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|レバノン-シリア|ベイルートに見られる明らかな変化

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【アブダビWAM】

「デモに参加した人々の人数が明らかに減少したことだけが、2月14日に暗殺から5周年を迎えたラフィーク・ハリリ首相(当時)の追悼集会において見られた明らかな変化ではなかった。集会で披露された4つの演説のトーンも従来とは異なるものだったのだ。」とアラブ首長国連邦(UAE)の日刊紙が報じた。

「演説では、反シリアのシュプレヒコールや、2005年同日に起きたレバノン首相暗殺の背後にはシリアの存在があっとする非難声明はなかった。その代わり、故ハリリ元首相の子息で現首相のサード・ハリリ氏を含む全ての登壇者が、協力とパートナーシップに基づく、シリアとの新たな関係の幕開けを訴えた。」とドバイに本拠を置く英字日刊紙「ガルフニュース」は2月16日付の論説の中で報じた。

 「このようなレバノン人の対シリア感情の変化は、昨年12月にハリリ新首相のシリア公式訪問が実現して以来、ある程度予期されたことであった。この歴史的なシリア訪問の期間中、若いハリリ首相(39歳)は、シリアのバッシャール・アル・アサド大統領(44歳)と何時間にも亘り談笑と夕食会を交えた。

「シリア政府はハリリ前首相の暗殺の嫌疑について一貫して否定しており、首謀者としてイスラエルの犯行説を主張してきた。」

「5周年目となったハリリ前首相暗殺追悼集会は、数十万人が参加してハリリ陣営への支持とシリア政府の非難を繰り返してきた過去の集会とは明らかに様相を異にしていた。警察当局の推計によると、今回の集会参加者数は僅か35,000人とみられている。このことは、レバノンの人々が事件を乗り越えて隣国シリアとの未来志向の関係構築に動き出したことを示している。」

「故ラフィク・ハリリ氏は、レバノンの偉大な指導者であった。レバノンは1975年から90年まで続いた内戦のあと、ようやく国土の再建に着手したが、ハリリ氏はレバノン復興と統一の象徴として多くの国民の支持を集めた。しかし2005年2月14日に起きた同氏の暗殺事件を契機に、レバノンは再びかつての政治対立と経済混乱の時代に逆戻りした。その後、反シリア派と親シリア派の対立は深刻化したが、(2008年のシリアとの国交正常化により)辛うじて内戦の再現は回避することができた。」と同紙は報じた。

「今日のレバノンは平静を取り戻しつつある。隣国シリアとの新たな協調関係が、レバノン国内の緊張緩和に有効に作用している。ハリリ前首相の暗殺犯は、必ず特定し法の下の裁きを下さなければならない。しかし、その時まで、レバノンは対立を乗り越えて前に進むしかない。」とガルフニュース氏は締めくくった。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴


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人権へのあたらな脅威(ブトロス・ブトロス・ガリ)

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 【IPSコラム=ブトロス・ブトロス・ガリ】

12月10日で、世界人権宣言が採択されて61年になる。宣言がこの間世界に進歩をもたらしたことは否定すべくもない。とりわけ、人権を擁護する法的仕組みができたことは大きな意味を持ち、これはその後世界に広まり続けている。

しかし、同時に、人権を人類の共通言語にしようという努力に反する危険な傾向もみてとれる。

まず、宣言の普遍性を否定しようという観念的な議論があることだ。宣言は個人をなによりも重視しているが、アジアやアフリカなどの第三世界においては集団や部族の方がより重要だというのである。この見方によれば、個人の権利の擁護は部族の集団的権利を守って初めて可能となる。そうすると、民族的・宗教的・言語的マイノリティ集団の権利を国家が効果的に守れない状況下で、権力の「部族化」や、調和や安全といった観念を部族の存在と関連づけて考える傾向がそうした集団の中から出てくることになる。その意味合いを無視することは誤りだということになろう。

 第二に、人権の普遍性と折り合うことのできない、宗教に関連した脅威が存在する。すなわち、宣言の内容とシャリーア(イスラム法)との間にある矛盾である。特に、女性の基本的権利や改宗の自由、身体刑の利用に関してこうした矛盾があることは明らかだ。より深刻なのは、イスラム教の原理主義的なサラフ主義だ。人権の擁護を、最終的にはイスラム教への新しい十字軍につながる新植民地主義の遺制だとみているのだ。2001年9月11日にニューヨークでテロ攻撃が起こり、その後、イスラム教徒とみればテロリスト(あるいはテロリスト予備軍)だとみなす傾向が強まった。こうした反イスラム的な風潮が西洋に広まることで、右のような感情はより悪化することになる。

人権への第三の脅威は、最近いくらか弱まっているが依然として重要であり、2つの新しい超大国である中国とインドの勢力拡張に伴って強まる可能性があるものだ。それは、いわゆる「アジア例外主義」と呼ばれるものである。これは、1993年6月の世界人権会議の2ヵ月後にバンコクで開かれたアジア太平洋人権会議において支配的だった考え方である。アジア太平洋の40ヵ国以上の代表によって採択されたバンコク宣言は、人権に対するアジア的アプローチを確認したものであり、アジア各国の歴史・文化・宗教といった文脈との関係でみられねばならないものである。

最後に、修正主義的な潮流がある。世界人権宣言はすでに採択から61年を経ており、グローバル化に直面する政府間機構の受けた変化など、これまでに起こってきた前進と進化を織り込んだ上で更新・改定されねばならないという。この潮流は、技術の進化が社会的・経済的・文化的変容をもたらしつづけるにしたがって、より強まっていくことになるだろう。

これらすべての危機は、地球の社会・経済の断裂という、人権の普遍性への最大の挑戦が発生する中で生じている。約20億人が1日あたりたった1~2ドル以下でなんとか生き延びようとしているという事実を想いだすべきだろうか?あるいは、1日あたり3万5000人の子どもが栄養不良で死んでいることを想いだすべきだろうか?途方もない数の男女や子どもが悲劇的に苦しみ、死に至っている。すべての人間が平等であるにもかかわらず、歴史はそれをあざ笑い、私たちの間に経済的・社会的障壁を設けるかのようだ。これはよりいっそう受け入れがたいことではないか。

こうした不正義の感覚が生じること自体、人間の良心が進歩したことの証だ。そして、不平等を認識することからそれを正す行動へと向かうことは、人権というものが普遍的に認められていることによって可能になる面もある。

人権の擁護は、私たちに脅威を与えている一般的な社会の崩壊現象への最善の反応であることは疑いがない。しかし、それは、それ自体を目的とした、他から隔絶された闘いであってはならないと思う。(原文へ
 
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

*ブトロス・ブトロス・ガリ氏は元国連事務総長、IPS国際評議員。
 

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│マーチン・ルーサー・キング・デー│人種関係に関する省察

【ワシントンIDN=アーネスト・コリア】

米国がマーチン・ルーサー・キング・デーを迎えようとする中、ひとりの重鎮上院議員の人種に関する発言が論争を巻き起こしている。

マーチン・ルーサー・キング・デーは、1986年に始められた。米議会でこの日の新設に関する決議が否決されたこともあったが、歌手のスティービー・ワンダーからの強力なプッシュや600万人の署名の力もあり、ようやく議会が認めたのである。日にちは、1月の第3月曜日と設定された。今年は1月18日である。

ところが、この日を前にして、米上院のハリー・リード院内総務(民主党)が、昨年の大統領選挙のさなか、オバマ候補に関して差別的な発言をしていたことが、『タイム』誌のマーク・ハルペリンと『ニューヨーク』誌のジョン・ハイルマンの新著『ゲーム・チェンジ』のなかで明らかになった。リード氏は、「ニグロ(黒人)なまりがなく」、「浅黒の」アフリカ系アメリカ人であることがオバマ候補の利点だと発言していたのである。

この発言は、オバマ氏の能力よりも人種的な特性だけを問題にしていること、いわゆる「N」ワードを用いている点などからして、きわめて不適切なものであった。

 しかし、オバマ大統領は、リード院内総務からの謝罪があったとして、彼を赦すとのコメントを出した。不思議なことに、リード発言は、[通常は有色人種に対してより非寛容だと見られている]共和党からの強い批判を喚起することになった。それが政治というものだ。

ピュー研究センターの世論調査によれば、「5年前よりも状況がよくなった」と回答した黒人が2007年の20%から39%にまで急増したという。

他方で、黒人に白人と平等の権利を与えるべきだと考える黒人が80%超であったのに対して、白人でそう考えたのはわずか3分の1ほどである。また、アフリカ系アメリカ人とヒスパニックの収入の中央値は2万7800ドル、白人は17万400ドルであった。

キング牧師はかつて、聴衆にこう語りかけた。「過去を振り返ってみると、私は約束の地を夢見てきました。私は皆さんとともにそこにたどり着けないかもしれません。しかし、われわれ人民はその約束の地にたどり着くことができるということ、このことを今夜はぜひ胸に刻んでもらいたい。私は今夜うれしく思います。私には何の心配もありません。私は誰をも怖れません」。彼が暗殺されたのは、この翌日のことであった。

黒人の状況はたしかによくなった。しかし、まだ、乗り越えるべき困難は大きい。

翻訳/サマリー=IPS Japan

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内戦への対処に失敗してきた国連

【国連IPS=タリフ・ディーン】

英国の人権調査団体「グローバル・ウィットネス」は、内戦への国際社会の対応を論じた報告書を発表した。それによれば、この60年間の内戦のうち少なくとも40%が、ダイヤモンドや金、木材、石油、ガス、ココアなどの天然資源をめぐって争われたものか、それらの収入によって経済的に支えられていたものだという。

しかしながら、国連加盟国、とくに安全保障理事会の常任理事国は、自国の国益を優先する立場から、国連による制裁決議などの実行にあまり熱心でなかった。

アフリカの「世界戦争」とも称されるコンゴ民主共和国での内戦はまさにその典型例だ。英国のような国々は、内戦に関与する自国企業の制裁に不熱心であったり、ルワンダのような当該地域の同盟国に制裁を加えることに消極的であった。なぜなら、鉱物資源等の取引によってえる利益は莫大なものだからだ。

 今世紀に入ってからも、安保理は、シエラレオネ、リベリア、コートジボワールなどで起こった資源がらみの内戦を、対処することなく眺めている。

また、2007年1月には、ロシアと中国がビルマ制裁決議に拒否権を発動した。2008年7月には、同じくロシアと中国が、ジンバブエへの武器禁輸や同国のロバート・ムガベ大統領の渡航禁止などの制裁にやはり反対した。米・英・仏も、イスラエルによる人権侵害と戦争犯罪に対してきわめて寛容な態度を取っている。

グローバル・ウィットネスの調査は、国連に対して、資源によって資金を自己調達するような内戦への対処に関してハイレベル調査委員会を設置するよう求めている。

内戦への対処をめぐるNGOの報告書について伝える。(原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan


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│グローバル経済│拝金主義と信仰は両立するか?

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

拝金主義は、倫理、価値観と何の関係があるだろうか?最近発表されたユニークな世論調査によると、圧倒的多数の若い層が、地球規模及び地方レベルにおける経済問題に取組んでいくうえで、基本的な信条を持って行動すべきだと回答している。

世界経済フォーラム(WEF)がフェイスブック、ニールセン社、ジョージタウン大学と共同で実施したこの国際世論調査の対象となった市民全体の実に3分の2以上が、今日の世界経済危機は倫理と価値観の危機でもあるという見方を示している。

この世論調査は、フランス、ドイツ、インド、インドネシア、イスラエル、メキシコ、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、米国において、18歳以上の男女合計13万人を対象に実施された。回答者の構成は女性42%・男性58%で、30才以下が回答者の約80%を占めた。


 
企業に対する世論の見方は厳しいようだ。大企業・多国籍企業が価値観をもって自らの経済活動を進めているとみている回答者はわずか25%しかいなかった。一方、中小企業については40%であった。この結果は、今日の経済危機に見舞われた世界の状況を反映したものである。今日の危機を招いた行過ぎに対する非難と共に、新たな経済システムを下支えする新たな価値観を求める声が世界中で広がりを見せている。

これらは世界経済フォーラムが毎年実施している国際世論調査報告書「信仰とグローバルな課題―ポスト経済危機に向けた価値」で発表された調査結果の一部である。

「普遍的価値は存在すると信じますか?」

1月18日に発表された調査結果によると、54%の回答者が「普遍的な価値の存在を信じる」と回答した。これを国別でみると最も高いのがメキシコ(72%)で、ドイツ(65%)、インド(64%)、インドネシア(61%)、南アフリカ共和国(58%)が続いている。

一方、フランスでは普遍的な価値の存在を信じるとした回答者は僅か37%であった。その他、「普遍的価値観の存在を信じる」とした回答者の特徴を分析すると、男女間における差はないが、米国の場合を除いて、回答者の年齢が高まるにつれて「信じる」と回答する人数が多くなる傾向にある。

「個人の価値意識の根源を主にどこに求めますか?」

教育と家族が、個人及び職業上の価値意識の根源として最も挙げられた(全体の62%)項目で、国別ではメキシコ(86%)、ドイツ(81%)、フランス(81%)において同項目が高い割合を占めている。男女別では、女性(68%)の方が男性(57%)よりも教育・家族項目を選ぶ傾向にある。

宗教と信仰心

米国、サウジアラビア、南アフリカ共和国においては、宗教と信仰心が価値意識の根源として最も重視される傾向にある。世論調査結果によると、宗教と信仰心を最重要視する傾向はより年配者の間で顕著である。(18歳~23歳の間で18%、30歳以上の間で30%)

よりよい世界をつくるためにもっとも価値を重視しなくてはならないセクターはどこかとの質問に対しては、国内政治、グローバル・ガバナンスよりも、ビジネスセクター全般(中小・大企業・多国籍企業)と答える者の方が多かった。これは、年齢や性別に関わりがない。特に米国において、この傾向は最も顕著で全体の70%を占めた。

ドイツ、メキシコ、南アフリカ共和国においては、中小企業よりも大企業・多国籍企業に価値の重視を求める声が高かった。一方、インド、インドネシアにおいては、逆に大企業・多国籍企業よりも中小企業に対して価値の重視(37%超)を求める声が高かった。この質問カテゴリーにおいては、グローバル・ガバナンスを選択する回答が最も少なかった。

私生活と仕事

「私生活と仕事生活において同じ価値を適用するか?」との問いに対して、60%以上の回答者がノーと回答している。イエスと回答したのは男性で25%、女性で21%であった。国別でみるとイエスの回答者が最も多かった国はインドネシア(36%)でトルコ(32%)が続くが、少数意見である点は変わらない。これは年齢に関わりがない。

「現在のグローバル経済危機は同時に倫理や価値の危機でもあるかどうか?」という問いに対しては、3分の2以上の回答者がイエスと答えた。とくに、30才以上では79%ときわめて高率であった。イエスと答えた人が少ない国は、イスラエル(55%)、トルコ(53%)であった。

いま一つの重要な調査結果は、環境保護に対する認識が、個人レベルではさほど重視されていない一方で、国際政治・経済のレベルでは重視されている点である。回答者は、ビジネスセクターがより価値を重視すべきであり、大企業・多国籍企業よりも中小企業の方が、価値を重視する傾向にあると見ている。

世論の約半分は、企業は、株主、従業員、取引先、顧客に対して平等に責任があると見ている。経済危機後に実施された今回の世論調査結果は、従来の経済システムに対する世論の厳しい見方と、新たな経済システムを支える道徳・倫理規範を根本的に考え直す必要性があることを明らかにしている。

「今日の世界経済システムにとって最も重要な価値とは?」との質問に対して、約40%の回答者が「正直さ」、「清廉潔白さ」、「情報公開」を、24%が「他者の権利・尊厳・意見」を、20%が「他者のために行った行動のインパクト」を、そして17%が「環境の保護」を選択した。

国際経済フォーラムの創設者で会長のクラウス・シュワブ氏は、本世論調査報告書について、「調査結果は、今日の世界経済機構と国際協力のメカニズムを再構築する上で、一組の価値観が必要とされていることを示している。」と語った。

またクラウス会長は、「従来のシステムは地球上の30億人の人々に対して義務を果たすことができないでいる。もし私たちが今日の格差を埋めようとするならば、私たちの市民文化、ビジネス文化、政治文化は根本的に改めていかなければならない。世界経済フォーラムが、社会のあらゆるセクターを代表する人々をダボスの年次会合に招聘し、地球規模の国際協力を支える価値について再考するのは、こうした理由からなのです。」と付け加えた。

この報告書はまた、経済危機後の世界に必要とされる価値について、ローワン・ウィリアムズ氏(英国国教会カンタベリー大司教)、ラインハルト・マルクス氏(ローマカトリック教会ミュンヘン・フライジング大司教)、モハンマド・ハタミ氏(文明間対話財団理事長、元イラン大統領)、ヴァルソロメオス1世氏 (コンスタンディノープル総主教)、ラビ・シャンカール氏(アート・オブ・リビング財団創立者)、デビッド・ローゼン氏(ラビ、米国ユダヤ委員会国際部長)、松長有慶氏(全日本仏教会会長)ら、世界15人の著名な宗教人の見解も載せている。

40年前にはじめて開かれた世界経済フォーラムは、宗教界の指導者らの声を取り込んできたと主張している。「価値」の問題に対処するために、もっとも影響力のある宗教界の指導者らをあらためて登場させたようだ。

世界経済フォーラムの行った「価値」に関する報告書について伝える。

INPS Japan


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アフガニスタンという不安

【IDN-InDepth Newsオピニオン=ジュリオ・ゴドイ】

米国がベトナム戦争での大失敗から学んだことのひとつは、戦争を始める前に「出口戦略」を策定しておくのが必須だということだ。もっとも、「出口戦略」というのは婉曲表現で、実のところ、「自国兵士の死体が積み上がり、戦争に勝つ見込みがなくなってきた際に、体面を失わずにいかに戦争を終わらせるか」ということだ。

1980年代には、出口戦略はいくつかの形を取っていた。かたや、徴兵制をやめて志願兵制に移行した。こうして、1960年代から70年代の平和運動の中核を占めた中産階級の若者は戦地に行く必要がなくなり、戦争はテレビで見るものになった。そのかわり、「ルンペンプロレタリアート」とでも呼ぶべき貧しい黒人、そして後にはラテンアメリカからの移民の若者たちが兵士となった。因みに2003年、イラク戦争における米軍最初の戦死者は、グアテマラ生まれの、ほぼ文盲で身寄りのない不法移民の青年だった。彼は熱望したグリーンカード(米国の外国人永住権及びその資格証明書)を獲得するための最短距離と考え、米軍に入隊したのだった。

Julio Godoy


他方で、米軍の出口戦略は3つの形を取るようになった。

第一は、セオドア・ルーズベルト大統領時代の「すばらしい小戦争」(splendid little war)という考え方を復活させること。「ゆっくりと話し棍棒を運べば、あなたはずっと遠くへ行くだろう。」の発言で有名なルーズベルト大統領は、19世紀末に棍棒(=軍事力)を使って、弱いスペイン軍を瞬く間に撃破しキューバ、プエルトリコ、フィリピンの支配権を手に入れた。スペイン政府が和平を乞うてきた時、ジョン・ヘイ国務長官は、この「すばらしい小戦争」を称賛した。つまり米西戦争は、敵が弱く、戦争期間は短く、そして戦利品は莫大だったからだ。80年代にロナルド・レーガン大統領は軍拡を推し進めたが、軍事攻撃を仕掛けたのは、グレナダリビアという小国であった。

第二は、米国の敵と戦う代理を創り出すことだ。ニカラグアではコントラがサンディニスタ革命と戦い、中東ではサダム・フセインがイランと戦い、アフガン戦争では地元の軍閥がロシアと戦った。

第三は、地上軍を使わず空爆を仕掛け、死者を減らすことだ。ジョージ・ブッシュ(父)大統領は、パナマシティを空爆した後、湾岸においてサダム・フセインをクウェートから追い出した。90年代にはビル・クリントン大統領がバルカン半島に空爆を加えた。しかし、ソマリアのように何も爆撃する対象がないところでは、この戦略は行き詰まり、地上部隊を投入せざるを得なかった。

手段に関わらず米軍が敵を殺害した場合、作戦の成功に誇りを覚えるとともに、兵士たちは自由の価値観の擁護者として称賛される。しかし逆に敵が米兵を虐殺した場合、突然戦争の野蛮な現実に疑問を呈することとなる。血まみれの米兵がモガデシュ市街の泥道を引きずられて殺害された映像は、米国にとってあまりにショッキングなもので、即ソマリアからの撤退に踏み切ったクリントン大統領には、もはや出口戦略や体面にこだわる余裕されなかった。

そして2000年、ジョージ・W・ブッシュ政権と共に「テロとの戦い」という際限のない概念が登場した。ブッシュ大統領の顧問たちは明らかに世界最強の米軍の無敵性を確信し、出口戦略や戦死者の問題を考慮することなく、イランとアフガニスタンに軍事介入していった。

特に、アフガニスタンに関しては、歴史と地元社会の独自性が軽視されていた。もし彼らが事前にウィンストン・チャーチルの自叙伝を研究していたりロシアからアフガン戦争の教訓を学ぶ努力をしていたならば、周到かつ体面を保てる出口戦略なしに、急いで泥沼に足を踏み入れるという事態は避けていたであろう。また、軍事介入に合わせて開発、国造り、民主化という議論も避けていたであろう。

しかし実態は、度重なる爆撃によって首都カブールと周辺地域をかろうじて確保したほかはそれとった成果もなく、その代償として数千人の市民の犠牲者を出しただけであった。そして史上最強の軍事同盟と謳われた米軍を中核とした連合軍は、介入から10年が経過した今日、アフガニスタン紛争からの出口をそろって模索している。

米国が撤退に際して、かつて軽蔑していた軍閥たちによる支配をそのままに、腐敗が支配し麻薬にまみれた崩壊国家に何を残すかということは、もはや問題ではない。いま重要なことは、アフガニスタンという「帝国の墓場」に葬り去られないようにするということである。

翻訳/サマリー=IPS Japan浅霧勝浩

*ジュリオ・ゴドイ氏は、グアテマラ出身の調査報道記者。常に危険な現場から声なき声を伝える報道が評価されヒューマンライツ・ウォッチ等より表彰される。ゴドイ氏自身、誘拐や設立に尽力した週刊メディアが爆破されるなどの試練を経験している。当局の言論弾圧から1990年に亡命。以来、主にドイツを拠点に活動中。国際協力評議会(GCC)役員。元IPSパリ支局特派員。

│ノーベル平和賞│マハトマ・ガンジーには何故授与されなかったのか?(J・V・ラビチャンドラン)

【IDN-InDepth Newsオピニオン=J・V・ラビチャンドラン】 

小説「戦争と平和」の執筆にあたって、作者のレフ・トルストイは、真実に近づくために、あえて現実とフィクションの境を曖昧にする独特の手法で、歴史的な出来事を再現したと言われている。

2009年のノーベル平和賞では、今後への期待とこれまでの実績との間の境界線が限りなく曖昧にされた。受賞者のバラク・オバマ大統領自身が、受諾演説の中で今回の自身の指名が議論を呼んだ点について触れたことは良く知られていることだが、それまでの政治声明に対する評価と実際の功績の間にはなお隔たりがあるのが現実である。

Photo: Dr Martin Luther King, Jr., speaking against the Vietnam War, St. Paul Campus, the University of Minnesota in St. Paul, April 27, 1967. CC BY-SA 2.0. Wikimedia Commons
Photo: Dr Martin Luther King, Jr., speaking against the Vietnam War, St. Paul Campus, the University of Minnesota in St. Paul, April 27, 1967. CC BY-SA 2.0. Wikimedia Commons

 しかもオバマ大統領の最近の決定や政策を見る限り、急いで歴代のノーベル平和賞受賞者と同等に列せられるような利他的な貢献は見当たらない。なぜなら、マーチン・ルーサー・キング牧師やマザー・テレサ、ダライ・ラマといったほぼ全ての平和賞受賞者が、無私の貢献で世界平和に向けたポジティブな変化をもたらした人々だからである。

世界最高権威の一つであるノーベル賞の受賞者選考について、選考委員会による基準が曖昧だったのは今回が始めてのことではない。過去においても、実際の功績と関連性の観点から、選考基準が曖昧なケースが少なくないのが現実である。その中でも最も議論を呼ぶのがマハトマ・ガンジーのケースだろう。

一貫性の欠如

インドの週刊「オープン」紙のサンディーパン・デブ編集長は、最近執筆した「私のノーベル賞候補者」と題した記事の中で、選考委員会に関する同様の矛盾点について指摘している。「(当該部分抜粋):ノーベル文学賞は、従来どちらかというと奇異な賞である。なぜなら受賞者の多くは人々の記憶から長らく忘れ去られた人々であり、その選考基準は度々理解しがたいものだからである。例えば最初の3人の受賞者について考察してみよう。1901年受賞のシュリ・プリュドム、1902年受賞のテオドール・モムゼン、1903年受賞のビョルンスチャーネ・ビョルンソン。これらの人々は果たしてどんな人々だったのだろう?そして2008年のノーベル文学賞はフランス人のジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオが受賞した。しかしデリーのアリアンス・フランセーズ図書館でさえ、彼の作品を1冊も収蔵していなかったのである。」

Mahatoma Gandhi/ Wikimedia Commons
Mahatoma Gandhi/ Wikimedia Commons

ガンジーの受賞が欠落している点については、ノーベル財団自身のウェブサイトに「マハトマ・ガンジー:欠落した受賞者」と題した記事が掲載されている。

ノーベル平和賞の歴史的受賞候補者となったマハトマ・ガンジーとバラク・オバマ大統領。前者は、最終的に受賞に至らなかったことで、一方後者は、受賞されたことで物議をかもすこととなったが、両者の選考プロセスに影響したと思われる曖昧な判断基準について分析したい。

選考委員会自体によって書かれたノーベル賞の歴史には、「マハトマ・ガンジーは、1937年、38年、39年、47年、そして、48年1月に暗殺される直前に平和賞にノミネートされた。ガンジーに賞を与えなかったことを後の選考委員らは後悔することになる。ダライ・ラマが1989年に賞を取ったとき、選考委員長は、ダライ・ラマの受賞には『ガンジーの記憶に対する賛辞という意味合いもある』と発言した」と記されている。

ガンジーがノーベル平和賞受賞から外された理由について、たとえ「理性のつかの間の喪失(a momentary lapse of reason)」として理解しようとしても、当時受賞候補に上ったガンジーの調査にあたった選考委員会が示した「一貫性に欠ける」諸見解を見ると、(受賞から外した理由が)他にあったか、或いはむしろ理由すらなかったのではないかと思われるのである。

ガンジーが最初にノーベル平和賞受賞者候補となった際に調査にあたったヤコブ・ヴォルム=ミュラー教授は、当時世界的に注目を浴びていたガンジーを推薦しない理由として、奇妙な「矛盾論」を展開した。

上記のウェブサイトによると、ミュラー教授は、「ガンジーの有名な南アフリカにおける闘争はインド人のためだけのものであり、生活状況がさらに劣悪な黒人のためのものではなかった点は重要であるといえよう。」と述べ、「ガンジーの掲げる理想が普遍的なものか、それともインド人だけのためのものかについて疑いがあったためだ。」と解説している。

なんだって?

それではマーチン・ルーサー・キング牧師がユダヤ人のために闘ったとでもいうのだろうか?或いは、ダライ・ラマが中国人のために闘ったとでもいうのだろうか?

ノーベル賞の持つ真正が失われ始めるのはまさにこの点であり、その世界最高峰の権威も、選考委員会に関係する少数の個人による主観的な判断という曖昧な領域の中に消失してしまうのである。

また上記のウェブサイトにはこのような記述がある。「マハトマ・ガンジーにノーベル平和賞を授与しなかったことについてはこれまでにも疑問を呈する声が度々上がってきた。それらは、①ノルウェー政府によるノーベル選考委員会は、視野が狭かったのだろうか?②選考委員会のメンバーはヨーロッパ人以外の人々による自由への闘いを評価することが出来なかったのだろうか?③あるいは、選考委員会のメンバーは、ガンジーへの授与が(インドの宗主国である)英国とノルウェーの関係に悪影響を及ぼすリスクを恐れたのだろうか?というものであった。」

これに関して、既に紛争状態にある土地(=アフガニスタン)に2万人の兵士を派遣することを発表した直後のオバマ大統領に最終的に平和賞を授与したことは、こうした疑問リストにさらなる1ページを加えることになるだろう。

さらにガンジーの未受賞問題について最も関連すると思われる部分(インド独立前夜に発行されたタイムズ紙からの引用文)が同ウェブサイトに記されている。

「ガンジー氏は今夜の礼拝集会において次のように語った。それまで一貫して全ての戦争に反対してきたが、もしパキスタンから正義を獲得する術が他になく、またパキスタンがあくまでも明らかな過ちを認めずそれを過小評価し続けるならば、インド政府はパキスタンと戦わざるを得ないだろう。誰も戦争は望まない。しかし、いかなる人々に対しても、不正義に甘んじるようアドバイスすることはできない。たとえ全てのヒンズー教徒が正義のために全滅したとしてもやむを得ないだろう。戦争が起こればパキスタンのヒンズー教徒は国内の敵対勢力とはなり得ない。もし彼らの忠誠心がパキスタンにないならば同国を去るべきである。同様にパキスタンへの忠誠を誓うイスラム教徒はインドに留まるべきではない。」(ただし、この報道についてガンジー自身は、同会合での発言の全てをカバーしたものではないと述べている:IPSJ)

一方でオバマ大統領の受賞式における演説内容の一部を以下に抜粋する:

President Barak Obama, Whilte House/ Public Domain
President Barak Obama, Whilte House/ Public Domain

「私はあるがままの世界に立ち向かっている。米国民への脅威に対して、手をこまねいていることはできない。間違ってはいけない。世界に邪悪は存在する。非暴力の運動では、ヒトラーの軍隊をとめることはできなかっただろう。交渉では、アルカイダの指導者たちに武器を置かせることはできない。」
 
 タイム誌が引用したガンジーの発言内容とオバマ大統領の受諾演説内容を比較すると、明らかな違いは「悪」という単語の使い方である。もっともオバマ氏の場合、政治的に正しい声明を求める支持者や聴衆の期待に応え、(追加派兵等の)厳しい手段をとっていくことを本国で正当化するためにもテロ組織を邪悪な組織として位置づけ、善悪の違いを常に明確しなければならなかった事情は理解できる。

もし、(ガンジーの場合のように)その時々の事情で戦争の必要性を公言した者が、それを理由にノーベル平和賞の選考から外されるとするならば、オバマ大統領に対しても同様の基準が適用されてしかるべきだったであろう。

ノーベル賞は、個人の実際或いは想定された功績に対して授与される訳だが、果たしてその判断基準には授与国の国益や受賞者の地位が影響を及ぼしているのだろうか?

翻訳=INPS Japan浅霧勝浩

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|日本|与党スキャンダルが政治改革に打撃

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【東京IPS=C.Makino】

民主党内で持ち上がった資金洗浄疑惑は、昨年9月に誕生した新政権が、ほぼ半世紀にわたって政権を担ってきたスキャンダルまみれの保守政党とは一線を画した存在であってほしいとの国民の希望を打ち砕いた。

民主党の小沢一郎幹事長は、同氏の政治資金管理団体「陸山会」による2004年当時の土地購入疑惑について、東京地検特捜部の捜査を受けている。

伝えられるところによると、総額400万ドルを超える土地購入に使われた資金には、違法な企業献金、特に小沢氏の地元である岩手県のダム建設に関わる建設会社からのものが含まれているのではないかと見られている。

 同建設会社の役員は特捜部の調べに対して、岩手県のダム建設受注の見返りとして小沢幹事長の秘書に50万ドルを支払ったと供述している。こうした状況を背景に、小沢幹事長に対して「陸山会」資金の流れについて明らかにするよう求める圧力が強まっている。

いくつかの世論調査によると鳩山由紀夫内閣の支持率は12月には50%を維持していたがこのスキャンダル絡みで逮捕者がでて以来、40%に急落した。

他の世論調査では、約70%の回答者が小沢氏は幹事長辞任し、スキャンダルの責任を負うべきと回答している。

小沢氏は昨年夏の衆議院総選挙において従来の自民党による政権支配に終止符を打ち民主党に大勝利をもたらした立役者といわれている。

かつて自民党議員であった小沢氏は、昨年上旬に持ち上がった政治資金スキャンダルで右腕の鳩山氏に地位を譲って退陣するまで民主党の代表を務めた。

支持率の低下に加えて、今回のスキャンダルは日本の有権者に対して、民主党も昨年夏の衆議院総選挙で政権を追われた自民党と本質的になにも変わらないという印象を与えてしまったようだ。

「私にとって優先事項は経済と失業問題です。小沢氏には幹事長を辞職してもらい、政府には経済対策に専念してほしいです。」と30代のサラリーマン藤田博氏は語った。

「小沢氏は私たちに理解できる言葉で説明すべきだと思います、国民あっての政治家なのですから。」と中年層の主婦は語った。

「旧態依然とした政治で、同じように腐敗していると思います。小沢氏は辞職すべきだと思います。」と大学生の小松雄志氏は語った。

しかし小沢氏は高まる辞任要求の声にも屈しないようである。小沢氏は幹事長続投と政治家としての職責を引き続き全うしていく決意を表明した。

「私は今回のことはなんとしても納得いかない。」1月16日、4か月前の新政権発足後初めてとなる民主党大会で挨拶に登壇した小沢幹事長は、自身の元秘書の相次ぐ逮捕について、このように語り、検察当局に対して抗議の意思を表明した。

小沢幹事長の元秘書3名が、政治資金規正法違反で逮捕された。そのうちの一人石川知裕氏は民主党の現職議員である。

「我が党の党大会の日に合わせたかのように、このような逮捕が行われている。私は、とうてい、このようなやり方を容認することはできませんし、これがまかり通るならば、日本の民主主義は本当に暗澹たるものに、将来はなってしまう。」と、小沢氏は党大会で述べた。3人目の逮捕はこの党大会の最中に行われた。

今回の一連の逮捕は、7月に予定されている参議院選挙で民主党にとって不利に影響を及ぼしそうである。

「小沢氏と彼の政治資金管理団体『陸山会』を取り巻く資金洗浄疑惑は民主党率いる政権与党にとって大変な痛手となるだろう。」「小沢氏は、近年の日本の政治史において最も影響力を持った政治家の一人だが、今回の資金洗浄疑惑について自身の関与を明白に否定できる説得力ある説明ができなければ、いずれ議員辞職をせざるを得なくなるだろう。」と、ワシントンに本拠を置くマンスフィールド財団のフェロー、ウェストン・コニシ氏は語った。

小沢氏は民主党幹事長として、夏の参議院選挙における選挙運動の作戦担当者でもある。

「小沢氏の選挙手腕なしに、民主党は次の選挙で参議院における十分な議席を獲得できないのでないかとの懸念がある。民主党にとって、この選挙における安定多数の獲得が、連立パートナーに頼ることなく単独で政策実現するための布石と考えられている。」とコニシ氏は語った。また鳩山政権の7兆2千億円にのぼる経済対策パッケージも、このスキャンダルの結果、頓挫するかもしれない。

「もし鳩山政権が、自らを(自民党と異なる選択肢としての)『きれいな政権』として印象付けることに失敗した場合、自民党の政権復帰への道を開くことになるだろう。」とコニシ氏は語った。

またコニシ氏は、民主党の中で大きな勢力をしめる「小沢チルドレン」といわれる議員達も剛腕幹事長との関係から「陸山会」のスキャンダルの影響を受ける可能性があると警告した。「もし彼らの中にスキャンダルに直接関与しているものがでてくれば、民主党一般党員間に大きな混乱を起こすこととなるでしょう。」とコニシ氏は語った。

テレビ中継された民主党大会に登壇した小沢氏は、自身に向けられた疑惑に反論して、東京地検特捜部は「政治的動機による」捜査を行っていると当局を批判した。

これに対して、日本の国際関係と歴史に詳しい谷川幹氏は、「中には、東京地検特捜部が自身も官僚組織であることから鳩山首相が進める官僚の力を削ぐ政策を快く思っていないという主張をする人々がいる。しかし、検察当局は行政職の官僚とは役回りが異なるものであり、実際検察当局の権限抑制には全く触れていない鳩山官僚改革そのものには関心がないはずだ。」と語った。

鳩山政権は、強大な権限を享受してきた日本の官僚組織にメスを入れると公約して政権の座に就いた。

「検察当局はたしかに政府支出に依存しているが、検察の第一の関心事は独立した権限を維持して腐敗した政治家たちを逮捕できることにあります。」と谷川氏は語った。

今回のスキャンダルについて、鳩山首相は小沢氏を擁護する立場をとっている。鳩山首相は、「小沢氏を信じており、幹事長に対する深刻な非難に対して『民主党は結束すべきだ』」と述べた。

一方、日本のメディアの中には、民主党内には小沢幹事長は辞任すべきと考えている議員もおり党内の亀裂が表面化しつつあると報じているところもある。

民主党内の空気に関わりなく、民主党についた今日の曇ったイメージは、かつて政治から疎外されてきた人々に改革勢力として自らをアピールした同党にとってよい兆候とはいえないだろう。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴

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|日本|誇りと慎重さをもって(海部俊樹元総理大臣インタビュー)

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【ベルリンIDN-InDepth News=ラメシュ・ジャウラ】

海部俊樹元総理大臣は、79歳になった今も、政治的な読みの深さと生命と政治に対する人間味溢れるアプローチで、日本国内はもとより広く海外においても尊敬を集めている。

海部氏は、IDNのインタビューの中で、活発な政治人生における早期の取組みを誇りと満足感を持って振返るとともに、細心の注意をもって世界の現状を考察し、将来に影響を及ぼす詮議中の政策については慎重な対応をアドバイスした。

 海部氏の政治活動は、衆議院最年少候補として初当選した1960年に遡る。5年後、海部氏は青年海外協力隊(JOCV)創設に尽力した。JOCVは、設立以来、アジア、アフリカ、中東、ラテンアメリカ、太平洋地域、東欧の83カ国に対して33,541名の協力隊員を派遣している。

11月末にローマで開催された「途上国の開発と女性」をテーマとした国際会議に出席した海部氏は、会議終了後にIDNのインタビューに応じ、「(今回途上国各国からの出席者の発言を聞いて)援助を受ける側のニーズを最優先し、資金援助やJOCV派遣を通じた技術援助を通じて援助受領国の自助努力を支援してきた日本の国際開発援助におけるアプローチは正しかったと改めて再認識しました。今日の世界的な経済危機を背景にアフリカ諸国の女性を取り巻く深刻な状況を考えれば、このような日本の援助が益々必要とされていると思います。」と語った。

日本は過去45年の間にJOCVを通じてボランティアをタンザニア、ガーナ、エジプト、コンゴに派遣してきた。(ただしコンゴの場合は政情不安から一時派遣を中止せざるを得なかったが。)海部氏はJOCV創設者として、日本がアフリカ諸国に対するこうした長年に亘る親善協力を実施するにあたっていかなる政治的な野心も持ってこなかったことを誇りにしている。

しかしどうして政治的な野心を持たなかったのか?

「日本は、東アジア及び東南アジアの近隣諸国との間には、『過去の歴史的な経験』が影を投げかけてきたため、1956年以来、それらの地域に対して莫大な支援を行ってきました。しかし第二次世界大戦(日本の参戦は1941年以降)中の日本の侵略と占領の記憶は、それらの国々の一部の人々の脳裏に生々しく残っており、結果的に、日本による善意の援助に対しても様々な解釈がなされてきた経緯があります。」 
 
 「しかしアフリカ大陸に関しては歴史的なしがらみがないので、日本はそうしたしがらみに囚われることなくアフリカ諸国に対する善意に基づく支援を開始することができたのです。私は、政治的な意図とは一線を画する援助を積み重ねてきた日本の善意については、アフリカ諸国にも良く理解していただいていると確信しています。」と海部氏は語った。

また海部氏は、具体的な例として、日中両国には第二次世界大戦からの痛ましい記憶があるため、日本政府は当初中国に対するJOCV隊員派遣についてあえて申し出ることを控えていたところ、むしろ中国政府より相互協力の原則さえ合意されればJOCV隊員の派遣を歓迎したいとの申し出があり、約20年前に最初のJOCV隊員の中国派遣が実現した経緯を述べた。

約1時間にわたって行われたインタビューの抜粋は以下のとおり。

IDN:日本はアフリカに対して十分な支援を行っていると思いますか?

海部:そう思います。長年にわたって日本はアフリカに対する援助を拡大して参りました。アフリカ諸国はこうした日本の貢献をよく理解していると思います。日本は概してアフリカ諸国と良好な関係を享受しています。

IDN:アフリカは世界最大規模の豊かな鉱物埋蔵量を誇っています。日本も中国と同様にそうした鉱物資源に関心を寄せていると推察しますが、アフリカの鉱物資源獲得を巡って日本と中国の間になんらかの競合関係のようなものがあるではないでしょうか?

海部:多くの国々が日本と中国の動向を注視しているでしょうし、アフリカにおける日中の活動についても様々な解釈や憶測をするでしょう。それがどのようなものであれ、解釈・憶測する側の自由だと思います。ただし、私の考えは、他国と競争して天然資源へのアクセスを獲得するために経済援助を利用するという考えは間違っているというものです。日本に関する限り、我が国はいかなる政治的なしがらみも排除した開発援助を供与しながらアフリカ諸国との相互関係を育んできました。言い換えれば、対アフリカ経済援助を通じて私達が積み重ねてきた努力は、日本の人々の善意と、受領国のニーズに焦点をあてた援助を通じて日本国民の善意を受領国に理解いただきたいという私達の希望に基づいてなされてきたものなのです。私は日本が今日に至るまで開発協力を通じてアフリカ諸国に差し伸べてきた真摯なアプローチは、アフリカ諸国に十分理解されていると確信しています。

IDN:日本は新たな政権が誕生しましたが、今日の日中関係をどうみられますか?

海部:新政権を率いている政党は私の党ではないので、この質問について私が的を射た回答はできないかもしれません。それを申し上げたうえであえてコメントするならば、民主党率いる新政権が、所謂「東アジア指向型政策」を発表したことについて懸念しています。鳩山由紀夫新総理は就任演説の中で、従来の日本の政策は米国に寄りすぎたものであり彼の政権はアジアとの関係をより重視するという印象を与えてしまいました。

この発言は日本ではたいした問題になりませんでしたが、米国では深い憂慮とともに受け止められました。この発言が契機となり、米国の政策分析の専門家の中には、日本の新しい総理大臣は伝統的な米国との関係を見直そうとしているのではないかと疑いを持つものも現れました。実際のところ、米国の国務省の友人やその他同国で私の情報源となっている人々が、私に同様の懸念を伝えてきました。その後、私は第三者を通じて、米国で巻き起こっているこうした懸念について考慮に入れるよう、総理に対して忠告を申し上げました。その後の経緯を見る限り、鳩山総理も幾分かの軌道修正をしたと思います。

今回の出来事で、日本がアメリカを伴わないでアジアに接近することについてアメリカがいかに神経質になるかという私自身が経験した20年前の出来事を思い出しました。それはまもなくマレーシアのマハティール・ビン・モハマド首相と首脳会談に臨もうとしている時のことでした。当時マハティール首相は、東アジア経済協議体(EAEC)構想を発表した直後で、興味深いことに、同構想に対する反応は中国からではなく米国からのものだったのです。ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ政権は、ジェームズ・ダンフォース・クウェール副大統領を日本に派遣し、同氏は私に対して日・マレーシア首脳会談においてEAECに賛同しないように要請してきたのです。私は副大統領に対して、私はアメリカを排除する意図は持ち合わせていないし、EAEG(アメリカを除いた東アジア経済グループ)でなく文字通りEAEC(経済協議体)とすべく最新の注意をもって臨むつもりでいるから安心するようにと説明しました。そして本件については私のやり方で対処させてほしいとブッシュ大統領に伝えるよう要請したのです。私はまた、日本におけるアメリカの圧倒的な存在感から日本の外交不在という批判がしばしばなされる実情を説明し、もしアメリカ政府がEAECに関してこの時点で騒ぎ立てるならば、アメリカとの信頼のもとに私が従来から進めてきた全ての独立外交の努力も、日本外交不在の一例として看做されることとなってしまいかねないという私の懸念を伝えました。

こうした文脈から、今回の鳩山総理のアジア優先発言に関してアメリカから共有してきた懸念に接して、この20年前の私自身の経験を思い出したのです。

IDN:あなたは20年前(1989年8月から91年11月)にブッシュ大統領を相手に日本の総理大臣として国政を運営したわけですが、現在のバラク・オバマ政権についてどのように見られていますか?

海部:オバマ大統領は変革を訴えてきました。私が見るところ、オバマ氏は美辞麗句に留まらず、外交政策における単独行動主義や先制攻撃支持で特徴づけられるジョージ・W・ブッシュ前政権からのパラダイムシフトを引き起すことに成功していると思います。私が見るところ、オバマ政権は、前政権が行ってきたことについて自制をかけているように思えます。

IDN:バラク・オバマ氏はノーベル平和賞を受賞するに値すると思いますか?

海部:今回のノーベル平和賞はオバマ氏が将来にわたって実際に行動を起こすかもしれないことへの期待に対してではなく、むしろ彼が今までに雄弁な演説の中で発言してきたことに対して授与されたのだと思います。従って深遠な判断に基づく決定とは思えません。願わくば、将来振返った時に、オバマ大統領がノーベル平和賞受賞に相応しい努力をしたと思える成果を出してもらいたいと思います。確かにオバマ氏は演説の才に素晴らしく長けていると思います。彼が日本の国会で演説した際、平和の象徴としての大仏で有名な古都鎌倉を過去に訪れた際の話をしました。大統領は、大仏のことはよく覚えていないが、そこで食べた味わい深い抹茶アイスクリームの味は良く覚えていると語りました。これを聞いた多くの日本の国会議員が、オバマ氏は日本文化に対して造詣が深いとして手を叩いて賞賛しましたが、仏教徒の私としては、抹茶味のアイスクリームより大仏について話をしてくれた方がよかったのにと残念に思ったものです。なぜなら、このことは私達の文化と密接に関わる内なる霊性の問題だからです。それはさておき、オバマ大統領には、是非ともご自身が発言してきたことを実行していってほしいと思います。

IDN:あなたは歴代の駐日本中国大使と密接なコンタクトをとってこられたことで知られていますが、最近の中国大使との面談ではどのようなことをお話になられましたか?

海部:中国政府は毎回日本語の流暢な大使を人選して派遣してきます。歴代の中国大使が、多くの機会に私を訪問してこられましたが、特に王毅大使(在任2004年~07年)は頻繁に足を運んでこられ、多くの問題について話し合いました。オバマ政権については、現在の中国大使は、「中国政府はオバマ大統領のリーダーシップのもとで新たに変化しつつある状況を慎重に注視しており、全体的な方向性については歓迎している。」と私に説明しました。(原文へ

翻訳=IPS Japan

インタビューは、ラメシュ・ジャウラIPS欧州局長と浅霧勝浩IPS Japan理事長が、海部会長がローマで開催されたIPS年次会合に参加時に行ったものである。

グローバルパスペクティブ(2010.1月号に掲載)

1月、2月には卓越した世界の音楽と舞踊が鑑賞できる

【アブダビWAM】

現代音楽と舞踊における最高峰のアーチストの招聘で知られるアブダビ文化遺産庁(ADACH)は、1月―2月に、3名の卓越した芸術家をホストして、今年も「世界ステージ(World Stage)」を開催する。

 音楽ファンは、1月21日にドバイの文化財団で開催される、国際的に称賛されているマリの音楽家ハビブ・コイテ氏の公演を堪能するだろう。 

華麗なギター演奏と躍動的なアフリカのリズムで知られるコイテ氏と共演グループのバマダ(KLティグイ・ディアバテ氏を含む西アフリカの有名バンド)は世界各地の音楽祭に出演しヒットチャート1位のアルバムで数々の賞を受賞してきた。 

またADACHは、1月24日と25日に、エミレーツパレスホテルの劇場で、「ホアキン・コルテス氏とのフラメンコの夜」を開催する。 
コルテス氏は20代でフラメンコ界に革新の旋風を巻き起こした人物で、現代的な感受性とジプシーの血を受継ぐダンサーとしてのインスピレーションを武器に限界に挑み続けているスーパースターである。アブダビ公演では、コルテス氏は40名のダンサーとともに、CALEと題した最新のフラメンコショーを披露する。 

現代舞踊の振付け師で最高峰の一人であるアクラム・カーン氏とADACHIは、中東の芸術遺産を反映した国際舞台芸術の共同制作プロジェクトを2年間にわたって実施している。その第一弾となる「グノーシス(Gnosis)」は、北インドの古典舞踊カタックダンスと現代舞踊を融合したものを、アラブ伝統のオウド(Oud)・カヌーン(Qanoon)音楽の生演奏に合わせて舞台で演じるものである。本作品は、既にロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場でのプレミアショーで高い評価を獲得し、アブダビでのプレミア公演を経て中東各地で巡業を行う予定である。 

本公演は2月25日、26日にアブダビ劇場(マリナモール地区)で開催される。(原文へ

翻訳=IPS Japan戸田千鶴 


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