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中国の地政学的な影響力はイランにまで及び、アフガニスタンも取り込む可能性がある

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

2021年4月11日にナタンツの主要な核施設が攻撃(イスラエルによる攻撃の可能性が非常に高い)を受けた後、イランのハッサン・ローハニ大統領は、ウラン濃縮度を60%に引き上げると述べた。技術的な点から見ると、これによりイランは、本格的な兵器級のウラン濃縮度(90%)にもすぐ手が届く状態になる。私には、染みついた無意識の人種差別という以外に理由が理解できないのだが、欧米諸国は猛然と経済的圧力に訴える。それは、北京が大物気取りのキャンベラに身の程を知らせる必要があると信じているために、オーストラリアの輸出品に対して強硬な制限措置を取っているのと同様である。しかし、彼らは、自分たちの価値観と政策志向に従うことを他国に強要できると信じている。(原文へ 

リバースサイコロジーを応用していないだけでなく、米国の政策立案者たちは相変わらず地政学に対する理解もできていない。歴史上の重要な地政学的教訓として、「敵の敵は味方」と「のけ者同士は団結する」の二つがある。欧州史に対する権威ある見識と傑出した知性を備えたヘンリー・キッシンジャーにとって、中国をソ連から引き離す必要があった。ジョー・バイデンが政治家としての長いキャリアの中で、重大な外交政策問題に関して歴史の正しい側に立ったのは、どの問題が最後だっただろうか? 彼は、1991年の第一次湾岸戦争に反対したが、2003年の破滅的なイラク戦争には賛成した。バイデン政権の国務長官を務めるアントニー・ブリンケンは、バイデンが「武力行使の承認に賛成したのは、戦争に突入するのを防ぐための強硬外交に賛成したということだ」と述べ、最も鋭い類いの外交的詭弁を用いた。ウクライナのエネルギー会社ブリスマは、バイデンの次男、ハンター・バイデンを月額5万ドルの報酬で雇い、バイデンという名を利用した。その後、2014年に政変が起こり、選挙で選ばれた親露派のウクライナ大統領が親米派の大統領に取って代わられた。米国の政策を推進した政府高官は、「EUなんか、くそくらえ」という発言が有名なビクトリア・ヌーランド国務次官補である。バイデンは、彼女を政治担当国務次官に抜擢した。

政変をきっかけとしてロシアはクリミアの領有権を主張し、米露関係を修正するわずかな可能性も葬り去った。現在、ロシアとウクライナの国境で再び緊張が高まっている。分かりやすい例えを挙げるなら、現在の中国が、選挙に基づいて成立しているカナダ政府を不安定化させ、オタワに反米政権を樹立するとしたらどうだろうか。あるいは、オーストラリアの立場から見て、中国がパプアニューギニアに対して同じことをしたらどうだろうか。歴史、文化、言語、人種、地政学的利害の面で深く密接に結びついたクリミアを失うことは、ロシアにとって戦略上の大惨事となる。モスクワからわずか400kmの場所にNATOが控え、ロシアを黒海と地中海から切り離し、コーカサスからロシアを締め出す構えを見せることになる。ドナルド・トランプ大統領が中国を長期にわたる戦略的脅威と断言したことにより、ウラジーミル・プーチン大統領と習近平国家主席はこれまで以上に接近し、世界規模の反米枢軸を形成している。中国はかつてのソ連よりもはるかに手強い敵であるが、現在のロシアはソ連の淡い影に過ぎない。ソ連は核一辺倒の大国であり、軍事力を支える経済基盤は脆弱だった。中国は、米国経済を追い越さんというほどの総合的な国力を備えている。

歴史的に中国は、戦力投射の能力を持たない大陸の陸上兵力を中心としてきた。米国は膨大な海上兵力を有し、いまなお世界に君臨している。しかし、米国の政治システムは壊れ、もはや修復できない状態かもしれない。中国人の自信と国家の威信が増大する一方、欧米諸国は内なる疑念に悩み、罪悪感にさいなまれている。資本主義は、内部矛盾によって崩壊するかもしれないし、しないかもしれないが、いずれにせよ欧米諸国の首脳たちを吊るすロープを中国に売りつけることに躍起になっているかのようである。自由主義は、自らの矛盾の重みによって崩壊に向かっているようである。その批判者や敵は、道徳的な明快さの欠如、自信喪失、アイデンティティーに基づく文化の争いの激化につけこんで、自由主義を内側から破壊してやろうと意欲満々である。

一方、中国の野心は東アジアから広がり、一帯一路構想によって世界を取り囲もうとしている。それはまさに、歴史上の他の大国のほとんどと同様である。東インド会社が英国によるインド支配の前ぶれとなったことを忘れられるインド人はいない。米国は、帝国の利益とパクス・アメリカーナを守るため、世界50カ国に推定800以上の軍事基地を擁している。中国が軍事基地を置いている国の数は1桁である。とはいえ、世界における経済的・地政学的利害が拡大するにつれ、中国の軍事拠点が拡大することは必至である。そのような背景のもとで2021年3月27日に結ばれた、中国・イラン間の25年間にわたる包括的戦略パートナーシップが重要性を帯びてきた。

2015年のイラン核合意は良い取引だった。どちらの側も、欲しいもの全てを手に入れたわけではないが、それぞれが合意の成立によって十分なものを手に入れた。国際的な制裁を10年間強化してきたが、イランの核兵器開発能力の急速な向上を止めることはできなかった(制裁が奏功することは滅多にない)。イランが保有する遠心分離機は2003年の164台から2013年には19,000台へと増加し、濃縮ウランの備蓄量は10,000 kgに達した。この2015年の合意により、ウランと遠心分離機の大部分が廃棄され、ウラン濃縮度の上限は3.67%に制限され、核インフラの多くが解体され、並外れて厳しい国際査察が導入され、差し迫っていたイランによる爆弾と米国によるイラン攻撃という双子の脅威が停止し、イスラム革命以来、米国とイランの対立によって凍結されていた中東の地政学が再び動き始める絶好のチャンスが開けた。しかし、そううまくはいかなかった。トランプの核合意離脱は、彼の多くの外交政策ミスの中でも最悪クラスのものであり、それによりイランは再び孤立を余儀なくされ、中国によって温かく迎え入れられることになったのである。

歴史の重みに照らして考えると、新興勢力が既存の大国と衝突するという<トュキュディデスの罠>により、米中戦争はどちらかといえば起こる可能性が高いといえるだろう。中国は、列強体制の中で大国として振る舞う歴史的または哲学的伝統を持たない。属国が中華王国に敬意を表するという朝貢の伝統を考えると、中国がインドや日本を含む近隣数カ国とトラブルを抱え、ひいてはアジアと世界の平和に問題をもたらしているわけがいくらか説明がつくだろう。米国も、列強体制の中で活動する伝統がない。確かに冷戦時代には、ソ連に対してある程度気を遣いながら振る舞い、均衡に基づいて取り引きし、望まれない軍事紛争の可能性を低減する合意、了解、実践を行うことを学んだ。しかし、ソ連崩壊以来、米国の世代全体の政治指導者や官僚たちはロシアに対し、敗北し、貧困化し、萎縮した落ち目の国であり、その利害は完全に無視して良いという見下した態度で接することを身に着けてしまった。とはいえ、キッシンジャーが言ったように、大国がいつまでも後退しているはずはない。

中国とイランの協定を、実体のないレトリックであり、単なる“約束手形”に過ぎないと片付けるのは間違いだろう。むしろ、アミン・サイカルが主張するように、米国の制裁を受けるイランと米国の圧力を受ける中国の協定は、ゲームチェンジャーとなる可能性がある。また、この協定によって中国は、インド太平洋におけるオーストラリア、インド、日本、米国のグループ「クアッド」に対抗する戦略的影響力を手に入れるだろうと、アンソニー・コーデスマンは言う。中東は、2世紀以上にわたって米国と欧州の植民地大国の遊び場にされてきた。現在はロシアがシリアに軍事的足掛かりを築き、カスピ海と黒海にまたがって存在感を表しつつある。

イランとの協定、国連安全保障理事会で拒否権を行使できる常任理事国としての重要性により、中国はこの地域で外交的影響力を発揮し得る存在となった。中国は、パキスタンと北朝鮮の核武装の援助者であり擁護者として、外交コストを負担する能力と意志があることを示している。イスラエルが永続的に中東唯一の核武装国であり続けることができるという歴史と常識に楯突いたのである。中国が外交面で援護するなら、イランはさらにその道を突き進む勇気を得たと感じるかもしれない。一方、欧米諸国が、敗北した外国の占領軍として再びアフガニスタンから撤退するに伴い、中国の存在感、影響力、役割はアフガニスタンにおいても拡大するだろう。

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、オーストラリア国際問題研究所研究員。R2Pに関わる委員会のメンバーを務め、他の2名と共に委員会の報告書を執筆した。近著に「Reviewing the Responsibility to Protect: Origins, Implementation and Controversies」(ルートレッジ社、2019年)がある。

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国連事務総長、ルワンダ大虐殺の教訓から学ぶよう訴える

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、1994年のルワンダ大虐殺(ジェノサイド)を考える記念日(4月7日)に寄せたメッセージの中で、当時恐ろしい結末を招いた過激派集団や憎悪を掻き立てる言説が再び台頭している現状に警鐘を鳴らした。

グテーレス事務総長は、「私たちは、今日の世界を厳しく見つめ直し、27年前の教訓を確実に心に留めなければなりません。過激派が利用するテクノロジーや手法は進化する一方ですが、卑劣なメッセージやレトリックに変わりはありません。」と語った。

Photographs of Genocide Victims – Genocide Memorial Centre – Kigali – Rwanda/ By Adam Jones, Ph.D. – Own work, CC BY-SA 3.0

犠牲者はツチが圧倒的に多かったものの、ジェノサイドに反対したフツやその他の人々も含めて100万人以上の人々が3カ月足らずの間に組織的に殺害された。今年の「ルワンダ大虐殺を考える記念日」は、フランスの関与を検証した歴史家らによる委員会が、当時の大虐殺について、影響力を失うことを恐れてルワンダの政権側を無条件に支持し続けたフランスに「国家として責任がある」という衝撃的な報告書を公表したなかで迎えた。

2019年にエマニュエル・マクロン大統領が委託したこの報告書は、フランス政府が親交を深めていたジュベナール・ハビャリマナ大統領が準備していた虐殺を阻止するために十分な対策をとらなかったのではないかという嫌疑に応えることを目的としたものであった。

フランス政府公文書への前例のないアクセスを認められた55人の歴史家らは、992頁からなる報告書を作成した。ツチの虐殺についてフランスは共犯ではないと結論付けたものの、当時のフランスワ・ミッテラン社会党政権(81~95年)が大虐殺の首謀者らをフランス軍が設置した安全地帯に保護し、逮捕を拒否したことについては「責任がある」と断じた。

ミッテラン大統領や側近らは、ウガンダやポール・カガメ氏率いるルワンダ愛国戦線の活動により(ルワンダなど)アフリカのフランス語圏に英語勢力が浸透してくる事態を恐れていた。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

一方、グテーレス事務総長は、とりわけ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)により社会や文化の分断が深まっている事態に対処することの緊急性を強調している。グローバルな健康危機は、あらゆる地域の人権全般に深刻な影響を与え、差別や社会の両極化、不平等を一層深刻化させており、これらはいずれも暴力や紛争につながりかねない。

グテーレス事務総長は、「私たちは1994年にルワンダで起きた出来事を目の当たりにし、憎悪の蔓延が許された時の恐ろしい結末を知っています。」と指摘したうえで、人権を擁護し、社会のすべての人々を十分に尊重する政策を推進し続けていかなければならないと訴えた。そして、「この厳粛な日に、すべての人々の人権と尊厳の精神によって導かれる世界の構築を、私たち皆で誓おうではありませんか。」と語った。(原文へ

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【パリIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

襲撃を繰り返すイスラム過激派による治安危機に加えて、コロナ禍を背景に、未曽有の食料不足・栄養危機に直面している西アフリカ・サヘル地域(サハラ砂漠南縁部に広がる半乾燥地域)の現状と対策を協議した会議を取材した記事。このままでは今年の6月~8月にかけてこの地域で深刻な食糧不安に直面する人口は2720万人にのぼるとみられている。(原文へ

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ミャンマーの民主主義の支援には条件がある

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

(この記事は、最初に2021年4月1日に「ジャパンタイムズ」紙に発表され、許可を得て掲載したものです。)

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

ミャンマーは、クーデターと長期にわたる軍政の歴史を持つ。今回の抗議運動の厚み、規模、持続性は、文民政権の復活が不可能ではないことを意味している。一方で、これまでの軍部の残虐性の遺産は、無期限の軍事政権もあり得ることを意味している。

Tatmadawと呼ばれるミャンマー軍は、アウン・サン・スー・チーが2020年11月の圧倒的な再選勝利に乗じて彼女の政党の政治的地位を確固たるものにし、国政から軍の支配を駆逐することを恐れて、行動を起こそうとしたのかもしれない。そのタイミングは、他国がコロナ禍に気を取られている状況や、隣国タイで軍幹部がクーデター後に軍事支配の制度化に成功するなど、世界的に民主主義が後退していることも影響したのかもしれない。(原文へ 

誰が、このリーダーシップの空白を埋めることができるのか? クーデターは、ジョー・バイデン米大統領にとって就任早々の外交政策危機となり、また激化する北京とワシントンの地政学的競争の中心にミャンマーを押し出すことになった。欧米諸国にとって、ミャンマーにおける民主主義と人権を支援することは、自国の美徳を示す低コストな方法でもある。

北京のジレンマは、武力行使を辞さない軍幹部を後押しするのか、断固として反中的な抗議運動の側につくのかだ。ミャンマーにとって中国は歴史的な敵国である。中国のとめどない強大化は、欧米への懸念よりも中国への懸念の方が切迫した問題になったことを意味する。ミャンマーは中国に対し、経済的ニーズを満たす採掘可能な資源を提供し、商業的・戦略的目標を満たすインド洋への足掛かりを提供している。中国外務省は、「ミャンマーで起こっていることに注目しており、状況をさらに詳しく理解しようとしているところだ」と述べるにとどまった。

2021年3月27日、日本の占領に抵抗するビルマ人の運動が1945年に始まったことを記念する国軍記念日に、多くのデモ参加者が兵士により殺害された。デモ隊と軍の衝突の中でも最も凄惨な1日となったこの日、死者の総数は500人を超えた。欧米および日本と韓国からなる12カ国の軍トップは、「職業軍隊は……自国民を傷つけるのではなく守る責任がある」とする異例の共同声明を発表し、ミャンマー国軍に対して暴力の停止を求めた。しかし、首都ネピドーで行われた盛大な軍事パレードには、中国、ロシア、インド、パキスタン、バングラデシュ、タイ、ベトナム、ラオスからの代表が出席し、国際社会の分断を目に見える形で示した。

インドは、クーデターとデモ参加者への暴力に対する不自然な沈黙が国内外に動揺を掻き立てており、パレード出席がそれに拍車をかけた。インドは「深い懸念」を表明し、法の統治と民主的プロセスの進展を求め、ミャンマーの指導者らに意見の相違を平和的に解決するために協力するよう呼びかけた。インドは、ロヒンギャ虐殺に関して当初スー・チー氏が沈黙したことについても、また、軍事政権が彼女を権力の座から追放するクーデターを起こしたことについても、批判に加わらなかった。

ミャンマーは、中国、インドと国境を接している。中国がミャンマーの側につく限り、インドがミャンマーにおける民主主義を支援するには条件がある。インドは地政学的に重要なこの国に対して、直接的で重要かつ具体的な利害関係を有するため外交政策の計算を欧米に外注するつもりはない。さらなる利害要因としては、ミャンマーを本拠地として活動する反インド武装勢力に対する越境攻撃の許可、イスラム・テロを抑止するためのミャンマー国軍との協力、ロヒンギャ難民に対処するためのミャンマーおよびバングラデシュとの協力などがある。

日本はミャンマーに多額の投資を行っており、最大の援助国である。2月のクアッド(Quad)首脳オンライン会議の後、茂木敏充外務大臣はTatmadawに対し、「ミャンマーの民主的な政治体制の早期回復」を要求した。しかし、中国、日本、インドは歴史的に、原則性と慎重性の見地から、国家運営の手段として制裁を用いることに慎重な姿勢を取ってきた。制裁は世界の政治的な相違を兵器化するものであり、大概は効果がなく、時には逆効果である。厳しい制裁は人々に苦痛を与え、ミャンマーを中国に依存する国家にするだろう。

利益や利害関係、価値観の優先順位が異なるため、インド太平洋地域の民主主義国の非公式グループであるクアッドが、民主主義の回復を求めて圧力をかけることは困難になっている。インド自身も、英国、米国、スウェーデンの独立した民主主義評価機関において民主主義の赤字が拡大していると指摘されている。

国連のトップリーダーは、欧米の世界観、手法、役職者が多数派であり、例えばスイスの外交官クリスティーネ・シュラナー・ブルゲナーがミャンマー担当特使を、元米国下院議員トム・アンドリュースがミャンマーの人権状況に関する特別報告者を務めている。こういった理由から、国連は、アジアにおける危機を理解し、アジア人の中に受容力のある人々を見つけ、積極的な紛争解決の役割を果たすためには不十分である。

最大のステークホルダーは、1997年にミャンマーを加盟国として迎え入れたASEANである。ASEANはかつて、欧米の批判と敵意から軍事政権を保護し、国際制裁からの緩衝材を提供した。ASEANは、サイクロン「ナルギス」による被害の後、水面下で密かにミャンマーに外国からの被災者支援の道を開き、ラカイン州の危機を解決するために助力した。そして、ロヒンギャ避難民の帰還をめぐる話し合いを行っている。

軍幹部らはASEANの申し出に反応を示し、制限を緩和し始め、限定的な民主主義の行使を許可したが、その一方で文民政権における軍部の特権的役割を形成した。2人のアジア人国連上級職員も、ミャンマーが孤立状態から脱するために決定的な役割を果たした。パン・ギムン国連事務総長とビジェイ・ナンビアル国連事務総長室官房長である。しかし、一つの国に二つの政府が並行して存在する体制は、自らの矛盾の重みにより崩壊した。

この危機に対する欧米のおおむねの反応は、過去のほとんどの地域的危機に対する反応と同様に、ASEANの非難されるべき点は有効な措置の欠如だというものである。2021年2月1日と3月2日に発表されたASEANの議長声明は、欧米の批判に対してあまりにも弱腰だった。インドネシア、マレーシア、シンガポールは、平和的抗議者への武力行使を最も厳しく非難したが、全てのASEAN首脳が軍幹部への関与が必要であることで合意した。インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は、努力の最前線に立っている。結局のところASEANは、閉塞や不作為を批判されるよりも、解決の可能性を模索するためには最も適した話し合いの場なのである。

キショール・マブバニ元シンガポール国連大使が主張する通り、ASEANの弱みこそが強みである。ASEANは、誰にとっても脅威ではなく、誰からも信頼される。ASEANは、危機を調停し、Tatmadawを正当化することなく彼らの関与を引き出すとともに、軍部を疎外することなく政権与党と国民の関与を引き出す主導的な役割を担うべきである。ASEANの周旋により、さまざまな当事者を話し合いの座に就かせ、国連や他のパートナーをファシリテーターとして迎えて、危機から抜け出す道を模索することができるだろう。外部の主要国は、ASEANの主導的役割を支持し、これ以上の流血を招くことなく政権の座を明け渡すよう軍幹部を説得するために協力するべきである。

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、オーストラリア国際問題研究所研究員。R2Pに関わる委員会のメンバーを務め、他の2名と共に委員会の報告書を執筆した。近著に「Reviewing the Responsibility to Protect: Origins, Implementation and Controversies」(ルートレッジ社、2019年)がある。

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【ルンドIDN=ジョナサン・パワー】

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コロナ禍を契機とする都市部から地方への逆移住:ツバルの事例

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=キャロル・ファルボトコ/タウキエイ・キタラ 】

コロナ禍の間、太平洋諸島では移住パターンに逆転が見られた。都市の有給雇用が減少するなか一部の地方への移住が増加し、多くの場合は国の政府がそれを奨励した。当初の地方移住の後に都市部に戻る移住者もいたものの、コロナ禍の間に生じたこの都市部から地方への移住は、たとえ一時的現象だとしても、太平洋諸島の人々の間では地方との文化的・血縁的な結びつきというものが、特に外的ショックにさらされた場合にレジリエンスを維持するのに、いかに助けとなるかを理解するうえで参考となる。(原文へ 

ツバルでは、コロナ禍の少なくとも初期に、首都フナフティの島から地方の島々への国内移住が多く見られた。ツバルは、新型コロナの市中感染拡大を免れた数少ない国の一つだ。新型コロナがツバルの検疫の境界を破った場合、ツバルの離島はそれぞれの「ファレカウプレ」(伝統的長老会議)の統治プロセスを通してロックダウンを決定する可能性が高く、その場合、地方の島々のレジリエンスが究極の試練に直面する。

ツバル政府の新型コロナ健康安全保障計画では、主要な柱として、首都在住者が自発的に離島に移住することが奨励された。もし新型コロナが国内に流入すれば、政府は「コロナウイルスの管理および抑制に関する規制」(Management and Minimisation of the Coronavirus Regulation)に基づいて移住を強制することもできた。

ツバルの人々は自発的移住の奨励に応え、多くの人々が速やかにフナフティを離れて首都沖の地方の小島や、親族の絆をたどり、土地の所有権や使用権を主張できるような、より遠い離島へと移住した。これにより、地方から都市部への移住トレンドが突如として逆転した。

ツバルの離島や地方の小島は、資源を共有する習慣があり、食料も現地で調達できるため、新型コロナの国内流入が起こりうる首都から移住してきた人々を支えることができる安全かつ安心な場所として認識され、実際にそうであった。

ツバルの首都人口の4分の1が政府の助言を聞き入れコロナ禍の初期に地方の島に移住し、受け入れ先の地元コミュニティーも彼らを温かく迎え入れたのは、何故なのか? 答えは、ツバルにおける土地、文化、歴史的な移動のプロセスなどがどのように絡み合っているかにある。ツバルで行われている慣習的な制度は、人々がより安全な地方に移住するための広範で革新的な方法を提供しており、それらの地域は平和的かつ効果的にコロナ禍の課題に対処することができる。

土地は、個人が所有するというよりむしろ村落が所有している。コロナ禍以前のフナフティの人口の大部分は、主に雇用のために離島から首都に移住した国内移民からなっていた。首都へ移り住んだ彼らは都市部の土地への慣習的な使用権を持っておらず、したがって、首都の土地の慣習的所有者であるフナフティの先住民と異なり、住居を賃借しなければならない。土地への結びつきが慣習的に強いため、何世代にもわたって他の土地に定住した後も「フェヌア」(故郷の島)に戻る人々がいるのは珍しいことではない。

他にも多くの人は故郷の島に戻ることを夢見ている。これは、やむことのない望郷の思いのためでもあり、故郷の島とその地元社会に対する慣習的な責任感のためでもある。しかしそれは、安心感のためでもある。ツバル人はしばしば、自らのフェヌアを安全な場所と認識しており、例えば戦争やサイクロンの際にはそこに居たいと感じている。コロナ禍の緊急事態で首都を去ることを選んだツバル人の多くにとって、自分か配偶者がフェヌアの結びつきを持つ島を移住先として選ぶのは分かり切ったことだった。親族の絆が強いため、首都から故郷の島に戻る移住者が土地も親族の支援も得られないということは、極めてまれなことである。

国の政府は離島が人口増加に対応できるよう財政的支援を行い、全体的な計画の助言を行ったが、移住する人々の定住と支援は既存の地域的・慣習的な統治制度に委ねられた。親族の土地に住む長年にわたる権利と地場の食料が入手可能であることは、首都からの移住を推奨する政府の計画の成功に不可欠であった。

カイタシ」(一族の土地、文字通り「一体となって食べる」)から食料を調達する権利は、非常に広い範囲の家族、つまりどれほど遠くても血縁関係があるなら誰にでも適用される。したがって、長期にわたって不在だったとしても一族のメンバーであれば、カイタシにおいて既存の住居に滞在し、食料を収集するなど、一族の土地を利用して支援を得る権利の分け前を主張することができ、実際にそうするのである。さらに、帰郷した移住者家族はその広い親族に属する世帯から、より永続的な滞在場所を提供される可能性が高い。

政府の「タラアリキ計画」は、地方への移住を支援するために、食料の安全保障に関する慣行の重要性を認識していた。計画は、慣習にのっとった食料生産、保存、配分活動の強化を推進しており、いずれも、新型コロナウイルスの感染が拡大した海外からの物資供給や人道支援への依存を抑えることを目的とするものだった。

また、タラアリキ計画は、全体的なレジリエンス計画の一環として慣習的な知識に基づく慣行を取り入れている。計画では、教育の責任を負うのは教育省だけにとどまらず、家族や島の地域社会も部分的に教育の責任を担うことになっている。コロナ禍の影響で学校教育が中断された結果、ツバルの若者たちは、慣習的な食料調達の慣行に新たに触れ、参加するようになった。それは、親族とともに行う場合もあれば、魚の保存、プラカ芋の栽培と施肥、ココヤシ樹液の収穫など、特定の技能開発を目的とする地域での研修会で学ぶ場合もある。

緊急事態の間、地域住民の一致協力を確実にするために、島ごとのファレカウプレによる慣習的な統治が行われた。都市の暮らしに慣れた新住民を定住させるにあたって、彼らは、より「オラ・ツ・トコタシola tu tokotasi)」あるいは「カロ・バオkalo vao)」(個別化されたライフスタイル)に慣れているといった課題は確かに存在する。また、新住民が増えたことにより、離島の天然資源への負荷は増大しただろう。とはいえ、食料安全保障の問題は報告されなかった。このことは、慣習的制度が十分に機能していたことを示している。

ファレ・ピリ」とは、隣人の問題を自分のこととして扱い、したがって隣人を家族として扱うことを意味する。ファレ・ピリを通して、親族と土地を共有する責任は、親族ではないけれど健康を守るために首都の島を離れたいと思う他者へも拡大適用されるようになった。フナフティ出身者も初めて、首都沖の小島の土地をこれまで土地利用権のなかった非出身者の人々にも利用できるようにし、必要とする限りその土地に家を建て、食料を育てて収穫できるようにした。

コロナ禍の間に地方への移住が増えた太平洋島嶼国はツバルだけではない。文化や地理の特性は明らかに異なるものの、ツバルほど地方との慣習的な結びつきが強くない国でさえ、恐らくは、地域全体のレジリエンスを醸成するうえで慣行は重視されていると思われる。これは、例えば、宗教的指導者が地域社会の話し合い、調停、問題解決を奨励することなどで達成される可能性がある。

人々が地方に移住する際、特に国の政策的な支援がある場合は、衰退あるいは休止していた慣行が復活することもある。新しい状況に合わせて修正される慣行もあるだろう。また、ターゲットを絞った訓練プログラムにより、食料安全保障といった特定の目的のために慣行を活用することも考えられる。全体的に見て、コロナ禍によって生じた都市部から地方への移住は、太平洋諸島の人々にとって地方との文化的・血縁的結びつきがレジリエンスの維持にどれだけ助けとなるかを理解するうえで有益だということである。

キャロル・ファルボトコは、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)の科学研究員およびタスマニア大学のユニバーシティ・アソシエートである。
タウキエイ・キタラはツバル出身で、現在はオーストラリアのブリスベーンに居住している。ツバル非政府組織連合(Tuvalu Association of Non-Governmental Organisation/TANGO)というNPOのコミュニティー開発担当者であり、ツバル気候行動ネットワークの創設メンバーでもある。ツバルの市民社会代表として、国連気候変動枠組条約締約国会議に数回にわたって出席している。ブリスベーン・ツバル・コミュニティー(Brisbane Tuvalu Community)の代表であり、クイーンズランド太平洋諸島評議会(Pacific Islands Council for Queensland/PICQ)の評議員でもある。現在、グリフィス大学の国際開発に関する修士課程で学んでいる。

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英軍兵士に略奪された「ベニン・ブロンズ」を巡る返還議論

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス

英国が1897年にベニン王国(12~19世紀末までナイジェリア南部の海岸地帯に存在した国)を軍事占領した際に略奪した文化財(通称:ベニンブロンズ)を、ナイジェリアに返還する動きに焦点を当てた記事。近年、略奪した文化財は元の国に返還するべきだという声が世界的に高まっており、英国でも国教会や一部の大学、博物館で略奪品の返還論議が出てきている。(原文へ

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アフリカ自由貿易地域が人々を極度の貧困から救い成長を加速する

【ブラワヨ(ジンバブエ)IDN=バサニ・バファナ】

長らく待ち望まれていたアフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)が1月1日に発効した。規模的には世界で最大の自由貿易地帯となる予定であり、アフリカの貿易新時代が約束されている。

世界銀行によれば、アフリカ全体の自由貿易協定は、大きな改革と貿易促進措置が伴うならば、2035年までに圏内の総収入を4500億ドル増やし、3000万人を極度の貧困から救う可能性がある。自由貿易地帯は、完全に運用がなされるようになると、12億人規模の市場となり、GDPの合計は2.5兆ドルとなる。

コーク大学ビジネススクール(アイルランド)経済学部の経済学教授であるウィム・ノード博士はこう説明する。「貿易は経済成長と繁栄をもたらす最大のエンジンの一つです。なぜなら、国々は貿易を通じて生産を特化し、消費を多様化することができるのですから。」

生産の特化は、学習やイノベーション、より高い生産性を可能にする。これらを財と交換することで、経済的に独立している場合に達成可能なレベルと比べても、消費と福祉のレベルは高くなる。

「自由貿易地帯は、市場アクセスへの障壁を引下げ、市場を大規模化し、消費者により多くの選択肢を与え、企業に競争圧力を与えて生産性を上げることで、これらの効果を強化することになるだろう。」とノード教授はIDNの取材に対して語った。以下がその抜粋である。

Q:貿易政策はいうに及ばず、アフリカ各国の経済の違いがあって、依然としてアフリカには多くの障壁があることを考えるならば、今回の自由貿易圏が、アフリカにおける貿易をどのように調和させることになるでしょうか?

ウィム・ノード(WN):自由貿易圏は、投資やイノベーション、起業を刺激します。従ってAfCFTAは、アフリカ諸国にとっては朗報であり、歴史的な機会を提供するものとなるでしょう。各国の経済が異なっていることは問題となりません。実際、各国の経済が異なっているからこそ、福祉における利得を得るうえで貿易がより重要になってくるわけです。

アフリカのほとんどの国の規模は比較的小さく、地球上のどの地域よりも内陸国が多いことを念頭に置かねばなりません。したがって、貿易障壁を除去することは、例えば大規模な沿岸国と比べるよりも、アフリカにおいてより大きな意味を持つのです。

Q:アフリカ大陸自由貿易圏は、アフリカの産業化に対してどのような機会を提供するでしょうか。

WN:多くのアフリカ諸国は、2000年以来、小さな基盤からの出発ではありますが、産業(工業)成長の軌道に乗っています。この流れは前向きなものです。労働経済学研究所(IZA)のペーパーで私は、アフリカの産業化には3つの型があると論じました。

AfCFTAはこの流れを強化することになるでしょう。(1)(例えば3D技術やIT、デジタル化などを基盤とした)先進的な工業が起こっている国(南アフリカ、ケニア、ナイジェリアなど)ではその規模が拡大し、(2)基本的な労働集約的な工業(家具製造など)が存在する国(タンザニア、エチオピアなど)では、(規模の経済の原理によって)AfCFTAがない時に比べて長期にわたって競争力を維持することができ、(3)製造の維持にとって必要な高度に生産的なサービス部門(対企業サービス、物流、運輸など)が伸びつつある国(モーリシャス、ボツワナなど)では、効率性や専門性がさらに上がって、アフリカ諸国の製造業者にも国境を越えてより容易にサービスを提供することができるようになるでしょう。

Q:アフリカ諸国は、デジタル化を利用しながら、環境に配慮した工業化と多様化を通じて、いかにして急速な経済成長を達成することができるでしょうか?

WN:2015年のパリ協定とその後の締約国会議(COP)は、富裕国が国際的な資金調達メカニズムを創設して、途上国が気候変動に対応しその影響を軽減する支援を行う必要性を強調しています。

かなりの資金がこの目的のために利用可能になっています。アフリカは、ひとつのブロックとして、産業への投資を支援するためにこの資金を利活用する取り組みを強化すべきでしょう。TRIPS(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)に関してもまた、先進国は途上国への技術移転を公約しています。しかし、これは、それほど速いスピードで、あるいは効果的には進んでいません。ここでもまたアフリカは、一つのブロックとして、気候関連技術へのアクセス促進を求めて、公約を果たすように先進国に要求していかねばなりません。

最後に、産業発展の最も重要な要件は、安価なエネルギー・電気へのアクセスです。アフリカ大陸全体で電気網を発達させる必要があります。このために、原子力発電への投資をアフリカ全体で行って、温室効果ガスを出さずに信頼性のあるエネルギーを確保しなくてはなりません。デジタル技術は、これらすべての投資を下支えするにあたって、中心的な役割を果たします。

Q:アフリカはいかにして債務問題に対処し、財政の持続可能性を確保するための革新的な資金調達を促進できるでしょうか?

WN:原則的には、アフリカ諸国は借り入れる必要がありますね! アフリカは債務を積み上げるべきです。なぜなら、アフリカの人口は伸びていますし(債務支払いのための担税能力がある)、資本形成が比較的低い現状を考えると、ハイリターンをもたらす投資機会も多くあるからです。唯一の要件は、借り入れた資金を賢く投資し利用することです。すなわち、拡大する生産能力の強化に投資するということです。そうすれば、各国の財政状況は持続可能なものとなるでしょう。

私は、いわゆる「革新的資金調達」を支持しているわけではありません。債務担保証券のような破壊的な金融イノベーションがグローバル金融危機を引き起こしたことを思い起こしてみるべきです。単純な経済原則が依然として最善なのです。つまり、資金を借り入れ、その資金を生産的な活動に配分し(飽くなき利益を追求する大企業やその関連組織の幹部に対してではなく)、これらの投資がもたらす成長を増大させることで、債務を返済していくということが重要です。(原文へ

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世界の貧困層に最も深刻な打撃を与えるコロナ禍

【ニューヨークIDN=J・ナストラニス】

新型コロナウィルス感染症のパンデミックは、世界の最も貧しい国々に極めて深刻な状況をもたらしている。60以上の国連機関および国際機関が発表した「持続可能な開発に向けた資金調達報告書2021」は、コロナ禍によって持続可能な開発目標(SDGs)の達成がさらに10年は遅れることになると警告している。パンデミックのために世界経済はこの90年で最悪の景気後退を経験しつつある。

このことは、最も社会的に弱い立場の人々に特に悪影響を与えている。推定1億1400万人が職を失い、約1億2000万人が極度の貧困に陥った。

Photo Credit: UN Photo/ Kibae Park

「このパンデミックで明らかになったのは、各国が世界の相互依存関係を無視して自らを危険に晒している現実です。コロナ禍が引き起こす災害に国境はなんの意味も持ちませんから。分裂する世界は、すべての人々にとって災厄以外のなにものでもありません。途上国がこの危機を乗り越えるために支援をすることは、道徳的に正しいことでもあり、あらゆる国の経済的自己利益にも適うことです。」と、国連のアミナ・モハメド副事務総長は語った。

パンデミックに対するバランスを欠いた対応のために、既に拡大していた国家内や国家間の人々の格差や不平等がさらに拡大している。史上最大規模の16兆米ドルの景気刺激策によって最悪の事態は免れたが、その額のうち2割以下しか途上国に投じられていない。3月25日に発表された先の報告書によれば、今年1月までの時点で新型コロナウィルスワクチン接種が開始された38カ国のうち、9カ国以外は先進国であるという。

また、同報告書によれば、後発開発途上国とその他の低所得国の約半分が、コロナ禍以前から債務危機に喘いでおり、コロナ禍で税収が減ったことから債務のレベルが急上昇している。したがって、次のような措置を速やかに実施する必要がある。

・ワクチンナショナリズムを拒絶して、「コロナ対策への公平なアクセスを加速するための世界規模の協働の枠組み」(ACTアクセラレーター)が2021年に必要とする資金の調達ギャップ(200億ドル超)をなくすために資金提供を拡大すること。

・政府開発援助の対GDP比0.7%目標を達成し、途上国、とりわけ後開発途上国に対して新たに譲許的融資を行うこと。

・流動性を提供し、債務救済支援を行うことで債務危機を回避し、途上国が新型コロナウィルスやそれが経済・社会にもたらす悪影響に対応できるようにすること。

「富裕国と貧困国との間の格差拡大はきわめて退行的なものであり、速やかに方向を正さねばなりません。」と、この報告書を作成した劉振民国連​経済社会問題担当事務次長は語った。

SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No.3

「各国が、金融面での平常を保つためだけではなく、自らの開発投資するためにも支援を受けられるようにすべきです。コロナ後により良い社会を構築するために、官民部門がともに、人的資本、社会的保護、持続可能なインフラと技術に投資しなくてはなりません。」

例えば、持続可能かつスマートなインフラへの投資は、リスクを低減し、将来的な衝撃に対して世界をより強靭にする。それは成長を生みだし、多くの人々がより良い生活を送ることを可能にし、気候変動対策にもなる。

例えば、今後2年間で700~1200億ドル、その後年間200~400億ドルを割り当てれば、パンデミックが再発する可能性は著しく下がる。コロナ禍によって既に数兆ドル規模の経済的損害が発生したのとは対照的だ。

しかし、先進国とは異なり、ほとんどの途上国にはそのような投資を行う余地がない。

報告書は、この難題に対処する方法を以下のようにいくつか勧告している。

・超長期(50年以上)の金融を途上国に対して固定金利で行う(現在の歴史的な低金利の活用)。

・持続可能な開発への投資ツールとして、公的な開発銀行を有効活用する。

・投資連鎖に沿った短期的なインセンティブをなくし、SDGウォッシング(SDGsに取り組んでいるように見えて実態が伴っていない状態)のリスクを軽減することによって、持続可能な開発との連携に向けて資本市場の方向性を変える。

報告書はさらに、リスクに関する説明が十分になされていない開発は持続可能ではなく、危機への対応を、リセットの機会であり、「将来の脅威に対する防護のなされた」グローバル・システムとして捉えるべきだと強調した。

国際金融の枠組みの格差、あるいは不適切な政策が、コロナ禍において開発への金融をしばしば妨げる一方、以前の防護策では、部分的にはリーマンショック後の改革による金融・銀行システムという一部のシステムを保持することにしかつながらなかった。今日の危機から学んだ教訓によって、今後強靭な社会を構築するにあたっての改革を描くことが可能になる。

Portrait of Deputy Secretary General Amina J. Mohammed. Official Portrait

報告書はさらに以下の点を勧告している。

・法人税の課税逃れに対抗し、有害な課税率引き下げ競争を減らし、違法な金融の流れに対処する技術を有効活用するために、デジタル経済に対して課税するグローバルな解決法を見つける。

・企業が社会や環境に与える影響に対して責任を取らせ、金融規制の中に環境リスクを織り込むグローバルな報告枠組みを創設する。

・巨大デジタルプラットフォームの市場の力を弱めるべく、反トラスト規制のような規制枠組みを再検討する。

・ますますデジタル化する世界など、変化するグローバル経済の現実を反映した形で労働市場や財政政策を刷新する。

モハメド副事務総長は、「軌道を変えるには、ゲームのルールを変えなくてはなりません。今回のパンデミック危機以前のルールに依存していたのでは、この一年で明らかになってきた同じ落とし穴に再び陥ることになりかねないのです。」と語った。(原文へ

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ネパールは明らかになりつつある第四次産業革命の動向を注視している

【カトマンズIDN=マニシュ・ウプレイ】

第四次産業革命の波に乗り遅れている大半の開発途上国が直面している課題に焦点を当てた記事。第四次産業革命を推進する先端デジタル生産(ADP)技術に直接関連する国際特許の9割、輸出の7割を10の経済圏(米国、日本、ドイツ、中国、中国台湾省、フランス、スイス、英国、韓国、オランダ)が独占しており、ADP技術に積極的に取り組んでいる経済圏は40あるものの、残りの大部分の国々は、技術革新からほぼ締め出されているのが現状である。(原文へ

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