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中国の草の根民主主義が持続可能な開発への道を切り開く

【黄石(中国湖北省)IDN=カリンガ・セネビラトネ】

湖北省黄石市から車で30分ほどのところに、持続可能な開発目標(SDGs)達成への道を切り開いている、草の根民主主義のモデルとなる村がある。SDGsは2015年に国連が採択したもので、中国もこれを支持している。

国連のSDGsアジェンダは、2030年までに目標を達成するための重要な要素として、官民が関与するガバナンスとパートナーシップを強調している。少なくとも2017年から実施されているこの村落開発モデルは、中国が協働ガバナンスの概念を通じて持続可能な開発への関与を強めている好例だ。

武漢大学報道通信大学校のジ・リ教授は「この戦略の成功には2つの主要因がある」と語る。教授は、黄石市の2人の役員を伴って3つの村への訪問を実現してくれた。

「一つ目は、人々が長年にわたって信頼関係を築いてきたこと。二つ目は、(社会事業から)利益を得た際にそれをメリットとみなしたということだ。だから、政府と村民との間の信頼関係の構築には時間はかかったものの、村人たちは(村の開発のための)政府の戦略に従った。」と、長年にわたって中国の開発コミュニケーション分野に携わってきたリ教授は語った。

自律

村レベルで実践されている草の根民主主義は「自主自律」だ。これは毛沢東が1949年に中華人民共和国を建国する以前から存在してきたものだと村のある役人は説明した(公的な発言をすることを認められていないため、匿名)。しかし同時に彼女は、村の開発のこのレベルでは「政府は口出ししないよう努めている。」と語った。

The ancestral worship temple that existed before the PRC was established in 1949 by Mso Zedong. Credit: Kalinga Seneviratne
The ancestral worship temple that existed before the PRC was established in 1949 by Mso Zedong. Credit: Kalinga Seneviratne

「村長は村民が選び、外部の人間は関与しない。」とこの村の役人は説明し「政府は村長を選ぼうとはしていない。村民に村長を選ばせようとしている。中には女性の村長もいる。」と語った。

それぞれの村には、共産主義革命以前からの伝統である色鮮やかな祖先崇拝の寺院が存在する。村人たちはここで集会を開き、指導者を選出し、村の問題を話し合う。各寺院には、このような会合のための中央の囲われた場所がある。村の役人も、開発戦略や政府資金について話し合う必要があるときは、このような場所で村人と会う。

「このような会議では、政府が資金を提供する際、村民は開発プロジェクトに参加したくない場合は拒否することができます。村民がプロジェクトに信頼を置いて参加できるようにするのが村長の役割です。」

村長になるには村民の多数の投票をえて、政府資金の配分について信頼のおける人物だと市の役人から見なされねばならない。

ボランティア集団

陽新県リウ村で31歳のリウ・ドンドン村長と会った。彼はボランティア集団で働いた経験があり、村に戻ってからは農民となり、村の商店も経営している。

「私は村を率いて、人々が経済を発展させ、貧困から抜け出し、幸福指数を向上させ、村を清潔にする手助けをしています。私はまた、村が問題や意見の相違を抱えたときに、(町の役人と)うまく交渉できるよう手助けしています」と董氏はIDNに語った。

政府からの補助金を得て、村にはブドウ園が作られた。「毎日10人がこの農場に働きに来ます。ブドウはワインづくりに使われます。」と村長は説明した。

2015年に作られたこのブドウ園は100畝(6.67ヘクタール)の広さを持つ。2017年までに収穫による収入は30万元(4万3000米ドル)を超え、現在ではワイン造りの売り上げは70万元(9万8150米ドル)を超える。

中国の草の根開発民主主義の概念は、SDGsを実現するための政府資金、草の根の同意、透明な支出の相乗効果に基づいている。

政府からの補助金を得るまで、この村では「村立協同組合」を設置せねばならなかった。機能としては会社のようなもので、経営者2名を選び、組合からの給与で村民がプロジェクトに従事していた。協同組合の代表は、村民によって選出された村のメンバーである。

村民は開発プロジェクトのために村の土地を利用する。利益は組合に入り、村民でその利益を分け合った。村は、プロジェクト開始にあたって政府から得た補助金を返還する必要はない。利益があれば、それはそのまま村に入る。「しかし、もし損失を出せば、政府は役人を送って問題の把握に努めるだろう。もし誰かが重大な過失を犯していたなら、その人物が自ら弁済しなくてはならないだろう。」とドン村長はさらに説明した。

茶プランテーションと油生産

Li Meng Wenweaving a mat outside his home. Credit: Kalinga Seneviratne
Li Meng Wenweaving a mat outside his home. Credit: Kalinga Seneviratne

隣村では、油茶プランテーションと油生産が主要な収入源となっていた。高収量の油茶生産は2010年に始まり、現在は2000畝(120ヘクタール)にまで広がっている。協同組合は「デフ村」の商標で茶油加工工場を運営していた。工場は11月の収穫期以降の2か月間、稼働する。

政府に加えて、38世帯が、自らの土地を抵当に入れて茶畑に投資する形で協同組合に出資している。彼らは年に1500元(210米ドル)を見返りとして手にする。

プランテーションの入口には、この事業の投資についての大きな説明板がある。黄色で囲ったリストには、労働者の名前と彼らがいくらを手にしているかが書いてあった。緑の枠内には、村民が(投資者として)いくらの収入を得ているか、青の枠内には土地所有者の名が書かれてある。

プランテーションの入り口には、この事業の投資について記した大きな掲示板がある。黄色の欄には労働者の名前とその所得が記載されている。緑色の欄には村人が(投資者として)いくら収入を得ているか、青色の欄には土地所有者の名が書かれている。きわめて透明性の高い仕組みだ。

「もし土地を借りれば、組合からの分配金は2割増しになります。私はここで働いて、組合からお金をもらっている。これが貧困から抜け出る方法です。組合は貧しい人々に働いてもらって、お金を得てもらいたいと考えています。」と、地元民のリ・ユドウさんは語った。

しかし、自宅の外で敷物を編んでいた72歳の村民リ・メンウェンさんは、自分の子に支えられていると語った。しかし、家庭用にサツマイモといくらの野菜を育てている。「敷物編みはただの趣味です。」と彼は語った。

2019年、村の組合は80万元(11万2254米ドル)の収入を得た。毎年11月の果実収穫期になると、100人近い村人が近隣から集まって、油茶とぶどうのプランテーションで働く。

観光会社

今回訪れたもう一つの村は李村で、山、水田、水路が織りなす風光明媚な場所で、地元コミュニティが観光事業を立ち上げている。夏の間、観光客はトレッキングに訪れ、自転車を借りてサイクリングを楽しんだり、古い村の家屋建築を模して新しく建てられたレストランで特別な郷土料理を味わったりしている。

IDNの取材と共に村に入った観光開発局のチェン・ヤンファンさんは、自身の役割は村の経済発展の支援にあると語った。「村の開発のための戦略を策定しています。時々は村長を訪ねて、戦略策定のための助言をもらったりしています。村長から意見をもらって、合意が得られれば、村への資金支出を監督します。」と説明した。

町の役人は村を「貧しい」と表現したが、ほとんどの村民は2階建てか3階建てのコンクリートの建物に住んでいる。30代から50代の村民のほとんどは都会に働きに出るが、村の自宅をよくするために投資をするのだという。また、村の協同企業の利益の3割は村の貧困層に配分される。村々には、政府の補助金で建てられた学校や診療所もある。

村の訪問の際、リ教授は村の古いお寺の壁に刻まれた格言を指さした。そこには、原則的に法廷に行ってはならない、と書かれてあった。村長や村人同士での話し合いの中から自分たちで解決策を見つけろ、という意味だ。問題解決に他人を関与させてはならない、という教えである。

「ここでの民主主義とは、他人に問題の解決をゆだねない、ということだ。議論し、自分たちで解決することが大事なのです。」と彼女は説明した。(原文へ

INPS Japan

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|ベトナム|メコンデルタの干ばつと塩化で食糧不足が加速

【ホーチミンシティIDN=ル・タン・ビン】

ベトナム南部のメコンデルタは長年にわたって米の穀倉地帯であり、今日では2000万人以上の食料源となっている。しかし、気候変動による干ばつや河川水の塩分濃度上昇が、食糧安全保障を脅かしている。

メコン川は中国に源を発し、中国、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムのアジア6カ国を流れて東シナ海に注ぐ。今日、主要な米輸出国であるベトナムは、主にメコン川に依存して稲作を行っている。

しかし、現在では、中国やラオス、カンボジアに建設された多くのダムが上流からの水の流れを妨げるようになっている。さらに海面上昇による塩水の浸入に、エルニーニョ現象も加わって、耕作用水の大幅な損失をもたらしている。

この10年で、メコンデルタ地域では2016年と20年の2回、大きな干ばつを経験した。昨年にも水不足があり、メコンデルタの農民の生活や生産、ベトナム経済全体に大きな悪影響を及ぼしている。

水文気象学局がベンチェ省で開いた、ベトナム南部における洪水や干ばつ、塩水浸入に関する会議で提示された情報によると、2023年9月、カンボジアのトンレサップ湖の水量が徐々に上昇して15年レベルに回復したが、それでも長年の平均より約1メートル低い。

トンレサップ湖はメコン川の水によって形成された湖で、1年の半分は田んぼとして利用されている。メコン川の逆流によってこれが可能になっている。トンレサップ湖の水かさは10月半ばまでは徐々に回復してきていたが、それ以降は再び減少している。

2023年9月、トンレサップ湖の水量は近年の平均の3割少ない。今年末までには、水かさは平均よりも1.3~1.6メートル程度低くなってしまうとみられる。上流のカンボジアから下流域とメコンデルタ地域への乾季における流量は、平均よりも20~25%少なくなるとみられる。

エルニーニョは4月か5月まで続く見通し

加えて、2016年と同じく、「強力」~「きわめて強力」の強度を持ったエルニーニョ現象が今年4月か5月まで続くとみられている。乾季までの平均気温は、例年の0.5~2度と例年より高い。メコンデルタの雨季は早く終わり(11月中旬以前)、年間の総雨量は例年よりも少なくなっている。

計算によると、今年の乾季中における川の塩分はこのところの平均よりも高く、2022年の同時期に比べて高くなっているという。とりわけ、今年3月における支流のティエン川、ハウ川における塩分量は、このところの平均よりも1リットル当たり3~5度高くなりそうだ。

ベンチェ省農業農村開発局のブイ・バン・タン副局長は昨年9月、塩水の浸入で2カ月間は地元に影響が出るだろうと語っていた。例年、塩水の浸入は年間3カ月ほど起こっているが、ひどい年には半年も続くこともある。

2019~20年の乾季には、干ばつと塩水の浸入が例年より早く起こった。浸透度も高く長期化したため、冬春期収穫のコメが5000ヘクタール以上、果樹が2万7000ヘクタール以上、水産養殖2000ヘクタール以上が被害に遭い、総被害額は1兆6000億ドン(1億3590万米ドル)を超えた。

タン副局長は、深刻な塩害が発生した際の水文気象学的レポートを早期に発表し、特に、いつ、どこで、人々が確保できる淡水があるのかについて発表するよう勧告している。警告を強化し、被害を抑えるために、地元は技術、設備、自動塩分濃度、水位監視システムで支援されなければならない。

管理部門や専門家は以前、水量が少なく雨季が早く終了し、エルニーニョ現象が長く続いた2016年の乾季には、15年と同じく、メコンデルタには厳しい干ばつの可能性があると述べていた。

この7年前の乾季には、干ばつの長期化によって60万人が飲み水不足に陥り、16万ヘクタールの土地が塩化し、5兆5000億ドン(2億2660万米ドル)の被害があった。

2023~24年の冬春期のコメの収穫では、メコンデルタ地域の147万ヘクタールの田で1060万トンの収穫があると予測されている。これは、面積で150万ヘクタール分、収量で1100万トンだった昨年よりも少ない。

農業農村開発省では、カマウ半島における10万8000ヘクタール分のエビやコメの生産が水不足の影響を受けると予測している。2015~16年乾季の塩水浸入の際には、ロンアン、ティエンザン、ベンチェ、チャーヴィン、ソクチャンの各省で、約6万ヘクタールの冬春期収穫のコメと4万3000ヘクタールの果樹で水不足が生じた。

ベトナム農業農村開発省は、干ばつと塩化が農業生産に与える悪影響を農民が乗り越える支援を行うために、多くの短期・長期的な提案を行っている。

Rice fields on the banks of the Mekong River in South Vietnam. Credit: Kalinga Seneviratne.

たとえば、日常生活と生産用に淡水貯蔵施設を作ること、塩水の浸入を防ぐために河口に塩水防止施設を建設することなどである。

ティエンザン省農業農村開発局のトラン・ホアン・ナット・ナム副局長は、同省は干ばつや塩水浸入の防止作業を積極的に行っていくと語った。

西部の果樹栽培地域の塩害防止を確実にするため、ティエン川を結ぶ6つの暗渠を建設した。「東部では、ゴコン緩衝地帯によって、塩水の分離や排水などの塩化防止策を講ずることとしている。」とナム副局長は語った。

加えて、ティアンザン省は、(チャウタン地区にある)ティエン川から420メートルに位置するヌグエン・タン・タン運河に塩水浸入防止排水溝の完成を急いでいる。2022年11月半ばに始まった事業には5180億ドン(2130万米ドル)が投資されている。完成時には、塩化防止と淡水の提供・灌漑によって、ティエンザン省とロンアン省の110万人の生活と12万8000ヘクタールの農地に奉仕することになっている。

「南部灌漑利用社」メコンデルタ支局長のル・トゥ・ドゥ氏は、「支局では(キエンザン省)カイロン-カイベ下水道の内外で塩化の状況をモニターしている。」と語った。

これは、3兆3000億ドン(1億3590万米ドル)を投じたメコンデルタ地域では最大の灌漑事業であり、メコンデルタのカマウ半島の40万ヘクタール近い土地の水を管理するものだ。事業期間に突貫工事で建設された。

コロナ禍の2年間で、塩水浸入の任務は達成された。「ベトナム政府とメコンデルタ地域の人々の努力によってすべての資源を動員することで、私たちは困難を克服し、豊作を達成するでしょう。」とトゥ・ドゥ支局長は語った。(原文へ

INPS Japan

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「イエス・キリストと釈迦牟尼は平和を愛する非暴力の推進者でした。(教皇フランシスコ:2022年5月28日)」

【Agenzia Fides/INPS Japan長崎=ヴィクトル・ガエタン】

ニューヨーク国連本部3階の総会会議場のすぐ外には、焼けただれ傷ついた聖アグネス像が安置されており、核兵器がもたらす恐怖と破壊力を今日に伝えている。(スペイン語版)(ドイツ語版)(イタリア語版)(フランス語版)(英語版)(中国語)

Urakami Tenshudo (Catholic Church) Jan.7, 1946./ Photo by AIHARA,Hidetsugu. / Public Domain

殉教時に処刑人による殺害の試みを何度もかわした伝説で知られる聖アグネスの石像は、1945年8月9日の米軍による長崎への原爆投下でも消滅をまぬがれた。その原子爆弾は当時アジア最大のカトリック教会である浦上天主堂から500メートルの地点で炸裂、6万〜8万人を焼き尽くし、そのうち兵士は150人もいなかった。聖アグネス像は、天主堂の瓦礫の中でうつ伏せの状態で発見された。

機密解除された米国防総省の文書は、長崎が初期の原爆投下目標リストに含まれていなかったにもかかわらず、なぜ標的にされたのかという謎を解明している。つまり、1942年にバチカンが日本と国交を樹立したことへの報復として、日本で最も歴史あるカトリックコミュニティーを消滅させるために、土壇場で長崎が未知の手によって手書きで加えられていたのだ。米国は敵国である日本と外交関係を樹立したバチカンを許せなかったのだ。

被爆者の声

国連の聖アグネス像の前で、私は反核活動家であり、約1200万人の会員を擁する在家仏教運動、創価学会インタナショナル(SGI)の寺崎広嗣平和運動総局長に会った。創価学会は1930年に設立された日本最大の仏教団体である。

Hiromasa Ikeda, vice president of SGI meeting with Pope Francis during the Vatican conference “Prospects for a World Free of Nuclear Weapons and for Integral Disarmament.”  Credit: Centro Televisivo Vaticano

SGIは、13世紀の日本の仏教僧である日蓮が確立した仏法を信奉している。東京八王子市の創価大学とカリフォルニア州アリソ・ビエホ市のアメリカ創価大学も、この信仰の伝統と関連している。バチカンとの定期的な協力団体であるSGIは、バチカンが2017年に開催した「核兵器なき世界と統合的な軍縮への展望を巡る国際シンポジウム」に参加したパートナーである。教皇フランシスコは、創価学会の第3代会長として大きな影響力を持った池田大作氏が昨年11月に95歳で逝去した際、公式の弔意を寄せている。

寺崎氏は、核兵器禁止条約(TPNW)第2回締約国会議に出席するため国連本部を訪れていた。この野心的な軍縮条約は、核兵器の保有を禁止する史上初の条約であり、署名国数は直近のスリランカを含む93にのぼる。2021年1月22日に発効した。

寺崎氏は、創価学会の軍縮へのコミットメントは半世紀以上前にさかのぼり、核兵器によるホロコーストという悲劇的な体験と直結していると説明した。日本の創価学会青年部は1972年、ヒバクシャと呼ばれる原爆投下を生き延びた人々の戦時中の体験について証言を集め記録することで「基本的人権である生存権を守る」キャンペーンを開始した。それから12年間、青年たちは何千もの証言を集め、最終的には全80巻からなる証言集『戦争を知らない世代へ』を編纂した。

The 2nd meeting of state parties to TPNW will take place at the United Nations Headquarters in New York between 27 November and 1 December this year.
The 2nd meeting of state parties to TPNW toook place at the United Nations Headquarters in New York between 27 November and 1 December in 2023. Photo: Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan.

「私自身も当時この聞き取り運動に関わり、被爆者の悲惨な証言に向き合うことになりました。一旦は取材に応じてくれたものの、いざ始まると、苦しみと痛みの重みに声をつまらせる人もいました。しかし、被爆の苦しみやトラウマを勇敢に語ってくれた人たちもいました。彼らのある意味、嗚咽を吐くように紡がれた、その一言一言を聞くという当時の経験が、今に至る私がこの運動に携わる原点というかエネルギーの源になっていると言ってもいいと思います。」と、寺崎氏は振り返った。

日本政府が認定した65万人の被爆者のうち、11万3千人以上が生存している。今日に至るまで、彼らは軍縮運動の指導者たちを鼓舞し、現代の軍縮運動に影響を与えている。 「このような人々が、平和構築の基盤を形成しているのです。」と寺崎氏は語った。

Interview with Mr. Hirsotsugu Terasaki, DG of Peace and Global Issues of SGI by Victor Gaetan at UN. Filmed and edited by Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan.

ICANとのパートナーシップ

ICAN
ICAN

SGIは創価学会の反核運動の原点となった原水爆禁止宣言から50年目にあたる2007年、「核兵器廃絶への民衆行動の10」キャンペーンを開始したが、奇しくも核戦争防止国際医師会議(1985年に核兵器の大惨事についての一般の認識を高めたことでノーベル平和賞を受賞)が同時期に立ち上げた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がSGIを訪問し、核兵器廃絶の世界的な承認を得るために初期の協力団体として参加するよう依頼してきた。以来、両者はとりわけ若者の動員に熱心に取り組みながら、反核キャンペーンを展開してきた。

「核兵器なき世界というビジョンを実現するために、私たちは核兵器がもたらす壊滅的な現実について人々を啓発する世界的ネットワークを構築する必要に迫られました。私たちの取り組みは、世界中の外交官を対象とした国際会議を組織し、核兵器による被爆の実態や後遺症に対する認識を高める、つまり人道的影響を議論の中心に置くことから始まりました。また並行して、私たちが関わった中央アジアカリブ海諸国を含む、世界各地で反核のための会議を開催したり、各国外務省への直接的な働きかけもしてまいりました。」と寺崎氏は振り返った。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

わずか10年の間に、TPNWが2017年7月に国連で採択された。バチカンは最初の署名国の一つだった。「これは確かに奇跡的な成果でした。成功に貢献した多くの他の団体にも感謝しています。これには、オランダのカトリック平和団体パックス世界教会協議会なども含まれます。」と寺崎氏は語った。

驚くべきことではないが、TPNWには核兵器を保有する9カ国は署名していない: ロシア(5,880発)、米国(5,224発)、中国(410発)、フランス(290発)、英国(225発)、パキスタン(170発)、インド(164発)、イスラエル(90発)、北朝鮮(30発)である。米国の核兵器を共有している5カ国も署名していない: ICANによれば、共有されている核兵器の数はイタリア(35発)、トルコ(20発)、ベルギー(15発)、ドイツ(15発)、オランダ(15発)である。

最も非人道的な兵器

TPNWを推進する運動家の主なメッセージは、核兵器はこれまでに作られた兵器の中で最も非人道的な兵器であるということである。核兵器は国際法に違反し、深刻な環境破壊を引き起こし、世界の安全保障を毀損し、人類のニーズへの対応から予算を逸脱させている。核兵器は、単に管理されるだけでなく、廃絶されなければならない。

Breakdown of nuclear tests conducted by China, United Kingdom, France, Soviet Union and the United States from 1945-1996/ The Official CTBTO Photostream - Nuclear Tests 1945-1996, CC BY 2.0.
Breakdown of nuclear tests conducted by China, United Kingdom, France, Soviet Union and the United States from 1945-1996/ The Official CTBTO Photostream – Nuclear Tests 1945-1996, CC BY 2.0.

しかし、昨年12月の『サイエンティフィック・アメリカン』誌のカバーストーリーは、米国政府が核兵器の近代化のために1兆5千億ドルを追加し、核兵器の能力をアップグレードする計画について警告している。現在、世界には約1万2500発の核弾頭があり、米国とロシアがその90%近くを保有している。

「現在の核戦力拡大計画は、核抑止力の有用性に対する揺るぎない信念から生まれたものです。しかし、この政策が健全な政治戦略なのか、それとも核武装を永続させるために作られた神話なのか、私たちは問いかけなければなりません。」「現在の核軍拡を進めることは、世界的な核の均衡に基づく平和と安全をもたらすものではなく、むしろ世界的な破壊やハルマゲドンを引き起こすでしょう。」と、寺崎氏は続けた。

道徳的言説

私は、SGIなどの信仰を基盤とした団体(FBO)が、TPNWに代表される新たな軍縮運動の中で果たしている独自の役割について尋ねた。寺崎氏は、「TPNWの次のステップは、主に国家間の外交交渉が中心とはなりますが、信仰に基づく組織は、精神的・人道的観点から核兵器の悪影響を強調し続けなければなりません。」と、説明した。

「世界がエスカレートする諸課題に取り組む中、道徳的な言説の影響力はますます重要になっています。」と同氏は語った。これはバチカンが強く主張している立場でもある。

Daisaku Ikeda/ Photo Credit: Seikyo Shimbun
Daisaku Ikeda/ Photo Credit: Seikyo Shimbun

また、1964年に池田会長によって創設された公明党との関係は、政治エリートの認識に対して独自の影響力を持っている。それは「単なる」在家仏教団体ではない。1960年代、池田会長は日中国交の正常化を提唱した。1974年から1997年にかけて10回訪中し、周恩来、鄧小平といった政府要人と会談した。1970年代にはソ連を訪れ、アレクセイ・コスイギン首相と会談し、緊張の真っ只中にあった中ソ間で融和的なメッセージを伝えた。公明党は1999年以降、自由民主党(LPD)と連立政権を組んでいる。

池田会長のビジョンは教皇フランシスコと一致していた。池田会長は、「最終的には、平和は政治家が条約に署名することによって実現されるのではなく、お互いの心を開くことによって築かれる人間の連帯によって実現されます。これが対話の力なのです。」と述べている。

カザフスタンとバーレーン

寺崎総局長は、平和、非核化、異文化間の対話を促進するために訪れた旅で目撃した、2つの感動的な協力の姿について話をしてくれた。2022年、彼はカザフスタンで開催された第7回世界伝統宗教指導者会議に仏教徒代表として出席し、その1ヵ月後にはバーレーンで開催された対話フォーラム 「人類共存のための東洋と西洋」に参加した。

Mr. Hirotsugu Terasaki, Vice President of Soka Gakkai making statement at a plenary session/ photo by Katsuhiro Asagiri
Mr. Hirotsugu Terasaki, Vice President of Soka Gakkai making statement at a plenary session of the 7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions held in Astana, Kazakhstan./ photo by Katsuhiro Asagiri

寺崎氏が参加したこれら2つの宗教間対話会議には教皇フランシスコも臨席しており、間近でその回勅に接した同氏は、「私の心に深く響きました。」と語った。

「カトリックとイスラム教スンニ派の指導者たちが同じ部屋に座り、和解的な雰囲気に包まれているのを見て、特に感動しました。これらのフォーラムは、世界中の宗教指導者たちが率直で有意義な議論を交わし、人類が直面する差し迫った地球規模の問題について洞察と知恵を分かち合う有望な場を提供しました。」と寺崎氏は語った。

寺崎氏によると、SGIが反核を提唱する基本的な仏教の教義は、個人と社会の安全は一体であり相互依存しているというものである。SGIが信奉する大乗仏教の伝統は、修練と研鑽を通して、個人がいかに内なる変革をもたらし、それが外界に影響を与えるかを強調している。

7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions Group Photo by Secretariate of the 7th Congress
7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions Group Photo by Secretariate of the 7th Congress

「SGIは、すべての人々の生命の尊厳、幸福、および世界の安全を守ることに専念しています。核兵器への依存は、私たちが求める安全そのものを危うくするものであり、これらの目的と根本的に矛盾しています。」

教皇フランシスコが2019年に長崎で宣言したように、「平和と国際的な安定は、相互破壊の恐怖や完全消滅の脅威の上に築こうとする試みとは相容れません。それらは、連帯と協力という世界的な倫理に基づいてのみ達成できるのです。」と、寺崎氏は語った。(原文へ

Inter Press Service

Agenzia Fides/INPS Japan

Victor Gaetan
Victor Gaetan

ヴィクトル・ガエタンはナショナル・カトリック・レジスター紙のシニア国際特派員であり、アジア、欧州、ラテンアメリカ、中東で執筆しており、口が堅いことで有名なバチカン外交団との豊富な接触経験を持つ。一般には公開されていないバチカン秘密公文書館で貴重な見識を集めた。外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』誌やカトリック・ニュース・サービス等に寄稿。2023年11月、国連本部で開催された核兵器禁止条約(TPNW)第2回締約国会議を取材中に、SGIとカザフスタン国連政府代表部が共催したサイドイベントに参加。同日、寺崎平和運動総局長をインタビューしたこの記事はバチカン通信(Agenzia Fides)から5か国語で配信された。INPS Japanでは同通信社の許可を得て日本語版の配信を担当した。

*Agenzia Fidesは、ローマ教皇庁外国宣教事業部の国際通信社「フィデス」(1927年創立)

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この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジョーダン・ライアン】

今日の世界は、気候変動という存亡の危機から、冷戦時代を彷彿とさせる地政学的緊張の高まりに至るまで、複雑に絡み合ったグローバルな課題に悩まされている。シリアやイエメンのような国々では、国内で破壊的な紛争が激化し、米国、中国、ロシアなどのグローバルな大国間の敵対心と対立は、国際レベルの機能不全をしばしば引き起こす。それと同時に、パンデミックや大量移民、社会的分極化、経済危機といった真にグローバルな問題は、世界中で人間の安全保障を深刻に脅かし続けている。(

国連安保理を中心とする第2次世界大戦後の国際構造は、この目まぐるしく相互に関連し合う多くの現代の脅威に、効果的に対応出来ないことが多い。安保理における常任理事国5カ国間の力関係とその膠着が安保理行動をしばしば妨げ、正統性を損ない、その効力を制限している。より包括的で代表的なグローバルリーダーシップは、歴史上、危機的な今この時に不可欠である。

このような状況の中で、アントニオ・グテーレス国連事務総長が提案した平和のための新たなアジェンダの中心テーマは、的を絞った改革を取り入れ、積極的な多国間行動への新たなコミットメントを取り込むことで、国連は時代遅れの様式を乗り越える進化を遂げ、現在の課題に対応できる、より汎用性が高くレジリエントな21世紀の国際構造を実現できるというものである。加盟国が事務総長の提案を検討する際には、以下の要素に取り組むべきである。

対立が暴力に発展する前に介入するためには、予防と調停の能力を急ぎ強化する必要がある。予防行動における国連の遅れは、現在進行中のウクライナ戦争を見れば明らかである。そこでは初期段階における調停が欠けていた。このような悲劇を避けるためには、速やかに予防に投資することが不可欠である。加盟国は、予防に充てる資金と人員を増やすとともに、これらの平和的手段を補完するために防衛資源をどのように戦略的に振り向けることができるかを模索すべきである。専門家による調停チームの支援を受け、権限を与えられた上級特使を任命することが賢明である。また、現地の常駐調整官が、進展を促進し、平和を確実に維持するための現地の調整努力を主導するための十分な資源を確保することも重要である。

迅速な集団行動が必要な場合は、意思決定プロセスの合理化が不可欠である。常任理事国5カ国は、重要な人道問題に関して拒否権を行使することを自制すべきである。常任理事国枠の拡大を含め、理事会改革を公平に進めることは、今後の正統性と有効性のために引き続き不可欠である。妥協と合意への動機付けは、分断が生じた際に、行き詰まりを克服するのに役立つ。

予防に軸足を置くことは賢明だが、現在進行中の対立を解決するための具体的な措置も当然ながら不可欠である。創造的な外交と理事国間の溝を埋めることは、最も深刻で難解な危機に対処する上で、今後も重要である。非武装の文民平和維持活動にさらに投資することで、手薄に広がる国連平和活動を補うことができる。

国連の時代遅れの多国間構造を更新することは、制度改革と運用上の俊敏性の両方を必要とする反復的なプロセスとなる。調停チームに多様性を取り入れることで、予防の取り組みに新たな視点やスキルを取り込める。早期警報システムのような技術を活用すれば、現場での効果を高めることができる。地域組織、市民社会ネットワーク、民間部門とのパートナーシップを育むことで、能力を倍増させることが可能である。

結論

30年前の1992年、ブトロス・ブトロス=ガリは、冷戦後の地政学的な激変の中で、最初の平和のためのアジェンダを発表した。今日、世界の力学は新たな変化を遂げている。国家間の対立が再燃し、世界はますます多極化し、国連が危機に対応できるのか、またどのように対応するのか、その可能性が深刻に損なわれている。

新たなアジェンダの成功は、硬直的で伝統的な形式から、より適応的で包括的な平和構築への移行にかかっている。そのためには、多国間主義への持続的なコミットメントと、新しいアイデアやパートナーを活用する意欲が必要である。国連は、現実的な改革、運用上の機敏性、集団行動によって、創設時のビジョンをよりよく実現し、21世紀の複雑な脅威に対処することができる。前途は多難だが、加盟国が勇気を持って協調的に行動する意思があれば、平和のための新たな構造建設への前進は手の届くところにある。

ジョーダン・ライアンはフォルケ・ベルナドッテ・アカデミー(Folke Bernadotte Academy)のシニア・コンサルタントで、カーターセンターの平和プログラムの元副代表。このほど、事務総長室の国連統合レビューの筆頭著者としての責務を終えた。2009年から2014年まで国連事務次長補およびUNDP次官補を務めた。リベリアでは副特別代表、ベトナムでは国連常駐調整官を務めた。コロンビア大学とジョージ・ワシントン大学で学位を取得し、イェール大学で学士号を取得。ハーバード大学ケネディスクールの研究員も務めた。

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新たな国連軍縮特別総会の実施を

【ベロホリゾンテ(ブラジル)IDN=セルジオ・ドゥアルテ】

78年前、第二次世界大戦が終わろうとしていた頃、国際社会のかなりの部分を占めるリーダーとして台頭した主要国間の武力衝突の恐怖は、2つのライバルが核戦力を開発するにつれて高まり始めた。

私たちがすでに知っているように、その後起こったことは、「冷戦」として知られるようになった、直接的な軍事衝突を伴わない政治的・イデオロギー的対立が長くつづく時代であった。しかし、世界のいくつかの地域では、政治的影響力をめぐる両者の争いが、多くの死傷者と高い経済的・社会的コストを伴ういくつかの局地的な通常戦争を引き起こした。

第二次世界大戦の主要な戦勝国は、彼らの間の不安定な関係を律することを可能にする規範や制度を確立しようと試みた。平和と安全を維持することに基本的な責任をもつ国連安全保障理事会の構成と権限に関する合意は、この点で根本的なものであった。この5カ国はそれぞれ常任理事国の地位を与えられ、自国の利益に反するいかなる決定も阻止する権限を与えられた。

この構造を変更するには、5カ国すべての同意が必要となり、その結果、安保理5カ国の特権的地位が確立された。「戦争の惨禍のない世界」の建設に参加するには、国際社会のその他の国々は権利と責任の非対称的な分割と、国家間関係の規律に関してこれら大国の持つ優越に合意せねばならなかった。

Hiroshima aftermath/ Wikimedia Commons
Hiroshima aftermath/ Wikimedia Commons

1946年1月の第1回国連総会には、国際関係に劇的に変化させ、人類全体の利益のために平和的核協力の新時代を切り開く可能性のある決定を下すチャンスに恵まれた。広島・長崎への原爆投下の恐怖も覚めやらぬ中、国連総会は全会一致で決議第1号を採択し、特に原爆廃絶のための提案を行うことを任務とする委員会を設置した。

しかし、米ソ間の不信と対立によって、この取り組みの進展は妨げられ、委員会はその任務を果たさないまま1948年に解散した。国際機関はその代わりに、核不拡散と軍備管理に関する部分的な措置を協議する機関に生まれ変わった。それ以降、「核兵器廃絶」という当初の目標は遠いものとなった。

世界はこれまでのところ核の脅威を生き延びてきた

とはいえ、世界は核の脅威をこれまでのところは生き延びてきた。おそらくは、技術や偶然、「神の手」の複合的な要因によるものであろう。非常に深刻な危機的状況に陥ったときでさえ、主要国間の核戦争は回避されてきた。しかしそれもこれまでの話だ。長きにわたって、ライバルたちは自らの安全を強化することを目的とした協定を互いに結び、世界の権力均衡を規制するいくつかの約束事を決めてきた。深い不信感にもかかわらず、両国間の意思疎通のチャンネルは常に開かれ、実際の軍事衝突を回避するための協定締結を促進するうえで役に立ってきた。

「核時代」の最初の50年に結ばれてきた協定の中には、軍事力の規模と配備箇所について折々に取り決めてきたものや、信頼を構築し強化するメカニズムを確立してきたものがある。最も関連があるのが、1975年の「欧州における安全と協力に関するヘルシンキ会議の最終協定」から生まれてきたもの(とりわけ全欧安全保障協力会議の略語CSCEとして知られるもの)であり、米国とソ連(のちのロシア)間における戦略兵器制限交渉(SALT)やモスクワ条約 (SORT)、戦略兵器削減条約(START)などの核軍備に関連する条約、中距離核ミサイルに関する全廃条約(INF条約)、対ミサイル防衛システム(ABM)制限条約、相互の監視に関する「オープンスカイ」条約が挙げられる。

ICAN
ICAN

この文脈で特筆すべきは、1962年のキューバ・ミサイル危機の解決に由来する理解である。これによって、「赤い電話」として知られることになるクレムリンとホワイトハウスをつなぐ先駆的な直接連絡手段が確立された。

2010年の新STARTを除けば、上記で挙げた条約のうち現在も効力を持っているものは一つもない。米国とロシアは合意された制限までそれぞれの核戦力を減らしてきたことが知られているが、2021年に両国の大統領は、同条約を2026年まで延長し、「戦略的安定に関する統合的な二国間対話を近い将来に開始」し、それを通じて「将来の軍備管理とリスク低減措置に向けた基礎作業を行うことを目指す」との決定を共同で発表した。両国の指導者はまた、「核戦争に勝者はおらず、決して戦われてはならない」とのレーガン・ゴルバチョフの1987年の金言を再確認した。それ以来、この大国間の意味のあるコミュニケーションと建設的な公的対話は停止してしまったようだ。

今までのところ、これらの表向きの意図をフォローする実際的な動きは出てきていない。核保有国4カ国が関わるウクライナでの戦争は、予見しうる将来において何らかの進展を見せる気配はない。他方で、核兵器を保有する9カ国のすべては、核戦力のさらなる増強に向けて相当の技術的・経済的資源を投じてきている。

NPTは依然として効力を持っている

多国間の領域では、冷戦時代に締結され、現在も効力を持ち続けている最も重要な文書は、核兵器不拡散条約(NPT)である。これは、他国が核兵器を開発することを予防し、自らが核兵器を排他的に保有する権利を同時に確保する目的をもって、核保有国が推進したものである。4カ国以外の国々は、核軍拡競争を終結させ核軍縮を実現するとの約束と引き換えに、核兵器という選択肢を放棄することに合意した。

この時期に採択され依然として効力を持っている他の多国間協定は、南極条約(1961年)や宇宙条約(1967年)、海底非核化条約(1972年)のように、核兵器がすでに存在していなかった場所や環境において核兵器を禁止することによって核不拡散に対処することが基本的な目的であった。1963年、ロシアと米国は協議の末、核爆発実験を大気圏と水中で禁止する条約(PTBT)を締結し、その33年後、環境中におけるすべての核爆発を禁ずる包括的核実験禁止条約(CTBT)が締結された。

CTBTは、条約締結国が多いにも関わらず、条約14条に言及された特定国の署名・批准が済んでいないために未だに発効していない。ロシアは最近CTBTの批准を取り消した。条約未批准国である米国と中国が地下核実験再開を検討しているというのがその理由だ。

核軍縮追求における重要な成果を達成するための進展は遅く、ばらつきがある。多国間協定の結果として廃棄あるいは解体された核兵器はこれまでのところ存在しない。114カ国に及ぶ非核兵器地帯の締約国は、関連条約に付属する議定書に署名した5つの核兵器保有国に対して、非核兵器地帯への核兵器持ち込みに関する法解釈を撤回するよう要求したが、成功していない。NPTの多くの締約国は、核兵器国は条約上の義務を果たしていないと感じている。

定期的に開かれるNPT再検討会議で意味のあるコンセンサスに到達することがますます難しくなり、NPTの実効性への信頼が揺らいでいる。このような状況に加え、核兵器が爆発すれば壊滅的な影響を受けるという認識が強まったことで、核兵器廃絶につながる核兵器禁止条約の交渉が始まった。

2017年に採択され英語の略語「TPNW」で知られるこの条約にはすでに署名国が98カ国ある(うち29カ国は依然として国内の批准手続きを済ませる必要がある)。TPNWは2021年に発効するが、発効以来、核兵器保有国とその同盟国の一部による激しい反対運動の対象となってきた。これらの国は、TPNWは「逆効果」であるとみなし、自らが望ましいと考える限り核戦力を保有し続けたいとの意図を明確にしている。

冷戦がより危険な兆候をもって再燃か

ここまで述べてきた状況は、核兵器の領域における合意やルールの形成はますます論争含みのものになっていることを示している。同時に、この数十年を通じて作られてきた制度や取決めに対する信頼性が低下してきている。国際条約において大国が負っている義務が果たされていないとの見方が強まっている。核兵器数の全体の規模は小さくなってきているが、よりステルス性は強まり、より高速化し、より危険な核兵器が開発されて既存の核戦力に追加され、まさに技術拡散が進展する状況が生まれている。

冷戦の残滓である対立感情が、より複雑で憂慮すべき特徴を伴って再び出現している。阻止された願望、不平等の永続化、相反する優先順位が、大国間の影響力と覇権をめぐる対立につながってきた。この対立は、人類滅亡の引き金となりかねない紛争へと人類を引きずり込むかもしれない。

Ambassador Sergio Duarte is President of Pugwash Conferences on Science and World Affairs, and a former UN High Representative for Disarmament Affairs. He was president of the 2005 Nonproliferation Treaty Review Conference.
Ambassador Sergio Duarte is President of Pugwash Conferences on Science and World Affairs, and a former UN High Representative for Disarmament Affairs. He was president of the 2005 Nonproliferation Treaty Review Conference.

現在の時代に垂れ込める核のリスクを認識することは、核軍縮に関する前向きな理解の新時代を切り開く決意を再活性化させるはずである。いくつかのレベルで大国間の接触を再開することが肝要であり、すべての国の安全保障に関連する将来の取り決めへの幅広い参加を確保することも求められる。

この点で、軍縮に関する新たな国連特別総会を開催する必要性はますます明らかになっている。1978年、初の国連軍縮特別総会(SSOD-I)が、重要な診断と勧告を盛り込み、軍縮・軍備管理・核不拡散に関するバランスの取れた文書を採択した。SSOD-Iはまた、この分野における国連の機構も再編した。

軍縮に関する新たな国連特別総会は、こうした知見や制度を更新し、国際社会全体にとって極めて重要な関心事である問題を多国間で扱うことの活性化に貢献する上で、決定的な意味を持つだろう。(原文へ

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|ネパール|大地震(同国暦1990年)から90年

【カトマンズNepali Times=ソニア・アワド】

ちょうど90年前の今週、ネパールは1934年の大地震(この年はビクラム・サンバット暦で1990年。同暦にちなんでナベ・サルとして知られている。)に襲われ、全国で8500人以上が死亡した。首都カトマンズでは、マグニチュード8.3の災害で家屋の70%が倒壊した。これを記念して、毎年1月16日は「全国地震安全デー」とされている。

ネパールは過去90年間に、ラナ家独裁時代から1950年代の暫定政権時代、パンチャヤット制、紛争、連邦共和制へと、多くの変遷を経てきた。

2015年のゴルカ地震では9000人近くが死亡し、約80万棟の建物が損壊した。2023年11月3日にジャジャルコットで発生した地震が示すように、ネパールは依然としてこうした災害に対する備えができていない。

陸地がねじれ、ほとんどの建物が倒壊した。その時の揺れは激しく「……木々はハリケーンの時のように折れ曲がった」と、ブラマ・シュムシャー・ラナ氏はその年の暮れに出版した著書『Nepal ko Mahabhukampa』の中で述べている。

ブラマ・シュムシャーはバベル・シュムシャー少将の息子で、地面が割れて熱水と砂の噴水が噴き上がった様子を描写している。バグマティ川とヴィシュヌマティ川は汚水で真っ黒になった。

ある者は立ち続けるために支えを求め、ある者は地面に手をついて動物のように移動せざるを得なかった。一旦広場に逃れてきた母親たちの中には、取り残された子供たちを救うために引き返し、住宅の倒壊で圧死した者もいた……一方、家屋から逃げのびた男たちの中にはその後助からないものもいた。町の狭い道や路地が罠のような役割を果たしていたのだ。」と著者は本に記している。

ネパールの位置するヒマラヤ山脈沿いは、地震活動が活発な地帯であり、70年から80年周期でこのような地震に襲われている。2015年にネパール中部で発生したマグ二チュード7.8のゴルカ地震は、しばしばそうした巨大地震の一つと間違われる。ヒマラヤの地震学者ロジャー・ビルハム氏は、科学者たちが恐れていたような大地震ではなかったと当時ネパーリ・タイムズ紙の取材に応じて語った。

SHAKEN: Patan Darbar Square after the 1994 quake (inset), and the overlapping restoration following 2015. 1934 was 1990 in the Bikram Sambat calendar.

実際、中央ネパールの断層は未だにエネルギーを蓄積し続けており、いつ解放されてもおかしくない。しかし、それ以上に切迫しているのは、11月の地震でエネルギーを発散しきれなかったネパール西部の長大な断層の方だと、ネパール国立地震技術協会(NSET)のスリヤ・ナラヤン・シュレスタ技師は語った。

1505年にネパール西部で発生した大地震はマグニチュード8.9と推定され、当時の国王を含むカトマンズ渓谷の人口の3分の1が死亡し、北インドに壊滅的な打撃を与え、現在のポカラ市のある場所に土石流を発生させた。

「ネパール西部に蓄積されたエネルギーは、マグニチュード8規模の地震を引き起こすのに十分な大きさだが、ジャジャルコット地震で放出されたエネルギーはごくわずかでした。これは、カトマンズで1934年型の地震が発生する可能性が残っていることを意味します。当時よりはるかに人口が大きいことを考えると、被害ははるかに大きなものになると予想されます。」とシュレスタ氏は説明した。

ヒマラヤ断層帯は、マハカリやパルパからネパール西部のどこででも巨大地震が起こりうることを意味する。いずれにせよ、ネパール西部でマグニチュード8の地震が起きれば、夜間に発生した場合、ネパール全土で150万棟の建物が直ちに倒壊し、10万人が死亡するだろう。

そうした地震で病院も倒壊するだろう。たとえ最初の揺れを耐えて残った病院があったとしても、重傷を負った20万人の患者で埋め尽くされることになるだろう。建築基準を満たしていない多くの学校や公共施設は、まるでトランプの家のように崩壊するだろう。電気、高速道路、通信、飲料水システムも寸断されるだろう。

2015年の地震は、ネパール人にとって、特により安全な構造物を建設するという点で、巨大地震に備えるための教訓となるべきだった。確かに、再建された建築物の90%は政府の建築基準法に従っているが、カトマンズの多くの建物はあからさまに規則を破っている。

「政策や法的枠組みは整備されていますが、備えはまだごくわずかです。」「既存の建造物はすでに脆弱ですが、新しい建物はさらに脆弱です。」とシュレスタ氏は警告する。

The Nepali Times
The Nepali Times

1934年の地震後、イーデン氏と名乗る地質学者兼エンジニアが、ネパールの安全な建築に関する一連の見解を示し、当時の『Gorkhapatra』誌に掲載された。

イーデン氏は、「 バクタプル、ハリシディ、コカナ、ブンガマティ地域は地震で最も甚大な被害を受けやすく、一方、パシュパティナート、バウダ、ゴカルナは最も被害を受けにくい、恐れなくてよい。シャンブーとキルティプールも同様に危険とは無縁である。ネパールのテライ地域では、川や貯水池の近くに家を建てるのは好ましくない。」と指摘している。

イーデン氏はまた、どのような建物をどこに建てるかについて詳しく説明し、耐震建築を推し進めた。「地震で家屋の倒壊を引き起こす要因は土壌の種類だけではありません。構造設計、使用される材料、建設業者の技術にも左右されるのです。」と彼は記している。

つまり100年近く前に、私たちはすでに何をすべきかを知っていたのだ。

コンクリートの建物が必ずしも強いとは限らない。 実際、標準以下のコンクリート建物は、死の罠となる。特にネパールには、このような倒壊した建物のための捜索・救助チームや設備がないことを考えればなおさらだ。

「マグニチュード8Mの地震がいつか起こり、これらの標準以下の建物はすべて崩れ落ちるでしょう。それは想像を絶する災難となるでしょう。」とシュレスタ氏は語った。(原文へ

INPS Japan/Nepali Times

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【ハラレ(ジンバブエ)IDN=ジェフリー・モヨ】

ジンバブエの野党政治家であるジョブ・シクハラ氏は、2021年に暴力を扇動した容疑で逮捕されて以来、約2年間、有罪判決を受けることなく収監されたままである。

別の野党指導者であるジェイコブ・ンガリブフメ氏は今年4月、政府の指導力の低さに抗議して抗議行動を呼びかけた際、2020年と同様の罪で禁固4年の刑に処された。

シクハラ氏もンガリブフメ氏も、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の第16目標がすべての人々に司法へのアクセスの提供し、あらゆるレベルで効果的な説明責任を果たし、包摂的な制度を構築するよう呼びかけているにも関わらず、政権側からの弾圧に直面している。

UN Secretariate Building. Photo: Katsuhiro Asagiri
UN Secretariate Building. Photo: Katsuhiro Asagiri

2015年9月、ジンバブエを含む193カ国がニューヨークの国連本部に集まり、グローバルで持続可能な開発を達成するための長期的な戦略を約束した。

その結果、2030年まですべての人のための持続可能な未来を実現するための17の目標が発表された。

しかし、シクハラ氏もンガリブフメ氏のようなジンバブエ国民が当局の手によって弾圧される一方、SDGsのほとんどが、期限6年前にして、達成不可能なのではないかとみられており、人権活動家からの批判を招いている。

ジンバブエの人権活動家は、体制は誤った目標を追っているとして批判している。

ジンバブエの人権活動家エルビス・ムガリは「ジンバブエは、政治の腐敗や人権侵害、統治の機能不全のために、貧困を軽減するのに苦労している。政治情勢の不安定化により、飢餓と貧困の根絶に関連したSDGsの達成に向けた進展が妨げられている。これらSDGsの達成は、安定した統治と風通しの良い政治環境に依存しています。」と語った。

政情の不安定化がアフリカに広がる中、一部のアフリカ諸国にとってSDGsの達成は難しくなりつつある。

ケニア

Map of Kenya
Map of Kenya

2023年に激しい反政府デモが発生したケニアでは、すべての人に司法へのアクセスを提供するというSDGsの達成に向けた進展が滞っている。

ケニアのデモ参加者6人が警察に射殺され、10人以上が負傷した。野党指導者レーラ・オディンガ氏が、増税と生活費引き上げを行ったケニアのウィリアム・ルト大統領政に対し、市民的不服従と全国的な抗議行動を連日呼びかけた後だった。

「この国にあるのは人権侵害の特定と処罰を無視し、怠っている府処罰の文化です。」とケニアの人権弁護士カカイ・キッシンジャー氏は語った。

ケニア・ロータリークラブの平和研究員ケネディ・モナリ氏は、状況はより悪化したと感じている。東アフリカのこの国が政治的不安定と闘う中で、SDGsの達成が徐々に妨げられている。

「社会が内部対立している状況を反映して、懸念すべき動きがケニアの政治状況の中で生まれています。現在の政権は経済成長の達成を公約しています。かつての統治パターンを変え、とりわけ若者や女性といった周縁化された集団にとっての雇用創出を通じて貧困を緩和することを目していいます。」とモナリ氏は語った。

コンゴ民主共和国

Map of Congo
Map of Congo

コンゴ民主共和国(DRC)では、政情不安の中、2030年までに国連持続可能な開発目標(UNSDGs)を達成するという夢は、さらに早く潰えつつある。

開発の専門家ヌダタバエ・アキリマリ氏は、絶え間ない政治的緊張を受けて、SDGs達成のペースが遅いのはコンゴ民主共和国の政治的混乱に原因があると非難した。

「政情不安がSDGsのすべての項目の達成に悪影響を与えていることは明らかですが、この期に及んで、どの項目が最も脅威にさらされているかを言うことは困難です。」と、アキリマリ氏は語った。

しかし、コンゴ民主共和国東部では、武装集団が絶えず市民を殺害し、田畑、道路、市場、収入、教育、食糧へのアクセスを妨げてきたため、人々は戦争と避難生活を何年も続けてきたと、今年3月に世界食糧計画(WFP)が報告している。

2022年、同国東部イトゥリ州、北キブ州、南キブ州での武力紛争が激しさを増して国がより危険な状態に陥り、国内での移住を余儀なくされる人が増え、命が継続的に失われているという。

国連によると、結果として、コンゴ民主共和国の2600万人以上が人道支援を必要としているという。

タンザニア

タンザニアでは、SDGsに向けた作業が行政府の権力拡大によって制約を受けつつある。民間の創意が押さえつけられ、人権侵害が起こり、人権活動家はいらだちを強めている。

Map of Tanzania
Map of Tanzania

タンザニア人権活動家連合の全国コーディネーターであるオネスモ・オレ・ヌグルムワ氏は、「貧困との闘いのペースは非常に緩やかです。貧困と闘うという目標を立てていますが、国内の人々の生活や、人的資源、人的資本を改善するための、実質的で真剣な介入は見られません。」と語った。

ヌグルムワ氏は、「貧困がこの国ではまだ猛威を振るっています。特に農村地帯ではそうだ。都市住民は1日1ドル以下で暮らしています。」「貧困の連鎖が強く、今日貧困下にある世代が次の世代を貧困にしてしまっています。」と指摘した。

モザンビーク

モザンビークでは、政情不安がSDGsを危機に晒す明確な兆候がある。人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」によると、選挙を見据えた非暴力の抗議活動に対して治安部隊が過剰な暴力をふるった事件が10月にあったという。

SDGsはすべての人々に司法へのアクセスの提供し、あらゆるレベルで効果的な説明責任を果たし、包摂的な制度を構築することを謳っているが、弾圧の結果としてその達成が危ぶまれている。

ザンビア

Map of Zambia
Map of Zambia

ザンビアでは、ハカインデ・ヒチレマ大統領が自身の前任者であるエドガー・ルング氏と争っているために政情不安が起こっている。支持者らとジョギングを行っていた際、それが政治活動の一環だとみなされて、ルング氏が警察から阻止される事件もあった。

ザンビアにとっては、こうして主要な政治家が相争う中で、一般の人々にとってのSDGsの達成が危ぶまれる状況になっている。

しかしザンビアの政府諸機関の見方はちがう。

ザンビアのフランクソン・ムスクワ障害者局長は「ザンビア政府当局は官民両部門における雇用創出を優先しています。現在の政権が権力の座についてから、障害者を含めた5万人以上の雇用が生まれ、貧困撲滅に向けたひとつの成果となっています。」とIDNの取材に応えて語った。

マラウィ

マラウィの人権活動家ジュリアン・ムワセ氏は、政治的腐敗のために同国の政治は徐々に混乱状態に陥りつつあり、SDGsの2030年までの達成という政府目標が危なくなってきていると語った。

「政府は、市民がより安く農産物を入手できるように『価格低減事業』を導入したが、残念なことに政治家や旧来からの指導者がこの制度を悪用しています。」とムワセ氏は指摘した。

誤った目標の追求

Image source: UNESCO
Image source: UNESCO

ジンバブエのエコノミスト、マシンバ・マニャニャ氏は、経済面では誤った目標を追求しているとして政府を非難した。

「最近財務大臣が提案した予算からまずは見てみましょう。保健や教育といった分野よりも治安に多くの予算が割り当てられていいます。政府は人々の健康や福祉よりも権力にしがみつくことを優先していることを浮き彫りにしています。」とマニャニャ氏は語った。

ジンバブエ労働経済開発研究所のチーフ・エコノミストであるプロスパー・チタンバラ氏は、同国が2030年までにSDGsを達成するにはもっと多くのことがなされる必要があると語った。

チタンバラ氏は、「国としてやるべきことはたくさんあります。極度の貧困に喘ぐジンバブエ人の数に目を向ける必要があると思います。非正規雇用が増加しており、私たちは貧困削減のための経済成長を確実にする必要があります。農村部のインフラを強化し、農業部門の生産性を向上させる必要があります。」と語った。(原文へ

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この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】

ウクライナ戦争は終わりが見えない。双方は主に軍事的手段、加えて経済的手段に依存し続けている。外交的イニシアチブはこれまでのところ失敗している。しかし、長期的には、戦争終結だけでなく欧州の安全保障についてもロシアと交渉する以外に道はない。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の最も重要な二つの目標である、軍事・安全保障政策は完全に失敗した。それは、NATOの東方拡大の阻止と、ウクライナ政府を打倒しウクライナ領土の一部占領し続けることである。ウクライナ戦争の結果にかかわらず、いわゆる「特別軍事作戦」は失敗した。大西洋横断同盟であるNATOはロシアにさらに接近し、ウクライナで期待された「電撃戦」の成功も実現しなかった。対立は消耗戦と化している。NATOの各国政府は、戦争に直接関与したくないと強調しているが、ウクライナへの武器供給や軍事・経済支援は今や非常に広範囲に及んでいる。

冷戦後の欧州における外交・安全保障政策の基盤は、今や消滅した。では、どのような政治プロジェクトがこの残酷な戦争を終わらせることができるのか、そして新しい欧州の安全保障政策とはどのようなものなのか?

これらの疑問は、ウクライナとロシアにおける莫大な損失を考慮して提起されなければならない。第1の目標は、人命の損失、インフラの破壊、数百万人の移住を終わらせるための停戦でなければならない。さらに、世界中に影響を及ぼす経済の混乱に終止符を打つ必要がある。多くの国にとって特に問題なのは、穀物供給の中断であり、ロシアに限らず他の国にとっては厳しい制裁とエネルギー・原料供給源の喪失である。双方が軍事的勝利を信じる限り、交渉の望みはほとんどない。しかし、今現在明らかに顕著になった疲労の兆候は、戦争の一時停止の一因となる可能性がある。

しかし、協力するようプーチン体制を説得することは可能なのだろうか? コミュニケーションと外交努力は、現在のところ軌道に乗っていない。エマニュエル・マクロンとオラフ・ショルツの努力の甲斐なく、ロシアとEUやNATOの間のコミュニケーションラインは途切れてしまった。ロシアに影響力を持つ中国政府は目立たないようにしているが、これは事実上プーチンを強化することを意味する。

大規模な再軍備と相互の脅威は、冷戦を彷彿とさせる。今日の状況は大きく異なるが、類似点もある。デタントの歴史は、悲惨な状況にもかかわらず、1970年代と1980年代には成功し、数多くの軍備管理条約が可能であったことを示している。1975年のヘルシンキ最終議定書は、重要な原則を定めた。国家主権、国境の不可侵、人権の尊重、経済・技術・文化協力に関する合意は、ブロック対立を終わらせるために必要だった。ヘルシンキ原則が現在ロシアによって侵害されているとしても、今日の結論を導き出すために振り返る価値はある。

核の脅威と相互確証破壊、体制の対立、ドイツの分裂、いわゆる鉄のカーテン、イデオロギーの競争にもかかわらず、緊張を緩和し、拘束力のある政治的合意に達することは可能だった。特に、ウクライナ戦争終結の可能性が出てきた後も、ロシアはほぼ間違いなく核保有国であり続けるため、今日の長引く対立が、主として軍事的手段への極端な依存を引き起こすようなことがあってはならない。

現在の膠着状態を打開するには、外部からの仲介(例えば中立国による)、ヘルシンキⅡプロセス、OSCEの復活、ミンスクⅢプロセスという四つの可能性がある。いずれも短期的には手の届かないものかもしれないが、国連とトルコが仲介した穀物合意(現在はロシアが取り消した)と捕虜交換は、人道的措置が可能であることの証明である。

第1に調停:これまでのところ、アフリカ諸国の政府代表団がモスクワに対して行った努力は成功していない。ブラジルのルーラ・ダ・シルヴァ大統領やインドのナレンドラ・モディ首相、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領のイニシアチブが突破口になることもなかった。それにもかかわらず、外部からのイニシアチブだけが有望視されている。恐らく、フランシスコ・ローマ法王と正教会のキリル1世総主教の対話は、硬直化した戦線を解消できるかもしれない。現在、最も有望な兆候はサウジアラビアのイニシアチブである。リヤド政府は和平仲介役を自任し、ウクライナ、米国、欧州諸国、中国、インド、ブラジルなど多くの国々を首脳会議に招待した。ロシアは招待されなかった。外交的な突破口を開ける期待は薄いが、世界的な影響力(ロシアに対しても)を持つサウジアラビアが仲介役を務めるかもしれない。

第2に、ヘルシンキⅡ:1975年のヘルシンキ会議における西側の安全保障政策は、NATOのハーメル報告書(1967年)で提案されたように、一方では軍事力、他方ではNATOとワルシャワ条約との永続的な政治関係という二重の戦略で構成されていた。軍事的抑止と同時に軍備解体交渉も、最終的にブロック対立を解決に導く政治的合意と並行して行われた。

第3に、OSCEの復活:欧州安全保障協力機構(OSCE)は、欧州、北米、中央アジアの57カ国を加盟国とし、安全保障上の対立に関する対話の場を実際に提供している。しかし、欧州に存在する緊張は、ウクライナ戦争やその他の「凍結された」対立(例えばコーカサス)に直面して、復興を切実に必要としている組織の周縁化につながった。

第4に、ミンスクⅢ:ミンスクⅠとミンスクⅡ合意では、2014年から続いているウクライナ東部での戦争を政治的に解決するための措置が合意された。ウクライナはミンスク合意に沿った交渉を拒否しており、プーチン大統領はロシアがウクライナを攻撃する前に合意は失敗だったと宣言した。

このような話し合いの場は、対立が行き詰まったにもかかわらず、あるいは行き詰まったからこそ、今日でも必要なのである。ウクライナでの戦争を終わらせるだけでなく、長期的にはあらゆるレベルで無秩序な軍拡競争を停止させ、脱エスカレートするためである。ウクライナ戦争の行方にかかわらず、いずれは真剣な交渉が必要になるだろう。交渉なくして停戦も和平さえもほぼ不可能であり、戦争は何の答えにもならない。

冷戦時代には、戦争反対者が意見を交換できる機能的なコミュニケーションや軍備管理の話し合いの場が存在した。今日とは異なり、熱い戦争の勃発は防がれた。しかし、どうすれば戦争を終結させることができるのだろうか? あらゆる合理的かつ正当な手段でウクライナを支援することが依然として重要である。しかし、最近物議を醸している米国によるクラスター弾の供給が示すように、何が「合理的かつ正当」であるかという判断は非常に異なる。

ウクライナの要求は、米国、NATO、EUが現在提供しているものをはるかに超えるものだが、ウクライナの支援側は軍事支援を徐々に拡大している。経済対策や制裁の厳しさについても意見が分かれている。今日の秩序は、西側の軍事力強化政策を継続すると同時に、脱エスカレーションのための手順を踏むべきである。制裁はロシアに大きな打撃を与えなければならないが、短期的にプーチン政権の崩壊に賭けるのは非現実的だ。モスクワへの継続的な圧力が必要だが、プーチンには戦争を終わらせるための面子を保つ機会も与えなければならない。これは宥和政策ではなく、出口戦略である。また、非現実的な戦争は戦争を長引かせることになり、いかなる支援も受けるべきではないことをウクライナに明確に伝えなければならない。

長期的には、欧州の大陸全体を対象としたヘルシンキⅡプロセスが必要であり、これはOSCEのような組織によって実施される可能性がある。ウクライナ戦争を終結させるには、ミンスク合意で試みられたようなプロセスが必要である。ミンスクプロセスが失敗したとはいえ、交渉を避けて通ることはできない。核抑止力を封じ込め、脱エスカレーション、軍備管理、そして恐らくはある時点では軍縮の概念が合意されるような政治的プロジェクトが追求されなければならない。ヘルシンキⅠで合意された原則のいくつかを想起することは特に重要であり、その一つは国際法の遵守である。ロシアはウクライナに侵攻し、その前にはクリミアを併合して、この原則にあからさまに違反した。しかし、2003年のイラク占領や1999年の米国、有志連合、NATOによるコソボ戦争も明らかな国際法違反だった。この法の支配は普遍的なものであり、われわれはこれらの原則を守るために努力すべきである。特に、ルールに基づく国際秩序を強調する人々は、そのルール自体を厳格に遵守すべきである。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。Internationalizing and Privatizing War and Peace (Basingstoke: Palgrave Macmilan, Basingstoke, 2005) の著者。

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「グローバル・ヒバクシャ:核実験被害者の声を世界に届ける」(寺崎広嗣創価学会インタナショナル平和運動総局長インタビユー)

核兵器禁止条約第2回締約国会議の最終日、カザフスタン国連政府代表部と共催したサイドイベントで核実験による被爆者証言を収録したドキュメンタリー映画を先行上映した創価学会インタナショナルの寺崎広嗣平和運動総局長は、国連ニュースサービスのナルギス・シェキンスカヤディレクターの独占インタビューに応じ次のように語った。映像記録・編集は浅霧勝浩INPS Japan理事長が担当した。なお、国連ニュースサービスのウェブサイトに掲載された記事(ロシア語版)とその日本語翻訳版はこちらへ

【INPS Japan/ 国連ニュース】=ナルギス・シェキンスカヤ

Nargis Shekinskaya, Director, UN News Service (RU) Photo: Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan.
Nargis Shekinskaya, Director, UN News Service (RU) Photo: Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan.

UN News:サイドイベントで先行上映された「私は生きぬく:語られざるセミパラチンスク」を観て、大変感銘を受けました。創価学会インタナショナル(SGI)がこのドキュメンタリー制作を支援することが重要だとなぜ思われたのですか?

寺崎:ご存じの通り核兵器禁止条約(TPNW)は第6条・第7条で核実験の被害者のケアと被災地の修復を謳っています。この6条と7条故にTPNWが人道的条約と言われる所以でもあるのですが、広島・長崎は比較的知られていますけども、世界中の核実験場跡地に多くの被害を受けた人々が残っているということを知らない人が多いです。

この核禁条約の理念を知ってもらう意味でも、世界中の被爆者、いわゆる「グローバル・ヒバクシャ」の証言を収録して、広くいろいろな人たちに認識をしてもらうことが必要だと考えたからです。よって、我々の友人でもあるカザフスタンのNGOと一緒に、この事業を進めることにしました。素晴らしい作品ができたと思っています。ご覧いただきありがとうございました。

その発表会を兼ねたサイドイベントには、実際に、カザフスタンから第三世代の被害者の方が証言に来てくださったので、非常に大きな示唆を与える、またグローバルな被爆者の人たちのことをもっと知らなければいけない、そのようなことをイベントに参加された人たちにインパクトを与えることができたと思います。

UN News: 日本への原爆投下を生き延びた方々をヒバクシャと認識してきましたが、例えばセミパラチンスク核実験場の被害者のことをヒバクシャと聞くのは初めてです。今では、世界中で核実験の被害者も被爆者と呼ぶようになったのでしょうか?

寺崎:戦争で被爆を受けた唯一の国は日本。広島、長崎です。この地の被害者を被爆者と呼んできたわけですけれども、そういう意味では今まで核実験とか、場合によっては核物質の採掘に従事する人々も被爆しているわけです。今までは被害者と呼んできましたが、今はそれら全ての人たちを含めて「グローバル・ヒバクシャ」と呼ぶことが多くなっています。つまり、実験の段階、核物質の採掘の段階等で既に被爆者は存在しているわけです。それらの方々のことも我々は共有しないといけないですね。

UN News: 今回の上映会を含むサイドイベントをどのように評価されていますか?ドキュメンタリー映像をみた人々の反応はどうだったでしょうか?

I Want To Live On: The Untold Stories of the Polygon. Documentary film. Credit:CISP

寺崎:もちろんこの映画を作ったのはこれから多くの人たちに観てもらうために作ってきたわけですから、最初に観ていただいた人たちがどういう感想を持ったかということは、これからの私たちのこの作品の活用に関する非常に重要な関心事でした。反応は、私は単に大変な人たちが生き抜こうとしている、そのことに感動した等、それはその通りです。しかしそういうレベルにとどまらないで、なぜそういう現実に直面してしまったのか。どうして我々はこれまで知らなかったのか。知ることができなかったのか。そういうことがより認識されていくことが、合わせて重要なことだと思っています。そのための一つのリソースとして使っていきたいと思っています。もう少し幅広く私たちは、各地の被爆者の方たちの証言も集めて映像化して広く発信できるようにしたいと決意しています。

これは核禁条約6条・7条のある意味での必要性というものをサポートする活動にもなると思っています。

UN NEWS: このような認識を人々に深めてもらうために国連はどういう役割を果たすべきだと思いますか?

寺崎:国連が機能しているかどうかということが、ウクライナの問題、或いはパレスチナの問題を通して、ネガティブな意見が横行している面がありますけれども、私はこうした問題が生じている時こそ逆に、唯一の多国間の会議の場所である国連というものの存在が大事だし、国連ができることはもっとあると私は信じています。

Mr.  Hirotsugu Terasaki, Director General of Peace and Global Issues, SGI. Photo: Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan.
Mr. Hirotsugu Terasaki, Director General of Peace and Global Issues, SGI. Photo: Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan.

今回の核禁条約第2回締約国会議でも、あまり気付いている人がいないのですが、初めて国連の場で、いわゆる核兵器の非人道性を論じるセッションというものをやったわけですね。シンポジウム等を通じて我々市民社会もやってきたんですけども、今回初めて国連本部の本会議の場で、それをメキシコが議長国としてやりましたね。これは非常に大きな出来事だと感じています。

扉を少し開いた。でも可能性は、自分たちがそうだから言うわけではありませんが、国対国の議論が行き詰ったときには、もっと市民社会との関係を強化していく、国連に関わるステークホールダーを増やしていかなければならないですね。それは多分国連の機能を活性化するためにも有効だし、各国と市民社会が対話できる関係ができることも私は健全な方向だろうと思います。対話しながら高めていく関係になるべきですね。

UN News: 核実験の被害者も「ヒバクシャ」とよばれるようになってきていることは、私たちにとっても新たな側面ですし、重要なことだと思います。

寺崎:4年前(2019年)に私もセミパラチンスク旧核実験場に実際に行きました。(カザフスタンの首都)アスタナからもすごく遠いです。

UN News: 私たち(シェキンスカヤ記者と浅霧INPS Japan理事長)もセミパラチンスク旧核実験場は行きました。

セミパラチンスク旧核実験場。ここでは1949年から89年までの間に、468回の核実験が行われた。 Photo: Nargis Shekinskaya.

寺崎:旧核実験場を訪問した時の衝撃は、(自分はこの問題について)もっと頑張らねばならないというエネルギーを与えられたと思っています。360度あれだけの荒涼とした旧核実験地の大地を目の当たりにして、その意味では、我々が頭で考える前に、出来事、事実(ファクト)をきちんと認識することが、やはり重要なことだと思いました。抽象的な議論をしているうちは、問題は解決の方向に進まないと思います。これは我々市民社会がむしろできる大きな仕事ではないか。外交官の人たちはデスクワークで忙しいが、外交官も市民社会も力を合わせることが重要だと思います。

UN News: 国連は市民社会が果たしてきた役割を非常に高く評価しています。

寺崎:国連はできなかったことも多いし課題もあるけれども、しかし一方で、できたことも沢山ありますね。みんなそれを忘れていますね。我々は国連の支持者です。国連を支える以外に、他に代わるものはないです。皆さん方(国連ニュース)の発信が有効であることを期待しています。

UN News: 有難うございました。

Intererview with Mr Hirotsugu Terasaki, Director General of Peace and Global Issues, SGI. Filmed and Edited by Katsuhiro Asagiri, Presidentof INPS Japan.

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カザフスタンの経済変革: 2029年までにGDPを倍増させ、世界の投資家を惹きつける

【London INPS Japan/London Post=ラザ・サイード】

カザフスタンのカシム・ジョマルト・トカエフ大統領は、年頭のインタビューで、新しい経済モデルに切り替え、2029年までに国内総生産(GDP)を倍増させ、最大4500億ドルに達するという目標を概説した。同国の昨年の一人当たりGDPは約13,000ドルである。国際通貨基金(IMF)によると、2028年までにこの数字は16,800ドルに増加すると推定されている。

こうした野心的な目標を達成するため、大統領は経済運営について2つの主要なアプローチを示した。

まず第一に、大規模な産業プロジェクトの実施とインフラ開発計画の作成が行われる。これらのプロジェクトは現在検討中であり、大企業、機関投資家、専門家コミュニティとの協議が行われている。

また、民営化や資産返還など、投資誘致の重要な問題を解決する必要がある。トカエフ大統領は12月4日、カザフスタン経済への投資誘致の効率を高めるための措置に関する政令に署名した。また、最近、投資環境と投資プロジェクトの質の高い実施を促進するための広範な権限を持つ投資本部が設立された。

もうひとつの重要な対策は、経済全体に新しい「ルール」を確立するための制度改革である。政府は大統領の指示に基づき、国とビジネス間の関係を再構築するための新しい税法を策定している。ここでの焦点は、投資家に快適な条件を作りつつ、必要な予算収入レベルを維持するバランスを達成することである。トカエフ大統領は、公共調達と官民パートナーシップに関する新法は、透明性と財政安定のために極めて重要であると強調した。また、「カザフスタンで始まった政治改革と社会の民主化は、外国人投資家にとって予測可能な市場を作り出している。」と語った。

改革には次のような施策が含まれている。つまり、公共信託国民評議会が設立され、選挙、政党、国会に関する法律が改正された。

トカエフ政権による改革の主な目的の一つは、より公平でバランスのとれた政治体制を確立することである。この目的のために、憲法改革の枠組みの中で、民主主義を守るためのいくつかの障壁が設けられた。つまり、①人権と自由のさらなる保護を保証する憲法裁判所が再設立され(これにより、 検事総長やオンブズマンを含むカザフスタン国民は、憲法裁判所に直接申請して、憲法の原則に矛盾すると考えられる違法な規範を宣告することができるようになった)、②大統領の任期は一期7年と変更されず、③カザフスタン国会の下院(マジリス)の権限が大幅に拡大された。

また、集会に関する新法が採択された後、従来の許可制の代わりに、平和的な集会のための届出手続きが導入された。

カザフスタン共和国憲法に関する国民投票の噂について、トカエフ大統領は、「憲法を改正してでも権力を変更することは、経済界と投資会社の双方に混乱をもたらすものであり、国際社会に対する義務を維持し、とりわけ2年前の1月の争乱後にかなり活発な市民社会が形成されているカザフスタンでは、このような慣行は現実的ではない。」と反論した。

外交問題についてトカエフ大統領は、「カザフスタンは地政学的に重要なプレーヤー(中国、ロシア、西側諸国)の間のバランスを保つため、マルチ・ベクトル外交を堅持し続けている。」また、「現在の困難な地政学的状況において、すべての外国のパートナー、特に近隣諸国と互恵的で実用的な協力を発展させることがカザフスタンにとって重要である。」と語った。

トカエフ大統領は、「C5+1」フォーマット(中央アジア5カ国と域外の国との対話フォーマット)の妥当性について言及し、中央アジアは、地政学的現実、貿易、投資、ビジネス、技術革新における幅広い機会について独自のビジョンを持つ、ダイナミックに発展している地域であるとの見解を示した。そのため、中央アジアに対する世界の関心は顕著に高まっており、「C5+1」対話プラットフォームに対する需要も増加している。

トカエフ大統領は、2024年にカザフスタンがいくつかの影響力のある地域・国際組織や団体(上海協力機構集団安全保障条約機構、アラル海国際基金など)の議長を務めること、今年6月に多くの国の指導者や世界的な企業の参加を予定しているアスタナ国際フォーラムが重要なイベントになる、と語った。

トカエフ大統領はドバイで開催された国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の第28回締約国会議(COP28)で演説し、世界的な気候変動問題への取り組みに対するカザフスタンの強いコミットメントを伝えるとともに、主要な取り組みについて概説した。

この席でトカエフ大統領は、カザフスタンが中央アジア地域で初めてパリ協定を批准し、2060年カーボンニュートラル戦略を採択したことを強調した。また、カザフスタンの新しい環境規範について言及し、国民経済のほぼすべての部門においてグリーン技術の包括的な適応を促進することを目的としたものであると説明した。

トカエフ大統領は、民間の環境保護イニシアチブを支援する国の姿勢を強調し、プラスチック廃棄物をなくすプロジェクトに取り組むカザフスタンのパッカーズ協会に言及した。

トカエフ大統領はまた、カザフスタンがグローバル・メタン・プレッジ(メタンの排出量を2030年までに2020年比で30%削減することを目標とする国際的枠組み)に参加することを決定したことを発表し、メタン排出量の削減が地球規模の警告を遅らせる最速の方法であると語った。大統領は、国際的なパートナーに対し、これらのイニシアティブへの具体的な支援を提供するよう呼びかけ、気候変動対策資金に対するコミットメントの拡大を求めた。

「2050年までに世界の気温上昇を1.5度に抑えることができたとしても、中央アジア諸国は最大2.5度の気温上昇に直面することになる。これは、水不足、猛暑、砂漠化、極端な水文学的現象を引き起こすだろう。」とトカエフ大統領は主張した。

カザフスタンが、来る国連総会で、水へのアクセスなどグローバルなスケールでのガバナンスメカニズムを確立することを目的とした国際フォーラム「ワン・ウォーター・サミット」を、フランスと共同開催することに合意したことは非常に重要だ。

近年、カザフスタンが経済、政治、環境、外交などの分野で打ち出した政策、改革プログラム、構造改革の結果として、同国がより強力で責任感のある立派な国として世界の舞台に登場することが期待されている。「カザフスタンは、急速に不安定になりつつある世界において、調和をもたらし、平和を維持し、安定のために働くという役割を果たす用意がある。」とトカエフ大統領は語った。(原文へ

INPS Japan/ London Post

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