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|視点|プーチンのウクライナ侵攻と核不拡散体制(ダリル・キンボール軍備管理協会事務局長)

【ワシントンIDN=ダリル・キンボール

ウラジーミル・プーチン大統領は外交ではなく破壊の道を選んだ。数か月にわたってウクライナ周辺に大規模なロシア軍部隊を集積し、2月21日にウクライナ東部のルハンスク州ドネツク州にロシア軍を進軍させるよう命令したことで、壊滅的な戦争を開始した。

プーチン大統領がウクライナに対して、用意周到かつ弁解の余地のない攻撃を仕掛けたことで、北大西洋条約機構(NATO)・ロシア間の緊張と欧州で紛争が勃発するリスクが高まり、今後数年にわたって核不拡散・軍縮が前進する見通しは低くなった。

NATO's Eastward Expansion/ Der Spiegel
NATO’s Eastward Expansion/ Der Spiegel

欧州における冷戦後の安全保障秩序を軍事力で一方的に変更しようとするこの最も恥ずべき行為の背景にはプーチン大統領が募らせてきた多くの不満がある。その中には、欧州における軍事バランスを変えるNATO東方拡大政策のように現実に根を持つものもあるが、想像にすぎないものもある。しかし、隣国に対するロシアの暴力的な攻撃がそれによって正当化されるものではない。

プーチン大統領は、ロシア軍の進軍決定を発表した怒りに満ちた演説で、ウクライナは正統な国家ではなく、大ロシアに所属するという、野蛮で、自民族中心主義的で、歴史的にみて不正確な主張を展開した。西側諸国に肩入れした独立国ウクライナは核兵器を製造するかもしれず、ロシアにとっての重大な脅威となるとの大げさで誤った主張までしてみせた。

ウクライナに対するロシアの攻撃は、ウクライナの領土や政治的独立への威嚇や武力行使に対して安全を保証したロシア・英国・米国による1994年の「ブダペスト覚書」に違反するものだ。

ウクライナはこの覚書に対応して非核兵器国として核不拡散条約(NPT)に署名し、ソ連から継承した1900発の核弾頭(当時世界3位の規模)を放棄した。ウクライナやロシア、そして世界は、その結果としてより安全になった。しかし、プーチン大統領の今回の振る舞いはNPTを棄損し、核保有国が非核保有国に嫌がらせをしているとの印象を強めた。こうして、軍縮へのインセンティブは損なわれ、核拡散を防ぐことがより難しくなってしまう。

近年のロシアと西側諸国との間の不信の負のサイクルは、冷戦の終結に一役買った重要な通常兵器・核兵器の軍備管理協定が無視され、遵守されず、果ては脱退までされてしまったことによって、さらに悪化している。

Image source: Sky News

冷戦終結を導いた防護壁としては、欧州における大規模戦力構築の予防を目的とした「欧州通常戦力条約」、軍事能力や軍事活動に関する透明性の向上を求めた「オープンスカイ条約」、攻撃的・防衛的兵器の軍拡競争が野放図に行われることを予防する「対弾道迎撃ミサイル制限条約」、欧州における核戦争の危険を低減した「中距離核戦力全廃条約」などがある。

結果として、当事者間の協力関係は浸食され、軍事能力に対する懸念が強まり、計算違いのリスクが高くなった。

ウクライナに対するプーチン大統領の恐るべき戦争が進行する中、米国や欧州、国際社会は、ロシアの主要な組織や指導者に対する強力な制裁も含め、強力かつ連帯した対応を維持しなくてはならない。包囲されたウクライナの民衆には、国際社会からの緊急の支援が必要だ。ウクライナの全てではないかもしれないが一部の領土をロシアが押さえる可能性があり、それを抑止するための防衛目的の軍事支援をウクライナ政府は手にすることになるだろう。

これからの数週間で、ロシアや米国、欧州の首脳らは、新たなかつ情勢を不安定化させる軍事的展開や、ロシア軍とNATO諸国軍の間の接近戦、共通の安全保障を損なうような攻撃的兵器の導入を避けるように、慎重に立ち回らねばならない。例えば、ロシアの従属国家であるベラルーシがロシアの求めに応じて戦術核兵器の配備を許すようなことがあれば、ロシアと欧州の安全保障が損なわれ、核戦争の危険が増してしまう。

プーチン体制は国際的な孤立に直面することになろうが、米ロの首脳は、現在止まっている戦略的安全保障対話を通じて協議の再開を模索し、広範なNATO・ロシア間の緊張を緩和し、全面的な軍拡競争を予防する共通の軍備管理措置を維持するようにしなくてはならない。

Daryl Kimball/ photo by Katsuhiro Asagiri
Daryl Kimball/ photo by Katsuhiro Asagiri

2021年12月にロシアが行った安全保障に関する提案とそれに対するバイデン政権の反応は、相互の懸念を解消する協議の余地があることを示している。例えば、大規模軍事演習の規模を縮小したり、欧州やロシア西部での中距離ミサイル配備を予防する合意がここには含まれるだろう。米国政府は、ロシアがそのような選択肢を真剣に追求する気があるかどうかを試さねばならない。

長期的には、米国・ロシア・欧州の指導者やその市民らは、戦争や核戦争の威嚇こそが彼ら全員にとっての共通の敵であるという事実を見失ってはならない。ロシアと西側諸国は、最後の核軍備管理協定である新戦略兵器削減条約(新START)が2026年初めに失効してしまう前に、膨張した核戦力をさらに削減し、短距離の「戦場」核戦力を規制し、長距離ミサイル防衛を制限する協定を締結することに関心を持っている。そうでなければ、次の対決の場はより危険なものになってしまうだろう。(原文へ

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2/28にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次報告書第二作業部会が公開したレポートの概要を紹介した記事。このレーポートでは、これまでの予測より早く気候危機が進行しており、人々の命や生物多様性への影響の深刻さが強調された。気候危機はすぐ目前に迫っており、温室効果ガスを削減する緩和策だけでなく、損失と被害への対応や適応策の早急な強化の必要性が強調されている。(原文へ)FBポスト

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平和構築をめざす仏教者が「核軍縮は早期に解決を図らなければならない課題」と訴え

【ベルリン/東京IDN=ラメシュ・ジャウラ】

地域社会に根差した仏教団体である創価学会インタナショナル(SGI)は、国際連合のように、とりわけ世界が人類の生存を脅かす複合的な危機に見舞われる中で、希望の光となっている。

仏教哲学者、教育者として世界の平和構築を一貫して訴え続けてきた池田大作SGI会長は、1983年から毎年、平和提言を発表している。40回目となる今回の提言は「人類史の転換へ 平和と尊厳の大光」と題され、1月26日に発表された。

池田会長は「現在の世代だけでなく、これから生まれる世代のために、何としても早期に解決を図らねばならない3つの課題」として、①気候変動問題の解決、②子どもたちの教育機会の確保とその拡充の取り組み、③核兵器の廃絶について、具体的な提案を行っている。

世界192カ国・地域にメンバーを擁しているSGIは、国連経済社会理事会との協議資格を持つNGOである。

ICAN
ICAN

池田会長は、「コロナ危機が続く中で、世界の軍事費は増大しており、核兵器についても13,000発以上が残存する中、その近代化は一向に止まらず、核戦力の増強が進む恐れがあると懸念されています。」と指摘している。

さらに池田会長は「またコロナ危機は、核兵器を巡る新たなリスクを顕在化させました。核保有国の首脳が相次いで新型コロナに感染し、一時的に執務を離れざるを得なかったほか、原子力空母や誘導ミサイル駆逐艦で集団感染が起こるなど、指揮系統に影響を及ぼしかねない事態が生じたからです。」と述べている。

池田会長は、「核兵器による惨劇は起きないといった過信を抱き続けることは禁物である。」と警告したうえで、「広島と長崎への原爆投下以降、核兵器が使用されずに済んできたのは、それぞれの時代で最悪の事態を防いできた人々の存在と何らかの僥倖があったからでした。」と述べている。

池田会長はさらに、「国際環境が流動化し、ガードレールは腐食しているか、もしくは全く存在していないという現在の世界において、人的な歯止めや僥倖だけに頼ることは、もはや困難になってきている。」述べている。

現在、核軍縮に関する2国間の枠組みは、2021年2月に米ロ両国が延長に合意した新戦略兵器削減条約(新START)だけしか残っていない。

5年毎に開催される核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議は、新型コロナのパンデミックの影響で今年1月に開催が予定されていたが、再び延期され、8月に開催することが検討されている。池田会長は、「2015年に開催された前回の会議では最終文書が採択されずに閉幕したが、その轍を踏むことがあってはならない。」と述べている。

そのうえで、「全ての加盟国が、NPTの前文に記された『核戦争の危険を回避するためにあらゆる努力を払う』との誓いに合致する具体的な措置に合意するよう強く望みたい。」としている。

NPTはしばしばその中核的取引、すなわち、非核兵器国が核兵器取得を放棄する代わりに、核保有国が平和的核技術の利益を共有し、最終的に核兵器を全廃することを目的として核軍縮を推進するという取引を基盤としてきたと見られている。

President Reagan meets Soviet General Secretary Gorbachev at Höfði House during the Reykjavik Summit. Iceland, 1986./ Ronald Reagan Library, Public Domain
President Reagan meets Soviet General Secretary Gorbachev at Höfði House during the Reykjavik Summit. Iceland, 1986./ Ronald Reagan Library, Public Domain

池田会長は、核保有5カ国の首脳が共同声明で再確認した、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との精神は、冷戦時代の1985年11月にジュネーブで行われた、アメリカのロナルド・レーガン大統領(1911~2004)とソ連のミハイル・ゴルバチョフ書記長による首脳会談で打ち出されたものであると指摘し、ジュネーブ首脳会談を彩った「この精神の重要性は、昨年6月の米ロ首脳会談における声明でも言及された。」と述べている。

池田会長は「核時代に終止符を打つために何が必要となるのかについて討議する機会を国連安全保障理事会で設けて、その成果を決議として採択し、時代転換の出発点にすべきだと、私は考える。」と訴えている。

「核兵器の使用を巡るリスクが高まっている現状を打開するには、核依存の安全保障に対する“解毒”を図ることが、何よりも急務となると思えてなりません。」と池田会長は述べている。

「自国の安全保障がいかに重要であったとしても、対立する他国や自国に壊滅的な被害をもたらすだけにとどまらず、すべての人類の生存基盤に対して、取り返しのつかない惨劇を引き起こす核兵器に依存し続ける意味は、一体、どこにあるというのか。」と池田会長は問いかけている。

「この問題意識に立って、他国の動きに向けていた眼差しを、自国にも向け直すという“解毒”の作業に着手することが、NPTの前文に記された『核戦争の危険を回避するためにあらゆる努力を払う』との共通の誓いを果たす道ではないかと訴えたいのです。」

来年には、日本でG7サミット(カナダ・フランス・ドイツ・イタリア・日本・英国・米国)が開催される。その時期に合わせる形で、他の国々の首脳の参加も得ながら、広島で「核兵器の役割低減に関する首脳級会合」を行うことを池田会長は呼びかけている。

広島・長崎は米国が1945年8月6日と9日にそれぞれ原爆を投下した都市である。

1月21日、日本とアメリカがNPTに関する共同声明を発表し、そこで「世界の記憶に永遠に刻み込まれている広島及び長崎への原爆投下は、76年間に及ぶ核兵器の不使用の記録が維持されなければならないということを明確に思い起こさせる」と述べていたことに池田会長は注意を向けた。

その上で共同声明は、政治指導者や若者に対し、核兵器による悲劇への理解を広げるため、広島と長崎への訪問を呼びかけている。

池田会長は、核保有5カ国が核戦争の予防と核軍拡競争の回避に関する声明を1月3日に発したことを指摘し、国連安保理に対して、この共同声明を基礎として、核保有5カ国(米・ロ・英・仏・中。「P5」とも呼ばれ、安保理常任理事国でもある)がNPT第6条に規定された核軍縮義務を果たす具体的措置を採るよう促す決議を採択するよう求めている。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

SGI会長の核問題に関する2つ目の提案は核兵器禁止条約に関連したもので、日本を含めた核依存国や核保有国に対して、第1回締約国会合にオブザーバー参加することを強く求めている。

また、締約国会合で、条約に基づく義務の履行や国際協力を着実に推し進めるための「常設事務局」の設置を目指すことを提唱した。

池田会長は、「核兵器の廃絶に向けて、いよいよこれからが正念場となる」と述べたうえで、「私どもは、その挑戦を完結させることが、未来への責任を果たす道であるとの信念に立って、青年を中心に市民社会の連帯を広げながら、誰もが平和的に生きる権利を享受できる『平和の文化』の建設を目指し、どこまでも前進を続けていく決意」であることを誓った。(原文へ) 

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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Filmed by Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, President of INPS Japan.
Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, INPS Japan.

INPS Japanの浅霧勝浩マルチメディアディレクターが、教皇庁人間開発のための部署が11月10・11両日に主催した国際シンポジウム「核兵器なき世界と統合的な軍縮に向けての展望」を収録したもの。

IDN-INPS covered the Vatican Conference on “Prospects for a World free from Nuclear Weapons and for Integral Disarmament” on November 10-11, the first such gathering organised by the Pope. Apart from giving a glimpse of conference sessions, INPS Multimedia Director and IDN Bureau Chief for Asia-Pacific Katsuhiro Asagiri shot video clips of interviews with the Vatican representatives and independent experts.

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|スリランカ|政府の有機農業政策にコメ農家が困惑

【ポロナルワIDN=R・M・サマンマリー・スワルナラタ】

農場で化学肥料の使用を禁じたスリランカ政府の有機農業政策が、産米地帯であり与党の政治的地盤であるこの地域の農民たちを困惑させている。また、スリランカの食料安全保障がこの政策で危機に瀕していると警告が出されるなど、農業専門家からの批判も招いている。

「ミネリヤ統合農業機関」のアニル・グナワルドゥナ議長は、「政府の有機肥料計画は、適切な準備と作業計画なしに発表されたものであり、大失敗だ。」と指摘したうえで、「政府の当初の計画では、10年で有機農業を達成するということだった。しかし、農民との協議なしに化学肥料の輸入を禁じてしまった。」と苦情を訴えた。

農業科学者のサマン・ダルマケーティ氏は、政府が化学肥料輸入を禁止した直後の昨年5月、『サンデー・タイムズ』紙で、この方針によって森林が失われ食料危機が起こると警告していた。

ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領は2019年の選挙で「繁栄と輝きの展望」のテーマを掲げ、「健康かつ生産的な市民のコミュニティを創出することで、有害な化学物質に汚染されない食料を消費する習慣を作る必要がある」と述べていた。食の安全に対する民衆の権利を確保するために、スリランカ全土の農業で10年以内に有機肥料の使用を促進すると選挙公約は述べていた。

Photograph of Lieutenant Colonel Nandasena Gotabaya Rajapaksa/ By Mr Jorge Cardoso / Ministério da Defesa - Source Link, CC BY 2.0
Photograph of Lieutenant Colonel Nandasena Gotabaya Rajapaksa/ By Mr Jorge Cardoso / Ministério da Defesa – Source Link, CC BY 2.0

ラジャパクサ大統領が2021年4月に化学肥料と除草剤の輸入を禁じた際、健康上の理由を挙げていた。この輸入禁止は昨年5月6日の特別官報で通達された。内閣が「気候変動対策の持続可能な解決策によってグリーンな社会経済を創り上げる」との計画を承認したことを受けたものだった。この文書は、化学肥料の使用で生産量が増えることは認めたが、湖や運河、地下水を汚染しているとの認識を示していた。

20年以上にもわたって、謎の腎臓病が主要な産米地帯の農民に拡がっており、水質学者や医療関係者を困惑させてきた。農業における化学物質の過剰使用が原因ではないかと疑われてきた。

「緑の革命」技術からの離脱

多くの既得権が働く中、スリランカ政府は農業での化学物質使用から農民を引きはがすことは困難という苦い教訓を学びつつある。慎重な計画と農民との緊密な協議が必要なのだ。

スリランカの農業生産のしくみは、2つに大別できる。一つは植民地期に形成されたプランテーションであり、大規模農場で輸出向けのコーヒーや茶、ゴム、ココナッツといった多年生の作物を生産している。もう一つは小規模生産部門で、国内消費のコメや野菜、豆、ジャガイモ類、香辛料、果物などを小規模農家が生産している。

肥料や除草剤はスリランカのプランテーション生産で長らく使用されてきたが、数十年前まで小規模農家は化学物質をほとんど使わない農業を行っていた。化学肥料が広範に使用されるようになったのは、1960・70年代のいわゆる「緑の革命」期に「高収量」種子が使われるようになってからである。

高価な肥料輸入と補助金

中央銀行の統計によると、スリランカ(公的部門・民間部門の両方を含む)は2020年、海外から2億5900億ドル相当の肥料を輸入しており、これは同国の輸入全体の1.6%を占める。現在の国際価格からすると、2021年の輸入額は3億~4億ドルになるとの観測もある。スリランカ政府は、外貨流出を招く肥料輸入を制限あるいは禁止して、コストを抑えようとしている。

しかし、ペラデニヤ大学農学部元学部長のブディ・マランベ教授は最近の新聞記事で、急に有機肥料への転換を図れば収量の低下につながり、数か月の間に大規模な食糧不足を招きかねないと警告した。教授は、「私は科学に基づいて話をしている。エビデンスを基にした政策決定をしなければ、何もうまくいかない。」と述べ、人々は情報操作されているのだという政府の主張を否定した。また、「食料安全保障は国の安全保障の問題だ」と指摘したうえで、「外部からの食料輸入に頼ることに意味はないのだから、食料安全保障を守るためにも、持続可能な政策を採らねばならない。」と語った。

コメ農家の不満

一部の農民は、政府が十分な肥料を供給できないために、スリランカの主食であるコメを現在の「マハ季」や次の「ヤラ季」に栽培しないと決めている。農民は、化学肥料の輸入が突然禁止されたことに憤っている。農民らは主に田を耕し、低地野菜や穀物類、玉ねぎなどを作っている。しかし、この「マハ季」には化学肥料を使うことができない。もし政府が必要とされる有機肥料の供給を約束するとしても、農民はそれを適切な時期に受け取ることができないという。

コメ農家は、通常は茶やシナモン、ココナッツなどに使われる肥料で代用してきたという。今季のコメの収穫は少なく、収入もかなり減る。

デヒヤネウェラ、ディヴィルンカダワラ、ヴィハラガマ、メディリジリヤ地域の農民を代表している「エクサス・サルー農民組織」のピヤラトゥナ氏はIDNの取材に対して、同組織には142人の農民が属しており、合計で190エーカーの田畑を小規模灌漑水を用いて耕作していると語った。「ここの農民は通常、化学肥料を使って1エーカーあたり100~120ブッシェル(2.5~3トン)を収穫してきた。しかし、今回は肥料の使い方が不十分なためにそれほどの収穫は見込めない」「農業はいまや企業化しており、農民は自家消費のためだけに生産しているのではない。」

Map of Sri Lanka

品種と環境条件にもよるが、コメが種から生育するまでには3~6カ月かかる。発芽、再生産、成熟という三段階を経る。「ここの農民は、105~120日で生育する短期品種と、150日で生育する長期品種の2種類を育てている。」「農民は混合種の種子を使っており、伝統的な品種は用いない。これらの混合種の場合、収量を増やすには質の良い肥料を使わなくてはならない。有機肥料では高い収量を期待できない。」とピヤラトゥナ氏は語った。

ピヤラトゥナ氏は、ポロナルワ地域の農民に与えられている堆肥の品質が悪く、購入した堆肥の中にはごみの破片や種、石などが混じっているという。

ハマウェリ川B灌漑システムを利用している「エカムトゥ・ベドゥム・エラ農民組織」のカピラ・アリヤワスンサ氏は、ヤラ季とマハ季の両方で8エーカーの低地(主に田んぼ)を耕作しており、自身の組織には206人のコメ農家が属しているとIDNの取材に対して語った。また、「この地域では、有機肥料の使用は現実的ではない。」と指摘した。

「我々の村には堆肥を作るだけの資源がない。堆肥を使って野菜は作れるが、コメはできない。なぜなら、伝統的な品種ではなく混合種しかここにはなく、混合種を豊作にするには肥料が必要だからだ。」さらに、闇市でユリア(尿素)を購入するには2万3000ルピー(115米ドル)が必要だったと語った。

アリヤワスンサ氏は、次の収穫期の後に農村経済は崩壊してしまうのではないかと予想している。「今回は収穫が少ない。これまでの3割ぐらいしかないのではないか。マハウェリ地域のほとんどの人びとは農業に依存しているというのに。」彼はさらに、「マハワリB地区だけではなく、ポロンナルワ地区のほとんどの農民が、政府の有機肥料促進政策によって収穫を減らすだろう。」「現在の政府の政策は無計画な意思決定を基にしている」と嘆いた。

農民の期待

SDGs Goal No. 2
SDGs Goal No. 2

他方で、有機的な食料生産に対する農民の期待も高まっており、それが輸出力を強化することも彼らは理解している。一部の農業生産組織はそうした起業で成功を収めてもいる。有機食料生産・販売がスリランカで拡大する余地はある。しかし、効率的で生産的かつ利益を生む有機農業システムとその実践のためにはまだまだ研究が必要だ。これが、政府が現在直面している批判である。

「カルケレ民衆会社」のM・G・ダヤワティ会長は、「化学肥料の禁止は自社のマイクロファイナンスにも悪影響を与えている。」と指摘したうえで、「我々はマハ季に75人の農民に対して52ラーク(520万ルピー[ラークは10万ルピーを表す])の耕作融資を行ってきた。残念ながら、農民は期待される収入を得ることはできないし、借金を返すこともできないだろう。」「さらに、農民は、闇値で化学肥料を買うために自らの金や乗り物を担保に入れている。彼らは借金地獄にはまっている。無計画な政府のこんなやり方では(農民の)生活向上は望めない。」と語った。(原文へ

(注)マハ季:年2回ある季節風シーズンのうちの1つ。北東からモンスーンが吹く10月から翌2月あたりまでの期間を指す。なお、もう一方はヤラ季と呼ばれ、南西モンスーンが吹く3月から9月までの期間を指す。

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ウクライナ危機について、①ロシアによる軍事侵攻、②ウクライナ内戦の激化(→ロシア軍の介入)、③外交による危機回避、の3つのシナリオから、米国の地政学的な狙いを分析したメディア・ベンジャミン、ニコラス・デイヴィス氏による視点。著者らは、①②の場合、欧州の米国への依存が決定的となり、30年前の鉄のカーテンが東に移動した形で冷戦構造が復活すると見ている。これは冷戦後の多極化した世界を否定し、国民のニーズを顧みることなく軍事費を増大させてきた軍産複合体の思惑に沿うものであり、この危険な動きを、21世紀の人類共通の脅威に対する協力と軍縮を通じた平和と安定に転換するためにも、NATOの役割の再評価を含めて状況の再検討を訴えている。(原文へFBポスト

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イスラエルーパレスチナ2国家構想を巡る政府間の交渉は暗礁に乗り上げているが、双方の専門家が過去2年に亘る協議を経て作成した「聖なる地連合(Holy Land Confederation)」構想がまとまり、先週グテーレス国連事務総長と米政府高官に手渡された。これは、2003年のジュネーブ合意を基礎としており、イスラエルとパレスチナ政府は、双方の国民を自国の領土から排除するのではなく希望者には永住権を付与するのが特徴。また、安全保障、インフラ等、両国の国民に影響を及ぼす重大な問題については、両国政府が高いレベルで共同して対処することを謳っている。今後、イスラエル政府、パレスチナ自治政府、国連安保理等で議論されていく見込みだ。(原文へFBポスト

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