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|視点|スリランカの危機から学ぶべき教訓(ラム・プニヤーニ 元インド工科大学教授、社会活動家、コメンテーター)

【ニューデリーIDN=ラム・プニヤーニ】

スリランカ危機は、同国の市民、近隣諸国、そして世界を揺るがしている。あるレベルでは人道的危機、別のレベルでは独裁的な差別政策が市民、特に労働者、タミル人、イスラム教徒の少数派、一般市民に影響を与えていることがわかる。

何千人もの人々が大統領官邸を取り囲んで占拠し、ラニル・ウィクラマシンハ首相の私邸に放火している光景は、実に恐ろしいものだ。食料、ガソリン、医薬品の不足は、この島国の人々に計り知れない悲惨な事態をもたらしている。

Map of Sri Lanka
Map of Sri Lanka

スリランカの政治は、大統領に強大な権限を与える傾向にあり、独裁が政権の全体的な方向性であった。その独裁的な性質は、過去数十年間続いており、歴代大統領たちは、経済の基盤を破壊するような経済措置をとってきた。

マッタラ・ラジャパクサ国際空港のような気まぐれなメガプロジェクトとは別に、特に贅沢品の自由輸入と無謀な民営化政策が、ほとんど役に立たず、国庫を枯渇させた主要な要因であった。

スリランカ政府はまた、農業の全面的な有機化を強調するあまり無謀にも科学肥料の輸入禁止に踏み切るなど、食糧生産を大幅に低下させ深刻な食糧危機を招いた。

このような経済的な誤算は、一人の人間(あるいは一族の組み合わせ)が気まぐれに物事を決めるという独裁的な政権の性質と大いに関係がある。このような独裁政治の台頭は、タミル人(ヒンズー教徒)、イスラム教徒、キリスト教徒といった少数民族を抑圧し、疎外する政策を並行して行ってきたこととも大いに関係がある。

この国はインドと密接な関係にあり、アショーカ王が息子のマヒンダと娘のサンガミッタを派遣し、如来蔵王が提唱した価値観を広めたのもこの国である。また、多くのタミル人(ほとんどがヒンズー教徒)が農園労働者として、あるいは貿易関係で移住してきたのもこの地である。先住民のシンハラ人が仏教徒であるのに対し、タミル人のヒンズー教徒は12.99%と非常に多く、次いでイスラム教徒(9.7%)、キリスト教徒(1.3%)が多い。

スリランカは植民地支配から独立した国であることから、とりわけ宗教ごとに国民を分断統治した英国の政策により、民族のアイデンティティが強調される傾向にある。シンハラ仏教徒らは自らを「先住者」であると主張し、権利の優位性を持っていた。ヒンズー教徒(タミル人)は部外者、「非原住民」として紹介され、そのため何の権利も得られないとされた。

スリランカ出身の学者・活動家であるロヒニ・ヘンスマンは、「主要政党が主張する民族的・宗教的分裂の根源について包括的に説明しており、やがてこれが、特にマヒンドラ・ ラジャパクサとゴタバヤの反人民的・独裁的政権を生み出すに至ったのです。」と語った。(ロヒニ・ヘンスマン、悪夢の終わり、2022年6月13日、New Left Review)。

1948年の独立後、スリランカの二大政党は、18世紀に英国人によってインドから強制移住させられた100万人以上のタミル人から、選挙権と市民権を奪うことに合意した。ヘンスマンは、「この政策は、既に貧困にあえぎ、さんざん搾取されてきたタミル人労働者に、大多数のシンハラ人市民でさえ提出が困難であろうスリランカの祖先を証明する書類を提出するよう要求するという、明らかに差別的なものだった。」と指摘している。

ヘスマンは、自身の幼少期の体験を振り返り、「1958年当時、タミル人を標的にしたシンハラ人の一団がたむろしていたため、私の一家はコロンボ近郊の自宅を後にしなければならなかった。私の父親はタミル人だったからだ。」と語った。

Official Photographic Portrait of fourth Prime Minister of Ceylon (Sri Lanka),Hon S.W.R.D.Bandaranayaka-served from 1956 to until his assassination in 1959, Public Domain
Official Photographic Portrait of fourth Prime Minister of Ceylon (Sri Lanka),Hon S.W.R.D.Bandaranayaka-served from 1956 to until his assassination in 1959, Public Domain

1956年、ソロモン・バンダラナイケがシンハラ語を唯一の国語とすることを公約して政権を掌握した。これに対してタミル語を主要言語とするタミル人は反対運動を起こした。一方、右派シンハラ人組織の過激派僧侶が、タミル人弾圧が十分でないとしてバンダラナイケ首相を殺害した。すると未亡人のシリマヴォ・バンダラナイケが夫の後を継いて女性初の首相となり、インドのラール・バハドウール・シャーストリ首相と交渉して、50万人のタミル人をインドに送還する条約を結んだ。

1972年、新憲法が制定されシンハラ語が唯一の公用語となった。この憲法はまた、仏教に特別な地位を与えた。一方で、少数民族の権利の保護は廃止された。

その後、1972年と75年には、プランテーションの国有化という名目で、タミル人は生計を奪われ、飢餓にさらされるようになった。政権は徐々に右傾化し、表現の自由や民主的な権利は潰された。2005年にマヒンダ・ラジャパクサが政権を取ると、タミル人に対する攻撃が増え、政府の批判者が死の部隊の標的になった。

こうした露骨なシンハラ人優遇政策に対し、タミル系諸政党が設立したタミル統一解放戦線(TULF)は、タミル人の独立国家「タミル・イーラム」の創設を訴えた。また、そのために結成されたのが、タミル・イーラム解放の虎(LTTE)を代表とする過激派組織である。タミル人の不満がピークに達すると、LTTEはテロ活動を活発化して事態を悪化させた。

TTE leaders at Sirumalai camp, India in 1984 while they are being trained by RAW (from L to R, weapon carrying is included within brackets) - Lingam; Prabhakaran's bodyguard (Hungarian AK), Batticaloa commander Aruna (Berreta SMG), LTTE founder-leader Prabhakaran (pistol), Trincomalee commander Pulendran (AK-47), Mannar commander Victor (M203) and Chief of Intelligence Pottu Amman (M 16)./ By http://sundaytimes.lk/970119/plus4.html, Fair use
TTE leaders at Sirumalai camp, India in 1984 while they are being trained by RAW (from L to R, weapon carrying is included within brackets) – Lingam; Prabhakaran’s bodyguard (Hungarian AK), Batticaloa commander Aruna (Berreta SMG), LTTE founder-leader Prabhakaran (pistol), Trincomalee commander Pulendran (AK-47), Mannar commander Victor (M203) and Chief of Intelligence Pottu Amman (M 16)./ By http://sundaytimes.lk/970119/plus4.html, Fair use

タミル人に対する戦争が開始され、国連の推計によると、4万人の市民が命を落とした。LTTEが民間人を盾にしたことと、当時の国防長官ゴタバヤ・ラジャパクサが病院や安全地帯を含む民間人の標的を爆撃するように要求したことである。ラジャパクサ家はまた、LTTEと戦うためにイスラム過激派に資金を提供し、彼らは過激化したという信頼できる情報があるにもかかわらず、情報提供者として政府が雇用していた・・・その信頼性への最後の一撃は、2019年のキリスト教の復活祭に発生した「スリランカ連続爆破テロ事件」で、国中で269人が死亡した。結局、この爆弾テロは、ラジャパクサ家が資金援助していたイスラム過激派勢力によって行われたことが判明した。

ボドゥ・バラ・セーナのような仏教右翼団体が先兵の役割を果たし、シンハラ人大衆はラジャパクサ家の政策を全面的に支持していた。しかしLTTEが消滅すると、新たな敵はイスラム教徒になった。国が支援する仏教僧のグループが、少数派のイスラム教徒を標的にするようになった。経済が低迷し、民主的な保護措置もないまま、政権は大衆の経済的な苦しみに対応できなくなった。強引な政策決定がこの国を破滅に追いやった。社会の大部分の人々の不満が高まり、現在のような恐ろしい事件が起こった。

Photo: Antan0, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
Photo: Antan0, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

この悲惨な統治スタイルから何を学ぶことができるだろうか。宗派間の対立の激化、「多数派宗教の危機感を煽る」(この場合は仏教)宣伝、少数派の人々を疎外する政策、数人の独裁者への権力集中があったことは、誰の目にも明らかである。独裁者(個人や仲間達)は、自分がすべてを知っていると考え、国家を破滅させ、民族間の対立を激化させるような決定を下す。(原文へ

INPS Japan

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NPT再検討会議に寄せて―「核兵器の先制不使用」の確立に向けての緊急提案(池田大作創価学会インタナショナル会長)

【東京IDN=池田大作】

広島と長崎への原爆投下から、まもなく77年を迎える。

しかし、いまだ核廃絶に向けた本格的な軍縮が進んでいないばかりか、核兵器が再び使用されかねないリスクが、冷戦後で最も危険なレベルにまで高まっている。核兵器に対し、“決して使用してはならない兵器”として明確に歯止めをかけることが、まさに喫緊の課題となっているのだ。

本年1月3日、核兵器国であるアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の首脳は、「核戦争の防止と軍拡競争の回避に関する共同声明」を発表していた。

そこでは「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との精神が確認されていたが、世界の亀裂が深まった現在の情勢においても、“核戦争に対する自制”という一点については決して踏みにじる意思はないことを、すべての核兵器国が改めて表明すべきだ。

その上で、核兵器の使用という“破滅的な大惨事を引き起こす信管”を、現在の危機から取り除くとともに、核兵器による威嚇が今後の紛争で行われないようにするために、早急に対策を講じることが求められる。

そこで私は、国連で8月1日から行われる核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議で、以下の内容を最終文書に盛り込むことを、緊急提案として呼びかけたい。

一、1月の共同声明について核兵器国の5カ国が今後も遵守することを誓約し、NPT第6条の核軍縮義務を履行するための一環として直ちに核兵器のリスクを低減させる措置を進めること。

一、その最優先の課題として、「核兵器の先制不使用」の原則について、核兵器国の5カ国が速やかに明確な誓約を行うこと。

一、 共同声明に掲げられた“互いの国を核兵器の標的とせず、また、いかなる国も標的にしない”との方針を確固たるものにするため、先制不使用の原則に関し、すべての核保有国や核依存国の安全保障政策として普遍化を目指すこと。

NPTの枠組みに基づいて最優先で取り組むべき課題として、特に「核兵器の先制不使用」を挙げたことには理由がある。

「核戦争の防止」を追求するといっても、従来のような核抑止政策を維持したままでは、一時的にリスクを低減できたとしても、核の脅威が対峙する構造そのものは残されてしまうからだ。

実際、「核兵器の先制不使用」への方針転換が世界の安全保障環境の改善にもたらす効果には、きわめて大きいものがある。

2年前(2020年6月)に、中国とインドが係争地で武力衝突した時、数十名に上る犠牲者が出る状況に陥りながらも、両国が以前から「核兵器の先制不使用」の方針を示していたことが安定剤として機能し、危機のエスカレートが未然に防がれたという事例もある。

この方針が地球的な規模で定着していけば、核兵器は“決して使用されてはならない兵器”との規範意識が強まり、核軍拡を続ける誘因の減少につながるだけでなく、核の脅威の高まりが新たに核保有を求める国を生むという核拡散という悪循環、負の連鎖を断ち切ることにもつながっていくはずだ。

その上で私は、この方針転換がもたらす影響は、安全保障面での「ポジティブな循環」だけにとどまらないことを強調したい。

世界に緊張と分断をもたらしてきた“核の脅威による対峙”の構造を取り除くことで、核軍拡競争に費やされている資金を人道目的に向けていくことが可能となり、新型コロナのパンデミックや気候変動問題をはじめ、さまざまな脅威にさらされている大勢の人々の生命と生活と尊厳を守るための道が大きく開かれるに違いないと確信するからだ。

8月のNPT再検討会議という絶好の機会を逃すことなく、核兵器国による「核兵器の先制不使用」の原則の確立と、その原則への全締約国による支持、非核兵器国に対して核兵器を使用しないという「消極的安全保障」を最終文書に盛り込むことで、安全保障のパラダイム転換を促す出発点としていくことを強く呼びかけたい。

東洋の箴言に、「人の地によって倒れたる者の、返って地をおさえて起つがごとし」とある。危機を危機だけで終わらせず、そこから立ち上がって新たな時代を切り開くことに、人間の真価はあるといえよう。

NPTの目的は、核の脅威が対峙し合う状況を“人類の逃れがたい運命”として固定することにはないはずだ。

自らの悲痛な体験を通して「核兵器による惨劇をどの国の人々にも引き起こしてはならない」と訴え続けてきた、広島と長崎の被爆者や、核実験と核開発に伴う世界のヒバクシャの声と思いを、同じ地球に生きる人間としてどう受け止め、そこからどう学んでいくのかが、今まさに問われていると思えてならない。

これまでの核抑止政策の主眼は、核兵器の使用をいかに“他国”に思いとどまらせるかにあり、それが核軍拡競争を広げてきた。

その状況から一歩を踏み出して、“他国”の核兵器の脅威に向けてきた厳しい眼差しを、“自国”の核政策がはらむ危険性にも向け直していく必要がある。すべての国が核戦争の防止と核リスクの抜本的低減のために、どのような貢献を為しうるかについて真摯に検討を進めることを呼びかけたい。

その重要な柱となるものこそ、「核兵器の先制不使用」の原則の確立ではないだろうか。(原文へ

翻訳=INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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ソマリアの著名な陸上競技選手が英国で奴隷にされた過去を伝えるドキュメンタリー

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

ソマリア生まれの陸上走者モハメド・アブディ・ジャマ・ファラー(通称モー・ファラー)は、オリンピックと世界選手権で連続して長距離ダブルスを制した史上2人目の男性で、10個の金メダル(4つのオリンピックと6つの世界選手権タイトル)を獲得している。

しかし、彼はそれ以上のものを手に入れた。ファラーは、子どもの頃に人身売買で英国に不法入国をさせられ、他の子どもたちの世話をすることを余儀なくされた過去を告白する場を勝ち取ったのだ。

BBCとレッドブル・スタジオが制作した新しいドキュメンタリーで、ファラーは9歳の時に児童売買で家族と引き離され、隣国のジブチから偽造渡航文書で渡英させられ、その際に名前もフセイン・アブディ・カヒンから現在の名に変えられたことを明かしている。

ファラーは、「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ大陸東端のソマリランド(1991年にソマリアから一方的な独立を宣言した国)で生まれた。

アフリカを離れるとき、ファラーは欧州に行って親戚のところに住むのだと思い、連絡先を書いた紙を持っていた。しかし、その女性は英国に到着後、彼の書類を破り捨て、ロンドン西部にある自宅のアパートに彼を連れて行き、食事と引換えに家事や彼女の子供の世話を強要したという。

ファラーは12歳になってようやく学校に通うことが許され、それから英国での運命が変わったという。このドキュメンタリーでインタビューに応じた教師は、「当時のファラーは家庭ではまともに面倒を見てもらえず、『感情的にも文化的にも疎外され』ていたようで、英語もほとんど話せなかった。」と回想している。

ファラーは、やがて体育の教師に自分の身の上を打ち明けた。その先生は、地元の役人に連絡し、ソマリア人の家族に里親として引き取ってもらうことになった。彼はまもなく陸上競技の世界で才能を開花させた。

現代の奴隷制度は、密室で行われ、被害者にトラウマを与えるため、しばしば隠蔽される犯罪である。

モガディシュを拠点とする子どもの権利擁護団体「ピースライン」を運営するアーメド・ディニ氏は、ファラーの悲惨な子ども時代を憂いて、「児童売買が横行する背景には、貧困、教育機会の欠如、治安の悪さなど、多くの要因があることが 明らかになってきています。」と語った。(原文へ

INPS Japan

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アレクサンダー・クメント核兵器禁止条約第1回締約国会議 議長インタビュー

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この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=樹下 智 】

――歴史的な第1回締約国会議には、49カ国・地域の締約国が参加しました。まず、その成果についてお聞かせください。 

最大の成果は、最終日に、核なき世界を目指す「ウィーン宣言」と、50項目からなる「行動計画」を採択できたことです。
多国間で合意された核軍縮に関する文書で、これ以上に強力なものは今までなかったと思います。これほど多くの国が、核兵器の脅威を訴え、(保有国による核兵器の維持・近代化・改良・増産など)現在の誤った方向性を批判し、核兵器を全面禁止することを強く支持したわけですから。(原文へ 

「行動計画」では、締約国が今後どう行動していくのか、核禁条約がどう運用されていくのか、具体的に合意することができました。核禁条約に懐疑的な国は、会議がこれほど「実質的」になるとは思っていなかったでしょう。締約国がいかに真剣なのかを示すことが、極めて重要でした。
また、核兵器がもたらす人道的影響とリスクに、もう一度、焦点を戻せたことも大きな成果でした。2017年に核禁条約が採択された後、懐疑的な国々は、条約そのものへの批判を強めました。その結果、条約に効果があるのかどうかという議論になり、核兵器の非人道性という重要な問題から、焦点が外れてしまったのです。
こうした状況を踏まえて、オーストリア政府は、締約国会議の前日に、第4回「核兵器の人道的影響に関する国際会議」(非人道性会議)を主催しました。核兵器が保有国だけの問題ではなく、人類全体が直面する人道的な問題であることを、再度、示したかったからです。
核兵器の非人道性という根拠をもとに、これまで議論に加われなかった国々が、強い意思を表明できたのは、締約国会議の成果といえるでしょう。

――「ウィーン宣言」には、核の使用、または核による威嚇は、国連憲章を含む国際法に違反するものであり、「あらゆる核の脅威を明確に非難する」と記されています。核保有国とともに、核抑止力に頼る国々にも懸念を示していますが、こうした核禁条約に加わろうとしない国々を、締約国はどう説得していくつもりなのでしょうか。 

時間はかかるかもしれませんが、「議論の力」に依拠するしかありません。私たちの議論には、核兵器がもたらす人道的影響とリスクという否定しがたい事実、つまり強い根拠があります。これは、(対立する国々が核兵器を保有することで、互いに核の使用を思いとどまるという)核抑止論の有効性と正当性に疑問を呈するものです。多くの人々が共感するこの点を、強く訴えていきたい。
今後、核兵器をさらに拡散させるのか、それとも人々の心が変わり、安全保障のパラダイム(枠組み)を変化させ、人類の生存に対する脅威である核兵器を廃絶するために真剣に努力するのか――。どちらの未来を選択するか、激しい論争が起こることでしょう。
核戦力は増加傾向にあり、核による威嚇が現実となるなど、核軍縮は全く逆方向に進んでいます。ゆえに、各国の条約への関心は高まるはずです。もちろん批准を強要することはできませんが、議論を重ねていくならば、より多くの国が核禁条約を批准することになると私は信じています。 

――今回、核禁条約を批准していない30カ国以上がオブザーバーとして締約国会議に参加。その中には、核抑止力に依存するNATO(北大西洋条約機構)加盟国の姿もありました。 

核禁条約に〝懐疑的〟な国が参加したことは、一つの成果でした。参加することが容易な国、難しい国、さまざまな状況があったと思います。政治的に複雑な状況があることも理解しています。
しかし、多国間システムが危機的状況に陥り、全てが間違った方向に進んでいる今、国際法の順守を促し、多国間システムを強化するために議論することは、悪いことなのでしょうか。「核なき世界」を標榜するなら、せめて議論には参加するべきではないでしょうか。
姿を現さなかった国々は、第1回締約国会議が終わった今、第2回会議(明年11月27日から12月1日に開催予定)に向けて、なぜ参加しないのかを説明する責任がさらに増したと考えます。
核保有国、そして核抑止に依存する国々が、核禁条約を批准する見通しは今のところありません。こうした国々が条約に加わることが私たちの最終目標ですが、今、優先すべきなのは、より多くの国が条約を批准し、核軍縮を一歩でも前進させるための、国際的な圧力を強めていくことです。
例えば、核兵器は違法であると大多数の国で認識されれば、核兵器関連企業への投資も減ります。核保有国である国連安保理常任理事国も、国際社会の大多数が違法と見なす行動を取りづらくなるはずです。

――核禁条約・締約国会議の初代議長として、一番苦労したことは何でしょうか。 

生まれたばかりの条約ですから、入念な準備が必要でした。会議のやり方を最初に間違えると、後で修正するのが難しくなります。
核禁条約に懐疑的な国も多いため、細心の配慮で準備に当たり、どう会議を運営し、どういったメッセージを発信すれば、批判に対処できるのかに心を砕きました。非人道性会議を前日に開催したのも、こうした検討の結果でした。第1回会議を終えて、前例を作ることができましたので、これから続く締約国会議も、同じようなアプローチを取ることになるでしょう。
具体的な行動を伴う実質的な議論を行い、核兵器の非人道性とリスクに焦点を当て、懐疑的な国にも配慮と開放性を示し、核禁条約が核不拡散条約(NPT=注1)を補完するものであるという点を強調する。これらを通して、国際社会に強いメッセージを発信するため、準備を重ねました。
 「ウィーン宣言」と「行動計画」を採択できたことも大きな成果ですが、そこに至るまでの作業文書など、全てが充実した内容でした。市民社会の諸団体も積極的に参画してくれ、非常に感謝しています。 

――SGI(創価学会インタナショナル)も市民社会の一員として出席し、平和・軍縮教育に関する作業文書を提出し、宗教間共同声明を発表しました。また、第3回締約国会議の議長国に決まったカザフスタン共和国等と、核禁条約の第6条と第7条に定められた、「被害者への援助」「環境の修復」「国際協力・援助」に関する関連行事を共催しました。 

核禁条約を推進した有志国は、「人道イニシアチブ」(注2)を開始した時から一貫して、市民社会にパートナーとしての協力を要請してきました。核兵器を巡る議論が、より大きな観点からなされない限り、核軍縮は進まないという認識が、有志国にはあったからです。
 核兵器が軍事専門家の間だけで語られれば、核抑止の考えから抜け出すのは、ほぼ不可能です。国際法や倫理の観点を取り入れ、被爆者や核被害者、核兵器の人道的影響に懸念を示すコミュニティーや医学界、また、さまざまな世代を巻き込んで、あらゆる視点で議論を進めなければ、核兵器の廃絶は困難です。
倫理の問題として核廃絶を進める、FBO(信仰を基盤とする団体)の存在も極めて重要です。普段は核軍縮に興味がない人々に、倫理的な観点から、考える機会を提供できるわけですから。
対話を通して核廃絶を目指すアプローチは、長い時間がかかるものかもしれません。しかし、全ては対話によってしか達成されないのです。一回一回の対話を通し、「核なき世界」への道を、一歩一歩、前へと進んでいく。これこそが、核廃絶への直道です。
核禁条約は、「核兵器の人道的影響への懸念」という道徳的・倫理的な観点からも、そして安全保障の観点からも、核心を突いた議論に裏付けられたものだと、私は固く信じています。

(注1)米露英仏中の5カ国を「核兵器国」と定め、それ以外への核兵器の拡散を防止する条約。1970年に発効し、現在、191カ国・地域が加盟。第6条では、締約国が誠実に核軍縮交渉を行う義務を規定している。核禁条約の第1回締約国会議で採択された「ウィーン宣言」では、NPTとの補完性が再確認され、同条約の発効がNPT第6条の実施を前進させるものだと強調している。
(注2)人道的な観点から核兵器が人々に与える影響を考慮し、核兵器の廃絶を推進する運動、またはアプローチ。核兵器の使用は国境を越えた甚大な被害を及ぼすものであり、いかなる国や国際機関も人道支援が不可能なこと、そして、核兵器の使用はいかなる意味でも国際人道法に合致しないという、「人道イニシアチブ」の認識に基づき、核兵器禁止条約の交渉会議が行われ、採択に至った。

このインタビューは、2022年7月6日に聖教新聞に掲載されたものを、許可を得て再掲載しています。(聞き手=樹下 智)

アレクサンダー・クメント(Alexander Kmentt) オーストリア外務省軍縮局長。同国の欧州連合(EU)大使等を歴任し、現職。長年、核軍縮・不拡散の問題に取り組み、核禁条約採択への道を開いた「人道イニシアチブ」の主導者の一人とされる。第3回「核兵器の人道的影響に関する国際会議」(2014年、ウィーン)で中心的役割を担った。著書に『核兵器を禁止する条約』がある。
樹下 智(きのした さとし)は、聖教新聞外信部の記者。

INPS Japan

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オランダはいかにしてスレブレニツァ虐殺の責任を逃れたか―歴史書の失われた一章

【ウィーンIDN=オーロラ・ワイス

7月11日、第二次大戦時のユダヤ人虐殺以来欧州で最悪の虐殺事件と認定されているボスニア東部の街スレブレニツァに、虐殺27周年を記念するために数千人が集まった。8000人以上の愛する人々をセルビア人武装勢力によって殺害されたボシュニャク人が嘆き悲しむ中、オランダは虐殺に対する自らの責任を少しずつ消し去ろうとしている。スレブレニツァは、オランダの歴史の中の消えた1ページになろうとしている。

調査によれば、16歳から29歳までの若いオランダ人のうち7割以上がスレブレニツァ虐殺事件について知らないという。オランダの歴史書ではボシュニャク人の虐殺にオランダがいかに関与したかについて書かれていない。ボスニア人コミュニティは、オランダ教育制度に関する文献において、第二次世界大戦以後では最大の虐殺に関するより多くの情報を提供している。虐殺から27年、犠牲者の家族と生存者は毎年、自らの状況に目を向けてもらうことを求めている。彼らがオランダ政府に求めているのは、自らスレブレニツァの記念式典に足を運び、遺憾の意を表明することだ。

Map of Netherland
Map of Netherland

2019年、オランダ最高裁は、スレブレニツァでのボシュニャク人350人の死にオランダ政府が部分的に責任があるとする判決を下した。彼らは1995年、オランダ軍の管理下にあった国連安全地帯から追い出され、結果としてボスニアのセルビア人武装勢力によって殺害されることになったのである。

2014年、オランダ高等裁判所はオランダ政府には3割の罪があると判決を下したが、上告を受けた最高裁は過失割合をわずか1割にまで減じた。

2年前の「スレブレニツァ虐殺記念日」にマルク・ルッテ首相は、SNSなどのあらゆるメディアを使って配信された動画内でこの恐ろしい出来事への反省と後悔を表明した。しかし犠牲者記念の日である7月11日に確認したところ、その動画は削除されていた。

ルッテ首相は他方で、1992年から95年にかけてのボスニア戦争でスレブレニツァ防衛のために派遣されたオランダ人兵士数百人に対しては謝罪した。首相は、第三大隊が不十分な武力と人員によって東部ボスニアを守備するという「不可能な任務」を与えられたことを認めた。オランダは、国連はオランダ軍に十分な航空支援を行わず、軽武装のオランダ軍を見殺しにしたと一貫して主張してきた。

Male mourners at the reburial ceremony for an exhumed victim of the Srebrenica Massacre. Potocari, Bosnia and Herzegovina. July 11, 2007. / By Adam Jones Adam63 - Own work, CC BY-SA 3.0
Male mourners at the reburial ceremony for an exhumed victim of the Srebrenica Massacre. Potocari, Bosnia and Herzegovina. July 11, 2007. / By Adam Jones Adam63 – Own work, CC BY-SA 3.0

アルマ・ムスタフィック(41歳)は14歳の時に父と生き別れになった。それは彼女が最後に父親を見た時であった。彼女はオランダメディアに対して、オランダが虐殺の責任から目を背けていないことを示すために、代表団を派遣し教育を行うことが必要だと主張した。

「第二次世界大戦後に起きたこの大量虐殺について語ることで、ヨーロッパ大陸で再びこのようなことが起こらないようにすることができるのです。」とムスタフィックは語った。

しかし、この事件は、責任があるとされたオランダ人兵士にも影響を与えた。彼らの目の前で、ボシュニャク人の女性・子ども約3万人がわずか3日間で追放されたのである。数多くの女性や女児が強姦され、8372人の男性・男児が殺害された。

オランダ軍第三大隊の一員としてあの作戦に加わった退役軍人のリースベス・ボイケブームはオランダメディアに対して、「もし私が首相だったら、起きたことをもっと正直に認めるだろう。まずは認めることが必要だ。それでだいぶ変わる。しかし、オランダでは、自己反省をするのは大変だ。今も悩んでいる兵士を他にも知っている。私は、自分たちはもっとできることがあったのではないか、と思ったことは一度もない。どうすればよかったのか、自問自答する人は多いが、当時は手いっぱいだった。完全な混乱状態だったのだ。」と語った。

スレブレニツァ事件のためにオランダ内閣が総辞職

Exhumations in Srebrenica, 1996./ By Required text: "Photograph provided courtesy of the ICTY.", Attribution
Exhumations in Srebrenica, 1996./ By Required text: “Photograph provided courtesy of the ICTY.”, Attribution

民間人保護を任務としていた国連のオランダ軍大隊の目前で人々の殺害は行われた。スレブレニツァは、第二次世界大戦以来、欧州における最大の虐殺であった。その後も、科学捜査によってあらたに大規模な遺体の山が見つかっている。

スレブレニツァは、国際的な保護と平和維持をめぐって、オランダ政治で最も熱く論議された問題となった。2002年4月、政府が委託した包括的な「オランダ戦争資料研究所」(NIOD)報告が公開された。スレブレニツァ虐殺においてオランダが果たした役割に関する2002年のこの報告によって、当時の内閣は総辞職するに至った。

2011年、ハーグの最高裁は、大隊が民間人を保護することができなかったことから、犠牲者の家族にはオランダ政府に賠償を請求できる権利があると判示した。2015年、NIODは、スレブレニツァ陥落の状況をめぐって、政府からあらたな調査委託を受けた。

ボスニア戦争時のセルビア人勢力の指導者であったラドバン・カラジッチとその軍司令官ラトコ・ムラジッチはいずれも、国連がハーグに設置した特別戦争法廷によって、スレブレニツァ虐殺に加担した罪で有罪となった。この特別法廷とバルカンの諸法廷は全体として、スレブレニツァでの殺害の罪で50人近いセルビア系ボスニア人を有罪にし、懲役の総計は700年以上になった。

General Ratko Mladic (centre) arrives for UN-mediated talks at Sarajevo airport, June 1993. Photo by Mikhail Evstafiev/ By I, Evstafiev, CC BY-SA 3.0
General Ratko Mladic (centre) arrives for UN-mediated talks at Sarajevo airport, June 1993. Photo by Mikhail Evstafiev/ By I, Evstafiev, CC BY-SA 3.0

虐殺の目撃者であるハサン・ヌハノビッチはこう話す。7月13日、国連の兵士たちはパーティーをしていた。彼はスレブレニツァの虐殺を生き延び、他の生存者と犠牲者家族のために「真実と正義を求める」キャンペーンを開始していた。彼は『国連の旗の下で』という本を書いた。また、事件から10年以上経って、自身の家族の死の責任を求めてオランダを提訴し、勝訴を勝ち取った。

当時、オランダ大隊の通訳だったヌハノビッチは、スレブレニツァが陥落し、国連基地の責任ある立場の人々が町の救援のために行動を起こさず、民間人を保護しなかった様子を目撃した。彼は、国連の設定した安全地帯での保護を求めてポトチャリに約3万人もの難民が到着したのを目撃した。

彼は、どうすればこの民間人を救うことができるか数人の人たちと相談したが、国連保護軍(UNPROFOR)のトム・カレマンス司令官の理解を得ることができなかった。

セルビア勢力のムラジッチ司令官と面会し基地に戻ってきたオランダ大隊は、次の3日間にわたってすべての男性・男児を引き渡した。

人々は基地の近くでも殺害された。オランダ軍は死体を目撃していたし、16年後、同軍の退役軍人たちは、ポトチャリの「国連安全地帯」の内部ですら死体を埋めたと証言した。

ハサン・ヌハノビッチは、オランダ軍の将官たちが兵士に向かって、屋外ではライフルを携帯するな、防弾チョッキを着るな、ヘルメットをかぶるなと命令していたと証言するひとりである。

虐殺へのオランダの加担について扱った報道でヌハノビッチは、「内側にいて、チェトニク人(セルビア人)の手に市民を引き渡していた人々は完全武装をしていた。したがって、オランダ軍は、武器でもって安全地帯から市民を追い出したということだ」と強調した。彼にとって、UNPROFORの役割と罪を分ける境界線、すなわち、オランダと虐殺の遂行者の責任を分ける境界線はきわめて薄く、脆弱なものだ。

オランダ軍が、ハサンの両親や弟も含めたすべての市民をセルビア人に引き渡した時、基地に残っていたボシュニャク人は29人だった。そのほとんどが国際機関で働いていた者たちだった。

「難民を追い出した7月13日の夜、国連の兵士たちはパーティーを開いた。彼らは音楽を楽しみ、ビールを飲んだ。」これを自分の目で目撃したハサンは衝撃を受けた。

報道に登場したハサンは、セルビア兵が発砲する音が聞こえたと証言した。その時点でまだほとんどの男性たちは殺されておらず、まだ救援することが可能だった。真実を追い求め、全ての責任者を司法の手にかけることに全人生をかけるとハサンが誓ったのはこのためだ。

セルビア勢力のムラジッチ司令官と国連保護軍のカレマンス司令官の間では「私はピアニストだ。ピアニストを撃つな」という会話が交わされたという。千の言葉よりも数枚の写真が多くを物語る。1995年7月11日に国連「安全地帯」が陥落した直後、ムラジッチ司令官がスレブレニツァ平和維持軍のオランダ人司令官とワインをすすっている様子をとらえた写真は、そうした歴史的証拠の一枚である。

Thom Karremans/ By Ministerie van Defensie
Thom Karremans/ By Ministerie van Defensie

スレブレニツァのカレマンス司令官は、セルビア系ボスニア人が安全地帯に侵入するのを防ぐ最終手段として短い射撃を行ったことをムラジッチ司令官に詫びた。カレマンスは自身を、他人が書いた楽譜で演奏する謙虚な「ピアニスト」に過ぎないと語った。

「私はピアニストだ。ピアニストを撃たないでくれ」とこのオランダ人司令官は訴えた。会話の雰囲気を和ませようとしたようだ、と証言者は語る。

カレマンスにタバコと酒を渡す前に、ムラジッチは「あなたは悪いピアニストだ」と応じた。

虐殺への加担をめぐる法廷の審理において、カレマンスは、スレブレニツァのオランダ平和維持大隊の司令官に任命されたとき、相当な個人的・心理的プレッシャーの下にあった、と認定されている。彼の上官であるハンス・コージー将軍によると、カレマンスは不愉快な離婚調停の最中にあり、自身の軍務に集中できていなかったという。

カレマンスはスレブレニツァに関する決定のほとんどを副官であるロバート・フランケン少佐に委ねてきた。昨年、オランダの控訴審は、カレマンスもフランケンも、遅くとも7月13日の午後までには、少なくとも一部の民間人をセルビア人が殺害したと信じるに足る根拠があったと認定した。

フランケン退役中佐は、セルビア軍がUNPROFORのメンバーに、スレブレニツァからの亡命者を乗せた輸送隊に同行することを禁じたことについても述懐した。それから数日、フランケンは国連の代表として、「ボシュニャク人の民間人は自発的に[安全地帯を]離れたとスルプスカ共和国軍が記した文書に署名した。」

控訴審の判決は、オランダ大隊の司令部が、保護下にある者が「身体的な脅威」に晒されるようなことがある場合はどこにも「送ってはならない」とするオランダ国防省からの命令に違反していたと述べた。また、カレマンスの上官が「保護下にある難民と民間人を守るあらゆる可能な手立てを取れ」と命ずるファックスが7月11日に送られていたことにも言及した。

一方で、カナダ部隊は軍事作戦「嵐」において(オランダ軍とは)別の行動をとり、セルビアの民間人を保護した。

Prikaz Tabuta prije ukopa poginulih civila./ By Juniki San - Own work, CC BY-SA 3.0
Prikaz Tabuta prije ukopa poginulih civila./ By Juniki San – Own work, CC BY-SA 3.0

同じような状況に直面した他の国連部隊がどのように別の行動をとったかを見れば、本質が見えてくるだろう。スレブレニツァの事件の翌月である1995年8月、クロアチア軍が「嵐」作戦によってセルビア支配地域を解放した後、約700人のセルビア人たちがクニン(クロアチア)の国連軍基地に保護を求めてきた。クロアチアの軍人たちは、戦争犯罪の疑いでこの難民たちを「捜査」するよう要求した。ラトコ・ムラジッチがスレブレニツァで行ったのと同じ主張だ。しかし、カナダ平和維持軍の司令官であるアラン・フォランド将軍はこのクロアチア人の要求を拒絶した。

ハーグ法廷では、もしこのカナダの平和維持軍が、クニンの難民を戦争犯罪の容疑で調査するためにクロアチア人の「恣意的な逮捕あるいは収監」に委ねていたとしたら、「国連憲章違反」に問われたであろうと判示した。(原文へ

INPS Japan

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|視点|核兵器禁止条約締約国会議へのわが国のオブザーバー参加の必要性と核廃絶への今後の課題(浜田昌良 公明党核廃絶推進委員長)

核兵器の全面禁止を定めた核兵器禁止条約(TPNW=核禁条約)の第1回締約国会議(1MSP)が6月21日から23日までオーストリアのウィーンで開催された。日本政府は同会議へのオブザーバー参加を見送ったが、この会議に先立って開催された第4回「核の人道的影響に関する会議」並びにICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)主催の「世界国会議員会合」にオブザーバー参加した浜田昌良・公明党核廃絶推進委員長に日本政府が今後検討すべき課題についてご寄稿頂いた。

【東京INPS/IDN=浜田昌良】

日本はオブザーバー参加を見送りましたが、ロシアの核の威嚇を背景として、ドイツ、オランダ、ノルウェー、ベルギ―といった北大西洋条約機構(NATO)諸国や、加盟手続き中のスウェーデン、フィンランド、さらには5月に政権交代があったオーストラリアなどの米国の同盟国が、直前になってオブザーバー参加を決定しました。

日本と同様、米国の核抑止力に安全保障を依存するドイツは、2日目の会合で自国の立場を明確にする次のような演説をしました。

資料:浜田昌良党核廃絶推進委員長(参院議員)
資料:浜田昌良党核廃絶推進委員長(参院議員)

「疑いもなく、1MSPは核軍縮にとって偉大な出来事であり、核禁条約を軌道に乗せるとともに、(8月の)核不拡散条約(NPT)の運用検討会議の弾みとなる。わが国を含む数カ国は、核禁条約とNPTの軋みを危惧していたが、1MSPがNPTへ支持を明確にしたことを高く評価する。一方、核兵器が存在する限り、NATO加盟に反する核禁条約にドイツは加入することはできない。TPNWの非加盟国である限り、その条項には縛られない。ドイツは、建設的な対話と実践的な協力機会の開発に取り組むことを約束する」

他の米国同盟国も同様な発言をしました。これらを聴いた日本からの出席者の声は「同様な発言なら日本政府もできたし、してほしかった」というものでした。

核禁条約の署名国にはならない意思を明確にしつつもオブザーバー参加をした国々に対し、議長国であるオーストリアのアレクサンダー・クメント大使は、「核兵器の人道的影響、リスクに関する深い議論に建設的な形で関与する意思だ」と述べ、その姿勢を高く評価しました。

日本政府は「核禁条約は核保有国が参加しないから意味がない。核保有国も参加するNPTの場で日本は貢献する」と核禁条約締約国会議へのオブザーバー参加を拒み続けています。

しかし、日本の被爆地の大学やNGOの皆さんが、その知識と経験から積極的に貢献したいと考えている核兵器の「被害者支援」や「環境修復」の活動は、NPTにはない核禁条約ならではの内容です。こうした分野で核禁条約に貢献するのであれば、核保有国の参加がなくても推進できます。

Side-event at the margins of the 1st meeting of state Parties to the TPNW/ Photo by Katsuhiro Asagiri
Side-event at the margins of the 1st meeting of state Parties to the TPNW titled, “Addressing victim assistance, environmental remediation, and international cooperation in accordance with the TPNW”/ 資料:浅霧勝浩

「被害者支援」「環境修復」に関しては、来年11月の第2回締約国会議(2MSP)までに会期間作業グループ(WG)が設置され、セミパラチンスクの元核実験場の問題を抱えるカザフスタン等が中心となって議論が進められることが決定されました。

カザフスタン代表団のサルジャノフ氏(左端)と会談する(右から)朝長氏と浜田氏=本人提供
資料:カザフスタン代表団のサルジャノフ氏(左端)と会談する(右から)朝長氏と浜田氏=本人提供

これらの分野での貢献を志す日本のNGOの皆さんの気持ちを大切にしたい。その思いから、私は日本政府不在の下で、カザフスタン代表団のカイラト・サルジャノフ国際安全保障局長との非公式会談を持ち、会期間WGに日本の専門家が参加する用意があることを伝えるとともに、今後、地理的均衡も考慮して選出される、科学諮問グループへの朝長万左男・長崎大学名誉教授の推薦をお願いしました。

1MSPから90日以内の科学諮問グループへの推薦は、締約国でない日本にはできません。被害者支援・環境修復の分野で長年の協力関係のあるカザフスタンに日本の専門家の推薦を依頼することに対し、議長のクメント大使からは「良いアイディア」とのコメントがあった一方、中満泉・国連事務次長・軍縮担当上級代表は「まずはオブザーバー参加の決断がなければ、他の締約国からの理解が得られるかどうか」という見通しが示されました。この分野でわが国に蓄積された見識を生かしていくためにも、次期締約国会議への日本のオブザーバー参加の早期表明が望まれます。

メキシコのカンプサーノ・ピニャ氏(左)と意見交換した浜田氏=本人提供
資料:メキシコのカンプサーノ・ピニャ氏(左)と意見交換した浜田氏=本人提供

日本政府は、8月のNPT運用検討会議への岸田文雄首相の出席、今年中の広島での国際賢人会議開催、来年の主要国首脳会議(G7サミット)の広島開催など、「核兵器のない世界」をめざして一連の行事を進めていくとしています。しかし、次期締約国会議への流れの中でこれらを位置付けていかなければ、少なくとも核禁条約の加盟国の理解は得られません。

1MSPで副議長を務め、来年の2MSPの議長国となるメキシコのカンプサーノ・ピニャ在ウィーン常駐代表の「次期会議での日本の貢献を期待したい」との言葉にどう応えるか。核保有国と非保有国の橋渡し役を務める意思と能力がありながら、今回は全く機能しなかった現地の日本大使館の支援体制のあり方を含め、政府に具体的対応を求めていきます。

INPS Japan

TPNW締約国会議、第4回核兵器の人道的影響に関する会議、ICAN市民社会フォーラム/ 撮影:浅霧勝浩

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リスボン国連海洋会議で多くの公約

【ベルリン/リスボンIDN=ラメシュ・ジャウラ】

国連開発計画(UNDP)は、持続可能で低排出、気候変動に強い海洋関連行動を2030年までに実行することで、すべての小規模島嶼開発途上国の「ブルーエコノミー」の可能性を最大限に引き出し、100カ国にも及ぶ沿岸諸国を支援するとの公約を行った。

この公約は、ポルトガルの首都リスボンで7月1日まで5日間にわたり開催された「第2回国連海洋会議」でなされた。海洋経済国に対する政府開発援助(ODA)がこの10年間で年間平均わずか13億ドルであったことを考えると、きわめて重要な公約だ。しかし、海洋の回復や保護に対する官民の投資はきわめて不適切なレベルにとどまっている。

UN Ocean Conference 2022/ UNESCO

UNDPが6月28日に出した「海の約束」は、パリ気候協定の達成に1ペニーを投資するごとに、持続可能 なブルーエコノミーの基盤である海の健康に1ペニーを投資できることを強調するものである。「約束」は、経済成長を加速させ、雇用と生活を生み出し、食料安全保障を改善し、貧困と不平等を削減し、ジェンダー平等を促進するために主要部門でなしうる行動について示している。

「『海の約束』は、海洋の不適切な管理による年間1兆ドル近い社会経済的損失の回復に重点を置いた、私たちのブルーエコノミーのビジョンです。この約束は、海洋に関連した社会経済的機会を促進するために新興海洋部門への投資を進めるよう諸国に促すものです。」と国連事務次長兼 UNDP 副総裁のウシャ・ラオ=モナリ氏は語った。

「私たちは、持続可能な開発目標(SDGs)第14目標項目の実現に向けて、各国政府、国連機関パートナー、政府間組織、NGO、コミュニティー、民間セクターと緊密に連携し、地域からグローバルまで、課題や 規模を越えた活動を続けていきます。海洋は、気候変動の影響を緩和する死活的な存在であり、海洋を守ることは私たちの未来を守ることです。」

UNDPが指摘するように、SDGs第14目標は最も投資がなされていない目標であるが、地球の三重の危機に対処するうえでのゲーム・チェンジャーになる可能性を秘めている。これまでどおりの化石燃料使用シナリオでは、多くの海洋の種や生態系、それに数十億人の食料安全保障と生活が、生存の危機に晒されてしまう。2030年まであとわずか8年、行動するなら今だ。UNDPの「海の約束」はSDGs第14目標の大きな進展を促すことを目的としたものである。

今回の国連海洋会議(6月27日~7月1日)には、150カ国以上から24名の首脳を含む6000名以上の参加者と、2000名以上の市民社会の代表が出席し、海の危機に立ち向かうための緊急かつ具体的な行動を提唱した。彼らは、海洋の緊急事態に対処するために、科学に基づく革新的な行動を拡大することを決議した。

若者、市民社会、企業、科学界などあらゆる部門からの大胆な公約とあわせ、今回の合意は、食糧安全保障、生活、安全な地球にとって、安全で健全かつ生産的な海洋が重要であることを明確に示していると、国連情報当局は指摘した。

ミゲル・デ・セルパ・ソアレス国連法務担当事務次長兼国連法律顧問は閉会の挨拶で、「今回の会議は大きな成功を収めました。重要な問題に光を当て、新しいアイディアや公約が生み出されました。しかし同時に、まだ残された仕事にも焦点が当たり、海の回復に向けて、活動を拡大し目標を大きく掲げることの必要性も示されました。」と語った。

Miguel de Serpa Soares, Under-Secretary-General for Legal Affairs and UN Legal Counsel/ UNOLA
Miguel de Serpa Soares, Under-Secretary-General for Legal Affairs and UN Legal Counsel/ UNOLA

海面上昇や海洋汚染、海洋酸性化や生息地の消失など、地球最大の生物多様性の宝庫である海洋が危機に瀕しており、水中生物に関するグローバルな行動の主要なロードマップであるSDGs第14目標の進展が妨げられようとしている。さらに、この地球の「肺臓」とも言える海洋には、人類による累積的な影響が及ぶ脅威もある。もしそれを緩和することができなれば、気候変動は悪化し、パリ合意の目標達成の妨げになるだろう。

海洋を基礎とした経済はコロナ禍によって大きな影響を受けており、海洋の管理・監視・科学は大きく後退している。食料・エネルギー・金融をめぐる多次元的な危機がこの状況をさらに悪化させ、人々の対応能力を奪っている。

しかし、海洋の健全性を回復することは、その解決策の一部となり得る。回復力のある健全な海は、気候変動対策と持続可能な開発の基礎であり、何十億もの人々に食糧とエネルギーを供給する可能性が秘められている。

また、この会議では、ステークホルダーが協力して持続可能な海洋経済へ移行し、その結果、生物多様性やコミュニティーの生活、気候変動への耐性を改善できることを示す、多くの成功事例が紹介された。

さらに、今回の会議では、多くの国々やステークホルダーが新たな公約を多数行い、理念を行動に移すことに成功した。700件近い公約が登録され、2017年の第1回国連海洋会議でなされた実質的な公約に追加された。これらの公約は、海洋を活性化させるためのイノベーションと科学の重要な必要性を示している。

2022年―海にとって最も重要な年

2022年は、海洋会議が海洋関連アクションに新たな1ページをもたらし、海洋にとってひときわ重要な年となった。3月に開催された国連環境会議は、プラスチック汚染をなくすための拘束力のある世界条約の交渉を開始することが合意された。

国連によると、昨月、世界貿易機関が有害な漁業に対する補助金の禁止で合意したという。今年の「国家管轄権を超える海洋生物多様性の領域に関する政府間会議」もまた、公海のガバナンスの強化につなげうる。加えて、今年後半に開催される「生物多様性条約第15回締約国会議」(COP15)は、2030年までに地球上の陸上と海洋の30%を保護するための新たな目標を達成する機会を提供するだろう。11月の「国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議」でもまた、海洋の強靭さを生み出すために必要な気候変動対策と資金調達について、焦点が当てられることになるだろう。

政治的宣言

また、この会議では、海洋緊急事態の壊滅的な影響の最前線にある開発途上国、特に小島嶼国や後発開発途上国が直面する能力的な課題を考慮し、科学に基づく革新的な一連のアクションであるリスボン宣言が全会一致で採択された。

イノベーションと実践を共有していく上で先住民族の果たす役割を認識しつつ、データ収集の強化から、国際海洋運輸、とりわけ船舶輸送からの温暖効果ガスの排出抑制に到るまで、幅広い行動に各国は合意した。また、持続可能な海洋型経済を実現するための革新的な資金調達ソリューションを推進し、女性と女児の海洋型経済への有意義な参加を奨励することでも合意した。

国連経済社会問題担当事務次長で今回の会議の事務局長でもある劉振民氏は、「今後、海洋行動への焦点を新たにすることが重要になります。私たちは、意思決定の科学的根拠の改善に焦点を当て、科学と政策のつながりを改善し、相互学習を通じて能力を高める科学的パートナーシップに関与することによって、これを行う必要があります。」と、語った。

自発的公約のまとめ

投資

・「私たちの地球を守れチャレンジ」では、海洋保護区域を設定・拡大・管理し、先住民族あるいは地元民が管理する海洋・沿岸地域を守るために、2030年までに少なくとも10億ドルを支出する。

・欧州投資銀行は、「クリーン海洋イニシアチブ」の一環として、気候の柔軟性、水源管理、固形廃棄物の処理を改善するために、カリブ地域諸国に対して追加で1億5000万ユーロを投資する。

・「グローバル環境ファシリティ」は、コロンビアの海洋保護区域設定に向けて2500万ドルの補助金支出を承認した。

・「ラテンアメリカ開発銀行」は、同地域の海洋環境を改善するプロジェクトのために自発的に12億ドルを支出すると発表した。

・「海洋リスク・強靭化行動同盟」は、沿岸地域の強靭さを生み出し、金融・保険商品を通じてこれへの資金調達を行う次世代のプロジェクトに対して、世界全体で数百万ドルを支出すると発表した。

海洋保護区域及び汚染

・ポルトガルは、2030年までに、自国の主権あるいは管轄下にある海洋領域全体と国の海洋領域の3割を、「良好な環境状態」に置くようにすると公約した。

・ケニアは、包摂的で、利害関係者のニーズを考慮した、全国ブルーエコノミー戦略計画を現在策定している。また同国は、海洋におけるプラスチックごみに関する国家行動計画の策定も約束している。

・インドは「沿岸クリーン海洋キャンペーン」を実行するとし、ビニール袋などの使い捨てプラスチックの使用を禁止すると公約した。

科学とイノベーション

SDGs Goal No. 14
SDGs Goal No. 14

・スウェーデンは、SDGs第14目標3項の達成を支援すべく、「持続可能な開発に向けた国連海洋科学の10年」を実施する国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)に対して2022年に40万ドルを提供するなど、科学協力の強化を支援する。

・「小規模島嶼開発途上国同盟」は、「小規模島嶼途上国に対する海洋科学知見・研究能力の強化、海洋技術の移転の促進に向けた宣言」を行った。

気候関連アクション

・米国とノルウェーは、COP27に向けた「グリーン海洋輸送チャレンジ」を発表した。

・シンガポールもまたグリーン海洋輸送の促進に力を入れている。海運会社に温暖効果ガス排出の記録化を促し、低炭素海洋燃料に関する研究を進める。

・チリは、炭素ゼロ海洋輸送を達成するために「緑の回廊」ネットワークを発展させる専門のセンターと協力する。(原文へ

INPS Japan

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|ブルーエコノミー会議|ケニアが世界的な対話とパートナーシップの促進に熱心に取り組む

温暖化が進む世界の海

ルワンダの「ジェノサイド」、フランスの裁判所でついに有罪判決

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】 

ルワンダの元政府高官が、80万人にのぼったツチ族と穏健派フツ族の死と関連して、同国の大量虐殺に加担した罪で有罪判決を受けたが、この恐ろしい犯罪が発生してからすでに28年が経過している。

ローラン・ブチバルタ(78歳)は、100日間にわたって行われた1994年の大虐殺に関して、これまでフランスで裁判を受けたルワンダ人の中で最も高い地位にある人物だ。

フランスは、虐殺後にフランス国内に避難したルワンダ人加害容疑者に対して行動するよう、長い間国際社会から圧力にさらされてきた。

Map of France
Map of France

大量虐殺当時、フランス政府は政権を担っていたフツ族の政権を長年にわたって支援しており、そのためにツチ族主体のルワンダ政府とフランスの間には数十年にわたる緊張関係が生じていた。

大量虐殺の発端となったフツ族の大統領ジュベナール・ハビャリマナの飛行機を撃墜した事件に関するフランスの別の調査は、今年初めに終了した。

南部ギコンゴロ県の元知事に対する審理の焦点は、ブチバルタ被告が命じたり出席したとされるいくつかの「安全保障(セキュリティー)」会議についてで、検察はそれらが大量殺害を計画した会議であると主張した。とりわけ、ブチバルタ被告は、数千人のフツ族の人々に対して食料、水、保護を約束すると欺いて、ムランビ技術学校に避難するよう説得したことで告発された。

その数日後の4月21日未明、それまで学校を守っていたフランス軍が突然去り、残された65,000人のツチ族の人々は、銃や手榴弾で武装したフツ政権の軍や民兵、さらにはマチェット(山刀)を振って乗り込んできたフツ族の民衆によって襲撃され、未明から昼前までの間に約4.5万人から5万人が犠牲になった、ルワンダ大虐殺の中でも最も血生臭いエピソードの1つとして知られている場所だ。

裁判所は、1994年5月7日にキベホのマリー・メルシー校で約90人のツチ族の生徒が虐殺された事件と、ギコンゴロ刑務所でのツチ族囚人(3人の司祭を含む)の処刑についても、ブチバルタ被告の責任を検証した。

ブチバルタ被告は公判で、殺害への関与を否定し、「私は決して殺人者の側にはいなかった。当時、自分には勇気がなかったのだろうか、助けられたのだろうかといった疑問と後悔に28年間苛まれている。」と主張した。

ブチバルタ被告弁護団は、裁判所が「勇気ある決断」を下し、彼を無罪にするよう求めた。

Photographs of Genocide Victims - Genocide Memorial Centre - Kigali – Rwanda/ By Adam Jones, Ph.D. - Own work, CC BY-SA 3.0
Photographs of Genocide Victims – Genocide Memorial Centre – Kigali – Rwanda/ By Adam Jones, Ph.D. – Own work, CC BY-SA 3.0

この裁判では、ルワンダからの生存者を含む100人以上の証人が、直接またはビデオ会議を通じて証言した。

ブチバルタ被告は、1997年以来、無数の健康上の問題を抱えながらフランスに滞在している。裁判の間、彼は治療を受けるために自宅軟禁が許可された。

ルワンダのポール・カガメ政権が委託した報告書は、フランスが1994年4月と5月の虐殺を「止めるために何もしなかった」と主張し、虐殺後の数年間はその役割を隠蔽しようとし、一部の加害者に保護さえ提供したと断定している。

またこの報告書は、フランスの責任について、「ルワンダでの大量虐殺を可能にした『重大な責任がある』にもかかわらず、未だに1994年に起きた恐怖の事件における自らの真の役割を認めようとしない。」と結論付けている。

さらにこの報告書の著者らは、「フランス政府は、予見可能な大量虐殺に対して盲目でも無意識でもなかった」と強調し、フランス当局が大量虐殺の準備に対して「盲目」であり、その後あまりにも反応が遅かったと結論付けたエマニュエル・マクロン大統領による以前の報告書の結論に異論を唱えている。(原文へ

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|視点|核兵器禁止条約第1回締約国会議に寄せて(ラメッシュ・タクール戸田平和研究所上級研究員)

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

核兵器禁止条約の第1回締約国会議が、6月21日からオーストリアのウィーンで行われる。会議に合わせ、戸田記念国際平和研究所では、同条約に関するワークショップを開催する。同研究所の上級研究員でオーストラリア国立大学核不拡散・軍縮センター長のラメッシュ・タクール氏に、条約の意義と核兵器を巡る現状を聞いた(聞き手=南秀一)。

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

――核禁条約が国連で採択されてから来月で5年を迎えます。まず同条約の意義をどう評価していますか。

多国間の枠組みによる軍備管理の成果としては、1970年に発効したNPT(核拡散防止条約)以来、この半世紀で最も大きなものと言えるでしょう。
NPTが50年にわたって世界の核体制の安定を支え、十分ではないにせよ、核の拡散に歯止めをかけてきたことは間違いありません。しかし、核軍縮については、失敗していると言っていい。これまで削減が実現したのは、基本的に米露の2国間または各国独自の決定によるものです。
また、NPTの第6条では「軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束」していますが、いまだ実現には至っていません。
核兵器禁止条約は、こうしたNPTが抱える課題を補う役割を果たしています。(原文へ 

――核禁条約は、批准していない国には効力を持ちません。そのため、“核兵器を持つ国が批准していないのだから意味がない”という批判があります。

確かに批准していない国に対する効力はありませんが、一方で、国連で議論され採択された条約が「何の力も持たない」とは言えないでしょう。122カ国の賛成で成立した倫理的、法的規範であり、核兵器の所有や核抑止の根拠を揺るがす力になります。
もう一つ、この条約には重要な意義があります。国際政治においても国連の仕組みとしても、地政学的な中心は米英仏中露の5カ国が常任理事国を務める安全保障理事会にあります。しかし核禁条約は、安保理ではなく、全加盟国からなる総会で採択されました。
国際安全保障政策における重要な民主的変化であり、核兵器に対する規範の確立という点からも特筆すべき進歩と言えるでしょう。

――ウクライナを巡る緊迫もあり、核兵器の役割を見直す議論も起きています。

ウクライナ情勢は、核兵器に関する、さまざまな議論を呼んでいます。その一つが、“ソ連から独立する際にウクライナが核兵器を手放したのは正しかったのか”というものです。
 私はこの議論は誤りだと思います。というのも、ソ連崩壊後に残された核兵器は、決してウクライナの支配下にあるものではなかったからです。例えば、米国が海外に配備した兵器は米国の支配下にあるのと同様です。
まして、もしウクライナが核兵器を放棄せず、NPT体制を外れて独立しようとしていたなら、米国やNATO(北大西洋条約機構)が独立を支持することはなかったでしょう。
何より憂慮すべきは、軍事的緊張の高まりによって今、核戦争の危険性が現実味を帯びていることです。核戦争が絶対に起きないとは誰も言い切れないでしょう。状況は複雑ですが、だからこそ大切なのは「もし核兵器がなければ危険性は高まるのか、低くなるのか」という根源的な問いではないでしょうか。
核禁条約がこれほどの成功を収めた大きな要因は、核兵器を人道上の問題であるとし、三つの論点に集約したからです。
すなわち、①どの国も国際的な仕組みも、核兵器が使用された場合の人道上の結末は手に負えない②いかなる状況でも核兵器を使用させないことが人類の存続につながる③核兵器の不使用を保障する唯一の方法は保持しないこと、つまり廃絶しかない――これが今、私たちが確認すべきことではないでしょうか。

――目下の課題と締約国会議に期待することは何でしょうか。

まず、核兵器の高度警戒態勢を解除することです。偶発的、人為的ミスによる核兵器使用の危険性を高める行為であり、この状態を一刻も早く脱する必要があります。
もう一つは、先制不使用の宣言です。2020年に中国とインドの間で緊張が高まった際、核戦争の危険性を訴える人はいませんでした。大きな理由の一つは、両国が核兵器の先制不使用を宣言していたからです。
この点、私は締約国会議が特にアジアにとって重要な場であると思います。アジアで核兵器を保有している、中国、北朝鮮、インド、パキスタンのうち、NPT加盟国は中国のみです(北朝鮮は2003年に脱退を宣言)。つまり、現時点でアジアの核問題をNPTの枠で解決することは難しい。どうすれば3カ国を交渉のテーブルにつかせられるか、締約国会議へのオブザーバー参加の道も含めて積極的に議論すべきでしょう。
同時に忘れてはならないのは、核禁条約の締約国は基本的にNPTの締約国であるということです。二つの条約は決して切り離されたものではありません。目指す内容も大半が共通しています。立場を超えて、具体的な議論が進んでいくことを期待しています。

――市民社会は、どのような役割を果たせるでしょうか。

どの国の政府も世論の影響を受けますし、市民社会が核兵器を喫緊の課題だと訴えれば政府は動きます。
しかし、ただ“条約に参加しないのは道徳的に間違っている”と抗議するだけでは、状況を変える力にはなり得ません。国の安全を保障するために必要だと判断すれば政府は動きます。その意味で、核兵器を持たなくとも安全が保障できる筋道を考え、皆で訴えていくことです。そのために、市民社会が皆の意識を喚起し、政府に注意を向けさせていく努力は重要でしょう。
戸田記念国際平和研究所としても、引き続き、“核兵器のない世界”実現に向けた研究に注力していきたいと思います。

このインタビューは、2022年6月19日に聖教新聞に掲載されたものを、許可を得て再掲載しています。

南秀一(みなみ しゅういち)は、聖教新聞社の記者。

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【国連IDN=タリフ・ディーン】

国連のアントニオ・グテーレス事務総長が、ウィーンで開催されていた核兵器禁止(核禁)条約の第1回締約国会議(6月21日~23日)にビデオメッセージを寄せたが、そのなかで行った警告はまさに的を射たものだった。

「核兵器がわれわれを滅ぼす前にわれわれが核兵器を廃絶しよう。」―グテーレス事務総長はこう述べて、国際社会が対話と協調を通じた問題解決ができていない現実を、核兵器という致命的な存在が想起させている点を指摘した。また、「核兵器は安全と抑止という誤った約束を提供しますが、実際には、破壊と死、際限なき瀬戸際政策をもたらすだけです。」と語った。

Vienna International Center/ photo by Katsuhiro Asagiri
Vienna International Center/ photo by Katsuhiro Asagiri

グテーレス事務総長はさらに、核禁条約の履行の方向性を定めることになる「核兵器のない世界へのコミットメントに関する宣言」(「ウィーン政治宣言」)と「ウィーン行動計画」の採択を歓迎し、「核兵器のない世界という私たちの共通の目的に向かった重要なステップである。」と指摘した。

戦争を超える世界」「宇宙への兵器と原子力の配備に反対するグローバルネットワーク」の理事であるアリス・スレイター氏はIDNの取材に対して、「ウィーンでの核禁条約第1回締約国会議が前例にとらわれない形で開かれたのに対して、戦争と対立の暗雲が世界を覆い始めている。」と指摘したうえで、「私たちは、ウクライナでの暴力が続き、ベラルーシとの核共有の可能性も含めてロシアが新たに核の恫喝を繰り返す様子を目の当たりにしています。一方、米国はベルリンの壁が崩壊しワルシャワ条約機構が解体されたときに、北大西洋条約機構(NATO)をドイツの東側にまで拡大することはないとゴルバチョフ氏に約束したにも関わらず、ウクライナに対して数十億ドル規模の武器を送り込み、フィンランドとスウェーデンをNATOに取り込んでその境界を無思慮にも拡大しようとしています。そうした中でこの事態が進行しているのです。」と語った。

西側主要メディアはウラジーミル・プーチン大統領に厳しい論調の報道を継続する一方で、ウィーンで画期的な政治宣言が採択されたにも関わらず、ほとんど核禁条約に言及していません。」とスレーター氏は語った。

Alice Slater
Alice Slater

核時代平和財団のニューヨーク支部長でもあるスレーター氏は、「締約国は、核禁条約と核不拡散条約の相互補完関係を十分に認識したうえで、例えば、時間の期限を設けて核兵器の完全廃棄を監視・検証するステップを設定する等、核禁条約が規定している多くの約束を果たすための仕組みを確立すべく、思慮に富んだ行動計画を採択しています。締約国は、長年にわたって貧困層や先住民族コミュニティーで行われた核実験や兵器開発、廃棄物汚染などの被害に遭った犠牲者や環境汚染に対して、前例のない援助を展開する(「被害者援助と環境修復」第6、7条)ためのスキームに合意しました。」と語った。

ブリティッシュ・コロンビア大学(バンクーバー)公共政策大学校リュー・グローバル問題研究所長で、「軍縮・グローバル・人間安全保障問題」の教授を務めるM・V・ラマナ教授はIDNの取材に対して、「核禁条約の締約国会議は、今日の世界が直面している危険な核の状況から抜け出すための数少ない意義ある方法を提示しています。ロシアのウクライナ攻撃と核による威嚇は、核兵器が存在する限り、稀にではあっても使用されうるという事実を再認識させるものとなりました。」と語った。

「内部告発者」として有名なダニエル・エルズバーグ氏が数十年来指摘してきたように、核兵器は、(広島・長崎で起こったように)敵の標的の上で爆発するという意味と、核兵器の保有者にとっては容認できないことを敵方が行った場合に核兵器を使用すると脅すという意味の両方において、使用されえるのである。

「これは、通常の状況の下ではやりたくないことを、銃を突きつけることで無理やりやらせることに似ています。後者の意味においては、この大量破壊兵器を保有する国々によって、核兵器は繰り返し『使用』されてきたのです。」とエルズバーグ氏は語った。

従って、核禁条約の締約国が「最後の核弾頭が解体・破壊され、核兵器が地球上から完全廃絶されるその日」まで、弛まず行動すると公約したことは、歓迎すべきことだ。

「これは、すべての国が目指すべき目標であり、緊急に取り組むべきものです」と、ラマナ博士は語った。

Beatrice Fihn
Beatrice Fihn/ ICAN

2017年にノーベル平和賞を受賞した反核団体である「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のベアトリス・フィン事務局長は、「今回の会議は、核兵器の壊滅的な人道的影響とその使用による受け入れがたいリスクに基づき、核兵器を廃絶するための断固とした行動という、TPNWの理想そのものを如実に反映したものとなりました。」と振りかえった。

フィン事務局長は、締約国会議の閉幕にあたって、「締約国は、被害者や影響を受けた地域社会、市民社会と協力して、この決定的に重要な条約の履行に向けたあらゆる側面を前進させる具体的かつ実践的な行動について幅広く合意するためにこの3日間多大なる努力を行ってきました。こうやって私たちは核兵器禁止の強力な規範を形成してきたのです。高邁な声明や空虚な約束を通じてではなく、諸政府や市民社会から成る真にグローバルなコミュニティーを巻き込んだ、実践的で具体的な行動を通じてです。」と語った。

締約国会議では、条約の履行に向けた実践的な側面に関する決定が6月23日になされた。

例えば:

・核兵器のリスクや核兵器が人間に与える被害、核軍縮などに関する研究を前進させ、条約の効果的な履行に関連した科学技術的問題に対処し、締約国に助言を与える「科学諮問グループ」の設置。

・条約に加盟する核保有国による核兵器廃棄期限を10年以内とすること(最大5年の延長可)。他国の核兵器の配備を認めている国は、[条約加盟後]90日以内に撤去させる。

・条約普遍化、被害者援助・環境修復、国際協力・支援に関する調整委員会や非公式作業部会の設置など、今回の会議のフォローとなる会期間作業プログラムの確立。核兵器廃棄を監視する「権限のある国際当局」の指名に関連した作業の実行。

締約国会議前夜、カーボベルデ・グレナダ・東ティモールが批准の寄託書を送付し、締約国数は65となった。また、ブラジル・コンゴ民主共和国・ドミニカ共和国・ガーナ・インドネシア・モザンビーク・ネパール・ニジェールの8カ国が批准の手続き中であると会議で表明した。

核禁条約は、条約で要件となっている50カ国目の批准/加盟があってから90日後の2021年1月22日に発効した。

さらにスレーター氏は、今回の締約国会議の成果について、「もしこうした公約を実現しようとするならば、もっと真実に向き合わねばなりません。「プーチンのウクライナへの『いわれのない』攻撃について主要メディアが常に一面のみを強調するのは不誠実だと言わざるを得ません。」と解説した。

Noam Chomsky speaks about humanity's prospects for survival in Amherst, Massachusetts, United States on 13 April 2017./ By Σ, retouched by Wugapodes - File:Noam_Chomsky_portrait_2017.jpg, CC BY-SA 4.0
Noam Chomsky speaks about humanity’s prospects for survival in Amherst, Massachusetts, United States on 13 April 2017./ By Σ, retouched by Wugapodes, CC BY-SA 4.0

スレーター氏は、米国の著名な言語学者・哲学者・科学者・批評家であるノーム・チョムスキー氏が「プーチンのウクライナへの犯罪的侵略を『いわれのないウクライナ侵攻』と呼ぶのが通例になってしまっている」と発言していることに言及した。

グーグルでこの表現を検索してみると243万件のヒットがあった。試みに「いわれのないイラク侵攻」を検索いてみたところ、わずか1万1700件で、そのほとんどが(主流メディアではなく)反戦団体のウェブサイトによるものだった。

スレーター氏は、「私たちは歴史の転換点に立っています。ここ米国では、この国が『例外的な』民主主義国家ではないことが、誰の目にも明らかになりつつあります。」と指摘したうえで、「2020年1月6日に起きた米議会に対する襲撃の与えた衝撃と、それに対する理解しがたい反応が米国政治をズタズタに引き裂いたことに加えて、黒人市民に対する継続的な抑圧、再生される人種主義的なステレオタイプ、オバマ政権以来の「ピボット(アジアへの軸足移動)政策」が進行する中でのアジア系市民に対する危害、嫌中国・嫌ロシア的な言説の展開など、私たち自身の歴史を振り返らねばなりません。」と語った。

「それに加えて、植民地主義的な家父長制による虐殺を生き延びた先住民族に対する不当な取り扱い、女性に対する市民権付与の拒絶など、再び家父長制が醜く頭をもたげ、私たちが手にしたと思っていた民主主義の幻想を奪うなか、私たちが勝ったと思っていた戦いを再びやりなおさなければならない事態にあります。」

NATO's Eastward Expansion/ Der Spiegel
NATO’s Eastward Expansion/ Der Spiegel

スレーター氏はまた、「腐敗した企業の略奪者たちに支配された米政府は司法制度やメディアの手によって守られており、政府は、永続的な戦争から抜け出て、核戦争や破滅的な気候変動という激変を回避するための協力的で有意義な行動に向かうビジョンも道を示さない。また、企業欲と誤った優先順位のために、私たちが対処できないように見える疫病を拡大させてしまっています。」と語った。

「ブッシュ政権とクリントン政権でCIAアナリストを務めたレイ・マクガバン氏は怒りに燃えて職を辞し、『正気を求める元諜報部員の会』(VIPS)を設立したが、彼は、軍隊(M)・産業界(I)・議会(C)・諜報部門(I)・メディア(M)・学界(A)・シンクタンク(TT)からなる複合体『MICIMATT』について語っている。米国は、そのMICIMATTとして現れた少数者による専制支配を実現するために、王を追放したようなものだと述べている。」

「この現在進行形の狂気がNATOの無謀な拡大を招いたのです。」とスレーター氏は指摘した。NATOは6月首脳会合開催した、今回初めて参加するオーストラリア・日本・ニュージーランド・韓国といったインド太平洋地域のパートナー国とともに、グローバルな課題について協議した。そして、テロとの闘いの継続、中東・アフリカ北部・サヘル地域からの脅威と挑戦に対処するとの公約がなされた。

他方で、草の根の行動の潮流も強まっている。6月、戦争終結の必要性を訴える平和の波が世界中に拡がった。多くの人々がスペインでのNATO首脳会合に反対するデモに参加し、活動は世界各地でも持たれた。

Photo: ICAN campaigners protest in Sydney, Australia on 22 January.
Photo: ICAN campaigners protest in Sydney, Australia on 22 January.

「核保有国は支持していないものの、核禁条約をますます多くの議員や地方自治体が支持するようになってきており、核保有国に対して、条約に参加して、核兵器廃絶の公約を履行するよう圧力が強まっている。」

米国の核の傘の下にある3つのNATO加盟国、すなわち、ノルウェー・ドイツ・オランダが核禁条約第1回締約国会議にオブザーバー参加した。米国と核共有するNATO諸国のドイツ・トルコ・オランダ・ベルギー・イタリアでも、これらの国々に配備されている核兵器の撤去を求める草の根の行動が起こっている。

これは、ベラルーシに核兵器を配備しようとしているロシアに対するよいメッセージとなるだろう。「平和にチャンスを与えよ。」と、スレーター氏は語った。(原文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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第4回核兵器の人道的影響に関する国際会議

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平和で持続可能な未来のために共に行動を(レベッカ・ジョンソンアクロニム軍縮外交研究所所長)

|視点|「人種差別・経済的搾取・戦争」という害悪根絶を訴えたキング牧師の呼びかけを実行に移すとき(アリス・スレイター「核時代平和財団」ニューヨーク事務所長)