ホーム ブログ ページ 76

われわれは中国との冷戦に向かっているのか?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】

ここ数カ月、「冷戦の再来が迫っている、今度の相手は中国だ」という声をよく聞く。その危険はどれほど大きいのか? 危険な対立を示唆する状況もあれば、ソ連やその同盟国との冷戦時代とは全く異なる状況もある。(原文へ 

インド太平洋地域における地政学的な動きを見ると、新たな冷戦、あるいは生存にかかわる軍事衝突を恐れることは現実的である。中国空軍は挑発的な飛行で台湾領空を侵犯し、この島を人民共和国に併合する意図を明確にしている。南シナ海では、領有権が争われている島々を中国海軍が占拠し、軍事基地として拡張している。軍事費は急激に増加しており、全ての大国が核兵器を含む武器の近代化を図っている。オーストラリアが中国の制裁を受けているのは、コロナウイルスの起源解明に関する中国政府の不透明な政策をあえて批判したからである。米国はこれに異を唱え、インド太平洋地域における軍事的プレゼンスを強化している。英国、フランス、さらにはドイツまでもが、インド太平洋地域に軍艦を派遣して旗を掲げている。米国、英国、オーストラリアは、明らかに中国への対抗策であるAUKUSによって軍事同盟を形成している。米国は、日本、韓国、インドで共通の反中政策を採るよう働きかけている。多くの兆候が、東西対立時代と似た切迫するエスカレーションと軍事的拮抗を示している。

特に問題なのは、敵対国の政府が少なくとも定期的に連絡を取り合えるような実効性のある軍備管理フォーラムがないことである。冷戦時代には、核兵器に関しては1960年代後半から、通常兵器に関しては1973年から、そのようなフォーラムがあった。しかし、当時は自国の軍拡努力を矮小化し、敵国のそれを誇張するという小手先の術が使われたため、このような交渉には極めて時間がかかった。とはいえ、軍拡競争をコントロールし、誤って戦争を始めることを防ぐために、少なくともさまざまなフォーラムがあり、ホットライン、いわゆる「赤電話」もあった。実際、1990年代には核兵器、ミサイル、通常兵器が順調かつ大幅に削減された。そのようなフォーラムは、海、空、宇宙におけるとどまるところのない軍拡競争にストップをかけるために、現在においても必要である。

東西対立と今日の中国との競争および対立は、イデオロギーの衝突と経済的な相互依存という二つの主要な分野で相違点がある。

米国とソ連およびそれぞれの同盟国の間の冷戦は、これまでずっと、体制の対立として的確に評されてきた。共産主義、社会主義、計画経済の体制と、自由主義、民主主義、資本主義の体制である。ソ連崩壊という形で決着がついたこの論争は、数十年間にわたって、当時「第三世界」と呼ばれた国々を従属国家にしようとする競争だけでなく、それはイデオロギー闘争でもあった。社会主義は西側諸国でも共感を呼び、資本主義に代わるものとして魅力的に感じられた。現在でも、政府や知識人は、中国共産党の権威主義体制に対して、民主主義、自由、人権といった西側の価値観を守る必要があると強調している。しかし、中国国内で非常に一貫して適用されているそのような中国の体制は、独裁者の興味を引くだけである。中国の社会システムを求めるデモや称賛は、毛沢東の教えとは異なり、今日の西側諸国で起こることはない。今日の中国の体制は、せいぜいのところ経済的効率性による一定の訴求力を持つ程度である。西側の大規模プロジェクトの計画期間に絶望している一部の人々は、中国の効率性を切望している。しかし結局のところ、高速鉄道建設のために地区全体を移転させるといった残酷な行為などの付随的な被害を考慮に入れれば、中国の経済的効率性はかなりの傷を負う。

中国と米国、EU、他の民主主義国との経済的関係は、冷戦時代の東西関係とは大きく異なる。中国は、全世界に君臨する経済大国になる道を突き進んでいる。ソ連は、決してそうではなかった。中国と他の国々との貿易関係は、今日きわめて緊密である。ソ連は、重要ではあるものの、常にエネルギー供給国でしかなかった。新たな冷戦の可能性という問題にとっては、これは良い材料でもあり、悪い材料でもある。1977年という早い段階から、米国の政治学者ロバート・O・コヘインとジョセフ・S・ナイは、共著『パワーと相互依存』(Power and Interdependence)の中で大国の力関係における相互依存性の重要性を強調していた。彼らの主張は、簡単に言えば、経済的に密接な関係がある国は紛争を軍事的に解決するより協力し合う傾向があるということである。しかし、中国との密接な経済的結びつきは、両刃の剣である。相互依存性はせいぜい軍事的冒険を回避する保険になる程度であり、なぜなら双方がダメージを負う可能性が高いからである。しかし、緊密な経済的相互依存は、依存性と脆弱性をも意味する。パンデミックにより、われわれはそれを嫌というほど体験したばかりである。

米国は、この危険な軍拡競争においてソ連に勝利した。東側の同盟国は、経済的荒廃のため軍拡競争をさらに加速できる状態ではなかった。このような崩壊は中国には期待できない。それどころか、中国は経済力を拡大し続けており、当面の間、軍事費を増やす余裕が十分にある。

では、中国とどのように向き合うべきか? これについては西側諸国にも意見の相違がある。米国では、ドナルド・トランプ大統領が中国との厳しい対決姿勢を打ち出し、言葉の上だけでなく、経済的にも中国への制裁を課し、軍事力を増強した。ジョー・バイデン大統領は、やり方はより融和的かもしれないが、彼も中国に対して対決的な姿勢を取っている。彼はもはや、中国を不愉快な競争相手としてだけでなく、敵として見ており、西側の統一戦略の策定を呼び掛けている。EUは、より柔軟な、EU委員会の言う「プラグマティック(現実的)」な路線を追求している。中国は、協調のパートナー(例えば気候変動に関して)とも、経済的条件を交渉しなければならない競争相手(例えば技術開発において)とも呼ばれている。それだけではなく、異なる社会モデル(例えば人権尊重に関して)を広めようとする体制的ライバルであり、それに対して明確な優位性示すことが重要であるとも見なされている。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRIの科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

INPS Japan

関連記事:

|オーストラリア|米英からの原潜供与協定が核の恐怖を引き起こす

米中間の力の移行、冷戦か、実戦か?

米国、拡大する中国の影響力に対抗する「体系的な」協定網の構築へ

ソマリ系英国人の小説家が人種差別の壁を越え「ブッカ―賞」にノミネートされる

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

英国の権威ある文学賞「ブッカ―賞」に『運のよい人たち (The Fortune Men)』が初ノミネートされたソマリア出身の作家、ナディファ・モハメド氏に焦点を当てた記事。幼少期に英国に移住した経験を持つモハメド氏は、17年前に偶然記事で目にしたマフムード・フセイン・マタンの冤罪事件(彼女と同じソマリア出身の水夫が、1952年にウェールズの首都カーディフで発生した商店主殺害事件に関連して、警察の杜撰な捜査と人種差別に満ちた法廷審理により絞首刑に処せられた事件。英国司法当局は1998年にこの事件が冤罪であったことを認めた)に関心を持ち、関連文献の調査や関係者への聞き込みに基づいて、冤罪の犠牲となったマタンの人生と彼をとりまく当時の英国社会の矛盾を等身大に描写している。(原文へFBポスト

INPS Japan

関連記事:

著名なケニア人「キクユ語」作家が「ブッカ―賞」にノミネートされる

|フィリピン|パラワン島の先住民族の土地保護に立ちあがる若者達

【プエルト・プリンセサ(フィリピン・パラワン島)=ニーナ・パラギ】

現代の基準では考えられないような偉業である。この辺鄙なフィリピン・パラワン島出身の6人の若者が、土地所有をめぐって巨大な勢力と闘って勝ったのだ。先住民族からの支持を直接取り付けたうえで、彼らが暮らす4万ヘクタール以上の土地が自然保護区であることを政府に法的に認めさせたのである。

小規模な非営利団体「フィリピン持続可能センター」(CS)がこのキャンペーンを率いて、先住民バタク族を2014年から支援してきた。彼らはどうやってこの偉業を成し遂げたのだろうか。 CSの共同創設者で顧問のカリーナ・メイ(KM)・レイエス氏は、この点について、「この7年間に及ぶ気骨と、『日々の逆境に立ち向かう粘り強さ』によるものだと語った。CSのスタッフは、土地保全・森林再生・市民科学を通じてフィリピン最後の熱帯雨林を守るというミッションを遂行している。

この話は、国際自然保護連合(IUCN)を通じて世界に知られることとなった。次の舞台は10月31日から11月12日までグラスゴーで開催される世界的なフォーラムである国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)だ。レイエス氏がCSを代表して参加している。

COP 26 Logo
COP 26 Logo

COP26では、レイエス氏が世界的なNGO「一本の植樹(One Tree Planted)」とともに新たな役割へと踏み出す。今後、ASEAN(東南アジア)地域で気候変動の問題を訴えながら、この話は、フィリピン・パラワン島から世界へと広がっていくだろう。

CSの6人の若いメンバーは、パラワン島の熱帯雨林保護を求めて活動を始めた時、17歳から28歳までの年齢だった。そのほとんどが「世界で最高の島」(『旅行とレジャー』誌)と謳われるパラワン島の手つかずの自然の中で育った。

先住民族の人々から親しみを込めて「KM」と呼ばれているレイエス氏は、フィリピンの出自を持ち、オーストラリアで生まれた。10年前にパラワン島を訪れた際、彼女はこの島に惚れ込み、オーストラリアには戻らなかった。彼女は今、長期的かつ持続可能な島の環境開発と保護を誓い、少なくとも70カ国に展開している国際団体「自然と民衆のための高い意志の連合」(HAC)にこの問題を持ち込もうと決意している。

その準備のためにCSは、フィリピンで実に740人もの若者を集めたオンラインフォーラムを最近開催した。基調講演はザカリ・アブドゥル・ハミッド氏が行った。ハミッド氏は1992年のリオ地球サミットで採択された国連生物多様性条約における世界的な専門家「自然のためのキャンペーンに向けた大使・科学顧問」である。

クレオパトラの針(パラワン島の山の名称)・重要居住地」(CNCH)と名付けられたCSのパラワン島でのプロジェクトは、地元や各国政府、国際機関、営利企業からの支持を集め、現在のような状況がもたらされた。

重要な居住地として2016年に「クレオパトラの針」の保護を勝ち取ったことは、画期的な意義を持つと評価できる。消えつつあるパラワン島のバタク族が生活するフィリピン最大の重要な居住地であり、彼らが先祖代々守ってきた土地なのである。世界のどこにもいないパラワン固有の61種の動植物、31種の絶滅危惧種も生息している。

カラクワサン地区の元酋長であるテオドリコ・ヴィラーリカさんは、IDNの取材に対して、「森や土地は私たちの生活の源であり、生存の鍵を握っています。だから守られねばなりません。私たちバタク族は、伝統的に森のある場所から別の場所に移動しながら生活しています。儀式を行い聖なる集まりをもつのは、私たちの文化的慣習の一部なのです。」と指摘したうえで、「例えば、(聖なる木である)アルマシガの樹液と蜜を採取する際には、事前に儀式を執り行います。私たちの森では、私たちの生存に不可欠な聖なる動物や植物がたくさん生息しています。多くの先住民族の社会は食べ物や水源を森に依存しているのです。」と語った。カラクワサン地区は「クレオパトラの針」保護区域への入り口となる場所だ。

SDGs Goal No. 15

インドネシアやマレーシアと並んで、フィリピンはきわめて多様性に富んだ森や海洋、湿地帯をもつ世界の17カ国のうち、アジアに位置する国の1つである。CNCHの西の境界は「新・自然の七不思議」の1つとみなされるプエルト・プリンセサ地下川国立公園であり、ユネスコの世界遺産地区として登録されている。

「クレオパトラの針」の広大な保護区域4万1350ヘクタールでのCSの活動には、パラワン島の首都プエルト・プリンセサ近くに残されたフィリピン最後の原生林での活動が含まれる。ヴィラーリカ酋長の属する地域に加えて、CNCHはその他6つの重要地区で活動している。しかし、その森に住んでいる狩猟採集民であるバタク族の人口は急速に減少し、現在は200人ほどしかいない。パラワン島に遺された最後の熱帯雨林を保護しなくてはと、若者たちは焦りにも似た気持ちを持っている。

スペインによる植民地化以前、フィリピンの島々の90~95%は森林であった。現在、国全体で森林はわずか3%しか残されておらず、そのほとんどがパラワン島にある。露店坑や過剰な農地使用、密猟、違法伐採によって森林は大部分が失われてきた。

CSの活動を貫く根本的な価値観は、地域から始め、活動の成果を地域に返す、ということだ。レイエス氏は、地域社会なしには環境開発は持続可能にならないと考えている。

レイエス氏はIDNの取材に対して、「2030年までに、地球上の陸と海の少なくとも30%を保護するという目標を達成しようとすれば、先住民族や地域社会に肩入れしなくてはなりません。先住民族の土地の権利と先住民族の居留地や保護区域を承認し保護していく必要があります。また、先住民族が太古の昔から果たしてきた役割、つまり自然保護活動の先頭を切ることができるように、先住民族社会への現金移転を進める必要があります。」と語った。

レイエス氏は、先住民族が世界人口に占める割合は5%に過ぎないが、地球の生物多様性の80%を守っていると指摘する。また、その先住民族の土地は世界の自然の土地の37%を占め、世界の地上の炭素のうち25%を保留している。

「先住民族として、私たちは、アルマシーガの木の過剰伐採が自分たちの生活にどんな被害をもたらすかを直接見てきました。アルマシーガやラタン椰子、蜜のような私たちの聖なる資源を使い過ぎないように私たちバタン族は気を使っています。使い過ぎれば将来的には何もなくなってしまうと考えているからです。」と元酋長のヴィラーリカさんは語った。

The young members of the Centre for Sustainabilty (CS) team with co-founder and advisor K.M Reyes
in extreme left.資料:J.R Lapuz

ヴィラ―リカさんはまた、「自分たちの自然利用のやり方が将来の世代に利益を与える。」と指摘したうえで、「アルマシーガの木が伐採前に十分育っているように、植樹と伐採時期を適切に選んでいます。樹脂を取るのも適切な時期のみ行っています。」と説明した。彼はさらに、土地の劣化を防ぐためにCSとともに3000本の木を植え、「育てるのに一生を要する大事な木」のために1万本の苗を再生したと語った。

「先住民族の社会は、同じ成果を残すのに、世界の自然保護機関の予算の僅か16~23%分しか費用をかけていない」とレイエス氏は言う。彼女は、その弛みない努力が評価され、「ナショナル・ジオグラフィック・エクスプローラー」補助金を2018年以来受けている。またCSとの関連で、「フィリピンの若者組織トップ10」賞も受けている。

オーストラリアのニューイングランド大学で平和学・国際学の学位を持つレイエス氏は、自らの土地の持続可能な発展を最もよく実現できるのは先住民族であると考えている。先住民族の声に耳を傾けパートナーになろうという人であれば誰に対してであっても、彼女はこの訴えを続けている。

「先住民族のバタク族は初めて、土地の保護者として、『クレオパトラの針重要居住地宣言』を通じて、彼らが土地に対して第一次的な権利を持つと認める法的文書を手にした。」とレイエス氏は指摘する。「私たちは、かねてより先住民族が持ってきた知恵によって、私たちの最後の原生林を保護し続けることができると意思決定者たちに訴えることで、壁を打ち破ってきました。彼らは、先住民族の知恵に目を向け、そこに賭けるべきです。」

Map of the Philippines showing the location of Palawan./ English Wikipedia

ヴィラーリカさんは、「レイエス氏と、彼女のCSのチームは、私たち先住民族の文化を理解するために粘り強く協力してくれている。だから、彼らが私たちのためにしてくれていることに本当に感謝していいます。CSは(キャンペーンの)最初から私たちと共にあり、クレオパトラの針が重要な居住地だと法的にいよいよ宣言されたことは、一緒に勝ち取ってきた大きな成果だと思っています。」と語った。

CSはバタク族の多くの人々を野生生物の守り手として育て、パラワン島のその他の先住民族の土地を守るさらなる闘いに備えている。CSは、引き続き、野生生物の密猟や違法伐採、土地の強奪、大規模な採掘、そして今では開発業者による侵略に立ち向かっている。

「私たち多くの若者にとっては、本当に『時間との競争』という感じになっている。気候変動に影響を受けているパラワンの先住民族たちが、自分たちに直接影響を及ぼしている問題に関して世界の議論に参加することすらできないという事実を私たちは十分意識しています。私たちの土地であるパラワンは地政学的なホットスポットに位置しているのです。」とレイエス氏は語った。

パラワン島は領土紛争の対象になっている南シナ海に面し、フィリピン政府はこの南シナ海の海域に同国の排他的経済水域を設定している。「(このパラワン西方沖の海域の一部は現在、中国が領土権を主張する海域と重なっている。だからこそ、この愛すべき島に対する私たちの活動の緊急性がより増しているのです。」とレイエス氏は語った。(原文へ

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

関連記事:

先住民族が全ての権利の平等を主張

先住民族の存在を認め、土地の権利を与えよ

次なる最重要開発課題としての森林投資

AUKUS加盟国はフランスとの関係修復へ挽回努力が必要

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、2021年11月16日に「The Strategist」に初出掲載されたものです。

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

スコット・モリソン豪首相は、エマニュエル・マクロン仏大統領とジョー・バイデン米大統領とのいざこざに巻き込まれている。そのため、パワーの不均衡を考えると、オーストラリアは身の丈に合わない大国間関係のなかで無防備かつ脆弱な状態に置かれる恐れがある。2頭のゾウが争うときも交尾するときも、草は踏みつけられるという民話は、アフリカとアジアの各地にさまざまな形で見られる。ペロポネソス戦争を記録したトゥキディデスの著作『戦史』の「メロス対談」で、メロス島はアテネ陣営により、正義や公正の問題はパワーが対等な者同士の関係においてのみ適用されるものだと、厳しく警告される。それ以外の関係では、「強い者はできることをやり、弱い者はしなければならないことをやる」のである。(原文へ 

そもそも契約を結ぶべきではなかった取引をキャンセルしたことは、正しい判断であった。先進的な原子力潜水艦をリバースエンジニアリングして、航続距離、海中耐久性、ステルス性、総合的攻撃力の低い技術的劣化版を設計し、オーストラリアの労働者と製造施設を用いるという要件により、コストが増大し、所要期間が長引いた。モリソンは、アタック級潜水艦の建造という不可解な要請を覆し、最も重要な防衛調達事業をオーストラリアの急変した戦略的状況に合わせて修正し、信頼できる同盟国の心地良い抱擁へと戻ったのである。

したがって、国家安全保障上の愚行と呼ぶべきは、最適とはいえない潜水艦契約の破棄ではなく、既存の契約がないという法的空白と、今後20年間新たな潜水艦がないという、運用上の空白である。外交的愚行としては、インド太平洋地域へのフランスの関与における最大の呼び物を台無しにしつつ、そもそもオーストラリアのミスによるコストと困惑の負担をすべてフランスに押し付けたことである。これは、中国がもたらす多面的な課題に対抗する民主主義同盟の集団的結束と団結を弱めずにはいられない。

AUKUS加盟国は、この外交的試練に失敗し、その損失を修復するために挽回の努力をしなければならない。オーストラリア海軍の能力を高めることによって、より効果的にインド太平洋における西側諸国の軍事力を取り戻すことができるだろう。しかしEUは、世界の金融、貿易、インフラ、保健、人工知能、グリーンテクノロジー分野で、配線をやり直したルールに基づくリベラルな国際秩序のなかで、はるかに大きな貢献をすることができる。その秩序の制御回路は、主に欧米の首都に所在している。米国にとっても英国にとってもフランスのほうが決定的に重要であるため、オーストラリアはマクロンをなだめるためのスケープゴートにされる可能性もある。

2021年11月3日の<オーストラリアン>紙印刷版1面に掲載されたポール・ケリーによる論説は、「マクロンが欺かれたのは明白、わが国首相に選択肢はなかった」という見出しをつけた。ケリーは、二つの「受け入れ難く」かつ両立し難い「現実」、すなわち「マクロンは欺かれ、モリソンにはそれを彼に伏せるだけのもっともな理由があった」という面から議論を展開した。しかし、カナダ人の歴史家マーガレット・マクミランは、第一次世界大戦の勃発に関する権威ある解説書『第一次世界大戦 平和に終止符を打った戦争』において、「常に選択肢は存在するのだ」と結論している。モリソンは「うそつきで有名」という、マルコム・ターンブル前首相の発言はターンブルの満たされない憤りを反映しているが、ジュリー・ビショップ前外相、ピーター・バーギーズ元外務貿易省次官、ジョン・マッカーシー元副次官による批判は、抑制的でありながらより痛烈である。「通常以上に国内政治のプリズムを通してなされた」(バーギーズの言)外交政策決定により、極めて重要な関係に深刻な亀裂が入る恐れがある。オーストラリアの信頼性と信用性に対する評判は、フランスだけでなく欧州で打撃を受けている

<オーストラリアン>紙の元ワシントン特派員キャメロン・スチュアートは、AUKUSの最高交渉担当者の間で交わされた議論の15ページにわたる機密記録を解析した。この記録には、新たな協定を世界に発表するに至るまでの詳細が正確に記されている。英国または米国から原子力潜水艦を購入するために、既存の900億豪ドルのアタック級潜水艦調達契約が反故にされるということは、同日、2021年9月16日にフランスに伝えられることになっていた。政府高官はフランスの驚きと怒りを予想していたが、AUKUS加盟国は、マクロン個人とフランス全国の憤りの深さを完全に甘く見ていた。10月31日に、モリソンが不誠実だったと思っているかと尋ねられたマクロンは、「思っているのではなく、そうだったと知っている」と答えた。

米国にとっては、オーストラリアよりフランスのほうがはるかに重要である。だからこそバイデンは、G20ローマ・サミットでマクロンにへつらうような発言をした。「米国にとってフランスほど長年にわたる、誠意ある、真っ当な同盟国はない」と、バイデンはマクロンに断言するとともに、潜水艦問題への無作法かつ不調法な対応を謝罪し、パリはキャンベラから話を聞いていると思っていたと述べた。

バイデンが最新情報を知らされていなかった、あるいは単に協定をまとめるまで秘密を守る必要があると把握していたことを忘れてしまったという可能性があるかもしれないが、まずないだろう。最もありそうな説明は、フランスが本気で怒っているという冷静な計算である。フランスは米国に依存していないが、極めて重要なパートナーであり、米国の欧州関与におけるかなめである。オーストラリアには、米国政府の言い分を無理やり飲み込み、受け入れる以外に選択肢はない。

米国、中国、フランスのような大国が追求するのは、帝国的外交政策であり、倫理的外交政策ではない。オーストラリアは、習近平にターゲットにされ、マクロンに嘲られ、バイデンに裏切られている。

オーストラリアがフランス解放のために命を投げ出した兵士たちのことを何度も蒸し返すのは、正直言ってうんざりさせるものだ。オーストラリアは、フランスを解放するために第一次世界大戦に参戦したのではなく、英国とともに戦うためである。それは、米国がオーストラリアを救うために第二次世界大戦に参戦したのではなく、日本に攻撃されたからであるのと同じである。よく知られているように、パーマストン卿は、国家には永遠の敵も永遠の味方もない、あるのは永遠の国益のみだと言った。それは、原子力潜水艦に関するオーストラリアの心変わりを正当化すると同時に、フランスをなだめようとする米国の姿勢を正当化する。それが世の中の仕組みであることを理解し、ふてくされる代わりにリアルポリティークに取り組む成熟度がオーストラリアには必要である。

ラメッシュ・タクールは、国連事務次長補を努め、現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長を務める。近著に「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」 (ルートレッジ社、2022年)がある。

INPS Japan

関連記事:

|オーストラリア|米英からの原潜供与協定が核の恐怖を引き起こす

原子力潜水艦: 核拡散への影響を低減するために

北東アジアの安定的平和の構築へ日本が担う不可欠な役割

|アフガニスタン|「危機的」レベルの食料不安が人口の半数以上を襲う

【ニューヨークIDN=ラドワン・ジャキ―ム】

長年にわたる紛争と慢性的な貧困、気候変動由来の災害や新型コロナの蔓延、さらに今年8月の米軍撤退後のタリバン政権に対する経済制裁により、全人口の2人に1人(55%)が深刻な人道危機に直面しているアフガニスタンの現状を報告した国連人道問題調整事務所 (OCHA)報告書の内容を概説した記事。アフガニスタンでは冬の間に2280万人が深刻な飢餓に直面、その内870万人が緊急事態の飢餓に陥ると推定されており、OCHAは、政治的目的を追求するために人道支援を利用する「条件付人道主義」について深刻な懸念を表明している。(原文へ)

INPS Japan

関連記事:

|アフガニスタン|米国がもたらした戦争、腐敗、貧困に終止符をうたなければならない

アパルトヘイト時代最後の大統領の密葬が行われる

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

アパルトヘイトを終わらせ、ネルソンマンデラ氏の大統領就任につながった1994年の複数政党制による選挙を実現した功績でノーベル平和賞をマンデラ氏と共に受賞したフレデリック・W・デクラーク氏(85)が11日に癌のため逝去した。昨年まで、アパルトヘイトは人道に対する犯罪ではないと主張するなど、近年はアパルトヘイトの擁護者とみなされていたが、亡くなった数時間後に公開された映像の中で、アパルトヘイトが有色人種の人々に与えた痛み、傷、侮辱、損害について無条件で謝罪すると述べていた。(原文へ

INPS Japan

関連記事:

アフリカでポリオ根絶宣言―歴史的達成

国連事務総長、誤った議論や嘘を正すべきと熱心に訴える

|アフリカ|いかに効率的なコミュニケーションが域内貿易促進に資するか

【ニューヨークIDN=モシュ・マツェナ】

世界貿易機関(WTO)創設以来最大の自由貿易協定(13億人・3.4兆ドル市場)といわれる、アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)協定が運用を開始して10か月。AfCFTAという自由貿易圏のメリットを最大化していくために克服すべき諸課題を指摘するとともに、植民地支配からの経済構造から脱し、グローバル経済に依存しすぎないアフリカを実現していくための処方箋を提案したモシュ・マセナ(南アビジネスコンサルタント)による視点。(原文へ

INPS Japan

関連記事:

アフリカ自由貿易地域が人々を極度の貧困から救い成長を加速する

|アフリカ|急成長するデジタル経済の世界に加わりつつある

|気候変動|この危機がSDGsの達成にどう影響する?(フェルナンド・ロザレス「サウスセンター」持続可能な開発・気候変動プログラムのコーディネーター)

【ジュネーブIDN=フェルナンド・ロザレス】

2015年に採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、人類が今日直面している最も重大な諸問題に対処するための多数の国々のコンセンサスを表している。17の目標は多くの次元を持ち、互いに結びついている。同時に、気候変動危機は人類の生命そのものへの最も深刻な脅威であり、この30年でより悪化している。他方で、SDGsの第13目標は「気候関連アクション」に特に関連しており、気候危機はその他多くのSDGsの達成に影響を与える可能性が高いとみられる。

40年以上前、国際社会は、第1回世界気候会議において、科学的知見を基にして、「地球に対する人類の活動が拡大し続ければ、気候が地域的に、さらには世界全体で変化する可能性に対する重大な懸念」を表明した。それ以降、こうした懸念や気候問題は世界で拡大しつづけ、国際社会は1992年の地球サミットで「国連気候変動枠組み条約」(UNFCCC)を採択した。

UNFCCCは、先進国および途上国の責任を条項化して、国際協力の基本原則を打ち立てた。歴史的に見れば、世界の人口のわずか2割しか占めていない先進国が、世界の温暖効果ガス排出のおよそ7割の責任を負っている。UNFCCCは、過去および現在の温室効果ガスの排出は先進国を原因としていることを認識している。従って、先進国はこの責任を引き受け、気候変動との闘いを主導し、条約上の義務を遵守する途上国の取り組みを資金面で支援するなど、途上国支援を行うべきことが期待されている。

この条約は次に2015年のパリ協定につながった。同協定は「産業革命前からの世界の平均気温上昇を『2度未満』に抑える。加えて平均気温上昇『1.5度未満』を目指す」との世界的な目標を打ち立て、「こうした活動が気候変動のリスクと影響を相当程度に減ずると認識する」とした。それ以降、上記の目標を達成するための国別目標である「国が決定する貢献」(NDCs)を各国は採択した。パリ協定では、NDCsは5年ごとに検討され、毎回より高い目標を設定することが望まれている。

このように進歩してきた国際協力でも、気候危機に対抗するには不十分だ。地球温暖化は前例のないペースで進んでいる。気候変動に関する最新のIPCC報告書(2021年8月)は、今後30年間で気温が1.5度上昇する5つのシナリオを示している。この科学的機関の分析によれば、5つのシナリオすべてにおいて、今後20年間(2021~2040)のうちに1.5度気温が上昇してしまうという。

credit: IPCC Sixth Assessment Report

残念なことに、地球の気温が上昇すれば必ず人間の生活に悪影響を及ぼす。IPCCの2018年報告書によれば、気候変動は人間の生活のほぼすべてに悪影響を与えているという。例えば、マラリヤやデング熱のように病原媒介生物による疾患が増えるであろうことからも、健康への影響があることがわかる。熱波がより頻発するようになり干ばつや洪水を引き起こし、農業がさらに難しくなり、作物の収穫量が減り、食料不足を引き起こす。

海水面の上昇は、今後数十年で水面下に沈んでしまうかもしれない沿岸地帯の人々に明らかに影響を及ぼす。小島嶼国はこの点で特に脆弱である。北極の夏は既にほぼ氷がない状態に近づきつつある。いったんその状態になるとそれは毎年続くことになるが、この状態は過去200万年の間、起こったことがない。虫や植物、脊椎動物の多くの種が絶滅の危機に立たされるだろう。もし2度上昇に達することがあれば、事態はより深刻になる。

状況はあまり芳しいものではない。2020年は既に、史上3番目に暑い年だった。地球の平均気温は産業化前の段階より1.2度高く、この気温だけでも、西ヨーロッパや日本、中国で洪水が起こり、イラクで干ばつが起き、北米・南米・オーストラリアなどで熱波や山火事などが発生している。2021年5月、世界気象機関(WMO)は、今後5年のうちに産業革命前からの世界の平均気温が1.5度上昇する可能性は40%だと警告している。

UNFCCCの第26回締約国会議(COP26)はこのような状況の下で10月31日から11月12日まで開かれる。この会合に期待される大きな成果は、より野心的なNDCsで2030年までに1.5度以内を達成するという大きな目標であり、「適応に関するグローバル目標」、気候変動ファイナンスに関する新たな集合的数値目標(2025年以後)、パリ協定の実施指針(ルールブック)における未決定要素である第6条(市場メカニズム)について合意といったことである。

これらの問題は、途上国にとって極めて重大な意味を持つ。気候変動への闘いにおいて途上国が貢献することを可能にする重要な問題の1つは、気候変動ファイナンスだ。途上国の各政府は、それぞれの社会経済的なニーズや増加する対外債務に悩まされている。コロナ禍がさらに状況を難しいものにしている。

適切な履行手段がなければ、これらの国々はパリ協定の目標を達成できないかもしれない。国際社会、とりわけ先進国は、自らの国際公約の実行と並んで、途上国による気候変動対応を支援する決定的な行動をとることを考えなくてはならない。

1つだけ明白なことは、もし人類が気候危機を止めることができないならば、SDGsの多くを2030年までの枠内で達成することは極めて困難だということだ。既に説明したように、人々の健康状態が影響を受けるだけではなく、食料安全保障や清潔な水の入手、衛生面での影響もある。気候変動はまた不平等を加速する。環境危機において最も被害を受けやすいのは社会的弱者だからだ。

私たちは、COP26において、全ての当事者、とりわけ先進国が、気候危機への実際的な解決策を見つけるという見通しの下に、途上国のニーズと利益を考慮に入れるよう期待している。(原文へ

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

関連記事:

ウガンダの環境活動家らが全長900マイルのパイプライン計画への反対で投獄

|視点|「人類が直面している安保上の問題は気候変動と重度の病気:世界の指導者たちよ、立ち上がれ」(ジョサイア・V・バイニマラマ フィジー共和国首相)

国連が気候危機と核の脅威のネクサス(関連性)による差し迫った脅威を警告

地球を救うために、私たちは牛と車とどちらを残すべきか

【ブラワヨIDN=ブサニ・バファナ】

膨大な温室効果ガス(牛のゲップ由来のメタンガス)を排出するとして、先進国では畜肉に代わる植物由来の代替肉の使用を推奨する動きや、なかには極論として「地球を救うには、牛と車とどちらをキープするか?」という議論さえされるようになっている。先進国の工業的牧畜業の弊害に対処する必要性は強く支持しつつも、畜産そのものを一括して「悪」とする風潮に警鐘を鳴らした報告書「 Are livestock always bad for the planet(家畜は常に地球にとって悪しきものなのか?) 」の著者とのインタビュー記事。COP26直前に報告書を発表した著者は、先進国視点に偏った「畜産をひとまとめにして悪とする論議」には、他の穀物生産が不可能で牧畜が地域住民にとって唯一の収入・栄養源となっている地域が世界各地に存在することや、生物多様性の保護、山火事の低減につながっている側面などが無視されている、と指摘している。(原文へ

INPS Japan

関連記事:

|視点|政治はタイタニック号の旅を楽しみ、かくて地球は破壊される(ロベルト・サビオINPS評議員、Other News代表)(後編)

|南スーダン|勝ち取った平和を牛問題がおびやかす

|COP26|歌や踊りや反乱で世界は救えるか

【ニューヨークIDN=メディア・ベンジャミン、 ニコラス・デイヴィス 】

気候活動家等の抗議活動の背景にある、地球を危機的な状況に追い込んでいる政治・経済システムの問題点と、「待ったなしの」抗議活動を展開している市民社会の主張を解説したメディア・ベンジャミン、ニコラス・デイヴィス氏による視点。国連気候変動枠組条約締約国会議はこれまでに26回の協議を重ねてきたが、既に世界の気温は1.2度上昇し、エネルギーをクリーンで再生可能ものに転換する技術が既に存在し、多数の雇用を生み出すことが分かっているにも関わらず、政治的意思の欠如から温暖化抑制に向けた効果的なアクションはとられていない。しかも、単独組織としては最も温室効果ガスを排出している「米軍」をはじめ、軍事活動からの排出は国家の排出量にカウントされず報告する必要もないため、気候変動の進行状況に関して世界で最も信頼される「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」でさえ、軍事部門からの排出は今でも計算に含まれていない。(原文へ

INPS Japan

関連記事:

|国連報告書|地球の生態系は危機的状況にある

|アフガニスタン|米国がもたらした戦争、腐敗、貧困に終止符をうたなければならない

国連のYouth4Disarmamentが「10億の平和の行為」特別賞に選ばれる