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国連三機関が農村雇用への投資を要望

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

3つの国連機関による共同報告書が、気候変動や減災、水不足などの大きな問題に対処する自然の力をさらに強化することで2000万人の雇用が生み出せると主張している。

国際労働機関(ILO)国連環境計画(UNEP)国際自然保護連合(IUCN)の共同報告書によると、「自然を基盤とした解決策(NbS)」を支える政策に投資することで、特に農村地帯において大きな雇用創出効果が見込めるという。

国連環境会議決議5/5は、NbSを「社会、経済、環境の課題に効果的かつ適応的に対処し、同時に人間の福利・生態系サービス・回復力・生物多様性の利益をもたらす、自然または改変された陸上、淡水、沿岸、海洋生態系の保護・保全・回復・持続的利用・管理のための行動」と定義している。

「『自然を基盤とした解決策(NbS)』における『ディーセントワーク(公正な報酬を受け、自由・公平・安全・人間の尊厳に配慮した生産的な仕事と定義)』」と題されたこの共同報告書は、第15回国連生物多様性会議(COP15)にて発表された。国連生物多様性条約の第15回締約国会議は、カナダ・ケベック州最大の都市であるモントリオールで12月7日から19日まで開催された。同市には同条約の事務局が置かれている。

“Decent Work in Nature-based Solution 2022” Report/ ILO

報告書は、現在7500万人近くの人々がNbS関連の仕事に従事していると述べている。その大部分(96%)がアジア太平洋地域と低・中所得国にいるという。しかし、世界全体のNbS関連支出は高収入国で発生している。

その仕事の多くはパートタイムであり、雇用全体はフルタイム換算で1450万人分だと推定される。また報告書は、NbS関連雇用の測定には困難があると警告している。さらに、NbSの導入に伴って発生する可能性のある雇用の喪失や移動は、この数字には含まれていない。

報告書はまた、低・中所得国では、NbS関連雇用のほとんど(それぞれ98%と99%)が農業・林業部門であると述べている。高中所得の場合は42%、高所得の場合は25%となる。

農業の生産性が高い先進国では、NbS関連支出は生態系の回復や天然資源管理に集中している。高収入国では公共部門がNbS関連支出の最大部分を占め(37%)、建設部門もそれなりの比率を占める(14%)。

もしNbS関連予算を2030年までに3倍にすることができれば、世界全体で2000万人の雇用創出効果が見込める。これは、国連の「2021年自然のための金融状況」で提示された生物多様性や土地の回復、気候関連目標の達成に向けた大きな一歩になると考えられてきた。

報告書は同時に、現在のところ、NbS関連雇用がILOの「グリーン雇用」の基準を満たす保証はないと警告している。基準を満たすためには、雇用が環境部門にあり、国際的・国内的な「ディーセントワーク」の基準に従うなどの要件を満たす必要がある。

ILO起業部のビク・バンブーレン部長は「NbSの利用を拡大する中で、NbS関連の労働者が現在直面している非正規労働や低賃金、低生産性のような『ディーセントワーク』に反する要素が拡大しないようにしなければならない。ILOの『公正な移行ガイドライン』がそのための枠組みを提供している。」と語った。

COP 27
COP 27

「我々はシャルム・エルシェイクで開催されたCOP27で『自然を基盤とした解決策(NbS)』が強調されたことを歓迎する。NbSは緩和措置の不可欠の部分となるだけではない。気候変動の影響への緩衝材となるなど、複数の利益をもたらす。この報告書が着目したのは、NbSの労働をいかに人々と経済のためのものにするのかということであり、それが成功に向けた主要素となる。若者層を前面に立てた広範な連携がこの達成のために必要だ。」と国連環境計画(UNEP) 生態系局のスーザン・ガードナー局長は語った。

「NbSは、『自然を基盤とした解決策』のためのIUCNグローバル基準に従って計画・実行される際には、連関している気候・生物多様性両危機の問題に対処する大規模かつ効果的な方法を提供すると同時に、良質かつグリーンな雇用など、人間の福祉と生活にも重要な利益をもたらす。ポスト2020年の『グローバル生物多様性枠組』の履行において不可欠なツールとなるだろう。」と国際自然保護連合(IUCN)のスチュワート・マギニス副事務局長は語った。

報告書は、NbS関連活動を行う企業や協同組合の育成・支援、適切なスキル開発、NbS関連雇用の獲得に向けた労働者支援、NbSを大学のカリキュラムに盛り込むための支援、中核的な労働基準(最低賃金、労働安全・保健、結社の自由など)をNbSが順守できるような政策などの「公正な移行」政策の実行を求めている。

COP27でILOとUNEPが新たに立ち上げた「グリーン・ジョブズ・フォー・ユース・パクト」は、100万人分のグリーン雇用を創出し、この報告書の勧告が実地で実現されるよう努力することを目的としている。

特に、報告書が指摘するように、現在の雇用や労働慣行が自然を持続不可能な状態で搾取している場合、より持続可能な慣行への移行が短中期的に生み出す雇用や生活へのリスクを軽減する「正しい移行」政策も必要である。

そうした政策には、転職促進サービス、公共部門での雇用プログラム、再雇用訓練、失業者支援へのアクセス、早期退職、生態系サービスの利用及び支払い(PES)プログラムなどが含まれることになるかもしれない。(原文へ

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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|2022年概観|停滞する核軍縮

【国連IDN=タリフ・ディーン

政治的にも軍事的にも緊張が高まった2022年が残念な終わりを迎える中、昨年は核による恫喝が淡々と新聞の一面に登場した一年であった。

緊張の高まりは、主にロシアからの恫喝、北朝鮮からの継続的な軍事的レトリック、核オプションを放棄しようとしないイラン、そして世界の主要な核保有国であるロシアと中国との間の関係緊密化によって引き起こされた。

President Biden speaks with the media at the conclusion of the U.S-Russia Summit in Geneva, June 2021. Image: U.S. Embassy Bern Switzerland / Flickr, Creative Commons
President Biden speaks with the media at the conclusion of the U.S-Russia Summit in Geneva, June 2021. Image: U.S. Embassy Bern Switzerland / Flickr, Creative Commons

米国のジョー・バイデン大統領は、おそらく無意識のうちにイランの核合意は「死んだ」と漏らし、さらなる恐怖を呼び起こした。しかし、より重要な問題は、それは死んだのか、あるいは死なされたのか、ということだろう。

さらに、政治的な問題が山積している。2023年は核の恫喝のない年になるのだろうか。それとも、核抑止力に希望が持てないまま、新年も緊張が高まるのだろうか。

しかし、昨年の核軍縮の状況は進歩よりも後退であり、そのほとんどがマイナス要素であった。

ブリティッシュコロンビア大学(バンクーバー)公共政策グローバル問題大学校軍縮・グローバル・人間の安全保障研究部門の責任者であるM.V.ラマナ教授は、「2022年の核軍縮に関しては良い面を挙げるのが難しい。例外は核兵器禁止条約第1回締約国会合ぐらいです。同時に、世界各地で核の脅威が続いていることは、核兵器使用の危険性が依然として高いことを、世界中の人々が思い知らされる効果がありました。」と語った。

M.V.-Ramana
M.V.-Ramana

「このようなリマインダーを必要としない人々もいるが、大多数の人々は、メディアが核兵器についてほとんど報じないので、このリマインダーを必要とするかもしれません。」

「核軍縮に関心を持つ人々にとっての課題は、核兵器に関して高まった意識をいかに核兵器への懸念へと変えていくか、そしてその懸念をいかにして具体的な行動へと変えていけるか、というところにあります。」とラマナ教授は指摘した。

オランダのNGO「PAX」と核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が12月15日に発表した報告書は、昨年、核兵器産業における長期的投資は減少した、としている。

名指しされた24の核兵器製造企業への投資総額はその前年より増加したが、これは防衛分野の激動の1年を通じた株価の変動に起因するものであった。

しかし、この報告書『核兵器に投資するな』のデータを見ると、融資や証券の引受・売出しなどの長期投資は2022年に459億ドル減少した。

ICAN
ICAN

核兵器生産を持続的な成長市場だと見なくなった長期投資家の数が増えているということであり、そこに関わる企業をリスクとして避けるべきと考えている人が増えてきたということでもある。

報告書は、中国・フランス・インド・ロシア連邦・英国・米国の核兵器製造に深く関わる24企業への投資について概観したものである。

報告書は、全体として、306の金融機関が、融資、証券の引受・売出し、株式の購入、債券の購入などで核兵器製造企業に7460億ドルを資金提供したとしている。米国の「バンガード」が最大の投資企業であり、681億8000万ドルを投資した。

PAX「核はいらないプロジェクト」のアレハンドラ・ミュノス氏は、「核兵器製造企業に投資を続ける銀行や年金基金などの金融機関によって、この大量破壊兵器の開発・製造が可能となっています。金融部門は、社会における核兵器の役割を低減するための取り組みで役割を果たすことができるし、そうすべきです。」と語った。

ICANのベアトリス・フィン事務局長は、「2021年に発効した核兵器禁止条約によって、これらの大量破壊兵器が国際法上違法化された」点を指摘したうえで、「長期的な傾向を見ると、核兵器に押された『悪の烙印』効果が発揮されつつある。」と語った。

「核兵器製造への関与は企業にとって望ましいものではなく、こうした企業の活動が人権や環境に与える長期的影響の観点から、対核兵器投資はリスクの高いものになりつつあります。」とフィン事務局長は指摘した。

ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の検証・保安政策局長だったタリク・ラウフ氏はIDNに対し、「2022年は核兵器使用の危機があり、原子力発電所が実際の戦闘行為のなかで砲撃され、核軍備の制限とリスク低減に関する冷静な議論が見られないなど、核の危険が高まった運命の年だった。」と語った。

昨年末の段階で、ロシアと米国の間で唯一効力を持っている新戦略兵器削減条約(新START)は2026年2月4日に失効する予定で、それまで約1100日しかない。

2011年2月5日に発効した新STARTの下では、米ロ双方が核弾頭を1550に、配備済みの大陸間弾道ミサイル、海上発射弾道ミサイル、長距離爆撃機の合計を700に制限することを約束している。

Tariq Rauf
Tariq Rauf

「現地査察はコロナ禍によって止まってしまったが、幸いなことに米ロ両国はデータの交換は続けています。」とラウフ氏は指摘した。

最新のデータによると、米国は659の運搬手段に1420の核弾頭を搭載しており、ロシアは540の長距離ミサイル及び爆撃機に1549の核弾頭を載せている。

「2021年7月、バイデン、プーチン両大統領によるジュネーブ米ロ首脳会談を受けて戦略的安定対話(SSD)が開始されたが、3回終了したところでロシアによる昨年2月のウクライナ侵攻が始まり、協議がストップしています。」とラウフ氏は指摘した。

やや遅れてはいるが、米国は新START二国間協議委員会の会合実施をロシアに提案すると同時に、後継条約と現地査察についての協議再開を呼びかけている。他方で、ロシア側は、時期が適切でないとしてこうした呼びかけを批判している。

核政策法律家委員会(LCNP)が12月21日に新たに刊行した「気候保護と核廃絶」は、気候変動と核兵器による脅威がますます大きくなっていると警告している。

「核兵器保有国は核戦力を近代化し、ある場合には数も増やしている。米ロ間の核軍備協議は停滞し、多国間核軍縮協議は存在しない。」

「ロシアによるウクライナ侵攻とそれに対する国際的な強い反発によって、平和と軍縮に関連する主要国間の継続的な協力にすでに障害が現れている。」と報告書は指摘している。

「そして、気候変動も無視することができない存在になってきた。最近のIPCC報告書は、地球の気温が不可避的に上昇し、火災や大型ハリケーン、洪水など、私たちが既に目にしている異常気象を世界的に引き起こしている。」

ラウフ氏は、「ウクライナにおける代理戦争が継続していたとしても、米ロ両国は次の分野での対話再開を図らねばなりません。」と、IDNの取材に対して語った。

Image: The US-Russia arms race. Source: china.org.cn
Image: The US-Russia arms race. Source: china.org.cn
  1. 核兵器の削減をさらに進めて、新STARTが2026年2月に失効したのちも米上院とロシア議会の承認なしで実行できる行政協定を締結すること。
  2. 戦略的安定性の強化。
  3. 核ドクトリンや核兵器配備に関する情報交換を通じて核戦争のリスク低減を図ること。
  4. 核不拡散条約(NPT)、核兵器禁止条約(TPNW)、包括的核実験禁止条約(CTBT)の支持。
  5. イラン核協定(JCPOA)の復活。

「また、最大2トンまでの兵器級高濃縮ウランをIAEA/NPTの保証措置の対象から外すオーストラリアへの原子力潜水艦提供計画(AUKUS計画)を原因とする脅威も存在します。」と、ラウフは指摘した。

もしこの計画が実行されるようなことがあると、IAEAの保証措置体制は決定的に弱体化することになるだろう。

ラウフ氏は、2022年、世界を核の危険から救う上で次の3人の人物が大きな役割を果たしたと指摘した(アルファベット順)。

2020 NPT Review Conference Chair Argentine Ambassador Rafael Grossi addressing the third PrepCom. IDN-INPS Collage of photos by Alicia Sanders-Zakre, Arms Control Association.
2020 NPT Review Conference Chair Argentine Ambassador Rafael Grossi addressing the third PrepCom. IDN-INPS Collage of photos by Alicia Sanders-Zakre, Arms Control Association.
  1. IAEAのラファエル・グロッシ事務局長:ウクライナの原発施設に対するリスクを低減するために大胆かつ弛みない努力を続けた。
  2. オーストリアのアレクサンダー・クメント大使:6月に「核兵器の非人道性に関する国際会議」とTPNW締約国会議を成功裏に開催した。
  3. アルゼンチンのグスタボ・ズラウビネン大使:8月にNPT再検討会議の議長として議論を牽引した。彼の努力にも関わらず、NPTの中核的な任務よりもウクライナ戦争の問題を優先した一部の国々の行動のために、最終合意に達することができなかった。

他方で、核不拡散軍縮議員連盟(PNND)によれば、この10カ月は、ロシア・ウクライナ戦争や北朝鮮による核ミサイル実験、中国と台湾・米国間の緊張、インド・パキスタン間の継続中の紛争があって、それらから生じる核使用の脅威が現実に存在した。

「したがって、核保有6カ国(中国・フランス・インド・ロシア・英国・米国)を含むG20の首脳が、「核兵器の使用及び使用の威嚇は容認できない」とする宣言を確認したことは

心強いことだった。」

11月16日に発表された宣言は、核リスク低減や核軍縮の突破口を示し、核兵器使用禁止の一般慣行を強化し、これを核兵器国が少なくとも文書の上では認めている規範へと昇華させたものであった。

ワシントンに本部を置く軍備管理協会(ACA)は先月、年末の声明で、米国とロシアの指導者は50年間にわたり、検証可能な核兵器削減が自国の安全保障と国際社会の利益につながることを理解してきたと述べた。

「しかし、2022年が終わりを迎える中、ウラジーミル・プーチンによるウクライナへの違法かつ破壊的な戦争が続き、核軍備管理を巡る協議は停滞している。」

世界の二大核保有国間の現存する最後の核規制条約である新STARTは、あと1140日で失効してしまう。

米ロ両国が新たな核軍備管理の枠組みに向けた協議を真剣に開始しない限り、両国の核戦力を制約するものが1972年以来初めてなくなってしまう。

ロシア(および中国)との全面的な核軍拡競争の危険が高まってしまうとACAは警告している。(原文へ

Collage: Thalif Deen
Collage: Thalif Deen

※タリフ・ディーンは、コロンビア大学(ニューヨーク州)修士課程でジャーナリズム学を修めたフルブライト奨学生。著書に『核の災害をどう生き延びるか』(1981年)、国連を題材にした『ノーコメント:私の言葉を引用するな』(2021年)等がある。

INPS Japan

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|レバノン|希望と夢を響かせる文化イベント

【トリポリINPS/ECCE=イマネ・デルナイカ・カマリ】

Photo credit: Elite Center of Culture and Education
Photo credit: Elite Center of Culture and Education

文化教育エリートセンター(Elite Center of Culture and Education:ECCE)は2023年1月14日、在レバノンインド大使館と日本大使館の後援のもと、ベイルート・アラブ大学(BAU)トリポリ校にて、「天響の夢(Sky Dream)」と題したレバノン・日本・インド関連の展示・舞踊・歌などで構成された大規模な文化イベントを開催し多くの観客で賑わった。

このイベントでは、セントジョセフ大学日本文化センターで日本語を教えている詠子氏が主宰するレバノンの舞台舞踊団「レバノンのドリーマーズ・ジャパン(Dreamers Japan in Lebanon)」が日本の時代劇をモチーフとした舞踊を、そして、在レバノンインド大使館でインド舞踊を教えているプロのアーティスト、ディペッシュ・ホスキリ氏と国連機関で社会開発を担当している杉田聖子氏がレバノンの学生たちと共にインドの古典舞踊バラタナティアムを披露した。バラタナティアムはインド四大古典舞踊のなかで最も古い伝統を持ち、6世紀から9世紀にかけての古文書や寺院彫刻は、それが当時すでに高度に洗練された舞台芸術であったことを示唆している

これらの作品は、インド、日本、レバノンという3つの古い文化が一体となって素晴らしい創造性を発揮し、芸術は時間と空間を越えて人々の魂をつなぐという出演者らの確固たる信念を体現したものとなった。

天響の夢 (Amane no Yume) – Sky Dream – /Performed by Dreamers Japan in Lebanon
Photo credit: Beirut Arab University

開会式典には、スハイル・アジャズ・カーン駐レバノンインド大使、馬越正之日本大使(南2等書記官が代理出席)、グレッタ・ヌーン日本大使館文化部長、朴韓国大使夫妻、イェリザン・カリキノフカザフスタン大使をはじめ、各国の外交官、レバノン政府の大臣、代理、大学や病院の学長、文化・科学・宗教団体や自治体の代表、そして多くの学生たちが出席した。

ベイルート・アラブ大学のアミール・ジャラル・アル・アダウィ学長が、ハーリド・バグダディ副学長、オマール・ホウリ事務局長、理事・事務局関係者、イマーネ・デルナイカ・カマリ博士(ECCE代表)、アメール・カマリ氏等と共に、出席者を歓迎した。

式典は国歌斉唱で始まり、アダウィ学長が「あらゆる文化に対してオープンであることは、人間文化を豊かにするために当大学が掲げているモットーの一つです。「このイベントは独自の創造性をもってコミュニティの問題に光を当てるものであり、文化・芸術シーンへの貴重な一ページを加えるものです。」と語った。

Imane Dernaika Kamali/ Photo credit: Elite Center of Culture and Education
Imane Dernaika Kamali/ Photo credit: Elite Center of Culture and Education

カマリ博士は、「天響の夢(Sky Dream)」というこのイベントのテーマについて、「相次ぐトラブルと危機を経験している現在のレバノンには、まさに暗黒の日々を光に転ずる『天響の夢』が必要であり、時宜を得たタイトルだと思います。レバノンの救済プロジェクトは、本質的に文化プロジェクトでなければなりません。レバノンには文化が牽引する政策が必要であり、文化は、異文化との間に総合的かつ双方向の関わりを持つことができなければ成熟の域に達することができません。ECCEは、こうした理念から、ここトリポリ市の文化的なインターフェースとなり、異なる文明や文化を結びつける存在になるべく活動に取り組んでいます。」と述べ、ベイルート・アラブ大学、インド大使館、日本大使館の協力に謝意を述べた。

続いて登壇したカーン博士(駐レバノンインド大使)は、「レバノンとインドは、1950年代初頭に外交関係を開始して以来、常に友好的な関係を保っており、この関係は相互尊重と、とりわけコミュニティの多文化と民主主義の伝統を含む共通項に基づいています。」と語った。

続いてカーン大使は、インド国外でマハトマ・ガンディーの価値観を広めた人物としてジャムナラル・バジャジ国際賞を受賞したウガリット・ユナン博士を表彰した。また、在レバノンインド大使館の友人で、以前からインド文化の普及やインドとレバノンの友好関係の強化に協力してきたカマリ博士も表彰された。

Photo credit: Elite Center of Culture and Education
Photo credit: Elite Center of Culture and Education

スピーチに続いて、17世紀にコレラが流行した際、天からのメッセージを運んで病気を治したという日本の神話「アマビコ」を再現した12コマの踊りと歌で構成したショー等が披露された。コロナ禍を経て、この題材から、この芸術的創造性を通じてレバノンと世界に希望とポジティブな気持ちを広めようと、演劇ショーのアイデアが生まれた。

ベイルート・アラブ大学のキャンパスでは、これらのショーが披露される傍ら、インドと日本大使館のパビリオンでは、両国のパンフレット、雑誌、ポスター、民族衣装などが展示され、レバノンの芸術パビリオンでは、同国の観光地に関する絵画やトリポリ市内の古い歴史遺産の装飾などが展示された。(原文へ

INPS Japan

Photo Credit: Beirut Arab University
Photo Credit: Beirut Arab University

*イマーネ・デルナイカ・カマリは、文化教育エリートセンター代表、政治評論家、セントジョセフ大学講師。

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偽情報: 信仰に基づく組織に対する脅威の高まり

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=プリトビ・イエル/ゾーイ・スコリック】

公衆衛生への取り組みの妨害や選挙戦の混乱など、世界中で偽情報が国民の信頼や民主主義の原則を脅かしている。しかし、国際社会において偽情報がますます大きな話題となりつつあるにもかかわらず、信仰に基づく非政府組織(NGO)の運営やその公共イメージに対する偽情報の影響は、余り取り上げられていない。米国で活動する海外支援組織の60%近くが信仰に基づく組織であることを考えると、これらの組織に対する偽情報の影響を把握するだけでなく、組織の人道的活動に悪影響が及ばないよう偽情報に対抗する戦略を検討することも重要である。

偽情報キャンペーンの背後には概して国家の存在があるが、それ以外のアクターが虚偽や不正確な情報を意図的に拡散するために大きな役割を果たしている場合もある。最新の調査では、民間の第三者機関、つまり「偽情報コンサルタント会社」を利用して偽情報キャンペーンを開始し、促進する事例が増えていることが示されている。そのようなキャンペーンは、政治的利益を得るために偽のナラティブを拡散している。政治家や政府は舞台裏に身を潜めたまま、これらの偽情報拡散機関の糸を引いており、そのような事例はインド、フランス、ドイツ、ホンジュラスのような国々で確認されている。(原文へ 

しかし、偽情報を広めているのは、これらのいわゆる「偽情報コンサルティング会社」だけではない。シンクタンクや報道機関も、同じことをしている。米国に本拠を置くイスラム教系NGOは、偽情報キャンペーンによる狙い撃ちの被害者となっている。近頃では、反イスラム右翼系シンクタンクのミドルイースト・フォーラム(MEF)が、信仰に基づく組織を中東や南アジアのテロリスト集団と結び付けようとする記事を発表した。関連性がある以上同罪である、つまり3次や4次の隔たりは仲間のうちといった理屈である。記事では、イスラム教とテロの繋がりに関する使い古されたステレオタイプを強化するという究極の目標に役立つような各種のデータベース、グラフ、数字を読者に示し、信憑性を粉飾するという手段を用いている。しかし、詳細に分析すれば、それらのデータは信仰に基づく組織とテロの間に関連性があることなど証明していないが、その代わりにNGOの収入や寄付金の流れをあやふやなままリストアップしており、無関係でありながらいかにも説得力がありそうな話を読者に提示しているということが分かる。さらに、記事は、「過激主義に対抗する有力な手段として、[イスラム系米国人の]マッピング」を強化するのが有効であると主張している。これこそ、この記事が、西側のイスラム恐怖症と米国人イスラム教徒に対する偏見を助長するステレオタイプを利用することによって、偽情報の魅力を強めようとしていることを示している。

米国の信仰に基づくNGOは、そのような偽情報戦術によって組織の評判が傷つけられ、救済・開発援助組織として運営する能力が損なわれたと抗議している。偽情報が流された結果、政府の助成金を打ち切ろうとする連邦議会での動き、銀行取引の困難、活動する人員の安全リスクが生じていると、これらの組織は報告している。例えば、バンク・オブ・アメリカは近頃、イスラミック・リリーフUSAが23年間保有していた銀行口座を何の説明もなく閉鎖した。これは、オンライン上の偽情報によって生み出されたネガティブな認識がいかに現実に影響を及ぼすかを、改めて示すものである。

イスラミック・リリーフUSAだけではない。調査に回答した、米国に本拠を置き海外で活動を行っているNGOの3分の2が、資金アクセスに関連する困難を抱えていると報告している。こういった問題は、銀行が「デ・リスキング」と呼ばれる取り扱いする結果として生じる場合が多い。これは、顧客との取引に関して認知されたリスクを管理するのではなく回避するため、金融機関が取引関係を断ち切るという慣行である。デ・リスキングは、人道援助活動を行っているNGOにとって特に打撃を与える。命を救う支援を行う海外プログラムを資金が支えているからである。その場合、NGOは、資金を海外に送る別の方法を見つけるか、米国の別の銀行に口座を開設するために、貴重なリソースを配分する必要が生じる。

そのような偽情報戦術に対抗するため、一部の組織はオンラインの検索エンジン最適化や政府関係担当者の設置に投資を行っている。しかし、多くの場合、このような対応戦略は費用がかかり、重要な人道的活動に配分できたはずの多くの時間や資源を必要とし、偽情報キャンペーンに対抗する効果はわずかなものに過ぎない。

 偽情報キャンペーンに対する力を生み出す一つの方法は、米国を拠点とする信仰に基づく組織や支持団体の間で強固な連帯と協働を構築することである。米国に本拠を置く組織のハブとして、NGOに対する差別や偏見に基づく政策に対抗する活動を行っているトゥギャザー・プロジェクト(The Together Project)は、偽情報に対抗し、ポジティブな変化を促すために、市民社会空間における連携がいかに有効であるかを着実に実証している。

2017年、ロン・デサンティス元下院議員がNGOイスラミック・リリーフUSA(IRUSA)への政府助成金の打ち切りを強く要求した。デサンティスが提案した助成金修正案に対抗するため、IRUSAはトゥギャザー・プロジェクトと連携し、同盟関係にあるカトリック・リリーフ・サービス(CRS)のような宗教的組織や非宗教的組織とともに対応戦略を策定した。この対応では、同盟するNGOの連合や、信仰に基づくNGOのミッションと活動を支持する連邦議会議員の影響力が発揮された。最終的にはデサンティス議員の修正案が取り下げられ、この努力は成功を収めた。

信仰に基づくNGOが偽情報によるネガティブな影響に対抗するために利用できるもう一つの有効な戦略は、情報のマッピングと共有を強化することである。情報のマッピングと共有により、NGOはベストプラクティスを学び、ツールを共有することができ、偽情報に対して後手に回るのではなく先手を打った対応を取る準備ができる。さらに、議員への啓蒙的な働きかけを重点的に行うべきである。信仰に基づくNGOは、定期的に訪問することによってポジティブなパブリックイメージを生み出し、偽情報の影響を受けやすいと思われる連邦議会議員を啓蒙することが可能になる。

信仰に基づくNGOは偽情報に直面した際、宗教の垣根を越えた協力とともに、情報のマッピング、国会議員への啓蒙的働きかけを行うことなどを対応戦略の核とするべきである。しかし、このような戦略だけでは、有効かつ持続的に偽情報を克服するには十分ではない。偽情報に対して永続的かつ有効に対処するためには、信仰に基づく組織同士だけでなく、データサイエンティスト、ITエンジニア、世界のメディア関係者、政策立案者、研究者、社会活動家との協力を強化する必要がある。信仰に基づく組織が偽情報に直面してもそれに負けないためには、多面的で事実の証拠に基づいたアプローチを取るほかない。今こそ、こうした革新的で変化をもたらす連携を構築し始めるときなのだ。

プリトビ・イエル(Prithvi Iyer)は、ノートルダム大学キーオスクールでガバナンスおよび政策の修士課程で学ぶ大学院生である。アショカ大学(インド)より心理学および国際関係学の学士号も取得している。また、大学院入学前はニューデリーに本拠を置く著名な公共政策シンクタンクであるオブザーバー研究財団で研究助手を務めた。
ゾーイ・スコリック(Zoe Skoric)は、ワイオミング大学を最優等で卒業し、国際関係学の学位を取得した。同大学で、米国難民再定住プログラム(U.S. Refugee Resettlement Program)をワイオミング州(プログラムがない唯一の州)に設置することを目指す組織を設立し、主導した。また、これまでにケニアの国内避難民の支援に従事し、米国国務省のほか、AMIDEAST、パートナーズ・グローバル(Partners Global)、米国シリア救済連合(American Relief Coalition for Syria)などのNGOで職務に就いた。現在は、インターアクション(InterAction)のグローバル開発政策・学習チーム(Global Development Policy and Learning team)で働いている。

INPS Japan

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宗教が防災と出会うとき

ネパール産の日本紙幣

この記事は、ネパーリ・タイムズ(The Nepali Times)が配信したもので、同通信社の許可を得て転載しています。

【カトマンズNepali Times=マヘシュワル・アチャリヤ】

お金は木にならないが、ネパールの茂みには日本の紙幣を印刷するための灌木が生えている。

ネパールは、そのユニークな生態系の多様性と地形から、多くの換金作物を生み出しているが、実際に現金になっている作物が1つある。

近年、日本では紙幣、パスポート、封筒、切手、文房具等の印刷に珍重されているヒマラヤの潅木、エッジワシア・ガードネリ(アルゲリ)の樹皮の輸出が激増している。

ヒマラヤの標高1500〜3000mによく見られるこの植物は、俗にアルゲリと呼ばれ、その需要の高まりとともに、シンドゥ・パルチョーク郡ドラカ郡タプレジュン郡イラーム郡、バグルン郡、ミャグディ郡などの農家で商業的に栽培を始めている。

ドラカ郡で紙用の潅木(ペーパーブッシュ)を栽培しているラクパ・シェルパさんは、「アルゲリはこの地域の唯一の輸出品で、この自治体に200万ルピー(約204万円)以上の収入をもたらしてくれています。」と語った。

ナラヤン・マナンダール著『ネパールの植物と人々』によると、手漉き紙の技術は14世紀に中国からネパールに伝わったとされる。ラスワ郡やドラカ郡に住むタマン族のコミュニティーでは、ネパール固有の手漉き紙としてより有名なロクタ植物の樹皮を、少なくとも700年前から使っている。

ネパールは10年以上前にこの紙用の潅木を日本に輸出し始め、既に伝統的に和紙に使われていたミツマタ(三椏)の代用品として役立っている。「日本の紙は世界一と言われていますが、ネパールの紙は海外のほとんどの紙より丈夫で質が良いと見られており、高い需要につながっています。」と、ネパール手漉き紙協会のキラン・クマール・ダンゴルさんは語った。

現在、アルゲリはネパールの55地区で栽培されている。乾燥した日陰に生える常緑小低木で、茶色がかった赤色の茎と長い花茎、黄色の花を持ち、自家受粉が可能だ。アリリ、アルカレ、ティンハーンジ・ロクタ、グルン語でパーチャール、タマン語でワルパディ、シェルパ語でディヤパティとも呼ばれ、土壌条件によってはすぐに3mまで伸び、乾燥防止や緑を増やすのに重要な役割を担っている。

Nepali Times
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「一般的な植物と違って病気に罹りにくく、虫や牛からも避けられる。しかし、栽培には細心の注意が必要です。寒い時期にきちんと乾燥させないと、植物が腐ってしまうのです。」とシェルパさんは語った。

植えてから5年後の10月から2月にかけて収穫されるが、この時期にははっきりとした白色を帯びている。水分の多いアルゲリは緑色を帯びており、手漉き紙に適さないとされている。

茎の内側の繊維状の覆いは紙の原料に、外側の樹皮はロープの原料に、また根を疥癬の治療に使う地域もある。アルゲリにはA、B、Cの3種類の等級があり、価格は1kgあたり100ルピーから575ルピーである。

シンドゥ・パルチョーク郡にあるジュガル・ネパール紙工場のベヌ・ダス・シュレスタ氏は、「アルゲリは、ヒマラヤ地方のコミュニティーにとって良い収入源です。この植物は灌漑を必要とせず、栽培が簡単です。」と語った。

ドラカ郡で40人を雇っているチェット・バハドウール・シェルパ氏によると、栽培と収穫に従事する農民は1日1000ルピーで2カ月間働き、加工に従事する女性労働者は1kgあたり20ルピーを受け取っている。

森林研究・研修センターは、国内の209万1000ヘクタールで、年間10万481トン以上のネパール産紙用の灌木が生産されていると推定している。新鮮で成熟した樹皮1kgで400gのネパール産紙漉き紙ができる。2015/16年のFAでは、6万kgのアルゲリ樹皮が3600万ルピー近くに相当し、日本に輸出された。昨年、輸出量は95000kgに増加し、年間の利益は1億ルピー以上になった。

トリブバン大学応用科学技術研究センターのバイオテクノロジスト、ヴィジェイ・スヴェディ氏は、特に東ネパールでは、持続的に利益を生むアルゲリ栽培の大きな可能性を秘めていると強調する。

Photo: LAKPA SHERPA
Photo: LAKPA SHERPA

「現在、すべての作業は手作業で行われており、大変な労力を費やしています。作付けと収穫を機械化し、体系的かつ経済的に実行できるようにする必要があります。」

ネパール産紙用の灌木は、パシュミナやカーペット、衣料品と並んで、ネパールで最も有名な輸出品の1つになるかもしれない。紙を作る以外にも、葉、茎、根は農家が商業的に販売することができる。

現在、ネパール・手漉き紙協会は、アルゲリ樹皮と手漉き紙の需要を拡大するために、地元の関係者やデザイナーを対象にトレーニングやワークショップを実施している。キラン・ダンゴルさんは、「私たちには、本当に優秀な次世代のデザイナーがいます。地元の雇用を活用することで、ネパール産手漉き紙への需要を国内のみならず世界的に拡大することができます。」と語った。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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裏庭耕作に目を向けるアフリカ南部の都市住民

【ハラレ(ジンバブエ)IDN=ジェフリー・モヨ】

ジンバブエの首都ハラレの中級郊外地ブルーミングデールの住宅裏手にある所有者のない土地で、経済的苦境に耐えている都市住民たちが裏庭での耕作を始め、トウモロコシなどの野菜畑ができている。

ザンビアでは、昨年終わりを告げたエドガー・ルング政権下での経済危機から脱しつつあるが、それでもなお数多くの都市住民が収入を補うために農業を始めている。

Map of Zimbabwe
Map of Zimbabwe

ジンバブエの東に接するモザンビークでも同じことが起きており、国中の町や都市で空いた土地を見つける競争が起こっている。

ジンバブエの北にあるマラウィでも、これに負けじと都市農業がひとつの生活様式となりつつある。

実際、アフリカ南部の人々の多くがインフレと食料不足に悩む中、多くの都市住民が裏庭での耕作に切り替えている。

地域全体で企業倒産の報道があふれており、多くの都市住民の生活は苦境に陥っている。そうした人々の一部では、裏庭での耕作がひとつの選択肢に入ってきている。

ハラレでは、人口密度の高い郊外地区ムファコセのリビアス・ゴノ(63)のような都市農民が、裏庭で採れたトウモロコシの袋を自身の出身地であるムベレングワ村で食料不足に悩む親戚に送っている。

ムベレングワはミッドランド県の農村地帯にある村である。

ゴノの親戚を含むムベレングワの村人たちは、気候変動の影響のために毎年のように飢餓に見舞われている。

「常に干ばつに襲われている私の村の親戚に採れたトウモロコシのほとんどを送っている。」とゴノはIDNの取材に対して語った。

Photo: 63-year-old Livias Gono of Mufakose high-density suburb in the Zimbabwean capital's harvested maize stored in a makeshift barn near his urban home. Credit: Jeffrey Moyo/ IDN.
Photo: 63-year-old Livias Gono of Mufakose high-density suburb in the Zimbabwean capital’s harvested maize stored in a makeshift barn near his urban home. Credit: Jeffrey Moyo/ IDN.

ジンバブエでは失業率が90%にも及び、都市住民ですらも飢えから逃れることができず、その多くが裏庭耕作を始めるようになっている。

「ジンバブエ脆弱性評価委員会」(ZimVAC)によると、昨年、ジンバブエの都市部で240万人が基本的な食料ニーズを満たすことができず、飢えに陥っている。同委員会は、行政、開発パートナー、国連、非政府組織の代表から構成される技術諮問委員会である。

また、年率269%というインフレもジンバブエの都市住民を打ちのめしている。

ザンビアでは、昨年ハカインデ・ヒチレマ大統領が就任してインフレが抑制されたとはいえ、都市住民は依然として裏庭耕作を行わねばならない状態にある。

首都ルサカの中心部に住む5人の子どもを持つ47歳の未亡人、ローラ・フィリのように、家族の食生活を補うために野菜を栽培することを大切にしている人は多い。

「仕事がないから、私がこうでもしないと子どもたちは飢えてしまう。」とフィリはIDNの取材に対して語った。

フィリは、裏庭で野菜を育てることで、毎月の支払いに充てる収入を得ることができる。

「野菜を売ることで毎月3000ザンビア・クワチャ(約180米ドル)の収入があって、これで新たな人生の一歩を踏み出すことができる。」とフィリは語った。

ジンバブエ第三の都市キトウェのキニアス・バンダ(53)のような数多くの失業者たちが、収入を得るために裏庭で家畜の飼育を始めている。バンダは自宅裏で400羽のニワトリを飼っている。

ジンバブエの失業率は13%である。

しかし、同国の都市部に住む人々が飢餓に苦しんでいるのも事実である。

結果として、世界食糧計画は、ひと月に必要な食費の約半額にあたる400ザンビア・クワチャ(約22米ドル)を都市の低収入世帯に提供している。

Map of Zambia
Map of Zambia

人口約1900万人のザンビアでは、貧困が都市生活の基本的な特徴になりつつある。統計によると、430万人の都市住民のうち34%が極度の貧困下にあり、18%が中程度の貧困である。

ザンビアの開発専門家ダニエル・チャンダは、「都市農業は、裏庭で食べられる作物を栽培することで、町や都市の経済的展望を広げるのに役立っている。」と語った。

チャンダはまた、「ザンビアでは都市部での裏庭農業が増加しているため、町や都市で起業活動が活発になっているという。ザンビアで裏庭耕作が広がる中、国内での起業活動も活発化している。」と語った。

マラウィでは、首都リロングウェのルシア・バンダウェ(45)のような多くの人々を都市農業が引き付け、主たる地位を占めつつある。「私が子どものころは都市で野菜を育てている人なんていなかったが、最近では状況が変わって、みんな裏庭で耕作するようになっている。」とバンダウェはIDNの取材に対して語った。

バンダウェによると、マラウィの都市農業は2年前に始まる新型コロナウイルス感染拡大に伴う行動制限によって、さらにその必要性が増しているという。

「マラウィの人々は、室内で過ごす時間が増え、農業に目を向けざるを得なくなっている。」とバンダウェは語った。

コロナウイルスの規制がほぼなくなった現在でも、町や都市での裏庭農業は維持せざるを得ず、マラウィの都市部の人々の生活の一部になっている。

マラウィ・ブランタイアの漁民クンブカニ・ブンブウェ(63)もそうした都市農民のひとりだ。

ブンブウェはIDNに「個人的には、支援が得られれば都市農業は貧困を克服する方法になると思う。多くの人々が仕事を失っているから。」と、語った。

ブンブウェは、市民活動家の中には都市農業への懐疑的な声もあると言う。ジムソン・ブワナリもその一人だ。

「政策決定者は、食料不足や貧困対策として都市農業がどう役に立つのかもっと正確な情報を出すべきだ。一部の人々しかやっていないことでは、なかなか説得力がない。」とブワナリはIDNの取材に対して語った。

Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en
Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en

モザンビークの主要な緑地帯の一つであるインフルネ渓谷では野菜生産が盛んである。農民はマプト、マトラ両市とコスタ・ド・ソルを隔てるミローズ川を利用し、一部の人々が都市農業を実践している。

モザンビーク政府の統計によると、マプトとその近郊では1万以上の小規模農民が都市農業に従事している。

2020年人間開発指数で189カ国中181位、アフリカ南東部に位置するモザンビークは、低所得で食糧不足の国であり、2800万人の大部分が農村部の居住している。

他方、ナミビアでは、食料自給を強化するための都市農業を農業省が推進しようとしている。
国連は、2050年までに世界の人口の66%が都市に居住することになると推測している。そのような状況では、裏庭耕作が食料ニーズを満たす唯一の方法となるだろう。

ボツワナでは、急速な都市化に伴う経済成長の鈍化に直面し、すでに都市部の自給自足農業や都市周辺部の商業的農業への転換を余儀なくされている人々もいる。

南アフリカのケープタウンでは(およそ34平方キロの)フィリピ地区で小規模の農地が貸与され、人々が食料生産によって収入を得るようになってきている。

エスワティニ(かつてのスワジランド)では都市農業が広まりつつあり、食糧不足を解消する効果があることが知られているが、依然として違法行為とされている。

Map of Southern Africa for use on Wikivoyage, English version/ Wikimedia Commons
Map of Southern Africa for use on Wikivoyage, English version/ Wikimedia Commons

レソトでは都市間の移住が盛んであり、都市農業は食料不足への特効薬だと考えられている。

実際、レソトは、干ばつや飢え、食料不足に見舞われた国としてアフリカや世界のメディアで頻繁に紹介されている。(原文へ

INPS Japan

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イラン核合意は「すでに死に体」か、それともまだ生きているのか?

【国連IDN=タリフ・ディーン

バイデン大統領がイランとの核合意について「死に体だ」とオフレコ発言をしたことが伝えられ、この画期的な合意の将来や、新たな核保有国の出現の可能性についてさまざまな憶測を呼んでいる。

バイデン大統領は、「核合意は既に死んでいるが、それを発表するつもりはない。」と述べた後、しばらく間をおいて「長い話になるためだ。」と付け加えた。

Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.
Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.

この発言は、バイデン大統領が11月初旬に遊説で訪れた西部カリフォルニア州での選挙関連イベントで録画され、12月にSNS上で暴露されたものだ。

ホワイトハウスは、映像が偽物であるとはしていないが、あえてコメントもしていない。国務省も同様の対応であり、包括的共同行動計画(JCPOA)として知られるこのイラン核合意の将来が危ぶまれている。

2015年7月にウィーンで合意されたこの合意は、イランと安保理五大国(米・英・仏・中・ロ)、ドイツ、それに欧州連合(EU)を当事者としている。

5つの付属文書を含む159ページの文書は、イランが核開発について制限を受け入れる代わりに、イランに対する厳しい経済制裁の一部を緩和するものであった。

2018年5月、当時のドナルド・トランプ大統領が「より良い協定を交渉する」としてJCPOAからの脱退を発表したが、その後何も起こらなかった。

イランが核武装することになれば、中東における政治的ライバルであるサウジアラビアが核武装を主張する可能性が高く、おそらくエジプトもそれに続くだろう。

現在のところ、イスラエルが中東における唯一の核保有国であるが、その事実を公然と認めてはいない。

ずっと問題になっていることは、イランは、現在の9カ国、すなわち、国連安保理の5常任理事国である英国・米国・ロシア・中国・フランスと、インド・パキスタン・イスラエル・北朝鮮に続く10カ国目の核保有国になるのかどうか、という点だ。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

国連のグテーレス事務総長は12月19日、JCPOAの今後について問われ、「私は常にこの合意が素晴らしい外交的成果であったと考えている。」と記者団に語った。

「JCPOAが問題視された際、私は非常に悔しい思いをしました。私たちは、限られた権限内で、この合意が失われないよう最善を尽くすつもりですが、現時点では、合意を失う深刻なリスクに直面していると認識しており、中東地域やさらには別の地域においても平和と安定を妨げる要因になりかねません。」と、グテーレス事務総長は語った。

「平和・軍縮・共通の安全保障を求めるキャンペーン」の代表で「国際平和・地球ネットワーク」の共同呼びかけ人であるジョセフ・ガーソン氏はIDNの取材に対して、「JCPOAの『死』によって、世界は核不拡散条約(NPT)体制が終焉する可能性に直面し、核拡散と核戦争の危険は著しく増大することになります。」と語った。

「バイデン政権がJCPOAプロセスの死を表明したことで、この極めて重要な合意から脱退するというトランプ大統領の傲慢かつ無謀な決定がもたらした危険性や、核兵器国が核軍縮を誠実に交渉するとしたNPTの義務を果たさないことに起因する危険に直面する局面に立たされています。」

ガーソン氏は、「元IAEA事務局長でノーベル平和賞受賞者であるモハメド・エルバラダイ氏が、核兵器国の危険な欺瞞と二重基準について指摘しています。また、ノーベル平和賞受賞者で、マンハッタン・プロジェクトを脱退したジョセフ・ロートブラット博士は、『世界の核兵器をなくすことができなければ、世界的な核拡散につながる。』と警告したうえで、『どの国も権力と恐怖の不当な不均衡を長く容認することはないだろう。』と指摘していました。」と語った。

「核兵器製造の瀬戸際までこぎつけた核開発計画と、その計画に潜む脅威に関して、イラン政府は非難を免れるものでは到底ありません。」とガーソン氏は語った。

The official State Department photo for Secretary of State Antony J. Blinken, taken at the U.S. Department of State in Washington, D.C., on February 9, 2021. / Public Domain]By U.S. Department of State, Public Domain
The official State Department photo for Secretary of State Antony J. Blinken, taken at the U.S. Department of State in Washington, D.C., on February 9, 2021. / Public Domain]By U.S. Department of State, Public Domain

米国のアントニー・ブリンケン国務長官は、「イランは状況を不安定化させる危険な行為に訴え、テロ集団を支援し、中東地域全体を不安定化させている。」と12月22日に記者団に語った。

「私たちはこの問題を重視しイランと関与してきました。イランが核兵器を獲得しないことが我が国の利益に深く関わっているという立場は変わりません。バイデン大統領は、イランが核兵器を獲得しないよう尽力しています。そのための最も効果的で持続可能な方法は外交であると引き続き考えています。」

「イラン核合意が履行されていた間は、予定通り機能していました。つまり、イランの核開発は、国際査察官のみならず米国当局による査察もなされ、前政権を含めてイラン側も合意内容を順守しており、事実上核開発を封じ込めていたのです。」

「思うに、(トランプ政権が)合意から脱退し、イランに核開発を進展させる自由を与えてしまったのは重大な過ちでした。しかし、これはバイデン政権が引き継いだ現実であり、私たちはこの問題に対処しなければならなかったのです。」

「したがって、米政府は外交により合意復帰を目指すことが最善の方策だと考えています。しかし、イランの悪質な行為に対抗しつつ取り組んできた我が国や欧州のパートナーによる様々な努力にも関わらず、イランは、核合意の遵守に復帰するために必要な意思も行動も示してきませんでした。」

「そこで、私たちとしては、イランが核兵器を取得することがないように引き続き注視し、必要な行動をとっていくつもりです。」

ガーソン氏は、「核合意に復帰するための共通の基盤を米国とイラン双方が見いだせていないために生じた新たな危機は、より深い文脈の下で理解されねばなりません。すなわち、長年に亘って米国が南西アジア全体に強制的な覇権を行使してきた不公正と、その中でイランが西側諸国の覇権にとって代わろうとする野心を燃やしてきた文脈を理解する必要があるのです。」と語った。

「例えば、英米は1953年にイランで民主的に選ばれたモハンマド・モサデク政権を転覆させ、シャーの野蛮な独裁を支援し、サダム・フセインがイランのイスラム共和制を打倒するための侵攻を支援し、米国の中東覇権を強化するために核戦争を開始するとの威嚇をし、その準備を続けてきました。」

ガーソン氏はまた、「イスラエルが保有する核戦力の存在と、米国などがイスラエルの核兵器に対して欺瞞的に行使してきた二重基準もまた重要な要素です。」と語った。

Joseph Gerson
Joseph Gerson

「イランが核兵器を保有することになれば、核保有を公に認めないが実際にはそれを強制力として利用し、大量虐殺の可能性を秘めたものとして保有するという『イスラエル・モデル』に従うことになるとみられています。」

「その結果、サウジアラビアをはじめとする湾岸諸国が自国の核兵器を開発する可能性が高まるでしょう。」とガーソン氏は予測した。

「イランが核兵器の開発に成功すれば、米国が明確にそれを支援するかどうかは別として、最初の核爆弾が生産される前か直後にイスラエルがイランの核施設を攻撃することとなり、中東地域のあらゆる当事者にとって壊滅的な帰結をもたらす地域戦争へと発展していく事態に直面することになるだろう。」

従って、外交的影響力を発揮できるあらゆる国々が、違いを乗り越えて核合意に復帰するための外交努力をせねばならない。ガーソン氏は、「それが緊急かつ共通の利益の最上位に置かれねばならなりません。」と語った。(原文へ

INPS Japan

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|視点|「平和の回復へ歴史創造力の結集を」―ウクライナ危機と核問題に関する緊急提言(池田大作創価学会インタナショナル会長)

【東京INPS Japan=池田大作

昨年2月に発生したウクライナを巡る危機が、止むことなく続いています。戦火の拡大で人口密集地やインフラ施設での被害も広がる中、子どもや女性を含む大勢の市民の生命が絶えず脅かされている状況に胸が痛んでなりません。避難生活を余儀なくされた人々も国内で約590万人に及んでおり、ヨーロッパの国々に逃れざるを得なかった人々は790万人以上にも達しました。

“戦争ほど残酷で悲惨なものはない”というのが、二度にわたる世界大戦が引き起こした惨禍を目の当たりにした「20世紀の歴史の教訓」だったはずです。また、徴兵されて目にした自国の行為に胸を痛めていた長兄が、戦地で命を落としたとの知らせが届いた時、背中を震わせながら泣いていた母の姿を一生忘れることができません。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN 資料:Public Domain

翻って現在のウクライナ危機によって、どれだけの人が命を失い、生活を破壊され、自分や家族の人生を一変させられたのか―。

国連でも事態の打開を目指して、「平和のための結集」決議に基づく総会の緊急特別会議が40年ぶりに安全保障理事会の要請を受ける形で開かれたのに続き、グテーレス事務総長がロシアとウクライナをはじめとする関係国の首脳との対話を重ねながら、調整にあたってきました。

しかし危機は長期化し、ヨーロッパ全体に緊張を広げているだけでなく、その影響で食料の供給不足やエネルギー価格の高騰、金融市場の混乱が引き起こされ、多くの国々に深刻な打撃を及ぼしています。すでに今回の危機以前から、気候変動に伴う異常気象の頻発や、新型コロナウィルス感染症のパンデミックによる被害に見舞われてきた世界の多くの人々を、さらに窮地に追い込む状況が生じているのです。

戦闘の激化に加え、冬の厳しさが増す中で電力不足の生活を強いられているウクライナの人々はもとより、そうして世界の人々の窮状を食い止めるために、現在の状況をなんとしても打開する必要があります。

そこで私は、国連が今一度、仲介する形で、ロシアとウクライナをはじめ主要な関係国による外務大臣会合を早急に開催し、停戦の合意を図ることを強く呼びかけたい。その上で、関係国を交えた首脳会談を行い、平和の回復に向けた本格的な協議を進めるべきではないでしょうか。

本年は国際連盟の総会で「戦時における空襲からの一般住民の保護」に関する決議が行われてから85年、また、人間の尊厳が再び蹂躙されることのない時代の建設を誓い合った「世界人権宣言」が国連で採択されてから75年の節目にあたります。

Photo: UN General Assembly Hall. Credit: UN
UN General Assembly Hall. 資料:UN

国際人道法と国際人権法を貫く“生命と尊厳を守り抜くことの重要性”を踏まえて、現在の危機を一日も早く集結させるべきであると訴えたいのです。

ウクライナ危機の終結とともに、私が力説したいのは、現在の危機だけでなく今後の紛争も含める形で、「核兵器による威嚇と使用を防止するための措置」を講じることが、焦眉の課題となっていることです。

危機が長期化する中で、核兵器の使用を巡って言葉による牽制がエスカレートしており、核兵器に関するリスクは冷戦後の世界で最も高まっています。核戦争を招くような事態はどの国も望んでいないとしても、警戒態勢が続く今、情報の誤認や偶発的な事故、サイバー攻撃による混乱などが引き金となって“意図せざる核使用”を招く恐れは、通常よりも格段に大きくなっているのではないでしょうか。

昨年10月には、核戦争の寸前まで迫ったキューバ危機から60年となる時節を迎えていたにもかかわらず、ロシアとNATO(北大西洋条約機構)の双方が、核戦力部隊の演習を相次いで実施しました。緊張の高まりを前にして、国連のグテーレス事務総長は、「核兵器がもたらすのは安全の保障ではなく、大量殺戮と混迷だけである」との警鐘を鳴らしましたが、その認識を“21世紀の世界の共通基盤”とすることが、今まさに求められているのです。

私も、核兵器を「国家の安全保障」の観点から捉えるだけでは、深刻な問題を見過ごすことになりかねないと訴えてきました。1983年から40回にわたって重ねてきた提言を通して、「核兵器の非人道性」を議論の中軸に据えることの重要性とともに、一人一人の人間が生きてきた証しや社会と文明の営みが一瞬で無にされる「核攻撃の不条理性」にも、目を向けねばならないと論じてきました。

これらの点に加えて、今回、特に強調したいのは、核使用を巡る緊張がエスカレートした時、その切迫性の重力に縛り付けられて、人間が持つ“紛争の悪化を食い止める力”が奪われてしまいかねないという、「核の脅威に内在する負の重力」の問題です。

PX 96-33:12 03 June 1961 President Kennedy meets with Chairman Khrushchev at the U. S. Embassy residence, Vienna. U. S. Dept. of State photograph in the John Fitzgerald Kennedy Library, Boston.
PX 96-33:12 03 June 1961 President Kennedy meets with Chairman Khrushchev at the U. S. Embassy residence, Vienna. 資料:U. S. Dept. of State photograph in the John Fitzgerald Kennedy Library, Boston.

キューバ危機の際に、ソ連のフルシチョフ書記長が「結び目が固く縛られるあまり、それを結びつけた人間でさえそれを解く力がなく、そうなると、その結び目を切断することが必要になるような瞬間が来かねない」と述べ、アメリカのケネディ大統領も「われわれが核兵器をもっているかぎり、この世界は本当に管理することができないんだ」と語らざるを得なかったように、その状況は核保有国の指導者でさえ思うように制御できないものです。

まして、核ミサイルの発射を検討する段階に至った時には、破滅的な大惨事を阻止するために、紛争当事国の民衆を含めて世界の民衆の意思を介在させる余地は、制度的にも時間的にも残されていないのです。

核兵器による抑止政策で、自国を取り巻く情勢をコントロールしようとしても、ひとたび一触即発の事態に陥った時には、自国の国民を含めて世界中の人々を否応なく危機に縛り付けてしまう―。それが、冷戦時代から変わることのない核時代の実相であることに、核保有国と核依存国は今一度、厳しく向き合うべきではないでしょうか。

思い返せば、私の師である 戸田城聖第2代会長が「原水爆禁止宣言」を発表したのは1957年9月、核軍拡競争が激化する中でICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験が成功し、地球上のどの場所にも核攻撃ができる状況が現実となった時でした。

当時広がっていた核実験禁止運動の意義を踏まえつつも、問題の解決には核の使用を正当化する思想の根を断ち切る以外にないとして、戸田会長が「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」と訴えたのは、“破滅的な大惨事によって世界の民衆を犠牲にすることも辞さない論理”への憤りに根ざしたものだったと思えてなりません。

宣言の焦点は、大勢の民衆の殺生与奪の権を握る政治的立場にある人々に対し、徹底した自制を求める点にあったからです。そしてまた、宣言の眼目が、核の脅威を前に人々が「自分が行動したところで世界は変わらない」と諦めてしまう状況を食い止め、民衆の手で核兵器を禁止する道を開くことを強く促す点にあったからです。

戸田会長がこの宣言を“遺訓の第一”と位置づけたことを、私は「人類のために留め置かれた楔」として受け止めました。

この遺訓を果たすために、私は各国の指導者や識者との対談で核問題の解決の重要性を訴え続ける一方で、SGIの取り組みとして、核時代からの脱却を呼びかける展示(下の映像参照)を継続的に開催してきたほか、意識啓発のための教育活動を世界各地で行ってきました。

カザフスタン共和国の首都アスタナで昨年9月に行われた「核兵器なき世界への連帯」展。SGIとICANの共同制作による展示は、戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」発表65周年を迎えた同月、メキシコのグアナファト大学でも開催された。資料:INPS Japan

その上で、「原水爆禁止宣言」発表50周年を迎えた2007年からは「核兵器廃絶への民衆行動の10年」をスタートさせて、同時期に世界的な活動を立ち上げていたICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)などと連帯しながら、核兵器を禁止するための条約の実現を目指してきたのです。

そうした中で、“どの国にも核兵器による惨劇を起こしてはならない”との、広島と長崎の被爆者をはじめとする市民社会の思いが結晶化した核兵器禁止条約が2017年に採択され、2021年に発効したことは、私どもにとっても遺訓の実現に向けての大きな前進となりました。

威嚇や使用だけでなく、開発や保有も全面的に禁止する条約に対し、核保有国が前向きな姿勢に転じることは容易でないとしても、核兵器による惨劇の防止の重要性については認識が一致しているはずです。

ウクライナ危機の終結に向けた緊張緩和はもとより、核使用が懸念される事態を今後も招かないために、核保有国の側から核兵器のリスクを低減させる行動を起こすことが急務であると思えてなりません。私が昨年7月、NPT(核兵器不拡散条約)再検討会議への緊急提案を行い、「核兵器の先制不使用」の原則について核兵器国の5ヵ国が速やかに明確な誓約をすることを呼びかけたのも、その問題意識に基づくものでした。

8月に行われた再検討会議では、残念ながら最終文書の採択に至りませんでしたが、NPT第6条が定める核軍縮義務は決して消えたわけではありません。最終文書の案に途中まで盛り込まれていたように、「先制不使用」をはじめ、非核兵器国に核兵器を使用しないという「消極的安全保障」など、核リスクの低減を進める点については、大半の締約国が支持していたはずです。

再検討会議での議論を出発点にして、77年間にわたってかろうじて続いてきた「核兵器の不使用」の状態を今後も守り抜き、核廃絶に向けた軍縮をなんとしても進める必要があります。

その足場となるものは、すでに存在します。アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の首脳が、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との精神を確認し合っていた、昨年1月の共同声明です。再検討会議でも、多くの国が共同声明に則った自制を求めただけではなく、五つの核兵器国も共同声明に触れながら、核保有国の責任を、“一つの円”の形に譬えれば、核攻撃を互いに行う核戦争を防止するための共同声明は、その“半円”にあたるものと言えましょう。

しかしそれだけでは、核兵器の使用の恐れはいつまでも拭えないままとなってしまう。その残された難題を解消するために欠かせないのが、「核兵器の先制不使用」の誓約です。

SGIは核不拡散条約再検討会議の期間中に、国連本部において、他のNGO(非政府組織)と協力して、核兵器の先制不使用の誓約の緊要性を訴える関連行事を開催した。資料:INPS Japan

私どもSGIは再検討会議の期間中に、他のNGO(非政府組織)などと協力して、先制不使用の誓約の緊要性を訴える関連行事(右の映像参照)を国連で行いましたが、その誓約を“残りの半円”として昨年1月の共同声明に連結させることができれば、世界を覆い続けてきた核の脅威を凍結へと導くための礎となり、核軍縮を前進させる道を開くことができるのではないでしょうか。

また私が創立した戸田記念国際平和研究所でも、その時代変革を後押しするための会議を、昨年11月にネパールで開催しました。これまで先制不使用の方針を示した中国とインドに加えて、パキスタンの3か国がその原則を南アジア地域で確立することの重要性とともに、すべての核保有国が同じ方針に踏み出せるように議論を活性化することが必要であるとの点で一致をみたのです。

パグウォッシュ会議の会長を務めたジョセフ・ロートブラット博士も、かつて私との対談集で先制不使用の合意に関し、「核の全廃に向けたステップのなかで最も重要なもの」と述べ、その条約化を提唱していたことを思い起こします。

また博士は、核抑止政策の根源的な危うさについて「互いの恐怖心のうえに成り立っている」と深く憂慮していましたが、2005年の対談当時から歳月を経た今も基本的な構造は変わっておらず、そこからの脱却が人類にとって不可欠であることが、今回の危機で改めて浮き彫りになったのではないでしょうか。

「核兵器の先制不使用」の誓約は、現状の核保有数を当面維持したままでも踏み出すことのできる政策であり、世界に現存する約1万3000発の核兵器の脅威が、すぐに消え去るものではありません。しかし、核保有国の間で誓約が確立すれば、「互いの恐怖心」を取り除く突破口にすることができる。そしてそれは、“核抑止を前提とした核兵器の絶えざる増強”ではなく、“惨劇を防止するための核軍縮”へと、世界全体の方向性を変える転轍機となり得るものであると強調したいのです。

思えば、冷戦時代の国際情勢も、出口の見えないトンネルの連続であり、世界を震撼させる事態が相次ぎました。それでも人類は、打開策を見出しながら、厳しい局面を乗り越えてきたのです。

私がその一例として言及したいのは、キューバ危機に対する反省などに基づいて1968年に成立したNPTを受け、アメリカとソ連が取り組んだ「戦略兵器制限交渉」です。NPTの署名式が行われた日に開始の意向が表明され、第6条の核軍縮義務を踏まえて両国が核軍拡競争に初めて歯止めをかけようとした取り組みには、「SALT」という名称が付けられました。

英語で“塩”を意味する言葉にも通じますが、国家の専権事項として進めてきた核政策に自ら制限を加えることは、双方にとって容易ならざる決断だったと言えましょう。しかしそれは、両国の国民だけでなく、人類全体にとっての“生存の糧”として重要で欠くことのできない決断でもあったに違いない―。そうした背景が、「SALT」の文字から感じられてならないのです。

UN Photo
資料:UN Photo

核戦争の寸前まで迫った危機を目の当たりにしたからこそ、同時の人々が示したような歴史創造力を、今再び、世界中の国々が努力し合って発揮することが急務となっています。

NPTの誕生時に息づいていた精神と条約の目的意識は、核兵器禁止条約の理念と通じ合うものであり、二つの条約に基づく取り組みを連携させて相乗効果を生み出しながら「核兵器のない世界」を実現させていくことを、私は強く呼びかけたいのです。(英文)(スペイン語)(ロシア語

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国連、世界で1000万人が拘束されていることに懸念を表明

【国連IDN=タリフ・ディーン】

かつて米国の政界でもてはやされたジョークに、「バグダッドのアブグレイブ刑務所にあるイラクのサダム・フセイン大統領の悪名高い拷問室は、かつて蛮行の象徴として取り上げられたが、閉鎖されることはなかった。」というのがある。

米国によるイラク軍事侵攻と占領(2003~11年)の後、刑務所の外に掲げられた看板には、こう書かれていたらしい。「新体制のもとで……」。

アブグレイブ刑務所でのイラク人収容者に対する拷問・虐待を示す写真が公表された後の米政権の困惑ぶりは、世界の人権侵害に関する国務省の年次報告書の公表を延期したことからも明らかである。

11:01 p.m., Nov. 4, 2003. Detainee with bag over head, standing on box with wires attached./Public Domain

しかし、土壇場で公表が延期された理由が公式に明らかにされることはなかった。

この報告書は通常、事実上すべての国を狙い撃ちにし、米国による虐待をそのページから除外する一方で、主に権威主義的な政権の人権侵害に焦点を当てている。

いつも疑問視されるのは、米国は毎年、年次報告書で他国の人権状況を叩いているのに、果たして米国自身は他国より道徳的に優れているなどと主張できるのだろうか、ということである。

『ニューヨーク・タイムズ』紙でさえ、社説で「米国は屈辱を受けた」と認め、政府高官がその年の国際人権報告書を「他国から嘲笑されるのを恐れて発表できないほどになっている。」と記している。

昨年、ニューヨーク・タイムズ紙は、2002年にバグラム収容施設で米軍当局によって殺害された非武装のアフガン国籍の囚人2人に関する2000ページに及ぶ米軍報告書を入手した。

ハビブラとディラワルという2人の囚人は、天井に鎖でつながれ、殴られて死亡した。これは、拷問がイラク、シリア、アフガニスタン、リビア、サウジアラビアなどの権威主義的な政権の独占物ではないことを証明するものであった。

再び2022年に話を進める。

12月22日に発表された国連の新しい報告書は、世界中で拘束されている1000万以上の人々を拷問や虐待から守るためには、国内および国際レベルで、すべての収容施設を定期的に訪問できる機能的で独立した予防メカニズムが不可欠である。」と述べている。

国連の拷問防止機関が、拷問禁止条約選択議定書(OPCAT)採択20周年を契機に執筆したこの研究報告書は、国際機関や国内機関による拘禁場所への定期訪問に基づく拷問を防止する革新的かつ積極的な方法が、20年前に確立されたと述べている。

2002年12月に国連総会で採択されたOPCATでは、「拷問防止小委員会(SPT)」が設置された。

2007年に活動を開始して以来、「拷問防止小委員会」はこの予防制度の締約国91カ国のうち60カ国以上を訪問し、80以上のミッションを実施してきた。

これらのミッションの中で、「拷問防止小委員会」の代表団は、重大な暴力が発生した「エクアドルとメキシコの受刑者が支配する自主管理刑務所」を訪問した。

UN Secretariate Building/ Katsuhiro Asagiri
UN Secretariate Building/ Katsuhiro Asagiri

また、同委員会のメンバーは、ブラジル、グアテマラ、カンボジア、英国を含む数カ国の高セキュリティ刑務所を調査した。さらに、同委員会の代表団は、ナウル、トルコ、キプロス、イタリアの閉鎖的な収容施設で移民がどのように収容されているかを監視し、すべての訪問先で精神科病院を調査した。

2023年には、「拷問防止小委員会」はクロアチア、ジョージア、グアテマラ、カザフスタン、マダガスカル、モーリシャス、パレスチナ、フィリピン、南アフリカ、さらに「当該年度の予算に応じてその他の可能な国々」を訪問する予定である。

2023年2月9日に開催される予定のイベントでは、小委員会は多くの関係者とともに、拷問防止における成果を評価し、この人権の重要な分野における課題を検討する予定である。

生存者を治療する最大の国際組織であり、世界中で拷問の廃止を提唱している拷問被害者センターの所長兼CEOであるサイモン・アダムス博士は、IDNの取材に対して、「諸国家が拷問禁止条約の選択議定書に署名するのを推進することは重要な目標ですが、本当の試練は、拘束施設の抜き打ち独立訪問を許可するなどして、拷問を積極的に防止する義務を国々がいかに果たすかです。」と語った。

「拷問やその他の残虐で、非人道的な、品位を傷つける扱いは、通常、鍵のかかったドアの向こう、暗闇と絶望の秘密の場所で行われ、被収容者は意図的に世界の目や耳から遮断される。」と指摘した。

「国連拷問防止小委員会の訪問は、そのような暗黒の隅々にまで光を当てるのに役立ちます。拷問を防止するための中核的な原則である透明性と説明責任を確立するのです。」

アダムズ博士は、国連拷問防止小委員会がすべての締約国を平等に扱うことが不可欠であると述べている。

しかし、より大きな問題は、国際法が例外なく、いつでもどこでも拷問を禁止しているのに、選択議定書を批准している国が91カ国しかないことである。

つまり、拷問は普遍的に違法とされているのに、国連加盟国193カ国のうち、次のステップに進み、国際的な検査機構を約束した国は半分以下しかない。

「特にアジア、アフリカ、北米において、より多くの国が選択議定書に署名することが必要だということです。」とアダムス博士は語った。

一方、訪問中、国連拷問防止小委員会の代表団は拘禁されている数千人の女性、男性、子どもにインタビューを行い、患者、移民、また自由を奪われた人々と働く医師、ソーシャルワーカー、警備員、スタッフにも話を聞いた。また、裁判官、検察官、議員、弁護士、当局、非政府組織にも聞き取りを行った。

さらに、2022年11月に発表された声明によると、同委員会は、正式には国家予防機構(NPMs)と呼ばれる独立した国の監視機関と緊密に協力し、拘禁施設への合同訪問を実施した。

国連拷問防止小委員会は、国家予防機構がその任務を効率的に遂行するために、より多くの予算と国当局からの独立性を求める要望を支持した。

各訪問の後、同委員会は各国政府に対し、観察結果、懸念事項、さらなる拷問や虐待を防止し、拘禁の状況を改善するための対応勧告を含む機密報告書を提出した。

Nelson Mandela – First President of South Africa and anti-apartheid activist (1918–2013)/ By © copyright John Mathew Smith 2001, CC BY-SA 2.0,
Nelson Mandela – First President of South Africa and anti-apartheid activist (1918–2013)/ By © copyright John Mathew Smith 2001, CC BY-SA 2.0,

国家予防機構は、拷問禁止条約選択議定書の締約国になってから1年後に設置されることになっており、70カ国以上が設置している。しかし遺憾ながら、14カ国が国家予防機構の設置に関して特に対応が遅れている。しかし、国連拷問防止小委員会は引き続きこれらの国々に働きかけ、同機構の設立を支援していく予定だ。

国連拷問防止小委員会のスザンヌ・ジャブール議長は、「世界中で拘束されている1000万以上人々が、ネルソン・マンデラ・ルールなどの国際基準に従って尊厳を持って扱われ、拷問や虐待が防止されるよう、すべての自由剥奪の場を定期的に訪問できる機能的で独立した、十分な予算を持つ予防メカニズムをすべての国が持つことが最も重要である。」と述べている。

「国連拷問防止小委員会の予防的任務をより効果的に遂行できるよう、同委員会自身の予算も増やさなければならない。」とジャーブール議長は語った。(原文へ

INPS Japan

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核共有への懸念: 核軍備管理に痛手

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】

ウクライナで戦争を始めて以来、ロシアは繰り返し核兵器に言及しており、その結果、核兵器が戦略論議の表舞台に再浮上している。これは、欧州に核戦争が起こるのではないかという懸念を引き起こし、核軍備管理への痛手となっている。残念なことにロシアの思考は波及効果をもたらし、NATOは、核抑止の必要性、特に欧州における核共有プログラムの必要性を改めて強調している。

戦争が始まって間もなく、ウラジーミル・プーチン大統領は核戦力を高度警戒態勢に置いた。そして今度は、過去数カ月の戦況に関するセルゲイ・ラブロフ外相の発言を受け、ドミトリー・メドベージェフ元大統領も後に続いた。ウクライナにおける戦争犯罪の疑いに関する国際刑事裁判所の捜査に対して、核戦争の恐れを警告し、「世界最大の核兵器保有国を罰しようなどという考えは、ばかげている。そして、人類存続の脅威をもたらす恐れがある」と述べたのである。核兵器への度重なる言及によって、ロシアは何を狙っているのか? それは深刻な脅威なのか? 西側によるこれ以上のウクライナ支援を阻止するためか? あるいは、欧州に核戦争の危険さえあるというのか?。(原文へ 

欧州の各国政府と人々は、今一度、核兵器の役割を議論している。いくつかの場面で、NATO加盟国のトップクラスの政治家が、核抑止戦略は引き続き適用され、いかなる状況でも欧州の核共有のコンセプトが放棄されることはないと指摘した。突如として欧州の人々は、核武装したロシアとNATOの核同盟との間の生命を脅かす紛争に、自分たちが再び直面していると感じるようになった。これは、核兵器廃絶の動きにとって、不運な痛手である。

核共有のシステムは、もともと冷戦時代の初期に西側同盟国の間で核兵器が拡散するのを防ぐために考えられたものである。NATOによれば、それは、「核抑止の利益、責任、リスクを全ての同盟国の間で共有する」ためのものである。欧州の戦略家たちは、核共有への関心が高まることにより欧州の安全保障に対する米国の関与が深まることを期待している。米国のB61核爆弾100~150発が、ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコの欧州5カ国に配備されていると推定されている。NATOはいまや、核抑止力の近代化を望んでいることを公表している。

戦争が始まる前、状況は非常に異なっていた。核兵器は政治的議題ではなく、人々の念頭にもなく、非核兵器国によるイニシアチブと核兵器禁止条約(TPNW)が核兵器の全面的廃絶という希望をもたらしていた。核抑止力に関しては、常に二つの対立する立場があり、二つの立場は断固として互いに対立していた。

ウクライナ戦争が始まる前、五つの核共有国のうち4カ国では、このシステムを終わらせ、米国の核兵器を撤去することについて真剣な議論がなされていた。核共有は、冷戦の遺物のように認識されていたのである。トルコのみが逆の路線を取った。レジェップ・タイップ・エルドアン大統領は、2019年、核兵器国がアンカラの自国核兵器開発を禁止しようとするのは容認できないと述べた。彼は、トルコが単独で自前の核兵器を保有する具体的な計画があるかどうかは明らかにしなかった。

他の四つの核共有国、ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダの政府は、核兵器のない世界を支持すると表明しているが、核兵器禁止条約(TPNW)には参加せず、核共有協定にも異議を唱えなかった。しかし、4カ国はいずれも、米国の核兵器の撤去について、議会においても一般社会においても真剣な議論を行った。ベルギー、オランダ、イタリアの世論は、TPNWへの参加を強く支持していた。一方ドイツでは、2021年後半に、国民の57%がドイツ国内から核兵器を撤去することを望んでいた。

ウクライナにおける戦争が、このような状況を一変させた。欧州議会による2022年春の世論調査「ユーロバロメーター」によると、いまや欧州市民のほとんどが防衛努力を優先している。ドイツでは、米国の核兵器の撤去に賛成したのはわずか39%だった。近頃マドリードで開かれたNATOサミットで、核兵器の役割について質問されたドイツのオラフ・ショルツ首相は、二つの簡潔な文で議論の余地を潰した。「これに関して、NATOには長年にわたる戦略があり、それを今後も追求する。これは、われわれが何十年にもわたって行ってきたように、今後も継続していくものだ」。オラフ・ショルツ率いる社会民主党(SPD)内で核共有に批判的な人々のうち、この見解に公然と反対した者はいなかった。実際のところドイツ政府は、米国の核搭載可能なF35戦闘機を新規購入し、この核軍拡競争に加わろうとしている。ドイツが核共有に引き続き参加するかどうかに関する長年にわたる賛否両論と長々しい議論の揚げ句、ロシアによるウクライナ侵攻から何日もしないうちに、この調達が決定された。

NATO高官は、核共有の概念近代化に前向きな姿勢が広まったことを大いに喜んだ。NATOの核政策局のジェシカ・コックス局長(Chief of NATO’s nuclear policy directorate)は、「F-35を近代化し、これらを計画および演習に導入するために、迅速かつ猛烈に動いている……」と述べた。さらに、「この戦闘機の高度な性能は、同盟国やF-35の購入国であるポーランド、デンマーク、ノルウェーなど、実際の核共有ミッションを担う可能性がある国々の能力を押し上げることにもなる」と、コックスはつけ加えた。

いまや、自前の核兵器という選択肢を検討しているのはトルコだけではなくなった。NATO加盟国の大部分、あるいは全てが核共有協定に加わることはあるのだろうか? 欧州における声は、ますます大きくなっている。欧州人民党(EPP)の党首、マンフレート・ヴェーバーは、あるインタビューで、「今やわれわれは、核兵器保有についても話し合わなければならない」と述べた。また、ミュンヘン安全保障会議のクリストフ・ホイスゲン議長は欧州の安全保障を強化する路線を採り、「核の傘について、フランスと協議を行う必要がある……」と述べた。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、これまで繰り返し欧州の「戦略的自律」を訴えており、2020年初め、フランスの核抑止力に関する対話を「その用意がある欧州のパートナー国」と行うことを提案した。当時、マクロンはパートナー国から肯定的な反応を得られなかった。彼の立場は、米国・欧州の核共有体制とは相容れないようである。

現在のトレンドはさらなるエスカレーションに向かっているが、それでもわれわれは、いまなお「相互確証破壊」を保証する核の特質について冷静に評価を行うことをやめてはならない。したがって、ロシアとの関係を鎮静化するために、今一度、核共有をめぐる議論と核軍備管理を協議のテーブルに戻すべきである。これは、米国・ロシアの2国間関係だけに留めるべきではない。欧州各国政府の率先的取り組みが、有益となるだろう。

ロシアが核兵器について弁を弄した結果、欧州における核兵器の役割に関する議論が再燃した。各国政府はいまなお核軍備管理と核軍縮イニシアチブの必要性を指摘しているものの、現実には、核兵器備蓄のアップグレードと近代化を目指す方向にスイッチが入っている。かつて欧州に見られた核の有用性に対する懐疑的なムードは、核抑止を支持する立場に変わった。これは、核兵器廃絶を願う全ての人を深く失望させるものだ。

ウクライナにおける戦争が始まる前からすでに、米国・ロシア間の緊迫した関係が多くの2国間軍備管理体制に終止符を打ち、核兵器をめぐる緊急に必要な会談もコロナ禍によって延期された。それでもなお、他の取り組み、特にTPNWと近々開催される第10回核不拡散条約(NPT)再検討会議が、核軍備管理の議題に新たな命を吹き込んでくれるという期待がある。

ハルバート・ウルフ は、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

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