はかつてないほど核の大惨事に近づいているかのようだ。

NPT加盟国は、NPTの軸は核軍縮の約束と引き換えに核保有オプションを放棄する点にあったことをあらためて思い起こすべきだ。この基本的な約束が果たされない限り、NPTの信頼性と永続性には疑問符が付されることになろう。第10回締約国会議は、NPTへの信頼性が強化されるのか、それともさらに損なわれることになるのかを物語るものになるだろう。(原文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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シアルコートのリンチ事件は南アジアにとって何を意味するのか?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=チュラニー・アタナヤケ、チラユ・タッカル】

2021年12月3日、南アジアのトップニュースはスリランカ人の工場長プリヤンタ・クマラの不幸なリンチ殺害事件一色となった。2010年から輸出管理者としてパキスタンで働いていたプリヤンタ・クマラは、宗教的な言葉が書かれたポスターを剥がしたために殴打され、殺害され、火をつけられた。暴徒は、クマラの行為を神への冒涜と見なしたのである。陰惨な事件は多くの人々の良心を揺さぶり、パキスタン国内では抗議の声が、スリランカでは正義を求める声が上がった。(原文へ 

スリランカでは事件をきっかけに民族間の緊張が再燃し、人々はソーシャルメディアでゴタバヤ・ラージャパクサ大統領と政府に対し、プリヤンタ・クマラのために正義を実現するようパキスタンに圧力をかけることを要求した。スリランカ国内でイスラム過激派が引き起こしたイースターサンデーの爆弾テロ以降、人々は、自国とイスラム教世界との関係に極めて敏感になっている。

このような背景の中で起こった卑劣な攻撃は、パキスタンの国際的イメージ、スリランカとパキスタンの関係、南アジア地域主義に重大な影響を及ぼしかねない。

二つのパキスタン

この暴徒によるリンチ事件は、パキスタンで相次ぐ過激な事件が不幸にもまた一つ新たに加わった。アルジャジーラの集計によれば、1990年以降、神への冒涜を理由にした超法規的殺人により少なくとも80人が殺害された。最近では、今回のスリランカ人工場長への暴徒襲撃を煽ったとされる、原理主義運動が政治組織化した団体であるパキスタン・ラバイク運動(TLP)の支持者らが、パキスタンの主要都市で人質を取り、フランス大統領がイスラム教の微妙な問題に関する言論の自由を擁護したことに対してフランス大使の追放を要求した。TLPは2018年に、神への冒涜の疑惑で死刑判決を受けたカトリック教徒の女性、アーシア・ビビが、教皇の働きかけを受けて無罪になったことに抗議してデモ活動を展開した。この事件は、非イスラム教徒の保護という点でパキスタンのイメージを悪化させ、冒涜法を見直す契機となった。

シアルコートの襲撃事件の直後、パキスタンのイムラン・カーン首相は事件を明確に非難し、パキスタンにとって恥辱の日だと述べた。数時間の内に100人以上が逮捕された。被害者を暴徒から救おうとした男性には勇気のメダルが授与された。カーン首相は、スリランカのゴタバヤ大統領との電話で、加害者に対する迅速な措置を約束した。

こうした措置を講じたにもかかわらず、イムラン・カーン政権が過激派や冒涜法に対してどこまで本気で取り組むかは疑問視されている。カーン氏は、二つのパキスタンの板挟みになっている。一方では、迅速な措置を講じることで法の支配と全ての市民に平等が行き渡ることを示したいと考えており、それはパキスタンの不安定な経済と国際イメージを回復させようとする試みに不可欠なものである。他方では、これまでとは違うイスラム圏のリーダーシップを発揮したいという思いから、世界的なイスラム嫌悪に物申し、イスラム教徒に対する事件が世界のどこで起こっても反応し、パキスタンの冒涜法を世界に輸出したいという気持ちに駆られている。彼は、西側諸国が予言者の冒涜を恐れることを望んでいるが、ウイグル族に対する中国の扱いには沈黙を保っている。

評論家は、パキスタンが経済や観光業の可能性を十分に発揮するには、イムラン・カーンは国内のジハード主義者を取り締まる必要があると主張している。例えば、EUはすでに、マイノリティーに対する取り扱いを理由にGSPプラス(一般特恵関税の優遇制度)におけるパキスタンのステータスを見直そうとしている。ニュージーランドのクリケットチームは、安全上の懸念からパキスタンでのシリーズ戦を拒否した。パキスタン政府は現在のところ、安全、安定、秩序を確保するために原理主義者を取り締まるのではなく、むしろ国内での政治的利益のために過激派に迎合し続け、インド米国を名指しして、組織的にパキスタンへの投資の流れを断とうとしていると非難している。

そのような政治的な瀬戸際政策は、経済的な代償だけでなく、パキスタンのカシミールの大義に対しても道徳的代償ももたらす。就任以来、イムラン・カーン政権は、領土問題を宗教問題にすり替え、インドの行動全てを与党であるインド人民党の民族国家主義的イデオロギーに結び付けている。国内の過激なジハード主義者を保護しながら、神聖な説教壇から石を投げようとするカーンの姿勢は、良心的とはいえないだろう。今回リンチ殺人事件の犠牲となった罪のない工場長は、会社の輸出を拡大し、それによってパキスタンの輸出を拡大するために、残業して海外からの視察団を迎え入れる準備をしていた。ここで非難されるべきは誰でもなく、彼ら自身にほかならない。

地域外交への打撃

パキスタンではマイノリティーに対する暴徒のリンチ事件が頻繁に起こることとはいえ、南アジアの友好国の国民が犠牲になったのは今回が初めてである。パキスタンとスリランカは強固な関係で結ばれており、コロンボは、タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)との対テロ戦でイスラマバードが支援してくれたことに、今なお感謝している。最近では、ともに北京へ傾倒することで両国関係が強化されている。

しかし、今回の事件は、すでに危うくなっていたスリランカのパキスタン観に影響を及ぼすだろう。なぜなら、スリランカ人がパキスタンで過激派による暴力被害に遭うのは今回が初めてではないからである。2009年、スリランカのクリケットチームがラホールで襲撃を受け、6人の選手が負傷した。外交関係は保たれたものの、スリランカ人選手にとって記憶は長く残り、彼らはパキスタンでのツアーを回避していた。シアルコートのリンチ殺人事件は2009年のラホール襲撃事件と同様に、外交関係を損なうことはないかもしれないが、訪問者、選手、労働者のいずれであれ、スリランカ人に対しパキスタンへの入国はよく検討するようけん制している。

先にイムラン・カーンがコロンボを訪問したことは、地域外交に新たな枠組みをもたらした。主要な地域外交フォーラムである南アジア地域協力連合(SAARC)は、インドとパキスタンの対立を受け、活動は低調なままである。ほとんどの首脳会談は、南アジアの二つのライバル国の衝突によって影が薄くなっている。カーン首相とラージャパクサ大統領の首脳会談は、南アジアの小国でも政治色の薄い「ローポリティクス」な領域では自力でパキスタンとの貿易関係や外交関係を深めることができる、それはインドにとってゼロサムゲームにならないということを示した。もしパキスタンとの結びつきが徐々に深まっていたら、政権が北京寄りかどうかにもよるが、ネパールやモルディブにとっても手本となったであろう。しかし、そのような予想図は、今回の陰惨な事件の記憶とそれが国内の対立に直接、影響を及ぼしたことにより、つぼみのうちに摘み取られてしまった。

就任以来、カーン首相は、パキスタンを観光と投資の対象国として復活させ、近隣諸国との関係性に新たな枠組みをもたらすことを自らの使命としてきた。政府が国内の強硬派に対してぐずぐずした態度を取るほど、目標はますます遠のく。加害者を迅速に裁き、地域パートナーの協力を得て宗教的過激主義を終わらせることだけが、悪化したイメージを救い、南アジアの地域パートナーとの信頼を回復することになるだろう。

今回の事件はまた、南アジア地域で拡大する宗教的過激主義とイスラム原理主義に光を当て、集団的な行動の必要性を訴えるものとなった。2016年のバングラデシュのカフェ「ホーリー・アーティザン・ベーカリー」襲撃事件、2019年のスリランカのイースターサンデー襲撃事件、2021年のタリバンによるアフガニスタン制圧はいずれも、テロリスト集団や過激な宗教グループが南アジアで増長していることを示している。したがって、今こそ地域が宗教的過激主義とテロの脅威に対して協調的かつ集団的な行動を取るべき時である。

チュラニー・アタナヤケ博士は、シンガポール国立大学南アジア研究所(ISAS)のリサーチフェローである。研究の重点は、中国とその南アジア政策、インド洋の地政学、スリランカの外交関係である。それ以前は、スリランカ防衛省が管轄する安全保障シンクタンクであるスリランカ国家安全保障研究所、外務省のシンクタンクであるラクシュマン・カディルガマール研究所、およびバンダラナイケ国際研究センターに勤務していた。著作および論文には、China in Sri LankaMaritime Sri Lanka: Historical and Contemporary Perspectives、および “Sino–Indian Conflict: Foreign Policy Options for the Smaller South Asian States”がある。eメールアドレスおよびTwitterで連絡を取ることができる。
チラユ・タッカルは、シンガポール国立大学およびロンドン大学キングスカレッジ共同の博士候補生である。以前はワシントンD.C.のスティムソンセンターで客員研究員を務めていた。研究テーマは、インドと南アジアの外交政策である。Twitterで連絡を取ることができる。

|平和首長会議|核戦争は現実に起こりうるものでありその危険性は増している

【広島IDN】

来年1月のニューヨークでのNPT(核兵器不拡散条約)再検討会議の開催に先立ち、国際的NGOであり8,059の加盟都市から構成される平和首長会議を代表し、ここに見解を表明します。

この会議に臨む全ての参加者に対し、まずはこの条約の背景にある史実を改めて重く受け止めるよう要請します。広島・長崎への核兵器の使用は、壊滅的な人道上の結末をもたらしました。

このような第二次世界大戦を国際連盟が回避できなかったという反省から、時の為政者たちは国際の平和及び安全を維持することを目的として国際連合を設立しました。国連総会の第1号決議は核兵器廃絶を国連のゴールと定め、その目標が1970年のNPTの発効により締約国に課される法的義務となりました。

私たちは、近年の情勢がこの条約が掲げる重要な軍縮目標、特に条約第6条が定める目標の達成を著しく阻害していることに対し、以下のとおり深い懸念を表明します。

  • 新たな核兵器の軍拡競争が繰り広げられ、核保有国間の緊張はこの数十年間で最も高まっています。こうした状況にあっては、偶発的に、又は事故により、あるいは意図的にせよ、核戦争は現実に起こり得るものとなっており、その危険性は増しています。このような緊迫した状況は、冷戦以降、最も高いレベルにあります。
  • この条約が締約国に対して誠実に核軍縮交渉を行うことを義務付けているにもかかわらず、条約発効から51年もの年月が経過しても未だにNPTが定義する5つの核兵器国は核兵器廃絶に向けた交渉を共に始める計画すら立てていないことに落胆しています。
  • 世界がパンデミックによる甚大な被害と世界規模の経済混乱に直面する中、人類の基本的なニーズや都市が抱えている課題への対応が蔑ろにされる状態が続いている一方で、巨額の軍事費は増加し続けていることに、深く失望しています。

このような懸念を受けて、私たちは原点に立ち返り、人類が理想とする核兵器のない平和な世界を追求するために、連帯責任を負っていることを再確認しなければなりません。今こそ行動を起こすべき時であり、最も必要とされることをここに示します。

UN Secretariat Building/ Katsuhiro Asagiri
UN Secretariat Building/ Katsuhiro Asagiri
  • 締約国に対し、壊滅的な人道上の被害をもたらす核兵器の本質を捉え、再検討会議においてそうした核兵器の定義を議題とすること、また、そのような非人道性について啓発活動を通じて市民に周知することを緊急の優先課題とするよう強く推奨します。
  • 条約(第6条・前文)や、1995年の再検討・延長会議及び2000年・2010年の再検討会 議において全会一致(コンセンサス)で採択された最終文書に盛り込まれた軍縮に関する全ての合意事項を再確認することを求めます。さらに、締約国に対し、期限を定めた上でこれらの合意事項を履行するための具体的措置を講じることを共同で誓約するよう求めます。
  • 締約国に対し、危険かつ道徳に反する核抑止論の推進が、この条約の今後の展開、特に条約第1条 及び第6条の規定の運用に対し与える影響について、精査するよう要請します。技術革新により、 核兵器と核抑止論は人類にとって更に大きな脅威となっており、核兵器と関連する政策について包括的な議論を行うことは、再検討会議で長年実施できていない責務であると考えます。
  • 核兵器のリスク低減措置は、それが具体的な軍縮の進展につながって初めて正当なものとなると考えます。本年12月2-3日にパリで開催されたP5会合での共同声明に言及されている、核兵器国による核兵器使用のリスク低減に向けた取組が実質的かつ具体的に進められることを求めます。
  • 締約国に対し、条約第6条が課す核軍縮の誠実交渉義務の完全な履行には核兵器禁止条約の禁止規範が必要不可欠であること、また、両条約は完全に互換性があり、相互に補完し合うものであると認識するよう要請します。

平和首長会議は、締約国が今回の再検討会議においては、最終文書の合意に至ることができると期待しています。私たちは、今後もNPTに対するたゆまぬ確固たる支持を表明し、人類の未来を明るく照らすためにも、締約国が旧態依然としたしがらみから抜け出し、来る再検討会議が成功裏に終わるよう、祈念します。(原文へ

*平和首長会議が発表した公開書簡のテキストである。

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海軍が保有する核燃料を検証し、高濃縮ウランを低濃縮ウランに転換することについて、法律・技術・政策の側面から多くの専門家が真摯な検討を重ねてきているが、残念なことに現実は、高濃縮ウランを使うどの海軍も、それを低濃縮ウランへと転換したり、国際原子力機関(IAEA)を初めとした査察官を1スカンジナビアマイル(10キロメートルに相当)に近づけることにすら関心を持っていない。

米海軍は、ノーチラス級の原子力推進攻撃潜水艦(SSN)に始まって、高濃縮ウランを使った燃料と原子力船推進用原子炉の先陣を切ってきた。1955年1月17日、ユージン・ウィルキンソン指揮の下、米潜水艦「ノーチラス」(SSN-571)が原子力艦船として初就航した。ウェスティンハウス社製70MWthの加圧水型原子炉(S2W)を推進力としていた。ウィルキンソンは大西洋潜水艦隊司令官に「原子力にて航行中」という歴史的なメッセージを打電した。以来、艦船推進と海軍技術におけるこの革新は、今日まで続いている。

「ノーチラス」就航後の海軍原子力推進の歴史を見ると、1958年6月4日にソ連海軍のSSN「K-3」、英国海軍の弾道ミサイル潜水艦(SSBN)「ドレッドノート」が1963年1月10日、中国人民解放軍の海軍SSN「漢」が1971年8月23日、仏海軍のSSBN「ル・ルドゥタブル」が1971年12月1日にそれぞれ就航。1988年、ソ連がSSNをインド海軍に貸与、2014年12月14日、インド海軍のSSBN「アリハント」が就航(ソ連型をモデルに原子力推進部分を製作)している。

Tariq Rauf
Tariq Rauf

残念なことに、原子力推進かつ核兵器を搭載した潜水艦の拡散は既に起こっている。核巡航ミサイル潜水艦(チャーリー級)を1986年に初めてインドに「貸与」を決定したのはソ連であった。さらに2004年2月、ロシアはアクラ級攻撃型原潜をインドに「貸与」、2019年にも、また別のアクラ級攻撃型原潜を2025年までに「貸与」することを決めている。

伝えられるところでは、インドはアクラ級SSNの設計情報をコピーし自らの原潜を建造した。ちなみにその原子炉はロシア起源の設計でロシアからの相当の支援があったという。インドで稼働中もしくは建設中の22基の加圧重水型原子炉はすべて、カナダが提供した加圧重水型原子炉「CANDU」の無許可コピー、あるいはその派生型であることが想起される。

インドは核不拡散条約(NPT)の加盟国ではないため、IAEAとの包括的保障措置協定(INFCIRC/153)を結んでいない。インドが結んでいるのは「個別」の「INFCIRC/66/Rev.2」型の保障措置協定であり、インドには、保障措置を受けている民間の原子力活動と、明らかに保障措置の外にある核兵器活動が並行して存在していることになる。

民生部門では、ソ連/ロシアが提供した原子力砕氷船と新型の海上浮揚式原子炉に加えて、原子力艦船が4隻ある。1958年7月21日、米国の原子力推進旅客・貨物運搬船「サバンナ」が就航し、原子力によって初めて航行したのは1962年のことであった。

サバンナ号は、1962年から運行が停止される1970年の間に、およそ50万海里を航行した。計74キログラムのウラン235(濃縮度4%)を燃料とする74MWthの加圧水型原子炉を動力としていた。原子炉と燃料のコストは2830万米ドルだった。

ドイツは1969年10月11日に「オットーハーン」号を、日本は同年「むつ」号を、ソ連は1986年2月20日に「セブモルプーチ」号をそれぞれ就航させている。セブモルプーチは、2016年の改修を経て、今日でも現役で活動している。動力は、出力135MWthの加圧水型原子炉「KLT-40」(砕氷船用)であり、その中心には150キログラムの高濃縮ウランが装填されている。その変異型である150MWthの「KLT-40S」は現在、ロシアの海上浮揚式原子力発電所「アカデミック・ロモノソフ」で使用されている。小規模の「KLT-40S」は14%濃縮の低濃縮ウランを3年毎のサイクルで使用する。

バイデン政権の国家安全保障補佐官(ジェイク・サリバン)が率い、秘密裏に設置された小規模のチームが、米海軍に事前に相談することなしに、オーストラリア海軍に対して巡航ミサイル搭載原子力潜水艦(SSGN)を供与すると発表したという未確認の報道がある。

オーストラリアであれ他の非核保有国であれ、INFCIRC/153(修正)型の保障措置協定をIAEAと結んでいる国が、協定の存在に関わらず、海軍の核燃料を保障措置の対象外としている問題にIAEAは直面している。協定第14条には免除の定義あるいは解釈が存在せず、何が「非平和的」「非違法」軍事活動にあたるのかの合意もない。まして、第14条の状況を履行するにあたっての諒解や手続きも定まっていない。

インド太平洋地域に関する豪英米三国間協定(AUKUS)が2021年9月15日に発表されたが、この中で、IAEA事務局が関わるか関わらないかに関係なく、第14条の解釈・定義を行うとされているが、IAEAの関係国や専門家との適切な協議なしに信頼を得ることは不可能だろう。

第14条に由来した保障措置の免除の履行は、IAEAのすべての加盟国との協議の上で共通の理解に到達し、理事会に提示して判断と承認を得なければならない。オーストラリアあるいはAUKUSだけが問題なのではない。問題はそれよりも大きなものであり、IAEAの全加盟国と事務局が関わっているものだ。

IAEA保障措置の内外に2つの並行した核計画をある国が運用するような、「NPT以前」あるいは「非NPT的」協定の新システムをNPT/IAEA体制の内部に作り上げることによって、オーストラリアはこの構造の統一性と、NPT上の非核保有国におけるIAEA包括的保障措置の履行を弱めることになるだろう。NPT加盟国でないインドがその核活動の一部を保証措置の下に置き、一部をその外部に置いているやり方をまねたものだ。

オーストラリアが、海軍で使う兵器級高濃縮ウランを保障措置の下に置かなくてよいのであれば、例えば、アルゼンチンやブラジル、カナダ、イラン、日本、韓国はどうなるのだろうか。

長年にわたって、ブラジルは、原子力推進の研究開発だという理由で、IAEAとの追加議定書の締結を回避してきた。ブラジル・イラン両国は、ウラン濃縮活動の一つの要件は、原潜を取得する可能性にあると主張してきた。

伝えられるところによると、AUKUSを構成する三国は、IAEA理事長にSSGNを豪海軍に提供する意図を伝えたという。つまり、近い将来、オーストラリアがNPT保障措置協定の14条を発動して、海軍の核燃料用の高濃縮ウランの相当量(1.6~2.0トン以上の兵器級高濃縮ウラン)を協定の対象から外すよう求めるかもしれないということである。

AUKUS協定によってオーストラリアがSSGNを取得することで、パンドラの函が開かれるかもしれない。アルゼンチン・ブラジル・カナダ・イラン・日本・サウジアラビア・韓国などといった非核兵器国、さらには台湾が、原子力艦船や潜水艦を開発あるいは取得し、核燃料(低濃縮及び高濃縮ウラン)をIAEAの保障措置協定の外部に置こうと試みる可能性があるからだ。

AUKUSの三国は明らかに、IAEA保障措置協定の「グレーゾーン」や「抜け道」を利用して兵器級高濃縮ウランを保障措置の対象外にしようと、IAEAとの不透明で秘密裏の協議を開始している。この「グレーゾーン」の解釈と履行の技術的・政策的態様の理解と解釈については、明確な合意が存在しない。

IAEA
IAEA

中国とロシア連邦は、オーストラリアに原子力潜水艦を供与するAUKUS計画を批判する外交的攻勢をIAEA理事会の内部ですでに繰り広げている。AUKUS同盟の圧力を受けその影響下にあって威嚇されている多くの西側諸国は、一歩下がって、AUKUS当事国とIAEAとの間で成される協定がどのような色合いのものになるのかを注視している。

こうして、オーストラリアはとりあえず信用を獲得し、中国と対決する米国には共感が寄せられることになる。非同盟諸国はまだ旗幟を鮮明にしていないが、その多くが、中国の反感を買いたくないし、他方で米国やアジア太平洋地域におけるその同盟国とも関係を悪化させたくないという八方ふさがりの状況に陥っている。

いまこそ、IAEA保障措置システムの効果を強化し、その効率性を向上させる時だ。保障措置を弱め、それを通じて原子力潜水艦を容認するようなことではない。(原文へ)

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【ソウルIDN=エミ・ハヤカワ】

韓国京畿道広州市の天眞庵(チョンジンアム)は、同国カトリック信仰の発祥地として、殉教した聖祖たちの墓や聖母礼拝堂、博物館等が整備され、チョンジンアム大聖堂の建設(2079年完成予定)も進行している。しかし、宗教の違いを超えて彼らをこの地で庇護したことが当時の李氏朝鮮政府に咎められ、反逆罪でキリスト教徒とともに処刑された僧侶らやその際破却されたこの地の仏教寺院に関する情報は消されている。歴史的な文献や考古学的な研究を元に、この埋もれた歴史に光を当てた記事。(原文へ

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新型コロナウイルス感染症の世界的流行により世界の保健サービスが混乱

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

世界保健機関(WHO)と世界銀行がまとめた相互に補完する2巻の報告書によると、新型コロナウイルス感染症の世界的流行により、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)達成に向けた20年来の歩みが中断される可能性が高いことが指摘されている。UHCデー(12月12日)に発表された同報告書はまた、今回の危機により、医療費負担のために極度の貧困または一層深刻な貧困に陥った人は5億人を上回っていると述べている。

WHOと世銀による今回の新報告書はまた、貧困の悪化、所得の減少、財政状況の悪化に伴い、経済的困窮は一段と深刻化する可能性が高いと警告している。

SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No. 3

「新型コロナウイルス感染症危機の前でさえ、家計の10%以上を医療費に費やす人は10億人近くに上っていました。特に最貧困層が最も深刻な打撃を受ける中で、こうしたことはあってはなりません。財政的制約がある中、政府は保健予算を確保し、増やすために難しい選択を迫られることになります。」と、フアン・パブロ・ウリベGFFディレクター兼世界銀行保健・栄養・人口グローバル・プラクティス・ディレクターは語った。

2つの報告書は、今回の感染症危機の結果、保健医療サービスを受けることやその代金を負担することが極めて困難になっていると強調している。 2020年、感染症の世界的流行により保健サービスが混乱に陥り、各国が新型コロナウイルス感染症の影響への対応に苦戦する中で、保健システムは限界を超えるに至った。その結果、例えば予防注射の接種率は10年ぶりに低下に転じ、結核とマラリアによる死者が増加した。

報告書によると、新型コロナウイルス感染症の世界的流行はまた、1930年代以降で最悪の経済危機を引き起こし、医療費の自己負担を一段と難しくしている。今回の危機以前にも、医療費負担のために極度の貧困または一層深刻な貧困に陥った人は5億人に上っていた。報告書は、その数が大幅に増えたとみている。

「一刻の猶予も残されていません。」と、WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は語った。「全ての国の政府がただちに、国民の誰もが経済的負担を感じることなく保健サービスにアクセスできるようにする取組みを再開・加速しなければなりません。そのためには、保健・社会的支援への公共支出拡大に加え、近所で基本的な保健医療が受けられるようプライマリ・ヘルスケア・システムの強化が求められます。」

「新型コロナウイルス感染症危機の前には、多くの国で進歩が見られたものの、十分とは言えませんでした。今こそ、次なる感染症の世界的流行などのショックにも持ちこたえ、UHCの達成に向け邁進できるだけの強力な保健システムを構築しなければなりません。」とテドロス事務局長はつけ加えた。

Tedros Adhanom Ghebreyesus, Directr General, WHO at the AI for Good Global Summit 2018/ by ITU Pictures from Geneva, Switzerland, CC BY 2.0

今世紀の最初の20年間、多くの政府が保健サービスの対象拡大を進めた。今回の危機が始まる前の2019年には、産前・産後ケアや性と生殖に関する健康サービス、予防注射、HIVや結核、マラリアなどの病気の治療、がんや心臓病、糖尿病など非感染性疾患の診断や治療といった基礎的保健サービスを受けている人は、世界人口の68%に上った。

ところが、安価な医療費の確保という意味ではそのような進歩は見られなかった。そのため、最貧困層や農村部住民は保健サービスを最も受けにくく、医療費の家計への影響に最も対応が難しかった。医療費の自己負担が原因で貧困に陥った世帯の最大90%が既に貧困ライン上にあるか同ラインを下回っているため、貧困層の医療費免除や、そうした措置を現場で適正な医療が実施できるような保健財政政策で支える必要性が高まっている。

貧困・脆弱層を対象とするサービスを優先し、的を絞った公共支出や、人々を経済的苦境から守る政策と組み合わせるほか、サービスへのアクセス、対象範囲、医療費自己負担、総支出に関するデータの収集、即時性、分析もまた重要となる。保健システムの実態を正確に把握して初めて、国は全国民のニーズに応えるための改善に向け効果的に的を絞った措置を講じることができる。

新型コロナウイルス感染症危機が始まって以降、世銀グループでは、過去に例を見ない迅速かつ大規模な危機対応として、1570億ドル以上を提供し、感染症による保健、経済、社会面への影響と戦ってきた。世界銀行グループの資金は、100ヶ国以上において、感染症予防の強化、貧困層の保護と雇用の維持、気候変動に配慮した回復の活性化に充てられている。世界銀行はまた、60か所以上の低・中所得国(半数以上がアフリカ諸国)による新型コロナウイルス感染症ワクチンの調達・配布を支援しており、2022年末までにこのための資金200億ドルを提供する用意がある。(原文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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