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ミャンマー、「保護する責任」の履行を世界に訴える

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、2021年4月6日に「The Strategist」に初出掲載されたものです。

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

私は、この記事を書くことを予想せず、意図せず、希望もしなかった。ミャンマーにおける現在の危機と増え続ける市民の死者数に関連づけて「保護する責任(R2P)」について書くようにとの要請を、私は丁重に断ってきた。ターニングポイントとなったのは、R2Pを掲げる横断幕、Tシャツ、傘を携え、この記事に掲載された写真のように徹夜のキャンドルデモを行う人々の姿である。それらの映像は私の良心を動かした。また、世界の良心を揺さぶるべきである。(原文へ 

説明させて欲しい。冷戦終結後、多くの人道的危機が勃発し、ルワンダ虐殺からNATOによるコソボへの一方的な軍事介入、東ティモールにおける国連が承認した平和維持活動まで、ケース・バイ・ケースでさまざまな対応がなされた。一定しない対応、ばらつきのある結果、その後の論争は、国境内および国境を越えた武力行使が合法的かつ正当である状況に関して、世界のコンセンサスがいかに揺らいでいるかを示している。

コフィ・アナン国連事務総長は、かつて国連平和維持活動を担当していた時に発生したルワンダとスレブレニツァの虐殺により、自らも良心の呵責に苛まれ続けてきた。その彼の呼びかけに応じ、2000年、新たな規範枠組みを模索する国際委員会がカナダの主導により設置された。委員会は、元オーストラリア外相ギャレス・エバンスとアルジェリアの元外交官モハメド・サヌーンを共同議長とし、そのほかわれわれ10名が委員に就任した。当委員会は、大量虐殺に対する国連を通した世界の対応における中心的な組織化原理として、R2Pを策定した。われわれは国家主権を再定義し、主として国家自身が担う責任であるが残りは国連が担うものとした。

中核となるR2Pの原則は、2005年世界サミットにおいて全会一致で採択され、正式な国連方針となった。以来、この原則は継続的に明確化され、洗練され、三つの柱の文言として言い換えられてきたが、2011年に国連が承認してNATOが主導したリビアへのR2P介入の後、人気を失った。国連はR2Pの原則に基づいて意図したとおりの対応を行ったが、NATO主要国は国連の承認を乱用し、ミッションを文民保護から体制転換に変えてしまったのである。

しかし重要な点として、R2Pとは、一部の指導者が誤った行動をし、市民の反対勢力を弾圧するような不完全な世界において、良心に衝撃を与える残虐行為に対応するよう要請に基づいて呼びかけるものであり、R2Pの原則そのものに深刻な疑義が生じたことはない。R2Pは依然、一人一人の憤りを共同の政策的救済へとつなげるために容易に利用できる規範的手段である。われわれは当初から、人道的介入と異なり、R2Pは介入国の権利や特権よりも被害者の人身保護ニーズを優先することを根拠として、R2Pを提唱したのである。

居心地の良い西側の大学の研究者たちは、R2Pを新植民地主義的な白人勢力が、腹黒い地政学的・商業的な動機を人道上の問題としてカモフラージュするために用いる道具だとして批判し続けている。R2P原則の履行を世界に求めるミャンマーからの写真は、被害者自身による、考え得る限り最も痛烈な反撃である。

したがって、何もしないことは、最も基本的なレベルの共通の人間性に対する恥ずべき裏切りをまた一つ重ねることになる。信頼できる有効なR2P行動を求める声は、動員規範としてのR2Pの力が、困窮国の市民社会においていかに深く浸透し、根を下ろしているかを明確に示している。それ以上に重要なことに、被害者たちはR2Pに、国際社会の行動がミャンマーの地で起こっていることに異議を唱え、変化をもたらす可能性を見ているのである。

非道な行為を目の前にした沈黙は人道に反することであり、ミャンマーの軍隊「Tatmadaw」による周到かつ大規模な殺傷力の行使に対する対応として、非難だけでは不十分である。

多くの人々は、R2Pについて二つのよくある間違いをする。R2Pの第1の柱は、危機に瀕した集団を保護するために必要な場合は、国家が武力の行使を含む行動をとることに言及している。第2の柱は、国家がR2P能力を構築するための国際支援を、その国家の同意に基づいて行うことである。第3の柱は、その国家が保護する責任を果たす能力または意志がない場合、あるいは国家自身が残虐行為の加害者である場合、部外者が段階的な強制的措置を講じる状況を想定している。しかし、第3の柱でも平和的手段を優先しており、武力の行使は本当に最後の手段として検討するのみである。

恐らくTatmadawは、抗議運動の幅広さ、深さ、粘り強さに驚きを覚えているだろう。彼らが大量虐殺に打って出るような結束力や意志を持っているかどうかは分からない。したがって現時点では、文民統治の復活の可能性を排除できないものの、軍部による過去の暴虐の遺産を考えると軍政が無期限に続くこともあり得る。この微妙なバランスにおいて、部外者がどうやって国内の政治・軍事勢力を動機付け、重要な唯一の地域組織であるASEANを説得して、行動を起こさせることができようか?

国連安全保障理事会の常任理事国(中国、フランス、ロシア、英国、米国)は、安全保障に関する決定を安全保障理事会の中にとどめ、総会を締め出すことに集団的な既得権を有している。しかし、以前も書いたように、総会は近年、事務総長の選出、国際司法裁判所判事の選出、核兵器禁止条約の採択において、次々に安全保障理事会からの独立性を示している

安全保障理事会が膠着状態に陥った場合、総会決議377(V)に基づく「平和のための結集」という形式のもと、国連総会が会合を開いた前例がある。このように、安全保障理事会の地政学的な影響力に対抗するために、全ての加盟国が参加する国連総会に付与された独自の正当性を行使することは、われわれの2001年委員会報告書で提言されたが、2005年世界サミット成果文書では無視された。今こそ、それを救済し、発動すべき時かもしれない。ASEANは、危機を緩和するために調停を主導し、周旋を行い、Tatmadawを正当化することなく彼らの関与を引き出すとともに、Tatmadawを疎外することなくアウン・サン・スー・チーと彼女の国民民主同盟の関与を引き出し、また、安全保障理事会がR2Pという厳粛な責任を放棄した場合には決議377(V)に基づいて議題を総会に提起するべきである。

現在の混乱状態で、ミャンマーに外国の軍事介入があれば、人道的危機を大幅に悪化させるだろう。そのようなことは、検討の対象にもするべきではない。しかし、国連のツールボックスにはほかにも利用できる、そして利用するべき道具がある。これには、決議を用いた外交的非難、軍の幹部と事業に対象を絞った制裁、武器の禁輸、国際刑事裁判所(ICC)への付託などがある。ICCへの付託の脅しは、これ以上の流血を招くことなく政権の座を明け渡すよう司令官らを説得するために活用できるのではないだろうか。

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、オーストラリア国際問題研究所研究員。R2Pに関わる委員会のメンバーを務め、他の2名と共に委員会の報告書を執筆した。近著に「Reviewing the Responsibility to Protect: Origins, Implementation and Controversies」(ルートレッジ社、2019年)がある。

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世界的なパンデミックが不平等を悪化させている

【ワシントンDC IDN/IMF blog=ダビット・アマグロベリ   ヴィトール・ガスパール   パオロ・マウロ】

新型コロナウィルスのパンデミックは、格差の悪循環に拍車をかけている。このパターンを打破し、豊かさを実現する上で誰もが公平な機会を得られるようにするために、各国政府は、ワクチン接種を含む医療や教育などの基本的な公共サービスへのアクセスを向上させ、再分配政策を強化する必要がある。

大半の国では、そのためには歳入を増やし歳出の効率性を高めることが必要になるだろう。そうした改革は透明性と説明責任の強化で補完することが必須である。それによって政府に対する全体的な信頼を高め、より結束の強い社会づくりに寄与することができる。

Photo source: The JHU Hub – Johns Hopkins University

以前から存在していた格差が、新型コロナの影響を深刻化させた。基本的なサービスへのアクセスに格差があることが、健康状態に差が出る一因となっている。国際通貨基金(IMF)の研究によれば、医療へのアクセスを病床数で間接的に測ったところ、医療へのアクセスが悪い国では新型コロナウイルス感染症による死亡率が、感染者数や年齢構成から予測される死亡率よりも高くなっている。同様に、IMFの分析は、相対的貧困率が高い国でも感染率と死亡率が共に高くなっていることも示している。

それと同時に新型コロナが、格差の拡大を招いている。その一例が児童の教育だ。IMFの分析では、広範な休校措置がとられたことで2020年に失われた教育機会は、先進国では学年の4分の1と試算されるところ、新興市場国や発展途上国ではその2倍だった。貧困家庭の児童はとりわけ大きな悪影響を受けている。IMFの試算によると、新興市場国や発展途上国では最大600万人の児童が2021年に学校を中退する可能性があり、生涯にわたりその悪影響を被りかねない。

また、今般のパンデミックは最も脆弱な層に最も深刻な打撃を与えている。低技能や若年の労働者が高技能職種の労働者よりも多く失業の憂き目にあっている。同様に、不利な立場におかれている民族集団や、インフォーマルセクターの労働者もより深い痛手を負っている。そして新型コロナの影響が最も大きかったホスピタリティ産業や小売業で高い比率を占める傾向にある女性もまた、貧困国では特に、著しい悪影響を受けている。

格差の連鎖を断ち切るには、事前分配政策と再分配政策の両方が必要となる。前者では、政府は人々に基本的な公共サービスや良質な雇用へのアクセスを保証する。そうすることで、政府が税や所得移転によって再分配を行うよりも前に所得格差を削減することが可能になる。

教育、医療、幼児期発達への投資は、これらのサービスへのアクセス向上に、ひいては生涯にわたる機会の確保にも強力な効果を発揮しうる。例えば、各国政府が教育への歳出を対GDP比で1%増やせば、最富裕層と最貧困層の家庭の間に見られる児童の就学率格差を3分の1ほど解消できる可能性がある。歳出額を増やすことに加えて、いずれの政府も歳出の非効率性を減らすことに注力すべきだ。特に貧困国では歳出の非効率性がかなり高くなっている。

コロナ禍によって、迅速に発動可能で生活困窮家庭にライフラインを提供できる優良な社会的セーフティネットの重要性の高さが明らかになった。高額な社会支出は、十分な支援を提供し、社会の最貧困層全体を対象にしてはじめて、貧困削減に効果を発揮する。信頼性の高い個人識別番号制度を用いて社会政策用の包括的登録簿を構築して維持することは、良い投資だ。これらの要素を、電子決済や、銀行口座へのアクセスが限られている場合にはモバイルマネー給付などの効果的な分配の仕組みで補完するのが理想的だろう。

Photo: Downtown Johannesburg is deserted. Credit: Kim Ludbrook/EPA

基本的な公共サービスへのアクセスを向上させるには追加資源が必要となるが、これは、国の事情に応じて、全体的な徴税能力を強化することで動員できる。多くの国では、財産税や相続税をさらに活用できるかもしれない。また、政府が個人所得税の限界税率の上限を引き上げる余地がある場合もあり、税の累進性を向上できるかもしれないが、そうでない場合には資本所得課税の抜け穴をなくすことに重点を置いてもよい。

さらに各国政府は、高所得世帯の個人所得税に追加して臨時の新型コロナ復興支援税を徴収することや、法人所得に対する課税の刷新も検討可能だろう。新興市場国・発展途上国では特に、社会支出の財源を得るために、消費税による歳入増を図れる可能性がある。くわえて、低所得国による資金調達、また、各国独自の税・支出改革を国際社会が支援することが必要となるだろう。

強力な公的支援が必要

多くの雇用を生む包摂的な回復を下支えしつつ、公共サービスへのアクセスを拡大することと、所得ショックからの保護を強化することを約束する包括的な政策パッケージの策定を各国政府は検討すべきだろう。一部の国では、増税により資金調達を行って基本的なサービスへのアクセスを向上させることを市民が力強く支持してきたが、こうした支持は今般のパンデミックを受けて一層拡大する公算が大きい。米国で最近行われたある調査によれば、感染したり失業したりして自分自身が新型コロナの影響を受けた人は、より累進性の高い課税を好むようになっている。

こうした政策を中期的な財政枠組みの中に位置づけ、透明性や説明責任を強化する措置によって補完すべきだ。歳出の効率性の顕著な改善も必要である。過去のパンデミックの経験は、失敗した場合の代償が大きいことを示している。政府に対する信頼がすぐさま失われて分断の深刻化につながる可能性があるからだ。各国政府が、必要なサービスを届け包摂的な成長を促進するために断固たる措置を講じていけば、そうした流れを阻むことができ、社会の結束を固める上でプラスに働くはずだ。(原文へ

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北東アジアの安定的平和の構築へ日本が担う不可欠な役割

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ケビン・P・クレメンツ】

トランプ大統領の「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」という対立的な外交政策は、米国とその同盟国を、相互の衝突、そして中国との衝突が避けられない状況に置いた。その政策は、米中競争に過度の外交的関心と一般の関心を集め、リベラルな世界秩序を損なう状況を生み出し、それによって米国は自らがその価値に疑義を生じるようになった。また、各国を主要国の“味方”か“敵”と決めつけたために、世界的問題に取り組む包括的解決を見いだそうとする国家や同盟国への支援はほとんど提供しなかった。要するに、われわれの共通利益の推進にはほとんど役に立たず、高度な不信と予測不能性を生み出したのである。(原文へ 

トランプ政権は、写真に撮られる機会(米朝首脳会談などのように)では絶好調だが、具体的な成果という点では低調だった。例えば、彼の一方的な対中貿易戦争のせいで、アジア地域における米国の友好国と同盟国は、中国との2国間貿易関係を再検討し、再調整することを強いられた。中国の貿易相手国は全て、中国のこれまでの人権問題と自国の経済的依存度を勘案しつつ苦渋の政治的選択をせざるをえなかった。その結果、全体的には、過去4年の間に中国の経済力、政治力、軍事力は弱まるどころか、概して強まった。

トランプの型破りで予測不能な外交政策により、オーストラレーシア(オーストラリア、ニュージーランド、南太平洋島嶼国)、東アジア、東南アジアのほとんどの国は、米国との関係で維持できるものを維持しつつ、中国との関係をこれ以上悪化させないよう、積極的というよりかなり受動的な外交を行わざるをえなくなった。これがどこよりも顕著に表れたのが北東アジアであり、トランプの政策により米国と日韓との同盟関係は実質的に弱体化した。トランプは、オバマ時代の「アジア回帰」をあからさまに見下し、日米安全保障条約の核心的重要性に関する安倍首相の助言を拒絶したことにより、国際社会における米国政府の立場を低下させた。トランプの対中強硬姿勢を喜んだ北東アジアの国は台湾だけである。

また、トランプ政権下で日本、韓国、台湾の利害が徐々に乖離していくことにも、ほとんどあるいはまったく注意が向けられなかった。そのため、北東アジアの全ての国が、トランプの「アメリカ・ファースト」なナショナリズム、そして北東アジアにおける一貫した米国の政策とリーダーシップの欠如がもたらした政治的および安全保障上の空白に対応するため、独自の、より自立した国家戦略、地域戦略、グローバル戦略を策定しなければならなかった。

トランプ政権下の米国は信頼できるパートナーではないことを韓国政府と日本政府が悟ったとき、両国は、先を争って自国の新たな外交的役割を定義し、地域におけるリーダーシップを取ろうとした。その結果、地域のパワーバランスに興味深いシフトが生じた。過去4年の間に、中国は優勢を維持し、韓国は中国に接近し、日韓関係は悪化している。

例えば日本は、韓国が米国に対して批判的で、北朝鮮寄りで、反日的であると考えている。一方、韓国は、どうしたら日本政府の敵対姿勢を解きほぐし、より友好的な関係を築くことができるか途方に暮れたままである。このような日韓関係、そして北朝鮮と中国に対する懸念がもたらした結果の一つとして、日本はアジア太平洋地域における新たな、これまでよりやや自立した役割を定義しようとし始めている(おそらく戦後初めてのことだ)。日米の安全保障関係が日本の外交政策の中心であることは変わりないが、日本政府はひそかに、北東アジアにおけるリベラルな貿易および政治秩序を推進し、維持する役割を担い始めている。また、日本政府が自国の利益にとって重要と思われる主要な地域組織や多国間組織を、米国政府より積極的に支援していることも注目に値する。

例えばトランプが環太平洋パートナーシップ協定から離脱したとき、協定を救出したのは日本である。安倍首相は他の全ての加盟国を引き留め、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)と名称を改めた。これは、いわゆるアジアの世紀にとって極めて重要な基礎である。パートナーシップには英国も加盟を申請し、バイデン大統領も再加盟の意向を示唆している。ただし、その場合には米国の条件ではなく日本の条件に従うことになるだろう。

日本はまた、米国がアジアから徐々に手を引いていることで生まれた経済的ギャップを埋めるための方策を取り始めている。なかでも、東南アジアと南太平洋への経済援助を中国の2倍以上に引き上げ、ASEAN諸国の間で日本は「友好的」かつ「信頼できる」という評判を獲得した。

しかし、おそらく日本の最も重要かつ自立したイニシアチブ(インド、米国、オーストラリアの支援を受けた)は、「自由で開かれたインド太平洋」構想とクアッド会合であろう。この構想は2007年の“アジアの民主主義の弧”を推進する日本の努力に端を発しているが、すぐに安全保障に関する側面が強くなった。安倍首相は2017年に4カ国対話の構想を再提案し、クアッドは、冷戦時代の古い安全保障体制を補完する、あるいは日本の一部政治家の頭の中ではそれに取って代わるもののようになった。中国は、クアッドを中国封じの努力と見ている。実際そうではあるが、それはまた、米国任せにするのではなく、インドと日本が“リベラルな民主主義的秩序”を守りながらアジアにおけるリーダーシップの役割を担うことができる枠組みを提示している。日本とインドがリベラルな民主主義の最良の事例といえるのかと疑義を呈することもできようが、民主主義的価値への両国のコミットメントには疑いの余地がない。そのため、一部の評論家は、ドナルド・トランプの選出以来、アジアにおける民主的かつ本物の“リベラルな”リーダーは米国ではなく日本だという見解を示している。

もしそうであるなら、なぜオーストラリアやニュージーランドをはじめとする他の国々は、この4年間、急速に支配を強める中国にばかり注目する代わりに、日本、台湾、韓国を公然と支援し、関係を深めるための努力を強化してこなかったのかと問う必要がある。中国に注目するのと同じ程度に日本、韓国、台湾、インドに注意を払っていたら、オーストラレーシアの政治家たちは、北東アジアと南アジアにおける多様な利害、ニーズ、懸念をはるかによく理解できていただろう。例えば、日本は経済面で中国に依存しすぎており、安全保障面で米国に依存しすぎていると考える日本人は大勢いる。したがって、今こそ、より自立した外交政策に向けて少しずつ前進するよう、日本の同盟国や志を同じくする国々が促し、奨励し、冷戦後の21世紀における地域安全保障を確保する方法を改めて考え直すべき時である。

バイデン大統領は近頃、「バイデン政権の外交政策は、米国が再びテーブルの上座につき、同盟国やパートナーと協力して世界的脅威に対する共同行動を起こす立場になることを目指す」と述べた。しかしながら、米国がもう少し謙虚になり、円卓で対等のパートナーとして自分の役割を果たすことができれば、より建設的ではないだろうか。アジアでないがしろにしてきた同盟国から学び、競争的関係よりも協力的関係を築くことを願い、中国に関する本当の大仕事は北東アジアの国々が行うことで、米国はそれに協力する立場であることを認めることができないだろうか。その点で、われわれは皆、日本から学ぶことが多くある。

もし日本が現在、地域におけるリーダーシップをこれまで以上に担うことに意欲的であるなら(日本の外務省にはトランプ以前の“正常な日米関係”に戻り、地域における米国の最も従順な同盟国に戻りたいと考える者がいるため、これは少し厄介である)、米国、オーストラリア、インド、カナダ、ニュージーランドが、バイデン政権下での米国の“復帰”とともに、日本の新たな指導的役割を認め、強化することが不可欠である。アジア太平洋の歴史において、今こそ、地域全体にまたがる信頼、信用、紛争解決のメカニズムをいかに構築するかを改めて考える必要がある時である。今や米国とこの地域の“西側諸国”は、地域がわれわれに何を語っているかに耳を傾けるべき時であり、米国の絶対的政治支配を目指すトランプ的願望を覆すべき時である。米国がどれほど戦略を練っても中国の興隆を止めることはできず、いっそう悪いことに、われわれを軍事紛争へと押しやる恐れがある。今こそ、アジアの近隣国との対等なパートナーシップを結ぶべき時であり、われわれ皆が21世紀のアジアに平和と安定をもたらす方法を見いだそうと努力するべき時である。特に、クアッドが中国を抑え込むための新たな“冷戦”体制にならないことが重要である。ルールに基づく世界秩序というクアッドのビジョンを補足するものとして、予防外交、紛争防止、協働的問題解決のための地域安全保障メカニズムを構築するべきである。

これまで米国が率いてきたリベラルな世界秩序は、変わらなければならないのかもしれない。しかし同様に、中国も変化することが同じぐらい重要である。なぜなら、権威主義的な中国共産党の方針に導かれることは誰も望んでいないからである。われわれのアジアのパートナーは、実に長年にわたってなんとかこの現実に対処してきた。いつまでも“味方”や“敵”の陣営に引き入れられるのではなく、彼らの声に耳を傾け、力を合わせて取り組み始めようではないか。外交政策はゼロサムではないし、そうであるべきではない。日本が戦後の“平和主義的”伝統を今後も進めていくことができるなら、日本が東西の懸け橋として積極的な役割を果たし、相互の理解を形成し、地域の国家間の不満を非暴力的に解決できる方法を編み出してはいけない理由などない。

ケビン・P・クレメンツは、戸田記念国際平和研究所の所長である。

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英国の権威ある文学賞「ブッカ―賞」に初のキクユ語作品「The Perfect Nine」(著者が自ら英訳)がノミネートされたケニア人作家、グギ・ワ・ジオンゴ氏に焦点を当てた記事。植民地政府により母を強制収容所に入れられ、兄がケニア独立を求めた「マウマウ団」に参加、自身も政府による言論弾圧で投獄された経験を持つジオンゴ氏は、「植民地主義からの心の脱却」を唱えてキクユ語作家に転身した。真のアフリカ文学はアフリカ民族諸言語で書かれるべきとの信念を表明している。(原文へ

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コロナ禍が引き起こした船員たちの太平洋諸島への困難な帰還

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=エッカルト・ガルベ】

太平洋の船員たちは、何カ月も母国を遠く離れるのが常だった。しかし、その旅は突如として、多くのドラマとほとんど壮大ともいえるフラストレーションを伴うものとなった。コロナ禍が始まった時、ほとんどいたるところで船員たちは立ち往生した。契約期間を完全に越えても船上に留め置かれ、交代の船員が来るまで待っている者もいた。交代要員が来なければ、船員たちは休みなく働き続けた。また、世界中で渡航制限が行われたために帰宅できない者もいた。感染拡大を抑えるために各国が国境を閉ざすなか、国境を越えた移動は困難になり、高価になり、ときには不可能になった。海で船の乗組員を交代させることは、陸にいるわれわれが見ることのない悪夢となった。これは、われわれが依存する海運による需給連鎖を脅かし、ひいてはグローバル化した貿易全般を脅かした。(原文へ 

昨年秋以降、この船員交代危機によりキリバス出身の船員グループとツバル出身の数名がドイツの主要港ハンブルクに取り残された。ハンブルクには550人近いキリバス人の船員を雇用する海運会社があり、船員たちは、これらの会社が54年前にキリバスのタラワに設立した海洋訓練センターで訓練を受けた。低地の環礁国であるキリバスは、太平洋のただなかの広大な海域に散らばっている。少ない人口の現金収入という点では、オセアニアで最も貧しい国の一つである。近年は漁業権収入の増加により大きな利益をあげているものの、依然としてコプラ(乾燥ココナツ)の輸出、海外からの援助、そして特に船員たちからの送金に依存している。船員の収入はキリバスのGDPの10%近くを占める。

キリバスとツバルは、WHOがパンデミックを宣言した際にいち早く徹底した国境封鎖に踏み切った国であり、今日に至るまで新型コロナの感染が発生していない。しかし、その代償として、学生や船員などの在外キリバス人のほとんどが足留めを食らい、帰国できなくなった。政府は適用除外をほとんど認めず、本国送還便の運航もわずかであった。この状況が長引き、海運会社は、雇用する船員が家族とともに休暇を過ごせるよう、国際海事規則に従って彼らを本国に送還する方法を見つけられなかった。そこで海運会社は、船員を世界中に散らばらせておく代わりに、全員をハンブルクに呼び集めることにした。

太平洋諸島の船員たちは、船ではなく航空便でハンブルクに入った。到着時の天候は寒く、じめじめして、暗く、霧がかっており、船員たちは2週間の隔離期間を経た後、町はずれにあるユースホステルに移され、そこでもまたドイツのコロナ関連の制限措置を厳格に守らなければならなかった。現地に留め置かれた人々はクリスマスまでに100人に達し、中には2年近くも故郷を離れている者もいた。カトリック船員ミッション「ステラ・マリス」(Stella Maris, the Catholic’s Seamen Mission)と(プロテスタントの)ドイツ船員ミッションが彼らの世話をし、靴、暖かい衣服、多少の快適性を提供し、海運会社が費用を支払った。しかし、船員の出身国である太平洋諸国の政府は、彼らを島に帰還させる努力をあまりしていないように見えた。恐らく、それによって島国にウイルスが持ち込まれることへの懸念があまりにも大きかったからだろう。

家族と再会できる見込みがまったくないまま外国に留め置かれ、言葉も分からず、不慣れな食べ物を食し、船上の慣れた生活とはあまりにも異なる生活を送ることは、船員たちの心理に深刻な悪影響を及ぼし、アルコール依存症のような問題をもたらした。また、船員たちは仕事を失うことも心配していた。そうなれば故郷の親族は大変なことになる。なぜなら、船員たちは、良い稼ぎがある唯一の働き手だからである。額が減っているとはいえ、小さな島国キリバスにとって、船員たちの送金が国家収入に占める割合はいまなお大きい。

ハンブルク滞在中、現地の人々は「イ・キリバス」(キリバス人)船員たちの運命に関心を持つようになった。おそらく、気候変動の影響によりこれらの環礁国が今後直面する試練も話題になったからであろう。人々は寄付をし、ボランティアが支援をし、医師たちは無償で医療を提供し、「南ドイツ新聞」、「デア・シュピーゲル」、「ディー・ツァイト」といったドイツメディアがリポートし、現地テレビ局が船員たちの運命について月2回の特集番組を放送した。船員たちは、現地のコロナ対策規則を厳守しながら、クリスマスを祝い、教会の礼拝に出席することができた。2021年1月22日に核兵器禁止条約が発効した際、彼らはドイツ人の仲間の助けを借りて平和記念式典を開催し、太平洋地域のさまざまな場所が過去の核実験により被害を受けたこと、そしてこれまでにキリバスとツバルを含む10カ国の太平洋島嶼国が核兵器禁止条約を批准したことを改めて訴えた。厳しい寒さにもかかわらず、式典はユースホステルのガーデンエリアで開催され、伝統的なダンスの素晴らしい演技が披露された。その後、子豚の丸焼きなどのごちそうが振る舞われた。

船員たちにとってハンブルクは安全な避難場所であり、彼らの人数は140人を超えるまでに増えたが、いつになったら帰国できるのかは誰にも見当がつかなかった。夜、島にいる妻や親族とチャットをする中で、彼らはさまざまなうわさが流されていることを知った。そこで彼らは、もっと積極的になり、出身国の政府に圧力をかけることを決めた。ドイツ人司教たちが島嶼国政府の注意を喚起する書簡を送り、大使館が外交レベルで関与を行った。海運会社が再度支援を提供し、キリバス船員の妻と家族の会(Seaman’s Wife and Family Association in Kiribati)もいくぶん声高になった。キリバスは少なくとも2021年3月まで国境を封鎖することを宣言していたが、ツバルは足留めされていた残りの船員たちの本国送還を開始した。3月半ばにはキリバスも後に続き、船員たちはさまざまなルートでフィジーに向けて発つことができた。現在、約300人の船員がフィジーのナンディに足留めされており、キリバスへの定期便の席は確保されていない。この驚くべき旅路からついに帰宅する頃には、彼らは3~5回の検疫や隔離と十数回の検査陰性を経ていることだろう。

彼らと話していると、「なぜ彼らの島の政府は、家に戻りたいという彼らの切羽詰まった要望に対応するのに、こんなにも信じられないほど長くかかったのだろうか?」という疑問が残る。2019年にキリバスが台湾と断交し、突如として北京に忠誠心を切り替えたことを知っているため、この遅さは意図的なものではないかと疑う船員も少なからずいる。船員たちが欧州の海運会社でのまともな仕事を失うことを政府がそれほど気にしていないのだとしたら、彼らはそのうち、中国船や、果てはとんでもない条件を提示し、ひどい賃金を支払う低水準の会社が運航するトロール船や漁船に流れ着くことになるのだろうか? 国際海運業における中国の支配がますます拡大するなか、そのような可能性は、たとえ将来的な懸念に過ぎないとしても、船員たちを怯えさせているようだ。

エッカルト・ガルベは、ハンブルクを本拠とする広報専門家。40年近くにわたり太平洋地域の各地でコンサルタントとして活動しており、特にオセアニアとメラネシアに地理的重点を置いている。その間、ドイツの2国間支援プログラムの責任者を務め、政府、教会、非政府組織との協力を行ってきた。経済学と社会学の学位を有する。

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新型コロナで多くの人々が貧困に

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

100年に一度の危機ともいわれる、新型コロナウィルスのパンデミックがもたらした大不況が、2020年の世界経済を直撃した。パンデミックは地球上のあらゆる場所に拡散し、これまでに1億2000万人以上が感染し、270万人近い人々が死亡した。

高い失業率と収入源の喪失により数多くの人々が貧困に陥っている。貧困下に暮らす人々の数は、2020年だけでも1億3100万人も増加したと見られている。このまま推移すれば2030年時点で、依然として7億9700万人が極度の貧困下にあるものと予想されるが、これは世界の全人口の9%にあたる。

国連の『世界経済状況・予測2021』は、「2030年までに極度の貧困を根絶するという持続可能な開発目標(SDG)の第1目標は、達成が困難になるとみられる。サハラ以南のアフリカ諸国や多くの内陸国では貧困が支配的であり続けるだろう。またその他のSDGsも、貧困が拡大する結果、付随的な影響を受けるだろう。」と、警告している。

UNDESA

アフリカは、長期的な開発への大きなマイナスの影響を受けて、これまでにない経済不況を経験しつつある。東アジアでは、2020年に経済成長が急速に鈍化し、アジア金融危機以来最低の成長率となった。

パンデミックと世界の経済危機は南アジアにも傷跡を残し、かつての世界の経済成長センターだった同地域は2020年、世界で最悪の成長率を記録した。同地域の全ての国が例外なくこの危機による悪影響を受けているが、既存のマイナス要素のために、コロナ禍の影響は増幅され加速している。

西アジアでは、パンデミックとそれへの対応策が地域全体で経済活動を停滞させている。パンデミックの影響は、同地域の成長を牽引してきた観光部門を直撃し、住宅、運輸、卸売・小売部門もかなり弱体化している。

ラテンアメリカ・カリブ海地域は、人的被害の大きさと甚大な経済損失に見られるように、パンデミックの深刻な悪影響を被っている。この数年の経済成長はそもそも満足のいくものではなかったが、さらに今回の危機で歴史的な経済的打撃を受けている。

この重大な状況について、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、「我々はこの90年で最悪の保健上の危機、経済危機を迎えている。ますます増える死者を悼みつつも、我々が今採る選択が我々の将来を決めることを肝に銘じておかねばなりません。」と語った。

グテーレス事務総長がここで言及しているのは、1929年から39年まで続いた世界恐慌だ。西側の工業先進国が経験した最も長く最も厳しい不況で、経済の仕組みやマクロ経済、経済理論に根本的な影響を及ぼした。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

一部のエコノミストらは、第二次世界大戦につながった再軍備政策が1937年から39年にかけて欧州経済の活性化に役立ったと考えている。米国が1941年に参戦した際、世界恐慌の最後の影響が取り除かれた。

2020年、数カ月間にわたって、将来の不確実性とパニックが、先進国と途上国の双方においてほとんどの経済活動を麻痺させた。貿易と観光は停止し、世界恐慌以降のあらゆる危機をはるかに上回る水準で雇用と生産が失われた。わずか数カ月の間に、貧困下に生きる人々の数が急拡大し、収入と富の不平等が記録的な拡大を見せた。

世界各国は、この危機が健康や経済に与える悪影響を回避するために、迅速かつ大胆に対応した。経済を救済するための金融・通貨刺激策が、急速に展開された。

タイムリーかつ大規模な財政出動により、最悪のシナリオは回避できたが、社会で最も脆弱な立場に追いやられた人々が抱いている社会的不満と、「持つ者」と「持たざる者」とを分断する厳しい不平等を緩和するには至らなかった。

さらに、『世界経済状況・予測2021』が強調しているように、「財政出動の余地が限られ、高水準の公的債務を抱える多くの途上国は大規模な景気刺激策に打って出ることができなくなっている。」

実のところ、今回の大恐慌の短期的な経済コストは、雇用や生産性、生産能力への長期的な影響を完全には説明できない。大規模な財政刺激策が経済の完全崩壊を防ぎ、数多くの人々の収入を支えてきたが、これらの措置が長期的な投資を加速させ、新たな雇用を生む兆しはない。

2020年に世界の総生産が推定4.3%減少し、大恐慌以来最大の生産縮小になったとみられる中、このようなことが起こっているのである。対照的に、2009年の大不況の際の世界の生産縮小は1.7%減であった。

しかし、GDPばかり見ていては、パンデミックが雇用にもたらした危機の深刻さを見失うことになると国連の報告書は警告している。2020年4月までに、全面的あるいは部分的な都市封鎖(ロックダウン)によって、世界の労働力全体の約81%にあたる27億人が影響を受けた。

Photo: Downtown Johannesburg is deserted. Credit: Kim Ludbrook/EPA
Photo: Downtown Johannesburg is deserted. Credit: Kim Ludbrook/EPA

経済協力開発機構(OECD)諸国全体における失業率は2020年4月に8.8%に達したが、11月には6.9%に落ちた。全ての途上国において、失業率はコロナ禍以前よりも高い。

コロナ禍は途上国の労働市場に特に悪影響を及ぼしている。2020年半ばまでに、失業率は記録的な高さを示した。ナイジェリアでは27%、インドで23%、コロンビアで21%、フィリピンで17%、アルゼンチン・ブラジル・チリ・サウジアラビア・トルコで13%超である。

コロナ禍はまた、女性の雇用を直撃している。それは、労働をリモートで行うことが難しい小売りや観光業のような労働集約的な部門において、女性が占める割合が5割を超えるからだ。

一部の犯罪は減少してきているが、ロックダウンが実施される状況下で女性・女児が暴力犯罪の被害に遭う事件が増加している。女性の労働市場への参加率が下がり、貧困が増大する中、児童婚が世界的に増加する見通しだ。

国連経済社会局国連貿易開発会議や5つの国連地域委員会と共著したこの報告書は、「危機の長期的な影響もまた同様に厳しいものになるだろう。」と述べている。

国連世界観光機関(UNWTO)や国連後発開発途上国・内陸開発途上国・小島嶼開発途上国担当上級代表事務所(UN-OHRLLS)もまた、この報告書の作成に関わっている。

Image credit: Adventist Review

報告書は、コロナ禍がデジタル化や自動化、ロボット化の流れを加速し、中期的には労働需要を押し下げる働きがあると警告している。「自動化を取り入れた経済部門では生産性がある程度向上するだろうが、平均生産性上昇率は鈍化するだろう。固定資本への投資の減少、生産性上昇率の鈍化、低い労働参加率は、世界経済が持つ潜在的な生産性を一層押し下げる要因となるだろう。」

成長の回復が遅れ先延ばしになれば、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の実現も危うくなるだろう。コロナ禍は世界経済の構造的な脆弱性を顕在化させた。また、包摂的で平等な成長の促進、貧困の削減、環境の持続可能性の強化などの持続可能な開発は、将来的な危機に対する防護策であり強みとなることも示されてきた。

国連の報告書は、これに関連して、「新たな財政・債務面の持続可能な枠組みを備えた経済的レジリエンス(強靭性)と、普遍的な社会保障の仕組みを備えた社会的レジリエンス、さらには、グリーン経済への投資を拡大した気候レジリエンスが、力強い回復への構成要素とならねばならない。」と述べている。

「これには、世界を持続可能な開発の軌道へと乗せるための国別の努力を損なうのではなく、それを補完し強化するような、より強力で効果的な多国間システムを必要とするだろう。」と報告書は指摘している。(原文へ

INPS Japan

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ミャンマーにおける残虐なクーデターと「保護する責任」

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、「保護する責任に関するグローバルセンター」によって、2021年3月25日に最初に発表され、許可を受けて再発表されたものです。

【Global Outlook=サイモン・アダムス】

2021年3月5日(金)、国連安全保障理事会がニューヨークの厳粛な会議場で会合を開いている間、ミャンマー各地の人々が同国における血塗られた軍政復活に抗議するため、夜を徹して平和的デモを行っていた。厳しい夜間外出禁止令にもかかわらず、ヤンゴンとマンダレーの通りにはデモ参加者たちが集まり、キャンドルの明かりで “We Need R2P”(われわれはR2Pが必要だ) “R2P – Save Myanmar”(R2P―ミャンマーを救え)という文字を浮かび上がらせた。(

その後数週間にわたり大規模な抗議デモが毎日のように続くなかで、さらに何千人ものデモ参加者が、同様のR2P(“responsibility to protect”、すなわち「保護する責任」)メッセージを書いたプラカードを掲げる姿がカメラに捉えられた。はるか北西部のインド国境に近い町タムーでは、「R2P」と大きくプリントした白いTシャツを着た人々が列をなして行進した。カチン州のファカントでは、人々がバラとR2Pのプラカードを掲げて平和的抗議を行った。コンチャンコンでは、若いデモ参加者がステンシルを使って路上に“We Need R2P, We Want Democracy”(「われわれはR2Pが必要だ。われわれは民主主義を求める」)とスプレーペイントした。水路でさえも即席のデモ会場となった。静かな農村の畑付近の水路に、R2Pを訴えるメッセージが浮かんでいる写真がある。

要するに、ミャンマー中の人々が2月1日のクーデターに抗議するために動員され、国際社会に対し、ミャンマーで起きていることを非難するだけでなく行動するよう求めているのである。彼らのメッセージがR2Pを訴えるもので、ミャンマーの人口の約5%しか話さない言語である英語で書かれているという事実は、彼らが世界の人々に訴えていることを示している。

R2Pの原則は2005年に国連によって採択されたもので、国際社会は人道に対する罪、戦争犯罪、民族浄化、大量虐殺から人々を保護する責任があると定めている。それは、1990年代にルワンダとスレブレニツァで起きた大量虐殺を止められなかったことを受け、その恥辱と不名誉を乗り越えるために追求された概念である。R2Pは、無関心と無為の政治をきっぱりと終わらせようという共同の誓約であった。

R2P概念が生まれてから15年の間に、R2Pは90件を超える国連安全保障理事会決議に盛り込まれ、中央アフリカ共和国南スーダンなどの場所で市民を保護する平和維持活動をもたらした。また、リビアにおける残虐行為を終わらせるために2011年に行われて物議をかもした軍事介入や、それよりは物議をかもさず、より成功を収めたコートジボワールへの介入にもつながった。ファトゥ・ベンソーダ国際刑事裁判所(ICC)検察官は、ICCを「R2Pの法務部門」とも述べている。過去20年にわたりICCは、残虐行為の悪名高い加害者たちに裁きを受けさせることによって、国際社会の保護する責任を支えるために重要な役割を果たしてきた。

広く行き渡っている誤解とは逆に、R2Pは軍事介入を主体とするものではない。R2Pは、残虐行為の防止または停止を目的とするさまざまな手段に目を向けており、それには合意に基づくものもあれば強制的なものもある。また、他の全ての人権規範と同様、R2Pを意義ある形で実施することは政治的意思に依存する。

クーデター以来、ミャンマーの人々が人道に対する罪の被害を受ける恐れがあり、保護を受けてしかるべきであることは間違いない。治安部隊は非武装のデモ参加者に対して殺傷力のある武力を行使し続けており、320人以上を殺害している。政治犯支援協会(Assistance Association of Political Prisoners)によれば、2,900人以上が逮捕され、少なくとも4人の政治犯が警察による拘留中に死亡しており、その遺体には明らかな拷問の跡があった。

現在のミャンマーの危機は、過去に国際社会が軍部(ミャンマー語で「タトマダウ」)に犯罪行為の責任を取らせなかったことに端を発している。2011年に軍事独裁政権から文民主導の政権への移行が始まったにも関わらず、タトマダウは強大な権力を振るい続けた。彼らはまた、残虐行為も犯し続けた。

この点で最も顕著だったのは、ラカイン州のロヒンギャ住民に対する2017年の虐殺である。2018年、ミャンマーに関する国連事実調査団は、大量虐殺、ならびにラカイン州、カチン州、シャン州における人道に対する罪および戦争犯罪について、軍上層部(2月1日のクーデターを主導したミン・アウン・フライン司令官を含む)を訴追するべきだと結論づけた。

中国は、国連安全保障理事会でミャンマーの司令官らを擁護し、国際行動を承認するいかなる決議にも拒否権を行使すると内密に脅しをかけた。その結果、ロヒンギャ虐殺に対する安全保障理事会の正式な対応は、2017年11月に採択された形式的な議長声明のみとなった。クーデターへの対応としても、理事会は2021年3月10日に再び、「民主的な制度とプロセスを支持し、暴力を控え、人権と基本的自由を完全に尊重する必要性を強調する」議長声明を採択した。しかし、現在の危機を終わらせるには外交的な懸念声明では十分ではない。そのためには断固とした行動が必要である。

すでに一部の国々は、制裁措置を実施している。オーストリア、カナダ、英国、米国はいずれも、ロヒンギャ虐殺に関して軍高官に対象を絞った制裁を課しており、クーデター以来その一部が拡大されている。英国と米国は、武器輸出の新たな制限も設けている。EUは、ミン・アウン・フライン司令官を含む11名の軍高官を対象に制裁を課しており、全ての開発援助を停止している。韓国は防衛交流を停止した。ニュージーランドは全ての政治的および軍事的関係を断ち、ノルウェーは開発援助を中止した。世界銀行も、ミャンマーの新たな軍事政権による全ての資金拠出要請に応じないこととした。

ウッドサイド・エナジー、マースク・シッピング、H&M、ベネトンなど、多くの大手国際企業も、ミャンマーでの事業を停止するか撤退している。ウッドサイドの決定は特に重大なものである。なぜなら、エネルギー産業におけるミャンマーの収入は年間9億米ドルにのぼり、軍部による弾圧の資金源となり得るからである。他の外国企業や政府も米国の後に続き、軍部が支配する巨大コングロマリットであるミャンマー・エコノミック・ホールディングスとミャンマー・エコノミック・コーポレーションとのビジネス上のつながりを完全に断つべきである。弾圧の手段であるだけでなく、タトマダウは巨大な経済事業体でもあり、軍高官に富と腐敗をもたらしている。

クーデター翌日、軍部はニューヨークの銀行口座から10億米ドルを引き出そうとして阻止された。そのような措置はミャンマーにおける危機を終わらせるわけではないが、クーデター主導者たちに「普段通り」はしないという重要なシグナルを送ったのである。軍高官の国内利益と海外資産へのアクセスを奪うことにより、上品な言葉遣いの記者声明よりもはるかに大きなダメージを彼らに与えることができる。

結局のところ、ミャンマーにおける残虐行為を止めるには、地域の大国による行動も必要となる。3月2日、東南アジアの地域組織ASEANは、「全ての加盟国が暴力をやめること」を求めた。これは、ミャンマーの治安部隊が街角で非武装のデモ参加者を撃ち殺している現実とは、ぞっとするほど食い違う声明である。ミン・アウン・フライン司令官は、ASEANの伝統的な「内政不干渉」原則により国交を正常化できると当てにしているが、ASEANは違法な軍事政権との貿易や政権の承認を断固として拒否するべきである。シンガポール、マレーシア、インドネシアのような主要国による外交圧力や対象を絞った制裁は、なおも大きな影響を及ぼすだろう。

また、もう一つの地域大国であり、ミャンマーと国境を接し、現在国連安全保障理事会のメンバーとなっているインドの無関心な態度も注目に値する。隣接するインドのミゾラム州は近頃、ミャンマーの治安部隊からの離反者を温かく迎え入れたが、クーデターに対するインド政府の反応は驚くほど消極的である。

アジアにおける明確なリーダーシップがなければ、国連安全保障理事会が措置を講じるとしても、それがどのようなものになるかは不透明である。ロシアは、クーデターにも弾圧にも知らん顔をすることに満足している。しかし、中国の状況は、見た目以上に深刻である。何にもまして、中国は国境地帯の平和と繁栄を望んでいるが、クーデターはどちらももたらさない。継続するストライキと全国的な抗議運動により、ミャンマーは軍部が統治できない状態になっている。まさに、だからこそ、ミャンマーの近隣国は中国政府に対して、中国の利益を危機にさらす残忍な司令官たちを保護するか、グローバルなパワーブローカーの役割を果たし、ミャンマーにおける軍政統治を終わらせる交渉を支援するかを選ぶよう迫る必要がある。

いずれにせよ、国連安全保障理事会の他のメンバーも、武器禁輸措置を確立し、ミン・アウン・フライン司令官とその追随者たちに制裁を課す決議案をただちに提出するべきである。また、安全保障理事会はミャンマーの状況をICCに付託するべきである。中国がかかる措置への拒否権発動をちらつかせるなら、世界の目の前でそうさせるべきであり、彼ら自身が非難を受けることなく内密にミャンマーの司令官たちを擁護することを許してはならない。

クーデターからほぼ2カ月が経つが、市民的不服従運動の勇敢さと不屈の精神は、R2Pメッセージの広がりとともに、世界に向けて力強いシグナルを送っている。「保護する責任に関するグローバルセンター」のジャクリーン・ストライテンフェルド=ホールはTwitterで、「R2Pはニューヨークの国連本部だけで使われる抽象的な言葉で、それが保護するはずの人々にとって現実的な意味はないと考えたことがある人へ。今月ミャンマーで見られたR2Pを掲げるプラカード、シャツ、その他のものは、逆のことを示している。彼らは、世界の国に責任があることを知っている」と書いた

今こそ、保護を求めて叫ぶ人々の声に耳を傾け、ついにはミャンマーの軍司令官たちに犯罪の責任を取らせるべき時である。さもなくば、あるミャンマー人の抗議者が近頃私に送ってきたメッセージを引用すると、「みなさんができる限りのことをしてくださっているのは分かっていますが、どうか強く訴え続けてください。伏してお願いします。私たちの命は危機に瀕しています」ということになる。

サイモン・アダムズ博士は、「保護する責任に関するグローバルセンター」所長である。

INPS Japan

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核関連条約に対抗して核戦力を強化する英国

【ジュネーブIDN=ジャムシェッド・バルーア】

2020年1月31日に欧州連合のあらゆる機関と欧州原子力共同体から英国が完全脱退してから3カ月もたたないうちに、英国のボリス・ジョンソン首相は、同国の核戦力を4割増の260発まで拡大して「欧州において北太平洋条約機構(NATO)を主導する同盟国でありつづける」意思を示した。軍縮活動家や専門家、世界の議員らはこの決定を非難した。

核兵器から発生する危険は、原爆が一発爆発しただけでも多数の人命が失われ、人間や環境に永続的かつ壊滅的な結末をもたらすという事実によって裏書きされている。現在の核兵器の大多数は、広島型原爆よりもはるかに強力である。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、世界の核兵器国は合計で1万3500発近い核兵器を保有しており、そのうち9割以上をロシアと米国の保有している。およそ9500発が作戦使用可能であり、残りは解体待ちである。

英国の核戦力「トライデント」は1980年に運用開始となり、その運用のために毎年28億ドルが投入されている。3月16日に発表された111ページの安全保障・外交政策の包括的見直し「統合レビュー」は、英国は核戦力に関する自己規制を解いて、保有核を260発に拡大すると述べている。以前の上限は225発であり、2020年代半ばまでに180発まで縮小することが目指されていた。

英国は現在、高価で長期間にわたる、核兵器搭載可能な新型潜水艦の開発プロジェクトを推進している。英国の潜水艦は、スコットランドの反対があるにもかかわらず、スコットランド沖に配備されている。2019年だけでも、英国は核兵器に89億ドルを投じている。

加えて、この英国の発表は、世界の多数の国々が核兵器は違法であると宣言しているタイミングでなされた。これにより、英国は、大量破壊兵器の備蓄を増やすという誤った方向に向かっている。

また、この決定は、核不拡散条約(NPT)によって軍縮義務を英国が負っているにも関わらずこれに反しているし、核兵器の保有・開発・生産を禁じた核兵器禁止(核禁)条約に関しても同様である。

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のベアトリス・フィン事務局長は、新型コロナウィルの感染拡大の中で大量破壊兵器の備蓄を増やす英国の計画は「無責任で危険」「国際法に違反する」として非難した。「英国の人々が、感染拡大や経済危機、女性への暴力や人種差別と闘っている時に、その政府は、安全を損ない、世界に脅威を与える方策を取ろうとしている。まさに、有害な男らしさ(Toxic Masculinity)が露わになった事例だ。」

Beatrice Fihn
Beatrice Fihn

2017年にノーベル平和賞を受賞したICANの事務局長であるフィン氏はまた、「世界の大多数の国々が、核禁条約に加わることによって核兵器のないより安全な未来を導こうとしているのに、英国は危険な核軍拡競争を引き起こそうとしている。」と語った。

他方で、世論の多数は、英国は核禁条約に加入すべきだとする議員らや、マンチェスター市やオックスフォード市のような自治体と考えを同じくしている。英国の政策は、民衆の意思と国際法に従い、核兵器を永遠に拒絶するものでなくてはならない。

ICANのパートナー団体であるUNA-UKのキャンペーン責任者であるベン・ドナルドソン氏は、「この決定は、軍事主義と過剰な自信の最悪の組み合わせに毒されたものだ。英国政府は、危険な核軍拡競争を新たに引き起こすのではなく、気候変動とパンデミックと闘う措置に資金を投じる必要がある。」と指摘したうえで、「核戦力強化という英国の決定は衝撃的なもので、それがなぜ国益や世界の利益に資するのかの説明なしになされたものだ。スコットランドの首相や政府が明確に核禁条約を支持し、マンチェスターやエジンバラ、オックスフォード、ブライトン、ホーブ、ノーウィッチ、リーズなどの都市が条約の履行支持を表明し、英国のシンクタンクの多数が英国の核禁条約署名を訴えている。こうした中で、国内での同意もなしにこうした決定を下したことは、政治感覚が鈍いと言わざるを得ない。」と語った。

同じくICANのパートナー団体で、国連で核兵器を世界的に禁止するためのキャンペーンを成功させた「核軍縮キャンペーン」(CND)もまた、英国の決定を非難した。核禁条約は、2021年1月に発効している。

他方、ハンブルク大学平和・安全保障政策研究所(IFSH)のオリバー・マイヤー氏もまた、核戦略の方向性を大きく変える一方で、NATO・米国の両方の方針とぶつかる可能性のある今回の英国の決定を非難した。

マイヤー氏はまた、「英国は、核不拡散条約の下で、核兵器の数と役割を減らす義務を負っている。」「今回の決定とは相いれない、核なき世界という目標に向かって努力する義務が英国にはある。」と、ドイツの国際放送局「ドイチュ・ヴェレ」の取材に対して語った。

統合レビュー」は、もし他国が「大量破壊兵器」を英国に対して使用したなら核兵器を使用すると警告している。そうした兵器には、化学兵器、生物兵器、その他の核兵器に「比する損害をもたらしうる新技術」を用いたものも含まれる。

国防省筋によると、報告書は明確に述べていないものの、「新しい技術」とはサイバー攻撃のことを意味するという。しかし、シンクタンク「英国王立防衛安全保障研究所」のトム・プラント所長は、CNBCの取材に対して「サイバー攻撃をそれ単体として意味するとは私自身は解釈していない」と語った。

プラント所長また、は、「『新しい技術』に関する理解は、政府の中でも様々だ。サイバーは明らかに『新しい』技術ではないが、すでに実質的に存在するものだ。」と語った。いずれにせよ、プラント氏は、用語法の変化は重要だと考えている。

彼の見方では、この用語は、新たなリスクを生み出す技術と行動の組み合わせが将来的に生まれるかもしれないことを暗示したものだ。「これは恐らく、一つの技術が単体で発展することによっては生まれないもの」で、その登場を予測することが困難であり、「これらの一つ以上の未知の新しい問題が、その脅威の大きさにおいて大量破壊兵器に並び立つものになる可能性があります。」とプラント氏は語った。

今回の英国の決定は世界に懸念を引き起こした。例えば、アジア太平洋核不拡散・核軍縮リーダーシップ・ネットワーク(APLN)の議長で元オーストラリア外相のギャレス・エバンス氏は、3月19日に「核兵器拡大における世界的な責任を英国は放棄した」とする声明を出している。

By Gareth Evans, CC BY 1.0
By Gareth Evans, CC BY 1.0

エバンス氏はこの声明の中で、今回の英国の方針はとりわけ「核不拡散条約の下で核軍縮を追求する条約上の義務に明確に反し、来たるNPT再検討会議において全会一致の決定をもたらす見通しを暗くするものだ。」と指摘した。

また、今回の決定は「これまでに発明されたものの中で最も無差別的で非人道的な兵器を廃絶する道義的な義務に明確に反する。こうした兵器が核戦争において使用されれば、この地球上における我々の知る生命全ての生存を脅かすものとなる。」と述べた。

エバンス氏は、世界の核保有国は、「『核戦争に勝者はなく、決して戦われてはならない』とする1985年のレーガン=ゴルバチョフ宣言の持つ意義への認識を新たに」し、「備蓄核兵器の削減、高度警戒態勢の解除、核先制不使用政策の採用、そして最も重要な備蓄数の削減など、核リスク低減の重大な措置へと踏み出すべき時だ。」と強調した。

エバンス氏も、英貴族院議員で核不拡散・軍縮議員連盟(PNND)の共同代表であるスー・ミラー卿も「核兵器なき世界をめざすアピール」に署名している。(原文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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