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2030年までの持続可能開発目標を支援する新たな統合的資金調達制度の構築へ

【国連IDN=タリフ・ディーン】

2030年までに極度の貧困と飢餓を根絶することを柱とした国連の持続可能開発目標(SDGs)が資金調達面から大きな困難を抱えている。

SDGsは、ロシアのウクライナ侵攻による経済的影響、そして最も重要なのは、世界の富裕国と貧困国の双方に壊滅的な影響を与えているコロナ禍など、いくつかの要素が折り重なって、その実現が危ぶまれている。国連は、今年で既に3年目に突入した新型コロナウィルス感染症のパンデミックは、「国連の歴史の中で最大のグローバルな課題の一つ」と述べている。

新型コロナウィルスは600万以上の人々の命を奪い、依然として2030アジェンダの達成に向けた進展を暴力的に阻み続けている。2020年には1億人以上の人々が極度の貧困に陥り、それまで20年間続いていた貧困の減少傾向を反転させてしまった。

世界銀行は、今年は2.5億人が極度の貧困に陥る可能性があり、3億2300万人近くが深刻な食料不足に見舞われる可能性があると予測しており、まさにSDGsの最初の目標が消滅の危機にさらされている。

国連経済社会理事会の議長であるボツワナのコレン・V・ケラパイル大使は、「コロナ禍は、開発の進展に好影響をもたらしていた傾向にダメージを与えました。最も貧しく、脆弱な立場にある人々が、コロナ禍の悪影響を最も受けています。」と語った。コロナ禍による経済的衝撃、そして現在はウクライナ戦争によって状況はさらに悪化した。最貧国は多額の資金を借金返済に回し、コロナ禍への対応や、持続可能な復興支援への投資を行うことができずにいる。

国連の経済社会理事会(ECOSOC)が主催する3日間のSDGs資金調達に関するハイレベルフォーラム(4月26~28日)で、アミナ・モハメド国連副事務総長は、「SDGsは緊急の救済を必要としています。開発のための資金調達はその解決のための不可欠な要素だが、これまでのところ世界的な対応ははるかに不足しています。」と警告した。

2022 Financing for Sustainable Development Report: Bridging the Finance Divide (FSDR 2022)/ United Nations

国連が最近発表した『持続可能な開発のための資金調達:2022年版レポート―資金調達の格差を埋める』は、世界の最貧国の6割が、2015年の水準の倍となる債務苦に陥っているか、高いリスクを抱えていると警告している。途上国の高い債務返済コスト(金利は富裕国の最大8倍)は、既に脆弱な国家財政をさらに圧迫している。

SDGsには、質の高い教育、ジェンダーエンパワーメント、格差の是正、安価でクリーンなエネルギー、持続可能な都市いった目標も含まれている。

政府首脳、副大統領、外務大臣、開発協力担当大臣、大使などが参加した今回のフォーラムの最大の成果の一つは、統合的国家資金調達枠組み(INFF)が創設されたことである。INFFは、国連経済社会局、国連開発計画(UNDP)、経済協力開発機構(OECD)、欧州連合、イタリア・スウェーデン両政府が新たに共同で始めた新たに旗振り役となる取り組みである。

このファシリティーは、「国際的なパートナーを結集し、80以上の政府に対して、持続可能な開発目標(SDGs)に向けて重要な投資を行うための支援を調整し、拡大する」ことが期待されている。INFFの概念は、国連加盟国が2015年に「アジスアベバ行動アジェンダ」において初めて提示したものである。持続可能な開発のために官民による資金調達を強化する国家主導のアプローチである。

国連経済社会局(DESA)の劉振民事務次長は、「現在の危機への即時対応とより良い再建の両方において、INFFが重要な役割を担っていることは明らかです。」と語った。

Mr. Liu Zhenmin, Under-Secretary-General/ UN photo

「INFFの立ち上げは、適切な時期に行われました。今、私たちはこれまで以上に、金融格差に橋をかけ、最も必要とされるところを支援するためのパートナーシップを強化することに焦点を当てなければなりません。」と語った。

劉事務次長は、「グローバルな課題にはグローバルな対応が必要ですが、最終的には資金フローが保健、教育、インフラ、その他国レベルでのSDGs投資に充てられる必要があります。」と付け加えた。

UNDPのアヒム・シュタイナー事務局長も同様に前向きである。「2030アジェンダの実行に必要なだけの資金は世界に存在するが、その配分が適切ではない。途上国の人口は世界の84%を占めるが、世界の資本のわずか2割しか途上国には存在しないのだ。」

「このギャップを埋めるため、INFFは各国に対して、必要とされる技術、専門知識、ツールを提供して、革新的な資金の流れを可能にする大胆な戦略を実行することになる。各国はこれにより断固とした気候変動対策を採用したり、自然・識字・医療・衛生といった主要分野における未来志向の投資を行うことが可能になる。」

同フォーラムで首脳、閣僚、高官代表が採択した成果文書では、次のように警告している。「私たちは、十分な資金を動員することが、持続可能な開発のための2030アジェンダを実施していくうえで依然として大きな課題であり、進捗が国内および国家間で均等に共有されておらず、既存の不平等などがさらに拡大していることへの重大な懸念を表明する。」

「2030アジェンダとパリ協定の成功は、資源を調達し、さまざまなアジェンダが補強しあうための仕組みを作りだす私たちの能力にかかっている。」

「私達は、第3回『開発のための資金調達に関する国際会議』、及び、2030アジェンダの完全かつタイムリーな履行に向けて努力を強化し続けるという決意を再確認する。さらに、社会経済的な影響を初めとして、コロナ禍の影響と闘うための多国間協力と連帯を強化するというコミットメントを再確認した。」

「成果文書」へのリンクは次の通り。

一方、悪化する金融危機と戦う試みとして、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、「食料、エネルギー、金融に関する世界危機対応グループ」を設立した。ハイレベルの政治グループと称されるこのグループの目標は、「食料不足やエネルギー、金融をめぐる複合的な危機『究極の嵐』を抜け出すこと」にある。

Amina J. Mohammed/ UN Photo
Amina J. Mohammed/ UN Photo

モハメド副事務総長によると、「グローバル危機対応グループ」の最初の報告書は、「2022年持続可能な開発のための資金調達報告」と共に、次のような行動を即時取るように勧告しているという。

第一に、資金をあらゆる主体から迅速かつ柔軟に調達すること。

(1)国際社会は、政府開発援助の公約を履行し、長期的な持続可能な資金への迅速なアクセスを支援すること。

(2)国際金融機関は柔軟性とスピードを重視すること。迅速かつ不必要な条件を課すことなく資金を提供できる緊急金融メカニズムを即座に実行に移すこと。

(3)IMFのラピッド・クレジット・ファシリティ(RCF)及びラピッド・ファイナンシング・インストルメント(RFI)の利用限度額も引き上げ、累積的な制限を緩和すること。

(4)対外的に強い立場にある国々は、未使用の特別引出権を、IMFの「貧困削減と成長トラスト」や新たに設立された「強靭性と持続可能性トラスト」などを通じて、必要としている他の国に回すこと。

(5)新たな資本投下が、地域レベルも含めて多国間開発銀行のために必要とされている。

(6)多国間銀行は、国際市場において途上国が直面している高い資金借入コストの問題と、信用評価機関の役割の問題に対処する緊急措置を採ること。

第二に、「厳しさを増す債務のリスクの問題に対応する必要がある」。G20は債務支払猶予イニシアティブ(DSSI)を再稼働させ、満期を2年から5年先延ばしすること。

債務処理のための共通枠組みは、スケジュールの透明性とどのような債務をカバーすべきかを明確にすることを含む改革が、切実に求められている。また、債務サービスの支払い停止、債権者間の平等性確保の実施、民間および非パリクラブ債権者の加入を含める必要がある。

第三に、多くの国が依然として予測不可能なパンデミックに見舞われている中、コロナワクチンと治療法への公平なアクセスに投資する必要がある。

「コロナ対策への公平なアクセスを加速するための世界規模の協働の枠組み」(ACTアクセラレーター)と「COVAXファシリティ」に全面的に資金を提供する必要がある。各国は、このパンデミックを終わらせ、将来に向けて回復力を強化するために、技術的専門知識と知的財産を共有し、歩み寄らなければならない。

COVAX
COVAX

すべての国々が、雇用を十分に提供しながらの復興において、社会的保護と投資を提供・拡大し続けねばならない。

最後に、気候対策の資金調達を緊急に強化し、そのうちの半分を気候変動適応策に振り向けねばならない。

そのためには、国家予算や税制をSDGsやパリ協定と整合させ、グリーンウォッシングに対処し、国際金融システムにおけるインセンティブを見直すことも必要だ。

「私たちは、強い政治的意思、大望、リーダーシップに支えられたグローバルな連帯を必要としています。先進国は、途上国の気候変動対策に毎年1000億ドルを動員するという公約を早急に果たすべきです。」とモハメド副事務総長は付け加えた。(原文へ

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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アフリカで略奪された美術品が、少しずつではあるが、故郷に返還されつつある

【ベナン、コトヌーIDN=アヨデジ・ロティンワ】

新たに本国へ送還された宝物の新しい展示を発表した2月の記者会見で、ベナンのジャン=ミシェル・アビンボラ文化相は、英国のジャーナリストから、欧州の博物館はアフリカの博物館よりもアフリカの芸術品を大切に扱えるというよくある主張について問われ、「ベナンに対して、この主張を支持し続けることができるのかどうか。これは、黒人に魂があるかどうかを問うているようなもので、私はこの問いに答えたくはない。」と素っ気なく答えた。

Caricature of Cecil John Rhodes, after he announced plans for a telegraph line and railroad from Cape Town to Cairo.
Caricature of Cecil John Rhodes, after he announced plans for a telegraph line and railroad from Cape Town to Cairo.

この展覧会は、1892年にフランスの植民地軍によってダホメ王国から略奪された26点の王室芸術品が返還されたことを記念するもので、「昨日から今日までのベナン芸術、返還から啓示へ」と題された新しい展覧会の重要性を強調するものであった。2月下旬にコトヌーの大統領府で開催されたこの展覧会では、返還された作品とベナンの現代アーティストによる作品が展示されている。

これまで、旧植民地から略奪された文化財や宗教的・歴史的遺物を所蔵する欧州の美術館は、アビンボラ氏のようにアフリカ諸国への返還を真剣に考えることはなかった。

アフリカ諸国が返還を求めた当初は無視され、忌避されたが、時が経つにつれ、旧宗主諸国の関係当局は明白な拒否に転じた。フランス、英国、ドイツなどの美術館は、これらの美術品を戦利品と見なしたのである。

アフリカの政府には美術品を管理するインフラがないという主張は、返還を免れるための戦略の一つに過ぎない。欧州の博物館の中には、アフリカの博物館への一時的な貸与という形で美術品の「流通」を申し出るところもあれば、アフリカの国々がまず美術品の出所について詳細な調査を行い、自らの主張を裏付けるよう主張して、返還交渉を戦略的に遅らせるところもあった。特にひどい例では、大英博物館は、有名なベニンの青銅器数点をナイジェリアに返還するよう求める声を無視し、廃棄することは禁じられていると主張し、同時に30点の小さな青銅器を公開美術市場でナイジェリアのバイヤーに売却している。

そして2018年11月、サール=サヴォワ報告書が発表された。フランスのエマニュエル・マクロン大統領の依頼を受け、セネガルの作家フェルウィン・サール氏とフランスの歴史家ベネディクト・サヴォワ氏が執筆したこの報告書は、アフリカの美術品を無条件かつ不可逆的にアフリカ政府に返還することを断固として提言し、波紋を広げた。さらに、フランス政府に対して、遺産を譲渡不可能な国家財産とする「不可譲法」の例外として、アフリカの美術品を扱うよう要請した。一方、フランスの美術館は、どのようなアフリカの芸術作品を所蔵しているかを公にし、欧州以外でもアクセスできるようにデジタル化するなど、透明性を向上させるよう求められた。

「野蛮な(=Brutish)博物館』の著者で、オックスフォードのピット・リバーズ博物館で考古学の学芸員を務めるダン・ヒックス氏は、WPRとの電話取材で、「サール・サヴォワ報告書が発表されてからまだ3年しか経っていないとは信じ難いほど、多くの変化がありました。略奪した展示品を欧州に留めるべきとする立場は急速に失われています。」と語った。

The Brutish Museum by Dan Hicks

サール・サヴォワ報告は、欧州や 米国の国立美術館や民間組織にもドミノ効果をもたらした。ワシントンでは、スミソニアン博物館が所蔵するベニン青銅器の大半を返還すると発表した。ベルギーの中央アフリカ王立美術館は、所有するアフリカの作品全リストを作成し、返還予定に先立ちコンゴ政府に送付した。フランスは、アフリカの美術品すべてを不可侵法から除外するには至らなかったが、現在コトヌーに展示されている26点の王室秘宝については例外とした。

サヴォワ氏もこの展開は予想外だったようだ。「不可能なことだと思っていました。フランスには国の財産は譲渡できないというイデオロギーがあり、このドグマを破壊することは不可能に思えたが、今や破壊されている」と、ズームのインタビューに答えている。コトヌーでの(フランスから返還された芸術品の)展覧会を見て、私たちは『ミッション・インポッシブル』から『ミッション・アカンプリッシュト(=任務達成)』に移行したことは明らかです。」とサヴォワ氏は付け加えた。

それでも、返還が実現した事例は散発的である。ナイジェリア、セネガル、ベナン、エチオピア、コンゴでのキャンペーンは一定の成果を上げているが、例えばカメルーンはドイツの美術館だけで約4万点の作品があると主張しているが、返還されたのは数点に留まっている。コレクションの透明性がまだ向上していないため、各国が美術品を主張することが困難になっている。そしてフランスでは、マクロン大統領自身が、かつての返還を支持する「過激な」レトリックを二転三転させている。例えば、ベナンへの26点の美術品の出発式で、彼は「フランスが単に他国の遺産を派遣し、それぞれが宝物を取り戻すようにするならば、それは恐ろしいビジョンだ。」と語った。

とはいえ、ヒックス氏によれば、「これはもう、返還するかどうかではなく、どのように返還するかという話なのです。」

成功を惜しまない

A group of six European men sitting, surrounded by Benin objects, several other men are sitting in a building at the back; the six men are wearing western-style clothes and helmets./By Unknown author - British Museum Af,A79.13, Public Domain
A group of six European men sitting, surrounded by Benin objects, several other men are sitting in a building at the back; the six men are wearing western-style clothes and helmets./By Unknown author – British Museum Af,A79.13, Public Domain

「サール・サヴォワ報告書が発表されてから4年の間に、セネガル、マダガスカル、コンゴ民主共和国、ベナン、ナイジェリア、エチオピアなど数カ国が、先祖伝来の品の返還に関して大きな成功を収め、少なくとも動きがありました。ナイジェリアに続き、ベナンが最も印象的であることは間違いありません。ベナンの政府主導のキャンペーンは、コートジボワールやセイシェルといった他の国々が現在追随している、フランスからの遺物引き取りの前例となりました。」と、サヴォワ氏は語った。

当初、ベナン政府はフランスに対し、不特定多数の遺物の返還を大々的に要求した。しかし、その努力が行き詰まると、今度は、特定の事件に関連した略奪物の返還を求めるようになった。つまり、1892年のフランス軍によるアボメイ王宮での略奪事件だ。それが功を奏した。2020年11月、フランス上院は、これらの特定の作品を譲渡禁止政策の対象から除外する法律を全会一致で承認した。

「植民地時代の文化財のあり方を変えるには、一般的な法律が1つあったほうがよかったかもしれません。でも、私にとってはこれは重要な一歩です。後戻りはあり得ません。」とサヴォワ氏は語った。

しかし、その前途は多難だ。フランスのロズリーヌ・バシュロ文化相は、フランスの通信社AFP通信の取材に応え、ベナンの法案について「譲渡禁止の原則に挑戦するものではない」と主張した。文化財の返還は「悔恨の行為ではなく、あくまでも友情と信頼の行為である。」と語った。

ベナンはその友情に期待していることだろう。ベナン政府は、これらの文化財の返還を、観光事業への大規模な投資を含む開発目標と結びつけている。実際、フランス開発庁は、こうした取り組みに一部資金を提供し、非公表の「市場より低い金利」での融資を行っている。

「政府の方針は、文化財の返還、共有、流通を、貧困との戦い、雇用と富の創出、社会経済開発のツールとすることです。」とアビンボラ氏は電子メールのインタビューで答え、ベナンが観光、文化、芸術分野に6700億CFAフラン(10億ドル以上)の投資を計画していることを明らかにした。

この資金は、2025年までに古代の宮殿の改修と、かつての奴隷港であるウイダーにある国際記憶と奴隷博物館、アボメイのアマゾンと王の叙事詩博物館、ポルトノボの国際ヴォドゥン文化博物館、コトヌーの現代美術館の4つの新しい博物館の建設にあてられる予定だ。その目的は、観光客、特にアフリカ系アメリカ人やアフロ・ラテン系の人々など、祖先が奴隷制度とつながりを持ち、自国で疎外感を感じ幻滅している可能性のある人々を引きつけることにある。

こうしたアフリカン・ディアスポラ(世界各地に離散したアフリカに起源を持つ人々)の人々が、彼らが「母国」と呼ぶ国とのつながりを取り戻そうとする傾向が生まれつつあり、特にアメリカ人は、米国で直面する人種的偏見や差別から逃れるためにアフリカ諸国へ移動している。ガーナは2019年、この傾向に乗じて「ガーナ帰還年」キャンペーンを実施し、アフリカン・ディアスポラを招き入れ、19億ドルの経済効果を得た。ベニンもこの傾向が、国民に広く経済的繁栄をもたらすことを期待している。

ナイジェリアも同じような野心を持っている。17世紀から19世紀にかけてベニン王国から略奪された数百のベニン青銅器が、かつての王国の領土であるナイジェリアに返還される機運が高まっているのです。ベニン王国の王族、ナイジェリア連邦政府、エド州政府を中心とした数十年にわたる執拗な闘争であった。2007年、これらの関係者は、欧米の博物館からの代表者と共に、返還努力を調整する多国間組織「ベナン対話グループ」を結成した。

「エド州政府とベナン対話グループは、返還要求を世界的に最重要視することに成功しました。現在進行中の考古学的活動やエド西アフリカ美術館プロジェクトの発展も大きな推進力になっています。」と、同グループのメンバーで、エド州知事のゴドウィン・オバセキ氏の顧問を務めるエノティ・オグベボ氏は語った。

3月には、ワシントンのスミソニアン博物館とベルリンのフンボルト・フォーラムが、所蔵するベニン青銅器の一部を返還することに合意した。昨年6月には、ニューヨークのメトロポリタン美術館が真鍮製のプレート2枚を返還している。また、これらの著名な公立博物館以外にも、アバディーン大学やケンブリッジ大学ジーザスカレッジなど、必ずしも返還が注目されていないあまり知られていない美術館も、この1年間に同様の遺物をナイジェリアに返還している。

アバディーン大学のジョージ・ボイン副学長は、同大学が発表した声明の中で、「このような非難されるべき状況で入手された、文化的に重要な品物を保持していたことは正しいことではなかっただろう」と説明している。同大学は1957年にオークションで、略奪されたオバ(王)の頭部の彫刻を入手したことがある。

しかし、これらの作品のすべてが物理的に返還されるわけではない。ナイジェリアは「無条件返還を主張している」とオグボー氏は説明するが、それでもこれらの作品のいくつかを欧米の機関に「貸与」する計画があるのだという。そうすれば、ナイジェリアは正式に所有することになるが、欧州の博物館が所有したままとなる。

また、大英博物館は、1897年のベニン王国に対する軍の「懲罰的遠征」で捕獲されたベニン青銅器の最大のコレクションを保有していると言われているにもかかわらず、いかなる遺物も返還しない姿勢を貫いている。ベニン青銅器は、ナイジェリアが独立する以前から、同博物館に返還の要請と主張がなされていた。今回、同博物館はベナン青銅器を借用品としてナイジェリアに送り返すことを「検討する」ことに合意した。

 Façade of the British Museum/ By Ham – Own work, CC BY-SA 3.0

また、あまり知られていない軍事遠征の際に持ち出された多くの遺物は、言うまでもなく、博物館の明るいガラスケースに収められたり、欧州中の個人コレクションに飾られたりしている。

「この話は次に進むと思います。」とヒックス氏は言った。「遠征は1回だけでなく、何回もあったのです。結局のところ、略奪は『軍事戦術』であり、『文化的剥奪を目的とし、主権を破壊しようとし、伝統的な宗教を破壊しようとした。』」と、ヒックス氏は付け加えた。このように、欧州の博物館は、略奪の間接的な受益者であるだけでなく、植民地支配の「武器として使われた」のである。

市民社会のキャンペーン

ナイジェリアとベナンが、政府が返還交渉の主導権を握ったのに対し、エチオピアは民間財団、外交官、エチオピア正教会が主導権を握るという異なるアプローチをとっている。

「私たちが考えるに、政治的な意図を持たない文化団体が、文化や国、政治体制の間を取り持つことは、非常に重要なことです。エチオピアの芸術品をエチオピア政府に返還する活動に積極的に取り組んでいる英国の非営利団体、シェヘラザード財団の創設者であるタヒール・シャー氏は、「NGOとして注目を集め、(返還)イニシアティブを推進することが重要です」と語った。

シャー氏の財団は、英国の議員、博物館関係者、法律専門家をこの問題に集結させ、2021年には、マックダラの戦いとしても知られる1868年の英国軍によるアビシニア(現在のエチオピア)への侵攻時に奪われた聖具を特定し買い戻すのに貢献した。

一方、エチオピア正教会は、「言い表せないぐらい神聖な」タボット(十戒が記されたレプリカの石版)を返還する取り組みの先頭に立っている。タボットもマックダラーの戦いで奪われ、大英博物館に保管されることになったものである。タボットは「エチオピアのキリスト教徒が地上の神の住まいと信じる」もので、非常に神聖なものであるため、本来なら一般人が展示したり見たり、写真やスケッチ、研究したり、大英博物館の職員が見ることさえできないものと考えられている。

以前から、教会、政府、シェヘラザード財団は、英国政府および遺産部門のさまざまな関連機関に圧力をかけ続けてきた。3月30日には、元カンタベリー大司教のジョージ・キャリー氏が、自身がメンバーである貴族院に、大英博物館がタブーを返還すべきかどうかの議論を呼びかけた。その結果、ウスター司教ジョン・インジ氏がキャリー氏の動議を支持した。彼は、タボットが「生きた信仰に関わるもの」であることを指摘し、「それゆえ、それらを聖なるものと理解し、そのように大切にする人々のもとに返すべきでないか。」と問いかけた。

しかし最終的には、大英博物館の管理委員会が、コレクションの管理について議会に説明責任を持ちながらも、議会から独立して運営することになる。そして、今のところ、返還要請に応じる意思を示していない。報道によると、同委員会はタボットを返還すれば、他の収蔵品の返還に繋がる前例となることを懸念しているのだという。

アフリカ大陸の他の場所では、シェヘラザード財団のケースのように、必ずしも国家政府と協力しているわけではなく、地元の民間団体が、意識を高め、コミュニティが自ら返還請求できるようにする上で重要な役割を果たしている。

例えば、タンザニアを拠点とする汎アフリカ弁護士連合は、現在、国内法と地域法の両方に基づいて、アフリカ美術品の返還と送還を規定する既存の法的枠組みを確認する作業を行っている。

さらに、オープン・レスティチューション・アフリカは、政策の変更、遺産に関する知識、保留または提案されている返還の状況など、必ずしも主流ではない知識に関する情報を収集し、共有している。これはアフリカの関係者が「客観的な傾向、変化、影響を観察」し、他の関係者の成功や失敗から学ぶのに役立つ。また、このプラットフォームは、多国間のフォーラムや議論では敬遠されがちな、返還が今後どのようにあるべきかというアフリカのアイデアや学問を中心に据えている。

これらの団体の活動は、現地の団体や国家主体による広範な本国送還と返還の取り組みを支援するため、オープン・ソサエティ財団による1500万ドルのイニシアティブによって支えられている。

オープン・ソサエティ財団の芸術・文化担当プログラムオフィサー代理のヴェロニカ・シャトラン氏は、「多くの国で返還が進められていますが、どのプロジェクトも互いに語り合っておらず、つながっていません。私たちは、関係者を結びつける役割を担っていると考えています。」と説明した。

真の返還

サール・サヴォワ報告書の最も明確な勧告の一つは、欧米の美術館が収蔵品の透明性を高め、一般の人々が希望すれば、その品物を特定し、返還を求めることができるようにすることであった。また、透明性を高めることで、アフリカの学者や学芸員と協力し、作品が展示される背景を再考し、これらの美術館に展示されるに至った経緯についてより正確な情報を提供する機会を作ることも意図されていた。

しかし、これはあまりうまくいっていない。それどころか、透明性を口実に、博物館は遺物返還の交渉を遅らせたり、曖昧にしたりしている。

ヒックス氏は、「一朝一夕にできることではありません。これらのコレクションの放置は、常に暴力の一端を担っていたのですから。」と指摘したうえで、「展示品のストーリーを隠したり、ごく少数の展示品しか並べなかったり、保存の基準について透明性を欠いたり」するような,一見すると無害で受動的な行動は、美術館の実務において長年にわたって規範となってきた組織的な抹殺行為の一部です。」と語った。

ヒックス氏はまた、「真の返還とは、芸術品の物理的な返還にとどまらず、アフリカ人とヨーロッパ人の間でこれらのアフリカのコレクションに関する知識を深めることを意味します。」と語った。サヴォワ氏によれば、ヨーロッパ人は、これらの美術品が軍事的征服によって奪われたことは「間違っている」と理解しているが、その多くが信仰を持つ人々から奪われた宗教的なものであること、また他のものが大きな力の不均衡と不公正な交換条件を利用して購入されたことをまだ認めていない。このような行為が暴力的であることを理解できない「心理的閉塞感」がある、とサヴォイ氏は語った。

アフリカの国々でも、返還問題はしばしばエリート主義的な関心事として捉えられている。しかし、略奪された工芸品の多くがアフリカの労働者階級によって作られ、日常生活で使用されたものである。つまりこれらの工芸品はアフリカ文化史のかけがえのない一部なのだ。

「返還問題を一般大衆に知らしめて、コミュニティが主体性を持つようにする必要があります。そうでなければ、(返還の取り組みは)国家レベルにとどまってしまうでしょう。」と、ダカールに拠点を置く詩人で、西アフリカオープンソサエティイニシアチブのアドボカシー・マネージャーであるイブラヒマ・ニアン氏は語った。

地元の団体の中には、まさにそのような取り組みを行っているところもある。例えば、ナイジェリアのアフリカ芸術家財団は、2020年のラゴスフォトフェスティバルの期間中に、一般市民を対象に、自宅の中で神聖で、コミュニティと共有する価値があると感じる物を撮影し、共有してもらうプログラムを開始した。このプロジェクトは、一般の人々に返還の妥当性を示すことを目的としており、多くの人々の関心を呼び起こし、返還が学界や政治的な議論の枠を超えた主流の話題となった。

政府もその一翼を担っている。2月のアビンボラ氏の記者会見の後、ベナン政府は大統領官邸の展覧会に関するニュースを大々的に宣伝した。ウイダからカンディにかけて、アボメイの王宮の門とソッサ・デデの等身大のベナン歴代王グレレとベハンジンの像(それぞれライオンとサメとして彫られている)が祖国に返還されるとの告知が、各地の看板、ラジオ、新聞を通じて喧伝された。

2月下旬の展示開始以来、学生、公務員、ヴォドゥン教の僧侶、ベナン王族、そして私を含め、3万3千人以上の人々がこの遺物を目にした。ベナンの芸術の系譜を巧みにたどり、ジュリアン・シンゾーガンやセナミ・ドヌマッスーなどの現代アートが返還された遺物とともに展示され、古代作品の神秘性や威厳と呼応する、完璧なコレクションとなっている。展示ガイドは、もっと知りたいという来場者で手いっぱいとなっていた。

これはアビンボラ氏がまさに期待していた反応であり、ベナン政府が遺産開発への投資を継続することを後押しする概念を実証する結果となった。

「100年間見ることができなかったものを見ることができ、人々は喜んでいます。」「これは状況を変えていくでしょう。」と、この展覧会を訪れていたコトヌー出身のラジオ司会者アビブ・フィリベールは語った。(原文へ

この記事はWorld Politics Review (WPR)が配信したもので、WPRの許可を得て転載しています。

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ロシア産原油の禁輸措置が切り開くアフリカの新展開

【ラゴスIDN=オラトゥボーラ・アヨデジ】

Map of the major existing and proposed russian natural gas transportation pipelines in europe./ Wikimedia Commons
Map of the major existing and proposed russian natural gas transportation pipelines in europe./ Wikimedia Commons

ロシアは米国、サウジアラビアに次ぐ世界第3位の産油国で、1日に輸出する約500万バレルの原油のうち、制裁発表前は半分以上が欧州向けだったことを理解することは非常に重要だ。発表前、ロシアは英国と米国の石油需要のそれぞれ約8%と3%を占めていた。

国際エネルギー機関(IEA)によると、ロシアの原油生産量は日量70万バレル減少し、さらにその減少は4月末には日量約150万バレル、5月末には300万バレルに達する可能性がある。

天然ガスについては、欧州連合(EU)の天然ガス輸入量の約40%、英国の天然ガス供給量の約5%をロシアが占めており、ウクライナを経由するパイプラインもあれば、ベラルーシ、ポーランドを横断してドイツに至る「ヤマル・ヨーロッパ」、バルト海の下を通ってドイツに至るノルド・ストリーム1など別のルートをとるものもある。実際、ロシアのウクライナ侵攻以来、供給不足を懸念して英国のガス価格は高騰している。米国はロシアのガスを輸入していない。

ロシアのウクライナ侵攻は、特に欧州諸国、米国およびNATOの同盟国からの世界的な反発に直面し、ロシアに対する制裁や処置が行われるようになった。例えば、EUはロシアの天然ガスを3分の2まで削減し、2030年までにロシアの供給への依存を解消したいと表明している。

Image source: Sky News
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そうなると、欧州はカタールやアフリカのアルジェリア、ナイジェリアといった天然ガス輸出国に頼るしかない。実際、アルジェリアはEUへの天然ガス輸出の約8%を占めているが、生産性の拡大には現実的な障害がある。アフリカに目を向けることは欧州にとって究極の選択肢ではなく、他にも選択肢があることを指摘しておく必要がある。

  • 欧州最大のロシア産ガス消費国であるドイツは、ウクライナ危機のためにロシアからの新ノルドストリーム2ガスパイプライン(西シベリアとドイツを結ぶ110億ドルのバルト海パイプラインプロジェクトで、既存のノルドストリーム1パイプラインの容量を2倍にする)の認証を停止したが、英国、デンマーク、ノルウェー、オランダからはパイプラインでガスを輸入できるだろう。
  • 南欧はイタリアへのアドリア海横断パイプラインとトルコ経由のアナトリア天然ガスパイプライン(TANAP)を通じてアゼリガス(アゼルバイジャンからのガス供給)を受け取ることができる。
  • ノルウェーのエクイノール社は、欧州の夏の間、ノルウェーの油田からより多くのガスを生産する方法を検討していると発表した。
  • ドイツの電力会社協会BDEWは、ロシアからのガス供給が途絶えた場合に備えた緊急計画を打ち出すよう政府に要請した。
  • また、米国は今年、約150億立方メートルの液化天然ガス(LNG)をEUに供給することを検討しており、米国のLNGプラントはフル稼働で生産している。
  • 欧州委員会によると、米国やカタールなどの国からの天然ガスやLNGは、欧州がロシアから年間600億立方メートル(bcm)を得ている天然ガスの代替となりうる。
  • また、2030年までに発電能力を3倍にして、480GWの風力発電と420GWの太陽光発電を追加すれば、年間170Bcmのガス需要を削減することができる。
  • また、2030年までに、ガスボイラーを3000万台のヒートポンプに置き換えることで、35億cmの削減が可能。
  • 欧州は気候変動目標を達成するために脱石炭を図っているが、天然ガス価格の高騰により、2021年半ばから一部の石炭火力発電所を再稼働させている。
  • ドイツは、ロシア産天然ガスへの依存を減らすために、石炭や原子力発電所の寿命を延ばす可能性があると表明している。
  • また、再生可能エネルギーとエネルギーの多様化が今後のエネルギー体制で求められる中、欧州によるクリーンエネルギーへの移行が急速に進んでいる。

以上のことから、欧州の選択肢の広さは明らかである。しかし、アフリカ諸国が欧州にガスを供給するのに有利な立場にあることは間違いない。

SDGs Goal No. 7
SDGs Goal No. 7

アフリカは天然資源に恵まれており、55カ国のうち半数近くが天然ガスの確認埋蔵量を持ち、その総量は800兆立方フィートにもなる。その内、ナイジェリアは206兆5300億立方フィートという最大の確認埋蔵量を有している。

次いで、アルジェリア、セネガル、モザンビーク、エジプトがそれぞれ159.1兆立方フィート、120兆立方フィート、100兆立方フィート、77.2兆立方フィートの天然ガス埋蔵量が確認されている。特に米国は欧州の同盟国が北アフリカ、中東、アジアから代替ガスを確保することを支援しているなか、こうしたアフリカ諸国の豊富な天然ガス資源に注目が集まっている。

このため、アフリカがこのギャップを埋めるという議論も出てきている。実際、タンザニアのサミア・スルフ・ハッサン大統領は、アフリカ以外の新たなエネルギー市場の確保に努めているが、ロシアのウクライナ侵攻は天然ガス販売の好機となるとの見解を示している。

タンザニアはアフリカで6番目に大きい57兆立方フィート(16億立方メートル)の天然ガス埋蔵量を誇り、現在シェル社と共同でその広大な海上天然ガス資源を活用し、欧州に輸出する計画を進めている。

また、ナイジェリアのエネルギー担当官であるティミプレ・シルヴァは、同国の天然ガスをアルジェリア経由で欧州に輸送するサハラ砂漠横断パイプラインを建設する計画があることを認めた。ドーハで開催された天然ガス輸出国フォーラムで言及されたものだ。

この発言は、アルジェリアおよびニジェール共和国との覚書への署名と、614kmのサハラ砂漠横断天然ガスパイプラインの建設が進行中であることを受けたものだ。このパイプラインは、70年代から構想されていたもので、ナイジェリア北部からニジェール、アルジェリアを通り、欧州につながる予定だ。

にもかかわらず、アフリカ産天然ガスが、応急処置的な解決策になるという懸念があるのは、主にインフラの不足が原因だ。インフラへの投資不足は、特にサブサハラ・アフリカのエネルギー産業の大きな妨げとなっている。

北アフリカには、すでに欧州との間に天然ガス輸出市場が確立されていることは特筆に値する。例えば、アルジェリア(アフリカ最大の天然ガス輸出国)のマグレブ・欧州ガスパイプラインは、モロッコを経由してスペインとポルトガルに天然ガスを運び、メドガズパイプラインはアルジェリアとスペインを直接結んでいる。

2019年、アルジェリアはスペインに約170億立方フィート(4億8100万立方メートル)のガスを輸出した。この数字は、2020年には約90億立方フィート(2億5500万立方メートル)に減少した。この減少は、アルジェリアとモロッコの関係が破綻し、アルジェリアがスペインへのガスの直接輸出を開始すると発表したことに起因する。

African Continent/ Wikimedia Commons
African Continent/ Wikimedia Commons

しかし、サハラ砂漠以南のアフリカでは、インフラの危機が長引いている。約13兆5000億立方フィート(3820億立方メートル)のガス確認埋蔵量を持つアンゴラは、技術・操業上の問題や上流投資・インセンティブ不足が重なり、過去5年間で石油・天然ガスの生産量が激減している。

ナイジェリア政府は2020年に「天然ガスの10年」を発表した。これは、南部アジャオクータから北部カドゥナ州を経て北西部カノ州に至る新天然ガスパイプラインの開始によってさらに強化され、その資金の大部分は中国の金融機関から提供された。

欧州へのアクセスを可能にするための地域間・大陸間パイプラインの建設には、かなりの投資が必要だ。新たに署名された石油産業法は、石油・天然ガス部門における汚職や不正行為、無駄を削減し、ホストコミュニティの方向性を変え、同部門への投資を促進するための枠組みを提供すると期待されている。(原文へ

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ウクライナ危機は、国連が独力で非核世界を実現できないことを示した

【国連IDN=タリフ・ディーン】

もはや3カ月目に突入しようとしているウクライナでの破滅的な戦争では、「核のオプション」の脅威が何度も叫ばれている。

Image source: Sky News
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2月24日にロシアのウクライナ侵攻で始まったこの戦争は、世界の主要な核保有国の一つと、隣接する非核保有国との間で起こっている。

最近では、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相が4月25日、核紛争の可能性を「過小評価されるべきではない」と暗に脅しをかけている。「誰もが、『第三次世界大戦は容認しない』という呪文を唱えているが、その危険性は重大であり、実在します。」とラブロフ外相はロシアのテレビ番組のインタビューで語ったという。

ウクライナ危機は、国連憲章に規定されている「国際の平和と安全」を守る国連の能力には限界があることを白日の下に晒した。

4月26日に国連のアントニオ・グテーレス事務総長がモスクワでウラジーミル・プーチン大統領と1対1で会談したにもかかわらず、国連は危機を収束させることができず、停戦交渉にすら協力できなかったとして、激しい非難を浴びている。

これらの展開をみるに、関連する疑問が叫ばれている。すなわち、数多くの決議や国際会議で繰り返されてきた「核兵器のない世界」を国連は本当にもたらすことができるのだろうか、という問いだ。

Photo: UN Secretary-General António Guterres (centre) visits Bucha, on the outskirts of the Ukrainian capital, Kyiv. UN Photo/Eskinder Debebe

ブリティッシュコロンビア大学(バンクーバー)公共政策国際問題大学校リュー記念国際問題研究所の所長で、軍縮・グローバル・人間安全保障問題の責任者を務めるM・V・ラマナ教授はIDNに対して、「決議や会議がいくらあっても国連自体が非核兵器世界を実現できるわけではない。」との見方を示した。

ラマナ教授は、「しかし国連は、この目的に関心を持つ世界各国が集い、その集合的な意思を示す場を提供することはできます。」と指摘したうえで、「ただ、そうした国々自体は、国連で集団を形成したとしても、米国やロシア、中国のような大国に対して核兵器を放棄させることができないかもしれません。」と語った。

また、「これらの国々の内部の社会運動と手を結ぶ必要があります。もちろん、現時点ではそうした運動は弱いし、政策変化をもたらしうる可能性は極めて低いでしょう。しかし、私たちに選択肢はありません。現在の核の現状の継続、あるいはさらに悪いことに軍拡競争は、ほぼ間違いなく大惨事に終わります。」と警告した。

「ノルウェー・ピープルズ・エイド」のヘンリエッテ・ウェストリン事務局長は、「ウクライナでの戦争とプーチンの核使用の脅しは、一部の国家が大規模かつ無差別な核の暴力によって自分たちの安全を守らなければならないと主張する世界に住むことの重大な危険性を、またしてもはっきりと思い起こさせるものである。」と語った。

「私たちは、核抑止力による安定化効果よりも、むしろ運を信頼することになったのだ。使用可能な核兵器が世界で増加していることは極めて憂慮すべき事態です。」と、今年4月11日に年次核兵器禁止モニター報告書を発表したウェストリン事務局長は語った。

American political activist Medea Benjamin./ By Medea Benjamin – The uploader on Wikimedia Commons received this from the author/copyright holder., CC BY-SA 3.0

米国の戦争と軍事主義の廃絶を目指して活動する女性主導の草の根組織「コードピンク」のメディア・ベンジャミン氏は、IDNの取材に対して、「国連が戦争を止められなかったのは今回が初めてではない。」と語った。

「しかし、ウクライナでの戦争は実際に核戦争の危険性を人々に強く意識させることになりました。特に若い世代は、私たちが目の当たりにしているような差し迫った危険性とともに育ってきてはいないため、その傾向が強い。若い人たちのこの感覚から運動を作り上げていくべきです。」

核兵器禁止条約によれば、「核兵器はいまや非合法であり、核保有国を条約に加入させるように努力を続けなければなりません。」とベンジャミン氏は語った。

ベンジャミン氏はまた、「まずすべきことは、ウクライナでの戦争を、核の対立を引き起こすことなく、また米国のイラクやアフガニスタンでの戦争のように何年も引き延ばすことなく、終わらせることです。一方で、この時間を使って、核戦争が私たちの生存に与える脅威について人々を教育し、核兵器禁止条約への支持を広げる機会とすべきです。」と語った。

ベンジャミン氏は、核軍縮は、失われた大義を取り戻すための良い試みであるかとの問いに対して、「失われた大義とは、ロシアと米国の間の核の対立のことです。この地球の将来がかかっているのだから、核兵器なき世界を目指すのは私たちの義務です。」と語った。

Ramesh Takur/ ANU
Ramesh Takur/ ANU

オーストラリア国立大学名誉教授で戸田平和研究所の上級研究員であるラメッシュ・タクール博士は、「第一に、国連に関してよく持たれている誤解がある」とIDNに語った。

「2003年の米国と英国のイラク攻撃、現在のロシアのウクライナ攻撃など、そもそも国連は大国(P5)による小国への侵略を阻止できるようにはできていません。国連はむしろ、大国間の大規模な戦争を回避することによって平和を保つことに最も重きを置いているのです。」

「拒否権条項はこの両方の目的を満たすためのものです。」「このことは、偏向した西側メディアがほとんど無視している重要な要素を示唆しています。本当の意味で、ウクライナ戦争はロシアとNATOの代理戦争であり、米国とNATOはその責任を共有しています。」と、タクール氏は語った。

例えば、オーストラリアのスコット・モリソン首相は最近、中国軍がソロモン諸島に軍事基地を置くことになれば、一線を越えたとみなすと発言した。バイデン政権のインド太平洋調整官兼大統領副補佐官(国家安全保障担当)のカート・キャンベル氏がソロモン諸島の首相と会談した直後に出されたホワイトハウスの声明は、米国は重大な懸念を持っており、もし中国軍がソロモン諸島に基地を置くことになれば、しかるべき対応を取ると述べている。

「ソロモン諸島はオーストラリアの北側海岸から2000キロ離れている。ロシアとウクライナは国境を接しており、キエフはモスクワから800キロの距離に位置している。しかし、米国は、NATOの継続的な東方拡大をロシアが『一線を越えたもの』とみなすことを一貫して認めていない。」と、タクール氏は指摘した。

第二に、核の問題については「問題はあなたが考えるほど明確な形を取っていない」とタクール氏は語った(同氏の近著に『核兵器禁止条約:グローバル核秩序の変革的再定義』、ラウトリッジ社、2022年がある)。

タクール氏によれば、核兵器の問題は3つの観点から論じることが可能だという。第一に、核兵器の役割を強調し、欧州と太平洋の一部の米同盟国がNATO及び米国と核共有協定に入りたいとの関心を高めるとすれば、核軍縮の大義は押し戻され、厳しい地政学の時代が戻ってくることになる。

第二に、それとは逆に、今回の危機は、核兵器の存在そのものによる脅威に対して何らかの対処がなされねばならないとの重要性を浮き彫りにしている。現在は核軍縮を追求するには適切な時期ではないと問題を無限に先送りするという態度とは対極にある。

第三に、ウクライナ危機に照らせば、核兵器の危険を減ずるための信頼性があり実践的な措置に向けた努力を行うのではなく、NPTと核兵器禁止条約の間、あるいは、核軍備管理派と核軍縮派との間の事実上の内戦を、国際社会は今後も続ける余裕があるのか、とタクール氏は問いかけた。

一方、『核兵器禁止モニター』の最新の数字によると、2022年初頭、9つの核保有国の核弾頭は合わせて12705個であった。

そのうち推定9440発(その合計の爆発力は広島型原爆の13万8000発分)が、ミサイルや航空機、潜水艦、艦船に搭載して使用可能な備蓄になっているという。

『核兵器禁止モニター』は、使用可能な核弾頭の数は増加傾向にあると警告している。

この9440発の核兵器に加えて、2022年初めの時点で、ロシア・英国・米国において3265発の退役済み核弾頭が解体を待っている状態であるという。(原文へ

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平和研究の意味とは?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ロジャー・マクギンティ】

研究テーマとしての平和、そして実践としての平和に、かつてないほどの注目と資金が集まっている。大学では、平和や関連テーマに関する授業が大盛況である。平和に関する学術論文や政策文書が次々に発表され、いまや非常に大勢の国際的な「平和専門家」が国際機関や国際NGOで働いている。要するに、平和ビジネスに従事するには良い時代ということである。(原文へ 

しかし、このような平和学や平和研究の“ブーム”にもかかわらず、戦争、環境劣化、不平等、不公正には事欠かないようだ。こう問うてもいいはずだ。平和研究に何の意味があるのか? あるいは、別の問い方をするなら、平和研究や平和教育への投資のすべてが実際に役に立っているという証拠はあるのか?

深く考えずに即答するなら、“ノー”だろう。特定の研究や特定の紛争削減の努力が紛争の発生を防止したことを立証する絶対的基準に基づく証拠を見つけるのは、非常に難しいだろう。何故なら、紛争や暴力の原因は多くの場合、多次元的であり、単一の要因が原因になったり予防したりする可能性は低いからである。むしろ、紛争を多くの要因の集合体の一部として見る必要がある。その要因は、構造的なもの、直接的なもの、明白であからさまなもの、微妙でほとんど気付かないものなど、さまざまである。

では、世界が文字通り炎上している状況のもと、平和研究への投資をどう正当化できるだろうか? そして、平和研究は、21世紀にわれわれが直面している課題を解決するという目的にかなったものだろうか?

おそらく平和研究がここ数十年の間に果たした、そして現在も果たし続けている最大の貢献は、紛争、開発、ジェンダー、気候変動の相互関連性を指摘することだろう。注目すべきことに、20世紀の大部分の間、これらのテーマはかなり別々に研究されてきた(そもそも研究された場合であるが)。最近の十年間では、大学、シンクタンク、国際NGO、国際機関に属する平和研究者たちは、紛争が関連性の複雑な連鎖の一部であるという説得力のある主張を行っている。つまり、紛争、開発、ジェンダー、気候変動はすべて、同じ集合体の一部なのであり、それらを別々に取り扱うことはできない。

アフガニスタンやコロンビアの例を考えてみよう。環境、開発、ジェンダーの問題を抜きにして、そうした紛争を本格的に検討することは不可能である。平和研究は、これらの紛争の横断的かつ多次元的な性質に着目する最前線に立ってきた。

平和研究はまた、平和と紛争の分析においてローカルな視点を大切にするという面でも先端を走ってきた。比較的最近まで平和は、ほとんど国家、政治指導者、軍事指導者、国際機関の間だけでしか議論されてこなかった。まるで、紛争地帯の人々は単なる家財道具であるかのようだった。このような視点は根本的に変わり、平和を有意義なものにするためには、大統領や首相だけではなく、地域社会の賛同を得なければならないと理解されるようになった。

現地の視点に注意を払う姿勢は、多くの国際機関に採用されており、人道支援、開発、平和構築の従事者による紛争に配慮したプログラム策定に明確に表れている。これは、紛争状況下での介入はどれほど善意によるものであっても意図せざる結果をもたらす可能性があるという、平和研究の認識から導かれたものである。

平和研究の重要な利点は、その学際性である。複雑な社会問題に対して、単一の視点や学術分野が全ての答えを持ち得ないことは、長年にわたり認識されてきた。このため、社会科学において、平和研究は混合的研究法と学際的な視点を早くから採り入れてきた混合的研究の手法は、21世紀の課題に立ち向かう上で、さらに大きな意味を持つだろう。気候変動やそれに伴う紛争のような複雑な問題は、確固とした科学的視点とともに、人々がどのように適応していくのか、なぜ文化が重要なのかを理解する社会学的・人類学的分析が必要なのである。

それに加え、ITに精通した新世代の活動家たちがいる。彼らは、データを分析し、可視化し、紛争を促進する異なる要因を結びつけることができる。ある意味、職業としての平和研究者は、市民科学者やジャーナリストによる運動の高まりの一翼を担っているのである(あるいは、少なくともデータを提供している)。今後の課題は、これらの連携をできるだけ効果的なものにすることである。平和研究は大学の講義室の外へと広がるとき、その可能性を最大限に発揮する。

紛争とその複雑性を理解する方法に関して平和研究が貢献を果たしていることは間違いないが、それについては称賛もほどほどにするべきだろう。平和研究は、未だに白人が多く、いくぶん男性が多い。平和研究に関する学術会議に行ってみれば、西洋人の「専門家」集団が非西洋的状況について語っているのを見るだろう。紛争の状況下にある地元の専門家は普通、国際会議に出席する余裕などなく、学術発表の政治経済学の中で力を出せずにいることもしばしばである。他の学術分野と同様、平和研究においても、脱植民地化、多様化、自省が有益であろう。

もちろん、平和研究ができることには限りがある。データを提供し、政策提言を行い、権力を持つ者に真実を伝えることができる。最終的に責任を負うのは、政治指導者、企業、地域社会、そして個人の手に委ねられている。

ロジャー・マクギンティは、英国のダラム大学でダラム・グローバル安全保障研究所(Durham Global Security Institute)所長および政治学・国際関係学部(School of Government and International Affairs)教授を務めている。最新の著作は、Everyday Peace: How so-called ordinary people can disrupt violent conflict (Oxford: Oxford University Press, 2021)。

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気候変動対策はグローバル・ジャスティスの問題である(アナレーナ・ベアボック ドイツ外相)

5月2日から3日にかけてドイツ外務省が米国務省と共催した国際会議「気候危機の最中における持続可能な平和:データ科学、技術とイノベーションの役割」におけるベアボック外相のスピーチ内容。ドイツは今年のG7議長国である。

【ベルリンIDN=アナレーナ・ベアボック】

Annalena Baerbock/By Bündnis 90/Die Grünen Nordrhein-Westfalen, CC BY-SA 2.0
Annalena Baerbock/By Bündnis 90/Die Grünen Nordrhein-Westfalen, CC BY-SA 2.0

気候危機は、私たちの世界、私たちの生活に対する脅威です。皆さんの多くは、このことを何年も前から知っていました。

ドイツに暮らす私たちの多くは、昨年、致命的な洪水によって200人近くが亡くなったことで、そのことをはっきりと認識しました。しかし、世界中の何百万人もの男女や子供たちにとって、気候の危機は非常に長い間、 危険な現実であり続けているのです。

先月サヘルに行ったとき、マリやニジェールの勇気ある女性たちが、干ばつや異常気象がいかに彼女たちの生活を脅かしているかを話してくれました。

ニジェールでは、ニアメの北に位置する広大な平原に立ち、60年ほど前には綿花が栽培されていた場所に行きました。村人によると、かつては木々が生い茂り、20メートル先も見えないほどだったそうです。私たちが立ってみると、地平線を遮るものは何もない。見えるのは、干ばつと浸食、そして激しい雨によって硬くなった、赤く不毛な土の地面だけでした。気温45度の焼け付く大地の上に立つと、その村に住む人々にとって気候変動が何を意味するのかがわかります。

彼らにとって、そして世界中の多くの人々にとって、気候の危機はパーセンテージや排出量の目標値で測れるものではありません。彼らにとって、気候の危機とは、母親が次の日に子供に何を食べさせたらいいかわからないということです。これはつまり、農民が収入源がなくなってしまったので、息子が過激派に加担するのではないかと心配しているということです。

Image source: Sky News
Image source: Sky News

そして今、ロシアによるウクライナ侵攻はこの危機をさらに悪化させ、既に人々が多大な苦痛を受けている地域で、供給の途絶が食料価格を押し上げています。複数の危機の嵐がサヘルをはじめとするこの世界の脆弱な地域のコミュニティを襲っているのです。そして、気候の危機はその嵐の中心にあり、他の危機をさらに乗り越えにくくする要因として作用しています。だからこそ、私たちは気候の危機との闘いを政治的行動の中心に据える必要があります。

グラスゴーで開催された前回の気候変動会議(COP26)で、世界は1.5度の目標を達成するために2030年までに世界の排出量を45%削減することに合意しました。今、重要なことは、エジプトで開催される次の気候変動会議(COP27)を利用して、この野心を完全に行動に移すことです。

COP 27 Logo
COP 27 Logo

このことを念頭に置き、私たちは国際的な気候変動対策のための特使として、ジェニファー・モーガンを任命し、今日の会議に参加させました。モーガン特使をはじめ、ベルリンや各国の大使館にいる彼女の同僚たちは、世界中の国々と気候に関するパートナーシップや対話を構築し、知識や技術を共有し、この激しい嵐に耐える力をつけるための中心的存在となるでしょう。なぜなら、気候危機を抑えるために必要な行動の規模とスピードを考慮すれば、私たちは世界中で一緒に行動することしかできないからです。

しかし、正直なところ、サヘルなどの地域に見られるように、危機を抑えるだけでは十分ではありません。私たちは、人々が気候変動による被害に適応できるよう支援し、気候変動のリスクを軽減しなければなりません。

本日の会議が早期警戒とリスク分析を扱うのはこのためであり、なぜこれが非常に重要なのか、その理由もここにあります。科学的分析、ビッグデータ、人工知能……どれも抽象的で専門的、そして少しオタクっぽい印象を受けるかもしれません。しかし、これらは実際に命を救うことができるツールなのです。

異常気象がいつどこで発生するかが分かれば、遡及的に再建するだけではなく、積極的に保護するなど、より適切な対応が可能になります。例えば、ギニア湾などでの海面上昇を予測できれば、手遅れになる前に海岸線から人々を避難させる計画を立てることができます。また、ソマリアで深刻な干ばつが発生し、食料が不足しそうな地域がデータ分析によって明らかになれば、緊急支援の準備をより効果的に行うことができます。早期警戒メカニズムとリスク分析は、文字通り、沸騰する危機の度合いを測り、人命救助に役立てることができるのです。

そのため、私たちはこれらのツールを強化しています。例えばニジェールでは、国連の専門家が非常に詳細な衛星データと人工知能を使って、嵐や大雨の影響を受けにくい学校用地を特定しています。中央アジアでは、洪水や水資源の変化を予測するために、氷河の監視を支援しています。

外務省には、高度なデータ分析プラットフォーム「PREVIEW」が設置されています。人工知能の助けを借りて、私たちの同僚は何十億ものデータを評価し、暴力的な紛争、政治的傾向、気候変動のパターンを予測・分析しています。そんな彼らが説明してくれた手法の一つが、テキストマイニングです。つまり、たとえば国連総会で可決された何千もの決議文をフィルタリングして、各国の投票パターンがどのように展開しているかを理解しているのです。

PREVIEWは、科学者と政治家、科学と政治の間のギャップを埋める、ドイツ政府内でもユニークな規模と野心を持った学際的な分析ツールです。なぜなら、データ分析は、私たちのグローバルな課題を理解し、それに対処するための鍵だからです。一つはっきりしているのは、リスク評価に関しては、私たちが協力し合うことが最も効果的であるということです。このように考えているのは、私たちだけではありません。西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)は、地域的なECOWARN(早期警戒対応ネットワーク)を通じて先導していいます…。

私たちは、地域や国連、とりわけG7で力を合わせる必要があります。なぜなら、この気候危機を推進した富裕層や先進国は、気候危機と闘う上で特別な責任を負っていると私は信じているからです。

Photo: Food crisis in the Sahel and West Africa. Credit: Food Security Net
Photo: Food crisis in the Sahel and West Africa. Credit: Food Security Net

確かに、この危機は地球上のすべての人々に影響を及ぼしています。しかし、それは私たち全員に等しく影響を与えるわけではありません。気候の危機は、最も脆弱な人々に最も大きな打撃を与えているのです。

気候変動対策は、グローバル・ジャスティス(地球規模の正義)の問題です。だからこそ、ドイツはG7議長国となった機会を利用して、グローバルかつ包括的な「気候・環境・平和および安全保障イニシアティブ」を立ち上げるのです。

私たちは、レトリックから行動へと移行する必要があります。昨年、国連や緊密なパートナーとともに、複合リスク分析基金に合意するために尽力したのもそのためです。私たちはまず、テロや暴動、抗議行動などの紛争に関する包括的なデータセットに資金を提供し、毎週更新され、世界中でアクセスできるようにします。私たちの優先課題は明確で、知識を共有し、現場でのタイムリーな行動と保護を支援するために協力することです。

この会議は、知識を共有し、意思決定者、科学者、実務者をつなぐ場であり、より良い行動への重要なステップとなります。海面上昇、異常気象、干ばつの多発など、気候変動の影響を最も直接的に受けている方々のご意見を伺いたいと思います。

また、この会議を共催する米国のパートナーに感謝したいと思います。これから、ジョン・ケリー大統領特使(気候担当)の話を聞くのが楽しみです。

この会議は、データ、分析、科学的ツール、人工知能に関するものですが、同時にデータの背後にいる、気候の危機が抽象的でも人工的でもなく日常生活に関わる人々、つまり、自分たちの生活や子どもたちの次の食事に不安を感じているマリやニジェールの女性たちや、硬くなった土壌を耕すことができない農民たちについての会議でもあるのです。

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データと科学的分析によって、私たちはより良い準備と広い目で未来と向き合い、共に命を守ることができるのです。(原文へ

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ヘレロとナマが除外されたため、ナミビア大統領との協定が保留に

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賠償制度は、外から米国に押し付けられた概念ではない。それどころか、米国はこれまでに先住民に土地を与え、第二次世界大戦中に強制収容した日系人に15億ドルを支払い、ユダヤ人がホロコーストの賠償金を受け取るのを、時間をかけて様々な投資を行うなどして支援してきた。

Caricature of Cecil John Rhodes, after he announced plans for a telegraph line and railroad from Cape Town to Cairo./By Edward Linley Sambourne (1844–1910) - Punch and Exploring History 1400-1900: An anthology of primary sources, p. 401 by Rachel C. Gibbons, Public Domain
Caricature of Cecil John Rhodes, after he announced plans for a telegraph line and railroad from Cape Town to Cairo./By Edward Linley Sambourne (1844–1910) – Punch and Exploring History 1400-1900: An anthology of primary sources, p. 401 by Rachel C. Gibbons, Public Domain

しかし、米国はまだ、黒人奴隷の子孫に強制労働の対価を補償していないし、隔離された住宅、交通、ビジネス政策から失われた公平性を償うこともしていない。そして、米国の奴隷制度が特に残虐なものであったことを、誰も忘れることはないだろう。

正義を求める声は今、米国をはじめ世界各地でこれまでになく高まっており、植民地時代に奪われた富から大きな利益を得ていた欧州諸国は、対応に苦慮している。いくつかの旧宗主国は、かつて略奪したものの一部を返還する措置を始めているが、もっと多くのことがなされる必要がある。

その中で、賠償金の支払いを免れている国の一つがドイツである。昨年、ドイツ政府は、ヘレロ・ナマ虐殺事件について、ドイツの法的責任は認めないが、「現在の視点で見れば」先住民のコミュニティーに対するジェノサイドであったという留保付きで、30年間で10億ドル強の賠償金を提示した。

略奪された財産の多くは、美術品や工芸品である。サハラ以南のアフリカの最も著名な美術品の90%以上は、現在大陸の外にあると、ワシントン・ポスト紙のロクハヤ・ディアロ記者は書いている。そのような美術品をフランス国内に留めておくために、フランスはそれらの美術品を移送できないようにした、と同記者は指摘する。アフリカ諸国からの圧力により、フランスは不公平を認め、ベナンとセネガルに文化財を返還する法律を成立させた。

マダガスカルは、マダガスカルの民族的誇りを象徴するラナバロナ3世女王の王冠を返還された。

Prisoners from the Herero and Nama tribes during the 1904-1908 war against Germany./ By Unknown author – Der Spiegel, Public Domain

最後になるが、ナミビアで行われ、ヘレロ族の80%、ナマ族の50%が死亡した悲惨な大虐殺から1世紀以上が経過し、ドイツは2015年にナミビア政府と、歴史的残虐行為による「傷を癒す」ための話し合いを開始した。

ナミビア人とドイツの黒人団体の長年の活動により、ナミビア人に形式的な金額が約束された。しかし、この宣言は「賠償」や「補償」に言及せず、ドイツはヘレロ族やナマ族との直接的な議論を避けた。国会議員のイナ・ヘンガリ氏は、これを「侮辱的だ」と批判した。

ナミビアのハーゲ・ガインゴブ大統領はこの提案を受け入れたが、議会は不十分とし、受け入れなかった。現在、この取引は保留されている。

オバヘレロ・ジェノサイド財団のナンディ・マゼインゴ会長は、「あの取引は、決して私たち(=虐殺の被害者の子孫)のためではなかった。ヘレロ族の80パーセントを殺しておいて、30年間で10億ドルというのはどうなんだ。ドイツは、先住民コミュニティーと直接話をしなければならない。」と語った。

ナミビア統計局によると、商業用農地の70パーセントを白人農家が所有し、16パーセントを「以前は不利な立場にあった(=先住民)」農家が所有しているという。「土地は(ドイツ系ナミビア人を)豊かにしたものです。」と、ムバクムア・ヘンガリはフィナンシャル・タイムズ紙に語った。「ヘレロ族とナマ族にとっては、土地収奪は世代を超えた貧困の始まりだったのです。」

一方、ウガンダは今年2月、20年以上前のコンゴ民主共和国東部州の占領と略奪に対して、3億2500万ドルの賠償を命じられている。これは、重大な人権侵害と国際人道法違反に対する国際法廷による最大の賠償判決である。(原文へ

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アフリカの諸都市が持つ経済力を明らかにする新報告書

【パリ|アビジャン|アジスアベバIDN=ジャヤ・ラマチャンダラン】

都市化は国内総生産(GDP)を高めることが、国連アフリカ経済委員会(ECA)およびアフリカ開発銀行(AfDB)と連携したサヘル西アフリカクラブ(SWAC/OECD)の新しい報告書によって明らかになった。

アフリカの開発動態2022:アフリカの都市の経済力」は、アフリカ34カ国2600都市の400万人の個人と企業のデータを分析したものである。この報告書は、アフリカの諸都市が社会的・経済的成果に与える影響について、最も広範な評価を提供しているとしている。

African Continent/ Wikimedia Commons
African Continent/ Wikimedia Commons

この報告書によると、アフリカの都市化は経済的成果や生活水準の向上に寄与しており、熟練した仕事の割合、賃金、教育、サービスやインフラへのアクセスなど、ほとんどの社会経済指標において、都市が全国平均を著しく上回っていることが明らかになっている。

SWAC名誉会長でAUDA-NEPADのCEOであるイブラヒム・アサネ・マヤキ博士は、4月26日のオンライン発表会で、次のように語った。「アフリカの諸都市は、過去30年間で5億人もの人口が増加したにも関わらず、経済的なパフォーマンスを維持し、数億人の人々に良い仕事を与え、サービスやインフラへのアクセスを向上さ せた。公的支援や投資が非常に限られている中で、これはアフリカの諸都市の最も過小評価されている成果の一つだろう。」

ECAのジェンダー・貧困・社会政策部門のディレクター代理であるエドラム・イェメル氏は、歓迎の挨拶で次のように述べた。「アフリカの都市化は画期的な変化です。この変化は人口統計学的なものだけでなく、経済的・社会的成果を大きく変えつつあります。したがって、都市は国の経済政策立案の中核に位置づけられなければなりません。」

都市化のメリットは:

・GDP成長率の向上。過去20年間のアフリカの一人当たりGDP成長率の約30%は、都市化とそこから生まれる集積の経済によるものである。

・経済の変革。都市部では熟練労働者が全労働者の36%近くを占めるのに対し、農村部では15%弱に過ぎない。

・金融サービスへのアクセス強化。都市部の世帯の約49%が銀行口座を持っているのに対し、農村部の世帯はわずか17%に過ぎない。

・高い教育水準。都市に住む人々は平均して8.6年間正規の教育を受けているのに対し、農村に住む人々はその半分の年数しか学校に通っていない。

・都市は農村部に恩恵をもたらす。都市に近い農村部は、雇用、教育、金融、インフラへの アクセスの面で、遠隔地の農村部よりも優れている。例えば、銀行口座を持つ農村世帯の割合は、都市から5km以内に住む世帯では、最も近い都市から30kmに住む世帯の2倍である。

・都市のクラスターは新たな機会を提供する。アフリカの主要な都市群の6つのうち5つは国境を越えており、経済発展と地域統合のための新たな道筋を提供している。

・しかし、経済的・政治的な制約により、都市が経済成長と社会発展に有意義に貢献する可能性は依然低く、多くの人々が取り残される危険性があると報告書は指摘している。さらに、アフリカの都市が抱える既存・新規の課題に対応するためには、タイムリーなデータと地域に合わせた新たなアプローチが緊急に必要であることを指摘している。

SDGs Goal No. 11

このような背景から、本報告書は、都市化の恩恵を最大化し、アフリカの諸都市の経済的潜在力を最大限に引き出すために、政策立案者が取るべき行動を提案している。

・政府は、国と地方の開発政策の連携を強化し、都市を開発の原動力として活用し、都市間を結び生産性を高めるインフラに投資することで、国の開発・経済計画に都市を組み入れるべきである。

・政府は、地方自治体を経済発展の形成における対等なパートナーと見なし、都市当局が投資決定を管理し、その能力を高めることによって、地方自治体をエンパワーする必要がある。

・政府は、予測可能で安定した政府内移転の実施、税金、関税、手数料による地方収入の増加、債務融資へのアクセス拡大など、財政の改善を通じて地方の投資能力を高めるべきである。

最後に、AfDBのソロモン・クエイナー副総裁(民間セクター、インフラ、工業化担当)は、「都市化は、アフリカ大陸が今世紀に経験する最も重要な変革の一つだ。」と語った。(原文へ

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【ローマIDN=ロベルト・サビオ

Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0
Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

ロシアのウクライナ侵攻から6週間が経過し、そろそろ有名なラテン語の格言CUI PRODEST(いったい誰〈=どのアクター〉の得になるのか)に着目しながらこの紛争を把握する必要があるようだ。…そして明らかに言えることは、誰も何も得ていないこと、そして、私たちは「理性の自殺(Suicide of Reason)」時期にあるということだ。

まずは最初のアクター(=ウラジーミル・プーチン)を見てみよう。彼には2つの目的があった。つまり1つ目は、G8から追報された現状から再び世界の指導者の舞台に返り咲くことだった。しかし、(ウクライナ侵攻で)彼は永遠にのけ者になってしまった。もう1つの目標は、ロシア語を話す人々を再統一することであった。しかしこちらの方も、その意図に反してロシア系の人々を何世代にも亘って分断させた他、長い目で見れば、ロシアそのものも中国に依存する状態に陥らせてしまった。

Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.
Photo: US President Joe Biden. Source: The Conversation.

次に2人目のアクター(=ジョー・バイデン)を見てみよう。彼はこの危機に際して西側諸国のリーダーとなることで、米国内での人気を取り戻したいと考えていた。ウクライナ戦争から6週間が経過し、彼の支持率は42%から43%に上昇した。彼は民主党が過半数を失う11月の中間選挙までには既にレームダックになっている公算が大きい。また現実的に、2024年の大統領選挙で再選される見込みはない。つまり、彼の最初の目標は達成できないだろう。

長い目で見れば、バイデンはロシアを、米国の真の敵対国である中国の腕の中に追いやったようなものだ。そして今、プーチンを犯罪者とするよう要求している。米政府もロシア政府と同様に、国際刑事裁判所にも、クラスター爆弾禁止条約にも、化学兵器禁止条約にも署名していないのだが、これらの悪事でロシアを非難しているのだ。

次に3人目のアクター(=欧州)を見てみよう。(ウクライナ危機を受けた)再軍備によって、欧州は再びドイツを経済大国だけでなく、向こう5年間で1000億ドルを軍事費に拠出する軍事大国にもしようとしている。私たちは2つの世界大戦を忘れてしまった…そして明らかにフランスと英国ではナショナリズムが再燃するだろう。欧州は再軍備によって、欧州連合(EU)のバランスを崩した上に、食糧、エネルギー、原材料、インフレ、GDPの減少という深刻な問題を自らに負わせてしまった。そしてこの影響は、欧州の貧困層が少なくとも今後3年間は感じることになるだろう。さらに長い目で見れば、ロシアを欧州から追い出したことになる。

Official portrait of Volodymyr Zelensky/ By President.gov.ua, CC BY 4.0
Official portrait of Volodymyr Zelensky/ By President.gov.ua, CC BY 4.0

次に4人目のアクター(=ウォロディミル・ゼレンスキー)を見てみよう。私たちが英雄にしたこの人物は皆に説教をすることができ、国連に解散を求めることさえできる。国連が彼の訴えを聞かなければ、彼は今や自分の役割の虜となり、プーチンのように妥協することができない。ドイツのフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー大統領が親ロシア派だからという理由で、面会を拒否することさえできる。しかし、ドイツの大統領は国民が直接選挙で選んだわけではない。私の知る限り、シュタインマイヤー大統領はロシアの問題で選挙キャンペーンをしたことはない。しかし今、私たちはゼレンスキーを世界の裁判官として委任してしまった。これはさらに何千人もの市民の死を意味する。しかしベルトルト・ブレヒトはよく言ったものだ。「英雄のいない国が不幸なのではない。英雄を必要とする国が不幸なのだ。」

次に、アクターではなく、犠牲者である人類について話そう。気候変動を巡る戦いは棚上げにされた。「理性の自殺」に投じられた金額があれば、地球における人類の存在を脅かすものとして、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が指摘した問題を全て解決できたはずだ。地球がプーチンやバイデンに興味を持っているとは思えない。地球の気温が1.5度上昇する前に、私たちに残された(気候変動がもたらす最悪の事態を回避する)僅かな可能性は閉じつつある。

Wheat (Triticum aestivum) near Auvers-sur-Oise, France, June 2007/ Wikimedia Commons
Wheat (Triticum aestivum) near Auvers-sur-Oise, France, June 2007/ Wikimedia Commons

そして、私たち人類には、既に新型コロナのパンデミックの影響で貧困の淵に立たされている人々が約8億人もいる。彼らにとって、小麦の価格が20%、トウモロコシの価格が25%上昇することは、単純に飢餓を意味する。国際連合児童基金(ユニセフ)の発表によれば、アフリカの栄養不良の子供の数は2800万人に達しているが、開発援助の資金はウクライナに流れている。これは「理性の自殺」を象徴的に表している現実である。ウクライナの紛争に対する欧州の援助は、EUが長年かけて構築した平和促進基金から拠出されている。

要するに、私個人としては、これらの出来事はすべて「夢遊病者たち(Sleepwalkers)」が引き起こした狂気の沙汰だと思わざるを得ない。これは、歴史家が第一次世界大戦を引き起こした当事者らを指して呼んだもので、彼らは本当に何も考えずに紛争に突入した。彼らの狂気は、関係した帝国の終焉を招いた。すなわち、ドイツ帝国、ロシア帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、そしてオスマン帝国である。従って、ウクライナに関与したアクターらの過ちや理由に関するこうした議論はすべて、彼らにとっては有益でも、本質的な問題に比べれば取るに足らないものにしか思えない。

私たちには、長期的な視点を持てない「テストステロン的」な支配層がいる。本来ならば長期的な問題とその複雑さ(賛成/反対の二元論ではない)に目を向けなければならないのに、「プーチン賛成、プーチン反対」というメディアが掻き立てるヒステリーの罠に陥っている(イタリア最大の日刊紙「コリエレ・デラ・セラ」の過去45日分の紙面の主要部分をウクライナ関連記事が占め、その他の世界の出来事は消えてしまったかのようだ)。

Photo Credit: climate.nasa.gov
Photo Credit: climate.nasa.gov

メディアは概して、プロ意識の欠如を見事に証明している。記事は出来事にのみ焦点があてられ実質的にプロセスが無視されている。主要なコメンテーターの一人は、もし私たちがプーチンを止めなければ、彼は(欧州大陸の西端である)リスボンまで手を伸ばすだろう、と書いている… 私に言わせれば、人類は羅針盤を失ってしまったのだろうか。ラテン語では、神々が人間を罰しようとしたとき、まず第一に、彼を狂気に陥らせたと言われている。そして、ローマ法王の訴えはほとんど報道されない。…人類はいつになったら、寛容と対話を平和のための重要なツールとして再び考慮し利用し始めるのだろうか。(原文へ

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ウクライナ戦争におけるエスカレーションとデ・エスカレーション

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

これは、2022年3月14日にデュースブルク・エッセン大学の「Development and Peace Blog」に掲載された記事の短縮版です。

【Global Outlook=トビアス・デビール、ハルバート・ウルフ 】

遅くとも2021年からウクライナ紛争をエスカレートさせてきた犯人が明白に存在する。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領である。彼は、その好戦的で冷笑的な戦争レトリックによって平和的解決の可能性を潰した。ウクライナは非武装化を要求されているだけでなく、存在する権利さえ否定されている。これに加え、「非ナチ化」という突拍子もない言い分や、西側が侵略を邪魔すれば核エスカレーションも辞さないという脅しもある。プーチンは、いわゆる「抑止力」を警戒態勢に置き、西側の制裁を宣戦布告とみなし、作戦面でもレトリック面でもエスカレートしていった。(原文へ 

現在の非常にエスカレートした状況をもたらした責任の所在がどうあれ、われわれは、危機を脱する道を見いだすために紛争の発端を冷静に分析するべきである。核兵器という側面があるために、われわれはすでに極めて危険なエスカレーションのダイナミクスの中にあり、両陣営がそれに関与している。現在の非対称な政治的責任と「有責性」の帰属が明白であるため、西側諸国は道徳的優越感を抱き、自らの行動は合理的にも規範的にも正当であると考えたくなるだろう。しかし、紛争のエスカレーションに関する研究成果を偏見なく受け入れることも、自らの道徳的自信に負けず劣らず重要である。

非常にエスカレートした紛争

1960年代のエスカレーション論者(ハーマン・カーンなど)は、エスカレーションラダー(Escalation ladder)という概念を説明し、エスカレーションの各段階における意思決定の選択肢を政府に提示しようとした。現在、われわれは明らかにエスカレーション拡大の段階にいる。現代の紛争研究では、エスカレーションの罠は双方にとって望ましくない結果をもたらす恐れがあり、四つの核保有国が関与すれば破滅的な結果を招くことが示されている。

フリードリッヒ・グラスルは、おそらくドイツ語圏では最も有名なエスカレーションラダーを(2011年に)開発した。ウクライナにおける紛争と戦争に当てはめてみても、その説得力には目を見張るものがある。グラスルは、紛争を次の9段階(ドイツ語の原文から独自に翻訳したもの)に分類した。

  1. 硬化
  2. 討論、論争
  3. 言葉より行動
  4. イメージ、連合
  5. 面目失墜
  6. 脅迫戦略
  7. 限定的破壊攻撃
  8. 破砕
  9. 双方破滅

ウクライナ戦争では、政治、経済、軍事と、さまざまな分野でエスカレーションが見られる。政治面では、エスカレーションは主に紛争の責任は誰にあるかに関するものである。プロパガンダと虚偽情報により、ロシアでは、ウクライナや西側諸国とはまったく異なるイメージが形成されている。経済面では、制裁がエスカレーションの中心にある。しかし、最高レベルのエスカレーション(金融制裁、SWIFTからの排除、西側による原材料輸入の停止、ロシアによる原材料輸出の停止)にはまだ達していない。ウクライナ戦争は、明らかに第7段階にある。この段階まで、軍事的状況はロシアの行動により明らかにエスカレートしている。紛争の両当事者の間には多くの違いがあるが、どちらの側も相手の「人間の質」(グラスルの用語)を否定する言説を用いている。また「限定的破壊攻撃」は、「自国への比較的小さな損害が……利益と見なされる」場合は「適切な対応」とされる。

上述した核の脅迫により、ロシア指導部はすでに第9段階(双方破滅)に近づきつつある。これは、「自己の破壊と引き換えにした相手の破壊」を意味する。しかし、西側も、制裁を強化するばかりでデ・エスカレーションを目指してはおらず、現在の目標が第8段階(破砕)に近づきつつあるのはあまりにも明白である。これは、「敵のシステムを麻痺させ、崩壊させる」ことを目指すものである。

冷戦になぞらえるのは時代遅れ

ソ連崩壊とともに終焉した第1次冷戦は、意味深長な略語MAD(相互確証破壊)に象徴されるパラドックスを体現していたといえるだろう。核兵器とそれに影響を受けた合理性を前に(自らが破壊される危険を冒すな!)、MADは「狂おしいほど」うまくいく、つまり効果的であることが立証された。その一方で、相互確証破壊が軍事的勝利を不可能にすると認識したことは、同時にデ・エスカレーションとそれに続くデタント政策の前提条件となった。しかし、恐怖の均衡は、かなり正確に特定できる前提の下でしか機能しなかった。

  1.  少なくともキューバ・ミサイル危機の終結以降は、どちらの側も予測可能な行動をしていた。
  2.  誤って、または意に反して世界戦争が起こらないよう、コミュニケーションのチャンネルは開拓された。
  3.  一方が他方に対し、存亡にかかわる経済的損害を与えることができないよう、抑止力を組み込んだ意図的な相互依存の政策が策定された。
  4.  合意された上限設定、技術的可能性の制約、信頼醸成措置を通した軍備管理によって、危険な軍備増強を抑制した。
  5.  東西が平和的共存を目指すことに合意した。

今日多くの人が冷戦の再来を口にする。しかし、現在の状況を考えると、この例えは時代遅れに思える。上記五つの条件から見ると、まず目につくことは、プーチンの危険なロジックが、レオニード・ブレジネフ以降のソ連共産党政治局員のリスク回避型で非常に予測可能な思考回路とはもはや相いれないものとなっていることである。また、条件2と条件5も、もはや機能していない。

デ・エスカレーションの政策に向けて

西側がデ・エスカレーションと力の政策を同時に追求することは、六つの異なる認識に基づくべきである。

  1.  経済制裁はロシアに大きな打撃を与えなければならない。しかし、完全に追い詰められたときに「敵も滅びるならば自殺を望む」(グラスル)可能性がある体制の崩壊を目指すべきではない。「体制転換」の試みが無効であることは、はるかに小さな国で(アフガニスタン、イラク)すでに立証されている。
  2.  デタント政策の根幹の一つ(「貿易を通した変革」)は、部分的に裏目に出ている。経済的に密接な結びつきがあり、対立関係にある国同士は、紛争を軍事的に解決するのではなく協力する傾向があるという1970年代の理論は、ウクライナ戦争の場合には両刃の剣であることが証明されている。ロシアの天然ガス、石油、石炭への経済的依存は、脆弱性と脅迫を意味する。これは、西側による強圧的な経済措置のエスカレーションを危うくする一方、断固とした懲罰的経済措置を講じる余地を狭めるものでもある。
  3.  ウクライナに対する防衛兵器の提供を超えた軍事的支援は、危険な火遊びであり、エスカレーションラダーの段を上ることである。これは特に、議論されているポーランドのミグ29戦闘機の展開に当てはまる。それらをウクライナに後方支援するだけでも、NATOの直接的な戦争関与の瀬戸際まで危険なほど近づくことになる。
  4.  ウクライナが飛行禁止区域の設定を求めるのは人道的見地から理解できるが、それと同じぐらい、ロシアから見ればそれはNATOによる宣戦布告であることも理解できるし、どのような結果が待ち受けているかは目に見えている。
  5.  短中期的には、核抑止力を囲い込む最低要件を盛り込んだ包括案をまとめる必要がある。より予測可能な状態に戻す、外交関係の断絶を避ける、経済的相互依存関係を大幅に低減するが完全な分断は避ける、軍備管理を議論する(国境地帯から兵器システムを移転する、ベラルーシは核兵器を保有しない)、欧州における共通安全保障体制という視点から欧州安全保障協力会議(CSCE)のような話し合いの場を設置することなどである。
  6.  これらの後に、デ・エスカレーション、信頼醸成、軍備管理、軍縮が続く。「デ・エスカレーションは心の中で始まる」という格言には、重要な心理的要素が含まれている。現在、国内政治の視点から「悪」を指し示すのは当然と思われるが、マニ教的世界観はそれほど役に立っていない。悪魔化し、屈辱を与えることは、交渉の場への道筋をつけるものとはならない。

もちろん、戦争がウクライナとその国民に容赦ない損害を与えている現在、新たなデタント政策を論じるのは時期尚早である。目下の状況は良くない。しかし、デタントの歴史を見ると、1970年代と1980年代にデタントが成功を収めたときも、同じぐらい見込みがないと思われる状況であった。相互の核の脅威、東西ブロックの対立、ドイツの分断、体制間のイデオロギー競争があったにもかかわらず、少なくともある程度までは緊張を緩和し、平和を促進する条約を締結することができたのである。今日の状況は解決不可能な対立と見なされることもあるが、軍事的手段にのみ頼るようなことがあってはならない。

トビアス・デビールは、デュースブルク・エッセン大学(University of Essen/Duisburg)(ドイツ)で国際関係学教授、開発平和研究所(Institute for Peace and Development)副所長、国際協力研究センター(Centre for Global Cooperation Research)副所長を務めている。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

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