【ニューヨークIDN=J・ナストラニス、タリク・ラウフ】
海軍が保有する核燃料を検証し、高濃縮ウランを低濃縮ウランに転換することについて、法律・技術・政策の側面から多くの専門家が真摯な検討を重ねてきているが、残念なことに現実は、高濃縮ウランを使うどの海軍も、それを低濃縮ウランへと転換したり、国際原子力機関(IAEA) を初めとした査察官を1スカンジナビアマイル(10キロメートルに相当)に近づけることにすら関心を持っていない。
米海軍は、ノーチラス級の原子力推進攻撃潜水艦(SSN)に始まって、高濃縮ウランを使った燃料と原子力船推進用原子炉の先陣を切ってきた。1955年1月17日、ユージン・ウィルキンソン指揮の下、米潜水艦「ノーチラス 」(SSN-571)が原子力艦船として初就航した。ウェスティンハウス社製70MWthの加圧水型原子炉(S2W)を推進力としていた。ウィルキンソンは大西洋潜水艦隊司令官に「原子力にて航行中」という歴史的なメッセージを打電した。以来、艦船推進と海軍技術におけるこの革新は、今日まで続いている。
「ノーチラス」就航後の海軍原子力推進の歴史を見ると、1958年6月4日にソ連海軍のSSN「K-3」、英国海軍の弾道ミサイル潜水艦(SSBN)「ドレッドノート」が1963年1月10日、中国人民解放軍の海軍SSN「漢」が1971年8月23日、仏海軍のSSBN「ル・ルドゥタブル」が1971年12月1日にそれぞれ就航。1988年、ソ連がSSNをインド海軍に貸与、2014年12月14日、インド海軍のSSBN「アリハント」が就航(ソ連型をモデルに原子力推進部分を製作)している。
Tariq Rauf
残念なことに、原子力推進かつ核兵器を搭載した潜水艦の拡散は既に起こっている。核巡航ミサイル潜水艦(チャーリー級)を1986年に初めてインドに「貸与」を決定したのはソ連であった。さらに2004年2月、ロシアはアクラ級攻撃型原潜をインドに「貸与」、2019年にも、また別のアクラ級攻撃型原潜を2025年までに「貸与」することを決めている。
伝えられるところでは、インドはアクラ級SSNの設計情報をコピーし自らの原潜を建造した。ちなみにその原子炉はロシア起源の設計でロシアからの相当の支援があったという。インドで稼働中もしくは建設中の22基の加圧重水型原子炉はすべて、カナダが提供した加圧重水型原子炉「CANDU」の無許可コピー、あるいはその派生型であることが想起される。
インドは核不拡散条約(NPT) の加盟国ではないため、IAEAとの包括的保障措置協定 (INFCIRC/153)を結んでいない。インドが結んでいるのは「個別」の「INFCIRC/66/Rev.2」型の保障措置協定であり、インドには、保障措置を受けている民間の原子力活動と、明らかに保障措置の外にある核兵器活動が並行して存在していることになる。
民生部門では、ソ連/ロシアが提供した原子力砕氷船と新型の海上浮揚式原子炉に加えて、原子力艦船が4隻ある。1958年7月21日、米国の原子力推進旅客・貨物運搬船「サバンナ」 が就航し、原子力によって初めて航行したのは1962年のことであった。
サバンナ号は、1962年から運行が停止される1970年の間に、およそ50万海里を航行した。計74キログラムのウラン235(濃縮度4%)を燃料とする74MWthの加圧水型原子炉を動力としていた。原子炉と燃料のコストは2830万米ドルだった。
ドイツは1969年10月11日に「オットーハーン」号を、日本は同年「むつ」号を、ソ連は1986年2月20日に「セブモルプーチ」号をそれぞれ就航させている。セブモルプーチは、2016年の改修を経て、今日でも現役で活動している。動力は、出力135MWthの加圧水型原子炉「KLT-40」(砕氷船用)であり、その中心には150キログラムの高濃縮ウランが装填されている。その変異型である150MWthの「KLT-40S」は現在、ロシアの海上浮揚式原子力発電所「アカデミック・ロモノソフ 」で使用されている。小規模の「KLT-40S」は14%濃縮の低濃縮ウランを3年毎のサイクルで使用する。
バイデン政権の国家安全保障補佐官(ジェイク・サリバン)が率い、秘密裏に設置された小規模のチームが、米海軍に事前に相談することなしに、オーストラリア海軍に対して巡航ミサイル搭載原子力潜水艦(SSGN)を供与すると発表したという未確認の報道がある。
オーストラリアであれ他の非核保有国であれ、INFCIRC/153(修正)型の保障措置協定をIAEAと結んでいる国が、協定の存在に関わらず、海軍の核燃料を保障措置の対象外としている問題にIAEAは直面している。協定第14条には免除の定義あるいは解釈が存在せず、何が「非平和的」「非違法」軍事活動にあたるのかの合意もない。まして、第14条の状況を履行するにあたっての諒解や手続きも定まっていない。
インド太平洋地域に関する豪英米三国間協定 (AUKUS)が2021年9月15日に発表されたが、この中で、IAEA事務局が関わるか関わらないかに関係なく、第14条の解釈・定義を行うとされているが、IAEAの関係国や専門家との適切な協議なしに信頼を得ることは不可能だろう。
第14条に由来した保障措置の免除の履行は、IAEAのすべての加盟国との協議の上で共通の理解に到達し、理事会に提示して判断と承認を得なければならない。オーストラリアあるいはAUKUSだけが問題なのではない。問題はそれよりも大きなものであり、IAEAの全加盟国と事務局が関わっているものだ。
IAEA保障措置の内外に2つの並行した核計画をある国が運用するような、「NPT以前」あるいは「非NPT的」協定の新システムをNPT/IAEA体制の内部に作り上げることによって、オーストラリアはこの構造の統一性と、NPT上の非核保有国におけるIAEA包括的保障措置の履行を弱めることになるだろう。NPT加盟国でないインドがその核活動の一部を保証措置の下に置き、一部をその外部に置いているやり方をまねたものだ。
オーストラリアが、海軍で使う兵器級高濃縮ウランを保障措置の下に置かなくてよいのであれば、例えば、アルゼンチンやブラジル、カナダ、イラン、日本、韓国はどうなるのだろうか。
長年にわたって、ブラジルは、原子力推進の研究開発だという理由で、IAEAとの追加議定書の締結を回避してきた。ブラジル・イラン両国は、ウラン濃縮活動の一つの要件は、原潜を取得する可能性にあると主張してきた。
伝えられるところによると、AUKUSを構成する三国は、IAEA理事長にSSGNを豪海軍に提供する意図を伝えたという。つまり、近い将来、オーストラリアがNPT保障措置協定の14条を発動して、海軍の核燃料用の高濃縮ウランの相当量(1.6~2.0トン以上の兵器級高濃縮ウラン)を協定の対象から外すよう求めるかもしれないということである。
AUKUS協定によってオーストラリアがSSGNを取得することで、パンドラの函が開かれるかもしれない。アルゼンチン・ブラジル・カナダ・イラン・日本・サウジアラビア・韓国などといった非核兵器国、さらには台湾が、原子力艦船や潜水艦を開発あるいは取得し、核燃料(低濃縮及び高濃縮ウラン)をIAEAの保障措置協定の外部に置こうと試みる可能性があるからだ。
AUKUSの三国は明らかに、IAEA保障措置協定の「グレーゾーン」や「抜け道」を利用して兵器級高濃縮ウランを保障措置の対象外にしようと、IAEAとの不透明で秘密裏の協議を開始している。この「グレーゾーン」の解釈と履行の技術的・政策的態様の理解と解釈については、明確な合意が存在しない。
IAEA
中国とロシア連邦は、オーストラリアに原子力潜水艦を供与するAUKUS計画を批判する外交的攻勢をIAEA理事会の内部ですでに繰り広げている。AUKUS同盟の圧力を受けその影響下にあって威嚇されている多くの西側諸国は、一歩下がって、AUKUS当事国とIAEAとの間で成される協定がどのような色合いのものになるのかを注視している。
こうして、オーストラリアはとりあえず信用を獲得し、中国と対決する米国には共感が寄せられることになる。非同盟諸国はまだ旗幟を鮮明にしていないが、その多くが、中国の反感を買いたくないし、他方で米国やアジア太平洋地域におけるその同盟国とも関係を悪化させたくないという八方ふさがりの状況に陥っている。
いまこそ、IAEA保障措置システムの効果を強化し、その効率性を向上させる時だ。保障措置を弱め、それを通じて原子力潜水艦を容認するようなことではない。(原文へ )
INPS Japan
関連記事:
|オーストラリア|米英からの原潜供与協定が核の恐怖を引き起こす
核戦力を強化し、西側に抵抗する北朝鮮
|視点|新型コロナウィルス騒動に関連して、飽くなき中国叩きが再浮上する(パリサ・コホナ前国連スリランカ政府代表部大使、元外務大臣)