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宇宙への核兵器配備は現実か、それともこけおどしか

【国連IDN=タリフ・ディーン】

宇宙空間における核兵器に対する恐怖の高まりは、国連が「宇宙空間の平和的利用に関する委員会」を常設機関として立ち上げた65年前の1959年には想像もつかないことだっただろう。

国連における臨時委員会としては最大の102参加国を擁した同委員会は、「平和、安全、開発のために」を標語に、人類全体の利益のための宇宙の探査・利用を規制するために設置された。

しかし、ロシアが宇宙を基盤とした兵器の打ち上げを提案したとの観測が広まり、それが米国をさらなる開発に向かわせている。

『ニューヨーク・タイムズ』は2月19日の記事で、米国のアントニー・ブリンケン国務長官が宇宙空間で核爆発が起これば、米国だけではなく中国やインドの衛星も破壊されることになろうと発言したと報じている。

米国は他方で、自らの(核兵器)は人類に真の脅威を与えていない、としている。

米国家安全保障会議の戦略的コミュニケーション問題担当ジョン・カービー氏は2月19日、「人間を攻撃したり地表を物理的に攻撃したりするようなタイプの兵器については議論していない」と記者団に答えた。

Tariq Rauf
Tariq Rauf

国際原子力機関(IAEA、本部ウィーン)で検証・安全保障政策の責任者をかつて務めていたタリク・ラウフ氏は、「少しの知識は危険である」という格言は、バイデン政権に対し、ロシアによる対衛星核兵器の宇宙配備計画とされる「重大な国家安全保障上の脅威」に関する情報の機密指定を解除するよう要求した米下院情報委員会のマイク・ターナー委員長にも当てはまると語った。

幸いなことに冷静さが上回っており、下院のマイク・ジョンソン議長は、パニックに陥ったり警告を発したりする必要はないと述べている。

ラウフ氏によれば、宇宙空間で核爆発が起これば、軌道上にある衛星が破壊され、軍事活動も民生活動も阻害されることになるという。

「軍事部門では、偵察、軍備管理の検証、ミサイル発射の早期警戒、戦闘管理のための衛星が破損あるいは破壊することになれば、米ロ両国ともに被害を受け、『目』を奪われた状態になる。だから宇宙に兵器を配備することにはあまり意味がない。」

ラウフ氏によれば、現在のところ対衛星兵器(ASAT)を禁止する国際体制は存在しないといい、そうした兵器には必ずしも核爆発装置を要するわけではない。弾道ミサイルに搭載された核兵器は、地表上の標的に向かって発射された場合、宇宙空間を飛ぶことになるが、これは、核爆発装置の宇宙での実験や配備を禁じた宇宙条約違反にはあたらないという。

1963年の部分的核実験禁止条約は宇宙における核爆発を禁じている。

国連宇宙問題局の元局長で国際宇宙法・政策研究所のナンダシリ・ジャセントゥリヤナ名誉教授は、法的な観点から言えば、宇宙法は抑止を基盤としたものだと語った。

「ロシアが1967年宇宙条約に違反したことは、自らを傷つける行為であり逆効果だ。報復的な打ち上げを今すぐにでも行おうと手ぐすねを引いている国もいくらかある。」とジャセントゥリヤナ名誉教授は話した。

「軍事力の通信手段を破壊することは、その軍事機構が制御能力を失うということだ。戦時においてすら、交戦当事国は他国の通信ケーブルや主要な通信システムの破壊には及ばないものだ」。

「そんなことをすれば、戦勝国は被征服国の国民やその軍隊との連絡手段を失ってしまう。私の意見では、ロシアは、宇宙条約の違反のみならず宇宙に核を配備することで、失うものが多いことと比較して得るものはほとんどない。」

そうした行為によって短期的には戦術的優位がもたらされるかもしれない。しかし、私の意見では、避けがたい長期的マイナスの方が上回ってしまう。

戦略的なレベルで言えば、「私が理解する限り、詳しいところは――明らかな理由で――隠されており、『核』に言及することで、実際にどのような事態が進行しているのかよく理解しないままに多くの国が軍備に走る結果に陥るのではないか。」

あらゆる種類の噂を引き起こして人々を不安な状態に陥らせるのはロシアの常套手段と言えるかもしれないが、宇宙空間で使用される核兵器の実現性と軍事的有用性には疑問符が付されている。というのも、宇宙空間には大気がなく、何かを爆発させた場合にロシア自身の宇宙施設と他国のそれを区別することができないからだ(米国自身も1960年代にスターフィッシュ・プライムによってそれを経験した)。

かつて国連事務次長も務めていたジャセントゥリヤナは「宇宙空間での(攻撃的な)軍事的任務を帯びた原子力衛星を宇宙上に置くような事態が進行している可能性も否定できない。それが宇宙条約に抵触しないかどうかには議論の余地がある。しかし、重大な脅威であることは間違いない」と述べる。

Stéphane Dujarric/ UN Photo/Evan Schneider
Stéphane Dujarric/ UN Photo/Evan Schneider

国連のステファン・ドジャリッチ広報官は、そうした報道がメディア上で出ていることは認めた上で、「具体的な情報は入ってきていない」と語った。

明らかに、原則の問題として言えば、国連事務総長は、法的拘束力のある措置も政治的な措置も含めて、宇宙空間における軍拡競争を回避するようすべての加盟国に呼びかけ続けるだろう。

「そして、核兵器に関して言えば、加盟国は条約上の義務に従い、壊滅的な帰結をもたらす計算違いやエスカレーションにつながりかねないいかなる行為をも回避せねばならない。」とドジャリッチは語った。

ラウフはさらにこう付け加える。「1958年に、月の表面で水爆を爆発させる『プロジェクトA-119』を米国が一時期追求したことを思い出した人もあるかもしれない。地球からでもはっきり見えるきわめて巨大な放射能雲と激しい光によってソ連に米国の力を見せつけることが目的だった。幸いなことにプロジェクトは実行されず月はそのままの形で保たれた。その後、1979年の月条約で月やその他の天体で核実験を行うことが全面禁止された。」

1962年7月、広島型原爆の500倍の威力を持つ爆発力1.4メガトンの米国の核爆発装置「スターフィッシュ・プライム」によって電磁パルスが発生し、いくつかの衛星が使用不能になった。地球上の磁場が爆発から発生した放射線を捉え、その後10年にわたって放射線帯(スターフィッシュ帯)が残った。

米ソともに1960年代初頭に宇宙で核爆発実験を行っている。ソ連の「プロジェクトK」核爆発は1961年から62年にかけて行われ、米国は宇宙で11回の核爆発実験を行っている。

ラウフ氏によれば、対衛星兵器や宇宙空間におけるその他の兵器を禁止するなど、宇宙における軍拡競争の予防(PAROS)に関する取り組みは、ジュネーブ軍縮会議でもニューヨーク国連本部での国連総会第一委員会でも停滞してきたという。

ラウフ氏はまた、国連総会が1959年に設置した「宇宙空間の平和的利用に関する委員会」(ジュネーブ)は、宇宙空間の平和的利用に関する国際協力の促進と、平和・安全・開発のために全人類に利益をもたらす宇宙の探査・利用の規制を任務としていると指摘した。

一般的には、米国とEU諸国は宇宙での活動に関して自主的な行動規範(一例として「宇宙活動に関する国際行動規範」[ICoC])と透明性を求める傾向にあり、中国やロシアなどは宇宙への兵器非配備を規定した法的拘束力のある措置(一例として「宇宙空間における兵器配備及び宇宙空間の対象に対する戦力使用を防止する条約」[PPWT])を求める傾向にあるとラウフ氏は説明する。

ジャセントゥリヤナ氏は、宇宙空間への核兵器の配備は宇宙条約の第2・3・4・6条、及び、部分的核実験禁止条約と国連憲章に抵触する可能性があるとする。

「国連憲章はいまや慣習国際法となっており、宇宙条約の第2・3・4条も同様に国際慣習法とみなされるべきだ。したがってロシアはこれらの条約を否定することはできなくなる。」(原文へ

INPS Japan

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イスラエルとパレスチナ――悲しみの壁を乗り越える

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジョーダン・ライアン】

預言者たちは私たちにこう言った。「ブドウの木の下とイチジクの木の下では、誰もが平和で恐れることなく暮らしなさい」

 彼らは「全ての人にブドウの木やイチジクの木がないとき、平和は訪れず、恐怖が訪れるだろう」と暗示した。預言者たちは暴力を正当化していたわけではない。彼らはそれを説明していたのだ。(

預言者たちは私たちにこう言った。「ブドウの木の下とイチジクの木の下では、誰もが平和で恐れることなく暮らしなさい」

彼らは「全ての人にブドウの木やイチジクの木がないとき、平和は訪れず、恐怖が訪れるだろう」と暗示した。預言者たちは暴力を正当化していたわけではない。彼らはそれを説明していたのだ。

ガンジーは「『目には目を』では、全世界を盲目にするだけだ」と語った。多くの目が泣き、涙で見えなくなっている。トラウマが私たちを盲目にする。両陣営のトラウマが悲しみの壁を築く。私たちはその壁の向こうの相手の人間性を見ることができない。

先週、最初は、私のフェイスブックのフィードは、ハマスに殺害された友人や、虐殺され、誘拐され、行方不明になっている母親、娘、子供のユダヤ人家族全員の写真を投稿するイスラエルの友人たちで埋め尽くされた。その後、私のフィードは、イスラエルの攻撃によって殺されたパレスチナ人の写真で埋め尽くされた。家族全員。アパートの建物全体。狙われた小児病院とモスク。トラウマはどんどん壁を高くし、その向こう側の人間性や可能な解決策を見ることをますます難しくしている。

物語は手がかり

悲しみの壁を乗り越えるには、歴史を理解する必要がある。しかし、一方だけの物語ではない。欧州のキリスト教徒、ユダヤ教徒、パレスチナのイスラム教徒とキリスト教徒の絡み合った歴史の物語は、私たちがこの壁を乗り越え始めるのに役立つ手がかりとなる。

フェイスブックで見かけたある投稿は、2017年に訪れたキブツ・ヤド・モルデハイからのものだった。この村のことはよく覚えている。キブツ(ユダヤ人協同農場)の名前は、ワルシャワ・ゲットー蜂起におけるユダヤ人戦闘組織の初代司令官の名前にちなんでいる。ナチスはポーランドでユダヤ人の家族や隣人たちを殺害した。彼らはパレスチナに逃れ、1930年代に村を建てた。

パレスチナ国家とイスラエル国家の両方を創設しようとした1947年の国連分割決議の後、アラブ5カ国はパレスチナの土地の喪失を制止し、イスラエル国家の創設を阻止するためにこの地域に侵攻した。1948年の戦争では、エジプトの戦車がキブツ・ヤド・モルデハイを攻撃し、ナチスのポーランドから逃れてきたばかりのユダヤ人を恐怖に陥れた。

しかし同時に、ヤド・モルデハイ近郊のパレスチナ人の村々は1948年に「抹殺」された。大きな果樹園のある村や農場に住んでいたパレスチナ人は、現在ガザとして知られている強制収容所に住むために送られた。75年後も、ガザに住む200万人のパレスチナ人は、両親や祖父母の村の名前と場所を覚えている。ハマスの武装勢力は、今週末に攻撃したキブツ・ヤド・モルデハイ近郊の同じ村や農場から追い出された家族の子供たちである。

ヤド・モルデハイは私に強い印象を与えた。キリスト教の反ユダヤ主義がナチスとホロコーストに拍車をかけ、ワルシャワでユダヤ人の両親や隣人たちを殺害した。2023年の今、ヤド・モルデハイのコミュニティーは、ハマスのミサイルや、周辺のキブツや町で多くのイスラエル人が殺害・誘拐されたために避難している。

欧州のキリスト教徒もこの物語の一部である。私たちは単なる部外者ではない。ヤド・モルデハイの人々は、ホロコーストと同じような残忍な虐殺を恐れる必要のないコミュニティーに住む資格がある。

この悲劇の物語は2023年に始まったものではない。また、50年前の1973年の第4次中東戦争(ヨム・キプール戦争)や、1948年のナクバ(パレスチナ人にとっての大惨事)から始まるものでもない。まず、この絡み合った苦難の歴史を解き明かし、苦難から抜け出す方法を理解しなければならない。

この絡み合った苦難の物語は、復讐の分かりにくい論理を把握する方法を私たちに与えてくれる。

復讐と集団的懲罰の分かりにくい盲目的な論理

フェイスブックは現在、旗の写真を投稿する人々であふれている:イスラエルの旗とパレスチナの旗が、あたかも二つの側面しかなく、紛争は「彼ら対われわれ」であるかのように。どちらの側でも、人々は人間性を奪い、さらなる暴力の舞台を用意する。これらの旗は壁をどんどん高くし、この地域の全ての人々がブドウの木やイチジクの木を育てることをより難しくしている。

パレスチナ人は1948年以降、反ユダヤ主義から逃れユダヤ人を保護するユダヤ人国家に最終的に住みたいと願うユダヤ人によって、家や農場から追い出されてきた状況に直面している。パレスチナ人は、現在もこの暴力の連鎖に加担し続けている欧州のキリスト教徒の犯罪に苦しんできた。

過去100年間で、約10万人のパレスチナ人が暴力によって死亡し、さらに多くのパレスチナ人が貧困、また医療や仕事へのアクセス不足によって死亡している。ヨルダン川西岸におけるイスラエル入植地の拡大、占領の拡大、そして日々の屈辱と抑圧の中で、パレスチナ人の中には暴力以外の選択肢がないと感じている者もいる。全ての人のために平和を望むのであれば、パレスチナ人にとって、彼らに対する現在進行中の暴力を終わらせるための選択肢が必要である。

ヨム・キプールの聖なる日、1973年にアラブ諸国がイスラエルに対して奇襲攻撃を行ったこの記念日に、ハマスによる今回の攻撃を経験したイスラエル人にとって、ハマスの虐殺は、イスラエル軍の絶大な能力にもかかわらず、ブドウの木の下やイチジクの木の下で平和で安全に暮らすことはできないということを改めて思い起こさせるものである。

集団的懲罰の論理は盲目的である。ハマスがユダヤ市民を標的にしたのは、パレスチナ人の家や命が失われたのは全てのユダヤ人に責任があると見なしたからである。そして今、イスラエル軍はパレスチナ人の家を爆撃し、ユダヤ系イスラエル人の家族を失った責任は全てのパレスチナ人にあると見なしている。600万人以上の人間が犠牲になったホロコースト以来、いまだに人口が回復していないユダヤ人にとって、先週末に1,200人のイスラエル人が犠牲になったことは悲劇的であるばかりではない。ホロコーストの続きのように感じるのだ。

どちらの側による集団的懲罰も、罪のないイスラエル人と罪のないパレスチナ人の命を奪う。ハマスが1,000人以上のイスラエル人を殺したのは間違っていた。そして、イスラエルが報復のために、ガザの罪のないパレスチナ人をさらに殺害するのは間違っている。どちらの過激派も、容認できないという「メッセージを送る」ために、相手を殺すことが「必要」だと正当化する。

両陣営の集団的懲罰という戦略は、両陣営にさらなる怒り、トラウマ、そして戦いへの決意を生み出すだけである。ホロコーストとジェノサイド研究の教授であるラズ・シーガルは、イスラエルによるガザへの絨毯爆撃が、法的には「ジェノサイドの教科書的事例」である理由を説明している。ユダヤ人のホロコーストの悲しみやトラウマを武器にすることで、また別のホロコーストを引き起こすことはあってはならない。私たち全員が共に「二度と繰り返してはならない」と言ったのは、世界がジェノサイドに反対する声を上げずに傍観することは二度とないという意味だった。

悲しみの海に「場」を切り開く

私たちに何ができるだろうか? ほとんどのメディアと米国政府は、現在ガザで起こっている大量虐殺的復讐を、二元論的かつ非歴史的に正当化している。米国政府は、イスラエルの極右政権の味方をするよう私たちに促している。

10月13日に国務省が出したとされるメモは、外交官に対して、一般市民や国連からの和平や停戦の呼びかけに抵抗するよう求めている。一般市民の多くは同じような二元論を唱えている。旗を持って一方の側に立ち、悲しんでいる全ての人々や平和の側に立たない。

私たちは悲しみの海を割り、人々を憎しみの荒れ地から導き出さなければならない。私たちはこの荒野に声を聞ける場を作ることで、これを実現する。

トラウマ、悲しみ、人命の喪失について、人々が関心と懸念を表明する「場を守る」ことができる。
あまりにも心に傷を負ったために平和を主張することができない人々のために、悲嘆する「場を確保する」ことができる。

一部の欧州人によるユダヤ人への、そして一部のイスラエル人によるパレスチナ人への暴力と抑圧の歴史が絡み合い、苦しんでいる全ての人々の人間としての尊厳を守るための「場を築く」ことができる。

両陣営の戦争犯罪に対して道徳的な怒りを表明できる人たちのために、「場を作り出す」ことができる。
進むべき道を明確に示すことができる人たちのために「場を設ける」ことができる。もっと良い方法がある。

今のところ、全ての側の利益に対処する唯一の政治的解決は、「二つの国家、一つの祖国」、すなわち「万人のための土地」と呼ばれるものである。これは、革新的なイスラエル人とパレスチナ人によって考案された型破りな提案である。

この図の中央にある二つの大きな円が、私たちが焦点を置くべき場所である。これらの二つのグループは団結し、両過激派グループが国内の他の部分の人々を戦争に引きずり込むことに終止符を打つことで、より多くのものを得ることができる。

ハマスは民主的に選ばれたわけではない。ハマスは多くのパレスチナ人を抑圧しており、憎まれているので、全てのパレスチナ人を代表しているわけではない。この1年間、私たちはまた、何十万人ものイスラエル人が極右イスラエル政府に抗議する姿を目にした。選挙で選ばれたが、過半数がネタニヤフ首相に反対している。

暴力は、占領が終わり、正義と民主主義と万人のための土地ができたとき、そして世界がパレスチナの人権に反対することなく反ユダヤ主義に反対することができたときに終わるだろう。

預言者たちは正しかった。誰もがブドウの木とイチジクの木を必要としている。

リサ・シャーク博士は、戸田記念国際平和研究所の上級研究員であり、米国ノートルダム大学の教員としてKeough School of Global Affairs およびクロック国際平和研究所に所属している。同氏は、リチャード・G・スターマン シニア・チェアであり、Peacetech and Polarization Labを運営している。フルブライト研究員として東西アフリカに滞在した経験を有し、The Ecology of Violent Extremism: Perspectives on Peacebuilding and Human Securityおよび Social Media Impacts on Conflict and Democracy: The Tech-tonic Shiftなど11冊の著作がある。同氏の研究は、国家と社会の関係や、社会的結束を向上させるための、テクノロジーに支えられた対話や意思決定に焦点を当てている。

INPS Japan

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ネパールの宗教指導者たちが調和を促す

【カトマンズNepali Times】

ネパールの宗教指導者たちは、ネパールの社会的調和を乱す宗教的過激派によるソーシャルメディアの武器化について懸念を表明した。

ネパールの多様な宗教団体のメンバーは、2月3日にカトマンズで開催された世界宗教間調和週間を祝うために、全国宗教間ネットワーク(NIRN)ネパールの後援の下に集まった。

ほとんどの講演者は、ソーシャル・ネットワーキング・プラットフォームが「自由奔放な不寛容と偏見を広め、さまざまな宗教間の不和をまき散らす」ためにどのように悪用されるかを人々が認識できるよう、一般市民のメディア・リテラシーを高める必要性を強調した。彼らは、社会の調和を維持するために、市民の草の根的な動員を促した。

宗教指導者たちはまた、宗教指導者を名乗る者たちの犯罪行為にも懸念を表明した。「犯罪を犯す者を宗教指導者とは呼べません」と、ネパール全国宗教間協議会(NIRC)のダモダール・ゴータム議長は述べた。「宗教指導者は、適切な行動、品行方正な振る舞い、諸宗教間の寛容の促進を通じて、その称号を得なければなりません。

世界宗教間調和週間は、2010年にヨルダンのアブドラ2世が国連に世界の宗教の共存を祝う提案を提出して以来、2月の第1週に祝われている。

NIRNネパールは2008年に設立され、現在では全国30の地区と46の地方レベルに広がっている。ネパールのヒンドゥー教、仏教、イスラム教、キラント教、キリスト教、ジャイナ教、バハイ教、ヴェーダ・サナタン・ダルマの各コミュニティの指導者たちは、今年の宗教間調和週間を記念して一堂に会した。

また、NIRNのナレンドラ・パンデイ氏はプログラムの中で「メディアと宗教間の調和」と題した論文を発表し、メディアと宗教指導者の間のギャップを埋めなければならないと述べた。

The Nepali Times

ヒンドゥー君主制の復活を推し進める政党もあることから、インドにおける少数派への政治的動機に基づく攻撃や宗教的不寛容がネパールにも広がり始めているとの懸念が高まっている。

女性に対する暴力に関する全国宗教間ネットワークのプリヤ・ダシ会長は、メディアは宗教に関する問題を報道する際の言葉遣いに注意する必要があると付け加えた。

「社会の調和と変革のために、宗教指導者とメディアの関係は強化されなければなりません」と彼は語った。

Map of Nepal
Map of Nepal

NIRNのナヒダ・バヌ氏は、「ネパールの宗教的寛容についてより良い説明を提供する必要がある」と述べた。イベントの出席者はまた、児童婚の撲滅、就学キャンペーンの促進、今年の予防接種キャンペーンを円滑に進めるための宗教指導者間の協力の必要性など、NIRNの活動について語った。

昨年、ネパール東部のダーランでは、寺院の向かいに教会が建設されたことをめぐって、ヒンドゥー教徒、キラント教徒、キリスト教徒のコミュニティの間に緊張が走った。

ここ最近、ネパールの公共圏では、インドのヒンドゥー性(インドにおけるヒンズー教ナショナリズムの主な形態)とネパールにおけるその影響力の拡大に対応する親ヒンドゥー感情へのシフトが見られる。特にRPPの著名な政治指導者たちは、憲法から世俗主義を廃止し、ヒンドゥー国家を復活させようと呼びかけている。(原文へ

INPS Japan/Nepali Times

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アフリカの常任理事国不在は「明白な不公正」と国連事務総長

【国連IPS=タリフ・ディーン】

国連が安全保障理事会(UNSC)改革をめぐって終わりの見えない論争を続けるなか、政治的な異常事態のひとつに、米英仏中露の5常任理事国(P5)にアフリカが含まれていないことがある。

アフリカ大陸は55カ国からなり、総人口は14億人を超える。

アントニオ・グテーレス事務総長は、「2024年に向けた優先事項」のリストで、安保理事改革を挙げた。これは79年の歴史を持つ同理事会が抱える長引く課題である。事務総長は2月7日、各国代表団に対し、「アフリカ大陸が未だに常任理事国入りを待っているのはまったく受け入れられない」と語った。

グテーレス事務総長は、 「私たちの世界は、以下を緊急に必要としています。つまり、① 安保理改革、②国際金融システムの改革、③若者の意思決定への有意義な参加、④新技術の利点を最大化し、リスクを最小化するためのグローバル・デジタル・コンパクト、⑤複雑なグローバル・ショックへの国際的な対応を改善するための緊急プラットフォームなどです。」

UN Secretary-General António Guterres addresses the preparatory ministerial meeting for the Summit of the Future. | Credit: UN Photo/Laura Jarriel.
UN Secretary-General António Guterres addresses the preparatory ministerial meeting for the Summit of the Future. | Credit: UN Photo/Laura Jarriel.

先月ウガンダで開催されたサウスサミットの記者会見で質問に答えたグテーレス事務総長は、「アフリカの常任理事国が1つもないというのは、明らかな不公平、甚だしい不公平」と批判した。

その理由のひとつは、国連機関が設立された当時、アフリカ諸国のほとんどが独立していなかったからだ。

「しかし、最近の公の宣言では、常任理事国が少なくともアフリカの常任理事国入りに好意的であることが分かりました。米国、ロシア、中国もこの点で前向きであり、英国やフランスも同様です。」

「だから、私は初めて、この明白な不公正が是正され、少なくともアフリカから1カ国が安保理常任理事国入りするために、少なくとも部分的な安保理改革が可能かもしれないと希望を持っています。」

しかし、それが保証されるわけではない。それはこうした決定が、「事務総長次第ではなく、加盟国や国連総会次第だからである。しかし私は初めて安保理改革に希望が持てる理由があると考えています。」

一方、人口6億7000万人を超えるラテンアメリカ・カリブ海地域(LAC)には、ラテンアメリカ12カ国とカリブ海を中心とする21の自治領があるが、国連安保理の常任理事国からは外れている。

ニュージャージー州にあるセトンホール大学外交・国際関係学部のマーティン・S・エドワーズ副学部長(教務・学生担当)はIPSの取材に対して、 「安保理における代表権の問題について真剣に話し合うべきだと思いますが、レトリックから真剣な提案にどう移行するかが課題です。」と語った。

この枠組みにはさまざまな方法がある、と彼は指摘する。

African Continent/ Wikimedia Commons
African Continent/ Wikimedia Commons

「G20はアフリカ連合(AU)をメンバーに加えた。もちろん、人権理事会のような地域的な議席を考えることもできる。しかし、そうは言っても、重要なのは何を求めるかだ。」

米国の立場は、拒否権なしに地域代表を増やすことである。「しかし、拒否権をなくそうとする大きな動きが既に進行中であり、拒否権にこだわればその取り組みを逆行させることになる。

しかし、すべての改革案にとって、より大きな、そして未解決の課題は、米国の国内政治の現実を尊重していない点である。

「米国上院は憲章のいかなる変更案も承認しなければならないが、米国の選挙日程の現実から、いかなる改革案もその可能性はほぼ閉ざされています。」と、エドワーズ副学部長は語った。

ステファン・デュジャリック国連報道官は先月の記者会見で質問に答え、事務総長の意見は多くの人々の意見を反映したものだと述べた。「実際、国連の平和と安全保障に関する活動の多くが進行している大陸(=アフリカ大陸)があります。そして、その大陸からは、平和と安全保障に関連する政策を討議し決定する機関に加盟する国は皆無の状態なのです。」

「グテーレス事務総長は旧植民地であった(アフリカの)国々について、まずは『植民地化されたこと』、そして『多国間システムの構築が議論されたときに、そのテーブルにすらつけなかったこと』で、二重の不利益を被っている不公平さについて語っています。」

「もちろん国連加盟国が安保理改革をどのように決定するか、それがどのようなものになるかは、加盟国次第です。事務総長がこのような発言をしたのは今回が初めてではないと思います。しかし、最終的には加盟国自身が決めることであり、グテーレス事務総長の見解を考慮に入れるかどうかは、これからわかることです。」とデュジャリック報道官は語った。

パスファインダー・インターナショナルの前会長兼エグゼクティブ・ディレクターで、国連人口基金(UNFPA)の元事務次長補(ASG)兼事務次長(プログラム担当)のプルニマ・マネ氏はIPSにの取材に対し、アフリカの常任理事国が1カ国も存在しないという不公正さに対する事務総長の遺憾の意は、安保理常任理事国選任の際に用いられた当初の枠組みの妥当性に関して、長年の議論を呼び起こすものだと語った。

彼女は、現在の安保理常任理事国としての妥当性に関する議論は新しいものではないが、実際には何の進展もないと語った。歴史的な理由に基づく常任理事国入りの妥当性の問題は、非常任理事国入りの可能性を検討することで、多少回避されてきた。

「事務総長はコメントの中で、現在の常任理事国5カ国はそれぞれ、改革に前向きであることを表明しているが、いざ実行に移すとなると、明確なルールを作るのは容易ではありません。」と語った。

彼女はいくつかの適切な質問を投げかけた。 つまり、「既存の国連安保理メンバーのルールは完全に変更されるのか?常任理事国席はいくつ作られるのか?常任理事国は現在のように特定の国に限定されるのか、それともグテーレス事務総長が提案しているようにアフリカのような地域的な割り当てに基づくのか?」などである。

「また、どの国がこの特権を得るかを決定するプロセスはどうなるのか、また、それは永続的なものなのか、それとも非常任理事国のような持ち回り制なのか。」と、マネ氏は尋ねた。

グテーレス事務総長が言うところの、アフリカの常任理事国入りに前向きな常任理事国5カ国の意思や、現在常任理事国に名を連ねていない他地域の反応など、多くの疑問が出てくるという。

A view of United Nations Headquarters complex in New York City as seen from the Visitors’ Entrance. /UN Photo | Yubi Hoffmann.
A view of United Nations Headquarters complex in New York City as seen from the Visitors’ Entrance. /UN Photo | Yubi Hoffmann.

「国連のプロセスがいかに複雑であるかを知っていれば、加盟国モデルを変更するプロセスは長く複雑なもので、一部の国々に抵抗されるに違いない。正義と公平性の問題が提起されるのであれば、国連加盟国は、安全保障理事会の常任理事国入りの歴史的な理由を維持する必要性が、今日の世界において妥当なのかどうか疑問を呈するかもしれない。」とマネ氏は主張した。

これは確かに、安全保障理事会の理事国としてより広範な定義に門戸を開くものであり、今日の世界では不公正とみなされるかもしれない特権の序列に挑戦するものである。

国連はこのような議論から恩恵を受けることは間違いない。たとえこの議論が、解決に至るまでに長く複雑なプロセスを伴うとしても、国連加盟国がすべての加盟国の目から見て、本質的に平等であるとみなされるようにするためには、努力する価値があるに違いない。(原文へ

INPS Japan

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Leonam dos Santos Guimarães Capt. (ret.) Brazilian Navy/ Nuclear Summit 2022
Leonam dos Santos Guimarães Capt. (ret.) Brazilian Navy/ Nuclear Summit 2022

安全保障と核不拡散に焦点を当てながら原潜に保障措置を適用するという問題には、国際的な規則や、協定、技術的な考慮事項が複雑に絡み合っている。

この議論の中心的な側面は、国際原子力機関(IAEA)の保障措置の適用、特に潜水艦計画のための核物質の軍事転用という文脈にある。核物質が軍事活動に使用されることのみを理由として、自動的に保障措置から除外されるべきではないとこれまでは論じられてきた。

保障措置の非適用は、濃縮、燃料製造、貯蔵、輸送、再処理、廃棄といった、潜水艦内での核物質の実際の使用以外のすべてのプロセスを包含し、可能な限り限定的であることを保証することに重点が置かれている。

AUKUS

AUKUS(豪・英・米)原潜計画への保障措置の適用は、複雑かつ高度に技術的な問題で、国際的な核不拡散規範やAUKUS合意の具体的な内容、原潜技術の技術的側面に関する十分な理解が必要である。2021年9月に発表された豪州・英国・米国間の安全保障合意によって豪州に原潜が供与されることになった。この取り決めは核不拡散・保障措置にとって重要な意味を持つ。以下の点がAUKUS協定に関連している。

○潜水艦における核技術の性格:潜水艦で使用する原子炉は、推進力を生むためのものであって核兵器生産のためのものではない。しかし、兵器級の高濃縮ウランを使用している以上、兵器化は可能である。このため、高濃縮ウランが非平和目的に転用されないように厳格な保障措置をかける必要がある。

○豪州の核不拡散へのコミットメント:豪州は核不拡散条約(NPT)に非核兵器国として加入している。つまり、民間の原子力事業を平和目的に限定し、国際的な保障措置を受ける義務があるということだ。原潜の取得によって豪州は独特の立場に立つことになる。というのも、このあらたな能力が、核兵器開発のような禁止されている軍事目的に使用されることはないと証明する必要が出てくるからだ。

○国際的保障措置と監視: IAEAは保障措置の実施において極めて重要である。豪州、英国、米国は、IAEA と緊密に協力し、潜水艦プログラムが豪州の核不拡散公約を遵守することを保証する枠組みを構築しなければならない。これには、定期的な査察、監視、検証の仕組みが含まれる。

○地域的、世界的影響:豪州による原潜配備は、地域、とりわけインド太平洋地域の安全保障力学に大きな影響を与える可能性がある。近隣諸国がもつ懸念に対処し、地域の軍拡競争の激化を防ぐためには、透明性を高め対話を進める必要がある。

○技術的・運用的保障措置:国際的な監視とは別に、技術的・運用的保障措置もまたこの事業の不可欠の一部となる。核物質の安全な取扱と計量、物理的防護措置、事故や未許可の利用を予防する安全規則などがここには含まれる。

○法的・政策的枠組:AUKUSの構成国は、国際規範や二国間協定に沿った強固な法的・政策的枠組みを構築しなければならない。これには、核物質や核技術の使用、移転、廃棄を規制する立法措置や規制措置が含まれる。

保障措置の適用

AUKUS原潜計画への保障措置の適用は、計画実行にきわめて重要な意味を持つ。核不拡散の懸念に対処しつつ豪州が防衛能力を強化するというバランスの取れたアプローチが求められる。国際核不拡散規範を遵守し、透明性を維持することは、地域の緊張を緩和し、世界の核セキュリティを強化する上で不可欠である。

AUKUS原潜プログラムの現状は、国際的な核不拡散基準の遵守を確保するためのIAEAとの継続的な交渉と関与とともに、プログラムの技術的および戦略的側面における大幅な進歩によって特徴付けられる。このプログラムの進展は、AUKUS諸国の軍事的・技術的能力を強化することを目的とした、より広範な戦略的イニシアチブの一環である。

最新の情報によると、原潜取得計画に関するAUKUS各国(豪州・英国・米国)と国際原子力機関の交渉は順調に進んでおり、核不拡散基準の遵守が焦点になっているという。

○原潜計画の進展:AUKUS諸国は原潜計画の策定・履行においてかなりの進展を見せている。たとえば、豪州海軍人に対する教育・研修を行い、産業部門への研修を行い、豪州西部での潜水艦ローテーション配備の準備を進める。豪州に対する米バージニア級原潜の初供与は2030年初めごろを予定し、豪州製造による初の戦略型原潜が供与されるのは2040年代初頭に予定されている。

○不拡散基準へのコミットメント:AUKUS諸国は核不拡散の最高基準を維持することを改めて約束した。このコミットメントは、核兵器不拡散条約に基づく非核兵器国(豪州)による原潜の使用に関わるものであり、極めて重要である。

○IAEAとの二者国間協議:豪州はIAEAとの二者間協議を開始している。これらの協議は豪州の包括的保障措置協定第14条の下で保障措置をどう行うかに焦点を当てている。協議の行く末は、AUKUSの計画がグローバルな核不拡散規範に則っているかどうかを図るうえできわめて重要だ。

○保障措置と監視への焦点:これらの議論は、保障措置と監視の強固な枠組みを確立することを強調している。これは、潜水艦で使用される核物質や技術が非平和的目的に転用されないようにするにはきわめて重要だ。

○法的・規制的枠組:協議は原子力技術移転および利用の法的・規制的側面を重視し、パートナーそれぞれの国際的な法的義務およびコミットメントとの関連において実施される。AUKUSの成功のために三国全ての立法府からの支援が得られるように協議が進められている。これには、独立した原子力安全規制機関を含む原子力安全の枠組みを確立するための豪州議会への法案提出も含まれる。

○技術的側面:AUKUSの潜水艦は、英国型、AUKUS型戦略原潜のいずれでも米国の推進技術を取り入れ、原子炉は英豪両国のSSN-AUKUS潜水艦にロールスロイス・サブマリン社が提供する。三国はこれらの潜水艦を念頭に置いた合同戦闘システムを開発中だ。

○AUKUS協定の広範な対象:潜水艦計画にとどまらず、AUKUS協定はサイバー能力、人工知能、量子技術、深海技術など、他の技術領域における進展も包含している。これらの側面は、AUKUS諸国間の共同能力と相互運用性を強化することを目的としている。

Image: Number 10/Flickr
Image: Number 10/Flickr

AUKUSのパートナーとIAEAとの間の交渉は、国際的な核不拡散規範を遵守し、透明で効果的な保障措置システムを確立することに重点を置いた、潜水艦プログラムの重要な側面である。これらの交渉の結果は、核不拡散体制とAUKUS潜水艦プログラムの将来の運用に重大な影響を与えるだろう。

ブラジル

ブラジルの原潜計画への保障措置の適用には、国際的な核不拡散規範、国家安全保障上の利益、技術革新が複雑に絡み合っている。このトピックは、ブラジルの原潜計画の背景、国際保障措置の性格、これら保障措置を原潜計画に適用する際の特定の困難と検討すべき事項といったいくつかの領域に分節化できる。

ブラジルが原潜開発を追求しているのは核技術開発の一環で、それには平和的なエネルギー産出と国家安全保障といった二つの側面を含む。NPT及びIAEAの加盟国としてのブラジルは原子力技術を平和的目的にのみ使用し、核兵器の拡散を防ぐとの公約をしている。ブラジルは、連邦憲法によって平和目的以外の核利用を禁止しているユニークな国である。

ブラジルの原潜計画に保障措置を適用することには、次のように独自の困難がある。

○国家安全保障上の懸念:潜水艦はしばしば機微の軍事技術を伴っている。同じような開発を進めている他の国々と同じく、ブラジルは、安全保障上の懸念から潜水艦に対して(IAEAなどが)完全な立ち入りを行うことを好まないかもしれない。

○軍民両用技術:原潜技術は軍民両用技術である。そのような技術に対して保障措置をかけるには、不拡散という目的と、当該国の正当な防衛目的との間に適切なバランスを取らねばならない。

○技術的課題:原潜を監視し検証することには技術的な課題がある。原潜は移動をするため、[外部の人間が]立ち入れない期間があるからだ。

○法的・外交的協議:軍事艦船に対する保障措置枠組みの確立には、ブラジル、IAEA、あるいはその他の国際的主体の間の微妙な法的・外交的関係が横たわっている。査察官がどの程度立ち入れるか、監視メカニズムの性格はどうあるべきかが問題になる。

ブラジル独自の原潜計画に対する保障措置の適用は、国際関係と原子力技術の微妙な関係を表している。国際的な核不拡散規範を守る一方で、国家安全保障と主権を尊重しなければならないという、難しいバランスの上にある。こうした取り組みが成功するかどうかは、原子力技術の複雑さと、平和と安全の維持という国際社会の多様な利害を認識した上で、透明性のある協力的なアプローチをとるかどうかにかかっている。

多層的

ブラジルによる原潜自国開発に対する保障措置の適用は多層的かつ現在進行形の問題であり、ブラジルのこれまでの長期的な核政策と国際機関との協議に関する最近の状況によって特徴づけられる。

ブラジルは、ウラン採掘からウラン転換・濃縮、核エネルギー生産に至る核燃料サイクル全体を包含する能力を開発し、核技術における主要プレーヤーとなっている。同国の核計画には民生部門と軍事部門があり、ブラジル海軍はウラン濃縮技術に責任を負っている。

Treaty of Tlatelolco Credit: OPANAL
Treaty of Tlatelolco Credit: OPANAL

ブラジルが原潜を追求するようになったのは1979年に遡り、経済の近代化と国際的な影響力の拡大を目指す広範な目標の一環であった。ブラジル海軍は、フランスのナバル・グループ社と協力し、通常動力潜水艦の建造技術と原潜の非原子力システム設計技術を獲得してきた。

国際公約の面では、ブラジルは、ラテンアメリカおよびカリブ海諸国における核兵器の禁止に関する条約(トラテロルコ条約)や核拡散防止条約(NPT)など、原子力の平和利用を重視するいくつかの条約や協定に加盟している。ブラジル、アルゼンチン、IAEA、ABACC(アルゼンチン・ブラジル核物質計量管理機関)の4者協定は、両国の核物質と核施設への包括的保障措置の適用を概説している。

低濃縮ウラン

ブラジルの原潜計画には低濃縮ウランの使用が含まれている。これは核兵器生産には適さないものだが、ブラジルが自国開発による軍事的核燃料サイクルを持っており、そこにはウラン濃縮施設も含まれるために、拡散リスクに対する懸念がある。ブラジル政府は、原潜推進のための核物質を軍事転用しないための特別手続きを適用すべくIAEAと協議を開始した。この協議プロセスは。IAEAとの補足的な技術協定の締結に至る可能性があるだけに、きわめて重要である。そうした協定が結ばれれば、国際的な核保障措置において重要な進展となることだろう。

ブラジル・IAEA間の協議は、ABACCによる保障措置体制と、より広範な世界の不拡散の取り組みに対して重要な意味合いを持つことになる。この協議の行く末は世界の核秩序に影響をもたらし、核技術の平和利用と核不拡散上の懸念のバランスを取った革新的な保障措置合意に至る可能性を秘めている。

ブラジルの原潜計画に保障措置を適用することは、この積極的な交渉と開発の段階の途中にある。ブラジルの原子力技術開発の歴史、戦略的目標、国際的義務は、この問題を国家安全保障、技術革新、グローバルな不拡散努力の結節点にある繊細な問題にしている。

最新の情報によれば、ブラジルの原潜計画への保障措置適用に向けたブラジル・IAEA間協議は、ブラジルの計画の独自性ゆえに複雑なものとなっている。

ブラジルの広範な戦略的、軍事的目標の一環である原潜計画の進展には、計画を国際的な核不拡散基準に合致させるためのIAEAとの協議を要する。これらの協議の主要な側面は以下のようなものだ。

○保障措置のための特別手続き:ブラジルは、原潜の推進力用途の核物質が軍事転用されないような特別手続きを適用するためのIAEAとの協議を開始している。このステップは、核不拡散条約(NPT)や地域協定のような国際条約の下でのブラジルの義務に沿った枠組みを確立することに関わるため、非常に重要である。これらの特別手続きは、IAEAにより包括的な査察権限を与え、ブラジルの核プログラムの透明性と信頼性を高めることになろう。

○固有の核燃料サイクルをめぐる懸念:ブラジルが、ウラン転換施設や濃縮施設を含む軍固有の核燃料サイクルを保有してることで交渉はより複雑化している。同国は、通常は兵器使用に不適切だと考えられている低濃縮ウランの使用を計画している。しかし、これら施設の存在は拡散上の懸念をもたらしており、より厳格な保障措置が必要とされる。

○ABACCの役割:アルゼンチン・ブラジル核物質計量管理機関(ABACC)は、ブラジル・アルゼンチン・IAEA・ABACC四者間の協定によって保障措置実行の役割を担っている。ブラジルのIAEAとの交渉の行く末はABACCの保障措置体制にも影響を与える。

○グローバルな影響:この協議とその行く末は世界の核秩序に大きな影響を与えるため、世界がこれに注目している。平和目的のための核技術を軍事利用する状況で核不拡散という難題に対処するための革新的な保障措置協定の策定につながる可能性がある。

○ブラジル計画の独自の性格:AUKUS協定下での豪州の計画などの他国の場合と違い、ブラジルの場合は自国開発によって原潜取得を追求している。これには、民生部門と軍事部門の両方の核燃料サイクルが含まれている。この独自の性格により、交渉はさらに複雑化している。

この交渉は、国家安全保障、技術進歩、国際的な核不拡散基準の順守のバランスを浮き彫りにする、国際原子力関係における重要な瞬間である。この協議の結果は、非核保有国の原潜に関する将来の協定や政策の先例となるだろう。(原文へ

※著者のレオナム・ドスサントス・ギマランイスは、原子力・海軍技師(博士)であり、全ブラジル工学アカデミーの会員。「エレクトロニュークリアーSA」の社長であり、サンパウロにある海軍技術センター「艦船原子力推進プログラム」のコーディネーター。現在は、原発「アングラ3」の建設・稼働をめぐる法定委員会のコーディネーター。

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【ウィーンIPS=ロベルト・ミジック】

中東で血の惨劇が起きているのに、世界は不条理な議論に巻き込まれている。マルクスの言葉(「歴史は最初は悲劇として現れるが、次には茶番としてとして現れる」)を借りれば、「ここでは悲劇、そこでは茶番」と言いたくなる。ドイツ語圏、特にドイツはイスラエル寄りの立場をとっているが、他の社会では同じように怪しげな反イスラエルの立場が優勢である。

10月初め、ハマスと他のイスラム主義グループはガザ地区からイスラエルに攻撃を開始しただけでなく、残酷な大虐殺を行った。1200人以上が殺され、そのほとんどが民間人で、平和活動家を含む音楽フェスティバルに参加していた若者たちだった。

そこではおぞましい戦争犯罪が行われたのであり、ハマスが主張する「正当なる抵抗運動」に伴う「巻き添え被害」として正当化することはできない。また、共感を排除し、流血行為を正当化するイスラム過激派の狂信的イデオロギーも決して無視することはできない。

しかし、少なくとも75年にわたる紛争の血なまぐさい歴史と、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が率いる急進右派政権による占領政策、並びに無責任なエスカレーション戦略を背景に、ハマスによる攻撃はパレスチナ住民の多くの賛同を得た。ファタハとパレスチナ自治政府は何年も弱体化しており、支持率は低下している。

権利と義務

Map of Israel
Map of Israel

イスラエル政府は大規模な軍事行動と報復攻撃で対抗した。これは一方では予想されたことであり、世界のどの国もこのような攻撃に対して反応しなかったはずはない。しかし他方で、戦争は直ちに恐ろしい形でエスカレートし、これも残念ながら予想されたことであった。ガザ地区では現在、約2万7000人が命を落としている。イスラエル軍の砲撃により家族が全滅したケースもあった。

国際法上、イスラエルにはこのような攻撃に対応する権利があるが、すべての国には「相応の」行動をとる義務もある。脅威との関係において、あるいは定義された正当な戦争目的との関係において、何が「相応」であるかは、複雑な法的議論である。

しかし、たとえ「テロリスト」組織との戦いであっても、何万人もの民間人の犠牲を肩をすくめて受け入れることが正当化されるはずがないことは、ほぼ議論の余地がない。そして、文字通りガザ地区を破壊し、民間人の生活や食糧供給、医療制度を破壊する過剰な武力行使は、それ自体が戦争犯罪である。

端的に言えば、ハマスによる獣のような戦争犯罪に対して、イスラエルは戦争犯罪で応戦したのだ。そして、イスラエル政府の主要メンバーが、宗教戦争用語から、集団追放や「民族浄化」の下劣な空想まで、ひどいレトリックを駆使していることが、この問題をさらに悪化させている。

紛争の歴史が何十年もの間、双方に相手を加害者と見なし、自国側を被害者としか見なさない論拠を提供してきたように、ここ数カ月も同様である。パレスチナの人々はハマスの行動を抑圧に対する正当な反応と見なし、イスラエルの人々は過剰な(そして犯罪的な)軍事行動をテロに対する正当な反応と見なしている。

しかし、それこそが問題の本質なのだ。白黒をはっきりさせようとする人たちは、この紛争の複雑さを理解していない。ヨルダン川西岸地区では、右翼過激派のユダヤ人入植者や軍のメンバーによる恐ろしいポグロム(計画的な殺戮)があり、パレスチナ人の暴力的な追放や土地の収用がある。一方で、パレスチナ人民兵による、言語に絶する残酷な暴力行為もある。

しかし、世界はますますファンやフォロワーの声高なサポーター集団に分類されつつある。多くの社会では、これは明らかに自国の歴史とアイデンティティに関わることだ。より正確に言えば、複雑な現実が、国内の政治的な記憶という見かけの諸要件に適合させられているのだ。

操作戦略

ドイツとオーストリアは、明らかにイスラエル寄りの立場をとっている。それは両国にはナチス政権下でヨーロッパのユダヤ人に対するショア(ユダヤ人大虐殺)へとエスカレートした大量虐殺的反ユダヤ主義が席巻した歴史があるからだ。

Angela Merkel, Chancellor of the Federal Republic of Germany, chairperson of the CDU. /Armin Linnartz
Angela Merkel, Chancellor of the Federal Republic of Germany, chairperson of the CDU. /Armin Linnartz

アンゲラ・メルケル前首相は、イスラエルをドイツ国家の重要な要素であると宣言した。だからこそドイツでは、反ユダヤ主義やユダヤ人に対する脅威に対して強い感受性があり、すべてのユダヤ人にとって安全な「家」としてのイスラエル国家のアイデンティティが支持されているのである。

ドイツとオーストリアの極右勢力が今日のイスラエルを支持しているのは、一方ではイスラエルの敵が(現代のユダヤ人以上に彼らが憎んでいる)イスラム教徒だからであり、他方ではそれが「ナチス」であるという非難から自らを免れる最善の方法だからである。

加えて、イスラエルの右派、とりわけベンヤミン・ネタニヤフ首相と与党リクード党は、海外のユダヤ系右派ロビー団体と連携して、イスラエルの政策に対するほとんどすべての批判を「反ユダヤ的」として非難し、道徳的に排除しようとここ数十年努めてきた。

ドイツ語圏をはじめ、罪の意識が非常に強い一部の社会では、この工作戦略は功を奏している。誰も、道徳的に非難されるべき意見を持つ人間、つまり反ユダヤ主義者だと疑われるような目に自分を晒したくはないのだ。

ベルリン・アインシュタイン・センターのディレクターを務めるユダヤ・ドイツ系アメリカ人の知識人、スーザン・ニーマン氏は最近、『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』誌にエッセイを寄稿し、「ヒステリー」の特徴を帯びた「哲学的マッカーシズム」について言及した。

「ユダヤ人でないドイツ人が、ユダヤ人の作家、芸術家、活動家を反ユダヤ主義だと公然と非難する」までに事態は進んでいた。かつてジョセフ・マッカーシー上院議員が率いた戦後初期の『反米主義』糾弾キャンペーンのように、反対意見は封殺される。

極端な場合、これは奇妙な結果をもたらした。最も多様な意見を持つ大勢の人々が意見を交換するはずの会議が禁止されたのだ。ドイツのカッセル市では、インド人の美術評論家兼キュレーターが、「10月7日にハマスが放ったテロ」を「ひどい虐殺」と明確に非難したにもかかわらず、数年前にイスラエル・ボイコット請願書に署名していたことを理由に職を失った。

ベルリン市のある劇場は、オーストリア系イスラエル人の劇作家ヤエル・ローネン氏による、イスラエル系、パレスチナ系、シリア系の住民に加えて、東欧からの難民が共存するベルリン市の現在をコミカルに描いた戯曲『あの状況』をプログラムから外した。

イスラエルは、社会的意識の高まり(=Wokeness. 一部の人々が「過剰に正しい」と見なされる行動や、対話よりも非難を優先する傾向があるとして、「wokeness」が過度に政治化され、分断を招く原因になっているとの批判もある)」や他の類似テーマと同様、文化戦争における「引き金」となっている。批評家のハノ・ローテンベルク氏は最近、ハンブルクの週刊誌『ディ・ツァイト』に寄稿した論文の中で、イスラエルに関するドイツでの議論について「この文化戦争の特質は……何としてでも相手を誤解させようとしている点だ。たった一言でも言い間違えれば、あるいはたった一言でも言いそびれれば、あなたは言論的に断罪されると脅迫されるのだ。」と述べている。

イスラエルの特定の政策に対して、単なる反ユダヤ主義的なニュアンス以上の批判があることは間違いないが、ほとんどの場合、この批判は現実離れしている。その結果、ドイツの世論は奇妙なことに、イスラエル国内の世論そのものよりもずっと『親イスラエル』的になっている。

善と悪、抑圧者と被抑圧者

ドイツ語圏における言説に一方的なものがあるとすれば、それはトルコ、イラン、ヨルダン、インドネシアといったイスラム諸国やアラブ諸国だけでなく、世界の他の地域にも確かに存在する。

米国や英国、その他の社会では、一般市民や左派の学識経験者のかなりの部分が、自分たちの一方的な考えを助長している。イスラエルとパレスチナの紛争は、帝国主義や植民地主義というカテゴリーで説明されるが、それはほとんど当てはまらない。

「ポストコロニアル」左派の中には非常に刺激的で生産的な新しい知的地平を切り開く理論も見受けられるが、それを先鋭化させ、複雑な問題を極端な善悪の二元論で単純化してしまっている。世界は抑圧する側と抑圧される側に分けられ、この単純思考の世界観では、「抑圧される側」として認識される側が常に正しいことになっている。これによれば、抑圧者は被抑圧者の経験を理解することさえできないのだから、常に被抑圧者が正しいと証明されなければならない。

この世界観からは、パレスチナ人は黒人/「有色人種」であり、ユダヤ人は白人であり、イスラエルは「アメリカ帝国主義」の象徴ということになる。ハマスのすることすべてが正しいとは思えないとしても、抑圧体制に対する被抑圧者の抵抗の真の表現として、それはより高次の意味で「正しい」ということになってしまう。一方、イスラエルは『入植者植民地主義』のプロジェクトであるとみなされる。

この視点に立てば、自由な討論という考え方は支配権力を支えるためだけに生み出された「ブルジョア・イデオロギー」であるため、反対意見は委縮させられ、必要であれば罵倒されるべきものとなる、 なぜなら、何が「言える」とされ、何が「言えない」とされるかは、権力の影響にすぎないからである。

ドイツと同様、イスラエルへの批判は「反ユダヤ主義」のレッテルを貼られ、道徳的に非難される、従って、イスラエルの生存権を擁護することは、「人種差別」の表現として排除されるのだ。

このような独断専行の中で、世界中が狂ってしまったかのような印象を受ける。ドイツがイスラエルを無条件に支持する背景には、絶滅主義的反ユダヤ主義が猛威を振るった自国の歴史に対する罪悪感があるが、米国や英国などの言説もまた、人種差別、先住民の大量虐殺、黒人の奴隷化、帝国主義的搾取、植民地的抑圧と搾取といった自国の歴史に対する罪悪感に特徴づけられている。ここでは現実の断片は恣意的に利用され、自分自身の記憶の政治学に押し込められる。

たいていの場合、このようなことは、現実のパレスチナ人や現実のイスラエル人とはあまり関係がなく、自分が何者であり、何者でありたいか、つまり、世界とその中の自分自身をどのように見たいかということである。反ユダヤ主義、あるいは人種差別や植民地主義に反対する英雄的な闘士を装う一方で、現実の外的な環境はせいぜい、こうした自己を見せるための小道具に過ぎない。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau

ロベルト・ミシック、作家、エッセイスト。『Die Zeit』『Die Tageszeitung』など多くのドイツ語新聞や雑誌に寄稿。

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アフリカのクーデター:国連の紛争予防努力に課題

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジョーダン・ライアン】

この3年にアフリカで相次いだ軍事クーデターは、国連が紛争予防のために一貫性のある行動を取ってこなかったことを露呈している。西アフリカと中央アフリカにおける民主化移行の流れは、立て続けに発生した7回のクーデターにより突如として断ち切られた。これらのクーデターは、民主主義を弱体化させるとともに、国連が「暴力を未然に防ぐ」という重要な使命を果たし得ていないことを示している。(

このような失態の原因は、最近の国連の内部調査で究明されている。そのような調査の一つによると、国連内部や国連機関間における分析の連携、情報の共有、活動の動員に機能不全が明らかになった。国連本部のバラバラな官僚組織は、支援対象国から得た情報に合わせて作成した行動計画に従うのではなく、断片的なアジェンダを追求することが多い。この内部調査では、スーダンのような国々に差し迫っている情勢不安に対処する“ツールキット”が国連に欠如しているとの結論が出され、その後スーダンではクーデターが発生した。

国連職員や国連機関がより密接に協力して危機を予防することができないというこのような状況は、30年にわたって歴代事務総長が国連の統合強化を求める指令を出してきたことを考えると、驚くべきことである。根強い分断が続いている。開発、人道問題、人権問題、政治問題を扱う各組織の仕事は、自分の担当分野だけに陥りがちである。国連が自慢する紛争予防は、大部分は紙の上に存在する。

重大な危機が勃発したとき、COVID-19やハイチ地震の際にそうであったように、国連は迅速に対応することができる。COVID-19の際は、ワクチンへの公平なアクセスを確保するために包括的な公衆衛生対応を動員した。ハイチ地震の後、国連は緊急救援活動を調整した。短期間とはいえ、これらの調整された対応は、必要なときに国連は統一的な危機管理ができることを示している。

しかし、各国の国内に生じるストレスを予測し、危機が悪化する前に早期の対策を講じることは、国連の得意とするところではない。紛争が勃発するはるか前に、貧困、統治の失敗、気候影響、その他の要因によって情勢不安が進行していることはよくある。重大な危機が浮上したときには、有効な予防措置を講じるには遅すぎるのである。国連は、リスク分析と早期介入の機能を強化しなければならない。また、アフリカ連合や西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)のような地域機関のほうが現地のダイナミクスへのアクセスや理解に優れていることが多いため、これらの機関とも、より密接な調整を行うべきである。

幸いなことに、最近の内部調査では今後の道筋が示されている。国連の平和構築支援事務局に対する評価では、「予防に重点を置く」ことが提案された。そのためには、根本原因を分析し、早期対応のためにその結果を迅速に共有する機能を強化する必要がある。予防努力によって、人命を救い、費用を節約することができる。世界銀行は、予防のために投資される1ドルは後の費用16ドルを削減すると見積もっている。

同様に、アントニオ・グテーレス事務総長の「平和のための新たなアジェンダ」は、国ごとに紛争予防戦略を策定するよう訴えている。このアジェンダでは、「予防を政治的優先課題として」表現しており、国連を「世界的な予防努力の卓越したハブ」と見なしている。

この概念を現実にしていくためには、具体的な改革が必要である。合同のフィールド分析班、スタッフ交流、フレキシブルな地域事務所といった施策によって、個別ケースに合わせた早期の行動が可能になるだろう。安全保障理事会の支援があれば、情勢不安が暴力に発展する前に抑止することができる。

最も重要な点は、安全保障理事会が、紛争勃発後の軍事的な危機管理だけでなく、政治的戦略をもち、予防に重点を置いた平和活動を支援しなければならないことである。紛争を予防するには、ガバナンス改革、不平等の削減、気候影響の管理を通して、紛争の根本原因に対処する必要がある。

 世界的に情勢不安が拡大するなか、国連は、分断化した通常のやり方にしがみついてはいられない。紛争予防の失敗が続くなら、平和構築努力もしかりであり、ますます多くの国が危機に飲み込まれるだろう。

予防活動を再び強化することによって、国連は、各国が平和を維持し、クーデターを乗り越え、開発の足を引っ張る暴力的紛争を終わらせるため、力を発揮する機会を最大にすることができる。何もしないことの代償はあまりにも大きい。改革の時は今である。

ジョーダン・ライアンは、Folke Bernadotte Academyの上級顧問であり、The Carter Centerの元平和担当副所長である。事務総長室の委託により、国連の統合状況に関するレビューの筆頭執筆者を務めた。2009~2014年に国連事務次長補兼国連開発計画(UNDP)総裁補。また、リベリア担当特別副代表、ベトナム常駐調整官を歴任した。コロンビア大学とジョージ・ワシントン大学で大学院を修了、イェール大学で学士号を取得した。ハーバード大学ケネディスクールの研究員であった。

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【シュヤムナガール、バングラデシュ)IDN=ラフィクル・イスラム・モントゥ】

この新しい水稲品種は「シャルラータ」と呼ばれている。この水稲は塩害に強く、通常の風にも耐え、肥料や農薬を使わなくてもよく収穫できる。また、種子の保存も容易である。このような理由から、「シャルラータ」は農家から農家へと急速に広がっている。昨シーズン、収穫量も良好だった。

バングラデシュ南西部沿岸サトキラ地区シュヤムナガール行政区画チャンディプール村の農民ディリプ・チャンドラ・タラフダール(45)さんは、災害に強いこの種類の水稲(モンスーン期チャルラタ米)を開発した。この稲の植え付けは6月の最終週から始まり、収穫は11~12月にかけて行われる。

SDGs Goal No. 13
SDGs Goal No. 13

タラフダールさん自身、水稲栽植で何度も危機に直面してきた。この地域は塩分濃度が高いため、田んぼの表面が乾燥してしまうのだ。この災害は籾に甚大な被害をもたらし、期待された収量は得られなかった。この危機への対処を迫られたタラフダールさんは、地元の2種類の稲を交配する方法で、新しい災害耐性のある米の品種を発明したのである。

なぜ新品種を開発する必要があったのか? タラフダールさんはこう話す。「かつて、私たちの祖先は田んぼに稲を植えると、稲穂が熟して刈り取るまで田んぼで他にすることはありませんでした。しかし、今では稲を植えた後に多くの問題に直面しています—水位の上昇、強風の問題、害虫の被害もあります。私たちは、かつて祖先が植えた災害に強い種類の稲を取り戻すために、新しい交配法を開発しました。期待していた結果を得ています。」

新種の稲と在来種の違いは何だろうか? 「この稲は水害や塩害にも強い。また穂先が非常に固く強い風にも耐えられるのです。シュヤムナガールは災害の多い地域です。だからこの品種はこの地域に合っています。ここの田んぼでは、33デシマル(訳注:バングラデシュ、インドにおける旧来からの土地の単位)あたり最大840キログラムのコメが獲れます。対照的に、在来種では同じ面積の土地あたり400キロも獲れません。だからこの品種が農家の間で人気があるのです。」とタラフダールさんは語った。

災害のリスクにさらされる農業

タラフダールさんと同じように、この地域の農民は水稲栽培で複数の困難に直面している。この地域の地下水は塩分を含んでいる。そのため、ボロ・シーズン(乾期)には水稲を栽培できない。雨季には在来種のコメを育てることで収入の不足を補おうとするが、そこにはさまざまな困難が待ち受けている。市場から買ってきた種ではよく育たない。十分な肥料や殺虫剤をまいても十分な収穫が得られない。2~3年の収穫の後には、蓄蔵しておいた種の質は悪化している。

シュヤムナガール地域農業局のエナムル・ハク氏は、「災害の多いこの地域の農民は、地元の稲の種子を保存し、稲の新品種を発明するという素晴らしい仕事をしてきました。彼らの働きは、災害に直面しても農業を維持するのに役立っています。農民たちが発明したいくつかの品種は、バングラデシュ稲研究所に送られました。そこから成果を得るには、少なくとも10年はかかります。」と語った。

バングラデシュ南西沿岸部のシュヤムナガールなどの地区の農民は、稲の収穫に関しては自然災害が大きな問題になっているという。サイクロンが頻発し塩害が激しくなっているため、多くの農民が農業を辞めている。2009年のサイクロン「アイラ」の後、土地の塩分濃度が上昇した。その結果、多くの農民が耕作に助けを必要としている。2007年のサイクロン「シドル」と20年のサイクロン「アンファン」は、この地域の農作物に深刻な被害をもたらした。しかし、かつてこの地域の土地は、水稲を含むさまざまな作物で非常に豊かな土地だった。

クルナ地区のコリャ、ダコップ、パイガッチャ、それにサトキラ地区のアサシュニ、シュヤムナガールでは土地の性質が変わってしまった。国際組織「実践的なアクション」の調査によると、1995年から2015年までの20年間で、これら5つの行政区画の農業用地は7万8017エーカー減ってしまった。他方で、塩水によってエビを育てる土地は11万3069エーカー増えた。

世界銀行の『河川の塩化現象と気候変動:バングラデシュからの報告』によると、2050年までに、バングラデシュ19地区の148の行政区画のうち10区画の川で塩害が生じることになるという。サトキラ地区のシャヤムナガール、アサシュニ、カリガンジ、クルナ地区のバティアガタ、ダコップ、ドゥムリア、コリャ、パイガッチャ、バゲラート地区のモングラ、パトゥアカリ地区がそうである。

世界銀行の研究チームの一員で気候問題の専門家アイヌン・ニッシャット博士はこう述べる。「この地域の川の水の塩分は徐々に多くなっている。塩水の浸入や洪水は問題を引き起こしている。土地で耕作ができなくなれば人々は移住することだろう。この地域の土地利用は今すぐ変更すべきだ。塩害に強い品種の開発や、最新技術を農民が今すぐ利用できるようにすべきだ」。

土壌資源研究所(SRDI)のデータによると、クルナの耕作可能な土地の89%が塩害地である。加えて、塩水の浸入が激しいために、乾季に灌漑用水が足りなくなり、沿岸地域では耕作放棄するところも出てきている。塩害がひどくなると、沿岸地域の住民は農業から撤退せざるをえなくなる。

農民たちは、気候変動や自然災害から水稲栽培を守るため、率先して水稲の種子を保存している。彼らは、自分たちの必要性に応じて品種改良を行い、様々な米の品種を生み出している。

農家は自らの必要から「コメ博士」になった

Map of Bangladesh
Map of Bangladesh

ハヤバトプールはシュヤムナガール行政区画にきわめて近い村である。この村のシェイク・シラジュル・イスラムさんは自宅にコメ研究センターを設置した。ここでは、交配によってさまざまな品種の米が開発されている。他の稲との交配によって、栽培に適した「ダンシ」という品種を開発しようとしている。それ以前にも、彼は「ソハグ4」「セバ」という2つの品種を作り出した。

地元品種は、シャムナガルにある非政府研究組織「バングラデシュ先住民知識リソースセンター(BARCIK)」の事務所でも開発が進んでいる。BARCIKは、稲の種の保存や、稲の品種を開発するための技術支援を行っている。BARCIKによれば、農民たちは35品種の米を開発したという。そのほとんどはまだ実地試験段階である。地元の稲の種は約200品種保存されている。農民を支援するために「種子バンク」が設立された。

農民のスシャント・マンダル(38)氏は、「かつて、この地域では豊かな稲作の収穫がありました。私たちは水稲栽培から農家の年間食糧の大部分を確保できたものです。」と語った。(原文へ

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オッペンハイマーの共同伝記作家カイ・バード氏、ネパール文学祭を前にネパーリ・タイムズ紙に語る

【カトマンズNepali Times】

The Nepali Times
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カイ・バード氏の父は米国の外交官で、幼少期をさまざまな赴任地で過ごした。 インドの寄宿学校を卒業後、ジャーナリズムを専攻し、昨年公開された映画『オッペンハイマー』原案となった『オッペンハイマー:「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』をはじめ、『グッドスパイ:ロバートエイムズの生と死』(2014年)、『はぐれ者/ジミー・カーターの未完の大統領職』(2021年)等を執筆したノンフィクション作家である。

バード氏は何度もネパールを訪れ、2007年から11年までネパールに滞在した。彼は2月17日にポカラで開催されるネパール文学フェスティバルで講演する予定で、今週カトマンズに到着後、ネパーリ・タイムズの取材に応じた:

ネパーリ・タイムズ: あなたはコダイカナルの学校で学び、インド亜大陸でジャーナリストとしてのキャリアを始め、ネパールで数年を過ごしました。その後もこの地域に何度も足を運ばれていますが、その理由を教えてください。

カイ・バード氏:南アジア、特にネパールに親近感を抱いているのは、コダイカナルで学び、列車の3等車両でインド中を旅し、妻のスーザン・ゴールドマークとフリーランスのジャーナリストとして自分のキャリアをスタートした若き日の経験があるからです。私はこの地域の複雑さ、混沌、不確実性、絶え間ない驚きが大好きです。また、この地域の食べ物、色、匂い、そして古代と現代が混在している雰囲気にも大いに惹かれます。

ネパーリ・タイムズ:あなたは、バンディ兄弟、ロバート・エイムズ、ジミー・カーター、オッペンハイマーについての本を執筆しています。伝記に惹かれる理由と、他のノンフィクションのリサーチや執筆との違いは何ですか?

バード氏:30歳のジャーナリストだった私は、本を書いてみたいと思い立ち、偶然伝記の世界に足を踏み入れました。題材はウォール街の敏腕弁護士ジョン・J・マクロイ氏で、当初は2年かかると思っていましたが、最終的には10年かかって800ページの伝記を書き上げました。私は公文書館をはじめ取材で様々な資料を調べる工程が宝探しのようで夢中になりました。ノンフィクションは、週刊誌のジャーナリズムよりもずっと困難な作業ですが、それ以上にやりがいを感じたのです。伝記は、複雑な歴史を伝えるのに最適な手段だと思います。ストーリーテリングであり、ほとんど小説のようです。しかし、小説であるならば、それは何百、何千もの脚注を伴う小説と言えるでしょう。また、別の人物の人生についての物語であるため、作品は極めて個人的で身近なものになります。そしてその過程で、歴史の教科書よりもずっと深く歴史を学ぶことができるのです。

ネパーリ・タイムズ:あなたの伝記には共同執筆のものもありますが、それはどのようなものですか?どのように役割を分担しているのですか?

バード氏:たしかに共著は難しい作業です。最初の伝記作品もそうでしたが、8年後に共著者と決別しました。伝記作家には、他の作家と同じように大きなエゴがあるものです。だから実は、マーティ・シャーウィン氏が、すでに20年を費やしていたオッペンハイマーの伝記プロジェクトに参加しないかと誘ってきたとき、私は躊躇しました。私は当初、伝記をめぐって友情を危険にさらすことはできないとマーティに言いました。すると彼は笑って、結局は私は説得されました。このパートナーシップは非常に成功し、とても楽しかった。マーティは当初主に資料の調査に専念していました。その後、私がオッペンハイマーの子供時代の草稿を書き始めると、それに刺激されたのか、彼もついに書き始めました。私たちは何度も行き来し、お互いの原稿を交換し互いに書き直しました。協力はかなり円滑なものになりました。

ネパーリ・タイムズ:『オッペンハイマー:「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』でオッペンハイマーについての共同執筆を選んだ主な理由は何ですか?

バード氏:オッペンハイマーの伝記は、原子時代を理解する上で非常に重要な物語であり、私たちは常にこの時代と向き合っていかなければなりません……オッペンハイマーは人類に原子の火を与え、世界を永遠に変えてしまいました。何十年も核兵器とともに生きてきた人類が、あまりにも現状に甘んじてしまっていることを、私は危惧しています。核兵器の脅威の陰で私たちが生活している現状は未だ進行形であり、最悪の結末(=核爆発による人類滅亡)を迎える可能性もあるのです。しかし、オッペンハイマーの生涯は、科学者でありながら公共の知識人としての役割を果たしたこともあり、今日の私たちに様々な示唆を与えています。今日の世界は、科学技術に溢れています。人工知能(AI)の出現によって、人類は再び新たな 「オッペンハイマーの瞬間(=新たな技術による人類滅亡の危機)」に直面しています。そして私たちは、この新たな技術に適応するためにどのような選択肢があるのかを説明できる、思慮深く明晰な科学者を必要としているのです。

ネパーリ・タイムズ:今日、世界の民主主義国で、オッペンハイマーが受けたようなマッカーシズム(魔女狩り)が再現されていると感じますか?

バード氏:はい、もちろんです。オッペンハイマーの伝記には、(今日でいえば)ドナルド・トランプのような分裂政治の台頭が描かれています。オッペンハイマーは、第二次世界大戦後、全米を席巻したジョセフ・マッカーシー上院議員による共産主義者(赤)狩りの犠牲となった代表的な著名人の一人となった。そして今日、世界中で、テクノロジーとグローバル化によって、圧迫されている少数民族や、宗教的マイノリティ、移民・労働者らに対する同様の排外主義が起きているようだ。それは不安に煽られた被害妄想の政治であり、反知性主義の糧となっています。多くの人々にとって、世界はあまりにも速く変化しているのかもしれません。そして、変化のペースが人々を狭量にさせています。科学的専門知識を尊重する代わりに、一部の人々は科学者や知識人を悪魔化しようとします。これは集団としての人類の概念を損ないます。私たちは、グローバリゼーションとテクノロジーが、何億人もの人々を中流階級に押し上げたことを認識すべきです。

The atomic bomb dome at the Hiroshima Peace Memorial Park in Japan was designated a UNESCO World Heritage Site in 1996. Credit: Freedom II Andres_Imahinasyon/CC-BY-2.0
The atomic bomb dome at the Hiroshima Peace Memorial Park in Japan was designated a UNESCO World Heritage Site in 1996. Credit: Freedom II Andres_Imahinasyon/CC-BY-2.0

核兵器の恐ろしさを認識しつつ核軍拡競争とのバランスをどうとるかという、オッペンハイマーが苦悩したジレンマは、今日こそ、かつてないほど重要な意味をもっているように思われるのです。

広島への原爆投下から僅か3ヵ月後、オッペンハイマーはこれらの新兵器は「邪悪」であり、「侵略者のための兵器であり、恐怖の兵器」であると警告しました。彼はまた、どんなに貧しい国でも、どこの国でも原子兵器を開発できるだろうと予言しました。こうして現在、米国、英国、フランスだけでなく、中国、北朝鮮、インド、パキスタン、イスラエル、そしておそらく近い未来イランが核武装することになるでしょう。嘆かわしいことに、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナで戦術核兵器を使用すると脅しています。私たちは非常に危険な世界に生きているのです。

ネパーリ・タイムズ:映画『オッペンハイマー』の公開が世界各地で紛争が勃発している時期と重なったことで、映画公開後、あなたの本のテーマに対する関心が再び高まっているのでしょうか?

Oppenheimer poster/The Nepali Times
Oppenheimer poster/The Nepali Times

バード氏:クリストファー・ノーラン監督が映画『オッペンハイマー』の撮影を2022年2月に開始したのは、偶然にも、ロシアがウクライナに侵攻したのと同じ月でした。しかし、このストーリーは世界中の人々の共感を呼び、特に核兵器の危険性についてあまり考えたことのない若い世代の共感を呼んだと思います。

ネパーリ・タイムズ:映画『オッペンハイマー』は、そのデリケートなテーマゆえに、今年ようやく日本でも公開されることになりました。しかし、2008年に出版された原作の本自体は、日本でどのように受け止められましたか?

バード氏:『オッペンハイマー:「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇(American Prometheus: The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer)』(2005年米国で刊行)の日本語版全2巻がありましたが、映画『オッペンハイマー』が全世界で公開されるまで、売れ行きは今ひとつでした。おっしゃるとおり、映画は今月初めて日本で公開されます。

ネパーリ・タイムズ:あなたはかつて紛争時代にネパールで暮らし、この度、ポカラで開催される文学祭で講演するために戻ってこられました。ネパールの印象はいかがですか?

バード氏:私が初めてネパールを訪れたのは1969年、観光で1週間の短い滞在でした。まだ18歳にもなっておらず、大学に通うために米国に戻る途中でした。その後、1973年に数カ月、76年と80年に再びネパールを訪れました。そして、妻が世界銀行のカントリー・ディレクターとしてネパールに赴任していた2007年から11年まで、私はここに戻って住みました。また、2015年には地震の直前に数週間カトマンズを訪れました。そして今、また1週間ほど戻ってきました。この数十年でネパールは大きく変わりました。ネパールはまだ混沌とした場所ですが、美しい国であり、この9年間で起こった変化に私は驚いています。(原文へ

INPS Japan/Nepali Times

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|ジンバブエ|家禽・家畜の飼育で気候変動を生き延びる

【ハラレIDN=ファライ・ショーン・マティアシェ】

10年前、ピーター・マンガナさんの作物は干ばつにやられてしまい途方に暮れた。ジンバブエ南部ムウェネジ郡のバシキティ村で彼は家族を養うのに苦労していた。

49歳のマンガナさんはのちに、自身の問題は気候変動が原因であることに気づき、生きるためにもっと賢くならなければならない、と考えた。

SDGs Goal No. 1
SDGs Goal No. 1

ムウェネジ開発研修センター(MDTC)などの地域の非政府組織の支援を得て、彼は家禽の飼育と干ばつに強い伝統的な穀物の栽培に乗り出した。

家禽飼育や干ばつに強い作物の栽培は今回が初めてではない。しかし彼は、最小限のことしかしてこなかったので、地域で気候変動に対処するためにそれが重要であることに気づいていなかった。

知識とスキルを身につけたマンガナさんはいま、家畜の飼育とミレット(雑穀)やナッツ、カウピー(ササゲ)、バンバラ豆などの伝統的な穀物の栽培に全力投入している。

「20羽の放し飼いのボシュベルド鶏から始めました。鶏を飼うのは初めてです。鶏を飼っておくとアドバイスされました。餌の与え方やワクチン接種の方法、また、市場とのつながりについても教えてくれました。卵や鶏肉を売って生計を立てられるとは、考えたこともありませんでした。今では村には、生産者が少額で利用できる孵化施設もあります。」とマンガナさんは語った。

孵化施設の利用料は施設修繕の際に使用されることになるという。

気候変動

ジンバブエは過去10年間、気候変動の影響を受けており、洪水や干ばつが農作物に大打撃を与え、首都ハラレから約464キロ離れたムウェネジ村を含む国中で多くの人々が飢餓に瀕している。

夏には気温が40度を超すこともある。

政府は、エルニーニョ現象により今年は干ばつが起きる可能性があると農民に警告している。

2023~24年の農期には雨が降る時期が遅れる可能性があり、マタベレランド地方の家畜は脱水症状と飢えで死んだ。

マンガナさんは、自身の畑で取れた穀物を鶏に飼料として与える予定だと語った。

「畑で採れたものをニワトリたちにあげるから、飼料を買う必要はありません。畑の作物をカルシウムから脂質、ビタミンなど、すべての栄養素を摂取できる飼料を使うようにしなければなりません。」

「餌やりはきわめて重要です。餌を正しく与えれば、卵の殻は固くならず、孵化しやすくなります。通常だと卵は1週間でかえります。たとえば、ナッツやヒマワリなら脂質が取れるのです。」

「家畜飼育において、手元で利用可能で効果的な資源を使うことでコストを最小化することが重要です。」と、マンガナさんは語った。

「私は獣医からワクチンを購入していますが、放し飼いのボッシュベル鶏へのワクチン接種には、土着の知識を利用しています。土着の樹木の樹皮を水と混ぜて、ウイルスを治療する溶剤を作るんです」とマンガナさんは語った。

ミレットのような伝統的な穀物は干ばつに強く、農家は雨が降っても豊作になる。

伝統的作物

ジンバブエ政府は全土で伝統的作物を育てることを推奨している。また、零細農家に対しては、伝統的な農作物に関する知識や技術的アドバイスまで提供している。

政府は、2023年12月にドバイで開かれた国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)のジンバブエパビリオンで、同国の伝統的な穀物を展示した。

気候変動に強いこの農業は、ジンバブエ国民に十分な食料を供給する上でカギを握っている。

マンガナさんは、当初はボシュベルド鶏20羽からスタートしたが、現在では100羽を飼育している。ひよこや卵、鶏を同業者や村人に売り、町の市場で売ることで生計を立てている。

「鶏は6カ月から7カ月になったら売れます。そのお金で家族に必要なものを買います。干ばつの時も鶏の収益が役に立ちます。学費を払ったり、学校に通う子供たちの文房具を買ったりしています。」とマンガナさんは語った。

「家族には育てた卵や鶏も提供できます。このプロジェクトのお陰で腹をすかして眠りにつくことはなくなりました。」

マンガナさんの取り組みは、米国国際開発庁(USAID)が世界食糧計画(WFP)を通じて資金提供し、ムウェネジ、マスビンゴ、チレジの各地区でMDCTなどのさまざまなNGOが実行する「ザンブコ生計プログラム」と呼ばれる事業によって支援を受けている。

Map of Zimbabwe
Map of Zimbabwe

ムウェネジ県バシキティ村の零細農家、エニタ・チマンゲさんは、「干ばつの時期には家禽や家畜の飼育でなんとかやりくりできています。」と語った。

47歳になるチマンゲさんは、農民仲間と研修ワークショップで得た知識をもとに、高層のヤギ用シェルターを建設した。

「かつてこの地域では、夜間にハイエナがヤギを食い荒らすという問題がありました。でも、安全なシェルターができたので、それは過去の話となりました。」「今では家族の食料や衣類といった必需品を買うためにヤギの一部を売って現金を得ています。」と、20頭以上のヤギを飼っているチマンゲさんは語った。(原文へ

*ボシュベルド鶏は、南アフリカで開発された耐病性に優れ、厳しい環境でも生き残ることができる鶏の品種。

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