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軍事紛争・内戦が広がる中、国連が「平和の文化」の尊さを広める

【ニューヨークIDN=タリフ・ディーン

国連は、76年前の創設以来、国際の平和と安全の維持という主要な任務に力を入れてきた。

しかし近年、国連の任務は、平和維持、平和構築、核軍縮、予防外交、さらに最近では「平和の文化」にまで広がってきている。

前国連事務総長の故コフィ・アナン氏は「平和の文化」について古典的な定義を述べている。「長年をかけて、紛争当事者を引き離すために平和維持軍を送り込むだけでは不十分だということを理解するに至りました。紛争によって破壊された社会で平和構築を行うだけでは不十分です。また、予防外交を行うだけでも不十分です。これらはすべて極めて重要な任務ですが、私たちが望むのは永続的な成果。つまり、必要なのは『平和の文化』なのです。」

New Year’s 2021- United Nations Secretary-General, António Guterres”

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は9月7日にオンラインで開かれた「平和の文化に関するハイレベルフォーラム」で各国代表に向かって、「国連が創設されて以来、世界の平和と安全に対するこのように複雑で多次元的な脅威に直面したことはこれまでにありませんでした。このような重大な危機に直面して、グローバルな協力と行動のための本質的な基礎として『平和の文化』に向かって取り組むことがこれまで以上に重要になっています。」と語った。

グテーレス事務総長はさらに、「『平和の文化』という概念は、バングラデシュの外交官で元国連高官であるアンワルル・K・チョウドリ氏が20年以上前に主導したイニシアチブに起源があります。」と語った。

各国の大使は、1999年9月13日に全会一致かつ留保なしに国連総会が採択した「平和の文化に関する宣言・行動計画」へのコミットメントを示すために、2012年以来、毎年ハイレベルフォーラムに参加してきた。

Beatrice Fihn

今年のハイレベルフォーラムでは、「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のベアトリス・フィン事務局長が基調講演を行った。同氏は「平和の文化」フォーラムの基調講演者で6人目のノーベル平和賞受賞者である。フィン事務局長はこの点に関して、「講演者全員が女性のノーベル賞受賞者であることを誇らしく思います。」と語った。

1997年の歴史的な総会決議を主導したチョウドリ大使は代表らに向かって、「多くの人々が、『平和』と『平和の文化』を同じようなものとして扱ってきました。しかし、一般的に理解される『平和』と『平和の文化』との間には微妙な違いがあります。」と指摘した。

「実際、平和について議論するとき、他者、すなわち、政治家や外交官、その他の実務家がイニシアチブをとるだろうと想定するでしょうが、『平和の文化』について議論する際は、最初の行動は私たちの中から起こるということです。」チョウドリ大使は、「平和の文化グローバル運動」の創始者であり、元国連事務次官である。

20年以上にわたって、チョウドリ大使は「平和と非暴力を自らの一部とし、自らの人格とし、そして人類という存在の一部とすることを目的とした」平和の文化の前進に寄与してきた。

1997年、他の大使らと行動を共にしたチョウドリ大使のリードで、国連総会の特定かつ独自の議題として「平和の文化」を採用するよう、当時選出されたばかりのコフィ・アナン事務総長に書簡が送られた。

高い交渉上のハードルを越えて新しいアジェンダがこうして合意され、毎年の検討に付するために新たな項目が総会に割り当てられた。

総会はまた、2000年を「平和の文化国際年」とする決議を採択し、2001年から2010年までを「世界の子どもたちのための平和と非暴力の文化の10年」とする決議を1998年に採択している。

1999年9月13日、国連は「平和の文化に関する宣言・行動計画」を採択した。国境や文化、社会、国家を超えた記念碑的な文書であった。

「規範を設定したこの歴史的文書を全会一致で採択することになった9カ月に及ぶ交渉をリードすることができたことを光栄に思います。」とチョウドリ大使は語った。

これまでの進展についてチョウドリ大使はIDNの取材に対して、「9月7日に行われた『平和の文化』に関するハイレベルフォーラムで私は、パネルディスカッションの議長として、『平和の文化』は、本当の意味での持続可能な平和を人類が獲得するための普遍的な任務として、世界レベルにおいても各国レベルにおいても残念ながら適切な認知を未だに受けていないということを繰り返し申し上げました。」と語った。

今後の見通しと、国連で「平和の文化」概念を前進させる計画についてチョウドリ大使は、「1999年に全会一致、留保なしで採択された『平和の文化に関する宣言・行動計画』は、国連の画期的な文書であり、国連自身が、国連システムを通じて平和の文化を保持し、その履行を内面化すべきです。国連事務総長が平和の文化を彼のリーダーシップの課題にしなくてはならないということは、その方向における無関心があるということなのでしょう。事務総長の関心と関与を保ちつづけねばなりません。」と語った。

Ambasssdor Anwarul Chowdhury

また、国連の諸機関、少なくともそのほとんどが、日常的な問題解決、あるいは問題削減とでも言うべき「アクティブ・アジェンダ」に忙殺されている、とチョウドリ大使は言う。

「つまり、国連自らが採択した『平和の文化』計画において、国連がもっている利用可能なツールを用いて持続可能な平和という長期的かつ先見の明がある目的を実行する機会には欠けているということです。例えれば、仕事に行くための車が必要で車を持ってはいるが、その運転の仕方には興味がないという人に似ていますね。」とチョウドリ大使は指摘した。

他方、趣意書によれば、今年のハイレベルフォーラムのテーマは、「とりわけ、ワクチン接種の平等化、デジタル格差の解消、女性の平等・エンパワーメントの促進、若者の力の育成など、強靭な復興に向けて社会の全ての部門をエンパワーする多様な方法を探求し議論するプラットフォームを提供すること」であると説明されている。

長年にわたって、平和の文化の範囲は拡大し、より意義のあるものになってきた。同概念は関連する問題を含んで拡大し、さまざまな解決策がこのアジェンダの下で採択されている。

今年のハイレベルフォーラムは、すべてを覆い尽くし不安定化させる終わりなきコロナ禍のもたらすきわめて大きな難題に国際社会が直面する中で開催された。

復興への取り組みがなされる中、世界の大部分は依然として、新型コロナウィルスやその変異株との生と死をかけた戦いを強いられている。不平等と人権侵害が、さまざまな形態と次元で拡大している。

ヘイトスピーチ、過激主義、外国人排斥が、ほとんどの場合において暴力を伴いつつ拡大している。その中でも特に、台頭しつつある「ワクチンナショナリズム」が、新型コロナウィルスを世界で制圧しよとする取り組みを妨げている。

したがって、諸国家や社会、地域に「平和の文化」を浸透させることが絶対に必要なのだ。とりわけ若者に対して、共感、寛容、包摂、世界市民、すべての人々のエンパワーメントを通じて「平和の文化」を促進することが重要だと趣意書は述べている。(原文へ

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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世界食糧システムサミットは、企業ではなく農民や民衆の権利を認める必要がある、と活動家ら

【シドニーIDN=カリンガ・セレヴィラトネ】

国連総会会期中に開催された「第1回国連食料システムサミット(9/23)」に対する市民社会等の批判を分析したカリンガ・セレヴィラトネINPSJ東南アジア総局長による記事。同サミットは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の達成のためには持続可能な食料システムへの転換が必要不可欠だという、アントニオ・グテーレス国連事務総長の考えに基づき150ヶ国超が参加して開催された。しかしIDNの取材に応じた市民社会や農業協同組合の代表者らは、同サミットについて、「世界の食料生産額の8割以上を占める家族農業、小規模農業グループらが訴えてきた人権や土地収奪の問題は議題の中心にならず、土地の集積、農業のサプライチェーンの独占、バイオテクノロジーを含む食の工業化を推進する企業と関連団体が、準備段階から意思決定に多大な影響を及ぼしてきた。」として厳しく非難している。(原文へ

INPS Japan

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原子力潜水艦: 核拡散への影響を低減するために

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジョン・ティレマン 】

オーストラリアは原子力潜水艦を導入する決定を発表し、その際当然ながら、このプロジェクトが核兵器の獲得ではなく動力源の獲得を目的としていること、オーストラリアは核物質や核技術の不拡散、安全、セキュリティを確保する最高水準の保障措置を継続することを強調した。(原文へ 

原子力潜水艦技術の導入は、核不拡散条約(NPT)に加盟する非核兵器国としてのオーストラリアの立場や南太平洋非核地帯条約(ラロトンガ条約)に基づくオーストラリアの義務と十分に両立する。

また、国連の核監視機関で、ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)とオーストラリアが締結した保障措置協定とも、おそらく両立するだろうが、何らかの“取り決め”をIAEAと交渉してまとめる必要があるだろう。

バイデン大統領は、プロジェクトがIAEAとの「協力と協議」のうえで実施されるとことさらに強調した。

これは非常に心強いことだが、世界の不拡散努力は法的義務の技術的遵守をはるかに超えている。オーストラリアの防衛力獲得、特に長距離精密打撃ミサイルの開発やもっかの原子力潜水艦獲得の動きは、明らかに地域の軍拡競争と世界の拡散圧力に拍車をかける。ミサイル技術については、ミサイル技術管理レジームにおいて多国間対応が展開されるだろう。また、IAEAは、加盟国が参加する年次総会を今週開催(9月20日~24日)することになっており、すでに潜水艦に関する発表の検討を行っている。

オーストラリアは、発表についてIAEAに報告済みで、ラファエル・グロッシーIAEA事務局長から「原子力による海軍の推進力に関するオーストラリア、英国、米国の三国間協力に対するIAEAの見解」と題する、適切な言葉で表現された声明が出された。「事務局長は、3カ国が早期の段階でこの状況をIAEAに報告していたことを指摘する。IAEAは、その法的任務に従って、かつこれらの3カ国それぞれがIAEAと締結した保障措置協定に沿って、3カ国とともにこの問題に取り組む」。

 IAEA理事会は、オーストラリアの発表時に会合を開いていた。当然ながら、中国の王群IAEA大使は辛辣なコメントを発し、これを「核拡散行為にほかならない」と評した。

ロシアも、ミハイル・ウリヤーノフIAEA大使のツイートという形で、「#米国の不拡散政策に戦略変更があったようだ。米国は何十年にもわたって #HEU (高濃縮ウラン)を他国から返還させ、あるいは返還を支援してきた。しかし、いまや米国政府(と英国政府)は、最も扱いに注意を要する技術と物質を #オーストラリアに拡散させることを決定した」と反応した。悪意はあるが、まったく的外れでもない。原子力推進に舵を切ったオーストラリアに対し、米国は、長年他の密接な同盟国には供与を断ってきた技術を提供する気満々で応えたのである。

ウィーンにおけるオーストラリア外交のタイミングは、これ以上ないほど悪かった。総会は、イランの核開発計画に対する制限再開の努力、北朝鮮による違法な核活動再開に関する決定的な公開情報に基づくIAEAの所見、苦境に立つNPTの延期されている50周年記念会議をめぐる環境の改善に集中するはずだったのである。

高濃縮ウラン(HEU)を燃料とする原子力装置がオーストラリアの核兵器獲得を可能にすることはないと保証するために、単純で非常に効果的な方法があると、一部の専門家は主張する

 しかし、取り決めの交渉は慎重を要し、また今後の前例となるものであるが、拡散という代償も伴うだろう。

1970年代初め、IAEA加盟国はNPTの検証規定を実施するモデル保障措置協定を取り決めた。モデル保障措置協定第14条は、海軍推進システムのような、核物質の非違法軍事利用の問題を取り上げている。当時、イタリアとオランダがこのような技術に関心を表明していた。

しかし、2カ国の関心は薄れ、1987年まで新たな計画は浮上しなかった。IAEAの歴史を編纂したデヴィッド・フィッシャーは、当時の反応をこう振り返った。「20年近く、イタリアとオランダの計画については音沙汰がなかった。……NPTの抜け穴は空文化しつつあった。しかし、1987年、カナダ政府が原子力潜水艦の小艦隊を取得する計画であるという驚くべき発表を行った。……NPT、IAEA保障措置、そして核不拡散全般を強力に支持する国によってなされたという点で、発表はなおさら意外なものだった。」[David Fischer, History of the International Atomic Energy Agency, IAEA, Vienna (1997) pp.272-3] オーストラリアの発表も、同じように受け止められているに違いない。多くの人にとって安心なことには、カナダは、わずか2年後に原子力潜水艦という選択肢を放棄した。

現在、他の二つのNPT非核兵器国が原子力推進の導入を計画中である。最有力候補のブラジルと、その歴史的な核のライバルであるアルゼンチンである。ブラジルはフランスと協力協定を結んでおり、その第2段階は原子力船の建造となっている。

オーストラリアと異なり、ブラジルは自前の濃縮能力を有しており、その能力の一部を潜水艦計画に活用することを構想している。これは、民生活動と軍事活動の混合につながる可能性がある。その結果、検証が困難になり、拡散が急増する恐れが生じる。

 過去30年、全世界で民生用途における兵器級高濃縮ウランの使用撤廃を目指す、米国主導の強力な動きがあった。

拡散の恐れを緩和する一つの方法は、潜水艦の燃料を兵器に適さない低濃縮ウランに限定することであろう。フランスは、自国の潜水艦の一部に低濃縮ウランを使用しており、ブラジルも低濃縮ウランを使用するつもりであることを宣言している。

米国は、より濃縮度の低いウランの利用を模索しているが、現在のところは高濃縮ウラン(HEU)のみを利用していると考えられており、オーストラリアにはHEUを燃料とする原子炉が提供されると思われる。HEUの利点は、原子炉の燃料補給が不要なこと、つまり潜水艦の寿命に比して燃料が十分長持ちすることである。しかし、オーストラリアがHEUに依存すれば、イラン核合意の主要項目の一つである高い濃縮度を禁じる規範確立の努力を損なうものとなる。

より広範には、オーストラリアが潜水艦の原子力推進を導入すれば、この技術の導入を望んでいる他の国々は当然ながら黙っていないだろう。日本は、原子力推進の船舶への応用を早期から唱えていたが、その技術を潜水艦計画に利用することは控えていた。韓国もこの選択肢に関心を表明しているが、これまでのところ米国政府に拒否されている。

オーストラリアは、確かに原子力潜水艦を望まざるを得ない安全保障上の理由があるかもしれない。しかし、緊張関係を管理し、核リスクを低減する既存の構造が脆弱であるか、または存在しない状況では、それが地域の軍事競争を悪化させることを認識しなければならない。これまでのところ、オーストラリアの外交がそのようなリスクを阻止できていないのは明らかである。オーストラリアは伝統的に、NPTとIAEAを主要な柱とする核不拡散体制を断固として支持してきた。オーストラリアの外交は、不拡散規範や規則に基づく国際秩序などに原子力潜水艦導入がもたらすダメージを最小限に抑える権限を与えられる必要がある。不拡散体制のもつグローバルな要素を引き続き支持しつつも、オーストラリアはいまや、信頼醸成措置と予防外交により、地域のパートナーとともにインド太平洋が直面する増え続く核の脅威に集中的に取り組まなければならない。

ジョン・ティレマンは、アジア太平洋核不拡散・軍縮リーダーシップ・ネットワークのシニアアソシエイトフェローである。元外交官であり、ハンス・ブリックスおよびモハメド・エルバラダイIAEA事務局長もとで官房長を務めた。

INPS Japan

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禁止には触れないでくれ:核兵器禁止条約を回避しようとするオーストラリア

核兵器禁止の「魔法の瞬間」を待つトランプ

|視点|トランプ大統領とコットン上院議員は核実験に踏み出せば想定外の難題に直面するだろう(ロバート・ケリー元ロスアラモス国立研究所核兵器アナリスト・IAEA査察官)

オーストラリアの原子力潜水艦は核拡散のパンドラの箱を開ける恐れがある

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=タリク・ラウフ】

数年前、原子力潜水艦(SSN)隊を手に入れるという“血迷った”ともいえる渇望に苦しんだ後、オーストラリアはついに、中国に対抗して新たに結成されたAUKUS(オーストラリア、英国、米国)というパッとしない名称を冠された同盟の下、バイデン政権から8隻のSSNを約束された。

アフガニスタンでの不名誉な失敗により、この苦悶する国を再び残忍なタリバンの抑圧下に置くことになったばかりだというのに、バイデン政権は、つい最近のアフガニスタン撤退に続き、オーストラリアにSSNと関連技術を供給するという無分別な決定によってグローバルな核不拡散体制に杭を打ち込んだ。(原文へ 

問題点

米国(および英国)の原子力潜水艦が燃料として使用しているのは、最長33年間交換不要な濃縮度93%〜97%の高濃縮ウラン(HEU)で、核兵器に使用されるものと同じ濃度である。それに対し、フランスの原子力潜水艦は濃縮度5%〜7.5%の低濃縮ウランを燃料にしており、平均して約10年で燃料補給が必要であるが、兵器級濃縮ウランは必要ない。

原子力による船舶推進技術、軍艦用原子炉の設計、また、それらの燃料の同位体組成および量は極秘事項となっている。1987年にカナダがSSNの取得を検討した際、考えられる調達先としてはフランス(リュビ/アメティスト級)と英国(トラファルガー級)の2カ国があった。

英国の場合、英国がSSN(米国の設計による原子炉と核燃料を用いる)を建造してカナダに供給するには米国議会の承認が必要になると、カナダは伝えられた。船舶推進用原子炉の設計と核燃料情報は、高度な機密分類の対象として扱われる。この秘密保持要件があるため、カナダは核不拡散条約(NPT)保障措置協定(INFCIRC/164)に基づいて国際原子力機関(IAEA)に詳細な情報を提出することができず、それによりカナダにおけるIAEA保障措置制度に抜け穴あるいは欠落が生じてしまう。かなり(おそらく詳細不明)の量の海軍核燃料向けHEUが、SSNに使用するために保障措置の対象から外されることになり、また30年以上後に艦から取り出された使用済み燃料も機密扱いとなる。そのためIAEAは海軍用途のHEUの量や同位体組成を測定することも、検証することもできなくなる。

オーストラリアの原子力潜水艦(SSN)

AUKUSの下で米国がオーストラリアにSSNおよびSSN技術を提供することに同意した今、議会の承認が必要になるだけでなく、オーストラリアはNPT保障措置協定(INFCIRC/217)に基づいて海軍の原子力推進用途のHEUの量と同位体組成を申告することができなくなるだろう。そのため、海軍の原子力推進に使用される相当量のHEUがIAEA保障措置(報告および検証)の対象外に置かれるという意味で、オーストラリアはブラックホールを生み出すことになる。したがって、筆者の見解においてオーストラリアは、「[IAEA]事務局は、申告された核物質が平和的原子力活動から逸脱している兆候を認めず、また、未申告の核物質や原子力活動の兆候を認めなかった。これに基づき、事務局は[オーストラリア]について、すべての核物質が平和的活動に留まっていると結論した」(強調は筆者による)とする、オーストラリアに対するIAEA保障措置「拡大」結論を得る資格はないはずである。

IAEA保障措置協定追加議定書は、未申告の核物質や原子力活動がないことに関する「拡大結論」について規定している。したがって、明確かつ正確にいえば、オーストラリアが海軍用核燃料に関する情報およびこれへのアクセスをIAEAに提供しないのであれば、IAEAはこの追加議定書INFCIRC/217/Add.1に基づいてオーストラリアに拡大結論を認めることはできないはずである。

これは、非常に悪い前例となる。なぜなら、ブラジルは長年にわたり海軍原子力推進の研究開発計画を引き合いに出してIAEAと追加議定書を締結することを回避し続けているからである。イランは、ウラン濃縮活動が必要なひとつの理由は原子力潜水艦を取得する可能性であると主張している。

オーストラリアと他のAUKUS加盟2カ国は、オーストラリア海軍が原子力潜水艦隊を取得する意図についてIAEA事務局長に伝達した。それは、いずれオーストラリアが自国のNPT保障措置協定の第14条を発動し、海軍用核燃料に用いる相当量の高濃縮ウランを保障措置の対象外とすることを意味している。したがって、「この協力の重要な目的は『核不拡散体制とオーストラリアの模範的な不拡散実績の両方の強み』を維持することであり、『今後数カ月間にわたってIAEAと協力していく』」というAUKUS加盟国の主張は、よく言っても矛盾語法である。

IAEA理事会にとって、「IAEAは、その法的義務に沿って、また、同機関と各国の保障措置協定に従って、この問題について彼ら[AUKUS]と関与していく」ことは深刻な懸念事項のはずである。というのも、海軍用のHEU燃料を保障措置の対象外とするパラグラフ14の規定がオーストラリアのみに適用され、英国と米国には適用されない(後の2カ国は核兵器国である)という点で、これはあまり意味がないからである。

IAEA理事会にとって責任ある唯一の方向性は、オーストラリアがパラグラフ14の規定を発動し、原子力潜水艦隊に用いる大量のHEUをIAEA保障措置の対象外にした場合、保障措置に及ぼす悪影響についてオーストラリアに警告することである。IAEA理事会は、オーストラリアや他のNPT非核兵器国がパラグラフ14の規定を発動することを申請した場合、それを拒否するだけの十分な分別を備えているだろう。むしろ理事会は、2005年の少量議定書の元の規定を取り消したように、INFCIRC/153 (Corr.)および関連するすべての保障措置協定のパラグラフ14の適用を無効にする責任ある決定を行うべきである。

AUKUSの下でオーストラリアがSNNを調達することは、特にアルゼンチン、ブラジル、カナダ、イラン、日本、サウジアラビア、韓国といった非核兵器国も、原子力潜水艦を取得して核燃料(低濃縮ウランおよび高濃縮ウラン)をIAEA保障措置の対象外にしようとすることによって、核拡散というパンドラの箱が開く恐れがある。これは、すでに新技術による課題に直面しているIAEA保障措置(検証)制度を弱体化させ、核物質が核兵器に転用される可能性をもたらすだろう。オーストラリアにSSNを供給するというAUKUSの決定は、徒労になるだけでなく、地域と世界の安全保障に深刻な脅威をもたらしかねない。

タリク・ラウフは、以前、国際原子力機関(IAEA)で事務局長直属の検証・安全保障政策課長(Head of Verification and Security Policy Coordination Office, reporting to the Director General)を務めた。また、過去にカナダ議会国防委員会および外交委員会の顧問を務めた。本記事は、個人的見解を表明したものである。

Veteran Journalist Thalif Deen Takes Over as IDN Advisor

By Ramesh Jaura

BERLIN (IDN) — Veteran journalist Thalif Deen has been appointed IDN-InDepthNews Advisor on Nuclear Non-proliferation and Arms Control Issues & Senior Writer at the United Nations. IDN is the flagship of the Non-profit global media agency International Press Syndicate. He has been covering the United Nations since the late 1970s.

Beginning with the Earth Summit in Rio de Janeiro in 1992, he has covered virtually every major UN conference: on population, human rights, the environment, sustainable development, food security, humanitarian aid, arms control and nuclear disarmament.

As the former UN Bureau Chief for Inter Press Service (IPS) news agency, Deen was cited twice for excellence in UN reporting at the annual awards presentation of the UN Correspondents’ Association (UNCA). In November 2012, he was on the IPS team which won the prestigious gold medal for reporting on the global environment—and in 2013, he shared the gold, this time with the UN Bureau Chief of Reuters news agency, for his reporting on the humanitarian and development work of the United Nations.

A former information officer at the UN Secretariat, he served twice as a member of the Sri Lanka delegation to the UN General Assembly sessions. His track record includes a stint as deputy news editor of the Sri Lanka Daily News and senior editorial writer on the Hong Kong Standard.

As military analyst, Deen was also Director, Foreign Military Markets at Defense Marketing Services; Senior Defense Analyst at Forecast International; and military editor Middle East/Africa at Jane’s Information Group. He was a longstanding columnist for the Sri Lanka Sunday Times, U.N. correspondent for Asiaweek, Hong Kong and Jane’s Defence Weekly, London.

A Fulbright scholar with a Master’s Degree (MSc) in Journalism from Columbia University, New York, he is co-author of the 1981 book on “How to Survive a Nuclear Disaster” and author of the 2021 book on the United Nations titled “No Comment – and Don’t Quote me on That”—and subtitled ‘from the Sublime to the Hilarious’, both of which are available on Amazon: https://www.rodericgrigson.com/no-comment-by-thalif-deen email: thalifdeen@gmail.com tmd30@caa.columbia.edu

IDN carries a few excerpts from Deen’s book on the link https://www.indepthnews.net/dont_quote_me

“Working at the UN during the most dramatic events of our timefrom the pursuit of war and peace in the Middle East to the humanitarian disasters in Africa and Asia, this book provides an insider’s view on what went on behind the ‘glass curtain’ during a period of extraordinary turbulence,” writes Roderic Grigson in a book review.

No Comment is told through a series of news stories, interviews, anecdotes, and personal recollections. This compelling page-turner is held together by flashes of surprising humour and an overarching third world focus and point of view.

Though the book’s scenes are scattered, they are individually memorable, evoking amazement and laughter in the same breath. Deen’s colleagues know him “as a raconteur, often entertaining guests at various functions and parties with stories from his vast array of yarns, and this comes through his narrative in abundance”. [IDN-InDepthNews — 19 September 2021]

Collage: Title of ‘No Comment’ (left) Thalif Deen (right)

|視点|根本から世界の飢餓に立ち向かう(ビク・ボーディ僧侶・仏教研究者)

【ニューヨークIDN=ビク・ボーディ】

釈迦は、どのような問題であれ、それを解決しようとするならば、根底にある原因を取り除く必要があると説いた。釈迦自身はこの原則を、生きていくうえでの苦しみを終わらせることに適用したが、私たちの生活の社会的・経済的次元で直面している難題の多くに対応する際にこの同じ方法を使うことができる。

人種的な不公正であれ、あるいは経済的な格差や気候変動であれ、これらの問題を解決するには、表層の下へと掘っていって、問題の根っこから断たねばならない。

オックスファム・インターナショナルが最近出した報告書『飢餓とコロナの増幅』はそうしたアプローチを世界の飢餓に応用したものだ。新型コロナウィルスのパンデミックにより、飢餓の問題は私たちの視野の端っこに追いやられてしまったが、この報告は、新型コロナ感染による死者よりも多くの人々が飢餓によって日々亡くなっていると指摘している。新型コロナウィルスによる死亡は毎分7人であるが、飢餓による死亡は毎分11人だと推定されている。

新型コロナウィルス感染症の拡大により、飢餓による死亡率は以前より高くなった。同報告書によると、2020年、コロナ禍によってさらに2000万人が極度の食料不足に陥り、飢餓に似た状況下で暮らす人々の数は52万人以上と、従来の6倍に増えた。

Oxfam Report: The Hunger Virus Multiplies”

報告書は、飢餓による死亡の究極の原因を3つのCに求めている。すなわち、紛争(Conflict)、新型コロナウィルス(COVID-19)、気候危機(Climate crisis)である。紛争は世界の飢餓の最も潜在的な原因となっており、23カ国の約1億人が危機的な食糧不足、さらには飢餓状態に追いやられている。

紛争は農業生産を寸断するだけではなく、食料の入手を不可能にする。消耗戦になると、紛争当事者が敵方を粉砕する武器の一つとして飢餓状態を意図的に作り出すことがよくある。人道支援の供給を阻止したり、地元の市場を爆撃したり、農場を焼き払ったり、家畜を殺したりすることで、人々を飢えさせ、とくに不幸な境遇にある民間人が食料や水を得られないようにする。

世界の飢餓を加速させている第二の主要因である経済的困難は、コロナ禍によってこの2年間悪化してきた。世界各地でロックダウンが実施され、貧困レベルが上がり、飢餓が急加速した。昨年、貧困レベルは16%増え、17カ国の4000万人以上が深刻な飢餓に直面した。食料生産が減少して、世界全体で食料価格が40%近く上昇したが、これはこの10年で最大の上げ幅であった。

その結果、食料があっても、多くの人にとって入手困難なものとなった。女性や移住を強いられた人々、非正規労働者らが最も厳しい境遇に直面している。その一方で、企業のエリート等はコロナ禍を奇貨として未曽有の利益を上げている。2020年、世界で最も裕福な10人の富は4130億ドル増えた。そして特権的な数カ国に富が集中する傾向は今年も続いている。

世界の飢餓の第三の要因は気候危機である。昨年、気候変動に関連した極端な気候現象が、最悪の被害を引き起こした。前記の報告書によれば、暴風雨や洪水、旱魃といった自然災害によって、15カ国の約1600万人が危機的なレベルの飢餓に追いやられた。報告書は、それぞれの災害が人々を一層厳しい貧困と飢餓に追い込んでいると指摘する。悲劇的なことに、気候変動の衝撃を最も被っている国は、化石燃料消費が最も少ない国々だ。

Photo: The number of people living in extreme poverty has risen in several sub-Saharan African countries and in parts of Latin America and Western Asia. Credit: UN/Logan Abas

仏教の観点からこの世界の飢餓という問題を見た時、オックスファムの報告書で指摘された3つの原因の背後に、究極的には人間の心に発するより深い原因の根っこがあるのではないかと考えている。紛争と戦争、極端な経済的不平等、ますます深刻化する気候災害の基礎には、貪瞋癡(とんじんち)という「根元的な3つの悪徳」、そしてそこから派生する多くのものを見て取ることができるだろう。

人間が心にもつこうした暗いものが、世界全体で完全に消えてなくなることは望みにくいが、飢餓と貧困という相互に結び付いた問題を解決しようとするならば、少なくとも十分な程度に、それらがまとまって表面化することを防がなくてはならないだろう。

究極的には、世界で飢餓が続くのは、誤った政策のせいであるだけではなく、道徳上の過ちでもある。世界の飢餓を大きく減らすには、賢明な政策だけではなく―もちろんそれもきわめて重要だが―経済的不公正や軍事主義、経済破壊の根底を貫いている私たちの価値観を根本から再編成する必要があるだろう。そうした内なる変革なくしては、政策を変えても影響は限定的なものとなり、それに対抗する者たちによって弱められてしまうだろう。

私は、貧困と飢餓をなくすための取り組みの中で、2つの内なる変革が最も重要であると提起したい。一つは、共感を広めること、すなわち、生きるための厳しい闘いに日々直面しているあらゆる人たちへの連帯感を持つ意志。そしてもう一つが、長い目で見た時の「善」とは何かを知的に把握することである。すなわち、私たちの本当の共通善は狭い意味での経済的指標をはるかに超えるものであること、そして、あらゆる人々が輝く条件を作りだした時に初めて誰もが輝くことができることを認識する英知である。

私たちはすでに、オックスファム報告書で示された世界の飢餓原因のそれぞれに対処する方法を持ち合わせている。私たちに必要なのは、先見の明と共感、十分な規模でそれらを実行し促進することのできる道徳的な勇気である。

共感は不可欠である。そしてそのためには、アイデンティティの感覚を拡大すること、つまり、日々困難に直面している人々を、(統計、あるいは遠くの「他者」といったような)単なる抽象的な存在としてではなく、それぞれ固有の尊厳を備えた人間として尊重することを学ぶ必要があろう。そういった人々を、まるで自分のように考える。そして、生き、楽しみ、自らの社会に貢献したいという基本的な欲求を共有する。私たちは、自分達の命が大事であるのと同じぐらい、彼らの命もまた、彼らにとって、そしてまた彼らを愛する人々にとって大事なものあると考えなければならない。

しかし、共感それ自体では十分ではない。地球に共に生きる種として、私たちの真の長期的な善とは何かを明確に知っておかねばならない。つまり、成功の尺度として利益や株価だけを見ることを越えて、グローバル政策の目的として、急速な経済成長や投資の回収以上の基準を取らねばならない。代わりに私たちは、社会的連帯や地球の持続可能性といった価値を優先しなくてはならない。

Photo Credit: climate.nasa.gov

そこには、少なくとも、全ての人に対して経済的安全感を提供し、人種やジェンダーの平等を追求し、自然環境を野放図な搾取や商業的利益による破壊から守ることが含まれる。

世界の飢餓への対処法となる政策や事業を支持し続けなければならないのは確かだ。しかし、そうした政策や事業の背後では、自分たちの物の見方や態度に変化が起こっていく必要がある。つまり、人間の善に関する正しい理解、この地球を共有している全ての人々の幸福に対する広いコミットメントである。

自分たちの視野を広げることによって、誰もが輝ける条件を作った時に初めて自分も十分に輝くことができると分かるだろう。広い共感を持って、誰も飢えることのない世界を作る努力をしていきたい。(原文へ

※著者のビク・ボーディは「仏教グローバル救援」の創始者。ニューヨーク、ジェフリー・ブロックで1944年に生まれる。米国上座部仏教の僧であり、スリランカで仏門に入る。現在、ニューヨークやニュージャージーで活動している。

翻訳=INPS Japan

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【ヨハネスブルクIDN=アデケイェ・アデバジョ】

一部の政治指導者らが国連総会に出席するためにニューヨーク入りする中、9月22日に反人種主義世界会議(ダーバン会議)20周年を記念して開催される「アフリカ系の人々への賠償、人種間の平等」に関する議論は、とりわけ重要である。ダーバン会議では、賠償に関する議論は、かつて帝国主義国としてアフリカ系の人々を奴隷にした欧米諸国によって議論を阻止されたが、今回の20周年会合では、議題として取り上げられることになっている。

これに関して、最近重要な進展があった。今年5月、ドイツ政府は、1904年から08年の間に入植者らがドイツ領南西アフリカ(ナミビア)が犯した大量殺人について、自国によりジェノサイド(大量虐殺)だったと公式に認め、援助事業に11億ユーロ(約1470億円)規模の資金提供を行う方針を表明した。

1884年、ドイツ帝国の鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクがアフリカ南西部の保護領化を宣言した。その後、冷酷な軍事指揮官クルト・フォン・フランソワ大尉が、先住民に対する一方的な虐殺を行った。1904年1月、ドイツ人入植者らの浸透により土地や家畜を奪われた先住民のヘレロ族が、サミュエル・マハレロ等ゲリラに率いられて蜂起し、約100人の白人入植者を殺害した。

9か月後、人間鮫の異名を持つロタール・フォン・トロータ将軍は、土地と家畜を失ったことで向う見ずにも反乱を引き起こした罰として、ヘレロ人そのものの殲滅を命じる通達を出した。その内容は、「ドイツ領内で見つかったヘレロ人は、武装、非武装、老若男女を問わず、抹殺すること。」という過酷な内容だった。

ヘレロ人は各地で勇敢に抵抗したが、ドイツ軍のマシンガン、大砲、銃剣の前に圧倒された。1904年8月のウォーターバーグの戦いでは、ドイツ軍はヘレロ人の抵抗を撃破すると、捕虜を鞭打ち、縛り首などで大量に処刑しながら、逃れるヘレロ人を三方から包囲しつつ、水が乏しいカラハリ砂漠に追い込んで、大半を渇きと飢えで殲滅した。

ドイツ領南西アジア全土で展開された、こうした掃討作戦で生き残ったヘレロ人は、スワコプムント、リューデリッツ、ウィントフックに新設した強制収容所に家畜用列車で移送され、数千人が投打、強姦、奴隷労働のために命を失った。犠牲者の中には、結核、チフス、天然痘の人体実験の対象として感染させられた者もいたことが明らかになっている。また、優生学に基づく政策が適用され、囚人たちは亡くなった血縁者の遺体から肉をそぎ落とし、大釜で煮て頭蓋骨を取り出す作業を強制された。そうして収集された人骨のサンプルは、優生学の研究に資するため、約3000体分がドイツ本国に輸送された。

Main church in Windhoek, Namibia. Christuskirche in Windhoek, of the German Evangelican-Lutheran Church/ Freddy Weber – Own work, CC BY-SA 3.0

同年にヘンドリック・ヴィットボーイに率いられたナマ人の蜂起も、同様の残忍さで鎮圧され、各地で捕らえられたナマ人は、ドイツ軍がシャーク島に新設した絶滅収容所に送られた。1908年までに、推定9万人(ヘレロ人の8割、ナマ人の50%)が、20世紀最初のジェノサイドで殺戮された。今でもナミビアのスワコプムントや首都ウィントフック駅の車両基地の地下には、無数のヘレロ人の遺骸が眠っている。多くのドイツ人や歴史家らは、この大量虐殺が20年後のナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)につながったとの見方に同意している。

追悼と和解

ナミビアには旧宗主国のドイツ軍人等の記念碑はたくさんあるが、ヘレロ・ナマクア虐殺の犠牲者を追悼するものはほとんどない。虐殺が始まって100年目となる2004年当時、ドイツ政府は、左派系学者や議員からの圧力もあり、事件に関する追悼と謝罪の意を初めて表明した。

しかし、ドイツ国内の博物館に保管されていた虐殺の犠牲者らの頭蓋骨が、適切な埋葬のためにナミビアに返還されだしたのは2011年になってからである。また、ベルリンの博物館が、アフリカにおけるドイツの植民地化の歴史に関する展示を始めたのは、2015年にフランク・ウォルター・シュタインマイヤー外相(当時)が、108年にわたる否定と曖昧な態度に終止符を打ち、事件は「戦争犯罪でありジェノサイドであった」を発言してからのことであった。

賠償のバランスシート

しかし、虐殺をめぐる賠償を巡っては、ドイツ政府がナミビア政府との間に合意に至るにはさらに6年にわたる交渉が必要だった。今年5月、ドイツ政府は(ジェノサイドの)犠牲者が被った甚大な苦しみに対する責任を認める姿勢を示すために、11億ユーロを「復興と開発援助」資金として、土地改革、農村地域のインフラ整備、ヘルスケア、エネルギー、教育、水、職業訓練といった重要な分野を対象に、向こう30年に亘って拠出することに合意した。

しかし、これらの犯罪は、「現在の基準」に照らしてジェノサイドと認定した、としており、(事実上、欧州諸国に都合が良いように欧州諸国によって作られた)当時の国際法は、アフリカ人の犠牲者に適用されなかったと示唆している。また、これらの援助資金の大半は、主に犠牲となったヘレロ人やナマ人の子孫に裨益するべきとしている。ヘイコ・マース外相は、こうした点を指摘したうえで、「今回の合意は今後いかなる『賠償を求める法的な要求』に道を開くものではない。」と付け加えた。この発言には、ポーランド、ギリシャ、イタリアからナチス・ドイツの犯罪に対する類似の要求がなされることを避けたいという意図が伺える。

ドイツ政府は、共同宣言に「賠償金」という文言を含むことを拒否した。ナミビア政府高官は、ドイツ側から支払がなされることについて、「正しい方向に向けた第一歩」と評したが、ナミビア最大の援助供与国との交渉は対等ではあり得ず、ドイツ側が交渉の主導権を握ったと広く見られている。

この歴史的合意を履行するうえでの難題は、ヘレロ人とナマ人の指導者等に合意内容をいかにして受入れるよう説得するかである。合意を巡っては、大半の先住民指導者が交渉過程に加われなかったとして、声高に批判する声があがっており、中には、今回の合意は真の償いというよりも、「イメージ戦略」とみなすものも出てきている。

オヴァヘロロ伝統機関の指導者であるヴェクイ・クコロ氏とナマ伝統指導者協会のガオプ・イサーク会長は、この二国間合意を「人種主義的な思考に基づくもの」であり「完全な裏切り行為」として非難している。こうした先住民ら反応は、現在のナミビア社会で先住民が引き続き阻害されており、ナミビア政府の腐敗したエリート層が、ドイツからの開発援助資金を公平かつ誠実に履行するとは考えられないとする、政府に対する不信感に根差したものだ。

植民地賠償の今後

ドイツの現代史は、600万人の欧州のユダヤ人を虐殺したドイツ第三帝国の残虐さがしばしばクローズアップされがちだが、戦後ドイツ政府は、イスラエルとユダヤ人諸団体に対して980億ドルの賠償金を支払うなど、最も印象的な修復的正義の実現に取り組んできた。戦後ドイツ政府は、2015年から16年にかけてシリア、イラク、アフガン難民を積極的に受入れ、今日では難民出身者が全人口の17%を占めるなど、地球市民のモデルになろうと努力を傾倒してきた。一方、植民地時代にナミビアで大量虐殺を行った過去について、ドイツ国内で一般に知られるようになったのはごく最近のことで、当時の犠牲者を悼む記念碑は、ベルリンとブレーメンの2か所にしか存在しない。

The Rhodes Colossus: Caricature of Cecil John Rhodes, after he announced plans for a telegraph line and railroad from Cape Town to Cairo./ By Edward Linley Sambourne (1844–1910) – Punch and Exploring History 1400-1900: An anthology of primary sources, p. 401 by Rachel C. Gibbons, Public Domain

一方、かつての植民主義大国であるフランス、英国、ベルギー、ポルトガル、スペインは、各々の国がアフリカ大陸で犯した残虐行為について折り合いをつけていない。例えば、フランスの植民地支配にアルジェリア人が蜂起した独立闘争(1954年~62年)では100万人以上のアルジェリア人が死亡した。また、マダガスカル蜂起(1947年~62年)では、90,000人のマダガスカル人がフランス軍に殺害された。一方、大英帝国植民地でも、セシル・ローズが経営するイギリス南アフリカ会社は、1890年代に先住民が蜂起した際、数千人のンデベレ人とショナ人を虐殺、強姦した。また、1950年代にケニアの独立を求めるマウマウ団の独立運動が発生した際には、英国軍が25,000人のケニア人を殺害し、約10万人のケニア人を裁判の審理もなく、拷問が常態化していた強制収容所に投獄した。

ベルギーは、レオポルド二世がコンゴ植民地を残虐な手法で統治した時代に、当時のコンゴ人口の半分にあたる約1000万人が殺されたことで非難を浴びている。果たして、これら欧州の旧植民地大国は、ドイツの前例に倣って、自らの植民地支配時代に過ちを謝罪し、植民地支配を受けた国々に長らく残る損失を是正する行動をとるだろうか。(原文へ

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パキスタンのムスリムコミュニティー開発のパイオニアに「もうひとつのノーベル賞」

【シドニーIDN=カリンガ・セレヴィラトネ】

「アジアのノーベル賞」として知られる「ラモン・マグサイサイ賞」の今年の5人の受賞者のひとりがムハンマド・アムジャド・サキブ博士である。分かち合いと兄弟愛のイスラム的原則を基礎としたパキスタン最大の地域開発ネットワーク「アクワット」の創始者である。

2001年に設立されたアクワットは、無利子のマイクロファイナンスによって数十万という貧困世帯を支援してきた。イスラム法では融資に利子をつけることが禁じられているが、困っている人を助けるために自分の富の一部分を分けておくことを奨励する教えがこのモデルの促進に一役買っている。

「これはまさにイスラムの開発モデルだ。」とパキスタンの国際開発専門家であるファティマ・シャーは語った。「融資が信頼を基盤にしており、共同体の感覚を養う集団的融資のオプションを促進する無利子金融モデルは、イスラムの中核的な価値観に根差したものだ。」

アクワットの中心的な事業である「アクワット・イスラム・マイクロファイナンス」(AIM)は、弱者に対して無利子融資を提供して、彼らが貧困から脱却する持続可能な道筋をつくりだす支援をしている。パキスタン全土400以上の都市に800超の支店を持つAIMは、世界最大の無利子マイクロファイナンス事業だ。

サキブ博士は、アクワットの設立を考えた際、その役割に見合うだけの知的、職業的な準備ができていた。ラホールのキングエドワード医科大学を卒業後、ヒューバート・ハンフリーズ奨学金を得て、アメリカン大学ワシントン校で行政学修士を取得した。1985年から2003年まではパキスタンで公務員として働き、政府の政策は、たとえそう主張していたにしても、貧困層、とりわけ女性を支援するようにはできていないことを認識した。

アクワットは、放棄され廃校状態になっていた公立の学校数百校を譲り受け、4つの地域大学(うち1校は女子校)を設立し、貧しくとも能力のある学生のために総合大学も1校設立した。2015年に開学したアクワット大学は、能力があり学業に励みたいという意思を持ちながら、金銭的な理由からそれが叶わない低所得層の学生に対して奉仕する地域大学である。大学の「学習ハブ」は、しばしば麻薬や売春、暴力に身をやつしている、親のいない子どもたちに対して教育や職業訓練を提供するものだ。

アクワットは女性教育を推進しており、アクワット女子大学のウェブサイトは、大学の哲学として「女子教育への投資なくして国は進歩せず」を掲げている。チャクワルにあるアクワット女子大学は実力主義で入学してきた国中の若い女性の寄宿舎をキャンパス内に備えた大学である。

アクワットは、数十万人の患者に奉仕する医療サービスや、これまでに300万着以上の衣服を配布した「衣服バンク」、差別されるクワジャシラ(トランスジェンダー)の人たちに対する経済・医療・カウンセリングのサービスを提供している。

サキブ博士に2021年の「ラモン・マグサイサイ賞」を授与するにあたって、同賞の理事会は「パキスタンで最大のマイクロファイナンス組織を創設した同氏の姿勢と共感、人間の善行と連帯が貧困根絶の道を切り開くとする同氏の信念、パキスタンの数百万世帯を支援してきたミッションを遂行する決意」に対して同賞を与えた、としている。

サキブ博士はこの賞を、アクワットが支援する貧しい人々とパキスタン国民に捧げる、と述べた。この賞は、アクワットと無利子融資モデルを顕彰したものであり、パキスタン国民の共感と高潔さを認識したものである、とした。パキスタンのイムラン・カーン首相はツイッターで、「アジア最大の名誉」だとしてサキブ博士への祝辞を述べ、「リヤサット・イ・マディナ・モデルにしたがって福祉国家づくりに我々が前進する中にあって、博士の達成を誇りに思う」と書き込んだ。

「アクワットは全体として、その名称にしても、中心的な哲学にしても、イマーン=イフサン=イクラス(公正・親切・誠実)というスローガンにしても、その経済的なアプローチにしても、イスラムの社会的・経済的原則に則っている。アクワットの名は、兄弟愛を意味する『マワカート』(Mawakhaa’t)に由来するが、これは、預言者がメッカからの移民をヤスリブ(メディナ)の社会的・経済的仕組みに統合するプロセスを指し示した原則だ」とファティマーはIDNの取材に対して語った。

アクワットの成功は、利子支払いを基盤にした世界の金融モデルが貧困層の役に立っていないことの一つの証左となっている。「単純に数字だけで見ても、大変なことであることがわかるだろう。2001年に20万パキスタンルピー以下(約3000米ドル)という単純な融資から初めて、現在は、2000万人以上の人々に総額1400億パキスタンルピー超の無利子融資を与えるまでになった。」サキブ博士は、この循環型の社会的取り組みを通じて自身の共感と無私の精神を体現した。彼の哲学は、単に自分自身にとって善きことを成すだけではなく、皆が互いに手を取り合って助けることができるように他者を励まし続けるというところにある。」とファティマーは続けた。

アクワットは、祈りの場を融資の支払いやコスト抑制のために用い、スタッフやクライアントの間でのボランティアを奨励している。借り手を貸し手に変えることも目指している。

アクワット・モデルは時として、同じ南アジアの隣国でありイスラム教徒が人口の多数を占めるバングラデシュでムハマド・ユヌス教授が運営している有名なグラミンバンクと比較されることがある。しかし、グラミンバンク・モデルはマイクロ融資に利子を課している。もちろん、アジア技術研究所ユヌスセンター(バンコク)の所長であるフェイズ・シャー博士が言うように、2つのモデルには共通性もある。「両組織の基本的な機能は、社会的資本と社会的担保を通じて人々に資金を提供するというところにある。資金を手に入れられない人に資金を提供する。それが共通性だ」。

ファイズ博士はIDNの取材に対して、「ユヌス教授はグラミンバンクがイスラム・モデルであると主張したことはない。」と指摘したうえで、「それは単に、時として貯蓄・融資プログラムとみられる融資プログラムだ。社会開発へのコミットメントが動機となっている。グラミンの原則は、グラミンバンクに関わる者はすべて、地域構築や国家構築のプログラムに貢献しているというものだ。一方、アクワットは、イスラムの福祉的財源の一翼に加わりたいとの動機に基づいている。イスラム信仰の原則において表明されるものであり、イスラムの兄弟愛の原則によって動機づけられたものだ。」と語った。

今日、アクワットはパキスタンで最大のマイクロファイナンス組織となり、貧困層に融資を続けている。総計9億米ドルに及ぶ480万件の無利子融資を300万世帯に対して行っているが、償還率は驚きの99.9%である。コロナ禍の中でアクワットは、パキスタン全土100カ所以上で緊急融資・資金供与、食糧支援などを行った。

パキスタン国民であるファイズ博士は、所得の40分の1を、困窮する他者の支援に充てなければならないとする「喜捨」が、イスラム5原則の1つであるという事実を強調した。「国家がこれを行うこともできるが、イスラム教徒にとって、これは個人的な義務でもある。」

「イスラム教徒はさまざまな形で喜捨を行うが、その割合は個人がどれだけのものを所有しているかによって変わり、地域開発や困っている人々の支援のため使われる」とファイズ博士は説明する。「アクワットの精神はイスラムの開発モデルに強固に根差していると言ってよい。それは、現代において、現代的解釈の下で応用されているのだ。」(原文へ

翻訳=INPS Japan

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9月5日のクーデターで大統領が拘束されたギニア情勢を分析した記事。政府による弾圧、亡命、投獄などを経験してきたアルファ・コンデ大統領(83歳)は「ギニアのマンデラ」を自称してきたが、自身が政権を獲得すると、憲法を書き換えて自らの3選を可能にし、反対派の大量投獄、審理前の謎の死亡など前任者同様の独裁的傾向を強めていた。ギニアは、鉄鉱石、金、ボーキサイト等天然資源が豊富な一方で、国民の半数以上が貧困線以下の生活を送り、約2割が極貧状態にある。特に飢餓は深刻で230万人の子供が栄養失調、25.9%の国民が慢性的な栄養失調に喘いでいる。クーデターは非難されるべきだが、民主的に選ばれた大統領が必ずしもより良い統治をするとは限らない。(原文へFBポスト

INPS Japan

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【コルカタIDN=アミタバ・チョウドリ】

毎年約400万人が感染し児童を中心に約13万人の命を奪ってきたコレラ(ビル・ゲイツは「世界最長のパンデミック」と呼んでいる)は、開発途上国の難民キャンプやスラムなど人口が密集した衛生環境が劣悪で清潔な水や医療へのアクセスが困難な場所で流行する。先進国の大手企業が供給してきた従来の高価なワクチンに代わって、安価な経口コレラワクチン開発・普及に尽力し、ロヒンギャ難民キャンプでのアウトブレイク防止に貢献したパングラデシュ人科学者フィルドウジ・カドリ博士に焦点を当てた記事。彼女は今年、「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞を受賞した。(原文へ

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