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G7の圧力にもかかわらず、インドの小麦輸出禁止は維持される

【ニューデリーINPS/ SciDev.Net=ランジット・デブラジ

インドが小麦の輸出を禁止したことで、同国の農民や貿易業者は、ロシアによるウクライナ軍事侵攻の結果、主食である小麦が不足している世界市場で小麦を売って収入を得る機会を失ったと、アナリストらは分析している。

インドの2020-21年の小麦生産量は推定1億790万トンで、1億3430万トンの中国に次ぐ2位。第3位はロシアの8540万トンである。

India on a world map/ GIS

5月12日に政府が2022年から23年にかけて1000万トンの小麦を輸出する計画を発表し、アルジェリア、エジプト、インドネシア、レバノン、モロッコ、フィリピン、タイ、チュニジア、トルコ、ベトナムを輸出先候補に挙げられたことから、農家の期待は高まった。しかし、その2日後、商工省対外貿易総局は、政府ルートと民間業者が既に輸出契約を結んでいる場合を除き、小麦の輸出を制限する通達を出し、方針を撤回した。

「世界的な供給不足を補うという期待を持たせておいて、それを撤回するのは大きな問題です。貿易ルートが信頼できるサプライヤーを求めるのは、それなりの理由があるからで、今回の政府の決定によりインドの信用は失墜し、その結果、将来の輸出に影響が及ぶ可能性があります。」と、WTO研究センター(本部:ニューデリー)のビスワジット・ダール教授兼代表は語った。

B.V.R. スブラマニャム商務長官は、5月14日の記者会見で、輸出規制は国内の食糧安全保障と近隣の脆弱な国々を助けることになると説明した。インドから小麦を受け取っている近隣諸国には、アフガニスタン、バングラデシュ、スリランカがある。同商務長官は、「価格の高騰が落ち着けば」規制は解除される可能性があると語った。

インドが小麦の輸出を禁止したことについては、ドイツのジェム・オズデミル食糧農業大臣が5月20日のシュトゥットガルトでの記者会見で、「各国が輸出規制を開始すれば、小麦不足が悪化するだけだ。」と述べるなど、G7諸国からの批判を招いた。

インドの小麦生産の大部分は国内で消費されているが、世界市場での存在感は増している。2021-22会計年度、インドは785万トンの小麦を輸出し、前年度の210万トンの4倍以上となっていた。

ダール教授は、中国がインドの小麦輸出規制の動きを擁護していることは興味深いと述べた。中国国営メディアの環球時報は5月15日付で「インドの小麦輸出を止める動きが小麦価格を少し押し上げる可能性は否定できないが、インドを非難しても食糧問題は解決しない。なぜG7諸国は自ら輸出を増やすことで食糧市場の供給を安定させようとしないのか。」と報じている。

政府が小麦の輸出を制限したのには、他にもやむを得ない理由があった。「世界的な小麦価格の上昇を察知したトレーダーが、政府の最低支持価格を上回る価格で突然買い占めに動いたのです。」と、食料・政策アナリストで、65以上の農民グループの統括組織であるキサン=エクタ゠モルカの創設メンバー、デヴィンダー・シャルマ氏は語った。

シャルマ氏は、「過去の経験から、自由貿易を認めると、農民や消費者ではなく貿易業者に有利に働くことが分かっている。」と指摘したうえで、「商人が穀物を買い占め、政府が数ヶ月前に輸出された小麦を2倍の値段で輸入しなければならなくなったことも過去にはありました。」と語った。

「インドの農産物市場の性質や商人の支配力を考えると、輸出が直接農家の利益になるとは思えません。農家がもっと組織化され、交渉力をつけない限り、国際市場の有利な状況を利用することは難しいでしょう。」とダール教授は語った。

政府にとって最大の制約は、「国家食糧安全保障法」に基づいて約8億人のインド人に高額の補助金付き食糧を供給することを約束していることである。各受給者は、米は1キロあたり3ルピー(0.0039米ドル)、小麦は1キロあたり2ルピー(0.013米ドル)で、毎月5キロの穀物を受け取る権利がある。

シャルマ氏は、「モンスーン災害や最近の熱波による収穫への影響など、予測不可能な事態に備え、政府が大規模な緩衝在庫(公的備蓄)を維持することが重要です。過去5年間の豊作により、約5000万トンの余剰在庫ができたため、パンデミックの際、インドは補助金付き穀物を配布することができたのです。」と語った。

農民の権利と食糧安全保障を推進する全国ネットワーク「持続可能で全人的な農業のための同盟」のリーダー、カビタ・クルガンティ氏は、「私たちが実際に目の当たりにしているのは、信頼できるデータシステムがなく、異なる省庁が互いに連携できないことから生じる政策の失敗です。農家と取引業者は予測可能な政策環境を必要としています。また、種まき時期と販売時期の間に輸出入政策を中途半端に変更すべきではありません。」と語った。

Rnajit Devraj Photo by Katsuhiro Asagiri
Ranjit Devraj Photo by Katsuhiro Asagiri

クルガンティ氏はまた、「今すぐにでも、政府は最低支持価格を上回る金額を提示できるはずです。そうすれば、より高い価格で輸出しようと売り惜しみして、結局は政府の政策転換で損をした農家を罰することもなく、同時に、貧しい消費者のために十分な在庫を確保することができます。」と語った。

インド政府は近年にも、農民のストライキにより大きな政策転換を強いられた経験をしている。政府は農産物取引の自由化などを促す「農業新法」を国会で通過させ、従来国庫の負担となっていた農産物の最低買入れ価格(MSP)を撤廃しようとしたが、新法が大企業に有利に働き、農産品の値下げが強要される事態を恐れた農民の大規模な抗議運動に直面して、2021年11月に新法の一時停止を余儀なくされている。(原文へ

この記事は、提携メディアのSciDev.Netが配信したもので、著者の許可を得て転載しています。

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グーグル翻訳アプリにアフリカの10言語が追加される

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

ナイロビ大学教授時代、英語学科廃止の議論のきっかけを作ったのは、ケニア人作家のグギ・ワ・ジオンゴ氏だった。ジオンゴ氏は、植民地支配が終焉した後、アフリカの大学では口承文学を含むアフリカ文学を教えることが必須であり、それはアフリカの豊かな言語を使って行われるべきであると主張してきた。

Google Translate Logo
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今日、Google翻訳アプリに10言語が追加されたことで、アフリカの言語での執筆や読書がより身近なものになるだろう。翻訳は、ある言語から別の言語への意味の伝達と理解され、情報、知識、社会的革新を伝達するうえで極めて重要である。また翻訳は、知識を伝達するための「運び屋」であり、文化遺産の「保護者」であり、グローバル経済の発展にとって不可欠なものだ。

新たに加わったのは、中央アフリカのリンガラ語、ガーナのトウィ語、エリトリアのティグリニャ語、エチオピアのオロモ語、そしてシエラレオネのクリオ語だ。

クリオ語は英語をベースとしたクレオール言語で、約35万人が母語とし、400万人以上が共通語として使用している。シエラレオネの人口の87%がこの言語を話している。

「クリオ語が可視化されたことにより、クリオ語を読み、書き、理解できるシエラレオネ人は、シエラレオネ・オートグラフィを使用して、グーグル・プラットフォーム上でコミュニケーションできるようになることを意味しています。」と、シエラレオネ大学フーラカレッジ言語学科長のアブドゥライ・ワロン・ジャロー博士は語った。博士は、グーグルのためにシエラレオネ方言の翻訳を担当したチームの一員である。

「言語は私たちのアイデンティティであり、私たちが誰であるかを表し、あらゆる文化のDNAと呼ぶべきものだと言われています。私たちが自国語の一つを使ってグーグルに関わるということは、私たちの言語が技術的に適切であり、私たちの社会が文化を発信でき、私たちの考え方を翻訳できるということです。」

ジオンゴ氏は長年にわたって現地語の使用を提唱してきたが、1977年、現地の俳優がギクユ語で演じる劇を書いたために投獄された。当時は、母語で話したり書いたりするという単純な行為でさえ革命的な行為だった。

54カ国からなるアフリカにはさまざまな言語が存在し、その中には他の支配的な言語の拡散や西洋文化の影響により危機に瀕している言語もある。アフリカの希少な言語の中には、その文化や知識とともに絶滅の危機に瀕しているものさえある。

植民地時代以降、アフリカの人々は自分たちの言語的アイデンティティの価値をより強く認識するようになった。しかし、国家レベルで公用語とされているのはごく一部であり、植民地支配によって輸入された言語が依然として主流を占めている。

Map of African language families, subfamilies and major languages/ By Sting./compiled from various Ethnologue country maps, as also compiled in Muturzikin., CC BY-SA 4.0
Map of African language families, subfamilies and major languages/ By Sting./compiled from various Ethnologue country maps, as also compiled in Muturzikin., CC BY-SA 4.0

幸い、アフリカ諸国はより多くの言語継承を主張し、アフリカの希少言語を再生・保存するために多言語化を目指した言語政策を展開している。(原文へ

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|ダボス会議|不平等が蔓延する中、「痛みから利益を得る」(ソナリ・コルハトカル テレビ・ラジオ番組「Rising up with Sonali」ホスト)

【ロサンゼルスIDN=ソナリ・コルハトカル】

今年は5月22日から26日まで、スイスのダボスで世界経済フォーラム(WEF)が開催され、世界各国の議員や企業経営者が集まり、地球規模の問題に取り組んだ。この年次総会は、まず新型コロナウィルス感染症のパンデミックにより2年遅れ、さらにロシアのウクライナ侵攻により5カ月遅れで開催された。

WEFは自らを 「世界の状況を改善することにコミットした独立した国際組織」と称しており、参加者は、政治・経済分野で影響力を持つ世界各地のエリートの代表であり、「大きな力には大きな責任が伴う」という人道主義的な立場をとっているように見える。

Professor Klaus Schwab attends the 20th Anniversary Schwab Foundation Gala Dinner on September 23, 2018 in New York, NY USA. /By Foundations World Economic Forum - 20th Anniversary Schwab Foundation Gala Dinner, CC BY 2.0
Professor Klaus Schwab attends the 20th Anniversary Schwab Foundation Gala Dinner on September 23, 2018 in New York, NY USA. /By Foundations World Economic Forum – 20th Anniversary Schwab Foundation Gala Dinner, CC BY 2.0

このエリート集団が前回会合を持ったのは、まさにパンデミックが始まったばかりの2020年1月で、WEFの創設者で執行委員長のクラウス・シュワブ氏は、「パンデミックは、私たちの世界を振り返り、再構築し、リセットするための貴重な、しかし限られた機会を提供しています。」と語った。

しかしこうした市民社会の深い懸念を反映した意見も、WEFに登壇する講演者の言葉と同様、世界の多くの問題(不当利得や社会の底辺から頂点に向かう過剰な富の再分配等)の根源を覆い隠す言い回しだった。

毎年WEFの会議に代表を送ることが許されているオックスファムは、こうした誤りに焦点を当てたレポートを定期的に発表し、政治家や企業経営者が日常的に世界から富を巻き上げようと共謀する中で不平等に対して負うべき責任を出席者に伝えている。

Oxfam Logo

オックスファムアメリカ民間部門ディレクターであるイリット・タミール氏は、インタビューの中で、今年のWEF関連報告書の結果を話してくれた。それによれば、富裕層のエリートたちは、シュワブ氏が2020年に主張したようなパンデミックを優先順位の再設定に利用するのではなく、むしろパンデミックを踏み台にして、想像を絶するレベルの富を蓄積したことが明らかになったとのことだった。

タミール氏は、「ダボス会議では不平等が解決すべき最重要問題の一つとされていますが、今日の不平等がある理由の多くは、まさにこうした人々の影響によるものなので、これはむしろ皮肉なことです。」と語った。

しかし、各メディアは、ダボス会議の雰囲気を、現状を憂慮するものであるかのように伝えている。AP通信は 「ダボス会議は世界経済の不安に覆われた」、ワシントンポストは 「経済不安と戦争がダボス会議に影を落としている」という見出しで報じている。しかし、タミール氏によれば、「今週、ダボス会議に集まっている人たちは、非常にうまくいっているので、祝うべきことがたくさんある」のだという。

オックスファムの報告書「痛みから利益を得ている(Profiting from Pain)」によると、パンデミックの期間中、33時間ごとに「新たな億万長者が誕生している」一方で、同じ時間で100万人が世界各地で「極貧」に追いやられているという。

「パンデミックは億万長者層にとって非常に都合が良いものです」とタミールは言う。オックスファムはこの報告書の中で、「世界の富豪10人が、世界の貧困層の40パーセントの人類よりも多くの富を所有している」と結論づけた。このような不合理な富の世界的配置は、現在の経済システムにとどめを刺すようなものであるべきだ。

Photo Credit: climate.nasa.gov
Photo Credit: climate.nasa.gov

オックスファムが報告書で強調しているパンデミックによる不当利得の主な分野は、いずれも人間にっとって生活必需品である、食料、医療、エネルギー、テクノロジーである。

例えば、ジェームズ・カーギル2世とその家族を例にとると、彼らは家名を冠した世界的な食品取引ビジネスの主要株主であり、昨年だけで約50億ドルの純益を上げた。世界的に食糧価格が高騰し、カーギル家の富に貢献している。

今年のWEFの講演者リストにステファン・バンセル最高経営責任者が名を連ねた製薬会社モデルナは、オックスファムによれば、「公的資金を私的財産に変換することに絶大な成功を収めている」という。さらに、「同社は、合計100億ドルの価値を持つ4人の新しいワクチン億万長者を生み出した。」

Elon Musk is a technology entrepreneur, investor, and engineer./ By Debbie Rowe - Own work, CC BY-SA 4.0
Elon Musk is a technology entrepreneur, investor, and engineer./ By Debbie Rowe – Own work, CC BY-SA 4.0

エネルギー分野でも、オックスファムによれば、際限のない貪欲さが見てとれるという。エネルギー価格の上昇に伴い、「パンデミック期間中に大手石油会社の利潤は2倍に膨れ上がっている。」

そして最後に、テクノロジー部門が億万長者に大きな恩恵を与えている。オックスファムは、「世界で最も裕福な10人のうち7人がテクノロジー分野でお金を稼いだ」と報告している。その中には、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏を抜いて世界一の大富豪になったイーロン・マスク氏も含まれている。

市場資本主義によって富が再編成され、人類の(所得で分類した場合の)下位半分からますます金持ちの手に渡るようになったとすれば、公平であるはずのシステムに決定的な設計上の欠陥があるか、システムが設計通りに正確に機能しているかのどちらかである。WEFの出席者は、前者であると確信している。また、米国バーモント州選出のバーニー・サンダース上院議員のように、経済は金持ちに有利なように「操作されている」と主張し、後者であると考える人もいる。いずれにせよ、新しいシステムを導入する時期が来たというのは否定できない結論である。

WEFが開催するような、エリートが頭をかくふりをしながら、「危機のときに、社会の結束と市民の信頼を維持するために、リーダーはどのように倫理的な判断を下すことができるか。」「ジェンダー平等のための会話に、どうすればすべての人を含めることができるか。」といった、深い内省的パネルディスカッションも必要ないのである。

オックスファムは、複雑な分析やオピニオンリーダー同士の議論を必要としない、世界的な不平等を解決する最も簡単な方法は、次のようなものだと指摘している。つまり、上層部(=富裕層)にお金がありすぎるなら、そのお金を下層部(=貧困層)に再分配すればいいのだ。ただそれだけのことだ。

Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.
Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.

世界有数の富裕層や企業がある米国では、バイデン大統領が超富裕層を対象とした億万長者税や、「より良く再建法案(Build Back Better Act)」の税制規定など、既によく練られた法案があるが、いずれも議会を通過することはなかった。タミール氏は、危機的状況に際しての富裕層への税金に関して「これは新しい概念ではない」と指摘したうえで、「かつて戦時中に実施したことがありますし、他国でも実施して成功している事例があります。今こそ、危機から生じた過剰な利益から歳入を確保すべき時です。」と語った。

WEFの参加者は、ダボスで一週間肩を並べた政治指導者たちが、いかにして税制を現実のものにするかを議論するパネルも開かなかった。タミール氏によれば、不平等が世界にとって悪いことであることはほとんどの出席者が認めていたが、その解決策は課税ではなく、慈善事業であるという。

「慈善活動は個人の意志で行われるものですから、寄付をするかどうか、いつどのように寄付するかは、彼ら次第です。」言い換えれば、億万長者の慈善家たちは、私たちが想像もつかないほどの資金を持っているだけでなく、資金を受けるべきもの、受けるべきでないものを決定する力を持っているのです。

「ルールを変える必要があります。政府が介入し、すぐにでも実行する必要があります。」とタミール氏は語った。(原文へ

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最良の時代、最悪の時代

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジョセフ・カミレリ】

それは、最良の時代であり、最悪の時代でもあった…
それは光の季節でもあれば、暗闇の季節でもあったし 
希望の春でもあれば、絶望の冬でもあった 
二都物語 1859年

フランス革命の激動を背景にしたチャールズ・ディケンズの有名な歴史小説のこの冒頭の一節は、人類が現在置かれている窮状を見事に言い当てている。

あらゆる側面から重大な問題が私たちに押し寄せている。ある日は新型コロナウィルス感染症、次の日はウクライナ危機、その翌日は気候変動の惨状、そして人種差別の様々な醜い顔…。数え上げればきりがない。(原文へ 

フランス革命の激動を背景にしたチャールズ・ディケンズの有名な歴史小説のこの冒頭の一節は、人類が現在置かれている窮状を見事に言い当てている。

あらゆる側面から重大な問題が私たちに押し寄せている。ある日は新型コロナウィルス感染症、次の日はウクライナ危機、その翌日は気候変動の惨状、そして人種差別の様々な醜い顔…。数え上げればきりがない。

これらは、単につながりのない苦悩なのか、それとももっと深刻な病の症状なのだろうか。私たちはどのようにこれらの状況を理解すれば良いのだろうか。政治的駆け引きやプロパガンダ、ありきたりの決まり文句を超えることはできるだろうか。このようなことについて、どのように他者とコミュニケーションをとればよいのだろうか。どのように対応すればよいのだろうか。

この原稿を書いている間にも、私たちはロシアによるウクライナへの軍事侵攻と、その恐ろしい結末を目の当たりにしており、紛争解決への道はまだ見えてこない。このことは、私たちの時代の混迷ぶりを如実に物語っている。

戦闘が始まってから4週間が経過した時点で、国連は民間人約1200人が死亡、2000人近くが負傷したと推定しているが、言うまでもなく、この中に両軍の兵士数千の被害は含まれていない。

さらに、広範囲にわたるインフラの破壊、約650万人の国内避難民、約400万人の国外避難を余儀なくされた人々も、この恐るべき統計に加えなければならない。

ロシアには確かに、米国が先導する軍事同盟をロシアの玄関先にまで近づけた一連の北大西洋条約機構(NATO)拡大に対して、正当な不満があるのは間違いない。隣国ウクライナでNATOへの加盟を目指す政権が誕生し、火に油を注ぐことになった。

プーチンに限らず多くのロシア人は、自分たちは執拗な挑発と屈辱を受け、ウクライナの少数派ロシア人は脅迫と嫌がらせを受けてきたと感じている。しかし、だからといって武力の使用やウクライナの人々が受けている酷い苦しみが正当化されるわけでは決してない。

また、戦争の犠牲となるのは、現在繰り広げられている人間の悲劇だけではない。

米国と同盟国による厳しい制裁措置は、オリガルヒ(新興財閥)よりも一般のロシア人を苦しめる可能性が高い。ロシアの中央銀行や政府系ファンドの資産凍結、SWIFTからのロシアの排除、ガスパイプライン「ノルドストリーム2」事業の停止、拙速に進められたその他の措置は、別の国々や、既にして脆弱な世界の金融システムにマイナスの影響を与えることになろう。

米国や、一部のより声高な同盟国がプーチンに対して投げつけている非難によって、交渉を通じた紛争解決が促進されることはないだろう。「戦争犯罪」との非難は、イラクやアフガンの民衆に対してなされた破壊行為に責任を持つ西側諸国の指導者に対しても同様に投げかけられたのであれば、より大きな道徳的権威をもてただろう。

このような状況において、西側の主要メディアが役に立ってきているとは思えない。ウクライナの軍事・政治エリートが提供した「事実」なるものや解釈が見出しを飾っているが、他方で、政府から独立した立場を持つ学者を含めたロシアの人々の声はあまり聞かれることがない。(たいていは匿名である)米国の軍事・諜報筋や、シンクタンクでその侍従のようにふるまう者たちの声は大きくなり、彼らの見解はまるで福音のように受け取られている。

一部のみ真実を含む情報や、偽情報、そして完全な欺瞞がもたらす政治的、文化的、心理的悪影響は、今後何年にもわたって続くだろう。

しかし、間違いなく最も悲惨な犠牲は、全面的な冷戦へと回帰する可能性、蓋然性があるということだろう。飛行禁止区域設定についての無思慮な議論や、ウクライナへの軍事支援供与の拡大、原子炉に対してなされた無謀な攻撃、愚かな核兵器使用の威嚇は、第二次世界大戦以来最大の危機をもたらしている。

どうすれば、この混乱から抜け出せるだろうか。端的に言えば、「非常に困難である」ということだ。この疑問に答えるために、私は6段階からなるプロセスを提案したい。それは、?まずは銃を置くことが決定的に重要だがそれでは不十分であること、?主要な問題は常に互いに連関があるから全体的なアプローチが必要であること、という二つの原則に則っている。

ここでは、そのステップの概要を述べるにとどめる。

  1. 双方が何かを獲得し、何かを譲歩する時にのみ維持できるような即時停戦(理想的には国連が監視する停戦)。すなわち、モスクワは武力行使を止め、キーウはロシアの正当な不満についての実質的な協議入りに同意する。
  2. ウクライナへの殺傷能力のある武器供与を止め、人道危機に対処する大規模な国際的支援を実施する。
  3. ロシアの長年の懸案事項に関する交渉が実質的に進展すれば、ウクライナ領内からロシア軍を段階的に撤退させる。
  4. 第三者の活用:国連事務総長や、中国・フランス・トルコ・南アフリカ・インドなど、ロシア・ウクライナ双方に効果的に接触できる複数の国の政府を、協議プロセスの中でさまざまな形、さまざまな段階で利用できるようにしておくこと。
  5. ロシア軍撤退後、大規模な国連平和維持軍を創設すること。そうした平和維持活動は長期にわたって必要となるかもしれない(米・ロおよびその同盟国の軍はこれに関与すべきではない)。
  6. これらの取り決めは、ロシア、米国、また欧州におけるその同盟国の間で核軍縮協議を進め、非軍事化に向けた重要な措置をとることを目指した一連の長期的な協議への道を開くものでなければならない。これらの取り決めは、気候変動や他の重要な環境問題を包む共通で協力的、包括的な安全保障に関する欧州全体の新たな枠組みの一部を形成することになるであろう。

これらのどれも一夜にして成るものではないし、人間の英知やエネルギーを世界的に呼び覚まさずに実行できるものでもない。しかし、再生への可能性はある。

さまざまな領域で活動している世界中の知識人や芸術家、科学者、宗教指導者、小規模なメディア関係者、無数の活動家、積極的な市民が、現状に代わる刺激的な代替策を提供してくれている。

同時に、他者と意思を通わせつながる能力は、個人的なネットワークを通じてだけではなく、国内外を問わず爆発的に加速している。

しかし、こうした可能性はまだ単に萌芽の段階にすぎない。人間の現状を苦しませる多面的な病理に対する認識が高まりつつある。しかし、それだけでは不十分だ。

もし、人々が対話によってこの課題に取り組み、より洞察力に富みエネルギッシュな関与を生み出そうとするのであれば、表面的な症状を越えて、病理の背後にあるものを追究しなければならない。

また、そこにとどまることもできない。より健全な、より好ましい状態がどのようなものであるべきか、考えをめぐらすべきだ。

もし実質的な変化(例えば、現在の安全保障政策の大幅な転換、効果的なメディア規制、気候に配慮したエネルギー政策など)を想定するなら、前途は多難であるということは明らかだ。

多くの人は、近視眼的で無能な、あるいは腐敗した指導者を指弾することだけで満足している。そんな単純なことであればよいのだが。強力な利害関係はしばしば一般の人たちの目からは隠されている。深いところに根差した集団的な発想はなかなか変わらないものだ。私たちの現在の仕組みの中には、もはや目的に適ったものではなくなっているものもあるだろう。こうした障害をいかにして乗り越えることができるのか。

これらの問題は、国内および国家間で、持続的かつ広範な対話を必要とする問題だ。そして、そうした熱心な探究は、少数の人々の知識や洞察だけに頼るわけにはいかない。

私たちの時代が倫理的に必要とするものは、変化をもたらすための集団的な能力を高めることだ。

近々、7週間にわたるシリーズ「最良の時代、最悪の時代:岐路に立つ人生をナビゲートする 」では、この記事で提起された疑問について、第一線の思想家や実務家の協力を得て、考察していく予定である。登録方法などの詳細は、https://crossroadsconversation.com.au/?page_id=1229 を参照。このシリーズは、4月26日からオンラインと会場にて開始する予定。

ジョセフ・カミレリは、ラ・トローブ大学名誉教授、オーストラリア社会科学アカデミー会員、「岐路の対話」の呼びかけ人。安全保障、対話、紛争解決、国際関係理論、現代世界における宗教・文化の役割、アジア太平洋地域の政治などに関する30冊以上の著作、120本以上の章・論文を著してきた。また、これまでに多くの国際的な対話や会議を呼びかけてきた実績があり、最近では「公正で環境的に持続可能な平和」を2019年に呼びかけている。

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教皇フランシスコ、カザフスタンを中央アジアの「信頼できるパートナー」と称える

【バチカンKAZINFORM】

バチカン市国を公式訪問中のカザフスタン共和国のムフタール・ティレウベルディ副首相兼外務大臣が、教皇フランシスコに謁見する栄誉に浴したと、カザフスタン外務省の報道担当が明らかにした。

謁見中、カトリック教会のトップでありバチカン市国の元首である教皇フランシスコは、カザフスタンが中央アジアにおけるバチカンの信頼できるパートナーであることを強調した。教皇はまた、カザフスタンのカシムジョマルト・トカエフ大統領が「新カザフスタン構想」の一環として打ち出した政治・経済改革と、来る憲法改正を問う国民投票を高く評価した。

両者はさらに、今年9月にカザフスタンの首都ヌルスルタンで開催予定の第7回世界伝統宗教指導者会議の議題について議論した。教皇フランシスコは、カザフスタンの宗教間合意や宗教間対話の促進に関する取り組みを賞賛した。

KAZINFORM

ティレウベルディ外相は、教皇フランシスコがカザフスタンを公式訪問し、第7回世界伝統宗教指導者会議に参加する歴史的な決定について、これはカザフスタンと中央アジアのカトリック教徒の間で非常に期待されていることだと語った。

バチカン訪問の一環として、ティレウベルディ外相は、国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿および宗教間対話評議会議長のミゲル・アユソ・ギショット司教とも個別に会談を持った。

両者は、調和と相互尊重の精神に基づき、カザフスタンとローマ教皇庁の間の協力関係をさらに発展させることに焦点を当てた。国務大臣を代表して、ティレウベルディ外相は、宗教間対話の発展と世界伝統宗教指導者会議の理念の普及に貢献したギクソット司教にドスティック勲章(勲2等)を授与した。(原文へ

KAZINFORM
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翻訳:INPS Japan

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【ワシントンDC/IDN=ジョン・P. ルール】

ウクライナ危機以降、米国のインドへのアプローチは、インドの米国に対する歴史的な不満を再燃させるものであった。しかし、ロシアや中国など他の大国がインドに働きかけていることは、国際情勢においてインドの影響力が増していることを物語っている。

2月のロシアによるウクライナ軍事侵攻以来、米国は対ロシア制裁への支持を集め、外交的に孤立させようとしている。バイデン政権は、インドがこの制裁を順守することについてはほとんど期待していなかったが、インドは公然と制裁回避の方法を模索し、国連でロシアを非難することも控えている。

インドは注意深く行動し、ロシアの侵攻を支持する姿勢を見せず、代わりにロシアとウクライナの紛争解決のための対話を呼びかけている。インドと良好な関係にあるウクライナを怒らせたくないという思いに加えて、ロシアの行動を是認していると見られたくない、さらには、インドの伝統的な外交政策である非同盟政策から外れたくないという思いもあるのだろう。

しかし、このようなインドのバランス重視のアプローチは、米国の怒りを買っている。米国は、ウクライナ紛争を、孤立した権威主義的なロシアに対する民主主義国家の統一戦線という構図で捉えようとしている。中国のロシアへの外交支援やグローバル・サウスにおけるロシアの幅広い支援と並んで、インドによるロシアとの慎重かつ持続的な協力は、このような構図を崩すものであった。

The official State Department photo for Secretary of State Antony J. Blinken, taken at the U.S. Department of State in Washington, D.C., on February 9, 2021. / Public Domain]By U.S. Department of State, Public Domain
The official State Department photo for Secretary of State Antony J. Blinken, taken at the U.S. Department of State in Washington, D.C., on February 9, 2021. / Public Domain]By U.S. Department of State, Public Domain

4月11日、ブリンケン米国務長官は、オースチン米国防長官、シン国防相、ジャイシャンカール外相との共同記者会見で、一部当局者による人権侵害が増加していると指摘してインドを批判した。この発言は、インドの政界や社交界ですぐに批判を浴びた。特に、この問題が議論されるという警告が米政府高官から事前になかったからである。

ブリンケンの発言は、2014年に政権を握ったナレンドラ・モディ首相のもとで民主主義が後退したとされるインドを巡り、ここ数年欧米で批判が高まっていたことを受けたものだ。その結果、モディ首相の支持者の多くが、過去数世紀にわたってインドで西欧諸国が果たした歴史的役割に対する反感を強めている。

摩擦を察知した他の大国は、米国とインドの間の分裂を利用しようとしている。特にロシアは、ウクライナ紛争に対するインドの中立的な立場を受け入れ、ここ数ヶ月、インドへの石油輸出を大幅に割引いた価格で急拡大させている。これは、石油、天然ガス、石炭、原子力発電の協力を通じて、インドとロシアの間で長年にわたって高まってきたエネルギー関係をさらに補完するものであり、エネルギー分野以外の両国間の商品輸入も増加している。

また、インドは長年にわたりロシアにとって最大の武器輸出先であり、さらなる軍事協力に拍車をかけている。国連におけるロシアの伝統的なインド支援も、インド政府が貿易維持を堅持しているおかげで、今後も継続されるに違いない。

European Union Flag
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欧州連合(EU)は米国と同様、インドにロシアに対してより厳しい姿勢をとるよう説得を試みており、3月28日にはインドがウクライナへの侵攻を非難しないことを「好ましくない」と指摘した。しかし、EUは批判をほぼ制限し、代わりにインドとのより建設的な関係を追求する戦略に注力している。

2020年には、「EU-インド戦略的パートナーシップ:2025年へのロードマップ」を採択して関係をアップグレードし、21年4月には「インド太平洋における協力のためのEU戦略」を明らかにし、インドとの関与を高めることに大きな重点を置いている。その1カ月後、インドとEUは、自由貿易協定を結び、経済関係の強化に向けた取り組みを再開するために、オンラインによる会合を開催した。

そして今年5月上旬、モディ首相は3カ国にわたる欧州歴訪を実施した。2日にはベルリンで第6回独印政府間協議が開催され、世界の安全保障と二国間関係の拡大が議論された。4日にはコペンハーゲンで、デンマーク、アイスランド、フィンランド、スウェーデン、ノルウェーの首脳による第2回インド・北欧首脳会議が開催された。その日のうちにモディ首相はパリに飛び、再選されたフランスのエマニュエル・マクロン大統領と会談した。

二国間、多国間のフォーラムやEUとの幅広い取り組みを通じて欧州諸国と関係を構築することは、インドが現在直面している米国からの圧力の高まりとのバランスをとるのに役立ち、またロシアをめぐる意見の相違にもかかわらず、欧州がインドに関与する意欲を示している。

インドにとって最も大きなチャンスは、ウクライナでの紛争が中国との関係をどのように変えるかであろう。ここ数週間の米国のインド批判は、80年以上にわたってインドとさまざまな国境衝突を繰り返してきた中国にとって見逃せないものだった。2020年以降、中国軍とインド軍は係争中の国境の一部で、緊迫した命がけのにらみ合いを続けている。

India China Locator/ By Myself - Image:United Kingdom China Locator.png, CC BY-SA 3.0
India China Locator/ By Myself – Image:United Kingdom China Locator.png, CC BY-SA 3.0

また、中国はインドと領土問題を抱えるパキスタンを支援し、インドはチベットの精神的指導者であるダライ・ラマを保護している。中国は1951年にチベットを併合して以来、この地域を支配しており、中印間の摩擦の原因となってきた。今世紀に入り、中国とインドが力をつけるにつれ、アジアにおける両国の関心領域は重なり合うようになった。

しかし、両国とも外交の選択肢を残しており、国境で起きている対立は現状をより強固にするものでしかない。インドは、ここ数十年の中国のパワーと影響力の増大が世界的な規模であったとしても、中国軍には動じないことを証明している。

2020年から21年にかけての中印国境での膠着状態が最も激しかった時期から、緊張はやや和らいでいる。このため、中国の地域覇権をインドに受け入れさせるために、より強硬な手段を用いようとする競合する「大国外交」戦略よりも、経済的な取り組みを通じてインドを誘惑しようとする中国の「近隣外交」が優先されたと認識されるようになった。

Photo: An artist rendering of the future U.S. Navy Columbia-class ballistic missile submarines. The 12 submarines of the Columbia-class will replace the Ohio-class submarines which are reaching their maximum extended service life. It is planned that the construction of USS Columbia (SSBN-826) will begin in the fiscal year 2021, with delivery in the fiscal year 2028, and being on patrol in 2031. Source: Wikimedia Commons
Photo: An artist rendering of the future U.S. Navy Columbia-class ballistic missile submarines. The 12 submarines of the Columbia-class will replace the Ohio-class submarines which are reaching their maximum extended service life. It is planned that the construction of USS Columbia (SSBN-826) will begin in the fiscal year 2021, with delivery in the fiscal year 2028, and being on patrol in 2031. Source: Wikimedia Commons

インドとの緊張を緩和しようとする中国の政策は、インドが米国と正式な安全保障同盟を締結し、アジア太平洋地域における中国の野心が大きく損なわれることを中国政府が恐れていることに起因している。インドと米国以外に日本とオーストラリアも参加する日米豪印戦略対話(Quad)は、今のところそのようなものにはなっていない。しかし、2021年に比較的突然、米国、英国、オーストラリアの間でAUKUSという安全保障同盟が創設されたことは、この地域における中国の計画に対する挑戦がまだ可能であることを示した。

AUKUS発表の衝撃は、中国がインドとの友好関係を模索するきっかけとなったことは明らかである。パキスタンは依然としてインドの主要な関心事であり、中国はアジア太平洋地域における米国との対立に大きな関心を寄せている。中国とインドが休戦すれば、ウクライナ侵攻の余波から新しい世界秩序が形成される中で、両国の最も重要な関心事に対処するために外交政策を再編成することができるだろう。

インドと中国が意見の相違を解決するのは難しいが、両国の関係改善を促進する道はいくつか存在する。中国の「一帯一路構想(BRI)」においてインドがより大きな役割を果たすよう奨励することは、両国間のより積極的な関係を固めるための建設的な経済的インセンティブを生み出すことにつながるだろう。

インドと中国は、カザフスタン、キルギス、パキスタン、ロシア、タジキスタン、ウズベキスタンと共に、上海協力機構(SCO)という国際政治・経済・安全保障ブロックの加盟国でもある。インド、中国と良好な関係にあるロシアは、欧米が関与しない国際機関で中印間の紛争を調停することで、その外交力を誇示する機会を得ようと考えている。

インドが国際的に注目されるようになったことで、大国がインドへの関心を高めていることは明らかである。インドは2年連続で、世界で最も急速に成長している主要経済国になると予想されている。

China in Red, the members of the Asian Infrastructure Investment Bank in orange. The proposed corridors and in black (Land Silk Road), and blue (Maritime Silk Road)./ By Lommes - Own work, CC BY-SA 4.0
China in Red, the members of the Asian Infrastructure Investment Bank in orange. The proposed corridors and in black (Land Silk Road), and blue (Maritime Silk Road)./ By Lommes – Own work, CC BY-SA 4.0

しかし、ウクライナ危機へのインドの対応を巡る米国の圧力は、インドへの米国の熱しやすく冷めやすいアプローチの限界も示している。1971年の印パ戦争では米軍がインドを威嚇し、98年の核実験ではインドとパキスタン双方に制裁を加えた。さらに、アフガニスタン戦争やテロとの戦いにおけるパキスタンへの支援は、インドに大きな懸念を抱かせた。

しかし、インドと米国はこの30年間、民主化プロセスへの支持、中国のアジア戦略への警戒、地域のイスラム過激派への対抗努力などを背景に、二国間協力も強化してきた。インドは、安全保障、外交支援、エネルギー、貿易協力などを巡ってロシアと緊密な関係を築いており、インドが非同盟の姿勢を崩さない理由もここにある。このような現実を認識する代わりに、米国はインドが採用した政策への批判を強めている。

インドの外交政策は、他の全ての主要国からの協力を呼び込むことを可能にし続けるだろう。その中には米国との萌芽的な関係を維持することも含まれるが、インドに対する追加的なインセンティブがないため、インドの外交政策を変えようとするバイデン政権の努力は今後も徒労に終わるだろう。(原文

INPS Japan

INPSのパートナーメディアであるグローブトロッターによるコラム記事。筆者はワシントンD.C.在住のオーストラリア系米国人ジャーナリストで、Strategic Policy編集者。現在、今年出版予定のロシアに関する本を執筆中。

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助けられるなら、助けよう。―ウクライナ人支援に立ちあがったイスラエル人ボランティアたち(3)スタス・マネヴィッチ(イスラエル・フォー・ウクライナ設立メンバー)

【エルサレムNGE/INPS=ロマン・ヤヌシェフスキー】

*NEG=ノーヴァヤ・ガゼータ・ヨーロッパ

ロマン・ヤヌシェフスキー by РОМАН ЯНУШЕВСКИЙ
ロマン・ヤヌシェフスキー by РОМАН ЯНУШЕВСКИЙ

イスラエルはロシアとウクライナに対して中立を維持しようと懸命に努力してきたが、対ロシアの関係が急激に悪化したのは必然であった。それを助長したのは、「ヒトラーにもユダヤの血が流れていた」を主張したセルゲイ・ラブロフ外相のスキャンダラスなインタビューと、その後の鋭い言葉の応酬であり、最後はウラジーミル・プーチン大統領がイスラエルのナフタリ・ベネット首相に自ら謝罪することになった。

一方、一般のイスラエル人には、政府が直面していたような難しいジレンマはなかった。国民の大多数は、最初から一方的な軍事侵攻にさらされたウクライナを支持していた。

さらにロシアが主張する残忍な「特別軍事作戦」は、イスラエルに新しい現象を生み出した。ロシア語を話す人々だけでなく、多数のイスラエル人が、ウクライナ人の苦しみを目の当たりにして、彼らを助けなければならないと痛感したのである。その結果、多くの公的な取り組みやボランティアプロジェクト、人道的な支援金集めが自然発生的に始動することとなった。中には、それまでボランティア活動をしたことがなかった人々が組織したものも少なくない。ロマン・ヤヌシェフスキーが、こうした支援活動に参画した人々の内、8人に話を聞いた。(今回は3人目の取材内容を掲載します)

Israel4Ukraine

スタス・マネヴィッチ:ロシアによるウクライナ侵攻が始まって最初の1週間は、テレビから離れることができませんでした。そして2月末にはポーランドにウクライナ難民を支援するボランティアに行こうと一旦は決意しました。ところが友人から「たとえ一人で行ったところで、大勢のボランティアの一人に過ぎず、たぶん意味がない。それよりも、戦地から難民を5人でも救出する手配ができればもっと役に立てるのではないか。」と言われました。そこで妻のガルヤと相談して、ウクライナ国内でバスを手配することにしました。私の専門分野はIT関連ですが、以前イスラエルでエクストリーム・ツーリズムのオーガナイザーをやっていました。ウクライナの観光フェアに参加したり、ウクライナのパートナーと仕事をしたりしていたので、当時からウクライナの多くのツアーオペレーターや旅行代理店と知り合いになっていたのです。

Israel4Ukraine

彼らの協力で、まもなく信頼できるバス会社を見つけ、5千ドルでバスを手配できました。基本的に自分たちの費用は自ら賄いますが、運営費用の一部を補償するために、Facebookに投稿を公開しました

その日、友人のシモン・シュレヴィチがポーランドから帰国してきました。キエフから国境までウクライナ難民を脱出させるバスを手配したことを話すと、賛同してくれて、早速彼を入れた3人でキエフ入りし、難民家族を乗せた国境行きバスを運行しました。

まもなく、バス1台を手配するために必要な金額よりも、さらに多くの資金が集まるようになりました。そこで、もう1本、ハルキウからのバスを手配したほうが良いのではと考え、実行に移しました。こうしてこれまで(5/1現在)に、100台以上のバスを手配し、ウクライナ各地から4144人の難民をポーランド国境に避難させることができました。

ヤヌシェフスキー:本業の仕事についてはどうですか?

マネヴィッチ:昼夜を問わず避難作業に追われ、本業を休まざるを得ない状況でした。当初は2週間ほど休職して、それから更に1カ月半ほど仕事とボランティア活動を両立させようとしました。しかし、さすがに2カ月を終えて本業に完全復帰せざるを得ませんでした。その時点で、私が担当していた案件をボランティアチームの他のメンバーに引き継ぎました。私の勤め先は私のリクエストにとても寛大で、バスの手配費用に1万ドルも寄付してくれたうえに、2カ月間も自由に活動させてくれました。しかし、こうした好意に甘えるのもそろそろ潮時だと判断しました。さすがに、あのままボランティア活動を優先していたら、職を失っていたでしょう。この場合、自らを犠牲にして他人に十分な支援の手を差し伸べることはできません。

ヤヌシェフスキー:なぜ、このようなプロジェクトを始めたのですか?マネヴィッチさんはウクライナ出身の方ですか?

Image source: Sky News
Image source: Sky News

マネヴィッチ:ロシアのウクライナ侵攻に直面して、「これは何かが間違っている。自分にも何かができるはずだ。」と気づいたのです。私はモスクワ出身ですが、イスラエルに住んで35年になるイスラエル人です。ロシアの国籍は持っていません。

私にとって故郷であるモスクワはとても身近で、友人もいますが、「政権与党の方針」は今や完全に間違っています。しかし同時に、私はこの紛争について、軍隊を支援するという意味での軍事的な立場を取りたくなかったのです。

妻のガルヤ、シモン、私の3人は、空爆や砲撃から人々を助け、戦地から逃れられるよう救出の手を差し伸べることに専念しようとすぐに決心しました。そして、国境まで避難民を誘導して空席となったバスの復路では、食料や医薬品などの人道支援物資を詰め込んで、ウクライナ各地に届けています。私たちは、ウクライナ人、ロシア人、ユダヤ人、誰であろうと例外なく、助けを必要としている人を助けることにしています。

Israel4Ukraine
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3月1日にプロジェクト「イスラエル・フォー・ウクライナ」を立ち上げました。当時、私たちは3人でした。3月10日には、すでに20人が集まっていました。今は30〜40人くらいです。ボランティアの登録フォームがあり、そこから400人ほどが登録しています。参加したい、手伝いたいという人はたくさんいるのですが、時間的に余裕がある人がいないとダメなんです。仕事を終えて夕方から1日2時間程度では不十分ですし、効果がありません。グラフィックアーティスト、ソーシャルネットワーク上の文章を書くコピーライター、コーディネーターなど、あらゆる職種の方を募集しています。そして、ボランティアスタッフには、指示待ちではなく、進取の気性と創造性に富んだ資質が求められます。自分たちで提案し、実行し、宣伝する方法を知っている人、そうした情報と自由な時間をセットで持っている人が必要なのです。そうした意味で、この団体は、クリエイティブなチームになっていると思います。(原文へ

INPS Japan

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ICAN、アフリカで核兵器禁止を成功裏に推進

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

2017年のノーベル平和賞受賞団体である「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)とそのパートナー団体が、核兵器禁止(核禁)条約批准を促進し、核兵器が人類全体に対してもたらす重大な脅威への意識を高める活動をアフリカ全土で展開している。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

核禁条約は、あらゆる核兵器関連活動への関与を包括的に禁止した文書で、核兵器の開発・実験・生産・取得・保有・貯蔵・使用及び使用の威嚇などの活動をいかなる場合も禁止している。

条約はまた、核兵器を領土内に配備したり、禁止行為を他国が行うのを支援したりすることも禁じている。

締約国は、その管轄下にある個人によって、あるいはその領土において行われる条約が禁止する行為を予防し取り締まる義務を負っている。

加えて、核禁条約は、核兵器の使用あるいは実験によって被害を受けた個人に対して適切な支援を提供すること、核兵器の実験あるいは使用に関連した活動の結果として汚染された、その管轄下にある土地の環境を回復するよう、締約国に義務づけている。

104カ国の非政府組織をネットワーク化しているICANは、2017年7月7日にニューヨークの国連本部で核禁条約が採択されるにあたって大きな役割を果たした。賛成122カ国、反対1カ国、棄権1カ国で、賛成国のうち42がアフリカ諸国であった。

Applause for adoption of the UN Treaty Prohibiting Nuclear Weapons on July 7, 2017 in New York. Credit: ICAN
Applause for adoption of the UN Treaty Prohibiting Nuclear Weapons on July 7, 2017 in New York. Credit: ICAN

2017年9月20日に、国連事務総長が核禁条約を署名開放した。2020年10月24日に国連事務総長に50カ国目の批准書が寄託されたことで条約第15条に基づき、翌21年1月22日に発効した。

それ以来、アフリカの全54カ国がこの画期的な条約への支持を国連総会で表明し、その多くが条約を実際に署名・批准した(リストはこちら)。また一部の国は現在、批准の手続きを進めているところである。

ICANが地域的に働きかけを強めているのは、アフリカ連合(AU)、アフリカ原子力委員会(AFCONE)、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)である。

2019年4月、アフリカ連合の平和安全保障協議会は核禁条約に関する会合を持ち、15カ国から成るこの機関に対してICANが発表を行う機会が与えられた。2022年3月、アフリカ連合委員会は、ICANと組んで「アフリカにおけるTPNWの普遍化を促進する」会合を招集し、各国政府代表が意見を交わした。

各国代表らは、核禁条約の交渉・採択・推進にあたってアフリカ諸国の果たした主導的な役割、同条約が地域的な関心を持った他の条約、とりわけアフリカ非核兵器地帯条約(ペリンダバ条約)といかに連携効果を持っているかについて想起した。

ペリンダバ条約は、南アフリカ原子力公社の運営していた主要な原子力研究センターの名を由来としている。同地は、南アフリカが1970年代に原爆を開発・建造し、のちに貯蔵していた場所でもあった。ペリンダバ条約は1996年に採択され、28カ国目の批准をもって2009年7月15日に発効した。

Map of the countries ratifying the African Nuclear Weapons Free Zone Treaty./By Lokal_Profil, CC BY-SA 2.5
緑:署名・批准済。黄色:署名済・未批准。灰色:非署名 資料:Map of the countries ratifying the African Nuclear Weapons Free Zone Treaty./By Lokal_Profil, CC BY-SA 2.5

ペリンダバ条約は、条約締約国の領域内で核爆発装置を研究・開発・製造・備蓄・取得・実験・保有・管理・配備することを禁じ、また地帯内において放射性廃棄物を投棄することを禁止している。

また、締約国が地帯内において核施設に対して攻撃を行うことを禁止し、平和的目的に対してのみ使用される核物質・施設・機器について最大限の物理的防護を図るべきことが規定されている。

条約は、全ての締約国がその平和的核活動に関して国際原子力機関のフルスコープ保障措置を受けるべきことを義務づけている。アフリカ原子力委員会(AFCONE)の設立を含めた検証メカニズムが条約によって作られており、その事務所は南アフリカ国内に置かれる予定だ。

ICANはAFCONEと協力して核軍縮を進めてきた。2021年10月、ICANの代表が南アフリカ・ヨハネスブルクで開催されたアフリカ非核兵器地帯第5回締約国会議に出席した。

ICANと西アフリカのパートナー諸団体は、2019年以来、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)に関与している。2021年12月、ICANからの働きかけによって、ECOWAS議会は核禁条約への支持を表明し、ECOWAS加盟国に対して条約に加入するよう呼びかけた。

さらに、ICANは、アフリカ24カ国の国政レベルにおいて、核禁条約批准を促進し、人類全体に核兵器が与える重大な脅威について意識を高める活動を行ってきた。

その24カ国とは、アンゴラ・ブルキナファソ・ブルンジ・カメルーン・中央アフリカ共和国・チャド・コモロ・コンゴ民主共和国・エチオピア・ガーナ・ケニア・マラウィ・マリ・モーリシャス・モザンビーク・ナイジェリア・ルワンダ・セネガル・シエラレオネ・南アフリカ・南スーダン・トーゴ・ウガンダ・ジンバブエである。

2017年、アフリカ42カ国が核禁条約採択に賛成した。それ以降、29カ国が署名し、12カ国が批准した。中央アフリカ諸国で初めて条約を批准したのはコンゴ共和国である。

コンゴ共和国のジャン=クロード・ガコソ外務・仏語圏・在外自国民大臣 は、核禁条約が署名開放された2017年9月20日に、ニューヨークで行われたハイレベル式典にて同条約に署名した。

ICAN
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2022年5月12日のコンゴによる批准は、核軍縮に関する多国間行動がこれまでにもまして必要かつ緊急になっており、この恐るべき兵器の廃絶に向けて全ての国家が主導権を握る責任があるとのアフリカの確固たる立場を示したものであった。

「核禁条約の批准は、国際の平和と安全保障がこれだけの価値を持つものであることを再認識させるものであり、その価値は大きい」とコンゴ議会のイシドール・ムヴォウバ議長は2022年2月に語った。

たしかに、核兵器は、どこで使用されようとも、どのような形態の使用であろうとも壊滅的なものであり、死と破壊、気候変動、飢餓、それに続く難民危機をもたらすだろう。それは、アフリカ全土と世界全体に波及効果を持ち、人類の生存そのものを危機に晒すことになる。

コンゴ共和国におけるICANのバートナー団体である「コンゴ共和国公衆衛生・地域保健協会」(ACSPC)のジョージズ・バタラ=ムポンド氏は、「コンゴは、核禁条約を批准することによって、グローバルな公共保健に大きな貢献をしました。核兵器が使用されれば、長年にわたって壊滅的な健康上の影響をもたらすだろう。核禁条約をまだ署名・批准していない国は、コンゴの例に倣って、安全かつ健康な世界を目指すことが重要です。」と語った。(原文へ

INPS Japan

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女子教育への投資はされるものの遅々として進まない経済的ジェンダー平等

【国連IDN=タリフ・ディーン

女子教育への投資が進んでいるにも関わらず、女性の経済的平等が進んでいない実態を新たな調査が明らかにした。

この調査では、こうした投資が女性とその家族の健康増進など多くの利益をもたらしている一方で、経済的な見返りは期待されたほどではなかったとの知見を明らかにしている。

Women in Bangladesh harvest vegetables as part of a livelihood programme to ensure their family’s food security. Credit: WFP/Sayed Asif Mahmud.

5月12日に発表されたこの研究は、ワシントンとロンドンを拠点とするシンクタンク「グローバル開発センター」の研究者らが執筆したもので、世界の最貧国において学校に通う少女の数が大幅に増加したものの、雇用や経済のジェンダー平等にはつながっていないことを明らかにした。

「女子教育への投資には意義があり、そのことに疑いはありません。しかし、女子生徒を学校に通わせるだけでは、その後の人生に平等な機会を与えることはできません。」と、本報告書の主執筆者の一人であるグローバル開発センター上級政策アナリストのシェルビー・カルバーリョ氏は語った。

126カ国を対象にした分析では、女子の教育水準が飛躍的に向上したにもかかわらず、女性の就労に関しては過去30年間ほとんど変化していないことが明らかになった。実際、女性は男性の2倍の割合で、雇用や教育を受けられていない。

また、女子教育と女性の平等:世界で最も有望な投資からより多くを得るには」と題された調査では、以下のことが明らかにされている。

  • 平均して、女子の就学率が上昇しても、働く女性の数は必ずしも増えておらず、働いたとしても、賃金や年功序列に大きな格差がある。
  • 世界的には、失業中の若者(15~24歳)の大多数は女性である。
  • インドでは、学校に行く女子の数が大幅に増えているにも関わらず、働く女性の数は1980年代以来増えていない。
  • エチオピア、マラウイ、パキスタン、ウガンダのデータは、女子教育の改善は労働市場の公平性に全く影響を及ぼさないことを示している。
  • ラテンアメリカでは、女子の学業成績が向上しているにもかかわらず、女性の社会進出が鈍化している。

こうした新しい知見は、国連の17項目の持続可能な開発目標(SDGs)、とりわけジェンダー・エンパワーメントと女性教育に関連した目標を棄損するのではないかという問いに対してカルバーリョ氏は「こうした制約は、SDGsの少なくとも3つの目標に影響します。」と答えた。

SDGs logo
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カルバーリョ氏は、「SDGsの第5目標では、すべての女性と女児のジェンダー平等とエンパワーメントの実現を呼びかけています。女子教育はジェンダー平等を実現するための重要な手段であり、各国は全ての女子に質の高い教育を提供するために絶対的に投資をしなくてはなりません。しかし、労働市場が男女平等でなければ、女性は教育の果実を享受することができません。」と語った。

「SDGsの第10目標は、国内および国家間の不平等の削減を求めています。ジェンダーの不平等は、国内における不平等の主な原因であり、政治的指導層から理科の先生の数に至るまで、女性が少ないことが進歩を遅らせることになります。」

さらに、「SDGsの第4目標は、すべての人に包摂的で公平な質の高い教育を求めています。しかし、パプアニューギニアやハイチでは高校を卒業できるのは女子の5人に1人、ベニンやギニアビサウに至っては女子の僅か5%しか高校を卒業できていません。このような状況ではSDGsの第4目標は達成できません。」と付け加えた。

カルバーリョ氏のインタビューの抜粋は以下の通り。

IDN: シャリーア法のあるアフガニスタンやサウジアラビアのような国々での女子教育やジェンダー・エンパワーメントの現状はどうでしょうか。

Image credit: United Nations Assistance Mission in Afghanistan (UNAMA).
Image credit: United Nations Assistance Mission in Afghanistan (UNAMA).

カルバーリョ:女子教育や女子の希望、労働市場で女子が得られる機会を制限するような厳格な法律や規範は、教育がエンパワーメントに果たす役割を制限し、たとえ教育の成果が同じであっても、人生の後半における経済機会の平等化に対する根強い障壁となる可能性があることが明らかになっています。

サウジアラビアやアフガニスタン、その他多くの国では、女子教育や女性の権利に関連するいくつかの分野で前進が見られる一方で、正式な法律や社会規範の両面で、女子教育が私たちの信じる大きな平等化の担い手となる可能性を制限し続けている分野もあります。

IDN:宗教、あるいは宗教の間違った解釈が、男女差別に影響があるとお考えですか。

カルバーリョ:社会規範は男女差別に大きな影響を持ちますが、それは宗教を含む多くの社会現象によってもたらされるものです。女性が働く能力、あるいは、特定の産業において女性が働く能力を制限する社会では、教育の恩恵を十分に受けられない女性がいます。

現在、3分の1以上の国で、女性が男性と同じ産業で働くことを制限しています。しばしば、男性中心の職場は給料レベルも高いものです。他にも、ローンの権利や労働時間の制限などの点で、女性は不利です。女子教育が実を結ぶには、女性が労働市場で平等な機会を得る以外にはないのです。

カルバーリョ氏はまた、「世界中の女性や女児にとっては、単に男性と同じ教育を受けるというだけでは、男性と同じ賃金を得る保証にならないのです。あるいは、未払いの家事労働や育児に時間を使うために、外で働けないということもあるでしょう。」

「また、男性からの暴力に遭う頻度が落ちるということでもありません。資産を手にするチャンスがより多くなるということでもありませんし、子どもたちが育つ社会がより平等になるという保証もありません。」と語った。

他方で、報告書の著者らは、教育制度がジェンダー平等を支援するために、学校を女子にとって安全な場所にし、女性差別を根絶し、卒業後の女子就労を一層支援するよう勧告している。

Photo: UNICEF's youngest Goodwill Ambassador Muzoon Almellehan in Chad. Credit: UNICEF UK.
(right) Syrian refugee and education activist Muzoon Almellehan meets Nigeria refugee girls at a sewing workshop in Daresalam refugee camp, Lake Region, Chad, Thursday 20 April 2017.

グローバル開発センターのシニアフェローで、本報告書のもう一人の主執筆者であるデビッド・エヴァンス氏は、「私たちは、女子を学校に通わせ学習を支援する方法については多くを知っています。しかし、学校がすべての女子にとって安全な場所にするためには、まだ学ぶべきことがたくさんあります。」と語った。

著者らは、こうした観点から、世界銀行や英国外務・英連邦・開発省(外務省)などの上位ドナーによるグローバル教育への投資について検証している。

ジェンダー平等や女子教育は、これらの機関が共通して焦点として掲げているものでる。2020年には、英外務省の教育関連資金の92%、世界銀行の資金の77%が、女子教育を優先事項とするプロジェクトに充てられていた。

「しかし、女子や、彼女らが抱えている特有の困難を対象とした事業は全体の半数以下しかない。教室でのジェンダー・バイアスの軽減に焦点を当てた事業は全体の5%に過ぎず、女子のエンパワーメント、アクセス、健康と安全、アドボカシーに焦点を当てたものは20%未満しかない。」と今回の報告書は指摘している。

この20年間における世界銀行の教育関連事業の中で、児童婚姻や若年層の妊娠、不十分な月経衛生管理など、女子特有の困難を取り上げた文書はほとんどなかった。

Shelby Carvalho, Senior Policy Analyst/ CGD

「教育制度における制度的なジェンダー・バイアスと、女子に対する学費を下げるなど、その多くが極めて単純で既に効力が証明された対応策に焦点が当たっていないことが、世界の中で最も貧しく、最も疎外された女子たちを苦しめている。コロナ禍によってその現状はさらに悪化している。」

都市部以外に住む貧しい女子たちは、学校に通えない可能性が最も高い。サハラ以南のアフリカでは、学校に入学していない人の半数以上が、農村環境で貧困ライン以下の生活をしていた、と報告書は指摘している。

「また、新型コロナウィルス感染症のパンデミックとそれに伴う景気後退、さらには親の失業や病気といったパンデミック以前の問題によって世帯収入が減少すると、女子は男子よりも学校に行けなくなる確率が高い。」

「ジェンダー平等や教育から得られる経済的利益を夢物語に終わらせないためには、私たちはもっと努力しなければなりませんし、おそらくこれまでのやり方とは違った考え方をする必要があります。」とカルバーリョ氏は語った。(原文へ

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核政策は「生命への権利」を侵害すると市民社会が警告

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

軍備管理・軍縮の取り組みが停滞する中、市民社会組織は、核政策は「生命への権利(=生きる権利)」に反すると主張している。「すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。この権利は、法律によって保護される。何人も、恣意的にその生命を奪われない。」と、市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)第6条は宣言している。

この条約に規定されている「生命への権利」をもとに、英国とオランダの軍備管理・軍縮推進団体が、両国の核兵器政策に異議を唱えた。

これらの団体は、最近、国連人権理事会において、この政策が「生命への権利」に違反しており、核兵器の威嚇や使用は、この権利と相容れず、国際法上の犯罪にあたるという結論を出していることを宣言した。

これらの主張は、ICCPRを含む国際人権法の下での英国とオランダの義務に関する普遍的定期的レビュー(UPR)の一環として、団体から人権理事会に提出された文書においてなされている。

3月31日に提出された文書では、生命への権利に適合するために、各国政府が取りうる政策行動についていくつかの提言がなされている。その中には、先制不使用政策の採用、核兵器システムの更新計画の中止、安全保障政策における核兵器の役割を段階的に縮小する措置、2022年のNPT再検討会議でNPT75周年にあたる2045年までに世界的に核兵器を廃絶する目標を推進すること、などが含まれている。

Photo Credit: climate.nasa.gov
Photo Credit: climate.nasa.gov

また、核兵器と気候変動との関連性(ネクサス)を強調する項目もあり、英国に対しては、核兵器の予算を再生可能エネルギー開発や気候変動対策資金に再配分すること、オランダに対しては、気候変動の問題を国際司法裁判所に提訴するイニシアティブを支持することなどが提言されている。

国連人権委員会は2018年10月に、「一般コメント36号」を採択し、核兵器の威嚇や使用は「生命に対する権利の尊重」と両立しないと断言し、ICCPR締約国は核兵器の開発、取得、備蓄、使用を控える義務があり、また既存の備蓄分を廃棄し、世界的な核軍縮を達成するために誠実に交渉を進める義務があるとした。提出された文書は、英国とオランダの核兵器政策がこれらの義務に違反していると論じている。

今回の文書は、ウクライナ戦争を巡ってロシアが核戦争の威嚇を行った中で提出されたものであり、核抑止政策のリスクへの対応が極めて重要であることを改めて認識させられる。ロシアは中国、フランス、英国、米国と共に5つの核兵器国の1つである。5カ国は核不拡散条約(NPT)により、核兵器の保有が公式に認められており、核戦争を起こす選択肢を保持している。

NPTに核兵器国として規定されていない4カ国、パキスタン(165)、インド(156)、イスラエル(90)、北朝鮮(40-50)は、NPT上の核兵器国と合わせて推定約1万3000発の核兵器を保有している。これらのほとんどは、広島に投下された核兵器の何倍もの殺傷力を持つ。さらに、核兵器の保有と使用を認めている他の31カ国もこの問題の一部である。

The World’s Nuclear Weapons/ ICAN

例えば、ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコは自国領内に米国の核兵器をホストしている。米国はこれらの核兵器の運用管理を維持していると主張するが、実はこれらの国々に配置されていることが米国の核戦争計画に役立っているのである。

また上記5カ国以外にも、米国が主導する北大西洋条約機構(NATO)やロシアが主導する集団安全保障条約機構(CSTO)など、防衛同盟の一環として自国に代わって核兵器の使用の可能性を認め、核兵器の保有と使用を「是認」する国は26カ国にのぼる。

Nuclear submarine HMS Vanguard arrives back at HM Naval Base Clyde, Faslane, Scotland following a patrol./ By CPOA(Phot) Tam McDonald – Defence Imagery, OGL v1.0

英国における核兵器の重要性は、化学および生物学的能力、またはそれに匹敵する影響を及ぼす可能性のある新技術からの脅威への対応を含め、幅広い状況下で核兵器を使用する可能性のある政策オプションのもと、いつでも発射可能な約160個の核弾頭(戦略原子力潜水艦4隻に各40個)を配備している事実にある。

オランダはフォルケル空軍基地に約20個の米国製核爆弾B61を保有し、戦時にはこれをオランダ空軍のF16戦闘機で潜在的目標に「運搬」する作戦手段を維持している。

国連人権理事会が提出書類の課題や提言を取り上げ、英国やオランダに指示することを決定した場合、両国はこれに応えることが義務付けられている。

ロシア、米国、フランス、カナダ、デンマーク、アイスランド、北朝鮮の核政策に関しても、2020年と21年に人権理事会や他の国連人権機関に同様の提出が行われたが、関連機関ではこの問題は本格的に取り上げられることはなかった。ロシアによるウクライナ侵攻に起因する核戦争の脅威が高まっている現在、人権理事会がこの問題を現在の審査サイクルでより高い優先順位とするよう、有識者たちは期待している。

英国に関する書類は、アボリション2000UK、平和を求めるアオテアロアの弁護士、スイス核軍縮法律家協会、バーゼル平和事務所、バートランド・ラッセル平和財団、クリスチャンCND、CNDウェールズ、国際反核法律家協会、 International Forum for UnderstandingLABRATS(核爆弾のレガシー/核実験の生存者を認知する会)、非核平和都市、パックス・クリスティ・スコットランド、地球的責任のための技術者・科学者国際ネットワーク、Sheffield Creative Action for Peace、平和のための結集決議、ウエストミンスターウエストロータリークラブ平和委員会、若者フュージョン、 世界未来評議会、その他80000人が提出した。

オランダに関する書類は、平和を求めるアオテアロアの弁護士、スイス核軍縮法律家協会、バーゼル平和事務所、オランダ教会協議会、国際反核法律家協会、パグウォッシュ・オランダ、平和法廷、世界未来評議会、気候正義のための世界青年の会、若者フュージョンが提出した。(原文へ

ICCPR締約国:2020年5月時点では、署名のみの国は74か国であり、そのうちまだ批准もしていないのは中華人民共和国、コモロ、キューバ、ナウル、パラオ、セントルシアの6か国である。サウジアラビアとミャンマーは署名もしていない。それを除く批准国と、加入国を合わせると、締約国は173か国である。出典:ICCPR-members: Dark Green – signed and ratified, Light Green – signed, but not ratified, Orange – signed, ratified but has stated it wishes to leave the covenant./ By Dudeman5685 – Own work, CC BY-SA 3.0

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC on 21 May 2022.

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